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相川俊英:総選挙の裏側 地方分権は誰が進めるのか »

これは明治維新以来の「革命」である ── 「地域主権国家」への真直ぐな筋道

takanoron.png この民主党の圧倒的な勝利をどう理解するかについては、(1)麻生政権から1年、(2)小泉郵政選挙から4年、(3)小選挙区制導入から15年、(4)明治憲法から120年と、いくつかの時間的な物差しの当て方があるけれども、その中でいちばん本質的なのは(4)であるという趣旨のことを、私は1日発売の『週刊朝日』に「平成維新/次の100年が始まった」と題して書いておいた(執筆は投票日前の木曜日夜)。同誌をお買い求めの上ご一読頂きたい。

●平成維新

 平成維新という言葉も今まで散々使われてきて磨り減っている感じもするけれども、実際これは、明治維新に匹敵する「革命」の始まりである。

 4日付毎日新聞「余録」欄は、政権交代を前に幕末や明治維新の歴史をテーマにした本がよく売れていることに触れ「そういえば民主党の総選挙圧勝を明治維新になぞらえた外国メディアもあった」と書いているが、何をトボケたことを言っているのか。毎日も含めた日本のメディアがそのようなしっかりした歴史認識を持たず、小沢一郎前代表と鳩山由紀夫代表が口を揃えて「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」を主張しているその「革命的」を、ちょっと大げさな形容詞くらいにしか理解してこなかったことを、胸に手を当てて痛切に反省してしかるべきだろう。何が「そういえば...外国のメディアもあった」だ。「日本のメディアではザ・ジャーナルだけが一貫してそのような視点を繰り出していた」とでも言って貰いたいよ、まったく。

 また日本のマスコミは、革命前夜であるが故に起きた小沢に対する検察のテロ行為を容認したばかりか、お先棒を担いで「小沢辞めろ!」の大合唱を演じた。選挙になればなったで、何の思想的・理論的座標軸も持ち合わせずに、自・民両党のマニフェストの重箱の隅を突くようにして「どっちもどっちのバラマキ」とか「財源があいまい」とか「国家ビジョンが見えない」とか言い続け、あるいは、自民党とマスコミのどちらが先に言い出したのか分からないが「自民党には"不満"だろうが民主党には"不安"がある」と煽り立てて、有権者が政権交代への1票を投じることをためらわせようとあの手この手を尽くした。が、有権者はそのようなあらゆる反革命的な情報操作に惑わされることなく、正々堂々と民主党政権を選んだ。だからこの選挙では、自・公両党だけでなくマスコミもまた一緒に敗北したのである。反革命への罰は、自民党に対しては議席激減とそれに伴う54年間も慣れ親しんだ国会内の総裁室や議員控え室の召し上げなどだが、マスコミへのそれはもっとキツく、記者クラブ制度の廃止である。

 この革命を通じて我々が訣別しようとしているのは、直接には、54年間に及んだ自民党政治とその下での政官業(付け加えれば「報」)癒着の腐爛構造である。けれども、その自民党政治とは1889年明治憲法制定以来ちょうど120年を経た発展途上国型=開発独裁型の統治形態の一部(と言ってもそのほぼ後ろ半分を占めるのだが)であるから、これによって我々は初めて、遅ればせながらようやく、世界2番目のGDP規模を持つ成熟経済という下部構造を持ちながら、発展途上国丸出しの官僚主導の物事の決定と資源の配分のシステムという上部構造を引き摺り続けてきたというひしゃげたような時代的主要矛盾を、前に向かって思い切って打開する契機を掴むことが出来る。

 従ってまた、この革命を通じて我々が獲得しようとしているのは、次の100年に向かっての成熟先進国型=市民社会型の新しい統治形態である。それによって日本人の持つ巨大な経済的のみならず文化的・精神的な潜在力が解き放たれて、内においては、江戸時代のコミュニティをモデルとした日本的な市民社会の形成に取り組み、外に向かっては、とりわけアジア、ユーラシアの大繁栄と日本のモノづくり精神を結びつけることで活力を取り戻して、内外相俟ってこの国が再び世界の憧憬を集めるようになる道筋である。

●市民社会

 選挙結果についての数ある言説の中で、私の目に触れた限りで最もまともだったのは、浜矩子=同志社大学大学院教授の9月1日付朝日の座談会「選択の意味」での発言である。

「自民、民主が伯仲するという読みをしていた人は時代状況を読み誤っていた。自民党自身、読みが誤っていた。民主党は...日本の人々が国民とか社員とかではなく"市民"になっていることに気づいていた。その"市民的"なるものがどこまで社会に根を下ろしているかで、今後の政治の展開が変わる。自民党はうんざりだと民主党に鞍替えしたのではなく、根底的に戦後体制と決別した人たちがどれくらいいるか見極めなければならない。その人たちの上に"うんざり"派が乗っかって、この数字になったのだと思う」

 浜が言う「戦後体制」は、明治以来の官僚主導体制と置き換えた方がいいだろう。政治と国会が官僚の実質的な権力に従属するという関係は、戦後になって急に始まったものではなく、明治憲法以来続いていることだからである。戦後54年間に及ぶ自民党政治という意味では戦後体制と言ってもいいのだが、この革命の深度はそれだけで測り切れるものでなく、やはり明治憲法以来120年、あるいは田中良紹説では坂本龍馬以来140年という物差しを正しくあてがわなくてはならない。

 戦前の「臣民」は戦後「国民」となり、高度成長期にはそれは「社員」と重なり合ったが、1980年に前後して日本が世界第2の経済大国となって成熟先進国の仲間入りを果たしたあたりから、国民や社員は「市民」へと変貌し始めた。浜の言うとおり、民主党は初めからそれに「気づいていた」。96年旧民主党の理念文書はこう書いていた(全文はINSIDER No.492に再録)。

■明治国家以来の、欧米に追いつき追いこせという単線的な目標に人々を駆り立ててきた、官僚主導による「強制と保護の上からの民主主義」と、そのための中央集権・垂直統合型の「国家中心社会」システムは、すでに歴史的役割を終えた。それに代わって、市民主体による「自立と共生の下からの民主主義」と、そのための多極分散・水平協働型の「市民中心社会」を築き上げなければならない。いままでの100年間が終わったにもかかわらず、次の100年間はまだ始まっていない。そこに、政治、社会、経済、外交のすべてがゆきづまって出口を見いだせないかのような閉塞感の根源がある。

■3年間の連立時代の経験をつうじてすでに明らかなように、この「100年目の大転換」を成し遂げる力は、過去の官僚依存の利権政治や自主性を欠いた冷戦思考を引きずった既成政党とその亜流からは生まれてこない。いま必要なことは、すでに人口の7割を超えた戦後世代を中心とする市民のもつ創造的なエネルギーを思い切って解き放ち、その問題意識や関心に応じて地域・全国・世界の各レベルの政策決定に参画しながら実行を監視し保障していくような、地球市民的な意識と行動のスタイルをひろげていくことである。

■政治の対象としての「国民」は、何年かに一度の選挙で投票するだけだった。しかし、政治の主体としての「市民」は、自分たちがよりよく生きるために、そして子どもたちに少しでもましな未来をのこすために、自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、いくばくかの労力とお金をさいてその実現のために行動し、公共的な価値の創造に携わるのであって、投票はその行動のごく一部でしかない。私たちがつくろうとする新しい結集は、そのような行動する市民に知的・政策的イニシアティブを提供し、合意の形成と立法化を助け、行動の先頭に立つような、市民の日常的な生活用具の1つである...。

 上からの民主主義vs下からの民主主義、国家中心社会vs市民中心社会という原理的な対抗軸を理解してさえいれば、マスコミも「違いが分からない」「どっちもどっちのバラマキ合戦」といった間抜けな解説に終始することはなかっただろう。新聞の中で多少ともマシだったのは日経で、8月2日付で2ページ見開きで自・民両党のマニフェストを比較した際に「民主は直接給付、自民は間接支援」という大見出しを掲げ、「家計の支援策では、幼児教育無償化など間接的な負担軽減策を軸にする自民党に対し、民主党は子ども手当支給などで直接的な支援を前面に出す」というコントラストの採り方をしたが、これは妥当だった。例えば農業政策でも、旧来型の補助金は一律に農協に下りるが、所得補償は特定の品目で実際に生産コスト割れを起こした農家にのみ直接届く。これは単なる手法の違いでなく、上からか下からかという社会編成原理の違いに根ざしたことであって、それを「どっちもどっちのバラマキ」と呼ぶのは知能程度が低すぎる。

 その点で、日経の証券欄の人気コラム8月15日付の「大機小機」(筆名「渾沌」)の「『法人社会』対『市民社会』」はなかなか鋭かった。

■総選挙は政権交代を射程に入れた決戦の割に争点が不明確だといわれる。少子化対策や農業政策などがバラマキ合戦に見えるのは確かだ。しかし、政権公約や党首の言動から、未分化でも2大政党の政治理念の違いを読み取ることは可能である。

■与党の官僚機構に依存した生産者の論理への対抗軸として、野党が脱官僚と消費者の論理を強調するのは自然だ。

■日本の近現代史は、明治以来の天皇制国家共同体が太平洋戦争の敗戦を機に会社共同体に再編された歴史だ。会社(組織)中心の企業社会は法人社会と呼ぶにふさわしく、企業ぐるみ選挙は日本の主権者が誰かを象徴していた。今なお、ひ弱な個人を組織が包み込む法人社会の守り手が健在ならば、自立した中産階級が民主主義を支える市民社会を目指す勢力があっていい。同じバラマキでも、組織経由と個人直結の違いは「法人社会」対「市民社会」の萌芽ともいえる...。

 だからこの革命は、静かなる市民革命なのである。

●地域主権国家

 さてそのこれから本格的に形成される日本的市民社会に実体的枠組みを与えるのが「地域主権国家」への転換である。民主党も、どういう訳かこれを真正面に掲げずに、マニフェストの4番目に置いたりして、そうだと説明し切れていないのだが、これこそが民主党の国家ビジョンである。鳩山代表は、いま話題の『VOICE』8月号の論文の米紙が引用しなかった部分で、次のように言っている(全文は鳩山公式HPに)。

■私は、代表選挙の立候補演説において「私が最も力を入れたい政策」は「中央集権国家である現在の国のかたちを『地域主権の国』に変革」することだと言った。同様の主張は、13年前の旧民主党結党宣言にも書いた。「小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による『地方分権・地域主権国家』」を実現し、「そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく」のだと。

