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2010年1月31日

《中継終了》山崎養世×高野孟:房総の未来を考える『環東京湾構想』

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主催者挨拶をする中後淳民主党衆院議員

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講演で熱弁をふるった山崎養世氏(写真は控室にて)

「高速道路無料化」の提唱者・山崎養世氏と《THE JOURNAL》主宰・高野孟の講演会が行われました。

Free TV : Ustream

講演会後には「政治家に訊く」に登場した中後淳(ちゅうご・あつし)衆院議員のパネルディスカッションが予定されています。

「環東京湾構想」とは?アクアラインの将来像は?房総半島の未来は?

【テーマ】
房総の未来を考える『環東京湾構想』

【配信予定時刻】
1)山崎養世×高野孟講演:19時15分から20時00分
2)パネルディスカッション:20時05分から20時45分

【講師】
山崎養世(一般社団法人 太陽経済の会 代表理事)
高野孟(《THE JOURNAL》主宰)

【パネルディスカッション出演者】
山崎養世(一般社団法人 太陽経済の会 代表理事)
高野孟(《THE JOURNAL》主宰)
中後淳(民主党衆議院議員 千葉12区)
梅澤千加夫(JA木更津市代表理事組合長)

【主催】
ちゅうごあつし事務所

【関連記事】
山崎養世:高速道路無料化論への批判に答えよう
【第2回】政治家に訊く:中後 淳

2010年1月30日

《インタビュー》玉城デニー:斟酌発言抗議に対し平野官房長官が「申し訳ない」

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 平野博文(ひらの・ひろふみ)官房長官が米国普天間飛行場の移設の名護市長選を「斟酌しなければならない理由はない」と発言したことに対して沖縄県選出議員が抗議した。その内容について、抗議文の文案を作った玉城デニー衆院議員(民主党)が語った。

─抗議の内容は

 24日に名護市長選挙の投開票が行われました。その翌日平野官房長官は記者会見で、市長選の結果に関して「民意として斟酌(しんしゃく)する理由はない」と発言しました。

 一連のニュースを見て「こりゃ抗議しなきゃいかん」と思いました。沖縄県選出・出身の議員が集まって毎週開催している「うるの会」で抗議をしたいと提案すると、全会一致で抗議しようということになりました。

 今回の抗議内容は、名護市長選挙結果であらわされた民意を尊重するべきであること、民意で示されたのは普天間基地の辺野古移設に反対するということ2点の確認です。

─官房長官との"15分の面談"の中身は

 実は官房長官からも説明させてくれということがありました。
「記者の個々の質問に対して私が答えていることが一連の流れのように伝えられている」と説明されました。

 記者とのやりとりの中では、(1)民意はしっかり受け止めた上で、(2)与党3党による「沖縄基地問題検討委員会」(委員長・平野博文官房長官)を立ち上げ基地問題についてゼロベースで検討したいと説明したようでした。その2つのことが1つになって伝わってしまっているとのことでした。

 社民党が提案しているグアムへの移設に関する鳩山首相の発言について、平野官房長官自身は「私は総理との見解とは違うかもしれないが、検討委員会の責任者としてゼロベースとして進めている」「検討委員会の中では、国主導で方針を決めてから地方自治体との話し合う手段もあるし、進め方も含めてゼロベースなんだ」と言われました。

 また「私が決して意図したことではないということをわかって頂けるチャンスはない。記者会見で言ったことのとらえられ方がおかしかったら大変申し訳なかった」ともおっしゃっていました。

─納得できる回答が得られた

 今回の件については納得しました。今回は民意を尊重しないことはあるまじきことだという抗議に対する回答です。官房長官からは選挙の結果はしっかり受け止めていることと、発言の背景に恣意的なものは何も無いということが確認できました。話をすることでお互いの立ち位置を確認できる場になりました。

 面談のあと、我々がにこやかに出てきたのはそういった経緯があったからです。

─今後も政府の発言に対して牽制していくか

 牽制でも圧力をかけたつもりもありません。我々は民意によって選ばれた国会議員です。その立場でしっかりと地元の意見を明確に出すべきです。

 民意はいろいろな考え方があります。名護はこの13、4年間住民が二分されてきました。今回の選挙は基地問題で政府によって揺れ動かされ続けている自分たちの立場や人権を明確にしたいという意味あいがあります。地元にいる人間でないとくみ取れない複雑な状況も今回は伝えました。

 「うるの会」は圧力をかける団体ではありません。議員の活動を束縛しませんし、それぞれの選挙区、党、議員の活動におもねるということです。沖縄の"総意"とも言いません。スタンスの違う議員が集まる会ですから、ちょっと異質かもしれませんね。

─基地問題に対する今後の展開は

 ゼロベースということですから、まだ辺野古が候補地にあることということです。これからどう判断するかは3党の検討委員会で出てくる結論次第とのことです。「うるの会」は従来通り辺野古に新基地は作らないという立場です。

 私自身はこれ以上の県民への過重な基地負担は押しつけるべきでないとの考えから、県内移設も認めないと主張していきます。

【関連記事】
■《インタビュー予告》玉城デニー:平野官房長官発言と抗議文
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/01/post_475.html

2010年1月29日、衆議院第一議員会館:《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

《リポート》捜査&報道のあり方が問われた「消えた警官~ドキュメント菅生事件」 出版記念シンポジウム

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講演する著者の坂上遼氏

本日、1月30日、『消えた警官~ドキュメント菅生事件』出版記念シンポジウムがおこなわれました。

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公演中に流された当時の現場検証の映像

昭和27年6月2日、大分県で起こった菅生事件(すごうじけん、駐在所爆破事件)における国家権力の謀略の姿が次第に明らかにされていく過程を綴ったドキュメントです。

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パネリストの方々

シンポジウム前半は、著者の坂上遼氏の講演、後半はパネル討論というメニューでした。

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パネル討論で発言する辺真一(ぴょん・じんいる)氏

パネル討論は、会場を訪れた方々からの質問に答える形で進められましたが、やはり多かったのは「小沢幹事長に対する検察の捜査とその報道の仕方」。

その中でも、共同通信OB:原寿雄氏の発言には注目が集まった。

《THE JOURNAL》編集部は、後追い取材を検討していますが、まずは今日の発言をそのまま掲載したいと思います。

以下、原寿雄氏 ---------------------------------------

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記者クラブは、国民に知らせる情報を発表しているところですけれども、それは、国民の要望に基づいておこなわれているのか?誰がどういうテーマで発表しようとしているのか?発表側のイニシアティブは明らかですね。記者クラブから要求して「こういうのを調べてまとめろ」ということも全然なくはないけれども、一般的には役所の記者クラブでも政党の記者クラブでも「発表したいものを発表している」というしくみになっています。そうすると、発表したいものというのはなんなんだろう?...ということは、自分に不利なものは積極的に発表するということはまず考えられない。たまに、どこかのメディアが問題を摘発してそれが噂で広まっていくこともありますから、そういう場合は早く自分たちの言い分を発表した方がいいというのはありますが。

一般的に「発表ジャーナリズム」...これは、わたしが編集局長の時に作った言葉ですが、発表はジャーナリズムじゃないですよね。ジャーナリズムというのは発表しないものを書くことですね、わたしの考えでは。発表ジャーナリズムという言葉自体おかしいんですけれど、今の毎日流されているニュースの大半と言ってもいいでしょうね、6割以上が発表されたものに基づいた記事になっているという報告がありますが、わたしが共同通信社編集局長の時には、「[紙面を見て]すでに発表されたものには丸をつけろ」と言っていました。そうすると、いかに発表されたもので大半の記事が構成されているかが一目瞭然になる。

そういうようなことで、発表というものが非常に大きな今の情報の流れを作っている、で、それだけでいいのか!ということを考えさせられる。記者クラブで発表を聞いても、それを元にして取材し書いているんだ、と言われる記者の方もおられると思いますが、しかし、どうでしょう、その元となるテーマは発表側が決めワケですね。つまり、「今の日本で何を話題にすべきか?何を議論すべきか?」というテーマの選択のイニシアティブを発表側が握っているという、そういうことをどう思いますか?わたしは今、ジャーナリズムの最大の問題点はそこだと思います。

何を今国民は議論すべきか?安保60年の今年、安保は必要なのか?ということをテーマにする場合としない場合と、誰がそれを定義するのか、アジェンダセッティング(Agenda Setting:議題設定)のイニシアティブを誰が握るのか?発表側が握っていると言わざるをえない今の状況は問題です。記者クラブが舞台になっていることを問題視します。

── 小沢幹事長の捜査・報道に関しては?

1954年、当時の自由党幹事長:佐藤栄作(さとう・えいさく)のとき、犬養健(いぬかい・たける)法務大臣が指揮権を発動して逮捕状を止めてしまう、ということがありました。これは、唯一の指揮権発動ですね。指揮権発動というのは今また新聞にちょろちょろ出始めています、「民主党が指揮権発動を考えている...らしい」と。そういう論議をしていることは事実ですね。何のために指揮権発動があるかというと、戦前、根も葉もないようなことで検察が政権を潰していく、ということが沢山ありました。そういうことがないように、もし検察が意図的に権力を行使した時に、それを誰がチェックするのか?それは法務大臣が...ということですが、ところが、法務大臣と言っても一党一派に属するでしょう、そうすると検察ファッショを押さえにくいよね。押さえる方も政治的なワケだから。今、そういうことが問われている。

結論を言うと、小沢さんが自民党幹事長の時代、田中角栄(たなか・かくえい)首相の時代から検察対小沢さんの対立、ケンカがずっと続いている。それが今や"執念"になっているお互いの。そんな言い方をすると、感情的にはなっていない!お互い冷静にケンカしているんだ!と言われるかもしれませんが...検察の方は公正中立な捜査権の発動だと言ってますが、公正中立は誰が担保できますか?残念ながら公正中立でない捜査権の発動をわたしも見てきました。三井環(みつい・たまき)さんの口封じ逮捕、あまり報告されませんでしたね。こういうことが現に起きてるワケです。

つまり、いろんなものには「チェック&バランス」というのがありますね。民主主義というのは「グー・チョキ・パー」の論理ですよ。ということになると、検察の公正中立を誰がチェックするのか?本当はマスコミ、あるいは議会がやるべきですね、機関がないんだから。ところが議会は検察を批判的に取り上げるのは好きじゃないですね...なぜでしょう?北海道警裏金事件を北海道新聞がやった時も北海道の議会は非常におとなしかったですね。どこの県でもそうですよ。というような状況の中で国会も検察をチェックできない。

マスコミはというと...日本で一番大きな事件を東京地検特捜部がやるワケですよ。そこから出てくる大ニュースをいざという時にそっぽ向かれて「お前のところには協力しない」ということになると困るワケです。

それでもあえてやりますか?

残念ながらできない!

というような関係の中で、検察の公正中立を誰がどうチェックするのか?ということを議論しないといけない時期ですね。いきなり指揮権発動というところまでいくのがいいことなのか、小沢さんについて、来週でも逮捕の許諾請求を出した時に、世論はどうでしょう?圧倒的に小沢批判になりかねないんじゃないですか?そういうことでいいのかどうか?

ということでしょう。

*  *  *  *  *

[パネリスト]

原 寿雄(はら・としお)
1925年(大正14年)神奈川県生まれ。1950年東京大学法学部卒業、社団法人共同通信社入社。社会部記者として活躍。菅生事件では現場キャップとして「消えた警官」の所在を割り出しに尽力。その後、外信部長、編集局長を経て専務理事・編集主幹。1986年~92年 事業部門の(株)共同通信社社長。主な著書:『ジャーナリズムの思想』『ジャーナリズムの可能性』(岩波新書)『デスク日記』(みすず書房、筆名小和田次郎) 

田原茂行(たはら・しげゆき)
1931年(昭和6年)神奈川県横浜市生まれ。54年ラジオ東京(現東京放送)入社。58年、録音構成「菅生事件の記録」で日本ジャーナリスト会議賞受賞。以後、テレビ・ラジオ編成部を経て、83年企画調査局長、86年より東京データビジョン社長。96~00年まで常磐大学人間科学部教授。著書に『テレビの内側で』『TBSの悲劇はなぜ起こったか』『視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる』(いずれも草思社刊)

有田芳生(ありた・よしふ)
1952年、京都府生まれ。出版社勤務ののちフリーとなり、1986年にフリーランスのジャーナリストとして『朝日ジャーナル』の霊感商法批判キャンペーンに参加。同誌休刊後、「週刊文春」などで統一教会報道や、都はるみ、阿木燿子、宇崎竜童、テレサ・テンなどの人物ノンフィクションに取り組む。

坂上 遼(さかがみ・りょう)
1952年(昭和27年)大分県杵築市生まれ。元放送局社会部記者。司法キャップ、社会部担当部長、スペシャル番組エグゼクティブ・プロデューサー。現在、東京経済大学大学院・中央大学総合政策学部兼任講師。主な著作:『無念は力 伝説のルポライター児玉隆也の38年』(情報センター出版局)、『ロッキード秘録~吉永祐介と特捜検事たち』(講談社)。

[コーディネーター]

二木啓孝(ふたつき・ひろたか)
1949年(昭和24年)鹿児島県出身。大学在学中から出版社勤務し、79年より小学館「週刊ポスト」専属記者。83年日刊現代入社。95年より「日刊ゲンダイ」ニュース編集部長。07年よりBS11取締役編成・制作局長。政治をはじめ、疑獄事件、企業犯罪、宗教問題など幅広いテーマで取材、執筆、講演活動を続けている。

【関連記事】
「消えた警官~ドキュメント菅生事件」 出版記念シンポジウム開催!
http://www.the-journal.jp/contents/info/2010/01/post_43.html

特別企画:この国の正体(6)

《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第6回は09年3月19日に掲載された山口一臣氏の「小沢秘書逮捕と「検察の裏金」」です。

────────────────────

山口一臣氏(週刊朝日編集長)
「小沢秘書逮捕と『検察の裏金』」 09年3月19日掲載
http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/03/post_53.html

 民主党の小沢一郎代表の秘書をめぐる政治資金規正法違反事件のいかがわしさについては、多くの人が指摘してくれるようになってきた。今回の捜査は簡単に言うと、まず「小沢秘書逮捕」がありきで、「別件」で逮捕してしまってから「逮捕」に見合う「罪」を探しているという状況だ。つまり、最初に「罪」があったのではなく、捜査の目的は「小沢排除」にあったと言われても仕方ない。後から「バランスを取るため」に付け加えられそうな二階俊博氏の関係者はいいトバッチリというものだ。

 検察のターゲットはあくまで「小沢」であったことは間違いない。だが、このまま政治資金規正法違反だけでは「検査の敗北」(by田原さん)になる。

 取材記者からは、検察上層部が捜査現場に「なんとしてもあっせん利得処罰罪までもっていけ。できなければ出世はない」とハッパをかけているとか、すでに「あっせん利得」はあきらめて、「入札妨害罪(談合罪)でも偽計業務妨害でも、とにかく何でもいいから再逮捕しろ」と指令がとんでいるといった情報が上がってくる。いよいよ切羽詰まった状況だ。

 ここでさらに追い詰めると、検察が新たな「つじつま合わせ」をやるのではないか、と不安が募る。はっきり言って、何をやってくるかわからない。「まさか、そこまで」と多くの人は思うだろうが、それは甘い。検察は、やるときはやる。これが恐い。本当に恐いのだ。

 ぼくが検察の「つじつま合わせ」のコワさを身をもって知ったのは、2002年4月に現職の大阪高検公安部長だった三井環さんが突然、逮捕された事件である。記憶している人も多いと思う。容疑は「電磁的公正証書原本不実記録」だ。何かと言うと、実際に居住している住所でないところに住民登録をしていた、という「罪」である。本当にそんなことが犯罪になるのかと思うが、一応、法律はある。

 世の中、住民票のあるところと別のところに住んでいる人はごまんといるのではないか。都内に邸宅を構える地方選出の国会議員はほぼ間違いなく地元に住民票があるはずだ。三井さんは、こんな「微罪」にもならないような「罪」で人としての自由を奪われた。しかも、逮捕したのは泣く子も黙る大阪地検特捜部だ。さすがに住民票の虚偽記載だけで特捜事件にするには気が引けたのか、逮捕時には「詐欺容疑」が加わっていた。不正な住民票を元に、不動産取得時の登録免許税の軽減措置をうけようとして、市役所から「家屋証明書」を詐取した、というものだ。もう一度、繰り返す。役所から証明書1枚をだまし取ったので、「詐欺罪」に当たるという話である(爆)。

 これは、税金を使って捜査しなければならない事件なのか。しかも、大阪地検特捜部が......。

 しかし、現職の幹部検察官が特捜部に逮捕されたということで、マスコミをあげての大報道合戦になる。ぼくは、「小沢秘書逮捕」後の報道を見て、「ああ、三井さんのときとまったく同じだなぁ」という思いが消えなかった。

・詐欺などの疑いで高検公安部長を逮捕
・暴力団関与し財テク 逮捕の高検公安部長
・暴力団絡み承知でマンション落札
・情報提供の見返りに組員から接待受ける

 あれよあれよという間に話がどんどん大きくなっていく。新聞を読む限りでは、三井さんが「大悪人」に思えてくる。

 実は、こう書くとまた誤解されるかもしれないが、三井さんは不動産購入が趣味で、気に入った中古マンションを見つけては買い、自前でリフォームしてから人に貸して賃料を得ていた。老後は検察の年金と不動産収入で暮らそうとしていたわけだ。もちろん、これは違法でもなんでもない。だが......、

・ローン合計1億何千万円で家賃収入を得る 高検公安部長
・マンション高騰期狙い、購入
・高検公安部長 賃料で安定収入目的か?
・検察内では「三井不動産」と呼ばれていた

 などなど、すごい見出しが新聞に踊る。何だか悪いことをしているように見えてくる。しかし、この時点での容疑は、あくまでも住民票の虚偽記録と家屋証明書を「詐取」したという疑いだけ。比べられるもんじゃないだろうが、今回の政治資金規正法の記入ミスより軽いかもしれない。だが、三井さんは逮捕された。なぜなら、三井さんは検察側にとって決して許すことのできない「大罪」を犯していた、いや、犯そうとしていたからだ。

 それは、検察に長く宿痾のように存在していた「裏金づくり」を現職の幹部検察官として実名告発しようという「罪」だ。検察には捜査上の必要から「調査活動費」という名目の予算が計上されている。それを偽造領収書を使って現金に換え、事務方がプールして幹部検察官の遊興費や接待、ゴルフ代などに使っていた。有印私文書偽造・同行使、公金横領である。

 三井さんの告発動機は「正義」ではない。人事で冷遇されたことの不満という、きわめて人間臭い、わかりやすいものだった。調査活動費が裏金に回されていることは、当時の検察関係者なら、誰もが知っていることだった。原資はもちろん税金である。世の不正を取り締まる検察が、組織的な犯罪を犯していた。それを、現職の幹部検察官が告発しようというのである。検察には、なりふりかまっている余裕はなかった。微罪でもなんでもいいから、とにかく「しょっぴく」必要があった。

 当日は、鳥越俊太郎さんがテレビ朝日のクルーを連れて大阪に先乗りし、三井さんの告白をビデオに収める手はずになっていた。ぼくも、新幹線で合流する予定だった。その車内の電光ニュースで、三井さんの逮捕を知った。「そう来たか」と思った瞬間、体中の毛穴がキュッと縮み上がるのがわかった。

 でも、そこまでするか? いや、やるのである。

「微罪」で逮捕してから「罪」を探す。検察リークの構図も今回とまったく同じだった。新聞報道を通じて「大悪人」三井がつくり上げられる。事前に三井さんと接触していた週刊朝日や週刊文春などの週刊誌がいくら「これは口封じ逮捕だ!」「本当の罪は検察の裏金にある」といった趣旨の記事を書こうと、リークに乗った新聞報道にかき消される。

 そして、最終的に検察がつくり上げた「罪」は、「贈収賄」と「公務員職権乱用罪」だった。ちなみに、収賄の額は約30万円。暴力団組員と飲みに行って、おごってもらったということだった。

 確かに三井さんは、しょうもないおっさんだ。酒に目がなく、飲むとヘベレケになり、おいたを始める。あれで、高検の公安部長がよく務まっていたなと思う。暴力団員とのつき合いもあった。三井さんは「情報源のひとつだ」と言い訳していたが、実際、どんなつき合いなのかはわからない。きわめて脇の甘い、だらしない検察官だったことは間違いない。ただ、そのだらしなさと「犯罪」に問えるかどうかはまったく別の話なのだ。

 心ある検察関係者は、三井環事件は検察にとって大きな汚点だったと思っている。今回の小沢秘書逮捕も、それに近い。

 ただ、三井さんを排除しようとした検察の「動機」ははっきりしていて、わかりやすかったが、今回の「動機」はまだよく見えない。週刊朝日3月20日号の上杉隆論文と3月27日号の特集「検察が小沢政権と絶対に潰したかったわけ」で現段階で言えることを論証したが、まだ裏がありそうだ。

 いずれにしても秘書ではなく、小沢氏自身を排除し、評判を落とすことが目的だったことは推認できる。あれだけリーク情報が新聞に載れば、世間は贈収賄などの「大疑獄事件」だと思うだろう。だが、いまのところ容疑は政治資金規正法違反に過ぎない。そこで目下最大の関心事は、検察がつじつま合わせにどこまで「罪」をつくってくるか? だ。 先週は「職務権限がないから贈収賄はむずかしそうだ」「ならば、あっせん利得じゃないか?」といった情報が流れていたが、今週は「あっせん利得もむずかしいみたいだ」「だったら談合罪がある」といった話にトーンダウンしている。リークもどうやらネタ切れのようだ。

 現状の容疑での起訴は間違いない。それに、別の「罪」での再逮捕があるかどうか。週明け火曜日には明らかになる。

海兵隊の抑止力とは何かを検証せよ! ── 朝日オピニオン欄の柳沢協二の議論に同感する

takanoron.png ルース駐日米大使は29日に早稲田大学で講演し、沖縄県の米軍普天間基地の国外移転に強く反対する考えを表明した。「海兵隊は有事に誰より早く現地に乗り込む即応部隊。日本から移されれば機動性と有効性が著しく低下する」と指摘。同県名護市の辺野古に移設する現行案は「10年以上検討し、普天間を最短で閉鎖できるベストの案だった」と語った。

「周辺のあらゆる国が在日米軍の動きを注視している。日本で実戦に近い訓練をしている姿を見せることも目に見える抑止力になる」と述べ、駐留の意義を強調した。

 しかしこれはハッキリ言って素人の意見である。「海兵隊は誰より早く現地に乗り込む即応部隊」と言うが、ではその"現地"とはどこであって、そこでの"有事"とはどのようなものなのか。「日本から移されれば機動性と有効性が著しく低下する」というような危機とは、普通に考えれば、日本が近隣から直接侵略される場合、朝鮮半島か台湾海峡で大規模戦闘が発生する場合のどちらかだろうが、それらはそれぞれどの程度の蓋然性があるのか。海兵隊は近年、対テロ作戦能力を強化しているが、アジアで対テロが必要になるのは(イスラム勢力との絡みで言えば)北東アジアより東南アジアの方で、それなら沖縄よりグアムの方が「機動性と有効性が著しく向上する」のではないか。

●率直な対等の議論を

 これとは対照的に、朝日新聞28日付オピニオン欄に柳沢協二=防衛研修所特別客員研究員(元防衛省官房長、内閣官房副長官補)が「"普天間"の核心/海兵隊の抑止力を検証せよ」と書いているのは玄人の意見である。

 彼の意見は、本論説が1月2日付で普天間問題に関して「日本として順番に米国に問うべきこと」として問1〜7を列記した際の問題意識とほぼ完全に一致する。防衛官僚の頂点を極めた人がこの段階でこういうことを発言するのも面白いし、それを朝日が載せたというのも面白い。柳沢の論点は要旨こうである。

▼普天間問題の核心は、抑止力をどう考えるかにある。鳩山首相も言及したが、問われるのは「海兵隊が沖縄に駐留することで得られる抑止力とは何か」だ。それを明らかにしなければ、普天間問題は永久に迷走する。

▼海兵隊はいつでも、世界のどこへでも出動する。特定地域の防衛に張り付くような軍種ではない。したがって「沖縄かグアムか」という問いに軍事的正解は存在しない。それを決めるのは、抑止力をいかにデザインするかという政治の意思だ。

▼抑止とは、攻撃を拒否し報復する能力と意思を相手に認識させることによって、攻撃を思いとどませることだ。相手が当方の意思を疑わなければ、個別の部隊配置は2次的問題である。

▼冷戦期、米ソは明確に敵対していた。だが今日、米・中・日は生存のためお互いを必要としている。経済の相互依存の深まりが抑止戦略をどう変化させるのか、検証が必要だ。

▼「海兵隊が抑止力」という考えの本質的な意味は、いざとなったら海兵隊を使うということだ。例えば、中国が台湾に進攻した場合、海兵隊を投入すれば米中は本格的衝突になり、核使用に至るエスカレーションに至るかもしれない。米国にとってそれが正しい選択で、日本は国内基地からの海兵隊出撃にイエスと言うのか。

▼自戒を込めて言えば官僚も政治家もこれまで、そういう深刻な戦略問題を十分に検証してこなかった。専門家は、あいまいな方が抑止力強化に役立つと言うかもしれない。だが、地元にとって基地はあいまいでは許されない現実の負担だ。

▼アジア諸国の中にも海兵隊のプレゼンスを望む声があり、米当局者もアジアの多様な課題には海兵隊が必要だと言う。だがそれは沖縄でなければならない理由にはならないし、本来の意味での抑止力でもない。

▼戦略的従属性と基地負担という2つのトゲの解消は、今なお同盟にとって最大の課題であり、結論を急がず、米国と「対等な」戦略論を展開してもらいたい...。

 賛成である。鳩山政権はこの人を内閣官房に戻して、普天間問題の対米交渉代表に任命したらどうなのか。

 まず、ポスト冷戦の時代に、とりわけ日本を取り巻く戦略環境において、有効な抑止力とは何かについて再定義が必要である。その上で、特殊的に米海兵隊が果たす抑止力とは何かについても再定義が必要になる。それを議論していくと、小沢一郎が1年ほど前に発言したように「在日米軍は第7艦隊だけで十分」という結論に行き着くかもしれないが、仮に海兵隊に託する抑止力機能があったとして、それを沖縄か県外かグアムのどこに置けばいいかの部隊配置策はさらに下位の問題である。こんな当たり前のことを議論することもなく米軍駐留の既得権益をひたすら温存させてきたのが「日米同盟」の実態である。

 参考までに、私が上記論説で挙げた「問1〜7」を以下に再録するので、柳沢の主張と読み比べて頂きたい。

--------------------------------------------------------------
《問1》冷戦終結後に米軍内部で「海兵隊廃止」論が高まったことがあったが、この議論はすでに消滅し、近い将来に渡って再燃することはないのか。海兵隊そのものが不要ということになるのであれば、これから5〜10年の年月と1兆円にも上ろうかという費用をかけて新基地を建設すること自体が意味のないことになる。

《問2》仮に海兵隊は存続するとして、主として「第2次朝鮮戦争」とも言うべき大規模陸上戦闘が起きた場合に水陸両用で敵前上陸強襲作戦を敢行することを想定して沖縄にこう移築してきた「前方配備=緊急展開」態勢は、朝鮮半島の緊張緩和の流れを含むこの地域の戦略環境の変化と、米軍の遠隔投入能力の飛躍的向上を考えると、もはや時代遅れなのではないか。

《問3》朝鮮戦争の可能性が限りなくゼロに近づいたとは言っても、台湾有事の可能性はまだ残ると言う人がいるが、仮にそうだとしても、台湾海峡危機の際には、米第7艦隊が介入することはあったとしても、海兵隊が陸上戦闘に加わるというシナリオはあり得ないのではないか。

《問4》朝鮮有事も台湾有事もほとんどありえないとしても、特に第31遠征隊には対テロ作戦や在外米人救出作戦の機能もあるので駐留は必要だと言う人がいるが、そのような事態は北東アジアだけでなく東南アジアでも起こりえて、東南アジアの場合には沖縄にいるよりもグアムにいるほうが近くて便利ではないのか。

《問5》仮に、それでもいいから沖縄に駐留したいという場合に、陸上部隊とヘリ部隊は沖縄に、戦闘機と空中空輸機は岩国に、ヘリ空母艦隊は佐世保にバラバラに分かれていて、しかも本隊司令部はグアムにあるという4個所分散配置は運用上不便ではないか。全部をグアムに統合配置する方がかえって即応力は高まるのではないか。

《問6》それでもなお第31遠征隊を沖縄に残すとして、それは、既得権益の維持という惰性のためでないとすれば、何のためなのか。「抑止力」のためだと言う人がいて、鳩山もコロリそれに乗せられたりしているけれども、誰の何の意図にたいする抑止力なのかを明らかにすることなくその言葉をオマジナイのように唱えて済むような時代は終わったのではないか。

《問7》以上すべてに合理的な説明が与えられて、現行案通り辺野古移転が再決定され、グアム移転と辺野古基地建設の新規費用及び既存基地維持のための「思いやり予算」の負担を沖縄県民を含む日本国民が納得したとしても、時間という要素がある。防衛省が行った辺野古移転の環境アセスメントは、現在辺野古にいる主力ヘリCH46とCH53などがそのまま移転するかの誤った前提で行われており、完成時に配備されると見られるMV22オスプレイ垂直離着陸輸送機はCHヘリに比べて4〜5倍のエンジン出力を持っているので、少なくとも騒音調査については初めからやり直さなければならず、それから着工したとして今から5〜6年先になるだろう。増して、辺野古以外の県外移設の場合はまず地元理解を取り付けて、それから環境アセスを始めるのだら、巧く行って8〜10年後である。その間にアジアの戦略環境はもっと大きく変わっていて、海兵隊の存在理由や沖縄駐留の根拠も薄れている公算の方が大きいのではないか。
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●「日米危機」という幻想

 もう1つ、最近の記事で目立ったのは『ニューズウィーク』最新号(2月3日号)の「"日米関係の危機"という幻想」という同誌記者=横田孝の記事。要旨は以下の通り。

▼普天間見直しで、日米関係が悪化の一途をたどっているというのが定説になっているが、両国関係は言われているほど冷え込んでいない。北朝鮮問題では日米間の協調はこれまでになく強まっているし、核拡散防止や気候変動、テロ対策などのグローバルな課題でも、日米の姿勢に違いはほとんどみられない。日本政府がインド洋での給油活動の代わりにアフガニスタンに5年間で50億ドルの民生支援を約束したことも米政府から歓迎されている。

▼さらに日米同盟の根幹部分に関しても大きな対立はない。日米とも在日米軍の重要性を認識しているし、沖縄の基地負担を軽減すべきだという点でも一致している。

▼メディアとしては、日米間で生じた摩擦を大きく取り上げたくなるのも無理はない。特に日本のメディアは、日米関係を日本の親米保守と米国の知日派同士の仲良しクラブ的な関係と見がちで、この古い認識を捨て切れずに事を必要以上にあおっている節がある。

▼普天間問題の今年5月の期限まで、日本メディアのセンセーショナルな報道は続くだろう。だが、これを日米関係の危機だというのは大げさだ...。

 その通りである。日本が米国を"ご主人様"と崇めて言うなりになっていることが日米同盟を危機に陥れる危険を増大させてきたのであって、それを「対等」で率直に物言い合える関係にしようとする鳩山政権の姿勢が日米関係を救うのである。

●若宮啓文にひと言

 ついでに、本題とは関係ないが、上述の柳沢の主張が出ている同じ朝日新聞のオピニオンのページに若宮啓文=同社コラムニストが「"平成の革命家"の命運は/小沢氏の暗雲」という一文を書いていて、その中で、「いま小沢一郎幹事長が4億円の不自然な土地取引を問われる事態なのに......勇ましい応援団の声もあって「民主党ブレーンの高野孟氏はインターネットで『鳩山政権は検察権力の横暴と対決せよ!』。明治以来の中央集権の主役だったのは官僚権力であり『その頂点にある検察権力』と『血で血を洗う戦いに突入すすのは必然』。民主党の『革命』と、検察の『反革命』の対決だと言うのだ」と、引用して頂いている。

 第1に、小沢が4億円で土地を買って秘書という名の選挙プロたちのための寮を建てるのは、彼なりの政治活動の一環であって「不自然」ではないし、まして「非合法」でもない。

 第2に、高野が「民主党のブレーン」であるかどうかは疑わしい。私は本サイトを通じて、勝手連的に民主党政権を基本的には擁護しつつも部分的には批判もしているだけのことであって、個人的レベルでは、政権発足以来、鳩山にも小沢にも一度も会ったこともない。こういうのは普通、ブレーンとは言わないのではないか。私も、ブレーンなどというものになるつもりはない

 第3に、で、その革命と反革命のどちらに立つのか、若宮自身の立ち位置はどっちつかずである。上掲の「高野孟氏は......」の引用の後、とんでもない見方だという批判を浴びせられるのかと思えばそうではなく、「それはまたオーバーなとは思うが、『革命だ』と口にしてきたのはほかならぬ小沢氏だった」と、高野が小沢を代弁しているにすぎないことを認めた上、「革命的な政治変革が必要......という小沢氏の持論......に共感する人は多かろう」と、他人事のように言う。自分が「共感する」のかどうかは主体的には明言せずに、そういう人は「多かろう」と客観的事実であるかのように逃げを打つのが新聞記者特有の無責任な論法である。民主党が唱える「政治主導」「脱官僚」には「一理はある」が、反面、政治家が国の利益を考えずに一業界や地元に「利益誘導」する「怪しい利権政治」を行って官僚からバカにされてきたのも「事実」であって、鳩山の「平成維新」はいいけれどもその裏に小沢の「利権政治が隠れているならごめんである」と、まさにどっちつかずの結論に逃げ込んでいく。

 小沢が起訴されれば「やっぱり利権政治が隠されていた」と言い、されなければ「やっぱり革命的な政治変革は必要だ」と言うのだろう。どう転んでも自分は安全というのが新聞の「客観公正」というものである。▲

今放送中の「朝まで生テレビ!」について語るスレッド

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朝まで生テレビ!「激論!小沢幹事長司VS検察 ド〜なる?!日本の政治」が始まりました。

予想をはるかに上回る反響のあった、先日、1月18日の緊急シンポジウム「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」の続編のような内容の今日の放送。

是非、みなさんのご意見をリアルタイムでお聞きしたいと思います。

《THE JOURNAL》でこのようなスレッドは初めてですが、テレ朝とは全く関係ありませんので、誤解のないようお願いいたします。

オフィシャルサイトには、リアルタイムに書き込めるスペースがないようですので勝手にやっています。

司会:田原 総一朗(ジャーナリスト)
進行:長野智子・渡辺宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)

パネリスト:
細野豪志(民主党、衆議院議員、党副幹事長)
辻 惠(民主党・衆議院議員、弁護士)
平沢勝栄(自民党・衆議院議員、元警察官僚)
穀田恵二(日本共産党・衆議院議員、党国会対策委員長)
青木 理(ジャーナリスト、元共同通信記者)
大谷昭宏(ジャーナリスト、元読売新聞大阪本社記者)
郷原信郎(名城大学教授、元東京地検検事)
小林 節(慶応大学教授、弁護士)
高井康行(弁護士、元東京高検検事)
平野貞夫(元参議院議員)
山際澄夫(ジャーナリスト、元産経新聞記者)
若狭 勝(弁護士、元東京地検特捜部副部長)

緊急シンポジウム「『新選組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」
http://opinion.infoseek.co.jp/article/721

2010年1月29日

鳩山首相の施政方針演説の全文を公開!

