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ほろ酔い談義 session3 ── 酒と泪と鳩山由紀夫 »

バカにつける薬はない ── 居安思危(賢者は安きに居て危うきを思い、愚者は危うきに居て安きを思う)

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆議院議員)

 鳩山内閣と民主党の主要人事が決まり、小沢一郎が民主党の幹事長になった。鳩山政権を支えながら140余人の一年生議員の教育と民主党政権が初めて国民の審判を受ける来年の参議院選挙対策―――負ければ安倍、福田、麻生の二の舞になる―――という重責を考えると、余人を以ってはかえ難い、まさに適材適所の人事である。
 政治家に要求される資質の一つは「多方面の能力・知識を持ち、事の本質を広い視野から見抜き、判断する」ゼネラリストとしての能力と剛直性である。口で言うのはたやすいが、実際は非常にむずかしい。新人議員には、狭い分野(ミクロ)の専門家(スペシャリスト)は多いがマクロのゼネラリストになれる素材がどのくらいいるか、わからない。ミクロのスペシャリストの欠点は、自分の理論に固執し、採用されないと、不平・不満を、ところかまわずぶちまけて、マスコミの餌食になりかねないことである。一部のマスコミは「一方的で、党内民主主義がない」と恣意的に囃し立てるが、それはまったくの見当はずれである。
 党内で侃侃諤諤(かんかんがくがく)の大議論をするのは当然である。特別の申し合わせがない限り、マスコミにオープンにすればいいし、マスコミに、自分の考えを発表してもよし、異なる意見を批判してもいい。しかし、一定の結論が出れば、自分の意見と180度異なるものであっても従わなければならない。それがいやなら離党することだ。これは民主的政党政治の基本中の基本である。日本の野党には「政権を狙うため」に、まず、「仲間同士の足の引っ張り合い」から始め、決まったことも平然と破るという奇妙な悪弊がある。私は新進党時代、それをなんども目撃、体験している。

 小沢一郎が幹事長に就任して一番失望・落胆、そして恐怖しているのは自民党だろう。民主党内の反小沢勢力にエールを送ろうと「権力の二重構造論」「西松問題」を流している。これに呼応するかのように、マスコミの報じるところによると、岡田克也にとっては甚だ迷惑な話だろうが、彼の周りに「このままでは小沢に党を乗っ取られるので、気を付けろ」「ポスト鳩山を考えれば幹事長でいるべきだ」などと騒いでいた者がいる。隙あらば小沢降ろしを再燃させようと目論んでいたのだろう。民主党が国民に約束した理想とは天地雲泥の差のある、半世紀余も続いた自民党内の総理争いを彷彿させる、愚かさを通り越したアナクロニズムである。
 サッチャー女史は12年間、首相の座にいた。総理大臣は、特別の事情がない限り、野党に政権を奪取されるまで、職務を遂行するものである。「総理2年の使い捨て」は許されない。いま大事なことは、ポスト鳩山を狙うのではなく、内閣と党が一体となり、来年の参議院選挙までに、マニフェストで約束したことを、一つでも二つでも、目に見える形で実現することである。総選挙直後、私は労組の幹部、市民など多彩な人たちと懇談した。「マニフェストで約束したからといって、いっぺんに全部出来るわけがない。慣らし運転で、出来ることから成果をあげてもらいたい」「村山富市が総理になっただけで、薬害エイズが発覚したのだから、今度はもっと大きく変わると思う」「私は自民党に投票したが、世の中が大きく変わる予感がする。いい方向に変えるよう民主党に期待する」(自民党市議夫人)など人びとの言葉はいずれも、静かで、温かなものだった。小沢一郎は政治、政党への信頼を取り戻すために、国民との契約の実現を目指し、その剛腕を駆使して鳩山内閣を支え、時には叱咤激励すべきである。それを権力の二重構造と呼ぶならば呼ばせればいい。国のかたちを変えることのほうがはるかに重要であり、そのためには「小沢の剛腕」のような巨大で強烈なエネルギーが必要なのである。

 有権者は「天下り天国・官治政治」の自公政権を否定し、「脱官僚・生活第一」の民主党を選択した。「国のかたち」が変わるのである。無血・市民革命である。この流れを塞ぎ止めて、歴史の歯車を元の自公政治の化石的旧体制に戻そうとして「西松問題」「個人献金問題」など瑣末な問題を重大な懸案などと位置付けるべきではない。自民党は政権与党時代の垢を洗いおとし、骨太の政策を練り上げて、鳩山政権に論戦を挑むべきである。それにしても「産経」はひどい。「民主党さんには思うどおりにはさせないぜ」で世論の非難を浴びたにもかかわらず、「個人献金問題」を「鳩山氏本人にまでいく話だ」と煽り立てている。民主党政権誕生をめぐる動きには、国益や国民の暮らしを全く考慮できない「バカにつける薬はない」ことが多すぎるようだ。

 自民党は16日の首班指名に誰の名を書くかで右往左往し、参議院の長老・若林正俊と書くことで決着した。好き勝手に名前を書かれたら、28日に予定している総裁選の事前運動にもなりかねないと憂慮したのだろう。総理大臣を選ぶという国会議員の最重要任務に、党を代表する総理候補なしで衆参本会議に臨む議員の神経はどうなっているのか。敗残兵が、やけのやんぱちで抵抗しているようなものだ。自民党は敗北が決まった瞬間、臨時党大会を開き、総裁を選出し、体制を立て直して特別国会に備えるべきだった。ところが、党内の疑心暗鬼と思惑で政党としての最低の危機管理すら出来なかった。もはや政党の体をなしていない。
 公明党も大変だ。「自公十年」のツケは大きかった。衆議院総選挙は、政権を争う権力闘争である。小選挙区制にはそれが露骨に現れてくる。公明党は党員の90%以上が創価学会員で構成される宗教政党である。公明党が権力闘争に参加することは憲法上、全く問題はないが、創価学会が政治を左右するのではないかという疑念と違和感を払拭するのは難しい。この際、衆議院から撤退し、「参議院と地方議会」に特化し、「福祉と平和の党」の原点に戻ることを検討してはどうか。

 9月上旬、G20とWTOが開かれた。G20には麻生死に体内閣は竹下副大臣を派遣し、WTOは欠席した。麻生総理がこの国際会議の重要性を理解していれば、投票日を都議選と同時か、その前後に設定し、新政権が代表を派遣できるようにしたはずである。ところが、彼は国益を全く考えず、公明票欲しさに最悪の選択をしたのである。公明党が国益よりも、東京都とはいえ「一地方議会」にすぎない選挙を最重要視したことは、国政に参加する政党のあり方として疑問をいだかざるをえない。また、十年間、公明党を全面支援し、自公政権を支えてきた政治的責任を、不本意だろうが、創価学会は真正面から総括すべきだろう。それが公明党再生への第一歩だと思う。

 9月6日付朝日新聞のトップ記事は「高速無料化の経済効果 国交省一転、試算認める」である。試算は07年度に国交省の国土技術政策総合研究所が実施したもので、高速道路を無料にすると、2..7兆円の経済効果があるという。民主党の公約に有利になるので、国交省はひた隠しにしてきたがが、隠しきれないと観念したのだろう。「霞ヶ関」の悲鳴が聞こえる。「霞ヶ関」は一世紀もの間、この国の実質的な統治者であるかのように振る舞ってきたことを猛省し、国民に奉仕する公僕としての意識に目覚めるまで、監視をゆるめることは出来ない。

