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日本は“モノづくり資本主義”で世界をリードする!──榊原英資『大不況で世界はこう変わる!』への異論

takanoron.png 榊原英資=早稲田大学教授の新著『大不況で世界はこう変わる!』(朝日新聞出版)はなかなか面白い。ガソリンで走る自動車とスーパーマーケットやファストフードに象徴される大量生産・大量消費・大量廃棄の20世紀の米国型資本主義の文明が終わりつつあるというその論旨に私は賛成だし、その状況下で日本は江戸時代をモデルとして農業を基盤とした環境大国として進むべきだという方向性についても基本的に同意する。しかし、同書が第3章「“モノ”づくりの落日」で、「金融から“モノ”づくり」だとか「アメリカから東アジアへという現状分析や予測は明らかに的外れだ」と言っていることには大いに異論がある。

●消費財と資本財を区別しないと

 榊原は言う。「輸出は2007年にはGDPの16.2%」と輸出依存度が高く、「その輸出の86%は製品、機械、輸送用機器で、輸送用機器だけでも2007年の全輸出の24.8%に達している」のであって、「まさに自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え、日本経済の景気回復を支えて」いる。「しかし、ここにきて状況は激変し」て米国の消費が冷え込んで「日本の輸出が急落し…“モノ”づくり企業に大変な打撃を与えて」いて、「日本を支えてきた製造業がこの大不況を乗り越えて再びかつての繁栄をとりもどすのかどうかは、必ずしも明確ではありません」。そこで、農林水産業の第1次産業と医療・介護など第3次サービス産業が「日本を引っ張っていく」ようにしなければ、と。

 違うと思う。第1に、日本のGDPに対する輸出の比重は16%で、韓国や中国の38%程度に対して高くないし、香港の166%やシンガポールの185%に対しては比較にならないほど低い。

 第2に、その輸出の仕向地を見れば、アジア向けが50%近くを占めていて、米国向けは16%にすぎない。

 第3に、輸出の中身つまり(量ではなく)質に着目すると、かつての日本は自動車・家電など大量生産型の「耐久消費財」の輸出国として世界に名を轟かせたが、現在は部品や生産設備など少量多品種生産型の「資本財」が輸出の中心で、「自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え」ているというのは誤解を招く言い方である。

 消費財・耐久消費財と資本財を区別して日本の輸出の質を捉えるには、貿易統計の中の「主要商品・特殊分類別輸出額」を見なければならない(総務省統計局→統計データ→分野別一覧→日本統計年鑑→第15章→15-3)。2008年は変動が大きいので07年の数字を見ると次の通り(単位=10億円、()内は%)。

insider502.jpg

 輸出総額は84兆円で、その半分強(52%)の43兆円を占めるのが資本財である。これは部品や生産設備などで、そのままの形で輸出先の消費者の手に渡るものでなく、相手国の工場に送られてその企業の資本形成に資するので資本財と呼ばれ、生産財という言い方もある。部品には、例えば、愛知県豊橋市の樹研工業が作る世界最小の超精密プラスチック歯車とか岡山市のナカシマプロペラが作る船舶用プロペラなど、また生産設備には、例えば、福井市の松浦機械製作所が作る高速5軸切削マシニングセンターとか和歌山市の島精機が作るコンピューター制御の自動ニット編み機など、いずれも世界で日本でしか作っていないものや世界シェアNo.1のものが数多く含まれている。

 さらに、中国に主力工場を持つキャノンが、ノウハウを盗まれたくない中枢部品だけ国内で製造して中国に送って組み立てさせるといったケース、YKKがファスナーそのものは世界70カ国120カ所以上の工場で製造するけれども、そのための製造マシンは富山県黒部市の本社工場で開発・製造して出先に送り出すといったケースもある。

 工業用原料の中でも、化学品、金属、繊維品などには、例えば日本が圧倒的な世界シェアを占めるカーボンファイバーや超高品質の鋼や特殊合金などがあり、それらも含めれば何と輸出の7割近くが広義の資本財で占められている。

●米国よりもユーラシアを目ざして

 つまり、日本は、かつてのように大量生産型の耐久消費財を主として米国市場に輸出して稼ぎまくった発展途上国型の経済をすでに卒業して、十分な内需を持ちながら、なお高度の技術力で他の追随を許さない高品質=高付加価値の資本財を主としてアジア諸国に輸出して有り難がられている独特の成熟先進国型の経済に移行を果たしている。

 そこでは、日本が高度な資本財を供給し、それを使って中国はじめアジア諸国が(日本企業の出先を含めて)消費財を生産して輸出して稼ぎまくるという垂直的な分業が成り立っていて、米国の消費不況の影響は(トヨタのような、未だに国内でかなり多くの完成車を造って主に米国市場に輸出していた“遅れた”消費財企業を除くと)直接的でなく間接的である。しかも、アジア諸国が良質の消費財を作り続けようとすれば、日本の高度な資本財を購入し続けることが絶対的に必要で、だからアジアはじめ全世界の諸国は日本に対して赤字であるけれども、それを「けしからん」とは誰も言わない。そのためかつて散々日本を悩ませた「貿易摩擦」は今やほとんど死語と化した。

 付け加えれば、この高度な資本財の供給国という世界貿易の中でのユニークな地位の獲得と維持には、大企業ばかりでなく、上述のように精密機械・部品や高度素材や環境技術やIT関連ハード&ソフトなどをはじめ世界No.1クラスの技術を持つ中小企業、ローカル企業、町工場までが大いに貢献している。

 従って「輸送用機器だけでも2007年の全輸出の24.8%に達してい」て「まさに自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え、日本経済の景気回復を支えて」いるという榊原の言い方は混濁的である。確かに製品としての乗用車と二輪車類と資本財としての輸送機器を合わせた「輸送機器」は(この統計では)輸出の25.7%を占めるが、乗用車だけなら15.1%で、しかもそれは発展途上国型経済の時代の名残にすぎない。精魂込めたモノづくりの精神と技は資本財の分野で確実に受け継がれ深化しているのであって、そこにこそ日本が21世紀の世界を生き抜いていく1つの筋道がある。米国の強欲金融資本主義が崩壊して、果たして強欲でない金融資本主義に戻るのか、もっと遡ってピューリタン的勤勉産業資本主義に戻るのか、はたまた全然別の方向に転身するのか、再建の方向が定まらない中で、日本は率先、モノづくり資本主義でますます世界の模範として尊敬される道を自信を持って選ばなければならない。また21世紀の繁栄のセンターはユーラシアであり、中国、インド、ロシア、欧州を4極としたユーラシアの大繁栄に日本のモノづくりの力を結びつけていくこと、そのようにユーラシア全体と日本とを結びつける歯車として「東アジア経済共同体」の形成にイニシアティブを発揮することが戦略的課題となる。

 民主党政権の経済閣僚に入閣するとの噂もある榊原が、モノづくりは終わったなどと世迷い事を言っていたのでは困ってしまう。▲

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コメント (37)

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今回の高野論説はスゴイ!

