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2009年7月31日

自民党がマニフェストを発表

 自民党は31日、8月30日の総選挙に向けての政権公約を発表した。マニフェストの骨子となる「政策BANK」は下記の通り。

【追記】
 自民党公式HPでマニフェストと政策BANKが公開された。

■自民党HP(マニフェスト&政策BANK)
http://www.jimin.jp/index.html

2009_yakusoku_a.jpg
(自民党マニフェスト2P)

■関係者向け政策BANK(先行配布された資料)
ダウンロード(PDF)

自民党のマニフェスト発表会 ニコニコ動画で生中継(31日17:00~)

 31日に行われる自民党のマニフェスト発表会(記者会見ではない)が、ニコニコ動画の麻生自民党チャンネルで生中継される。リンクは下記の通り。

http://ch.nicovideo.jp/channel/ch90

保守・リベラルは、ぐじゃぐじゃ自公守旧勢力に勝てるか―――無血・一票の革命前夜に記す―――

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆院議員)

 手負いの猪ほど恐ろしいものはない。私の住む茨城県は、小選挙区7で、比例代表復活当選を含めて、衆議院議員9人。内訳は、自民党7、民主党1、自民党系無所属1(中村喜四郎元建設相)であり、閣僚経験者4、世襲議員6という名高い自民王国である。その王国にも、ようやく落ち目の気配が見えてきた。これまで、自民党以外の候補者に投票したことがない、自民党以外の候補者の名前を聞いたことがないという、化石のような人々から「自民党では駄目だ」との声が澎湃と沸きあがってきた。慌てた自民党議員は、昨年暮れから、国会審議もそこそこに、妻子眷属、ご一統様総出で、戸別訪問、ミニ集会に駆け回っている。なかには、やったことのない朝の駅立ちをして、通勤客の度肝を抜いた元大臣もいる。7月25,26日、わが市では、市あげての夏祭りである。そこに、元大臣が挨拶に現れたものだから、町内会の役員さん達は、この時とばかり、言いたい放題。元大臣はほうほうの体で退散した。その場に居合わせた友人が「役員があそこまで言ったのだから、わが町内は反自民で固まった」と他愛なく、大喜びなので、「水を差すようで申し訳ないが、役員は自民党支持者でしょう。いままでは、対等に口も利けなかった議員さんに文句を言えたので、気持ちがすっきりしたろう。欲求不満と不定愁訴のガス抜きだ。風が吹いただけで人の気持ちが簡単に変わるものではない」と、苦言を呈しておいた。

 比例区では、民主党は自民党を抑えて第一党になる可能性が高い。しかし、小選挙区はそれほど単純ではない。一昨年の参議院選、先ごろの都議選の結果を、参考にするのはともかく、それら最近の傾向を単純に、小選挙区選に当てはめると大変な計算違いになる。日本人社会は、理もさることながら、無意識の内に、争いごとを好まず、謝れば「今度だけは」と許す、情を大切にする情誼社会=「なにわ節」である。自民党内の麻生降ろしがわかりやすい。世論調査によると、麻生総理を支持していないはずの日本人が、中川秀直氏などの麻生降ろしには厳しい反応を示したのである。自民党議員も世論の反応に敏感で、21日の両議院懇談会で、麻生総理が涙ながらに謝罪すると、中川氏は自ら、総理に握手を求めたのである。民主党に傾いた自民党支持者が、必死の形相で訴える候補者の姿を見て、本家帰りすることは、当然、予想される。それを食い止めるのは、風に頼る「空中戦」ではなく、一人ひとりに声を掛ける「地上戦」の勝負である。東京でも、僅少差で、全勝、全敗もあり得る。それが小選挙区のもつ怖さである。

 自民党は、政権から追い落とされた瞬間、全ての既得権益を失い、小選挙区で破れた候補者は、次の選挙で雪辱するのは難しいと、本能的に感じている。「腐っても鯛は鯛。自民党を舐めると負けるぞ」という小沢一郎の苦言を、民主党の候補者・支援者は、真摯に受け止めるべきであろう。地元に根を張った自民党の底力を甘く見てはいけない。歴史の教えをもじっていえば「窮象かえつて鳩を噛む」である。