 革命前夜の8月29日夕、私は茨城県の古河駅前で600人前後の群集の一人として、民主党候補の演説を聞いた。その日の午前、同じ古河駅前で、麻生総理が3000人の支持者に最後の、テキ屋のおっちゃんのような檄を飛ばしていた。開票の結果、民主党候補が自民党前職を破った。しかし、無所属の前職、中村喜四郎元建設相には負けた。「風」は吹いたけれど、中村の厚い岩盤を切り崩すことは出来なかった。このことの意味は十分に検討する価値があると思う。今回の選挙で「民主党に勝たせたいので、候補者の名前も顔も知らないが、投票した」という人が、かなりいたであろう。小選挙区制の利点でもあり、怖さでもある。今回の選挙では「風」のお蔭で当選出来た人も多い。だが、しかし、政権交代を「風向き」や「自民党のオウンゴール」のせいにして、矮小化してはならない。2009年夏の日本の出来事を、「世界、とくに中国などアジア諸国が注目、驚愕した『票による無血革命』だった」と後世の史家に記録させるべきである。

 「無血・市民革命の主役はわれわれだ」と胸を張って、大声で叫ぼう。

*  *  *  *  *
【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき) 1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。


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» 【ジミン没落】老残物は一刻も早く雲散霧消してもらう事こそ我が国の為だ!【75歳の首班候補】 送信元 ステイメンの雑記帖 
 16日の新政権発足まであと1週間ほどになったが、民主党を中心とする連立協議が当初の予想に反して難航しているようだ!  その理由は、圧倒的少数派である社民... [詳しくはこちら]

コメント (44)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

> この際、衆議院から撤退し、「参議院と地方議会」に特化し、「福祉と平和の党」の原点に戻ることを検討してはどうか。

まったく賛成です。というか、そもそも創価学会には政治活動にエネルギーを使うよりも、地道な宗教活動、あるいは慈善活動を実践してもらいたいです。
そして、それは時代の要請にも合致すると思います。つまり、それは高野 孟氏さんのいう「補完性の原理」ですね、
「補完性の原理」の一翼を担うものとしての 宗教団体の活動がありうると思います。地域共同体の福祉に貢献するものとしての宗教団体という道を 率先して歩んでもらいたい。 たとえば、NPOと連携して地域共同体の福祉に貢献するとか。

国家財政の巨大な赤字を抱える日本は、「自分たちで出来ることは出来るだけ自分たちで行う」という「補完性の原理」にそって行動することが求められる。その一翼を創価学会には歩んでもらいたい。

これまで、創価学会のみならず 仏教系は慈善活動には消極的であったように見えます。街頭でホームレスに食事などを供給しているのは キリスト教系です。 仏教系はそういう活動には距離を置いているように見えます。これからは、考え方を改めて、そういう慈善活動に積極的にかかわるような方向でいってもらいたいです。そのことは、「補完性の原理」に適うものであると考えています。すぐに国家に頼るのではなく、地域で困っている人があれば、自分たちで何が出来ることなのかを考え、それを実践する、その一翼を創価学会には担ってもらい、ほかの仏教系の模範となってもらいたいです。

これが、創価学会の進む新たな道となれば、人々は創価学会を地域の役に立っている仲間として徐々に受け入れるようになるのではないか。
公明党は創価学会の組織防衛のためのものとして 私も含めて多くの人はとらえている。
キリスト教は 組織防衛のために 慈善活動に励んできたわけですが、多くの国民からすると 組織防衛のためであれば
政党を通して行うよりも、 キリスト教のような慈善活動のほうが 自分たちの利益になっている感ずるだろうし、それは地域主権が叫ばれる時代の要請に合致すると思いますね。

  “「無血・市民革命の主役はわれわれだ」と胸を張って、大声で叫ぼう。”

心地よい秋風に爽快!二見様、元気がでます。

ようやく主役登場!21世紀が拓けてくる、長い、なが~いトンネルの先に光が見えてきた!

未知と未来を切り拓くのは、われわれなんだ!喝采! 

そうだ青春しよう!将に“青春とは”実年齢ではない!誇りをもって日本再生のためにささやかでも今日から、今から行動しよう!

今の自民党は、「政」党ではなく、権力に群がりたい二世議員の集まりに過ぎません。そもそも、「馬鹿」の集まりなのです。

公明党は、「馬鹿」以前の問題として、「政」党ではなく、カルト信者の集まりに過ぎません。

それにしても、国会議事堂の立ち退き拒否騒ぎは、自民党の醜悪さが際立ってますね。自民党が、未だに反省せず、下野するという意味も理解できず、新たに出直そうという気持ちもないことを証明しているのです。

「自民党に付ける薬はない。」

■鳩山政権は,早急に公職選挙法/政治資金規正法を抜本改正すべし■

自民党は権力者である自身への利益誘導を正当化するため,官僚を甘やかし,官僚をのさばらせてきました.利権確保と引き換えに,官僚に政治権力を売り渡し,日本を官僚天国にしました.官僚権力の源泉のひとつが,公職選挙法,政治資金規正法を武器にした,検察庁特別捜査部(いわゆる,特捜)の存在です.
今回も,反民主の人たちは,真打登場ということで,特捜検察が暗躍し,「西松での小沢秘書有罪/小沢政界引退」,「個人(故人)献金での鳩山秘書逮捕/鳩山総理辞任」のシナリオを期待していると思います.
こんな謀略を許してはいけません.
公職選挙法は,選挙運動での「箸の上げ下ろし」までを規制し,国民の選挙運動への自由な参加を拒否しています.小沢,鳩山の献金問題は,日常の常識の範囲内の出来事であるにも拘わらず,議員辞職にも及ぶ,「大事件」となる可能性を残しています.
公職選挙法/政治資金規正法は,選挙民が政治犯罪に加担することを前提に,それを取り締まる法律と成っています.官僚(検察,警察)が選挙民を支配する構図が,ここから始まります.
鳩山政権にお願いします.早急に,これらの法律を国民の自由な政治活動を保証する様抜本改正して下さい.