■クーデンホフ・カレルギーの「友愛革命」(『全体主義国家対人間』第十二章)の中にこういう一説がある。「友愛主義の政治的必須条件は連邦組織であって、それは実に、個人から国家をつくり上げる有機的方法なのである。人間から宇宙に至る道は同心円を通じて導かれる。すなわち人間が家族をつくり、家族が自治体(コミューン)をつくり、自治体が郡(カントン)をつくり、郡が州(ステイト)をつくり、州が大陸をつくり、大陸が地球をつくり、地球が太陽系をつくり、太陽系が宇宙をつくり出すのである」

■カレルギーがここで言っているのは、今の言葉で言えば「補完性の原理」ということだろう。それは「友愛」の論理から導かれる現代的政策表現ということができる。...補完性の原理は、今日では、単に基礎自治体優先の原則というだけでなく、国家と超国家機関との関係にまで援用される原則となっている。こうした視点から、補完性の原理を解釈すると以下のようになる。個人でできることは、個人で解決する。個人で解決できないことは、家庭が助ける。家庭で解決できないことは、地域社会やNPOが助ける。これらのレベルで解決できないときに初めて行政がかかわることになる。そして基礎自治体で処理できることは、すべて基礎自治体でやる。基礎自治体ができないことだけを広域自治体がやる。広域自治体でもできないこと、たとえば外交、防衛、マクロ経済政策の決定など、を中央政府が担当する。そして次の段階として、通貨の発行権など国家主権の一部も、EUのような国際機構に移譲する......。

■補完性の原理は、実際の分権政策としては、基礎自治体重視の分権政策ということになる。...私は民主党代表選挙の際の演説でこう語った。 「国の役割を、外交・防衛、財政・金融、資源・エネルギー、環境等に限定し、生活に密着したことは権限、財源、人材を『基礎的自治体』に委譲し、その地域の判断と責任において決断し、実行できる仕組みに変革します。国の補助金は廃止し、地方に自主財源として一括交付します。すなわち、国と地域の関係を現在の実質上下関係から並列の関係、役割分担の関係へと変えていきます。この変革により、国全体の効率を高め、地域の実情に応じたきめの細かい、生活者の立場にたった行政に変革します」

■身近な基礎自治体に財源と権限を大幅に移譲し、サービスと負担の関係が見えやすいものとすることによって、はじめて地域の自主性、自己責任、自己決定能力が生れる。それはまた地域の経済活動を活力あるものにし、個性的で魅力にとんだ美しい日本列島を創る道でもある。「地域主権国家」の確立こそは、とりもなおさず「友愛」の現代的政策表現」であり、これからの時代の政治目標にふさわしいものだ...。

 これが国家ビジョンでなくて何だと言うのか。どこの節穴連中が「民主党の国家ビジョンが見えない」などと騒ぎ回ったのか。

●4年後総選挙の準備へ

 しかも、本論説で何度か述べてきたように、地域主権国家は実は財政再建の決め手である。明治以来の中央集権国家とその下での官僚やりたい放題を続けて行くなら、いつまで経っても国・地方の借金は減らないどころか増えるばかりであるけれども、中央集権国家を廃絶して地域主権国家を創出するなら、財政再建を成し遂げて、それでも財源が余って、国民の負担を減らしながらなおかつ手厚い医療・福祉体制を築き、さらに日本のモノづくり精神を活かした長期的な成長戦略のための投資も十分に行うことが出来る。

 この4年間は、政権を獲ったばかりだから、これまでの中央集権国家の枠内で、国家戦略局の創設など試行錯誤を続けながら、官僚体制と戦ったり折り合いをつけたりしながら財源をひねり出すしか仕方がない。しかしその政治的経験を通じて、官僚体制を抜本的に打破するには地域主権国家への転換しか方策がないことが、馬鹿なマスコミも含めて人々の広く理解するところとなるだろう。そこで民主党政権は、4年後にまさにその「地域主権国家」への国家改造プログラムを前面に掲げ、それとの関わりで、(単なる現行消費税のアップの是非ではなく)中央・地方の税源配分と直間比率の大幅組み換えを含む税体系の改革案、医療・福祉・教育負担のあり方や年金一元化など国民負担像の設計図、21世紀にモノづくり資本主義で世界をリードする経済発展戦略などをワン・パッケージにしたシンプルかつ壮大なマニフェストを掲げて、総選挙もしくはダブル選挙に打って出ることになるだろう。

 自民党がそれまでに立ち直って、保守の側からの対抗プログラムを打ち出して競い合えるようになる見通しは暗いので(古きよき自民党に戻すなどと言っている連中がまだ残っている)、民主党は再び圧勝する可能性がある。そうなれば、この政権は8年か12年は続いて、このまさに革命的な国家改造をやり遂げるだろう。来年参院選もさることながら、4年後が本当の勝負で、目前の山ほどの課題はすべてそこへと収斂させるように1つ1つ乗り切っていくことになる。▲

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新政権の基盤を強固にする為のもっとも手っ取り早い手段は”情報公開”です、官僚と旧与党と財界と「言論界?」がグルになって、国家の財産を食い物にしてきた事実を明らかにするだけで、官僚の抵抗や新野党の攻撃を防ぐ事が可能です。

市民社会において基本的に重要な言葉は、「自己責任」だと思う。
権利のみを知って義務のなんたるかを知らない者にとっては、難しい時代になるかもしれない。
自分のケツも拭けないものには気の毒な限りだ。
幾分かの空恐ろしさを感じながらも期待していこう。

明治維新に匹敵する革命とのこと。私もそうであってほしいと願う一人であるが、高野さんはすこし、はしゃぎすぎに思える。

官僚主導体制は日本の教育、文化、企業、社会、私たちの考え方に深く根づいている。いまの子供たちにさえ深くすりこまれていると感じている。現在まだまだ私たち自身が変わらなければならないと思っていないのではないか。

そういったことがたかが一回の政権交代、それも不安定な政権交代で変わるとは思えない。

いまの子供たちの親の世代がこれから年齢をかさねてこの世を去るころまでに日本は国家的、社会的危機を迎えると思われる。そうしたことに対応するなかで新しい方向性が定まるのではないかと思っている。

[この革命を通じて我々が獲得しようとしているのは、次の100年に向かっての成熟先進国型=市民社会型の新しい統治形態であって,江戸時代のコミュニティをモデルとした日本的な市民社会の形成である] 高野孟氏のこの文章は,具体的な実像に裏打ちされない空疎な文字の継ぎ接ぎと羅列でしかなく,論理性の完全な欠如でもあり,混乱した虚妄なイメージしか与えない。[アジア、ユーラシアの大繁栄と日本のモノづくり精神を結びつけることで活力を取り戻して、内外相俟ってこの国が再び世界の憧憬を集めるようになる道筋]など,駄法螺以下の戯言(たわごと)である。観念論だ,とさえ罵倒するに値しない。士・農・工・商・穢多・非人の封建的身分制の鎖国的「江戸時代のコミュニティ」が称揚される共同体だ,と正気で言ってるのか?

何と道のりの長い。何と手間の掛かる事でしょう(笑)
それでも、やらなければならない!目指さなければならない!辛抱強くそれを選択し続けなければなりません!

まずはこの国の大掃除!
溜まりに溜まった古い塵や埃を払って国の本当の姿が国民に見えるようにしてもらいたい。

個人の思惑を置き去りにして歴史は進んでいきます。きっかけが些細な動機であったとしても、システム自体が加速度を付けて崩壊に向かい、再構築を求めるのです。絵に描いた餅であった主権を手にした民衆は、その飽くなき欲求によって急速な変化を体験するだろう。革命の痛みを伴って・・

>明治維新に匹敵する「革命」の始まりである

そう言われても
俺はハッキリ言ってしらけている
これだけ軽い革命が明治維新に匹敵するとは到底思えない
間違いなく、高野のはしゃぎ過ぎ
その「革命」に自分が多いに関わったとでも言いたいんだろう

周りが言ってくれないから、自ら言い出してしまったのか
かわいそうに

高野様、
地域主権を大きなテ-マとして、自分も勉強を
続けております。

ジャ-ナルでの、高野氏、神保氏、宮台氏の
論考で地域主権を知り、それがもつ大変な
意味に夢中になりました。

朝日も読ませていただきます。
それを読んでから、議論に参加したいと考えます。

高野さん、熱いですね。

1998年から11年間、仲間達と「分散型エネルギー研究会」という活動をしていました。(研究会は解散しましたが、今もその延長で動いています)
発足のきっかけは Decentralize というキーワードでして、名称を決めるときに「分散型エネルギー」にするか、それとも「分権型エネルギー」にするか、随分議論したものです。結局、当時はまだ「分権型エネルギー」は理解してもらえないだろうということで、分散型に落ち着きました。

「水とエネルギーと道路を押さえれば、国民を意のままにあやつれる」、ヒットラーがそう語ったと聞いたことがあります。
エネルギーの中央集権は手ごわいですよ。特に電力は、自民党には電力会社経営者、民主党には電力労連と、チャンネルを使い分けて中央集権体制の堅持をはかっていますし、主体となるはずの地方でも地域経済界の要職を電力会社が押さえています。

いや、別に水を差すつもりはないのですけれど、まあ、なすべきことをなし続けよ、でしょうか。

日の本の国、建国以来の官僚制度崩壊。
日本史、いや世界史に確実に刻まれるでしょう。

> 自民党がそれまでに立ち直って、保守の側からの対抗プログラムを打ち出して競い合えるようになる見通しは暗いので(古きよき自民党に戻すなどと言っている連中がまだ残っている)


自民党は、おそらく 党のアイデンティティの模索がしばらく続くのでしょうね。その過程で分裂していく可能性もある。ひとつは、従来型の分配政党に回帰しようとする派、もうひとつは 小さな政府で経済の成長戦略に重きを置く派。
この二つの考え方の間で、綱引きが 自民党の中で しばらく続くのではないでしょうか。

1) 従来型の分配政党に回帰しようとする派 加藤鉱一など 2) 小さな政府で経済の成長戦略に重きを置く派 河野太郎、中川秀直など

もしも 1)で自民がまとまれば、 民主も分配型の政党だから、両方とも分配政党ということになる。その場合は、
どのように分配するのかの争いになるのではないか。その中で、高野さんが言うように、
1)組織あるいは法人を基点として分配を行うのか、2)市民個人に直接分配を行うのか
の違いが浮き彫りになるかもしれない。

もしも、2)で自民がまとまれば、民主の分配型に対して、経済成長に重きを置くことになるので、サプライサイドの強化、あるいは産業政策などを重視して、競争力を高めるような政策を取ることになるでしょう。