■自民党にだけは「日本を守る、責任力」とは言ってもらいたくない

 自公政権10年間で日本社会を、貧困層を拡大するなど、あらゆる面でメチャクチャにしながら、なんの反省もなく、「日本を守る、責任力」と、いけしゃあしゃあと言ってのける麻生総理の精神構造に、呆れかえって、開いた口が塞がらない。「巧言令色、少なし仁」は、いまの自民党にピッタリだろう。

 「兵力の逐次投入は愚策」という戒めがある。敵の戦力を過小評価して、兵力を小出しにし、結局は大量の兵力を投入して、惨敗するということだ。第二次大戦で、日本軍が惨敗したガダルカナル海戦がその見本である。自公政権は、日本経済が、一部の輸出企業を除いて、国民生活レベルでは、不況が深刻化しているとの認識が希薄だった。加えて、アメリカでは、2007年からサブプライムローン問題が顕在化して、金融不安が起こり、昨08年9月、自民党総裁選の真っ只中、リーマンブラザースの破綻で、世界は一気に金融恐慌に突入した。日本は、小泉政権の失政に追い討ちをかける金融恐慌に翻弄された。もし、自民党に責任力があったならば、総裁選を直ちに中止して、本格的な景気対策を講じたはずである。「経済の麻生」を自任し、「政局よりも政策」と主張するのであれば、総理就任と同時に大型補正予算を組むべきだったのである。しかし、自公政権は愚者・無能者の集まりであり、政権を支えるはずの官僚の質は、極端に、劣化していた。麻生のしたことは、福田内閣から引き継いだ1.1兆という小出しの第一次補正予算だった。

 麻生総理は「政局より政策」ではなく、政局=解散を有利にするために補正予算を利用した。選挙買収に等しい、典型的なバラマキの、08年二次補正11.9兆円、09年一時補正、13.9兆円、08年の一時補正、計26.9兆円の財源は国債19兆円、埋蔵金8兆円で、しかも二年後には消費税増税で穴埋めするのである。有り金をかっさらって、むだなバラマキをしていながら、「民主党のマニフェストは財源のない絵に描いた餅」と批判する自民党の態度を「盗人たけだけしい」という。また、自公政権のバラマキ、無駄遣いを黙認し、民主党の財源論を批判する「御用学者」やマスコミは、「ひと様の風上に置けねえ恥しらず野郎」である。ところで、自民党のマニフェストは、民主党に似せてきている。私は、かつて、「自民党は、生き残るためにどのような姿にでも変身するアメーバーだ」と書いたが、いまの自民党はアメーバーの化け物だ。自民党のマニフェストの財源は大丈夫か?

 小沢自由党にとって政策は、「公約」ではなく、「国民と結んだ『契約』であり、『契約違反は許せない』もの」だった。この精神は民主党に引き継がれている。小沢一郎も鳩山由紀夫も「契約履行」のために、命を賭けて、予算の組み替え、むだ遣いの全廃をしようとしている。与党の、重箱の隅をほじくる批判など鎧袖一触である。

 戦後、衆議院議長にまでのぼりつめた林譲治は「翼賛政治体制着々と整う。鳩山先生に随いて之に加盟せず」と題し、「黙々とただついて行く枯野道」と詠んだ。友人の俳人・唐澤春城さんは、軍に阿り、次々と翼賛政治に組み込まれる同僚を冷笑した「餌につきて走る鶏あり野山枯る」のほうが、「少々品は落ちるが正直で、好き」だそうである。激動期だけに、信念を貫き通す政治家が欲しい。

 日本列島の異常気象は、何の予兆か? 「8月決戦」は、天下分け目のときである。「その日」まであと30日。30日は、長いともいえるし短いともいえる。気を引き締めて、突撃あるのみである。

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【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

2009年7月30日

自民党に取材拒否された!

