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上杉隆×高野孟:ニッポンの怪談 ── 世にも奇妙な記者クラブ制度のおはなし
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上杉隆×高野孟:ニッポンの怪談 ── 世にも奇妙な記者クラブ制度のおはなし

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 今月の「ON THE WAYジャーナル~高野孟のラジオ万華鏡」では、ジャーナリストの上杉隆さんをゲストにお迎えし、極東の島国に残る神秘的な制度「記者クラブ」について語り合いました。

 鳩山内閣発足当日の9月16日、フリー記者らが首相官邸に入れなかったのはなぜか? すでに民主党の公約違反なのではないか? 

などなど、帝国議会発足時からヌエのごとく生き長らえてきた記者クラブ制度の実態をお楽しみください。対談(怪談?)の模様は、下記のURLで公開されています。

■番組ホームページ
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

■音声ダウンロード(mp3)
http://pod.jfn.co.jp/people/scope/dl/takano_38.mp3

■テキスト版はこちら
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/n_noa.html

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この一覧は、次のエントリーを参照しています: 上杉隆×高野孟:ニッポンの怪談 ── 世にも奇妙な記者クラブ制度のおはなし:

» 「霞ヶ関改革」と並んで「記者クラブ制度」の廃止こそ、官僚政治から民主政治への転換の必要条件である 送信元 IT屋もりたの今時パソコン日記
 鳩山政権成立からちょうど4週間、新政権発足から未だ僅か1ヶ月にも満たないにもか... [詳しくはこちら]

コメント (21)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

こんばんわ。

政権交代なれしてないもので、「はあ、そういうものか」と考えながら読ませていただきました。

確かに自民よりはいろんな意味で面白い。

>向こうに設定して手前に考えてくる

これポイントと思います。

この思考回路になじむこと、その結果起きる、マジでやんのコレ的とまどい、泣いたカラスがもう笑た的右往左往、しかしコアとなる論理・筋立てを見失わない冷静さ怜悧さ、tomorrow is another day的タフさ、絶対やっちゃるという剛直さ、そして何よりそれら一切を突き放してそして楽しむ心立て(心映え?)、を以って民主党政権は国民・官僚・メディアをひきずりまわしてもらいたいと願っています。

向こうに設定して手前に考え『させる』トップの下で一番苦労するポジションに将来有望かつ現在優秀な人材(議員に限らず官僚も)を配置することが本人にとっても全体にとってもそして将来にとって良いことだと思います。

国民・官僚・メディアもおそらく将来から今に向かって振り返ってみれば流した冷や汗5万トンながらオレってば結構やれたじゃんとなるのではないかと思います。

一番望まないのは、こじんまり、こりこう、こつまらん政権です。国民・官僚・メディアに対して、失敗を先行して代行して見せてやる、必要な失敗とはこうやってやるんだ、すまん、なんだか上手くいっちゃってるよ、ぐらいなつもりで、しかし体を張って、存分に暴れまわってもらいたいと願うものです。


ぶら下がり・・・何と品のない表現でしょう?
国のトップがたびたび会見するのは普通でしょうか?
品格が全てではないが多忙であろう国家のトップが毎日コメントする?

逆に鳩山政権で開かれた記者会見の新しいやり方を実践してほしい。
記者クラブ・ぶら下がり・などの従来型の記者会見に新風を吹き込んでほしいものです。
旧来型の自民を真似ることなく、記者とのガチンコ問答で会見内容を深めて欲しいものです。 毎日二回も?ぶら下がりに何の取材があるのか不思議でたまらん。 
総理ぶら?会見になると、会社で言えば毎日社長が広報会見しているようなもので、
どう考えても馬鹿げたことで理解できない。
記者クラブ関係なく外国特派員を含めて記者会見を大きく門戸を開くことは賛成。
新聞記事の内容の取材競争の広がりや、広く国民が情報を歪みなく求めることが
期待出来る。 自民政権時にあった官房長官の単調な政府広報ではなく、
共同会見の変化のない、質問を受けるだけでは新しい政策取材も出てくる訳がない。
政策議論の相互の応酬・ガチンコで逆に記者への質問があってもおかしくは無いはずです。