二見伸明様

>この流れを塞ぎ止めて、歴史の歯車を元の自公政治の化石的旧体制に戻そうとして「西松問題」「個人献金問題」など瑣末な問題を重大な懸案などと位置付けるべきではない。

二見様の見解に同意見ですが、国会が始まれば、自民党はこの問題を蒸し返すだろうと思います。
すでに、古舘や田原がTV画面でこの問題を無視できないような物言いをしております。古舘は選挙速報当日、小沢さんに質問しておりました。

現在の民主党の動きは、従来の上から目線での自公とはまったく違う国民主権を意識した発言をTV出演の議員から聞くことが出来ます。

「西松問題」「個人献金問題」など瑣末な問題は民主党政権が軌道に乗るまでは聞きたくないし、見たくもありません。何とかならないものでしょうか。

公明党は元来、日蓮聖人の教義にある王仏冥号を実現するために設立された政党であった。

王仏冥号とは政治と仏法の冥号であり、法華経の極理である空仮中の円融三諦(極めて判りやすく言えば、人間の尊厳、自由、平等)を政治に具現化しようとする崇高な理念である。(創価公明如きに、王仏冥号を目指されては、日蓮聖人もさぞご迷惑であろう。)

ところが、もともとカルト体質、極端な現世利益志向を持つ創価学会は、これを国立戒壇の実現に矮小化したため、世論の袋叩きに合い、王仏冥号、国立戒壇をともに撤回する。

笑い話のようだが、国立にしようとした戒壇をお持ちの由緒ある宗門からも破門されている。

その後、人間性社会主義なる理念を持ち出し、「平和と福祉の党」に看板をすげ替えそれなりの評価を得たが、あの言論出版妨害事件を経て、自民党田中派、竹下派に首根っこを押さえられ、以来権力に加担してきた歴史を持つ。

この流れの中で、小沢一郎との接点をもつが、新進党の解体を経て、現在小沢と創価がどういう関係なのかは、諸説入り乱れ小生にはわからない。

しかし、すねに傷が多すぎるこの集団は、常に権力側にいないと存亡自体が危ぶまれることから、小沢と民主党に擦り寄っていくことは間違いない。この点は皆さんもよくウォッチしていって頂きたい。

創価学会・池田大作は総体革命と称する日本乗っ取り策のもと、司法、外交官、官界、マスゴミ、経済界等に信者を送り込み、自らの影響力の拡大に血眼になってきた。
公明党は総体革命の中心部隊の位置付けで、まさに政教一致のおぞましき存在である。

「池田先生と学会を守るため、どうか議席を与えて下さい。」と創価の集会で候補者はどうどうと訴えているのである。

オウムと同じように日本支配を目指す創価学会が、何故公安の監視対象にならないのか不思議である。

桁違いの資金力と恫喝力を持つこの集団にマスゴミはひれ伏し(新潮社などごく一部を除く)、御用学者や御用ジャーナリストはへつらい、ヤクザは擦り寄り、検察・警察まで用心棒に雇われている。

しかし、幸いなことにインターネットの普及で、この集団の真実が一般の人にも知られつつある。

民主に擦り寄るより、きっぱりと政界から手を引くこと。これが創価学会の唯一の生き残り策である。日本には信教の自由は保証されているのである。

今10chに野中広務が取り上げられていた。
落合恵子は彼をして存在感がる主張の合う政治家だという。
ま、落合恵子に反応するのもくだらないことだが、この野中と言う男に果たして政策はあったのだろうか。
この男こそ、森、青木、小泉とグルになって自民党を堕落させ、今日の惨めな政党とさせてしまって元凶だと言っていいと思う。
村山を抱きこんだりして、自民党の再生を邪魔してしまった「政局だけの男」だ。

くだらない奴バラの話はここまでにして、
ここ、ジャーナルの場でも、自民党はもういらないという方の声が大きい。
しかし、良きライバルこそは必要不可欠なのであり、ここ数日の連立協議を見ていてもライバル不在こそが足並みの乱れのもとになっているような気がする。
自民党がもう少ししっかりしていれば、こんなにチンタラやってはいられないはずだからだ。
このドタバタが解決してからも、自民が今のままだと民主党内には小沢氏に対する嫉妬から、妙な動きが起こってきそうな気がする。

自民党よ、しっかりしてくれよ。
森だ青木だなどはどっかへ除けてしまって、新しい姿を見せてくれよとお願いしたい。

いつもいつも二見氏の意見に感銘しております。マスゴミや自民党に愚かな人間がいても仕方がないのですが、民主党内に「愚かなアンポンタン」がいるのにはあきれてしまいます。これまでも例の小沢代表降ろしをマスゴミ・聴衆の前で叫んだ愚かな議員がおりました。その反省もしていないようです。今でも影で小沢幹事長に反対とか、小沢氏の意見が強くなるのは反対などとノー天気な事を言っている。困った事です。今からでも遅くない。反省して一からやり直して下さい。これまでの「あの人は政策通とか、あの人はグループの長だとか」などはこの際切り捨てて、本当の政治家を内閣・党の重要なポストにつけて欲しいです。

すみません。王仏冥号と書いてしまいましたが、正確には王仏冥合であります。
日蓮聖人の御遺文に「王法仏法に合し仏法王法に冥じ」云々とあり、これが語源です。

閑話休題。

創価公明から距離を置いた公明党議員。主だった人を時系列に並べると、

藤原行正
竜年光
大橋敏雄
竹入義勝
福本潤一
矢野絢也

これらの人たちは創価学会から、
犬畜生、鬼畜の如き罵倒を浴びています。

ところが、二見伸明氏や今回東京15区で当選した民主党の東祥三氏、二人とも小沢一郎に近い人です。
不思議なことに、この二人に関しては、創価は罵倒もしないし完全に無視しています。

二見さん、
あなたたちは、創価の民主党に対する保険のような存在なのではないですか。
自公政権に踏み込んだが、実力者の小沢一郎を完全に敵に回せない。そのための対小沢に対する保険というかパイプ役なのでしょう?
違いますか。
違うなら、ここではっきり否定して下さい。

皆さんご承知のように創価学会という組織は、離反した人間を徹底的に攻撃し、監視する団体なんですよ。

2009年8月30日に国民と民主党が「政権交代」を実現させた。
しかし、まだ国民への本当の「主権交代」は成し遂げられていない。

目先の「政」は倒したが、「官僚、検察や警察、財界、大マスコミや御用ジャーナリスト、米」といったこの国の権限や富を独占してきた既得権益連中は健在で、その既得権益側は、自分たちの利権や利益死守のため、最前線部隊たる大マスコミや御用ジャーナリストを総動員させ、最も障害となる存在の小沢一郎や民主党を揶揄し貶めようと、ジャーナリズム精神を放棄したような低次元で卑劣な抵抗をしつこく続けている。
まさに、国民の選択と期待にツバする行為だ。

今にして考えれば、所詮自公政権などは既得権益側にとって「都合の良い道具」で「隠れ蓑」程度でしかなかったのかもしれない。破れた後の自公政権を見ればその脆弱性と醜態に「哀れさ」さえ感じる。

国民にとっての巨悪はまだまだ健在で悪辣だ。これからも「敵」は、一見、正義面や公正さを装いつつ、手を変え、品を変えて国民を惑わすべくアプローチしてくるだろう。
従って、国民は根気強く、その時々の報道の背景と本質をきちんと判断し、行動していかなければ、本当の「主権交代」革命は成就しない。