 31日に自民党のマニフェストが発表されることを受け、《THE JOURNAL》編集部では、同日に開かれる記者会見の出席申し込みを自民党広報部に行った。ところが、広報部から「記者クラブ加盟社以外は会見に参加できない」との旨の回答があり、出席を拒否された。編集部は「質問はしない。映像の撮影だけでいい」と食い下がったが、それでも回答は変わらなかった。会見は原則としてテレビ局と新聞社のみを対象に行われ、ネットメディアやフリージャーナリストは、党が認可した者以外は排除される見通し。

 一方、27日に開かれた民主党のマニフェスト発表会では、どのような記者でも出席できる“開かれた”記者会見だった。会見にはフリーランスや外国メディアの記者も数多く出席し、質疑応答では地方紙やネットメディアの記者でも自由に質問ができた。また、会見終了後には、ふだんは東京の民主党本部に常駐していない記者を対象に、特別に民主党マニフェストの説明会(通称:記者レク)も行った。

 いまさら言うまでもないが、民主党の記者会見のやり方こそが世界の民主主義国の標準形態であり、自民党の閉鎖的な記者会見は他の民主主義国では例をみない。民主党はこういった自民党のやり方を問題視しており、政権交代後には即座に世界標準の記者クラブ(=プレスクラブ)を誕生させることを公言している。

 なお、冒頭に述べたように、明日行われる自民党のマニフェスト発表会は、自民党が許可したメディアと記者しか参加できないことから、決して「記者会見」ではない。それはあくまでも「自民党主催の政策発表会」であり「自民党の広告宣伝活動」である。

2009年7月29日

読売新聞が世論調査記事で偽装グラフを掲載

 読売新聞が何の理由で掲載したのかがわからない“世にも奇妙な記事”を掲載したことがネット上で話題となっている。

 話題となっているのは、23日に掲載された【「比例は民主」42%、優勢維持】という世論調査記事。読売は、記事のなかの「首相にふさわしいのは」という問いで、鳩山代表が前回調査よりも6.1ポイント下がって39.8%、麻生首相は1ポイント上がって22.1%となったことを報告している。ところが、同記事に掲載された数字を比較するグラフでは、数字以上に両者の差が縮まっているように見える誇張された図表が掲載されている。(下記図を参照)

yomiuri090729.jpg
(Yomiuri On-Lineより引用)


 誰が見てもこのグラフのおかしさは明らかだが、東大先端研の菅原琢特任准教授は、インターネット新聞「JANAJAN」で、自身が作成した正しい図表と並べて比較。その上で「こんなグラフがデスクや校閲などをすり抜けて世の中に出てしまうこと自体、組織が機能していない証拠」と厳しく批判している。

janjan090729.jpg
(左)読売の図表に目盛りをつけたもの
(右)調査結果を表した正しい図表(JANJANより引用、いずれも菅原氏が作成)

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■菅原琢:大手マス・メディアの信用を毀損する読売新聞の世論調査記事(JANJAN)
http://www.senkyo.janjan.jp/senkyo_news/0907/0907240666/1.php

■「比例は民主」42%、優勢維持…読売世論調査
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090723-OYT1T00935.htm

日本の“モノづくり”精神の大元はどこか? ── 文明の基礎としての超精密農耕技術

takanoron.png 前稿(INSIDER No.502)で日本が「“モノづくり資本主義”で世界をリードする」可能性について論じたところ、読者から、資本財の優位性だけで日本全体が食っていけるわけではないし、その優位性もいずれ新興国からキャッチアップされて保てなくなるだろうとの趣旨の指摘があった。

●日本の最先端中小企業

 まず1つには、私は資本財供給国としての世界貿易の中での日本のユニークな位置取りを「日本が21世紀の世界を生き抜いていく1つの筋道」として重視すべきであることを示したのであって、それだけで日本全体がやっていけるとは言っていない。その大きな可能性を、榊原のようなインテリを含めて、日本人の多くが認識していないことを嘆かわしいとかねがね思ってきたので、力を入れて強調したまでのことである。ひとたびこれが21世紀日本の生き方の柱の1つであるという合意が成り立てば、例えば、

