Calendar

2009年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Recent Entries

« 2009年7月 | メイン | 2009年9月 »

2009年8月31日

鳩山由紀夫:わがリベラル・友愛革命(再録)

 高野さんには、私の言う「愛」「友愛」について本サイトで解説して頂きありがとうございます。

 その中で言及されている、私が『論座』96年6月号に寄稿した論文「わがリベラル・友愛革命」は、当時、新党さきがけの代表幹事を務める一方で、その約半年後の旧民主党結成に結実する新党運動に邁進していた中で執筆したもので、副題に「若き旗手の政界再々編宣言」とあるように、私の新党への思いの丈を表して多くの心ある方々に結集を呼びかける檄文の意味を持つものでした。それから13年、ご承知のような経緯で図らずも民主党代表の責を負い、目前に迫った総選挙で必ず政権交代を果たすべく戦いを進めている今、私の持論である「リベラル・友愛革命」について広く国民の皆様にご理解頂くことが何より大切なことだと考えております。

 その後13年間の経験や思索を踏まえて、近々改めて友愛精神についてより発展した形で論ずるつもりでおりますが、ここでは取り敢えず、13年前の論文のうち当時の政治状況や政策課題について触れた部分を出来るだけ除外し、「友愛」について原理的に語っている部分を取り出して、要約を作成しました(資料1)。またその私の考えの元となっているのは祖父・鳩山一郎の「友愛革命論」で、それを示す祖父が1952年に書いた短文も添えますので(資料2)、併せてご一読の上、ご意見等お寄せ頂ければ幸いです。

 なお、《資料1》の......は1〜数行省略、*は1〜数段落省略、●小見出しは原文のままです。《資料2》では旧漢字を新漢字に置き換えました。

---------------------------------------------------------------
《資料1》わがリベラル・友愛革命----鳩山由紀夫(『論座』96年6月号より、要旨)

 リベラルは愛である。私はこう繰り返し述べてきた。ここでの愛は友愛である。友愛は祖父・鳩山一郎が専売特許のようにかつて用いた言葉である。自由主義市場経済と社会的公正・平等。つきつめて考えれば、近代の歴史は自由か平等かの選択の歴史といえる。自由が過ぎれば平等が失われ、平等が過ぎれば自由が失われる。この両立しがたい自由と平等を結ぶかけ橋が、友愛という精神的絆である。

 世界の多くの国々に比べ、はるかに経済的に恵まれた環境にあるにもかかわらず、口を開けば景気の話ばかりする日本人は、最も大切なものを失っている気がしてならない。多種多様な生命が自由に往来する時代に、相手との違いを認識し許容する友愛精神は共生の思想を導く。弱肉強食と悪平等の中間に位置する友愛社会の実現を目指して、そして精神的なゆとりが質の高い実のある「美」の世界をもたらすと信じつつ、政治家として青臭いとの批判をあえて覚悟の上で一文を認めることにした。

 スペースシャトル「エンデバー号」で宇宙を飛んだ若田光一飛行士は、地球を眺めながら何を思ったことだろう。そして日本を見付けたとき何を感じただろうか。地図には国境があるが、実際の地球には国境が存在しないということを、どのように実感しただろうか。宇宙意識に目覚めつつあるこの時代に、国とは何なのか、私たちは何のために生きているのかを、いま一度考え直してみるべきではないか、政治の役割をいま見つめ直す必要があるのではないかと思う。とくに昨今、言論の府であるべき国会が自ら言葉を放棄してしまうなかで、国会議員の一人であることに痛烈な恥ずかしさを覚えながら、それでも政治家であり続ける覚悟であるならば、いかに行動すべきかを厳しく問いただしてみたい。

          *

 政治家が政治家であり続けたいという執着から解放され、政治家を捨てる覚悟で臨むならば、そして自分が今何をなすべきかを純粋に問い直すとき、恩讐を超え、政党間の壁を越えることは決して難しいことではないと信じている。問題は政治家を捨てる覚悟ができるかであるが、あとで申し上げる友愛革命の原点は、政治家にとってはまさに政治家を捨てる覚悟にほかならない。

 初中からとは残念ながら言えないが、私も職業上、空から日本の国土を眺め下ろす機会は多い。そのようなとき、ふと日本はだれのものかと考えることがある。何げなく私たちは、日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。

 しかし、思い上がりもはなはだしいと言うべきだろう。日本には現在、135万人の外国人が住んでいる。日本の人口の1パーセント強である。内訳は、韓国・朝鮮人が約半数の68万人、中国人が増えて22万人、ブラジル人も4年間で3倍近くの16万人、以下フィリピン人、米国人、ペルー人と続く。

 まず、他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である。これは外国人にとって、日本は住みにくい国であることを物語っている。米国に留学した経験から、米国は異邦人に住みやすい国だと実感している。外国人は必ずしも米国人のホンネに深く入り込むことはできないし、潜在的な差別意識もないとは言えないが、それでも基本的に「開かれた社会」であることが外国人を米国びいきにするのだろう。語学習熟の困難さも手伝っているが、日本に来ている主としてアジアの留学生が、概して日本嫌いとなって母国に帰るのと大きな違いである。国際化といっても形式にしか過ぎず、日本人の心はけっして外国人に開かれていない。

 この環境のもとで、高知県の橋本大二郎知事が一般事務職員の採用に国籍条項をはずすことを主張されているのは、誠に注目に値する。案の定、自治省が強く抵抗していると聞く。閉じた日本の風土からは当然の反応なのだろうが、地方分権の声が泣く。また新党さきがけの錦織淳議員が中心となって、定住外国人に対して地方参政権を与える問題に取り組んでいる。これに対しては自民党からの反発が強く、議論が停止した状況になっている。

 私などはさらに一歩進めて、定住外国人に国政参政権を与えることも真剣に考えても良いのではないかと思っている。行政や政治は、そこに住むあらゆる人々によって運営されてしかるべきである。それができないのは畢竟、日本人が自分に自信がないことの表れである。日本があらゆる人々の共生の場となるために、日本人の自己の尊厳が今こそ尊重されなければならない。

 実は、人間中心主義の考え方そのものが思い上がりであり不遜なのである。この世の中には人間だけでなく、動植物などの生命体と水や空気や鉱物などの非生命体が存在している。人間以外を自然とか環境とかひとくくりにして、自然保護とか環境保護とかを唱えているが、その言葉自体がおこがましいのである。

 まず、自然の有するエネルギーがしょせん人間には計り知れない規模であることに畏怖の気持ちを抱き、自然と共に生かされているという感謝の気持ちで行動する原点に戻らなければならない。人間が物質的豊かさの虜になり、自然を制圧し都合良く自然をデフォルメするために英知を駆使するようになって以来、自然のバランスは破壊された。天然記念物はそれなりに大事にするが、そこいらに咲く草木は切ってもいいという発想は間違いである。むしろ、どこにでもある種ほど、エコロジーのサイクルのなかで役割を担っているとも言えよう。

 不可逆過程の行き着く先は命なき世界であることを認識するならば、経済社会活動にいかにエコロジカルな意味での可逆過程を組み入れていくかにこそ、最大の英知が注がれなくてはならない。国内的には、国民意識の啓発上からも環境税の導入が検討されるべきであり、地球的には南北間の調和が図られなければならない。地軸が南北両軸を結んでいる以上、東西問題は人為的、刹那的であり、南北問題は自然的、永久的である。したがって南北間の対立は今後さらに熱を帯びてくるが、この解決にあたっては南が経済的に北に追随する速度以上に、北が環境において南を支えていくことが不可欠となる。人間と自然との共生は、また南北間の共生でもある。

●美の国・日本を復興したい

 私がゴルフをあまり好まないせいかもしれないが、機上から眺め下ろしていくつものゴルフコースが視界に入るとき、バブルの爪で国土が抉り取られてしまったような誠に悲しい心持ちになる。......別にゴルフに恨みがあるのではなく。象徴的に目に入るので申し上げたのだが、国土が経済活動の食い物になってしまった顕著な実例である。もっと遡って考えれば、戦後日本の経済成長が歴史的に日本人が最も大切にしてきたもの、すなわち美徳を奪ってしまったのではないかと感ずるのである。

 私は、日本の政治が、そして日本人が呼び戻さなければならない最大の価値は「美」だと信じている。友愛の提唱者でもあるクーデンホーフ・カレルギー伯は、日本を美の国と呼んだ。彼の著『美の国』には次のようなことが記されている。

 古代ギリシャ・ローマ時代の道徳は美を基盤としていた。そして神学に基盤を有する「善と悪」の対立の代わりに、美学を基盤とする「気高さと卑俗」という対比が生まれた。プラトンは倫理的な価値と美学的な価値を一致させていった。一方で、孔子の儒教は理の原理を基盤としており、それは調和、換言すれば美を基盤としていることになる。孔子の理想も気品の高い人間にあった。ところがヨーロッパでは、キリスト教の布教とともに宗教的、神学的倫理観が勝るようになり、中国では共産党の思想が儒教を破った。結果として、日本が儒教に基づく美的倫理観を有する唯一の大国となったのである。

 日本をほとんど書物のみで理解されたクーデンホーフ伯のことゆえ、やや美化されすぎているきらいもあるが、日本には少なくともかつて武士道に見られるように、「美」を尊ぶ精神が強く存在していたことは事実である。

 第2次世界大戦に勝利した米国が日本の武士道精神の復活を恐れたこと、そして敗戦後の日本を急速に立ち直らせるために導入された欧米型経済合理主義が実に見事に機能したことにより、経済的価値が美的価値を浸食し、「美」に対する倫理観が日本社会から消失してしまったのではないかと考える。経済合理性から外れた価値が捨象され形骸化してしまったことが、日本の今日的不幸ではないかと想像する。

          *

 議会制民主主義の基本である論争という美的倫理が欠如している現在の日本の国会の現状は、きわめて重症と言わざるを得ない。美的倫理観の欠如は、しかしながら何も政治に限らず、卒業より入学重視・知識偏重の学校教育、責任回避の論理渦巻く官僚制度、住専に見られる常軌を逸した金儲け主義の業界など見渡す限りである。私は日本を今一度「美の国」に戻すため、美の心と友愛の精神を基軸に、日本の政治を根底から見つめ直して参りたい。

 過日、「フォーラム日本の進路」で講演された隅谷三喜男先生は、日本人に哲学がなくなったと慨嘆されていた。確かにそのとおりだと思う。厳しい政治不信のなかで、一見甘すぎると批判を覚悟のうえで、あえて私は美的倫理観と友愛精神を自分の人生の原点、いわば哲学と捉えて行動していきたいと考えている。

          *

●さきがけの否定も恐れない

 私たちは3年ほど前、武村正義を代表とする新党さきがけをたち上げた。一人ひとりの決断による結集であったが、共通する心は、四方が保身的な政界のなかで、自分たちは保身的行動から解放されたいという願いであった。政財官の甘えの構造にぬるま湯のごとき心地よさを感じながら、必死に誘惑と闘い、そこから抜け出す決心であった。身動きの取れない日本の政治・経済・社会・行政に一石を投じ、機構改革のさきがけにならんとの覚悟であった。新党さきがけ結党の日に、10人の同志が見せた満面の笑みは、しがらみから解放された喜びであった。この日の喜びの表情を、再び取り戻さなければならない。

 私は今でも、社会全体の根本的な改革を期待している国民は多いと信じている。否、ますます潜在的には増えていると思っている。では、なぜ国民の期待感が伝わってこないのか。なぜ私たちから喜びの表情が消えてしまったのか。それは、事実であるかどうかはともかく、改革を唱える国会議員の声は純粋に国民のことを思って発されているものでなく、結局のところ自分たちの政権獲得のため、選挙のためであり、本気で行動する覚悟などない、と国民に確信されてしまったことに尽きる。

           *

 私は、党の存在が否定されることを恐れない。......この3年間の総括として政治家の信頼回復のために政治家がなすべきことは、一片の政策を示すことではなく、選挙を恐れず信念に音付いて行動する勇気、覚悟を示すことであると確信している。

●政治家を捨てる覚悟

 すでにさまざまなところで述べたことだが、私は友愛精神の本質は自己の尊厳の尊重にあると説いている。宇宙の中で生かされていることに感謝し、偶然ではなく必然としてこの世に生かされている自分自身の可能性に目覚め、自己の尊厳を高めることに最大の努力を払う。自己を高めて始めて他者に優しく振る舞うことができる。自愛が利他を生む。意見を異にしてもそれを許容し、品格を信頼し友情を結ぶことができる。これが友愛精神である。

 日本人は議論下手である。それが議論のない形骸化した国会を生んでいる。政治家はしばしば、議論が合わないと相手の品性を疑い、憎悪の感情を持つ。政党や派閥の離合集散が、政策よりも愛憎の感情でなされるゆえんである。相手を許すことができないのは、自分に自信が欠如しているからである。55年体制という言葉が批判的響きを持つようになったころから、最も自己の尊厳を喪失した職業は、残念ながら政治家であったのだろう。

           *

 今政治家に最も求められているのは、自己の尊厳の回復である。端的に言えば、政治家を捨てる覚悟である。この覚悟を持った同志の結集が日本の明るい未来を開くと信じたい。これが友愛革命である。

           *

 戦後50年の経済発展の陰で蓄積されてきた膿とツケを後世に残さぬために、私たちは膿をかい出して治療し、ツケを支払うよう最善の努力をせねばならぬ時期にいる。美的倫理観に基づき先憂後楽の発想で臨むことが、今に生きる政治家の務めである。この作業は、選挙を恐れていては叶うはずがない。ややもすると近視眼的になりがちな人の心に、その人々に選挙の洗礼を受ける者が、より遠くを見、視野を広げることを勧めることは容易ではない。しかし、自己を高め、そこの正義を見いだし、政治家を捨てる覚悟さえあれば、自然体のまま歴史の変曲点で舵をとることができよう。

●リベラル合同を成し遂げる

 今ここに新たな政治潮流を起こさなければならないと決意している者が、個の自由と責任のもとに一人ひとりの決断によって党派を超えて集合、協力するシステムの構築が、保身的行動との対比において求められているのである。それは個の自由による連合であり、リベラルを友愛、すなわち自己の尊厳の尊重と解すれば、「リベラル合同」と呼ぶことがふさわしいであろう。

           *

 戦後50年の延長上に、私たちは日本の未来を見いだすことができない。その鍵は、この50年間の経済発展とともに固定化されてきた政財官の相互もたれ合い構造から脱却しうるか否かにあり、それは政治の場からの解決しかあり得ない。したがって政治が未来の扉を開き得るかは、政策の善し悪し以前に国民に厳しい選択を強いる「志」を政治家が持つか否かにかかる。

 かつて、さきがけが試みたように、いま一度私たちは「志」の確認を図っていかねばならない。新たな政治の流れは自己の尊厳の確立と共生、すなわち自愛と利他というデュアルメッセージに基づく友愛リベラリズムであり、その形成は保守合同に対比して「リベラル合同」と呼ぶことができよう。

「リベラル合同」への道程は、基本的に一人ひとりの決断によって拓かれていくべきであり、それは単に政党の構成員を規定するばかりでなく、政党のあり方や政策、さらには政党間の連携も規定していくことになる。個の自由がより保証される姿として、柔軟性のあるネットワーク構造が求められていく。そのことによって人間は、人為的な国益、省益、企業益といった既得権益の壁を乗り越え、市民益と地球益の重要性に気づくことになろう。この友愛リベラリズムが科学的論理性という美意識も含めて、日本が失っていた美的倫理観に裏打ちされるとき、真に日本人らしい政治が生まれるものと確信する。▲


---------------------------------------------------------------
《資料2》友愛革命論----鳩山一郎『ある代議士の生活と意見』(1952年刊所収、全文)

 歴史というものは、よく味わってみなければならない。時によってはにがく、時によっては厭な舌ざわりを感ずる場合もある。が、眼をおおってはだめだ。よくあじわう必要がある。味わって、再びあやまちを犯さないようにすれば良薬である。

 私たちの過去は、一たび外交と内政のよろしきを誤れば、その結果がおそろしいことになる----という事実を雄弁に物語っている。これは貴重な歴史の教訓である。これからの外交と内政のなかに、十二分に生かして行かなければならない。そうしてゆく責任もある。

 大体、日本を破局におとしいれた原因はかずかずある。一つに止まるものではない。しかし、その大きな原因として、政党政治が国民の信頼をうしなったこと、そのために軍閥政治が台頭したこと、ついに議会政治が没落したことを、私は大きな原因であると考えている。だからこれからは、なにはおいても、政党も健全な発達による議会政治を中心に、外交と内政を展開してゆかなければならないと思う。一口にいえば、デモクラシーの堅持である。だがこれにも方法がある。なぜ、戦時中日本が、デモクラシーをまもりえなかったかをしらねばなるまい。英国をみるがいい、長い議会政治の伝統が、おのおのの生活のなかに、自然に浸透し、融合しているのだ。だから現実に足のついたものになっている。そうなればけっして、全体主義・共産主義の理屈にごまかされはしない。決して簿婦緑野専断の入りこむよちはあたえないのだ。

 したがって私は、これからは現実の生活にゆきわたったデモクラシーを主張したい。デモクラシーというものを、現実の生活のすみずみにまでも滲透させたい。

 なるほど今の日本を考えてみれば、米軍の占領期間中、民主主義の洗礼は受けた。いろいろな制度が、デモクラチックに改革はされ、形だけはととのえることができた。しかしそれが、現実の生活に即した、身についたものになっているかというと、けっしてそうとはいいきれない。意識するしないは別として、まだ生活のある断面には、昔のさめはてぬ悪夢のあとがのこっている。アンシャンレジウムの痕癖がある。もちろんアンシャンレジウムの好さはのこしておいてよい。美しい伝統としてとどめておくべきだ。が、悪いものは払拭しなけばなるまい。そのぬぐいさらなければならないはずの悪いものがまだのこっている。それをのぞくことが大切だ。そしてデモクラシーを、生活のはしばしにまで滲ませて、身についたものにしなければならない。これが日本にあたえられた、これからの宿題であると思う。

 宿題をはたすために----まず私たちは、身の周辺のことをみつめたい。私は追放中に、友情の尊さ、ありがたさというものを、しみじみと感じた。追放中といえば、私の逆境時代である。よい環境にいるあいだは、巧いことをいって、寄ってくる人が多いが、一たび逆境におかれると、離れていく人が多い。手を翻せば雨となり、手を翻せば風となる----である。遂にこれ悠々行路の心と、「長安主人の壁に題す」という中国の詩もうたっている。こんなのは、いうまでもない非人情である。人でなしの世界である。しかし、こういうことでは民主主義をつくりあげることはできない。民主主義の基礎は友情である。友情の一つ一つを、煉瓦のように、しっかりとつみ重ねてこそ、立派な民主主義の殿堂が築きあげられるのである。

 友情というもの----私はこう思っている。人間誰しも、自分をいとおしむ気持がある。そうした自分にたいするのとおなじ愛情をもって、他の人に接触してゆくこと----これが友情である。読書する時間もあまりない私だが、時にふれ折にふれ、「孟子」を読む。孟子はこんなことをいっている。

 ----人は誰でも、人に忍びざる心がある。たとえば今、井土に落ちようとする赤ン坊がいるとすれば、誰でもがこれを救おうとする。その時の心は、べつに赤ン坊を救って、人に感謝されようなどという気持はない。ほめられようなどという名誉欲もない。つまり真心があるがゆえに、赤ン坊を救うことになったのである。つまり人には忍びがたい真情があるのである。----

 孟子はこの真情を惻隠の心といっている。惻隠の心は仁の端である。言葉は違うけれど、こと真情が友情にもつうじている。友情にもやはり、利害打算があってはならない。自愛と愛他、わけへだてない感情が友情の真髄である。丁度、エマースンが、人間と人間の交際を、独立国と独立国との交際のように考えたらいい----といっているとおりである。この友情がなくては、現実の生活にぴったりした民主主義は、とてもできないのだ。

 さらに民主主義を身についたものにするためには、智がなくてはいけない。知識を欲し、知識をもとうという気持がなくてはならない。それがないとしたら、これは衆愚政治の世のなかになってしまう。知らしむべからず、依らしむべし----という、民の愚かさのうえに立っていたのは、徳川幕府の政治、つまり封建政治であった。智がなくては、封建的な政治が横行する。また、独裁政治をまねく。戦時中はどうだったろうか。国民はアメリカの軍事力や経済力の知識をもたなかった。日本の軍事力や経済力にたいする知識もあたえられなかった。無智にされていたのである。この無智のうえに、独裁政治がなり立っていたわけだ。

 どうしても民主主義には、智が必要である。だから私は一時、健康がゆるすならば、全国をひろく遊説して歩きたいと思ったことがある。いろいろな世界の情勢その他をしらせ、国民のめいめいに、知識をもってもらいたいと思ったからである。

 とまれこの友情と智がありさえすれば、民主主義的な楽しい生活ができる。そうした生活ができさえすれば、そこの社会にはおのずから、音色の高い民主主義のハーモニイが鳴りひびくことになるであろう。

 先だっての8月12日、私は日比谷公会堂で、政界復帰後はじめての公式演説をした。たまたま立候補の演説会にもなった。その冒頭、私は友愛革命ということをいった。

 ----新日本は、新憲法のいしずえたる民主主義が理想としてかかげる自由主義をよく理解し、同胞たがいに相愛して友愛革命に一致結束して邁進すれば、政治は明朗となり、産業は振興し、職なき者なく、働きえざる人には社会保障の十分な施設をなしえて、日本はかつての日本よりもさらに明朗な繁栄した国になると信じている。

 と話したが、こと友愛革命ということも、要するに友情と智の問題である。友情と智を両輪とした民主主義政治の確立、このための改革を目ざして、私は友愛革命というのである。べつにむずかしい言葉ではない。私の日頃思うところの現実的な考え方を、そう呼んだのである。▲

(編集部注:本稿は09年5月29日に《THE JOURNAL》に掲載されたものを再掲載したものです)

「総選挙2009 歴史は動くのか!?」ジャーナリスト・識者・政治家のコメント速報集

 THE JOURNAL×Infoseekによる生放送特番「檄論檄場第8回 総選挙2009 歴史は動くのか!?」の速報コメント集はコチラから読めます!

【Part1】
蓮舫、岸本周平、神保哲生、山本一太、松尾貴史、三枝成彰、仙谷由人、財部誠一、木村三浩、竹中平蔵、東国原英夫、田中良紹、高野孟
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/live090830_txt.html

【Part2】
鈴木寛、高木陽介、辺真一、山口一臣、二見伸明、筒井信隆、中村美彦、宮崎学、田中良紹、高野孟
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/live090830_txt02.html

【Part3】
宮崎学、山口一臣、平野貞夫、二見伸明、堀江貴文、渡瀬裕哉、中村美彦、横田由美子、視聴者からのコールイン、田中良紹、高野孟
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/live090830_txt03.html 

■キャスト一覧(敬称略)

メインパーソナリティー
高野 孟(《THE JOURNAL》主幹)
田中良紹(ジャーナリスト)

スタジオゲスト
平野貞夫(元参議院議員)
二見伸明(誇り高き自由人)
三枝成彰(作曲家)
宮崎 学(作家)
中村美彦(ラジオパーソナリティー)
山口一臣(週刊朝日編集長)
横田由美子(ルポライター)
神保哲生(ビデオジャーナリスト)
渡瀬裕哉(選挙プランナー)
蓮舫(参議院議員)
鈴木 寛(参議院議員)

電話出演
財部誠一(経済ジャーナリスト)
辺 真一(コリアレポート編集長)
渡部恒雄(東京財団上席研究員)
木村三浩(一水会 代表)
竹中平蔵(慶應義塾大学教授)
松尾貴史(タレント)

電話出演(政治家・候補者)
山本一太(自民党)
仙谷由人(民主党)
岸本周平( 〃 )
筒井信隆( 〃 )
高木陽介(公明党)
鈴木宗男(新党大地)
渡辺喜美(みんなの党)
田中康夫(新党日本)
東国原英夫(宮崎県知事)

2009年8月30日

コメントはコチラまで、"総選挙2009 歴史は動くのか!?"定刻どおりスタート!

02:10

長い間、番組にお付き合い頂きありがとうございました。

是非また企画したいと思います。

初の試みであった"コールイン"にも、勇気をもって多数の方々にご参加いただき、感謝しています。

また、総集編をお楽しみに!

01:37

photo090830_18.jpg

長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

番組もあと少しで終了です。

最後にこの選挙を総括します。

01:37

コールインの受付は終了致しました。

皆様、ご参加頂き、誠にありがとうございました!m(__)m

01:30

photo090830_15.jpg

ただいま、コールイン中! 

最後の方です。

受付は終了致しました。

皆様、ご参加頂き、誠にありがとうございました!m(__)m

只今、沖縄北谷の方とお話中です。

・・・ありがとうございました!

01:25

ただいま、コールイン受付中! 

只今、千葉県の方とお話中です。

・・・ありがとうございました!

01:10

ただいま、コールイン受付中! 

只今、福井県の方とお話中です。

・・・ありがとうございました!

01:00

election2009_horie.jpg

ホリエモン(堀江貴文)とお話中です。

消去法で民主党が選ばれたのかなぁという印象。

ちょっと民主党が取りすぎという感じもしますが、みんな選択肢がなかったのかなぁ。

自分はみんなの党にいれましたけどね。

でも、勝ちすぎですから、ゆり戻しがどうくるかですね。

小沢チルドレンが100名を超現れるわけで、自分としてはこれから民主党が割れてくれれば面白いんですけどね。

(今後、選挙出る気あります?に対して)民主党の政権運営をみて、民主党がダメならば出る、その必要がなければ出ない。

・・・ありがとうございました!

00:55

photo090830_16.jpg

ただいま、コールイン受付中!

現在、東京、大田区の方とお話中です。

・・・ありがとうございました!

00:50

ただいま、コールイン受付中! 

現在、大阪の方とお話中です。

・・・ありがとうございました!

00:30

高野孟が戻りました!!!

皆様、この機会に高野と直接話をしてみませんか?

ただいま、コールイン受付中!

現在、神奈川県の方とお話中です。

00:25

ただいま、コールイン受付中!

※スタジオと電話がつながったら、お手元のPCやテレビの音を切ってお電話でお話いただけると助かります。

現在、長野県長野市の小池さんからお電話いただいております。

・・・ありがとうございました!

00:15

最初のお電話は板橋区の方です。

・・・ありがとうございました!

photo090830_17.jpg

ここで、07年宮崎県知事選で東国原知事を支えた、若き選挙プランナー:渡瀬裕哉さんにもご登場いただき"コールイン"のスタートです。

23:41

渡辺喜美.jpg

電話出演:渡辺喜美(みんなの党代表、栃木3区、北関東ブロック)

常識としては、首班指名では鳩山由紀夫さんと書くだろう。

その後の連立とかについては、民主党さん次第。

23:35

鈴木宗男.jpg

電話出演:鈴木宗男(新党大地代表、比例北海道ブロック)

23:30

田中康夫.jpg

電話出演:田中康夫(新党日本代表、兵庫8区/近畿ブロック)

23:00

photo090830_14.jpg

photo090830_13.jpg

平野貞夫(元参議院議員)さんがスタジオにいらっしゃいました。

22:42

tsutsui0830.jpg

電話出演:筒井信隆(民主党ネクスト農水大臣、新潟6区、北陸信越ブロック)

圧勝の観測のなかで、逆に票が逃げることを防ぐために必死でした。

決して楽な選挙ではなかった。

官僚政治を壊すという、明治維新以来の大変革。

これから官僚の抵抗に対して、きちんとやっていくことで、諦めさせなければならない。

22:30

電話出演:渡部恒雄(東京財団上席研究員)

これまでは安定した日米関係だったが、今後どうなるかを心配する人がいるが、一方でこれまで惰性だったやり取りを変化させることができる、という見方もある、としています。

21:40

pyon0830.jpg

電話出演:辺真 一(コリア・レポート編集長)

21:30

photo090830_12.jpg

山口一臣(週刊朝日編集長)さんがスタジオにいらっしゃいました。

21:22

photo090830_11.jpg

中村美彦(ラジオパーソナリティー)さんがスタジオにいらっしゃいました。

21:31

電話出演:高木陽介(公明党党選対委員、比例東京ブロック)

21:28

photo090830_10.jpg

二見伸明(誇り高き自由人)さんがスタジオにいらっしゃいました。

21:26

photo090830_9.jpg

宮崎学(作家)さんがスタジオにいらっしゃいました。

21:10

higashi090830.jpg

電話出演:東国原英夫(宮崎県知事)さん

民主党の地域主権の推進に期待している。

(今後、国政には?)民主党が地域主権が進めば、逆に国政に行く必要はないかも。

これが進まないならば、国政に。

21:07

photo090830_8.jpg

鈴木寛(民主党参議院議員)さんがスタジオにいらっしゃいました。

21:00

photo090830_7.jpg

横田由美子横田由美子(ルポライダー)さんがスタジオにいらっしゃいました。

20:59

takenaka090830.jpg

電話出演:竹中平蔵(慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長)

この民主党の圧勝の風は、けっして民主党が吹かせたものではないですね。

あくまで自民党が吹かせたもの。小泉改革は、既に自民党のその後の3政権で、勝手に政権交代されて、覆されていた。

今後の小泉改革の行方は、自民党で、誰が生き残るのか。

既得権益に支えられた重鎮がこの選挙で残るのか、それとも改革派が生き残るのか。

民主党のマニフェストを素直に読むと、これからの日本は、「重税国家」になっていく。

(民主党への注文を問われ)重税国家になるのが国民の選択ならばそれでよい。

ただ、民主党には、そうした社会福祉の面倒をみるための成長戦略をぜひちゃんとやってほしい。

20:45

kimura090830.jpg

電話出演:木村三浩(一水会代表)さん

これだけ民主党が勝つとは驚きですね。

(中略)民主党がこれから政権を担う上で、外交政策、対米政策でちゃんとやっていけるのか不安です。

靖国神社に代わる国立追悼施設についても、よくよく声を聞いて、慎重にすすめていただきたいですね。

鹿児島で起きた国旗の件についても、選挙が終わったら、きちんと総括して、真摯に対応して欲しいと思います。

20:31

takarabe090830.jpg

電話出演:財部誠一(経済ジャーナリスト)さん

自民党の重鎮が次々に敗れているのをみると、国民が何を望んでいるのかがよく分かる。

小泉改革の問題は、いったん始めたものを、安倍・福田・麻生が中途半端にやめてしまったこと。

この中途半端さに有権者がレッドカードをつきつけているのではないか。

民主党の政策をバラマキと批判する声もあるが、民主党の政策は、間に官僚を挟まない「直接給付」中心であることが、国民に理解され、これが支持の拡がりにつながったのではないか。

20:05

sengoku090830.jpg

電話出演:仙谷由人(民主党衆議院議員)さん

極めて大きな歴史の転換点にいることを、有権者の皆さんが感じている結果なのかもしれません。

会話中に"当確"出ました!!