私としては、 民主の「分配」に対して、自民の「経済成長を重んずる自由主義経済」 という対立の構図になれば、非常に理想的な二つの政党の争いということになっていくと思いますね。

これは、アメリカ的な
1) 民主 分配 リベラル 2) 自民 自由競争 保守

というように 政治勢力が再編されることを意味する。

今の自民党を見ていると、どちらかにまとめようとすると、一方が反発するので、分裂含みがしばらく続くと見ます。
まあ、わたしの言う 理想的な政界再編まで行き着くことが出来るかどうか かなり難しいでしょうね。

ただし、膨大な借金財政をどうするかという課題は どのようにしても付きまとい、さらに 分配型では いずれ
重税をもたらすので、このことが 経済成長重視で できるだけ税率を上げないとする政治家を糾合し、国民の一定の支持を得る勢力に育つ可能性は充分にあると思います。

>この民主党の圧倒的な勝利
マスコミからは全員が同じ方向を向いてしまうことに対する憂慮の声が聞こえてくる。
それは分からぬでもないが、私に言わせれば、郵政選挙や小沢の西松問題など、どうして世の中は自分の反対の方向にばかり進むのだろう、と長い間思い続けてきたのであって、それとこれとを同じにされては困るのである。
今さらそれを言うなら、もっと前に言うべき時があっただろう、なんである。

>地域主権国家は実は財政再建の決め手
既につくってしまった財政赤字をどうするか。
ここで地域のエゴが出てくるようだと地域主権国家など夢のまた夢となり果てる。

明治維新が明治維新たらしめているのは、その後の体制の維持あってのことです。
そういった意味では、政権交代が決まったこの時点ではなく、後世において政権交代が評価できるのかどうかが大事だと思います。
メディア人として特ダネを大きく公表したい気持ちはわかりますが、この政権交代を意味のある物にするようこれからを心がけていくのが、選挙で政権交代を選んだ我々国民のあるべき姿なのではないでしょうか?
平成維新の評価なんてものは後世に任せていいんじゃないですかね?

想像力が著しく欠如していて、ショックで思考停止した為に現状認識が出来なくなってしまっている方々には、日本の歴史上初めて国民の手によって引き起こされたこの政権交代の意味の大きさが理解できない様ですね。
マスコミでもこれまでのような自民党内の派閥間たらい回しによる擬似政権交代と同列の論評をしたり、まるで軽いものの様に思わせたいように誘導されている方がいます。
観ていて痛々しい限りです。

自民党応援サイトではあるいは自民党内では自民党建て直しのために議論は行われれているのでしょうか?
この国の政治が真に成熟したものに成長する為にも真剣な議論を大いに戦わせて早く全うな政党に生まれ変わる事をお祈りします。

<高野様>
いや〜、今回の記事は凄かった。2回位読み直しました。今までの対立軸「大きな政府か」「小さな政府か」など陳腐なものに思えました。自民党=中央集権、民主党=地域主権と考えれば、至極明快でした。次の100年の統治機構の大転換期に立ち会えた喜びを感じずにはいられません。
追伸/週刊朝日の高野さんの署名原稿は読ませて頂きました。
なお、「自民党には"不満"だろうが民主党には"不安"がある」を最初にいったのは、私の知る所では、小泉元総理秘書官の飯島氏です。

拙者只今,今月当番の集落内夜回りを終えて帰り来るところ。
折々に,我国は既に中央集権が利を齎す段階を経て,その弊を免れるには,主権は国民一人ひとりに固有のものであると言う再確認の下,如何なる事は自ら保持,遂行し,地勢(政?)学的自治圏に,更には,州,国家に信託することは何かを考え,己と所属する集団との関係を再構築すべきに至ったことを拙者は主張して来た。
高野師の高揚振りも理解し難い事では有らずも,補完性の原理なる概念を拙者同様,是とされるならば,国家から地方,或は地域へ割譲,委譲,分譲等の譲と言う観念は度し難し。
ましてや,市民,或は,市民社会等と言う如何わしき概念,言葉を国家に対峙させるは如何なものか。
我,片田舎の小さな集落の中には,未だに,自衛と言う自治意識が存続しているが,是までに夫々10年以上を過ごした東京,名古屋,その近郊都市,夫々一戸建て住宅地域ではあったが,自治会等とは中央集権の最下部組織に堕ち,住民自治,主権等とは単なる美辞麗句に過ぎざることは言を待たず,己の住居の前の清掃すら役所に怒鳴り込む始末。
自治なる観念は,果たして,永遠なる夢に過ぎないかと案じ,歎ずる処。懐かしき,四半世紀昔のカ州はペニンシュラの地や,今や如何に。
民主党の躍進を是とはするものの,感激,興奮に酔い痴れる,あられもない論説,投稿が跋扈するに接し,些か,否,痛く背筋の寒しこと耐え難し。
諸賢よ,願わくば,自治の当事者として自らの働きを語れよかし。

「平成維新」「市民社会」「地域主権国家」

われわれは「市民」は、政治主体であり、自分たちがよりよい生活と未来のために、「自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、いくばくかの労力とお金をさいてその実現のために行動」する。
その市民の関心は、国際社会へも向けられる。その市民は「地球市民」であると知りました。

地域の自主性、自己責任、自己決定能力を持つ「地域主権国家」の創出は、
「財政再建を成し遂げて、それでも財源が余って、国民の負担を減らしながらなおかつ手厚い医療・福祉体制を築き、さらに日本のモノづくり精神を活かした長期的な成長戦略のための投資も十分に行うことが出来る。」
と知りました。

「官僚体制を抜本的に打破するには地域主権国家への転換」の実現こそ、
「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」「静かなる市民革命」「平成維新」であるのですね。

われわれ市民は、この意識と国家ビジョンを持って、市民革命の実現へと向かっていく必要があるのでしょう。私もその市民の一人として努力していきます。

日本人は自国の歴史を知らなさすぎます。
暗い江戸時代から素晴らしい明治時代をつくったと教科書に書いているので、間違ってしまうのでやむを得ない面がありますが、江戸時代は何も暗くありません。
鎖国でもありませんし、舶来品専門の小売店もあったくらいで、世界の情報や学問、知識は良く普及しています。ある面では西欧各国と比べても豊かな時代です。
江戸時代は何かといえば、地方分権の時代です。
名経営者兼町人学者「山片バン桃」は封建は地方分権、郡県は中央集権、封建は最高の政治制度といっています。
地動説を唱え、市場は天下の知と市場経済論を謳え、神仏の存在を否定した超合理主義者です。
※バンは虫へんに番です。
大阪の商人が設立した堂島米市、世界最初の先物市場は幕府による江戸移転や価格に対する統制を排除して、明治まで続き、米価決定のナショナルセンターの機能を十二分に果たしました。
幕府はつぶそうとすれば潰せたであろうが容認しています。今の政府の方が規制が強い。

いま一つ、都市では行政、警察、戸籍を町人や寺社に委任しています。いわば民活です。
行政は自治組織であり、民主的に運営されていたのです。
30万都市大阪には1000人の武士しかいません。
それで西日本の各藩への統制と大阪の政治を行っていたのです。
各藩の農村もそれに準じています。
それゆえコミュニティが発達していました。個人、家族、親戚、村
ある意味共同責任です。
役人が税の徴収のため、庄屋等村人を接待したという記録もあります。
江戸末期外国人が来て記録に残しているのは農村での人々の明るさです。
三代目家光以降は貨幣経済が発達して商人が力を持ち、身分制度は形だけとなっています。
江戸の商人といえば悪徳商人のイメージがありますが、武士道以上の町人哲学、石門心学が発達しており、立派な商人道を持っていました。三越等の家訓に残っています。今でも立派な経営哲学です。
明治維新は確かに大改革ですが、西欧とは全く違います。
例えばNHKで放送していましたが、シェークスピアはイギリスの為政者上流貴族が育てたが、近松門左衛門は為政者でない被為政者大阪の町人が育てたのです。被為政者が文化を育てるといった国は当時どこにもなかったのです。

明治維新は地方分権から中央主権への大改革であったと位置付けるのが正しいと考えます。
一番の功績は対外的に独立を勝ち取ったことです。
とはいえ、中央の力が弱く、産業革命も官の関わった織物業はことごとく失敗し、大阪商人から資本を集めた完全民営の東洋紡の前身会社が操業3年で配当するまで成功したので、続々と民間会社が設立され成功し、民の力が強かったのです。そのため、日本銀行や官出資の事業でも民間出身者がトップを占めています。
※但し、政治の世界はかなり別であり、議会で決めても最終決定とならず、ひっくりかえせる制度であった。
それが大きく変わったのが、第二次大戦の戦時統制です。官営民有として大企業はじめ企業が官の軍門に下った。
だから明治以来でなく戦時体制以来と考える方が正しいと私は考えています。

戦後、政治は完全に民主化したが、戦後統制に近い形で官が政治・経済全てを仕切り、決定する制度が続きました。
官の統治を補佐したのが自民党、社会党の55年政治体制です。
だから政治は従であり、民主政治といえ形だけで、いわゆる官主政治が続いていました。
それが今回の政権交代で変わるのです。明治維新以上の平成維新というのは当然です。
ただし今はスタート台に立ったのみで全てがこれからと思います。
10年以上民主党が政権を続けないと形すらできないのでないかと危惧しています。


地域主権国家の哲学の部分に 「補完性の原理」があるわけで、これがいかにして具体的に根付くのか、あいるは
文化としても定着するかが、 この地域主権国家の成功か失敗かの鍵になるのでしょうね。
「補完性の原理」は、わかりやすくいえば、「自分たちこのことは出来るだけ自分たちでやります」ということですね。これが本当に日本において実行化すれば、大変なことになります。大変なことになるというのは、おそらく日本は
アジアの中で、あいるは世界の中で一気に競争力を回復するくらいのたいへん変革になるくらいに大変なことだ。それだけに、これまで江戸時代以来 お上(かみ)に頼る意識の強い日本人に はたして 本当に「補完性の原理」が根付くだろうか、かなり気の長い道程になるでしょうね。 江戸時代以来300年間にわたって根ずいてきた お上(かみ)に頼る意識が 民主党の一連の政策くらいで 10年程度で「補完性の原理」に入れ替わるとは考えにくい。そうであっても、「補完性の原理」は やはり
粘り強く訴えていく必要があるでしょう。 まずは 民主党の議員の一人一人に この「自分たちこのことは出来るだけ自分たちでやります」という哲学をしっかりと理解してもらうことから始めなければならない。
まあ、でいながら、支援者や支持者からの陳情が民主党の議員に殺到するのでしょうね。(笑) まあ、民主党が政権を取ったのだから、自分のところに何かいいことが転がり込んでくるのではないかと思っている人(支援者や支持者)も多いはずで、そういう文化はこれからの10年や20年で変わるとは思いにくい。ただ、それでも 「補完性の原理」は何としてでも民主党の政策の中核的なものとして堅持してもらいたいですね。