自分が如何に「生半可な知識」「古いデータ」「世間一般の通説」を元に、いい加減なコメントを書き散らしていたか、反省させられました。

いい材料をご提供頂き、誠にありがとうございました。

民主党政権に入閣するという噂があり、本人も民主党政権入閣の野心を見せている、そして民主党政権の民間人閣僚の目玉となり得るゆえの榊原氏への苦言と受け止めました。

榊原さんも高野さんもぜひ民主党のブレーンとして活躍していただきたいと思います。

> 精魂込めたモノづくりの精神と技は資本財の分野で確実に受け継がれ深化し

私は、前々らドイツが日本にとって参考になると思っていました。ドイツは、日本の人口の半分ですが 輸出総額世界一です。きっちとり物づくりの磐石な基盤をもっています。

ドイツと日本の共通する点、共通しない色々とありますが、
共通する一つは 「職人」文化がどちらも存在してきたということではないか。職人に敬意を表する文化ですね。
まあ、この点で最近は 日本は、ドイツほどの職人を大切にする気風は薄れているきているのが気にかかりますが。

ドイツのようなマイスター制度を持つことは社会状況が違うので無理ですが、
もしも これからも物づくり国家として生き残るということであれば、
教育制度の面から作り直すことが必要ではないかと、思います。
つまり、日本には日本の比較優位かあるはずで、その比較優位は日本の伝統や文化に根ざすべきものであるべきです。 たとえば、インドにとっての数学とか。 わたしは、
ドイツや日本は 「職人」文化が
その比較優位のひとつであり、
日本を追いかけるほかのアジアには
真似できない部分だと思います。
このせっかくの比較優位を捨て去るのは ひじょうにもったいないことだと思います。

高野様

榊原英資氏を是非財務大臣にする様に働きかけて下さい。国民への民主党の財源問題に対する疑問が緩和されると思います。

その通り!仰るとおりです!

日本は昔から職人の国なのです。
生活雑貨にまで美術品としての付加価値を付けてしまうほど凝りに凝った製品を作ってしまう職人達の国です。
私も日本の職人の一人として「現場で物を作っている職人達が報われる世の中になるといいなぁ。」と常々思っております。

今の不況で思うのは、
「金融ギャンブラー達のマネーゲームが実質経済に影響が出ない仕組みは無いのか?」
ということです。

金融ギャンブラー達は実際の経済に関係の無いところで勝手に大儲けして、せっせとたくさん税金を納めて欲しい。

地方公務員の「民主党員」が、以下の様な興味深い分析をされています。

以下のURL参照;
 http://hiroseto.exblog.jp/10205595/

この中で、

~もちろん「日本はものづくり」というのはわかります。しかし、付加価値を上げる事をせずに、安易に下請けや労働者を使い捨てにすることに頼ってしまったのです~
 これについては、どう思われますかねえ・・・。

加えて、以下のURL;
http://diamond.jp/series/yamazaki/10088/

国内の労働者を守り、育成する気が無いのなら「勝手に出て行け」と言いたい気分です。

海外で、「かつての日本の様な恩恵に与れる」と「似た」様な事を海外でしても、信頼されずにそっぽを向かれるだけだと思いますが・・・。

最も「現在の日本国の制度」が、
「悪い制度」であり「政治」も何故か、それを放置して来たのも事実ですが・・・。

「モノづくり」に終焉はありません。
素人考えですが・・・
社会的ニーズに着目したモノづくりをすることも一つの方向性ではないでしょうか。そうすれば榊原さんの言う、「農林水産業の第1次産業と医療・介護など第3次サービス産業が日本を引っ張っていく」こととも矛盾しません。例えば食の安全や環境保全に資する技術や医療でいえば医療過誤や無駄な検査の重複、医療費の不正請求を避けるためにも優位性のある電子カルテの開発などこれからの時代に必要なモノづくりの領域は色々あると思います。日本社会を豊かにし、ひいては社会のあり方のロール・モデルとしてコンセプトごと輸出できるようなモノづくりをすれば、日本が再びかつてのように他国から尊敬される日がくるかもしれません。

今回もとても参考になります。
私は「モノづくり」を実質を伴う創造的活動と捉えるならば、それは詰まる所、常に経済活動の根本であるべきもので、時勢と絡めて云々する類いのことではないと考えます。一つ確かなことは、実質を伴う創造行為は実質無き投機的行為よりも安定した富をもたらし得るということでしょう。
 さて、価値ある「モノづくり」を支える作り手を養成、維持していくにはどうすればよいか。経済問題とは離れますが、問われるべき重要な課題と思います。
 

何故、総選挙を8月30日に設定したか、解明してくれました。

http://blogs.yahoo.co.jp/ataminozii/60076618.html

上記ブログを読んでください。
爺の「縁側日記」と言う方が、明快に教えてくれました。
このあくどい詐欺行為を黙って許していいものでしょうか?

皆様に提案

「物作りを大切にする」という事なら、いっその事、皇室御用達制度を復活するのも一つの考え方ではないですか?
1000年以上も渡って、皇室・公家・武家がある事によって伝わってきた「手作りの匠の技術」は本当に捨てがたいと思います。これらの企業など、法的に保護していく必要があるのではないですか?
例を挙げて見ると、皇后陛下がお召しになられる着物、その中には「佐賀錦」の着物があります。その代表的な模様として『ぼかし』があります。この模様の入った着物を皇后陛下がイギリス訪問の時にバッキンガム宮殿でお召しになられた所、故エリザベス皇太后(現エリザベス女王の母君)がその「ぼかし」を大変称賛なさった、という逸話があります。
だから、こういう日本に誇れる伝統技術を保護する為、そして世界的なブランドにする為に、皇室御用達制度の復活を真剣に考えてみるべきだと思います。
この皇室御用達、という特権を与えられたら、税制上の優遇などを施して、経済的な事を心配しなくていいようにするのです。
その分、後継者育成に全力を注げるように配慮してあげるのです。
又、皇室御用達、という印籠を受け取ったら、商売にも有利になるでしょう。
だから、皇室御用達制度の復活も一考の余地があるのではないか、と思うのですが、皆さんはいかがお考えですか?