20:05

photo090830_6.jpg

三枝成影(作曲家)さんがスタジオにいらっしゃいました。

19:46

電話出演:松尾貴史(タレント)さん

自民党のネガティブCMなどのやり方について、「普通、一番おおきなところはネガティブキャンペーンはしないもの」と苦言中です。

19:40

yamamoto090830.jpg

電話出演:山本一太(自民党参議院議員)さん

選挙戦は各地を飛び回っていたとか。

政策を説明しようと思っても、今回は「一度民主党に」という風を感じた。

どうして厳しくなったのか検証しなければならない、というのが印象とのことでした。

19:23

photo090830_5.jpg

神保哲生(ビデオジャーナリスト)さんがスタジオにいらっしゃいました。

19:08

photo090830_2.jpg

photo090830_3.jpg

photo090830_4.jpg

photo090830_1.jpg

高野孟(ジャーナリスト)・田中良紹(政治ジャーナリスト)さん・蓮舫(民主党参議院議員)さんというメンバーで番組がスタート!

まだ投票時間が終わっていませんので、あまり大勢のことは話せませんが、選挙までの流れを解説しています。

------------------------------------------------

お待たせいたしました。

定刻どおり、総選挙特番がスタートしました!

配信URLはコチラです。

http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/

このスレッドでは、動画とは別に、現場の状況をリポートしてゆきます。

コレはコレでお楽しみに。

番組のご感想や、出演者に対する質問などは、

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/08/post_355.html

にお願いします。

また、視聴者による電話質問コーナー「コールイン」は23:00〜24:00ごろを予定しています。

電話番号は、「番組の中」「トップページ」「特番ページ」「こちらのページ」でお知らせします。

また、番組中でコメントを公開させていただく場合がありますので、あらかじめご了承ください。

番組のご試聴はコチラ
↓ ↓ ↓
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/hotjournal08_016.html

2009年8月29日

何が変わり、何を変え、何が残るのか ── 「初体験」としての戦後民主主義

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆議院議員)

 「風」は「風」ではなかった。大地殻変動の前兆だ。おそらく、8月31日朝の光景はこのようなものだ──

 サラリーマンのAさんはふだんどおり目を覚まし、コーヒーを飲み、ちょっと興奮気味に新聞を開く。そして、「俺の一票で世の中、ひっくり返ったな。子供手当て、毎月一人26,000円、高校の授業料無償の約束を守ってくれれば、子供を塾に通わせて、いい大学に入れることが出来る」とホッとした様子。少子化対策、教育格差是正などという小難しい理屈はともかく、「いままでの児童手当とは違って、子供を、国の宝、社会の宝とする考えには賛成だ」と民主党政権誕生に期待している。農家のBさんは「八郷(茨城県石岡市)のコメは魚沼のコシヒカリより旨いと言わせてみせる。これからは、俺達はドン百姓じゃなく、自分の作ったコメに自分で値段をつけられる農業経営者だ」と気分が高揚気味である。農林漁業への国の投資が緑豊かな国づくりになると感じている。

 まず、変えなければならないのは、地方議員を含めた民主党議員の意識である。民主党は、予算編成の考え方を根本的に改め、政策の優先度にしたがって、予算を配分する予算の総組み換えを宣言している。これで一番困るのは「霞ヶ関」である。彼らは自分の省の政策に優先順位を付けることは、なんとか出来たとしても、省を超えた、国家的見地から政策の優先順位を決めた経験は全くない。そうした能力がないのだ。それは、本来、政権政党の最重要な仕事なのである。国家的立場から判断できる人材を発掘し、育てるためには、キャリア、ノンキャリアという差別的な公務員採用方法を廃止し、国家、国民のためではなく、結果として各省庁の利益を代弁することになる現行の採用方式を改め、内閣が一元的に採用するなど、公務員制度改革をしなければならない。しかし、当面の問題として、党が、政策の優先順位を策定し、党内はもちろん、国内外の異論、反論、反発に丁寧に説明する説明責任が不可欠である。それをクリアーして、初めて政権担当能力があると言えるのである。「無駄の廃除」はしなければならない。しかし、「無駄」と烙印を押された予算で生計を立てている人や地域もあるのが現実だ。これを説得する理論と思いやりが必要になる。首長の万年与党のぬるま湯に漬かり、ドブ板活動と地方の政争に自分の存在意義を見出していた少なくない地方議員にとっては難行苦行だろう。政権を担うには、「命を削る」覚悟がなければならないのである。

 「安保改定50年」を5か月後にひかえたいま、「核密約」の存在が明らかになった。この件については別の機会にゆずるが、官僚のあり方として、見過ごせない問題がある。共同通信の太田昌克記者によると、「外務次官経験者Eは『形式論としては時の首相、外相に必ず報告すべき事項だが、大きな問題なので、僭越かもしれないが、役人サイドが選別していた』」のである(「世界」9月号)。「実質的な政治は、我々が取り仕切っている」という官僚の思い上がりは許せるものではないが、同時に、外務省の役人に相手にされない者を総理大臣、外務大臣に選んだ政権与党の無責任さに呆れるばかりである。 
 外交方針は自公政権の方針を「外交には継続が不可欠」というもっともらしい俗説に惑わされることなく、変えるべき点は変えるべきだろう。防衛省筋は私に、インド洋上の給油活動について「日本がアフガン、パキスタンで、民生部門で十分に貢献してくれるのであれば、給油活動を中止してもアメリカはあえて反対はしないはずだ」と述べている。日本の安全保障に関係のある国際会議・北朝鮮の核廃絶をめざす6カ国協議で、主導権を握っているのは中米、目付け役はロシアである。また、中国とロシアが中心となって結成された上海協力機構は、準加盟国としてインドが加わって、北東、東南アジアの安全保障に存在感を示しつつある。しかも、中国は来年には日本を抜いて、アメリカに次ぐ第二位の経済大国になると予測されている。わが国を取り巻く国際情勢は大きく変貌している。北朝鮮の核の脅威だけを訴えて対米追従外交を正当化しようとする外交政策は、過去の遺物である。小沢一郎の正三角形外交が現実味を帯びてきた。

 友人の国立大学の某教授は、「現行の『都市計画法』を『都市環境計画法』にすべきだった」と悔やんでいる。私は最近のゲリラ豪雨、集中豪雨災害を「地球温暖化現象」に責任転嫁することで、片づくことではないと考えている。山林を切り拓いて作り上げた高速道路、森や田畑を潰して開発した国主導の宅地開発事業、コンクリートで固めた治山治水としてのダムなど、従来型の発想、国土政策は転換すべきときに来ている。
 「新」という文字は「立」と「木」、「斤」で成り立っている。「斤」は「斧」で、腐った「立」ち「木」を「斧」で断ち切ることによって、新しい芽がうまれてくるという意味である。自民党時代に溜め込まれたアカを一掃するには、この際、自民党のためにも徹底的に叩いたほうがいい。公明党は自公政権のツケを払うだけでなく、民主、自民、共産など各党と等距離に立つ宗教政党の原点に立ち返るべきである。創価学会も強力な支持団体として一定の責任を負うべきであろう。

 日本人はこの選挙で、政治を、統治される者として行動するのではなく、積極的に参加し、政治や社会の仕組みを変える能動的人間に変身した。「小泉郵政刺客劇場選挙」に幻惑され、失望した日本人は民主党に最後の望みを託した。4年の歳月は、高い授業料であった。「小泉劇場」は郵政民営化がゴールであって、その先の見取り図がなかったのに対し、民主党は政権奪取をした後の国民生活の設計図を用意している。そこが本質的な違いである。鳩山由紀夫の党首力が試されることになる。私は、健全な民主主義のために、40~50%の、冷静な判断の出来る無党派階層をもつ社会を理想としている。その社会は自立した個人で構成され、お互いに助け合う共助、共生の社会である。2009年8月30日、ある意味で日本人は初めて民主主義を投票行動で体現する。 

 1906(明治39)年5月、ニューヨークで、英文で出版された岡倉天心の書『茶の本』の冒頭の一節を紹介しよう。

「西洋人は、日本が平和のおだやかな技芸に耽っていたとき、野蛮国とみなしていたものである。だが、日本が満州の戦場で大殺戮(筆者注:日清、日露戦争のこと)を犯しはじめて以来、文明国と呼んでいる。(中略)もしもわが国が文明国になるために、身の毛もよだつ戦争の光栄に拠らなければならないとしたら、われわれは喜んで野蛮人でいよう」
(桶谷秀昭訳)

  天心はまた、『東洋の理想』の冒頭で、有名な「アジアは一つである」と宣言し、「二つの強力な文明、孔子の共同主義をもつ中国人と、ヴェーダーの個人主義をもつインド人とを、ヒマラヤ山脈がわけへだてているというのも、両者それぞれの特色を強調しようがためにすぎない。雪を頂く障壁といえども、すべてのアジア民族にとっての共通の思想的遺産ともいうべき窮極的なもの、普遍的なものに対する広やかな愛情を、一瞬たりとも妨げることは出来ない。こうした愛情こそ、アジア民族をして世界の偉大な宗教の一切を生み出さしめたものであり、地中海とバルト海の海洋的民族が、ひたすら個別的なものに執着して、人生の目的ならぬ手段の探求にいそしむのとは、はっきり異なっている」と述べている。そこには、若々しく、瑞瑞しい、大東亜共栄圏という偏狭なナショナリズムのかけらもなく、自由奔放な明治人の気概を感じるのである。

 「改革の始まり」が始まった。我々は冷静な監視者・忠告者として、またときには当事者として、明日からの政治に注目しなければならない。 [2009年8月29日朝]

注目選挙区レポート!【福岡8区】麻生太郎×山本剛正

election2009_aso_yamamoto.jpg  

 自民党の地盤が全国各地で音を立てて崩れている。

 小選挙区比例代表並立制が導入された1996年からの衆院選で自民党が4回すべて勝利をおさめた選挙区のうち、今回も有利な展開を続けている地区は半数にも満たない。解散当初から民主党の圧勝予想が伝えられる中で、「異例」の地元選挙区入りをする閣僚経験者が後を絶たなかった。その逆風の厳しさを自らの行動で示したのが内閣総理大臣で自民党代表の麻生太郎(あそう・たろう)氏であった。

 8月6日、飯塚市で麻生太郎氏は街頭演説に臨んだ。現職の総理大臣が自らの選挙区に入ることは珍しく、2000年、当時の首相森喜朗氏以来9年ぶりのことである。そしてそのおよそ半月後の公示日、妻の千賀子夫人だけでなく長男、長女までもが選挙応援に加わった。
「もし昨年解散していたら...」福岡8区をはじめ、「安全区」であるはずの選挙区をここまで油断できない状況にしてしまった要因には、「麻生の不決断」(8/21 高野論説)があったのだろう。

■クローズアップ2009:衆院選情勢調査(その1) 揺らぐ自民の牙城 元閣僚ら苦戦(毎日.jp)

■【09衆院選】首相、伝統破りの「お国入り」危機的状況の裏返し(産経)

 麻生氏に対する候補は新人で東京育ちの山本剛正(やまもと・ごうせい)氏だ。2007年10月に飯塚市に移住し、地元は東京であるものの、自転車遊説と街頭演説を繰り返して福岡で民主の風を送り込んでいる。

■福岡8区 風圧感じ異例の戦い(西日本新聞)

 さすがに首相の麻生氏が負けることはないと言われる選挙区だが、前回2位以下につけた5万票以上の差はどこまで詰め寄られることだろうか。

 8月30日の「言いたい放題・開票同時進行ライブ討論」特番には山本候補も電話での出演を予定しており、大接戦の模様を伝えて頂きます。首相に挑む新人候補の心境を生の声で聞きたいと思います!とうとう明日に迫った投開票日、結果や、いかに!?

《THE JOURNAL》関連記事
■藤田幸久:麻生鉱業の元捕虜が麻生首相に謝罪を求めて来日!
■TV局に宣戦布告! 8月30日19〜26時 選挙特番「総選挙2009 歴史は動くのか!?」 豪華キャストを発表!

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

 可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

福岡8区(直方市,飯塚市,山田市他)の立候補予定者

大塚 祐子 46 幸福の科学職員 諸新
麻生 太郎 68 内閣総理大臣 自前
山本 剛正 37 元国会議員秘書 民新

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数 : 378,095人 投票者数 : 262,166人 投票率 : 69.34%
麻生太郎(あそう・たろう、自民)145,229 ── 56.89%  当選
大島九州男(おおしま・くすお、民主)87,856 ── 34.42%
渡辺和幸(わたなべ・かずゆき)22176 ── 8.69%

○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数 : 378,269人 投票者数 : 237,626人 投票率 : 62.82%
麻生太郎(あそう・たろう、自民)132,646 ── 57.72%  当選
大島九州男(おおしま・くすお、民主)75,879 ── 33.02%
渡辺和幸(わたなべ・かずゆき)21,272 ── 9.26%

TV局に宣戦布告! 8月30日19〜26時 選挙特番「総選挙2009 歴史は動くのか!?」 豪華キャストを発表!

 8月30日の投開票当日、テレビ各局の「開票速報」を横目で見ながら高野孟主幹と田中良紹氏を中心に、様々な論客や政治家が次々と登場する全く新しいタイプの「言いたい放題・開票同時進行ライブ討論」特番をネット上で放映します。

 スタジオでは、仲間で居酒屋に集まってサッカーを観戦するがごとき雰囲気で、脇にはテレビのモニターを数台置いて各局の「開票速報」と開票状況の進展に応じた解説を横目で見ながら、この総選挙の意味、各注目選挙区の事情、今後の政局の展望などを自由闊達に論じ、それに各党の幹部・候補者や識者への電話インタビューや視聴者からの電話による質問・意見を織り交えて、立体的に構成(というと聞こえはいいですが、つまりは何でもアリのハチャメチャ精神で進行)していきます。

 テレビ各局の「開票速報」も解説も結構かったるいもので、それは、昨今は「出口調査」の精度が上がって実は開票前にほとんど大勢は判っているが、テレビとしてはそれを口にすることは出来ないという事情が大きく作用しています。当方はそんなことは関係ないので、テレビの報道ぶりへの批評も含めて言いたい放題で、議論をどんどん先に進めていきます。ネット史上希に見るこの試みに、是非ともご参加頂きたいと思います。

 8月30日、日本が変わる。日本が変われば世界が変わる。そこから本当の21世紀が始まる。

*  *  *  *  *

■放送日時
2009年8月30日(日)19:00〜26:00ごろ

■視聴者による電話質問コーナー「コールイン」
23:00〜24:00ごろを予定
※電話番号は当日、「番組の中」「トップページ」「特番ページ」でお知らせします。また、コールイン以外にも、生放送の最初から最後までコメント欄を開放し、質問やご意見などを番組に反映させていきます。(コメントを番組中で公開させていただく場合があります)

■URL
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/hotjournal08_016.html

■最大同時視聴可能者数
約20,000人

■キャスト(敬称略)

メインパーソナリティー
高野 孟(《THE JOURNAL》主幹)
田中良紹(ジャーナリスト)

スタジオゲスト
平野貞夫(元参議院議員)
二見伸明(誇り高き自由人)
三枝成彰(作曲家)
宮崎 学(作家)
中村美彦(ラジオパーソナリティー)
山口一臣(週刊朝日編集長)
横田由美子(ルポライター)
神保哲生(ビデオジャーナリスト)
渡瀬裕哉(選挙プランナー)
蓮舫(参議院議員)
鈴木 寛(参議院議員)

電話出演
財部誠一(経済ジャーナリスト)
辺 真一(コリアレポート編集長)
森永卓郎(経済評論家)
渡部恒雄(東京財団上席研究員)
木村三浩(一水会 代表)
下桐 治(日刊ゲンダイ社長)
宮根誠司(フリーアナウンサー)
竹中平蔵(慶應義塾大学教授)
松尾貴史(タレント)

電話出演(政治家・候補者)
山本一太(自民党)
塩崎恭久( 〃 )
鳩山由紀夫(民主党)
仙谷由人( 〃 )
海江田万里( 〃 )
青木 愛( 〃 )
山本剛正( 〃 )
岸本周平( 〃 )
高木陽介(公明党)
鈴木宗男(新党大地)
渡辺喜美(みんなの党)
東国原英夫(宮崎県知事)

その他、まだまだ出演交渉継続中!!

※出演者は変更になる場合があります。当日もどうなるんでしょう。。スタッフのキャパをとっくにこえております...m(_ _)m

2009年8月27日

足利事件の菅谷さんに選挙権が与えられていない!

 足利事件で再審が決定したことで6月に釈放された菅谷利和さん(62)が、30日に行われる衆院選で選挙権が認められていないことがわかり、各方面で反発が広がっている。

 現行の公職選挙法では、「禁固、懲役以上の刑の執行を終えていない者は選挙権を持たない」と規定されており、現在は刑の執行が停止されている状態である菅谷さんには、裁判で無罪判決が出るまで選挙権が認められないという。

 このような理不尽な決定に、足利事件を取材してきたジャーナリストの大谷昭宏氏が強く批判。24日付の日刊スポーツ(大阪版)のコラムで「菅家さん釈放の理由は『刑の執行を続けることは著しく人権を侵害する』ではなかったのか。ならば、そういう理由で執行を停止された人の選挙権を剥奪していることは『著しい人権侵害』には当たらないのか」と述べ、その上で、足利市選管ではなく、政治家によって選挙権回復の特別措置が取られることを求めている。

【参考記事】
■大谷昭宏:菅家さんを守る党はどこだ──冤罪事件なのに選挙権はく奪(大谷昭宏事務所HP)
http://homepage2.nifty.com/otani-office/flashup/n090824.html

■足利事件:菅家さん選挙権、法的に付与困難 栃木・足利市長が見解(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090822ddm041040169000c.html

2009年8月26日

注目選挙区レポート!【愛媛1区】塩崎恭久×永江孝子

election2009_shiozaki.jpg

 小選挙区制導入以降自民党が全勝を続ける愛媛県、注目される1区では自民党前職の元官房長官塩崎恭久(しおざき・やすひさ)氏に南海放送アナウンサー出身の民主党永江孝子(ながえ・たかこ)氏が挑む。

 塩崎氏は前回選挙では相手候補に大差をつけて当選した。しかし今回の総選挙ではその余裕はみられない。支持団体である愛媛県建設業協会の地方支部が推薦を見送り、強固な組織票にも乱れがみられる。

■県建設業協会 2支部 自民推薦せず 慣例覆す 松山・宇和島地方(愛媛新聞)

 父子2代で約40年間続く議席を守ろうと、官房長官時代に政務秘書官を務めた長男の彰久氏も街頭に立ち、家族総出の選挙活動を展開する。

■【09衆院選】危機感強く家族総出の選挙戦 愛媛1区(産経ニュース)

 対する永江氏は昨年9月の出馬以降、1000回をこえる街頭演説で幅広い年代の支持を集める。放送局時代の県内取材で地元に定着した知名度は抜群。松山市内で影響力を持つ中村時広市長が「首長連合」で民主党の政策を支持するなどの追い風も受ける。

■2009衆院選:首長グループ「民主支持」 松山市長「抜本的改革の可能性」(毎日.jp)
 
 愛媛1区の松山市はみかんを筆頭に国内屈指の農産地でもあり、農業関係組織票の動きも注目される。2人の大接戦の結果や、いかに?

■注目の選挙区(8)~愛媛1区/経験VS知名度 譲らず(日本農業新聞)

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

 可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

愛媛1区(松山市)の立候補予定者
永江 孝子 49 元アナウンサー 民新
塩崎 恭久 58 元官房長官   自前
田中 克彦 42 党県常任委員  共新
谷村耕治郎 46 幸福の科学支部長 諸新
郡 昭浩  48 無職      無新

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数:383,376人 投票者数:233,564人 投票率:60.92%
塩崎恭久(しおざき・やすひさ、自民)138,068 ── 60.42%  当選
玉井彰 (たまい・あきら、民主)59,985 ── 26.25% 
野口仁(のぐち・じん、社民)14,380 ── 6.29%
田中克彦 (たなか・かつひこ)12,788 ── 5.60% 
岡靖(おか・やすし、無所属)3,277 ── 1.43% 

○2003年第43回衆議院議員選挙
379,458人 投票者数 : 194,544人 投票率 : 51.27%
塩崎恭久(しおざき・やすひさ、自民)113,516 ── 60.60%当選
玉井彰(たまい・あきら、民主)43,903 ── 23.44% 
林紀子(はやし・のりこ、共産)14,222 ── 7.56% 
永和淑子(えいわ・よしこ、社民)11,653 ── 6.22% 
岡靖(おかやすし、無所属)4,007 ── 2.14% 

【17:30ごろから演説生中継】小泉純一郎が登場!

【現在再放送中!】19:00〜

*  *  *  *  *

koizumi090826.jpg

報道関係者は見あたらず、独占状態での撮影となりました。

taira090826.jpg

taira_chirashi1.jpg

taira_chirashi2.jpg

応援にかけつけた支持者の方々と丁寧に握手をする平将明(たいら・まさあき、自民党)候補。

shimokawa090826.jpg

shimokawa_chirashi1.jpg

shimokawa_chirashi2.jpg

連日、"お決まり"のような流れになってしまいましたが、また、JR「蒲田」駅前で下川きくえ(しもかわ・きくえ、幸福実現党)候補の街頭演説に遭遇し、少し話をうかがいました。

*  *  *  *  *

【追記】 18:35

生中継は終了しました。

ご視聴ありがとうございましたm(_ _)m

*  *  *  *  *


 本日、小泉純一郎元首相が激戦となっている東京4区に駆けつけ、応援演説を行います!

 いまや麻生首相とともに激しい逆風を受けている小泉氏は、有権者に向かって何を訴えるのでしょうか・・

 編集部では本日も現場に駆け付け、演説会の模様を生中継します。ぜひご覧ください!

山崎養世:高速道路無料化論への批判に答えよう

 筆者が高速道路無料化を提唱したのは2002年、民主党がマニフェストに採用したのは2003年だが、政権交代が現実味を帯びてきた今、事実を無視した高速道路無料化への批判が繰り返され、マスメディアをその影響を強く受けている。日本経済にとって重要なこのテーマについて、反論を示すとともに今後進むべき方向を提示したいと思う。

1.高速道路を無料化するために一般国民の税金を充てるのは受益者負担の原則に反するという批判に対して

 結論からいえば、一般国民の税金ではなく、高速道路ユーザーが負担している年間2兆円もの税金を使えば、年間1.3兆円の高速道路無料化の財源は確保できる。

 これまで、高速道路ユーザーが払う巨額の税金は、ゆがんだ道路政策によって、受益者負担の原則から外れ、高速道路の財源に使われず一般道路の建設に流用されてきた。その上で、高速道路ユーザーは年間2兆3000億円もの世界一高い通行料金を払っている。高速道路ユーザーからの二重取りである。高速道路ユーザーの税金を高速道路無料化の財源に使うことこそ、本来の受益者負担の原則に立ち戻ることに他ならない。二重取りをやめれば、高速道路無料化は実現する。

 詳しく説明すると、まず、現在、車の保有者は、車を取得する段階で自動車取得税と消費税が、クルマを所有している段階で自動車税や自動車重量税が、車を走らせれば揮発油税(ガソリン税)、地方道路税、軽油引取税、石油ガスなどと消費税の税金を支払っている。その金額は9兆円に達する。そのうち4分の1程度の年間約2兆円は高速道路ユーザーが負担していると推計される。

 ところが、この高速道路ユーザーが負担している税金は、高速道路の建設・維持や高速道路の借金の返済には使われず、専ら一般道路に使われてきた。だから、その高速道路ユーザーが負担している税金を高速道路の無料化に充てることで無料化することは十分実現可能であるし、なんら受益者負担の原則に反しない。それどころか、高速道路ユーザーは、負担した税金が一般道路に回されないために、これまでずっと年間約2.3兆円に上る世界一高い高速料金まで支払わされ、まさに二重取りされ受益者負担以上の負担をしてきたのである。

 また、高速道路を無料化すると、コストは1年間に高速道路建設費6500億円、高速道路維持費2600億円の合計約9100億円が増加すると試算される。が、その一方で年間9900億円のコストが削減されるとも試算されている(内訳:地方への無利子貸付制度の廃止1000億円、高速道路料金引き下げ等に対する高速道路債務軽減に要する費用2500億円、道路関連施策の廃止1500億円、一般道路の渋滞対策費の削減可能分4900億円)。結果、コストは約800億円減ることとなる。さらに、高速道路無料化による経済効果は7兆8000億円とされているから、それによる増収も期待できる。

2.せっかく民営化をして道路4公団を解体したのに、高速道路を無料化して政府直轄とすると、再び大きな政府に戻ってしまうではないか、高速道路会社の社員の雇用はどうするのだ、という批判に対して

 国民は、民営化という言葉に惑わされている。高速道路会社は確かに株式会社ではあるが、その株式は100%政府が保有しており、民間会社ではない。したがって、民間企業としての経営の自由度はなく、実態は国土交通省の支配下にある特殊法人にすぎない。そのくせ株式会社の形態をとっているために国会の調査も及ばない。

 役員も東日本高速道路会社、中日本高速道路会社、西日本高速道路会社合わせて25人いるうちの13人は元役人の天下りだ。ファミリー企業も公団時代と変わらず健在だ。

 つまり、確かに道路4公団はなくなったが、その実態は以前と変わらない。

 今後、目指すべきは高速道路6社の本当の民営化だが、保有しているパーキングエリアやサービスエリアの不動産を開発・売却をするか、真に民間の経営者の下で、不動産会社として生まれ変わる道を探るのが最良だと思う。高速道路を無料にして出入り口を増やせば、どこからでもだれでも行き来ができるようになるので、保有不動産の価値も上がるだろう。そうすれば政府が保有株式を民間に放出することが容易になり、本来の民営化が実現できる。高い株価がつくことも期待できる。そういう計画ができれば、今高速道路会社で働いている人も継続して雇用されることも十分に考えられる。

3.高速道路が無料になると環境に悪い影響が出るのではないかという批判に対して

 無料化をすると混雑がひどくなる首都高速や阪神高速は無料化せず、そのほかの路線でも割引実験をして、渋滞がひどくなるところは料金徴収を継続することを決めればよい。
また、一般道路は、頻繁に自動車を駐停車させる必要があるが、高速道路はそのようなことがない。高速道路を無料化して料金所をなくし、出入り口を増やせば、渋滞が減って燃費がよくなるから排ガスは減るだろう。

 たとえば、高速道路無料化が実現すれば、成田で荷物を積んだトラックは、東京都心を通らずにアクアラインから東名に乗ることができる。東京を走るトラックのうち3分の1は、東京を通過するだけと推定されている。通過するだけのトラックが、都心の大気汚染や渋滞や事故の原因にもなっている。

最後に:今後の国土交通政策について
 これからの道路行政は、単にどこに道路を作るか、どのように維持管理をするかを考えるだけではこの国を世界に誇れる交通国家に導くことはできないだろう。石油消費を抑えるために電気自動車を普及させ、交通事故が起きないような衝突回避、自動運転技術を整備することなど、今後はガソリンがいらなくて事故もない自動車社会を世界に先駆けて作っていくような国土交通政策が期待される。

【編集部追記】
・山崎養世さんの「高速道路無料化論」アーカイブは下記のURLで読めます。
http://www.the-journal.jp/contents/yamazaki/cat481/

・いい世の中を!山崎通信
http://www.the-journal.jp/contents/yamazaki/

・山崎養世公式HP
http://www.yamazaki-online.jp/

鈴木亘:自公政権下における過去4年の社会保障政策の評価

 18日の公示により、長い長い選挙戦もいよいよ「後半戦」に突入し、現在、与野党の舌戦が日々ヒートアップしているところである。自民党、公明党は、成長戦略や財政再建を「責任力」として語る一方、民主党の財源問題や政策の実現性を攻撃して、メディアに登場する論戦としては、当初予想されていたよりも、かなり健闘しているように見える。

 しかし、こうした将来の話に目を転じさせられる前に、本来、国民が忘れてはならないのは、自公政権が過去4年間に行なってきた政策の評価である。特に、社会保障政策については、自民党・公明党のマニュフェストは、基本的に過去及び現在の政策の延長線上にあるから、将来を語る上でも、過去を振り返る意義は大きいはずである。

 しかしながら、悩ましい点は、この4年間とは、小泉政権の最後に始まり、小泉→安倍→福田→麻生と4代の首相が入れ替わる間に、社会保障政策について、ほとんど180度、政策方針の転換が行なわれた時期であるということである。すなわち、小泉政権下で行なわれた「社会保障費の伸びの抑制」と「規制改革と市場原理導入による効率化」という当初の方針は、政権が変わるたびに骨抜きになったり、改革への反動・逆行がおき、最後は、当初の方針とはまるで逆の、旧態依然とした業界・既得権益者への利益誘導政策に戻ってしまっているのである。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」で

相川俊英:ムダを知る住民を無視してムダはなくせない

 四年前とよく似た熱気が日本列島を席捲している。政権交代を掲げる民主党への支持のうねりである。郵政民営化に熱狂した人たちが自民党に背を向け、反対陣営に駆け込んでいる。四年前に振り撒かれたバラ色の夢が痛みを強いる棘でしかなかったことに気付き、怒り心頭に発したのである。つまり、熱波は民主党への積極的な支持ではなく、嫌自民の怒りの爆発なのだ。それゆえに有権者は四年前とは異なり、冷静だ。期待を裏切られた失敗体験が生々しいからだ。マスコミの世論調査の結果をみると、バラマキのマニフェストをまとめた民主党に過大な期待を寄せてはいない。多くの有権者が政権交代で日本がガラリと変わるとは思っていないのである。

 民主党の政権公約の柱は「国民の生活が第一」というものだ。そのためにすべての予算を組み替えて、子育て・教育、年金・医療、地域主権、雇用・経済に、税金を集中的に使うと主張している。税金のムダづかいを根絶し、国民生活の立て直しに使う考えだ。こうした総論に異を唱える人はいないだろう。問題は各論だ。とりわけ、どれがムダづかいの公共事業かという個別具体論である。

 日本各地を取材している記者からすると、この点に疑問を抱かざるを得ない。必要性や妥当性に問題ありの公共事業は、日本各地に存在する。道路はもちろん、ダムや橋梁、空港や港湾、整備新幹線や土地改良事業など、日本社会はむしろ、ムダのない地域にとって不可欠な事業を探すのが難しいほどだ。ムダな事業ではないかと異議申し立てする住民が各地域にいるが、地元の民主党が彼らと共に行動している事例はきわめて少ない。むしろ、事業を積極的に推進する側にいて、異議申し立てを無視するケースが多い。総論と各論、そして、永田町での主張と地元でのそれに齟齬がある。つまり、二枚舌である。

 マニフェストの中で中止を具体的に明記していたのは、川辺川ダムと八ッ場ダムのみで、あとは「時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」と当たり前のことを書いたにすぎない。選挙戦でも各地の候補は地元の公共事業に関して推進を主張している。政権交代でガラリと変わることはやはり、なさそうだ。それもガラリと変えたくはないという民意があるからだろうか。

-------------------------------------------------------------------------------------
aikawa_toshihide.png【プロフィール】 相川俊英(あいかわ・としひで)
1956年群馬県生まれ。早稲田大学法学部卒業。1992年よりフリージャーナリストに。1998年から週刊ダイヤモンド委嘱記者に。地方自治を主なテーマとして全国を取材・執筆、サンデープロジェクトの特集レポーターも務めている。主な著書に「長野オリンピック騒動記」「東京外国人アパート物語」「コメ業界は闇の中」「ボケボケパラダイス」など。

2009年8月25日

【17:10ごろから演説生中継】鳩山由紀夫が青木愛を援護射撃!

aoki090825_1.jpg

予想外...と言ってはなんですが、JR「赤羽」駅前は凄い人でした。

aoki090825_2.jpg

演説のあと、見に来られた方々に握手をしてまわる青木愛候補。

aoki090825_3.jpg

yokuni_chirashi1.jpg

yokuni_chirashi2.jpg

青木候補の一団が去ったあと、すかさず演説を開始する、元気な与国秀行(よくに・ひでゆき、幸福実現党)候補。

aoki090825_4.jpg

ikeuchi_chirashi1.jpg

ikeuchi_chirashi2.jpg

更に与国候補の演説が終わると、どこかしらアキバ系雰囲気の漂う池内さおり(日本共産党)候補の演説開始。

*  *  *  *  *

中継は終了しました。(18:23)

ご視聴いただき、ありがとうございました!