たしかに、「補完性の原理」が日本に定着すれば、財政赤字は減っていくでしょう。というのは、「自分たちこのことは出来るだけ自分たちでやる」わけだから(笑)、財政に無駄がなくなり、効率的に使われるようになるわけだから、それほど財政に頼る必要がなくなる。→ 小さな政府   ということになり、日本は アジア、あるいは世界の中でふたたび競争力を獲得していくだろうことは容易に想像できます。 

ということで、この「補完性の原理」はひじょうに重要な考えかだと思います。
と同時に、 「補完性の原理」という 「自分たちこのことは出来るだけ自分たちでやります」というのは、自由主義者の保守の哲学とも共通し、たんに 再配分を目当てにするリベラルとは一線を画していると言えます。その点で、
高野さんが 竹中平蔵の自由主義的な経済路線一定の理解を与えていることも十分に理解できる。

ただ、そこまでいくのに、民主党の 再配分政策は 一時的にさらに財形赤字を膨張させるか、あるいは 重税化をもたらすことになるだろうから、日本人は生活水準の低下に耐える覚悟もしておく必要があるでしょう。
まあ、私の観測では、 「補完性の原理」を獲得して、自律して生きることかできるようになる前に、 生活水準の低下に不満を持つ日本人が激増して 民主党政権は終焉する可能性もある。

不思議と高揚感はなく、
寧ろこれからの道筋をいかにして
そしてどのように克服していくのかが胸にあります。
ぼく自身ある言葉を忘れずに
胸の奥に秘めて日本という国
をおもしろくできればと
思っております。


われに慕わしきは 眠ること
さらに慕わしきは 石となること
迫害と屈辱との 続く限りは
見ず、聞かず、なべて感ぜず
それにも まさる幸いは
今のわれには あらじ
されば、われを揺り起こすなかれ
物言うなら、声低く語れ!

~ミケランジェロ

もう、能書きはいいだろう
民主党は実行してくれ、そして日本を本当の意味で変えて見せてくれ
俺も日本国民として、日本が良くなるというなら文句はない

今の民主党と鳩山にそれだけのパワーを全く感じない
国民全体が心から民主党政権を熱望していたとは俺には到底思えない
自民党がこれだけ長く政権に居座り続けたのは、当然野党にもその責任があるはずだ

しかもこれで民主党がコケてしまったら、今まで自分達の力不足を棚に挙げ
自民党政治にその罪を擦りつけていた、民主党支持者の絶望は計り知れないものになる
そして日本は重い空気に包まれ、もし自民党が建て直すことができたら
再び、自民党と官僚による政治がそれから永く続く事になるかもしれない
(もちろん、政界再編の可能性が一番高いが)
そうなったら「革命」もくそもない

へたに失敗したらそれまでだ
しばらくは長い目で見てやろうなんて奴はそれほど多くいるはずはない
現実はもっとシビアだ
いままで野党としての民主党を見ていても
肝心な時に詰めが甘く、危機管理能力に大いに疑問符が付く

浮かれている場合じゃない

民主党が変えるのではない。
民主党と一緒に我々も変えるのだ。
誰かに変えてくれと任せるだけで変わるなら自民党の政権たらい回しを黙認し、アホ面下げて眺めていればよかった。
アホ面し過ぎて自民党のやりたい放題を放置し続けて、人任せでは何も変わらないことをこの局面が来るまで我々は気づかなかった。遅すぎた。
投票したものも、しないものも、また民主党に入れたもの、他党に入れたものも政権交代によって国民も試される時代が来たということに目覚めねばならない。
なぜなら、日本人は戦後いままで一度として投票によって政権交代した歴史を持たぬ言い方は下品だが「処女」と「童貞」みたいなものだからだ。
高みの見物などしている余裕は我々にも民主党と同じくないのだ。

新自由主義的政策で富める者は益々富み、貧しい者は益々貧しくなったのですが、富める者と言うのが外国に居住する人々で有った事が問題です。
これでは、国内の景気がよくならずに、状況が一変すると、不況を押し付けられるのも当然です。
もっと言えば、
多くの人々を貧しくして、富める人を豊かにしても、産業復興期で需要に対して資本が圧倒的に少ないなら、資本の蓄積で将来の経済成長が望めるかもしれないが、資本が過剰な状況では、総需要は小さくなるばかりですから、こんな政策で景気がよくなるはずが有りません。

高野 孟 様
週刊 朝日 9/11の論考を拝読させていただきました。( 生まれて初めて購入いたしました。)
また、本論考も実に興味深く拝読させていただきました。
過去の論考も拝読させていただいておりますと共に、特に、インフォメーションとインテリジェンスの論考に関しましては感服した次第であります。CIAの’I’の解釈で悩んでおりました。
私は、20年ほど前より’小沢一郎 氏’の大ファンとなり、10年ほど前より’石井 紘基 氏’のファンという、ダブルで大好きな議員さんが出来、閉塞感に満ちた日本をどうにかしてもらいたいと考えていた’勝手連の一国民’でありましたが、2002年の10月25日、鬼畜右翼まがいの男に 石井 紘基氏 は謀殺されてしまいました。私にしてみれば、政治という場で謀殺されたものであるならば、政治の場で政権交代がなされ、大好きな 小沢 一郎 氏を中心に、内調=CIRO、公安がらみで検証されるべき案件であると考えます。2001年の小泉政権誕生以降、いかに多くの議員、関係者 ・・・が隔離されたり、その命を絶ち、また絶たれてきたでしょうか。
この頃よく耳にする言葉に’発展途上国型の官僚主体政治からの脱却’があります。
この10年、私は東南アジア諸国を何回か旅行してきましたが、特にミャンマー在住の友人を訪ねた感想において、’相互扶助 ’の原点を垣間見た思いでおります。
軍政であれ、ヴェトナムのように社会民主主義?であれ、タイのようにプミポン王朝を主体とした民主主義であれ、カンボディアのように’ポル・ポト’からの呪縛から抜けきれない混沌とした王政・民主主義?等々、そこに住む人々にとっては今日、明日の’生’な訳です。富める者は存在しなくとも、命をつなぐ行為がそこにあります。日本国民にとってはまさに’明日食う米も無い人がおられます。’民主党の圧勝は’庶民(市民)革命’賛成です。
但し、過去の検証も同時に行わなくてはなりません。また、子供手当て以外にも教育にかける予算は十分すぎるほど配分しても良いと考えます。小沢 一郎 氏の『 国民の生活が第一 』とは、次世代を見据えた銘コピーです。
これからは、老若男女、国民ひとりひとりが’地域主権を目指し、相互扶助の心で民主国家を建設できたら’などと考えております。
高野 孟 氏、田中 良紹 氏には’BPO ( 放送倫理・番組向上機構 )を解体し’報道倫理向上機構 ’の委員に就任してもらいたいものです。
長文お許しください。

今回のことで思うのは、大手マスコミ、大学教授の多くが自立しようと努力している一般市民の存在に全く触れようとせず、やれ風だの小沢がどうのだのと、国民の投票行動にケチをつけるような報道ばかりしていることが気になります。政治記者や大学教授は一般市民が自分達よりも優れた見解を持つことを許したくないのでしょうか。統治者サイドの歴史認識はさておき、郵政選挙からのこの4年間は、一般市民の民主主義への接し方という点において価値ある一歩をしるしたものと思えます。民主に投票した人も、自民投票した人も、その他の政党または候補者にいれた人も、これまでの選挙とは違った取り組み方で投票した人が多かったことを、ベタな反応をしないことで自分は一般市民より頭がいいのだ、と思っている記者や大学教授が解ろうとしないのであれば、官僚の次に倒さないといけないのは彼らだと思います

高野様が言われる通り、今回の選挙は、『明治維新に匹敵する「革命」の始まり』についたばかりですね。今後、この政権にとって一番大変なのが官僚機構の解体です。よく官僚の連中は、何を言っているのか判らない長々とした反論をしてきますね(上記コメントにも見受けられますね)。私に言わせれば、そんな意見をひとつひとつ聞いていたら、幾ら時間があっても足りません。重要なのは、これまで十分時間をかけて作った民主党の政策の実行です。どうな政策もすべてOKなものなど殆どありません。問題が出たら速やかに修正すればよい事です。また、記者クラブの全廃は絶対必要ですが、一方では、政府公式見解のウエブサイトや国会審議の生中継などの補完メディアの創設は絶対必要だと思います。とにかく、市民への情報はガラス張りにして、マスコミや官僚が嘘をつけないようにすることが重要です。

これまでは政治にも政治家にも
あまり関心はなかったのですが、
今回の選挙はすごく印象的でした。

はじめは民主党が選挙で勝ったとしても
国民に支持されていると勘違いする議員や
勝利に浮かれて笑う鳩山代表の姿が浮かび、
どうせ何も変わらないだろうと思っていました。

ところが、すごく印象的だったのが
鳩山代表の表情でした。
一瞬表情が緩むことはあっても、
ずっと引き締まった表情をしていたように感じました。

計算して笑いを噛み殺していたのか、
あまりの大差が逆にプレッシャーになったのか、
本当のところはどうかわかりませんが、
個人的には覚悟を決めた表情のような気がして
「あ、この人本気で日本を変えようとしているのかもしれない」
と思えてきました。

そしてこちらの記事を拝見し、
事の大きさを知らなかったのは
自分だったのかもしれないと感じました。

世の中をよくしていくために、
鳩山さんにはぜひ頑張ってもらいたいと思いますが、
自分たちも傍観者ではなくその一員として
意識を変えなくてはいけないと思いました。

奥野さんの歴史解説はすばらしい。
《よろんず》に書いてほしい。
江戸時代は未開の時代、明治維新から戦前までは素晴らしい、戦後は伝統文化を破壊され今日に至る、みたいな、昔はよかった論に納得できないでいました。
変革を明治維新に例えるのはいいけれど、社会のあり方は明治以降が最も優れていたとは思えません。江戸時代からも大いに学ぶべきでしょう。

身近なことを例として挙げます。

選挙権があるのに、選挙の投票に行ったことがない。
マンションの区分所有者なのに、理事になっても理事会に出席したことがない。
マンションの区分所有者なのに、管理組合総会に出席したことがない。
自治会の清掃活動に参加したことがない。
親睦会の幹事になったことがない。
学童・生徒の頃は、○○委員になるのを避けていた。
労働組合には加入しているが、組合活動には参加したことがない。
子供が学校に行っているのに、その学校のPTA活動に参加したことがない。
募金活動に賛同して、募金をしたことがない。
署名活動に賛同して、署名をしたことがない。
ゴミの分別をしたことがない。

こういう受動的・従属的な人は、企業にとって扱いやすい日本人像である「会社民」の特徴です。
民主党が想定する新しい日本人像である「市民」からは外れているということです。これからは、能動的・主体的な日本人像が求められます。教育も変わるでしょう。

高野さんが興奮している様子がうかがえて面白く読んだのだが、それが面白くない人も多いみたいだ。
まだ何も出来ていない段階ではしゃぐな、ということみたいだけれど、いいんじゃないでしょうか、はしゃいでも。
高野さん本人ははしゃいでる積りはないかもしれないけど、私は一応はしゃぎましたよ。
自分が期待して、応援し、わずかなお手伝いをしてきたことが「成った」ことを喜ぶのは当然で、喜ばない方がおかしい。
ただ、まだ入り口に入っただけであることも事実で、全てはこれからの事ですので、はしゃぎ過ぎることもありません。
ある程度はしゃいでおかなけりゃ、これから起こる事毎についていくのが嫌になっちゃうでしょ。
結構、腹の立つことが相当起こる筈ですから。

高野猛様の論説に賛同致します.