民主党を選んだ国民は、今しばらく民主党を信じ、まだまだ根気強く共に戦っていくしかない。

<国政に参加する政党のありかたとして疑問をいだかざるをえない>
二見氏の発言に同意致します。連立10年、自民党の補完物であり政権維持のための既得権益の共有に他ならなかった。与党の立場として国益の二文字を政策に見出す事は無かったと思う。自民党は社会党との連立で政権復帰をし、国民の目を逸らす事に成功し、社会党を分裂解党にまで追い込んだ。社会党は「神輿」であり担ぎ手である自民党の意のままに成らざるをえないのである。それが末路である。公明党も同じく利用されたことに違いは無い。弱体化した自民党の支持基盤を補完するための創価学会票だったのだ。それ以外に何があったのだろう。「連立のリスク」と自民党の野田に言わしめた「定額給付金」や、過去のいわくゆる「買い物券」等。森政権で終わった自民党が、高野氏の「ゾンビ」で延命はしたけれど本質はもうボロボロになっていたのである。そのことに自民党自身気付いていたが、認めたく無かったと言うことなのだ。夢よ再びと人気第一の首のすげ変えが、もはや通用しない処まで来てしまっていた。最後の麻生は、選挙に負けて地位を奪われる事に恐怖し、ぎりぎりまで引き延ばした結果の見るも無残な惨敗。自民党は自業自得だが、「福祉と平和」を党是に掲げる公明党の責任は重いと言える。国民の生命の根幹を考えなければ成らない国益を、自らの党益重視のため軽視したことは重大なる責任だと申し上げたい。政権政党は一支持団体のための党であってはならない。全ての国民の生命、幸福のための政治をするのがあたりまえなのである。政党は多くの国民の支持を得て、政権政党になるのである。自民党は多くの支持基盤の支持を失い、公明党は創価学会の票以外の大切さを自覚しなければならない。今政治は、出発点としてやっと国民の手による政権選択が出来るようになった。真白状態の、自民党の見るも哀れな姿。そこに政治家としての姿をみる事は無い。政治屋としての醜い姿を曝しているだけである。小沢一郎の政治家としての力量を知るが故に、もはや絶望的な再起を知り混乱の局地にある。その状態を察するに余りあると言えば、お叱りを受けるだろうか。

二見さん 

  居安思危 思則有備 有備無患

故事、勉強になります。多謝。
二見さんが折角標題に引かれた意義深い言葉に纏わって、若干の所感を申し上げたく・・。

1.Net検索結果に拠ると、この言葉の出典は、中国唐代の【貞観政要】とするものもあるが、もっと古く紀元前の魯代の「春秋左氏伝」(孔子「春秋」の注釈書)との説もある。真偽は兎も角、孔子先生の言が「有り難味」が大きいので、Aboutにこの説を採用しておきましょうか(笑)。http://www.pref.shiga.jp/h/ryuiki/bosaikouenkai/images/s78.pdf

2.この種の言葉は多種多様に観出し得るが、私には現代では次の言葉が非常に身近にあって、時に拠り反芻している。公安が考えた言葉だと考えると口が歪むので、そのことは敢えて忘れて(笑)。
  「だろう運転」ではなく、「かも知れない運転」。

標題を含めてこの意識が、RiskManagementの根幹を成しスタート台であるとも・・。この意識が無ければ、略々全ての思考もRiskManagementの全てのプロセスも、的確適切にはスタート出来ないとも・・。

3.更に、「バカ」をキーワードにすると心乱れるが、此処は平静に冷静に偏りなく観念に徹して・・。巷間には「バカにつける薬はない」の他にも、「バカは死ななきゃ治らない」、「バカと鋏は使いよう」などと言われる。
1)バカには取り敢えず「素朴なそれ」と「確信犯的なそれ=愚か者に当たろうか」の二種類があると仮定すると、「素朴派」には「バカと鋏は使いよう」が、「確信犯」には「薬はない」と「死ななきゃ治らない」(この「死」は決して生物的死ではあるまい)が、夫々該当するのではないか。
2)政治家や支援者を論ずるに「素朴派」は居ないでしょうから、全ては「確信犯的なそれ=愚か者」の属することとなるとすると、事態を解決に導く策は、無い薬を待つ訳には行かず、死ぬのを待つ訳にも行かず、結局は「付き合いを止める」ないし「関係を薄める=組織の末席に置く」ことになろう。これを本人側から観れば、「役職を失う」(=社会的な「死」)(※注)という重いしっぺ返しを食らわせるのが、基本的に賢明な対処策ではなかろうか。
此の場合、本流側には、「馬鹿ではない者達=賢明な者達」の蓄積を分厚くすることが肝心なことになる。

      (※注)この「社会的な死」を覚悟したバカな所業であれば、立派とも言えるが、寧ろ真に愚か者が該当することになる。

まあ、私も創価学会を取り上げておいてなんですが、どうも創価学会というとすぐに扇情気味に投稿される方々が必ず出てくる。(笑) このJournalのブログでは、2チャン的ではなく、より論理を尽くして建設的に 意見を述べられることが求められると思いますけどね。私も、創価学会の政教分離にかんする憲法問題を ここで何回か取り上げていますが、表現は慎重に、あまり扇情的にならないように意を尽くしたつもりです。 Journalをそこらにある掲示板の類と同じものに貶めてはならない。

二見氏,プロフィールから推察申し上げるに,貴殿は学生運動華やか也し頃には,創価の学徒たりとて謹厳実直,シュプレッヒコール等とは無縁の中に過ごされ,今その代償行為とて「無血・市民革命の主役は我々だ」と雄叫びを上げるや。願わくば,老残を曝すこと無かれ。
拙者老耄,暗愚の村夫子なれば,tyrant御着座の暁,鹿をして馬かと問わらるれば,逆らう事など及びも着かざる者なるが,官弊打破を言われる貴殿が儒者の言を牽くは如何なる意かと愚考。
居安思危 思則…,是即ち,賢者は己を安に居らしめ,危を思(はかる),思れば有(持つ)は備(ゲバ棒),備有らば患(不安)無し,の意なるかと。
市民を御旗に掲げる全体主義,最早近々なりと確信為され,その暁には功有るdemagogueたらんとて残すdemagogyなるや。

自分の体験と長年の研究に基づいて事実を書いても、

「どうも創価学会というとすぐに扇情気味に投稿される方々が必ず出てくる。」
「2チャン的ではなく、より論理を尽くして建設的に 意見を述べられることが求められると思いますけどね。」
ということになっちゃいますね。

悲しいですね。
これが鶴のタブーですか。

小沢さんが幹事長に決まった時
「最悪の人事だ!」とマスコミにコメントし、
平野さんが官房長官に内定した時
「また鳩山さんの悪い癖が出た…」とコメントした民主党幹部『X』氏とは誰だ!?

岡田さんが外相に決まった時は何もコメントしなかったところを見ると岡田さんに近い人物と思われるが???