<高野様>
とても面白く読ませていただきました。
さて、生産財における日本の優位性とそれが、日本の製造業の生き残る道とのご指摘は、納得するのですが、それでは何故、主に製造業において多数の失業者と派遣村ができ、若者が食べられない状況になったのでしょうか。それは、組み立て工など、前世紀の遺物ともいえる自動車や電機だったからですか?いわば耐久消費財のキヤノンやトヨタが中心の経団連の影響を政策に色濃く受ける民主党を含む現在の政党は、生産財の企業をバックアップできるのでしょうか?そして、それは雇用を産んでくれるのでしょうか?
と、沢山の質問が頭に浮かびます。
私の父は大企業製造業の社員でした。工場で、設計や品質管理を担当し、子供の頃から品質向上の為何をしているのか、を熱心に語ってくれました。ネジ一本まで疎かにしない、会社の看板に傷をつける事はできないと...出世しなかった父のプライドでした。一工員が経営者のように情熱を傾けるのが、日本の製造業の真骨頂だと思うのです。しかし、リストラでベテランから先に首を切り、教育をしないで派遣を使う。日本の製造業の経営者は、どこに向かっているのでしょう。

資本財最終製品や中間財は世界景気と連動性が高いゆえに、こういった産業構造は今回の金融危機のような世界的なショックがあると日本の鉱工業生産が極端に落ち込むという日本経済の脆弱性の原因となっているのですよ。それと日本の中国への輸出というのは、米国など先進国への間接輸出という性格がまだ強いんです。
榊原教授の著書は読んでいないのでどのような主張なのかわかりませんが、日本経済の安定的のためには、高付加価値製造業への集中だけでは問題で、内需拡大なり、産業のソフト化やサービス化を進展することも重要だと思いますが。少なくとも高付加価値製造業の競争力が強いから問題ない、というのは単純な見方でしょう。いずれ現在の新興国も追いついてきますし。

[ガソリンで走る自動車とスーパーマーケットやファストフードに象徴される大量生産・大量消費・大量廃棄の20世紀の米国型資本主義の文明が終わりつつある][状況下で,日本は江戸時代をモデルとして,農業を基盤とした環境大国として進むべきだ]という主張は,高度に発展した先進的な文明国の日本を,前近代的な農業後進国に逆戻りさせよう,という反自然史的・反経済発展史的・反科学発展史的な暴論である,と思われるので,榊原英資氏の新著『大不況で世界はこう変わる!』(朝日新聞出版)を私も購入して,読んでみたいと思います。

em5467-2こと恵美さん

> 主に製造業において多数の失業者と派遣村ができ、若者が食べられない状況になったのでしょうか

この点では、ひとつは金融が弱かったからだ、というのが竹中平蔵の主張になるんでしょうね。

ここは けっこう面白いですよね、製造業ではダメだから、金融立国なれという主張があって、それにたいして
いや 金融ではなく 日本はモノづくりだという反対論が出てくる。

それにたいして、竹中氏は、金融が弱いから製造業でも日本は劣性に立っていると主張する。
これは、つまり例えば、半導体ですね、半導体でどうして日本が負けたのか、
それは、半導体を製造するところが分散化していて、しかもそれぞれのメーカーがいろんなものを作っていた。
まあ、いまでも家電の会社はたくさんありますが、そういうところで日本は集中投資できない構造にあったので、
負けたというのが竹中氏の見立て。これは、日本のM&Aの弱さですね。早い段階で 合併して少数の会社にまとまることができなかったから半導体で負けた、ということです。

実は、これと同じことをサムスンの会長がいっているんですね。だいぶ前にNHKの番組で語ってました。
日本の家電業界の現状を見たときに、半導体で勝てると確信したと語ってましたね。
日本では たくさん会社が並存していて、しかもそれぞれがいろんなものを作っている、これならば半導体に集中投資すれば勝てると確信を持ったとサムソンの会長は思ったそうです。

これは、竹中氏の「金融の弱さが製造業の競争力の弱さをもたらしている」ということを裏付けています。
こうなると、金融よりもモノづくりだとか、いうことではなく、両方がお互いに関係しあっているといとうことなんでしょう。

モノづくりで 日本がこれからもやっていこうというのならば、
たとえば 今の日本の大学の数を半分に減らすとか、ということも有効だと思いますね。

モノを作る、というのは、単に高度な理数系の知識があればいいというものではない。
もっとその前に、実際にモノにさわる、モノをいじる、モノを動かす、モノとモノを組み合わせる、
要は、モノに指で直に触れて それを加工したりとか、いろいろとやってみることが必要なわけで、そういう若い頃の経験を抜きにして モノづくり大国というのは成り立っていかないのではないか。

実際に今 モノづくりのカリスマといわれる人たちは、10代の頃からモノにさわっきた人たちが多いです。
そのころから工具をいじってきている人たちが 町工場でのモノづくりの名人として称えられるまでになっている。
たとえば、小学校を出たときから 工具をいじってましたとか、そういうひとたちですね。
そういう人たちが名人として日本のモノづくりを支えてきた面があるということです。
で、やはり本当に職人的な技を得るには 中学校くらいのときからモノをいじってないとダメたと思いますね。
つまり、モノを作るというのは、単に学校で知識を得るということではだめなんです。それよりも、経験を積むことの
ほうが大事です。それも、年齢的に早い方がいい。

そういうことから、「日本の大学の数を半分に減らす」ことが モノづくりに有効であるという
結論が導き出されるわけで、傍証としてドイツのマイスター制度があります。

マイスター制度には色々と批判がある。たしかに、、こういう制度を持つドイツの方が特殊だと言えるかもしれない。先進国で、早期に職業を選択させて、職人にしてしまうというのは、たしかに特殊だ。 その点で 差別的だという批判も起こる。民主的でない。たしかに、そうです。

