Calendar

2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Recent Entries

« 2009年11月 | メイン | 2010年1月 »

2009年12月30日

東京都の「公設派遣村」宿泊者639人に

 失業者など生活困窮者の年末年始の生活を支援する取り組みが全国各地で始まっている。

■年末年始の生活相談所がスタート(TOKYO MX)

 東京都では28日から「国立オリンピック記念青少年総合センター」(渋谷区)で宿泊提供を行っているが、30日に定員500人の宿泊施設が満員となり、新たに隣接する施設を開放することにした。30日の受け付け終了までに639人が入所した。

 失職者数が1万243人で、全国で4番目に多い静岡県。県内でも有効求人倍率が0.36倍(前年同月比0.68ポイント減/2009年11月)と雇用情勢の厳しさが目立つ西部のハローワークプラザ浜松には、29日の1日で303人が訪れた。

■静岡、浜松のハローワーク きょうまで緊急相談(静岡新聞)
http://www.shizushin.com/news/social/shizuoka/20091230000000000018.htm

 全国23都府県の136の自治体と78カ所のハローワークが生活や就職相談を受け付けを開始している。政府が緊急雇用対策本部に設置した「貧困・困窮者支援チーム」(事務局長=湯浅誠内閣府参与・元年越し派遣村村長)が自治体に要請していたもので、愛知県など10都道府県では東京都ように民間アパートや社員寮などを借り上げ、路上生活者などが年末年始を過ごす場所も提供している。

【関連記事】
■「公設派遣村」スタート 苦悩する自治体(毎日jp)
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20091229ddm003040088000c.html

■公設派遣村 生活相談始まる(TBS Newsi)
http://www.youtube.com/watch?v=jyjxVSES404 

■年越し派遣村1年なお苦境 増え続ける野宿(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009122902000051.html

2010年の世界と日本・その1 ── チェンジはいいとして、その行き先は?

takanoron.png●政権交代後

 米国ではオバマ大統領が政権発足から1年10カ月後の11月2日中間選挙で、日本では鳩山首相が同じく10カ月後の7月参議院選挙で、共に政権交代後初めての選挙を通じて国民の審判を受ける。2人ともが、過剰なまでの大きな期待を担ってチェンジを果たしたのはいいが、内外にわたる難題の山に足をとられて政権運営は思うに任せず、当初70〜80%に達していた支持率も50%を切るという先行き不安の中で選挙を迎えることになるわけで、オバマは残り9カ月、鳩山は6カ月の間に何をどこまで達成すれば選挙を政権浮揚のきっかけにすることが出来るのか、厳しい試練に直面する。

 オバマにとって最大の難関はイラクとアフガニスタンである。彼は、大統領選中から「イラクは早期撤退、アフガニスタンは兵力増強」と言っていて、就任後、その通りの策を打ち、イラクからは8月にすべての米戦闘部隊が撤退する一方、アフガニスタンには春以降に3万人を増派する。

 (1)両方が巧く行って、イラクでは米軍が撤退しても内乱状態が深刻化せず、アフガンではタリバンとアル・カイーダの掃討がある程度でも成果を上げながら中間選挙を迎えることが出来ればベストだが、(2)どちらか1つでも巧く行けばベター、(3)両方巧く行かなければワース、(4)アフガン増派に強く警告しているアル・カイーダが米本土か出先の米大使館などに大規模な報復テロを仕掛ければワースト----ということになる。

 しかしアフガンの泥沼から脱するのは容易ではない。ホワイトハウスでは、09年9月から2カ月間、あくまでアフガン本土での内戦に介入し続けてタリバンを鎮圧するというゲーツ国防長官と、そんな成算のない目標は諦めて無人爆撃機と特殊部隊でパキスタン北部を拠点とするアル・カイーダを壊滅させることに集中すべきだとするバイデン副大統領との間で、激しい路線論争が展開されたが、オバマは結局、その両方を追求することにした。これでは、ブッシュ時代の誤りを継承しただけで、何の出口戦略にもならない。

 第1に、タリバンは単なるゲリラではなく、数千年の歴史を持つパシュトゥン人社会に根ざした宗教的集団であって、これを軍事的に壊滅させることなど出来るはずもなく、どこかで米国の傀儡であるカルザイ政権との妥協・和解を図らざるを得ない。第2に、その場合に肝心のカルザイ政権がしっかりしていて、少なくとも国土の半分以上を実効支配して国民の大半から支持を受けていなければ話にならないが、昨夏大統領選での大掛かりな不正選挙で内外からの信頼を失った上、政権内部の腐敗・堕落もあってすでに半壊状態で、国家再建の軸となり得ない。第3に、仮にアフガン国内を鎮めても、パキスタンにアル・カイーダが拠点を構えていることに変わりはなく、そこに特殊作戦を集中させたとしても、そもそも国際テロ集団は地理的存在でないから、北方の「ユーラシア暗黒回廊」を通じてどこへでも移動して相変わらす米本土へのテロ攻撃を企画し続ける。

 『ニューズウィーク』12月30日/1月6日号でシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授が指摘するように、アル・カイーダと手を切ることを条件にタリバンと妥協し、米軍を完全撤退させることが唯一の合理的な解決策だったが、オバマはすでにその転換のタイミングを失ってしまった。

 他方イラクでは、スンニ派武装勢力の攻撃はいよいよ激しく、米兵や市民の犠牲は増えているし、クルド族の独立志向も抑えがたくなっている。このまま米軍戦闘部隊が撤収を始めれば、シーア派中心の政権と3者入り乱れての内戦が広がるのを避けられそうにない。つまり、上記の(3)イラクもアフガンも巧く行かないまま中間選挙を迎える公算が大きいということである。

 さて、「核のない世界」へのオバマのイニシアティブは、09年4月のプラハでの理想主義的な演説と12月のノーベル平和賞授賞式での現実主義的な演説との間のギャップが批判の的になっているが、それは的外れというもので、中長期の核廃絶と、米国にとって差し迫った最大の脅威である米本土に対する「核テロ」の危険除去という問題とは、区別と統一において捉えなければならない。この絶対矛盾の自己同一が米国をして、北朝鮮との2国間協議を通じた融和に走らせるのである。

●米朝対話

 09年12月のボスワース訪朝で始まった米朝2国間対話は、2010年を通じてかなりのテンポで進展するだろう。さしあたりは、米国が乗り出して北朝鮮を6カ国協議に復帰するよう説得するという形となっているが、北の側からすれば米朝2国間協議が最も本質的であって、それが継続的に行われるのであれば6カ国復帰もやぶさかでない。と言うよりも、米朝の間で38度線の「休戦協定」が「和平協定」に置き換えられて国際法的な"戦争状態"が解消されれば、北が核兵器を開発しなければならないと思い詰める理由が消滅してしまうのだから、それが一番の早道である。

 米朝2者で基本合意が成れば、それプラス中韓の4者で和平が結ばれて緊張緩和と信頼醸成の一連の措置がとられ、それを背景に南北の経済交流と米朝の国交樹立交渉が本格化する。恐らくオバマは政権第1期の内に米朝国交まで漕ぎ着ける腹である。それは、彼が平和主義者であるからでも何でもなくて、米国にとっての「北の核の脅威」とは第一義的に北の核弾頭もしくは放射性物質がテロリスト集団に売り渡されて米本土への核テロに使用されることであって、それを予防するには軍事的手段よりも外交的手段の方が有効であることが自明だからである。

 日本は、拉致問題をすべてに最優先するという姿勢をとる限り、この流れから落ちこぼれる。もちろんこの問題は重大な人権のみならず日本の国家主権に対する侵害であって徹底的な追及・解明が必要であるけれども、『週刊東洋経済』12月26日/1月2日号「日朝関係は改善するか」が言うように、「拉致問題の解決とは具体的に何なのかが誰にもわからない」まま、それ抜きにはどんな交渉も許さないという世論がまかり通り、従って政府も「国交正常化交渉に入るための条件・定義は何か」を明示できないでいる。のこれでは二進も三進も行かない。

 米国は(中国も)、このように日本が身動きが取れなくなった直接の原因は、北が出してきた横田めぐみさんの遺骨を科学的な根拠なしに早々に「偽物」と断定してしまったことにあると見ていて、以前から日本政府に対して「米国の最新技術で再鑑定したらどうか」と申し出てくれている。9・11事件の遺体処理の過程で高温で燃えてしまった遺骨のDNA鑑定の技術は格段の進歩を遂げていて、それを用いれば、より精密な鑑定が可能となる。が、日本は、それでもし「本物」という結果が出たらエライことになるとしてこれを断ってきた。

 鳩山政権の外交政策の中で対北朝鮮関係の優先順位は高くないようだが、米朝関係が進展する中でこのままジッとしているわけにもいかず、何らかの積極的な打開策を打ち出さなければならないだろう。私の考えでは、(1)まずめぐみさんの遺骨の米国による再鑑定を受け入れる、(2)その結果次第ということもあるが、現状で判明する限りの生存する拉致被害者の帰国を実現する、(3)さらなる実態調査と真相解明は国交樹立後に国交のある国同士の警察当局の捜査協力(場合によっては第三国も入った国際調査委員会)に委ねる----しかないのではないか。(続く)▲

2009年12月25日

日米間のどこでどうやって情報が歪められるのか? ── 駐米日本大使とクリントン長官の「異例の会談」

takanoron.png THE JOURNAL上の二見伸明ブログへのコメント欄でも話題になっているが、藤崎一郎駐米日本大使が21日、クリントン米国務長官から「異例の呼び出し」を受け、普天間基地移設を現行案通り履行するよう迫ったという日本での報道は、相当大きく事実とかけ離れており、在米大使館・外務官僚とマスコミが結託した"情報操作"の疑いが濃い。

 新聞によってニュアンスの違いがあるのは当然だが、1つの典型として産経ワシントン特派員の記事をMSN産経ニュース22日付から全文引用する。

-----------------------------------------------------

●駐米大使にクリントン長官から異例の呼び出し 普天間問題で米国の立場は不変 

 【ワシントン=有元隆志】クリントン米国務長官は21日昼(日本時間22日未明)、藤崎一郎駐米大使を国務省に呼び、日米関係の現状についての米政府の見解を伝えた。焦点の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、キャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移設という日米合意の早期履行を求める米政府の立場を伝えたとみられる。日本の駐米大使が国務長官から急遽会談を求められるのは異例だ。

 藤崎大使は会談後、記者団に対して「(鳩山由紀夫首相や岡田克也外相に)報告する必要がある」として会談内容を明らかにしなかったが、普天間移設問題に関し、現行計画を推進する米政府の立場に変化はなかったとの認識を示した。米側の危機感の表れかとの質問に対しては、「重く受け止めている」と語った。

 藤崎大使によると、クリントン長官からは21日朝に会談の要請を受け、約15分間会談した。長官は「日米関係を重視する立場から、日米関係全般についての考え方を伝えたい」と述べたという。

 会談にはキャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)らが同席した。米側から会談に関する発表はなかった。

 クリントン長官は17日夜(日本時間18日未明)に国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)に出席した際、鳩山由紀夫首相と晩餐会で隣席となり、意見交換した。この席で、首相は普天間移設問題について、現行計画に代わる新たな選択肢を検討するとの方針を説明するとともに、「(結論を)しばらく待ってほしい」と要請した。

 首相は記者団に対して、「(クリントン長官に)基本的に理解してもらった」と述べたが、米政府内には結論先送りへの不満は強い。このため、クリントン長官は改めて米政府の立場を藤崎大使に伝えたとみられる。

-------------------------------------------------------

 まず1つはっきりしていることは、コペンハーゲンでの鳩山発言は軽率で、黙っていた方がよかった。恐らくクリントンとの宴席での会話で鳩山は、「普天間移設の現行案だけでなく新たな選択肢を含めて時間をかけて検討していきたい」と述べ、長官は「米政府としては現行案がベストだという考えは不変だが、交渉を継続することには同意する」というようなことを言ったのだろう。それはそれとして胸に収めておけばいいことで、最高指導者がブラ下がり会見的な立ち話で口にすべきことではない。案の定、日本のマスコミが「本当にクリントンが"理解"を示したのか?」という調子でこれを伝え、余計なハレーションを引き起こした。

 21日のワシントンでの出来事の真相はもちろん分からない。恐らくは、キャンベルが鳩山発言がそのような形で報じられたことについて、藤崎大使に電話で「どういうことなんだ?」くらいのことを言ったので、藤崎が慌てて「ではこちらから説明に伺いましょう」ということになったのではないか。それでキャンベルの部屋に行くと、「今長官も在席だから一緒に話をしよう」ということになり、恐らく藤崎は「鳩山総理は普天間移設を捨てている訳ではない。それを含めてあらゆる選択肢を検討する協議を続けていきたいというのが真意だ」というようなことを弁解口調で説明した。すると長官らは「米政府としてはあくまで現行案がベストだという考えに変わりはないが、今後とも協議には応じる。ただし出来るだけ早く結論を得たい」と言っただろう。

 藤崎は、公的には鳩山政権の立場を表明しなければならないが、私的には「米国を怒らせたら大変」と思っている旧式外務官僚の典型である。その矛盾をナイフでこじ開けるようにして、記者が「米側の危機感の表れか?」と質問し、藤崎が「重く受け止めている」と答えると、記者側はたちまち「クリントンが怒り狂って大使を呼びつけた」というフィクションを描き上げてしまう。

 さて翌22日のクロウリー次官補(広報担当)の定例記者会見では、この日本での報道ぶりが話題となった。米国務省HPで公開されている会見の様子は次の通りである。

--------------------------------------------------------------

●クロウリー次官補の12月22日定例記者会見の該当部分の全訳

質問 昨日の国務長官の日本大使との会談について何か資料があるか。長官が普天間について話し合うために大使を呼んだと聞いているが。

クロウリー 日本大使がカート・キャンベル次官補代理に会うために立ち寄り(came by)、クリントン長官のところにも立ち寄った(stopped by)のだと思う。この会談を通じて、大使は我々に、基地合意に関連する問題で折り合いをつけるにはなお時間が必要だという考え(indication)を伝えた。我々は依然として、現行案が最善の道だと信じているが、この問題について日本との議論を続けて行くつもりである。

質問 「立ち寄った(stopped by)」とおっしゃった。彼は呼び出されたのではないと言うのか。

クロウリー はい、私は...。

質問 その日は役所は閉まっていて...。

クロウリー 彼は、つまり、呼び出されたのではないと思う。実際は、彼が我々に会いに来たのだと思う。

質問 日本の新聞に出たいくつかの記事では、[鳩山]総理がコペンハーゲンで行った発言に対して長官が異議を唱えたのだろうとされている。総理は、普天間問題について[の総理の考えに]長官が理解、もしくは基本的な理解を示したというようなことを言った。確認できますか?

クロウリー 私は長官と共にコペンハーゲンに行った。長官が総理と接触したのは、2人が会議場に移動する間の廊下でと、デンマーク女王主催の晩餐の席でだと思う。2人の議論がどのようなものだったのかについて、私は特に承知していない。明らかなことは、この問題は我々にとって引き続き重要であり、我々は今後も日本政府と検討作業を続けて行く(continue to work with)ということである。

[中略]

質問 (聴取不能)すいません、普天間についての質問(聴取不能)...。(聴取不能/日本政府は、か?)米国にとって適切な期限までに普天間問題の決定を下すと思うか。

クロウリー 何度も言ってきたように、日本側は昨日も含めてこの間、この問題に折り合いをつけるのに若干の追加的な時間が必要であると主張してきた。そして我々は彼らとの議論を続けるつもりである。

質問 そうすると、(聴取不能)米日関係は?

クロウリー つまり、日本には新政権が誕生した。政権移行に困難が伴うであろうことは我々は理解している。我が国も政権交代したばかりだ。そこで、我々は日本との検討作業を続けて行くつもりである。そして明らかに、現行案の履行期限がやってくることのインパクトについては我々は潜在的には懸念を抱いているが、しかし我々は、それ[現行案]が持っている問題を解決することを助けるために日本と緊密に検討作業を続けて行くつもりである。

-------------------------------------------------------------

 見るとおり、大使は呼び出されてはいない。私の推測では、キャンベルが電話で何かを言ったので大使が吹っ飛んで行ったというようなことはあるかもしれないが、少なくとも長官が大使を呼びつけたというのは事実に反する。

 鳩山とクリントンの対話も、藤崎とクリントン及びキャンベルとの会談も、おそらく中身は同じで、クロウリーが説明しているようなことである。繰り返すが、日本側は普天間移転の現行案を捨てている訳ではないが、グアム全面移転を含めてあらゆる選択肢を時間をかけて検討したいという立場であり、それに対し米側は、現行案で早期決着することがベストであるという考えに変わりはないが、交渉には応じるという立場であって、ここで重要なのは、米側が現行案に固執していることではなくて(それは立場上当たり前だ)、それでもなお「交渉を続ける」ことに同意しつつあるという事実である。ところが、産経を典型とする新聞は、前者だけを強調して後者は無視する。何が何でも現行案で強行せよと日本の報道が米国政府を煽っている形となる。

 だから、上に全文を引用したクロウリーの22日の会見についての報道も、おかしなことになっていく。これは23日付の読売新聞記事である。

--------------------------------------------------------------

●「現行案の期限内実施に懸念」米国務次官補

 【ワシントン=小川聡】クローリー米国務次官補は22日の記者会見で、米軍普天間飛行場移設問題をめぐる日本政府の決着先送り方針について、「現行案の期限内の実施に悪影響を及ぼしかねないと懸念する」と述べた。

 ただ、「日本自身が疑問を解決する手助けを緊密に続ける」とも述べた。

 21日のクリントン国務長官と藤崎一郎駐米大使の会談については、「もう少し時間がかかるとのメッセージを伝えられた」と説明した。

--------------------------------------------------------------

 上のクロウリー会見は間違いなく全文だから(言い間違いや言い直しも含めてそのまま載せているし、録音で聴取不能だった個所はそのように断りを入れている丁寧さである)、一体どこからどうやってこの記事が導き出されるのか。明らかにクロウリー次官補は、繰り返し「日本と検討作業を続けて行くつもりである」ことを強調していて、そこが"ニュース"であるというのに、「懸念」という一言だけを捉えて見出しを立てる見え見えの作為である。何も知らずにこれらを読んだ国民は、間違いなく「クリントンは鳩山に怒り狂っている」という印象しか抱かない。危機なのは日米関係でなくマスコミの報道姿勢である。▲

2009年12月24日

自民党の鳩山不況PT 経済対策を提言

 自民党の「鳩山不況対策検討プロジェクトチーム」(座長・平将明衆院議員)は17日、2年間で国内総生産(GDP)の名目成長率3〜5%達成を目標に「大胆かつ集中的な経済対策」を求める提言をとりまとめた。

 編集部では「政治家に訊く」の取材時に平氏から「明日発表するので見てください」と言われていたが、翌日のメディアでは提言内容が十分にわからなかったため、事務所から直接文書を入手することとなった。以下にその概要と提言全文(pdfファイル)を掲載する。

《鳩山不況PT提言概要》
091224teigen.jpg

■「鳩山不況」対策検討PT 緊急提言(pdfファイル)

 プロジェクトチームではこの提言をもとに通常国会で経済対策を問いただす方針だ。

 提言では民主党の主要政策である子ども手当、高速道路無料化、農業の戸別所得補償等を「社会主義的」で国民の自立を阻害すると批判した上で、国は具体的な方向性(ビジョン)を示し、羽田・東京・成田間を結ぶ環状リニアの導入など経済波及効果の高い公共投資や、科学技術への支援を積極的に進めるべきだとしている。

【関連記事】
■鳩山不況対策プロジェクトチームで緊急提言(平将明氏公式webサイト)
http://www.taira-m.jp/cat1/post_90.html

■自民党の鳩山不況PT、景気対策を緊急提言(日テレ)
http://news24.jp/articles/2009/12/17/04149951.html

■【第21回】政治家に訊く:平 将明
http://www.the-journal.jp/contents/politician/2009/12/21.html

赤松農水相「今後国営ダム建設はない」

【会見の模様】

司会は「政治家に訊く」に登場した舟山康江(ふなやま・やすえ)大臣政務官

 農林水産省が全国の農業用ダム190(建設中のダム15、完成しているダム175)を対象に課題や問題点の調査を行い、その結果44か所で水漏れや利用率低減などの問題があることを明らかにした。

 その上で赤松広隆(あかまつ・ひろたか)農水相は、農水省が建設する農業治水用のダムについて「造るべきものは造った」として、今後は国としての建設は行わないとの考えを会見で述べた。

 農業用ダムについて問題を指摘し続けている《THE JOURNAL》ブロガーの相川氏はこの件について、「新政権がするべきことは失敗事例を公表することだけでなく、建設中のダムを見直すこと」とコメントしている(文末にコメント全文を掲載)。

 相川氏は詳しい現地情報を《THE JOURNAL》内ブログ「草莽崛起」で伝えており、特に農水省HPから公開されている総点検結果一覧の中で唯一「一部の農家が事業に反対している」とされている「切原ダム」、水漏れ問題を抱える「大蘇ダム」については、詳細なレポートとなってる。

【相川俊英:草莽崛起】
■切原ダム(宮崎県):世にも奇妙な公共事業「成功」例(10/7)
http://www.the-journal.jp/contents/aikawa/2009/10/post_3.html

■大蘇ダム(熊本県):水をためない底抜け欠陥ダムへの旅(10/3)
http://www.the-journal.jp/contents/aikawa/2009/10/post_2.html

----------------------------------------

相川俊英(あいかわ・としひで)氏コメント

 土地改良事業に多額の税金を投入し、結果的に日本の農業と自然を破壊してきたのが、自民党政権です。その象徴が全国各地に生まれた使われない、そして、使えない農業用ダムです。

 新政権は「これ以上造らない」としていますが、もともと新規の農業用ダムの建設計画は前政権下でなしとなっています。新政権がなすべきことは、税金のさらなる無駄遣いと自然破壊を少しでも防ぐために、現在建設中の農業用ダムを見直すことではないでしょうか。もちろん、中止も含めてです。過去の失敗事例の公表のみで終わっては、政権が交代した意味はありません。

----------------------------------------

【関連記事】
■農業用ダムの総点検結果について(農水省)
http://www.maff.go.jp/j/press/nousin/mizu/091222.html

2009年12月22日

ほろ酔い談義LIVE! 《THE JOURNAL》忘年会を録画放送中!