この『X』氏こそ薬の付けようのない『馬鹿者』です。
「自分に権限が無いのなら黙っていろ!」と言いたい。
選挙で選ばれた自分達の代表の行う人事が信用できず(例え対立候補を押していたとしても)、自分の思いと違うからといって批判を繰り返すのなら、自分の思い通りにならないことがそんなに気に入らないのなら、二見さんの仰る通り『離党』すればいいのです。
『X』氏は自分が民主主義における選挙で選ばれ、自分に投票してくれた人々の期待と他の候補に投票した人々の批判を背負って国会の場に立っているという事を理解していません。
国会議員の資格の無い民主主義の基本が全くわかっていない馬鹿者です。

>「無血・市民革命の主役はわれわれだ」と胸を張って、大声で叫ぼう。

われわれ市民はそのために力を尽くしていかなければならないでしょう。

さて、公明党についてですが、
「福祉と平和の党」の原点に戻ることをついては、大賛成です。

9日、公明党の山口那津男代表は、個別政策で民主党に協力もありうると発言したようです。その一方で、自民党とは、協力が必要な場合は共闘していく(時事通信)、と。

国民はこれで、ああ、そうですか、と納得するでしょうか。あまりにも都合が良すぎはしないでしょうか。

>創価学会が政治を左右するのではないかという疑念と違和感を払拭するのは難しい。

たしかに、おっしゃるように、国民の多くは、それを警戒しています。
その警戒感に加えて、先のような自己保身に一生懸命では、ますます不信感が募るのではないでしょうか。

公明党がいままでの自身の間違ったあり方を懺悔し、国民の理解が得られるように、徹底的に自己批判しなければ、党の再生はありえないのではないでしょうか。

その一環として、自民党と手を切ること、これは最低限必要ではないでしょうか。

私の記憶では、むかし、公明党さんは、困った人のために、見返りを求めることなく、いろいろと力を尽くしてくれたと思います。
「福祉と平和の党」の原点に戻り、出直していただきたいです。

いまある市民活動に対し、積極的に協力していくことから、はじめていくことが信頼を得ていく第一歩ではないでしょうか。貧しい人、困った人に対し、見返りを求めず、助ける姿勢を見せてほしい。それを強く希望します。

<ノモトSABOユウジ様>
私がいいたい事を先に言われてしまいました(笑)
「X氏」が誰かは判りませんが、下手をすると岡田さんが潰されてしまう事が理解できないバカものですね。
選挙中に焦って「政権移行プログラム」を幹事会に提出したのはいいが「こんなのは、政権を獲ってからでいい」と、小沢さんに一喝されて、スゴスゴと引っ込めるなんて、見え透いた事をするから、政権移行チームは却下されるし財務大臣から外され、岡田主導は露と消えてしまった。岡田さんも取り巻きを選ばないと、政治家として大きくならないことに、早く気付くべきです。

創価学会員諸君。

小生の論理的な書き込みに異論があるなら、小細工を弄さないで堂々と反論しなさい。

二見さま
こんばんは。
「無血・市民革命」とはいえ、電波はこぞって、国民に付託された政党のネガティブキャンペーンに始終していますし、今後、既得権益を持った人達に不利な政策が出るたびに、大騒ぎになる事でしょう。閣僚も決まらないこの時期に、この有様では、まだまだ、頭の痛いところです。この騒々しさに耐えるのは、民主党議員も、有権者も、かなりの意思力が必要かと思います。
「馬鹿につける薬がない」という以上に、自民党のように60余年も政権を持ち、また、オールドメディアのように長期にわたり「俺様」よろしく、世論を誘導し続けると、ほとんど耐性菌のようになってしまうのだなと、彼らを見ていてつくづく思います。どうにかならないものでしょうか?
世界中が不透明で、どの国も、これからの未来を必死で模索しているこの時代に、日本の将来も語れず、考えず、この期に及んで、自分たちの目先の利益しか頭に無い輩が、日本に多い事を非常に嘆かわしく思います。
今後、民主党がこれからの日本に必要となる政策を実行するために、我々が何をすれば、彼らの改革を守ってゆけるのか。また、投票というカードを切ってしまった我々に、正当なジャーナリズムが日本の中に希少な現在、何を世論として、理不尽な報道に対抗できるのか、その手だてが非常に欲しいと思っています。

公明党は、なぜ、国土交通省大臣を選択してきたのか。八王子市の創価大学村の道路などに便宜がなかったのか、などをマスコミに検証してもらいたいものです。
それらも総括して欲しいものです。

堀口雪文さん | 2009年9月 9日 18:26 

 再度、焦らないで下さいね

1.引用【我々に、正当なジャーナリズムが日本の中に希少な現在、何を世論として、理不尽な報道に対抗できるのか、その手だてが非常に欲しい】
これには苛立たしさを含めて強く同感しますが、焦らないで下さいね。今のジャーナリズムに最大・究極的な苛立ちと不合理・不条理を感じているのは、鳩山代表であり小沢幹事長でしょう。
また、同時に、この現状を解消し今のジャーナリズムのNegativePowerをPositiveに切り替えさせるのも、彼らお二人の政治力が最も有効なのですから・・。

2.今日、「政治記者歴30数年」を謳い文句にする元政治記者(政権XX番・・過去の政権政党が偶々自民党ばかりだった!!)の講演会を聞いてきました。 Aさんとは親友、Bさんとは長年の付き合い、Cさんとは昨晩酒を飲んだ・・、という類を話の端々に混ぜるのですが、そのAさん・Bさん・Cさん・・が全て自民党の大物議員であり、高級官僚な訳です。
本人は、そのような偏った情報ソースを数十年に亘って築いて来て、その交友関係が数少ない「宝=生活者としての生き延びるための拠り所」であるという現実があるのです。日本の政権の歴史を観れば、このようなジャーナリストが殆どでしょう・・良し悪しではなく。

3.このTheJournalの何処かでも書きましたが、民主党にとって、特に総責任者たる鳩山代表と小沢幹事長にとって「目先=近視眼的に」極めて重要なことは、官僚達にも、ジャーナリスト達にも、勿論国民にも、出来るだけ早期に「民主党政権が良くやっている」と思わせることです、即ち「民主党政権が長続きするかも知れない」と思わせることです。
これが出来れば放っておいても、本人達が「勝手に改心」するでしょうし、組織(官僚組織、メディアの組織、経済団体などなど)の命令系統が、自民党寄りから民主党寄りの人物へ首を挿げ替えることを含めて「勝手に改心」すると思います。
彼らは、「二見さん流の薬」は一切不要の、「機を観るに敏な、賢い連中ばかり」ですから。
勿論、「一線を越えて仕舞っている官僚達」や「永きに亘った自民党政権と盃を交わして?兄弟関係にあるメディアの重鎮」などの例外は必ず有りますが、これらのケースにおいても改心した組織の論理は極めて強力であると私は期待します・・。

4.我々支援者は、慌てず焦らず淡々と然し力強く、己の信じる処を発して、旧態固陋なメディアやジャーナリズムや評論家達に反論し諭すことだと思います。21世紀に於ける「流血革命」ではない「民主主義下での政権交代」での有権者の限界でもあり、特権でもある・・民主主義に於ける有権者が「有力か、非力か」は考え方に拠るでしょう。

5.次元が違う観点では、先日の私の観点「教養の蓄積」が、日本のジャーナリズムには絶対的に不足していると言えるが、今更言っても遅い訳で・・。辛抱、辛抱です。

連立協議が妥結したようですね。あれっと思ったが、「死刑制度廃止」と「夫婦別姓」はどこにいってしまったんだ? ということ。 まあ、社民も民主も 、「死刑制度廃止」と「夫婦別姓」については賛成のはずだから、実行されるはずですが、そのように期待していますよ。