まあ、日本はマイスター制度は無理です。 だけれども、色々と参考にはなるはず。考える上での材料には
なる。
つまり、本当にモノづくりとして日本がやっていこうということなりば、教育制度まで抜本的に変えなければ
ならないということを 感じさせてくれます。

まあ、そうですね、大学の数をもう少し減らして、 高校の職業校をもっと増やすとか。それと、普通校に対して職業校が低く扱われている点で、日本は特殊だということらしいので、その点での改善が必要でしょう。
本当に職人国家、あるいはモノづくり国家を標榜にしたいのならば、普通校よりも職業校の方が上であると思われるくらいにならないとだめです。 それが職人が敬意をもたれる文化ということでもあります。

「他国に真似できないような資本財としての物作り」を日本の近未来にも続けて行けるのかはなはだ疑問に感じることがある。

それは世界の経済構造とかグローバルなことでなく、単に卑近に見ることして子供達の「不器用さ」。ケイタイの入力やゲーム端末の扱いはうまいかも知れないが、手加減を要するアナログな物への感覚についてはまったく不安を感じる。卵を割れない、エンピツを削れない、雑巾をしぼれないなど、体の感覚と連動して対象物をコントロールし、別な状態を生み出すといったことの経験値が今の子供は少なすぎやしないか?

家事の手伝いもせず、自らの手でオモチャを作り出すこともなく、液晶画面と押しボタンで遊んでばかりいては物を作る感覚の基礎がまったくなしに成長期を過ごすことになる。オモチャにしても昔は少々手をわずらう組み立て物が多くあったが、今はそのような手先の知育に足る玩具も少なく、このままでは物作りに関して人材不足になるだろうと想像される。

大変勉強になりました。日本のモノづくりに期待したいです。榊原英資著『大不況で世界はこう変わる!』読んでみます。

〈em5467-2こと恵美様〉
ご立派なお父さまですね。
私は生産現場で働いたことはないのですが、大学は工学部で品質管理を専門的に勉強していたので、ほんの少しですが、わかります。その大変さ、創意工夫など。
私が学生の頃、既に、生産現場にますます人は要らなくなるだろうと言われていました。その予想は結果的に当たり、非正規社員は生産工程に組み込まれた「モノ」とされました。要らなくなれば、コストや在庫に等しく、カットされる。企業がこんな人でなしことをするなんて、そのときは全く想像できるはずもありません。想像を超えるほどの酷さです。

野党三党(民主、社民、国民新)で共同で決めた派遣法改正案。これに財界は、いままでにないほどに猛反発。民主党は財界の猛反発に屈せずに、この法案を成立させることができるのでしょうか。多くの派遣社員の期待に応えてくれるのでしょうか。
彼らと、それに共感する労働者や市民は、じっと、その動向を見つめています。
何が何でも、それを実現させたい。私は、強く、強く、思っています。一市民として、そのための努力をしていくつもりです。

「もの作り」の概念のすれ違い。
榊原氏が「もの作り」をどう理解しているか知りませんが、「もの作り」は、製品製造にいたる全過程を象徴するプロセスとして考えると、深くは小学校の理科教育をあるいは概念として捕らえる情操教育にまで関連してくる「象徴概念」です。いわゆる製品として輸出する物品のみを「もの」とするのは、浅薄な話です。それゆえ生産財も広義の「もの」に含めるのが妥当です。

<パン様>
父を褒めて頂きありがとうございます。今頃、天国でテレ笑いしてるでしょう。ま、仕事を除いては、偏屈で、屁理屈ばかりいい、そのくせ母がいないと何もできない人でした。私は何度、首をしめようかと思ったかしれません(笑)
<tonbei 浅山様>
竹中は、政治家でした。竹中は、やろうとすれば何でもできるポジションにいました。
政治家は結果責任です。今さら何の理屈をいおうが、今日の少数の勝ち組と多数の負け組をつくり、自己責任論を語る彼には、怒りしかありません。一ミリも話を聞く気がありません。顔も見たくありません。私は、世が世なら「天誅」として彼に刃を向けたと思います。

Tonbei様

「半導体」にもいろいろありまして
サムソンの社長の言うような簡単な話ではありません。半導体製造装置のすべてを日本から調達して、バブル崩壊後の不況下で希望退職した日本の大手の半導体技術者を高額で雇用して技術を搾取して作り上げた「砂上の楼閣」でしかありません。
 また半導体がすべての時代はとうに終焉しています。

前の書き込みで「暴論」と断じた理由を,ひと言だけ付け加えます。高度資本主義消費社会は文明の自然発展経過上,農業人口を必然的に減少させるため,国家社会主義的政府権力が強制収容所に農業従事者を叩き込んで,監視付きで強制労働させない限り,農産物の自給自足など不可能です。今頃農本主義が民主党の周辺(?)に顔を出すとは,ただもう呆れるばかりです。

em5467-2こと恵美 様

竹中氏の「顔も見たくありません。」・・・・同感です。あの薄ら笑いをしながらの弁解・屁理屈・独断などを見ると反吐が出そうになるので直ぐテレビを切ってしまいます。

マリアンヌさん | 2009年07月21日 22:42 「皇室御用達制度」

折角のご提案ですので、一つの観方として、私見を申し上げさせて戴きます。
ご提案には、視点を換えれば、全く異存は有りません。
但し、現在の世界の苦しい経済情勢や毎日の生活に大きな苦労がある状況の下では、「経済を回復させ、日々の生活を楽にする」観点が緊急かつ重大な課題であって、この課題がこの板を含めたTheJournalの関心事だと思っています。

--記--
「理想的な国家」での経済の事業モデルは、多種多様なモデルが併存するのが、国家の懐の深さとか広さの観点で必要と思います。
1)日本が「世界の人々の日常生活を豊かにすること」に意義を求めて、過去世界を相手に凌駕し得意としてきた高い品質と低価格を実現させた「大量生産」を核とする事業モデル。新興国の多くがこのモデルで日本を追いかけて来ていることを含めて、日本は「次の事業モデル」を探し求めて、発見できていない・・。
2)京都の伝統産業やイタリアに代表される「手造り感」や「希少性」を大切にする、謂わば「前提条件としての少量生産」を核とする事業モデル。嘗ての日本の「一点豪華主義」の対象は、このモデルが生む製品を対象としたというイメージです。
3)更に、究極的には、ご提案の「皇室御用達制度」や日本やヨーロッパの各地にひっそりと存在する優れた技術と高い品質を誇る「職人達の匠の仕事」のように、生活品というよりは「美術芸術品」に近くて「生産数は極く少量であって、従って極めて高価格であっても、厭わない」という貴族や皇族に連なる稀有で人数的には限られた人達を対象とした「伝統文化保存型」の事業モデル。
私は、日本は、法律ではないが、宮内庁の予算(=税金)を使って、「一部のこの事業モデルを保護している」と理解し、日本人として誇りに思っています。