小沢秘書逮捕事件への対応はこの度の民主政権が成立するか否かの,分岐点でした.
高野猛様を頂点とする本The Journal は,この事件が麻生政権の謀略であることを一貫して主張しました.その時の民主党は必ずしも磐石ではなく,例えば菅代表代行は麻生のシナリオに沿う形で「小沢降し」を画策しました.
しかし鳩山幹事長は一貫して小沢代表を支えました. この厳しい局面で,鳩山幹事長はその信念を貫徹したのですが,果たして,本The Journalの論陣が無ければ,その通りに成ったかは,大変疑問です.なぜならば,その時の民主党は,麻生の描いたシナリオ通りに内部分裂し,引き続く総選挙では自民が大勝となることも有り得ました.その意味で,本The Journalは,現民主政権の「生みの親」だと思います.
現在のこの瞬間を歴史の中に位置づけて,私たちの今後の進むべき道筋を呈示すること,これこそジャーナリズムの本質だと思いますが,高野様はこれを実践されており,その情熱に心より敬意を表します.
今後とも,健康に留意され,一層のご活躍を期待しております.

【民主党の大勝利】を心から祝福しております。

高野孟さまのおっしゃるように、今回の勝利は明治維新に匹敵する革命的勝利と思います。明治維新以来の革命となりますと、旧勢力(自民党)は、徳川幕府が復権出来なかったように、永久に政治権力の表面に出てくることはありません。

革命で敗れた自民党は、やがて自然消滅する宿命にあります。
国会議員の激減で政党助成金も激減し、傘下の、果実を与え続けた利益団体からの政治献金も≪企業団体献金の全面禁止≫の法制化によって皆無となり、ほどなく【兵糧攻め】の剣が峰に立たされます。
加えて、選挙のたびに注入されてきた創価学会からの小選挙区への固定票は、野党になった≪公明党との協力関係が解消され≫、今後の選挙は、明らかに得票数が減少します。
新しい理念に基づいて「自民党」という党名も変更し、解党的出直しをしなくては「自民党」の将来は全くないでしょう。

私は平成21年8月30日を、1789年7月14日のフランス革命と同じように、将来、毎年8月30日を「日本の革命記念日」と称されることになるだろう、と想像しております。

[「中央集権国家である現在の国のかたちを『地域主権の国』に変革」する]と言う民主党鳩山代表の主張は,人間の完全な自由と平等は,国家の解体によってしか得られない,という思想に通底していて,ヨーロッパの「EU」にも並行連結する現実的に重要かつ可能な政治的課題である。ただ高野孟氏の論説の問題点は,はしゃぎすぎ云々ではなくて,あくまでも核となる思想性であり,日本の革命志向者達が「講座派」と「労農派」に二分される,という定説に従うと,氏は「労農派」の尻尾を引き摺っていると思われる。その点を再度指摘したまでである。「江戸時代のコミュニティ」の氏のイメージは農本主義であるからだ。「江戸時代は暗くなかった」と宣う御仁に申し上げるが,第二次世界大戦中の戦時下の日本でも,軍隊生活は別として,国民は活き活きと張り切って,明るく楽しく生活していた。政治・経済共に歴史を逆行させる反動遡行は不可能。ここでの課題は体制制度であり,個々人の内面の幸不幸ではない。

高野様
まずは、おめでとう御座います。貴方の立ち上げたこの《THE JOURNAL》こそ、日本で唯一の全国的な【ネット民主党応援サイト】として民主党の政権交代に多大なる力として後押したのは間違いありません。このサイトに帰属する多数の優秀なブロガーの記事を読み感想や新情報を提供しあい、検察側の不可思議な検挙を始め、官僚政治・権力の歴史、小沢前党首から鳩山党首までの民主党の政策や考え方、長所や短所など、その反対に自民党政治が官僚と行ってきた数々の悪政を教えて頂いた。それを見た民主党を支持する同士達が 口コミや他のネット投稿等でネットをしない国民にまで大きく広がっていった。与党ご用達のマスコミ報道だけでは結して其処まで真実は国民に浸透せず、選挙結果も多少違っていたかも知れません。(ちょっとオーバーかな?笑)
私も、30日の晩は祝杯を挙げて喜んでは いましたが・・・
しかし、革命が叶ったのではないのですよね。単に、官僚政治の打破の為の戦う権利を与えられたに過ぎません。魑魅魍魎たるフクマ殿の官僚政治が網羅してきた、日本の利権システムをすべて切り崩す為に 民主党政権は火達磨に成りながらでも、そのシステムをぶっ壊し、血税を国民に取り戻すことが本当の戦いです。官僚達は顔で笑いながら近づいてきて、騙し・誤魔化し・隠し・全てあらゆる抵抗の中から本当の意味での革命を達成されるかの瀬戸際です。その為の小沢幹事長は適任ですね。次期参議院選で勝利し、磐石な基盤が出来た時が本当に戦える体制が整うときだと思っています。
真の革命が達成されたと思ったときは、高野さん主催で《THE JOURNAL》投稿者のオフ会なんて企画してください。(割り勘で笑)

マスコミの報道には、がっかりする。
二重権力か・・・あほくさ。

いま、そこが問題なのか?

閣僚に●●さん内定とか・・・

民主党の面子をみれば、閣僚になりそうな人や、政府に入りそうな人は想像できるでしょ。

正直言って、

誰が閣僚になるなんて、たいした問題には感じない。

鳩山政権が、マニュフェストに約束した政策を以下に実行していくかという事にこそ興味を抱いています。

それと、
連立協議のなかで洩れ伝わる社民党の主張はちょっとどうなのかな?と思う。

社民党は本当にいらない党だね。

小沢新幹事長には、自民党参議院議員に手を突っ込んでいただき、5~6人程度引っ張ってきてほしいぐらい。
そうすれば、社民党いらないし。

来年の参議院選挙まで長いので、早急にやっていただきたいと思わざるを得ませんね。

社民党が、護憲の党なのは分かりましたが現実的ではないですね。

早急に対処して、連立政権を成立させていただきたいです。

 浜矩子先生は、私が大好きな方です。西松騒動華やかなりし時も、朝日紙上で、立花隆とやりあってましたが、小沢=必要悪論というものでした(私も、小沢氏は日本人という呆れるほど政治音痴の民族の中に投げ込まれた、哀れなる殉教者だと思っています。問題は小沢氏の見かけがそう見えない事ですが)

浜先生のおっしゃっる「うんざり組と市民組」の比率ですが、残念ながらうんざり組の圧勝だと思います。多くの人は、民主政権を、麻生政権からの一時避難場所位にしか認識していないし、自民の再生を望んでいる。「お灸をすえる」という表現がそれを表しています。コイズミはそれを承知しているでしょうから、また次の手を打ってくるでしょう。

自民党がダメでも、新自由主義側には、マスコミ、橋下、民主党内小泉チルドレンの前原などがいるわけで、自民敗北=市民の勝利などという考えは間違いでしょう。

高野さんの論述を噛み締めながら読ませて頂きました。頭の中のもやもやが晴れて整理されました。ありがとうございました。

昨日(9/5)、京都へ行った折り、東本願寺へお参りしてきました。あらためて見上げると、でっかい木造建築ですね。また、四季折々、奈良東大寺にも行きますが、それぞれのお寺は、当時の庶民の諸々の寄付が大半のようですね。

昨日は、この様な構造物を設計、施工する頭脳やものづくりの技術などの凄さに驚くとともに、庶民の持つエネルギーの凄さを実感しました。

思えば、今回の総選挙の勝利は、このようなエネルギーを持つ庶民の勝利、そして無血革命!