録画放送中!
■田中良紹×高野孟「永田町の常識は世間の非常識? 2009年日本プレイバック」

■甲斐良紹×高野孟「極私的農的幸福論 ── 日本の農のこれから」
http://www.ustream.tv/recorded/3329595

■二木啓孝×田原牧×高野孟「新ブロガー・田原牧さん初登場!」
http://www.ustream.tv/recorded/3328927

*   *   *   *   *

<日時>
忘年会日時:12月22日19:00〜21:00
ほろ酔い対談 生中継配信時間:19:30〜21:00


《THE JOURNAL》忘年会のご視聴ありがとうございました。もっとちゃんとタイムテーブルをつくって生中継をする予定でしたが、本当に忘年会の生中継になってしまいました・・ 途中で話が切れてしまったり、横から茶々が入ったり、尻切れのまま話が終わったりと放送番組としては散々でしたが、ご希望もありましたので録画バージョンを再放送します。熱いトークをぜひご覧下さい!

2009年12月21日

仕分け人が早稲田に集う! 現在録画放送中!

本日12月21日(月)13時より、事業仕分けメンバーを集めたシンポジウムが早稲田大学で行われます。《THE JOURNAL》映像班は現地に向かい、シンポジウムの模様を生中継しますのでぜひご覧下さい!

テーマ:「事業仕分けの意義」

ゲスト:
仙谷由人行政刷新会議担当大臣
枝野幸男氏
尾立源幸氏
田嶋要氏
津川祥吾氏
寺田学氏
蓮舫氏

ファシリテーター:
高野孟(インサイダー編集長、《THE JOURNAL》主宰)
岸井成格(毎日新聞特別編集委員)

【関連記事】
■「仕分け対象は誰が選んだのか」 早稲田大で学生の質問次々(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009122101000558.html

■仙谷行政刷新担当相:独立行政法人などの無駄も議論と表明(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091222k0000m010060000c.html

■行刷相、交付税の見直しの公開討論を検討(日経新聞)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20091222AT3S2101M21122009.html

■与党仕分け人、早稲田大学で経験談語る(民主党website)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=17467

2009年12月19日

普天間問題は「常時駐留なき安保」への扉である ── 10年前の沖縄への想いを振り返る(その1)

takanoron.png 毎日新聞が12月16日から3回連載した「迷走の13年/普天間移設の構図」は、第3回だけが面白い。3回それぞれ担当記者が違っていて、第1回と第2回は「米の不信、拡大必至」とか「場当たり的な首相」とか、マスコミに溢れかえっている平凡なトーンに終始しているが、影山哲也ほかが執筆した第3回はちょっと違っていて、「(普天間見直しを)『常駐なき安保』への出発点に」「(鳩山は米国との)不協和音に動じず」という見出しで、普天間問題を日米安保体制の抜本的見直しへの突破口にしようというのが鳩山の本音の狙いであることを的確に指摘している。要旨はこうだ。

▼鳩山は96年旧民主党結成で代表に就いた直後に『文芸春秋』に発表した「私の政権構想」で「北東アジア非核地帯化のための安保対話システム確立と経済協力推進の努力を通じ、極東有事が発生しない北東アジア情勢を作り出す。その進度に応じて沖縄・本土の米軍基地の整理・縮小・撤去と『常時駐留なき安保』への転換を図る」と述べていた。

▼それから13年、鳩山は16日「常時駐留なき安保」について「首相という立場」を理由に「封印」を宣言したが、自民党の石破茂政調会長はそれが彼の本音であることに変わりないとして、「常時駐留なき安保」は「非武装中立か独自防衛かの二者択一」に行き着くと述べた。

▼沖縄県副知事だった吉元政矩は「鳩山の東アジア共同体構想や安全保障に関する考え方は『常駐なき安保』に向かっている」「13年前に描いたビジョンが現実になりつつある。普天間問題は出発点にすぎない」と指摘する。

▼吉元は96年1月に、2015年まで3段階に分けて沖縄米軍基地の全面返還を実現する「基地返還アクションプログラム」をまとめた。それが土台となって生まれたのが同年9月結成の旧民主党の「常時駐留なき安保」政策で、それには95年の沖縄少女暴行事件が大きなインパクトとなっていた。

▼横路孝弘=現衆議院議長は「旧民主党のスタートは常駐なき安保」と断言し、小沢一郎が第7艦隊ぐらいあればいいと言うのもそれと同じだと言っている......。

 この大筋は正しい。鳩山は96年以来、終始一貫、「常時駐留なき安保」論者である。16日にそれを「封印」すると言ったのは当然で、この論は現民主党の綱領的合意となっている訳ではないし、まして政府の公式路線としてまとめ上げている訳でもないから、総理としてどうなのかと問われれば封印すると答えざるを得ない。が、個人の思いとしては、石破に言われるまでもなくそれが本音で、彼の普天間問題への対応の底に流れているのもそれである。

 ちなみに、この記事中で石破が、常時駐留なき安保、すなわち在日米軍の削減は「非武装中立か独自防衛の二者択一」を意味すると言っているのは、全くド素人の意見である。同じ記事中で横路が「冷戦後、国際的環境は変わったのだから、(米軍が退いた分だけ)日本の軍事力を強化するという話にはならない」というのが本当である。

●2つの前提

 旧民主党が掲げた「常時駐留なき安保」論には2つ前提がある。1つは、「脅威の見積もり」に関わることで、冷戦時代には在日米軍は基本的に、旧ソ連の脅威、具体的には旧ソ連極東配備の陸軍機械化師団が大挙渡洋し北海道に上陸陸侵攻する事態に対処することを第1目的とし、北朝鮮・中国による「第2の朝鮮戦争」と中国による「台湾武力侵攻」に備えることを第2目的として駐留を続けてきた。冷戦後、旧ソ連の脅威は大局的には消滅したが、米日政府は北朝鮮の(主としては核の)脅威と中国の(主としては海軍力増強の)脅威をことさらに強調して、冷戦時代と同じ量と質の"脅威"が日本を取り巻いているかのような幻想を国民に植え付けてきた(これを私は「脅威の横滑り」と呼んできた)。日本側には「米国に見捨てられては大変」という冷戦思考が色濃く残っていて、他方米国にしてみれば、それを利用してこれまでの在日基地を既得権益として確保して、アジアからインド洋、中東に至るまでの展開のための一大戦略拠点として活用できればこんなにうまい話はない。このため、冷戦後の日本が本当のところどのような軍事的脅威に直面しているのかという「脅威の見積もり」は一度として冷静に分析されることのないまま、「北が危ない、中国が怖い」という情緒的な恐怖幻想に置き換えられてきた。

 だから、石破はじめ自民党の「米軍がいなくなればその分日本が独自防衛力を増やさなければならない」という議論はド素人なのである。冷戦時代と"脅威"の量も質も同じであれば、日米両軍の戦力合計を同じ水準に保たなければならないが、その量が減じ質も変わっているのであればそれに応じてむしろ戦力を縮減し配置も見直す必要が生じて当然である。同じく岡田克也外相が18日の会見で「海兵隊は日本にとって必要な存在。海兵隊の抑止力に期待するなら、日本の外に出て行ってくれというのは余り通用しない」と語ったのもド素人の証拠である。「抑止力」というのはオマジナイではないのであって、(1)見通しうる将来について日本がどこからのどういう様態の脅威に直面する危険があって、(2)それを未然防止する抑止力としては日本の防衛力ではどこがどの程度足りなくて、(3)その分を在日米軍が補ってくれるとして、そのうち海兵隊の役割はどういうものであって、(4)それは在沖の海兵隊が全部グアムに移転して統合配備され、かつ最新のMV-22垂直離着陸輸送機を主力ヘリとして採用して格段に機動力と航続距離を伸ばした場合と比べても、どうしても沖縄に居続けないと果たせないものなのか----ということを、これから米国と交渉しなければならないという時に、外相がこんなことを言っていてはお話にならない。

 もう1つの前提は、毎日の記事が鳩山文春論文を引用している個所で理解されるとおり、「常時駐留なき安保」の実現は、20世紀的な敵対的軍事同盟の遺物である日米安保条約を、21世紀的な地域集団安全保障体制としての「東アジア共同体」の枠組みが形成されるまでの経過措置であって、後者が機能するに連れて常時駐留なき安保が深まって行って最終的に前者に行き着いていくものと想定されている。

 このあたりのことは、私としては13年前にほとんど議論し終えていることで、今更の感もあるのだが、世の中全般はそうでもないので、今後何回かに渡って当時のINSIDERから関連の論説や記事を再録して参考に供することにする。

 第1回は、安保論の理屈ではなく当時の私の沖縄への想いを表している喜納昌吉との長い長い対談である。これは当時CSチャンネルに存在した「ドキュメンタリー・チャンネル」の特番のために収録したVTRを文章に起こしたものである。喜納はその後民主党参議院議員となり現在は同党沖縄総支部代表である。


-----沖縄への想い(1)---INSIDER1998年1月1日号より--------------

世紀末誇大妄想対談/喜納昌吉vs高野孟

高野(T) 1853年、今から144年前に米国のペリー提督が「黒船」で浦賀を訪れて日本を大砲で脅して開国を迫った訳ですが、実はその時ペリーは往きと帰りに琉球に寄って、やはり石炭の貯蔵庫を作らせろとか要求した。それから144年、今度は「白船」を仕立てて、武器で脅すのではなく楽器を載せて逆コースで米国に乗り込もうという飛んでもないことを考えた人がいて、それがこの方、喜納昌吉さんです。

喜納(K) よろしくお願いします。

 いやあ、この発想には参った。

 ありがとう。つい思いつきで言ってしまったんですが。でも、大事なことだと思います。

 その話は後でゆっくり聞くとして、この場所は「チャクラ」、那覇の国際通りの真ん中にあって、なかなかいいライブスペースですが、もう長くやっているんですか。

 仲間と一緒に作って3年です。元々私は27年前からコザで「ミカド」をやっていたので、自分のスペースで音楽をやるのが安心する。

●元祖ワールド・ミュージック

 喜納さんと言えば、去年のアトランタ五輪の開会式にアジア代表として乗り込んで行った。これは僕らには驚きでした。そもそも向こうがどういうセンスで喜納さんを選んだんだろう、本当に分かって選んだのならすごいなあと思いましたよ。

 何で喜納昌吉を選んだのか、日本にはもっと有名なミュージシャンがいるのにおかしいんではないかという抗議の電話が殺到したようです。だから、そういう高野さんのアプローチは珍しいですね。

 僕の音楽は、通の人たち、ミュージシャンが聞くミュージックと言われた。実際、ワールド・ミュージックも原点を辿れば私にブチ当たるということがあるみたいです。それから3〜4年前に東大寺でやった「グレート・ミュージック・エクスペリエンス(GME)」が世界中に放映されて私が注目された。その後また私は、ワシントンDCで「ウォーク・フォー・ジャスティス(正義の行進)」でアメリカ先住民の前でコンサートをやり、続いてニューヨークのセントラル・パークでもコンサートをやって、みんなが私の音楽に狂ってしまい、そのことが『ニューヨーク・タイムズ』で紹介された。その時に「喜納さんは何で来たんですか」と聞かれて、「ペンタゴンに行って、武器を作るのでなく楽器をつくることを勧めたい」と言ったら、拍手喝采だった。

 アメリカ人はそういうせりふが好きだからね。

●「象の檻」で歌って

 そいうことから段々アトランタに導かれることになったんでしょう。

 しかし実際にアトランタに行ったら、なかなか思い通りではないような状態があったようですね。

 あれはねえ、最初の頃はあらゆる新聞から私に取材申し込みもあって非常によかったんですが、急に基地問題が沸騰してしまって、これはやばいという形になって──「アメリカと沖縄は戦争をしている」というジョークがあったくらいだから。それからまた私が「象の檻」に入ってしまったものでねえ、オリンピックとしてはテロ対策があるし、先入観として何かそういう......。

 反戦派だと。

 という考え方が出たんでしょう。

 それは沖縄の中でもあった?

 それはだって、私は革新県政のあり方に少し物を言って、非常に煙たがられていた時期があったから、そうすると保守勢力が喜んで応援しようということになって、お金も集めるということで態勢も出来上がっていたのに......。

 あれはとにかくエイサーの踊り手を含めて170人から連れて行こうという大計画だったわけだから、相当なスポンサーが集まらないと出来なかった。

 そうそう。そのときに知花さんが「喜納さん、ぜひ象の檻に入ってほしい」と言うわけね。「私は運動を変えなくてはいけないと思っている。象の檻で歌をうたって踊りたいんだ」と。ああ、それは素晴らしいと思って受け入れた。確かに頭の中では、受け入れたらこれはスポンサーが逃げるなあということがあったけれど、これで避けるようなスポンサーなら仕方がないと。案の定、みんな逃げてしまった(笑)。

 行く前にこっちでそういうことがあって、行って向こうでも最初企画した通りにはならなかった。

 本当は僕は2回、夜に演奏する予定だったけど、何か異常な警戒心が働いていて、会うべき人が会いに来ないし、私に触れるのを避けている。「象の檻」の衝撃が凄かったんでしょう。それにエイサー隊が150人もいるからそこにテロ集団がいるんじゃないかということがあったんでしょう。それで、夜にするはずが昼に持ってこられて、次の日になったら朝になって、しかも2回が1回になって......。頭に来たけど全部呑み込んで来た。意味があるんだろうと思ってね。しかし今考えると、2回やっていたらあの広場で起きた爆弾テロが私を直撃したかもしれない。

●アトランタ五輪の精神構造

 でもまあ、行っていいこともあったでしょ?

 それなりに努力しているのは窺えるんですが、しかし最後は計算が政治的にならざるを得ない。政治というのは当然、軍事が背景にあるが、その政治と経済の癒着の今の構造が資本主義の名の下で暴走していることは確かだった。

 なぜかというと、マルチン・ルーサー・キングが非常に持ち上げられたでしょう。ゴスペルを歌って、キングの栄えある歴史的業績を讃える画面を出して、最後はモハメッド・アリが出てくる。少し歴史を振り返ると、ファラカンの100万人大行進があった。ファラカンはイスラム教徒でキリスト教国の脅威でしょう。そうすると、昔は黒人にはキリスト教も許されなかったのに、キリスト教のキングを一度持ち上げておいて、なおかつイスラムのモハメッド・アリというヒーローを持ち出してきて曖昧にしてしまうという、非常に巧妙な......。

 手が込んでいるというか。

K アメリカのパワー・ポリティックスの原理が働いていたことが窺える。それを超えるようなオリンピックではありえなかった。

 あの演出をそこまで読んでいる人はいなかった。あなたのような人だと現場で見て感じてしまう。

 目の前にアメリカの精神構造が見えてしまう。だから今後アメリカと対話していく上でいい経験をさせて貰ったと思っている。

●日本人のトラウマ

 そのアトランタの経験が「白船」に繋がったのか。

 もしあそこで私が満足していれば、たぶん錦を飾って......しかし、あそこでそういう仕打ちを受けたことによって、欲求不満が残ってアメリカで何かをしなければならないようになってしまった。そこから試行錯誤しながら考えると、沖縄の基地問題が特別措置法改正という形に終わって、あの少女の悲劇、涙というものが報われずに経済的な条件闘争に変わってしまった。

 「いくら」という話に......。

 あの55億円(の沖縄振興費)という訳の分からない話で、結局は1兆円かけてヘリポートを作るという──基地に反対する運動だったのがなぜ基地を作る方向に行ってしまったのか、私は不思議でならない。アメリカのオリンピックの精神構造と、沖縄が体験している構造がまったく同じで、日本国自体がそういう構造の中に押し流されてしまっている。そしてそれは、新たなる「琉球処分」という話があるけれども、実は「日本処分」でもある訳です。自ら日本処分を下さざるを得なかったという......。

 そうなんだ。日本人はそのことに気が付いていない。

 だからそれが不幸なんで、沖縄は傷が深いから、もう気が付いてしまった。本土はまだ気が付かない。

 沖縄だけのローカルの問題だと思っている訳よ。

 ところが時間を延ばして考えると大きなシッペ返しが来ることをわれわれは見てしまう。その中で沖縄とヤマト、そしてアメリカを考えたとき、どんな方法が一番いいか。

 そこでフイと、この一体、歴史的トラウマ──何でこれほどビクビクして行動しなければならないのか、これだけ経済的な力を持って世界に貢献しようと思えばいくらでも行動出来る頭脳を持っている日本人が、何で稼いだお金を訳の分からないバブルの崩壊で持って行かれたり、馬鹿なことをしでかすんだろうか。

 そう思いながら、第2次大戦、廃藩置県、島津の侵攻と沖縄の歴史を遡った時に、ああ、黒船が来たんだ、と。そこからアメリカとの因果関係が始まった。そして不思議なことに、この黒船は沖縄にも来た。さらに不思議なことに、そのときアメリカの3名の水夫が少女を暴行している。その船の提督がペリーなのよ。先日の暴行事件が起きたときの国防長官はその孫だか曾孫だかでしょう。あまりに因果関係が出来すぎていて、私はビリビリと来て、「よし、黒船の代わりに白船、武器の代わりに楽器を載せて、戦争の代わりに祭りをやればいいんだ」と。

●内戦状態のアメリカ

 そして、アメリカが唯一解決できない先住民問題を解決してあげようじゃないか、と。先住民と黒人、そして白人に手を握らせれば、本当に世界は安心する。あれだけの武器を持って力を持っている国が毎日、内戦のように人殺しをしている。他国と戦争して死ぬ数よりも身内の事件で死んでいる人の方が多いんじゃないですか。まさに内戦状態ですよ。これは法則性があって、あんまり外側で戦争を起こすとその反動が来て内側で殺し合いになってしまう。そういうことをアメリカに目覚めさせたいという思いがありますね。

 実際には「白船」は来年出る?