 鳩山首相は29日午後の衆院本会議で就任後初の施政方針演説を行った。「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです」というフレーズからはじまったスピーチは、「いのち」という言葉が計24回盛り込まれたことをはじめ、「新しい公共」を提唱するなど、理念型の演説となった。首相官邸ホームページに公開された演説の全文は下記の通り。

《動画》
http://www.youtube.com/watch?v=MWdfcOY7iHQ

《原文URL》
http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/201001/29siseihousin.html

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一 はじめに

 いのちを、守りたい。

 いのちを守りたいと、願うのです。
 生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい。
 若い夫婦が、経済的な負担を不安に思い、子どもを持つことをあきらめてしまう、そんな社会を変えていきたい。未来を担う子どもたちが、自らの無限の可能性を自由に追求していける、そんな社会を築いていかなければなりません。

 働くいのちを守りたい。
 雇用の確保は、緊急の課題です。しかし、それに加えて、職を失った方々や、様々な理由で求職活動を続けている方々が、人との接点を失わず、共同体の一員として活動していける社会をつくっていきたい。経済活動はもとより、文化、スポーツ、ボランティア活動などを通じて、すべての人が社会との接点を持っている、そんな居場所と出番のある、新しい共同体のあり方を考えていきたいと願います。
 いつ、いかなるときも、人間を孤立させてはなりません。
 一人暮らしのお年寄りが、誰にも看取られず孤独な死を迎える、そんな事件をなくしていかなければなりません。誰もが、地域で孤立することなく暮らしていける社会をつくっていかなければなりません。

 世界のいのちを守りたい。
 これから生まれくる子どもたちが成人になったとき、核の脅威が歴史の教科書の中で過去の教訓と化している、そんな未来をつくりたいと願います。
 世界中の子どもたちが、飢餓や感染症、紛争や地雷によっていのちを奪われることのない社会をつくっていこうではありませんか。誰もが衛生的な水を飲むことができ、差別や偏見とは無縁に、人権が守られ基礎的な教育が受けられる、そんな暮らしを、国際社会の責任として、すべての子どもたちに保障していかなければなりません。
 今回のハイチ地震のような被害の拡大を国際的な協力で最小限に食い止め、新たな感染症の大流行を可能な限り抑え込むため、いのちを守るネットワークを、アジア、そして世界全体に張り巡らせていきたいと思います。

 地球のいのちを守りたい。
 この宇宙が生成して百三十七億年、地球が誕生して四十六億年。その長い時間軸から見れば、人類が生まれ、そして文明生活をおくれるようになった、いわゆる「人間圏」ができたこの一万年は、ごく短い時間に過ぎません。しかし、この「短時間」の中で、私たちは、地球の時間を驚くべき速度で早送りして、資源を浪費し、地球環境を大きく破壊し、生態系にかつてない激変を加えています。約三千万とも言われる地球上の生物種のうち、現在年間約四万の種が絶滅していると推測されています。現代の産業活動や生活スタイルは、豊かさをもたらす一方で、確実に、人類が現在のような文明生活をおくることができる「残り時間」を短くしていることに、私たち自身が気づかなければなりません。
 私たちの叡智を総動員し、地球というシステムと調和した「人間圏」はいかにあるべきか、具体策を講じていくことが必要です。少しでも地球の「残り時間」の減少を緩やかにするよう、社会を挙げて取り組むこと。それが、今を生きる私たちの未来への責任です。本年、わが国は生物多様性条約締約国会議の議長国を務めます。かけがえのない地球を子どもや孫たちの世代に引き継ぐために、国境を越えて力を合わせなければなりません。

 私は、このような思いから、平成二十二年度予算を「いのちを守る予算」と名付け、これを日本の新しいあり方への第一歩として、国会議員の皆さん、そして、すべての国民の皆さまに提示し、活発なご議論をいただきたいと願っています。


二 目指すべき日本のあり方

 私は、昨年末、インドを訪問した際、希望して、尊敬するマハトマ・ガンジー師の慰霊碑に献花させていただきました。慰霊碑には、ガンジー師が、八十数年前に記した「七つの社会的大罪」が刻まれています。

 「理念なき政治」
 「労働なき富」
 「良心なき快楽」
 「人格なき教育」
 「道徳なき商業」
 「人間性なき科学」、そして
 「犠牲なき宗教」です。

 まさに、今の日本と世界が抱える諸問題を、鋭く言い当てているのではないでしょうか。
 二十世紀の物質的な豊かさを支えてきた経済が、本当の意味で人を豊かにし、幸せをもたらしてきたのか。資本主義社会を維持しつつ、行き過ぎた「道徳なき商業」、「労働なき富」を、どのように制御していくべきなのか。人間が人間らしく幸福に生きていくために、どのような経済が、政治が、社会が、教育が望ましいのか。今、その理念が、哲学が問われています。
 さらに、日本は、アジアの中で、世界の中で、国際社会の一員として、どのような国として歩んでいくべきなのか。
 政権交代を果たし、民主党、社会民主党、国民新党による連立内閣として初めての予算を提出するこの国会であるからこそ、あえて、私の政治理念を、国会議員の皆さんと、国民の皆さまに提起することから、この演説を始めたいと、ガンジー廟を前に私は決意いたしました。

(人間のための経済、再び)
 経済のグローバル化や情報通信の高度化とともに、私たちの生活は日々便利になり、物質的には驚くほど豊かになりました。一方、一昨年の金融危機で直面したように、私たちが自らつくり出した経済システムを制御できない事態が発生しています。
 経済のしもべとして人間が存在するのではなく、人間の幸福を実現するための経済をつくり上げるのがこの内閣の使命です。
 かつて、日本の企業風土には、社会への貢献を重視する伝統が色濃くありました。働く人々、得意先や取引先、地域との長期的な信頼関係に支えられ、百年以上の歴史を誇る「長寿企業」が約二万社を数えるのは、日本の企業が社会の中の「共同体」として確固たる地位を占めてきたことの証しです。今こそ、国際競争を生き抜きつつも、社会的存在として地域社会にも貢献する日本型企業モデルを提案していかなければなりません。ガンジー師の言葉を借りれば、「商業の道徳」を育み、「労働をともなう富」を取り戻すための挑戦です。

(「新しい公共」によって支えられる日本)
 人の幸福や地域の豊かさは、企業による社会的な貢献や政治の力だけで実現できるものではありません。
 今、市民やNPOが、教育や子育て、街づくり、介護や福祉など身近な課題を解決するために活躍しています。昨年の所信表明演説でご紹介したチョーク工場の事例が多くの方々の共感を呼んだように、人を支えること、人の役に立つことは、それ自体が歓びとなり、生きがいともなります。こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域の絆を再生するとともに、肥大化した「官」をスリムにすることにつなげていきたいと考えます。
 一昨日、「新しい公共」円卓会議の初会合を開催しました。この会合を通じて、「新しい公共」の考え方をより多くの方と共有するための対話を深めます。こうした活動を担う組織のあり方や活動を支援するための寄付税制の拡充を含め、これまで「官」が独占してきた領域を「公(おおやけ)」に開き、「新しい公共」の担い手を拡大する社会制度のあり方について、五月を目途に具体的な提案をまとめてまいります。

(文化立国としての日本)
 「新しい公共」によって、いかなる国をつくろうとしているのか。
 私は、日本を世界に誇る文化の国にしていきたいと考えます。ここで言う文化とは、狭く芸術その他の文化活動だけを指すのではなく、国民の生活・行動様式や経済のあり方、さらには価値観を含む概念です。
 厳しい環境・エネルギー・食料制約、人類史上例のない少子高齢化などの問題に直面する中で、様々な文化の架け橋として、また、唯一の被爆国として、さらには、伝統文化と現代文明の融和を最も進めている国のひとつとして、日本は、世界に対して、この困難な課題が山積する時代に適合した、独自の生活・行動様式や経済制度を提示していくべきだと考えます。
 多くの国の人々が、一度でよいから日本を訪ねたい、できることなら暮らしたいと憧れる、愛され、輝きのある国となること。異なる文化を理解し、尊重することを大切にしながら、国際社会から信頼され、国民が日本に生まれたことに誇りを感ずるような文化を育んでいきたいのです。

(人材と知恵で世界に貢献する日本)
 新しい未来を切り拓くとき、基本となるのは、人を育てる教育であり、人間の可能性を創造する科学です。
 文化の国、人間のための経済にとって必要なのは、単に数字で評価される「人格なき教育」や、結果的に人類の生存を脅かすような「人間性なき科学」ではありません。一人ひとりが地域という共同体、日本という国家、地球という生命体の一員として、より大きなものに貢献する、そんな「人格」を養う教育を目指すべきなのです。
 科学もまた、人間の叡智を結集し、人類の生存にかかわる深刻な問題の解決や、人間のための経済に大きく貢献する、そんな「人間性」ある科学でなければなりません。疾病、環境・エネルギー、食料、水といった分野では、かつての産業革命にも匹敵する、しかし全く位相の異なる革新的な技術が必要です。その母となるのが科学です。
 こうした教育や科学の役割をしっかりと見据え、真の教育者、科学者をさらに増やし、また社会全体として教育と科学に大きな資源を振り向けてまいります。それこそが、私が申し上げ続けてきた「コンクリートから人へ」という言葉の意味するところです。


三 人のいのちを守るために

 私は、来年度予算を「いのちを守る予算」に転換しました。公共事業予算を十八・三パーセント削減すると同時に、社会保障費は九・八パーセント増、文教科学費は五・二パーセント増と大きくメリハリをつけた予算編成ができたことは、国民の皆さまが選択された政権交代の成果です。

(子どものいのちを守る)
 所得制限を設けず、月額一万三千円の子ども手当を創設します。
 子育てを社会全体で応援するための大きな第一歩です。また、すべての意志ある若者が教育を受けられるよう、高校の実質無償化を開始します。国際人権規約における高等教育の段階的な無償化条項についても、その留保撤回を具体的な目標とし、教育の格差をなくすための検討を進めます。さらに、「子ども・子育てビジョン」に基づき、新たな目標のもと、待機児童の解消や幼保一体化による保育サービスの充実、放課後児童対策の拡充など、子どもの成長を担うご家族の負担を、社会全体で分かち合う環境づくりに取り組みます。

(いのちを守る医療と年金の再生)
 社会保障費の抑制や地域の医療現場の軽視によって、国民医療は崩壊寸前です。
 これを立て直し、健康な暮らしを支える医療へと再生するため、医師養成数を増やし、診療報酬を十年ぶりにプラス改定します。乳幼児からお年寄りまで、誰もが安心して医療を受けられるよう、その配分も大胆に見直し、救急・産科・小児科などの充実を図ります。患者の皆さんのご負担が重い肝炎治療については、助成対象を拡大し、自己負担限度額を引き下げます。健康寿命を伸ばすとの観点から、統合医療の積極的な推進について検討を進めます。
 お年寄りが、ご自身の歩まれた人生を振り返りながら、やすらぎの時間を過ごせる環境を整備することも重要です。年金をより確かなものとするため、来年度から二年間を集中対応期間として、紙台帳とコンピューター記録との突き合わせを開始するなど、年金記録問題に「国家プロジェクト」として取り組みます。

(働くいのちを守り、人間を孤立させない)
 働く人々のいのちを守り、人間を孤立させないために、まずは雇用を守ることが必要です。雇用調整助成金の支給要件を大幅に緩和し、雇用の維持に努力している企業への支援を強化しました。また、非正規雇用の方々のセーフティネットを強化するため、雇用保険の対象を抜本的に拡充します。
 労働をコストや効率で、あるいは生産過程の歯車としか捉えず、日本の高い技術力の伝承をも損ないかねない派遣労働を抜本的に見直し、いわゆる登録型派遣や製造業への派遣を原則禁止します。さらに、働く意欲のある方々が、新規産業にも活かせる新たな技術や能力を身につけることを応援するため、生活費支援を含む恒久的な求職者支援制度を平成二十三年度に創設すべく準備を進めます。
 若者、女性、高齢者、チャレンジドの方々など、すべての人が、孤立することなく、能力を活かし、生きがいや誇りを持って社会に参加できる環境を整えるため、就業の実態を丁寧に把握し、妨げとなっている制度や慣行の是正に取り組みます。社会のあらゆる面で男女共同参画を推進し、チャレンジドの方々が、共同体の一員として生き生きと暮らせるよう、障害者自立支援法の廃止や障害者権利条約の批准などに向けた、改革の基本方針を策定します。
 また、いのちを守る社会の基盤として、自殺対策を強化するとともに、消防と医療の連携などにより、救急救命体制を充実させます。住民の皆さまと一緒に、犯罪が起こりにくい社会をつくり、犯罪捜査の高度化にも取り組んでいきます。


四 危機を好機に  ─フロンティアを切り拓く─

(いのちのための成長を担う新産業の創造)
 ピンチをチャンスと捉えるということがよく言われます。では、私たちが今直面している危機の本質は何であり、それをどう変革していけばよいのでしょうか。
 昨年末、私たちは、新たな成長戦略の基本方針を発表いたしました。
 鳩山内閣における「成長」は、従来型の規模の成長だけを意味しません。
 人間は、成人して身体の成長が止まっても、様々な苦難や逆境を乗り越えながら、人格的に成長を遂げていきます。私たちが目指す新たな「成長」も、日本経済の質的脱皮による、人間のための、いのちのための成長でなくてはなりません。この成長を誘発する原動力が、環境・エネルギー分野と医療・介護・健康分野における「危機」なのです。
 私は、すべての主要国による公平かつ実効性ある国際的枠組みの構築や意欲的な目標の合意を前提として、二〇二〇年に、温室効果ガスを一九九〇年比で二十五パーセント削減するとの目標を掲げました。大胆すぎる目標だというご指摘もあります。しかし、この変革こそが、必ずや日本の経済の体質を変え、新しい需要を生み出すチャンスとなるのです。日本の誇る世界最高水準の環境技術を最大限に活用した「グリーン・イノベーション」を推進します。地球温暖化対策基本法を策定し、環境・エネルギー関連規制の改革と新制度の導入を加速するとともに、「チャレンジ25」によって、低炭素型社会の実現に向けたあらゆる政策を総動員します。
 医療・介護・健康産業の質的充実は、いのちを守る社会をつくる一方、新たな雇用も創造します。医療・介護技術の研究開発や事業創造を「ライフ・イノベーション」として促進し、利用者が求める多様なサービスを提供するなど、健康長寿社会の実現に貢献します。

(成長のフロンティアとしてのアジア)
 今後の世界経済におけるわが国の活動の場として、さらに切り拓いていくべきフロンティアはアジアです。環境問題、都市化、少子高齢化など、日本と共通の深刻な課題を抱えるアジア諸国と、日本の知識や経験を共有し、ともに成長することを目指します。
 アジアを単なる製品の輸出先と捉えるのではありません。環境を守り、安全を担保しつつ、高度な技術やサービスをパッケージにした新たなシステム、例えば、スマートグリッドや大量輸送、高度情報通信システムを共有し、地域全体で繁栄を分かち合います。それが、この地域に新たな需要を創出し、自律的な経済成長に貢献するのです。
 アジアの方々を中心に、もっと多くの外国人の皆さんに日本を訪問していただくことは、経済成長のみならず、幅広い文化交流や友好関係の土台を築くためにも重要です。日本の魅力を磨き上げ、訪日外国人を二〇二〇年までに二千五百万人、さらに三千万人まで増やすことを目標に、総合的な観光政策を推進します。
 アジア、さらには世界との交流の拠点となる空港、港湾、道路など、真に必要なインフラ整備については、厳しい財政事情を踏まえ、民間の知恵と資金も活用し、戦略的に進めてまいります。

(地域経済を成長の源に)
 もうひとつの成長の新たな地平は、国内それぞれの地域です。
 その潜在力にもかかわらず、長年にわたる地域の切り捨て、さらに最近の不況の直撃にさらされた地域経済の疲弊は極限に達しています。まずは景気対策に万全を期し、今後の経済の変化にも臨機応変に対応できるよう、十一年ぶりに地方交付税を一・一兆円増と大幅に増額するほか、地域経済の活性化や雇用機会の創出などを目的とした二兆円規模の景気対策枠を新たに設けます。
 その上で、地域における成長のフロンティア拡大に向けた支援を行います。
 わが国の農林水産業を、生産から加工、流通まで一体的に捉え、新たな価値を創出する「六次産業化」を進めることにより再生します。農家の方々、新たに農業に参入する方々には、戸別所得補償制度をひとつの飛躍のバネとして、農業の再生に果敢に挑戦していただきたい。世界に冠たる日本の食文化と高度な農林水産技術を組み合わせ、森林や農山漁村の魅力を活かした新たな観光資源・産業資源をつくり出すのです。政府としてそれをしっかりと応援しながら、食料自給率の五十パーセントまでの引上げを目指します。
 地域経済を支える中小企業は日本経済の活力の源です。その資金繰り対策に万全を期するほか、「中小企業憲章」を策定し、意欲ある中小企業が日本経済の成長を支える展望を切り拓いてまいります。
 さらに、地域間の活発な交流に向け、高速道路の無料化については、来年度から社会実験を実施し、その影響を確認しながら段階的に進めてまいります。
 地域の住民の生活を支える郵便局の基本的なサービスが、地域を問わず一体的に利用できるようユニバーサルサービスを法的に担保するとともに、現在の持株会社・四分社化体制の経営形態を再編するなど、郵政事業の抜本的な見直しを行ってまいります。

(地域主権の確立)
 地域のことは、その地域に住む住民が責任をもって決める。この地域主権の実現は、単なる制度の改革ではありません。
 今日の中央集権的な体質は、明治の富国強兵の国是のもとに導入され、戦時体制の中で盤石に強化され、戦後の復興と高度成長期において因習化されたものです。地域主権の実現は、この中央政府と関連公的法人のピラミッド体系を、自律的でフラットな地域主権型の構造に変革する、国のかたちの一大改革であり、鳩山内閣の改革の一丁目一番地です。
 今後、地域主権戦略の工程表に従い、政治主導で集中的かつ迅速に改革を進めます。その第一弾として、地方に対する不必要な義務付けや枠付けを、地方分権改革推進計画に沿って一切廃止するとともに、道路や河川等の維持管理費に係る直轄事業負担金制度を廃止します。また、国と地方の関係を、上下関係ではなく対等なものとするため、国と地方との協議の場を新たな法律によって設置します。地域主権を支える財源についても、今後、ひも付き補助金の一括交付金化、出先機関の抜本的な改革などを含めた地域主権戦略大綱を策定します。
 あわせて、「緑の分権改革」を推進するとともに、情報通信技術の徹底的な利活用による「コンクリートの道」から「光の道」への発想転換を図り、新しい時代にふさわしい地域の絆の再生や成長の基盤づくりに取り組みます。本年を地域主権革命元年とすべく、内閣の総力を挙げて改革を断行してまいります。

(責任ある経済財政運営)
 当面の経済財政運営の最大の課題は、日本経済を確かな回復軌道に乗せることです。決して景気の二番底には陥らせないとの決意のもと、この度成立した、事業規模で約二十四兆円となる第二次補正予算とともに、当初予算としては過去最大規模となる平成二十二年度予算を編成いたしました。この二つの予算により、切れ目ない景気対策を実行するとともに、特にデフレの克服に向け、日本銀行と一体となって、より強力かつ総合的な経済政策を進めてまいります。
 財政の規律も政治が果たすべき重要な責任です。今回の予算においては、目標としていた新規国債発行額約四十四兆円以下という水準を概ね達成することができました。政権政策を実行するために必要な約三兆円の財源も、事業仕分けを反映した既存予算の削減や公益法人の基金返納などにより捻出できました。さらに将来を見据え、本年前半には、複数年度を視野に入れた中期財政フレームを策定するとともに、中長期的な財政規律のあり方を含む財政運営戦略を策定し、財政健全化に向けた長く大きな道筋をお示しします。


五 課題解決に向けた責任ある政治

 以上のような政策を実行するのが政治であり、行政です。政府が旧態依然たる分配型の政治を行う限り、ガンジー師のいう「理念なき政治」のままです。新たな国づくりに向け、「責任ある政治」を実践していかなければなりません。

(「戦後行政の大掃除」の本格実施)
 事業仕分けや子育て支援のあり方については、ご家庭や職場でも大きな話題となり、様々な議論がなされたことと思います。私たちは、これまで財務省主計局の一室で官僚たちの手によって行われてきた予算編成過程の議論を、民間の第一線の専門家の参加を得て、事業仕分けという公開の場で行いました。上から目線の発想で、つい身内をかばいがちだった従来型の予算編成を、国民の主体的参加と監視のもとで抜本的に変更できたのも、ひとえに政権交代のたまものです。
 「戦後行政の大掃除」は、しかし、まだ始まったばかりです。
 今後も、様々な規制や制度のあり方を抜本的に見直し、独立行政法人や公益法人が本当に必要なのか、「中抜き」の構造で無駄遣いの温床となっていないか、監視が行き届かないまま垂れ流されてきた特別会計の整理統合も含め、事業仕分け第二弾を実施します。これらすべてを、聖域なく、国民目線で検証し、一般会計と特別会計を合わせた総予算を全面的に組み替えていきます。行政刷新会議は法定化し、より強固な権限と組織によって改革を断行していきます。

(政治主導による行政体制の見直し)
 同時に、行政組織や国家公務員のあり方を見直し、その意識を変えていくことも不可欠です。
 省庁の縦割りを排し、国家的な視点から予算や税制の骨格などを編成する国家戦略局を設置するほか、幹部人事の内閣一元管理を実現するために内閣人事局を設置し、官邸主導で適材適所の人材を登用します。
 こうした改革を断行するため、政府と与党が密接な連携と役割分担のもと、政府部内における国会議員の占める職を充実強化するための関連法案を今国会に提案いたします。
 さらに、今後、国民の視点に立って、いかなる府省編成が望ましいのか、その設置のあり方も含め、本年夏以降、私自身が主導して、抜本的な見直しに着手します。
 税金の無駄遣いの最大の要因である天下りあっせんを根絶することはもちろん、「裏下り」と揶揄される事実上の天下りあっせん慣行にも監視の目を光らせて国民の疑念を解消します。同時に、国家公務員の労働基本権のあり方や、定年まで勤務できる環境の整備、給与体系を含めた人件費の見直しなど、新たな国家公務員制度改革にも速やかに着手します。

(政治家自ら襟を正す)
 こうした改革を行う上で、まず国会議員が自ら範を垂れる必要があります。国会における議員定数や歳費のあり方について、会派を超えて積極的な見直しの議論が行われることを強く期待します。
 政治資金の問題については、私自身の問題に関して、国民の皆さまに多大のご迷惑とご心配をおかけしたことをあらためてお詫び申し上げます。ご批判を真摯に受け止め、今後、政治資金のあり方が、国民の皆さまから見て、より透明で信頼できるものとなるよう、企業・団体献金の取扱いを含め、開かれた議論を行ってまいります。


六 世界に新たな価値を発信する日本

(文化融合の国、日本)
 日本は四方を豊かな実りの海に囲まれた海洋国家です。
 古来より、日本は、大陸や朝鮮半島からこの海を渡った人々を通じて多様な文化や技術を吸収し、独自の文化と融合させて豊かな文化を育んできました。漢字と仮名、公家と武家、神道と仏教、あるいは江戸と上方、東国の金貨制と西国の銀貨制というように、複合的な伝統と慣習、経済社会制度を併存させてきたことは日本の文化の一つの特長です。近現代の日本も和魂洋才という言葉のとおり、東洋と西洋の文化を融合させ、欧米先進諸国へのキャッチアップを実現しました。こうした文化の共存と融合こそが、新たな価値を生み出す源泉であり、それを可能にする柔軟性こそが日本の強さです。自然環境との共生の思想や、木石にも魂が宿るといった伝統的な価値観は大切にしつつも、新たな文化交流、その根幹となる人的交流に積極的に取り組み、架け橋としての日本、新しい価値や文化を生み出し、世界に発信する日本を目指していこうではありませんか。

(東アジア共同体のあり方)
 昨年の所信表明演説で、私は、東アジア共同体構想を提唱いたしました。アジアにおいて、数千年にわたる文化交流の歴史を発展させ、いのちを守るための協力を深化させる、「いのちと文化」の共同体を築き上げたい。そのような思いで提案したものです。
 この構想の実現のためには、様々な分野で国と国との信頼関係を積み重ねていくことが必要です。断じて、一部の国だけが集まった排他的な共同体や、他の地域と対抗するための経済圏にしてはなりません。その意味で、揺るぎない日米同盟は、その重要性に変わりがないどころか、東アジア共同体の形成の前提条件として欠くことができないものです。北米や欧州との、そして域内の自由な貿易を拡大して急速な発展を遂げてきた東アジア地域です。多角的な自由貿易体制の強化が第一の利益であることを確認しつつ地域の経済協力を進める必要があります。初代常任議長を選出し、ますます統合を深化させる欧州連合とは、開かれた共同体のあり方を、ともに追求していきたいと思います。

(いのちと文化の共同体)
 東アジア共同体の実現に向けての具体策として、特に強調したいのは、いのちを守るための協力、そして、文化面での交流の強化です。
 地震、台風、津波などの自然災害は、アジアの人々が直面している最大の脅威のひとつです。過去の教訓を正しく伝え、次の災害に備える防災文化を日本は培ってきました。これをアジア全域に普及させるため、日本の経験や知識を活用した人材育成に力を入れてまいります。
 感染症や疾病からいのちを守るためには、機敏な対応と協力が鍵となります。新型インフルエンザをはじめとする様々な情報を各国が共有し、協力しながら対応できる体制を構築していきます。また、人道支援のため米国が中心となって実施している「パシフィック・パートナーシップ」に、今年から海上自衛隊の輸送艦を派遣し、太平洋・東南アジア地域における医療支援や人材交流に貢献してまいります。

(人的交流の飛躍的充実)
 昨年の十二月、私はインドネシアとインドを訪問いたしました。
 いずれの国でも、国民間での文化交流事業を活性化させ、特に次世代を担う若者が、国境を越えて、教育・文化、ボランティアなどの面で交流を深めることに極めて大きな期待がありました。この期待に応えるために、今後五年間で、アジア各国を中心に十万人を超える青少年を日本に招くなど、アジアにおける人的交流を大幅に拡充するとともに、域内の各国言語・文化の専門家を、相互に飛躍的に増加させることにより、東アジア共同体の中核を担える人材を育成してまいります。
 APECの枠組みも、今年の議長として、充実強化に努めてまいります。経済発展を基盤として、文化・社会の面でもお互いを尊重できる関係を築いていくため、新たな成長戦略の策定に向けて積極的な議論を導きます。

(日米同盟の深化)
 今年、日米安保条約の改定から五十年の節目を迎えました。この間、世界は、冷戦による東西の対立とその終焉、テロや地域紛争といった新たな脅威の顕在化など大きく変化しました。激動の半世紀にあって、日米安全保障体制は、質的には変化を遂げつつも、わが国の国防のみならず、アジア、そして世界の平和と繁栄にとって欠くことのできない存在でありました。今後もその重要性が変わることはありません。
 私とオバマ大統領は、日米安保条約改定五十周年を機に、日米同盟を二十一世紀にふさわしい形で深化させることを表明しました。今後、これまでの日米同盟の成果や課題を率直に語り合うとともに、幅広い協力を進め、重層的な同盟関係へと深化・発展させていきたいと思います。
 わが国が提出し、昨年十二月の国連総会において採択された「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意」には、米国が初めて共同提案国として名を連ねました。本年は、核セキュリティ・サミットや核拡散防止条約運用検討会議が相次いで開催されます。「核のない世界」の実現に向け、日米が協調して取り組む意義は極めて大きいと考えます。
 普天間基地移設問題については、米国との同盟関係を基軸として、わが国、そしてアジアの平和を確保しながら、沖縄に暮らす方々の長年にわたる大変なご負担を少しでも軽くしていくためにどのような解決策が最善か、沖縄基地問題検討委員会で精力的に議論し、政府として本年五月末までに具体的な移設先を決定することといたします。
 気候変動の問題については、地球環境問題とエネルギー安全保障とを一体的に解決するための技術協力や共同実証実験、研究者交流を日米で行うことを合意しています。活動の成果は、当然世界に及びます。この分野の同盟を、そして日米同盟全体を、両国のみならずアジア太平洋地域、さらには世界の平和と繁栄に資するものとしてさらに発展させてまいります。

(アジア太平洋地域における二国間関係)
 アジア太平洋地域における信頼関係の輪を広げるため、日中間の戦略的互恵関係をより充実させてまいります。
 日韓関係の、世紀をまたいだ大きな節目の今年、過去の負の歴史に目を背けることなく、これからの百年を見据え、真に未来志向の友好関係を強化してまいります。ロシアとは、北方領土問題を解決すべく取り組むとともに、アジア太平洋地域におけるパートナーとして協力を強化します。
 北朝鮮の拉致、核、ミサイルといった諸問題を包括的に解決した上で、不幸な過去を清算し、日朝国交正常化を実現する。これは、アジア太平洋地域の平和と安定のためにも重要な課題です。具体的な行動を北朝鮮から引き出すべく、六者会合をはじめ関係国と一層緊密に連携してまいります。拉致問題については、新たに設置した拉致問題対策本部のもと、すべての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、政府の総力を挙げて最大限の努力を尽くしてまいります。

(貧困や紛争、災害からいのちを救う支援)
 アフリカをはじめとする発展途上国で飢餓や貧困にあえぐ人々。イラクやアフガニスタンで故郷に戻れない生活を余儀なくされる難民の人々。国際的テロで犠牲になった人々。自然災害で住む家を失った人々。こうした人々のいのちを救うために、日本に何ができるのか、そして何が求められているのか。今回のハイチ地震の惨禍に対し、わが国は、国連ハイチ安定化ミッションへの自衛隊の派遣と約七千万ドルにのぼる緊急・復興支援を表明しました。国際社会の声なき声にも耳を澄まし、国連をはじめとする国際機関や主要国と密接に連携し、困難の克服と復興を支援してまいります。


七 むすび

 いのちを守りたい。

 私の友愛政治の中核をなす理念として、政権を担ってから、かたときも忘れることなく思い、益々強くしている決意です。
 今月十七日、私は、阪神・淡路大震災の追悼式典に参列いたしました。十五年前の同じ日にこの地域を襲った地震は、尊いいのち、平穏な暮らし、美しい街並みを一瞬のうちに奪いました。
 式典で、十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話を伺いました。

 地震で、家が倒壊し、二階に寝ていた息子が瓦礫の下敷きになった。
 積み重なった瓦礫の下から、息子の足だけが見えていて、助けてくれというように、ベッドの横板を
 とん、とん、とんと叩く音がする。
 何度も何度も助け出そうと両足を引っ張るが、瓦礫の重さに動かせない。やがて、三十分ほどすると、音が聞こえなくなり、次第に足も冷たく なっていくわが子をどうすることもできなかった。
 「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ、苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」
 これが現実なのか、夢なのか、時間が止まりました。身体中の涙を全部流すかのように、毎日涙し、どこにも持って行きようのない怒りに、まるで胃液が身体を溶かしていくかのような、苦しい毎日が続きました。

 息子さんが目の前で息絶えていくのを、ただ見ていることしかできない無念さや悲しみ。人の親なら、いや、人間なら、誰でも分かります。災害列島といわれる日本の安全を確保する責任を負う者として、防災、そして少しでも被害を減らしていく「減災」に万全を期さねばならないとあらためて痛感しました。
 今、神戸の街には、あの悲しみ、苦しみを懸命に乗り越えて取り戻した活気が溢れています。大惨事を克服するための活動は地震の直後から始められました。警察、消防、自衛隊による救助・救援活動に加え、家族や隣人と励ましあい、困難な避難生活を送りながら復興に取り組む住民の姿がありました。全国から多くのボランティアがリュックサックを背負って駆け付けました。復旧に向けた機材や義捐金が寄せられました。慈善のための文化活動が人々を勇気づけました。混乱した状況にあっても、略奪行為といったものは殆どなかったと伺います。みんなで力を合わせ、人のため、社会のために努力したのです。
 あの十五年前の、不幸な震災が、しかし、日本の「新しい公共」の出発点だったのかもしれません。
 今、災害の中心地であった長田の街の一画には、地域のNPO法人の尽力で建てられた「鉄人28号」のモニュメントが、その勇姿を見せ、観光名所、集客の拠点にさえなっています。
 いのちを守るための「新しい公共」は、この国だからこそ、世界に向けて、誇りを持って発信できる。私はそう確信しています。
 人のいのちを守る政治、この理念を実行に移すときです。子どもたちに幸福な社会を、未来にかけがえのない地球を引き継いでいかねばなりません。
 国民の皆さま、議員の皆さん、輝く日本を取り戻すため、ともに努力してまいりましょう。
 この平成二十二年を、日本の再出発の年にしていこうではありませんか。

特別企画:この国の正体(5)

《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第5回は09年3月18日に掲載された高野孟編集主幹の「小沢一郎というパラドックス」です。

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高野孟氏(THE JOURNAL 主宰)

「小沢一郎というパラドックス」 09年3月18日掲載

http://www.the-journal.jp/contents/insider/2009/03/insider_no484ozawa.html

 民主党の仙谷由人元政調会長は15日のTV朝日「サンデー・プロジェクト」に出演して、西松建設の違法献金事件で小沢一郎代表の秘書が逮捕されたことについて、「無理筋を事件にしようとしている形跡もある。こんな大捕物帳をするような事件ではない。政治資金規正法の虚偽記載容疑に止まらない事件として成立させないと、検察の大失態になるが、なかなか有罪立証は難しい」と述べた。同番組を司会する田原総一朗も同日夜に都内で開かれた、この事件が「国策捜査ではないのか」を問うシンポジウムに出席して、「事件は民主党代表に深刻なダメージを与えた。政治資金規正法だけでの起訴なら検察の敗北だ」と語った。

 3月24日の大久保隆規秘書の拘留期限を目前にして、東京地検特捜部はまさにこの点で苦しい決断を迫られることになろう。虚偽記載、すなわち西松側の2つのダミー政治団体からの献金が実は西松の会社本体から出た違法な献金であることを知りながら、そのまま政治団体名で政治資金報告書に記載したことが政治資金規正法違反に当たるというのが大久保の逮捕容疑だが、第1に、これはほとんど形式犯であって、小沢が会見で何度か述べたように「従来なら訂正で済む話で、いきなり逮捕というのは捜査方法として異様」である。事情聴取もなく突然逮捕というのは確かに異常で、それが何らかの政治的意図が裏で働いた「国策捜査」ではないかと言われる所以でもある。

 第2に、では虚偽記載を避けるために、大久保は政治資金報告書にどう記載すればよかったというのか。実質的に西松からの企業献金だと知っていたとしても、そのように書けば、企業から政治家個人の政治資金団体への献金を禁じた規正法の別の違反になるから書ける訳がない。とすると、知っていたのならそのような献金は突っ返すべきだったということになるが、それはむしろ道義上もしくは政治倫理上の問題であって、少なくとも虚偽記載の問題ではない。実際、実態はどうであれ形式上はその献金は2つの政治団体からの献金であって、その限りで大久保は正しく記載したのである。

 第3に、虚偽はむしろ主として西松側にあるのであって、西松は企業が政党やその支部に献金できる総枠を超えて小沢を始めとする有力政治家に献金したいがために、2つの政治団体を作って、その会員である同社社員が自発的に献金したかのように装った。これが本当に社員の自発的献金を原資としてそれを2団体が集約して政治家に配ったのであれば、何の問題も起こらない。ところが実際には、会社がその分をボーナスなどの形に偽装して各社員に回していたことが問題で、これは政治資金規正法以前に企業としての不正経理及び社員個人の政治信条を無視して企業献金の道具に使うという意味で社員に対する人権侵害の問題となるだろう。そこでこれを無理矢理、大久保秘書の虚偽記載容疑に持って行くためには、彼がこの仕掛けを熟知していて西松側と共謀して違法献金を受け入れたかどうかということになるが、この立証はなかなか難しい。恐らく検察は、大久保が違法と知りつつ西松側に献金を要求もしくは請求し、そのためにこのようなダミー団体を経由して法を逃れる術を提案あるいは示唆するなどして、積極的に仕掛けづくりに関与したというストーリーにしたいのだろうが、残念ながらこの仕掛けは最初、尾身幸次元沖縄・北海道担当大臣への違法献金のために西松が作り上げたもので、それを通じて小沢にもカネが流れるようになったのはだいぶ後のことである。

 いずれにせよ、虚偽記載をさせたかったのは西松側であり、秘書はそれにどれだけ関与し共謀したのかを立証するという起訴の仕方にならざるを得ないのではないか。

●斡旋利得処罰法は適用できるか?