あっ、そういえば、国民新党の亀井さんも 「死刑制度廃止」論者でしたね。ということは、三党そろって 「死刑制度廃止」ということになります。民主党はマニフェストにはないけれども、党の政策として「死刑制度廃止」を打ち出しているはずです。ということで、与党の三党がすべて「死刑制度廃止」ということになります。これで決まりですね、やっと日本も文明先進国の仲間入りできます。

今回東京15区で当選した民主党の東祥三氏の事務所に問い合わせました。

「元創価学会員で公明党員でしたが、両者との関係は完全に切れており、小沢一郎氏と行動をともにしている。
矢野純也氏の国会招致も賛成。
地元では創価学会員から、裏切り扱いされ相当バッシングを受けている。」
とのことでした。


浅山 さま

わたしも 死刑制度廃止を願っています。亀井さんと鳩山さんは どちらも 死刑廃止のための議連に参加しているから、だいぶ進むのではないでしょうか。

浅山さん
二見伸明です。平成6年4月、百名を超える超党派の国会議員で「死刑制度廃止推進議員連盟」が結成され、私が初代の事務局長になりました。
 私は衆議院予算委員会で、時の総理、宮澤喜一さんと「死刑廃止」論戦をしたこともありますし、元最高裁判事の団藤重光さんん、映画監督の山田洋次さんに講演をお願いしたこともあります。私は、いかなる理由があるにせよ、人の命を奪うことは許されない、たとえ、極悪殺人者であっても、国家の命令で、その命を奪ってはいけない、終身刑にすべきだ
と考えています。まして「誤判」で死刑に処した場合は取り返しがつきません。こうした理由で、いまでも、廃止運動を続けています。しかし、この運動は、選挙にはマイナスでした。「お前を落とす」という電話もありました。でも私は、ある面では、頑固なところがありまして、今日にいたっています。ちょっと、自画自賛ですね。

二見伸明さん | 2009年9月10日 11:31

   「絶対のない社会」に「例外のない絶対的ルール」が公正か?

この板が更にはこのTheJournalが、「死刑廃止論」一色に染まっては宜しくない・・という軽々しい考えだけで反対意見を申し上げる訳ではないが、とはいえ議論段階での「健全なバランス」を意識して、未確定な私見を申し上げます。今急いで意見を確定させることでも無かろうと・・。
【お前を落とす】と言った輩と、「絶対に」一緒にしないでくださいね(笑)。

1. 先ず、二見さん引用【私は、いかなる理由があるにせよ、人の命を奪うことは許されない、たとえ、極悪殺人者であっても、国家の命令で、その命を奪ってはいけない】には、人道的な思想として、勿論否定されるべきではないことを断言しておきます。 また、同【「誤判」で死刑に処した場合は取り返しがつきません。】にも、判断の誤りが不可避な人間なるが故に、社会ルールに重大な意識を持つことにも積極的に同意するものです。

2. また、EUの統一基準として、「死刑廃止」が盛り込まれているという意味で、現在の世界の「先進的な潮流」であることも承知した上で・・(因みにこのポイントでは、私は「単に潮に流されることには強い拒否感を持つ」性癖がある(笑))、

3. 論点は、既に複雑になり、過去の趨勢から今後益々複雑怪奇になると予想される時代と社会を律する目的で、一律に一切の例外を認めずに、「死刑廃止」に収斂させることが、「社会的公正」であり得るのか? です。

4. 冷徹な論理も人間的な情緒も加味して造り出される判断基準を「判断の公正さ」に置けば、例えば、誤判の可能性は皆無であって、数十回に亘って数十人を殺害した「極悪殺人者」の生命を存続させることは、百人を超えるかも知れない被害者親族の「人間的な心情」を考えれば、私には「終身刑が絶対的に公正である」とは、決して思えない。
屡々言われる「被害者の人権」という論理をも加味すれば、寧ろこの場合の極刑=終身刑は、「裁く側の不作為(為すべきを為さない)」を構成し、社会に不公正の種を残すものと強く懸念します。
ご指摘を待つまでも無く、上記の想定は「極めて極端なケース」です。然しながら、将来を含めた日本社会に「絶対に発生しない」と断言できないケースです。

5.繰り返しになりますが、私のポイントは、「絶対は無い=例外は常に発生する」という現実社会に対して、人道的で理想的ではあるが「一切の例外を設けない」という硬直的なルールは「不公正なケースを生む」ということです。
此の脈絡での私の感触的対応策は、「例外的ケースには、賢明で適切な裁量の余地を残しておく」となります、未確定ですが・・。

二見さま

死刑をなぜ廃止しなければならないのか、色々な論点がありますが、

1)裁判は間違う可能性が常にあるから。冤罪の可能性 例)足利事件、飯塚事件(まだ冤罪とは確定はしていませんが)
2)先進国のほとんどは 死刑を廃しているか停止している
もちろん、このほかにも 色々理由があげられます

死刑の存続を望む人たちの理由は、
1) 死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える
2) 応報 目には目を
3) 復讐心を満たす

1)については、国連の報告では根拠がないと言われています。
2)と3)というのは、「ああいうひどいことをやったのだら、同じような目に合わしてやりたい」という止みがたい衝動ですね。わたしもその衝動はよくわかります。

ただ、先進国は、その衝動に引きづられて厳罰に処して溜飲を下げるでは「先進」的とは言えない。
いま、死刑をおおびらにやっているのは、中国とイスラム諸国くらいのものですが、失礼な言い方になるかもしれないが、日本は そのレベルかということになる。なにも中国とイスラムをけなすつもりはないですが、ただ こういう死刑の件では、一般の日本人でも 中国やイスラムのやり方を「やりすぎ」と思っているのではないか。
実際は、日本はそれと同じレベルで 他の先進国から見られていることを知らなければならない。

なぜ死刑をやめた方がいいかというのは 色々な理由がありますが、死刑をやめることの利点は
犯罪者に対する復讐心を死刑というやり方ではない方法で和らげる必要があるからで、これは非常に複雑な精神的な試みが必要になるからであり、その試みは 人々を別の次元に連れて行くことになるからだと思いますね。
だからこそ、先進国と言われるにふさわしいということになるのだとおもいます。
この点は、ヨーロッパでどのような試みがなされているか、マスコミでも紹介していけばいいと思います

確かに、世論調査では、日本は死刑制の維持を求める意見が高い割合を占めています。だからこそ、政治主導で
思い切ってやらなければならないと思います。つまり、待っていてはずっと出来ないです。

ただし、皮肉をこめて言えば、アメリカの全ての州において死刑が行われないようになれば、 先進国で死刑をやっているのは日本のみということになって、そのときに はじめて 日本人は この件での世界における自分たちの位置を認識して、自発的に止めようということになるかもしれない。

損手酌さんへ

以前、辺真一さんに対するコメントで、「辺真一よ、・・・について語れ」といった書き出しのコメントをつけられてましたね。で、創価学会に対しては、「オウムと同じように日本支配を目指す創価学会」…。二見氏に対しては「二見さん」としていることからも、単に”マイノリティーに対して高飛車な態度を根拠なくとって、優越感に浸っている人”にしか見えませんよ。表現を変えるだけで他人にも話を聞いてもらえるだけの、知識・素養のある方とお見受けしますが、残念です。あなたに反論されている方が、皆創価関係者かのように思われているようですが、そうではありません。私自身創価学会・公明党のスタンスには否定的な者です。