現実の世界には、上記の粗い事業モデルの中間形が様々に存在し、途上国や新興国や先進国の各グループの夫々でモデルに濃淡があり、個人経営を含めた各事業会社でも複数の事業モデルを同時並行的に手掛けていて、複雑で解り難いが・・。

WL1の風さん

半導体の技術者がサムソン電子に雇われて技術が流出した話ですね。
当時の新聞の記事を思い出しますね。もうだいぶ前ですから、記憶がおぼろげですけど。
週末になると 会社の関係者が空港で見張っているんというんですね。
というのは、自分のところの技術者がソウルに向かうのを 説得して行かせないようにするために、
会社関係者が空港で 週末になると見張っていたという記事を読んだことがありますよ。
この記事、非常に印象深くて、おそらくもしかしたら20年くらい前の記事かもしれないけれども、
妙に記憶に残っていますね。
この週末になるとソウルに向かった技術者たちね、おそらく現役が含まれていたと思いますけど、
だから、会社関係者が見張っていたのにちがいないとおもいますが、でないと記事の話の辻褄が合わないですから。
それにしても、この技術者たちは 今どう思っているか、話を聞きたいですね。 今のエピルーダの惨状を見るに付け、当時はまさか日本の半導体産業がこんなになるとは思っていなかったのでしょうけれども。
マスコミは ぜひ 今の彼らの感想を聞いてほしいです。

6,7年前も、同じことが金型でもありました。日本の金型技術者の流出ですね。引退した彼らが台湾とか中国に高額で
雇われてね。このことが確か国会でも取り上げられたように記憶していますけど。
この時は、あるテレビ局が取り上げていて、台湾でじっさい日本人技術者が教えているところとか、インタビューも
放映していましたね。 要は、あれですね、こういうのを見て分ったのは、こういう引退した技術者というのは、まあ金の問題もあるでしょうが、それだけではなんいですね、 やはり かれらは 自分のもっている知識を教えたいいう欲求を抱えているんですね。何とか役に立ちたい。それで、台湾とか中国に行くと 先生扱いされて、先生、先生と呼ばれて、やはりいい気持ちになるんでしょう。日本にいると、引退ですが、向こうに行くと 「おれはまだ必要とされている」という
活気を自分の中に覚えるのでしょう。で、インタビューに答えると老齢の技術者が話しているのに、妙に使命感に燃えてしまっているんですね。遅れている奴らに おれが助けてやっているですか。そんな感じでしょう。

ですから、日本が技術流出させたくないのならば、こういう引退技術者をどう処遇するのかもうすこし考えたほうがいいですね。

それと、
> サムソンの社長の言うような簡単な話ではありません

ということですが、やはり サムソン電子の会長が言うように、簡単な話なんですよ。
本質的には、集中と選択で日本はやられたんです。 まずは、本質をつかむことです。
まあ、わたしも 技術流出、半導体製造装置、それなりに 知らないわけではない、それを踏まえたうえで、
言っているわけで、
やはり 本質的なところでは 集中と選択で日本はやられたんです。
あの、競争で勝つには、自分にとっては都合の悪いことも直視しないとダメです。

まあ、どういう国民的な長所があっても、それを制度化しないと廃れてしまう。そのような長所の制度化ということには日本人は無頓着だ。あるいは、子供たちに長所が継承されず消え失せていくことは残念だが仕方がないと諦めてしまう。宮台慎司氏によれば、日本人は自分たちの長所を自然に備わったものとして考える傾向性から、それを制度的に維持しようという動機が働かないということらしい。
わたしが ドイツのマイスター制度に興味を持つのはそこですね。マイスター制度は みごとに自分たちの長所を制度的に維持しようとしていて、それを貿易上の比較優位にまでしている。

おそらく、モノづくりで本気でやっていこうということならば、ここまで制度設計しないと難しいのでは。

つまり、
日本人は モノづくりの才能があります。だから、モノつくりでやっていきます。

これだともたないと思いますよ。
というのは、日本人にモノづくりの才能があるにしても、それはほうっておけば廃れいくからです。
それを維持するような制度を設定しないと、自然にほうっておけば
消えうせていきます。

「選択と集中」といえばそうでしょうね。特に異論はありませんが、もともと日本の半導体はメモリー一辺倒ですから、真似して追いつくのも簡単だったということです。
 一方、現代のCPU開発競争では、マルチコア技術で、インテルがAMDその他を圧倒的に引き離しました。そういう熾烈な戦いのある一方で、日本は随分前から蚊帳の外です。

 先日ある時計屋さんと話していたら
スイスでは学校の授業でで時計づくりを全員がやるそうで、誰でもがオリジナルな時計を作ることができるそうです。
カナダの全生徒にログハウスの作り方を必須科目にしていると同じようなことを感じました。
 ドイツのマイスター制度も歴史の重みも加えて、すばらしい制度だと思うにつけ、日本を振り返ると暗記中心の詰め込み受験勉強オンリーで、ため息が出るばかりです。おまけに「ゆとり教育」ですから。
 この「ギャップ」は簡単には埋まりません。

 それでも昨日の新聞に小さく出ていましたが、世界の数学・物理オリンピックでは日本の高校生が5人も金メダルを獲得しました。これは小学生からの「算数オリンピック」の成果のひとつでもあるのですが、「算数オリンピック」に興味を示す産業界もほとんどないのが日本の現状です。

 