 そこで検察としては、これが「いきなり逮捕」という重大事件であって決して国策捜査などではないことを世間的に印象づけねばならない。それには、小沢はずっと野党で法律の規定に基づく職務権限はないため刑法の贈収賄罪に問うことが出来ないので、2000年に制定された斡旋利得処罰法、俗に言う「口利き防止法」の適用を目指すことになろう。この法律は、必ずしも法律に基づく職務権限はないけれどもそれなりの権限と影響力を持つ国会議員、地方議員、首長、その秘書が国や地方公共団体などの契約や行政処分に介入して口利きをして、その見返りに「財産上の利益」を得ることを防ごうとするもので、小泉内閣の下2000年に成立。その時には公設秘書のみで私設秘書は含まれていなかったが、2年後に私設秘書も含まれるよう改正された。

 刑法の斡旋収賄罪との違いは次の通りである。

▼[参考]斡旋利得処罰法と刑法197条の4・斡旋収賄罪の比較
http://www.smn.co.jp/insider/takano/ins090317.pdf

 刑法の贈収賄罪の抜け穴を塞ぐという意味では、積極的な意味のある法律ではあるには違いない。刑法では漠然と公務員とされていて、これには特別公務員である議員も含まれるが、前提として職務権限がないと成立しないので、例えばロッキード事件では、総理大臣が一民間航空会社の(普通なら主としてパイロットたちが技術的理由から決定を主導する)次期航空機の機種選定に対して職務権限があるというのは本当かということが問題になった。斡旋利得処罰法では、上述のように議員、首長のほか国会議員の秘書までが明記されていて、対象としては狭くなったがその分明確になっている。また斡旋の内容についても、国や自治体が行う契約や行政処分(地元有力後援者の身内の運転免許停止を取り消して貰うよう議員秘書が警察に頼むなどといったこと)、さらに国や自治体が半分以上出資する法人が行う契約までが明記され、これも特に限定のない刑法に比べて狭くはなったが明確になった。

 制定当時の議論で問題になったのは、「請託を受けて」はいいとして、議員や秘書が「権限に基づく影響力を行使して」とされている部分で、この意味がよく分からない。法律上に規定された「職務権限」はなくても、法律的に規定されていない「権限に基づく影響力」を認定するのは難しそうである。さらに、刑法では他の公務員に「職務上不正な行為をさせる」か「相当の行為をさせない」かに限定されているのに対し、斡旋利得法では単に「職務上の行為をさせる」となっていて、これは不正な行為だけでなく正当な行為をさせるよう斡旋を働く場合も含まれると解釈されている。仮に不正を防止して正しい方向に是正しようとして口利きをしてもダメだということである。これもよく分からない条文である。もう1つ、斡旋利得法ではそれで報酬として「財産上の利益」を受け取ってはならないのだが、これは刑法の「賄賂」とは違う。賄賂には、例えば名誉職など地位の約束や就職先の紹介、あるいは美女を引き合わせるといったことまでも含まれるが、斡旋による利得は「財産上の利益」に限られる。これは常識的には「金銭」ということになるのだろうが、わざわざ「財産上の利益」としたのは、個人が自分の財産にして私腹を肥やすことだという解釈もあるらしく、だとすると小沢も大久保も西松献金を私していないのでこれに該当しないことになるが、このへんはどうなのか。

 それよりも、法律家の指摘によると、この斡旋利得は、特定の案件について請託があって(つまりあのダム工事を落としたいのでよろしく)、それに基づき議員やその秘書などが「権限に基づく影響力」を行使し、その報酬としてこの日のこの金額を受け取ったというように、因果関係が明確でないと適用できないという。小沢側が年会費のようにして毎年一定額の献金を受けてきたという場合に、果たしてその特定が出来るのかどうか、まことに難しいという。

 こうして、余りに評判の悪い政治資金規正法の虚偽記載容疑での立件を避けるために斡旋利得処罰法を出口に持って行こうとしても、これまた簡単なことではない。それでも無理に持って行ったとして、国民の多くがそう思っているように、小沢だけをなぜ狙い撃ちしたのかという疑念にはどうしても答えなければならず、最低限、二階俊博側も立件してバランスを取らざるを得ないだろう。しかし、そうすると今度は、自民党の中で何故、二階よりも累積の献金額が大きく、しかも小沢より誰より早くから西松の献金を受けていた尾身は何故セーフなのかという問題がクローズアップされる。検察はいつも「一罰百戒」原理で動くのだが、この場合は、二階、尾身を含めて名前の出た全員を処罰しないと「国策捜査」疑惑を拭えず、検察の権威は地に落ちる。それが仙谷が言う「大失態」の意味に違いない。

●政治資金制度の抜本改革

 以上のように、この件に関して検察のやり方はめちゃくちゃで、収拾の仕方さえも迷走して泥沼状態に陥っているのが無残だが、それにしても小沢のなりふり構わぬ献金漁りは常軌を逸したものがある。

 もちろん、小沢がクリーンな政治家だとは誰も思っていない。かつて金権の権化と言われた田中角栄元首相、金丸信元副総理・副総裁、竹下登元首相の直系に当たる実力政治家として自民党幹事長まで務めた彼は、かつての金権政治とその基礎にある政財官癒着の構造を裏の裏まで知り尽くしているが故に、92〜93年、竹下派からも自民党からも離脱して「改革」の道に身を投じたのであって、米『タイム』誌3月23日号が書いたように「彼は一個の政治家としては最もラディカルな戦後政治体制への批判者であると同時に、その体制の最も典型的な代表者でもある」という"小沢パラドックス"(同記事の小見出しの表現)は、たぶん彼の中ではパラドックスではない。金権と実力が紙一重であるのは自明のことで、その政治のリアリティーを直視することなく、お勉強会でも開いて政策を語ったりしていれば政権が手に入るかに思っているピーチクパーチクが民主党の中にいるとすれば、そんなものはお話にならない。

 だから小沢は、黙々と金を集め、選挙区ごとに勝てる条件を作り上げるために知恵と力を注ぎ込んで、そのパラドックスそのものを突っ切るように生きてきた。だから、(師匠の田中角栄と同様の意味で)小沢が政治家として面白いのだし、その面白さはまた危うさと紙一重なのであって、だから私は前々から本誌で「小沢という政治的凶器」という表現を用いてきた。旧社会党系を含めて民主党のほとんど全部が小沢を盛り立ててきたのは、そういう小沢パラドックスを百も承知で彼に政権獲りの先頭に立って貰うしかないと思ってきたからで、それをまた私は「小沢支持という冷たい合意」とも表現してきた。

 国民の多くも、程度の差こそあれ同じように考えて、小沢も裏はいろいろありそうだし、好きにもなれないけれども、ここは一つ、危険なまでの破壊力を発揮して自民党政権を倒して貰おうじゃないかという具合に、小沢パラドックスを踏まえた上で政権交代の実現に期待をかけていたのであり、その時に姜尚中のように「小沢一郎氏ほど評価が分かれる政治家はいません。古い体質と新しいビジョンを併せ持ったキメラなのか、自民党の亜流なのか、それとも政党政治の革命児なのか。私にもよく分かりません」(『AERA』3月23日号)と言うのはいかがなものなのか。姜はさらに、いまや小沢に改革派の面影はなく、秘書も逮捕され、「やはり日本の政治を大掃除するには、自浄能力だけでは不十分で、司直の手を借りないといけないのでしょうか」「捜査の手が入った以上、(小沢が)代表に留まるのは国民の目から見て理解しがたいです」と続ける。

 かつて鋭利な論客として名を馳せた彼ほどの人が、こんな腑抜けたようなことを言っているのを聞くのは、私にはいささか衝撃である。第1に、小沢はキメラか自民党亜流か革命児のどれかなのではなく、そのすべてである。それが小沢理解の基本であって「よく分からない」ことなど何もない。第2に、政治の大掃除を検察に委ねることほど危険なことはない。検察は国民のために巨悪を退治してくれる「正義の味方」でも何でもなくて、主としては権力内部の目立った腐敗を除去して現存の権力秩序を維持・守護することを使命とする機関にすぎない。そんな連中にこの国の未来を預けてはならない。第3に、これは国策捜査でないとすれば、世の中のことをよく知らず、政治オンチで、政治資金規正法の扱いにも慣れていない特捜現場の"暴走"によるものと推察され、「捜査の手が入った」からと言って小沢が「ハハーッ」と恐れ入って直ちに辞任しなければならないものでもない。3月24日に検察がどのような起訴あるいは再逮捕の理由付けをするかによっては、もちろん辞任しなければならない場合も出てくるが、小沢自身が言っているようにその判断基準は、彼が辞任しないことが民主党の政権獲りに不利に働くかどうかの一点であって、つまりはそれも政権取りのための政治闘争の一部なのである。

 しかし、辞任するにせよしないにせよ、前原誠司元代表が14日の集会で「あれだけの献金を貰うと、『それが合法であればいいのか』という問題がある。私からすると考えられない数字だ」と述べたのはその通りで、これを小沢が「秘書に任せていて自分は知らなかった」とか「すべて合法的に処理されている」とか、他の自民党議員と同じようなことを言って切り抜けることは出来ない。前原によれば、民主党は以前にはマニフェストに「公共事業受注企業からの献金禁止」を掲げていたが、小沢が代表に就任した後、07年参院選からこの項目が消えた。民主党としてはまず小沢を説得して、この一項を復活させることが第一歩として必要だろう。当然、小沢は、そういう法改正が実現していない以上、西松を含むゼネコンからの献金を受け続けたことは合法には違いないが、しかしこの際私も自分の中にある古いつながりや体質を反省して、その復活に賛成すると表明するのである。

 本来であれば、ゼネコンに限らず企業献金そのものの廃止にまで踏み込んで行かねばならないが、これはそう簡単なことではなく、日本が市民社会としてどれだけ成熟して個人が政治信念に従って献金して政治を支えるという文化を育みうるかという問題と関わっている。現状、個人献金で政治を支えようとするには無理があるので、その代わりに「政党交付金」という形で税金から支出している訳で、そうだとすると、企業献金を減らして交付金と個人献金を増やし、後者の中でまた交付金を減らして個人献金を増やして行くような政治資金制度の抜本改革の道筋を民主党として国民に提示していくことが求められるだろう。それに同意し従うことが、小沢が代表を続ける場合の条件となるのではないか。▲

特別企画:この国の正体(4)

《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第4回は09年3月9日に掲載された山口一臣氏の「『小沢辞めろ』コールはマスコミの怠慢」です。

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山口一臣氏(週刊朝日編集長)

「『小沢辞めろ』コールはマスコミの怠慢」 09年3月9日掲載

http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/03/post_50.html

週明けの新聞各紙の世論調査で、民主党の小沢一郎代表は辞めるべきだ、という意見が半数を超えていた。さらに、小沢氏の記者会見の説明が、「納得できない」という意見が8割前後にのぼっていた。

これを受けて、民主党の党内までが揺れ始めたという。曰く「小沢氏の秘書が起訴されたら、辞任は避けられないだろう」などなど...。

小沢氏の肩を持つわけではないが、日本人はもっと冷静になったほうがいい。一般ピープルならまだしも、いやしくも立法府の構成員である国会議員までが、「起訴されたら......」とは、この人たちは刑事罰の仕組みや刑事訴訟法の精神を理解していないのだろうか。

近く裁判員制度が始まり、誰もが裁判員に選ばれる可能性があるのであえて言うが、小沢氏が民主党の代表を辞めたら、日本の民主主義は、ハッキリ言っておしまいだ。

知っている人にはまったく釈迦に説法だが、まず、「逮捕された人=犯人」ではない。

刑事捜査の原則は任意である。証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合に限って、被疑者の身柄を拘束できる。これが逮捕だ。

しかし、この段階では、被疑者は捜査当局が罪を犯したと疑っているに存在に過ぎない。
逮捕された人、イコール犯人ではない。新聞などでよく「捜査当局の調べによると......」と書かれているが、あれもすべてが事実であるとは限らない。あくまでも、警察や検察など当局がそう思っているという程度の話なのだ。

さらに言えば、起訴された被告人というのも、検察官が処罰に値すると思っている人に過ぎない。裁判で有罪が確定するまでの間は、いわゆる「無罪推定」なのである。

法廷で検察官が縷々述べる被告人の罪状も、あくまでも検察側の「主張」であって事実ではない。捜査員も検察官も人間だから、思いこみや間違いもある。感情的になって、何かをやってしまうことだってある。そのこと自体は非難できない。人間だから当たり前だ。

つまり、何が言いたいのかとい言えば、「秘書が起訴されたら、小沢氏は辞めるべきだ」という論調が、いかに非合理かということだ。

小沢氏は例の会見で、「(秘書が)起訴されることはないと信じている」と、なんともノー天気なことを言っていたが、これはあり得ない。検察が捜査した事件なのだから、検察はメンツに掛けても必ず起訴する。秘書が起訴をされたら、小沢氏は、「法廷で潔白を証明するよう(秘書は)努力するでしょう」と、淡々と述べればよいのだ。起訴の段階では「無罪」なのだから、堂々としていればいい。

こんな当たり前のことを説明しなければならないのは、やはり、これまで日本のマスコミがずっと、

逮捕=犯人
起訴=有罪

というような報道をしてきたからだ、と自戒を込めてつくづく思う。

お恥ずかしい話だが、ぼくも駆け出しのころ、警察・検察のやっていることはすべて正義で、周辺から漏れてくる情報はまったく事実だと思っていた。でも、この仕事を20年以上もやってると、警察も検察も人間の集まりだとつくづく思うようになる。

恣意的な捜査はもちろんあるし、証拠のでっち上げだってやる。ズサンな捜査、思いこみ捜査、ウソやデタラメだってある。そのくせやりにくい相手は取り締まらなかったりする。そんなことも、ごく普通にある。だから、ぼくは納税者の視点での監視が必要だと思うのだ。

その捜査、本当に税金をかける価値があるのか? と。

人事異動が近いから、ちょいちょいと被疑者をつかまえて、異動前にとっとと起訴してしまえば手柄になる。野党第一党の党首なら「大金星」だ。そう思っていたら、相手が思わぬ反発をしてきたので「けしからん」。マスコミを通じて、どんどん悪性情報を流してしまえ。検察を批判するような男を総理にしていはいけない!

そんな気持ちがどこかで働いていなかったか?

誤解しないで欲しいのは、検察官だって人間だから、出世欲もあれば性欲、物欲もある。
だから、いろんな感情があって仕方ないのだ。それ自体を否定しているわけではない。

ただ、そういうことがあることを知っておくべきだと言いたいのだ。それから、マスコミで働く一員として、こういうことをきちんと伝えていけなければならないと思う。今回の事件を通じて、また改めて反省した。

検察は必ずしも正義ではない。検察の言い分は「主張」であって事実ではない。逮捕・起訴された人はイコール犯人ではない。この当たり前の前提での報道を心がけないといけない。それが、どれだけキチッとできているかが問われている。

釈迦に説法でした、すんません......。

2010年1月28日

《インタビュー予告》玉城デニー:平野官房長官発言と抗議文

 沖縄県選出・出身の与党系国会議員で作る「うるの会」(会長・喜納昌吉参院議員)のメンバーが28日、首相官邸に平野博文官房長官を訪ね、移設をめぐる発言に直接抗議文を提出した。

 《THE JOURNAL》取材班は29日、「うるの会」に所属し名護市の選挙区・沖縄3区から選出された玉城デニー(たまき・でにー)衆院議員に直接取材し、平野官房長官への抗議内容や、地元の反応、名護市長選の模様について聞く予定だ。

 玉城氏は今回の面談は、
「過日の名護市長選挙の結果について発言した官房長官の真意と、選挙で示された『民意』の重さを与党議員と相互確認するための話し合い」と自身のブログで述べている。

 平野官房長官の真意とは?「民意」の行方は一体どこに?

【関連記事】
揺れる官房長官 『発言不適切』抗議へ(中日新聞)
面談後官邸にて(玉城デニーブログ)
沖縄県名護市長選、辺野古移設反対派の稲嶺進氏が初当選

 「うるの会」には玉城氏の他に《THE JOURNAL》「政治家に訊く」のコーナーに出演した瑞慶覧長敏(ずけらん・ちょうびん)氏も名を連ねている。

【第17回】政治家に訊く:瑞慶覧長敏

特別企画:この国の正体(3)

 《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第3回は09年3月20日に掲載された田中良紹氏の「政治とカネの本当の話(3)」です。

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田中良紹氏(ジャーナリスト)

「政治とカネの本当の話(3)」 09年3月20日掲載
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/03/post_150.html

 「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介は、戦前商工省のエリート官僚として満州で「産業開発5カ年計画」を主導し、その成果を日本に持ち帰っていわゆる「1940年体制」を構築した。官僚が企業を隅から隅まで統制して計画経済を行う仕組みである。それが戦後の経済成長モデルとなり日本を世界第二位の経済大国に押し上げた。官が司令塔となり、政治が後押しをして自動車、家電製品の輸出でカネを稼ぐ仕組みだが、現在の金融危機によってその構造は崩壊しかかっている。

 岸信介が「妖怪」と呼ばれた理由には色々あるが、一つはロッキード事件、グラマン事件、インドネシア賠償など「金権スキャンダル」の噂が絶えなかったにもかかわらず、一度も逮捕されなかった。岸は「政治資金は濾過器を通せばきれいになる」と語っていた。「濾過器」とは何か。官僚支配のこの国では官僚機構が関与した政治資金は「きれいになる」と言うのである。

 ロッキード事件は全日空が購入したトライスターと防衛庁が導入した対潜哨戒機P3Cの選定を巡って海外から日本の政界に55億円の賄賂が流れたが、摘発されたのは民間の部分だけで防衛庁が絡む疑惑には一切手がつけられなかった。政治家では田中角栄だけが5億円の収賄容疑で逮捕され、50億円の行き先は解明されなかった。

 岸信介とは対照的に「濾過器」を通さずに政治資金を集めた政治家が田中角栄である。田中は総理在任中の1974年に月刊誌「文芸春秋」が特集した「金脈研究」で失脚したと世間では思われているが、本人はロッキード事件で逮捕された後も金権批判を全く意に介していなかった。それどころか「俺は自分でカネを作った。だからひも付きでない。財界にも官僚にも借りはない」と胸を張っていた。しかし「濾過器」を通さなかった事で田中は「金権政治家」のレッテルを貼られた。

 官僚が国民を支配するノウハウには色々ある。前に説明した「誰も守ることの出来ない法律を作り、摘発は裁量によって行う」のも一つだが、他には「すべての施策を官僚が行い、民間にはやらせない」というのもある。そのため民間人が資金力を持ち、その金で社会活動を行うことを官僚は極度に嫌う。要するに「寄付」行為を認めない。

 欧米では税金も寄付もどちらも国民が社会に対して行う貢献である。社会にお世話になり、社会から利益を受けている以上、自分の収入に見合って社会を維持するコストを払う。税金と寄付との間に差はない。だから税金で貢献するか寄付で貢献するかを国民は選択できる。寄付をすればその分税金は控除される。金持ちは税金を払うより自分の名前を冠した劇場を寄付したり、公園を寄付したりする。つまり個人が自分の金で社会的施策を行う。

 ところがこれは著しく官僚支配を弱める。人々が国家より金持ちを頼るようになる。官僚国家の日本では「寄付」は「邪悪な考えの金持ちが私欲のために行う」と考えられ、好ましくないとされる。だから寄付をすると同じ金額の税金を取られる制度が作られ、日本に「寄付」の習慣がなくなった。その考えがそのまま政治の分野にも適用され、「政治献金」は「悪」だとする風潮が生まれた。

 かつて税制上認められていた政治献金は企業の「交際費」である。与党の1年生議員は当選すると企業を回って歩き、後援会への入会と政治献金を求めた。まだ企業が総会屋に利益供与を行うことが認められていた時代には、総会屋を担当する総務部が政治家も担当した。企業にとって政治家は総会屋と変わらず、何かの時の保険で、積極的にはお金を出したくない存在だから、政治家が企業から献金を受けるのは大変だった。

 そうした時に頼りになるのが官僚組織である。民間企業の許認可権を持つ役所が口を利けば、企業は直ちに献金してくれる。議員が大臣になりたがるのは、大臣になればそれ以降は役所がずっと面倒を見てくれるからだ。献金も集めやすくなる。選挙の票も集めてくれる。そして情報も教えてくれる。これが官僚組織が政治家をコントロールする手口である。こうして族議員が生まれてくる。

 政治家が自分で金を作ることや、民間が政治家を育てることは司法によって摘発の対象となった。そして「濾過器」を通らないと「汚れたカネ」として摘発の対象になる。これが政治を官僚組織に従属させ、国民を支配する官僚のノウハウなのである。

 ロッキード事件で丸紅の政治献金が賄賂と認定されると、日本の大企業は政治献金を嫌がるようになった。そこで政治献金の主体が大企業から中小企業やベンチャー企業に移るようになった。その代表がリクルート・グループである。そして三木内閣が政治資金の金額の「規制」に踏み込んだことから、政治献金の形が普通ではなくなった。

 本来、政治資金規正法の主旨は金額の「規制」ではなく、カネの「入り」と「出」を透明化することである。誰からいくら貰い、何に使ったかが分かれば、その政治家の働き振りが分かる。大して仕事をしない政治家は「入り」も「出」も少ない。政治活動を活発に行う政治家は金額が大きくなる。その使い道を見て有権者は政治家として有能かどうかを判断する。ところが三木内閣は「クリーン」を売り物に、世界の民主主義国がやらない金額の「規制」に踏み込んだ。これは政治の力を弱めたい官僚には都合が良かった。

 リクルート・グループは現金ではなく値上がりが確実の未公開株を政治家に提供し、売れば確実に金が手に入るようにした。この手法が違法として摘発されると次に絵画を政治献金に使う手法が現れた。絵画には高価な物もあり、現金を移動しなくとも所有権を移転するだけで献金をしたことになる。竹下登が関わったとされる「金屏風事件」でその一端が明るみに出た。

 金額を「規制」した結果、政治資金は次第に闇に潜るようになり、暴力団の世界と結びつくようになった。バブル期に日本の銀行が軒並みヤクザに絡め取られ、不良債権を累積させたように、政治の世界にもヤクザの資金が入るようになった。恐ろしい話である。それなのに何か不祥事が起きるたびに「もっと規制を強めろ」と言う声が上がるばかりで、「透明化が大事だ」と言う声は聞かれない。政治とカネの関係は国民の見えないところで地下経済と結びついている。

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特別企画:この国の正体(2)

 《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第2回は09年3月9日に掲載された田中良紹氏の「政治とカネの本当の話(2)」です。

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田中良紹氏(ジャーナリスト)

「政治とカネの本当の話(2)」 09年3月9日掲載
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/03/post_146.html

 眉間にしわ寄せキャスターの番組は、昔から「もっともらしい嘘」を振りまくのが得意なのに何故か「報道番組」と称している。この前も某名誉教授が小沢秘書逮捕事件の感想を聞かれて、「政治に金がかかるのが問題だ。政治家はお金を使わずに節約をして生活することが出来ないのか」という趣旨の発言をしていた。そしてスタジオみんなが頷いた。「おかあさんといっしょ」程度の番組なら許される。しかし「報道番組」での発言である。これでは日本の政治は救われないと暗澹たる思いになった。

 政治家の仕事は「国民の財産と安全を守る」ことである。日本人の財産を狙い、安全を脅かす他国から日本人を守るのが仕事だ。オバマ、プーチン、胡錦涛、金正日らと互角に渡り合って日本を守らなければならない。庶民のような生活を心がけるのも結構だが、そんなことを政治家に期待する感覚を他国の人間は持っているだろうか。それよりも政治には大事なことがあると思っているのではないか。オバマやプーチンや胡錦涛に庶民のような暮らしを期待する学者やジャーナリストが他国にいるとは思えない。

 よく「選挙に金がかかりすぎる」と言う人がいる。そう言う人がいるために日本の選挙は民意を反映されない形になった。「金がかかりすぎるから」と言う理由で選挙期間は短くなり、お祭り騒ぎをやめさせられ、戸別訪問は禁止され、選挙カーで名前を連呼するだけの選挙になった。名前を連呼されて候補者の何が分かるのか。何も分からない。要するに「金がかかりすぎる」を口実に、国民に判断をさせない選挙になった。現職議員にとってその方が再選される可能性が高まるからだ。

 選挙期間が十分にあり、戸別訪問を認めて候補者と有権者とが会話をし、国民を選挙戦に参加させるためにお祭り騒ぎをやれば、国民に政治に参加しようという意欲が生まれる。「それだと自分たちに不利になる」と世襲議員や年寄り議員は考える。より若く、情熱があって、意欲的な議員が選ばれる可能性が高まる。政権交代も起きやすい。それをさせないための仕掛けが「金のかからない選挙」という名目で行われた。

 だから日本で選挙に金をかけるのは「悪」である。それに賛成したのが55年体制の野党だった。初めから政権交代を目指さない社会党にとって現状維持で何の問題もない。憲法改正をさせないために三分の一の議席だけを確保すれば良い。過半数は要らない。それが「金をかけない選挙」という思想と共鳴した。そして政権交代をさせたくない自民党と官僚とも利害が一致した。

 学者などがよく言う「金のかからない選挙」とはイギリス型の選挙である。これは日本の選挙と全然違う。候補者が後援会を組織して金を集め、有権者に名前を売り込み、「選挙区のために働きます」と訴える選挙ではない。政党が選挙を行う。候補者は政党から選挙区を指定され、自分の名前ではなく政党のマニフェストを売り込む。戸別訪問で政党の政策を説明して歩く。「候補者は人間でなく豚でも良い」と言われるほど候補者は重視されない。だからお金はかからない。と言うか、すべてを党で面倒見る。日本共産党や公明党のやっている選挙がこれに近い。

 しかし日本でやっている選挙はアメリカ型だ。アメリカ型はマニフェスト選挙ではない。候補者同士が競い合う。アメリカでは「選挙区のために働きます」と言って支持を訴える。支持者から献金を集め、多く集めた方が当選する。だから選挙は金集めの競争である。そのためにはお祭り騒ぎをやって有権者を政治に参加させる。選挙期間も勿論日本より長い。日本と違うのは選挙カーでの連呼ではなく戸別訪問が主体である。

 大統領選挙は長期戦である。1年間の戦いを制するのは金の力である。候補者は企業からも個人からも団体からも金を集める。オバマはそれでヒラリーに勝った。ヒラリーは最後は私費まで投じたが、選挙を続けることが出来なかった。選挙民はその様子を見ながらリーダー足りうる素質を見極める。「政策の競争」などでリーダーの素質は見抜けない。資金集めとスキャンダル攻撃をどう乗り切るかの対応力でリーダーの素質を見分ける。

 自民党の選挙はアメリカ型に近いのだが、日本で「金集め」は「悪」である。日本とアメリカ政治の何が一番違うかと言えば、政治と官僚の力関係である。アメリカは政治が官僚より優位に立ち、官僚をコントロールしている。日本では官僚が政治より優位にいて、政治が官僚にコントロールされる。官僚が最も嫌がるのは政治が力を持つことだ。そのため力の源泉になりかねない要素をことごとく封じ込めた。

 メディアと野党を使って「政治が汚れている」キャンペーンを張り、自民党の力ある政治家を次々「摘発」した。今では自民党も官僚の言うことを何でも聞く「おとなしい子羊」になった。官僚の言うことを聞かない政治家を許さない。それが霞ヶ関の本音である。政権交代が近づいた今、その矢が民主党に対して放たれた。政治資金規正法と公職選挙法は警察と検察がいつでも気に入らない政治家を「摘発」出来る道具である。政治とカネの関係を見誤ると日本の政治は何時までも混迷を続けることになる。

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特別企画:この国の正体(1)

 09年3月3日に西松献金事件が発覚して以降、本誌では日々状況が移り変わる出来事をさらに深い次元で分析・批評するための記事を多数掲載してきました。そこで、現在の「検察VS小沢」の戦いをより深い次元で理解してもらうため、過去に掲載した記事を編集部の独断でピックアップする特別企画「この国の正体」を開始します。創刊時からの読者にとっては既読の記事ばかりとなりますが、今こそこのシリーズに掲載された論考を再読していただき、「この国の正体」を理解する助けとなれば幸いです。

 第1回は、09年3月8日に掲載された田中良紹氏の「政治とカネの本当の話(1)」です。

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田中良紹氏(ジャーナリスト)

「政治とカネの本当の話(1)」 09年3月8日掲載
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/03/post_144.html

 企業献金は「悪」だと言う。なぜなら企業は「見返り」を求めるはずで、政治が企業の利益に左右され、公共の利益を損ねるからだと言う。一見もっともらしく聞えるが、なぜ企業献金が全て公共の利益に反すると断定できるのか。こうした考えは「民主主義の根本」を犯す事になりかねない。世界の民主主義国でこんな事を言う国はない。

 仮に政治家がA社から献金を受け、A社の要求に応えたとしても、それがA社の利益にとどまらず、広く公共の利益になることであったなら、それでも企業献金は「悪」なのか。企業献金を全て「悪」と言うためには、企業の利益が常に国民の利益に反するという前提に立たなければならない。こうした考えに私は極めて懐疑的である。

 まず前提として「民主主義政治」とは何かを考えよう。世の中は立場の異なる多種多様の人間が生きている。男と女、老人と子供、都会と農村、それらの人々の利益は必ずしも同じでない。立場の違う人間が対立し、いがみ合えばみんなが不幸になる。そこで立場の違う人間を「共生」させる知恵を出す事が必要になる。それが「政治の役割」である。

 民主主義でない政治はどうするか。例えば王様の政治や独裁政治では権力を持つ者が「正しい」と決めた「政策」を全員に押し付ける。その「政策」で救われる人間もいるが、命を失う人間も出てくる。しかし民主主義でない政治は、権力者が「正しい」と決めた事が全てである。無視される立場の声は一顧だにされない。

 民主主義政治は異なる立場の人間の声に耳を傾けようとする。だから様々な立場の人間が自分たちの代表を政治の場に送り込み、自分たちの要求を主張してもらう。政治の場では様々な意見がぶつかり合い、議論を重ね、お互いが相手の主張を理解した上で結論を出す。話が折り合えば「妥協」が成立する。話がつかなければ多数決で決める。その場合でも、少数意見を尊重し、みんなが少しずつ「譲歩」する修正を施し、なるべく不満が残らないようにする。民主主義政治は「正しい」政策を選ぶ政治ではない。みんなで話し合ってみんなで「妥協」する政治である。

 国民はそれぞれ自分たちの代表を選ぶ。そしてその議員を応援する。応援とは政治活動費を献金する事である。献金を多く集める政治家は多くの人から支持されている証拠である。いや違う。金持ちや企業からの献金の方が多額になると言うのなら、貧乏人は小額でも数を集めて対抗すれば良い。そして投票するのに金はかからないから、民主主義は貧乏人が不利になる仕組みになっていない。

 ところがこの国には「政治献金は金持ちを有利にする」と不満を言う人がいる。しかし献金をしなくとも投票の権利はあり、小額でも数を集めればパワーになるのに、それもしないで不満だけを言う身勝手な人間が多い。そういう人間に限って、他人が献金するのを妬ましく思うのか、妨害する。それが民主主義を妨害しているとは思わない。

 「利益誘導政治はけしからん」と言う人がいる。これも民主主義を否定する理屈である。民主主義政治で政治家がやる事は自分を応援してくれる人たちの主張を実現する事である。言い換えれば支持者に「利益」を誘導してやる事である。それを否定してしまったら民主主義政治は成り立たない。企業の利益を代表する政治家、労働者の利益を代表する政治家、女性の利益を代表する政治家、農家の利益を代表する政治家、それらの政治家がみな支持者のために働くところに民主主義がある。

 企業の利益を代表する政治家が「企業献金」を受けて、企業の利益を図るのは別に問題ではない。問題となるのは、その企業の利益と公共の利益が相反し、にも拘らず公共の利益にならない事を権力を持つ政治家がやった場合である。それは贈収賄と言う犯罪に当たるから捜査機関が摘発すればよい。しかし一般的な企業献金まで「悪」だとする考えは民主主義政治を否定する考えだと私は思っている。

 ところが日本では企業献金を「悪」だとして禁止している。そのため何が起きているか。企業が政治団体を作ればその献金は認められるという、「まやかし」と言うしかない制度が作られた。その政治団体が企業の利益と反する要求をするはずがない。企業そのものと考えておかしくない。それなのに企業は駄目で政治団体なら良いという不思議な仕組みの中に官僚支配のからくりがある。

 官僚が国民を支配する要諦は「守る事が難しい法律」を作る事である。車の法定速度を守ったら渋滞が起きる。誰も守っていないのが普通である。警察は普通は見逃している。それで国民生活に支障はない。しかし時々警察は捕まえる。運転手は「運が悪かった」と思う。この時々警察の都合で捕まえるところに官僚の「裁量」が働く。官僚は法律違反を常に見逃しながら、都合で取り締まる。警察に歯向かう人間は取り締まられ、警察にゴマをする人間は見逃される可能性がある。

 スピード違反だけの話ではない。公職選挙法も「厳格に守った人間は必ず落選する」と言われるほど「守る事が難しい法律」である。「お目こぼし」と「摘発」は警察の思いのままだ。税金も「何が脱税」で「何が節税」かの区別は難しい。政治資金規正法も「守るのが難しい」法律である。みんなで同じ事をやっていても、取り締まる方が目をつけた相手は「摘発」され、同じ事をやっているその他は「お目こぼし」になる。これで政治家はみな官僚に逆らえなくなる。

 政治資金規正法を厳しくすると、最も喜ぶのは官僚である。これで政治が官僚より優位に立つのを抑える事が出来る。政治が力を持てばいつでも「摘発」して見せ、メディアに「政治批判」をさせ、国民を「政治不信」に堕ち入るようにする。「政治不信」こそ官僚にとって最も都合が良い。これで政治家を官僚の奴隷にする事が出来る。その事に協力してきたのがかつての野党とメディアである。

 「政治は汚い」と国民に思わせるように官僚は仕組んできた、それに応えてメディアは「政治批判」をする事が「権力批判」だとばかりに、口を極めて政治を罵倒し、官僚と言う「真の権力」にゴマをすってきた。国民はこの国の権力の本当の姿を見せられないまま、政治に絶望してきた。

 アメリカには個人献金もあるが企業献金もある。日本ではオバマがネット献金を集めた話ばかりが伝えられているが、オバマを勝たせたのはウォールストリートの企業献金だと私は聞いている。政治献金は透明性が大事であって、裏金は問題にすべきだが、表に出ている政治資金で捜査機関が政治の世界に介入する事は民主主義国では許されない。そして金額の多少を問題にする国も民主主義国家ではない。それを問題と考えるのは、政治に力がつくと困る「官僚の論理」である。これを私は「民主主義」と対立する「官主主義」と呼んでいる。「小沢代表の金額が突出して多い」と問題にするのは官僚か、その奴隷に成り下がった政治家とメディアだけだ。次回は政治献金の金額を巡る「嘘」を書く事にする。