 11月1日。船は1万何千トンで550名が乗れるのを借り切って。しかし1人で乗るとどうしても2カ月間拘束されて、100万円かかってしまうので、何とか交渉してもう少し安くするとしても、かなり無理は避けられないですね。それで、沖縄から出発するとして、先々の寄港地である部分を30万円くらいで乗れるというやり方をしようと。

 「ピースボート」なんかもそういうやり方をしてますよ。区間乗りがあれば一番効率的に埋められるし、それから人によって興味がある場所が違う場合もあるし。

 あ、そうですか。みんな考えることは同じだ。「ピースボート」はベ平連の流れもあって80年代に始まって、私も力を入れたんですよ。また合体してやれればいいと思っているんですが。

●60年代の反逆を超える

 歴史のトラウマに対してカウンターという形で動き出したのが60年代から70年代だった。言葉は悪かったかもしれないが「革命」ということで。その手段や方法論は無理があったと思うんですが、しかしあの頃の若い人たちは未来を見ていた。ヒッピーは「フリーダム」、マルクス主義者たちは「ユートピア」とかで、それはソ連よりもアメリカの影響を受けていた。

 しかし沖縄が返還されて目的を失ってしまって、「80年代は消えた」と言われた。それは、それぞれが自分の哲学を持つための1つの試練だった。決して今度は麻薬とか暴力とかではなく、それで敗北したんですから、その2つを超えるものを提供しなければいけない。それは、日本がずっと育んできた「祭り」というもの──神流(かんながれ)というのは自然の循環でしょう、そういう循環の祭りが西洋文明にはないから、それをルネッサンスとしてアメリカに持ち込むという、壮大な夢を僕は見てるんです。

 黒船に始まって、西洋文明をいいものだと思って受け入れるばかりの長い年月があって、60年代、70年代というのは感性的にそれに反発するということでひと盛り上がりがあって、そしておっしゃるようにドラグだヴァイオレンスだ内ゲバだということで拡散してしまった。そこで本当の意味で西欧文明との出会いの100年を超えていくものは何かということになって来て、逆に言うと西洋の側でもそれを求めている。東洋への憧れというか、禅ブームだったりタオイズムであったり形はいろいろだけども東洋を見直そうとことがあって、これが世紀の変わり目での世界の1つの流れですよね。

●神仏の基底にあるもの

 だから世界が欲求している、そのポイントが日本なんです。それに日本人は目覚めてほしい。なぜかというと、日本の歴史を見ると、まず奈良・京都という古都があって、そこには聖徳太子以来の仏教がありアジアがある。一方、東京には明治維新の廃仏毀釈によって神道があり、それによって西洋文明が開花した。この両者の間に断層があって、それを埋めることが出来ないから今あらゆる事件が起きている。顕著なのは神戸で起きた酒鬼薔薇の事件で、本来、日本に文化力があるなら、ホラー映画とか西洋から来た悪魔的な文化を消化して返してやる力があった訳よ、新陳代謝の能力が。

 浄化能力ね。

 ね、それがもうなくなってしまって、ちょうど明治維新の廃仏毀釈、第2次大戦中の政祭一致の中で、確かに不完全な仏教や不完全な神道があったかもしれないけれども、その下の純粋の神道も純粋の仏教もあるはずで、そこまでみな犠牲にしてしまった。だから西洋から来た精神文化に対して適応能力を失ってしまった。その狭間にあの神戸の事件がある。本来なら大人が守るべき子供たちを失った。そのことなくしてあの事件の答えは出せない。

 なるほど。

●縄文は生きている

 だから、仏教と神道を融合するところに、われわれがやり残してきたことがある。それは何かと言えば、われわれは弥生文化を受け入れたが、それは縄文の悲劇に基盤がある訳ね。縄文は決して過去ではない。北にアイヌが現在いるんだから。アイヌ新法を制定するという課題が起きているが、これは中途半端に終わっている。二風谷の件で先住民権を問われながら、アイヌ新法では先住民権がないという、このそもそも曖昧な論法──沖縄の基地問題もそう。沖縄の心は理解できると言いながら特措法を改正するという。在日(コリアン)の参政権問題も同じ。日本の民族史の中で、この3つの民族だけは官僚制が文化的に消化できなかった。

 これを消化するたくましい日本の新しい精神が出来上がったとき、神道と仏教が新たに融合し、そして西洋と東洋が──だって、日本ほど西洋のマテリアリズムがピークに達しているところはないでしょう。日本ほど東洋のスピリチュアリズムがピークに達しているところはないでしょう。この2つを融合させて、世界に人類は1つ、地球は1つという手応えを感じさせる唯一のところが日本なんだ。この21世紀を目前にして。

●金芝河のペレストロイカ観

 韓国の抵抗詩人、金芝河も同じようなことを言っている。それはペレストロイカという話の中で、ペレストロイカというのは彼に言わせれば、単にソ連国内の話ではなくて、大量生産・大量浪費の産業文明が、形は資本主義にせよ社会主義にせよどっちにしたって産業主義なわけで、そういう時代がもういよいよ限界に来て、それをどう超えていくかというのが広い意味でのペレストロイカで、たまたまソ連でゴルバチョフが始めたが、それが東欧に広がり、西欧にも影響が及び、中南米にも民主化の波が荒れ狂って、ずっと世界一周して、結局、世界的なペレストロイカは東洋において完結すると彼は言う。

 なるほどですねえ。

 彼の場合は韓国だから「東学党の乱」が出てきて、そういう東洋の精神文明が世界をリードするんだと。日本や韓国にはそれを実現する役割があるんだと言う。

 ああ、いいですねえ。私は、それを選民意識からやるのではなくて、これまで受けた恩恵を返さなくてはならない時期に来ている、そういう役割としてやればいいと思う。その意味でいま日本が置かれている一番大変なことは北朝鮮の"脅威"論でしょう。38度線の問題は決して韓国・北朝鮮の問題ではない。アジアの不安定の問題であり、世界の不安定の問題でもある。だから北朝鮮が水害で苦しんでいるのなら、拉致事件を取り上げるのもいいけれども、勇気を持って米を送るべきでしょう。そういうところから始まる。

●北朝鮮への怒りの歪み

 確かに、北朝鮮の飢えは相当ひどいです。

 もし拉致事件を取り上げるなら、なぜ沖縄の少女が拉致・強姦されて日本は気をつかってアメリカのために55億円も出して、なぜ本土の人が拉致されたらこんなに怒るんですか。アメリカに怒ることが出来ない分まで北朝鮮に怒っているんじゃないですか。私は怒ることは否定しないけれども、怒るのにも理性が必要で、その理性が21世紀に基づいた理性でなければわれわれは間違いを起こしてしまう。そういうことがあるなら、日本は堂々と北朝鮮と外交し、韓国と外交し、中国と外交し、アメリカと外交する自信を持ってほしい。

 だってね、拉致事件は事実かもしれないですよ。しかしそれがあったから国交を結ばないとか、食料援助をしないとかいう話とは違う。それは解明しなければいけないけれども、例えばじゃあ沖縄の少女が1人ひどい目に遭ったからアメリカと国交断絶かと。北朝鮮にああ言うんだったらアメリカにもそう言わなくては辻褄が合わないけれども、その気迫はない。

 筋を通すという考え方が日本から消えてしまった。力の強いアメリカにはハイハイと言い、ちょっと弱そうなところには偉そうな顔をするという......。

●沖縄を針の先にして

 それは「いじめ」の構図なんですよ。政府がやっていることがそういうことなんだから、学校教育が問題だとか言ってもうまく行くわけがない。この国の指導者がやっているのがそんなことなんだもの。

 基地特措法が9:1で可決されるなんて「いじめ」そのものでしょう。指導者がそういうことをすれば下部にも流れて行くわけです。そこに政治のモラルがあるはずでしょう。政治家だけでなく、経済界、文化界、宗教界のリーダーたちは何を恐れているのか。21世紀を目前にしてこれだけホットな場所はない。沖縄を地球的・人類的な規模で使ったらどうですか。アメリカが国連の分担金を出さないと言うのなら、沖縄が国連の面倒をみればいいじゃないですか。基地の運営資金を少し回せばいいんですから。あるいは尖閣列島に石油や鉱物資源があるというなら、それを国連に委託して人類の福祉のために有効に使えばいい。大体、石油を持った国なんていつも戦争に......。

 ろくなことにならない。20世紀の戦争なんてほとんど石油のために起きたようなものだから。第1次大戦は結局、中東の分割。第2次大戦で日本はインドネシアの石油を取ろうとした。ベトナム戦争も海底油田を誰が取るかという話だった。石油の世紀イコール戦争の世紀という20世紀をどう総括するかですよ。

 石油資源が国力の象徴となって常に争いの元になってきて、未だかつて自分のエネルギー利権を人類福祉のために投げ出した国はないでしょう。沖縄が最初にやればいいのよ。そして沖縄が唯一、人類の非武装地帯になって、国境線──金属疲労を起こした国家という金縛りから独立する。

●新しい独立論の論理

 国境から独立するという独立論。

 そう。沖縄がもし独立論を唱えるなら、人類が歩むべき方向に沖縄が歩むことが重要だと思われたときに独立運動を起こすべきだと思う。バルト3国のように、すぐ国家を持とうとして独立運動を起こして、国家を持つと、より大きい国家から潰されてしまう。そういうことになってはいけない。沖縄に知性があるならば、21世紀に応えるような独立運動でなければ行けない。

 いままでの独立論は「独立して自分たちの国家を持とう」だよね。別の国家をもう1つ作ろうだよね。それじゃダメだと。

 ダメダメ。それは新たなる沖縄の権力構造を生むだけだ。

 今度は宮古が独立すると言いだしたりね(笑)。国境を超えていく。それは、自分たちが実際にやっていることが勝手に国境を超えて行ってしまうということでいいじゃないかという......。

 単に国境をなくして制約をなくせばいいかというとそうではないんで、21世紀にそぐわないものは受け付けないということだけであって、もし武器を持っている者は入れない、ドラッグを持ってくる者は入れない、犯罪をする者は入れないという......。

 じゃあ米軍はみんなダメじゃないの(笑)。

 そうそう。21世紀の道徳から考えればいいの。そして世界の人々を受け入れますと、右も左もありませんと。そういう大きな度量をもったほうがいい。案外そういうのは実現するかもしれませんよ。人間は理想としたものに向かうという本能・習性がありますからね。だからもっと堂々と、国連は沖縄の嘉手納基地に持って来なさいと。そこから地球的規模のアクションを起こそうじゃないかと。

 なぜなら、チェルノブイリの事故でも国境を超えてしまうし、オゾンの問題も熱帯雨林の問題も酸性雨の問題も全部国境を超えている。国境を超えた病に対し、治療は国家単位でやっているから間に合わない。そのためにも、この沖縄を針の先にして、地球規模の運動、プロジェクトに値する場にしていけばいい。それを日本の技術や知恵や財力で推し進めれば、日本は人類史上に輝く国になりうる。

 湾岸戦争に何で120億ドル送る必要があるんですか。あれ以来でしょう、日本に戦争肯定論が出てきたのは。何であれだけの平和思想を持っていた国民が、やれ北朝鮮だ中国だ、教科書がどうだ、核を持たなければいけない......何のためにわれわれには広島・長崎の経験があるんですか、沖縄地上戦の経験があるんですか、東京大空襲があったんですか。それが何一つ生かされていない。

 私は、人類非核宣言サミットを広島・長崎・沖縄でやるべきだと思う。それでオリンピックもやれば素晴らしいんじゃないですか。本当に平和を願う人たちがそういう祭典を担ったときに素晴らしいものになりますよ。

●沖縄の3層の階級構造

 ところで私が最初に喜納さんに会ったのは「朝まで生テレビ」でした。隣にいて、番組の中身はまあまあというようなものだったけれども、終わって食堂でビールを飲んで、そのときに喜納さんが凄いことを言ったんだよね。沖縄の3層構造という話をした。これは僕はウーンという感じで、今も強烈に覚えている。横の差別構造というのか、アメリカがありヤマトがあり沖縄があり、さらに沖縄の中でも奄美の問題があり、宮古や八重山の問題もあるという地域的な構造があることは知っていたけれども、縦の構造があるというのは結構ショックだった。

 一番顕著なのは台湾の構造で、あそこには高砂族がいて自ら「原住民」と称している。この言葉には差別の垢がついているが、彼らはそれを知ってわざとそう言っている。それから福建省から行った本省人がいて、さらに毛沢東と蒋介石の争いの結果、台湾に逃げざるを得なかった外省人がいて、実権は彼らが握ってきた。

 中国が台湾を呑み込もうという時に、原住民は殺されても台湾から動かない。本省人はある程度逃げる人もいるかもしれないが大方は残る。外省人は残る人もいるかもしれないが大方は逃げるだろう。彼らの持っている利権をどこに移すかとなると、インドネシアは宗教が違うし。マレーシアはちょっとやばい。一番自分たちと同じ血が生きているこの沖縄が近いし楽だということになる。

 実際また沖縄には、1609年の島津の侵略を巧く島津と妥協して生き延びたのは中国から渡ってきた「久米三十六姓」の人々で、要するにその人たちが現在の沖縄の権力なり経済を動かしている。その人たちは深いところで生き残ることを考えた。明の時代に来たから、島津が来たときには清の時代になっていて帰る場所がないので、大方はそこに落ち着いてしまった。

●久米村の人々の今

 なるほどねえ。

 沖縄を搾取したのは島津だけではない。

 むしろ島津のほうが後なんだ。

 そう。島津が沖縄を侵略して、福建省の福州に昆布を持って行って......不思議なことに昆布を採っているのはアイヌで、その昆布を日本の中で一番食べているのが沖縄なんだよね。

 縄文文化だ。

 福州で昆布を売って麝香(じゃこう)を買って、それを富山に売って、それで財源と情報を集めて島津は明治維新を起こしたという訳だ。その時に福州から来た荷物は沖縄に下ろして、久米の人たちがいいものをを分け前として取って、残りを島津に渡した。儲かったのは島津だけではない。不思議なことに、今の沖縄を見ても、表の世界から闇の世界まですべてそこの出身者が支配している。基地問題が起きて、交渉しているのもこの人たちで、沖縄振興費が出てもそれは沖縄の人たちには下りないですよ。そこに問題がある。

 さっき話が出たように、少女の涙が「いくら」という話にすり替わった。

 私は決して民族浄化運動なんてボスニアのような馬鹿なことは言わない。みんなが仲良くするには、あの事件を計算づくの条件闘争にするやり方がいけないということなんです。少女の問題から始まった基地の痛みの問題は痛みの世界に返っていく。それとこれとは別問題であるということで通さないと。

 そこが簡単にすり替わって、そこで特措法改正に至る情けない決着があった。別だということで突っ張り切らなければいかなかったね。

 そのことを私はずっと言っていた。

 そういう沖縄の上層部とは何者であるかという歴史的アイデンティティというのは面白い問題ですね。それで、その次に島津系がある?

 大きい企業は島津系、鹿児島系が多い。

●歴史のリアリティー

 今まで漠然と沖縄は縄文系と思っていたのに、そういう3層構造があるという話をあなたが酔っぱらってペロッと言って、僕はビリビリ来たんだ。

 歴史をリアルに見る視点ですね。歴史の不始末は現在という仮面を被って暗躍する。それが利権の正体ですね。だから現在あることは、基地があることも含めて、過去に生きた人たちの不始末を負の遺産として受け継いでいることなんです。素晴らしい未来を提供しようとするなら、勇気をもってその不完全な世界をクリアにしていく流れが現れないとダメですね。

 アメリカも中国もそういう問題を抱えている中で、その間に挟まっている日本がいち早く21世紀に向かって国民単位で抜けられる資質を持っていると思う。知的水準というか、ある中枢でそうなんだと言えば隅々まで分かる知的な教育がなされているし、なおかつ自分が思ったことを成功させる経済力を持っている。

 こういう国というのは考えてみるとあんまりないんだよね。アメリカはどんなに国家力を持っていたとしても、またいい意味で多民族国家にしてしてしまったということは可能性を持っているとは思うけれども、それを統合するという意味では日本ほどではない。だから日本がどういう形で自分の歴史・文化を消化する方向に向かえるかですよ。

●日本文化の深層心理

 よく沖縄には文化があるけれども日本には文化がないという人がいる。私は、アレアレアレー、日本にはたくさん文化があるじゃないか、と。ただひとつだけ反省しなくてはいけない点がある。というのは、日本は「神の国」であると言いながら神風が吹かずに戦争に負けた。これはどこで負けたかというと精神的ではない、物質で負けた。だから今度は物質を持てば拮抗しうる力を持てる。だから経済だ、と。

 物質主義。

 で、今度は経済で大政翼賛会になっちゃった。

 何でも総動員なのよ。

 ね。それで一番犠牲になったのは文化。日本はたくさん文化があるけれども、それを統合する力を失ってしまった。経済で全部、力を使い果たしてしまって。だから、バブルが崩壊して、バブルがどこで底をつくかを考えなくてはいけない訳ね。1300兆円だか資産があってそこに金融ビッグバンの思惑がある訳だが、そういうものに引っかからないようにするためには、日本がバブルの底で、経済力を文化に転化する必要がある。その文化は何に根ざしていたかをよく考えなくちゃいけない。

 仏教、神道......もし沖縄がヤマトと協力することが出来るとすればそれはエイサー。これは袋中上人という方がいて、これは念仏の法然の弟子。法然は浄土宗の開祖で貴族仏教を大衆化した。貧乏人であろうと金持ちであろうと関係ない、念仏を唱えれば阿弥陀の慈悲は誰にでも注がれていると説いた。その弟子の袋中という人が来て、念仏踊りを沖縄の神道であるシャーマニズム、大衆芸能と融合させてエイサーというものを作ってしまった。そこに神道と仏教が和合し、また精神と物質が合体してルネッサンスを起こす可能性がある。バブルが底をつくというのはそういうことだ。

●伊良部はダブルである

 いま野球で頑張っている伊良部は、ハーフでなくてダブルなのよ。だって沖縄とアメリカの血が入っているからね。21世紀はそういうプラスの思考に持って行かなくてはダメなのよ。だから日本人は、縄文とハイって来た弥生とのミックスだという......。

 その後もいろいろ入って来て重なっているし、日本くらい多民族の国家はないんですよ。

 そうそう。しかもそれを1つにまとめる力があった民族なのよ。だから人類がなしえなかった融合──権力によってではなく本当に精神的に和合するという意味の融合をなしうる最初の民族かもしれない。

 そのためには、たぶん、明治から100年のこの何でもかんでも総動員という仕掛けを一回壊さないとダメだね。明治時代の日本は人口の8割が農村にいる貧しい農業社会で、大正時代になってもまだそうだった。そこから地租(農地税)という形で税金を取り立てて全部東京に集めて、最も効率的な形で運用するという総動員体制というのが、明治国家から100年の日本だった。

 それはある意味で巧く行ってここまで来たのだけれど、文化や宗教や精神までその国家目標のために動員してしまうという仕掛けの下で歪められたり窒息させられたりしてきた。地方も、方言をしゃべるのはいけないことだみたいな──近代国家を作るというのはまずみんな共通の言葉をしゃべって、命令一下、鉄砲を撃つとか、同じスピードでネジを回すとかいうことだから、そうやってローラーをかけるみたいにしてきた。

 それが今、来るところまで来て、その総動員体制を一回を壊さないと次が始まらない。その壊す鍵は、それは私の思い込みで有り難迷惑かもしれないが、やっぱり沖縄なのよ。沖縄が突出することが、その仕掛けが壊れていく重要なきっかけになるんですよ。

●祭りのエネルギーの逆噴射

 いいポイントですね。その意味でも「祭り」ということが今後......その総動員体制の頂点にあるのは東京でしょう、それを逆流させるには東京にそのエネルギーを逆噴射させる。東京の真ん中でアイヌの方々を呼んで、沖縄の方々を呼んで、在日の方々呼んで、なおかつ神道や仏教を含めて爆発を起こして、それでアメリカに行ってね......(笑)。

 普通の人が聞けば誇大妄想だね(笑)。

 やっぱりねえ。アハッ。

 そういうふうにワールドワイドに超えて行こうというのがあなたの発想だ。

 一挙にワールドワイドにジャンプして、そこに一回意識を飛ばして足下にメスを入れる。飛ぶだけだとまた気違い扱いされるから(笑)、バランスとってやらないと。タイトロープですよ。

 このあなたの『すべての武器を楽器に』という新しい本の帯に「私は提案する。日本は沖縄を世界にプレゼントしなさい」と書いてある。

 いいんじゃないですかね。私は何も皮肉を言ったのではなく、その方が本当の協力が出来るということです。

●ヘリポート阻止が出発点

 そこでやっぱり面白いのは「白船」計画だ。これから実際どうやって進めていくのか。

 一番大事なのは基地問題。基地返還アクションプログラムでは2015年までに基地をなくすと言っている。ところがいま名護に何千億円も使ってヘリポートを作ろうとしている。平和の仮面の裏で利権の争奪が行われている。平和も願うけれどもお金もほしいというのは騙しですよ。その欺瞞性にみな気づいてきている。それでヘリポートの絶対阻止運動が住民サイドから起きている。われわれは世界に訴えてこれを阻止して、その魂を白船に乗せてアメリカに持って行く。

 しかもアメリカの専門家に聞くと、ヘリポートを実際に作り始めて何年もかかって出来たときには、海兵隊はいないという。

 大田知事のアクションプログラムではね。

 いやアメリカの専門家がたぶんいないと言っている。

 ということは自衛隊が使うことになる?

 たぶんそうでしょう。地元としては誰が使おうと大規模な土木工事で潤うのだから。

 自衛隊さんももっと堂々として貰いたいね。沖縄に基地が必要ならはっきりとそう言って議論をすればいいじゃないですか。それを、アメリカを隠れ蓑にして、いなくなった後に居座るという論法では、また新たな歴史への欺きではないですか。

●海兵隊は時代遅れ

 そもそも海兵隊そのものが時代遅れになったという議論が海兵隊の中にもある。あれは、敵前上陸という作戦が有効だった時代の遺物で、上陸してから目標までまた歩いて行ったりするわけで、それよりも陸軍空挺部隊をポンと落とした方がいい。だから海兵隊はいらないという話が起きているけれども、まだいるだろうと言っているのは、朝鮮に何かあるかもしれないという北朝鮮脅威論による。しかしこれは1〜2年中に急速に脅威ではないという状況が作られますよ。

 そこでまた中国脅威論に持っていくのかもしれない。結局は、産軍複合体の循環が戦争なくしては維持できないという構図が出来上がっているからそういうことになる。そういうものは21世紀的じゃないということをはっきり言わなくてはならない。日本はそういう構造には与しない、まったく新しい価値観を提供する、というようになってほしい。だから自衛隊は武器ではなく楽器を持って......。

 全部、軍楽隊にしちゃう。

 世界の楽隊を集めて祭りの先頭に立てばいいじゃないですか。国連がそれを主催してやれば楽しいじゃないですか。自衛隊の人が言ってました。「喜納さんねえ、われわれが一番、平和主義者ですよ。だって戦争が始まったらわれわれが最初に行かなければならないんですから」と。

 それで船の中では、ドンチャカやったり、勉強会や討論会をやったりしながら、行った先々でお祭りをやる。喜納さんのイメージでは、その時に各地の先住民の人たが......。

 重要な役割を果たす。船の中でエイサーを教えたり三味線を教えたり、さらにエコロジーや平和や人権の問題でシンポジウムをしたり、学習しながら渡って行きたい。

 それで、黒船が出発したノーフォークまでどのくらいかかる?