“明治憲法以来120年、あるいは田中良紹説では坂本龍馬以来140年”ですか、感慨深く、また新たな歴史を刻んだ2009年8月30日(日)だった、と東本願寺の建物を仰ぎながら思ったことでした。

二点申し上げます。 

I. 理念・Visionというものは:
1.本来的に、理念であるとかVisionというものは、組織構成員(此処では、国民)に対して、「遠くにある、美しい、目標地点」を表現するものであって、それ故に不可避的に且つ当然にして、「理想論であり、観念論」であって「目先の問題を云々するもの」では決してない。
従って、今回の高野論説が描く「理念・Vision」を、身の回りの現実に照らして「理想論だ、観念論だ」と悪し様に評するのは、見当違いというものでしょう。
否定的に評している方々も、「理念・Vision」が、「変革」の脈絡で果たす重要性や役割の大きさを否定できるとは思っておられないと期待しますが・・。私は、「何方であれ、如何なる論理であれ、これを、正当には否定できない」と確信している。

2.私には、高野さんが描く「理念・Vision=遠くにある目標地点」には全く異存はありませんが、「革命」とか「維新」とかという言葉をもって現在と近未来を表現するのには、「大仰な」という感覚があり辟易する部分がある。国民有権者を勇気づけ動機づける必要性も意図も承知の上で・・。単線・単眼・平板な思考ではなく、複線・複眼・寄木?の思考が必須ということですね。

II.「Global社会である21世紀に於ける市民」の概念
・・教育を超えて教養へ至るべし:
1. Rioさん | 2009年9月 5日 05:40の労作のご指摘が、「現実の国民」と「21世紀に於ける市民」の相違点を示すに、非常に的確であり、面白く有意義だと思います。

2. 高野さんへのお願い;私の不勉強を曝しますが、「市民」の概念はフランス革命の知識から何と無くは理解しますが、此処では、18世紀の市民概念ではなくGlobal社会である21世紀に於けるそれが肝心であり、共通する要素は当然にあるにせよ、全く異なる要素をもっていることは間違いない訳で、「21世紀に於ける市民」の概念を規定して戴きたくお願い致します。

3. その概念を構成する重要要素には、「21世紀的教養」が含まれるというのが私の想定ですが・・。言葉に対するイメージは人によって様々ですが・・、
1)「教育」の定義を、教育を受けるものが、先達からの知識や技術技能を吸収し、自らその周辺部分の知識技能に拡大して収集して、「思考」に繋げて行くプロセスとすれば、
2)「教養」の定義:その教育成果を踏まえ且つ超えて、左脳の「高い情報集力や情報の取捨選択能力や論理的思考能力」と共に、右脳の「豊かな情緒や感性・直感=左脳が示すものとは違う‘正しさや公正さ’の源泉」をも備えた状態を「教養」と定義すると、
3)「教養」に至るプロセスと、市民社会に蓄積された「教養の総量」が、21世紀には、非常に重要になると思っている。

4. 以上の脈絡を、教養の蓄積総量が乏しい現状で、高野さんが屡々強調されTV露出が過剰な二人の知事さんが目指しておられる「地域主権国家」を重ね合わせると、「教育」の重要性を訴える声は極めて小さく、「教養(他の言葉でも好い。意味や定義が重要。)」に至っては皆無であることが、未熟で危うい「地域主権国家」を大量に産み出すのではないか? 私の大きな気懸りである。
「市民」の十分な成熟を待つ必要は全く無いが、「地域主権国家」を性急に推し進めるのではなく、教養の蓄積総量対策と共に、時間を掛けた方が良いのではなかろうか。

何れの道を行くにせよ、私個人はこの世にはいないので、私の孫子と日本国を心配しての老婆心ですが・・(笑)。

恥ずかしながら私も民主党には将来ビジョンがない と思っていた一人です この高野さんの論説で崇高なる将来ビジョンがあることを知り かつ克明に解説していただき 良く理解いたしました ところで 民主党に将来ビジョンがない と説きまくって 更に小沢代表代行が幹事長就任することに 二重権力構造だ と騒ぎまくってるいるのは 毎日新聞系の記者と解説です 何だか毎日新聞社を挙げて小沢を陥れたいようなんですが どなたか真実を教えてくれませんでしょうか 産経新聞の異常さは論外です

奥野さんのコメントに、同感です。

明治維新史は勝者によって作られたので、歪曲された史実がたくさんあります。江戸の良い面が破壊され、否定的な側面が宣伝されてきました。それを擦り込まれた人はその事実を受け入れる柔軟性がないと思いますが、少なくとも歴史の検証は試みてほしいもの。無茶苦茶な明治政府の実像も浮かび上がるはずです。

明治維新が、英国からの武器援助を受けた鎖国攘夷派の薩長による軍事クーデターであったこと、この武力革命に反対した孝明天皇はどうなったのか、などなど。
戊辰戦争で薩長が犯した残虐な行為、も歴史には出てきません。
そして、中央集権体制での、富国強兵策にひた走る日本は、軍が暴走し、太平洋戦争という無謀な戦争に国民を巻き込んでいったこと。
自民党の安倍さんは長州、小泉さんは薩摩ですね。偶然かもしれませんが、今回の総選挙で、自民党が生き残った地域は、薩摩、長州の鹿児島、山口とその周辺に多かった。戦後も、なにか薩長の影響があるのかと思わせる結果でした。

民主党の議員は、明治維新を美化し、間違っても薩長と自分たちを重ねることがないように、歴史をとらえ直してほしい。

蜷川新 『天皇—誰が日本民族の主人であるか』(光文社)
ぜひご一読を。

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匿名様
毎日新聞と比べ、他紙は民主党に厳しく、自民党に甘い。選挙報道を各紙読み比べられたら、わかると思います。ただ、毎日には、小沢氏に対して、バカの一つ覚えのように、経世会出にこだわる古手の記者がいるのかなと思われます。自民党という権力の座にしがみついていたわけではなく、逆にこれでは日本がダメになると野党に身を置いていた人が小沢さんです。これ以上偏向報道を続けたら、新聞の購読部数が減る心配も出てきたのではないでしょうか。

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あるブログで、以下のことを書いている人がいました。

「民主党さんは言わば、出がらしのお茶っぱを押し付けられたようなものです。散々使いきって、借用書だけになった財布を押し付けられたと言おうか。とにかく損な役回りを仰せつかっただけなのです。今まで騙しに騙して、釣り上げた株価も実態に近づいてくる。阿鼻叫喚の中で、政権を担当する骨折り損な役回りを演じるだけなのです。」
これも覚悟はしなければなりませんが、埋蔵金が少しでも多く残っていることを祈るばかりです。

高野様
選挙お疲れさまでした。未だ勝利の美酒は醒めやらぬようで...。

無粋にも冷水を浴びせるのは申しわけ有りませんが、今回は、園伊藤 さんの意見に賛成です。今回の勝利はまだ、スタートラインにすぎません。今後、交代した政権に成果が無ければ、革命どころか、ケチな反乱で終わってしまいます。また、個人的には「地域主権国家」はまだまだ、先の話だと思います。現状の地方自治体のへぼ議会を考えれば、下手に地方分権など急げば、地方の利権団体や、世襲老人が、お金を使い込んで終わりになるでしょう。
その点「教養の蓄積が必要」(要は、今後自分たちで立ち上げてゆかなければならない、様々な市民運動に必要な概念的な裏付けということで解釈しました。)という無国籍人さんや浅山さんの意見は正しいと思います。
私的には民主党がやらなければならない事は、まず中央省庁の改革が先だと思います。成功率は20%ないし30%ではないでしょうか。せめて小沢さんクラスの、国家全体のビジョン見極める事が出来、かつ肝の据わった、議員がもう少しいれば速攻改革も夢ではないと思いますが.....。かなり難航する事は確かなのではないでしょうか。
それから、現在の自民党では、理念的、政策的に、若い世代の受け皿にはなり得ません。インチキウヨならいざ知らず、意識が乖離しすぎています。自民党の再生などいりません。どうせなら、強いリーダーシップを持つ人を頂点に据え、市民で新しい政党を立ち上げれば良いくらいです。


高野さん

「破壊と創造」について

前回の無国籍人 | 2009年9月 5日 13:02に続いてで恐縮ですが・・、
一部の方のご指摘がりますが、現時点で重要にして肝心なことは、「創造を完成すること」にある。民主党の「官僚支配からの脱却」にせよ、「アメリカからの自立」にせよ・・。
急かず、焦らず、然し迅速に!!

1. 本来的に「破壊」の原動力は、「国民全般の怒り」という極めて強い力が基本部分にある。「怒り」も、論理的理性的な怒り、情緒的感情的な怒りと様々だが・・。この「怒り」という強い力を背景に持って行われる「破壊行為」は、巨大な批判や反対が少ないこともあり、絶対的な困難は大きくとも、「創造」との相対的な比較では「容易」といえよう。社会システムを含めて全てのものは、「怒り」というダイナマイトを仕掛ければ、破壊できる・・単純すぎる表現だが。

2. 他方、破壊の跡地に、新たなるものを「創造」する過程は、絶対的にも相対的にも、より巨大な困難を伴う。

1) 非常に卑近に例を採れば、最近厳しく多数の批判に晒されている小泉さん(※注A)は、特に郵政改革が顕著だが、破壊はしたが、一切の創造はしなかった・・、というより一国民たる私には「創造する積りが無かった」と観える。創造の巨大な困難さを前に、退散した訳でなかろうが・・。それ故に、国民が被った痛みは、「将来への期待」に緩和されることも無く、覚悟を超えて、極大化した(※注B)のだと思える。
 
       (※注A)此処では詳細は避けるが、この脈絡では、私は意図的に竹中さんを除外している。「完全無過失」ではないが・・。
       (※注B)この「極大化した痛み」が、今回の経済危機によって拡大し、「悲惨」を生むに至ったのだが、其れと此れとは峻別して考えたいが・・。

2) 創造過程では、端的には、「怒り」は「望ましい創造」には無力である。世界に広がる多様な事例と見識を集積し、それらを高い専門的知見を使って取捨選択し=日本に適合する要素を拾い出し、組み合わせの試行錯誤を繰り返して、漸く創造過程が完成できるかどうか。「創造の完成」までの間は(短期か長期かは解らない)、応急措置によって国民の痛みは緩和されても、消えては仕舞わない・・。「創造が完成される」ことを担保(保証)するものは何も無い・・。市民の「強い希望」と「創造主(神ではない、現実の創造主=此処では民主党)への強い支援・声援」のみが、数少ない支えとなり推進力となる。

3) 以上の脈絡で、市民国民が「理念やVision」を持つことも「教養」を持つことも、「創造を完成させる」には、非常に大きな要素となると思っている次第です。

如何でしょうか?