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2010年1月26日

事件報道自体の量的抑制が必要だ(ブログ「ニュースの現場で考えること」より転載)

高田昌幸氏(北海道新聞 東京編集局国際部次長)

ブログ「ニュースの現場で考えること」1月26日より転載 http://newsnews.exblog.jp/

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「事件報道自体の量的抑制が必要だ」

日付は1月26日に変わったから昨日25日のことになるが、夕刊に何紙かにこんな記事が出ていた。またまた小沢一郎民主党幹事長の資金疑惑に関連する件である。

記事によると、逮捕されている石川知裕議員の手帳(地検が押収したことになっている)の2004年10月15日の欄に「全日空」という文字が書き込まれていた、という。この日は、水谷建設元幹部が東京・港区の全日空ホテル(現在はANAインターコンチネンタルホテル)の喫茶店において、石川議員に5000万円を渡したと供述した、とされている日だ。つまり、供述を補強するかのような証拠が石川氏側の押収物にあった、という話だ。

これが事実なら、相当の決定打である。実際、各報道はそれをずいぶんと大きく扱っている。同じニュースは昼のテレビでも流れていた。

しかし、普通の記者なら(記者でなくとも)疑問を持つ。あのホテルは、私の今の職場にも近く、時々利用するが、ロビー階の喫茶店は吹き抜けであり、大勢の人が出入りする。おまけに喫茶店をぐるりと取り囲むような回廊が上部にあり、回廊からは喫茶店をぐるりと見下ろすことが可能だ。どこからも丸見えなのである。およそ、秘密の会合に相応しい場所ではない。しかも、よく知られているように5000万円は重さ5キロである。そんな場所で、そんな嵩張る・重いヤミのカネの受け渡しなどするのだろうか。

そんな疑問を感じていたら、案の定というべきか、午後になって、問題の手帳は2005年のものだった、という報道が出始めた。「2004年10月15日の欄」に「全日空」の記載があった、という報道の事実上の撤回・修正である。しかも、「全日空」の記載は「4月」だったという。年も月も、水谷元幹部の「供述」と全然違っているではないか。それに「05年4月」は、大久保秘書が5000万円を受け取ったはずの日だったのでは? もう何がなんだか、の大混乱である。

話は少し変わるが、日本の事件報道は、「続報主義」である。いったん事件が起きれば、連日のように「続報」を流す。いったん逮捕されれば、起訴までの拘留は最大23日に及ぶが、その間、捜査の途中経過情報を元に、ああでもない、こうでもない、と書くことに全力を挙げていく。私の感覚では、明らかに「事件報道の量の過剰」である。いったい、どうしてこんなことになってしまうのか。答えはもちろん一つではないが、記者クラブの硬直した配置にも原因がある、と私は考えている。

いま発売中の「ジャーナリズム 2010年1月号」(朝日新聞社)に、私は「記者クラブと記者室の開放問題を考える」という拙文を記した。記者クラブは既存メディアによる情報カルテルであってはならないし、いい加減にもう、記者クラブは(記者会見も記者室も)広く開放しなさい、いつまでこんな体制を既存メディアは墨守するつもりか、既存メディアの編集幹部は「開放」を決断しなさい、というのが論旨だが、その中で、こう書いた部分がある。

<以下引用>
 ......時代が変われば、取材体制も変わる。これは当たり前の原則のように思えるが、過去、記者クラブの新設・廃止は、省庁再編時などを除き、実例はあまり多くない。しかも、地方へ行くほど、この体制は変わっていない。戦後のすぐ後から、都道府県庁、警察(検察・裁判所)、市役所、経済の4分野の記者クラブが主軸として存在してきた。

 この硬直的なクラブの配置も、大きな問題である。日本の報道機関の場合、外勤記者の多くは記者クラブに所属し、記者室をベースに取材しているのだから、社会が激しく変容しても、記者クラブの配置が変わらない限り、取材の方向はなかなか変化しない。

 最近では、長引く不況を背景に、労働紛争が多発しているが、それに伴って各地の労働基準監督局・署に記者クラブを新設するという話は聞いたことがない。何も、労基局・署に新しい記者クラブをつくれと言っているわけではない。しかし、警察が扱う犯罪はしばしば報道されるが、労基局・署の扱う事案は、あまり報道されない。その差異が持つ意味は、もっと深く考慮されて良い。

 報道各社はいま、現行の記者クラブを固定的なものとして捉え、そこに記者を常駐させることで、社会の多くの分野をカバーできているとの錯覚に陥っている。
<引用終わり>

同じ「ジャーナリズム」誌の昨年5月号では、スウェーデンの犯罪報道事情を紹介した。何でもかんでも北欧がいいとか、そんなことを云うつもりはないが、スウェーデンで「おおお」と思ったのは、いわゆる事件報道の抑制的なところである。犯罪自体が少ない国ではないが、事件報道の量は相当に少ない。同誌でも紹介したダーゲンス・ニーヘーテル紙(約35万部)のベテラン犯罪担当、ステファン・リシンスキー記者(55=取材時)の発言を引用してみる。(なお、スウェーデンにはいわゆる全国紙はなく、部数は日本より総じて少ない。ニーヘーテル紙はストックホルムの有力紙)

<以下、「ジャーナリズム」2009年5月号からの部分引用>
 ......同社の記者は約260人。ちょうど半数が女性で、事件担当はリシンスキー記者を含めてわずか2人しかいない。日本のメディアでは考えられないほどの小所帯で、警察も検察も裁判も担当する。警察取材で発生段階の事件原稿を短く書くこともあるが、ほとんどの事件取材は検察の起訴を契機に始まるという。

 リシンスキー記者の説明は明快だ。

 「捜査段階では、あいまいな情報が非常に多く、とくに初期の情報は完全な間違いが多々含まれている。だから、事件の内容を正確につかむには、起訴後に弁護士や検察官に取材した方が確実だ。これは小学生でも分かる理屈だと思う。われわれが報道すべきものは、事件の社会的意味や背景、司法プロセスが適正かどうかなどであって、捜査段階の不正確な捜査情報ではない」

 スウェーデンでは、捜査終了後、被疑者・弁護人側がすべての記録を閲覧できるため、そこを通じて記者も事件のほぼ全容を把握することが可能だ。従って、捜査段階で仮に間違った報道を行えば、すぐに記事の誤りが判明するという。そうした事情もあって、同記者自身、発生段階や捜査段階での激しい取材合戦に遭遇した記憶はない。

 「それに」とリシンスキー記者は言う。

 「捜査が進めば警察も事件の全体像が見えているが、初期段階では彼らも何がどうなっているか分かっていない。しかし、どの組織もそうだが、警察はとくに自分たちが社会のためにあることを強調したがる」

 そして、最近は「売るため」に捜査当局に寄り添い、結果として報道の原則を無視するような新聞が出てきたと、同記者は非難した。最大の矛先は、同国最大の大衆紙、タブロイド判の夕刊「アフトン・ブラーデット」(約40万部)である。

 アフトン・ブラーデットの実質的な編集長、ヤン・ヘリン編集局次長(40)は、若く、エネルギッシュだ。はきはきした言葉遣い、熱の入った身ぶり手ぶり。同紙は大きな活字や写真を使って、世の中の出来事を大々的に報じるのが特色だが、それでもヘリン局次長は「英国の大衆紙がうらやましい。自分も『ザ・サン』(英国の大衆紙)のような新聞をつくってみたい」と正直だ。

 もっとも、そのヘリン局次長でさえ、日本や英国の事件報道のありようからすれば、相当に抑制された考えの持ち主だ。それは、面談中の約2時間、彼が「報道で裁判の公平、公正を壊してはいけない。報道人だから詳しく書きたいが、それは判決後に書ける」と繰り返し強調していたことからも疑いない......
<引用終わり>

当局に寄り添った「捜査の途中経過」記事が、なぜ、かくもこんなに多いのか。それが実社会にどんな影響を与えているのか。それを本当に冷静に考えないと、いよいよ、日本のメディアはこの先、どうにも方向転換ができなくなるのではないか。それに、書くことは、ほかにもっともっとあると思うよ。

2010年1月25日

小沢問題より予算の審議を:日経ビジネス世論調査

 日経ビジネス・オンラインは、どういうわけか、国会が始まった1月18日にウェブサイトを通じて行った緊急アンケートの結果を今頃になって掲載した。有効回答886、同誌の読者層を反映して男性が8割超、40代が4分の1を占めるなど回答者が偏ってはいるものの、今国会の中心テーマについて、「政治とカネ」「どちらかと言えば政治とカネ」と答えた人は22.2%、「予算関連の論戦」「どちらかと言えば予算関連の論戦」が64.4%に達するという「意外な結果」が出た。

 また、小沢が幹事長を「辞任すべき」「どちらかと言えば辞任すべき」は計48.7%で、半数近いが、複数の全国紙が 16〜17日に実施した世論調査で7割近くが辞任すべきと答えたのに比べると、だいぶ隔たりがある。同誌は「検察というもう一方の"巨大権力"に対しても懐疑的な見方があるのだろう」と注釈した。実際、検察が行った関係先への強制捜査や、国会直前に現職国会議員を逮捕する手法については、「強引」「どちらかと言えば強引」が46.9%を占め、「適切」「どちらかと言えば適切」の37.8%を上回った。

 事件を巡る小沢の説明責任については、「果たしていない」「どちらかと言えば果たしていない」は67.4%と批判的な答えが圧倒的だった。

 また、昨夏の衆院選と今夏の参院選のそれぞれ比例区での投票先を聞くと、民主党は40.2%から27.5%に減少したが、自民党は23.1%から14.9%と、減少率は自民党のほうが大きい。

 全体として、40代を中心とするビジネスマン層は、検察・マスコミ・自民党連合軍の小沢抹殺キャンペーンにそうそう騙されている訳ではないということである。

 これは、国会開会当日の調査であり、その後、自民党が国会で専ら「政治とカネ」の問題で民主党を責め立て、また検察による小沢の事情聴取も行われた今日の時点で、この傾向はさらに深まったのか反転したのか、再調査が待たれる。

■国会審議、政治とカネより予算を 緊急アンケート結果報告(日経ビジネスオンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100122/212361/?P=1

沖縄県名護市長選、辺野古移設反対派の稲嶺進氏が初当選

24日、 沖縄県名護市長選が投開票され、同市辺野古への移設反対を主張する稲嶺進(いなみね・すすむ)氏が、条件付移設を容認する現職の島袋吉和(しまぶくろ・よしかず)氏を破り初当選した。

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾[ぎのわん]市)の移設先が争点となっていた選挙であったが、今回の結果により、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古[へのこ])への移設が難しくなったと見られる。

これまでの3回は移設容認派が当選しており、反対派の勝利は初めて。

結果は以下のとおり...

稲嶺 進(64、元名護市教育長)=1万7950票
島袋吉和(63、現職)=1万6362票

有権者数:4万4896人(男:2万2005人・女:2万2891人)
投票率:76.96%
投票総数:3万4552票
※有効投票数:3万4312票、無効投票数240票、持ち帰りなど:1票

【関連記事】
■名護市長選、稲嶺進氏が初当選 辺野古移設困難に[琉球新報]
■名護市長選 市民の意思伝えたい...当選の稲嶺氏[Yahoo!ニュース]
■普天間移設 平野官房長官、辺野古案を排除せず[琉球新報]

2010年1月24日

《インタビュー》河野太郎:エサをもらうための検察報道

 自民党の河野太郎(こうの・たろう)衆院議員は22日《THE JOURNAL》のインタビューに答えた。河野氏は推定無罪の原則に触れ、検察官が"有罪確定する前"の被疑者の供述内容を外部に漏らすこと(リーク)は問題であると指摘した。

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 後半部ではメディアと情報源の関係性にも触れ、記者クラブの閉鎖性、役人の顔色をうかがいながら報道するメディアの姿勢を批判し、政治家、メディア、官公庁それぞれが果たす役割を語った。

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2010年1月22日、自民党本部:《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

2010年1月23日

23日、小沢一郎幹事長の事情聴取後会見内容

23日、都内ホテルで東京地検特捜部の事情聴取を受けた小沢一郎(おざわ・いちろう)民主党幹事長が、終了後、同ホテルで記者会見を開きました。

ネット中継されていた映像から、小沢幹事長の会見内容を"ほぼ"そのままテキストにおこしましたので、すでに報道をご覧になった方も、是非ご参考ください。

後半の質疑応答に関しましては、質問部分を一部要約しています。

*  *  *  *  *

【アナウンス】

ただ今から会見をおこないます。
本日、午後2時ころより午後6時30分ころまで、東京地検特捜部の要請により、小沢幹事長が事情説明をおこないました。
まず、その概要につきまして、小沢幹事長の方からご説明をさせていただきます。

【小沢幹事長】

今、お話がありましたように、2時から6時半ごろまで、事情の説明をおこないました。
みなさんすでにご承知のとおり、その内容は[世田谷区]深沢8丁目の土地購入に関係する資金の問題と、それから、政治資金報告書の点についてでございました。
みなさんのお手元にもペーパーを配られておると思いますけれども、資金を全てそれにあててしまいますと、後援会の運営資金・活動資金がなくなってしまう、という状況のもとで、わたくしの個人的な資金を貸し付けするということになったということでございまして、この点についてのいろいろなお尋ねがありまして、わたくしは何も隠しだてすることではございませんので、わたくしの記憶している限り事実をそのまま包み隠さずにお話を申し上げました。
それから、報告書の問題についてでございますけれども、[平成]16年の売買が17年の売買のように報告されておるということの問題について、わたくしにそれを「知って売ったのか」また「どういうことでそのようなことになったのか」いうようなお尋ねでございました。
わたくしは、秘書の事務所を兼用した居住不動産についての、いわゆる、後援会に対しての原資の貸し付けと、それを買うことに決めて原資を貸し付けたということがわたくしの事実の全てでございまして、あとの具体的な事務につきましては、当然のことながら、その担当の者がおこなったということでございまして、わたくしがその実務的な点についてまで、どういう場合でもそうでありますけれども、立ち入って関与したことはありません。
特に、この問題につきましては、わたくし自身、今日も全て検察官の質問に素直に答えましたけれども、そのお金についても、別に隠しだてする必要の全くないお金でございますし、また、その日付を翌年にいたしたからといって、政治家としてなんら困ることもメリットも何もないわけでございまして、そういう意味において、わたくし自身としては、このような経理の仕方の、されたということであるならば、それはわたくし自身は全くわたくしの立場からすれば、「分からない」というふうにお答えをいたしました。
そのほか、同じ問題につきまして、いろいろな質問をいただきましたが、それに対しまして、具体的にわたくしの知っている限りのことを申し述べたところでございます。
そのお手元に配布しておりますペーパーを読んでいただければお分かりになると思いますけれども、本日の事情の説明はそのことが大部分であったことを報告いたします。

【質疑応答】

── 石川議員が逮捕されたあとも続投の意思を示されてきましたが、今日の聴取を受けたうえであらためて進退についてお聞かせください。それから、特捜部からの聴取の要請に今になって応じることになった理由をお聞かせください。

わたくしは、幹事長を今辞めなければならないようなこと、うちの担当だった秘書たちも含めてですけれども、そういうことについては、国民のみなさまにお詫びを申し上げなければなりませんけれども、自分自身としては与えられた職責をまっとうしていきたい、そのように考えております。
それから、今になってということですけれども、捜査にはいつでも協力するというふうに伝えてきました。そして、わたくしが事情を説明するにいたしましても、やはり、問題点が整理されてからの方がいいだろう、ということもありまして、結果として今日になったんですけれども、捜査については今までも、そして今後も協力してまいりたいと思います。

── 4億円についての説明の経緯が変わってきてるのではという点についてお聞きしたいんですけれども、去年までの説明は、陸山会の4億円の定期を担保に銀行からお金を借りて土地を購入したと説明されていたと思います。先週になって、4億円は父の遺産を管理していた銀行口座から引き出し、自宅で保管していたと説明を変えたと思いますけれども、そしてまた今日の説明も少し変わってると思うんですが、なぜこう説明が変わったんでしょうか?説明が変わるのはおかしいと感じているのですが、いかがでしょうか?

わたくしは、説明をそんなに変えたつもりはございません。
今日は地検に対する事情説明でございますので、個別のことは今までみなさんに申し上げておりませんでしたけれども、その個人資金について申し上げたということでございます。
もちろん、国民のみなさんに、お騒がせしたいへん恐縮して申し訳なく思っておりますけれども、個人資産のその中身までをあえて公表する必要性もなかったと思っておりますが、このような事態なので、今日具体的にわたくしからお話を申し上げたということでございます。

── 今日の会見で国民への説明はしきれたとお思いでしょうか?

少なくとも今日は、地検の捜査の担当の方に全てを申し上げました。
したがいまして、その意味で、わたくしは、今回のことについての説明はいたしたと思っておりますけれども、今後、さらに国民のみなさんに必要に応じて説明すべきことは説明したいと思っております。

── 水谷建設からのお金が小沢さんの事務所に流れてるという話がありますが、それについて、今日の事情聴取で特捜部から話を聞かれたんでしょうか?また、聞かれたとしたら、幹事長は何とお答えになったのでしょうか?

それがメインではありませんでしたけれども、お話はありました。
わたくしは、そのような不正なお金は、水谷建設はもちろんですけれども、ほかの会社からもいっさい受け取っていない、また、わたくしどもの担当の秘書たち、あるいは秘書たちだった者も、そのような不正なお金を受け取っていないとかたく信じている、と、そのように申し上げました。

── 本日の事情聴取の中で、先に取り調べを受けている石川議員らの自供内容についてのお話が出ましたでしょうか?一部新聞によりますと、すでに石川議員が政治資金収支報告書の虚偽記載に関しての事前承諾・共謀など報道がありました。一方、リークが報道とスクラムになっているという批判も起こっております。こうした検察の捜査のあり方や報道のあり方についてもご見解をお示しください。

石川はじめ、他の2人も含めて3人の供述内容についてのお話等はありませんでした。
また、後半部分の報道の中身については、ぜひ、できるだけ公正に冷静に報道していただきたい、と、わたくしとしては願っております。
検察は、いわゆる準司法的な立場も有しておられる方々ですので、ぜひ、公平公正な捜査をおこなっていただきたいと同時に、本日、直接お会いしてわたくしも知っている全てをお話いたしました。
もちろん、それで納得していただけるということではないかとは思いますけれども、わたくしの説明につきまして、真剣に聞いていただいたことだけは間違いないだろうと思っております。

── 収支報告書の虚偽記載の件でご確認をさせていただきたいのですけれども、これまで幹事長は「単純な記載ミスである」とご説明されていました。今日の会見では「一切関わっていない」とおっしゃっておられますが、そうだとすれば、何故単純ミスだと評価がこれまでできたのでしょうか?

わたくしが言っておりますのは、単純な記載ミスはあったかと思うけれども、不正なお金を受け取ってうんぬんというたぐいのことはないとわたくしは信じておる、と、いうふうに党大会でも申し上げたとおりでございまして、現時点におきましても、石川議員、また、他の秘書も精一杯自分の任務を果たそうとして努力してきた、と、そのように信じております。

── 今日の事情聴取の中で、検察官から黙秘権を告げられた?調書にサインはされたのでしょうか?

わたくしに対する告発があったということで、被告発人として説明をうかがうという話をいただきました。そしてその時に「黙秘をする権利もあります」という話もうかがいました。わたくしは、一切黙秘権を行使しておりませんし、全て答えておりました。調書については2通署名をいたしました。

── 進退問題についてあらためておうかがいいたします。東京地検との今回のやりとりを聞いておりますと、政治資金収支報告書の問題に幹事長が関与していらっしゃる、という見方を地検もしてると思われるんですけれど、なんらかの刑事責任を問われた場合、幹事長職を続けながら最後まで戦われるんでしょうか?

わたくしは、そのような疑問をといていただくために事情の説明をいたしただけで、あなたのおっしゃるとおり「こうだったらどうする?」ようなことを今考えておりません。

── 幹事長は民主党大会で、検察のやり方について「このようなやり方はとうてい容認できない、断固戦っていく決意だ」とおっしゃりました。今日、聴取を受けられましたが、決意はお変わりありませんでしょうか?

わたくしが申し上げているのは、わたくし自身がそのような不正なお金であり行為であり、そのようなものをもらってもいないししてもいない、この考え方は今後も変わりません。
ただ、公平公正に捜査をしていただく以上、それに対する協力は今後もしてまいりたい、そのように思っております。

*  *  *  *  *

以下は、事情聴取後、マスコミ各社に配られた「陸山会への貸付等に関する経緯の説明」と題した報告書の全文です。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

本日は、午後2時ころより午後6時30分ころまで東京地検特捜部の要請を受けて事情説明をいたしました。

今までは、検察官への説明前の段階だったので、発言を差し控えておりましたが、この機会に、新聞・テレビ等で報道されております陸山会の不動産購入とこれに関する資金の流れ等についてご説明いたします。

◇陸山会に4億円を貸し付けた経緯

秘書の数も増え、妻帯者も増えたので、事務所兼用の住居を提供したいと思っていたところ、秘書が本件土地を見つけてきて、これはいいのではないかということになりました。それで、秘書に不動産業者にあたらせたところ、土地売買代金額が金3億4000万円余りと決まりました。

そこで、この土地を購入することになりましたが、当時陸山会の経理を担当していた秘書から各政治団体の資金をかき集めればなんとかなるが、そうすると各政治団体の活動費がほとんどなくなってしまうので、私に何とか資金調達できないかと言ってきました。

そこで、私は自分個人の資産の4億円を一時的に陸山会に貸し付けることとしたのです。

◇平成16年10月に私が陸山会に貸し付けた4億円の原資について

(1)昭和60年に湯島の自宅を売却して、深沢の自宅の土地を購入し建物を建てた際、税引き後残った約2億円を積み立てておいた銀行口座から平成元年11月に引き出した資金2億円(2)平成9年12月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金3億円(3)平成14年4月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金6000万円を東京都港区元赤坂の事務所の金庫にて保管していました。平成16年10月には、同金庫に4億数千万円残っており、うち4億円を陸山会に貸し付けました。

4億円の一部は建設会社からの裏献金であるやの報道がなされておりますが、事実無根です。私は不正な裏金など一切もらっておりませんし、私の事務所の者ももらっていないと確信しています。

◇4億円の銀行口座への入金や売買代金支払いへの関与について

全て担当秘書が行っており、私は、全く関与していないので、具体的な処理については分かりません。

◇所有権移転日を平成17年にした理由について

そのことについては何の相談も受けていません。

購入資金は自分で出しており隠し立てする必要はないし、また所有権移転日を翌年にすることに政治的にも何のメリットもないので、何故翌年にしたのか私には分かりません。

◇売買代金支払い後に定期預金を組んで預金担保に借り入れをした理由について

具体的な事務処理については、私は関与していないので分かりません。

◇銀行から融資を受ける際に個人が借り入れ、陸山会に貸し付けた理由

これについても私は関与していないので分かりません。

ただし、以前に陸山会が不動産を購入した際にも金融機関から個人での借入を要請されたこともあったので、担当秘書から銀行の書類に署名するように頼まれ、そういう理由からと思って署名したことはあります。

◇収支報告書の記載について

私は、本件不動産に関する収支報告書の記載については全く把握していませんでした。また、収支報告書の記載内容について、相談されたり、報告を受けたこともありません。

◇収支報告書の内容の確認について

常々、担当秘書には、政治団体の収支についてはきちんと管理し、報告するように言っていましたが、実際に私自身が帳簿や収支報告書を見たことはありません。担当秘書を信頼し、実務については一切任せておりました。

担当秘書から、各政治団体ごとの収入支出と残高などの概要について報告を受けることはありましたが、収支報告書の内容を一つ一つ確認したことはありません。

"鼠一匹"も出ない? 小沢事情聴取ーー追い詰められているのは検察である

takanoron.png 東京地検特捜部が目指しているのは、政治家=小沢一郎の抹殺すなわち議員辞職であり、それは無理だった場合でも、せめて幹事長辞職に追い詰めてその影響力を決定的に削ぐことである。

 すでに逮捕されている3人の元秘書に対する容疑は、政治資金報告書の「不記載」(規正法第25条1項2号)や「虚偽記入」(同3号)など、平たく言えば「帳簿のつけ間違い」で、本来は、問題があれば修正すれば済む程度の経理係レベルの形式犯にすぎない。こんなことで3人を起訴すること自体、「言いがかり」に近い不当起訴であり、ましてや帳簿記載方法のいちいちを知るはずもない小沢本人に累が及ぶことではない。

 もちろん、問題の土地を購入すること自体は小沢の指示・了解に基づくものであり、またそのための資金調達にも彼が携わっているのだから、仮に帳簿に何をどう記載したり記載しなかったりすることには直接関わっていなかったとしても、「不記載」や「虚偽記入」の「共犯」として小沢を起訴することは可能である。しかしこれもまだ形式犯の範疇であり、それで与党の大幹事長を失脚させようというのはいかにも無理な話である。

 そこで検察としては、これが単なる「帳簿のつけ間違い」でなく、ゼネコンの裏献金を用いて土地を購入し、またそのような資金の出所を偽装するためにわざと銀行融資を立てるなど、小沢自身が指揮して行った極めて悪質な意図に基づく「帳簿操作」だったというお伽噺を作り上げる必要に迫られた。そのために、無理は承知で3人の元秘書を逮捕し、また小沢本人にも任意聴取を求めて、何とかしてこのデッチ上げの材料を掻き集めようと計ったのである。

 これは無茶苦茶で、この大騒動の結果"鼠一匹"も出て来ずに検察が大恥をかくことになる公算が大きい。

●水谷からの5000万円?

 検察がデッチ上げたいお伽噺の中核は、この購入資金に「水谷建設からの5000万円の裏献金が混じっている」ということだが、これがまず実証不能だろう。

 第1に、水谷側の供述の信用性に大いに疑問がある。郷原信郎が指摘しているように、水谷側が検察の言いなりになって注文通りの供述をしている可能性がある。

 第2に、一般論として、この手の公共事業で政商的な地方の中堅ゼネコンが大手スーパーゼネコン(この場合鹿島建設)の下に入って下請け仕事を請け負おうとする場合に、「ウチは前々から○○先生(この場合小沢)とは昵懇で、しかるべき手は打っておきましたから」とか「この地元はヤクザ(この場合岩手県の田舎ヤクザ)がうるさくて私のほうで始末しておきましたから」とか言って、その"実績"を手土産に下請けに入り込み、しかもそのための闇経費分を下請け工事代金に上乗せしてスーパーゼネコンから支給して貰っていたりする。ところが、てなことを言って中堅ゼネコンがスーパーゼネコンから裏工作資金の支給を受けても、実際には政治家やヤクザに金を払っていなかったり、もっと少ない金額を払っただけだったりして、全部または一部をネコババしているケースもある。

 水谷あたりだとせいぜい年商100億円程度で、それで表献金として自民党政治家を中心に10億円も配っていては利益など吹っ飛んでしまう。そこで裏献金分のネコババが実質的な利益になったりするのである。そこを突かれると、裏支給を受けているスーパーゼネコンへの申し開きとしても、税務当局への言い逃れとしても、「いや、確かにあの政治家の秘書に金を渡しました」と言い張ることにならざるを得ない。従って、本当に水谷が石川にその5000万円を渡したかどうかは分かず、「受け取っていない」と言っている石川が正しいのかもしれない。

 第3に、これも一般論として、政治家秘書の側でも、しょせんはそういう闇の金であるから、帳簿に記入しないで済ませたり、自分でポケットに入れてしまったりする場合がある。石川が水谷から受け取ったにもかかわらず、自分でネコババしてしまったから「受け取っていない」と言い張っている可能性も絶無ではない。

 とすると、検察が思い描くお伽噺が成り立つには、(1)水谷から石川に本当に5000万円が渡っていた、(2)その金を石川はどこにも流し込まずにそのまま封も切らずに取っておいた、(3)土地購入資金を調達することになった時に、石川が「ここに水谷からの5000万円があるので、残りを小沢先生のほうで何とかお願いします」と言い、小沢が「おおそうか。では後は私のほうで何とかしよう」と答えたとかいうやりとりがあったことを、石川・小沢双方が認めた――という事実が確定できない限り難しい。仮に事実がそうであったとしても、それを裏付ける供述が2人から出揃う可能性はゼロである。

●マネー・ロンダリング?

 もう1つのポイントは、小沢がゼネコンからの汚い金で土地購入をしようとして、それを誤魔化すために、しなくてもいい銀行融資をしたのかどうかということである。

 検察が根本的に分かっていないのは、ごく普通の中小企業の月末の資金繰りというのはこんなものであるという世間常識である。

 まず第1に、良いか悪いかは別として、小沢は1つの「党内党」を作り上げている。彼個人が所有する私兵集団として20名ほどの秘書を丸抱えして、彼らを合宿状態で住まわせて、いつでもどこへでも派遣可能な選挙プロフェッショナルとして鍛え上げてきた。本来から言えば、そのようなオルグ機能は民主党本部が党として持つべきであるが、そうはなっていない現実では、小沢が私的に代位してきた。それこそが選挙上手=小沢のいわゆる"実力"の源泉である。

 第2に、その小沢私兵集団の経営形態は、「小沢商会」とも言うべき個人商店である。事業主としての小沢個人が君臨して、中心的な企業としての「陸山会」があって、他にもいくつか休眠状態のものも含め子会社があり、それらの間で資金を融通し合ったりするのは当たり前だし、会社本体が資金が苦しい時に事業主が自分や夫人名義の預金を崩して一時立て替えしたり会社に貸し付けをしたりしてその場を凌いだりするのも大いにあり得ることである。立て替えや、短期に相殺される個人の貸し付けを、帳簿にどう付けるかは微妙なところで、税務当局との間で「見解の相違」が生ずる場合もあったりする。

 第3に、定期預金を積んでそれを担保として銀行融資を受けるというのはごく普通にあることで、それがマネーロンダリングを目的とした不正操作ではないかと疑うのは世間常識とかけ離れている。不動産購入のためにまとまった代金を支払わなければならない時に、それを手持ち資金で賄ってしまうと手元現金が枯渇して月末の支払いに窮するという場合に銀行借り入れを起こすのは不自然ではない。本件の場合は恐らく、銀行借り入れで土地を購入しようとしたが、その手続きより以前に不動産屋に支払わなければならない事情が生じたため、至急に別途資金を掻き集めて支払いを済ませた上、後に銀行融資分と差し替えることにしたが、それと月末の支払いが重なって余計にバタバタした、というようなことではないのだろうか。

 こうして、私の見るところ、水谷建設の5000万円を絡めることで単なる形式犯でない悪質性を立証しようとする検察の思惑は、成り立たない可能性の方が大きい。追い詰められているのは検察のほうである。▲

2010年1月22日

【インタビュー】鈴木宗男:リークする検察官は処分しろ

 鈴木宗男(すずき・むねお)新党大地代表は20日《THE JOURNAL》のインタビューに答え、取り調べにおける供述内容が報道されている件について、供述内容を外部に漏らした検察官を「処分すべきだ」と強く語った。

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 インタビューでは取り調べ可視化の提言や、法務大臣が今やるべきことに触れている。取り調べで「口に出していないはずの"供述"が報道される」という鈴木代表自身の経験談は必見!

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2010年1月20日、衆議院第一議員会館:《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

海江田万里:マニフェストで約束した税制改革がどうなったのか?

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写真:2009年10月14日編集部撮影

民主党衆議院議員の海江田万里(かいえだ・ばんり、選挙対策委員長代理)氏が、ご自身のメディア、【海江田万里の政経ダイアリー】2010.1.21号の「海江田万里の経済熱線」で、

平成21年末に決定された民主党政権初の『平成22年度税制改正の大綱』と、先の総選挙でのマニフェストで約束した税制改革がどうなったのか?