K 往復で2カ月です。まあ来年から具体的に呼びかけを始めて、各地で力のある人が名乗りをあげて実行委員会を作ってほしいですね。そうやっていくうちにわれわれもイメージが固まっていくでしょう。祭りは楽しくやらなくちゃ。アメリカという国のネガティブな世界に、日本がアジアの明るいものを持ち運んでいく。21世紀は争うのでなく和合することが大事で、キリスト教であろうが仏教であろうがあらゆる宗教が出会えるという覚醒した意識で集約していく必要がある。だから、破壊のスピードを創造のスピードが追い抜くことが出来れば、コントロールする力が出てくる。その境目にいま立っている。

 そういう入れ替わりがあちこちで起きながら21世紀が明けるなら、新世紀にふさわしい幕開けになる。

●先祖の魂を総動員する

 まあ、夢と片づけられるかもしれないが、新しい出来事は夢から始まる。現実に存在するものはすべて夢から出発したんです。

 そういう意味では、戦後の日本は物質主義というか、カネカネカネの世界で50年もがいて来て、夢を持つ人、語る人が少なくなってしまったんだね。

 もう一度、日本は先祖をね──生きている人間だけでは絶対に世の中は変えられない。死んだ人たちの力を借りないと。だっていま生きている50何億人でしょう。死んだ人間はその40倍、2000億人もいる。その2000億の魂に総動員をかけないと、われわれは権力の総動員体制には勝てない。

 面白い。そこに歌というものの意味もある、と。どうも長い時間ありがとうございました。

2009年12月18日

田村参院議員離党に、世耕弘成氏「残念だ」

seko_int091218.jpg
2009年12月18日:編集部撮影

 本日18日、自民党の世耕弘成(せこう・ひろしげ)参院議員に《THE JOURNAL》/『政治家に訊く』の取材のためお会いした。

その際、「新世代保守を確立する会」で同じグループの田村耕太郎(たむら・こうたろう)参院議員(現在ホームページ閉鎖中)が同日離党を表明したことについて、「びっくりした」「非常にもったいない」とコメントした上で、今は自民党議員の結束力が重要であることを強調した。

以下、コメントを掲載 ----------------------------

─今日田村参院議員が離党されたようですが事前に聞いていたのでしょうか

 全然聞いておらず、びっくりしました。田村さんとはお互いビジネスや成長戦略に軸足を置いた政治家として一緒にやってきていたので、自民党から出て行ったのは非常に残念だと思います。
 ただ私はまだ今は党を出る時期ではなく、自民党は引き続き地方へのネットワークは強く持っていますし、優秀な地方議員、国会議員はまだまだ残っていますのでその力をばらけさせることなく束ねてやっていくことが重要だと思います。
 非常に残念でもったいない人なんですが、田村さんと我々が行動をともにすることはないのかなと思っています。

─すでに参院選の公認を取っていたとの情報もあるようですが...

 取っていたということですね。党への思いや、彼なりに冷静に選挙区の状況を見て、このまま座して死を待つよりも・・ という判断をしたんだろうと思います。

【関連記事】
■田村参院議員離党「県連に何の相談もない」と地元・鳥取県連不快感(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091218/stt0912181806005-n1.htm
■自民 田村参院議員が離党届(NHKニュース)
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014516691000.html#

鳩山内閣支持率激減、46.8%に 不支持も30.3%

 鳩山内閣の支持率が急降下している。時事通信が11〜14日に実施した調査(2000人の個別面接式)によると、鳩山内閣の支持率は前月比7.6ポイント減の46.8%、不支持は7.5ポイント増の30.3%となった。政党支持率では民主25.0%(同3.4ポイント減)、自民15.6%(同0.3ポイント増)と依然民主が優位に立っているが、その差は徐々に接近している。12月25日で「ハネムーン」と呼ばれる政権発足100日を迎える鳩山民主党政権だが、早くも厳しい現実に直面している。

【参考記事】
■内閣支持続落、47%に=不支持3割超す-時事世論調査

海江田万里:2010年の世界、そして日本経済の行方

民主党衆議院議員の海江田万里(かいえだ・ばんり、選挙対策委員長代理)氏が、ご自身のメディア、【海江田万里の政経ダイアリー】2009.12.17号の「海江田万里の経済熱線」で、「2010年の世界、そして日本経済の行方がどうなるか占ってみます。」と題したコラムを書かれていますので、転載いたします。

----------------------------------------

まず、世界経済に大きな影響を与えるアメリカ経済について考えます。アメリカ経済は、リーマンショックから立ち直りを見せつつありますが、その回復の足取りは決して速いものではなさそうです。2009年のクリスマス商戦を見ても分かるようにGDPの70%を占める個人の消費が依然として冷え込んだままです。

消費が落ち込んでいることは、アメリカの家計の貯蓄率が上昇していることからも明らかです。アメリカの貯蓄率は2008年前半までは概ね1〜2%台で推移していたのが、08年秋ごろから急上昇して、最近では6%台を記録するまでになっています。アメリカの投資銀行リーマンブラザースが破綻したのは2008年9月15日のことですから、個人消費が急激に冷え込んだ時期と軌を一にしています。

アメリカの消費が縮小すると、アメリカの貿易収支の赤字額が縮小します。アメリカの貿易収支の赤字がピークだったのは2006年ですが、現在はその半分程度になっています。つまりアメリカの輸入が減って、世界からモノを買わなくなっているのです。

リーマンショックが世界を襲ってから、世界の国はそれぞれ大規模な財政出動を行いましたが、これはアメリカが輸入を減らしたぶん、各国が自国の財政から資金を拠出して内需を刺激したわけです。

「アメリカがだめなら中国があるではないか」と考える人がいるかもしれません。しかし、アメリカと中国では、経済の規模が違いすぎます。アメリカのGDPが約14兆ドルなのに対して中国は約3兆3000億ドル(2007年)と大幅に差があります。しかも中国の個人消費はGDPの36%とアメリカの半分です。このことから分かるように、中国がアメリカに替わって世界経済の牽引車にはなれないのが現状です。

もっとも、中国は13億の人口を擁していますから、この人口の力が、今後世界経済の牽引車になる可能性を孕んでいます。ちなみに、2010年は中国のGDPが日本を抜いて世界第2位になることが確実視されています。

日本の経済についてですが、この原稿を書いている12月上旬で、政府は「2010年度の経済見通し」を正式発表していません。大方の見方では、2010年度は1・2%程度の成長が見込まれています。しかし、2009年11月末のいわゆるドバイショックに前後した急激な円高の流れは、わが国のデフレに一層拍車をかけることになりました。

政府も慌てて、第2次補正予算に「円高対策」を盛り込みましたが、世界的な協調介入などの具体策は提案されずに、しばらく円高が持続することが予想されます。

民主党の経済基本政策は言うまでもなく「外需依存から内需への転換」です。しかし、内需拡大は「言うは易く行うは難し」です。特に、人口の少子高齢化が進む中で、内需を拡大することは至難の業です。一定程度は外需にも頼らざるを得ない状況です。

特に、中国の市場では、これまで日本製品は、富裕層にターゲットを絞った商品戦略をとってきましたが、今後大きな購買力が期待される中間層を狙った商品開発が必要になってくると思われます。この領域では中国や韓国のメーカーと価格競争を繰り広げることになりますから、円高というハンディキャップを抱えて、どこまでシェアを伸ばせるか注目されます。

内需、特に個人消費では、雇用が気になります。かつてわが国の失業率は1〜2%が常態でしたが今や5%が当たり前の時代になりました。しかも、一人の求職者に対してどれだけの求人があるかという有効求人倍率は2009年7月に0・42倍を記録して、その後はほぼ同じ水準で推移しています。100人の求職者がいて、職にありつけるのはたった42人という数字です。加えて、給与水準がさらに下がっています。

これでは個人消費が伸びて景気を下支えする可能性はほとんど考えられません。

さらに、2009年度から急激に増加したのが国と地方の長期債務です。自民党の前政権は、前述のリーマンショックに対して各国が協調して財政出動を約束したこともあり、2009年1年だけで44兆円もの国債を新規発行しました。また2009年度は景気の低迷により税収が当初の見込み額より大幅に少なくなり、その補てん分も含めると、1年間の国債発行額は何と53兆円5000億円にも上ります。

言うまでもなくこの国債発行額は過去最大ですし、国債発行額が税収を上回るのは、終戦直後の1946年以来、なかったことです。もちろん、この責任は前政権にありますが、その後を受けた新政権も、国債の大量発行は避けられず、国と地方の長期債務の残高はGDPの170%を突破することになりました。

2010年は国債の大量発行による金利上昇圧力に常にさらされることになり、日銀の金融政策も綱渡りの状況が続くと思われます。

これは日本経済だけでなく世界経済についても言えることですが、数年前と現在では世界の経済をとりまく景色は様変わりしたということです。

企業の経営者だけでなく、企業に働く人々も、過去の成功体験に寄りかかっていては、新しい時代に生き残ることはできません。

「失敗は成功の母」とはよく言われることですが、2010年は、この逆で、「成功は失敗の母」になると考えて、これまでのものの考え方、経営のやり方を捨てて、新しい時代に果敢に挑戦していただきたいと思います。

JALが静岡空港から撤退を発表

 経営再建中の日本航空(JAL)が静岡空港に発着する福岡、札幌の2路線を廃止し同空港から撤退すると発表した。

 静岡空港は度重なる需要予測の変更、立ち木問題を経て6月に開港したばかりだった。

 JALの撤退を受けた川勝知事は17日西松社長と会談し、70%を下回ると支払う義務が生じる運航支援金について、川勝知事は「一方的に運休を通知した」として支払いを拒否すると通知している。

 静岡県によると「搭乗率保証」を結んでいる福岡便の搭乗率は15日現在64.5%で、今後も同水準で推移すると約1億4000万円を支払うことになっている。

【関連記事】
■静岡空港:県とJAL、火花 川勝知事、撤退の福岡便への運航支援金支払いを拒否(毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091217dde041020012000c.html

■相川俊英:"虚構"の静岡空港 県民に知らされていない大問題(2009.1.26)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/01/post_184.html

■大井寿美氏、開港直前インタビュー(2009.6.3)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/06/post_277.html

2009年12月17日

12月22日、ラジオゲストで《THE JOURNAL》初登場!佐藤 優

sato091217.jpg
2009年11月30日:編集部撮影

クロスメディアとして放送中の「ON THE WAY ジャーナル〜高野孟のラジオ万華鏡〜」では、《THE JOURNAL》初登場!作家の佐藤優(さとう・まさる)氏をゲストにお迎えします。

「ロシア外交」を中心に、メディアで執筆されている中から、気になる話題を突っ込んでお聞きしたいと思います。

佐藤優の眼光紙背:第63回
http://news.livedoor.com/article/detail/4466372/

読者のみなんさんも、聞いてみたいことがありましたら、コメント欄に投稿ください。

お寄せいただいた質問は、ラジオ番組中でもそのまま紹介させていただくものですので(実際プリントしてそのままご本人にお見せします)、主旨と全く関連性のないものに関しては削除させていただきますので、あらかじめご了承ください。

2009年12月15日

鳩山、がんばれ ── 普天間は「黒船」盤踞に等しい

武藤功氏(文芸誌「葦牙」編集長)

 沖縄の普天間基地問題が日本政治と日米間政治の当面の最大課題となっている。この普天間問題が単に沖縄の問題であるだけではなく、日本全体の問題であり、同時にアメリカのアジア政策の根本にかかわる問題であることがようやく政府にも国民にも、あるいはアメリカの国防族にも認識される段階となった。

 ところが、この認識はいずれも中途半端で、その問題の核心を射ていない。このなかでは、アメリカのグローバルな軍事戦略を遂行しようとしている国防族だけがその戦略上の利害の単純さとかれらの国益的立場において一番態勢を整えている。態勢ということでは日本側が極端に遅れている。この彼我の差は、奇しくも十二月八日(この日は日本にとっては「真珠湾奇襲攻撃による大勝利の日であり、アメリカにとっては現地時間七日のこの日は「リメンバー・パールハーバー」の日であった)のアメリカの国防族が勢ぞろいして日本政府に圧力をかけるためにさまざま行動を展開したことにも象徴的に示された。その役者はアーミテージ(ブッシュ政権の国務副長官)、マイヤーズ(元統合参謀本部議長)、マイケル・グリーン(ブッシュ政権の国家安全保障会議の日本部長)、ズムワルト(駐日首席公使)などであった。

 この日、米戦略国際問題研究所(CSIS)がアーミテージやマイヤーズらを討論者にして都内でシンポジウムを開いたのも、その攻勢の一環である。アーミテージは席上、「ネズミを生み出すなら何も生まない方がいい」と述べて、普天間基地の辺野古移設に同意しない話ならしない方がいいという米国側の本心をむき出しにした。これは十月に来日したゲーツ国防長官が「普天間の代替施設なしではグアムへの移転もない。グアム移転がなければ、沖縄の兵員縮小と土地の返還もない」と言った脅しの再確認の言葉といえる。この日はまたズムワルト駐日首席公使が国会に民主党山岡国対委員長を訪ねて普天間基地の辺野古地域への移設容認を迫った。

 これらに対して、日本政府の方は鳩山首相が「かなり詰まってきている。議論がまだ必要なところがある」(八日午後)という局面にある。北澤防衛相に至っては、トリップという名にも値しない「小便旅行」によって、社民党が検討しようとしている「グアム移設」について、その「余地なし」の幕引きを図る始末である。つまり、日米間の最終的なギリギリの攻防において、日本政府は土俵際まで追い詰められたという状況である。このまま国民が手をこまねいているなら、圧力はグングン強まり、鳩山首相の足が一歩俵の外に出てしまうことは明らかである。しかも、この圧力は単に先に述べた米国国防族や駐日大使館のみならず、その応援団の自民党はもとより、マスコミ各社が挙って「アメリカ、がんばれ」の大合唱を叫んでいる状況によって加圧されている。とくにマスコミの論調は何とも不思議な光景であるが、日本国民は悲しいかな、こういう「55年体制」型の論議をチェンジのできないメディアしか作って来なかった。この日本的状況の結果、COP15の機会に、「オバマ大統領と会いたい」としていた鳩山の希望に対して、ギブス報道官は、九日、「首脳会談は現実的ではない。作業部会で議論することが最善だ」として、会談拒否を表明した。

■何がいま問題か

 この土俵際の鬩ぎ合いにおいて、鳩山首相が「議論がまだ必要なところがある」と述べたその一点において、私は「鳩山、がんばれ」と言いたい。その「まだ」という一点が示す決断猶予の時が千金の重みを持つと考えるからである。この一瞬ともいえる猶予の時を無為に過ごすなら、百年の悔いを残す。「辺野古は生きています」と述べていることを考えると、その「まだ」に期待するのは危険だという声もあるが、沖縄県民、閣内動向、安保条約、メディア状況というこの四者から発する圧力に呻吟している現状を見ると、そこにまだ「鳩山の一分」が残されている。また、状況としても、ギブス報道官の首脳会談拒否のメッセージは、鳩山の猶予にさらに時を与えたと考えればいい。普天間への「鳩山イニシアチブ」の再構築の可能性は、むしろ増大した。

 そこで、いま普天間問題の解決のために何が必要かを考える。これまでの新政権の取り組みを見ていてまず痛感することは、その気宇が極めて小さいことだ。目先の困難しか見ていない。この「政権の気宇」を何に比べて小さいかといえば、たとえば明治政府だ。明治政府はいろいろ悪いこともやったが、その幕末に結ばれた日米修好条約など列強との不平等条約の撤廃のためには、その明治という時代の全期間にわたって追求するという偉業を成し遂げた。それが最終的に米国との調整によって完全な解決を見たのは、実に明治四十四年の第二次桂内閣の時であった。

 ところが、現代の不平等条約といえる「日米安保条約」に対する戦後の日本政府はどうかといえば、それを結んだ一九五一年の第三次吉田政権による「旧安保条約」と一九六〇年の岸政権による「新安保条約」以来、みすみす六十年、その不平等の実体を何ら解消することなく放置してきた。米軍による沖縄占領の産物である米軍基地が異常な形態のまま現在に至っている実態は、その象徴である。幕末からの不平等条約にまで遡って考えれば、この米軍沖縄基地は、浦賀来航のペリーの黒船が軍事基地となって沖縄に盤踞している図といえる。

 これは「五五年体制」として事実上の一党独裁政治を継続してきた自民党政権が擁護温存してきた米軍基地の象徴である。そして、今もかれら自民党はこの「不平等条約」としての本質を持つ安保条約にもとづく基地提供だとして沖縄の米軍基地を擁護し、普天間の辺野古移設を「国と国との約束」として鳩山政権へ履行を迫っている。メディアもまた「日米関係の基盤は安保条約であり、日本が基地を提供するのは不可欠の要件である」(「朝日」10日社説)という旧安保時代の論議を展開している。

 ここで、民主党の「政権交代」によって、その「五五年体制」を打破した意義が、米軍沖縄基地との関係において改めて問われるのである。たしかに、民主党は「政権交代」選挙で安保条約の是非を公約に掲げたわけではない。しかし、普天間の「県外、国外移設」を主張し、「辺野古移設」の履行を唱えた沖縄の自公政権候補を全敗させた。この民主党の「普天間移設」公約と選挙結果の実績は重い。「地域主権」そのものにかかわる問題だからだ。

 では、この民意の結果をどう発展させ、普天間の「県外、国外移設」を実現するのか。鳩山政権は、ここで行き詰っている。

 そこで私は、歴史家・服部之総の言う「どんな闘争にも、折衷派という奴をうみ出す」という『黒船前後』の考察に学んで、国民的安保論の立場からの普天間基地撤去論を提起したい。これは安保条約が存在するなかで、普天間基地を閉鎖・撤去させる論理である。これまでの岡田外相らの論議は、先に引用した「朝日」の論議も含めて、「鳩山政権は安保条約を支持しているのだから、それに基づいて行われた政府間協議による普天間の辺野古移設は、他に適切な代案がない限り旧政権によるものであっても容認せざるを得ない」というものであった。それでは結局、「55年体制」論理を一歩も出なくなり、旧態の自公政権と変わらなくなる。

 安保容認の立場から沖縄の基地負担軽減を図るための政府の道は一つしかない。「普天間の辺野古移設についての旧政権の方針は見直すことにする。普天間基地は安保条約第6条に言う『日本国の安全に寄与』する施設とも区域とも認められないので、早急な閉鎖と撤去の準備を始めてほしい」という政府方針を明快に米国側に伝えることである。同条約第6条は米国が「日本国において施設及び区域を使用することを許される」となっているのであるから、「許す」のは当然日本政府である。したがって、上記の通告は、その「許す」という承認を普天間基地については撤回することを意味する。

 この「許可」の取り消しは、交渉として行うというよりも、安保条約第10条にもとづく条約終了の通告に準じた政府意思の伝達として行われる必要があろう。交渉となると、同6条のいう「極東における国際の平和及び安全の維持」という問題や、先の「朝日」の言う「日米関係の危機」とかいう愚論が入り込み、米国側との長々しい議論に巻き込まれ、結局は普天間の代替基地が県内か県外かに押し付けられることになるからである。しかも、安保条約を前提とした普天間撤去は、国際政治のいかなる局面から見ても日米間の「革命」に類するような問題ではないばかりか、「危機」に及ぶ問題でもないことは明白であろう。米国自らが計画しているグアムを基軸にした再編計画は、その証左である。GAO(日本の会計検査院にあたる米国の歳出監査機関)も、沖縄駐留にかかわる米軍費用の過大を指摘し、その縮小を検討すべきとしているほどである。

 この点では、日本としても、沖縄を米軍の楽園として仕える時代は最早過ぎ去ったということを米国に伝えることが重要である。米国の正義にも反する基地設置条件の区域に普天間があること自体の不合理と理不尽を解決するということが肝腎だからである。何しろ、普天間基地は宜野湾市の四分の一を占め、しかも市のど真ん中の人口密集地にあるのだ。こんな人間無視の軍事基地は当の米国はもちろん世界のどこにも存在しない。このことを理解できなければ「同盟国」という資格は米国にはなく、それは紛れもない占領国の態度である。従前の日本政府が容認してきたという怠慢があるとしても、米国もまた文明国としの道徳的な怠慢がある。この実態を解消するのは、「戦争の倫理」を言うオバマ大統領にとって不可避の問題であり、当然の責務でもある。米国市民の立場についていえば、当然かれらはその責任を自覚できる条件を十分すぎるほど満たしているはずである。
この普天間の基地状況は、いかにオバマ大統領のレトリック(言い回し)が巧みだとしても、それによって糊塗できるものではないのだ。この意味では、オバマ氏には広島よりも、まず普天間を訪れて、現状を自分の目で確かめることをすすめたい。かれは軍事行動については常に「占領をめざすものではない」と公言しているのだから、大統領としても米軍最高司令官としても、普天間の状況が占領でないことを証明する責任がある。この占領状態を解消し、在日米軍にかかわる再編や戦略上の論議はそのあとに行うというのが、同盟国の礼儀である。