外国の共同会見を見ると対等の立場で情報のやり取りがあるように見えます。
日本の場合どうしてもお上感覚が先行しているような単なる報告、伝達会見に
終わっているような印象が強い。記者も国民目線で国民の代表とゆう感覚で、
取材の深い所まで踏み込んでほしいものです。記者の熟錬した才能や経験が活かされ
やがてそのシステムが定着していくと名物老練の記者誕生につながります。
そして大衆はTVや新聞で公開されたメディヤで名物記者の情報に引かれていくことに
なり、意味のある話題に惹かれ政治に向き合う為の知識が広がっていくはずです。

上杉氏の聡明な解説に有り難く感謝です。
新政権の会見場で上杉氏・高野氏の解説の如く鋭く国民視点で取材に取り組むような、
政治を国民に近づける気鋭の若い世代の記者が誕生することを勝手に期待しています。

>日本の官僚組織は 首相官邸から省庁に至るまで、記者クラブという組織に独占的に取材をさせる特権を与えて来た。
それにより役人の思惑に即した発表を横並びで一斉に・・・・・
官邸、正確には官邸関連の広報業務を取り仕切る内閣官房の官僚は各省庁からの出向者が多い内閣広報室である。

>情報を発する側と、情報を受けて報道する側が記者クラブという既得権のひとつのお鍋に仲良く入っていて、両者どちらかに都合の悪い情報が、どうして国民に知らされることがあるでしょうか。

内閣広報室の官僚は下働きいわゆる 単なる会見設定係だと思っていましたが実態は官僚がやりたい放題?の仕組みであったとは驚愕です。 知らぬが馬鹿? 都合よく官僚と記者クラブの国民騙し・合体メディヤクラブを作っていたものです。
本来ならば政治家が自らの政策・声明を出す時、官僚を手足の類で使い切るのが当然と思いきや。 ではなくて官僚に利する専売広報室ではやりきれない。
裏を返せばこれからの民主議員の使役側としての能力が試されていることでしょうか。

政権交代後の期待感で大きかったのは自公政治で国民に背を向けて隠されている情報が開示されることにあります。官房機密費が億単位に機密扱いされていたであろう。
その他の裏金・それを国民の前に明確に情報をばらしていただきたい。
官僚主導から脱皮し無駄をなくす政治は透明な情報開示から始まるとゆう
片山元知事のコメントにエールを送ります。
ハイカラな情報開示ではなく呆れるばかりの裏情報をパンクさせて欲しいものです。
折角の政権交代ですので・・・・

上杉隆様 高野孟様

 対談記事の≪ 上杉> 記者会見に入るためには条件があるのですが、そもそも「記者クラブとは何だろう?」という疑問があって、何故こんなに大騒ぎをしているのかと言うと、実際は非常に重要な問題だからなのです。日本の記者クラブは総理官邸、外務省、自民党……、他にも色々な官公省庁があり、その他には都道府県、市町村、JR等の色々な民間企業があります。≫と言う件に関連して:

 人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする性悪説を唱えた荀子は「人は生まれて群なきこと能わず、群して分なければ即ち争う」と説いているが、これは、人間は本能的に「共同体」を作り、集団的な行動をするが、利益の分け前が不十分ならば競争をするという自然法に基づく因果の道理に従った人間の習性の原理原則についての説教であり、国家・政党・閣僚・官僚も記者クラブ・日本新聞協会・日本民間放送連盟・日本雑誌協会・日本インターネット報道協会・日本外国特派員協会も、すべて、この範疇に存在しているに過ぎないと、私は理解します。

 対談記事の≪これまでその企業の中の情報を記者クラブの記者に出してそのまま載せるという事で報道されてきました。これは普通だと思うのですが、実は海外ではそのような事は一切なくて、権力側が出した情報は「もしかしたら嘘をついているのではないか?」と疑ってかかる事が性格の悪いジャーナリストで、それによって初めて出るのです。≫と言う件に関連して:

 荀子は「信を信ずるは信なり、疑を疑うもまた信なり」という説いているが、これは、信ずるべき内容の情報を信ずるのは信用・信義・信頼に値するが、疑うべき点を疑わなければ、信用・信義・信頼は成立しないという自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