ということを書かれていますので、転載いたします。

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まず、総選挙のマニフェストに書かれた税制改革の主な中身を改めて確認すると、(1)揮発油税、軽油引取税、自動車重量税、自動車取得税の暫定税率廃止、(2)中小企業の法人税率を18%から11%に引き下げ、(3)一人オーナー制度(特殊支配同族会社)の役員給与に対する損金不算入措置の廃止、が三本の柱になっています。

このうち、一番問題になったのは何といっても「(1)揮発油税、軽油引取税、自動車重量税、自動車暫定税率の廃止」についてでしょう。結論はご承知のように揮発油税、地方揮発油税、軽油引取税の暫定税率の廃止は見送りになりました。

ただし、まったく手を付けなかったわけではありません。これまでの揮発油税、地方揮発油税、軽油引取税の暫定税率は、10年間続く決まりになっていました。この10年間暫定税率として上乗せすることを廃止して「当分の間、現在の税率水準を維持する」との決定になりました。もっとも、すぐにでも暫定税率が廃止されて、その分ガソリンの価格が下がると思っていた消費者には、民主党はウソをついたと映るでしょう。

☆ 予想外の税収の落込みが影響 ☆

平成22年度の税制改正で公約を守れなかった最大の理由は、予算の財源を確保するためです。当初の見込みでは、税収が少なくとも40兆円以上はあるということと、従来の予算を全面的に組替えをして、新しい歳出に切り替えするはずでした。しかし、税収が急激に落ち込み、税金のムダ遣いへの切込みも不十分で、結果的に財源不足の事態を招いてしまいました。この点は率直にお詫びしなければなりません。

また、現行水準を維持するのは「当分の間」となっていますが、「平成20年度の上半期のような原油価格の高騰が続いた場合は、上乗せ分の課税を停止する」と法律に明文化することになっています。

同じ暫定税率でも自動車重量税については、「地球環境温暖化対策の観点から、環境負荷に応じて税率を設定することとし、暫定上乗せ分のうち国の収入の半分程度に相当する規模の税負担を軽減する」とあります。平成21年度の自動車重量税の国の税収3兆2870億円のうち、暫定上乗せ分は3611億円ですから、この半分の約1800億円を減税するという内容です。つまり、自動車重量税に限っては、ハイブリッドカーなど環境負荷の小さい車ほど税額が軽減されることになります。

「(2)中小企業の法人税率現行18%を11%に減税する」とのマニフェストの項目は、税制改革議論の早い段階から、残念ながら実現不可能となりました。この減税が見送られたのもやはり財源不足からですが、『大綱』の中で「中小法人に対する軽減税率を引き下げることは必要で、課税ベースの見直しによる財源確保などと合わせ、その早急な実施に向けて真摯に努力します」と表現されていますので、平成23年以降、公約実現に向け動くはずです。

☆ 一人オーナー課税制度は廃止 ☆

「(3)の一人オーナー制度の役員給与の損金不算入制度の廃止」は、平成22年度の税制改革で一挙に廃止になりました。この制度については平成18年の導入直後から、全国の中小企業経営者や税務顧問の税理士から、猛烈な反発がありました。特殊支配同族会社と呼ばれる一人オーナーの企業では、年間に支払われた役員給与のうち給与所得控除分は、法人の損金扱いにできないという中身です。

租税体系の異なる個人の所得税と企業の法人税を恣意的に混同させ、役員給与のうち給与所得控除分は損金にしないなどという規定は、税収を上げればいいという徴税側の論理が強調された制度になっていました。

もっとも、旧政権時代の平成19年度の税制改正で、対象になる役員の年収を、それまでの800万円から1600万円にまで引き上げて、今回の税制改革でも何とかこのまま乗り切ろうとしていました。しかしながら、生まれ変わった政府税制調査会は、租税論理の基本に立ち返り、この制度を全廃することにしました。これは今回の税制改革とマニフェストの関係が正しく守られた貴重な具体例です。

なお、マニフェスト本体ではありませんが、同時に発表した『民主党政策集インデックス2009』では、租税特別措置法の透明化を謳っています。一部には租税特別措置法を全面的に見直すと誤解されていたふしもありますが、民主党が考えていたのは、これまで見えにくかった租税特別措置法を透明化することであり、『平成22年度の税制改革大綱』でも「来年の通常国会において租特透明化法(仮称)の制定を目指します」と記述されています。

租税特別措置のうち、産業政策などの特定の政策目的のために、税金を軽減する措置を「政策税制措置」と呼びます。

現在、国税で241項目ある「政策税制措置」について、平成22年度では廃止、または縮減されたのは41項目です。これらは景気の急激な悪化から中小企業などを守るための緊急避難的な措置で、今後、景気の動向を見ながら、さらに踏み込んだ、見直しが行われる予定です。

いずれにしろ、税収が歳出の半分以下というのは終戦直後の昭和21年度以来初めての異常事態です。景気を一日も早く回復させて、税収の増加を図ることが急務です。

2010年1月21日

「小沢VS検察」ではなく「石川議員逮捕」こそが最大の問題(転載)

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写真:2010年1月18日編集部撮影

 下記の文章は、ジャーナリストの岩上安身さんのホームページに掲載されたもと検察官の郷原信郎さん(弁護士・名城大学教授)の論考を転載したものです。岩上さんは、今回の石川知裕衆院議員の逮捕ついてご自身のTwitterで検察当局とメディアを厳しく批判し、下記の論考も、多くの方々に主要マスコミとは一線を画して別の視点からの分析にも耳を傾けてもらいたいとのことから、コピーや転載を自由にして公開しています。ぜひ、ご一読下さい。

■岩上安身氏 Twitter ページ
http://twitter.com/iwakamiyasumi

■岩上安身氏 オフィシャルホームページ
http://www.iwakamiyasumi.com/

■検察とマスコミは、すみやかに「正常化」を~郷原信郎弁護士緊急取材1
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_229.html
※岩上さんが郷原さんの論考をコピー・転載を自由にした理由を語っています

 *   *   *   *   * 

郷原信郎氏(弁護士・名城大学教授)
「「小沢VS検察」ではなく「石川議員逮捕」こそが最大の問題」

※岩上安身氏ホームページより転載
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_231.html

 2010年1月15日午後10時、北海道11区選出の石川知裕衆議院議員は、東京地検特捜部に逮捕された。第174回通常国会開会の3日前だった。

 戦後日本で初めて、国民の選択によって、民主党中心の連立政権が誕生し、政務三役への権限の集中、官僚答弁の禁止など従来の官僚主導から政治主導へ中央省庁が大きく改革された。従来、官僚だけで密室で行われていた予算編成も、事業仕分けという形で、公開の場で市民の参加の下で行われ、1兆8000億円に上る無駄の削減が行われるなど、日本の政治に劇的な変化が起きた。しかし、それによって編成された予算を審議する場である通常国会に、石川議員が北海道11区の有権者の代表として参加することはできなくなった。

 国会議員には憲法によって不逮捕特権が与えられており、会期中は議院の許諾がなければ逮捕されない。会期外で逮捕された場合でも、議院の釈放要求決議あれば釈放される。

 それだけに、従来から検察は国会議員の逮捕については慎重な取り扱いをしてきた。政治とカネを巡る問題では1976年のロッキード事件での田中角栄衆議院議員の逮捕以降、10年にわたって国会議員の摘発はなく、久々の国会議員の収賄事件となった1986年の撚糸工連事件、1988年の砂利船汚職事件でも、逮捕は見送られ、任意聴取の後在宅起訴された。そして、8年後の1994年にゼネコン汚職事件で中村喜四郎衆議院議員が逮捕許諾請求の上逮捕されてから、5人の国会議員が逮捕されたが、いずれも、罪名は収賄か、又は裏献金の不記載等の重大・悪質な政治資金規正法違反事件だった。

 ところが、今回、石川議員は、前回の選挙で衆議院議員になる前に民主党小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の会計担当者をしていた当時の政治資金の処理手続に関する容疑で、通常国会の開会の3日前という時期に逮捕された。

 そのような捜査手法が許されるのか、国会議員の活動に対する検察の介入の是非という観点から徹底的に議論されるのが当然であろう。しかし、マスコミの報道では、「石川議員の逮捕」の是非の問題はほとんど取り上げられず、小沢氏側が「検察と闘っていく」という姿勢をとっていること、鳩山首相を含め民主党がそのような小沢氏を支持していることの是非ばかりが取り上げられ、国民の関心も、小沢氏の聴取がいつ行われるのか、検察は小沢氏を逮捕するのか、などの点に集中している。

 今回の容疑事実は、現職の国会議員を国会開会直前に逮捕することを正当化するほどの重大なものなのか。翌日の取調べを待たないで逮捕する事情があったのか、逮捕容疑と逮捕に至る経過を見ると、そこには、重大な問題が浮かび上がってくる。


 まず、石川議員の逮捕容疑は、裁判官が発した逮捕状では、平成16年分の政治資金収支報告書の「収入総額」を4億円過少に、「支出総額」を3億5200万円過大に記入した虚偽記入の事実だ。

 政治資金規正法では、25条1項2号で政治資金収支報告書に「記載すべき事項を記載しなかった者」、3号で「虚偽の記入をした者」を罰則の対象としている。「収入総額」「支出総額」の欄は、その年の収入と支出を合計したものであり、記載すべき政治献金の収入が記載されていなかったとか、架空の経費が記載されていた事実があれば、それに伴って収入や支出の総額が実際とは違うものになるのは当然だ。収入について過少に報告したということであれば、問題なのは、政治献金等の具体的な収入の記載が行われなかったことや実際より少なく記載されたという問題であって、収入総額の過少というのは、それに伴って当然生じるものに過ぎない。

 ところが、今回の石川議員の逮捕の容疑となった被疑事実は、どのような収入・支出が不記載だったのかを特定しないで、全体として収入総額・支出総額が過少だったという政治資金規正法25条1項3号の虚偽記入の事実だけだ。要するに、石川議員が、政治資金収支報告書にどのような事項を記載しなかったのか、どのような不正を行ったのかは、逮捕事実では明らかにされていない。脱税の問題で言えば、どのような収入を隠したのか、どのような支出を架空に計上したのか、というのが犯罪事実の中心のはずなのに、そこが明らかにされないまま、収入の合計金額を少なく申告した、ということだけで逮捕されたようなものだ。

 資金管理団体は政治家にとって「政治資金の財布」の役割を果たすものだ。自らの資金管理団体の人件費、事務所費等の経費が不足すれば、代表者の政治家が立て替えるのは当然だ。このような立て替えやその返済も、政治資金規正法上の「収入及び支出」に当たると考え、すべて収支報告書に記載しなければならないとすると、立替えが多い政治家の「収入総額」「支出総額」の記載は、実際の政治活動に係る収支を反映しないものとなる。それが、果たして、「政治活動が誰から、どの企業・団体から資金提供によって賄われ、それがどのように使われているのか」、を国民にありのままに開示されることを目的とする政治資金規正法の趣旨に沿うものであろうか。

 政治家との間の立て替え、返済をどこまで収支報告書に記載するかで、いかようにも変わり得る「収入・支出の総額」についての虚偽記入で国会議員を逮捕できるとすれば、検察はどんな政治家も逮捕できることになる。それは、検察が国会以上の強大な政治的権力を持つことになり、民主主義の崩壊を招きかねない。

 しかも、さらに問題なのは、石川議員の逮捕事実がそのように不特定なものであることが新聞等ではまったく報じられていないことだ。ほとんどの新聞が、石川議員の逮捕について、見出しでは「4億円不記載」、記事では「4億円の収入と土地代金の支出を収支報告書に記載しなかった」などと、明かに25条1項2号の「不記載罪」の事実であるように書かれていることだ。

 実際には収入総額・支出総額の過少記載が逮捕事実なのに、なぜ4億円の「不記載」が逮捕事実のように報じられるのか。逮捕時の検察側の説明が、司法クラブの記者だけを集めて行われ、会見者である地検幹部の発言を直接見ることも聞くことができないので、まったく不明だ。

 今回、石川議員は、なぜ逮捕されたのかということを判断する上で最も重要な逮捕事実すら、国民に正確に伝えられないまま、身柄を拘束され、通常国会への出席を阻まれた。国会会期中であれば、国会議員の逮捕には逮捕許諾請求が必要となる。その場合、逮捕の容疑となった事実が具体的に特定され、明確な理由が示されない限り、許諾請求をすることはあり得なかったはずだ。今回のような容疑事実では許諾請求など到底できないので、国会開会直前に逮捕したのではないかと思わざるをえない。

 石川議員の逮捕前から行われている本件に関連する報道の中によると、今回の捜査の対象になっている中心的な事実は、水谷建設が国発注のダムの工事受注の謝礼として5000万円を小沢氏側に渡したと社長が供述していることのようだ。しかし、その事実が今回の陸山会をめぐる疑惑の核心であり、石川議員の逮捕もその事実の解明が目的だというのであれば、それが逮捕事実として明示されるのが当然である。それが行われず、収入総額の過少記載などという不特定の事実で逮捕されたのは、検察当局も、この5000の裏献金についての水谷建設の社長の供述の信用性を疑問視していて、その事実の立件は困難と考えているからではないか。

 供述の信用性に関する重要な問題の一つは、同社長の贈賄供述で立件された佐藤前福島県知事の汚職事件の判決の認定だ。知事の弟が経営する会社の所有する土地を時価より1億7000万円高く購入して「1億7000万円」の賄賂を供与したという事実で現職の知事が逮捕・起訴されたが、一審判決で賄賂額は7000万円に削られ、控訴審判決では「賄賂額はゼロ」という実質的に無罪に近い判断が示された。また、同社長が脱税で実刑判決を受けて受刑中であることからすると、仮釈放欲しさに検察に迎合する動機も十分にある。これらは同社長の供述の信用性に重大な問題があることを示すものであり、その供述を今回の一連の事件の核心的供述として扱うのは極めて危険だ。


 もう一つの問題は、通常国会開会の3日前の夜に石川議員らを急遽逮捕する理由があったのか否かである。
「石川議員の自殺の恐れがあった」「任意聴取を拒否した」などと報道されているが、これらはまったく事実とは異なる。石川氏を支援していたフォーラム神保町の緊急シンポジウムでの佐藤優氏の発言によると、石川氏は、1月14日に東京地検の任意聴取を受け、その夜は同じ北海道選出の衆議院議員の松木謙公氏の自宅に宿泊し、翌日も、佐藤氏と電話で連絡をとり、長時間にわたって話していたが、そのときの様子は至って元気であり、自殺の恐れなどまったくなかったとのことだ。また、次の聴取も翌日の午後1時から予定されており、聴取を拒否するつもりもまったくなかった。ところが、15日の夕刻になって、東京地検から午後8時に出頭するよう要請があり、その要請に応じて出頭したところ午後10時に逮捕された。

 このような経過から考えて、通常国会開会の直前に石川議員を逮捕する実質的な理由があったとは到底思えない。小沢氏の元秘書の逮捕を世の中に的にアピールし、今回の事件に対する国民の印象を小沢氏や石川議員の犯罪事実が明白であるように印象づけることが目的であったとすると、日本の民主主義を根底から揺るがす暴挙だと言わざるを得ない。

 しかし、一方で、検察との全面対決の姿勢を示している小沢一郎氏の側も、土地代金に充てたとされる4億円の資金の出所がマスコミ報道で問題にされ、国民に疑惑をもたれていたのであるから、もっと早い段階で十分な説明を行うべきであった。今回の検察の捜査が、その4億円についての疑惑を追い風に行われていることを考えれば、小沢氏は、まったくやましいことはないというのであれば、この疑惑について国民に対して納得できる説明を行って、異常な事態を一刻も早く収束させるべきだ。

 今、日本の議会制民主主義は重大な危機にさらされている。何より重要なことは、「小沢VS検察」というような構図に惑わされることなく、現職の国会議員が通常国会開会の3日前の逮捕という現実に起きた問題について、それがいかなる事実によるもので、どういう理由があったのかについて真相を明らかにすることだ。

検察主義の国会議員逮捕(転載)

 下記の文章は、ジャーナリストの岩上安身さんのホームページに掲載されたもと検察官の郷原信郎さん(弁護士・名城大学教授)の論考を転載したものです。岩上さんは、今回の石川知裕衆院議員の逮捕ついてご自身のTwitterで検察当局とメディアを厳しく批判し、下記の論考も、多くの方々に主要マスコミとは一線を画して別の視点からの分析にも耳を傾けてもらいたいとのことから、コピーや転載を自由にして公開しています。ぜひ、ご一読下さい。

■岩上安身氏 Twitter ページ
http://twitter.com/iwakamiyasumi

■岩上安身氏 オフィシャルホームページ
http://www.iwakamiyasumi.com/

■検察とマスコミは、すみやかに「正常化」を~郷原信郎弁護士緊急取材1
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_229.html
※岩上さんが郷原さんの論考をコピー・転載を自由にした理由を語っています

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郷原信郎氏(弁護士・名城大学教授)
「検察主義の国会議員逮捕」

※岩上安身氏ホームページより転載
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_230.html

 小沢一郎・民主党幹事長が16日の党大会で行った事件の説明だけでは、疑惑が晴れたとは言い難い。小沢氏は、土地購入資金は土地購入の約6年前に信託銀行から引き出して自宅に保管していた父親の遺産と説明しが、遺産相続のこと、相続後の経過、現金化した目的などもっと詳しく説明しなければ、国民が納得できる説明とは言えない。

 一方で、現職の国会議員を国会召集の3日前に逮捕した検察の捜査の方にも大きな問題がある。小沢氏が自宅を購入した4億円の出所に問題があるという報道があるが、収入・支出の総額が過少だったというだけで、具体的にいかなる支出・収入が記載されていなかったのかが特定されていない。疑われている事実を特定すらしないようなでは、国会議員の逮捕許諾請求は困難だったと思われる。

 代表者の政治家による資金団体の経費の立て替えなどをどこまで収支報告書に記載するかで、収入・支出の総額はいかようにも変わり得る。その処理方法の話を収入・支出の総額の虚偽記入だとして国会議員を逮捕できるとすれば、検察はどんな政治家も逮捕できることになる。それは、検察が国会以上の強大な政治的権力を持つことになり、民主主義の崩壊を招きかねない。

 そもそも職務権限や時効の問題があって、収賄、談合、脱税など政治資金規正法以外での立件は考えにくい。水谷建設が国発注のダムの工事受注の謝礼として5000万円を小沢氏側に渡したと社長が供述していると報道されており、それが今後の捜査の最大のポイントになっているようだが、その社長の贈賄供述で立件された佐藤前福島県知事の汚職事件の控訴審判決で「賄賂額はゼロ」とする実質的に無罪に近い判断が示されている。また、脱税で実刑判決を受けて受刑中であること、仮釈放欲しさに検察に迎合する動機も十分にあることなどから今回の一連の事件の核心の供述として扱うのは危険だ。

石川議員の釈放要求を国会で決議せよ ── 民主党政権VS検察・マスコミ連合軍の最終対決(転載)

 下記の文章は、ジャーナリストの岩上安身さんのホームページに掲載された元検察官の郷原信郎さん(弁護士・名城大学教授)の論考を転載したものです。岩上さんは、今回の石川知裕衆院議員の逮捕ついてご自身のTwitterで検察当局とメディアを厳しく批判し、下記の論考も、多くの方々に主要マスコミとは一線を画して別の視点からの分析にも耳を傾けてもらいたいとのことから、コピーや転載を自由にして公開しています。ぜひ、ご一読下さい。

■岩上安身氏 Twitter ページ
http://twitter.com/iwakamiyasumi

■岩上安身氏 オフィシャルホームページ
http://www.iwakamiyasumi.com/

■検察とマスコミは、すみやかに「正常化」を~郷原信郎弁護士緊急取材1
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_229.html
※岩上さんが郷原さんの論考をコピー・転載を自由にした理由を語っています

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郷原信郎氏(弁護士・名城大学教授)
「石川議員の釈放要求を国会で決議せよ ── 民主党政権VS検察・マスコミ連合軍の最終対決」

※岩上安身氏ホームページより転載
http://www.iwakamiyasumi.com/column/politics/item_229.html

 今日の夕方、15日に逮捕された石川知裕議員が、政治資金収支報告書に4億円の記載を年度をずらして記載した虚偽記載について、事前に小沢一郎民主党幹事長に了承を得ていた、という内容の供述を行ったと、一部で報じられました。これをもって、検察が、小沢氏への逮捕に踏み切るかどうかですが、私は、検察が小沢氏逮捕まで考えている可能性は十分あると思います。もうここまできたら、いくしかないと、検察幹部は腹を決めているのかもしれません。

 昨日(1月19日)の、毎日新聞の夕刊にも談話形式で原稿を出しましたが、そこでも述べたことですけど、水谷建設から5000万円の裏金が支払われたという、水谷建設元幹部の証言には信用性に疑問があり、それで公判を維持してゆくのは、まず無理です。公判には耐えられません。

 この元幹部の贈賄容疑で立件された佐藤栄佐久前福島県知事の汚職事件の控訴審判決で、「賄賂性はゼロ」と断定され、無罪に近い司法判断が下されています。また、この幹部は実刑判決を受けて受刑中であることを考えると、仮釈放欲しさに検察に迎合する可能性があり、この証言を持って、あっせん収賄の核心の証拠とするのは、危険すぎます。

 もともとのシナリオは、4億円というお金がやましいお金であり、それを隠すために虚偽記載が行われた、というものだったはずです。そのシナリオがあるからこそ、マスコミ各社も、ここまで検察に引っ張られてきたはずです。小沢氏が、ゼネコンなどから裏金をもらったというなら、強硬な捜査を行うのもやむをえないという考え方ですが、それも、あっせん収賄も、談合も、脱税も立件が難しいとなると、このまま無批判に検察に従っていって、いいのでしょうか。

 おそらく検察は、悪質性が高い容疑で小沢氏を立件することはできず、結局、4億円の不記載(記載すべき年度に記載しなかったこと)で、立件するしかない。しかしそれは無謀な話です。形式犯にすぎません。たしかに虚偽記載は、最高刑は禁錮5年ですが、その中にはきわめて軽微な、処罰しづらいささいな金額のものも含まれます。たとえば1万円、2万円程度の金額の「虚偽記載」でも、法定刑としては「最高禁錮5年」なのです。その中で、どの程度の重さに該当するかは、また別の問題です。

 今回は、4億円と、額面の金額は大きくても、不動産を買うためのお金を建て替えであったら、極めて軽微である、と言えます。

 軽い罪でも、禁固5年程度の罰が設けられているものは他にも少なくないのであり、法定刑をそのまま額面通りに適応するべきものではありません。量刑というのは、法的な常識というものが働くものであり、ここまで強硬な捜査を行って、重い量刑を課すほどの悪質性の高い犯罪とはいえません。

 そもそも、現職の国会議員である石川議員の身柄を、国会の開会直前に、この程度の軽微な罪状で、拘束すること自体が不当です。検察は、どうかしている。身柄を拘束されて検察の取り調べを受ければ、石川議員でも誰でも、「小沢氏の承諾を得て記載した」と言わされますよ。わけもないことです。取調室の中で、そう言わされている石川さんは、それがどういう意味をもつか、よく理解できていないでしょう。

 こんな無茶な捜査で、国会議員を逮捕し、さらには与党の幹事長という要職にある人物まで逮捕しようとするなど、本当なら考えられません。「狂気」としか言いようがない。

 国会議員は、国会の会期中は不逮捕特権があります。逮捕するには、国会の許諾が必要になります。石川議員は、国会の会期前だったので、不逮捕特権がなく、逮捕されてしまいましたが、衆議院において釈放要求が議決されれば、検察は石川議員の身柄を釈放しなくてはなりません。そのうえで、石川議員自身は説明責任を果たすと同時に、国会で身柄拘束相当の罪なのかどうか、衆院で議論すればいいのです。

 その次の段階として、検察があくまで強硬に、小沢氏を逮捕しようとするなら、国会に許諾請求することになりますが、民主党が多数を占める国会では、この請求は認められないでしょう。しかし、国会が閉幕すると、会期外になりますので、不逮捕特権がなくなります。もし、会期が終わってから以降に小沢氏を逮捕しようとするなら、最終的には、指揮権の発動も考えらえます。そうなると、民主党中心の政権と、検察・マスコミ連合軍との、最終的な全面対決になるでしょう。

 この問題は、小沢氏や石川氏だけの問題ではすみません。もし、検察・マスコミ連合軍が勝ったとしたら、今後、誰でも軽微な形式犯で逮捕・起訴できることになります。どんな国会議員でも、検察が目をつけたら、必ず逮捕されることになりますし、身分が保障されている国会議員ですら、そうであるなら、一般の国民はいかようにでもなります。そうなったら、本当に民主主義社会の崩壊となります。

 最後は、世論次第だと思います。国民の意志で決まるのです。その点では新聞・テレビなどのマスコミが追随してきている検察が、現状ではかなり有利です。ただ、私は常識的にこんな検察の「暴走」は、さすがにマスコミも支持しないのでは、と思っていますが、こればかりはどうなるか、私にもわかりません。

 世論を形成するのはマスコミの影響が大きいものですが、こういう状況ですから、私のような意見が反映されなくなる可能性はありえます。多くの国民の皆さんに元検事であり、弁護士である私の意見も広く読んでもらって参考にしてもらい、考えてもらいたいと思います。

2010年1月19日

小沢政治資金をめぐる革命と反革命 ── 鳩山政権は検察権力の横暴と対決せよ!

takanoron.png 鳩山由紀夫首相が16日、検察と全面対決を宣言している小沢一郎幹事長を「戦って下さい」と激励したことに対して、自民党の谷垣禎一総裁が17日、「総理大臣が、検察といろいろな問題でやり取りをしている方に『戦え』と言うのは、総理大臣の立場を逸脱し、非常に偏ったことだ。鳩山総理大臣も、政治資金の問題で苦しんだという気持ちがあるのかもしれないが、その気持ちが『戦ってくれ』という発言になったとすれば、権力観は非常にゆがんでいる」と述べ、また同日サンプロに出演した菅義偉=元総務相も「民主党は野党時代には(大久保秘書の西松事件での逮捕を)『国策捜査』と言っていたが、今は民主党が権力の座にあるんだからそんなことを言っていられるはずがない」という趣旨のことを語っていた。

 タワゴトである。

 第1に、一般論として、「国策捜査」とは、政府・与党が政権維持に有利なように事を運ぼうとする政治的意図から検察を指揮・指導して無理にでも捜査をやらせようとすることだという世間的な誤解があるが、そうではなく、検察が自分勝手に描いている「体制護持」というイメージに基づいて「こんなことを許しておいては体制が危うくなる」と判断して、"正義"を振りかざして与野党政治家であろうが経済人であろうが芸能人であろうが「まず訴追ありき」で襲いかかって世間的に抹殺しようとする暴走的な手法を言うのであって、「検察ファッショ」とほぼ同義である。Wikipediaの「国策捜査」の項でも「むしろ国策捜査には政府の関与がないのが普通」と言っている。これと戦って制御することは、政権与党にとっても当然の課題である。

 第2に、特殊論として、鳩山政権の本旨は「脱官僚体制」であり、この政権が、明治以来100年余の発展途上国型の中央集権制度の下で実質的な権力を握ってきた官僚権力とその頂点にある検察権力と血で血を洗う戦いに突入するのは必然である。鳩山は昨年9月の所信表明で「無血の平成維新」と言ったが、私に言わせれば平成維新は無血で済む訳がない。現に、この小沢と民主党に対する攻撃は検察の政治に対する流血テロであり、それに対して鳩山政権は検察が失血状態に陥るほどの報復を仕掛けるほかに生き残る途はない。「権力観が歪んでいる」のは谷垣であって鳩山ではない。

 第3に、実体論として、他の省庁と同様、法務省・検察庁・特捜部のあり方も抜本的な見直しの対象とならざるを得ない。まずは、

(1)取調可視化法の制定による検察の恣意的捜査や冤罪の危険性の防止、次に、

(2)政治資金規正法の改正による企業献金の全面禁止と、それと裏腹の「虚偽記載」を口実とした検察による安易な政治家抹殺のテロ行為の防止、さらに、

(3)西松事件に関する民主党の第三者委員会の報告が指摘していたように(INSIDER No.498など)、法務大臣による「指揮権の発動」の法的解釈の転換、引いては特捜部そのもののあり方ないし存廃、検察首脳人事の政治主導化など検察庁法そのものの見直し、

 などが喫緊の課題として浮上することになろう。「明治以来100年余りの官僚主導体制を打破する革命的改革」(小沢)、「無血の平成維新」(鳩山)に対する検察ファッショ的な「反革命」の無謀な試みである今回の暴挙に対して、鳩山政権は全面的に対決するのが当然で、検察は自ら墓穴を掘ったのである。▲

2010年1月18日

須田慎一郎:小沢逮捕までにはハードルが高すぎる

 15日夜に石川知裕衆院議員らが逮捕されたことで急展開をみてた「小沢vs検察」の最終戦争。今後、両者の攻防はどのように進むのか。この事件を取材しているジャーナリストの須田慎一郎氏に、今後の見通しを聞いた。

(構成・文責:《THE JOURNAL》編集部)

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須田慎一郎氏(ジャーナリスト)
「小沢逮捕までにはハードルが高すぎる」

 検察は相当危うい賭けに出た、という感じがします。それには2つの意味合いがあって、ひとつは「起訴・公判維持ができるのか」ということ。もうひとつは「世論が納得できるのか」ということです。

 具体的に言うと、このまま政治資金規正法違反だけで事件が着地してしまえば検察の敗北です。ですので、検察は今後、贈収賄事件に向かって落としどころを探し、この政治資金規正法違反はグレーな事件なんだというイメージを与えようとしている。しかし、それだけの事実の解明がすすむのか。その意味からすると、冒頭で申し上げたように、出たとこ勝負みたいな捜査をやっていて、リスキーな賭けに出たように思います。

 玄人的な見方をする人では、政治資金規正法違反は「贈収賄につなげていくための入口の事案だ」と言います。つまり、入口は政治資金規正法で、最後に「サンズイ(汚職事件)」につなげていく。そもそも、もらってはいけないカネであれば何らかの形で隠蔽するわけですから、最終的に政治資金規正法違反となる。その次に、ある種の請託や金品の授受があって、贈収賄で立件しようということになる。こういった形での政治資金規正法違反というのも、玄人の見方として成り立つわけです。

 そう考えると、今回逮捕された石川議員については、検察からすると証言が二転三転する、あるいはどうもウソを言っているようにしか思えない。悪意があるようにも見受けられる。(逮捕までの)手続きには検察も落ち度もあるけれど、落ち度があるから何もやらなくてもいいというわけではなく、「やるべきだ」となったのだと思う。

 その一方、政治資金規正法とは贈収賄への入口のための法律なのか。あるいは、贈収賄で罪が問えない場合に政治資金規正法違反で罪を問うていくのかと考えると、法律の主旨としては決してそうではない。政治資金規正法とは政治資金には極めて透明性が求められているので、透明性を確保し、ちゃんと報告して大衆の目に浴するようにしてくださいという法律だからです。

 しかも、現職国会議員の逮捕となってしまった以上、当然、世論としては次の展開があるはずだという期待があります。これは玄人の側だけではなく、一般国民の感情からも求められているだろうと思います。

 では、検察は小沢逮捕も含む、着地点までの計算がついていたのか。私は、どうもそのようには思えない。捜査がずさんです。「4億円の原資はどこからきたものなのか」ということが最大の焦点ですが、水谷建設から1億円もらって、うち5000万円が4億円の原資だったという。では、残りの3億5000万円はどこから入ったのか。こういうところまでちゃんと解明できないとすると、公判維持すら難しいのではないか。ましては有罪に持ち込むことも難しい。

 故意に不記載をしたという点においては有罪にすることはできます。ただし、次なる展開に関して言うと、期待はずれとなり、結果的に検察の権威を傷つけることになるのではないでしょうか。

 今後の展開としては、石川氏、あるいは大久保氏が水谷建設からもらったウラ金の証拠があるかどうかでしょう。さらに、その1億のうち5000万円は土地売買の原資だったという証明も必要です。この2つのハードルを越えるために必要な証拠である「隠しダマ」があるかどうか。さらにいえば、グウの音も言わせないようにするためには、残りの3億5000万円の部分をすべて解明することも必要となる。しかも、そこに小沢氏の関与があったというところまで持ち込むためには、いったいこれからいくつのハードルを越える必要があるのか。現時点ではあまりにもハードルが高すぎる。このまま政治資金規正法上の不記載だけで終わりということになれば、検察の全面敗北ではないでしょうか。

2010年1月16日

【ノーカット配信中!】小沢幹事長「全面的に闘う」(鳩山総理・鈴木新党大地代表も)

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 「この機会にみなさまに今までの経緯と、私の考え方と、今後の決意について語りたいと思います」

 小沢一郎幹事長は本日13時から始まった民主党大会で、資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる事件で石川知裕(いしかわ・ともひろ)衆院議員らが逮捕されたことをめぐり、事件の経緯と自身の決意を約10分語った。

 《THE JOURNAL》ではその模様をノーカットで[音声]配信します。以下のリンクにアクセスください。

【ノーカット配信中!】(音声)
■小沢幹事長「全面的に闘っていきたい」

http://www.smn.co.jp/pod/100116_007.mp3

■鳩山総理「小沢幹事長を信じております」
http://www.smn.co.jp/pod/100116_006.mp3

■鈴木新党大地代表「検察の暴走はいけない」
http://www.smn.co.jp/pod/100116_004.mp3

※クリックしてもブラウザ上で再生しない場合は、一旦ダウンロードしてからお使いのプレイヤー(QuickTimeなど)で再生してください。

取材:《THE JOURNAL》編集部 / 撮影:鈴木貫太郎

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【映像リンク】(民主党HPより)
■小沢幹事長

動画(300k) 動画(56k)

■鳩山代表
動画(300k) 動画(56k)

■鈴木新党大地代表(各党代表挨拶)
動画(300k) 動画(56k)

2010年1月15日

《速報》東京地検が石川知裕議員を逮捕へ

 東京地検特捜部は15日夜、民主党の石川知裕衆院議員(36)を政治資金規正法違反の容疑で逮捕する方針を固めた。各メディアが速報を出した。国会がはじまると国会議員の不逮捕特権(国会の会期中は現行犯や逮捕許諾請求が所属議院で可決されない限りは逮捕できない)があるため、18日の国会開会直前の逮捕を決定したものと思われる。

【関連記事】

 《THE JOURNAL》取材班は昨年10月に「政治家に訊く」コーナーで取材しており、その映像を放送した。小沢一郎幹事長の書生時代や政治家を志したきっかけなどを語っていた。

■【第6回】政治家に訊く:石川知裕氏
http://www.the-journal.jp/contents/politician/2009/10/post_1.html

■東京地検、石川議員を逮捕へ 小沢氏団体の土地問題(朝日)
■石川衆院議員:政治資金規正法違反容疑で逮捕へ...東京地検(毎日)

事業仕分けの反映結果 全449事業公開

 昨年11月に実施された事業仕分けについて、2010年度予算に対する反映結果が1月12日行政刷新会議のホームページ上で全449事業すべて公開された。以下のリンクからは全事業それぞれの2010年当初予算や、仕分け評価に対する考え方が掲載されている。

■行政刷新会議(第5回)議事次第
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d5/shidai.html

■行政刷新会議の事業仕分けの評価結果の反映(PDFファイル)
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d5/pdf/s1-2.pdf

 一般市民にも公開された事業仕分けでは膨大な資産を抱える基金の存在だけでなく、事業運営の複雑な構造が露呈した。

 『日経ビジネス』(2010年1月11日号)の「敗軍の将、兵を語る」には、各メディアで大々的に取り上げられた宇宙飛行士で「日本科学未来館」館長の毛利衛(もうり・まもる)氏が事業仕分けに参加した心境を語っている。

 毛利氏は事業仕分けの対象が全事業の一部でしかなかったことを問題にあげる一方で、科学技術や教育分野における「既得権」や、既得権を守るための複雑な体制、館長自身に人事権がないことを取り上げ、「仕分け作業は、本当に役立つ支出なのか改めて問うよい機会になりました」と評価している。

 「日本科学未来館(予算要求額23億円)」は「独立行政法人・科学技術振興機構(JST)」を経由(委託)して「財団法人・科学技術広報財団」が運営しており、仕分け人からはその二重構造について「なぜ財団に委託するのか」などと指摘されていた。

 評価結果の反映リストによると、「予算の縮減」と判定されていた日本科学未来館は、事業仕分けの結果どおり「財団への委託を廃止し、JST直轄で運営」となっている。

【関連記事】
エコナビ2010:10年度・事業仕分け結果 目立つ「一部復活」(毎日新聞)
現場感覚のない事業仕分け報道 明日から第2ラウンド開始(News Spiral)

2010年1月13日

石川知裕氏はメディアに何も語っていなかった!「検察がリークしたとしか思えない」と鈴木宗男氏に語る

 民主党の小沢幹事長の政治資金問題で東京地検特捜部に事情聴取を受けた石川知裕(いしかわ・ともひろ)衆院議員が、供述内容が次々と報道されていることについて「検察がリークしたとしか思えない」と鈴木宗男衆院議員に語っていたことが鈴木氏のブログ「ムネオ日記」で公開され、注目を集めている。

 1月12日付のムネオ日記によると、11日に釧路市の成人式で石川氏と同席した鈴木氏は、石川氏に「あなたの方で[供述内容などの]情報提供しているのか。サービスしているのか」とたずねたところ、石川氏は「そんなことはしていません。ただ検事に供述した話が、そのまま新聞の『 』(カギ括弧)で使われています。検察がリーク(漏洩)したとしか思えません。ひどい話です」と語ったという。([ ]内は編集部補)

 石川氏の証言通りだとすると、供述内容は石川氏と東京地検特捜部しか知りえないことから、報道されている石川氏の供述のすべてが検察によるリークである可能性が高い。しかも、その内容には石川氏の言い分が含まれていないこともあり、検察、またはメディアが意図的に石川氏の供述の一部を切り取って報道しているものと思われる。

 一方、今回の一連の報道に対し、元検事の郷原信郎・名城大学教授は日経ビジネスオンラインでのコラムで「大量の応援検事を投入するなど膨大なコストをかけて行われている検察捜査は決め手を欠き、いまだに捜査の出口どころか入り口すら見えない」と批判している。郷原氏によると「『記載のズレ』が、それによって政治資金の透明性が害された、と言えるほどの重大な違反と言えるだろうか」とし、「昨年8月の総選挙で故中川昭一元財務・金融相を破って小選挙区で当選した石川議員に対する有権者の支持を、政治資金規正法違反で起訴して公民権停止で失職させることを正当化するほどの違反だとは到底考えられない」と語っている。

 そもそも今回の疑惑の焦点は、不動産購入の際に小沢氏が石川氏に渡したとされる4億円の原資の一部が、水谷建設によるヤミ献金だったのではないかということだ。にもかかわらず、報道では事務処理の問題ばかりがクローズアップされ、疑惑の真偽はいまだに明らかになっていない。現在、4億円の原資については小沢氏の夫人である和子氏から借りたという報道(週刊朝日1月22日号)もあり、郷原氏も「小沢氏はその点(=4億円の原資)についての説明を早急に行うべきだ」としている。

■ムネオ日記 2010年1月
■郷原信郎:「4億円不記載」とは一体何なのか 小沢氏は現金貸付の原資を早急に説明すべき

ネット選挙解禁の現実、意識改革無くしてネット選挙無し!