大本のテーマと離れてしまいますが、死刑廃止論に対して個人的な心情を交えて書いてみます。

住むところも食べるものもなくて自殺者が絶えない日本の現状があるのに、無差別殺人や強姦犯などの凶悪犯の「刑務所生活という衣食住」を、なぜ私達の税金で保障する必要があるのでしょうか。
特に、被害者が税金を払って加害者の命を永らえさせているという図式は、被害者感情を無視したものになっています。

私は、刑務所内の生活は、懲役の成績に応じて保障ランクを決めればいいと思いますがいかがでしょうか。ランクは、刑の重さと逆順で始まります。(つまり、刑が重いほど下のランクから始まる。)
もちろん、受刑者の中には障碍者、病弱者、老人もいるでしょうから、その点は考慮する必要があります。ランク付けが、一部の刑務官の匙加減で決まらないように考慮する必要もあります。

真面目に懲役に勤しめばランクが上がり、それなりの衣食住を保障されますが、従来の「主」を気取って不真面目な態度を改めなければ自分で自分の首を絞めることになるのです。
真面目に服役し、働くことの大切さを身にしみて感じることになるでしょう。

さらに大事なことは、同じだけ働けば、刑務所暮らしよりも一般社会の方がレベルの高い生活を送れるという環境を整えることです。(現在欠けていて、最も難しいのは、まさにここです。)
実際、「社会に出るよりも刑務所の方が安心して暮らせるから」という目的で再犯に及んでいる例だってあるのですから、こういった発想をされないような社会にしなければいけないのです。

そこで、懲役成績のランクが高いものは、真面目に服役し、しかもそれなりの技能・技術も身につけていることを示しているわけですから、どのランクであったのかは、服役後の社会復帰に際して、受け入れ側の採用基準としても利用可能だろうと考えるわけです。
それを示すものとして、国が服役成績証明書を発行したっていいと思います。
前科は隠しても、ほとんどばれてしまうのであれば、いっそ前科を隠さずに、服役成績証明書を添付した上で、履歴書に書けばいいのです。服役成績証明書に、権威と信用度が備わっていれば、真面目に罪を償い懲役に服したということで、「心」と「腕」を見てくれる会社もあるかも知れません。

さて、ここまでは一般的な犯罪者向けの考えであって、大量無差別殺人や無差別強姦などの凶悪犯罪で、「冤罪を疑う余地が全くない」ものに限定すれば、死刑でも構わないと思います。

なぜか。
もし、本当に、受刑者がまともな人の心を取り戻し、自分の犯した罪の意味を知り、深く反省したとしたら、あまりの罪の重圧に、まともな精神状態で生きて行けるはずはないからです。死刑は、「償いきれない罪のほんの一部でも、自らの命を持って償えれば」という受刑者の気持ちに対して、国として示せる、せめてもの慈悲です。

逆に、もし、犯罪者が反省していないのなら、そんな奴に金と場所と時間と労力を割くだけ無駄ですから、さっさと死刑にしてしまった方がいいということになります。

創価学会・・・
については宗教集団という事ですが、世には妙な(一般から見れば)というか知らない宗教がごまんとあります。

それ(教義・信ずるところ)が良いかどうかは別として、何故信者になるのかは、葬式と、初詣(神社)でしかこのてとは縁のない者にとっては如何にも不思議です。
知っている多くは親がそうだから自然に信者となったのが多い。

ただ、普通に生活している局面では結構良い人間が多いのも事実。

また女性信者と男性信者ではオカルト的発言性が違う。
ただ言っている事はある意味「笑える」事も多いが、それをこちらが信じる訳もないので特に害が及び事は無い。

一番知りたいのは、親兄弟がそうでない場合、どういう環境/心理状態で信者になるのかなあ・・という興味はあります。

(日本人を止めた)無国籍人さま
今晩は。お久しぶりです。
先ほど返信をしようとしましたら、二見さんの投稿が有ったものですから、なにか恐れ多くて、後にしましたら、たくさん他の方のコメントが有ったので、今、書かせて頂きます。
選挙中もマスコミのネガキャンにはイライラしつつ情勢を見ておりましたが、選挙後も、このような、報道の有様だったので、心底、怒り心頭でした。しかし、権力におもねる人間が心を入れ替える事が出来るのでしょうか?わたしはいささか疑問に思います。
私は、メディアもやはり税制面や、許可制度など優遇されている面から、フリーライドを禁止した法整備が必要だと思います。なにしろ、あの業界は、本当に競争体力もなく、労働の流動性も無く、経済効率も悪いと思うからです。視聴者のニーズに完全に乖離しながら、巨額の運用資金を持ち、誰も見ないような番組を作り続ける能力の無い人間が、高給をもらうような業界が、日本の上層に位置しているというのは、先進国としておかしいと思います。
過激なように思われるかもしれませんが、良い仕事をした人が、評価される社会を作るなら、その過程としてマスコミ業界の変革は必要不可欠です。現在貴族のようになっている、あの業界が自浄努力をするとは、とても思えません。市民の厳しい目と、厳しい声で政治を動かす必要も有ると思います。

ついでに、死刑廃止論ですが(笑)
裁判員制度が定着するにつれ、死刑廃止の論議は再燃すると思います。なぜか?
死刑の判決を出すのを、おそらく多くの裁判員はいやがると思うからです。
浅山様もコメントしていられましたが、問題は、すでに死刑廃止をしている国が、どのような過程をたどって、今に至ったかという事です。死刑廃止の論議は、脳死や臓器移植のように、各国の国民性および宗教、哲学、倫理観によって大きく左右される問題なのでは無いでしょうか。とかく、こういう形而上学的な問題から、逃げようとする日本人には良い意味で、大きな宿題となる事でしょう。ジャーナルでも、活発な議論や意見交換が出来ると良いのですが。

堀口雪文さん | 2009年9月10日 20:16

ご返答、多謝。
引用【権力におもねる人間が心を入れ替える事が出来るのでしょうか?わたしはいささか疑問に思います。】

1.堀口さん、怒り?焦り?が過ぎて(笑)、誤解がありませんか?
権力者は9/16に交代するのですが・・、此の段になって【権力におもねる人間が心を入れ替え】て貰っては困るし、それが出来る程に真摯で柔軟な心を持っている人達とは思っていません。同時に、他方で、永年の交友関係を切る冷徹さもその賢さも持っている人達です。

2.政権政党たる民主党に阿(おもね)らせれば好いのです。
そのためにも、「民主党政権が長く続きそう」と思わせることです、相手は政治のプロですから、容易ではないでしょうが・・。

3.他方で、阿って来た連中と上手く付き合うのも特殊技能ですね。小沢幹事長の出番? うううううん、この板の持ち主の二見さん(笑)?  サヤ ティダ タウ(インドネシア語で、「私には解りません」)とふざけている場合ではない重要事項ですね。

堀口雪文さま

死刑廃止の問題は、今回の政権交代とまったく関係のない話ではなく、むしろ 基本的には連立した三党が共通して 死刑制度廃止に肯定的であるとの観点でとり上げました。民主党も党の政策として「死刑廃止」をうたっているはずです。