私は、選挙をする様になってからこの方、政治とはうさんくさく裏があって当たり前の世界であって、政権与党が全然信用出来なかった。でも、他の政党もなんだかイマイチが多く、誰も選べない時はドクター○○などに投票したこともありました^^;そんな中自民党をぶっつぶすと言った方が登場した時は、致命的に日本が嫌になったもので、あの熱狂ぶりやパフォマンス?やその政策は、私にとってはこれから日本はどうなっちゃうんだろうと不安が募る材料でしかありませんでした。。。そして、時は流れ、政治とは関係のないところから偶然入ったこちらのサイトを覗くうちにブロガーの方の考え方が自分に近いことを知りはまってしまい、そのうち高野さんと民主党や鳩山さんとの関係エトセトラも含め政治に関わる方にも信頼出来る人達がいるんだ、と何かほっとしたような気持ちになったのでした。そしてこの様な結果(これからが本番で厳しい道のりだと思いますが)になりとてもうれしく思っております。
改めて、おめでとうございます。

もう少しコメントしたいのですが長くなってしまったのと、時間がないのでまた投稿させてください。。


上記、匿名様の『ところで 民主党に将来ビジョンがない と説きまくって 更に小沢代表代行が幹事長就任することに 二重権力構造だ と騒ぎまくってるいるのは 毎日新聞系の記者と解説です 何だか毎日新聞社を挙げて小沢を陥れたいようなんですが どなたか真実を教えてくれませんでしょうか 産経新聞の異常さは論外です』の件、
下記ウエブサイトの記事を読むと理解できると思います。
http://gensizin2.seesaa.net/article/127284065.html
要するに新聞各社は構造不況業種にあります。テレビ局も同様な運命を歩んでいますが、彼らの身分保障には自民党が良いか民主党が良いかだけの発想での発言と思います。この点では官僚や御用評論家も同じようなものです。即ち、我々一般市民は損をしても、自分達だけ得をしたい発想なのでしょう。

<連立政権協議:国家戦略局が政策調整機関である。>

社民党の福島瑞穂党首は、連立政権協議で与党間の政策調整機関の必要性を主張している。
しかし、民主党は政府と与党を一体とし、党の政策調査会長が国家戦略局の担当相となる。すなわち、政策調査会=国家戦略局となる。

連立政権協議では、最初に閣内協力か否かを協議し、各党党首の入閣と共に、各党政調会長を国家戦略局の政務官として入閣する方針を採れば良いのではないか。
もし、政府とは別に与党間の政策調整機関を求めるのであれば、社民党は閣外協力に留めるべきである。

あな恐ろしや,まさかと思っていた国家戦略局等と言うおどろおどろしい組織が現実に設けられる様子,我国は如何なる国を相手に臨戦態勢に入るので有りましょうや。
暫く前に,菅さん辺りが俄勉強とて英国を訪ねた様であるが,俄覚えのNational pojicy ,National strategy ,即ち,国家としての方針と方策,を真似るに事欠いてstrategyを戦略と誤ったならば早急に正すに如くは無しと存ずる。
僭越ながら,戦略に対する英語はMilitary strategyでありますぞよ。
蛇足ながら斯様な組織,例えば,国家方策研究所等なるものは,政府の中では無く,民主党のシンクタンクとして設けて然るべし。
ところで,今の勢いを見るに,民主党は中央集権を廃する,せめては緩める,どころか,究極の高みに至らんとするかの如きに非ずや。加えて,過去の例を見る限りに於いては,弱者の味方,社会正義を声高に言う権力の行き着く先は,忌まわしき全体主義でしかない。
古来,権力の座を狙う者が得てして用いる擬態は弱者の味方。各々方,用心召されよ。

私が、鳩山さんのビジョンが素晴らしいと思うところは次のとおりです。

鳩山さんご自身の文の中で、飛行機に乗っているときに眼下の日本を見たときの感想が書かれていました。いわば、地球を俯瞰し、理想を描いたわけです。
しかし、鳩山さんは俯瞰で描いた理想を、俯瞰のまま実行しようとは考えませんでした。ここが、従来の自民党&官僚政治とは決定的に異なるところであり、鳩山さんのビジョンが素晴らしい点なのです。

以下、例え話になります。

自民党と官僚は、地球の緑を守るための解決方法として、すぐ育ち、手入れが楽な樹木を植林すればいいと考えました。

一方、鳩山さんは、地球の緑を守るための解決方法として、次のように考えました。
森を守るためには樹木が健やかに育つ必要である。樹木が健やかに育つためには健康な土が必要である。健康な土であるためには、ミミズやバクテリアが生きられることが必要だ。また、実を食べ、種を運ぶ小動物も生きていけなければならない。
つまり、地球の緑を守るためには、ミミズ、バクテリア、リスや小鳥などの小動物が生活できる環境作りがまず必要である。これが、鳩山さんの考えでした。

俯瞰で見たビジョンを、俯瞰目線のまま進めていったのが自民党と官僚による政治でした。森を木の集まりという見方しかできなかったのです。

一方、俯瞰で見たビジョンを、地上に降りて小動物や虫などの目線から見つめ直すことで、森を「生態系」として捉えて政策を進めていこうと考えられるところが、鳩山民主党の素晴らしいところなのです。

<TAKATA様>
ご紹介のウェブサイトを読ませて頂きました。
やはり、という感想です。新聞各社が教育現場に新聞を教材として使う様に根回ししているとは聞いていましたが…。私も新聞の定期購読を止めたクチですが、新聞は商品価値が徹底的に劣化しているのですから、経営が苦しくなって当然です。
新聞で得られる情報より、格段にTHE JOURNALで得られる情報の方が役に立っているからです。
これから、記者クラブの特権も無くなるので、ますます影響力を無くすでしょう。
<K Fujiwara PhD様>
>連立政権協議では、最初に閣内協力か否かを協議し、各党党首の入閣と共に、各党政調会長を国家戦略局の政務官として入閣する方針を採れば良いのではないか。<
賛成です。

釈老孫様に賛成です。政治とは生活である、の民主党に投票したと思ったら、国家戦略とはこれいかに?なぜ国家構想局、とか、国家デザイン局ではいけないのか?

男社会の日本では、なぜか政治用語に、イクサ系の言葉が多い。うんざりです。それを何の抵抗もなく受け入れている皆さんの寛容性?が恐ろしい。

89年の参院選で社会党が大勝した時にたまたま見たテレビで高野氏が何かと留保する物言いをする土井たか子氏に『お情けで勝たしてもらっただけで何も期待しちゃいないからごちゃごちゃいってないで何か実のあることをひとつでもやれや』とすごんでいたのを目撃したのが高野氏を知った最初でした。

声がいい。トーンがいい。照れ屋さんな様子がいい。サンプロでも田原氏がとっちらかした後に本質を短くいうのがいい。これまでに得た印象でした。

このサイトを立ち上げたことと本稿の内容を拝し、若干みそこなっていたと我が眼力を恥じております。

たいしたものです。
Million Thanks。

金に魂を売る者達 

「武士はくわねど爪楊枝」とは良くいったもので、日本の武士は「貧すれど気高く」を武士のよすがとしていたのであろう。
矜持するもののためには命をも投げ捨てる、幕末維新の際にも、戦中の思想弾圧の際にも、日本人の根底にはこの「美学」が流れている。「金のためなら魂を売り渡して」まで、御用学者になったり、ゴマすりジャナリストや太鼓もち評論家になることをを、日本人の「美学」は基本的に拒絶する。

「タバコを吸わせてやるから、白状しろ」と似たような調子で、「転向」を迫られたジャーナリストが「金のため」「生活のため」魂を売り渡すことを由とするかいなか、己の品性が試されるときが来た。勿論、「愛」のために戦線を離脱した同志のことを大石蔵之助が攻めることがなかったように、己が志のために詢する覚悟のあるもの達だけを選別するのが目的で、脱落者を責めることが趣旨ではない。だから「生活のために魂を売ったジャーナリスト達」を攻めることはしまい。しかし心ある志のある者達にはこの「美学」を思い起こして欲しい。小林多喜二のように、自らの信念のために権力者の横暴によって如何に多くの命が失われてきたことか、ということを。ジャーナリストたるもの、歴史につばを吐く行為ぐらいわかりそうなものである。

政権交代の「夢」が実現した今、少なくとも四年間は国民は民主党に未来を生活を命を託したのである。その選択につばを吐くものが関わるメディアにも番組にももはや何の期待もしない。足を引っ張るのはよせ!

そしてこの趣旨を具現化するための、企業、諸団体への働きかけを、自分のテリトリーで実行に移すことにした。不穏当メディアへの広告宣伝費を徹底的に削減させることぐらいはできそうである。一刀両断、根元を断つ。

[奥野雅之様]( 2009年9月 4日 23:01)

「暗い江戸時代から素晴らしい明治時代をつくったと教科書に書いている」

何処の出版社の何という教科書ですか。そんな教科書は読んだ事がありません。

「鎖国でもありません」

徳川幕府は外国とどのような条約を締結して,外交および通商を行っていたのですか。

「世界の情報や学問、知識は良く普及しています」

徳川幕藩体制下における世界の学会との学術交流や交換留学生の模様をお聞かせください。ここでは,江戸時代の我が国の優秀な学者の話をしているのではないのですよ。政治体制・制度を問題にしているのです。しかも現代世界における現代日本の政治がテーマです。

「江戸時代は何かといえば、地方分権の時代です」[山片バン桃氏は「封建は最高の政治制度」だと言っています]

徳川幕藩体制は第一次産業社会で,現代日本は第三次産業の高度資本主義消費経済社会です。比較になりません。更に続けてあなたが述べている記述も,歴史的段階が第一次産業社会に限られていて,現在の日本の参考にはなりません。懐古趣味は役に立ちません。あなたの明治維新とそれ以後に対する認識見解は雑駁過ぎて,何を言いたいのか,不明です。全体としても,あなたの論旨はピントが外れてますね。高野孟氏の「江戸時代のコミュニティ」を擁護したいのですか。それは無理ですね。高野孟氏にも不可能です。


 9月5日 日経新聞社説「民主党は政策決定の一元化を貫け」だそうだ。
 何を言いたいのか意味不明である。小澤幹事長誕生で権力が二重構造になる恐れがある、ということだろうか。この権力の二重構造なる「何とかのひとつ覚え」のような論調は、他のマスメディアにも共通で情緒的・付和雷同の象徴のような表現である。

 民主党内の方々は、今回、日本の多くのマスメディアと国民の意識との乖離をよく理解された筈だから、煽りに乗らないでいただきたい。

 120年ぶりの革命的・統治機構の変革を遂げるため、既得権益保持勢力との厳しく永い闘いが待っている。国民にとって閣僚等の人事が誰に決まるか等は二の次のことである。行政の機能不全が久しく、これへの国民の怒りが政権交代を選択した。まず、政策実現の機能を整え、その機能(役割り)をどこが果たすかを決めることが第一である。

 政策は最低「政策立案」という機能と立案された「政策を評価・意志決定」する機能、更に「意志決定された政策を忠実に実施」する機能が必要である。
<8月5日“よろんず”「政権交代、統治の仕組み変革に期待する」にて投稿・・・民主党本部にも同趣旨にて提案>

 肝心なことは、これら機能が明確に分かれて存在し別々の組織が担うことである。(勿論、一部の人が一部機能を兼務で参加は必要)

 脱官僚依存の行政機構の構築こそ国民の期待に沿い、革命的な変革となろう。政策を立案することと整合性や優先順位を含め意志決定することは次元の違う仕事である。増して政策の忠実な実施は、確かな指揮命令系統のもと責任をもって尽くされねばならないことも決定とは異次元のことはいうまでもない。