今回は大成功でした。

*  *  *  *  *

激戦が伝えられている東京12区に、本日、鳩山由紀夫代表が乗り込み、終盤戦の追い込みに向けて青木愛候補を援護射撃します!

編集部ではさっそく現場に行き、生中継を実施します。

今回こそは中継を成功させますので、お楽しみに!

「金がねえなら結婚しない方がいい」麻生首相の問題発言を全文公開

 「政治家の失言には、その人の本心が宿る」と言われるが、ここまで本心をさらけ出す政治家は、古今東西を見渡しても珍しい。

 麻生首相は23日夜に都内で開かれた学生主催のイベント「ちょっと聞いていい会」で、学生から、結婚資金がないために晩婚化し、その結果として少子化につながっているのではとの質問に対し、「金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい」と発言した。

 そもそも学生の質問は少子化問題の本質に迫る鋭い質問で、それに対する政府の政策を聞きたかったと思われるが、日本のリーダーから出てきた答えは、たんなるオッサンの人生訓と説教だった。この発言が出たとき、会場からは首相を嘲笑したともとれる笑いがわずかに広がった。

 これまでも首相は、医者に対して「社会的常識がかなり欠落している人が多い」、高齢者には「元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違い働くことしか才能がないと思って下さい」と発言して批判を受けてきた。選挙終盤戦になってまたもや飛び出した失言に、劣勢に立たされる自民党がさらなるダメージを受けることは間違いない。

  *  *  *  *  *

■首相「金ないのに結婚するな」(47NEWS、音声あり)
http://www.47news.jp/movie/general/post_3189/

  *  *  *  *  *

■麻生首相の発言

【学生の質問】
「結婚するのにまずお金が必要で、若者にその結婚するだけのお金がないから結婚が進まないで、その結果、少子化が進むと思うんですが」

【麻生首相の回答】
 金がねえから結婚できねえとかいう話だったけど、そりゃ金がねえで結婚しない方がいい。まずね(会場笑)。そりゃ、オレもそう思う。そりゃ、うかつにそんなことはしない方がいい。

 で、金がオレはない方じゃなかった。だけど結婚は遅かったから。オレ43まで結婚してないからね。だから、あの、早い、あるからする、ないからしないというものでもない。これは人それぞれだと思うから。だから、うかつには言えないところだと思うけれども、ある程度生活をしていけるというものがないと、やっぱり自信がない。それで女性から見ても、旦那をみてやっぱり尊敬する、やっぱりしっかり働いている、というか尊敬の対象になる。日本では。日本ではね。

 したがって、きちっとした仕事を持って、きちっとした稼ぎをやっているということは、やっぱり結婚をして女性が生活をずっとしていくにあたって、相手の、男性から女性に対しての、女性から男性に対しての両方だよ。両方がやっぱり尊敬の念が持てるか持てないかというのがすごく大きいと思うね。

 それで、稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、よほどのなんか相手でないとなかなか難しいんじゃないかなあという感じがするんで、稼げるようになった上で結婚した方がいいというんでは、オレもまったくそう。

2009年8月24日

山下惣一:「誤解」だらけの農業問題(2)

 「農業は過保護」というのは私たち農家が一番アタマにくる「誤解」ですね。くどくどと弁解はいたしません。私の質問にひとつだけ答えてください。「それほど大切に保護されている農業をやる人がいなくなるのはなぜですか。保護される側から保護されない側へ雪崩をうて移っていくのはなぜですか?」さ、答えてください。

 「農業の産出額はGDPの1%程度だから農業が無くなったとしても日本経済からみればたいした問題ではない」こう主張する経済学者がいます。つい数年前、FTA(自由貿易協定)EPA(経済連携協定)推進ムードのころに農業が足枷になっているとして盛んに喧伝された論です。いづれまたむし返されることでしょう。こういう主張をするアホな経済学者が世間に通用し、それを信じて農業を「誤解」する人が多いことが私には信じられませんね。ちなみに同比率の国際比較ではアメリカ・ドイツが0.9%、イギリスは0.8%です。

 まぁ、そんなわけで農業・農村の実態を知らないただの無知からくる誤解なのか、曲解なのか、それとも意図的な攻撃なのかはともかくとして、この国の農業は国民の誤解の大海の中で溺死させられているのです。

「農業構造改革による零細農業からの脱却」という最大の幻想

 そして、最大の誤解、錯覚、幻想は国の農業政策の方向だと私は考えています。いったい農業をどうしようというのでしょうか。

 「農業構造改革による零細農業からの脱却」というのは日本の農政の長年の悲願です。零細農家が多いために兼業化、高齢化がすすみ自立も産業化もできず国際競争力もなく補助金頼みにならざるを得ないというわけです。

 日本の農業が零細なのは日本の国土のせいであって農家の責任ではありません。飛行機の窓から眼下の風景を見てください。山また山のつらなりで、国土の7割近くが森林、山林です。山と山との間を川が流れ、川沿いに水田と民家が並び、やがて河口の平野と都市につながる。国土に占める耕地面積はわずかに12.5%しかありません。北海道や八郎潟など一部の地域を除けば日本の農業は自給農業だと私は考えています。売るためではなく食うための農業です。

 だから昔から日本の農家は農業生産だけでなく、山仕事、炭焼き、わら細工などもやって、これを「副業」と称したのです。日本の伝統工芸のほとんどは農家の副業から始まったといわれています。このようにカネもうけではなく、暮らしを目的としてそれに必要なことは何でもこなす人のことを、私は自分もそうありたいという願望をこめて「百姓」と呼ぶのです。

 日本の村社会はいまもなお基本的に血縁関係であり、何百年も同じところに住み続ける定住社会です。住んでいるのは「百姓」です。高齢化した百姓衆が村を支え、乏しい年金をつぎ込んで、赤字の農業を守っているのです。農家が農業を守っているのが実感です。その根っこ、核、コアとなっているのは稲作に使う「水」なのです。田んぼは個人の所有ですが、水は個人のものはなくみんなの共有財産です。この水の共同利用こそが日本の農村の土台でもあり、畑作農業地帯とは異なるところでしょう。何よりも公平、平等、和が尊重されないと維持できない社会で個よりも集団が優先します。たとえば溜池の水を落とす、川の井堰で流れをせき止めて田んぼに水を入れるなどの日を決めるのは総意であり、個人の自由は許されません。つまり、一人の百歩ではなく、百人の一歩前進がルールです。
 経営規模の大小というのは個人の立場での話であって、集団でみれば全体のパイには変わりはないわけで大した意味はないのです。

 集団内ではゼロサムゲームですから一方に大きくなる人がいれば他方に小さくなる人が出る。そういう変化は好まないのです。人がいなければシステムそのものが維持できないからです。ですから、農家はやり方が下手だから農業がもうからないのではなく、もともと「もうけ」を目的としていないのです。私が尊敬する百姓の大先輩は、若いころ世襲に際して父親から「いいか、大きくなるな、小さくもなるな」と教わったそうです。これが村の論理なのです。

 長い間農政が進めてきた「構造改革」は「村こわし」「村つぶし」なわけでその結果生まれたのが、「限界集落」です。農家の数が減って、残った人の経営規模が大きくなるどころか、結局みんな滅びるのです。

 つまり、日本人の風土にアメリカ型の単作、単品専業モデルを導入したことが、とりわけ戦後農政の誤りではなかったのでしょうか。

 一例をあげれば畜産です。構造改革が進んだ分野で、小規模農家が淘汰されてどんどん大型化しています。それ単体ではロットが多いことが合理的でしょう。しかし、飼料用のトウモロコシだけで毎年1200万トンも輸入して食糧自給率低下の主因となり、糞尿は産業廃棄物として日本の環境に放出、処理されているのです。地球規模でみれば資源の一方通行であり、輸出国は国力の喪失、輸入国は汚染の輸入という構図で、こんなやり方が何百年も続くのでしょうか。これを逆に小規模にすれば里山や田んぼの稲わら等の地域資源で飼育でき、糞尿は貴重な有機物として活用する循環型社会となるのです。

 いま株式会社の農業参入が注目されており国はその方針のようですが、これはあくまで部分的、限定的と考えるべきでしょう。農林業の本体ともいうべき全国津々浦々の農山村の家族農業が担っているものをそっくり肩替わりするという話ではないのです。問題の本質は「本体」をどうするのかということです。「誤解」のないように願いたいものです。
(「熱風」2009年7月より)

>>「誤解」だらけの農業問題(1)を読む

------------------------------------------------------------------------------------
DSC_9965.jpgのサムネール画像【プロフィール】 山下惣一(やました・そういち)
1936年佐賀県唐津市生まれ。
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社」で第7回地上文学賞を受賞。著書に「食べ方で地球が変わる」「身土不二の探究」「直売所だより」など。

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第6回>霞が関の権益を引き剥がせるか? 政権の試金石「学校理事会」という爆弾

 民主党が政権を獲得した場合、それが実効性のある政権になるかどうかを占う上で、重要な試金石になると思われる政策がある。それは民主党が教育改革の一環として導入を主張している「学校理事会」という制度だ。

 民主党のマニフェストには「公立小中学校は、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する『学校理事会』が運営することにより、保護者と学校と地域の信頼関係を深める。」としか書かれていないので、これがそれほど重大な政策のようには思われていなくても不思議はない。しかし、どうしてどうして、この学校理事会こそ、民主党政権のテーマが満載された象徴的な政策と言っても過言ではない。

 なぜならば、民主党の考える学校理事会制度とは、中央官庁の権益を丸ごと引き剥がし(既得権益の剥奪と霞が関の改革)、それを地方に移譲し(地方分権)、地域が独自の判断で学校を運営できるようにする(フェアネス)と同時に、地域の住民を巻き込んで(市民参加)、学校という公的な機関を運営していこうというものだからだ。
 
 本連載の過去分をお読みいただければわかるように、既得権益の剥奪と霞が関の改革、地方分権、フェアネス、そして市民参加が、いずれも民主党の政策理念の要諦となっている。
 
 しかし、逆の見方をすれば、もし既得権益を持つ勢力の抵抗に遭って学校理事会の政策を実現できないとなると、民主党政権はおそらく他の分野でも立ち行かなくなっている可能性が高いことになる。いや、そもそもこれを実現できないとなると、民主党の政策理念自体が疑わしいものになってくる。一見地味ながら、それほどこの「学校理事会」は民主党政権にとってメルクマール的な意味を持つ政策と見られるのだ。


■画期的な学校理事会の中身
 この学校理事会という制度は、中身を見れば見るほど大変な制度だ。それがマニフェストから伝わってこないのが残念だが、もしかすると民主党の政策担当者たちは、前回紹介した「メディア政策」と同じように、抵抗勢力を刺激することを避けるために、あえてマニフェストにはそこまで書き込まなかったのかもしれない。
 
 学校理事会とは、単にこれまでのPTAに毛が生えたような組織をつくろうという話ではない。民主党の政策集や過去に提出してきた法案の中身、文教政策担当者の発言などを総合すると、現在の日本の教育を牛耳ってきた文部科学省や教育委員会の権益を丸ごと引き剥がし、それを地方に移譲した上で、市民が参加する「学校理事会」に学校運営に関わるすべての権限を持たせるというものなのだ。
 
 学校理事会という組織自体は、学校関係者(校長、教頭、教員など)に加え、生徒の保護者、地域住民、教育関係者などからなり、学校ごとか、もしくは地域ごと(当初民主党が意図していた「地域」は人口30万人程度の基礎的自治体だったが、その後、地方分権政策は道州制に路線変更したため現時点では「地域」がどの程度の規模になるか不明)に設立されるという。
 
 これだけだと、現行のPTAにちょっとスパイスを利かせた程度のものにしか見えない。しかし、そこに移譲される権限が、じつは大変な意味を持つ。学校理事会の設置に伴い、教科書検定や学習指導要領は事実上廃止され、さらには教員の採用から教科書の選定、カリキュラムの決定まで、事実上学校運営に関わるすべての権限を学校理事会が持つことになるというのだ。
 
 もともと民主党は高校無償化や大学向け奨学金の拡充などを提唱し、教育機会の均等の実現にはことさら力を入れている。また、地方分権は民主党が一貫して主張してきた政策でもあるし、民主党が目指す霞が関解体における切り札的政策でもある。霞が関の権益という意味では、戦前の旧内務省から分かれた文科省は、その最も奥座敷にある存在と言っても過言ではない。
 
 現在、カリキュラムを含む公立小中学校の運営に関する決定は、都道府県および市町村の教育委員会が行っている。だが実際は、学習指導要領などを通じて、中央政府である文部科学省の意向が全国隅々まで行き渡っていると言われる。
 
 また、全国の小中学校で使う教科書の検定も文科省のもとで行われるため、北海道から沖縄まで日本のすべての小中学校は、東京にある文科省が認めた教科書を使わなければならない。沖縄では2月、北海道では5月に咲く桜が、日本中の教科書で一律に4月に咲く花となっているのは、すべての教科書が東京を基準に決められているからだ。
 
 学校理事会制度が導入されれば、現在、文科省が持つ小中学校に対する権限は事実上すべて学校理事会に取って代わられることになる。そのなかには、学習指導要領で子細にわたりカリキュラムを縛る権限も、教育委員会や教科書検定委員会を通じて行われている教員の採用や学校施設の管理、そして教科書を選定する権限も含まれる。
 
 つまり、この制度が民主党の意図するとおりに機能すれば、全国の公立の小中学校は、中央からの一律のコントロールから解放され、地域の伝統や歴史、風土や特色に合った独自の教科書を選び、独自のカリキュラム、つまり科目の選定と授業内容や授業の時間割を組めるようになる。教育委員会が行っている教員の採用も学校理事会に移譲されるので、地域ごとに地元の出身者を優先的に採用したり、特定の科目の教員を重点的に雇ったりすることもできる。これらが実現すれば、現行の全国一律の教育が、より地域の特色を活かしたものに生まれ変わる可能性は高い。
 
 また、いじめや非行、学級崩壊といった今日の学校が抱えるさまざまな問題も、各学校と物理的にも精神的にも至近距離にある学校理事会が対応することになる。となれば、地域の実情に合った、よりきめ細かな対応も可能になるだろう。


■市民参加がなければ単なる画に描いた餅
 しかし一方で、仮にこのような制度ができたとしても、地域住民が積極的に参加しなければ、一部の「うるさ方」や「地元のボス」のような人たちが学校理事会を牛耳り、個人の価値観を押しつけたり、偏った教育が行われたりすることにもなりかねない。そもそも地域住民が積極的に参加し、監視しなければ、学校理事会のメンバーの選考自体が、公正なものになるかどうか怪しくなってくる。参加する市民が嫌々だったり、形だけの参加になれば、制度自体が宝の持ち腐れになる可能性もあるし、文科省の一律管理の時代よりももっと悪くなる可能性だって否定できない。
 
 また、文科省が担保していた「全国一律」がなくなることで、地域の特色や地域ニーズが教育に反映されることはプラス面かもしれないが、その反面、教育の地域格差や偏りが出てくる可能性も否定できない。それはそれで、市場原理を導入して地域ごとに教育レベルを競わせればいいという考えもあるだろう。
 
 だが、全国テストの結果発表をめぐり揉めた事例に見られるように、教育と市場原理は必ずしも相性がいいとは言えない。これまで、極端な標準化を図ろうとする文科省の一律管理のもとでやってきた教育関係者や保護者が、ある日突然地域色の濃い教育を受け入れられるかどうかにも一抹の不安が残る。
 
 学校理事会制度は、やり方次第では霞が関権益の引き剥がしという意味でも、地方分権という意味でも、また教育の活性化という意味でも、大化けする可能性はある。しかし、失敗すれば、中央の軛から解放されたことが逆に仇となり、地域が暴走してしまう可能性もある。何年か後になって、いろいろ問題はあっても文科省の一律管理の時代のほうがまだましだったということになりかねない、「ハイリスク・ハイリターン」の政策と言えるのかもしれない。

■民主党政権の成否を握る「市民参加」
 民主党の主張する学校理事会制度がハイリスクな政策になっている理由は、いたって明快だ。それは日本では政治や行政に市民が参加する「市民参加」の歴史や伝統がまだ弱いからだ。これまで霞が関に任せきっておけばよかった時代の残滓と言えばそれまでだが、民主党が官僚支配の打破を謳っているのは、今となっては誰もが知っているはずだ。ということは、民主党政権では霞が関に代わって誰が意思決定をするのかをよく考えおく必要がある。
 
 今回の選挙では「今回は一度民主党にまかせてみるか」という話を耳にする。政権交代がなかったことが日本の政治の最大の問題点の1つであることは間違いないので、それ自体は意味のある考え方だとは思う。しかし、民主党の政策を見る限り、民主党が「まかせる」対象でないことは最低限知っておく必要がある。
 
 たしかに、法律をつくったり制度の大枠を決めるのは、政治の仕事だ。しかし、いったん法律や制度ができ、その運用段階になれば、民主党政権の場合、そこには政治は入ってこない。学校理事会がその典型だ。法律で文科省の権限を移譲し、地域ごとの学校理事会に一定の予算をつけるところまでは政治の仕事だ。しかし、地域ごとの学校理事会がどのように運営されるかは、もはや政治がコントロールできる領域ではない。
 
 前回まで繰り返し強調してきたように、民主党が掲げる政策は、どれを取ってもより多くの市民参加がなければ成り立たないものばかりだ。官僚のコントロールを切ることを最大の眼目とする同党の政策が、もし市民参加のないまま実行されようものなら、それこそ大変なことになる。これまで運転をまかせてきた霞が関に代わって誰がハンドルを握るのか。間違っても、政治家が運転してくれるなどと思ってはいけない。また、仮に政治家に運転させることがあるとしても、われわれ市民が教習所の教官のように、横から逐一その運転を監視していなければならない。
 
 私自身はアメリカナイズされすぎているからかもしれないが、何の付託も受けていない行政が、私の行き先を勝手におもんぱかって運転する車になど、怖くてとても黙って乗ってはいられない。彼らの良心を信用していないのではなく、制度がその信用を担保していないことを知っているからだ。
 
 かといって、政治家がハンドルを握る車に黙って乗っているのも怖くてしかたがない。どちらかというと、政治の役割は自動車が安全かつスムーズに流れるために道路を整備し、道路標識や信号を設置するところまでにしてもらい(政治の決定に従い、実際の舗装作業や標識を付ける作業を行政がやる)、自分の車の運転は市民一人ひとりがハンドルを握る仕組みのほうがしっくりくる。NPOなどの市民セクターが運転するバンやワゴンサービスもたくさんあったほうがいい。ただし、そのためにはまずは市民一人ひとりが運転を覚えないと話にならないことは、言うまでもない。
 
 市民参加を前提とする民主党の政策が、市民不在のまま実行されれば、もはや官僚に権限を持たせない以上、誰も明確な意思決定をしないまま、物事が決まっていくことになる。そうなれば、大混乱は必至だ。あげくの果てに、自分たちで意思決定することの負担に耐えかねて、「これまでどおり、行政が良い塩梅で決めてくれ」などと、泣き言を言い出す人や自治体が出てくるかもしれない。
 
 また、情報公開を徹底し市民参加の機会を増やす民主党型の統治形態のもとでは、意思決定に参加しない人は、法律の執行や制度の運用が、自分の意思のインプット無しで行われることになる。官僚に任せていたときは、それが民意を反映していたかどうかはともかく、一応は行政がすべての住民の利益を考えて決定をしてくれていた。だが、官僚のコントロールが無くなる以上、頼みもしないのに自分の利益を代弁してくれる人など、どこにもいない。
 
 もちろん、参加するかしないかはそれぞれの勝手だが、参加しなければ損をする可能性が大きいということだ。もっとも、頼みもしないのに誰かがあなたの利害をおもんぱかってくれるのが当たり前だったことのほうが、むしろ特殊な時代の産物だったと言うべきなのかもしれないが。
 
 民主党の政策には、行政より市民、霞が関の中央官庁より地方自治体、東京より地域への権限委譲を伴うものが圧倒的に多い。そして、民主党はそれを情報公開の徹底により本気で実現しようとしているように筆者には見える。言い換えればそれは、市民の自立(そして自律)と自治に大きな信頼を置く政策だ。そうした政策が実施されたとき、もし最も基本的な単位である市民側に意識も覚悟もなければ、民主党政権は大失敗に終わる可能性がある。
 
 現に、民主主義の伝統が弱い旧共産圏や途上国のなかには、急速に民主主義を導入してみたものの、結局それでは社会がうまく回らず、時計の針を戻すように市民の権利を制限する方向に軌道修正するケースが少なからず出ている。
 
 はたして日本の民度は、民主党の政策が提唱しているような市民参加を前提とする政治を支えられるレベルに達しているのか。それとも、まだまだ霞が関官僚に意思決定の部分まで依存しなければ、国の運営など到底できないレベルなのか。われわれはその答えをまもなく目の当たりにすることになるだろう。言うまでもないが、その答えを出すのは民主党ではなく、われわれ自身にほかならない。


■最後に
短期集中連載でお送りしてきたこの「民主党政権で日本はどう変わるか」は今回をもって終了となる。
 
 公職選挙法で、選挙公示後のインターネットのウェブページの書き込みは、選挙ビラやチラシと同じ「図画の頒布」に当たると判断されるため、公示後に特定の政党について文章が書かれたページを更新する行為は、法に抵触する可能性があるからだ。
 
 公示前の記事をそのまま出しておくのはかまわないが、ページを更新すると罪になるというのは、前時代的で不可解な法解釈ではあるが、公職選挙法の解釈で幅広い裁量権を持つ総務省がそう言うのだから仕方がない。
 
 余談になるが、民主党のマニフェストには「インターネット選挙の解禁」が明記されている。つまり、今回の選挙で民主党政権が実現すれば、その次の選挙は投票日直前までウェブに新規記事を掲載することが可能になるはずだ。
 
 民主党の政策を過去のマニフェストから政策インデックス、提出法案、そして党幹部や政策担当者の発言などを全部ひっくり返して検証してきた身としては、本連載におけるわずか6回の原稿ではなかなかその全貌をお伝えすることができず、やや心残りな面もある。民主党についてより詳しいことを知りたい方は、ぜひ拙著『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるのか?』を投票前にご一読いただければ幸いだ。
 
 同書は民主党が主張してきた政策のなかから、筆者が重要と考えた99の政策を抜き出して解説したものだ。もちろん投票前に読んでいただくことを想定してはいるが、実は同書は民主党政権ができた後に本領を発揮することを期待して書いたものでもある。民主党が政権についた暁には、われわれ有権者は、同党が野党時代に主張し推進してきた政策の実現を迫る権利があるし、迫る義務があるはずだ。その際のアンチョコとして、あるいは備忘録として、ぜひ活用していただきたいというのが同書のもう一つの重要な意図なのだ。筆者はこれを勝手に、「民主党と市民社会の契約書」と呼んでいる。
 
 いずれにせよ、民主党がこれまで主張してきた政策については、拙著に含まれていようがいまいが、マニフェストに含まれていようがいまいが、同党が政権を獲得した際には、市民社会との契約としてその履行を皆で迫っていこうではないか。そうすることが、この選挙で政権交代が実現したとき、それを意味あるものにする最も有効な手段に他ならないのだから。(ダイヤモンド・オンラインからの転載)

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/
ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

二木啓孝×高野孟:政権交代で何がおこるのか!?

 今月の「PEOPLE~高野孟のラジオ万華鏡」には、ジャーナリストの二木啓孝さんをお迎えし、6日後に迫った衆議院総選挙では本当に政権交代が行われるのか? どんな事が政権選択のキーワードになってくるのか? そして衆院選に向けての各党の動きについて対談します。

 また、これからの日本を支えて行く若い世代を育てるために今の政治に欠けている事は何か? すぐにでも取り組まなければならない問題についても語ります!

http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

注目選挙区レポート!【兵庫8区】冬柴鉄三×田中康夫

election2009_yasuo.jpg

 総選挙の前哨戦として注目された東京都議選で公認候補者23人全員が当選した公明党。当然のことながら今回の衆院選でも小選挙区で擁立する8人すべての当選を目標とするが、各地区で苦戦を強いられている。

 太田代表が出馬する東京12区に並んで激戦が予想されるのが兵庫8区だ。8選を目指す公明党冬柴鉄三(ふゆしば・てつぞう)元国交相に挑むのは民主党・国民新党の推薦をうけて立候補した新党日本田中康夫(たなか・やすお)代表だ。

 「ガラス張り」の事務所開きから1ヶ月、大きな組織力はないものの、長野県知事時代からの知名度を生かし無党派層へ支持を広げている。

■田中康夫氏やっと事務所開き!尼崎でもガラス張り
(スポーツニッポン新聞社)

■連合兵庫、田中康夫氏を不支持方針...兵庫8区
(yomiuri online)

 迎え撃つ冬柴氏は86年に初当選してから7期23年間、尼崎市で当選を重ねてきた。尼崎市は公明党の支持母体である創価学会の牙城でもあり、同党にとっては「安全圏」の選挙区。しかしその冬柴陣営が無視できないのは無党派層の動きが読めないからだ。

 自公両党は、尼崎市長選で政党の推薦をうけない現白井市長に2回連続で敗れている。尼崎市の無党派層の影響力の大きさはその結果が証明している。

■尼崎市長選挙、市民派白井氏が大差で自公を撃破(janjan)

 二大政党不在の珍しい選挙区だが、注目度は全国的にも高い。冬柴氏の固める地盤を田中氏はどこまで崩せるか?