 この点では、アーミテージなどの軍事官僚たちが、普天間の決着遅延は軍の再編計画を大きく損ねるようなことを言っているが、その植民地行政官的な論議はまったく聞くに値しない。メディアは愚かにもかれらを「知日派」などと称しているが、百パーセントの誤解だ。かれらは文字通りの戦争のセールスマンにすぎない。それに、七年も八年も時間をロスしているイラクやアフガンでの戦争を見れば分かる通り、かれら軍事官僚たちの認識自体が信頼に足るものではないのだ。この点では、民主党の言う「脱官僚依存」は米国の官僚についても言わなければならない。日本にとっては、かれらの軍事帝国的な論議よりも、沖縄の基地負担を軽減することが「国益」にとって先決なのである。

■沖縄へ鳩山の「青い鳥」を

 政府の意思によって沖縄の基地負担を軽減させうる機会は、滅多にあるものではない。まさに今がチャンスなのだ。鳩山首相の「まだ」という結論先送りが生み出した千載一遇の好機といえる。政府が普天間基地の「許可」を取り消せば、日米の国防族と「55年体制」の汚れた風呂に浸かったままでいるメディアを除いては、それにだれもが賛成するであろう。その決断をなし得れば、正義は完全に鳩山政府のものとなる。辺野古への新基地造成などという有害無益な巨額の財政支出も不要になる。素晴らしい海洋環境を破壊することもない。沖縄の民衆の暮らしを土建政治の札束で分断することもない。戦争のない世界をつくるための平和にも大きく役立つ。オバマ氏の言う戦争の正当化ロジックによってはプラハで約束した「核のない世界」をつくることもできないのであるから、まずは「軍事基地のない世界」を作ることが先決条件だからである。

 つまり、政府の「普天間許可取り消し」の一石は、三鳥にも四鳥にも五鳥にもなる。まして、沖縄の戦後史を見れば、その終戦時にも、東西冷戦の終焉時にも、さらには沖縄の「祖国復帰」の時にも、米軍基地の重圧から解放されることはなかったことを考えれば、いまこそ政府は沖縄のための一石となる青い鳥を放つ時である。その歴史的瞬間が開かれるのだ。日本政府が一貫してさぼりつづけてきた結果の沖縄県民の屈辱と痛みを晴らす時である。それはまた、戦後の日本政府が米国に屈して、明治政府に劣らないくらいの「琉球処分」を何回も続けてきたという政治の屈辱を晴らすことでもある。その歴史の節目を読み誤り、今また普天間の辺野古移設を許すなら、それは今日の最も愚かな新世紀の「琉球処分」となることは明らかである。

 米軍沖縄基地の最高司令官でもあるオバマ氏は、さる10日のオスロでのノーベル平和賞授賞式で、戦争行為を正当化する「オバマ・ドクトリン」ともいうべき演説をしたが、鳩山氏が普天間基地問題解決のために決断の一石を投じることができれば、その友愛思想を平和の「ハトヤマ・ドクトリン」に変え、オバマ氏の戦争思想をはるかに凌駕して憲法9条の思想に文字取り鳩の羽をつけて世界に羽ばたかせる契機となるだろう。閣僚たちはもちろんのこと、国民自身もそれぞれの立場において、自らの「平和のドクトリン」を立ち上げ、鳩山氏とともに、この戦争が作り出している時代の閉塞をまず沖縄から打破していかなければならない。それが沖縄県民との間に築いてきた「ベルリンの壁」への20年遅れの国民的な破壊のこころみであり、その責務が問われている「今」なのである。

2009年12月14日

「地域主権戦略会議」地域主権改革へ初会合

 地方分権を推進する「地域主権戦略会議」(議長・鳩山由紀夫首相)が14日首相官邸で開かれた。

 原口一博(はらぐち・かずひろ)総務相が提示した工程表によると、地方の自主財源強化、直轄事業負担金の廃止などの具体策を盛り込んだ「地域主権戦略大綱(仮)」を2010年夏に策定し、政府のひも付き補助金を地方が自由に使えるお金に改める「補助金の一括交付金化」は2011年度から段階的に実施する。

 地域主権戦略会議のメンバーは13人で、地域代表の首長から橋下徹(はしもと・とおる)大阪府知事ら3人、有識者から元三重県知事の北川正恭(きたがわ・まさやす)早大大学院教授ら4人が起用されている。

【関連記事】
■補助金の一括交付金化、11年度から段階実施 工程案(asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/1214/TKY200912140058.html

■原口一博ブログ「いよいよ今日 第一回地域主権戦略会議」
http://www.haraguti.com/dcontents.php?num=0

2009年12月12日

米国は日本国民と沖縄県民を"脅迫"するのを止めろ! ── 海兵隊のグアム全面移転を最後まで探究すべきである

takanoron.png 7日付の毎日新聞は第1面で「米本国は怒っている/普天間、首相の布石空振り」という大見出しを掲げた。4日の日米閣僚級作業部会でルース駐日米大使は岡田克也外相と北沢俊美防衛相に「本国は怒っている。鳩山由紀夫首相は11月の日米首脳会談でオバマ大統領に『私を信じてほしい』とまで言ったではないか。なぜこうなるのか。このままでは普天間は固定化する」と詰め寄ったというのである。

 9日付の日本経済新聞は、同社と米ジョージタウン大学の戦略国際問題研究所(CSIS)の共催によるシンポジウムの要旨を掲載したが、そこではリチャード・アーミテージ元国務副長官、マイケル・グリーン元大統領補佐官、リチャード・マイヤーズもと統合参謀本部議長ら冷戦思考と対日植民地支配意識むき出しの"昔の名前"の日米安保マフィア連中を並べて、普天間の辺野古移転の「現行の移転案に基づき早急に解決を図るべきだ」との大合唱を演じさせている。

 日本の新聞は一体どこを向いて物を言っているのか。「怒っている」のは日本国民と沖縄県民である。

 敗戦と占領から64年も経ち、冷戦が終わってからでも20年が経っているというのに、未だに全国29都道府県に(自衛隊との共用を含めて)135施設、10億2700平米の基地を米軍に提供し、約5万人の兵士と5万人近いその家族を日米地位協定により特権的な地位を与えて駐留させ、なおかつピーク時で年間2500億円、78〜06年累計で3兆円に及ぶ「思いやり予算」(間接的な負担も入れればその倍)を振る舞って「駐留して頂いている」ような独立国など、世界のどこにもありはしない。そのことを「怒っている」のは日本国民であり、とりわけ(米軍専用施設に限れば)基地面積の74%を押しつけられている沖縄県民である。沖縄発行の琉球新報と沖縄タイムズを除けば、一度も「沖縄県民は怒っている」という大見出しなど掲げたこともない本土の新聞が、どうして米国の走狗となって「米国は怒っている」などと日本国民への"脅迫"の片棒を担ぐのか。

 米国が怒っている? 怒らせておけばいいではないか。いま我々は初めて、沖縄県民はじめ日本国民の怒りの側に立って過酷な米軍基地の存在を根本から問い直そうとする政権を得たのである。「米国を怒らせたら大変」というこの外交・防衛官僚とその追随者であるメディアの植民地根性を克服するのが鳩山政権の「対米自主外交」である。

 佐藤優は『文芸春秋』1月号「岡田外相"密約開示"が暴く外務省の恥部」で、普天間問題について、岡田が嘉手納だと言い、北沢が日米合意重視、防衛通の前原が国外・県外を唱え、鳩山が「私を信じてくれ」、そして小沢は沈黙を守ったままで、「つまり皆がバラバラであるために、結果的に、諸外国は日本の真意を探りかね......とりあえずは鳩山総理を交渉相手とするほかなく、やはり結果として、鳩山総理の外交的プレゼンスは上昇している。逆説的に響くようだが、これが海外の外交関係者から見た、現在の日本外交の姿なのである。その証拠に、......ゲーツ国防長官のようなコワモテが、公式儀礼もすべて拒否して、民主党政権を一喝し、沖縄基地問題にケリをつけようとやってきたにもかかわらず、最終的には鳩山総理の『私を信頼してほしい』が結論となった形になっている。鳩山総理がどこまで意識しているかは分からないが、これは相当な外交的成果といっていい」と述べているが、その通りである。

 前にも書いたが、メディアは「インド洋での給油を止めるなどと言ったら米国が怒り狂う」と散々書いてきた。しかし、オバマ大統領は文句の1つも言わずにそれを受け入れたではないか。これは鳩山の外交的成果の第1号だが、メディアは前言を訂正することもなく口をつぐんでいる。

●海兵隊のグアム移転

 前回の論説で、『週刊朝日』に表れた伊波洋一=宜野湾市長の「海兵隊は辺野古でなくグアムに返せる!」という主張が「面白い」と書いた。この週刊誌記事も、本サイトのどこかで誰かのコメントが言及していた「きっこの日記」12月5日付ブログの記述も、元になっているのは同市長が11月26日に衆議院で行った与党国会議員に対するプレゼンテーションである。

 そのプレゼンテーションの概要は、宜野湾市ホームページに搭載されているので、それを参照して頂きたい。

※宜野湾市:http://www.city.ginowan.okinawa.jp/
※基地渉外課:http://www.city.ginowan.okinawa.jp/2556/2581/2582/1963.html
※市長レジュメ:http://www.city.ginowan.okinawa.jp/2556/2581/2582/37840/37844.html
※プレゼン資料PDF:http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/091126_mayor_1.pdf

 その要点は前回に書いたので繰り返さない。要は、06年の「日米ロードマップ」合意後、米軍には一貫してヘリ部隊を含めて在沖海兵隊のほぼ全部をグアムに移転する案があって、11月に公表された「グアムと北マリアナ群島の部隊移転に関する環境影響評価書ドラフト」もそれに沿った内容となっているということである。

※環境影響評価書ドラフト:http://www.guambuildupeis.us/documents

 そうだとすると、ルース駐日米大使はじめ米側は、そもそも無理があるからこそ自民党政権ですら強行するのをためらってきた06年「日米ロードマップ」合意を、何が何でも実行しろと脅迫的な態度で迫るのを止めて、グアム全面移転の可能性を含めて交渉のテーブルに乗せて、よりマシな合理的解決策を淡々と話し合うべきである。

●朝鮮半島有事という幻想?

 9日付日経によると、「沖縄に米軍を前方展開することを重視するのはなぜか」との問いにマイヤーズはこう答えている。

「第1に言えるのは地理的条件だ。前方展開戦力は潜在的に『問題』の存在する地域にいることが肝要だ。朝鮮半島有事の際には素早く対応したい。日本から遠い場所に米軍を置けば、その地域の重要性を低く見ていることになる」

「前方展開戦力を遠い場所に置いたとして、有事にどう対応するのか。それは潜在的敵性国家から見れば、ある種の『機会』を与えられたことを意味するだろう」

 この限りでは、在沖海兵隊の主力8000人がグアムに撤退した後も居残る予定の第31海兵遠征隊の主任務は「朝鮮半島有事」への即応であり、「潜在的敵性国家」とは北朝鮮のことである(英文は単数なのか複数なのか----複数なら中国も敵性とみなしていることになるが)。

 そこで、鳩山政権がまず第1に米政府に問いただすべきことは、米軍の「朝鮮半島有事」シナリオと軍事配置の歴史と現状である。

 米陸軍は現在10個の師団と4個の独立した部隊(旅団・連隊)から成っている。それぞれの師団は標準編成として、4個の戦闘旅団、1〜2個の航空旅団、1個の火力(砲兵)旅団、1個の支援旅団から構成される。旅団は、かつては2個連隊以上で構成されたが、今では2個大隊でかつての歩兵連隊規模と同じで、それに補給、衛生、宣撫などの兵科を加えて「旅団戦闘団(Brigade Combat Team)」というユニットを作っている。

 10個師団・4個部隊のうち、海外に「前方展開」しているのは、第2歩兵師団(韓国)と第173空挺旅団(イタリア)の2つである。

 在韓の第2歩兵師団3万7000人は、第8軍指揮下にあって、朝鮮戦争以来長きにわたって、北朝鮮の再侵攻に備えて38度線とソウルとの間にまさに前線配備されてきたが......、

▼2004年に師団を構成する2つの旅団のうち1つがイラクに派遣された後、そのまま韓国には戻らずに米本土に帰還したことから、第1重旅団戦闘団とそれに付随する火力旅団、航空旅団など1万2500人が駐留するのみとなった。

▼2008年以降、北による大規模陸上侵攻の可能性が著しく低減したこと、38線南部の過密な米軍駐留への韓国国民の反感が強まっていることを考慮して、ソウル以南の平澤、大邱、釜山近辺への移駐が進められた。

▼その結果、今では在韓米陸軍第8軍と言っても、実際に韓国に居るのは第1旅団のみであり、他の第2〜第5の4つの師団は米本土の基地にいる。

▼このように事実上"空洞化"している在韓米軍の実態に合わせて、2012年には、朝鮮戦争以来、国連軍司令部という形式で米軍が実質的に握っていた米韓両軍に対する戦時作戦統制権を韓国軍に移管することが決まっている。それに伴って、米第8軍司令部はハワイの太平洋陸軍司令部に統合される。

 つまり、米軍は「第2次朝鮮戦争はない」という考えに立って在韓米軍の縮小を進めているのである。

●在沖海兵隊の実態

 一方、在日米陸軍は、座間にある第1軍団(前方)=在日米陸軍司令部傘下の通信・情報・補給など要員約2000人で、戦闘部隊の常時駐留はすでに行われていない。

 さて、米海兵隊の全体は現在3個の遠征軍から成っており、そのうち第1と第2は米本土に基地があり、海外に「前方展開」しているのは、在沖の第3だけである。遠征軍(MEF=Marine Expenditionary Force)の標準編成は、1個の海兵師団とそれを支援する航空団、兵站群から成っており、師団(Division)は必要に応じて中規模の海兵旅団(MEB=Marine Expenditionary Brigade)やさらに小規模の海兵遠征隊(MEU=
Marine Expenditionary Unit)を編成する。

 在沖の第3海兵遠征軍は、第3海兵師団とそれとは相対的に独立した第31遠征隊を中心に1万3000ないし1万6000人が「常駐」していることになっているが、第3師団について言えば、実態は常駐というにはほど遠く、司令部や支援部隊の機能は沖縄に常駐しているものの、戦闘部隊や砲兵部隊は平常は米本土にあって、その中から必要に応じて順繰りに選ばれた部隊が「部隊配備プログラム(UDP)」に基づいて6カ月程度のサイクルで交代で沖縄に派遣され射撃訓練やジャングル戦訓練を施されてまた本土に帰って行く。UDPで送り込まれる海兵隊員には、高校出でリクルートされたばかりの新兵も多く、日本や沖縄の文化に無知のまま酒を飲んで暴行事件などの犯罪に走る者が後を絶たない。

 「日米ロードマップ」合意は「約8000名の第3海兵機動展開部隊[海兵遠征軍のこと]の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する。移転する部隊は、第3海兵機動展開部隊の指揮部隊、第3海兵師団司令部、第3海兵後方群(戦務支援群から改称)司令部、第1海兵航空団司令部及び第12海兵連隊司令部を含む」とされていて、これを日米の官僚は「司令部機能だけが移転する」かのように説明してきたが、司令部機能だけで8000人もいる訳がなく、これは間違いなく本体の師団そのものが移るのである。とは言え、8000人というのはあくまでUDPの定員枠であって、それだけの数の固定した部隊があってそれが丸ごとグアムに引っ越す訳ではない。だから「司令部機能だけ」という言い方が出てくることになる。

 もともと第3海兵師団は「朝鮮半島有事」に備えて「前方展開」されていたもので、まず在韓の第2歩兵師団が第1線で北の侵攻を受け止めて、数日〜1週間以内に在沖の海兵師団が急行して第2線を形成する手はずになっていた。ところが肝心の在韓歩兵師団が定員を3分の1に縮小した上、第1線を韓国軍に譲って後ろに退き、司令部も遠くハワイに移すのだから、在沖の第2線用の海兵師団も「前方展開」を続ける理由がなくなって、司令部ごとグアムに撤退するのである。

●なぜ遠征隊が残るのか?

 そこまではいいとして、だとすると、沖縄に残留する第31海兵遠征隊は何のために「前方展開」を続けるのか。全部をグアムに下げるのはさすがに心配なので小部隊は残しておきたいということなのか。朝鮮半島に大規模陸上戦闘は起きそうにないが、対テロ作戦や特殊作戦を得意とする遠征隊の出番はまだあるという判断なのか。いずれにせよ、マイヤーズが言うように「朝鮮半島有事」が遠征隊を沖縄に残す主な理由だとするなら、どのような「有事」シナリオを想定して同隊をどう運用するつもりなのか、、米国政府は日本国民=納税者にきちんと説明しなければならない。

 それで仮に日本国民を納得させられたとしても、まだ残る議論は、遠征隊本隊と訓練場とヘリ部隊を沖縄に置き、戦闘機と給油機を岩国に置き、ヘリ空母艦隊を佐世保に置き、司令部機能をグアムに置いて、4カ所に股裂き状態になりながら運用するのと、すべてをグアムに移して一体的に配備するのと、どちらが米軍にとって便利かという現実的な問題である。確かに、釜山から沖縄本島までは1000キロ、沖縄本島からグアムまでは2400キロあるので距離がだいぶ遠ざかるというデメリットはあるが、反面、日常から一体的に駐留している分だけむしろ即応力は強化されるというメリットもあるとは考えられないか。

 米側は、グアムでは遠いから日本に中継点が必要だと言うかもしれない。もし嘉手納はじめ在日米軍基地では足りないというのであれば、自衛隊基地でも関空でも有事に使えるよう予め協定を結んでおけばよい。それこそ、旧民主党の「常時駐留なき安保」の実現の第一歩となる。ただし、それもこれも、「朝鮮半島有事」に海兵隊が出動するというシナリオがまだ米側にあるのであればの話であるけれども。

 専門家の中には沖縄は台湾にも近いと言う人がいるが、台湾海峡危機に即応するのは第7艦隊であって、海兵隊が真っ先に飛び出して突入するという作戦シナリオはあり得ない。

 こういったことを時間をかけて双方納得するまで話し合って、グアム移転の環境影響評価の最終報告書が半年後に出るのを待って、結論を下したらどうか。その間、宜野湾市民は普天間の騒音と墜落の危険に悩み続けなければならないが、全面国外移転という最善の結論を追求するために必要な今しばらくの辛抱である。昔のCIAなら、ヘリを小学校の校庭にでも墜落させて、「ほら、鳩山が先延ばししたからこんなことになった」と非難囂々を掻き立てて政権を潰すくらいの陰謀を企むだろうが、今はそんな力量はない。▲

2009年12月11日

宮台真司×神保哲生:やっぱり密約はあった!外務省局長が沖縄密約の存在を法廷で証言

 沖縄返還の日米交渉の際に交わされたとされる密約文書の公開を求める裁判で、12月1日、当時外務省のアメリカ局長を務めていた吉野文六氏が東京地裁に証人として出廷し、これまで一貫して政府が否定し続けてきたいわゆる「沖縄密約」の存在を初めて法廷で証言した。

 吉野氏は日米間で沖縄返還交渉が行われた当時、外務省のアメリカ局長として、交渉を担当する立場にあったが、72年に密約の存在をすっぱ抜き、国家公務員法違反で有罪となった元毎日新聞記者の西山太吉氏の刑事裁判では検察側証人として密約の存在を否定していた。

 一方、吉野氏とは別に記者会見にのぞんだ西山氏は、「(過去に)偽証した本人が、偽証しないと宣誓して発言したのだから、相当な覚悟があってのこと」と語り、吉野氏が法廷で密約の存在を認めたことを高く評価した。西山氏はまた、「不自然なところも多々あったが、サインを認め、局長室で交わしたのも認めた。これで十分だ。」と語り、法廷という場で40年ぶりに再開した吉野氏と固い握手を交わしていた。

 交渉の手段として時に密約が結ばれることは外交の世界では常識とされるが、その存在を隠すことによって一人の国民の人生が大きく左右されたことをどう考えればいいのだろうか。今回のニュースコメンタリーでは、当時の社会情勢を振り返りつつ、日本政府が当時、西山さんを犠牲にしてまで守りたかったものは何だったのか、議論した。

外交手段としての密約はどのようにして許容されるのか

神保(ジャーナリスト):沖縄返還交渉当時アメリカ局長だった吉野文六さんが、沖縄密約に関連する文書開示請求訴訟で、原告側の請求した証人として宣誓して密約について証言をしました。既にメディアでは証言をしていましたが、裁判という公式の場で、とりわけ宣誓の下で密約の存在を認めたのは、これが初めてです。

 吉野さんは会見で、「過去の歴史を歪曲(わいきょく)するのは、国民のためにならない。」と語るとともに、歴史の事実を伝えることが「日本の将来のため有益になると信じるようになった」と、証言をするに至った動機を説明しました。まず、宮台さんは率直な感想としてどのように思いますか。