 然し、何でも疑ってかかる性格の悪いジャーナリストが、真相を究明しないまま憶測によって世俗受けするような記事を書くと、いわゆる「イエロージャーナリズム」に堕ち込む危険性が高いと、私は思量します。

 対談記事の≪したがって、例えば「埋蔵金の問題」や「年金問題」等はずっと昔から知られていましたが、フリーのジャーナリストはそれらの事を追及していたにもかかわらず何故出なかったかと言うと、記者クラブの記者に対して霞が関は「そのような事はない」と言って、別のデータを出すからなのです。そうすると、そのまま報道をしてしまって「なんだ、嘘じゃないか」という結果になります。≫と言う件に関連して:

 それは、多勢に無勢ということかもしてないが、フリーのジャーナリストは、一般的に、いわゆる「イエロージャーナリズム」に堕ち込むことが多く、信頼性が低いことの果報でゃないかと、私は思量します。

 因みに、上杉隆様には、≪山口一臣の「ダメだめ編集日記」・「官邸の記者会見もいずれ開放される!?」「民主党政権はやっぱりホンモノだった。」≫という記事の中で、私(mochizuki)が提示した疑問の解明にご協力いただければ幸甚です。
http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/09/post_91.html

 また、高野孟様には、≪藤原和博:神戸市長選で「官僚支配の権化」を推薦した民主党の不可思議!≫という記事の中で、私(mochizuki)が提示した疑問の解明にご協力いただければ幸甚です。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/10/post_384.html

記者クラブの実体は想像していた以上にひどいものですね。
でも先日の問題はどうも平野さんの認識不足が原因のようで、誰かが彼にちゃんと説明すれば協力してくれるのではないでしょうか。

それにしてもこれは「談合」と同じじゃないですか。
抜け駆けを許さない、部外者は立ち入り禁止しておいて、情報操作する。
典型的な前近代的な密室排外主義制度です。
それに、事務次官及び官僚及び自民党政府は、国民への情報操作に利用した。
便乗した記者クラブも「特権意識」を満喫し、政府御用ジャーナリズムの権威だけが一人歩きする。そうした記事しか記者クラブ参加のマスコミには登場してこなかったということですから、誠にひどいものです。

とにかくこんなことは一刻も早く崩壊させてください。

セキュリティの件は、記者個人個人の経歴を精査し、入り口でID確認と金属探知を最新技術で行えばいいものです。写真だけの確認なんて時代遅れであることはいうまでもありません。
そして各省庁と官邸への出入りにはセキュリティレベルの差を設け、官邸への記者の立ち入りは地下室のみに制限する。いろいろとやりかたはあると思います。

上杉氏のリポート、興味深く聞きました。記者クラブ制度の歴史も面白く、また、新政権内部の事情もさぞかし、と伺われ、今後の展開が待ち遠しい一人です。
そもそも、国民の生活を主管する政府(各省庁)の政策・方針が、国民に向けて発表され、説明される仕組みが無いのではありませんか。私たち納税者が、政府の方針や政策の内容を公平に受信できないなら、代議員としての義務が果たせるわけがありません。
広報誌や官報に記載しているというアリバイ作りの手法に騙されて、今では責任ある担当官の説明を直接聞くことが出来なくなっています。国民が疑問に思う事柄は報酬を得ながら顔を売るための講演会で説明され、それを旧来のマスメディアが意図的な編集の下に国民に伝える、そんな民主主義国家でいいのでしょうか。
政治には全く素人ですが、一日も早く「記者クラブ制度」を廃止し、主権者が正確に情報を得られる日が来ることを願って已みません。

今週号の「AERA」に面白い記事が載っていますよ。

毎週のコラムなんですが、「田岡俊次氏の特ダネ記者魂」のタイトルが出色です。
それは
『自民なら赤坂銀座 政務官室で感じたお茶一杯の爽快さ』
というタイトルです。
これって、自民党時代は、大手メディア記者は政治家から、「高価な料理付きの食事での取材」という便宜供与をしてもらっていた、という証ではないでしょうか?
大手メディアの爺さん記者(今TVで解説委員をしている輩)や入社したての若手記者まで、政治家から只で食事の便宜供与を受けていたのではないでしょうか?
これをフリーのジャーナリスト達は暴いて欲しいですね。
大手メディアの記者と政治家の豪遊ぶりをね・・・・・。
もしかして、記者会見のオープン化に抵抗している「理由」はこれかもしれないので。