今回民主党に投票した方々はそのことを知っているのかな(笑

それと、二見さんの 「命が大事だから」死刑廃止という理屈だと、人々を説得するのはかなり困難だと思いますよ。むしろ逆効果になるかも。
それよりも、冤罪の可能性で命が奪われる可能性があるから、反対というほうがいいのでは。

おもしろいのは、民主党は 夫婦別姓にも賛成であること。 こっちのほうが 死刑制度反対よりも わかりやすい。
つまり、保守が 夫婦別姓に反対して、リベラルの民主党が賛成というのは、 わかりやすい構図になっていると思いますね。 で、国連が 女性問題として この姓の問題について勧告しているはずですが、民主党はこれに沿った動きをしている。
と、もう一つ、死刑制度も 国連は 日本に勧告を出していてますが、民主党はこれに沿った考え方を打ち出している。

ということから推測されるのは、 民主党は いまの先進的な国際標準が何であるかを意識して、日本をそちらのほうへ
向けようとする姿勢があるのではないかということですね。

基本的に、私は これらの件での 民主党の考えかたに賛成です。
ただし、わたしは リベラルということではありません。

公明・山口代表「自民との参院選協力は白紙」(2009年9月11日06時18分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090911-OYT1T00210.htm

公明は自民と縁を切り、路線を完全に転換して「福祉と平和の党」の原点に戻り、再建すべきであると思います。

(日本人を止めた)無国籍人さま
こんにちは。
慌てておりまして、少々誤読していました。いずれにせよ、16日の新閣僚の顔ぶれで、メディア、財界どういう反応が出るかを注視するほか、現段階ではないのでしょうね。官僚は、痩せても枯れても公務員ですから、おそらく政権が長期で存続すると思えば、変わり身は早いでしょう。国から給料をもらう生活人ですから。
個人的には新政権は8年持ってもらいたいです。多方のコンセンサスを取りながら政策を実行するには、4年ではなかなか根幹たる大きな変革が出来ないように思います。また、8年くらい経てば、対峙するまともな野党も形成されるのではないかと思います。いずれにせよ、4年では無理かと。
ここら辺が無国籍人様のおっしゃるように、慌てずというところでしょうか。
因に民主党には、電波オークションの案があるとか....。TV業界は至って平静を装っているようですが、面白くなりそうで、わくわくしております。

浅山様
こんにちは。
亀井さんが死刑廃止論者とは知りませんでしたが、民主党と社会党の絡みは知っていました。もちろん夫婦別姓も。ただ、すぐには法案提起できないのではないでしょうか?この件の法案は、まだまだなんちゃって保守メディアの餌食のされそうですから。まともな議論をする前に、話をすり替えられてしまいそうな気がします。そういう意味で、申し上げました。因に私は夫婦別姓にも賛成です。
本音を言えば、心情的には、Rioさんのコメントとあい通じる所も有って、当初は死刑廃止には、あまり賛成では有りませんでした。しかし、裁判員制度が始まるに当たって、考えが変わったのが正直なところです。ただ、私も二見さまのおっしゃる「命が大事だから」では日本人の感覚では、死刑廃止まで持ってゆくのは、難しいと思います。いずれにせよ、どのように問題提起され、どのような経緯を経て変革できるのか、楽しみにしています。
蛇足ですが、私は自称リベラルでは有りますが、経済政策では浅山さんの意見には賛成するところが大きいです。

「下郎、頭が高い、下がりおろう。」


「バカにつける薬はない。」というレベルをはるかに通り越して、醜態の極みを晒しているバカ集団がいます。
昨夜の段階で、自民党は与党控室を明け渡す条件として、3階の「自民党総裁室」(天皇陛下控室の隣り)の維持を主張しているそうです。
2階の総理大臣室の真上に位置していて、ここだけは「死守」せんと強硬な態度とか。(逢沢一郎という貧相なオヤジがでそっくり返っていました。)


自分では、民主党に有効な嫌がらせがらせを思いついたと悦にいってるかもしれませんが、これは民主党への拙劣な嫌がらせなどと単純に片付けられないほど重要な、「自民党の存在意義」全否定の危険を伴っていることに気付いてないようです。


一体こいつらの特権意識・選民意識は治せるものなのでしょうか?
国会議事堂という最上の国有施設において、今まで「自民党総裁室」だったところは、本来「政権与党総裁室」だっただけで、自民党所有の「プライベートルーム」ではありえません。


一介の野党党首が、何の根拠をもって、政権与党総裁および時の総理大臣を差し置いて、天皇の最側に侍す必要があるのでしょう。
過去の権利、栄光から決別できない自民党。
天皇にもただただ迷惑な、勘違いの、「不遜」集団。


脳が溶け出した、発狂状態の自民党は再生しません。


世が世であれば、「下がれ、下郎。」
という言い方で強硬排除するのが一番正しいのでしょうね。

民主政権には死刑廃止論者が多いから進んでほしいとの意見がありますが、そうはならないでしょう。いや、そんなことがあってはいけません。

私も含め、国民の圧倒的多数は死刑を是認しています。と言うより、人を殺した人間がのうのうと生きていることがあってはならない。きちっと責任を取るべきだと考えているからです。

誤って死刑にしたら取り返しがつかないのはその通りですが、それは別の問題です。検察や裁判制度の問題です。

ナゴヤシミンさま

> 国民の圧倒的多数は死刑を是認しています

国連は、国民の多数が賛成していることが死刑廃止ができない理由にはならないと言っていますね。 私も、そうだと思います。だから、政治主導が必要なのです。 つまり、国民が反対してもやる、 ということです。

> を殺した人間がのうのうと生きていることがあってはならない

これは、復讐感情の問題ですが、復讐感情は 死刑を反対した国の人々にもありますね。この感情は万国共通です。にもかかわらず、死刑を廃止した。そこが先進国と言われるだけのことがあるということです。
この復讐感情の処理をどうやっているか、欧州や 韓国などを参考にすべきでしょう。

> マニフェストで約束したことを、一つでも二つでも、目に見える形で実現することである

と同時に、マニフェストで述べられていないことで、興味深い政策があるんですね。

例えば、民主党の政策として

■重国籍容認へ向け国籍選択制度を見直します。

というのがあるんですね。昨年 ノーベル賞を取られた物理学者の方が、はじめ 日本人として報じられていて、次に
アメリカ国籍に訂正されたということがありましたが、 両国の国籍を保持できるのらば、日本人のノーベル賞受賞者としても 認められる可能性もありえたということになりますね。

■成年年齢の18歳への引き下げ
■民法を改正し、選択的夫婦別姓等を導入します。
夫婦別姓、ぜっひやってもらいたい。自民党では、保守派議員の逆襲にあってできなかった。民主党は 政策として
「やる」といってるのだから、できるのでないでしょぅか。 自民党の保守派議員や、巷の保守的知識人が
猛烈が反撃するでしょうが、それがけっこう楽しみです。


私自身は 比較的保守的なほうですが、 これらの政策を 支持します。
いや、それにしても 政権交代してよかったです、ほんとうに。(笑
これらの政策が実現していけば、 日本社会の風通しがよくなりそう。

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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