宮台(社会学者):裁判が行われたのが政権交代下ということが大きいですね。政権交代以前であれば今まで通りの判決が予想できます。私も原告団の一人として名を連ねていますが、この訴訟の目的たる密約をめぐる事実関係がどうなっているかということはアメリカの公文書館の文書から既に明らかなのにもかかわらず、以前であれば原告団の努力が徒労に終わるなという予測で見ることになったでしょう。

神保:吉野さんは外務省の元官僚なため、退官しても守秘義務があり、裁判で証言するためには役所の許可が必要でした。今回は政権交代が必至という情勢の中で、総選挙の直前の自民党政権の下でも外務省からその許可が降りるだろうと言われていました。結果的に密約については公開するということを明言していた民主党政権下で岡田外務大臣から許可が出たのですが、政権交代が必至という状況でなければ、外務省は国家機密だの国益に反するだのとあれこれ難癖をつけて、吉野さんの法廷証言を認めなかった可能性もあります。その意味でも政権交代の意味は大きかったように思います。

宮台:私もそう思いますね。

神保:ところで西山太吉さんが、今回の法廷の後の会見で、非常に清々しい顔つきで、「(過去に)偽証した本人が、偽証しないと宣誓して発言したのだから、相当な覚悟があってのこと」として、吉野さんが法廷で密約の存在を認めたことを高く評価しました。西山さんはまた、「これで十分だ」とも言っています。当時毎日新聞記者で霞クラブキャップだった西山さんの気持ちとしては、ついにアメリカ局長だった吉野さんが密約を認め、西山事件から37年を経て自分のスクープが正しかったということが証明された瞬間だということで感慨もひとしおだったのでしょう、法廷では二人が握手をして肩を抱き合うシーンもあったと聞いています。

 もちろん他の外務省の高官が頬被りをする中で、ああやって吉野さんが証言をしたことは確かに賞賛に値すると思いますし、その意味で西山さんが吉野さんの行動を高く評価をしているのはわかるのですが、一方で記者会見で吉野さんが最後まで答えなかった質問が一つあります。それは、西山さんが国家公務員法の守秘義務違反に問われた刑事裁判で吉野さんが「密約はない」と偽証したことについて、今現在吉野さんはどう思っているのかということです。

 確かに、吉野さんがあのとき「密約はない」と言ったから西山さんに有罪判決が出たというわけではありません。しかし、あの裁判において事実関係が大きな論点であったことは事実です。それを一度は「ない」と嘘の証言したことについて、今回記者会見では最後まで贖罪の言葉はありませんでしたし、裁判でもそう言う言葉は無かったと聞いています。

 宮台さんは密約そのものについては外交手段としてあり得るといつもおっしゃっていますね。ただ、それは一人の人間が、考えようによっては不当に刑事訴追される可能性がある時でも、正当化されると思われますか。

宮台:はい。これは難しい問題で、政治学の枠組みで言えば、条約の有権解釈権が誰にあるのかという古典的問題ということができます。国内法についての有権解釈権のトップは内閣法制局長官です。しかし、条約と協定についてだけは権限が及ばず、条約と協定の解釈権は外務省の条約局長にあるというのが基本的枠組みです。この枠組みは日本だけのものではなく先進国の多くが採用しています。それはなぜかというと憲法と条
約や協定は他の法律や枠組みとは性格が違うからです。国内法であれば、民法でいう事情変更の原則が当てはまります。どういうことかというと、コンテクスト、つまり社会的文脈が変われば、契約内容の全部または一部が無効になった、あるいは意味が変わったと判定され得るのですが、憲法と条約や協定についてはそれは通用しません。つまり事情が変わったので誰かが勝手に解釈を変えるというのでは憲法の意味がない。憲法と いうのは絶えず国民の意思を再確認する形で定義されなければならず、もし解釈が変わったのであれば憲法改正を国民が行う必要があるのだということです。

 条約についても全く同じロジックで、相手方がいるのにこちら側が勝手に国内的な事情で解釈が変わったということはできません。解釈が変わったというのであれば、もう一度条約を相手方と結び直さなければならないということです。こういう事情があるので、国内法の有権解釈を有する内閣法制局長官と条約や協定の有権解釈権を有する外務省条約局長とは、バッティングするのです。ただ、ここで大事なことですが、行政官僚
とはいえ国内法に縛られているので、外務省の条約局長が国内法を無視して条約や協定を結ぶことは出来ないのが基本です。そこにこの問題の微妙さがあると言えます。これは外交機密費がなぜあるのかという問題とも直接結びつくことですが、真相がわからないとはいえ、アメリカは金を出したくない、金を出せというのなら沖縄返還しないぞ、と言っていたとしましょう。一方、日本は移転費用を日本側が持つなんてことになった
ら国民世論がもたない。だったらこっそりやればいいじゃないか、国民には出さなかったことにすればいいじゃないかと、アメリカが言うなり誰かが言うなりしたとすると、沖縄返還という国益上重大な目標を達成するために、無体な要求であるけれども呑まなければ達成できないというアメリカの要求を呑み、そしてそれを呑むという選択を日本政府がしたことは無体な要求を呑んだということになるので国民には明かせないということで、国民に隠すということは外交手段としては完全にありです。

西山氏の刑事裁判で吉野氏が偽証をしたことをどう評価すればいいのか

神保:密約の存在としてはありということですね。ここからは青臭い質問になるかもしれませんが、西山さんの裁判は刑事裁判であり、場合によっては一人の人間が刑務所に入るかどうかを争う裁判ですよね。それに対し密約というのは、それを単純に国益と称するかどうかの是非は横に置くとしても沖縄返還がうまくいくために必要であるという理由で正当化されているというとき、一人の人間が刑務所に行くかどうかを決める裁判で偽証することは許されるのでしょうか。

 もちろんこれが単純化した乱暴な議論であることは承知しています。吉野さんの証言だけをもって西山さんが刑務所に行ったわけではないし、西山さんには実際は執行猶予もついているので刑務所にも行っていません。また、吉野さんの偽証には既に時効が成立しているので、今さらこれを問題にすべきかどうかも議論があるでしょう。ただ、外交上密約というものが正当化できるかどうかという問題と、それを刑事裁判で偽証しているということの関係を、どう考えればいいかについて、まだ私自身はしっくりこないところがあります。

 そこで敢えて話を単純化すると、密約があるかないかが争点になって彼が刑務所に行くことになるかが争われたとします。その場合、国益のためにその人が刑務所に行くことは仕方のないことだ、でいいのでしょうか。

宮台:僕の答えは比較的シンプルです。これをどう考えるかには、二つのファクターがあります。一つ目は、政権交代の可能性の有無です。これは、反実仮想というかフィクションのように語ることしかできないのですが、例えば僕が吉野文六さんだったとしたら、まず、当時、政権交代の可能性があるかということを考えたでしょうね。政権交代の可能性があれば、例えばいったんここで西山さんが有罪になっても裁判が続いている間に、あるいは裁判後に再審請求を受け入れるという形で名誉回復の可能性があるだろうということで、偽証をするということはあり得ます。

神保:罪に問われることを覚悟の上で、嘘をつくと。今回の場合は時効ですけれども。

宮台:そうですね。ただ、これは吉野さんが会見でおっしゃっていることですが、当時は検察官も含めて官僚全体、あるいは行政官僚制全体として密約の存在を否定するというスキームに乗っていたという事情がありました。検察も吉野さんの証言は嘘だと重々承知していたとはっきりおっしゃっています。つまり、「赤信号みんなで渡れば怖くない」という話とよく似た話ということになりますが、おそらくそのスキームに乗ることが政治共同体全体にとっての国益なのだということに、少なくとも当時のエリート官僚層、政治家、とりわけ与党の有力な政治家は完全に同意している。したがって、当然のことながら、政治共同体のために嘘をついた自分を守ってくれるだろうと吉野さんは判断したのだと想像できます。吉野さんは会見で自分が偽証罪に問われるようなことはゆめゆめないだろうと信じていたということを匂わせていらっしゃいました。

神保:偽証罪に問う立場の人間も同じ船に乗っていたということでしょうか。

宮台:そういうことです。吉野さんとしては偽証をしても自分は大丈夫だと判断したのでしょう。

神保:正しいかどうかは別にして、合理的な判断としてはあり得るということですね。

宮台:もう一つのファクターとして当時、大学紛争がありました。70年に入ってだんだん終息していくというプロセスを辿っていましたが、もしかして本当に革命が起こるのではないかというイメージが多くの人々に共有されており、沖縄返還が実現した72年といえば連合赤軍事件、浅間山荘事件がブラウン管をたいへんにぎわしたという頃です。そういう非常に特殊な世の中の流れの中で、体制を守るということに対しての強いコミットメント、つまり今だったらあり得ないような強力なコミットメントが政治家や行政官僚というエスタブリッシュメント達にあったということは十分に想像がつきますよね。

神保:エリート行政官としては合理的な判断だというのはわかりますが、密約が実際はあった、しかし、吉野さんはないと言って、出世を重ねて外務省で外交官人生をまっとうし、一方の西山さんは筆を折らなければいけなくなって、九州のほうに退かれ、有罪判決まで受けている。しかも西山事件というと今でこそ普通に話題にできますが、長い間封印されていました。そのあたりのことをどう考えればいいのでしょうか。

宮台:僕が先ほど申し上げた2番目のファクターについてもう少し言うと、当時は体制と反体制との間で国内戦が繰り広げられていたということが重要です。基本的に行政官僚制の本義が何であれ、政治家や行政官僚の責務が何であれ、体制と反体制との戦いにおいて、この政治闘争に勝つために何をするべきなのかということが行政官僚や政治家らエスタブリッシュメントの頭の中の大半を占めていたのだろうと思います。

神保:吉野さんは体制側だったということですね。

宮台:西山太吉さんがどれだけ正当な手続で事実を報じたのだとしても、そこは一つの戦争だという意識が当時のエスタブリッシュメントにはあったのだろうと思います。

神保:それは、西山さんがその戦いに負けたというふうに理解するしかないということですね。

宮台:そういうことになります。今でこそエスタブリッシュメントの間で盛んに二大政党制について語られるように、あれかこれかという選択肢があるのだということは当たり前のことですが、当時は違いました。当時のあれかこれかというのは体制か反体制かという意味でした。それが持つ意味は、今の若い人からみたらなかなか想像しにくいものがあります。大島渚や若松孝二の当時の映画を見れば、沖縄返還闘争がどういうものだったのか、沖縄返還闘争で西山さんが沖縄返還を求める民衆、沖縄の人たちの側に立つということがどういう意味をもったのかということがよく分かると思います。そういう材料を見ない限り今の若い人には分からないでしょう。

神保:吉野さんにしてみれば、体制は自分を守ってくれるだろうという合理的な選択として偽証をしたということも想像できますが、自分も体制側にいる以上、体制を守るための強力なコミットメントをするという意味でも偽証するより他に選択肢がなかったということでしょうか。

宮台:先ほど触れた行政官僚制の第一の本義ですが、政権与党の政治家がないと言っているものを行政官僚があると言うことはできません。それはなぜかというと行政官僚がパブリックサーバントだという意味は選挙で選んだ政治家に仕えるという意味だからです。霞ヶ関というところはそういうところで、選挙で選んだ政治家に仕えるのが行政官僚の責務です。念のために言いますが、それは公務員の政治的中立性とは何のバッティングもしません。なぜならば、政権が代われば新たに政権についた与党に仕えるからです。

神保:国民は選挙を通じて政治家に役人をきちんとコントロールすることを付託しているということですね。

宮台:そうです。ですので、政治家がないと言っているものを役人があると言ったり、その逆も基本的にはできません。それは役人の重要な職責であり、役人の存在理由に関わるものなので、誰が吉野さんであったとしても責任ある官僚ならば、政権与党のトップがないと言っているものをあると言ったり、あると言っているものをないと言ったりすることは絶対にできません。

神保:そういう職責に加え、近代の刑事裁判は神の前で真実を述べる場でもないわけですし、ましてあの裁判では裁判官と検事と吉野さんとの間であうんの呼吸が存在していた以上、吉野さんが密約について真実を述べることができた可能性はなかったということですね。

宮台:そうですね。ただ、さきほど冒頭で触れましたが、もし吉野さんが政権交代間近だと思っていたならば、今申し上げた責務を十分理解してはいても、どのみち半年後や1年後に選挙があるということになれば、次の政権与党となりうる存在に忠誠を誓うという観点から、今の政権与党の政治家はないと言っているけれども実際はあると証言することはあり得ます。けれどもそれ以外の可能性は全くありません。

神保:そういう時は行政官僚の間のあうんの関係が崩れるわけですね。検察も「このやろう勝ち馬に乗ろうとしているな」というふうに思いながら証言を聞くということになるということですね。

日本の検察官、外交官のメンタリティと天皇制

神保:先ほど外務省は憲法の枠組みの外で行動することもあり得るという話がありました。国内法にだけ準拠していたのでは国益が守れないという話に関して、一つ面白い話があります。

 私がある記者仲間と検察官のメンタリティについて話していた時に出た話なのですが、検察組織のトップである検事総長、ナンバーツーである次長検事、各高 等検察庁のトップである検事長は、任免にあたって天皇の認証が必要な認証官であり、取材をしている人間からすれば、彼らがなぜ時に法律の枠組みを超えた、ある意味で傍若無人な行動を取ることができるのかを説明しようとすると、そのことを抜きにしては語れないと言う話でした。

 また、在外公館に勤務し外交交渉を行う権限を有する大使、公使も同じく認証官です。確かに天皇は今日の日本では法律の中の存在ですが、現実にはそれ以上の意味合いを持っていることも事実で、なぜ彼らが時にあたかも自分達は法律の外側にいるかのように振舞うのかということを本当に理解しようとすると、彼らは任官にあたり天皇からの認証を受けているということがとても重要な意味を持つのではないかということでした。

宮台:それはたいへん面白い話ですね。少し込み入った議論になりますが、天皇による認証がなぜ重要な意味を持つのかは、次のように理解することができます。マル激では何度も説明していますが、政治家なるものは言うまでもなく国内法を守るべきですが、いざとなった場合にそのまま国内法を守っていたのでは政治共同体が滅びるのだとすれば、国内法を破ってでも政治共同体の運命を切り開くべきだと考えるのがマックス・ウェーバーからカール・シュミットに連なる思考の流れです。

 実はこれが近代法における、例えば公安活動のような、時に国内法を破る行政の行為の理論的基盤なのです。検察や警察は「事実行為」と説明しますが、盗聴法で盗聴が認められていようがいまいが、どこの国の警察も随時必要に応じて盗聴はやっています。逆にやっていないと困ります。なぜなら警察が国内法を守ることで国内法を破る勢力を温存する可能性があるからです。

 警察だけでなく行政官僚はいざとなったら事実行為をやる存在なのです。ですから、これは違法ではないかと摘発されたときに、それを検察がどう捉えるかによって、ある行政官僚がその事実行為をすることができるかどうかが決まることになります。だから日本における特捜という概念があるのです。

 つまり、ある行為を起訴するかどうか、簡単に言うとそれを法廷に持ち込むかどうかは検察が政治的な判断をすることができることが許されている領域が残されているのです。政治的判断というのは法を超えた政治共同体の運命に関わるものですから、政治共同体の運命をまさに象徴する天皇陛下に忠誠を誓っていると言えます。わかりやすく言えばシンボルの政治ということになります。天皇陛下というシンボルに中世を誓うという形で政治共同体の運命に忠誠を誓っているということですね。

神保:検察には、法律よりも一段高いというか、ある意味で政治的な行動を取ることが許されているという考え方の根拠になっているわけですね。ただ、無分別に法律を踏み越えていいのではなく、宮台さんがいつも言っているように、そうすることが真の国益、というか政治共同体益につながるとの確信の元、自ら捨て石となり、場合によっては自らがすべての責めを負う覚悟で、そうした行為をすることがあり得るという意味と理解していますので、昨今の自らの保身のために傍若無人に振る舞うのとは本質的に意味が違うと思いますが。

 あとは、天皇の任免職となると、任官にあたって宮中で認証式を行います。それが、彼らの中に自分は他の役人とは違うんだという、それが自負なのか勘違いなのかはともかくとして、特別な意識を植え付けることになっているのかもしれません。戦前の「天皇の官吏」としての自覚に近いものなのかもしれませんが、それもまた一歩間違うと偉いことになりそうではあります。

宮台:そのようにある種の自意識の問題と捉えることもできますが、それ以上に日本において天皇を担ぐ意味を考える上で、今の指摘は非常に大事なことです。例えばラディカルな左翼の一部が革命を企てたとしましょう。革命という概念を持ち出す以上、彼らが国内法を侵すことは前提です。それに対抗して警察は、国内法を侵し、事実行為をして革命家を取り締まります。両者は同じく国内法を侵します。何のために国内法を侵すか、それは国内法を越えた我々性、言い換えれば政治共同体の運命が観念できるからです。

神保:どちらの方が我々のためになるのかの戦いということですね。

宮台:そうです。我々性ということを憲法意思と言い換えてもいいでしょう。法律よりも憲法のほうが優越していることは皆さんご存知でしょう。憲法意思をどこに見出すかということになると国によって違います。信頼できる成文憲法という形で現実化していると考えるのがアメリカ、そういう成文法という形で憲法が規定されてはいないが、何が国民の意思であるかは先例の蓄積の中で完全に明らかになっていると考えるのがイギリスです。このように、国によって何が政治共同体の運命あるいは運命を左右しようとする人々の意思であるかということは違います。

 日本においては、我々性を規定する蓄積や伝統がありません。なぜかというと明治維新も後醍醐天皇が企てた倒幕もそうですが、社会を転覆しようとする革命勢力が、既存の政治共同体の運命のシンボルたる天皇を掲げて法の外に出ることを自らに鼓舞したり許容したりしていたという歴史があります。そこから、天皇を掲げて革命をすることは天皇を保守していることになるのか、それとも社会を破壊していることになるのかという日本特有の問題が生じるわけです。天皇はもともと革命のシンボルなのです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、革命のシンボルだからこそ2千何百年もの長きにわたって護持されてきたのです。ということは天皇に忠誠を誓うということがヨーロッパやアメリカにおける保守というのと全く違った意味を持ってしまいます。だからそこがとても日本的な文脈と言えます。

神保:革命というのは公共性をシンボルとした世直しということですよね。統治権力が公共性をないがしろにしているときに、天皇を掲げることで我々性の回復を図るということと理解していいでしょうか。

宮台:ただ、日本においては何が公共性かは自明ではないので、公共性は虚数であると言うしかありません。革命家も世直しを企図しているけれども、検察も世直しを企図している可能性があるということです。日本的文脈では、世直し勢力と世直し勢力の闘いが革命家と検察との間で起こるということもあり得ます。

神保:なるほど。ただ、ここで強調しておかなければならないのは、例えば大々的に捜査をした挙句に佐藤栄佐久前福島県知事を「換金の利益」があったなどとして無理やり収賄罪で起訴したりするなど、今の検察にそのような公共性マインドがあるとはとても言えません。

宮台:戦前だったらそういう官僚は右翼に暗殺されたでしょうね。

神保:暗殺というと穏やかではないですが、そういう超法規的な権限を行使できる人間というのは同時に、自ら腹を切る覚悟も暗殺されるかもしれないという覚悟もいるということですね。本当は、官僚がそのような権限を行使した場合には事後的な検証を受け、それが間違っていたり、自らの保身や責任逃れのためにその権限が行使されていることが後で明らかになれば、重大な政治責任を問われ、事後一切公の役職につけないとか場合によっては刑務所に行くくらいの制裁が用意されていても然るべきかもしれません。それだけ多くの一般市民の一生に影響を与える決定を下しているわけですから。

 何にしても密約訴訟は、次回で結審だそうです。おそらく文書開示請求は認められるでしょう。現在、岡田外務大臣が密約の検証委員会を設置し調査が進んでいるようですが、裁判所の判断としても、検証委員会の判断としても、今度は「密約はある」と言うことがあうんの呼吸ということになっているのではないでしょうか。

 私としては、この番組にも出て頂いている西山さんが、法廷後の会見ではすがすがしい笑顔で、37年前の法廷で密約はないと言った吉野さんが今回宣誓して密約はあったと証言したことを高く評価し、過去のことは水に流すというような態度で話されていたことが、とても印象的で、救われた思いがしました。

 と同時に、それですべてが不問になっていいのかという疑問が、逆に頭をもたげたという感じでした。

ビデオニュース・オン・ディマンド
歴史の事実を伝えることが日本の将来に有益
吉野元アメリカ局長が沖縄密約の存在を法廷で証言
http://www.videonews.com/videonews_on_demand/0901/001297.php

神保哲生(じんぼう・てつお)
ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。15歳で渡米、コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。テレビ朝日『ニュースステーション』などに所属した後、99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム--カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル−温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。専門は地球環境、開発経済、メディア倫理。

宮台真司(みやだい・しんじ)
首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。博士論文は『権力の予期理論』。著書に『制服少女たちの選択』、『14歳からの社会学』、『日本の難点』など。

《THE JOURNAL》ブロガーもイチオシ! 映画「こつなぎ」を見てきました


<映画『こつなぎー山を巡る百年物語』ダイジェスト版>

 《THE JOURNAL》ブロガーでおなじみの大野和興氏や甲斐良治氏が賛同者に名を連ねる映画「こつなぎー山を巡る百年物語」の試写会に《THE JOURNAL》取材班が参加しました。