上杉隆様 高野孟様

 対談記事の≪ 上杉> 記者会見に入るためには条件があるのですが、そもそも「記者クラブとは何だろう?」という疑問があって、何故こんなに大騒ぎをしているのかと言うと、実際は非常に重要な問題だからなのです。日本の記者クラブは総理官邸、外務省、自民党……、他にも色々な官公省庁があり、その他には都道府県、市町村、JR等の色々な民間企業があります。≫と言う件に関連して:

 人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする性悪説を唱えた荀子は「人は生まれて群なきこと能わず、群して分なければ即ち争う」と説いているが、これは、人間は本能的に「共同体」を作り、集団的な行動をするが、利益の分け前が不十分ならば競争をするという自然法に基づく因果の道理に従った人間の習性の原理原則についての説教であり、国家・政党・閣僚・官僚も記者クラブ・日本新聞協会・日本民間放送連盟・日本雑誌協会・日本インターネット報道協会・日本外国特派員協会も、すべて、この範疇に存在しているに過ぎないと、私は理解します。

 対談記事の≪これまでその企業の中の情報を記者クラブの記者に出してそのまま載せるという事で報道されてきました。これは普通だと思うのですが、実は海外ではそのような事は一切なくて、権力側が出した情報は「もしかしたら嘘をついているのではないか?」と疑ってかかる事が性格の悪いジャーナリストで、それによって初めて出るのです。≫と言う件に関連して:

 荀子は「信を信ずるは信なり、疑を疑うもまた信なり」と説いているが、これは、信ずるべき内容の情報を信ずるのは信用・信義・信頼に値するが、疑うべき点を疑わなければ、信用・信義・信頼は成立しないという自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

 然し、何でも疑ってかかる性格の悪いジャーナリストが、真相を究明しないまま憶測によって世俗受けするような記事を書くと、いわゆる「イエロージャーナリズム」に堕ち込む危険性が高いと、私は思量します。

 対談記事の≪したがって、例えば「埋蔵金の問題」や「年金問題」等はずっと昔から知られていましたが、フリーのジャーナリストはそれらの事を追及していたにもかかわらず何故出なかったかと言うと、記者クラブの記者に対して霞が関は「そのような事はない」と言って、別のデータを出すからなのです。そうすると、そのまま報道をしてしまって「なんだ、嘘じゃないか」という結果になります。≫と言う件に関連して:

 それは、多勢に無勢ということかも知れないが、フリーのジャーナリストは、一般的に、公然と開示した事実が真実だと総理と証文および現実の証拠を以て証明しないことが多く、いわゆる「イエロージャーナリズム」と見做されるて、信頼性・正確度が低いことの果報ではないかと、私は思量します。

 尚、責任と権限を持たない匿名の〇〇幹部や◇◇関係者が記者クラブを通じて漏らす秘密情報の方が信頼性・正確度が高いと言うわけではありませんが…。

 因みに、上杉隆様には、≪山口一臣の「ダメだめ編集日記」・「官邸の記者会見もいずれ開放される!?」「民主党政権はやっぱりホンモノだった。」≫という記事の内要について、私(mochizuki)が提示した疑問の解明にご協力いただければ幸甚です。
http://www.the-journal.jp/contents/yamaguchi/2009/09/post_91.html

 また、高野孟様には、≪藤原和博:神戸市長選で「官僚支配の権化」を推薦した民主党の不可思議!≫という記事の内要について、私(mochizuki)が提示した疑問の解明にご協力いただければ幸甚です。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/10/post_384.html

ニューススパイラル様

  2009年10月14日 16時ごろ閲覧したところ、 mochizuki( 2009年10月14日)の投稿記事は、それ以降の投稿者の記事が掲載されていたにも拘わらす掲載されていなかったので、ほぼ同じ内容のmochizuki (2009年10月14日 16:29 )を投稿してしまいました。