■<政権選択>最前線●3 兵庫8区 自・民不在で『代理戦争』(東京新聞)

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

兵庫8区(尼崎市)の立候補予定者
冬柴鉄三 73 元国交相 公前
庄本悦子 55 党地区役員 共新
市来伴子 32 元衆議員秘書 社新
田中康夫 53 新党日本代表 日新
角出智一 43 幸福県副代表 諸新

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数 : 378,774人 投票者数 : 244,081人 投票率 : 64.44% 

冬柴鐵三  (ふゆしば・てつぞう、公明)109,957 ── 46.35% 当選
室井邦彦 (むろい・くにひこ、民主)83,288 ── 35.11%
庄本悦子 (しょうもと・えつこ、共産)29,986 ── 12.64%
植田至紀 (うえだ・むねのり、社民)14,019 ── 5.91%

○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数 : 379,470人 投票者数 : 219,531人 投票率 : 57.85%

冬柴鐵三  (ふゆしば・てつぞう、公明)94,406 ── 44.10% 当選
室井邦彦 (むろい・くにひこ、民主)79,492 ── 37.13% 復当
庄本悦子 (しょうもと・えつこ、共産)22,328 ── 10.43%
北川れん子 (きたがわ・れんこ、社民)17,850 ── 8.34%

2009年8月23日

注目選挙区レポート!【静岡7区】片山さつき×城内実×斉木武志

election2009_satsuki.jpg

 4年前の「郵政選挙」で注目を浴びた静岡7区で再び激戦が展開されている。自民・民主の二大政党に無所属が加わり、三つ巴の戦いが展開されている。

 2005年の総選挙、財務官僚であった自民党片山さつき(かたやま・さつき)氏は「郵政造反組」の「刺客」として同区へ送り込まれ、見事に当選を勝ち取った。しかし今回の選挙では劣勢が予想され、先月浜松市内で行われた事務所開きでは支援者を前に土下座まで見せた。

■「小泉チルドレン」逆風 片山さつき氏、土下座も(asahi.com)

 郵政民営化に反対して自民党を離党、無所属で立候補したものの敗北を喫した城内実(きうち・みのる)氏は「政治生命を懸けて」今回の選挙に挑む。前回の選挙では片山氏との票差はなんと748。落選直後から山間部で辻立ちをし、選挙区内の自治体をくまなくまわり、地域行事に積極的に参加するという広範囲での選挙活動を繰り返す。

 この因縁の2人に政権交代を掲げて参戦するのが元NHKアナウンサーの民主党斉木武志(さいき・たけし)氏だ。民主党に吹く追い風を受け、1年半前に出馬を表明した。斉木氏は父幹夫さんと手分けしてどぶ板選挙を展開する。

■片山氏早くも小泉氏投入で静岡7区激戦(nikkansports.com)

 静岡7区に属する浜松市は全国的には「企業城下町」というイメージが強いが、広大な中山間地を抱え、その票の動きがポイントになる。

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

静岡7区(浜松市、湖西市、浜名郡)の立候補予定者
城内 実 44 元衆院議員  無元
斉木武志 35 元アナウンサー 民新
竹内隆文 51 幸福の科学職員  無新
片山さつき 50 衆院議員 自前

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数 : 318,422人 投票者数 : 234,320人 投票率 : 73.59%

片山さつき(かたやま・さつき、自民)85,168 ── 36.77% 当選
城内実(きうち・みのる、無所属)84,420 ── 36.45%
阿部卓也(あべ・たくや、民主)62,039 ── 26.78%

○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数 : 314,682人 投票者数 : 214,553人 投票率 : 68.18%

城内実(きうち・みのる、無所属)98,877 ── 46.78% 当選
熊谷弘(くまがい・ひろし、保守)58,932 ── 27.88%
樋口美智子(ひぐち・みちこ、民主)43,779 ── 20.71%
森島倫生 (もりしま・みちお、共産)9,791 ── 4.63%

2009年8月22日

「来た、見た、勝った」 ── <無血革命>一週間前の点描 

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆議院議員)

 落語の楽太郎師匠が「明治以来の権力構造を変える選挙だ。生易しいものではない。皆さんお一人お一人が、一票一票掘り起こしてください。行政に何かしてもらおうという時代ではない。私たちが政治を変え、社会を動かしていく時代なのだ」と熱弁をふるっていた(8月18日正午、東京・江東区の民主党公認候補、東祥三の出陣式)。区会議員たちは、私の問いに「外交問題の専門家が4年間、区民と膝をつきあわせて語り込んできたことを、区民は知っている。本人は生命を賭けている。だから、今日、集まってきた支持者の顔ぶれも顔付きも、4年前とは大違いだ。小選挙区の戦いは真剣勝負だ。『風』をあてにしていない」と、意気軒昂であった。


 その晩、鎌倉で旧友たちとの懇談会があった。話題の中心は選挙である。

「小選挙区制は、個人より政党を重視する選挙で、イギリスでは、党首の識見、人柄、政治力などに信頼があり、それを支える党幹部がしっかりしていれば、候補者は誰でもいい。『ブタでも当選できる』とさえいわれている。日本はそこまで成熟していないので、候補者の人柄や実績も重視されるから、世論調査どおりにはならない」

「新聞記者時代の経験だが、あまり『民主党有利』と書かれると、小泉純一郎の『刺客選挙』の反動もあって、『それじゃ、自民党にも付き合っておくか』という振り子現象もでてくるのではないか」

「それにしても、自民党には総理にふさわしい人材がいない。民主党は、小沢、鳩山、菅、岡田の四人が、がっちりスクラムを組むと、自民党は、歯が立たないだろう」。
「民主党にはミクロのスペシャリスト(狭い分野の専門家)は多いが、広い視野から判断できるマクロのゼネラリストが少ない」

「剛腕・小沢の存在が大きい。小沢流選挙運動が浸透してきて、若手の動きも堅実のようだ」

「公明党はどうなっちゃうのか。党幹部や創価学会の首脳の考えはわからないが、普通の支持者や学会員の考えは民主党の政策に近い」

「支持者には、イラク戦争で、ブッシュ大統領にヨイショして、小泉のお先棒を担いだことへのトラウマがあるようだ。自民党が下野した場合、自公野党連合戦線を組む度胸はないだろう」

「政権担当能力という点では、自民党はゼロだ。民主党には不安もある。しかし、未知なるがゆえに、大化けの期待もある」

「官僚出身者が多いので、公務員制度に十分にメスがいれられるだろうか」

 私たちの結論は「自民党の政治の先は見えている。一度、民主党に、『安保改定50年のアカ落とし』をさせ、『霞ヶ関改革』をやらせてみよう。うまくいかなければ、政界再編だな」であった。

 翌19日午前、東海道線藤沢駅前にある民主党公認、中塚一宏選挙事務所で、旧知の選挙参謀と話しあった。地元有力者と思われる紳士がひっきりなしに訪れ、「町内に配るよ」とマニフェストを持ち帰っていた。「4年前とは全く違います。だからといって、『風』に浮かれているゆとりはない。自民党候補、社民党候補は、知名度のある前議員だ。地べたを這いつくばって一票一票広げる以外に勝つ術はない」と必死だった。事務所の女性運動員も、訪ねてきた人を「単なる支持者ではなく、家族、友人に声をかけてくれる強力な支持者になってもらおう」と、応対に懸命だった。
 20日午後、藤川富雄・土浦市議と茨城県つくば市の労組委員長を訪ねた。彼は「初めて、自分の一票で政治が変わると実感している。組合員も今回の選挙の意義を理解して投票所に行くと思う。公約が直ちに、全て実現出来るとは思っていないが、一つでも二つでも実現し、この選挙で登場する沢山のチルドレンを、小泉チルドレンの二の舞にしないように全力を尽くしてもらいたい。我々は喜んで応援させていただくが、有権者の一人として、厳しく監視もする」と好意的かつ真剣に語ってくれた。

 1993年10月、カナダの下院選挙で、政権政党・進歩保守党は154議席からわずか2議席に激減した。この惨敗の一因に、カナダ保守勢力内にあった反目、対立が指摘されているが、それ以上に、小選挙区制特有の怖さを示していると言えよう。20日付朝日新聞の選挙情勢分析によると、25%の人が、「選挙情勢によっては、投票先を変える」と回答している。「民主優勢」の報道に油断することを「権力の魔性」は舌なめずりしながら、期待しているのではないだろうか。「風」に油断することなく、「風」を利用するしたたかさがあれば、雪崩現象を引き起こして、自民党を壊滅・解体に追い込むことも可能である。勝負は小選挙区だ。

 日本に必要なのは小手先のメンテナンスではない。抜本的なリフォームである。
クレオパトラを射止めたローマの英雄、シーザーではないが「来た、見た、勝った」の報を全世界に発信したい。

<追記>
新型インフルエンザが猛威をふるいはじめた。握手の自粛、消毒液の確保など選挙運動にも影響してきた。投票日まで1週間。新型インフルが大爆発した場合、投票率にマイナスの影響を与えるだろう。マスコミの報道のしかたを注意深く見守る必要がある。また、自民党はこれを奇貨として「新型インフルに万全な対応が出来るのは自民党だ」と宣伝するだろう。民主党も政権交代を意識してか、厚労省からヒアリングをうけている。いずれにせよ、これを政争の具にさせてはならない。

  *  *  *  *  *  *

【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

民主党を根幹から変革した小沢流選挙の全貌!

 小沢一郎代表代行の選挙戦術を徹底的に解説した日刊ゲンダイの連載「自民党を震え上がらす これが小沢選挙だ」が、小沢氏の公式ホームページで全文公開されている。

 2005年の郵政選挙と偽造メール問題で壊滅的打撃を受け、一時は再起不能とまで思われた民主党が、なぜその後の選挙で劇的な復活を遂げたのか。田中角栄直伝といわれる選挙戦術とは何か。このレポートを読むとよく理解できる。

http://www.ozawa-ichiro.jp/massmedia/contents/appear/2009/ar20090723115326.html

注目選挙区レポート!【長崎2区】久間章生×福田衣里子

election2009_kyuma_hukuda.jpg

 初代防衛大臣に就任しながらも「原爆投下はしょうがない」発言でその席をはずさざるをえなくなった自民党久間章生(きゅうま・ふみお)氏が、次は9期連続当選の「指定席」までも失いつつある。その相手となるのが薬害肝炎訴訟九州原告団の元原告団代表で民主党から出馬した福田衣里子(ふくだ・えりこ)氏だ。

 地元選挙区では特に目立った選挙活動をしていなかった久間氏が危機感を覚えたのは前回の郵政選挙のこと。選挙時となると他候補の応援に励むのが常であったが、2005年総選挙では2位の民主党候補に約35,000票差に迫られ戦略を修正した。8月18日の事務所開きのあいさつでは諫早湾干拓事業などの実績を地元民の前で強調し、これまでの楽勝ムードとは一転して地元での演説に力を入れている。

■態勢整い本番ムード 長崎2区 久間氏が事務所開き(西日本新聞)
■久間氏「出陣式で14年ぶり演説」=負けられないと福田氏−長崎2区(時事ドットコム)

 民主福田氏は薬害肝炎訴訟での体験をもとに官僚主導の中央集権型政治を批判し、地元県長崎から政権交代をうったえる。昨年9月の出馬表明以降、民主党の鳩山代表や小沢前代表など幹部クラスが次々と同選挙区に入っており、この地区の勝利の価値の大きさと絶対に落とすまいという意気込みがうかがえる。

■「政権交代の象徴」 自民・民主総力戦(MSN産経ニュース)

 これまで自民久間氏の支えだった医師連盟諫早支部が推薦をとりやめるなど組織票に動きが出ている。「新人並み」と自嘲する地元での選挙活動がどこまで支持者を広げるか。はたまた"姫の虎退治"ならぬ"エリのクマ退治"となるか。勝敗の行方や、いかに!?

■医の自民離れ 押し戻す「旧世代」(asahi.com)

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

長崎2区(島原市、諫早市他)の立候補予定者
久間 章生 68 元防衛相  自現
福田衣里子 28 党支部代表 民新
相浦喜代子 44 元諫早市議 無新
山崎 寿郎 29 元会社員  無新
柴田 愛  35 幸福の科学職員  無新

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数:338,744人 投票者数: 229,077人 投票率:67.63% 

久間章生(きゅうま・ふみお、自民)123,234 ── 57.80% 当選
大久保潔重 (おおくぼ・ゆきしげ、民主)88,472 ── 38.62%
渕瀬栄子(ふちせ・えいこ、共産)13,088 ── 5.71%

○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数:337,035人 投票者数:201,826人 投票率:59.88%

久間章生(きゅうま・ふみお、自民)126,705 ── 62.78% 当選
熊江雅子(くまえ・のりこ、社民)50,772 ── 25.16%
石丸完治 (いしまる・かんじ、共産)16,235 ── 8.04%

注目選挙区レポート!【北海道11区】中川昭一×石川知裕

election2009_nakagawa_ishikawa.jpg

 自民党中川昭一(なかがわ・しょういち)前財務・金融担当相が父から受け継ぐ強固な地盤を、民主の石川知裕(いしかわ・ともひろ)前衆院議員が切り崩しにかかる。

 中川氏が8連勝する北海道11区は別名「中川王国」と呼ばれるが、2009年2月ローマでの「もうろう会見」以降は逆風が吹く。

 3月以降は妻侑子さんとおわび行脚で支持者をまわり、8月9日の総決起大会では、「酒を断つ」と宣言。地元事務所前の看板は「新たなる決意」と書き、再出発を目指した。

■ヘベレケ会見の中川昭一前財務相 今さら断酒宣言の哀れ(ゲンダイネット)

 対する民主石川氏は一昨年3月に繰り上げ当選して以降、知名度も上昇。政治資金規正法違反事件で東京地検から参考人聴取を受けたものの、街頭演説を繰り返し地道に支持層を広げる活動をする。その石川氏の強力な援軍となっているのが、同じ足寄町(あしょろちょう)出身で北海道の地域政党である新党大地の鈴木宗男代表だ。

■鈴木氏「政権交代を」 十勝遊説、石川氏と訴え(十勝毎日新聞)

 《THE JOURNAL》でもお馴染みの鈴木氏の応援が、郵政選挙で敗北したリベンジへと石川氏を導くのか。はたまた中川氏が夫婦二人三脚で流れを変えるのか。勝敗の行方や、いかに!?

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

北海道11区(帯広市、十勝支庁)の立候補予定者
中川昭一  56 元財務相   自前
石川知裕  36 党局次長   民前
渡辺紫   60 元市議    共新

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数:290,484人 投票者数:212,035人 投票率:72.99% 

中川昭一  (なかがわ・しょういち、自民)107,056 ── 50.48% 当選
石川知裕 (いしかわ・ともひろ、民主)84,626 ── 39.91%
長谷部昭夫  (はせべ・あきお、共産)16,145 ── 7.61%

○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数:290,039人 投票者数:185,932人 投票率:64.11%

中川昭一  (なかがわ・しょういち、自民)112,210 ── 60.35% 当選
山内惠子 (やまうち・けいこ、社民)52,395 ── 28.17%
長谷部昭夫  (はせべ・あきお、共産)16,235 ── 8.73%

2009年8月21日

青木理:被害者なき詐欺事件 ── 刑事司法の実態

 さる7月16日、公安調査庁長官や高等検察庁検事長などを歴任した「大物検察OB」に対する一審判決が東京地裁で言い渡された。在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)本部の売買取り引きをめぐり、東京地検特捜部に「詐欺」容疑で逮捕・起訴された緒方重威氏である。

 緒方氏が逮捕されたのは2007年6月のことだった。公安調査庁の元トップが総聯本部の売買に関わるという驚愕の事実に、当時の新聞やテレビには関連報道が溢れ返ったが、あれから早くも2年以上の時が過ぎた。公判で緒方氏側は一貫して無実を訴え続けたものの、東京地裁が言い渡したのは懲役2年10月・執行猶予5年の有罪判決。緒方氏側の主張はまったく受け入れられず、法廷の場で一蹴された形となった。

 しかし、この事件は今なお謎に満ちている。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」で

海江田万里さんが麻布十番祭りに登場! 18:00ごろから生中継します!!

 本日から3日間、《THE JOURNAL》編集部のある麻布十番商店街では「麻布十番納涼まつり」が開催されています。例年であれば365日24時間体制の編集部も、50万人以上の人出のために、この日ばかりはになることが慣例となっています。

 ですが、今年は日本の歴史を大きく変える政権選択選挙の年。例年のようにはいかず、人出をかきわけて全員出勤となっています。

 と、前置きはこの程度にしておいて、この人出となれば、候補者が選挙運動にやってくることは間違いないはず・・ と考えていたところ、編集部の情報網に

「海江田万里さんが麻布十番祭りにやってくる!」

との噂をキャッチ。「よし、生中継するぞ!」ということになりました。

 さて、政権交代必死のムードのなか、商店街にも知り合いの多い海江田さんを、《THE JOURNAL》編集部スタッフが仕事を完全放棄して、密着生中継します!

※無線環境が弱いため、映像や音声がとぎれます。あらかじめご了承くださいませm(__)m

(生中継は終了しました)

山下惣一:「誤解」だらけの農業問題(1)

農業歴57年、私と女房が現役、息子はサラリーマンという立場でがんばる農家

「農業問題・食糧問題は農家の問題ではありません。これは消費者にとっての問題なのです。」私は40年、それこそ何とかのひとつ覚えのようにそう主張してきた。もちろん世の中からは相手にされず、取り合ってくれる人もごく少数。糠に釘。蟷螂の斧。
「いまにみていろ、やがて農業をやる人はいなくなる。日本人は農なき国の食なき民になるぞ」
 私はなおもいいつづけた。かのオオカミ少年のように。オオカミ青年からオジサンになり、いまやオオカミ老人となってしまった。そして本当にオオカミは現れた。現下の農業問題は、ま、そんな感じですね。

 農林水産統計によれば、かつて600万戸あった農家はこの半世紀で半減し、とりわけ「販売農家」(耕地が30アール以上か農産物販売額が年間50万円以上)はたったの180万戸。就業者およそ300万人弱でその半数が70歳以上なのだそうです。私にいわせれば、「それみたことか!」ですよ。

 自己紹介をしましょう。私は九州北部、佐賀県唐津市の外れの玄界灘に面した村の農家の長男に生まれ、村の中学校を卆(お)えて以来、ずっと家業の農業をやってきました。今年73歳、農業歴57年。わが家は分業で私で5代目です。

 現代は女房と二人で山の棚田70アール、みかん畑50アール、ぶどう10アールのほか、村の直売所用に梅、レモン、野菜など多品目少量生産をやっており、今年から女房が個人で「漬物工房」を立ち上げました。夫婦ともにすこぶる元気です。

 昭和37年生まれの一人息子の長男は、2年間のアメリカでの農業研修の後7年間、期待の農業後継者として一緒に農業をやりましたが、みかんの規模拡大で失敗し(値段がぜんぜん良くならなかった)30歳で転職していま、わが家から車で1時間余りの稲岡市でサラリーマンをやっており、当人は「仕送りをしない出稼ぎ」といっています。田植えなどの農繁期に帰ってきて農作業をやっています。当面、わが家の目標は、息子が定年、またはそれ以外の事情で家に戻ってくるまでの間、私と女房が現役でがんばって、家業を次世代につなぐということです。ま、そういう立場の農家の主張だと理解してください。

「農業がなくなったとしても、日本経済には大した問題ではない」という誤解

 さて、それでは「誤解」の代表的なものをいくつかあげていきましょう。

 まず、冒頭の「農業・食料問題は消費者にとっての問題である」はどうでしょうか。私はかなり理解されてきたと感じています。消費者は、自分を守るためにこそ身近な農業を食い支えるべきなのに、「生産者」対「消費者」という対立概念で捉え、農業問題は農業団体や農家の問題だと誤解していたのです。しかし、農家にとっての問題は所得であって食料ではありません。どんな時代、どんな状況になっても自給分は作りつづけるわけで、いざというときに飢えるのは、私ではなくアナタです。ここにきて、ようやく「地産地消」「緑提灯」など身近な農業を支援しようという気運が出てきました。

 「日本農業」というのもこれは「誤解」です。「どこどこ、それはどこにあるんですか?」と私はいつもイヤ味をいっています。「日本農業」という現場はありません。「日本の中」にさまざまな農業があるのです。南北に細長い日本列島では北と南で大きな違いがあります。北ではすべての作物が年に一作ですからある程度の規模が必要になります。しかし、南では違います。たとえばジャガイモは北海道では年に一作ですが、九州では春と秋の2回、長崎県の島原半島では同じ畑で年間 3回も作っていますよ。そんなわけで面積は北が大きく西日本や南の方は小さいのです。

 そもそも「大規模」「小規模」はどこで線を引くのでしょうか。これは相対比較の問題であって定義などはなく「物差し」にはなり得ません。ところがこれを「物差し」にして耕地面積4ヘクタール以上(都道府県の場合)を農業の担い手と定めるなどとやっているのが農政なのです。これは「日本農業」というトータルとしての数字、つまり、気候風土、地形、地域からも乖離した農業となるわけです。

>>「誤解」だらけの農業問題(2)を読む

-------------------------------------------------------------------------------------
DSC_9965.jpgのサムネール画像【プロフィール】 山下惣一(やました・そういち)
1936年佐賀県唐津市生まれ。
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社」で第7回地上文学賞を受賞。著書に「食べ方で地球が変わる」「身土不二の探究」「直売所だより」など。

民主、300議席に迫る勢いで最終盤へ ── 自民は壊滅・分解の危機に直面

takanoron.png 公示と同時に終盤戦に突入した総選挙だが、各紙誌の最終予測はおおむね一致していて、民主優位の流れは残り10日間では覆りようもなく、300議席に迫る勢いのまま投開票日を迎えるだろうと見ている。

 20日付朝日新聞は1面トップで「民主、300議席うかがう勢い/自民苦戦、半減か」と最新の調査結果を伝えた。全国300の小選挙区から都市型・中間型・地方型の3類型のバランスを考慮して各50ずつを選んで電話で聞き取り調査をしたもので、その結果、民主は単独過半数を大きく超えて300議席台をうかがう勢いであるのに対して、自民は選挙前の300議席の半数にも届かず、それよりさらに大きく後退する可能性があることが分かった(詳細は21日付)。

 また19日発売の週刊文春では、特に終盤の予測が的確なことで定評のある宮川隆義=政治広報センター社長が「民主291議席vs自民128議席」という数字を弾いており、朝日の結果とほぼ一致する。もちろん選挙だから何があるか分からず、実はその数字も、民主=291+40−70、自民=128+67−41、すなわち民主が220前後に止まり自民が200近くまで巻き返す可能性も絶無ではないことを示しているが、しかしそのような逆流が生じる可能性はほとんど皆無であり、仮に生じたとしても自民は200に届かないということである。もはや政権交代は必至と言える。

●10道県で自民全滅?

 宮川の予測では、「自民全滅県」は北海道、岩手、福島、山梨、新潟、長野、愛知、滋賀、岡山、沖縄の10道県に達する。北海道では、12の選挙区のうち10区で小林千代美(民主)が△、町村信孝=元官房長官が▼で劣勢ながら争っているだけで、他の11選挙区ではすべて民主候補が○となっている。福島県では、2区の話題の"刺客"大田和美(民主)はじめ3〜5区まで民主が○で、1区のみ民主△、自民▼である。岡山県では、1区の逢沢一郎はじめ5区までの自民全員が▼もしくは×で、3区では平沼赳夫=元経産相も▼である。

 全滅は免れても全県で1議席確保がやっとかもしれないというところも少なくない。宮城県では、1〜6区のうち3つで民主が○、2つで△で、6区だけは自民が社民を抑えて○となっている。栃木県では、自民は5区の茂木敏充=元金融相だけが○で、1区で船田元が×で民主の石森久嗣に○を譲っている。2区も民主○、3区はもちろん渡辺喜美=元行革相が事実上の無競争で○、4区の山岡賢次=民主党国対委員長も「一度やらせてみて下さい!」と訴えて○である。群馬県も、自民で安泰なのは5区の小渕優子=現少子化担当相だけで、1区の尾身幸次=元財務相が▼、2区の笹川尭=自民党総務会長が×、3区の谷津義男=元農水相は▼と、大物が軒並みピンチで、4区の福田康夫=元首相でさえ▼である。

 大物もしくは有名人ということで言えば、東京都では、1区の与謝野馨=財務相が×、2区の深谷隆司=元通産相が×、3区の石原宏高=慎太郎三男が×、5区の佐藤ゆかり=元自民党副幹事長はもちろん×、自民党総裁の座を争ったことのある8区の石原伸晃=自民党幹事長代理、10区の小池百合子=元防衛相でさえも▼である。石川2区の森喜朗=元首相は民主の刺客=田中絵美子に追われて▼。岐阜1区では野田聖子=消費者担当相が×。静岡7区では、城内実(平沼G)△、斉木武志(民主)▼の争いとなっていて、片山さつきはすでに脱落で×。京都1区では伊吹文明=元幹事長が×、同5区でも谷垣禎一=元財務相が小原舞(民主)に煽られて▼。広島4区では中川秀直=元幹事長が▼。九州に飛んで、福岡2区の山崎拓=元自民党副総裁、3区の太田誠一=元農水相はすでに×で、7区の古賀誠=自民党選対本部長代理は▼、8区の麻生太郎=首相も○ではなく△に止まっている。長崎2区では久間章生=元防衛庁長官が×。

 公明党を見ると、東京12区の太田昭宏代表は俄仕立ての民主の刺客=青木愛に攻められながらも△。大阪16区の北側一雄=幹事長は▼、兵庫8区で田中康夫の挑戦を受けて立った冬柴鐵三=国交相はすでに×で田中が○。こうした状況で、公明党は前回8小選挙区で持っていた議席を3議席程度にまで落とす可能性があり、その分を比例で多少挽回しても選挙前31議席を3議席程度減らすことになりそうである。

 その他の党派は余り大勢に影響がない。宮川予測では、共産は2増の11、社民は7で現状維持、国民新は1減で4、新党日本は田中に加え東京11区で△の有田芳生が上がれば0から2に。みんなの党は渡辺のみ、平沼Gは平沼本人が▼で当選は城内1人かもしれず、いずれも政界再編のインパクトになるにはほど遠い。改革クラブは0、「幸福」はもちろん0である。

●20年は立ち直らない?

 宮川隆義は、この予測についてのコメントで述べている。「自民党は政権に復帰できるでしょうか」と自民党議員や関係者から聞かれることが多いが、私の答えは決まっていて「できません。少なくともあと20年はムリです」。本当を言うと20年どころか、このまま自民党が露と消えるかもしれない、とさえ思っている、と。

 これは負けすぎである。檄論檄場TVでの対談で二木啓孝が言っていたように、自民党にとっての防御ラインは180議席で、その程度の負け振りであれば、気を取り直して4年後に捲土重来を期そうということにもなるが、150を大きく割り込むのでは、その気が起きないどころか、バランバランになって事実上の解体し「露と消える」ことすらありえよう。これは「政権交代可能な政治風土を醸成する」という時代の課題から見て望ましいことではなく、自民党としては、せめて150程度は確保して、しかも保守再生に必要な中堅・若手を中心とした人材を比例重複でも何でもいいから1人でも多く残すような「負けの形」を作ることが、最終版の唯一の戦略となる。

 こういうことになってきた要因の第1は、麻生の不決断である。当初の想定通り、就任直後の昨年10月に解散を断行していれば、再生が危ぶまれるほどの負けに陥ることはなかっただろう。宮川の指摘で興味深いのは、田中角栄=元首相が「連続当選の途中で落っこちた奴は、総理にしちゃダメだ」と語ったというエピソードである。落選経験のトラウマがある政治家は、土壇場で足が竦(すく)み、解散に踏み切れないで道を誤る危険があることを角栄は見抜いていた。「麻生首相は戦後初めて、『途中で落っこちた』経験のある首相だった」(宮川)。それを助長したのが、"迷軍師"と言われる菅義偉=自民党選対副委員長の一貫した「解散先送り」論に基づくアドバイスであったことは言うまでもない。延ばせば延ばすほど酷い結果となることは、客観的には明らかだったが、麻生や菅にはそれが見えていなかった。

 第2に、自民党の支持基盤の驚くべき劣化である。同党の伝統的な支持基盤である郵便局長会が一挙に民主・国民新支持に転じたり、医師会が茨城県で丸ごと民主に乗り換えたり、農協の一部が自民離れを起こしたり、目を覆わんばかりの状態を呈している。本論説で前に述べたように、自民党は93年宮沢政権で一度死んだが、翌年、自社さ政権という奇計を以て蘇生し(ゾンビ1)、01年森政権でもう一度死にかけたが小泉=田中真紀子の変人・奇人コンビで再蘇生したものの(ゾンビ2)、そこではもはや自民党総裁自らが「自民党をブッ壊す」と呼号する以外に政権維持の方策はなかった。その後には、小泉が残した「300議席」の遺産を活かしつつ、小泉改革の疑似性を克服してそれをまともな軌道に乗せて行くことで21世紀に生きる道筋を見いだすべきだったにもかかわらず、実際には、安倍の偽改革、福田の非改革、麻生の反改革と退嬰化を重ね、麻生に至っては「小泉改革を否定し、元の自民党に戻す」と公言する有様で、これでは国民が自民党を見放して改革の旗を民主党に委ねようと思うのは当たり前である。その意味では、小泉の疑似改革性がはらんだ矛盾がこのような形の破綻を招いたとも言える。

 第3に、小選挙区制の効果である。4年前の郵政選挙の総括で、INSIDERは「今回自民党に起こったのと同じことが4年後には民主党に起こる」と指摘したが、まさにその通りのことが起ころうとしている訳で、驚くことは何もない。前回、小泉マジックに騙されて自民党に投票した無党派層ばかりでなく自民党支持層も、恐らくは3割が自民離れを起こして民主に入れることは、週刊現代の分析モデルからも、都議選や静岡県知事選の結果の解析からも、明らかであって、それはこの選挙制度の下では、雪崩現象を引き起こすに十分すぎるほどの票の移動となる。

 民主党にとっては勝ちすぎが問題となる。安倍・福田・麻生3代の反改革の流れを逆転させる後始末の策を次々に打ち出しつつ「最初の100日間」を突っ切ること、来年の参院選で再び圧勝して政権の基盤を盤石にすること(宮川は、民主党政権は次の国会で参院の定数是正を行い、2人区を1人区にし、その「新1人区」を民主が独占するので、自民は立ち直れないほど壊滅する、と言っている)、そして4年後にはたぶん、中央集権国家の解体と「地域主権国家」への大変革のプランを掲げてそれを中心争点とした総選挙でさらに圧勝することが課題となるだろうが、その間、大勝に驕って下らない事件などを引き起こせば、細川政権の二の舞に終わる。その鍵は、鳩山が小沢をどう使いこなすかで、小沢には当面、直ちに参院選準備に取りかかりつつ、100人を超えて出てくる「小沢チルドレン」の教育を担当して貰いながら、小沢流「日本改造計画」と旧民主党以来の鳩山流「友愛革命路線」とを巧みに接合して「地域主権国家」すなわち日本的な市民社会創造の一大変革プランへと昇華していくことが必要になろう。民主党が「地域主権国家」ビジョンを掲げれば、公明党は同調することになる。▲

2009年8月20日

鈴木亘:安易で無責任な「中福祉・中負担」論

今回の選挙戦では、自民党、民主党ともに社会保障費の「大盤振る舞い合戦」ともいえる様相を呈しているが、その背景にある考え方が、社会保障費の「中福祉・中負担」論である。

 これは、政府の社会保障国民会議や経済財政諮問会議で唱えられ、今回、自民党のマニュフェストに明記されている考え方で、北欧諸国等の 欧米諸国と比べてわが国の社会保障費水準はまだまだ低いとして、歳出拡大とそれに伴う負担増を提言しているものである。小泉政権下で実施された毎年2200億円の社会保障費削減が、医療・介護現場の崩壊や、貧困拡大や介護難民発生などの社会保障のほころびを生んだ元凶であると断じ、自民党、民主党とも「骨太2006」で閣議決定された2011年までの毎年2200億円の社会保障費削減目標を、撤廃することを決めている。

 しかし、ここで注意しなければならないのは、比較対象の欧米諸国は、急速な少子高齢化が進行しているわけではないし、既に少子高齢化が終了しつつある段階にある国々も多いのに対して、わが国は、世界史的にも未曾有の急速な少子高齢化が進展する真最中であるということである。現在、わが国の65歳以上の高齢者が働き手の現役層(15歳から64歳)に占める割合は約1:3であるが、14年後2023年には1:2までに高まり、数十年後に予定される少子高齢化のピークでは、この比率は1:1近くに達する。


岡部一明:自治体は市民団体である

 道州制をめぐる議論の中で、高野氏がいろいろなところで「地域主権」の大切さを訴え、その論拠としてヨーロッパで発展してた「補完性・近接性の原理」の考え方を援用されている(http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/08/post_334.html)。それも重要だが、私はさらに一歩踏み込んで、自治体というのはそもそも市民団体なのだという論を展開したいと思う。荒唐無稽に聞こえるかも知れないが、欧米の自治体、さらにアジアの伝統的自治体にその片鱗は見える。私たちはこれまで本当に自治体というものを知っていたか。明治以降の日本の地方制度が見失ってきたまったく別の自治体の可能性を探るのもこの際無益ではない。

 慎重に展開したいが、残念ながら今その余裕がまったくない。しかし、それについて世界の動向を調査した上で書いた拙著『市民団体としての自治体』(御茶の水書房、2009年)がある。そのまえがき部分で私の主張の概要がわかるので、ここにそのまま掲載したい。失礼な発言の仕方であるとは思うが、選挙を前にして議論が深まる中、本サイトでのレベルの高い議論の参考になれば、と思い提起する次第である。

------------------------------------------------

510EIIfC+UL._SL500_AA240_.jpg


 自治体と市民。そう問題を立て人は考えがちである。自治体、それは行政であり、それに対する市民の団体としてNPO(非営利団体)などがあった。
 そう思っていた。しかし、アメリカの自治体を見るうち、その境界があいまいになった。自治体はもともと市民団体ではないか。市民が自治を行うのがそもそも民主主義であった。

 アメリカの自治体は、市民が設立する。その地域の住民が住民投票で「つくろう」と決議して初めて自治体ができる。逆に言うと、住民がつくると決めなければ自治体はない、ということだ。実際、アメリカには自治体のない地域(非法人地域、Unincorporated Area)が面積の大半を占め、約一億人(総人口の三八パーセント)が自治体なしの生活をしている[U. S. Census Bureau, 1997 Census of Government, Volume I Government Organization, 1997, p.IV.]。無自治体地域では、行政サービスは通常、州の下部機関である郡によって提供される。それでも最低のサービスは保証されるが、警察や消防が遠くの街(郡庁所在都市など)から提供されるのは不安だし、地域の発展を直接自分たちでコントロールしたいということで「自治体をつくる住民運動」が生まれ、住民投票を経て自治体が設立される(第一章参照)。