 この映画は岩手県二戸郡一戸町小繋(こつなぎ)を舞台に、約60年間争われた裁判闘争「小繋事件」の記録をまとめた作品。ここの住民は江戸時代から山に入り、薪を拾い、山菜を摘んで食料にするような暮らしを営んでいました。そんな慣習的な権利「入会(いりあい)」がテーマになっています。

kotsunagi091211.jpg
撮影:川島浩

 「もともと撮影していた映像は、上映されずにフィルムとして残っていました。日本が近代化していく中で社会的な切り口が見えなくなっていました」と企画・制作者の菊池文代氏は撮影から完成までに約50年の歳月がかかった理由を語りました。

 入会は日本各地で行われていて、ヨーロッパ社会ではコモンズとしても知られています。本誌ブロガーの大野氏は「入会権は民衆の権利として今一度考える意義がある」とコメントしている(詳細は以下に掲載)。

 今年ノーベル経済学賞を受賞した米インディアナ大のエリノア・オストロム教授はコモンズの研究者であり、今後世界的にも注目されるテーマとなりそうです。

■ノーベル経済学賞で初の女性受賞者、統治に関する業績が評価(ロイター)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11901920091012

◇  ◇  ◇

大野和興:「入会権は民衆の権利」

ono091211.jpg

 今、入会について考えることは意義のあることです。地元住民にとって入会権は権力に対抗する手段になります。

 私が長年通う成田・三里塚で、空港公団が立ち木を伐採したとして住民が提訴をした事件がありました。そこでは立ち木は住民の総有物(共同所有の一形態)であるとして提訴し、住民側が"和解"を勝ち取りました。つまり現在でも入会、総有の考えは民衆の権利として通用するということです。

 ここ最近アジアやアフリカで企業による土地収用が進み、共有の森がどんどん取られています。それらの地域で森や農地を共有する歴史はあっても、入会が法的に認められている例はありません。農民が闘い、入会を権利として実体化させた「小繋事件」はこれから世界でもいかしていけるのではないでしょうか。

 一点注意しなければいけないのは、入会権の持つ閉鎖性です。権利は世襲され次の代に引き継がれるのですが、女性が引き継ぐことは難しいです。将来この入会をいかしていく際には、開放性をどう持たせていくかが課題になってきます。

◇  ◇  ◇

091211kotsunagi.JPG

<上映会情報>
日時:2010年3月13日(土)
場所:全電通ホール(東京・お茶の水)
11:00/14:00/17:00の3回上映
上映当日、シンポジウムを予定(司会:辻信一氏)

問い合わせ先:
「こつなぎ」上映実行委員会事務局 
〒104-0041中央区新富2-12-6パンドラ内 
TEL:03-3555-3987
kotsunagi1@yahoo.co.jp

■映画『こつなぎ』公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/kotsunagi/

2009年12月10日

国家戦略室へ派遣メンバー発表

 政府は国家戦略室と行政刷新会議に民主党所属国会議員を派遣する方針を固めていたが、9日民主党はそのメンバー12名を内定した。枝野幸男(えだの・ゆきお)元政調会長、蓮舫(れんほう)参院議員など事業仕分けに関わった7人は全員メンバーに入っている。メンバーは以下の通り(敬称略)。

<衆議院>
枝野幸男(えだの・ゆきお)
平岡秀夫(ひらおか・ひでお)
寺田学(てらだ・まなぶ)
菊田真紀子(きくた・まきこ)
田嶋要(たじま・かなめ)
津川祥吾(つがわ・しょうご)
下条みつ(しもじょう・みつ)
手塚仁雄(てづか・よしお)
藤田一枝(ふじた・かずえ)
黒岩宇洋(くろいわ・たかひろ)

<参議院>
尾立源幸(おだち・もとゆき)
蓮舫(れんほう)


 国会議員の政府入りは国会法などで制約があり、12人はスタッフとして送り込まれることになる。

【関連記事】
■国家戦略室メンバーに民主・枝野氏ら起用へ(日テレ)

■国家戦略室に「助っ人」12議員起用(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091209/stt0912091835005-n1.htm

2009年12月 7日

蓮舫×高野孟:事業仕分けでこんなことわかっちゃいました(本編)

renho091207.jpg

 今月の「ON THE WAYジャーナル~高野孟のラジオ万華鏡」では、民主党の蓮舫(れんほう)参院議員をゲストにお迎えし、国民から注目を集めた事業仕分けの内幕についてお話を伺いました。

 今回の試みの総括、期間中の報道のされ方、スパコン問題、科学技術研究費・・・などなど、ストレートにご本人から語っていただきました。対談の模様は、下記のURLで公開されています。

■番組ホームページ
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

■音声ダウンロード(mp3)
http://pod.jfn.co.jp/people/scope/dl/takano_41.mp3

2009年12月 6日

COP15が今日から開幕

 国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)が、7日から18日まで約2週間の日程で、コペンハーゲンで開かれる。COP15には約190ヶ国が参加し、京都議定書に続く2013年以降の地球温暖化対策に世界で取り組むための新たな国際的枠組みを話し合う。

 各国は2007年から交渉を続けてきたが、温室効果ガスの削減目標をめぐって先進国と途上国の利害が対立、膠着状態が続いていた。議長国デンマークのラスムセン首相は先進国が2050年に1990年比で80%を削減することなどを盛り込んだ政治合意草案を提示している。

 会合が始まるのを前にヨーロッパ各地では地球温暖化防止を訴える大規模な抗議行動が繰り広げられた。ロンドンでは約2万人がデモ行進に参加したほか、パリでも環境保護団体が主催したデモに約1,500人が集まった。

 16日からの閣僚級会合には日本から小沢鋭仁(おざわ・さきひと)環境相が、最終日の首脳級会合には鳩山首相が参加を予定している。首脳級会合には米国のオバマ大統領をはじめ、インドのシン首相、中国の温家宝首相ら105ヶ国の首脳が顔を合わせる予定だ。

【関連記事】
■温暖化防止訴え、欧州各地でデモ(TBS news i)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4302060.html

■COP15へ「気候特急」 鉄道の役割アピール(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009120501000647.html

2009年12月 5日

蓮舫:短く感じた事業仕分け(「蓮舫のエッセイ」より)

 第173回臨時国会が今日閉じました。
 8月30日の総選挙で多くの方々にご支持をいただき、政権交代が実現し、9月16日に鳩山内閣が始まり80日が過ぎました。
 長くもあり、短くもある日々だったと思えます。

 長く感じたのは、政権交代後、党と内閣が公約実現に向けた取組みなど「新しい政治」を求めて試行錯誤を繰り返す中、私自身も自分の立ち位置、思考を整理し、街頭演説での言葉、発信の在り方を悩み、考え、そして前を向いた取組みに手が付くまでの時間幅です。

 短く感じたのは、思いがけず事業仕分けの「仕分け人」として指名を受けてからの時間です。事前の下準備や視察、各省庁からのヒアリングに、公開された場所で行われた事業仕分け9日間を含め、この1ヶ月は、正直なところ、昼も夜も区別がつかないほど時間の感覚がなくなっていた時間を過ごしてきました。それでも、とても、忘れられない経験となりました。

 初めて与党として予算案の中身の一部を見ましたが、複数の省庁で重複している事業、公益法人をわざわざ迂回する必要性の感じられない事業、基金という名目で公金が使われずに塩漬けになっているような事業など、整理できる可能性の高い事業を抽出し仕分けをしてきました。賛否両論あわせて、多くの方々からご意見をいただきました。

 仕分け結果は行政刷新会議に報告をされ、今、各省庁で予算案の再検討が行われているなか、一仕分け人として、個別の事業について意見を言う立場にはありませんが、民主党は「税金の使い方を変える」と公約して総選挙を闘いました。その第一歩が、事業仕分けだと思っています。初めて、税金の使われ方を決める過程を情報公開しました。様々なご意見は次回にぜひつなげていただきたいと仙谷大臣には報告しています。

 「高い所からではありますが、事業仕分けにご尽力をくださった国会議員の皆さんに心から感謝を申し上げます」
 今日開かれた党の両院議員総会で挨拶をされた鳩山代表の言葉です。初めて、仕事を終えたとの思いを抱きました。

 事業仕分けは予算編成の一過程で、手段の一つです。私たちの仕事は11月27日で終わり、ここからは各大臣を始め内閣の仕事となっています。
 仕分け作業の間、多くの方に励ましの言葉をいただきました。支えていただいたことに心から感謝を申し上げます。

2009年12月4日発行『蓮舫のメールマガジン[蓮舫のエッセイ]』より

2009年12月 4日

あくまでグアム全面移転で押すべきだ ── 普天間移転問題の年内決着回避は正しい

takanoron.png 普天間の海兵隊ヘリポートの移転問題について、日米の外交・防衛官僚が従来合意通り辺野古への移転で年内にも決着をつけるよう圧力をかけ続けてきたのに対し、鳩山内閣は2日、それを回避し、結論を来年1月以降に先延ばしする方針を決めた。連立内部の国民新党と社民党の「県外移転」へのこだわりに配慮した形をとっているが、これは一種の口実で、鳩山自身は本音は一貫して「国外」を含む「県外」への移転を実現するのが沖縄県民の心情に応える道筋だという信念を持っていて、そのための対米交渉のきっかけを掴むための時間稼ぎである。この方針は正しい。

 これは、かつて55年体制下で、自民党政権が米国の過大な要求に対して「そんなことを受け入れたら社会党が怒り狂って国会が麻痺し政権が保たない」とか言ってワシントンを説得してきたのと大同小異で、連立の戦術的効果である。マスコミがこれを真に受けて、例えば4日付読売が「首相、日米より内政」「日米関係は大きな打撃を受けることになる」などと書いているのは何も分かっていない証拠である。自民党政権が問題が浮上してから13年間、辺野古移転で合意してからでも3年間、専ら内政上の都合で実行を先送りしてきたことが「日米関係に大きな打撃」を与えてきたのであり、それを民主党政権は、より望ましい方向で、数カ月内という極めて短期間に、決着させようとしているのであって、褒められることがあってもケチをつけられる筋合いなどどこにもない。

 そうは言っても、ただ時間稼ぎをしていても仕方なく、官僚レベルの表の折衝はともかくとして、そろそろ本気で水面下の対米交渉を進めるべき時で、そこではあくまで沖縄駐在の米海兵隊全部のグアム移転の実現で押しまくるべきである。

●『週刊朝日』が面白い

 その点で、今週の『週刊朝日』(12月11日号)の「海兵隊は辺野古でなくグアムへ返せる!」は面白い。それによると、普天間基地の地元である宜野湾市の伊波洋一市長は、独自の調査を通じて入手した公開・非公開資料や米軍高官との会談を元に、米軍自身が在沖海兵隊の全面的なグアム移転を構想している事実を明らかにし、11月26日にはそれを資料を添えて鳩山にも伝えている。

▼日米2+2の06年5月の「米軍再編実施のための日米ロードマップ」発表の2カ月後の同7月、米太平洋軍司令部は「グアム統合軍事開発計画」を策定したが、その中で「海兵隊航空部隊とともに移転してくる最大67機の回転翼と9機の特別作戦機(オスプレイ)用格納庫の建設、ヘリコプターのランプスペースと離発着用パッドの建設」を明記しており、普天間のヘリ部隊をグアムに移転させるつもりであることが示されている。

▼伊波市長が07年夏に移転先=グアムのアンダーセン空軍基地と「グアム統合計画室」を訪れた際、現地の米軍高官は「65〜70機の航空機と1500名の海兵隊航空戦闘部隊員が来る予定」と説明した。

▼米海軍グアム統合計画室が11月に発表した「グアムと北マリアナ群島の部隊移転に関する環境影響評価書」では、在沖海兵隊が司令部機能だけでなくヘリ部隊を含めて一体的に移転することを前提に、ヘリ基地の新設、アプラ軍港の増強、テニアン島の射撃訓練場の建設などを環境評価の対象としている。

●引き留めているのは日本?

 そうであれば、辺野古移転は何の必然性もない。防衛担当記者は、「米国側からすれば、日本が辺野古に基地を作ってくれるというのに断る理由はない。海兵隊がグアムに移れば、沖縄に残る陸軍が代わりに使えばいいだけのこと。『思いやり予算』がついてくる新基地をみすみす手放す必要はない」と同誌に語っているが、その通りで、日本が金を出してまで辺野古に居てくれと言うから、「そうまで仰るなら」と米国は辺野古移転に同意しているというのが実態である。

 本論説は11月19日付「普天間移転は見直しが当然」で、公開資料と若干のインフォーマル情報を元に、すでに発表・合意されている限りにおいても、これは主力の第3海兵師団がグアムに撤退して突端的な第31海兵遠征隊が(日本側の好意に甘えて)居残るということであって、日本政府が国民に印象づけたがっているように「司令部機能を中心とするごく一部のグアム撤退」ではないのでははないかと解析し、さらにそんな風に中途半端に遠征隊を残して、沖縄のキャンプと訓練場とヘリポート、岩国の戦闘機と空中給油機の基地、佐世保の艦艇基地を股裂き状態で運用しようとするよりも、全部をグアムに移転してまさに一体的に運用する方が米軍にとっても便利なのではないかと米国を説得すべきだ、という視点を提起しておいた。

 『週刊朝日』による宜野湾市長の指摘は、一部推測交じりだった本論説の主張を裏付けるもので、まことに心強い。

 米軍自身は、東アジアの戦略環境の変化(とりわけ朝鮮半島での大規模陸上戦闘の可能性の低減)、イラク・アフガニスタン両戦争の負担の増大、技術面のプロジェクション(遠隔投入)能力の向上などを背景に、日本と韓国に前進配備した軍隊を大幅に削減・撤退させようとしている。それがいわゆる「米軍再編計画」の本質である。韓国政府はそれに乗じて、陸軍師団を中心とする在韓米軍の撤退を視野に入れた「韓米同盟未来ビジョン」を提起して対米"対等"外交を実践しつつあるが、冷戦思考と対米従属根性を引き摺ったままの日本の外交・防衛官僚は、米軍が削減・撤退すれば日米同盟が弱まるという時代錯誤の危機感に囚われて、むしろ「思いやり予算をもっと出しますから」とか「辺野古に新しい基地を作りますから」とか言って、何とかして米軍を引き留めようとしているのである。

●核の傘を維持する工作

 1つの例は、青森県三沢の米空軍基地からのF-16戦闘機の撤退問題である。本論説が9月17日付「普天間基地のシュワブ移転は中止か?」で述べたように、米国は今年4月の段階で、三沢基地に配備しているF-16約40機をすべて早ければ年内に撤収させること、沖縄県嘉手納基地のF-15約50機の一部を削減させることを日本側に打診したが、これを報じた共同通信の表現によると、「日本側」は「北朝鮮情勢や在日米軍再編への影響を懸念し、いずれにも難色を示して保留状態」にした上で「日米同盟関係への影響などから秘匿性の極めて高い情報として封印」したという。「日本側」とは当時の麻生内閣ではなく、外交・防衛官僚であると見て間違いない。このようにして官僚が政治・外交を操ってきたのがこれまでである。なお、この嘉手納のF-15の一部削減とは半分の25機で、F-16が老朽化に伴って全面撤退した後に三沢に配備されるものであることが後に明らかになった。

 もう1つの例は、これも共同通信が11月24日に伝えた麻生政権下での対米「核の傘」堅持の要請である。「核なき世界」を目指すオバマ政権の下で急激な核兵器削減が始めるのではないかと危惧した米議会は、ペリー元国防長官ら有識者を集めて中期的な核戦略を検討する「戦略態勢委員会」を設置、同盟諸国の意見も聴取するなどして今年5月に報告書をまとめた。その中で、同委員会は2月末に在米日本大使館から意見聴取したが、日本側は「潜水艦発射の核巡航トマホークの退役は事前に協議してほしい」「核の傘の信頼性を高めるため、現在は米国が保有していない『低爆発力・地中貫通型の小型核』を開発・保有することが望ましい」などと申し出ていた。

 トマホークは2013年に退役することになっているが、米議会保守派はそれが核戦略を弱体化させるとして延期を求めている。日本大使館の言い分は、その主張におもねたもので、それがむしろ保守派の動きを勢いづける結果となった。「核なき世界」という目標を日米が共有する中で、しかし現実の問題として日米安保条約下での"核の傘"を日本自身の戦略問題としてどう考えるかを政権として検討した上で米国に意見を述べるのであれば(内容の是非はともかく)まだしも、恐らくこれは出先の大使館が本省と相談の上で勝手に意見具申したものに相違なく、ここにも官僚が政治を無視して国策を動かしている有様が現れている。

 こうした文脈で考えれば、普天間基地の辺野古移転案も、日本の官僚体制による米海兵隊の全面撤退計画に対する引き留め工作にすぎないことは明らかである。この問題こそ、外交・防衛政策における脱官僚主導体制の試金石であり、鳩山政権としては、あくまで海兵隊のグアムへの全面撤退を主張し、それが直ちに実現できない場合の緊急避難的な時限措置として、橋下徹大阪府知事が言い出している関西空港、鳩山の地元の苫小牧東地区などの「県外」、もしくは「県内」にはなるが嘉手納空軍基地への統合など、莫大な費用をかけずに、しかも自然環境を破壊せずに済む方策を見いだすべきである。▲

出版不況!? 学研の「科学」「学習」が休刊

 学研ホールディングスは3日、小学生向け学年別学習誌「科学」と「学習」の休刊を正式発表した。

 「科学」は1957年に、「学習」は46年にそれぞれ創刊され、学年別で刊行されていた。ピーク時には両誌で670万部の発行部数を誇ったが、最近は「最盛期の10分の1を大きく下回る」低迷が続いていた。

 12月4日の日経では「両社とも創業以来の看板雑誌に幕を下ろす背景には、深刻化する出版不況と時代のニーズとのずれがある」と休刊の背景を説明しているが、本当に単なる「出版不況」なのか。

 『出版メディア入門』の著者で文化通信社取締役編集長の星野渉(ほしの・わたる)氏は「本当の出版不況は、まだ来ていない」の中で安直な出版不況論に警笛を鳴らしている。

【関連記事】
■学習雑誌の草分け「科学」と「学習」、来年3月までに休刊へ(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/091203/bks0912031655001-n1.htm

■二木啓孝」野武士ジャーナリズムの衰退を憂う(5/11)
http://www.the-journal.jp/contents/futatsuki/2009/05/post_43.html

【参考資料】
■2009年度 雑誌 休刊・廃刊情報(ブックス ルーエ)
http://www.books-ruhe.co.jp/recommends/index/magazine/old.htm

■楽天レポート:読書・図書に関するインターネット調査
http://research.rakuten.co.jp/report/20090914/

2009年12月 3日

蓮舫&高野孟のオフレコトーク「事業仕分けでこんなことがわかっちゃいました」

TOKYO FM・JFN系全国33局ネットで大好評オンエア中の『ON THE WAY ジャーナル〜高野孟のラジオ万華鏡〜』。12月のゲストには、民主党参議院議員の蓮舫(れんほう)さんをお迎えしました。

今回は特別編として、収録後の蓮舫議員と高野編集主幹のオフレコトークをオンエアの前に先行公開します。

読者からの質問も投げかけていますので、ぜひご覧ください!

renho_takano091201.jpg

*  *  *  *  *

番組詳細
★TOKYO FM:2009年12月6日(日、ゲスト)&13日(日)、朝7:30~7:55
★東京以外:2009年12月5日(土、ゲスト)&12日(土)、朝5:00~5:30
東京以外は下記、JFN系列32局ネットで放送です。(全33局ネット、東京含む)
FM青森、FM岩手、FM秋田、FM山形、FMふくしま、FM群馬、FM栃木、FM新潟、FM長野、静岡FM、FM富山、FM石川、FM福井、岐阜FM、FM三重、FM滋賀、FM大阪、Kiss-FM KOBE(兵庫)、FM山陰(島根、鳥取)、FMおかやま、FM山口、FM広島、FM香川、FM徳島、FM高知、FM佐賀、FM長崎、FM熊本、FM大分、FM宮崎、FM鹿児島、FM沖縄

2009年12月 2日

「沖縄密約」訴訟 元外務省局長が法廷で証言

 1972年の沖縄返還を巡り、日米両政府が交わしたとされる密約文書の存否が争われている訴訟で、返還交渉の担当者だった元外務省アメリカ局長の吉野文六氏が1日、東京地裁(杉原則彦裁判長)に証人として出廷し密約文書に署名したと証言した。 日本政府がこれまで否定してきた密約の存在を法廷で認めたのは初めて。

 吉野氏は沖縄返還時の米軍用地の原状回復補償費の400万ドルを日本が肩代わりする「密約」があったと証言。密約を報道し国家公務員法違反に問われた西山太吉・元毎日新聞記者が被告となった1972年の公判では密約を否定していた。

【関連記事】
■「沖縄密約」訴訟 証人の元外務省局長が存在認める(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091201/trl0912011930011-n1.htm

■沖縄密約開示訴訟:吉野元局長「歴史歪曲、国民の損失」 37年ぶり、西山さんと再会(毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091202ddm041040037000c.html