 私が見落とした可能性もありますのでお詫びします。

 mochizuki( 2009年10月14日)と、この投稿は雑音に過ぎませんので削除していただけたら幸甚です。

「記者クラブと警察の飲み会」

高知白バイ事件で、元バス運転手と高知県警が争っています。

地元高知新聞は高知県警側と見られています。(まあ、証拠捏造は無いというスタンスですが)

片岡さんの実刑、有罪が確定した日、高知新聞と高知県警は懇親会と銘打った飲み会を行っています。

また、高知新聞のホームページからたどると、忘年会にも高知新聞記者は招待されている事が判ります。

私の意見ですが、30年前ならまだしも、警察、警官が犯罪が犯したら報道しなければならない新聞社が、定期的に警察と宴会を開いて酒を飲んでいて、厳しい取材、報道が出来るとは思えない。

こんな記者クラブは高知だけなのでしょうか?

記者クラブのバカぶりは亀井金融大臣が嫌というほど証明してる。

亀井さんは記者クラブ用とフリージャーナリスト用の二つの会見を用意して会見に応じている。

そこでの記者クラブ記者の金融知識の勉強のなさぶりは、フリージャーナリストの中に金融系雑誌記者がいたり、日刊ゲンダイ記者が記者名を名乗って亀井大臣に金融問題を聞き質しているのをみると雲泥の差がある。

記者クラブの問題の一端がよくわかる質疑応答である。

若い頃は真剣に新聞を読んでいました。私にとっては政治の窓であり、経済の窓でもありました。

各社は社説を競いそれが社の顔でもあり、それが社を色分けして右だ左だと、今でも2chでは左傾の朝日なんてやっているのには笑ってしまいます。

民主が政権を取る前の各社同列の小沢西松問題への執拗なネガティブ報道は新聞、TVもまた体制の変革に対する本能的な報道利権の
保持作用が働いたのではないかと思っています。

こうしたものを見せつけられたとき、各社の深淵を垣間見たようで全ては同根でネオンサインだけをリベラル、保守と各社が点灯させてそれぞれのユーザーを引き寄せていただけではないかと実感するしだいです。

日本の報道においては権力への監視というのは幻想で、報道そのものに対する疑いと監視を持って読み、見て行く必要は必須だと思います。

「記者クラブ開放後」
記者クラブが閉鎖的で国際標準ではなく、結果として官僚主導の世論形成に与してきたというのはよく判りました。で、開放後どうするんですか?解放したら上質の報道が国民に届くようになるんですか?フリージャーナリストの方々はどういう媒介手段で情報を国民に発信するんですか。それも既存のマスコミと同程度に浸透するように。
 このサイトで同じことを何回も問いかけていますが、回答を未だ貰っていません。開放後の戦術を教えてくれませんか。解放しただけでは、フリージャーナリストに意味があっても、国民には意味ないと思うのですが。

>解放しただけでは、フリージャーナリストに意味があっても、国民には意味ないと思うのですが。

次の二点の問題が徐々に解決されるであろうと言われています。

1)自分達に都合よい情報だけを報道させる。

2)都合の悪い事は報道させない。

わたしは十分国民に利益があると思います。

鉄馬氏へ
ご指摘ありがとうございます。確認させていただきたいのですが、「自分達に都合のよい情報」の「自分たち」というのは「政府」ですかそれとも「大手マスコミ」ですか?
 私の理解不足かもしれませんが、政権交代後の現在問題になっているのは「政府による情報統制」ではなく「既存マスコミによる情報統制」ではないでしょうか。
 私の疑問の呈し方が悪かったかもしれませんので、言い換えます。記者クラブを開放すればフリーの記者が質問できるので「政府に都合の悪い質問も飛んでくる」でしょうが、それを大手マスコミが無視して今まで通り、大手記者の質問のみに基づいた報道を行った場合、フリー記者はどのように情報を広く国民に発信するのですか、というのが私の疑問です。私は「記者クラブ開放」に大賛成です。ただ、情報というのは広く知れ渡ってこそ意味があります。いくら素晴らしい質問をしても、政府が核心に迫る答弁をしても、それが報道されなければ、なかったことと同じです。そこまで大手マスコミも酷くはないだろうとは思いますが、大手マスコミが生き残りのために既存体制維持を図るならば、フリー記者を無視ということもあり得ない話ではありません。
 つまり、記者クラブ開放後の会見の模様を国民に伝えるのは既存大手マスコミですか?それとも新しい媒体を考えておられるのですか?ということです。

こんにちわ。

>「自分達に都合のよい情報」の「自分たち」というのは「政府」ですかそれとも「大手マスコミ」ですか?