私も30年以上大手メーカーに勤めていました。70~80年代にはいかに他社と技術的に差別化を図り、シェアアップするかが技術スタッフに求められていました。
それまでの工場のラインには新人高卒社員はたたき上げの職人の下で5年、10年と経験を積んで班長、組長、係長と出世し、あわよければ課長(大手では部長以上は大卒社員)になるというスモールジャパンドリームがモノつくりの現場にみなぎっていました。
ところが、バブルに入るといかに人を減らすかにシフトする過程で、省力化が生産技術での仕事の最重要な部分になって来ました。高度の経験と勘を必要としない、アルバイトでもボタンを押せば直ちに良品が出てくるマシン開発に躍起になり、生産ラインを一変させたのです。
アルバイトや派遣社員の増加がこのような過程で行われたのです。
経団連は効率を求めて自己矛盾に陥っているとしか思えません。
モノつくりを大切にする経営者が尊敬される世の中になってもらいたいものです。

<マリアンヌ様>
皇室御用達の復活、賛成です。しかし、それには、前提があって、企業団体献金の禁止がセットでなければ、園遊会や勲章の授与より輪をかけて政治家の票と政治資金の温床になるかと...。

私なりの「ものづくり立国日本」の要部分のイメージは、「ものづくり」から将来を発想している現在を含めた従来の延長線上にはなくて、「サービス」を起点とした発想が「ものづくり」の要素を取り込んで、価値の高い競争力のある「事業、ビジネス」が出来上がる、というイメージです。

私の考えでは、日本人が「ものづくり」を貴重な資源として捉えている事実を踏まえて、またそれに執着する日本が世界に生き延びて行くためには、私的な心の部分や文化的な部分は切り離して、少なくとも経済やビジネスに関連する側面はドライにビジネスライクに、「国民性」を大きく変革しなければ成功の道はないという認識とその覚悟が必須なのだが・・。変革しても成功の可能性は大きくはないかもしれない、試行錯誤が続くかもしれないが・・。

1. 私のこの考え方は、世界市場を相手にする以上、一つの重要な要素になっている、tonbei 浅山さんの | 2009年07月22日 15:52での引用【集中と選択で日本はやられたんです】にも、同2009年07月22日 15:57での【それを維持するような制度を設定しないと、自然にほうっておけば消えうせていきます】にも同意した上で、これらを借用することにお許しを戴いて(勝手に!!(笑))、尚且つ、私なりの理解を加えると・・、

1)「選択と集中」は、次の全ての過程で優れた洞察力を持って、
イ)経営組織が問題点に関連する情報を広く収集し、
ロ)現状を的確に分析した上で、
ハ)事業や会社の生き残り策(複数)的確に選別し、「取れると判断できる
  限界ぎりぎりのリスク」を特定し、
ニ)経営トップが、強い挑戦心を持って、「決断」して初めて
  (「決(死の判)断」。「決死」でなければ、生き残れない世界の厳しい現実がある。
  サムソン会長は、当時其れを遣った。この脈絡では「簡単なことではなかった。」)」
ホ)「選択と集中」が実行されることなる。
(因みに、イ)からニ)の段階は夫々、起承転結、または「問題把握―現状分析―対策案の特定―決定」に当たる。)

日本の経営者達は、これら段階を的確に適切に辿れなかった、特に最終段階の「トップの決断」が出来なかったケースが多い(=「石橋を叩いて、渡らない」)。それを経営トップの個人的資質に原因を収斂させるケースが多いが、私には、それは真因を突いていない、真因でないが故に「的確な解」が見出せていないと観えている。
私の仮説では、「選択と集中」で負けた真因は、非常に深いところにあって、一般社員は勿論、経営トップを含めて「日本人の農耕民族性から脱却できていない」ことにある、言葉を換えれば、自らとは異なるものを排除し同質なるものを求める「反狩猟民族性」にある。
私には、「選択と集中」の最大の好例は、一般にはこの言葉も発想もなかった大昔に、Intelがメモリー事業に訣別しCPU事業に集中した決断に観ている。

2)【それを維持するような制度を設定しないと・・】というご指摘は、AmongOthers、「暗黙知を形式知に変換する」ないし「科学的組織論」が欠落していては、今の世界のビジネス界では生き残れないことが明白だということでしょう。伝承や教育の手段が「盗むのが本筋だ」という職人的考え方とは別次元の話として、経営の基本部分では、知識や技能は誰か一人のものであっては、組織は成り立ち得ないのだと・・。日本人が、「大海を知らない井の中の蛙」で行くならば、とても耐えられない世界が待っていよう。
この脈絡でも、「変化を厭う」を含めて「日本人の農耕民族性」に原因する「過去の日本的伝統的発想や手法への執着」を放棄して、厳しく転換することを迫られている。

2. 高野さんの折角のご主張ですが、「生産財」「資本財」で日本を支えるには、高度な技術力を必要とするとはいえ、所詮「20世紀的な経営資源」で対処できる事業であって、日本を急追して来る新興国が、マクロ的に国内産業の振興と多様化やミクロ的に設備の内製化などの考え方が浮上すれば、日本が追い付き追い越される日は、然程には遠い将来の話ではないと思えます。残念ながら・・・。
このような道筋は、真に嘗てのアメリカが日本などの新興勢力に急追を受けて苦悩した歴史を、今は日本が辿っている局面に他ならない。
但し、今のこの脈絡では、アメリカが自らの「ものづくり」を弱体化させたが、日本は「ものづくり」に強い執着を持っている点で、アメリカの「金融資本主義に流れた歴史」とは異なる歴史を刻むのかも知れない。

3. 話を一寸明るくすると、麻生さんの個人的な嗜好の観点ではなく!!(笑)、日本が世界的にCoolと高く評価されるアニメやマンガ産業の担い手達が、私の冒頭の「サービス」要素が「ものづくり」の要素も部隊をも取り込んで司令塔の機能を担えば、道は開けるのではないか・・。

私にとっての「サービスビジネス」の成功の要素とは、右脳が得意とする「ユーザーやお客様に、快適さ・心地よさ・便利さ・安心感」を与え、「それらを価値ある商品として提供し、ビジネスとする」ことであり、個々のサービスの価値は、従来型の「ものづくり」のコスト+利益では全く無く、「ユーザーやお客様が支払っても好いと感じる価値」であり、換言すれば「ユーザーやお客様の満足度」が価値を決定する性質を色濃く持っているビジネスと観えている。
視点を換えると、サービスビジネスは、「ものづくり」での論理的な左脳を取り込みつつ、「優秀な」という条件付きで、情緒的な右脳が成功に導いてくれるビジネスという脈絡が可能であり、女性が大きな役割を果たせるビジネス領域ではなかろうか。
私には、サービスビジネスの発想が主導し「ものづくり」が補助的だが有効に機能した最近の好例は、iPodに観えている。其処での女性の係わりようは承知しませんが・・。