 情報公開、住民投票、陪審制、NPOなどいろいろなアメリカの市民参加制度が日本に紹介されてきたが、長くアメリカに暮らし調査をしてきた私としては、その自治体制度に最も大きな衝撃を受けた。アメリカの自治体はその存立の基本からして市民団体に近い。すでに「ある」のでなくて、市民が自由意志で結成するものなのだ。

 結成した後も、自治体は極めて市民団体的である。例えば市長や市議は通常、ボランティアだ。カリフォルニア州の場合は州法で五万人以下の市なら月給四〇〇ドル以下、三万五〇〇〇人以下なら月給三〇〇ドルなどの報酬額が定められている[California Government Code, Section 36516.]。このような名目的な給料では生活できないから、市長や市議は通常、他の仕事をもっている。市議会など彼らの重要職務は夜遂行される。昼の間、彼らの命の下に市事務局(市行政)を取り仕切る役人のトップがシティーマネジャー(助役と訳されている)だ。ボランティアと言えば、福祉やごみ拾いなどNPO活動をイメージすると思うが、アメリカでは市長や市議からしてまずボランティアなのだ。

 市議の数も通常五人、多くても一〇人程度で少ない。夜開かれる市議会は住民集会のようなもので、市民が自由に参加できるのはもちろん、発言さえできる。アメリカの市議会を見ていると、ほとんどの時間、市民が次々に発言している。その後で市議の間で若干協議して採決をとる。発言する人は、希望を出して順番を待つ。一議題につき一人一回まで発言できる。その街の住民か、アメリカ国籍かどうかさえ問われない。聞いてはいけないと法律に書いてある。日本の市町村議会で発言したことがない人でも、アメリカに行けば市議会で発言できる。連邦、州、自治体の各レベルで制定されている公開会議法(Open Meeting Laws)がこうした市民参加を体系的に保証している[こうした自治体の市民参加制度について、その概要を岡部一明『サンフランシスコ発:社会変革NPO』御茶の水書房、二〇〇〇年、第七章に記した。]。

 自治体は市民がつくるものなので、中にはかなり小さい自治体もある。アメリカの自治体約三万六〇〇〇の半分が人口一〇〇〇人以下だ。一〇〇人以下の自治体も三〇〇〇以上ある。何と人口一〇人以下の自治体も一〇〇程度ある(第一章3)。小さくたって、市長、市議はボランティアだし、有給職員もほとんどゼロだから費用もかからない。街への愛着は深まって公園づくりから緑化まで、ボランティアが活発に活動する。

 また、アメリカの自治体(Local Government)には通常の市や町以外に特別区(Special District)がある。これは日本の特別区とは違って、単一サービス型の自治体だ。有名なのは日本の教育委員会にあたる学校区だが、その他水道区、下水道区、大気汚染監視区、潅漑区、高速地下鉄区、蚊駆除区、商店街街灯管理区、電力区、その他いろいろある。必ずしも市や町の下部組織ではない。複数の市町村で運営する一部事務組合でもない。トップが独自に公選され、領域も独自に持つ独立した自治体だ。領域が市町村とほぼ同じ場合もあるが、それとはおよそ異なって線引きされている場合もある。協同組合を考えるとわかりやすい。例えばある地域で安価な生活物資を調達するため消費生協を設立する。同じように、例えば一定地域で水道サービスを提供するために、住民が水道区自治体を設立する。協同組合と違うのは、領域をもつことと全員加盟制になること、会費を税金として払うことだ。理事などの役員を住民(加盟員)選べるし、その会議は住民参加で行なわれる(第二章1)。

 「自治体は領域をもった全員加盟制のNPOである」という認識を、アメリカで調査するうち私はもつようになった。そこで見聞する自治体は、それまで「行政」としかとらえていなかった日本の自治体と大きく異なるものだった。私たちは本当に「自治体」を知っていたか。「地方自治は民主主義の学校」と言われるが、なるほど自治体は、このようなものであってこそ初めて学校になるのか、と目から鱗の体験だった。そして、自治体がこういうものであるなら、その先にある「国」だって本当はどうなのか。

 その後、ヨーロッパなどアメリカ以外の諸国の自治体制度を調べる機会があった。当初、アメリカの自治体は特別と思っていたが、他の国にも多かれ少なかれ、似たような市民的自治体制度が存在していた。例えばドイツには一万六〇〇〇の自治体があり自治体当たり平均人口は五〇〇〇人(日本は一八〇〇自治体、平均人口六万七〇〇〇人)。フランスには二〇〇年以上前のフランス革命以来あまり変らぬコミューンが三万六〇〇〇も残り、イタリアにも八〇〇〇のコミューニがある。市町村合併を活発に進めた英国でも、基層にあるパリッシュと呼ばれる草の根自治体はむしろ強化される傾向にある。アメリカと同様、無給で働くドイツの市議会議員が、市議をボランティアにする理由を聞かれて「政治のプロではなく、普通の仕事をしている市民がその考えを議会にもってくることが大切だ。」と言っていたのが印象に残る(第五章2)。

 確かに東アジアには、何千年にも及ぶ専制国家の歴史があって、自治制度は弱かったかも知れない。しかし、そういう東アジア諸国でも歴史をさかのぼると、専制支配は村の表層までで、その下には豊かな村人たちの自治の営みが続いていたことを最近の諸研究は明らかにしつつある(第七章)。欧米の事例を研究して、その後で自分の持ち場である「日本」を振り返る、というのが普通のやり方かも知れない。しかし、ここで私は敢えて「東アジアに返る」という手法を選んだ。私たちの文化的基礎に返る場合、国境に縛られた国内にこだわる必要はない。自治を東アジア的な伝統の中でとらえ返し、そこから日本を含めたこの地域の自治の可能性を考えるという手法にこだわった。

 本書はこうした世界のあちこちで築かれ機能してきた自治の姿をたどり、「市民団体としての自治体」の可能性を検証した試みである。私たちが通常考える「自治体」とはまったく別の自治体がありえるのではないか。そもそも自治体とは何であったのか。政府とは何か。それを考える中で今後の市民社会ガバンナンスを模索する。進行する市町村合併など日本の現状に直接には触れていないが、もちろん問題意識の原点はそこにある。世界各地で試みられる住民自治の可能性を探り、私たちの伝統の中にも埋もれる自治を振り返りながら、今日の私たちの課題を考える。


【プロフィール】岡部一明(おかべ・かずあき)

愛知東邦大学経営学部地域ビジネス学科教授。NPO論や自治体論、市民社会のガバンナンスについて研究している。1950年栃木県生まれ。若い頃から世界を旅し、1979年カ リフォルニア大学自然資源保全科卒業後、日本に帰り環境シンクタンク勤務、フリージャーナリスト、日米のNPO勤務など。1992年から再びサンフランシスコに移り、現地のNPOやコンピュータ事情を調査し、日本にレポートする。2001年4月より愛知東邦大学でNPO論、インターネット社会論などを教えています。2009年4月より現職。

ホームページ:http://www5d.biglobe.ne.jp/~okabe/


 

2009年8月18日

公示日、海江田万里候補の出陣式は大盛り上がり!

kai090818_1.jpg

kai090818_2.jpg

今日は公示日。

先ほど、JR四ッ谷駅前で、海江田万里(かいえだ・ばんり)候補[東京1区選出・民主党]の出陣式が行われ、編集部で撮影に行ってきました。

鳩山由紀夫(はとやま・ゆきお)民主党代表や蓮舫(れんほう)参議院議員も弁士として参加され、駅前の歩道は、かけ声や拍手で異様な盛り上がりを見せていました。

のちほど、海江田万里候補と鳩山由紀夫民主党代表の演説の模様をお送りします。

みなさん、初日から早くも声がかれた状態で、それだけに「気持ち」の伝わるものでした。

海江田万里
http://aya.com/banri/

注目選挙区レポート!【東京1区】与謝野馨×海江田万里

election2009_yosano_kaieda.jpg

 ともに経済政策通として知られている自民の与謝野馨(よさの・かおる)氏と民主の海江田万里(かいえだ・ばんり)氏は、過去の衆院選で毎回のように激戦を繰り広げてきた。戦績は1996年以降の4回の衆院選で2勝2敗。新宿区・港区・千代田区で構成される東京一区は、まさに武田信玄と上杉謙信さながらの「現代の川中島の戦い」といえる。選挙関係者のみならず、官僚や経済評論家も注目している最重要選挙区だ。

 同じ政策通でも、選挙戦略となるとこの二人はまったく対照的である。与謝野氏は小泉内閣以降に政権の中枢で活躍し、官房長官や財務相といった政府の要職に抜擢されることで知名度を上げ、空中戦を有利に展開する。一方、海江田氏は05年の郵政選挙で比例復活できないほどの惨敗をしたあと、選挙区内をくまなく歩き回り、支持者の拡大してきた。昼間人口の多い東京の中心部での典型的なドブ板選挙は、これまで効果はあまり期待できないと言われてきたが、住宅街の細い裏路地まで網羅することで、与謝野氏に比べて地上戦を有利に進めている。これは余談だが、編集部の事務所は港区にあるため海江田氏の遊説に何度となく遭遇したことがある。その度に「えっ、こんな細い裏道で演説しちゃうの!?」と思ってしまうほどだった。

kaieda_chirashi1.jpg

kaieda_chirashi2.jpg

■動の海江田氏!徒歩演説1700回で郵政選挙のリベンジだ(スポーツ報知)
■東京1区 住民はどこにいる?(産経ニュース)
■民主に流れた新住民(毎日.jp)

 自民党の経済政策を主導してきた与謝野氏。政権交代でまったく新しい経済社会を築こうとする海江田氏。あまりにも対照的な2人の激戦の結果や、いかに?

line_gray.jpg

【編集部より生中継のお知らせ!(8月18日18:30ごろ〜)】
 
 本日8月18日18:30ごろより、海江田氏の公示後第一声演説をこのページで生中継します!
 
 演説会には鳩山由紀夫代表や蓮舫参院議員も駆けつける予定です。現地の通信環境や天候によって配信できない可能性もありますが、ぜひ、みなさんご覧ください。
 
 生中継の失敗は2度あることは3度ある・・・? いや、3度目の正直です!!
 (生中継は終了しました)

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

東京1区(新宿区、千代田区、港区)の立候補予定者
与謝野馨  70 財務相    自前
海江田万里 60 経済評論家  民元
冨田直樹  33 党地区委員  共新
田中順子  47 幸福党役員  諸新
又吉光雄  65 政治団体代表 諸新
マック赤坂 60 政治団体代表 諸新
野沢哲夫  43 芸術団体理事 無新

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○2005年第44回衆議院議員選挙
有権者数:427,528人 投票者数:278,974人 投票率:65.25% 

与謝野馨  (よさの・かおる、自民)149,894 ── 53.7% 当選
海江田万里 (かいえだ・ばんり、民主)101,396 ── 36.3%
堀江泰信  (ほりえ・やすのぶ、共産)21,794 ── 7.8%
又吉光雄  (またよし・みつお、緒派) 1,557 ── 0.5%


○2003年第43回衆議院議員選挙
有権者数:413,613人 投票者数:241,201人 投票率:58.32%

海江田万里 (かいえだ・ばんり、民主)105,222 ── 43.6% 当選
与謝野馨  (よさの・かおる、自民)103,785 ── 43.0% 復活当選
佐藤文則  (さとう・ふみのり、共産)20,640 ── 8.6%
浜田麻記子 (はまだ・まきこ、無所属)5,572 ── 2.3%
又吉光雄  (またよし・みつお、緒派) 698 ── 0.3%

○2000年第42回衆議院議員選挙
海江田万里 (民主)93,173 当選
与謝野馨  (自民)90,540 復活当選
大塚淳子  (共産)36,525
日野雄策  (緒派) 3,118
丸川仁   (無所属) 2,492

大野和興:「新自由主義を超えた構想力を」―農業政策を考える(2)

農業政策が抱える矛盾

 民主党のマニフェスト修正に至る動きの中で、問題になったのは日米間の自由貿易協定である。民主党は7月27日に発表したマニフェストで「米国との間でFTAを締結し、貿易・投資の自由化を進める」と明記していた。これが農業関係者の間で問題となり、農協が抗議文を出すなどの騒動になった。
 結局民主党は8月7日になって「締結」を「交渉を推進」に改め、さらに「その際、食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない」との一文を加えて、決着を図った。自民党は民主党の敵失とばかりにこの問題を攻め立てたが、自民党にしても「日米」とはうたわないまでも、マニフェストに「FTA交渉を積極的に行う」と書き込んで、自由貿易推進を宣言している。

 このことは、自民党と民主党の間で、政策全体を貫く軸足の置き方というか、枠組みそのものにかかわる課題の設定で本質的な違いはないことを示している。貿易や金融・投資の自由化をいうことに関し、何の疑問も持たずにその推進を主張しているからだ。両党ともいま人びとを取り巻く困難の大本の要因となっている新自由主義を修正したり変更したりといった考え方は、マニフェストを読んでも見えてこない。繰り返しになるが、そこにあるのは対症療法の羅列に過ぎない。

 日米FTAをめぐる民主党の混乱は、その弱点をつかれたからに他ならない。そしてこの問題が民主党の戸別所得保障という農業政策の柱が内在的にもつ矛盾でもある。この制度を実施することで必要になる予算規模は、同党のマニフェストによると1.4兆円である。だが、自由貿易推進で海外から安い農産物やその加工品が入ってくると、国内の農産物価格はそれに押されていっそう下落することは目に見えている。販売価格と生産費の差額を補償するというのがこの制度の仕組み方だから、この差額はますます広がり、それに連れて必要経費もどんどん広がることになる。入り口(自由貿易)も出口(財政投入)も開けっ放しにしたまま対称療法的にセーフティーネットを張るという仕組みで、将来一体どうやって帯を結ぶのか、そこのところが見えてこない。

世界の農民を視野に入れた農業政策

 小規模農家を含め、生活の安定を図って農業が継続できるようにするという民主党の戸別所得補償の考え方には反対ではなく、むしろいま必要な政策だと思っている。自民党の政策が、選挙目当てもあって次第にあいまいになりながらも、政策対象を農外資本を含む大規模・高能率農業に絞り込むことを志向しているのに比べたら、よほど農業の本質を捉えた優れた政策だといえる。だからこそ、この政策が内包する矛盾をきちんと見据え、大きな構想力で整合性を作り上げて欲しいと思う。

 その構想力とは、新自由主義グローバリゼーションを所与の前提としていわれるままに受け入れるのではなく、それをどう修正し、貿易や金融・投資のあり方を含め、いまのグローバル資本主義を人間らしいものに変えていくための地球規模のマニフェストづくりということである。日本を含め米国やEUなどいわゆる先進諸国は、財政負担で自由貿易に揺らぐ自国の農民をサポートすることは出来る。だがアフリカや中南米、アジアの多くの国々では、そうした財政余力はなく、農民は裸で世界市場に投げ出され、農民として生きることができない状況にかれている。彼らが農民として生きていくためには新自由主義のもとでつくられた市場のルールそのものを変えていく必要がある。そしてそれは日本の農民が置かれた状況に重なってくる。

 民主党の戸別所得補償政策もまた、新自由主義を所与の前提として受け入れるのではなく、同時代を生きる世界の農民が生きていける国際的な枠組みを構想し、そこに位置づけるという仕掛け方が必要なのではないか。これはそのまま、近い将来来るであろう世界的な食糧危機への対応策となる。そうした大きな構想を伴って戸別所得補償政策を提起することで、この制度に要する膨大な財政サポートも国民に納得してもらえるはずだ。(完)

>>農業政策を考える(1)を読む

-------------------------------------------------------------------------------------
oono.jpg【プロフィール】 大野和興(おおの・かずおき)
1940年愛媛県生まれ。農業ジャーナリスト。四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人。主な著書に「食大乱の時代」「日本の農業を考える」「百姓は越境する」「百姓が時代を創る」など。

2009年8月17日

田原総一朗×二木啓孝×高野孟:緊急座談会「民主党は政権にたどりつけるのか?」 ノーカット配信中!

 8月16日(日)に生放送された田原総一朗さん、二木啓孝さん、高野孟編集主幹による緊急座談会「民主党は政権にたどりつけるのか?」を、ノーカットで完全配信します!(全4本)

090816_1.jpg


【Movie 1】「政権交代はあるか、ないか」の選択
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie005.html

【Movie 2】各党の"勢い"
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie006.html

【Movie 3】政治家の質が落ちた理由
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie007.html

【Movie 4】党の復元力 その境界線は......
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie008.html

line_gray.jpg
【関連記事】
■田原総一朗×二木啓孝×高野孟:緊急座談会「民主党は政権にたどりつけるのか?」配信終了しました。後日再放送しますm(__)m(当日の写真も掲載しています)

line_gray.jpg
(注)このコンテンツはWindows Media Playerを利用します。お持ちでない方はマイクロソフト社の公式HPをご覧下さい。また、Macintoshをお使いの方はwmvをQuickTimeで再生するFlip4Macをご利用ください。

大野和興:「新自由主義を超えた構想力を」―農業政策を考える(1)

農村票をめぐる政党の動き

 今度の選挙の見どころのひとつに、農村票がどう動くかがあることは誰もが認めることだろう。ここ20年、グローバリゼーションの嵐が農業と農村に襲いかかり、農産物価格の下落と農村雇用の縮小というかたちでむらのくらしを直撃した。それは、都市における雇用の不安定化と賃金切り下げといった状況と同じ根っこをもつ新しい貧困とでも呼ぶべきものである。

 農村の困窮化は農村票の反乱となって、これまで農村を地盤としていた自民党をゆるがした。2007年の参院選で地方の一人区で自民党が軒並み議席を失ったことは記憶に新しい。参院における与野党逆転は、人びとに今回の政権交代選の到来を予感させるに十分だった。

 この与野党逆転をつくりだした要因のひとつが民主党が打ち出した農業政策、戸別所得補償政策であった。あわてた自民党は、それまでの規模拡大・政策対象の選別化を軸とする農政「改革」を後戻りさせる方向にかじをきり、農村票取り戻しに走っている。共産党、社民党はもともと農家に対する手厚い保護政策を掲げていたから、農業政策に関しては与野党の違いが判然としないまま選挙戦がたたかわれている状況となった。

自民・民主の共通点

 ここでは自民党と民主党の農業政策を軸に、その内容をみていく。農業政策を含め、両党の政策には大きな共通点がある。それは、両党とも新自由主義路線の修正ではなく、推進の立場を崩していないというか、堅持していることである。当然そのことは国内の国民生活を守るためのさまざまの諸政策と衝突する。例えば派遣労働の規制。国際市場で生き残るには労働力を出来るだけ安く買い叩くたたくことが必要になる。だから小泉政権下で労働者の権利はずたずたに引き裂かれ、非正規労働者の激増、賃下げ、派遣切りという言葉に象徴される解雇権の乱用などが横行した。農村ではこの十数年で農民の手取り米価は半分以下になり、それにつれて農業地帯の実質農地価格はピーク時の三分の一から五分の一に暴落している。中国に行きそびれた小さな農村工場では、もっぱら派遣制度が導入されて従業員全員が派遣労働者と化し、少ない賃金から総務部内におかれた派遣会社に手数料をピンハネされ、本社に持っていかれている。クビ切りも自由ということになる。

 いま人びとは、自分たちを取り巻く"新しい貧困"という現実は、一連の経済の自由化政策(貿易・金融・投資の自由化と民営化・規制緩和)、つまりは新自由主義に基づくグローバリゼーションがもたらしたものだということを知っている。だから、今回の選挙ではマニフェストと称して、その後始末を競い合うことになった。だが、大本の新自由主義推進はそのままだから、むしろ矛盾は深まり、そのまま先送りされることになる。

 その矛盾が表に出たのが、日米FTAをめぐる民主党の混乱である。FTAとは自由貿易協定のことで、世界中の国が集まってグローバルな貿易・金融・投資などの基準を検討するWTO(世界貿易機関)と違い、FTAの場合は二国間あるいは地域協定として取り交わされる。

>>農業政策を考える(2)を読む

-------------------------------------------------------------------------------------
oono.jpg【プロフィール】 大野和興(おおの・かずおき)
1940年愛媛県生まれ。農業ジャーナリスト。四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人。主な著書に「食大乱の時代」「日本の農業を考える」「百姓は越境する」「百姓が時代を創る」など。

2009年8月16日

田原総一朗×二木啓孝×高野孟:緊急座談会「民主党は政権にたどりつけるのか?」配信終了しました。後日再放送しますm(__)m

お待たせしました。

緊急座談会の再放送を開始しました。

お約束どおり、全編ノーカットです。

是非、ご覧ください!!

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/08/post_340.html

zadan090816.jpg

taha090816.jpg

futa090816.jpg

taka090816.jpg

 予想をはるかに上回るアクセスが集中したため、サーバーがダウンしました。

 ご迷惑をおかけし申し訳ございません、お詫び申し上げます。

 収録した内容につきましては、ただいま編集中で、できるだけ早く再放送いたします。

 もちろん、ノーカットでの配信をお約束します。(バタバタ感はありますが...)

 また、更にハードルは高いのですが、告知しておりますとおり、8月30日投開票日19時から深夜まで、ぶっとおし生放送を行います。

 次回はサーバーをダウンさせないように鋭意対応いたしますので、これに懲りずにアクセスください。

 1つの目玉としまして、これは初めて告知いたしますが...当日は、ユーザーの方々からの電話を受け付け(コールイン)、スタジオの高野孟氏・田中良紹氏やスタジオに来られたゲストの方々と直接会話ができるようにします。

 是非みなさん、魂の一言をぶつけてください。

 お待ちしております!

090816_2.jpg

 長い選挙期間もまもなく終盤戦。日本の未来を決する政権選択選挙まであと14日となりました。

 そこで、「THE JOURNAL×Insfoseekニュース」では田原総一朗さんと二木啓孝さん、そして高野孟編集主幹をむかえて本日16日(日)14:00ごろから緊急座談会生放送「民主党は政権にたどりつけるのか?」を行います!

 永田町のウラも表も知り尽くしたベテラン政治ウォッチャーたちは、いま、どのような観点でこの選挙戦を眺めているのか。最新選挙情報をもとに、テレビや新聞では語ることのできない日本の政治について徹底討論します!

 みなさんぜひご覧ください!

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第5回>大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身

▼政府の記者会見をすべてのメディアに開放し、既存のマスメディアの記者クラブ権益を剥奪する。
▼クロスメディア(新聞社とテレビ局の系列化)のあり方を見直す。
▼日本版FCC(米連邦通信委員会のように行政から独立した通信・放送委員会)を設立し、放送免許の付与権限を総務省から切り離す。
▼NHKの放送波の削減を検討する・・・等々

 これらの政策はいずれもマニフェストには載っていないが、民主党の正式な政策だ。記者会見の開放はマニフェスト発表の記者会見で鳩山由紀夫代表自身がはっきりと明言しているし、その他はすべて『民主党政策集INDEX2009』に明記されている。

 お読みいただければわかるように、民主党政権では、マスメディア自身が主たる既得権益者として改革の対象となっている。そして、不思議なことにその事実はまだほとんどの人に知られていない。

メディア改革は民主党の主要政策の一部
 
 知られていない理由は、大手マスメディアが民主党のメディア政策をまったくと言っていいほど取り上げようとしないからだ。これらの政策が自分たちに都合が悪いからなのか、それともこうした政策をそれほど重要とは考えていないからなのか、その真意は定かではない。

 メディア政策は多くの有権者に影響が及ぶし、おそらく関心も高い、けっこう重要な政策だと筆者は思うのだが、どこのマスメディアもそれを良いとも悪いとも言わない。実に不思議なことだ。

 7月27日のマニフェスト発表の会見でのことだ。民主党がこれまで維持してきた「記者会見を記者クラブ以外のメディアに開放する」方針がマニフェストに入っていない理由を問うた筆者に対して、鳩山由紀夫代表は「マニフェストに入れるまでもないと考えた」とした上で、「民主党政権では記者会見はオープンにする」と、政権を取ってからも記者会見を開放する方針を貫く意思を明確に公言している。

 ところが、翌日の新聞やテレビで、この下りを報じたところは、筆者の知る限り、1つとしてなかった。各メディアとも、マニフェストの内容や記者会見のやりとりは相当のスペースや時間を割いて詳しく報じているにもかかわらず、である。全国紙やテレビといった大手マスメディアの報道のみを情報源とする方にとって、そのようなやりとりはこの世に存在しなかったことになっているに違いない。これは民主党が、現在の日本の最大のタブーに手を突っ込もうとしていることを意味するのだろうか。

 民主党はすでに2002年から、党が主催する記者会見は、記者クラブに所属する既存の大手マスメディアだけでなく、雑誌、海外メディア、ネットメディア、フリーランスなど、すべての報道関係者に開放している。また、小沢一郎氏以降の代表はいずれも、民主党が政権を取ったときは、政府の記者会見は開放することを公言している。

 実は民主党のこの方針は、岡田克也現幹事長がまだ幹事長代理の時分に、筆者からの進言(というより、「文句」と言ったほうがより正確かもしれないが)を受けて、まず手始めに外国報道機関に記者会見を開放したことに始まる。

 当時、民主党の記者会見に出席できるのは野党クラブ加盟の記者に限定されていた。岡田氏はまず自身の会見をオープンとし、その後、幹事長、代表と党の階段をのぼっていく間もその方針を貫いたために、氏が代表になった段階で、民主党の会見はすべてオープンとなった。また、その過程で、対象も外国報道機関から、雑誌やネットメディア、フリーランスを含むすべてのメディアへと広がっていった。

 前原、小沢、鳩山と岡田氏の後を継いだ代表たちもその方針を踏襲したので、今はそれが党の方針となった。ただし、その方針がマニフェストなどの文書に明記されているわけではないので、私のような非記者クラブ記者は、常に確認を求めていく必要があり、それがわれわれ非記者クラブ記者が、大きな節目の記者会見で毎回しつこくこの質問をし続ける理由でもある(最近はフリージャーナリストの上杉隆氏が、その役割を進んでやってくれているので、私ばかりが憎まれ役をやらなくてもすむようになった)。

なぜ記者会見の開放が重要なのか
 
 民主主義とフリープレス(報道の自由)を標榜する国で、記者会見への出席が特定の報道機関にしか認められていないことなど、そもそもあり得ないことだ。したがって、いまさら議論をするのも小っ恥ずかしいのだが、政府の記者会見がオープンになることの意味は大きい。記者会見が大手メディアの既得権益、つまり利権の温床ではなくなり、そうなることで、主要メディアと政治家や政党、主要官僚との間の談合が通用しなくなるからだ。

 過去半世紀にわたり、日本には新しい大手マスメディア(全国紙や全国ネットの放送局)が登場していない。そんな業界は他にないはずだ。そんな国も他にはないはずだ。そしてその最たる理由は、記者クラブ制度をはじめとするさまざまなメディア権益が、一部の主要メディアに独占されているためだ。長年権益を独占してきたメディア企業は、いまやいずれも巨大なコングロマリットとして君臨している。日本のメディア市場に新規参入する事業者は、それらの権益なしで、巨大ライバルに立ち向かわなければならない。

 しかし、記者会見の開放には、大手マスメディアから既得権益を剥奪する以上の重要な意味がある。それは記者会見というものが、ジャーナリズムが基本的な機能を果たす上で、必須の要素だからだ。会見がオープンになれば、記者は政治家に何を聞いてもよくなる。厳しい質問をして政治家や党職員から嫌われても、オープンである以上、記者会見から排除される心配をしなくていいからだ。そのため記者会見が真剣勝負の場となる。

 夜討ち朝駆け等々、日本のメディア固有の密室談合に参加して、記事にできないインサイド情報をもらい、酒の席でそれを披瀝して悦に入るか、何でも聞けるし何でも書けるが、談合の輪には入れてもらえない記者となる道を選ぶかは、それぞれの記者の判断になる。要するに、オープンにすることでやっと記者会見が国際標準になるのだ。

 ところで、やや話が横道に逸れることをお許しいただければ、記者会見の開放をより実効性のあるものにするために、民主党にはもう1つやるべきことがある。それが、番記者懇談など会見以外の形で政治家と記者が日常的に接触する制度を廃止することだ。

 残念ながら、民主党はまだ党の主要幹部と記者クラブ加盟社の記者との間の番記者懇談を毎日のように実施している。せっかく記者会見をオープンにしても、そのような制度があれば、会見で厳しい質問をする記者や、党やその政治家に不都合な記事を書く記者に対しては、そうした一見非公式の形をとった(実は公式な)場から外すなど、懲罰的な処遇が可能となってしまう。

 本来、大臣や副大臣など行政の長となった政治家は公務員法に縛られるはずなので、そうした地位にある政治家が、行政の長として知り得た情報を特定の報道関係者を選別して提供する行為は、公務員法の守秘義務や中立性原則に反するものだ。

 日本の大手新聞社やテレビ局の記者が、夜討ち朝駆けこそがジャーナリズムの神髄であるかのようなことを得意顔で話すのをよく見かけるが、そもそも政治家や公務員が特定のメディアのみに公務員として知り得た情報を提供する行為は、他の国と同様、日本でも違法行為なのだ。

メディアの構造問題と「やれるものならやってみろ」
 
 記者クラブの開放を党代表が明言する一方、『民主党政策集INDEX2009』には、冒頭で挙げたように、クロスメディア(新聞社とテレビ局の系列化)の見直しや、日本版FCC(行政から独立した通信・放送委員会)の設立と総務省からの放送免許付与権限の剥奪、NHKの放送波の削減といった、メディアの世界における言わば「聖域」に踏み込んだ政策提言が続々と登場する。これらはいずれも自民党政権下では、ほとんど手つかずだった問題だ。

 筆者は日本のメディア業界がこうした構造的な問題を抱え、そのために国際競争力をつけることに失敗しているばかりか、ジャーナリズムの公共的な機能さえも果たせなくなっていることを、機会あるごとに指摘してきた(詳細については拙著『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』の第18章を参照されたい)。

 特に「記者クラブ」、「クロスオーナーシップ」(新聞とテレビの業際保有の英語表現。民主党は「クロスメディア」と表現しているが意味は同じ)、「再販売価格維持制度」(メーカーの定めた定価での販売を小売業者に義務付ける制度。日本では独占禁止法で原則禁止されているが、例外として新聞や書籍などに認められている)のメディア特権3点セットが、産業としての、そしてジャーナリズム機関としてのメディア業界をダメにしているとして、メディアの構造改革の必要性を訴えてきた。

 最近筆者はこれに、政府が放送免許を直接付与する制度を改めるための「日本版FCC=独立行政委員会」問題を加え、メディア構造問題4点セットとして、問題提起を行っている。