私の例ですと、警察関連の記者クラブの話になってしまいますが、

警察の不祥事をかぎつけた記者に黙ってもらう。
見返りに、その後その記者に特ダネを提供する。

というのは行われているようです。また、その逆もあるようです。

本来、捜査中の情報は警察、検察から漏れ出ないはずですが、被告の悪印象を広める為に事前に記者クラブにリークする話は、よく使う手ということです。

西松事件では、大久保被告が保釈されるまでの間、ゆってもない自白、証言が、NHK、産経新聞で報道されました。捜査中の証言が外に出る時点で???疑問ですが、彼らはマスコミは、根も葉もない事は書きません。

上杉さんはこれを「談合」と言ってます。

またぶっちゃけ、記者クラブ加盟の記者も、不満に思っています。書きたいことが書けない。書きたい事(捜査機関側に都合の悪い)を書くと、記者クラブを締め出されます。上記西松事件で二階氏の件を報道した東京新聞は三週間出入り禁止になっています。(これが新聞社系の週刊誌が存在する理由となっているという話も有ります)

このような戦前の大本営発表に近いことを許しているのが今の記者クラブです。(国民の責任でもありますが)

>フリー記者はどのように情報を広く国民に発信するのですか、というのが私の疑問です。

その前段として、記者会見のやり取りは記録に残ります。今回ビデオジャーナリストというのを初めて知りましたが、いい質問悪い質問全てのやり取りが記録され公開されます。それはとても重要と思ってます。

水道のように蛇口をひねれば全ての国民が何でも得られるというのは難しいですが、フリー記者の報道をまったく得る方法があるのとないのでは、私にとっては格段の違いがあります。

・・・

今後フリーの記者も、信頼性のあるなしで淘汰がはじまると思いますが、それを判別していくのは逆に我々の責任です。

きちんとした取材をして発信している人たちが消え去っていくようになったら、結果として国民がそれを選んだということになりますが。

>大手マスコミが生き残りのために既存体制維持を図るならば、フリー記者を無視ということもあり得ない話ではありません。

やってます、やってます(笑)。今もきちんとやってます。

>つまり、記者クラブ開放後の会見の模様を国民に伝えるのは既存大手マスコミですか?それとも新しい媒体を考えておられるのですか?ということです。

今のところネットでしょう。記者クラブ開放が始まりつつあるので、試行錯誤しながら変わっていくと思います。

これから変わっていく、ということでしょうね。

鉄馬氏へ
やはりネットですか。以前にも同じような質問をこのサイトでしたのですが、結論はネットで情報を流すということでした。
 つまり、紙媒体を鵜呑みにする時代から、ネット情報を自分で取捨選択する時代になる(すでになっていますか)。記者クラブ開放を突き詰めると「自己責任」に行きつくということで理解しておきます。
 民主党政権の基本方針はすべからく「自己責任」の精神が貫かれているようです。国民がその方向に脱皮できるかどうか。その結論は4年後でるでしょうね。

BBさん。

今週の週刊朝日に上杉さんの記者クラブに関する記事がありました。私以外の悪弊の例も書かれていましたので、よろしければ読んでみてください。(立ち読みです。山口さん、すみません)

2009年10月23日号でした。

>今のところネットでしょう。記者クラブ開放が始まりつつあるので、試行錯誤しながら変わっていくと思います。

最近、新聞とテレビ局は、霞ヶ関の中の「広報省」とでも言えるものだとわかった。八ッ場ダムの報道で、ダム造れという立場だけを強調して、ダム止めろという立場をあまり取り上げないんだから。

その点、ラジオ、週刊誌、ネットは、賛成派、反対派を少なくとも両方取り上げようとはするだけ
ましである。(それが報道としては当たり前なんだが)

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