中途半端は否めませんが、既に長文が過ぎており、此処で一区切りとします。

工作機械受注統計を見ると今年に入って毎月7割から8割減です、つまり20%しか稼動していないのです。高野さんの期待とは反対に、生産財の製造産業が真っ先に壊滅するのではないでしょうか。
自動車などの生産は多少戻るかもしれませんが、工場の新増設は当分期待できません、今後何年も工作機械の受注が無いのではないでしょうか。
その間に製造ノウハウも散逸してしまうのではないですか。

(日本人を止めた)無国籍人 さま

> 日本の経営者達は、これら段階を的確に適切に辿れなかった

集中と選択については、経営者の資質とか判断とか決断力という要素も当然あるんでしょうが、
それいじょうに 国の資源の分配の要素のほうが大きいと思いますね。
半導体を例にとると、90年代前後でも おそらく日本では5社くらいが半導体をやっていたのと違いますか。
しかも、それぞれが半導体事業は一部であって、それ以外に色々な製品を作っていた。
要は、日本の国の資源が細かく分散して使われるいるわけで、半国策会社のサムソンにそこを集中的にやられたのだと思いますね。
竹中平蔵氏は、この点で日本のM&Aの弱さを指摘しているわけで、多すぎる家電関連の会社を吸収合併によってもっと少数のメーカーに集約しておくべきであったということであり、この部分の過程がないと いくら経営者が頑張っても 
多数に分かれたうちの一つのメーカーの中では 限界があるのだろうと思いますね。

同じことは、他の業界にも言えるわけです。たとえば、なんで 日本は自動会社がこんなにも多いのかとか。(笑
まずは、この点をどうにかしないと、「選択と集中」は貫徹しないわけです。

> アメリカが自らの「ものづくり」を弱体化させたが

これも、竹中氏の受け売りですが、世界のトップ100を見ると、アメリカのメーカーがそのうちの50社くらいを占めるそうです。日本は、何社ですか、おそらくトヨタとか パナソニックとか、いまではその程度しか浮かばないです。
ということからすると、アメリカは以前としてモノつぐり大国です。

ここでも、日本のM&Aの弱さが出ているということがいえるのでしょう。集中と選択は M&Aによって企業の吸収合併、あるいは淘汰などのプロセスを経ないと貫徹しないということですね。

こういうことを本音で竹中氏がテレビで語るので、嫌われるのかもしれませんが、ただし こういう考え方は世界的には常識でしょう。ごく当たり前のことを言っています思いますね。

私は、モノづくりについてはドイツとよく比較するんですけどね。先進国は モノづくりではいずれ後発国に追いつかれ、立ち行かなくなると言われるわけですが、ドイツを見ているとどうもそういう感じがしない。先進国でありながら、モノつぐりでは磐石なように見えます。
日本との大きな違いは 次の二つかなという感じです。
1) マイスター制度 2)周辺国の状況

1)は特にいいではょう。 これ以上触れません。
おもしろいのは、2)ですね。
ヨーロッパにドイツの同じ産業構造を持った国はなかったということですね。フランスとドイツは異なります。フランスは農業国であり、ドイツとの産業政策の方向性が微妙に異なると思います。イギリスとドイツも方向性が異なると思いますね。ドイツとこれらの周辺国の関係は、競合する部分も当然ありますが、補完的な関係でもある。

ところか゜、日本の場合は隣国に韓国がいた。(笑
鉄鉱→造船→自動車→半導体→液晶→(電池)→(ロボット)

という具合に、日本の得意分野で 隣の国と ぴったりと競合したというのが ドイツの場合の大きな違いでもあると思います。 ここまで、産業構造がぴったり合わさってしまう隣国同士というのはおそらく世界中を見渡してもないのではないかと思いますが、これがね 日本にとっては けっこうきついのだと思いますね。
もうすこし両国の進む方向性がずれていたら、日本のメーカーはもっと楽にやってこれたかもしれない。
いまさら泣き言を言っても仕方がないでしょうが。

日本がモノづくり大国として これからも やっていくとすれば、本音で言うと、この点をどうするかということがあると思います。 韓国とは別の方向性のモノづくりがありえるのかです。まあ、しかし、どうもそれも無理そうですね。
ロボットは、日本にとって モノつぐりのおおきな分野になると思いますが、 韓国も国家ぐるみで力を入れてますから。

高野様

日本は、昔から大企業ではなく小さな町工場から、精密な物作りの技術の継承が、この国の産業を支えてきたと思います。
それが、ブルーカラーが否定され、猫も杓子も大学に行くようになり、誰でもできるホワイトカラーになりたがった結果、技術者は減りリストラされたら、特に技術も持たないホワイトカラーには仕事も無い。いまなお、中小零細企業は減らす方向に動いているこの国の政治、未来を見据えた戦略を、今度こそ期待したいと思います。世界で一番の技術を持つ職人達も高齢になり、技術の継承を担う若者が現場において空洞だった時期があり、引継ぎがうまく行っていない今、早急に対策が必要だと思います。そんな時に、今回の高野様の文に接し、とても嬉しく書き込みさせて頂きました。ありがとうございました。

masako /o さん

> 猫も杓子も大学に行くようになり

ですね、だから わたしは 大学の数を今の半分にしろと主張しているんでけどもね。
日本は大学全入時代に突入したと言われていますけれども、なんで全ての人が大学に行かなければならないのか、
そのことをどう説明でするのか。なんでですかね。

こういうところにも、戦略のなさが見えますね。戦略がないのに大学を野放図に増やしてきたのだと思います。
もしも、日本がモノづくりの職人国家ということを明確に一つの柱にすえているのならば、大学の数はそんなにない方がいいのです。大学全入時代で全て若者が22才くらいまで大学にいっていたら、職人は育ちませんよ。職人というのは実際の経験が大事ですから、早期から始めないとダメなのですね。早ければ早いほうがいいという世界です。
場合によっては、中学校を卒業したときくらいから職人の世界に入ったほうがいいのです。