 政府が放送免許を直接付与している現在の制度は、どう考えてもおかしい。報道機関を兼ねる放送局にとって、政府は監視対象のはずだ。その政府から免許を頂いていては、ジャーナリズムの機能など最初から果たせるはずがない。

 しかも、日本では先進国の多くが規制をしているクロスオーナシップを認め、放送局利権を新聞社に与えてしまっている。そのため、本来であれば免許も不要で権力から自由であるはずの新聞社までが、政府に取り込まれる余地を自ら作ってしまっている。

 そもそも、放送局が総務省から割り当てられている電波は、国民の資産である。それを一行政機関にすぎない総務省が、誰に与えるべきかを勝手に決めているのもおかしい。そこで、市民の代表たる独立行政委員会を設置し、真に国民の利益に資する形で電波が利用されるよういろいろ工夫しようというわけだ。アメリカのFCC(連邦通信委員会)に見られるような独立行政委員会の形態については、ぜひ別の機会に詳報したい。

 新聞社が再販売価格維持制度を通じて政府の保護を受けていることも、新聞社の経営は大いに助けているが、その分日本のジャーナリズムを政治に対して脆弱にしている。先進国でいまだに新聞社を再販制度によって保護している国は、日本くらいのものである。

 もちろんクロスオーナーシップによって、一握りのメディア企業に力が集中し、結果的に新規参入が不可能になっているという問題もある。

 筆者は民主党のメディア改革に関する政策提言は、もう何年、いや何十年も前に行われていなければならなかった、当たり前過ぎるくらい当たり前のものにすぎないと考えている。むしろ、個人的にはまだまだ甘いと思っているくらいだ。

 しかし今のところ、改革対象となっている当の大手マスメディアは、民主党のメディア関連政策をほとんど黙殺し、良いとも悪いとも言っていない。ちょっと不気味である。「触らぬ神に祟りなし」なのか、決戦の狼煙があがるまでは力を温存しているのか。いやむしろ、「できるものならやってみろ」と、高を括っている可能性が濃厚だ。何せメディア利権というものは、過去半世紀にわたり、一度も脅かされたことのない、日本の最後にして最大の権益と言っても過言ではないほど、巨大な利権なのだ。

 その意味で民主党は、大変リスキーな政策を打ち出していると見ることもできる。なぜならば、この政策によって民主党政権は、強大な大手マスメディア全体を敵に回す可能性が大いにあるからだ。

メディアを敵に回すことのリスクをどう考えるか
 
 民主党が政権を獲得した際、マニフェストや政策集で公約した政策を実現していくためには、その過程で生じるさまざまな対立や摩擦を乗り越えていかなければならない。

 特にいろいろなところから財源を見つけてこなければならない最初の4年間は、おそらく既得権益剥がしの4年になるはずだ。それがどれほどの抵抗に遭うかは、想像に難くない。いや、きっと想像を絶するものになるだろう。小泉政権下における道路公団や郵政民営化騒ぎの際にも、また最近では内閣人事・行政管理局の局長人事でも、われわれは抵抗勢力の凄(すさ)まじさと強(したた)かさを目の当たりにしてきた。

 民主党の既得権益剥がしが本当に実現できるかどうかも、やはり小泉政権が1つのモデルを提示している。中身の評価はともかく、どんなに「抵抗勢力」の抵抗が激しかろうとも、世論の後押しを受けた政権が本気になれば、何だって為せば成るということを、小泉政権は身をもって証明したのではないだろうか。つまり、われわれ市民が民主党のチャレンジする政策をどこまでサポートするかに、その成否はかかっていることになる。

 しかし、である。その際に、マスメディア報道が市民に与える影響はかなり大きいのではないか。われわれの多くは、依然として、政治、経済、社会など世の中のあらゆるできごとに関する情報を、大手マスメディアから得ているはずだ。そうしたメディアの報じ方次第で、改革に抵抗する勢力が、既得権益に胡座をかいた腹黒い拝金主義者集団に見えることもあれば、逆に、誤った改革を阻止するために身を挺して戦う正義の味方に見えることもあるだろう。

 たとえば、明らかにムダの温床となっている特殊法人を、民主党政権が公約に則って廃止しようとしたとする。主要メディアが、その特殊法人が天下りの温床として、いかにこれまでムダを垂れ流してきたかを、実態を含めて詳しく報じれば、たとえ特殊法人側が激しく抵抗しようとも、多くの人は民主党の政策を最後まで支持するに違いない。

 しかし、逆に主要メディアが、その特殊法人が多少は意味のある活動もやっていた(どんなに無駄な事業でも、それがまったくなくなれば困る人は多少はいるものだ)という事実や、その特殊法人が解散させられることで、倒産の憂き目に遭う取引業者(何の罪もない下請けの清掃業者など)に焦点を当てたリポートなどを次々と流せば、次第に民主党への市民のサポートが細ってしまう可能性はないだろうか。

 ウェブを含めた多様なメディアから情報を入手できる時代になり、われわれの多くは大手マスメディアのデタラメな報道についてかなり見抜けるようになってきてはいる。しかし、もし主要メディア、つまり日本中の新聞社とテレビ局と通信社(主に地方紙に全国の記事を配信している共同通信社と時事通信社)が、こぞって民主党の改革に対してネガティブ・キャンペーンを張り始めたとしたら、はたしてわれわれはそれを見抜き、民主党の政策を支持し続けることができるだろうか。

 民主党が日本をよりオープンでフェアな社会に変えていく一環として、マスメディアを改革の対象としていることは、十分評価に値する。今日、日本が多くの問題をなかなか解決できない理由の少なくとも一端には、日本で真に公正で公共的なジャーナリズムが機能していないという事実があると筆者は考えている。おそらくその点には、多くの人が同意されるだろう。

 しかし、民主党政権が現実となった際の政策の成否が、主要メディアの報道に影響される面が少なからずあることもまた、否定できない事実だ。

 その意味で、民主党政権が、前門に改革に抵抗する既得権益勢力を抱えながら、後門にも大手マスメディアというもう1つの敵(既得権益勢力)を抱えなければならなくなる可能性があることを、心配せずにいられない。歴史を見ても、2正面作戦が失敗に終わることは少なくない。

 何にしてもまず、民主党政権では大手マスメディア自身が、主たる既得権益者として改革の対象となっているという重大な事実が、広く認識されることが必要だ。そうすれば、そのメディアが伝える報道内容に注意が必要になるという認識は、すぐに広まっていくはずだ。少なくとも現時点では、そうはなっていないように思う。

 特に民主党のメディア政策に関する報道を見るときは、それを報じている当人が改革の対象となっていることを、片時も忘れないでおいて欲しい。

2009年8月15日

毒なきは丈夫にあらず(無毒不丈夫) 魯迅

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆院議員)

 中国の文豪・魯迅は「私は自己の狭量はよく承知している。(権力に阿る学者、文化人など)その連中が私が書いたものによって嘔吐を催せば、私は愉快である」と書き残した。この「毒」とは、権力を恐れず、肺腑をえぐる、本質を鋭く衝いた批判、反逆心であろう。いわば、政治家、文人、ジャーナリストの原点である。

 8月12日の民主・自民両党党首の直接討論は、半分気の抜けたビールみたいなものだった。国を統治する能力のないことが明々白々の麻生総理が、冒頭発言で、起死回生のため、死力を振り絞って、大上段から振りおろした第一撃は「民主党との一番の違いは責任力だ」であった。攻めるべき鳩山代表としては、予想されたこの一撃を「民主党こそ責任力があり、麻生自民党は無責任力」と、切って捨てるもよし、麻生がたじたじとする一撃を浴びせた上で、自公政権の失政を追及し、持論を展開すべきであった。ところが、鳩山は「いろいろといいことも言っているのに、なぜ政権をとっていながら、そのことを果たしてこなかったのかが、一番の気がかりになるところだ」と応じてしまった。本来であれば一撃で麻生を倒すド迫力が必要なのに、世論調査で優位にたっている気の緩みからか、血みどろの権力闘争に、一歩身を退く性格のゆえか、勝者が敗軍の将に語りかける憐れみの言葉だった。
 今回の総選挙は、自民、公明が言うような単純な政策選択の選挙ではない。百数十年続いてきた「官僚主権=中央集権国家」を「真の国民主権=地方主権国家」に変革する無血・市民革命的選挙である。しかし、この党首討論を主宰した21世紀臨調や取材したマスコミには、そうした時代認識は希薄だった。いな、単なる政権交代ならともかく、「国のかたち」を変える政権交代に、本音では反対なのではないだろうかとさえ思えた。マニフェストの数字中心の政策論争であるならば、党首ではなく、幹事長、政調会長で十分である。

 私は1979年5月、英国の下院選挙――サッチャー保守党党首が労働党政権を破った歴史的な選挙――を視察した。保守党を支援する大会では「ドイツの移民労働者が、『イギリスはずっと不景気だ。働いても、年金はもらえない』と、わが国に愛想をつかして帰国した」など具体例をあげて労働党政府を痛烈に攻撃した。最後に、サッチャーが「かつては七つの海に君臨した大英帝国を日の沈む国にしたのは労働党だ。私は誇れる国に造り直す」と訴え、その気宇の壮大さ、迫力に、圧倒されてしまったことを鮮明に覚えている。
 1月21日未明、オバマ大統領の就任演説を聴き、私の脊髄に電流が走った。

▼政府が大きすぎるか小さすぎるか、ではなく、それが機能するかどうかだ。まっとうな賃金の仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳をもった隠退生活を各家庭が見つけられるよう政府が支援するのかどうかだ。

▼私たち公金をあつかう者は、賢明に支出し、悪弊を改め、外から見える形で仕事をするという、説明責任を求められる。それによってようやく、政府と国民との不可欠な信頼関係を再建することができる。

▼我々は信じる。古い憎悪はいつか過ぎ去ることを。種族的な境界は間もなく消え去ることを。世界がより小さくなるにつれて、共通の人間性が姿を現すことを。
 (以上の引用は「朝日新聞」の訳文)

 4月5日、オバマ大統領はプラハで「核兵器廃絶」の歴史的演説をした。

「多くの人々は、この最終破壊兵器を所有する世界で生きていくことを運命づけられている、という。この運命論は不倶戴天の敵である。核兵器の拡散が不可避的だ、と我々が信じ込んでしまえば、次には、我々が自身で核兵器の使用は不可避的だと信じることになる。21世紀では、いかなる場所においても「核の恐怖」から解き放たれて生きる権利を共に闘い取らなければならない。核兵器を使用した唯一の核大国として、アメリカ合衆国には行動する道義的責任がある。この目標(核兵器のない世界)への到達は容易ではない。私が生きている間ではないだろう。それは忍耐と継続が伴う。しかし、いまやわれわれもまた、世界は変えられないと我々に告げる声を無視しなければならない

 オバマ大統領の発言に対する日本政府・与党の反応は、あろうことか「日本はアメリカの核の傘で守ってもらえるのか」だった。麻生総理にいたっては、アメリカが核を先制使用することを期待しているのである。心根はさもしく、下司、下劣である。

 自民・公明とマスコミが執拗に「財源」にこだわるのは「霞ヶ関」の入れ知恵である。民主党のマニフェストは財源の裏づけのないバラマキだから日本を駄目にしてしまうという訳である。陰謀のようにしつらえられたマニフェストにかかわる数字ゴッコに眩惑されてはならない。政権交代し、補助金制度が廃止され、地方自治体に自由に使える交付金として移譲されることで最も打撃を受けるのは「霞ヶ関」である。地方をコントロールする術を失うことになるからだ。「霞ヶ関支配」の崩壊である。欧米では当たり前の農業者への「戸別所得保障」は、県、市、農協などを通じることなく、直接農家に支払われるので、農水省が農協などを通して農民を支配する構図が消滅する。それよりも「霞ヶ関」が恐れているのは、民主党政権が省庁に関係なく政策の優先順位にしたがって予算を付ける予算の全面組み替えである。「子供手当て」「農家の戸別所得保障」など重要公約の財源については全く心配ない。そのかわり、優先度の低いもの、無駄と認定されたものは、予算が大幅に削減されたり、凍結されたりするだろう。「霞ヶ関」が予算配分を通して関係業界に影響力を行使してきた官民癒着はズタズタにされる。年末に、業界、団体が大挙して各省庁をまわる予算陳情という世界に例を見ない珍妙な定例行事はなくなる。亀井静香が建設大臣のとき、「陳情」などという用語を使うのはやめようと言ったことがある。10年も前のことであった。そしてこの秋、国のかたちは一変する。

 マニフェストは重要だが、「本当に出来るのか」という庶民の不信を払拭するのは党首力である。鳩山由紀夫の祖父・一郎に「傲骨虚心」という扁額がある。「傲骨」とは「意志が強く、容易に自分の主義主張をまげないの意で、気骨のある男を傲(硬)骨漢」をいう。彼は戦前・戦中、軍部・極右政権の弾圧に屈せず、戦後、アメリカの庇護の下にあった日本の総理大臣でありながら、アメリカの不倶戴天の敵、社会主義陣営の盟主・ソ連と国交回復をやってのけた自由主義者である。鳩山一郎の理念「友愛」はフランス革命の「自由、平等、博愛」の「博愛」に由来するという。この「博愛」は人民の血によってあがなわれたものだ。一郎の「友愛」には軍部、極右と闘った凄みと優しさがある。三代目・由紀夫の「友愛」は、いったいなにを意味するのか、不透明である。

 今日は8月15日。私は戦争の悲惨さを、肌で体験した最後の世代である。日本が世界の安定と平和のためになにができるのか、真剣に考える日である。インド洋で、「無料のガソリンスタンド」を提供してアメリカに喜ばれるのが、世界の安全に寄与することだと思い込むのでなく、アフガンの民衆の生活を立て直し、守る、大掛かりな対策を講じることによって、テロを撲滅する方策を追求すべきだと思う。
 外交・安全保障政策には継続性が大事だと、麻生総理は言う。これは、半分は正しく、半分は間違っている。日米安保体制の根幹維持は政権が交代しても継続すべきである。しかし、日米地位協定の改定など具体的展開は、大胆に変えていい。小沢一郎が主張する「日米・日中正三角形外交」は外交政策の大転換である。国際情勢は大きく変わろうとしている。「核兵器廃絶」「北朝鮮の非核化」のための国家戦略を構築すべきだ。自公政権の骨の髄まで染みついているアメリカの政治的植民地的体質を継続することは「誇り高き日本人 二見伸明」としては我慢ならない。

 *    *    *    *    *    *    *

※見出しの「毒なきは丈夫にあらず(無毒不丈夫)は、若い頃に読んだ魯迅の文章にあったと記憶しているが、記憶の間違いということもある。本サイトをご覧の碩学のかたに、魯迅の表現かどうか、そうであれば魯迅のどの文章にでてくるかについてご教示をいただきたい。記憶の間違いであれば、誰の文言であるかについてご教示いただければ幸甚である。

line_gray.jpg
【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

宮台真司:「まかせる政治」から「引き受ける政治」へ

 ビデオニュースでおなじみの宮台真司さん(首都大学東京教授)が、8月30日の総選挙について語ります!(チーム「GoGo選挙」提供)

【Movie 1】社会に対して本当に必要な投資を行ってくれる国家をいかにつくるか

【Movie 2】民主党が行うべきことは情報公開だ!
http://www.youtube.com/watch?v=gRqCpHrYoOY

【Movie 3】 みんなで決めても正しい結論が出るわけではない!?
http://www.youtube.com/watch?v=8Qnm_IbVD3o

【Movie 4】日本の未来の鍵は「まかせる政治から、引き受ける政治へ」
http://www.youtube.com/watch?v=urAwaKByLSM

2009年8月13日

鈴木亘:社会保障分野の民主党・自民党マニュフェストを考える

■民主党・自民党マニュフェストを比較する
 
 遅れていた自民党のマニュフェストがようやく公表され、民主党、自民党、その他各党のマニュフェストが出揃った。既に、新聞やテレビではマニュフェスト比較が行なわれ、各党とも盛んにお互いのマニュフェストを批判し合っているところである。このうち、今回の衆院選のメインテーマの一つである社会保障分野について、民主党と自民党はそれぞれどのようなマニュフェストをつくり、どのように評価できるのだろうか。考えてみたい。

 まず、両党のマニュフェストの特徴を見てゆこう。民主党のマニュフェストの目玉はなんといっても、子ども一人当たり月額2万6千円という「子ども手当て」である。出産一時金55万円への増額を含め、5.5兆円の財源を必要とするとしている。また、介護人材不足対策についても、介護報酬を7%引き上げ、ヘルパー給与を月額4万円増額するとしており、かなり思い切った内容である。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」で

2009年8月12日

本日12日(水)16:30〜麻生vs鳩山のガチンコ党首討論

touron080912.jpg

m(__)m m(__)m m(__)m m(__)m m(__)m m(__)m

通信不可でした...。

後日、ダイジェストで掲載予定です。

──────────────────────────────

現在、会場にて通信環境を確保していますが、配信できるほどの通信環境を得るのはたいへん難しい状況にあります。

誠に恐縮ではございますが、4時30分になってもこのページで放送が開始されない場合は、

http://allatanys.jp/

...で生中継が行われておりますので、こちらでご覧ください。

何卒よろしくお願いいたします。

──────────────────────────────

麻生太郎首相と鳩山由紀夫民主党代表による一対一のガチンコ党首討論が、12日に都内のホテルで開催されます。

そこで、《THE JOURNAL》では総選挙の帰趨を決定する可能性のあるこの討論会を生中継します!

・・・とはいうものの、当日になってみないと通信環境などの詳細が把握できず、どうしても中継が不可能な場合は録画放送に切り替える可能性もあります。

その際はあしからずご了承くださいませm(__)m

討論会の生放送は、12日(水)の16:30〜18:00にこのページで実施する予定です。

みなさん、ぜひご覧ください!!

注目選挙区レポート!【東京12区】太田昭宏×青木愛

election2009_ota_aoki.jpg

 自民党大物議員が軒並み落選危機に陥っていることが各メディアでさかんに報じられるなか、東京12区の太田昭宏(おおた・あきひろ)公明党代表も剣が峰に立たされている。

election2009_aoki1.jpg

election2009_aoki2.jpg

 それもそのはずである。太田氏に対抗するのは、小沢一郎代表代行の秘蔵っ子で、07年の参議院選比例区で驚愕の29万票(全国3位、石井一副代表より得票が多かった!)を得て当選した青木愛(あおき・あい)参院議員だからだ。青木陣営には選挙のプロである小沢軍団が動員されていて、知名度を飛躍的に向上させるための「ポスター爆弾」なるポスター大量貼り付け作戦をすでに実行している。気が付けば東京12区には青木氏の顔があふれている。

■青木愛ポスター爆弾に公明党太田代表マッ青(日刊ゲンダイ)
■大注目!夏の参院選マドンナ候補はこの2人!!(こもんず特捜隊)

 小沢氏は7月24日の青木氏の出馬会見に同席した際に「(太田氏は)そんなに強い候補だと思いません」と語った。もちろん、これにはちゃんとした裏付けがある。太田氏は05年の郵政選挙では小泉旋風の追い風を受けて民主候補の藤田幸久氏に3万票以上の差をつけて完勝したものの、実は、03年の総選挙では約3600票差まで追い詰められていた。実績と経験のある太田氏が苦戦するのは、選挙区内には反創価学会感情のある自民党支持者や無党派層が多数存在し、その人たちの投票行動が当落に大きな影響を及ぼすからだと言われている。

■青木愛氏 男性中心に急速支持拡大中!(スポーツニッポン)

 また、青木氏への追い風として、前回郵政造反組として出馬して4万票を獲得した八代英太氏が、今回は北海道で新党大地の比例代表として出馬することが決定したことも大きい。その八代氏は青木氏を全面支援することを明言している。

 青木氏の課題は、短い期間の選挙運動中に小沢直伝のドブ板選挙で、素朴なあっけらかんとしたキャラクターをどこまで有権者に浸透できるかだろう。激戦になることは必至だが、関係者の間でも「大金星をあげる可能性のある選挙区」として注目されている。

line_gray.jpg

 他の注目選挙区もまだまだ取り上げますので、読者の皆様、特に“地元選挙区の方々”からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

東京12区(北区、足立区の一部)の立候補予定者
太田昭宏(おおた・あきひろ)63 公明 前職 衆院議員5期
青木 愛(あおき・あい)  44 民主 元職 参院議員、元衆院議員
池内沙織(いけうち・さおり)26 共産 新人
饗庭直道(あえば・じきどう)42 幸福 新人
小田々豊(おだた・ゆたか) 54 無所属 新人

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

○前回(2005年第44回衆議院議員選挙)
有権者数:386,113人 投票者数:261,785人 投票率:67.8%

太田昭宏(おおた・あきひろ、公明)109,636 ── 41.9% 当選
藤田幸久(ふじた・ゆきひさ、民主) 73,943 ── 28.2%
八代英太(やしろ・えいた、無所属)44,279 ── 16.9%
野々山研(ののやま・けん、共産)26,068 ── 10.0%

○前々回(2003年第43回衆議院議員選挙)
有権者数 :383,127人  投票者数:233,626人 投票率:60.98%

太田昭宏(おおた・あきひろ、公明)98,700  ── 42.2% 当選
藤田幸久(ふじた・ゆきひさ、民主)95,110 ── 40.7% 復活当選
山岸光夫(やまぎし・みつお、共産)26,068 ── 12.9%

2009年8月10日

注目選挙区レポート!【石川2区】森喜朗×田中美絵子

election2009_mori.jpg

 連続14回目の当選を目指す自民党森喜朗(もり・よしろう)元首相。その強固な地盤から石川2区は「森王国」とも称される。ふだん、森氏は地元選挙区にはあまり顔を見せないと言われるが、最近では県内での活動も目立ち、先週末も地元民の前に積極的に顔を出している。

■8月7日金沢市、県政懇談会にて民主党を批判(毎日.jp)
■8月8日小松市、民主党マニフェストは「毛針」(スポーツニッポン)

 その「森王国」に挑むのは民主党の新人である田中美絵子(たなか・みえこ)候補。民主党への追い風のきっかけとなった名古屋市長選の河村たかし氏の議員秘書をしていた田中氏は、街頭演説や戸別訪問、そして河村氏譲りの自転車遊説と地道な活動を展開している。

tanaka_chirashi1.jpg

tanaka_chirashi2.jpg

■ママチャリ街宣定着(中日新聞)
■40年無敗の"森王国"も危機感 支持者に「田中氏と握手しないで」(スポーツ報知)

tanaka210814.jpg

 8月14日に小松で行われた街頭演説には民主党参議院議員:蓮舫(れんほう)氏が駆けつけました。上の写真は「事務局からのお知らせ」を見て演説に参加した《THE JOURNAL》読者から投稿されたものです。

tanaka4.jpg

 8月11日、小松市内で街頭演説をする田中氏。

tanaka6.jpg

 その後連合小松が主催する集会に参加。愛知県選出の谷岡郁子(たにおか・くにこ)参議院議員も駆けつけた、

tanaka3.jpg

 追い風を受ける田中氏は森氏の牙城を切り崩すことが出来るのか!?

 激戦が予想される石川2区については、編集部でも現地に入り、引き続き追加レポートをお届けします。

 他の注目選挙区もこれから取り上げますので、読者の皆様、特に"地元選挙区の方々"からのリアルな情報をお待ちしております。

 候補者の選挙活動に遭遇されたら、是非「写メ」等をinfo@the-journal.jp宛に送ってくいださい。(下のQRコードを携帯のバーコードリーダーで読み込んでいただくと、簡単にアドレス登録できます)

election_qr.jpg

可能な限り掲載させていただきます!(写真には説明も付けていただけるとなお嬉しいです)

line_gray.jpg

森喜朗(もり・よしろう)
1937年生まれ。早稲田大学商学部卒。1969年衆院選で初当選。通商産業相、建設相、自民党幹事長を経て2000年に総理大臣になるも翌年辞任。

田中美絵子(たなか・みえこ)
1975年生まれ。帝京女子短大、明治大政経学部卒。会社員、ツアーコンダクターを経験後、平田健二(ひらた・けんじ)議員秘書、河村たかし(かわむら・たかし)議員秘書を経て今回出馬。

line_gray.jpg

石川2区の立候補予定者
森喜朗   72 元首相(連続13回当選) 自民
田中美絵子 33 元河村たかし秘書    民主新人
宮元智   49 幸福県副代表      緒派新人

line_gray.jpg

過去の選挙結果(右端の数値は、全投票数に占める得票の割合)

前回(2005年第44回衆議院議員選挙)
有権者数 :314,239人 投票者数:230,315人 投票率:73.29%

森 喜朗(もり・よしろう、68、自民)129,785 ── 56.4%
一川保夫(いちかわ・やすお、63、民主)83,905 ── 31.4%
西村祐士(にしむら・ひろし、50、共産)11,515 ── 5.0%

前々回(2003年第43回衆議院議員選挙)
有権者数 : 311,564人 投票者数 : 210,585人 投票率 : 67.59%

森 喜朗(もり・よしろう、66、自民)114,541 ── 54.3%
一川保夫(いちかわ・やすお、61、民主)82,069 ── 39.0%
西村祐士(にしむら・ひろし、49、共産)9,342 ── 4.4%

「地域主権」こそ財政再建の決め手となる!──原点は松下幸之助の「無税国家」構想

takanoron.png 全国知事会が7日、自民・公明・民主3党代表を招いて各党の分権改革構想について公開討論会を開き、さらにそれを踏まえて翌日に各党マニフェストへの採点簿を発表したのは、まことに画期的な試みで、本来であれば、知事会に限らずさまざまな地域・経済・業界・職能・労働団体やNPO連合などが自分らの主要な政策的関心事についてこのような討論会を開いたり採点簿を公表したりして、参加の構成員はじめ世論に対して政権選択のための具体的な判断材料を提供するというのが、「政権交代のある政治風土」を涵養する上で不可欠のインフラの1つである。例えば米国では、労組が選挙のたびごとに、自分らに直接的に利害関係のある法律や間接的に関心がある法律について、(米国では原則として党議拘束がないので)上院6年、下院2年の任期中の全議員の投票態度を○×で一覧表にして全組合員に配付したりするし、さまざまの団体が似たようなことをするが、日本では、日本青年会議所が各地で全候補者を招いた討論会を開く努力を重ねて来たのを例外として、そのような政治文化はまだ形成されていない。

 その点では知事会の試みは評価されるべきであるけれども、中身となると結構お粗末で、そもそも、前稿で指摘した「地方分権」と「地域主権」の区別も定かならぬまま「地方分権型の国家像の明示」度を評価したり、それと大いに関連することだが、「地方消費税の充実」「地方交付税の増額」など地方財源の確保について不当とも言える高い評価を自民党案に与えたりしている。このことは、知事たち自身が、現行の中央集権国家が今後も続くという前提に立って地方の取り分を増やして欲しいと思っている発想から抜け出ていないことの現れである。また、この会議をリードした橋下徹=大阪府知事が特にこだわった、分権をめぐる「国と地方の協議機関設置」の明文化などはくだらない問題で、それで民主党がオタオタして急にマニフェストに書き加えることになったのは、なおさらくだらない。「地域主権国家に転換するのに、地方と緊密に議論するのは当たり前で、当たり前すぎるからマニフェストには書いていないだけだ」くらい言っておけばいいのである。

 知事会も「協議機関の設置」程度で満足するのでなく、むしろ新党日本がマニフェストの第1章「行政・財政改革」の「提案3」の中で言っているように、「参議院議員は全国比例区選出、並びに中央vs地方の不毛な二項対立を解消すべく、フランス等に倣って47都道府県と18政令指定都市の首長が兼務する構成に改める」という主張を積極的に評価して、フランス型(下院と全地方議員による間接選挙)かドイツ型(州政府による任命)か米国型(各州2名の直接選挙)かはともかく、「参議院を地方の意思を反映する場に根本的に変革しろ」くらいのことを言えばよかった。

●起点は『日本再編計画』

 さて、地方分権構想の歴史は古いが、今日問題の焦点となりつつある「地域主権」という言葉を明確に提起し、それを「中央集権」に置き換えられるべき対立概念と位置づけたその起点は、斎藤精一郎責任監修『日本再編計画』(96年、PHP研究所)である。

 国民が重税に喘いでいるにもかかわらず財政赤字がますます増大し、急激な高齢化に伴う社会保障費の負担もどこまで高まるのか見当もつかない中で、このままでは日本が国家破綻に突き進んでいくことは避けられない。これを回避して社会に創造性と多様性に満ちたダイナミズムを取り戻す「賢者の道」は1つだけ残されていて、それは「地域主権」型行財政構造への転換である——としたこの斎藤プランは、当時政界にも大きな波紋を呼び、94年12月に結成されて1年半余りだった小沢=新進党も、96年9月に結成されたばかりの旧民主党も、これを大いに重視した。

 96年10月の総選挙で、新進党は突如として「消費税は3%に据え置き、所得税・住民税を半減して来年度から18兆円の減税を実施する」というマニフェスト(これが日本初の政党マニフェスト!)を掲げて人々を驚かせたが、これは実は、斎藤プランが97年度から地域主権国家に転換した場合「2000年には早くも18兆円の支出削減が可能」としていたことにヒントを得て打ち出したものだった。斎藤プランでさえ、一種の机上の空論であったものを、しかもいきなり来年度から巨額減税が実施可能であるかに言うのは、拙速というより粗暴で、これが一因となって同党は伸び悩んで「政権奪還」の目標を果たせなかったばかりか、その直後から党運営を巡るゴタゴタが始まって四分五裂に陥っていった。他方、旧民主党は初の総選挙となったこの選挙で52議席を確保する善戦で、その直後に熱海で開いた当選議員総結集の政策合宿で、第1番目の講師に斎藤を招いた。

 ことほど左様に、斎藤プランは、新進党から後に自由党を経て民主党に合流した小沢を含めて、今日の民主党が総意として「地域主権国家への転換」を掲げるに至る起点をなしていたのである。

 因みに、この斎藤プランづくりのプロジェクトを取り仕切ったのが、当時はPHPの副社長だった江口克彦で、同プロジェクトの終了後も、『地域主権論/関西独立のすすめ』(96年)、『脱中央集権国家論』(02年)、『地域主権型道州制』(07年)、『日本を元気にする地域主権』(前原誠司ら民主党議員との地域主権研究会の討論のまとめ、08年)、『国民を元気にする国のかたち』(08年)、『地域主権型道州制がよくわかる本』(09年)などを精力的に出版、このテーマに関する伝道師の役目を果たしている。ただし、斎藤プランでは「12州257府(基礎自治体)」に再編するものの「州はあまり強い権能を持ちえず、広域的な公共事業、危機管理、警察などの仕事に限られるとしていたが、江口はその後次第に強く「道州制」を主張するようになってきたようだ。

●松下幸之助の“遺言”