渡瀬裕哉氏(選挙プランナー)

 ネット選挙解禁に向けて、メディアにニュースが度々掲載されるようになってきた。しかし、そもそも「ネット選挙って何?」という声が大方の有権者の反応だろう。そこで、今回は「ネット選挙とは何か」、「ネット選挙で何が起きるのか」について考察を加えてみたい。

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2010年1月12日

農の将来に道を開いた「鳴子の米プロジェクト」に総務大臣表彰

《THE JOURNAL》ブロガーの甲斐良治氏が紹介してきた「鳴子の米プロジェクト」「09年度地域づくり総務大臣表彰」の表彰団体に選ばれ、本日表彰式が行われた。

 このプロジェクトの総合プロデューサーを務めた結城登美雄氏は、地域づくりの視点で評価されたことに「大変嬉しい」と心境を語った(インタビュー全文は以下に掲載)。

 中山間地に適した米の品種「ゆきむすび」を鳴子のシンボル米として栽培。生産者が安心して農業を続けられる所得最低ラインの生産者米価を決めて5年間保証した。消費者は購入により生産者を支え、差額は農業を志す若者たちの就農支援や商品開発等に使うという新しい地域づくりの仕組みが評価された。

*   *   *   *   *

結城登美雄:「食味じゃなく地域づくりが評価された」
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 これまで2度農水相からの賞を断ってきました。3度目の今回は総務省から「地域づくり」が評価されたということで賞を受け取りました。

 「鳴子の米プロジェクト」は、国が切り捨てようとしている山間地農業を村の力、地域の力、人の力で支える「地域づくり」プロジェクトです。食味計を片手に○○産の米が最高だともちあげるような歪んだ商業主義と距離をおき、作る人と食べる人との信頼関係を地道に培ってきたものです。

 美味しさや売上げでなく、「地域づくり」が評価されたことはとても嬉しく思います。

【その他の表彰団体に関する記事】

<団体>
千葉県松戸市:「孤独死ゼロ作戦」の常盤平団地(産経新聞)
岩手県宮古市:郷土の味発信に大臣表彰(岩手日報)
東京都小平市:小平の市民団体に大臣表彰(朝日新聞)

<個人>
愛知県豊田市:地域づくり総務大臣表彰(毎日新聞)
山形県鶴岡市:加茂水族館長に総務大臣表彰(河北新報)

<地方自治体>
福井県小浜市:食育など評価(朝日新聞)

【関連記事】
結城登美雄:「ないものねだり」から「あるもの探し」へ
http://www.the-journal.jp/contents/yuuki/2010/01/post_100108.html

後ろ向きに終わった「日米安保再確認」 ── 10年前の沖縄への想いを振り返る(その3)

takanoron.png 96年4月に橋本・クリントンによる「日米安保再確認」宣言があって、それに対する異論というかオルタナティブとして同年9月旧民主党による「常時駐留なき安保」論の大胆な提起があった。それは突拍子もないことでも何でもなくて、米国の国防政策中枢においても"ポスト冷戦"の時代状況への適合と沖縄少女暴行事件の悲惨に象徴される沖縄での過大な基地負担への対応を計ろうとするそれなりに真剣な努力が始まっていた。

 しかしその米国側の動きは、東アジアにおける「勢力均衡=抑止力」という19世紀的な旧思考に足をとられた不徹底なものに留まっていて、沖縄県の「基地返還プログラム」やそれに学んだ旧民主党の「常時駐留なき安保」論は、まさにそこに切り込んでいって、日米が共に"脱冷戦"を果たすよう、日本のイニシアティブで米国を積極的に導いていくことを狙いとしたものだった。

 その意味で、「常時駐留なき安保」論が、ちょっとした思い付きというようなものでなく、96年当時の戦略的思考の磁場の中で思い切って前に出ようとする意欲的な問題提起だったことが理解されなければならない。そのことを示す当時の2つのINSIDER記事を以下に再録する。分量があるが、この問題に真面目に取り組みたい向きには我慢強く読んで頂きたい。

 大事なポイントは、アーミテージが言ったように「朝鮮半島情勢が緩和すれば在沖海兵隊は撤退すべきである」ということで、当時はまだその条件は熟していなかったが、今日ではまさにそれが可能になりつつあるという点である。「常時駐留なき安保」論は今こそ有効で、それこそが鳩山政権の普天間問題の日米再交渉の基礎でなければならない。

----沖縄への想い(3)---INSIDER 1996年11月15日号より------

米側から沖縄海兵隊撤退説も

 対日安保政策について米政府に大きな影響力を持つリチャード・アーミテージ元米国防次官補が、朝日新聞のインタビューに答えて「沖縄の米海兵隊は朝鮮半島情勢が変化すれば、少数の基幹要員を残して撤退すべきで、日本など西太平洋での米海空戦力の増強でそれを補える。撤退はまだ先でも、その計画作成から実施までは年月がかかるため、その再編成計画にいま取り掛かるべきだ」と、条件付きながらも"常時駐留なき安保"の方向を積極的に推進する考えを明らかにした(96年11月14日付)。<中略>

■アーミテージの提案

 アーミテージは、11月6日にワシントンで開かれた戦略国際問題研究所(CSIS)の「パシフィック・フォーラム」で沖縄海兵隊の撤退計画の作成に着手すべきだと講演した。そのフォーラムは非公開だったが、のちに朝日新聞がインタビューしてその内容を聞き出した。彼は上の引用に続いてさらに次のように述べた。

「単にすぐに撤退せよとは言わない。朝鮮半島問題が解決すれば沖縄の海兵隊はほぼ撤退できる。小規模な中核となる部隊は残るだろう。普天間飛行場の代わりに海上の飛行場を造れば、人員も少なくなる」

「(72年の)沖縄返還後、米当局者が近視眼的で、沖縄では本土の基地ほど騒音問題や地元民との関係に配慮せず、日本政府も関心が薄かった。多数の米兵が沖縄に集中するのは問題であることに同意する」

 ここでは、沖縄海兵隊だけに限定してのことではあるけれども、従ってまた「日本(本土)など西太平洋での米海空戦力」はかえって強化されるような言い方にはなっているものの、沖縄県民にとって圧倒的に大きな比重を占める悩みの種である海兵隊を、一部だけを残して撤退させ必要に応じて再展開させる、まさに"常時駐留なき海兵隊"に転換する方向が明確に指摘されている。

 それだけでも基地問題は大きく前進するが、しかし米政府が一旦、重要部隊の常時駐留なしでも米軍のアジア防衛態勢に支障はないという論理に踏み込んでしまえば、日本側としては、本土も含む他の基地についても1つ1つ、本当に常時駐留が必要なのかを俎上に乗せて交渉していくことに道が開かれる。

 在日米軍基地は、(1)北を向いた対旧ソ連の海洋核戦力の支援機能の名残、(2)朝鮮半島を向いた大規模地域紛争への前線配備、(3)アラスカから中東までユーラシア大陸南辺のどこにでも対応する主として海空兵力の戦略投入のための拠点、(4)日本が侵略された場合の対応----などのいろいろな機能が混然となっているが、このうち(1)はすでに事実上無用となっており、(2)は朝鮮半島情勢が緩和されれば必要がなくなる。沖縄海兵隊は日本側としては、主として(2)に対応し、同時に(4)にも対応していると受け止めていたが、アーミテージは(4)については全く考慮していない様子で(それはそうで、今どき日本に大規模上陸侵攻を企てる者があるとはどんな軍事専門家も想定していない)、朝鮮半島の緩和が進めば海兵隊は引けると判断している。(3)については、一定の機能が相当長期にわたって残ることが予測される。

■再確認と再定義

 アーミテージの発言は今のところ個人的なもので、米政府がそのような認識で固まっているとは言えないが、しかしいずれ米側からこのあたりに踏み込んでくることはだいぶ前から予想されたことであった。

 本誌はNo.347(95年10月1日号)でナイ・イニシアティブのスタッフの1人であるマイケル・グリーン防衛分析研究所研究員とのワシントンでの対話の様子を紹介しつつ要旨次のように書いていた。なお当時はクリントン訪日による安保再確認宣言は11月に予定されていたが、のちに延期されて96年4月に実現した。

▼ナイは毎日新聞のインタビューに答えて「日米安保体制を堅持しながら中国や韓国、他の諸国も含めた信頼醸成の場としての多国間協議体を発展させていきたい」と語っていた。そうだとすると11月に予定された日米安保"再確認"宣言は、単に再確認に止まっていいはずがない。冷戦後の東アジアの軍事情勢をどう捉えるか、とりわけ中国の脅威なるものをどこまで実体を伴ったものと見るのか、というところから始まって、中長期的に見た米軍のアジアにおける配置、日本自衛隊の防衛構想の再検討と縮小・再編の方策、そして彼の言う地域的な集団的安全保障の機構についての構想と手順など、広範な問題が検討に上らなければならない。

▼マイケル・グリーンは8月にワシントンで意見交換した際に、ナイ・イニシアティブはその点が曖昧だと私が指摘すると、「11月までが第1段階で、まず安保維持を再確認する。しかしそれは第2段階の始まりであって、そこでは今あなたが言ったような広範囲の問題を"再定義"することが検討されることになろう」と、ナイが二段構えで物事を考えていると語った。

▼しかし日本の政府・外務省はそのようにナイの真意を理解しているとは思えず、単に今まで通りに安保は続けなくてはいけないという後ろ向きの発想しか持っていないのではないか、そうだとすると11月の宣言は何の意味もないではないか、と指摘すると、グリーンは確かに日本の外務省を見るとそういう危険があるが、政治家にはもう少しちゃんと理解している人もいるはずだと期待感を表した......。<中略>

■外務省の迷妄

 ところが当時、日本の外務省は、沖縄の少女暴行事件をきっかけに安保見直しの議論が高まっていることを危惧して「再定義という言葉は安保見直しと受け取られかねない」と、これを再確認のレベルに止めることに躍起となった。その結果、4月の橋本・クリントン会談における日米安保再確認は、何十年も前から言われ続けてきた日米安保の片務性----米国は日本を守るが、日本は米国を守らないどころか、極東での米作戦に協力もしない----を若干改善して、例えば朝鮮有事の際に日本自衛隊が一定限度の支援を行うという、過去へ向かって安保を強化するだけのものとなり終わった。

 本来ここで外務省がやらなければならなかったのは----

(1)直前の米韓首脳会談で提唱された、朝鮮半島の休戦協定を和平協定に格上げするための南北米中の4者会談の枠組みを、次のステップとして日露を加えた6者に拡大させ、さらにそれを北東アジアの包括的な信頼醸成型の多国間安保対話のシステムへと発展させていく展望を示して米国に対して知的イニシアティブを発揮する、

(2)北朝鮮に戦争をやる気を起こさせないための努力を米国任せにしないで、日本としても独自にコメ支援や日朝国交交渉の再開はじめ半島の緊張緩和に役割を求めていく決意を明らかにする、

(3)そうした朝鮮半島の緩和の進展に応じて、日米安保体制とその下での在日基地のありかたの再検討についてこちらからメニューを提示してナイ・イニシアティブの第2段階に積極的に対応する、

(4)その中で特に沖縄については、沖縄県当局が発表している2015年までにすべての基地の返還を実現する「基地返還アクション・プログラム」をカードの1つとして、思い切った対策を要求する......

 といったことであったはずだが、そういった発想のかけらもないままに後ろ向きの再確認と付け足しのような普天間返還でこと足れりとしたのである。

 そのあたりの外務省の思考様式を典型的に表したのが、ナイ・イニシアティブおよび沖縄基地問題の日本側担当者となった田中均=北米局審議官が『中央公論』11月号に寄せた「新時代の日米安保体制を考える」である。

■対米追従の尻尾

 田中は冒頭で、「冷戦思考に基づく安保思考はこのさい捨て去ることがなにをおいても必要」とか「安保体制は未来永劫同一であるといったことはあり得るはずもない」とか、ポスト冷戦への適合の必要性を盛んに主張しているが、実際には彼の情勢認識は冷戦思考を引きずっている。

 彼は「アジア太平洋においても安全保障課題は構造的な変化を遂げている」として「地球規模の戦争の脅威はほとんど存在しない」と指摘しながら、「と同時に、地球規模の戦争の引き金となる恐怖により抑止されてきた局地的紛争の芽は依然として存在するばかりか、むしろこれが顕在化する危険は増えた」と、毎度お馴染みの、ソ連の脅威はなくなったが朝鮮や中国が危ないという"脅威の横滑り"論を展開する。

 これについては本誌はさんざん書いてきているから多くを繰り返さないが、第1に、冷戦時代に旧ソ連が日本に対して直接侵略する危険(それが本当にあったかどうかも実は疑問なのだが)と、朝鮮半島や台湾海峡で内戦が起こった場合に日本が間接的に受ける影響の問題を同レベルで論じるのはデマゴギーにすぎない。後者は基本的に(米国はいざ知らず)日本が軍事力を用いて対処する事柄ではありえない。よく言われる邦人救護やシーレーンへの脅威排除も、日本としては武力を用いて解決する方策を採らないという節度を保たなければならないし、まして難民救援は自衛隊の仕事ではない。

 第2に、局地紛争が顕在化する危険は増えたというのは間違いで、冷戦中も冷戦後もしょっちゅう世界中で行われていた内戦が、米ソが介入しなくなっただけ減って、米ソが管理しなくなっただけ増えているという程度の話で、冷戦後に特に増えたという訳ではない。湾岸戦争は、イラク側から見れば自分の領土であると主張するクウェートに対して行われた作戦であり、それに対して米ブッシュ政権が、サウジアラビアの石油を失うという恐怖心に加えて、ソ連という敵がなくなって困っていたところに都合よく出てきたフセインを"ヒトラーより悪辣な独裁者"に仕立て上げて国威発揚と選挙での再選を狙うという冷戦後遺症的な過剰反応を示したのでおおごとになってしまっただけで、本質的に"最後の冷戦"だった。クリントン政権も含めて米国もまた冷戦時代のマッチョ的な武力信仰から卒業し切れていないために起きている事象を捉えて、冷戦後は紛争が増えるなどと言うのは錯乱である。

 第3に、もっと直接的には田中は、朝鮮半島有事を頭に描いているようだが、それについては同じ『中央公論』のすぐ前に置かれた毎日新聞論説委員の重村智計の「"北"兵士侵入事件の正しい見方」および彼が同誌7月号に書いた「朝鮮半島"有事"はない」が正しくて、「米国はいまや北朝鮮と意思疎通ができる唯一の超大国」として、いかにして戦争を起こさせずに金正日体制を軟着陸させるかを戦略的に追求している。もちろん米国としては、その努力が破綻した場合の軍事的備えをするのは当然で、特にペンタゴンはその万が一の部分を受け持たざるをえないし、その場合に日本を適度に脅してこれまで以上の対米協力約束を引き出せればこんな有り難い話はないと考えるだろう。米国とすれば、北朝鮮との対話ルートを独占して米大企業の北への進出の実績を積み上げる一方で、日本や韓国の頭は抑えて抜け駆けをさせないという二重戦略を採るのが賢明なやり方で、外務省はまんまとそれに乗せられて、極東有事への日本の協力を求められて名誉なことだなどと考えているのである。

 日本としては、そのような米国の対日マインド・コントロールに引っかからずに、特に外務省としては外交面で朝鮮有事を起こさせないような北東アジアの環境を主体的に作り上げていくためのイニシアティブを採らなければならないが、田中の論文にその一番肝心なことは触れられていない。もちろん彼は、多国間の信頼醸成努力は大事だとは言っているが、それも、日米・日豪の2国間安保を基軸にアジア・太平洋における覇権を確保した上で、その補完的な手段として地域安保対話も認めるという米国の認識の枠組みを一歩も出るものではない。

 このような対米追随こそ冷戦思考の尻尾なのである。

■有事駐留はダメ?

 田中は、そのように安保堅持がいかに重要かを述べた後、結論部分では"常時駐留なき安保"を否定して次のように言っている。

「安保環境の一層本質的な整備と日本が米国とのきちんとした役割分担に基づく防衛協力を行い得る体制整備を行わずして、沖縄における海兵隊は不要であるとか、有事駐留がよいといった議論には、日本の安全保障という観点から見れば多くの問題がある」

「その最大の問題点は、合理的根拠がない米軍の撤退は抑止力の低下に繋がることである」

 また有事になれば戻ってくればいいという議論は非現実的で、普段から地形や基地に習熟し訓練を通じて即応能力を高めておかないと、突然本国から派遣しても役に立たないというのである。

 彼が一番言いたかったのはこの部分だろうが、しかしアーミテージが言うように、朝鮮半島危機が緩和されれば沖縄海兵隊は撤退する"合理的根拠"を得るのである。田中が書いているそばから、日本が頼りにしている対米パイプの要人からこういう発言が出てくるというところに、日本の哀れがある。

 朝日新聞96年11月12日付の連載「新政権への視点(下)」は「脱追従外交」と題して次のように述べている。

「日米安保再定義の作業は、日本が米国の要望にいかに沿うかを、外務・防衛官僚のペースで進めただけだった。日本の国益は何か、米国の国益とどこが一致するのか、日米安保は冷戦後も必要かどうかを見直し、日本の役割について『戦略的選択』を行う責任を、政治家が放棄してしまった」

 つまりここでも、従来の発想の延長でしか物事を考えられない"官主導"の外交・安保政策を、世の中の常識によって支配する方向へ転換するという課題が浮かび上がっている。朝日の記事は、「しかし、国会には新しい流れも生まれ始めている」として、"常時駐留なき安保"を選択肢の1つにすることを公約に掲げた民主党の鳩山代表の「米国の発想についていけばいいというのでは、米国から安心されるかもしれないが、それでは尊敬され信頼される国にならないのではないか」という発言を紹介している。

 その通りで、必要なのは、ワシントンと東京を共に不安に陥れた沖縄の大田昌秀知事のように、的確な情報に基づいて大胆に将来を見越した変革プランを提示して、21世紀への知的・政策的イニシアティブを発揮することである。▲


----沖縄への想い(3-2)---INSIDER 1996年12月1日号より------

2005年に沖縄海兵隊撤退か
----朝鮮半島の緩和が前提

 前号で、日米安保・沖縄協議の陰のキーマンであるアーミテージ元国防次官補の「朝鮮半島情勢が変化すれば、沖縄海兵隊は少数の基幹要員を残して撤退すべきだ」という発言の意味を解析したが、その後も米側重要人物たちによる「朝鮮危機回避=沖縄海兵隊撤退」論が相次いでいる。ワシントンですでに1つのトレンドとなりつつあるこの論調は、決着が迫られている沖縄・普天間基地の代替ヘリポート問題に直接関わりがあるのはもちろんのこと、広く21世紀のアジアの安全保障システムをどう構想するかにも大いに影響がある。

●朝鮮統一は近いかも?

 まずそれぞれの発言とそれをめぐる報道を日付順に列記しよう。

(1)船橋洋一=朝日新聞北米総局長は11月19日付同紙に「日米双方に"海兵隊お荷物"感/海上へリポート案浮上の背景」と題した長いレポートで要旨次のように書いた。

▼普天間返還が難航すると、米軍の日本におけるプレゼンスのあり方への疑問を強めることになりかねない。米国は、日本国内における「米海兵隊をみんなで足蹴にする政治ゲーム」の登場に不安感を募らせた。

▼日米安保堅持派は「駐留海兵隊の数を減らさないことには安保が持たない」と主張し、"駐留なき安保"派は「駐留撤廃の第一歩」との期待を強め、安保破棄勢力は「海兵隊嫌いの感情を利用する安保空洞化」を仕掛け始め、"普通の国"志向の人々は「日本が米軍の肩代わりをする方向に持っていく好機」ととらえた。少なくとも米国の目にはそう映った。

▼自民党、外務省の中にさえ「基地縮小から米プレゼンスの縮小」を求める声が出始め、米国は、日本政府がそれに対し、説得力ある国民教育をしないだけでなく、むしろそれを放置しているのではないかと不安を強めた。

▼が、海兵隊の規模縮小をはじめとするプレゼンスの"合理化"を求める声は米側、それも日米安保を堅持しようとする立場の専門家からも聞こえ始めた。海上へリポート案の源流をつくったウィリアム・オーウェンズ退役海軍大将にしても、それを普天間基地代替案として強く進めたリチャード・アーミテージ元国防次官補にしても、いずれも将来の海兵隊のプレゼンスを考え直さざるを得ない、との点では意見が一致している。「朝鮮半島が統一したとき、いまのままの米軍プレゼンスを維持できるとは思わない。しかし、何らかの形でのプレゼンスを考えたとき、海上へリポートは1つの案として考えられると思う」
(オーウェンズ氏)

▼この間一貫して、米国の究極の関心は米国のプレゼンスのすごみ、ひいては米国の威信の確保にあった。ただ、それは同時に、日本での米軍のプレゼンスと日米安保が、長期的には海兵隊抜きの海軍と空軍主体の兵力構造へと徐々に進化していくことを図らずも指し示しているのかもしれない。もう1つ、沖縄の海兵隊の主たる駐留存在理由である"朝鮮半島有事"シナリオも南北統一の展開次第では、根本的に揺らぐ。沖縄基地問題に携わってきた米政府高官はヘリポートの"寿命"との関連で「朝鮮半島の統一は意外と近いかもしれない」とつぶやいたが、ヘリポートはそれまでの緊急避難措置だ、と聞こえた......。 

 この最後の部分は1つのポイントで、普天間代替基地の県内建設に難色を示してきた沖縄県の大田昌秀知事が11月23日、「一時的に県内に移設するものの、期限を切って撤去させる方法が可能かどうか検討する必要がある」と語ったのは、沖縄海兵隊撤退が意外に早いかもしれないことを考慮に入れての発言であることは言うまでもない。大田の知恵袋の吉元政矩副知事は8月上旬に本誌のインタビューに答えて「北朝鮮は、5年と言わずもっと早くカタがついて、米海兵隊は2000年までにいなくなると見ている。そんなに早くては我々の(経済自立)計画が追いつかないので、むしろ危機感を抱いている」と、3カ月後の米側からの撤退論の噴出を見越した発言をしていた。当時、外務省の関係者にその見解をぶつけたら「そんな馬鹿な」と言っていたが、情報収集と先の見通しについて外務省より沖縄県のほうがよほど上であることが実証されたことになる。

●元司令官の撤退論

 もちろん、現役のペンタゴン高官の発言は慎重で、軽々に撤退論など口にするはずがない。ジョン・ホワイト米国防副長官は21日、久間章生長官ら防衛庁首脳と東京で会談し、米国が来年取りまとめる4年ごとの国防政策見直しの中で「米軍兵力の近代化や兵力構成について、財政面を含め検討している」と説明し、しかし「日本やアジア・太平洋政策の変更は予想されていない」と強調した。しかし同じ日、米空軍は「地球規模の関与----21世紀の空軍ビジョン」と題した報告書を発表し「2025年までには紛争地帯への空軍力投入は主として米本土から行われるようになり、海外での空軍配備は削減されるだろうとの見通しを明らかにした。これに関連して、ウィドノール米空軍長官は25日、ワシントンで講演し「沖縄の嘉手納基地を含む海外の主要な米空軍基地の閉鎖は短期的には予想されない」と語った(21日および25日ワシントン発時事電)。

 逆に言えば、中長期的には予想されるということで、海兵隊に限らず海外駐留の米軍全体の思い切った本土撤退のシナリオが検討にのぼっていることを示唆している。

 次に注目すべきは朝日の軍事記者=田岡俊次の原稿である。

(2)田岡俊次=朝日新聞編集委員は、23日付同紙のシリーズ「漂う基地」第5回で「撤退論、海兵隊内部にも」と、次のように書いている。

▼クリントン大統領は再選直後から、最優先課題として"均衡予算"を掲げており、国防費の一層の削減が不可避となりそうだ。一方、海兵隊は今後装備の近代化に巨額の予算を必要とする。対艦ミサイルの発達で揚陸艦が陸岸に接近するのが危険となった今日、海兵隊は約90キロの沖合からの発進を可能とする特殊な近代装備を持たないと存在価値を失う。海兵隊司令部は予算増大に期待をつなぐが、沖縄の第3海兵師団参謀もつとめた軍事記者は「海兵隊は一応17万人の維持を言うが、内心では90年初期に一度言われた15万9000人以下まで後退することを覚悟している気配だ」と言う。若手の将校や退役将校の間では作戦や訓練の効率などの観点から、沖縄撤退論を唱える人も少なくない。

▼現海兵隊司令官チャールズ・クルーラック大将の父親、ビクター・クルーラック退役中将(元太平洋艦隊海兵隊司令官)もその1人だ。9月に全米で約60の新聞に載った同中将の論文は海兵将校たちを驚かせた。沖縄は悪天候に強い泊地が乏しく、訓練場も狭い。戦略上もベトナムのカムラン湾かオーストラリアに移る方が良い、との論だ。

▼米海兵隊機関誌「マリンコー・ガゼット」の編集長ジョン・グリンウッド退役大佐は「私も沖縄撤退論者だが少数派。当然多くの将校は現状維持派だ。いまの状況では急激な変化が来年決まる公算は小さいが、見直しの進展次第では、いま考えにくいことが起こるかもしれない」と見ている......。

 さすがに軍事記者は面白いところに目を付けていて、技術的な発展に応じて海兵隊に思い切った予算を付けて最新装備を充実させるか、逆に用済みとして撤退・縮小を進めるかの選択を余儀なくさせていることを指摘している。これに関連して、国防副長官も言及した来年の兵力構成見直しについて田岡は、「5月末までに国防総省による戦略や兵力の見直しが行われると同時に、議会が任命する9人の専門家による再評価も行われ、11月までに最終報告の予定だ」と述べ、その焦点は「従来通り中東と朝鮮半島で同時に大規模地域紛争の起きる場合に備える兵力を保持すべきか否か、だと米国防当局者たちは言う」と書いている。

 推測すれば、来年春までに朝鮮半島の危機回避の枠組みが確立しているとは考えにくく。そうだとすると来年の兵力見直しでは、直ちに沖縄海兵隊撤退の方針が盛り込まれることはない。しかし、逆にその4年後の2001年の見直しの時には、朝鮮の潜在危機が今のまま続いているとは極めて考えにくい。2000年前後に撤退が現実のこととなるという吉元の見通しは、いい線を突いていることになるのではないか。

●2人の大物の発言

(3)マイケル・アマコスト前駐日大使は22日ワシントンで、毎日新聞のインタビューに答えて次のように語った。

▼(4万7000人の在日米軍が将来削減される可能性について)数字自体に特別な意味はなく、安全保障は兵力規模に依拠するわけでもない。調整は可能だ。地域の状況によりけりで、北朝鮮をめぐる問題が解決すれば事態は変わる。

▼それでも東アジアでは日本ほど重要な同盟国はない。特に沖縄県のように大規模な兵力を前進配備する際は、その国や地域の政治的支持に配慮する必要がある。沖縄県民の痛みを除きつつ米国の安保機能の信頼性を保つという2つの課題を両立する必要がある......。

 ここでも、海兵隊を含む在日米軍の削減は朝鮮半島緩和の従属変数であるとの認識がはっきりと語られている。前大使はまた、日米防衛協力ガイドラインの見直しに関連して、「米国は日本が海外で軍事的役割を果たすことなど求めていない。米軍にとっては平時の後方支援が関心事だろう」と述べ、さらに朝鮮有事に当たっても「非武装地帯で軍事衝突が起きるか、大量難民が発生するかなど、危機の種類によって対応は異なる。が、米国民は同盟国に負担を求めるものだ。断定的に言えないが、後方支援分野の貢献が主になろう」と述べている。

(4)ジョゼフ・ナイ前米国防次官補は朝日新聞主催のシンポジウム「21世紀におけるアジアとの共生」に出席し、次のように語った(24日付同紙)。

▼2005年ごろ朝鮮半島から紛争がなくなる。朝鮮半島に米軍が残っているか否かは韓国政府の要請による。朝鮮半島は日本、中国という大国に挟まれている。大国の隣に住む小国は隣国に近づくのを望まず、ほかの大国に頼る。韓国は米国に何らかの形の同盟関係を保険として求めるが(米軍が撤退するかどうかは韓国がその後も)目先の脅威を感じるか、一般的な保険として期待するかによる......。

 このあと、出席者の1人であるリー・クアンユー元シンガポール首相が、米軍を「撤退させるのは、簡単に侵略できるという誤解を招く」として慎重さを要望し、さらに司会の船橋洋一が「米国のプレゼンスが陸から海に出ていく感じがする。普天間基地の代替地も海上ヘリポートになりそうだ」と発言したのに対し、ナイはこう述べた。

▼技術革新が非常に大きな要素となっている。兵員を長距離に展開することは可能になったと一般的にいえる。問題は心理的に安心できるかどうかということだ。これがリーさんの言ったジレンマだと思う。前進基地には2つの役割がある。戦う能力と、戦いを発展させないよう防止するという心理的な安心を与えることだ......。

●台湾海峡の緊張は?

 船橋はシンポの後の印象記で「朝鮮半島の緊張が『来世紀初頭には片付く』(ナイ氏)との見方が支配的になるにつれ、長期的には台湾海峡、つまり中国と台湾の間のアイデンティティと主権をめぐる葛藤が日中、米中、さらにはこの地域全体の緊張要因となるとの予感が広がっている」と述べた。

 問題は2つあって、1つは、確かに朝鮮半島危機は数年中に除去されるという見方は支配的になりつつあるが、それをどう確実にしていくかについての手順と枠組みを米中南北それに日露の間で確定することである。民主党の鳩山由紀夫代表は『文芸春秋』11月号の論文で次のように提唱している。

「まずいわゆる"極東有事"が発生しない北東アジア情勢を作り出していく。それが、沖縄はじめ本土も含めた米軍基地を縮小し、なくしていくための環境づくりとなる。私はそのような条件は次第に生まれつつあると考えている。すでに米韓両国からは、南北と米中の4者会談が呼びかけられている。その会談が成功を収めた後には、さらにそれをロシアと日本を加えた"6者協議"の枠組みへと発展させ、米中露日が見守る中で南北が相互理解と経済交流の促進と将来の統一をめざして対話を継続するよう促すのが現実的である。そして、その6者とは実は、日本海を囲む北東アジアの関係国すべてであり、朝鮮半島の問題だけでなくこの地域の紛争問題や資源の共同管理、多角的な経済交流などを話し合っていく場ともなりうるだろう」

 もう1つは、朝鮮半島が片付いたとしても、まだ台湾海峡が危ないから米軍撤退は時期尚早だという主張が米日にまたがって必ず出てくるだろうが、それをどう見ればいいかである。ナイはシンポの中で「わたしの提案は『台湾は独立を宣言しない』だけだ。そうすれば北京も台湾が国際的な場に出ることを容認できるだろう」と端的に述べている。これは全く正しくて、台湾が独立を強行したときだけ中国は武力を行使するだろう。だからまずそれをさせないことである。それ以外に、今年春のように中国が演習などの名目で軍事挑発を弄び、それが突発的な事態に結びつかないとは言えないが、いずれにしても国際社会は「台湾問題は中国の内政問題である」という原則に立って、徒にこれに軍事介入すべきではない。中国脅威論を過大に騒ぎ立て、米日がそれに軍事力を用いて対処しなければならないかの幻想は早めに除去しておく必要がある。

●戦略欠如の日本

 第2期クリントン政権がこれまで以上に中国に対して"積極的関与"政策を採ることは疑いがない。その関与の意味が、一方では米国が中国と地域安保面まで含めた政治的対話を重視し、さらに中国の軍事建設にも支援の手を差しのべて敵対性を除去していきながら、他方では特にコンピュータ、情報通信をはじめとしたハイテク市場としての中国の潜在性に着目して、対中貿易赤字を解消していこうとするところにあることは、マニラでのAPEC総会で明らかになった。米国の対北朝鮮政策も、そのような対中国戦略とパラレルなもので、米中韓で北を包み込むようにして軟着陸させることをすべてに優先している。そのこともまたマニラでの米韓首脳会談で明らかになった。

 他方、中国はAPEC直後に江沢民主席を初めてインドに送り、国境停戦ラインでの信頼醸成措置の強化について合意を達成した。中国は今年4月には、ロシアはじめ旧ソ連の中央アジア3国との間でも画期的と言っていい信頼醸成協定を結んでいる。他方、ロシアは先のプリマコフ外相の来日を通じて、北方4島の共同開発方式を提唱し、膠着している領土紛争へのバイパスを敷設する努力を見せた。

 北朝鮮も、図們江開発の推進に加えて、最近は、10月28日インドのニューデリーで開かれた国連アジア太平洋経済社会理事会(ESCAP)閣僚会議で決議された、釜山〜ソウル〜北朝鮮・羅津〜シベリア鉄道〜欧州と、同じく釜山〜ソウル〜北朝鮮・新義州〜中国〜モンゴル〜ロシア〜欧州という2つの汎ユーラシア横断鉄道の復元構想に事実上同意した。また、韓国の週刊誌が伝えるところでは、9月22日から3日間北京で開かれた「第2回東北アジア天然ガス・パイプライン国際会議」に出席した北代表は、ロシア・イルクーツクのガス田を中心とするシベリアの天然ガスを日本まで運ぶパイプライン計画について、初めて積極関与を表明し、パイプラインを中国経由、北朝鮮から板門店を通って韓国へ抜けるルートで建設するよう強く提案したという。

 東北アジアを1つの面と捉えて、多国間の安保対話機構と経済協力の枠組みを作る条件は熟しているのに日本にその戦略が不在である。▲

2010年1月11日

さらに普天間基地について考えよう ── ネーションを分断している「45年体制」

武藤功氏(文学と思想誌「葦牙」編集長)

 今年は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(安保条約)が締結されてから50年となる。この年、鳩山新政権による沖縄・普天間基地移設の見直しの最終案が出されることになったことは、偶然のめぐり合わせとはいえ、歴史的な意味がある。何よりも意義深いのは、「安保50年」の歴史的総括と直結するかたちで、普天間問題が「歴史の秤(ハカリ)」として登場したことである。

 この普天間という「歴史の秤」を登場させたことについては、鳩山首相がその移設結論を「先送り」した功績といえる。この「先送り」についてはほとんどすべてのメディアが「迷走」だとか「無責任」だとか「何も決められない首相」だとか言って論難してきた問題であったが、今年5月までの期限とはいえ、その旧政権による日米合意の「辺野古移設」を事実上白紙に返して再検討できる機会を得たことは安全保障についての民主主義的論議のためにきわめて大きな意義を持つ。

 ゆえに、鳩山政権にとっても、この問題は敗戦後の歴代日本政府が60年余もさぼりにさぼってきた主権国家の意思提示をアメリカに対してきちんと行えるかどうかが問われる事態をつくりだしたともいえる。アメリカの何にたいする国家意思かといえば、もちろん、普天間に象徴される沖縄の軍事基地に対してである。この沖縄の米軍基地は、事実上「軍事植民地」(矢内原忠雄元東大総長の沖縄に対する言葉)として運用されてきた占領期の基地形態を、日本政府として「日本国との平和条約」(1952年4月発効)で認めたのをはじめ、日米の「相互協力及び安全保障条約」(1960年6月)でも、さらには「沖縄返還協定」(1971年6月)でも認めてきたものである。

 なぜ、そうなったのかといえば、これら三つの条約・協定においては「対等な日米関係」が存在しなかったからである。とくに問題なのは、戦後日本の「独立」を実現したとされる連合国と「日本国との平和条約」である。日本はこの条約の第3条で、「琉球及び小笠原」の施政権を米国の信託統治制度の下におくことを同意したが、これについては米国が国連に提案し、その可決をもって実行されるのを基本としていた。その国連可決までの間において、米国は領水の支配権を沖縄などの領域や住民に対する行政、立法などの権利を含めて持つとされていた。