その代わり、職人が尊敬される風土を復活させないとダメですね。中学校しか出ていないんでしょ、ということで
そのことで蔑まれる風土があるとダメです。それだと、みんな大学に行きたがります。まあ、ほとんどの場合、大学にいっても無駄だと思いますが、 一部の学生は 大学に行くことの価値はあるでしょうが、まあ ほんどの若者は無駄な時間をすごすことになるでしょう。

ですから、わたしは モノづくり国家 と大学の問題は 密接に関係しているととらえています。

それと、一頃 批判の多い ゆとり教育ですね。
わたしは、モノづくり国家には ゆとり教育のほうがいいのではないかと思っているんですけどね。
ゆとり教育の本当の狙いが中々理解されなかったのが残念です。

実は、 ゆとり教育は エリート教育と対になっている考え方です。この部分が理解されなかった。 というか、
おそらく 反発を恐れて、文部省は エリート教育のほうは表には出さなかったかもしれない。

つまり、みんながみんなが同じように学習することもないだろうし、でも学習したい人は徹底してやるというのが
ゆとり教育の肝だと私は理解していました。
ゆとり教育で象徴的に批判を浴びたのは、円周率の件ですね。 3.14ではなく、3として覚えればいいとした。ところが、
これが批判を浴びた。なんで3.14ではないんだ、てね。おもしろおかしく揶揄された。ゆとり教育批判の材料として使われた。
わたしは、3でいいと思っていましたけどね。 なんで、3で だめなのか、よくわからなかった。 第一、ほとんどのひとが、人生において円周率なんか使うことはないですよ。ならば、記憶負担の少ない3でいいのです。

でも、ここがだいじですが、でも 一部の生徒は 3.14でやればいいのです。それも、徹底してやる、ここにゆとり教育の狙いがあることは 一般にはなかなか知られなかった。

ゆとり教育 + エリート教育  というのが、ゆとり教育の大事な部分です。つまり、ゆとり教育の奥にエリート教育が
あるということ。

で、子供を職人の方向に誘導するには、ゆとり教育のほうがいいのです。適性ある子供は職人の方向に誘導する、あるいは興味を持たせるには ゆとり教育のほうが都合がいいと思いますね。
今のように、つめこみが復活されると これができなくなります。

日本は国際比較というのが好きですからね、国際比較で成績が悪いとなると、それに影響されてやり方を変えてしまう。
自分にたちにあったやり方は何かという方向で考えない。

その点でも、 なんどもいいますが、 ドイツが参考になるでしょう。自分たちにあったやり方を追求する。それが自分たちにあったやり方であれば、人との比較が何であれ、そのやりかたを
突き進めばいいのです。そのほうが、結果としてグローバル競争に生き残れかもしれない、ということです。

tonbeiさん(勝手に短縮しました。ご容赦下さい)2009年07月22日 23:50

思いの外のご指摘で・・、返答を書き掛けましたが、辛くなって次の一点だけを申し上げます。

私は基本的に竹中氏を正当に批判するためには何物も持たない一介のビジネスマンです。
また恐らくtonbeiさんと同様に、彼には声高に批判や非難されるべき主張や大きな誤りはないとも判断しています。但し、枝葉の点は別ですが・・。

上記の私の判断は、彼の説を勿論鵜呑みにする訳ではなく、私なりに彼の主張を検証をした上での判断と結論として、ですが。
誤解がおありなら、解き放って戴くようお願い致します。

すばる望遠鏡が建設されていた頃ですが、すばる望遠鏡の本体とも言える巨大な反射鏡が実は日本の技術者でなく、アメリカの職人の手で作られていると知ったとき、私はアメリカの底力を思い知らされました。

我が国でも、富士フイルムなどでは確かカメラのレンズを職人の手で磨き上げるという教育をしていると聞いたいました。
そして手先の不器用なアメリカ人が完璧に近い反射鏡を、しかも巨大な大きさの鏡面を指先の感覚で磨き上げていたと言うことは信じられませんでした。

私は浅学にも、アメリカにはこのような微細な技術を駆使する職人はいなくて、ドルの力で他国を屈服させているのかと思っていたのですが、金融資本主義の陰で黙々と腕を磨く職人がいたのですね。

ドイツは遙か昔から職人をマイスター制度で、誇りが持てるようにしていました。

そして日本では、職人の立場が卑しい存在のように扱われてきていました。
国家公務員がいて、ホワイトカラーがいて、と言う階級が出来てしまい、職人やその人達が働く小規模経営の企業は社会の最底辺に追いやられている。
人工頭脳の工作機械を作るときには、熟練した職人の校庭を分析してプログラムを作ると聞きましたが、プログラムはプログラムで進化しないと言うことを忘れてきたのが今の日本ではないでしょうか。

熟練した職人の技術を時代の若者に伝承し、それを発展させるという繰り返しが「技術大国」を作るのでは?

それでも、まだ職人の技を伝承しようという企業は残っています。
私の住んでいる長野県でも諏訪にあるエプソンが、若者に職人の技術を学ばせる部門を、持っています。
他にもきっとそのような企業はあるに違いない。

そのような企業に対して国が応援するような態勢、を作らないといけないのではないでしょうか。
国が今までそのように優秀な技術を持っていた企業を、中小企業だからと放置していたため、名前は忘れましたが、確か大型歯車の世界的技術の中小企業を、ハゲタカに乗っ取られるようになるのです。

又企業も、熟練の職人又は技術者を冷遇した付けが今来ていると反省しないといけないのではないでしょうか。
あの、世界的大企業のトヨタなる自動車会社は、働く労働者を機械の一部のように貶めてきてのし上がった企業です。
あの会社の奥田某など、どれだけ国民に貢献してきたのか疑問ですが、平然と国家の指導者面をしています。
それならきちんと払うべき税金を払えと言いたい。
キャノンの御手洗なども犯罪行為を力で押し隠しているのでしょ? しかも派遣切りを経団連会長として真っ先に実行した人非人です。

こういう連中がのさばっている我が国で、底辺に落とされた職人の技を伝承して育てると言うことは難しいでしょう。

藤田@安曇族さん

前段の職人についての文章はまったく賛成です。なるほどと思います。

後段の大企業についてのご意見に関しては、グローバル競争をどう見なすのかということを言わないと、なかなか納得しえないと思われる方々もいると思いますけどね。わたしもそうですが。

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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