 斎藤プロジェクトは正式には「『無税国家』研究プロジェクト」と名付けられていた。「『無税国家』とは20年以上も前に、故松下幸之助が提案したアイディアである。このアイディアをひとつのベースに、これからの日本の目指す国家像を検討してきた。そして、大胆な国家の再編によって生み出した資金を、基金として積み立てるという、いままでの国家運営にはない発想を編み出した。それが『日本再建計画』である」(同書まえがき)。

 松下はそのアイディアをいろいろな形で語ったようだが、同書に参考資料として再録されている79年11月読売国際経済懇話会での講演「私の無税国家論」では、要旨次のように言っている。

▼今、高率の税金で非常に国民は苦しんでいて、にもかかわらず政府は財政窮迫して赤字国債を発行して国費に充てているという非常に前途暗澹たる状態である。それでは困るので、今から120年という期間をとって、まずその研究準備に入り、21世紀の初めから無税国家への道を歩んでいきたい。
▼日本では、国家予算は全部使い切りだが、これを、原則として予算の1割は余らせて、それを年々積み立てていく。明治の初年からそうしておったならば、今日まで110年間に、今日の貨幣価値にして500兆円前後もの積立金が出来て、それを年5分で運用するとそこから25兆円、本年度の国家予算の約6割に相当する余剰金が出て、税金はもうあまり要らないということになる。もしそれが1000兆円であれば50兆円が浮き、本年度予算の36兆円は全部利子収入によって賄うことが出来る。
▼今は、(企業や個人が)儲けてもかなりの大部分が税金になってしまう。しかし、なんぼ儲けても税金が要らないということになれば、これは面白いということで、大いに働くだろう。そういう1つの目標を立てそれに邁進していくことを、政治の各面に注入して、成果をあげるようにもっていくと考えたらどうか……。

 ここにはもちろん「地方分権」も「地域主権」も出て来ない。松下が89年に亡くなって後、彼の秘蔵っ子だった江口がこの“遺言”を本当に実現可能にする鍵は地域主権への転換ではないかとの想定の下、主査の斎藤はじめ本間正明(大阪大学教授)、曽根泰教(慶応大学教授)ら10人の経済・行政・財政・税制の専門家を集めて93年1月にこのプロジェクトを発足させ、3年半をかけて出版にこぎ着けたのだった。

 松下の原初アイディアはいささか突拍子もないものと映るし、斎藤らのプランも机上シミュレーションの域を出ないが、問題はその細部を突き回すことではなく、「地域主権(国家)」という言葉が最初に広く知られるようになった出立の時から、財政再建というにとどまらず、さらにその先、限りなく無税に近づいて行きながら財政を豊かにし経済と地方を元気にしていくための決め手となる逆転の発想として打ち出されてきたものであることを、しっかりと認識することである。マスコミがこのことを知らないのは仕方がないとして、最近なり立ての政治家や知事もそこまで勉強が行き届かず、さらに当の民主党もそこをきちんと説明しきれないまま、皆が皆、一知半解のような状態で議論しているのは非生産的と言うしかない。

 この考え方を独自に発展させたものとして、前志木市長で現在はNPO「地方自立政策研究所」を主宰する穂坂邦夫らの『地方自治自立へのシナリオ』(08年、東洋経済新報社)がある。埼玉県と草加市をモデルとしてとの全事業を吟味して仕分けし、その結果を全国に適用したところ、総額で地方財政全体の規模83兆円のうち17%に当たる14兆円を削減できることが明らかになった。国の事務事業については「予算委員会にも具体的な予算資料が提出されていないため……同様の仕分けができませんでしたが」地方分の削減額に対応させると「少なくとも9兆円ぐらいが国にも削減余地はありそう」で、「そうすると少なくとも地方と国を合わせた削減可能額は22〜23兆円になるのではないでしょうか」(江口・前原『日本を元気にする地域主権』での穂坂の発言)。

 地域主権国家への転換によって、斎藤プランでは年30兆円、穂坂試算では22〜23兆円が削減可能で、穂坂によれば「こうした視点から抜本改革を進めるには、やはり政権交代をするしかない」。逆に、民主党の立場からすれば、地域主権国家への転換に踏み切れさえすれば財源などいくらでもあるのであって、中央集権国家が続くという前提での個々の政策への財源対策などどうにでもなることだと言い切ればいいのである。小沢も鳩山も菅もそこが基本的には分かっているが、クソ真面目な岡田が分かっていなくて、財源政策を詰めないととか思っているのがまことにまずい。

-----------------------------------------------------------------
《参考・斎藤「地域主権」プランの概略》
『日本再編計画』はもはや絶版なので、参考までにその要点をまとめておく。繰り返すが、その細部ではなく、国家像を考える発想の仕方を学ぶことが地域主権論の入門編となる。

【地域主権の3原則】
(1)住民と行政との距離を近づける——住民になるべく近い単位に意思決定の中心を置く。新たに誕生する257の府(基礎自治体)が住民に身近な行政を独自に展開できる姿を目指す。州は広域行政にかかわる仕事のみに特化し、あくまで府の自主的運営を側面から補助する役割に徹する。「限りなく一層制に近い二層制」を指向する。
(2)税金を通じた住民参加と選択——「行政主導」ではなく「住民主役」の行政制度を作る。地域が税率や税目、行政サービスの内容や水準をメニュー化し、住民がそれおを比較・選択することが望ましい。
(3)行政の意欲と活力の向上——国が補助金(アメ)と機関委任事務(ムチ)を使って地域を管理している構造を断ち切り、地域が自主性と自己責任にもとづいて行政運営を行っていく構造に変えていく。

【国の4つの役割と5庁制】
国民生活への過剰な介入を行う「大きく、複雑で、愚かな」国から、国民全体の利益に関わる分野や、高度な政治的判断が求められる分野以外は一切関与しない「小さく、簡素で、賢明な」国へと方向転換していく。具体的には次の4つの役割となる。
(1)外交・防衛(国際公共財の提供)
(2)医療・年金(国民基盤サービス)
(3)ルール設定・監視(検察・裁判所の運営管理、消費者保護や金融システム維持を含む)
(4)調査・高等学術研究

これらの機能を担うのは、法務庁、対外関係庁、歳入庁、生活環境庁、総合行政庁の5庁で、総合行政庁は防衛庁を含む各種委員会を統括する。

【12州の創設】
現行の都道府県を再編し、新たに10州プラス2特別州を創設する。州は府の後見役として府単独では出来ない仕事や広域に及ぶ仕事、具体的には公共事業、危機管理、警察などの行政事項のみ担当する。したがって、州はあまり強い権限は持ち得ない。

【首相公選制】
国の政治制度は、総理大臣を直接選挙で選ぶ「首相公選制」を採用する。衆議院は将来的には府を1小選挙区として定数257とする。参議院は州を選挙ブロックとして各4名を選出し(定数48)国政に対して州の意向を反映させる。

【税源体系の改革】
所得税・個人住民税の3分の2、固定資産税は「府税」、法人税・法人住民税・法人事業税、消費税は「州税」、所得税・個人住民税の3分の1、相続税、たばこ・酒税、関税は「国税」とする。これによって国と地方の税源配分は現在の6:4から2:8に転換する。不可避的に生じる過度の地域間格差は、国が財源を保障する「垂直的調整」ではなく、州相互が助け合うドイツ型の「水平的調整」のメカニズムによって是正する。

【歳出30兆円削減】
国レベルでは、産業振興費廃止、郵政など民営化効果、行革効果、事務移転などで(制度革新後10年後に)20兆円、地方レベルでは、市町村再編効果、産業振興費廃止、財政調整、事務移転などで10兆円、計年々30兆円の支出を削減し、その余剰金を「21世紀活力基金」として積み立て、その蓄積と運用益を以て増税に代わる福祉財源、公債の返済、活力維持のための減税に利用する。2020年には所得税ゼロも可能になる。▲

2009年8月 9日

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第4回>「理念」を掲げれば票が減る?人気優先マニフェスト選挙のジレンマ

 マニフェスト選挙が、単なる「ショッピングリスト(買い物リスト)選挙」に成り下がってしまっている。このままでは政権選択選挙というよりも、「子ども手当選挙」だったり、「農業者戸別所得補償選挙」や「高速道路無料選挙」になってしまいそうだ。

 筆者が本連載の第1回目から指摘しているように、民主党の政策にはかなりはっきりとした理念的裏付けがある。それがこれまでの日本の政治との大きな違いだと筆者は思っているし、その理念を掲げた政党が政権の座につくことがあれば、政権交代はさらに大きな意味を持ったものになると考えている。

 その意味で、今回の民主党のマニフェストには、どうしても不満を禁じ得ない。発表されたマニフェストはよく練られてはいるのだが、結局、政策が羅列してあるだけで、これを読めば民主党が日本をどう変えようとしているかが誰にでもわかるような内容にはなっていない。もっとも、そうなることが予測できたからこそ、『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』<という本を刊行し、本連載も書いているのだと言えばそれまでなのだが。

この際だからマニフェストの問題点を語ろう

 筆者は民主党の結党以来、その政策に関心を持ち、取材を続けてきた。民主党の政策については、現在のポジションのみならず、そこに至る経緯や背景も、それなりに理解しているつもりだ。その筆者から見て、今回の同党のマニフェストは、予想どおりとは言え、やはり物足りないものだった。

 1つお断りしておくが、財源問題などを取り上げて、民主党のマニフェストに挙げられた個別の政策を叩くことが、ここでの私の真意ではない。私が批判したいのは民主党の政策ではなく、マニフェストのあり方そのものだ。今回のマニフェストでは、民主党の政策の背後にある理念や哲学が十分に伝わらないばかりか、民主党政権がどのような政権になるかについて、誤解を生みかねないからだ。

 その背後には、現在の日本のマニフェスト選挙の限界がある。民主党は意図的に、自分たちの主張や理念を前面に出さないマニフェストを作成したのかもしれない。なぜならば、今の日本では、マニフェスト本来の目的である政党の理念や哲学を前面に出すと、むしろ選挙で不利になる可能性が大きいからだ。そこにこそ、現在の日本のマニフェスト選挙が内包する本質的な問題がある。

政権政党はマニフェストに書いてあることしかやらないわけではない

 そもそもマニフェスト(manifesto)はイタリア語の「宣言」「宣言書」を意味する言葉だ。『共産党宣言』(The Communist Manifesto)がその好例だろう。今回問題にするマニフェストは選挙用のマニフェストなので、「政治宣言」である必要がある。言うまでもないが、単に個別の政策を羅列しただけでは、何かを宣言したことにはならない。宣言とは、そうした個別の政策を通じて、その政党がどんな国をつくり、どのような方向に国を導いていくかという理念や哲学を明らかにすることだ。

 しかし、民主党に限ったことではないが、現在の日本の政党のマニフェストは、有権者に受けのいい政策だけを羅列した「政党の選挙用広報資料」に成り下がってしまっている。

 単なる政策集としてのマニフェストには、実はそれほど意味がない。なぜならば、政党はマニフェストに書いてある政策しか実行しないわけではないからだ。たしかにマニフェストに書かれた政策は政権公約として優先的に実行されるだろうし、実現できなければ、無論、政治責任が生じる。

 しかし、だからといって、マニフェストに書いてあることしか我々はやりませんとは、どこにも書いてないし、誰もそんなことは言っていない。ということは、その政党が政権を取ったときにどんな政策が実行されるかは、実はマニフェストだけを見てもわからないことになる。

 もし民主党が政権を取れば、マニフェストに書かれたもの以外にも、いろいろな政策が実行されることになるだろう。それは、これまで民主党が主張してきた政策や提出してきた法案が物語っている。政権を取った瞬間に、これまでの主張をすべてご破算にして、まったく新しい政党としてやり直しますなどということがまかり通るはずがない。

 そして、民主党のマニフェストの問題は、むしろそこに書かれていない政策のなかに、同党の哲学や理念を色濃く反映する政策がたくさん含まれていることだと筆者は考えている。つまり、今回のマニフェストは民主党の理念や哲学を代表していないばかりか、むしろ誤った印象を与える可能性さえあるというのが筆者の懸念なのだ。

 ここ何年かの間に民主党が国会に提出した法案や、主要幹部ならびに政策担当者の発言などを通じて主張してきた主な政策のうち、マニフェストから外れたものをざっと挙げただけでも、以下のようなものがある。

・選択的夫婦別姓の導入
・婚外子の相続差別撤廃
・国民全員が確定申告をする新しい税制
・学習指導要領や教科書検定を事実上廃止
・靖国神社に代わる国立戦没者追悼施設の設置
・戦争責任の明確化
・メディアのクロスオーナーシップ(新聞社によるテレビ局保有)の見直し
・放送免許の付与権限を総務省から離し、新設される独立行政委員会(日本版FCC)がその権限を持つ
・政府記者会見の記者クラブ非加盟メディアへの開放
・成人年齢の18歳への引き下げ(投票権を含む)

 意外に思われた方も多いかもしれないが、これらはいずれも、民主党が近年法案提出などを通じて推進してきた政策だ。そのほとんどが、マニフェストの元になった党の政策集『民主党政策集INDEX2009』など、党が公開している政策集には明記されている。

 要するに、マニフェストには入れない──つまり選挙用のウリにはしないし、政権公約ともしないが、民主党が主張してきた政策がかなりあるわけだ。そして政権を取ったら、いよいよその実行に向けて動き出す段階にあるといえよう。

 これらの政策には国民生活に大きく影響するものや、一般市民の関心が高いと思われるものも多い。そして、何よりもこれらは党の理念や方向性を明確に示している。問題は、なぜこれらの政策をマニフェストから外さなければならないのか、だ。

都合のよい部分だけ抜き出しても政権の姿は見えてこない

 選挙は実に難しい。民主党の政策パッケージ全体を見ると、ここに挙げた政策も含め、かなり明確な路線が見えてくる。しかし、それを明確に打ち出すと選挙では不利になると考えられているため、民主党は路線や理念が前面に出てくるタイプの政策は極力マニフェストから外し、給付などで受益者が多く、国民受けのいい政策を主に入れてきているのだ。

 それはそれで選挙対策としては当然あり得る戦術だろう。しかし問題は、マニフェストが必ずしも民主党の理念を代表する政策をピックアップしたものになっていないため、結果的に民主党政権下の日本の姿が有権者から見えにくくなってしまったり、政党のアイデンティティが誤解されてしまったりすることだ。

 たとえば、マニフェストに含まれた子ども手当だの農業者戸別所得補償だのといった給付政策には注目が集まるが、それがどのような理念に基づいて実施される政策であるかが見えないため、単なるバラマキの印象を与えてしまっている。筆者に取材を申し入れてくる記者の多くも、「子ども手当は単なるバラマキ政策ではないのか?」との質問を向けてくる。

 子ども1人当たり毎月2万6000円が世帯所得に関係なく無条件で支給される子ども手当は、多くの家庭にとって大ごとであることは間違いない。いろいろなメディアが取り上げるのも無理からぬことだろう。しかし、この子ども手当も、民主党の政策パッケージ全体の枠組みのなかに位置づけると、少し違って見えてくるはずだ。

 民主党は、生殖医療への保険適用拡大から出産費用の補助拡大、そして中学卒業までは月額2万6000円の子ども手当、高校は公立高校の無償化、大学は生活費までカバーできる奨学金の大幅拡充といった一連の政策を用意している。つまり、生まれてから(正確には生まれる前から)大学卒業に至るまで、日本に生まれた子どもが高等教育を受けるところまでを政府の責任と位置づけ、本人にその気さえあれば、面倒を見ることを保障しているのだ。かつて社会保障大国だったイギリスが「ゆりかごから墓場まで」と言われたことがあったが、民主党はゆりかごよりもさらに遡り、「人工授精から大学卒業まで」をある程度まで国の責任で面倒見ようと言っているわけだ。

 生殖医療については、不妊治療やライフスタイルの多様化による高齢出産が増えていることを踏まえた施策だし、出産費用も現行の35万円ではカバーしきれないため、経済的負担ゆえに子どもをつくらない家庭が増えていることを踏まえてさらに20万円上乗せするという。ゼロ歳から15歳の中学卒業までは1人当たり月額2万6000円の子ども手当で手厚く子育てを支援し、高校は経済的な理由から高校進学を断念しなければならない子どもが1人も出ないように公立高校を無償化(私立の場合も学費を一部支援)、大学も同じく経済的な理由で進学を諦める子どもを出さないように奨学金を大幅拡充する。

 さらにたどっていけば、民主党は子育てに父親が参加しやすくするように、仕事と市民生活のバランスを重んじるワーク・ライフ・バランスや父親の育児休暇取得を促す(当初は義務づけるという話まであったがトーンダウンした)「パパ・クォータ」といった制度の導入まで提唱し、それに関連した施策も次々と打ち出してきた。

 あるいは、これもまたマニフェストからは外れたが、結婚で多くの女性が苗字を変えなければならない(日本では妻が夫の姓に変更するのが婚姻カップル全体の96%)ことのディメリットを最小化するための選択的夫婦別姓制度や、事実婚を容易にする非嫡出子の相続差別撤廃など、民法の改正にまで踏み込んでいるのが民主党なのだ。

 ここまで読めば、民主党の政策に通底する何らかの理念を多くの人が感じるだろうし、そのなかに位置付けられた子ども手当をただのバラマキ政策だととらえる人もかなり減るのではないか。しかし同時にこれらの政策は、民主党がたぶんにヨーロッパの社民主義的な再分配政党の顔を持っていることを示している。そこにこれまで知らなかった民主党の顔を見出す人も多いのではないか。

 また、靖国神社や戦没者追悼施設に対する考え方、戦争責任に対する考え方などでも、民主党は自民党政権とは明らかに一線を画する路線を取っている。これもまた、マニフェストからは見えてこないが、民主党の哲学や理念を知る上では重要な政策になるはずだ。

 要するに、もし民主党のマニフェストにバラマキ感を覚える人がいるとすれば、それはおそらく、明確な理念に基づいて打ち出している一連の政策のなかから、有権者受けしそうな政策だけをつまみ食いして羅列していることに、その主たる原因があるのではないかと、筆者は考えている。

1票は愛されても増えず、嫌われると減る

 さて、マニフェストには載っていないこうした民主党の政策を知って、民主党に惚れ込む人もいれば、急に民主党が嫌になる人もいるに違いない。そもそも最初から民主党が嫌いな人は、民主党のマニフェストも読んでいない可能性が高いし、本コラムも読んでいただけない可能性が高いので、民主党は嫌いだったけれど、本コラムを読んで逆に好きになったという人はほとんどいないと仮定しよう。

 その場合、本コラムの内容は選挙戦略的にはどういう意味を持つだろうか。もともと民主党を支持していた人が、この記事を読んでより強い民主党支持になったとしても、その人はもともと民主党に投票するつもりだったのだから、たいして民主党にはプラスにならない。いくら支持の度合いが強まっても選挙で2票入れられるわけではない。できることは、せいぜい知り合いに薦めることくらいだろうか。
 
 一方、もともと民主党に投票しようと考えていたけれど、ここに書かれた内容を知って投票したくなくなった人がいれば、その人の分は確実に票が減ることになる。場合によっては、対立政党のほうに票が流れてしまうかもしれない。そう考えると、2票分のマイナス効果になるかもしれない。

 要するにマニフェスト選挙では、政党や候補者が旗幟を鮮明にしすぎると不利になりがちなのだ。だから、あまり理念を前面に出すことはせず、個別の政策で1人でも多くの有権者を「釣る」ほうが得ということになる。最大公約数的に支持を受けやすい政策を前面に出したほうが得で、理念や哲学を掲げ、支持・不支持が明確に分かれる政策を前面に出すと損をすることになる。

 肉じゃがとかカレーと言ってしまうと好き嫌いが出かねないが、豚肉、タマネギ、ニンジン、ジャガイモなどと、個別の材料を言っておけば、タマネギが好きな人はそれだけにつられて投票してくれるかもしれないというわけだ。たとえその人が、実はカレーが嫌いな人だったとしても、だ。

 もうおわかりだろう。このやり方の問題は、個別の政策に反応して投票行動を決めた場合、いざ民主党政権ができたときに有権者にとって「こんなはずじゃなかった政権」になる危険性があるということだ。材料だけを見て、きっとこれは甘みの効いた肉じゃがに違いないと思って食べたら、実は激辛カレーだったなんてことになりかねない。

「まかせる政治」に慣れすぎた有権者

 しかし、なぜ日本のマニフェスト選挙が、そのような「ショッピングリスト選挙」になってしまったのだろうか。筆者は、これは政党側の問題というよりも、むしろ有権者とメディアの問題だと考えている。

 旗幟を鮮明にすれば得票上は損になるのであれば、どんな政党だって、理念だの哲学だのは掲げたくないはずだ。しかし、もしも「この政党の個別の政策にはいいものもあるが、この政党の政権の下で日本がどんな国になるのか、その全体像が見えなければ、危なくてそんな党には政権を渡せない」と考える有権者が多くなれば、理念を明確にしないことが政党にとってより大きなリスクになる。

 要するに、まだ日本の有権者の多くは、日本をどうするといった大きな哲学や理念よりも、損得勘定の対象となる個別の政策を出したほうがよく釣れる(と政党が考えている)ということだ。

 本コラムで前回まで議論してきたように、日本ではこれまで「まかせる政治」がまかり通ってきたため、私たち日本人には選挙で政党に国の進路を問うなどという経験はほぼ皆無だ。だから、いきなり路線だの理念だのを訴えられても、それをどう考えていいかわからないのかもしれない。それはある程度やむを得ない面もあるだろう。

 しかし、きたる総選挙が単なる個別政策メニューの差し替えではなく、21世紀の日本の針路を問う重要な選挙であることは、有権者として忘れてはならない。政権交代の是非も大切だが、政権を交代して針路をどう変えるのかがわからなければ、何のための政権交代かということになってしまう。

政策報道をお座なりにしてきたメディアのツケ

 日本のマニフェスト選挙がおかしなことになっているもう1つの原因はメディアである。メディアが政局ばかりを追いかけ、政策を軽視してきたことのツケが、マニフェスト選挙にも暗い影を落としている。

 まず、メディアはマニフェストそのものは参照しているようだが、驚いたことにそれしか参照していないメディアが多いのもまた、事実のようだ。

 たとえば、筆者は最近多くのメディアから、「子ども手当はいいが、それで何をやろうとしているかわからない」といった類の質問を受ける。そこで前述のように、生殖医療(時間があるときは夫婦別姓)まで関連づけて民主党の政策パッケージの全体を解説し、その文脈のなかに子ども手当が入ることを説明する。すると、そんなことは初めて聞いたという顔をする記者が少なくない。

 民主党の政策パッケージは、党が毎年出しているINDEXにも明記されているし、これまで同党が国会に提出してきた法案を見れば明らかなものばかりだ。どうも、ここにきて、日本の政治メディアが政治を政局と履き違えて報道し続けてきたことの重いツケが回ってきているようだ。

 もともと日本の報道機関には、政党の政策を継続的に取材し、これを分析する専門の部署が存在しない。政治部は記者クラブのなかで日々の政局を追うことに手一杯で、そのためマニフェストに関する企画は、新聞社においてはこれまで民主党の政策を取材してきたわけではない特報班が、テレビ局においては、これもまた政策をウオッチしてきたわけではない番組ディレクターが担当している場合が多い。そのため、どうしても付け焼き刃感が否めない。

 要するに、有権者も選挙で政党の理念や哲学をどう問題にしたらいいのかわからず、メディアはメディアで、そもそもそれらを扱い得るマインドや裏付けとなる知識を持っていない。そんな状況で表層的な報道合戦が行われるのであれば、政党としても、リスクの高い理念などを打ち出すよりも、話題性のある個別の政策を羅列しておいたほうが、よほど効果的でリスクも小さいということになる。その個別政策にまた有権者やメディアがつられてしまう。まさに悪循環である。

 筆者は、民主党の政策全体を見渡したとき、「官僚にまかせる政治から市民が引き受ける政治」への転換の意図を明確に感じ取ったし、また「オープン・アンド・フェアネス」によって、日本をより開かれた、フェアな国に変えていこうという意図も、はっきりと見て取れた。これが鳩山由紀夫代表が言うところの友愛の精神にも通じるものだと考えている。

 きたる総選挙を真の意味で政権交代を問う選挙にするためにも、ぜひとも日本のマニフェスト選挙に潜む悪循環の構造を断ち切りたいものだ。

2009年8月 8日

麻生総理、応援演説で上機嫌

aso090808_1.jpg

本日、JR中野駅北口前で行われた、松本文明(まつもと・ふみあき)候補[東京7区、同選挙区民主党候補は長妻昭氏]の応援演説に登場した麻生総理。

渋滞に巻き込まれたらしく、かなり遅れての登場でしたが...

aso090808_2.jpg

民主党の“財源確保の見えない無責任政策”をあげ、“責任政党”の名の下に熱弁をふるっておられました。

aso090808_3.jpg

ときおり、集まった有権者や沿道から歓声が起こり、終始、ご機嫌の麻生総理でありました。

aso090808_4.jpg

演説後は、中野サンモール(駅前の商店街)を徒歩で視察されましたが、あまりの人の多さに、転んだり押されたりでパニックになり、《THE JOURNAL》取材班も、商店街半ばでエスケープさせていただきました。

この演説の模様は、のちほど映像でお届けいたします。

是非、率直なご意見・ご感想をお書きいただければと思います。

2009年8月 5日

中央集権国家を止めるのか止めないのか?──総選挙の真の争点は「国家像」

takanoron.png 3週間余り後に迫った総選挙での真に本質的な争点はたった1つで、自民党政権を生き長らえさせて過去120年間に及ぶ「中央集権国家」を今後とも続けるのか、民主党政権を誕生させて次の100年のための「地域主権国家」への道を拓くのかという、ただその一点である。

 その他の問題は、どうでもいいとは言わないが、その一点に比べたらすべて重要度は低く、下位に属する。例えば「子育て支援」は、どちらの政策が損か得かを計ったりその財源策が妥当であるかどうかをほじくったりする以前に、自民党的国家像の下では、役所や天下り団体などを通じた「上からの間接支援」となり、民主党的国家像の下では、個人・家庭への「下からの直接給付」となるはずで、そのどちらの方向性が正しく回路設計として優れているかが問われるべきだろう。

 本質論レベル:21世紀の国家・社会像
 実体論レベル:方向性や回路設計
 現象論レベル:結果としての損得

 というふうに思考しないで、いきなり現象論レベルで「損か得か」「ここが不透明、あそこが曖昧」などと、それぞれに長大なマニフェストの重箱の隅を突くように論じているのがマスコミで、これでは有権者は本当のところ3週間後に何を選び取るのか、ますます分からなくなってしまう。

●各党の「地方分権」政策

 その国家像に直接関わるマニフェストの最重要項目は「地方分権」に関わる部分である。

 自民党の「政策BANK」は第6章「地域活性化・地方分権」の中で、次のように言っている。
------------------------------------------------------------
《地方分権のさらなる推進》
国は国が本来果たすべき役割を担い、住民に身近な行政は地方に委ねるべく、国と地方の枠割り分担や国の関与の在り方の見直し、都道府県から市町村への権限委譲、国の出先機関の廃止・縮小や法令等による義務付け・枠付けの見直し、地方税財源の充実確保のための補助金・交付税・税源配分の見直しなどの「新地方分権一括法案」を平成21年度中に国会へ提出し、成立を期す。直轄事業の維持管理費負担金は平成22年度から廃止するとともに、直轄事業を基礎的・広域的な事業に限定し、直轄事業制度を抜本的に見直す。また地方分権をさらに進めるため、国と地方の協調に向けた徹底的な議論が行えるよう、国と地方の代表者が協議する機関の設置を法制化する。

《道州制の導入》
国際化、少子化、成熟化の中で、日本再生のため国のあり方を根本的に見直す。国際社会に発信できる個性豊かで活力ある圏域を創出するため、都道府県を超えた広域的なエリアで地域戦略をになる道州を創出し、多極型の国土を形成していく。このため、新しい国のかたちである道州制の導入に向け、内閣に「検討機関」を設置するとともに、道州制基本法を早期に制定し、基本法制定後6〜8年を目途に導入する。また、この間、先行モデルの北海道特区などを一層進める。
-------------------------------------------------------------
★自民党・政策BANK=http://www.jimin.jp/sen_syu45/seisaku/pdf/2009_bank.pdf

 公明党の「マニフェスト中長期ビジョン」は第4章「新たな国のカタチと行政改革の取り組み」で、次のように言っている。
-------------------------------------------------------------
《「地域主権型道州制」を実現し、地域活性化で日本を元気に》
公明党は、21世紀にふさわしい、新しい国のカタチとして、「地域主権型道州制」を実現します。これにより、各地域の活性化や雇用の促進を図るとともに、身近な行政サービスを充実させ、住民本位の地域づくりを進めてまいります。これまでの中央集権体制を根本から変え、中央政府の権限は国でなければできない機能のみに限定し、各地域が独自に決定できる仕組みに改めます。そして、地域主権型道州制の もと、各道州がそれぞれの地域で潜在力を発揮し、新たな地域産業を創造することにより、日本全体に、そして地域に活気をもたらすことが可能となります。

《徹底した行政改革の推進》
不断の行政改革の推進とムダ排除の徹底は待ったなしです。国民に負担を求める前に、まずは行政が「範」を示し、徹底した行政改革を断行し、ムダを削減することは当然です。「税金のムダづかいは1円たりとも許されない」との精神で、公明党はムダゼロへの取り組みと大胆な行政改革を断行してまいります。特に、国の出先機関については、業務が地方と重複し、国民から見て非効率な「二重行政」になっているとの指摘があります。この際、廃止・縮小を強力に進め、国の事務・権限を大胆に地方に移譲します。今こそ、21世紀にふさわしい効率的な行政の確立に向け、政治のリーダーシップを発揮し、改革を実現します。
--------------------------------------------------------------
★公明党・マニフェスト=http://www.komei.or.jp/policy/policy/pdf/manifesto09.pdf

 さて民主党の「政権政策マニフェスト」は、冒頭の「鳩山政権の政権構想・5原則」の1つに「中央集権から地域主権へ」を掲げ、さらに各論の第4章「地域主権」で、次のように言っている。
--------------------------------------------------------------
《27. 霞が関を解体・再編し、地域主権を確立する》
[政策目的]○明治維新以来続いた中央集権体制を抜本的に改め、「地域主権国家」へと転換する。○中層政府は国レベルの仕事に専念し、国と地方自治体の関係を、上下・主従の関係から対等・協力の関係へ改める。地方政府が地域の実情にあった行政サービスを提供できるようにする。○地域の産業を再生し、雇用を拡大することによって地域を活性化する。[具体策]○新たに設立する「行政刷新会議(仮称)」で全ての事務事業を整理し、基礎自治体が対応可能な事務事業の権限と財源を大幅に委譲する。○国から地方への「ひもつき補助金」を廃止し、基本的に地方が自由に使える「一括交付金」として交付する。義務教育・社会保障の必要額は確保する。○「一括交付金」化により、効率的に財源を活用できるようになるとともに補助金申請が不要になるため、補助金に関わる経費と人件費を削減する。