 ところが、米国はこの信託統治案件については一切国連に提案せず(提案してもソ連などの反対で可決されない見通しだった)、その暫定措置として「可決されるまで」の間の米国の権限としたものを新「安保条約」の時点まで継続したのである。いわばこれは米国による沖縄などへの不法な領土占拠の居直りを意味した。「平和条約」が基本原則とした「対等な国家間の関係に違反し、これも同条約が謳っている「国際連合憲章」と「世界人権宣言」の理念とも相容れない行為であったからである。しかも、この「平和条約」第3条は、新「安保条約」の第6条(基地の供与)として引き継がれたのである。

 この旧条約の「第3条」と新条約の「第6条」との違いといえば、それまで沖縄の領域を勝手に米軍基地として使用していたのを(それまでは農民の土地をとりあげ、勝手にブルドーザーを入れて基地にするというようなことが行われた)、日本側との事前協議制にしたことだけであって(条約第6条の実施に関する交換公文)、その基地使用の基本形態には何らの変更も行われなかった。そして、1972年の「沖縄返還」となり、「本土並み」返還や「非核三原則」の適用がいわれたが(それは本土でも60年安保の改定時に藤山外相の核持ち込みの容認「密約」によって崩れていた)、事実はそれに反するものであったことは、在日米軍基地の75パーセントにのぼる沖縄への集中や、返還当時の「佐藤・ニクソンの秘密協定(核持ち込みと貯蔵を認めたもので、現在その密約文書の原本が佐藤家から見つかったとして問題となっているもの)の存在を見ても明らかである。

 つまり、現在懸案となっている普天間基地の移設問題とは、こうした沖縄をめぐる戦後60年以上にも渡って続いている日米間の不平等条約問題と、本土・沖縄間の差別問題を構造化してきたことによって、冷戦時代の政治の歪みの象徴となってきた問題なのである。それゆえに、いみじくも鳩山首相が就任前からのべていた「対等な日米関係」という問題と普天間移設問題とはストレートなかたちで衝突することにもなった。この点で、いたずらに鳩山批判をかさねたメディアやそれに追随した御用学者たちは、こうした冷戦時代の日米関係に無反省な米国追随の「安全保障」論を展開したことにおいて、何ら日本の「国益」にも、沖縄県民の利益にも資するものではなかった。

「接待文化」を脱する本格交渉を

 重要なことは、この普天間論議の進展のなかで、実にさまざまな問題が見えてきたことである。ある意味では、日米の政治やメディアの問題にとどまらず、日本そのもの、アメリカそのものが丸ごと見えてきたといえるほどである。日本側について言える何よりも傑作なことは、対米交渉にたいする担当閣僚たちの身構えが日本的な「おもてなし」・「接待文化」の域を一歩も出ていないということである。企業が取引相手などを招待して上座に座らせ、「ビールがよろしいでしょうか、それともお酒がよろしいでしょうか、美味しいワインもございますがいかがいたしましょうか」と伺いをたてるような具合に、普天間移設について「辺野古移設でなければダメでしょうか、それとも県内移設なら認めていただけるでしょうか、あるいはもう一歩すすめて県外移設までならお認めいただけるでしょうか」とモミ手をしている図である。

 アメリカ側も、こうした日本側の対応を当然のこととして構えている。この「おもてなし」の接待役を買って出て新年早々に訪米した石破メッセンジャーボーイ(自民党政調会長)に対して、グレグソン国防次官補は、1月6日、「辺野古移設案はあらゆる選択肢を考慮して結論されたものであり、他の選択肢はありえない」と述べた(「ビールでなくてはダメだ」というわけである)。また、国防総省のモレル報道官も、「結論が5月になったことは、米国にとって好ましいスケジュールではない」と不満を述べた。翌7日には、キャンベル国務次官補も、1月12日にホノルルで開催予定の日米外相会談について、普天間問題に関しては「これまでの一貫した主張を強調する」(「日本酒やワインではダメだ」というわけであろう)と釘を差した。

 つまり、これら米軍基地を海外に展開する官僚たちはもとより、昨年10月に来日して普天間基地の辺野古移設を強要したゲーツ国防長官や翌11月の訪日時に辺野古決着を求めたオバマ大統領らは、沖縄を戦後60余年に渡って植民地主義者の楽園のごとくに基地として利用してきた問題について、民主主義的な国際関係の再構築という視野から見直すという姿勢をまったく示していないのである。これは、「日米安保50年」を節目に「同盟深化」ということがいわれている現在、米国の姿勢がまだまだ冷戦下同様に旧態依然であり、その新たな深化への政治的基盤ができていない実態を示している。60年前の旧「安保条約」というべき「平和条約」が謳った日本への人権誓約(その前文が謳った「世界人権宣言の目的の実現」)や国連憲章誓約(国連加盟国同士の友好と差別撤廃の協力義務)もすっかり忘れ去った様子なのである。

 これに対してメディアは、日本側の姿勢だけでその種の「深化」が可能であるかのように論じているが(その代表的な例は「読売」の元日「社説」と「朝日」と「毎日」の1月9日「社説」で、読売は日米が「対等な関係にあるのは自明だ」と沖縄を視野の外に置き、朝日は「普天間問題はひとまず切り離して」と論じ、毎日は「同盟関係を深化、発展させる責任を負っている」のは鳩山首相だと論じている)、アメリカの海外基地政策には一言の注文もつけないし、普天間という言葉はあっても、その三つの社説には一言の「沖縄」認識の言葉もないのである。その「深化」のための新しいステージのためにこそ、普天間問題についての相互の国権と人権尊重の立場からの「対等な日米関係」による解決が不可欠なのに、その基礎となる沖縄認識がまるで欠落している。

 つまり、メディアも普天間問題については、日本的な「接待文化」があらわすような「おもてなし」の交渉姿勢によって解決が可能であるかのように考えているらしい。敗戦後の60余年にわたる沖縄基地問題は、日本の国家主権と沖縄県民の人権と生存権が不当に排除され、あるいは「安全保障」の名のもとに忍従を強要されてきた問題だという認識が皆無なのである。普天間問題とは、それを法制的に合理化してきた実体に即して、その「平和条約」前文にいう「国連憲章第55条及び56条に定められた安定及び福祉の条件」を実現した国に対する責任として占領状況に等しい軍事基地は即刻解消されるべきだという問題なのに、メディアもまたグレグソンやキャンベルらの米国官僚の尻馬に乗って、「米国離れを志向する鳩山首相の言動は危うい」(読売)と論じ、「首相の責任ある結論」(朝日)と「首相の深い自覚」(毎日)を促すという逆立ちした論理を展開している。日米関係の正常化の責任と自覚はだれよりも、米国とオバマ大統領にこそ求められるものなのだ。

「45年体制」からの脱却を

 鳩山首相が野党時代に雑誌の小論文として発表した「対等な日米関係」ということが具体的に何を問題意識としてもっていたのかは分らないが、この普天間基地に直面したなかでの日米関係にこそ、それがずばり当てはまる問題となった。もちろん、この問題は戦後60余年を引きずる問題であり、米国の帝国主義的な軍事戦略思考が「チェンジ」されていない中では容易な解決課題ではないが、日本の国家主権を国連憲章のレベルで確立するためには避けて通れない道である。つまり、米国の軍事基地への負担軽減を求めることは、「離米」でも「嫌米」でも「反米」でもなく、同盟関係の正常化の一環となる問題なのだ。

 米国は、戦後一貫して日本に対して明らかに強者であった。しかし、その強者としての主張や政策に国連憲章や世界人権宣言に反する一国主義的な独断が見られる時、日本はこれを正していかなければならない。ところが、これまでの自民党中心の「55年体制」は、その不合理なところにも異議を立てず、安全保障の名のもとに強者の帝国主義的な軍事政策を受け入れてきた。その結果、沖縄県民との間にネーション(国民と国家)を分断する深い傷跡を残してきた。かつての大戦で唯一の市街戦をもたらして12万人にのぼる県民を犠牲にした傷跡の上に、さらなに膨大な米軍基地を押し付けによって深い傷を加えてきたのである。この是正なくして、日本の戦後的な国権の回復はないというのはそのためである。

 15年前の「橋本・クリントンによる安保再定義に由来するSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)合意として決定された普天間基地返還が13年経っても解決しなかったのは、このネーションの分断がいかに深刻なものであったかを示している。しかも、普天間基地の辺野古移設は、沖縄に巨大な新基地の造成となることにおいて、新たな県民分断をもたらすことを意味した。鳩山政権はこれらの事実を根本から再認識しなければならないのである。つまり、その合意が「移設条件つき返還」であったことは、旧政権による「対等な日米関係」による交渉の欠落を意味したのである。

 このことを考えれば、この普天間移設問題を沖縄県民はもとより国民的にも納得のいくかたちで解決することは容易な課題ではない。ひとり政府だけの力でできるものではないことも明らかだ。そこには新たな国権回復の主張が含まれるし、覇権国家アメリカの世界政策の一部を変更させるたたかいともなるからだ。この「平和のたたかい」には国民が総力を挙げて取り組まなければならない。つまり、これは日本において20年遅れの「ベルリンの壁」ならぬ「沖縄の壁」の解体作業を意味するものだからである。

 それゆえ、鳩山政権の実現によって打破した「55年体制」の問題について、改めて考えておかなければならない。現在、普天間問題として浮上している「基地の島・沖縄」を作り出してきたのは、この「55年体制」だといえるが、それだけではないという事実も明らかになったからである。鳩山政権の誕生は、自民党長期政権による「55年体制」の打破を意味したが、「基地の島・沖縄」を打開し得る国権の回復には直結しなかった。つまり、このことは「55年体制」にはもう一つの強硬な外壁があることを明らかにしたといえる。「45年体制」という米国製の壁である。この壁こそ、「沖縄の壁」となったものである。

 いわば「55年体制」は、この「沖縄の壁」に象徴される日米の二重構造の壁によって守られていた。「55年体制」という政治の壁を打破しても、その奥にもう一つの「安保の壁」が「45年体制」として厳然として存在していたことを、普天間問題は明らかにしたのである。

 これはどういうことを意味するかといえば、かつての大戦によって失われた国権は、その米国主導によって作られた「45年体制」という壁からの解放によってはじめて「対等」なものとして回復されることを意味する。それが60年前に「日本国との平和条約」によって約束された「独立」の真の姿である。戦後アメリカの対日政策からいえば、かれらが現行憲法の草案を提起し、農地解放によって日本の民主主義的な社会構造を促進したといえたが、その「民主化」の達成としての国権の回復と定義してもいい。鳩山首相の言葉でいえば、それこそが「対等な日米関係」の達成といえる。

 鳩山首相は、いみじくも政権交代の施政演説で、「無血の平成維新」ということを公言した。その意気はよい。しかし、その真価と実質が問われるのは、この日米関係における「対等」を実現するための国権の回復という課題においてである。普天間基地問題はその試金石なのだ。これは首相にその「維新」を「革命」とすることを求めるのではない。「普通の国」としての国権の確立を求めるために、イチローが一本のヒットを打つことに反吐の出るような思いを込めたと同じような真剣勝負の政権意思を求めることである。そのために反吐はおろか、血のにじむたたかいとなる覚悟をしない限り、沖縄県民が納得する普天間移設を実現させることはできないであろう。

 維新や革命をいう以前の問題であるこの市民的なたたかいは、冷戦構造からの脱却のために、すでに20年前の東ドイツの市民たちが「ベルリンの壁」にツルハシを打ちおろし、他の東欧諸国の市民たちもそれに続いて実行したことである。いま鳩山内閣と日本の市民たちに求められているのは、その同じ性質の「沖縄の壁」にツルハシを振るうことであり、人権と国権の回復のための民主主義的なたたかいをすすめることである。

2010年1月 9日

【インタビュー】原村政樹(記録映画監督):映像だけでなく心の動きを

1月17日(日)午後10時からNHKのETV特集で長編ドキュメンタリー「よみがえれ里山の米作り 〜小さな米屋と農家の大きな挑戦〜」が放送されます。

日時:2010年1月10日(日)22:00〜
放送局・タイトル:NHK ETV特集「よみがえれ里山の米作り 〜小さな米屋と農家の大きな挑戦〜」
URL:http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

このドキュメンタリーの監督・原村政樹(はらむら・まさき)氏に今回の番組についてお話しを伺いました。

◇  ◇  ◇

原村政樹(記録映画監督):「映像だけでなく心の動きを」

─このドキュメンタリーを制作した背景は

日本の耕作放棄地は全耕地の約1割にものぼり、ほぼ埼玉県の面積に匹敵します。とくに中山間地域の水田は基盤整備も遅れ、非効率的という理由で原野化する耕地が目立っています。今回の仕分けでも、中山間地域の農地への補助金は非効率という理由で無駄との結論が出されました。

しかし、目先の効率だけで農業を切り捨ててもいいのでしょうか?中山間地域は水源地でもあり、水田は水資源の涵養という点からも、また、日本人にとっての原風景でもあり自然環境の価値も高く、また、先人が築いた棚田は歴史的・文化的遺産でもあります。

そんな貴重な場所を残したいと立ち上がった米屋と農家のドキュメンタリーです。タイトルは「よみがえれ里山の米作り 〜小さな米屋と農家の大きな挑戦〜」。耕作放棄田を再生する営みを4月から11月まで見つめました。

─米作りを主題に農業以外にも焦点をあてている

主人公の農家は独自の漢方農法で完全無農薬米を生産している福島県郡山市の古川さん。米屋はそうした中山間地域での米作りを応援している奈良県大和郡山市の入口さん。

環境の優れた里山の田んぼで清らかなミネラル豊富な源流水を使って作られる米は安全性のみならず、極上のおいしさ、また、米作りを続けることによって里山の環境も維持されていきます。

─撮影で一番苦労したところはありますか

1時間29分の長い番組です。映像的には淡々とした農作業をそれだけの長い時間、持たせることが出来るか、かなり不安もありました。

しかし、映像では伝えにくい心の動きを緻密に取材することで、その人の魅力が引き出せます。その意味で、米作りのドキュメントですが、内容は人間ドラマになっていると思います。

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【プロフィール】
原村政樹(はらむら・まさき)
1957年生まれ。記録映画監督。1988年、東南アジアの熱帯林破壊をテーマとした「開発と環境」で監督デビュー。2001年より制作した長編ドキュメンタリー映画『海女のリャンさん』で文化庁文化記録映画大賞を受賞。2006年『いのち耕す人々』(文化庁文化記録映画優秀賞)の他、現在「里山っ子たち」、「リトルチャレンジャーズ」、「里山の学校」の"里山っ子たち"シリーズ3部作を完成させた。

◇  ◇  ◇

《THE JOURNAL》新ブロガー・結城登美雄氏が総合プロデュースした「鳴子の米プロジェクト」が「09年度地域づくり総務大臣表彰」の表彰団体に選ばれました。

一部のメディアで「農業崩壊」「限界集落」と農業や農村の疲弊が伝えられる一方、農業だけにとどまらない中山間地の取り組みや暮らしにスポットライトが当たっています。結城氏の記事とともに、「小さな」地域からの視点をどうぞお楽しみ下さい。

【関連記事】

結城登美雄:「ないものねだり」から「あるもの探し」へ
高野論説:日本の"モノづくり"精神の大元はどこか?
甲斐良治:食料自給・地産地消を輸出する――世界に広がる農産物直売所
地域づくり総務大臣表彰:鳴子の米プロジェクト、表彰団体に(毎日.jp)

◇  ◇  ◇

<上映会情報>
「里山の学校」(監督:原村政樹)

日時:2010年2月7日(日)
場所:木更津市民会館・大ホール
10:00/13:00/15:30の3回上映
URL:http://www.kisacon.jp/modules/pico2/index.php/content0255.html

問い合わせ先:木更津社会館保育園
千葉県木更津市富士見3-8-3
 TEL0438-22-3659 FAX0438-22-3687

映画問い合わせ先:桜映画社(03─3478─6119)

2010年1月 6日

【インタビュー】結城登美雄:メディアに「小さく考える」地元学の視点を

今年の新聞各社の新年特集は地域の小さな活動に目を向けた連載が特徴的でした。

「もうひとつの風景─過疎の町で介護を学ぶ」(毎日新聞)
「常識革命」(東京新聞)
■「次の10年へ─地方発エネルギー」(日経新聞)※リンクなし
■「日本 前へ」(朝日新聞)※リンクなし

なかでも朝日新聞は、《THE JOURNAL》ブロガーの甲斐良治氏が注目してきた「地元学」が取り上げられ、高野孟も親交が深い結城登美雄氏のコメントが掲載されました。

今回は結城氏に、提唱する「地元学」と新聞論調の変化について話を伺いました。

*   *   *   *   *

結城登美雄(民俗研究家):メディアも「小さく考える」地元学の視点を

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─「地元学」とは

今まで地方はわが町にはほかに誇れるものは何もないと嘆いてきました。「ないものねだり」の愚痴をこぼすより、暮らす現場の足元にある「あるもの探し」をしてみよう。そうして自分の住んでいる小さなエリアが良くなることを考え、持ち寄る場をつくることをテーマにしているのが「地元学」です。

─2010年元旦号から新聞各社は集落に入り込んだ取材をしています。昨年までのメディアに変化の兆しがあるように感じます

ようやくかな。日本は今リセットする時期で、再生のヒントが地域にあるという意見があります。しかし私が村々を歩いて感じることは「人というものは大したものだ」ということです。

民家が5軒ほどしかない集落を見ると「過疎」「限界集落」ととらえるかもしれません。一軒一軒訪ねて歩いてみて下さい。

「一人暮らしはいいものよ」なんてことを口にするおばあさんがいます。さらに耳を傾けると「1軒だと寂しいけどまだ4軒も同じような仲間がいる」と、つまり数じゃなく心が通じあえる人間の大切さを村は教えてくれます。

記者だけでなくようやく新聞社としても気づき出したかなと思います。

─日本全体をとらえるよりも地域に絞った方が見えてくるものが多いのでしょうか

「日本」全体を考えることは一度脇に置いておきましょう。僕らはいつの間にか全国の情報をメディアから得られるようになりました。一方メディアは全国に情報を流そうとするから当然「日本」のことを取材します。

田原総一朗さんも「日本の政治、経済はどう進むべきか」という論調でやってきたでしょう。田原さんは人気があるし番組の視聴者も「日本をどうしようか」と考えるようになります。

「結城さん、日本の農業はどうなるんだい?」

10軒規模の小さな村に行ってもそんな質問をされます。最初はムキになって答えてましたが、今は「日本は大きすぎてわかんねえな」と言うようにしてます。他の「日本」を心配するよりまず自分の住んでる10軒の農業をよくする方法を探しましょう。小さく考える、それが地元学の視点なのです。

【関連記事】
■高野孟:INSIDER No.317「『GRAPHICATION』で結城登美雄さんと地域について語った!」
■本日開催! 発起人・高野孟の「早稲田の米プロジェクト」イベント

2010年1月 5日

【速報】藤井財務相が辞意 鳩山政権発足後初の閣僚交代か

 藤井財務相は5日、首相官邸で鳩山首相と面会し、健康不安を理由に辞意の意向を伝えた。報道によると、首相は「これからも頑張ってほしい」と慰留したものの、意思は固いという。藤井氏は予算編成作業で体調を崩し、12月28日から都内の病院で検査入院をしていた。検査結果は今週末にわかる見通し。後任には、菅直人副首相や野田佳彦副大臣らの名前があがっている。

■藤井財務相が辞意、健康不安を理由に(読売)
■藤井財務相は続投=鳩山首相が表明、進退に発展も(時事)
■藤井財務相 Googleニュース検索

イチから出直しの普天間問題で米国と議論すべきこと ── 10年前の沖縄への想いを振り返る(その2)

takanoron.png 鳩山政権の普天間問題への姿勢の根底に、96年9月の旧民主党結成時に掲げた主要政策の1つ「常時駐留なき安保」論があることは、ようやく最近になって広く知られるようになった。この考え方は、結成時の理念・政策文書ではスローガン的に述べられているだけだったが、その直後、10月発売の『文藝春秋』11月号に鳩山由紀夫が「民主党/私の政権構想」を発表した中で、かなり詳しく展開されたちまち話題となった。

 その後、同党を政策面からサポートする研究会がいくつか組織され、そのうちの「安保部会」の主任を私が引き受け、前田哲男、小川和久、重村智計、田岡俊次ほか当代一流の軍事・外交研究者の参加を得て1年間ほど熱心な討論を続けたが、やがて98年春に旧新進党離党組がドッと合流して現民主党が"再結成"された際に、どうという議論もないまま「常時駐留なき安保」論が消滅してしまったので、その研究プロジェクトも立ち消えとなった。

 その間には、米国の対日安保マフィアの一員であるマイケル・グリーン(当時は米防衛研究所研究員)が東京に飛んできて私を呼び出して、「こんなことを民主党に言わせているのはお前か!」と詰問されたりもした。私は彼に、「米国がいつまでも軍事最優先の冷戦志向から卒業できずにポスト冷戦の世界に適応できないでいるのが問題で、このままで行けば、いずれ米国は軍事的に大失敗して、その結果、嫌々ながらにポスト冷戦への適合を強いられることになる。民主党はその先を見越して、2010年頃に否応なくやってくる日米安保の転換を考えているのだよ」というようなことを言ってやった。が、彼はまだよく理解できない様子だった。

 さて、以下は、その鳩山論文が出た直後のINSIDER記事で、彼の「常時駐留なき安保」論が出てくる背景を解説したもので、当時の私を含めた旧民主党周辺の議論の様子が伝わるかもしれないと思い再録することにする。なおこの中で私が普天間の嘉手納空軍基地内への移転について「とんでもない話」とハナから否定しているのは、当時の議論の中では、小川も書いているように、嘉手納基地の返還を実現してそれを「基地なき沖縄」の経済再生の中核としようというのが「常時駐留なき安保」論の目玉と位置づけられていたからである。現在の私は、普天間問題がこじれにこじれて事ここに至って、米海兵隊のグアム全面移転が実現するまでの暫定措置として普天間代替施設を県内外に作るという場合に、嘉手納空軍基地もしくは隣接の嘉手納弾薬庫も有力候補の1つと考えている。

*   *   *   *   *

──沖縄への想い(2)──INSIDER 1996年10月15日号より──

波紋を呼ぶ民主党の防衛論
 ----沖縄米軍基地問題も新次元へ

 鳩山由紀夫=民主党代表が『文芸春秋』11月号の論文で、「私見」と断りながら打ち出した安保・防衛論が日米防衛当局に興味深い反応を引き起こしている。

 同誌発売翌日にあたる11日の閣議後の会見で臼井日出男防衛庁長官は、自衛隊を2010年の段階で「国土防衛隊」「国際平和協力部隊」「災害救援部隊」に3分割するという鳩山の構想について、分割は機能低下につながり、またそれらを統括する新たな行政組織が必要になり非効率だとして「賛成しかねる」と述べた。また自民党の加藤紘一幹事長はそれについて感想を求められて「2010年とかの話であり、その時に国際情勢がどうなっているか分からない」と、必ずしも無碍に否定しない態度を明らかにした。

 他方、ワシントンからの情報によれば、鳩山が2015年までに沖縄のすべての米軍基地の返還を実現するとの沖縄県の「基地返還アクション・プログラム」を支持する立場から、橋本首相の基地との共存を前提にしてカネで物事を解決しようとしている姿勢を批判し、さらに沖縄・本土の基地問題を根本的に解決するため「常時駐留なき安保」への転換を進め、2010年には日米安保条約も改定して日米関係を新次元に引き上げると主張していることに、ペンタゴン筋はすでに注目し、そのような鳩山の考えが出てきた背景やその今後の政治的影響力について調査を開始したという。

■ナイ・イニシアのその先

 ペンタゴン自身、いわゆるナイ・イニシアティブに基づく昨春の「日米安保強化宣言」が、当面の朝鮮半島有事に備えて日本から一層の協力を引き出すために現存の日米安保条約の枠内で共同作戦態勢を強化することを目指したものにすぎないことを、よく認識している。しかし、今後3〜5年以内に朝鮮の潜在的な危機がコントロール可能なレベルにまで低下した場合には、一転して、朝鮮対応を主任務とした在沖縄海兵隊のグアム以東への撤退をはじめとして「アジア駐留10万人態勢」の再検討が課題になるのは当然で、その言わば"ポスト・ナイ・イニシアティブ"についてもペンタゴンはすでに準備を進めている。

 沖縄の「基地返還アクション・プログラム」は実は、同県として独自の"対米外交"を積み重ねてくる中で、そのようなペンタゴンの動きについても情報を入手した上で、米国にとっても十分に検討に値する実現可能なプランとして策定されたものである。大田知事の知恵袋と言われる吉元副知事は8月に本誌に対して「朝鮮問題は5年と言わずもっと早く片が付いて、米海兵隊は2000年までにいなくなると見る根拠を持っている。そんなに早くては我々の(経済自立の)計画が間に合わないので、(ゆっくり順を追って撤退して貰いたいという意味で)2005年から3段階でというプログラムを出した」と説明している。

 東京の外務省や自民党は「日米安保は永遠なり」という幻覚に囚われているので、この沖縄の計画を「夢みたいなことを言うな」と一笑に付し、基地問題の抜本解決を図ることなく補助金を増額することで沖縄県民を黙らせる方策を採ろうとしている。ペンタゴンは沖縄のプログラムに一定の現実性があることを知っているが、もちろんそれを口にすることはなく、また外務省・自民党の認識の誤りを正すつもりもない。彼らを「安保は永遠なり」という幻覚の中に閉じこめておく方がマインド・コントロールが容易であり、従ってまた米国の言いなりに思いやり予算その他の協力を引き出す上で便利だからである。ところがそこに、どうもそのマインド・コントロールに引っかかりそうもない有力政治家が出てきた。それがペンタゴンが鳩山の言説に注目した理由と考えられる。

 もちろん鳩山の論は党内の十分な議論を踏まえたものではないし、それにそもそも民主党が今後どれほどの力を持ってその政策を実行に移そうとするかは全く未知数である。しかし、現状の延長上ではなく、2010年段階の日米関係と安保・自衛隊のあり方を問題にするというその発想が、ポスト・ナイを模索するペンタゴンの戦略立案者たちのどこか琴線に触れたのは確かだろう。

■2010年の問題

 米国にとっては、朝鮮危機が去った後には「10万人態勢」の再検討と部分的縮小に着手するのは自明のことである。恐らく2010年を超えてその態勢が維持されることはないと見るべきだろう。残される問題はたぶん3つで、第1は、中国の"軍事的脅威"をどう評価し、対応するかである。仮に朝鮮に大規模武力介入する必要が大幅に減じたとしても、中国が軍事大国として振る舞い、とりわけ台湾に攻撃を仕掛ける可能性があり、しかもその場合に米国が地上部隊の派遣も含めて台湾を徹底擁護するというシナリオを描くのであれば、沖縄の海兵隊は当分の間いなくなることはない。

 ペンタゴンが本当のところ中国をどう考えているのかは定かでないが、少なくとも、米国の雑誌がしばしば面白半分に書くような、中国がまもなく(いや既に!)世界第2の経済大国になり、その巨大な軍事力を梃子にアジアを支配しようとしているなどというお伽噺を信じるほど非現実的でないことは間違いない。

 台湾問題は本質的に中国の国内問題であり、中国が台湾に本格的に軍事力を行使することがあるとすれば台湾が一方的に独立を宣言した場合だけである。しかし台湾はもちろんそれを熟知しているから、そういうバカな真似はしない。仮に誤解の積み重ねで中国が暴発したとしても、中国が本当に台湾軍を撃破して上陸侵攻するだけの能力を持っているかどうかはかなり疑わしい。また仮にそのような事態となっても、かつてのような「自由の守護神」=米国ならいざ知らず、中国本土の巨大な潜在マーケットに21世紀の戦略照準を合わせている今のワシントンが、おっとり刀で兵を送るとは考えにくい。

 しかしいずれにしてもペンタゴンと米政府が中国を本音でどう見ているかが1つの問題である。

 第2には、沖縄・本土の米軍基地の二重性の問題である。在日基地には、日本への直接侵略を含めて東アジアの地域紛争に即応するための前線配備という10万人態勢の一部としての機能と、それとは差し当たり関係なく、米国が世界的な軍事的リーダーであり続けるための総合的な戦略基地としての機能とがあり、前者は現実的な危機がレベルダウンすればグアム以東に撤退可能だが、後者は米国が軍事覇権思想を放棄しない限りなくならない。

 小川和久は『世界』11月号の「嘉手納基地を民間ハブ空港に」で、次のように書いている。

「日本列島はアメリカが世界的リーダーシップを維持するために不可欠の戦略的根拠地を形成している。在日米軍基地はもともと、第7艦隊と第3海兵遠征軍の任務区域であるハワイからアフリカ最南端までの間で行動する米軍を支える位置づけにあり、それだけの戦略的機能が置かれ、日本国民の税金で維持・防衛されてきた」

 この維持・防衛のために日本国民が負担している金額は95年度で5兆円にのぼる。このうち在日米軍経費は6257億円にすぎないが、これと一部重複する防衛費4兆7000億円で支えられる自衛隊は、米側から見れば在日米軍基地の防備のための戦力だからである。

 実際、10月10日付『朝日新聞』が報じたところでは、9月の米軍のイラク攻撃に際しては、三沢空軍基地のF16戦闘爆撃機がサウジアラビアに移駐してミサイル攻撃に参加し、第7艦隊の空母カールビンソンを核とする戦闘群が6月横須賀で補給してから湾岸での任務に就き、嘉手納基地のKC135空中給油機がグアムからイラク爆撃に向かうB52爆撃機に給油し、神奈川県の米陸軍相模補給廠が非常食を送り、東京の横田空軍基地からはC9医療用輸送機1機と医療チーム44人が派遣された。さらに嘉手納からは10月にF15戦闘機18機がサウジに派遣される。

 在日米軍基地は、すでに「極東」の範囲を遥かに踏み越えて、世界大での米国にとっての有事への即応のために使いたい放題に使われており、それを歯止めなく容認することが日米安保強化宣言の意味だったとするなら、確かに外務省の言うとおりで基地は永遠に返ってくることはない。

 そこで、2010年の問題の1つは、日本人は多大の出費と基地被害に耐えて今後とも米軍の勝手な戦略行動を支え続けることに同意するのかどうか、ということである。イラク攻撃が、クリントンの大統領選挙目当ての火遊びだったことは、世界の人々に知れ渡ったことであり、こういうことのために日本が間接的にでもコミットすべきかどうか、明確な国民合意が必要である。他方、米国民にとっては、このような"世界の警察官"ぶりっこをいつまでも続けるつもりなのかどうかを自問することが求められる。

■地域安保か米覇権か

 そのことにも関連する第3の問題は、21世紀の安全保障の基本的な枠組みを、OSCE(全欧安保協力機構)タイプの地域的な安保対話をベースに考えるか、米国中心の2国間軍事同盟が引き続き中心だと考えるか、ということである。

 本誌No.367「綱引きする2つの安保観」が指摘しているように、ヨーロッパでは、地域に存在するすべての国々が1つのテーブルに着いて信頼醸成・紛争予防・軍縮について話し合い、武力を用いることなく紛争を解決していこうとするOSCEが次第に役割を増大させつつある一方で、冷戦の遺物である米国主導の敵対的軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)が任務を再定義しながらも引き続き存在して、相互補完しつつもせめぎあいを演じている。米国や英国の考えは、やはり最後は軍事力がものを言うのだからNATOが主であってOSCEは従の役目しか果たせないというにあるが、果たして米国は21世紀を通じてそのような考えを変えるつもりはないのかどうか。

 同じことはアジアでは、ASEANが主導する安保対話の新しい枠組みであるARF(ASEAN地域フォーラム)の努力と、米日・米豪の2国間軍事同盟の強化で引き
続きこの地域に覇権を確立しようとする米国の思惑との綱引きとなって現れている。米国はARFや、それに学びながら北東アジアでも同様の安保対話枠組みを作り出そうとする韓国政府や鳩山=民主党を含む日本の一部の流れを、決して否定はしないが、そのような努力はあくまでも従であり、米国中心の2国間軍事同盟の強化が主だという立場である。

 冷戦時代の数多くの米主導の軍事同盟の中で今も残っているのは、アジア・太平洋では米日、米韓、ANZUS(豪・ニュージーランド・米3国軍事同盟----ニュージーランドは脱退)だけで、そのうち米日・米豪の同盟を米国は弱めるどころか並行的に強化して、これを事実上の新しい3国軍事同盟JANUSに仕立て上げようとしていると言われている。

 この地域安保対話システムと米主導の軍事同盟とは、ヨーロッパと同様アジアでも、少なくとも一定期間併存して補完し合いつつ競い合う形にならざるをえないが、長期的に見てどちらが主流を占めるかと言えば前者である。その考え方と米国およびそれに追随する日豪政府との間に横たわるのは、煮詰めれば、紛争解決の手段として武力を用いないと決意するか、いやそれは遠い理想で現実にはやはり最後は力が物を言うと主張するかの思想的な対立であり、その決着が2010年頃には訪れてくることになろう。

 鳩山は明確に前者の立場をとっており、米軍基地の返還を可能にするようなアジアの紛争防止・信頼醸成の多国間安保対話のシステムをどう作り上げていくか、また本質的に冷戦の遺物である日米安保条約を21世紀のより対等で生き生きとして日米関係にふさわしいものにどう発展させていくかが、外交・安保政策の中心課題だと述べている。

■嘉手納のハブ空港化

 ところで、鳩山は文春で「県民に"基地との共存"を強要した上で、金で済むことならいくらでも出しましょうということでは、沖縄の人々の夢は決して現実のものとはならない」と、自民党の取り組みを批判しているが、小川も前掲の世界論文で次のように書いている。

「沖縄米軍基地問題の焦点となっている普天間飛行場の代替ヘリポートについて、嘉手納飛行場統合案、キャンプ・シュワブ沖合い埋め立て案に加え、......海上ヘリポート案が提示され......検討が開始された。だがこの3案には致命的欠陥がある。米軍基地の整理縮小と沖縄振興策の双方が、整合性をもって構想されていない点だ」

 その通りで、とりわけ嘉手納統合案は、沖縄の基地返還プログラムと経済自立のための構想との表裏一体性を何も理解していない愚劣な案である。というのは沖縄のプランの核心は、現在でも3650メートル滑走路が2本あり、2043ヘクタールという広さから言ってあと2本ほどは増設可能な嘉手納飛行場を、全面返還が無理なら有事駐留に切り替えて平時は民間空港として使えるようにし、「アジアを代表するハブ空港」(小川)にすることによって、沖縄フリーゾーン構想や国際都市構想の目玉とするところにある。その嘉手納に普天間の代替機能を持っていくなどとんでもない話である。

 この嘉手納のハブ空港化は、沖縄だけでなく日本全体にとって実は切実な問題である。恐らく2010年頃までには太平洋横断5時間のスーパージェットが就航する。北米側はたぶん大陸のど真ん中にある親切のデンヴァー空港が起点になるだろうが、それがアジアのどこに降りて太平洋の航空幹線が形成されるかがまさに大問題で、すでに新ソウル空港はじめ香港のチェクラップ空港、上海浦東新空港などが名乗りを上げている。いずれも2000年前後に3750〜4000メートル級滑走路を1本は完成し、最終的に4000メートル級を4本を作ろうという大きな計画で、4000メートル1本の成田などとっくに候補から外れている。

 ということは、21世紀の太平洋航空幹線はデンヴァーとソウルもしくは上海あたりで大拠点ハブが形成されて、日本全体はそれに対してローカルな位置に置かれることがほぼ確定しているということである。運輸省は、成田と中部新空港と関空とをリニアで結んで3つで1つ分ということで何とか日本が外れないように出来ないかなどと議論しているようだが、まったく話にならない。日本に残された唯一の可能性は、嘉手納の少なくとも平時民用化を実現してそこに東アジアの拠点ハブを誘致することである。