 政策決定の一元化とは、機能と組織、運用と人事など判って述べているのであろうか。

 立案は一部議員が行う場合もあろうが、専門分野のスタッフの仕事である。各省庁の企画部門が行ってきたことを省単位から外し、内閣府に集めて政策立案戦略局にするなら省益優先の政策立案にはならない。ここに臨時に集められる諮問会議などがあたるのは無理である。

 そのように提案された政策案を評価・意志決定には、総理はじめ実施に責任をもつ各閣僚、案件により与党の執行部、必要に応じ民間人を含む諮問会議・専門委員会等決定の判断に助言を仰げばいいのであろう。政策の意志決定は幅広く、複雑で政治主導の根幹に位置する機能である。政府だけで決定など無意味である。

 どうも、これまでの政権党も立案と決定と実施の機能の違いが理解されていなかったから、官僚主導を許し機能不全を続けたのであろう。挙句、閣僚人事だ、党内執行部人事といった興味本位のところにしか頭が回らなかったのであろう。

 立案スタッフとしての官僚の活用、忠実な実施部隊としての公務員の役割りは重要である。これをコントロールする政治の役割りは国民はじめ与党、民間専門家等あらゆる見識、知識、知恵を動員してより良い政策群をタイミングよく決定し理念を実現させるのが妥当なのではなかろうか。

 <諸賢のいつもながらの的を射たご意見、ご支持が、強力な変革の後押しになり政権交代の実を高めていくものと意を強くしております。
 高野さん、民主的地域主権国家実現に向け一層の啓蒙をお願いいたします>

東 利明 2009年9月6日

東 利明 | 2009年9月 6日 03:00

東様のご見解に感服です。政治に疎いため、どう考えれば良いか、良い指針を与えて頂きました。感謝いたします。

このTHE JOURNALと出会ってから目を離せなくなったのは、このような質の高い、真をついた確かなご意見・卓見が私の頭を鍛えて頂くからに他ならない。血(知)となり肉(行動)となります。

更に、真摯に物事を考え、それを開陳される方々の何と多いことでしょう。

鳩山政権を鍛えるのも温かく支えるのもこのTHE JOURNALかな。それは高野さんの心のなせるわざでしょうか。今後とも期待してます。

> 社民、国民新両党は連立政権樹立に向けた民主党との調整で、政府と与党との協議機関を新設するよう求めているが、政策決定にかかわるなら、党幹部が閣内に入って発言するのが筋だ。与党協議機関は政策決定の一元化をゆがめる恐れがある。

日経の社説での ポイントの一つは
上記の文でしょうね。社民党が主張している「政府と与党との協議機関」を作れ という部分ですね、ここがどうなるかが、新政権の統治システムのあり様に かなり影響するということでしょう。この機関が設定されれば、合わせて10議席程度の政党の意見が過大に反映される可能性が出てくる、そうなれば310議席の政党を生み出すのに投票した人たちは不満を覚えかもしれない。この政党間の政策の摺りあわせが前提となると、内閣の政策は それがまとまるのを待たなければならない局面が出てくるでしょう。
しかも、そこに小沢幹事長が加わるわけだから、 やはり二重権力の可能性の高まる必然性はある。
あのー、おそらく 小沢さんが幹事長に就任しただけならば、本人しだいということもありますが、二重権力の恐れはあまりないと思いますね。 ただし、この政党間の協議機関が設置されると、システム上余計なものが加わるわけで、そのことによって 政策決定が内閣に一元化されない可能性が高まるだろうという感じがします。 この協議機関に小沢さんが幹事長として参加するわけだから、そのことが政策決定に何らかの影響を与えるだろうと見たとしてもそれほど外れていないでしょう。 まあ、社民党が 相当 この協議機関に拘っているわけですが、困ったもんですね。(笑) 社民党の政策がその議席の割合よりも過大に内閣の政策に反映されるのならば、私としては こんなはずじゃなかったという感じを持ちますよ。

去年亡くなった二人のリベラルな知識人の位置づけを今度の政権交代でどう考えるのか?

去年、常に一貫してリベラルな考え方をしてきた二人の大知識人が亡くなりました。それは加藤周一さんと筑紫哲也さんです。
二人の死はリベラル派に大きな打撃となりました。二人の後を継ぐ人が見当たらない、と。
このブログに来ている方達はお二人に共鳴している人が多いはずだし、来ていない人も、この二人が何かにつけ、発言してきたからこそ、自民党が超右翼な路線に行かないような「重し」になってきていた、という感じを持っていた方、多いはずです。
二人の死にこの国の行く末を不安に感じる事なかったでしょうか?
一言、自民党に直接的に物を言う、そういう人物がいなくなりつつある日本の現状に危機感をもたれた方、多いはずです。
それにリベラルな考え方をされる方達が相次いで病気になられています。立花隆さん、鳥越俊太郎さん、浅野元宮城県知事、と。
こういう、リベラル派が崩れつつあるのを憂慮して、今度の総選挙で、心あって少しでも教養ある一般国民は民主党に投票したのかもしれませんね。

話は180度変わりますが、今週発売の「週刊現代」に田原総一郎氏が「サンプロ」「朝生」を降板させられる、という記事が載っていたのですが、この記事、信用していいのですか?
それと、明日発売の「週刊ポスト」にあの上杉隆さんが、民主党政権下での官邸入り、という記事が出るそうですけど、この人事についての信憑性はどうなんですか?

< マスコミ・自民党は未だ気付いていない。 >

 おはようございます。

 未だに自民党議員は「民主党政策には成長戦略が無い。」と語り続けています。まだまだ気付いてもらわなくともよいでしょうが、民主政策には『逆スパイラル(サイクル)成長戦略』が数々潜ませてある。それも含めて、今回の政権交代が成功すれば、これはもう  もの凄い革命だ!  と思います。

 マニフェストに記された政策の多くは某氏党首時代からの継承であったと思いますが、凄いですねぇ某氏は(笑。次期幹事長に就任予定で、内閣政策には口を出さないと約束言明したそうですが、もう口を出す必要は無いことを読み切っているのだ思いますね。(外交・安保、エネルギー戦略等は?)
 来年の参院選までに、行政情報を洗い出し、いくつかのマニフェスト政策で成果を上げる。そこが目先の勝負どころでしょうか?既に高速道路無料化試算が発覚していますが、まだまだ出てくることを期待します。
 
 それにしても、誰に刷り込まれたのか、マスコミや自民党議員等の「民主党政策には成長戦略が無い」という常套句。そこは争点にならないと読んだ某氏戦略、まずは hop(今衆院選)は大成功し、次は次期参院選 ( step )、そして次期衆院選( jump )。出来れば今しばらくはその常套句を語り続けてもらい、現実を見て気付いて欲しいかな?(笑

言葉から伺える心象風景。
先に国家戦略局なる名称から垣間見ゆる新政権の本性に危惧を述べたが(その際,policyをpojicyと記すお粗末には汗顔の至り),本コラムにエールを送られる諸賢のご尊名を拝する中,納得致すこと此れあり,蛇足ながら。
いよいよtyrant,僭主;某元党首殿ご登壇とのbaron男爵様の報に接し,marianne ,共和国の守神;自由の女神様がliberal追悼の辞を述べられました経緯に漸く合点がゆきました。
民主liberalは既にこの世に無いか,去りつつあり,共和の舅変じて将にtyrant暴君たらんとの宣命なるべしと。
君主不在の官邸に在って,恣意を尽したる不逞の輩共追放の功を認めざるを得ずや。嗚呼。

「去年亡くなった二人のリベラルな知識人の位置づけを今度の政権交代でどう考えるのか?」

ご自分の問題として、お考えになったら、いいでしょう。ソ連邦の崩壊を、レーニンと関連づけて、どう考えるか、という問題提起なら、世界の一流の知識人は無視できないでしょうけどね。日本の現代の経済状況を、マルクスとどう関連づけて、考えるのか、という問題提起なら、日本の一流の経済学者は、これまた無視は不可能でしょう。以上の二つの問題提起に解答を与える著書があったら、勉強のために、是非読みたいですね。

カレルギーの同心円について興味深く読ませていただきました。同心円というのは、波紋みたいな感じでしょうか?私が人間と宇宙を考えてみる時は、宇宙があって地球があって土地があって人間が...みたいな順序しか思い浮かばなかったのですが、人間を芯(心)にして拡大していくのですね。
私としては、宇宙をつくったのが神と思っていまして(特定の宗教の神でなく)、人間も神の一部と言うような考えをもっておりますので、同心円も最終的に神に辿り着く道...というような印象も持ちました。(勝手解釈...汗)
また、経済はデフレスパイラルなど、人間もチャクラは渦を巻いているとのことなので、いろいろ螺旋状に広がって行くイメージを持っていました。禅でも円く循環しているというような考えがあったかと思います。いずれにしても直線ではなくて円なのですか。これからは、循環型社会でなくてはならないと思うので、「円」はひとつのキーになるのかなぁなんて思いました。そして、心になる人間ひとりひとりが自覚することが大事ですね。
また、今回の政権交代劇でふと思い出したのは、アイヌの神謡集のなかにあった梟の神様のお話です。昔の金持ちが貧乏になって、貧乏人が金持ちになって...というのがお話の始まりです。とても素敵な上に深いところに響くお話です。
いろいろなことを考える今日この頃です。そして、いつも浅く薄く聞きかじり読みかじりの知識で思いつくまま書かせてもらってます...今回もとりとめなく.....

それから、こちらにコメントしちゃいますが、高野さん写真素敵でした。鳩山さんと岡田さんはちょっと笑えます。自民の方ほかのインタビューが比較出来てなるほどな〜という印象です。

TBが通らないので,こちらから失礼します.

税制が変われば政治も変わる!『静かなる革命2009』シリーズ全4本が完結しました
http://exodus.exblog.jp/11121383/

昔"They Live"と言うアメリカのSF映画があった。特殊なめがねで見ると世の中の真実が見えるのだ。ビルボードなどの看板をそのめがねで見ると”Obbey”という文字が隠されていたり、美女の顔が実はどくろであったり・・・。
今まで我々が当たり前だと思わされていたことがそうでないことが判明したり、隠されていたことやごまかされていたことが、これから表面にたくさん出てくるのだと思う。
混乱はあると思うが、ここで日本を改革することを民主党に託したい。
本当に今回の政権交代はは「無血革命」であると思う。

無血革命の末、キャバクラ幕府が誕生。
あほらし。

今の政権、幹事長を見ていると、ハンナ・アーレント著の「全体主義の起源」を想起する。
恐ろしいことが始まる予感がする。

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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