《28. 国の出先機関、直轄事業に対する地方の負担金は廃止する》
[政策目的]
○国と地方の二重行政は排し、地方に出来ることは地方に委ねる。
○地方が自由に使えるお金を増やし、自治体が地域のニーズに適切に応えられるようにする。
[具体策]
○国の出先機関を原則廃止する。
○道路・河川・ダム等の全ての国直轄事業における負担金制度を廃止し、地方の約1兆円の負担をなくす。それに伴う地方交付税の減額は行わない。

《34. 市民が公益を担う社会を実現する》
[政策目的]
○市民が公益を担う社会を実現する。
○特定非営利活動法人をはじめとする非営利セクター(NPOセクター)の活動を支援する。
[具体策]
○認定NPO法人制度を見直し、寄付税制を拡充するとともに、認定手続きの簡素化・審査期間の短縮などを行う。
○国際協力においてNGOの果たす積極的な役割を評価し、連携を強化する。
[所要額]
100億円程度。
----------------------------------------------------------------
★民主党・政権政策=http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/index.html

●地域主権と地方分権は違う

 なんだ、みな同じようなことを言っているじゃないかと思われるかもしれないが、そうではない。

 第1に、公明党と民主党は共に「地域主権」という言葉を明記し、「地方分権」という言葉を使っていないが、自民党は「地方分権」と言い、「地域主権」という言葉を避けている。自民党が安倍内閣時代の07年1月に設置した道州制推進本部が福田内閣時代の08年7月に発表した「道州制に関する第3次報告」では、「中央集権体制を一新し、基礎自治体中心の地方分権体制へ移行」と謳っていて、この時は「一新した上で引き続き中央集権体制そのものは維持するつもりなのではないか」と、一新の意味をめぐって議論が出た。また昨秋の麻生太郎首相の所信表明演説では「最終的には地域主権型道州制を目ざす」と言っていた。が、今回のマニフェストでは「中央集権体制の一新」も「地域主権型」も消えて、単に「道州制の導入」とされている。ということは、道州制を導入するにしても、“主権”の所在が国なのか道州なのか基礎自治体なのか、あるいはその3層に分存するのか、ますます曖昧化しているということである。

★自民党の第3次中間報告=http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2008/seisaku-021.html

「地方分権」と「地域主権」は根本的に違う。自民党的な地方分権が、明治以来の発展途上国型の中央集権国家が今後とも続くという前提の下で「地方にも権限や財源をもう少し手厚く分けてやろう」という域を出ることがなさそうなのに対して、民主党的な地域主権国家論は、中央集権国家を廃絶して成熟先進国型の地域主権国家に改編しようという「百年目の大転換」とも言うべき革命的改革の提言であり、そのどちらを採るのかが根本問題である。

 そのどちらを採るかで、例えば「道州制」の意味は180度、違ってくるので、根本を問わずしていきなり「道州制は是か非か」「区割りはどうするのか」を議論するのは意味がない。中央集権国家は、国〜都道府県〜市町村の垂直統合型が本質であり、単にその延長で都道府県を広域合併して道州に置き換えたところで、それで出来るのは「中央集権型道州制」にすぎず、国=中央官僚が道州を通じて地方を支配することに変わりはない。それに対して地域主権国家は、国〜広域自治体〜基礎自治体の関係は水平分散型であり、そのそれぞれは対等な行政主体として、そのそれぞれで行うのが最も適切な行政サービスを分担する。

「地域主権」という時の「主権」は、政治学的に厳密に言うと「国家主権」との関係がどうなるのか曖昧でありむしろ比喩的な表現と捉えるべきだとの議論もあるけれども、ここでは、国家主権の重要な内容の1つである「課税自主権」「徴税権」を国〜道州〜基礎自治体に水平的に分割することを中心にして、地方が中央から犯されない主体性を保証されているという意味に捉えればいいのではないか。「地域主権型道州制」の先導的主唱者であり内閣官房の「道州制ビジョン懇談会」座長でもある江口克彦(PHP研究所社長)が強調して止まないように、道州制と言うなら「各道州そして各基礎自治体が…中央政府から支配されない『主権』、主体性を持っていることを示すためには、『地域主権』という修飾語を『道州制』という用語の前に付すべきである」(江口克彦『地域主権型道州制』、P64)。

 自民党マニフェストの「道州制の導入」に「地域主権型」という修飾語が付かないのは大問題で、そうなったのは、同党内に、官僚勢力の後押しを受けて、地方ブロック単位の国の出先機関を形ばかり縮小して実は温存し、道州制になった暁にはそれを国の道州に対する支配の道具として活用しようと画策する「中央集権型道州制」論者が強力に存在していて、それと「地域主権型道州制」論者との妥協の産物としてマニフェストの表現がまとまったためである。2日のサンプロで私がそれを問うと、その場の議論はワチャワチャになってしまったが、直後のCMの間に石原伸晃=選挙公約作成副委員長が遠くから私に向かって、「高野さん、自民党の中にその2つの考え方があるのは事実なんですよ。私は地域主権の方ですよ」と言い、私は「あなたがそっちなのは分かっているよ」と答えたのだった。

 上述の自民党道州制推進本部の第3次報告書は、「道州・基礎自治体の税については課税権・徴税権を自ら行使」し、「課税ベースは国、道州、基礎自治体間で原則共有しない」と明言して、「地域主権型」に近いスタンスをとっていた。そこから明らかに後退しているのに、マスコミはどこもそれを問題にしていない。

●道州制は必須ではない

 第2に、自民党と公明党は「道州制」を謳っているが、民主党は謳っていない。民主党がそれを謳わなかったことに対して、大阪府の橋下徹知事や神奈川県の松沢成文知事が批判し、松沢に至っては「道州制に触れていないのは、本気で地方分権、霞が関の解体を究極的にやる根性があるか疑問」とまで言ったが、これは松沢の方が一知半解で物を言っている。

 上述のように、道州制にも「地域主権型」と自民党に根深い「中央集権型」とがあるのであって、道州制を言いさえすればいいという訳ではない。また、「地域主権型」の国家像を目ざすという場合に、それが必ず道州制でなければならないというものでもない。

 知られているように、小沢一郎は道州制には否定的ないし重視しておらず、「全国を300ほどの“市”に分割する基礎自治体」の上には国しかない2層制(地方1層制)を構想し、「将来は、いくつかの(現在の)県にまたがる州を置くことも考えられようが、基本的には、行政を分かりやすくし、地域住民に密着したものにするためにも、その方が望ましい」と言って来た(『日本改造計画』、93年)。

 思想的・原理的にはこれが正しい。85年の「欧州地方自治宣言」で定式化された「補完性・近接性の原理」は、

▼個人で出来ることは個人で(自助)、
▼個人で出来ないことはは家族で(互助)、
▼家族が出来ないことは地域社会で(共助)、
▼それでも出来ないことは[地方・中央]政府で(公助)

 ——というもので、個人の自立を前提として、問題を出来るだけ身近なところで解決することを旨とする社会編成の考え方で、「自立と共生」を根本原理とするとそのすぐ下位に位置する原理である。この原理に立って地方自治制度を考えれば、国の権限と財源をチョビチョビと道州ないし広域自治体に移し、道州がそれをまた市町村ないし基礎自治体に分け与えるという具合に、上から下ろしていくのでなくて、まず住民にとって一番身近な基礎自治体に可能な限りの生活関連の行政サービスの権限と財源を一挙に渡してしまい、その後に基礎自治体では手に余る広域調整を道州に委ね、それでも追いつかない全国レベルの事柄を国にやらせるというように、下から上へと制度設計を進めて行くことになる。

 小沢は、何によらず原理主義者だから、そのような考え方の教示しているのであって、具体的な制度として「基礎自治体は300ほどにすべきだ」とか「道州制はなくてもいい」とかいうことを言っているのではない。それを何も勉強していないマスコミが、今回のマニフェストで「300の基礎自治体という小沢構想は否定したのか」「道州制を謳わないのは小沢に遠慮しているのか」などと民主党の“内紛”を期待するかの質問を繰り返しているのは困りものである。

 「地域主権国家」は、小沢の原案のように地方1層制となる場合もなしとしない。また彼が言うように、一旦そのように割り切った上で、すでに強大な権限を持った基礎自治体が近隣と相談して必要に応じて道州の形成を求めることもあるかもしれず、その場合には道州は広域調整以外にあまり大きな権限を持たないかもしれない(緩い道州制=1.5層制?)。しかし江口克彦は「緩い道州制」には反対で(江口克彦・前原誠司編『日本を元気にする地域主権』)、それは「単に都道府県を統合し、統治体制を中央の意のままにする」ようなことになりかねないからである。上述のように、自民党案はそちらに傾く危険を内包している。さらには、州憲法、州裁判所、州兵まで持つ米国の州のように、「きつい道州」による連邦制というケースも理屈の上ではないでもないが、これは恐らく日本には合わない。州知事と州議会を持ち、かなり広範な権限と財源を持って国の介入を許さない程度の「強い道州制」が、江口のイメージだろう。

 しかしいずれにしてもそれは、「中央集権国家をやめて地域主権国家に転換する」ことを選択した後の話で、その順番を間違えて、「基礎自治体はいくつにする?」「道州は10なのか12なのか」など区分けの問題にいきなり入ってしまったり、道州制にもいろいろな種類があることを知らずに「道州制是か非か」と議論しようとしたりするようなことだと、国民はこの総選挙で何を選ぶのかますます分からなくなってしまう。

●直接給付か間接支援か

 第3に、蛇足ながら、この「補完性・近接性の原理」は、地方自治制度の設計のためだけでなく、政策全般にも貫かれるべきである。2日付日本経済新聞が4〜5面の2ページを使ってマニフェスト特集を組んだ際に、「民主は直接給付、自民は間接給付」という大見出しを掲げたのは、まことに適切だった。ほとんどのマスコミはこのマニフェスト対決の肝心要がどこにあるか全く理解しておらず、例えば7月30日付朝日新聞は1面トップで、民主党の子ども手当と高校無償化に対抗して自民党が幼児教育無償化を打ち出したことを採り上げ、「自・民“ばらまき対決”に」と揶揄的な見出しで解説を付して「民主党が創った“ばらまき合戦”の土俵に(自民党が)引きずりこまれ」ていると述べた。

 どっちもばらまきじゃないかというのが、マスコミが盛んに作り出したがっている印象なのだが、日経が言うように、自民党の場合はこれまでは扶養控除という形で間接的に子どものいる家庭を支援してきたのに対して、民主党は「控除から手当へ」という考え方の下、当事者である親に現金で直接支給する方向に転換する。個人・家庭こそが問題解決の主体であり、そこが安心を実感できるように仕向けなければ事は進まないという下からの政策発想があるからそういうことになる。対抗して自民党が打ち出した幼児教育の無償化も、制度として段階的に無償化を進めるのであって、「お上が無償化してやるのだから有り難いと思え」という上からの目線がつきまとう。自民党的には、例えば教育予算は、国が税金を学校や教師に割り振るものであり、その延長で無償化すれば、より大きな予算を扱う文部官僚はますます大きい顔をするし、各種の天下り団体や業界団体の利権という名の中間搾取もまた増える。民主党的なやり方なら、まず税金は直接親の財布に入ってから授業料などとして学校に納められるので、結果は同じようなものに映るかもしれないが、問題解決の主体が国=官僚なのか親=末端生活者なのかという決定的な回路設計の違いがある。

 『週刊現代』8月15日号の「噂の天才・ドクターZ(誰だ、こりゃあ?)が民主党のマニフェストを徹底分析」の記事は、民主党の言う農家の戸別所得補償についてこう指摘している。「農業は、農協に補助金を配るより、戸別農家に配るほうが直接的な政策効果が期待できる。しかも、最終受益者でない組織・業界が間に介在すると、補助金目当ての行動をとるようになるから、望ましくない。こうしたところへの補助金は、特定組織・業界を既得権益化するので“ばらまき”をしてはいけないが、マスコミが意味も知らずに、最終受益者への補助金までも“ばらまき”と表現しているのは、明らかな誤りだ」と。

 しかも(このドクターZも分かっているのかどうか不明だが)戸別所得補償は、従来の品目別の一律の補助金制度で農協や天下り団体ばかりが肥え太って肝心の農家が衰弱してしまったことへの反省に立って、農家に基本的にWTOやFTAなどを通じての自由化はじめ市場化の波に適合することを求めつつ、しかし天候にも大きく左右される農業は必ずしも市場経済だけで割り切れるものではないことにかんがみて、主要農作物についてその年の市場価格が生産コストを下回った場合にその差額を交付金として補償しようというもので、下回らなければ交付しないのだから今までの補助金とは全く違う。欧州でも、補助金に代わる農家の経営安定策として広く採用されている。これを補助金と一緒にして“ばらまき”呼ばわりするなどもってのほかである。

 何度も繰り返して恐縮だが、小沢一郎はこの選挙を通じての政権交代の意義を「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」にあると言っていて、鳩山由紀夫代表も解散当日の会見で、その趣旨を明確に述べた。そして民主党のマニフェストにはその時代観が全編に貫かれている。細かい財源論などどうでもいいことで、そもそも自民党にしてからが官僚の掌の上で踊らされて、本当のところはどこにどんな財源や埋蔵金があるのか分からないでこれまで長年やってきたのであって、人のことなど言えた義理ではない。一昨年までは「埋蔵金などあるわけがない」と官僚に言われたら、その通りに国民と野党に向かって鸚鵡返しのように言っていたではないか。民主党政権は、その120年の歴史を持つ官僚と天下りOBたちの秘密の花園に乱入して手探りで探索を開始する。どこにどんなお宝が隠されているか、やってみなければ分からないのが当り前なのだ。マスコミも、もういい加減に「どっちもどっち」のような似非の公正中立性に立てこもって馬鹿なことばかり言っているのは止めて、要するに、これまでの120年間の惰性を選ぶのか次の100年への冒険を選ぶのか、過去をとるのか未来をとるのか、争点はそれしかないことを国民に伝えるべきである。▲

2009年8月 4日

世論調査では民主が圧倒 政権交代への期待ゆるがず

 朝日新聞と共同通信が8月1、2日に実施した世論調査によると、小選挙区と比例区の投票先をたずねた項目では民主が自民を圧倒し、政権交代に向けての期待が依然根強い傾向にあることがわかった。一方、解散前の「麻生降ろし」のゴタゴタで落ち込んだ内閣支持率と自民党支持率は、若干ではあるが回復基調にある。(詳細は下記表を参照)

 解散から投開票日まで40日間という長丁場の選挙戦も中盤戦に差し掛かり、今後は党首による公開討論会なども予定されている(詳細な日程は未定)。その結果が世論調査にどのような影響を与えるかが次の注目点となる。

sijiritsu090804.png

クリントン元大統領が北朝鮮に入国 金正日と会談か

 日・米・中・韓の主要メディアは、米国のクリントン元大統領が4日、北朝鮮に拘束されている女性記者2名の恩赦を求め、北朝鮮に入国したと報じた。記者は3月17日に中朝国境付近で身柄を拘束され、北朝鮮での裁判で労働教化12年の判決を受けていた。

 また、日経新聞によると、クリントン元大統領の訪朝中には金正日総書記との会談の可能性もあるという。クリントン元大統領は、オバマ大統領の特使的役割を果たし、冷却化していた米朝関係をここで一気に好転させる狙いがあるものと思われる。

2009年8月 1日

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第3回>再分配の優しさと国民総背番号制の冷たさを併せ持つ民主党のフェアネス政策

 「フェアネス(fairness)」とは、フェアプレー精神の「フェア」の名詞形だ。「公平」を意味する「フェアネス」は、民主党の政策パッケージ全体の理念的支柱である「オープン・アンド・フェアネス」の一翼を担うもので、諸政策に通底する理念となっている。民主党が打ち出している政策の多くには、日本社会を、より「フェア」な社会に変えていこうとする姿勢が色濃く反映されている。

 一般的に「フェア」であることは好ましいことと思われているはずだ。実際に公平さという意味でのフェアネスは、民主主義という政治体制においても、自由主義経済という経済体制においても、非常に重要であることは間違いない。

 しかし前回述べたように、民主党の主張する「オープン」や「ディスクロージャー」が、単に政府をガラス張りにするだけでなく、市民側にも開示された情報を活用する責任を生じさせるのと同様、フェアネスもまた、市民社会に対して厳しい課題を投げかけるものといえる。

 社会全体がフェアであるためには、既得権益を放棄しなければならない場合が多いだろうし、フリーライダー(ただ乗り者)も厳しく追及されることになる。それ自体も一見良いことのように聞こえるかもしれないが、問題は自分自身が既得権益者であったり、フリーライダーであることに対して、われわれ自身が必ずしも自覚的であるとは限らないことだ。

 まず、一言でフェアネスと言っても、民主党のフェアネスには以下の3種類が存在する。

1)機会均等
2)未来への責任
3)フリーライド(ただ乗り)禁止

 このいずれにも、フェアであることの美しさと厳しさが同居している。フェアネスはけっしてきれい事だけでは済まされない。

機会は保障するが、結果は保障しない民主党のフェアネス

 まず一番目の「機会均等」は、政治学的にも重要な概念で、これと対比される概念として一方で「結果均等(結果平等)」が、もう一方で「自由放任」や「市場原理主義」というものがある。

 機会均等とは、基本的に競争原理や市場原理を肯定しつつも、誰でも市場競争に参加する機会は与えられるべきであり、競争のスタートラインにつくところまでを保障するのは政治の責任であるという考え方を指す。いざレースが始まれば、能力の高低や努力の大小などで、結果は当然変わってくるが、政治は結果までは保障しない。能力や努力の如何に関わらず、政治が結果の均等までを保障する「結果均等」とは明確に区別される。

 しかし、生まれつきハンデを負っていたり、何らかの理由でレースに参加するのが難しい条件を抱えている人には、市場に一定の介入を行ってでも、スタートラインにつくところまでは政治が責任を負うべきとする。その意味では、再配分政策の顔を持っており、市場への介入を否定する「自由放任主義」や「市場原理至上主義」とも一線を画する。

 民主党の政策のなかでは、子ども手当、公立高校の無償化と奨学金の拡充、保育サービスの拡充、パパ・クォータ(父親の育児休暇取得を推進する制度)、選択的夫婦別姓の導入と非嫡出子の相続差別の撤廃、インターネット選挙の解禁、首長の多選制限、国会議員の世襲禁止、相続税の増税、職業能力開発、中小企業支援などに、機会均等の理念的背景を見出すことができる(*注)。

 たとえば、公立高校を無償化し、大学では奨学金制度を拡充して学費と同時に生活費まで補助の対象を拡げることで、経済的理由で進学を断念する子どもをできるだけ出さないようにする政策は、必要な教育を受けられなければ、公平なスタートラインにつくところまで保障したことにはならないという考え方に基づく。

 首長の連続当選回数の制限や国会議員の世襲禁止も、そうした人々が選挙で圧倒的に優位な現状はフェアではないとの立場から、これに歯止めをかける。本人の努力や能力と関係なく、特定の人だけが有利になる制度を放置すると、そのようなアンフェアな市場には有能な人材が集まらなくなり、活力が失われるからだ。

 しかし、機会均等はあくまでもレースへの参加を保障、もしくは後押しするものであるため、必ずと言っていいほど勝者と敗者が生まれる。そこで生まれた敗者に対しては、社会保障やその他の政策でセーフティネットを設けることが必要になる。一度競争に負けたからといって、奈落の底に落ちたまま這い上がれないような状態を政治が放置するようでは、怖くて誰もレースに参加しなくなってしまう。民主党の政策パッケージには、それを前提としたセーフティネットがそれなりに周到に用意されていると言っていいだろう。

 フェアネスの3つの要素をめぐっては、この「機会均等」まではある程度合意形成は容易なはずだ。しかし、フェアネスを徹底するためには、残る2項目の「未来への責任」と「フリーライダー禁止」が欠かせない。そのあたりから、民主党のフェアネスが、われわれ市民に求める覚悟が何であるかが見えてくるはずだ。

*注:これら政策の具体的な中身については、筆者による民主党の政策分析集『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』のほか、『民主党の政策INDEX2009』、『民主党の政権政策Manifesto2009』 を参照されたい。

「未来への責任」では現世代の全員が既得権益者となる

「未来への責任」は、1996年9月に鳩山由紀夫氏らが今の民主党の前身となる旧民主党を立ち上げた際の結党のスローガンだった。

 これは私たちが、今この瞬間に地球上に生きている世代に対してだけではなく、未来の世代に対しても責任を負っているという意味で、環境政策や財政政策などで、未来世代に負の遺産を残すべきではないという問題意識が込められている。最近でこそよく耳にする考え方だが、民主党がこれを13年も前から主張しているという事実は、一定の評価に値するだろう。

 未来世代への責任を重視する考え方も、根底にはフェアネス、つまり公平感がある。今生きている世代が物質的な豊かさや便利さを享受するために、未来の世代が生きる地球環境や財政をボロボロにしてしまえば、たしかに未来の世代に対してフェアではない。

「未来への責任」政策には、排出権取引や炭素税、再生可能エネルギーの推進と電気固定価格全量買い取り義務化制度、CO2の見える化などを通じた踏み込んだ地球温暖化対策、生物多様性の保全、個別リサイクル法とリターナブル瓶(繰り返し使える瓶)のデポジット制度、予算の組み替えや政治主導の予算編成、大型公共事業の見直し、特別会計の事実上の廃止などを通じた抜本的な財政構造改革、税ベースの持続的な年金制度の導入などが含まれる。

 これらはいずれも現役世代には相当の負担や我慢を強いる政策であると同時に、政治が市場に介入することになるため、とりわけ経済界では不評のようだ。それもそのはずで、未来への責任は現世代間の再配分ではないが、時間軸上の公平な分配を行うという意味において、再配分政策の一環に他ならない。

 しかし、グローバル化のうねりのなか、国際的にも国内的にも、現世代間ですでに熾烈な資源争奪戦が行われている現実を考えれば、目の前にある資源や財源を未来の人たちのために温存することは容易ではない。また、未来の心配をする前に、今この瞬間も格差が広がり、最低限の生活をすることさえ困難な人たちが国内にも大勢生まれているという現実もある。世界に目をやれば、8億人からの人々が1日1ドル以下での生活を強いられているのが、今日の世界の現実なのだ。

「未来世代への責任を果たそう」と言えば、おそらく多くの人は賛同するだろう。しかし、それが同時に、現世代に大きな痛みを受け入れる覚悟を求める政策であることは、しっかりと認識しておく必要がある。未来への責任政策とは早い話が、現世代のすべての人間を既得権益者の立場に置いた上で、その資産を未来に再配分する政策ということになる。

公平な負担を求めるのもフェアネスの一環

 3つ目のフェアネスである「フリーライド(ただ乗り)禁止」はもっと厳しい。

 ここに顕れる民主党の厳しい顔は、漫然とマニフェストを読んでいるだけではなかなか見えてこない。だが、その政策を注意深く検証していくと、民主党がフェアネス路線の延長で、社会的な公正感を貫徹するためにかなりの力を注いでいることが浮き彫りになるはずだ。

 民主党が政権を獲得したときの日本は、自民党政権のややもすれば牧歌的な寛容さに便乗して「ただ乗り」を続けてきた人にとっては、相当厳しいものになるかもしれない。

 実際、自民党政権下の日本は、毎年徴収されている税金の加算税、社会保険料やNHK受信料の未納が膨大な額にのぼることを見てもわかるように、「フリーライド」ついてはかなり寛容だった。よく言えばそれだけ余裕があった。悪く言えば、なあなあでいい加減だったということになろうか。

 フリーライド禁止のフェアネスとは、たとえば、高い税金を真面目に納めている人がいるのに、税金逃れをしている人がいるとすれば、それはフェアではないという、至って明快な論理だ。年金や医療保険についても同じことが言える。これを政府側から見れば、徴収すべきものはしっかり徴収するのが政府の責任であり、そのような制度を作ることが、政治の責任ということになる。

 たしかに、制度にただ乗りをしているフリーライダーのために、権利を有している人が十分な給付やサービスを受けられなくなるとすれば、こんな不条理なことはない。しかも、フリーライダーの数が一定の率を超えると、制度そのものが破綻する恐れさえある。

 民主党はまず、社会保険料の取りっぱぐれを減らすことを目的に、納税者番号と社会保障番号を統合した国民総背番号制とも呼ぶべき新制度の導入を計画している。これは住基ネットと並び、個人のプライバシーが一元的に政府に握られる恐れがあるとの理由から、自民党政権下で何度も浮上しては、野党や世論の反対で見送られてきた制度だ。ところが、民主党はこの導入をあっさりマニフェスト(政権公約)に入れている。社会保険料も税金も、徴収すべき金額を判定する上で、その人の所得の把握が不可欠なため、番号の共通化によってそれを容易にするのが目的だという。

 民主党は税の徴収についても、1兆円近くの税金滞納が生じている現状や、毎年個人・法人合わせて1000億円近くも加算税が発生している問題を重く見て、滞納や税金逃れに対する罰則を強化し、重加算税も増額する方針を打ち出している。

 もちろん、本来払うべきものをきちんと払っている人は、これらの政策に関して何ら心配する必要はない。そういう人にとっては、むしろ歓迎すべき政策かもしれない。しかし、長年の自民党的ぬるま湯体質に慣れ親しんできた日本人が、この政策転換にうまく適応できるかどうかについては、一抹の不安を感じずにはいられない。

納税者番号制導入のリスク

 ところでこの納税者番号や社会保障番号は、税や社会保険料徴収の効率化という意味ではたしかに効果はあるのかもしれない。しかし、その一方で、国民のさまざまな情報が政府に一元的に握られることのリスクについては、市民社会は警戒を怠ってはいけない。仮に自分は民主党を信用しているという人がいたとしても、この制度は民主党政権が変わってからも続くことだけはお忘れなく。

 アメリカを含め、社会保障番号制度を導入している国は少なくないが、多くの国では、そのリスクをディスクロージャーの徹底によって回避している。ここで言うディスクロージャーは、政府が握っている個人情報は本人であればいつでも閲覧でき、そこに間違いがあればいつでも修正や削除ができるようになっていることを意味するのであって、個人情報をすべて公開してしまうという意味ではない。税にしても社会保険にしても、個人情報についての何らかの背番号制が導入されるのであれば、自分自身の情報を閲覧し、必要があれば訂正や削除を請求する「自己情報コントロール権」が、それと対になって導入されなければ、市民社会にとってこの制度はリスクが大きすぎる。

 また、昨今の「消えた年金騒動」で自分の年金情報は随時確認しておかなければならないことを、市民社会は思い知ったわけだが、それと同様に、われわれは行政が握っている自分自身の個人情報を、随時確認しチェックする習慣を身につける必要があるだろう。民主党がディスクロージャーに力を入れているのは、そのためでもあるのだ。

歳入庁の創設で社会保険料と税の徴収を一元化

 さらに民主党は、社会保険料と税の徴収を一体化することの延長として、国税庁と社会保険庁を統合し、歳入庁という新しい役所を創設する計画をぶち上げている。これは鳩山由紀夫代表が、7月27日の発表の際に「実現しなければ責任を取る」とまで大見得を切ったマニフェストにもはっきりと掲載されているので、民主党は本気だ。

 歳入庁構想は単に、国税庁と社保庁という、国民からの資金徴収という同一の機能を持った二つの役所を統合する、政府の合理化策ではない。そこにはもう一つ隠された重要な意図がある。それは「マルサ」と恐れられる国税庁が長い年月をかけて蓄積してきた強力な徴税のノウハウを、社会保険料や年金の徴収にも活かそうというものだ。

 いまや、保険料が給料から天引きされない自営業者の国民年金や国民健康保険の未納率は、国民年金で3割を超え(納付率が07年度の1号被保険者の納付率が63.9%)、国民健康保険でも1割を超えている(08年度)。それが、かつては世界に誇った日本の国民皆保険、国民皆年金の社会保障制度を根幹から揺るがす一因となっていることは、まぎれもない事実だ。たしかに、未納者、滞納者やフリーライダーのために、社会保障制度が崩壊してしまうのは理不尽だし、それを放置することは、そもそもきちんと納めている大多数の人に対してフェアではない。

 また、フリーライダーが大勢いるに違いないと国民の多くが感じているような、制度に対する信頼が揺らいだ状態のままでは、さらに未納者やフリーライダーが増えるという悪循環が起きる。制度に対する信頼を回復させるためには、まずは厳格な徴収体制を構築し、公正感を取り戻すことが不可欠だ。

 たしかに、社会保険料の徴収に関する未納者への姿勢は、地獄の果てまで追いかけていく税務署のようなしつこさが欠けていたのも事実かもしれない。それが未納率の高さにつながっているとすれば、税務署のノウハウを社会保険料の徴収に活かすのも悪くはなかろう。

 だが、未納率の高さを、フリーライドの横行のみが原因だと受け止めると、大きく状況を見誤ることになる。もちろん未納者のなかには単なる便乗組も実際にはいるのだろうが、それよりも遙かに深刻なのは、年金という社会保険制度に対する国民の信頼が根底から崩れていることだ。信頼できない制度に、カネだけ払えと言われても、「はいそうですか」と言うわけにはいかない。信頼を回復せずして、歳入庁なるものを新設し、マルサよろしく徴収の強化のみを図れば、国民のさらなる反発を招くことは必至である。まずは制度への信頼を取り戻すことが、何よりも先決だ。

 また、年金や社会保険料の未納率上昇の背景には、経済低迷や格差拡大が原因で、払いたくても経済的な理由から払えない人が大勢いることも、明らかになってきている。これを単なるフリーライダー問題ととらえ、強面で対応すれば解決するなどと考えていると、とんでもない過ちを犯すことになりかねない。実際、2008年4月から、国民年金と国民健康保険をリンクさせることで、各自治体は年金保険料の未納者には健康保険証を交付しないことが認められている。民主党の歳入庁構想は気をつけておかないと、税金の滞納者にも健康保険を使わせないなどの方向にエスカレートしていく可能性もある。健康保険が使えないということは、「病気になったら死ね」と言うに等しい。

 民主主義国家としての、あるいは自由主義経済の国としての日本に、フェアネスという概念が欠けていたり、近年それがとみに弱まってきている面があるとすれば、民主党政権下でそれが再構築されることは歓迎すべきことだ。その意味はけっして小さくはない。筆者自身も、日本にはアンフェアなことや不条理なことがあまりにも多く、市民の多くはやや諦めムードに陥っている面があるように感じている。それは昨今の日本の元気のなさとも無関係ではないはずだ。

 しかし、それと同時に民主党のフェアネス政策が、けっして単なるきれいごとでは済まされないことも、われわれ市民はあらかじめしっかりと肝に銘じておく必要がある。(ダイヤモンド・オンラインからの転載)

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/
ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.