 別にハブが国内になくても特に不便はないかもしれないが、情報通信でも金融でも音楽でもすでに日本がアジアのセンター機能を持ち得ないことが確定的である中で、せめて航空運輸のハブ機能くらいは持つべきではないか。しかもそれが沖縄の経済発展にとっても決定的な意味を持つことになる。

 嘉手納を21世紀のハブ空港にという構想は、沖縄では以前から論じられており、例えば95年2月の『琉球新報』では沖縄経済同友会の町田宗彦常務理事が「21世紀の沖縄を創るために」の3回連載で、嘉手納基地は県民にとって最大の財産であり、これをハブ空港化することが沖縄の生きる道であり、また広く日本全体の利益にもかなうことだと詳しく論じている。

 こうして、沖縄米軍基地問題を軸として、日本の外交・安保政策における2010年問題はすでに始まった。『世界』11月号で「平和国家日本の力が試されている」を書いた高嶺朝一=琉球新報編集局次長は「これまでのように米国にすべておまかせというわけにはいかない。......ポスト冷戦の時代にふさわしい構想力を」と訴えている。

【インタビュー】甲斐良治:農産物直売所には大きな可能性がある

増刊現代農業の最新号「人気の秘密に迫る ザ・農産物直売所」が本日農山漁村文化協会(農文協)より発売されました。

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『増刊 現代農業 』2月号「ザ・農産物直売所」
2010年1月、農山漁村文化協会(農文協)

今回は《THE JOURNAL》でお馴染みの甲斐良治氏に編集後の感想を伺いました。

*   *   *   *   *

甲斐良治:「直売所の可能性はますます広がる」
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1万4千カ所もの農産物直売所ができて「すでに乱立状態、安売り競争が一部でも始まっている。これからは競争と淘汰の時代」と言われています。

今回掲載している長野県の「産直市場グリーンファーム(以下、グリーンファーム)」の小林会長と、茨城県の「みずほの村市場(以下、みずほ)」の長谷川代表の対談は圧巻です。両方とも安売り競争をしていません。

タイプの違う直売所で、グリーンファームの方は出荷者が約1,700人、みずほの方は約45人です。グリーンファームの売上げは約10億円で、みずほは6億4千万円ぐらいです。特にみずほは一人あたり800万円程の売上げで、これまで競争を勝ち抜いた勝ち組代表のように市場原理的に評価されてきました。しかし対談をやってみて共通していたのは、村の大切さや文化としての農業が大事だと言い、採算の合わない伝統行事やイベントもやっているところです。人間は「与えられる文化」に慣れすぎていて、「作る文化」の楽しさを思い出させるためにイベントを開いているとのことでした。

みずほなどいくつかの成功している直売所を取り上げて「儲かるビジネスは農産物直売所に学びなさい」というようなビジネス書も出ています。しかしそれは経済的な表面部分しかとらえていません。今回の対談では直売所を通じた地域コミュニティの再生についても踏み込んでいます。

二人の対談は表面上は対照的ですが、自給や作る文化を大切にすることなど、根っこの所ではつながっていることが伝わってくると思います。

─今回は直売所を数十カ所取材しているようですが、選別する基準はありましたか

選別基準は特にないのですが、金額の大小では選んでいません。「現金回収率10割超の無人市」として取り上げた宮崎県高千穂(たかちほ)町では一昨年からの2年間で15カ所ほどの小さな無人直売所ができています。一軒あたりの月間売上げは3、4万円ですが、面白いのは一見農家しかいないような集落なのに結構地元の人が買っていくことです。車を運転できない地元のばあちゃんたちが「できてよかった」と言い、売っている方も今まで捨てるか分けるしかなかったのがお金になることですごい元気になっています。
 
─産地直売所の新たな一面は見えましたか

グリーンファームもみずほも新規就農者やUターンの人を後継者として育てています。グリーンファームは「いきいき100坪実験農場」といって、家庭菜園としては大きく農業としては小さすぎる100坪という農地を新規就農希望者に貸し出しています。100坪では新規就農として認められませんが、直売所として土地を借りて貸し農園として耕してもらい、作ったものを直売所に出荷するようにしています。

─新規就農の新しい形ですね

こんな言い方はどうかと思いますが、直売所は「非正規農家」というか、国の政策的保護から外された、おかあちゃんやじいちゃん、ばあちゃんが始めたところが多いです。国の新規就農の育て方は一定の条件をクリアした正規しか認めないというようになっています。非正規の農家が自分達がやってきたような非正規の農家を育てるような役割が直売所には広がってきており、これからまだまだ可能性が広がってくると思います。

【 「地元学」を具現化した直売所 】

直売所が作られてきたのはまったく政策外のことでした。直売所ができ始めてから10年ぐらいして農水省も認めだしましたが、直売所の数の統計を取り始めたのは2005年からです。民俗研究家の結城登美雄(ゆうき・とみお)さんが10年ほど前にNHKの仙台放送局に調査を依頼してわかった時の数が9,800ヶ所でした。政策的な誘導でできたものでなく、全国同時多発的に始まったものなんです。政策ではなく現場からの動きです。

─すごいですね

そのすごさがまだ伝わっていないと思います。いろんな地域作りの中でも直売所というと、あるのが当然というように見られています。

ハコが先にできてしまった道の駅は中身が追いつかないという面があります。小規模な直売所からだんだん大きくなり、後になって道の駅の認可をとったようなところが全体の半数くらいで、そういったところは元気です。

─徐々に増えるところが「地元学」的ですね

そうです、「地元学」の具現化したものが直売所だと思います。自分たちが売れるとは思っていないものが売れたりするのは、持ち寄りの場としての「食の文化祭」のようなものですね。

【関連記事】
■農文協の主張「業態革命元年」
http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2010/201001.htm

■甲斐良治:食料自給・地産地消を輸出する――世界に広がる農産物直売所(2009.7.30)
http://www.the-
journal.jp/contents/kai/2009/07/post_66.html

日本年金機構が業務開始 「もはや失敗は許されない」


ANNニュース

社会保険庁の後継組織「日本年金機構」の業務が4日本格的にスタートした。

長妻昭(ながつま・あきら)厚生労働相は式典で「社会保険庁は50年にもわたり、年金記録の管理を怠り、国民の期待を裏切った。もはや失敗は許されない」とあいさつした。

機構は法律に基づく民間の特殊法人で、国の委任・委託を受け、年金の申請受け付けや給付などの事務を引き継ぐ。

民主党は衆院選政権公約(マニフェスト)で、日本年金機構と国税庁を合併して「歳入庁」発足させるとしている。長妻氏は「歳入庁」の創設時期について「(政権の)1期4年、最後の年の通常国会に年金制度改革の関連法案を提出した上で、2期目以降に発足させたい」と述べた。

【関連記事】
■「電話すぐ出ます」「待たせません」年金機構発足(yomiuri online)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100104-OYT1T00417.htm

■クローズアップ2009:年金機構、課題山積 不祥事多発の社保庁消え、あす発足(毎日jp)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091231ddm003010103000c.html

2010年1月 4日

佐藤優×高野孟:この国の主導権を握るのは誰か ── 官僚 vs. 政治家の仁義なき戦い

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 TOKYO FM・JFN系全国33局ネットで大好評オンエア中の『ON THE WAY ジャーナル〜高野孟のラジオ万華鏡〜』。

 今回のゲストコーナーには、作家の佐藤優さんをお迎えして、「普天間問題」「北方領土と対ロ外交」「外交機密費」「外務省時代に上司の命令で新聞記者に渡した偽造領収書」「天皇の政治利用」「検察 vs. 小沢戦争」「石川知裕議員と電話で話していること」などなど、幅広いテーマについて語っていただきました。

 いま、この国で繰り広げられている「官僚vs.政治家」の凄絶なる権力闘争を徹底的に解説します!

*   *   *   *   *

■佐藤優×高野孟「官僚vs.政治家の仁義なき戦い」
http://pod.jfn.co.jp/people/scope/dl/takano_43.mp3

■高野孟のラジオ万華鏡 ホームページ
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/

*   * 放送内容を一部公開! *   *

高野:佐藤さんは文藝春秋1月号に外務省の機密費問題について書いていて、そのことも面白いのですが、その末尾で普天間問題を巡る鳩山内閣の対米外交について触れています。マスコミ的に言うと混乱、大揺れということなのですが...

佐藤:私に言わせると、混乱しているのは安保マフィアに牛耳られているマスコミですよね。

高野:まったくそうですね。佐藤さんがお書きになっているのは、いろんな人がいろんなことを言っていて、そこでかえって鳩山首相の存在感が高まり、外国は鳩山首相の相手をせざるをえない。これは相当な外交的成果であると。

佐藤:はい。

高野:僕もその結論に賛成で、鳩山政権発足後にインド洋の給油問題も継続しないことになりましたが、アメリカは一言も抵抗もなく受け入れた。これも外交的成果ですよね。

佐藤:そうですね。

高野:マスコミは「そんなこと言ったらアメリカが怒るぞ」と散々言っていたのに、成果については何にも言わないで黙ってしまった。

■ゲーツに手を挙げさせた北沢防衛相

佐藤:オバマ大統領の前にゲーツ国防長官が来日しました。このゲーツさんという人はCIAの元長官で、たたき上げで長官になった人物です。しかも、ソ連を担当していたから、人を脅すのが仕事なんですよね。

高野:なるほど。

佐藤:そこのところで、ゲーツさんは、「コラー!ニッポン人!」と脅したら、(日本人は)みんな「ひえーっ」と言うと思っていた。ところが、北沢防衛相は縮み上がっていない。

高野:そうですか。

佐藤:実は、オバマさんが来日しているとき、私は北沢さんに呼ばれて小一時間ぐらい大臣室で会ったんです。日米首脳会談の直前でした。そこで、北沢さんがウラ話をひとつ披露してくれたんです。

高野:はい。

佐藤:実は、ゲーツさんが来たときに10分間、1対1のサシで話をしたと。その時に北沢さんはこう言ったそうです。「鳩山さんと小沢さんも、この権力は10年続くからね。それを分かってやっているのか」と。すると、ゲーツは両手を挙げてしまったそうです。僕はあのときが重要だったと思います。アメリカは、「これはダメだ」という感じになったと思いです。それでもって、北沢さんという人は、役割分担で憎まれっ子をやっていると私は思う。だから、「日米合意重視」という形で、辺野古のニュアンスを強く出す発言をわざとやっているのだと思う。

高野:なるほど。

佐藤:だから、沖縄の人たちもよくわかってます。北沢さんのことは、沖縄の人は嫌いです。でも、憎んではいない。それに対して、岡田さんは思いっきり憎まれてます。

高野:そうですね。この前も沖縄に行って、散々な目にあったようですね。

佐藤:フニャフニャしてる。

高野:彼はガンコ一徹なイメージなんですけどね。

佐藤:ガンコ一徹で真面目にやってるんでしょうね。ところが、官僚出身ですから、官僚的な生真面目さがすべて裏目に出てます。

高野:そうですね。オモテ芸、ウラ芸の使い分けができない。

佐藤:霞ヶ関で「表とウラがない」というと、ウラとウラだけの人になるんですけどね。

高野:(笑)

■鳩山首相は「数学的のできる宇宙人」

高野:では、普天間問題はどうなっていくのでしょうか。

佐藤:私は普天間問題は、全部仕切り直しだと思います。前政権のものを何でも引き継げばいいというものではない。

高野:そうですね。

佐藤:それで、鳩山さんの面白さは、宇宙人であることです。しかも、「数学のできる宇宙人」。

高野:あの人は数学が専門。

佐藤:工学部出身で、何かの作戦を実行するときにどういう風にモノを動かして兵力を配置すればいいかという「オペレーションズ・リサーチ」の研究者なんですね。

高野:ゲーム理論などもですね。

佐藤:だから、いわゆる微分法でいうところの偏微分の「ラウンドD」っていうものが分かる人なんですよ。

高野:なるほど(笑)

佐藤:要するに、全体を大きいところで捉え、沖縄がこういう風に動く、あるいは事業仕分けで蓮舫さんや仙谷大臣が頑張っているところにはこういった意味合いがある、それから羽毛田宮内庁長官と小沢幹事長がケンカをはじめたことにもこういう意味合いがある。これらがチョコチョコ動いたらどういう結果になるかという、全体の微分方程式を組むことができる人なんですよ。

高野:よくわかる。

佐藤:だから、彼は最初からそういうことしか考えていない。ある意味では、自分のことしか考えていない。

高野:自分の頭の中の世界で完結してしまっている。

佐藤:ゲーム感覚が強いんです。鈴木宗男さんと組むというあたりも、普通の人ではない。

高野:そうですよね。

佐藤:どうしてかというと、鈴木宗男さんは自民党時代、鳩山さんのクビを取ってやろうとして地元の財閥の岩倉さんという人を対抗馬にたてたんですよ。それが約2000票差にまで迫った。

高野:あれは危ない選挙でした。

佐藤:鳩山さんにしてみれば、鈴木宗男さんは不倶戴天の敵だから、普通の人だったら組むはずがない。ところが、鳩山さんは力がある者とは誰とでも手を握るという発想をする。

高野:しかも、対ロシア外交をなんとかしようとする気持ちがある。

佐藤:実際、ロシア外交は動きます・・・

(番組本編に続く)

↓↓番組本編はコチラから↓↓
■佐藤優×高野孟「官僚vs.政治家の仁義なき戦い」
http://pod.jfn.co.jp/people/scope/dl/takano_43.mp3

2010年1月 3日

新春ほろ酔いLIVE! 「高野孟の炉辺閑談 ── 新聞各紙の元旦号を読み解く!」を録画放送中

録画放送中!
■高野孟「高野孟の炉辺閑談 ── 新聞各紙の元旦号を解説!」

1月2日、千葉県鴨川市の高野孟邸で新年会が開催され、《THE JOURNAL》主宰・高野孟が新聞各社の元旦紙面を解説し、毎度の事ながら中継班がその模様をライブ中継しました。

突然のことでアナウンスもできませんでしたが、録画映像を公開しますので読者の皆さんの見方と比較しながらどうぞお楽しみ下さい。

2010年1月 2日

2010年の世界と日本・その2 ── 日米安保条約、次の50年?

takanoron.png●普天間決着

 日米安保条約は1月19日、当時「新安保」と呼ばれた1960年の条約改定から50周年を迎える。本質的に冷戦時代の"敵対的軍事同盟"の名残である安保をそのままにしておいていいはずがなく、東アジアの環境変化とりわけ朝鮮半島の緊張緩和の兆しがはっきりと現れてきたという客観的条件と、日米が共にチェンジを掲げる新政権を持ったという主体的条件とがクロスする今年、たまたま安保50周年の大きな節目が訪れてきた訳で、これを機に21世紀的な日米関係と安保協力のあり方について全面的な見直しを始めるのが妥当だろう。普天間海兵隊ヘリ基地の移転問題の見直しは、そのための絶好の入り口と言える。

 その意味では、鳩山政権が、「年内に決着しないと日米同盟は危機に陥る」という守旧派官僚・マスコミ挙げての恫喝に屈することなく、約半年間をかけて辺野古以外の可能性を一から検討する方針を打ち出したのは賢明だった。しかもそれを米国務省が「我々としては現行の辺野古移転案が最上だという立場に変わりはないが、日本が新政権移行に伴う困難を抱えていることは理解しており、引き続き日本と緊密に協議していくつもりである」(22日クロウリー次官補発言要旨)と冷静に受け止めようとしているのは、10月に来日したゲーツ国防長官が怒声をあげて鳩山首相らに現行案丸呑みを迫った粗暴な態度と比べれば、米国の姿勢の大きな前進である。

 日本としては、あくまで在沖海兵隊のグアム全面移転の可能性を探究すべきで、鳩山が26日のラジオ収録で「抑止力の観点からみて、グアムにすべて普天間を移設させることは無理があるのではないか」と述べたのは、全く余計なことだった(と本人も気づいたようで、翌日発言を若干修正し、また29日に開かれた与党代表による検討委員会でもグアムの可能性を排除しないことになった)。

 繰り返すまでもなく、現行案とは、第3海兵遠征軍の本隊である第3海兵師団約8000人(と言っても実は米本土から6カ月交替で訓練のため送り込まれてくる部隊の定員枠)と併せて、主要な司令部機能(遠征軍と師団の司令部、普天間のヘリと岩国の戦闘機を動かす第1海兵航空団の司令部、砲兵連隊と後方群の司令部を含む)をグアムに移転する一方、第31海兵遠征隊を中心とする約5000人を引き続き沖縄に残し、その部隊が使用するヘリ部隊の発着のために普天間に代替する新基地を辺野古に建設するというものである。

 そこで日本として順番に米国に問うべきことは......、

《問1》冷戦終結後に米軍内部で「海兵隊廃止」論が高まったことがあったが、この議論はすでに消滅し、近い将来に渡って再燃することはないのか。海兵隊そのものが不要ということになるのであれば、これから5〜10年の年月と1兆円にも上ろうかという費用をかけて新基地を建設すること自体が意味のないことになる。

《問2》仮に海兵隊は存続するとして、主として「第2次朝鮮戦争」とも言うべき大規模陸上戦闘が起きた場合に水陸両用で敵前上陸強襲作戦を敢行することを想定して沖縄にこう移築してきた「前方配備=緊急展開」態勢は、朝鮮半島の緊張緩和の流れを含むこの地域の戦略環境の変化と、米軍の遠隔投入能力の飛躍的向上を考えると、もはや時代遅れなのではないか。

《問3》朝鮮戦争の可能性が限りなくゼロに近づいたとは言っても、台湾有事の可能性はまだ残ると言う人がいるが、仮にそうだとしても、台湾海峡危機の際には、米第7艦隊が介入することはあったとしても、海兵隊が陸上戦闘に加わるというシナリオはあり得ないのではないか。

《問4》朝鮮有事も台湾有事もほとんどありえないとしても、特に第31遠征隊には対テロ作戦や在外米人救出作戦の機能もあるので駐留は必要だと言う人がいるが、そのような事態は北東アジアだけでなく東南アジアでも起こりえて、東南アジアの場合には沖縄にいるよりもグアムにいるほうが近くて便利ではないのか。

《問5》仮に、それでもいいから沖縄に駐留したいという場合に、陸上部隊とヘリ部隊は沖縄に、戦闘機と空中空輸機は岩国に、ヘリ空母艦隊は佐世保にバラバラに分かれていて、しかも本隊司令部はグアムにあるという4個所分散配置は運用上不便ではないか。全部をグアムに統合配置する方がかえって即応力は高まるのではないか。

《問6》それでもなお第31遠征隊を沖縄に残すとして、それは、既得権益の維持という惰性のためでないとすれば、何のためなのか。「抑止力」のためだと言う人がいて、鳩山もコロリそれに乗せられたりしているけれども、誰の何の意図にたいする抑止力なのかを明らかにすることなくその言葉をオマジナイのように唱えて済むような時代は終わったのではないか。

《問7》以上すべてに合理的な説明が与えられて、現行案通り辺野古移転が再決定され、グアム移転と辺野古基地建設の新規費用及び既存基地維持のための「思いやり予算」の負担を沖縄県民を含む日本国民が納得したとしても、時間という要素がある。防衛省が行った辺野古移転の環境アセスメントは、現在辺野古にいる主力ヘリCH46とCH53などがそのまま移転するかの誤った前提で行われており、完成時に配備されると見られるMV22オスプレイ垂直離着陸輸送機はCHヘリに比べて4〜5倍のエンジン出力を持っているので、少なくとも騒音調査については初めからやり直さなければならず、それから着工したとして今から5〜6年先になるだろう。増して、辺野古以外の県外移設の場合はまず地元理解を取り付けて、それから環境アセスを始めるのだら、巧く行って8〜10年後である。その間にアジアの戦略環境はもっと大きく変わっていて、海兵隊の存在理由や沖縄駐留の根拠も薄れている公算の方が大きいのではないか。

 このように日本は米国との議論を進めるべきであり、今年5月までという期限を考えると、米国が「分かった。全部グアムに移転しよう」と納得する可能性は少ないとしても、それについて引き続き協議を続けることに同意してその枠組みを作りさえすれば、その協議がなるまでの間のあくまで「暫定措置」として、費用も時間もかからない形での普天間移転先を見つけるのはそう難しいことではないのではないか。私の意見では、嘉手納空軍基地への併合、もしくは嘉手納弾薬庫の改造が早道である。[続く]▲

再び、普天間基地問題について ── 戦後処理の合法的措置を

武藤功氏(文学と思想誌「葦牙」編集長)

 鳩山首相が12月26日、普天間基地移設について、「グアムに移設するのは困難」と発言したことによって、与党内に動揺が広がっている。とくに社民党は来年1月にもグアムに調査団を派遣し、その調査を含めて三党協議に臨もうとしていただけに、首相の真意を測りかねている。そして、これは社民党だけの話ではなく、沖縄の基地負担の軽減を望む県民や国民にとっても見過ごせない問題である。

 鳩山首相へのメディア・バッシングにもかかわらず、声なき国民の相当数が普天間問題の結論の「先送り」を支持してきたのは、それによって沖縄の基地軽減につながる新たな政策が可能になると期待してきたからである。普天間基地のグアム移設は、政府の安保条約にもとづく交渉決意によっては、その有力な代替案の一つとなるものである。

 こうした期待を背負う首相の発言としては、この「ラジオ日本」での発言は、その代名詞ともなりつつある「軽い発言」通りのお粗末さといえる。この発言は正月番組のための収録発言だとしても、かえってそれだけに迂闊な発言として深刻である。なぜなら、あらかじめ一週間まえに断を下す格好で、その期間の国民的な議論を封じておく役割をはたすものだからである。この他者に対する言論無視の実質を理解できないとするなら、巨大な政治資金に対する管理責任の問題よりもはるかに深刻だといえる。それは単にカネの問題ではなく、国民の政治にたいする声をどう聞くかという問題だからである。収録番組の放送までは、ある種国民の声などに「聴くふり」をするようなものである。Ⅰ月からの三党協議を了解した上での発言としては、さらに罪が重い。

■国民を愚弄したメディア戦略

 この普天間問題について、もう一つ深刻な疑惑が浮上しているのは、12月21日、クリントン国務長官が藤崎駐米大使を呼びだし、普天間の名護市移設計画を実行することを改めて求めたとされた問題である。一部のメディアが伝えていることは、そのクリントン長官の方からの要求というのは事実ではなく、実は藤崎大使の方からのクリントン訪問だったというのである。これは22日、米国務省広報担当のクローリー次官補が「藤崎大使は呼ばれたのではない。彼の方から会いにきた」と明らかにしたことから判明した。

 そうだとすると、22日の「読売」夕刊が一面トップで大々的に「駐米大使異例の呼び出し」と報じたような事実、つまり普天間問題で「鳩山首相に対する米政府の不信感の高まりを示すものだ」というような報道は実体のない虚報だということになる。これは「読売」に限らず、ほとんどすべてのメディアが大きく報じた問題だから、これを「日米関係の危機のあらわれ」とした虚報の影響は少なくない。しかも、この内容はコペンハーゲンの「COP15」で首相がクリントン氏と隣り合わせの席になったときに、首相の方から普天間見直しの概略を説明し、「理解を得た」とされていた問題へのクリントン氏の真意として報道されたのである。

 ここには質すべき二つの問題がある。一つは、藤崎大使は何のためにのこのこクリントン氏のもとに出かけたのかという問題である。それは首相のいう「理解を得た」ということに対する情報潰しに等しい意味を含むからである。岡田外務大臣は、大使が自らクリントン氏に会いに行くことを事前に承認したのだろうか。そして、もし外相が藤崎大使の行動を知っていたとするなら、それが「クリントン長官から緊急の召請を受けた」などと報道されたときに、なぜそれを訂正しなかったのか。そもそも、藤崎大使にしても、21日の会談後のワシントンでの記者会見において、なぜ自分の行動を正確に説明しなかったのか。岡田外相は自らの対応とともに、その大使の行動について明快に説明する責任がある。

 もう一つは、メディアの責任である。クリントン国務長官の大使召請などという情報源はどこにあったのか。クローリー次官補の説明が事実の通りなら、その虚報の責任を明らかにすべきではないか。そうでなければ、国民の「知る権利」をこれほど歪める報道に何の説明責任も果たさないことになる。

 藤崎大使の行動については外務省任せにしないで、政府自身から、その「政治主導」の責任上、明快な説明をはたすべきである。まさか現職の外相が外務官僚と結託して普天間辺野古移設のためにメディア陰謀をたくらんだとは思いたくはないが、疑惑を招いた責任はとらなければならない。

■改めて原点から考えよ

 なぜ、政府のなかにこうした足並みの乱れが生じるかといえば、根本には普天間問題に対する時代的認識の欠落がある。これは旧政権が日米合意したことを、たまたま政権交代をはたした政府が見直すという式の「当面の政策」として普天間基地をどうするかという範囲の問題ではないのだ。戦後60数年間、「ポツダム宣言(責任ある日本政府の樹立をもって「占領軍は、直に日本国より撤収せらるべし」とした)に違反し、事実上沖縄の占領に等しい米軍基地を押しつけられてきた問題をどうするかという問題である。いわば、さぼりにさぼって戦後後処理問題を怠り、沖縄県民に不法な負担を押しつけてきた問題の一部をどう解決するのかという問題である。

 この異常な沖縄米軍基地問題を解決する機会は、最低に見ても過去に4回あった。1回目は1952年2月28日に締結された日米行政協定の時である。この時、すでに旧安保条約によって「責任ある日本政府」の樹立は確認されていたから、政府は「ポツダム宣言」の履行を求めて軍事基地の撤去を求めることができた。しかし、時の吉田内閣はその旧条約の3条に基づく米軍の基地提供協議において何らの撤去要請もしなかった。

 2回目は1960年安保の改定時である。岸内閣が国会に機動隊を導入して強行採決をはかった時である。この時の岸内閣は、沖縄の米軍基地には一顧だにせず、新安保条約の第6条によって「基地の提供」を丸ごと容認した。3回目は1972年の沖縄返還の時である。この時こそ、膨大な米軍基地をどうするかという問題を中心議題とすべきであったが、当時の佐藤内閣はそれを回避し、軍事基地の丸ごと容認を意味する施政権返還を推進した。現在問題となっている核の「密約」問題は、その沖縄返還交渉が行われた1969年11月のものであるが、これは兄の岸首相が主導して容認した沖縄の米軍基地に、さらに弟の佐藤首相がニクソン大統領との間で秘密の協定を結んで核兵器の貯蔵と核の「持ち込み」を容認するというもので、事実上の沖縄県民の切り捨てにあたる戦争政策を実行したに等しいものであった。

 これは当時の自民党政府が宣伝していた沖縄の「核抜き本土並み」返還という大ウソをあらわしていた。そして、このウソに欺かれたのは日本国民だけではなく、当時のノーベル財団も同様で、その「非核の沖縄返還」の功績によって佐藤首相にノーベル平和賞を贈ったのである。これは戦争を推進する戦時大統領のオバマ氏に平和賞を贈ったのと同じ過ちであった。

 そして4回目の沖縄の基地軽減チャンスは1991年に訪れた。ソ連の崩壊による東西冷戦の終焉時である。在日米軍基地はアメリカの占領政策の継続として無期限に強要されたものだといえるが、その継続と維持の正当化は東西冷戦構造のもとでの安全保障のための軍事的プレゼンスというところにあった。つまり、安保条約(第6条)に言う「日本国の安全」と「極東における国際の平和及び安全」のために必要だという論理は、その冷戦構造下における軍事的脅威に対していわれたことであった。

 したがって、1991年にソ連が崩壊して東西連戦構造もまた解体されたとき、その東西の軍事状況は大きく変化したわけであるから、当然、在日米軍基地に役割の変わったはずであった。軍事的脅威をもたらすとされていたソ連が消滅したからである。在日米軍基地という「抑止力」の必要性も大きく減退した。その時、当然のことながら、日本政府は在日米軍基地の再評価をアメリカに提起し、その基地負担の軽減(撤去)を図るべきであったが、政府は何もしなかった。あるいは何もできない状況に追い込まれていた。

 なぜかといえば、外国に軍事基地を置いて世界戦略(これは当然、帝国主義的軍事戦略といえる)を進める「賢いアメリカ」は、日本に対し早くも1978年11月に日米防衛協力のための「ガイドライン」(指針)を合意させていたからである。この結果、折角冷戦構造が崩壊したというのに、軍事基地の負担軽減などの非軍事化措置を何一つ実施することができなかった。そればかりか、この日米の防衛協力は冷戦構造の崩壊後の1997年9月に「新ガイドライン」へと継続して、その「極東の範囲」を「アジア・太平洋」にまで拡大させた。その結果が1999年5月の「周辺事態法」であり、2003年6月の「武力攻撃事態法」という有事法制の強化である。

 つまり、日本政府は冷戦構造の崩壊後、その状況に対応する非軍事化を進めるのではなく、逆に軍事化を拡大し、在日米軍基地の強化に手を貸してきた。沖縄の米軍基地負担の軽減どころか、その負担増大を進めてきたのである。橋本政権のときに合意を見た「普天間移設」も沖縄県内への代替基地という「タライ回し」が13年たっても実現しないできたのも、沖縄県民がその基地負担の増大に反対してきたからである。

■「戦後から「ポスト安保」へ

 これら4度にわたる在日米軍基地縮小(撤去)の機会をことごとく逃してきた歴代自民党政府は、文字通り「愚かな政府」を演じてきた。その愚かさ加減のもっとも大きな犠牲となっているのが沖縄県民である。日本政府がなすべき戦後処理をなさずに、連合国軍の占領解除とそれにともなう米軍基地の撤去について責任ある対応をしなかった結果である。(このことを国際法的に再確識しておくと、1945年7月の対日宣言である「ポツダム宣言」は、その12項において「責任ある政府が樹立せらるるに於いては、連合国の占領軍は、直に日本国より撤収せらるべし」と定めていた。また1943年11月に発せられた対日「カイロ宣言」は、「同盟国は、自国のためには利得を求めず、また領土拡張の念も有しない」とし、さきの「ポツダム宣言」もそれを受けて第8項において「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく」としていた。

 つまり、米軍基地の撤去問題は、反米行動や左翼的行動による要求を意味するものではなく、アメリカ自身が日本と世界に公約した戦後処理にかかわる基本的な約束事なのである。その約束事の履行を求めるのは、何ら過激なことでも革命的なことでもない極あたりまえの国際的交渉事の一つにすぎなかった。それを麻生政権までの歴代自民党政府が怠ってきたのである。つまり、今回、鳩山政権が直面している普天間問題とは、そうした歴代自民党政府が戦後半世紀以上にわたって残してきた負の遺産にかかわる戦後処理という本質を持つ象徴的な問題なのである。

 したがって、普天間基地を県外に移すか国外に移すかというだけの単純な問題ではないということを、まず認識しなければならない。自民党は「国と国との約束」と言って、その見直しを模索する鳩山政権を非難しているが、かれらにその資格がないことは見た通りある。鳩山政権はまだその要求の地点には到達していないが、沖縄基地の「撤去」はアメリカの国際公約なのである。本来なら、日本政府は一円の負担も必要としないで行われるべきアメリカの撤退事業なのである。

 このことからいえば、ゲーツ国防長官が10月に来日して、「辺野古移設をしないなら、普天間の土地の返還はない」などと脅かしたのはまったく言語道断である。オバマ大統領が普天間の「辺野古移設」を求めているのも、カイロ宣言で「自国のためには利害を求めず」と宣言した事実からいえば、不当な要求である。鳩山首相がオバマに「トラスト・ミー」(信頼して)と言ったことが大統領に対する裏切りだというような報道があるが、それは一面的な理解で、その本意は日米関係の全体に対して「責任ある再構築」という約束として言われたものであろう。

 平野官房長官は、12月28日、普天間問題の三党協議の開始にあたって「グアム移転は排除しない」と述べたが、それは当然の前提である。普天間移転問題については戦中からのアメリカの国際公約からも、当然アメリカ自身が主体的に責任を持つべき問題であり、「グアム移転」はその責任の取り方の一つとなる問題だからである。この点では、このグアム問題を検討課題としている社民党に頑張ってもらいた。それは先輩の村山首相が就任時に安保問題を踏み絵と錯覚した愚行の清算にも役立つ。

 政府は12月25日に閣議決定をした予算案において、グアム移転分を含む「米軍再編負担経費」を1320億円としているが、これなど本来ならまったく必要ではない「大サービス」経費といえる。カネがないカネがないとして厳しい「仕分け作業」をやって義務教育の施設である校舎の耐震費用などを切り捨てながら、1320億円ものカネを米軍再編のために負担するというのであるから、こんなアメリカにとっての天使のような政府は世界のどこを探しても存在しないであろう。そのうえに、1881億円の「思いやり予算」がある。

 いわば、政府は世界の状況が20年前から「ポスト安保条約」の時代に入っているのに、冷戦の「壁」を自らの手で壊した東欧諸国のような衛星国体制脱却の苦闘を回避し、米国依存というぬるま湯に安んじてきたため、この政権交代期に「普天間移設」という旧政権が残した悲劇を今度は喜劇として演じさせられる羽目になった。このことを国民にたいする責任として考えるなら、政府のなすべきことは、それらの悲劇も喜劇も終わらせて、国際政治が約束した合法の王道を歩むことである。

 この王道を歩むことには、たしかに多少の混乱は日米関係にも生まれるであろう。しかし、それを克服してこそ、日米関係をさらに一段と高めることになる。その道は、外国に軍事基地を配備して帝国主義的な軍事戦略に固執して世界の最大の戦争国家となっている米国にとっては、心地よくはないかもしれないがいま世界が求めている「戦争のない世界」へという理想には大きな意味を持つ。オバマ大統領のいう理想を検証することにもなる。また、オバマ氏には、建国の父たちがすすめた理性ある抑制的な対外政策にたいする認識を再確認させ、世界の安全に寄与する道の新たな模索を助けることにも通じる。

 鳩山首相は、「血が流れなかった平成維新革命だ」(施政演説)と胸を張ったが、そうであればその意気込みを普天間にかかわる日米関係に縮めてしまうのではなく、その革命の思想である「友愛」をアメリカの政策へも及ぼす努力を普天間問題に託しておこなうべきである。自ら期限を示した5月までの思案において、そのくらいの気宇の大きさを示してほしい。つまり、その第一歩が沖縄の対する占領の継続を象徴している普天間基地については、「どうぞ一年以内に撤去してください」とオバマ政権に通告することである。

 この「通告」という問題は安保条約第10条にある条約全体の廃棄にかかわる用語(英文ではnotice)であるが、部分的な問題としても、たとえば今回の普天間基地の滑走路改修について米側からその移設計画が遅れる場合には実施すると「通告」されていたということであるが、そのレベルの一方の側の意思の伝達として考えればいい。地主は日本なのだということを認識すれば、その「許可」についても取り消しの意思を明確にすることは安保条約第6条によっても十分可能なのである。

 その第6条は、米軍基地について「日本国において施設及び区域を使用することを許される」と定めているのである。(英文では the United States of Ameriva is granted となっている)「許す」のは日本政府であり、「許される」のが米国なのだ。そして、この関係を相互に尊重することこそ、鳩山首相の言う「対等な日米関係」の根本である。したがって、鳩山内閣がこの日米関係の根本である対等性において普天間基地問題を解決することができれば、戦後最大の不平等条約である安保条約に対しても歴史的な改変のための第一歩を記すことができる。また、それこそが戦争によって失われた国家的独立のための第一歩ともなる。

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2009年11月、日刊工業新聞社

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