■沖縄密約「文書に署名した」 元外務省局長、法廷で証言(asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/1202/TKY200912010530.html

2009年12月 1日

普天間基地問題の焦点は何か ── オバマより鳩山が断然正しい

武藤功氏(文芸誌「葦牙」編集長)

 政府の間で、普天間飛行場の移設問題が揺れていると報じられている。岡田外相が嘉手納統合案の検証を言い、北澤防衛相は名護市へ移設という前政権案を容認するかのような方向性を見せている。これに対して、鳩山首相は、11月14日のシンガポールでの記者団との懇談で、「日米合意を前提にしない」と言い、さらに来年1月の「名護市長選が念頭にないわけではない」として結論の先送りを示唆した。私はこの「先送り論」をその首相の沖縄への姿勢として強く支持する。

■「安保バカ」の諸論議
 これに対して大手メディアは、閣僚の見解の不一致を危惧する一方、11月13日のオバマ大統領との首脳会談における「迅速な結論」合意に反すると批判的だ。とくに『読売』は普天間問題によって「日米間にキシミ」が生じているとする「社説」(各紙とも14日付)によって「早急な政治決断」を促したばかりか、「米大統領への背信行為」(17日付)として非難した。『毎日』の「社説」も、「普天間問題について首相が「最後は私が決める」というだけでは国民の不安や米側の疑念をぬぐうことはできない」と批判した。

 『朝日』の「社説」は、「普天間問題の先送り」も「首脳会談の意義を損なうものではない」としていたが、17日になると普天間移設について「迷走」が続いているとし、「米国も沖縄も」不信を強めていると批判した。『日経』も普天間問題を首脳会談の議題としなかったことは、「外交」ではなく「社交」だとする「社説」を掲げて批判した。もちろん、対抗政党の自民党は待ってましたとばかりに、「日本と極東地域の平和と安定の問題を名護市長選に絡めていいのか」(石破政調会長)と論難している。

 これらの批判にもかかわらず、私が鳩山首相の「先送り論」のスタンスを支持するのは、岡田外相ら閣僚やメディアや石破氏の見方や意見よりも、鳩山首相の意見の方がはるかに誠実に沖縄県民の方を向いているからである。石破氏は言うに及ばず、岡田氏やメディアの所論が向いているのは、沖縄県民よりもアメリカの方である。それらは、この半世紀を超える日米安保体制(改定前の安保条約が調印されたのは1951年)のなかで維持されてきた「55年体制」の延長線上にある視点だ。

 それが鳩山政権以前の「55年体制」といわれる事実上の一党支配体制が官僚主導の「安保政治」によってすすめてきた沖縄米軍基地認識を一歩も出るものではないことも明白である。それに比べると、鳩山首相の「先送り論」には、戦後始めて政治論をたてて沖縄基地問題に取り組もうとしている姿勢が窺える。政治論というのは、政府が沖縄県民の方を向くということである。たしかに、まだその姿勢の「兆し」といえるほどのものかもしれないが、この政治状況においてはそれは実に貴重なものであり、未来の国民が確実に実体化しなければならないものである。

 人口が密集する宜野湾市の中心にある普天間飛行場問題は、沖縄に集中する米軍基地のなかでももっとも不適切、不条理な基地であり、人間無視、軍事優先ということでは植民地的施設以前といえるもので、文字通りの国辱のシンボルともいうべき基地である。「55年体制」の終焉を告げた自公政治は、橋本政権以来、その移設返還という県内タライ回しの確約に足を取られて、結局は解決できないできた。それにもかかわらず、自公政権は石破氏らを先頭に「日本と極東地域の平和と安定」というお題目を唱え続けて「沖縄の軍事基地化」という現状の固定化を推進してきた。そして、政権交代である。

 ところが、その政権交代を実現させた民主党の大多数の議員は、石破氏らの「お題目」の線上にあり、沖縄県民の方は向いていない。いわゆる「安保バカ」という点ではメディアや石破氏の立場と同じである。その立場からしか普天間問題が見えないから、「日米関係がきしむ」「早く結論を出せ」「国民が不安になる」といった米軍基地翼賛論議がメディアの紙上や画面に踊ると、すぐに浮足だってしまうことになる。オバマやゲーツによって仕切られた旧政権との合意案で「早期決着」という米国国益論に向かって駆け込もうとする。

 鳩山首相が言うように、決着の時間は基地を貸している日本側が決めればいいのだ。国外に撤去させるか、県外に移設するのか、その主導権は日本側が持たなければならない。あまりにも当然のことである。

 そうした国民的主体性を見せないから、北朝鮮にもその「安保バカ」ぶりを利用されて、かれらのブッシュとの丁々発止の外交駆け引きを援助する羽目になる。ブッシュ政権と金政権はその点では相互依存関係にあった。国務長官を務めたパウエル氏が「北朝鮮はもっとも手ごわい相手だ」と言った意味もここにある。ゆえに、米国もまた北朝鮮の核武装の脅しを含む「瀬戸際外交」なるものを十分に利用して、「日米安保」と在日米軍基地の維持強化をはかってきた。いわば、北朝鮮というフィクショナルな「危機」は、かれら米国の「極東の安全」というお題目にとっても、かれらの軍事産業の繁栄のためにもありがたい存在なのだ。

 その結果、日本だけが、沖縄住民をはじめ基地のある地域住民を苦しめながら、数千億円にものぼる「思いやり」予算までつけて、「安保神話」の産物である沖縄米軍基地を後生大事に守る羽目になったわけである。この「安保バカ」がもっとも嵩じたのが外務省の役人たちで、かれらはこうした米朝の相互関係についてはまったく「読めない」まま、愚者の楽園に安んじてきた。麻生政権までの「55年体制」政治は、この「読めない」官僚政治に依存し、日本の外交を文字通りの「対米従属」にまで貶めてきた。石破氏を自民党の「防衛通」などと180度誤認して持ち上げてきたメディアも、この点では同罪である。

■フィリピンの教訓
 もし、この「安保バカ」という規定を承服できない粗雑な規定だと思う役人やジャーナリストがいるなら、たとえばフィリピンのことを考えたらいい。フィリピンでは、1992年に、いずれもアジア最大といわれたスービック基地(米陸軍)とクラーク基地(米空軍)を完全に撤去させた。その根拠となったのは1987年に非核条項を盛り込んだ憲法であったが、この二つの米軍基地が憲法の「非核条項」に違反するという理由で国会が主導して撤去させたのである。しかも、その撤去後の広大な土地の平和利用によって11万7千人もの雇用を創出し、米軍基地雇用労働者の三倍の労働者を生み出した。

 そればかりか、米軍基地がなくなれば抑止力もなくなって安全保障が危うくなるなどという石破氏らの「安保バカ」論議とはうらはらに、巨大基地を撤去させたフィリピンは石破氏らの言うところの「平和と安定」を維持している。南アジアの不安定な地域に位置する枢要な米軍基地といわれながらも、その撤去後の15年以上もの歳月を見ると、外国との関係では平和そのものである。どこの国からも侵略されたという話は聞かない。この間、戦争のしっぱなしというのは、実はアメリカであった。アメリカこそ、この間ほとんど常に戦争国家の主役であった。アフガン戦争でもイラク戦争でも、もはや第二次世界大戦の二倍の歳月を要しているのである。

 この「戦争国家」アメリカの異常と米軍基地を撤去させたフィリピンの平和を考えたなら、沖縄の普天間飛行場を即刻撤去させたとしても、日本の安全は何一つ損なうことがないと分かるだろう。日米同盟の神髄は、この「米国の戦争的介入」を防ぐというところにあるのであって、かれらに基地を提供してその他の外国の侵略に対応するところにあるのではないのである。つまり、冷戦構造の崩壊後の世界において、現行安保条約第6条に言う「アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」という基地使用権は、もはや日本にとっては無用の長物なのである。沖縄米軍基地の見直しとは、この安保条約第6条の見直しに他ならないのである。

 この問題が分からないのは、沖縄を日本人の目で見ないで、米国人の目で見ているからだし、安保条約を日本人の立場で考えないで、これまでの「官僚依存」同様に「アメリカ依存」の目でしか物を見ようとしないからだ。

■オバマの矛盾
 鳩山首相との首脳会談のあとの共同記者会見において、オバマ大統領は「米国と日本は対等なパートナーだ。これは日米同盟にも在日米軍再編にも反映されている」と述べたが、これは沖縄の視点からみたらまるで的外れの議論だ。沖縄住民が半世紀以上にもわたって、米軍基地にこれほど苦しめられ、辱められ、殺されてきたのに、そのシンボルたる普天間基地を前において、これは「シニアとジュニアの関係ではない」などと言うのはほとんど寝言に等しいといえる。かれは自分のライフヒストリーでは差別と痛みを乗り越えてきた人物といえるが(その点では私はかれを熱烈支持する)、国と国との関係ではその差別も痛みもほとんど見えていない。大統領になって国益と戦争という旧態のメガネをかけると、こうなるという典型的な姿を日本において露呈した。このメガネからは鳩山首相のいう「対等な日米関係」の意味がまったく見えてこないのは当然である。

 オバマ氏も一応は、「新政権が旧政権の政策を見直すのは当然のことである、自分もそうしてきた」として鳩山政権の基地見直しを一応は容認する姿勢を示したが、その基地見直しの作業部会については「迅速に終わらせたい」とも述べて、事実上旧自公政権の普天間移設案で決着させたい意向を表明した。オバマ氏自身が前ブッシュ政権との間でチェコとポーランドの両国が合意していたミサイル防衛システム配備計画を中止(9月17日)した例でも明らかなように、鳩山政権がブッシュ政権と自公政権が合意した普天間移設計画を見直すのは何ら異常でも異例でもないのに、この点ではかれの姿勢は蒙昧である。

 この蒙昧は、単に普天間問題にとどまらない様相を見せている。オバマ氏は日本訪問のあとに中国上海を訪問し、11月16日、青年たちとのタウンミーティングに出席し、人権問題について演説した。そのなかでリンカーンの奴隷解放の理念について触れ、それは「いかなる国も自由と平等の原則によって恒久的な存在となる」ことだと説明した。中国の青年たちには、それが美しい理念として受け止められたことを私は疑わない。しかし、オバマ氏はその言葉を宜野湾市民の前で語れるだろうか。米軍基地の存在によって平和的生存というもっとも根本的な人権を脅かされている住民に、オバマ氏は人権とリンカーンの理念を語ることができるであろうか。これはオバマ氏の大きな矛盾であり、ある意味では人権と戦争という絶対的に相いれない二律背反のジレンマというべき立場にかれ自身がいる。

 このオバマ大統領に比して、鳩山首相の普天間問題の「先送り論」の立場には矛盾はない。「早期決着」を言うメディアや石破氏らには矛盾とみえるかもしれないが、それはかれら自身が「安保バカ」という無自覚な矛盾のなかにいるからである。先ごろ渡米した松沢神奈川県知事が沖縄の痛みをよそに「名護市辺野古への移設で早期に決着すべき」などと述べたことは論外としても、同じ閣内の岡田外相までが「両国政府の合意は重い」などいい、この外相に同調して「早期決着」を言う北澤防衛相やその同盟者である米国応援団を前にしては、鳩山首相の「先送り論」も風前の灯かもしれないが、この歴史的な局面においてかれが「名護市長選まで見て」という姿勢を示したことは決して忘れられるべきではない。

■鳩山首相への期待
 しかし、もちろん私は鳩山首相によって、フィリピン型ですっきり普天間基地撤去の実現が可能だと幻想しているわけではない。それは鳩山氏に強固な理念がないからではなく、肝腎の閣僚や与党議員にフィリピンの国会議員ほどの理念も意欲もないからである。そしてこの与党議員の周りには多くの日本国民がおり、かれらは「憲法9条」は持っているものの、こと米軍基地に対してはそれをフィリピン憲法の「非核条項」同様に有効に活用することができないできたからである。国民的な広がりを見せている「9条」運動も、その意味ではまだまだ揺籃期にある。その結果が沖縄県民の米軍基地反対運動を孤立させ、自公政権の売国的な基地政策を生きながらえさせてきたといわざるを得ない。

 したがって、この厳しい状況は当然のことながら、鳩山首相の言う普天間問題の「先送り論」に影響し、それを締めあげることになる。自公政権を一挙に退陣させた力を持つ国民には、普天間問題についてもアメリカの圧力をはねのける可能性があるが、その前提条件となる国会の対応があまりにも鈍すぎる。沖縄県民も、展望が開ければ1、2年の辛抱は十分に可能であろうが、国会議員や本土の世論があまりにも「安保ウイルス」に感染されすぎているので、「先送り論」に秘められた鳩山ビジョンを開花させるところまでは行けないだろう。

 しかし、それでも私は、この難問山積の局面において、鳩山氏が「一瞬の輝き」のごとく歴史の闇を照らしだした普天間決着「先送り論」に注目しておきたい。政府論議のなかで、それだけが唯一沖縄県民の方を向き、日本外交としての「平和論」として米軍基地の撤去の可能性に一歩アプローチした論議だと思えるからである。戦争(武力)による紛争解決の無効性がこれほどあからさまになってきた第二次大戦後の世界を見るなら、そして現実のイラク・アフガン戦争のドロ沼を見るなら、軍事基地によって世界を平和にすることができないことがあまりにも明白であるとき、おずおずとしたものであれ、政府を背負う人物が沖縄県民の方に目を向けようとしたことは記憶に値する。日米対等という戦後政治の悲願も、そこにあったはずである。

 一方のオバマ大統領にとっては、こと日本に関してはまだトルーマン時代の域を超えていない。普天間問題ごときに国益を絡めているようでは、プラハで約束した「核のない世界」の実現など永遠に不可能であるということも理解できていない。その明白な証拠が、日米首脳会談のあとの記者会見で、記者から「広島、長崎への原爆投下についていまでも正しいと思っているか」という問い掛けを受けながら、一言も返答ができなかったところにあらわれていた。賢いオバマ氏には、その答え得ないことに良心の屈辱を味わったはずである。その屈辱の味こそ、広島、長崎で液状化して焼き尽くされた人間のニガイ苦い生存の味にかかわるものであり、原子力戦争にまで怯えなければならない沖縄県民の生存の味なのである。

 最早、オバマ氏も理解すべきだ。沖縄の住民が「希望」を語り、より良いものへの「変革」を語り得る人間であるために、せめてその普天間返還について一刻の猶予もかなわぬほど身を焦がし続けていることを。普天間基地を閉鎖し、撤去しても、「極東の安全」には蚊ほどの脅威ももたらさないことを。そのオバマ氏の理解が、いま輝いては消えかかっている鳩山氏の「見直し論」に光を与えることは疑いない。もし、そのために語り合う言葉がないというなら、オバマ氏の「チェンジ」や「希望」はアメリカだけに通用する「独特のものであり、普遍的なものではない」ということになる。それこそ、オバマ氏にとっては、さらに大きな屈辱であろう。鳩山首相の「友愛」も試練に立たされているが、オバマ大統領の「チェンジ」はさらに厳しい正念場に直面しているのである。

事業仕分け番外編「会場はこんなとこでした」

11月11日から始まり、メディアでも大きな話題となった「事業仕分け」が、27日に全作業を終了しました。

事業の無駄に容赦なく切り込んだ今回の作業は、賛否両論を含めて大きな話題となりましたが、その一方、インターネットによるノーカット生中継(《THE JOURNAL》もおこないました)もおこなわれ、「予算編成の透明化」という意味でも画期的な作業であったことは間違いありません。

ところで、テレビや新聞でしか事業仕分けのニュースを得られなかった人は、会場の全体像はわかりにくかったかもしれません。そこで、本欄の記事では、作業の雰囲気をより身近に感じてもらうため、編集部が撮影した写真の中から仕分け会場の様子を選んでお届けします。事業仕分けレポートの番外編としてお楽しみください。

kaijo091125_1.jpg
会場となった国立印刷局市ケ谷センター。会場はこの裏の体育館です

kanban091127.jpg
会場への案内看板。日を追うについれて会場に入りきれない人が増えていきました

slippers091127.jpg
入り口で俗に言う"トイレのスリッパ"に履き替えます

shikiri091125.jpg
ついたてで仕切られた会場内

hari_1wg.jpg
第1WG(ワーキンググループ)入り口

1wg091127.jpg
第1WGの様子

hari_2wg091127.jpg
第2WG入り口

2wg091125.jpg
第2WGの様子

shiwakenin091127_1.jpg
1時間ごとの休憩、少しホッとした表情

hari_3wg091127.jpg
第3WG入り口

3wg091127.jpg
第3WGの様子

kekka091125.jpg
評価結果が出るとすぐこのように手書きで掲示される

edano091124.jpg
今回の事業仕分統括の枝野幸男民主党衆議院議員。イヤホンと耳の大きさが同じほどの福耳が印象的でした

hato091124.jpg
現場を視察する鳩山由紀夫総理。第2WGの視察は5分くらいでした(2009年11月25日)

hato091124_2.jpg
仕分け結果の速報をながめる鳩山総理(2009年11月25日)

kan091125.jpg
現場を視察する菅直人副総理・国家戦略担当大臣(2009年11月24日)

sen091124.jpg
現場を視察する仙谷由人行政刷新担当大臣(2009年11月25日)

hirano091125.jpg
現場を視察する平野博文官房長官(2009年11月25日)

uchida091127.jpg
傍聴に訪れたミュージシャン・俳優の内田裕也氏。この日の午後にはジャニーズのアイドルグループ「嵐」の櫻井翔くんも見学に来ました。余談ですが、櫻井くんの父親は総務省のキャリア官僚だそうです(2009年11月27日)

huku091127.jpg
「電源立地地域対策交付金」をめぐってその意義を訴えた増子輝彦経産副大臣。熱が入りすぎて、枝野議員に制止される一幕も。写真の様子は作業終了後のぶら下がり風景(2009年11月27日)

speak091202.jpg
唯一会場音声の出所だったスピーカーには毎日たくさんのレコーダーが(2009年11月27日)

評価結果
■第一会場
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/1kekka.html

■第二会場
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/2kekka.html

■第三会場
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/3kekka.html

第1回『田原総一朗ノンフィクション賞』発表!

non091130_1.jpg
 
 優れた活字あるいは映像作品に授与する第1回『田原総一朗ノンフィクション賞』の受賞作品発表及び授賞式が11月30日都内で開催された(主催:フォーラム神保町)。

 活字、映像部門あわせて300を超える応募作品の中から、奨励賞に松林要樹氏(30)の「花と兵隊」(映像部門)、佳作には満若勇咲氏(23)の「にくのひと」(映像部門)と大瀬二郎氏(41)の「アフリカ大戦の亡霊」(活字部門)が選ばれた。大賞は「該当なし」となった(全ノミネート作品はコチラ)。

tahara091130.jpg

 大賞が選ばれなかったことについて選考委員の田原氏は、「みなさんよく取材していますし、力量もあります。しかし時代にどう挑むか、常識をどう変えるかという部分が不足していました。ドキドキハラハラするものがもう少しあってもよかったと思います」とコメントした。

iin091130.jpg

●受賞作品

<活字部門>
◇大賞:該当作品なし
◇佳作:大瀬二郎(41)『アフリカ大戦の亡霊』

<映像部門>
◇大賞:該当作品なし
◇奨励賞:松林要樹(30)『花と兵隊』
◇佳作:満若勇咲(23)『にくのひと』

● 選考委員

田原総一朗(たはら・そういちろう、ジャーナリスト)
魚住 昭(うおずみ・あきら、ノンフィクション作家)
佐藤 優(さとう・まさる、作家・元外務相主任分析官)
宮崎 学(みやざき・まなぶ、作家)
中沢けい(なかざわ・けい、小説家・法政大学文学部教授)
坂本 衛(さかもと・まもる、ジャーナリスト・元「GALAC」「放送批判」編集長)

【選考委員コメント】宮崎学氏(作家)

miyazaki091130.jpg

 ノンフィクションは予定調和がないという意味で、フィクションより面白いはずです。しかしノンフィクション界は田んぼが干上がるようにしてだんだん枯れつつあります。経済的理由で枯れている一方で、インターネット上ではブログが誕生するなど創作欲は見られます。
 意欲のある創作者が社会の隅っこに追いやられている現状の中、我々が何かできないかという企みから生まれたものが今回の賞です。今回は若い世代の作品も多く、まだまだ意欲を持っている人がいるんだなと実感できただけでもよかったなと思いました。

【選考委員コメント】魚住昭氏(ノンフィクション作家)

uozumi091130.jpg

 ノンフィクションは金と時間がかかります。そして持続する志が必要です。いま金は決定的に不足し、それにともなって時間もなくなっています。ノンフィクションを支える雑誌がないと本当にいいものは創出されません。「少しでも創作の助けになるようなことをしたい」というのがこの賞の目的です。今回選ばれた人たちが若い人であるということは収穫でした。
 選考にあたっては、ジャーナリズムの世界では活字よりも映像のレベルが高いと感じました。中でも「花と兵隊」は非常に優れており、私自身は大賞レベルの作品だったと思います。

【関連記事】
■「月刊現代」休刊とジャーナリズムの未来を考えるシンポジウム
http://www.youtube.com/watch?v=Ovxm5VtKDGw

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.