▼政府の長期的な研究開発投資のプログラム、
▼大中小企業の経営力や技術力や製品開発力などソフト面を評価してリスクを賭けて投融資するベンチャーキャピタル型の(ということは土地担保でしか金を貸せない従来の銀行を脱皮して経営力や技術力や開発力などソフトを評価してリスクを賭けて投融資する)金融機能を重視した金融改革の方策、
▼小学校からのモノづくり教育、(何人かの読者が指摘したように)ドイツのマイスター制度に倣った「匠制度」、工業高校と理工系大学・大学院の充実などを含む教育改革の方向付け

──など、およそすべてのことを“モノづくり日本”の方向に沿って合流させていくような総合施策を組み立てることが可能になるだろう。日本と世界の関わりにおける(全てではなく)最前線をそのようにして形成したい。

 2つには、確かにこの領域においてもキャッチアップの可能性は大いにあって、油断も隙もあったものではないが、前稿で例に出した世界最小歯車メーカーの樹研工業の松浦元男会長にそれを問えば、「なーに、彼らが5年経って追いついてきた時にはウチは10年先まで行っているよ」とのことである。その自信から、同社の場合は、請われればどの国からも研修生を受け容れて技術を伝授し、3年かそこらで基本を学び終えると、彼を工場長にして本国に合弁工場を出し、その場合にパテント料で縛るという小賢しいことは一切せずに、出資比率50:50で済ませている。もちろん誰もがこんなことが出来るわけではないけれども、日本の最先端には、そういう意識を持って事業を成功させていて、毎年、創業以来史上最高の昇給を更新し続けている中小企業があるということは知っておくべきである。それを単なる例外と考えるか、それこそが先進モデルだと考えるかが、思考の1つの分岐点である。

 全国どこへ行っても、商工会議所・商工会・法人会など中小企業団体の会長の挨拶は「日銀短観は景気が下げ止まりつつあると言うが、我々中小企業はそんな実感からはほど遠く、まさに“100年に一度”の大不況の波をもろに被って苦しんでいる」という、「大企業はいいかもしれないが中小企業は大変」パターンに決まっている。それでいて、講演が終わって宴会になって個別に聞けば、確かに大企業の下請け一本でやってきた企業などは大変なことになっているが、独自の技術を磨いて何とか切り抜けていたり、それどころか積極的に海外にまで販路を広げて独り立ちを果たしている企業も決して少なくなく、その割合は普通の中小企業団体で半々、地方銀行の優良融資先の経営者の会などの場合は7〜8割が後者である。つまり「大企業でも中小企業でも、成熟経済への適合が出来ている企業とそうでない企業との二極分解が進んでいて、全体としてみれば大小・業種・地域に関わらず“まだら模様”を呈している」というのが本当のところで、にもかかわらず中小企業団体の建前としては「中小企業は大変」ということにしておかないと運営上差し障りが出るのでそう言い続けている。しかしこれでは、農協が「農家は大変」と“弱者ブリッ子”を演じて補助金漬けに身を沈めている内に本物の弱者になってしまったのと同じ轍を踏むことになる。

 3つには、このような日本的モノづくりの精神は、今現在で言えば精密機械工業やハイテク素材産業や環境、IT、バイオ、医療産業などに典型的に顕れていて、そのまた突端にあるのが高度資本財輸出企業であるけれども、その精魂込めてモノを作り上げるという心意気の根元は、実は縄文以来1万年に及ぶ日本の農耕文明にあって、それは農業から製造業、サービス業まで含めたこの国の(サービス業まで含めた広義の意味での)モノづくりに一様に貫かれていることを認識する必要がある。

●農耕漁撈文明の特質

 日本は国土の66%を森林が占める世界でも稀なる「森の国」である。その森が林業の衰退によって荒れ果てているという現実的な問題は(天野礼子に委ねて)今は措くとして、なぜ日本にそれだけの森が残っているのかと言えば、それは農業のあり方の特殊性と関わっている。

 梅棹忠夫は『文明の生態史観』で、ユーラシアを中心部の乾燥地帯の遊牧民世界、その外側の準乾燥地帯に起こった4大古代文明世界、そのさらに外側の湿潤な日本と西欧の近代文明世界という3層の文明モデルを提示した。それに対して、「陸」だけではなく「海」の視点を加味して、その文明モデルの修正・増補を図ったのが川勝平太(現静岡県知事)の『文明の海洋史観』で、それによって日本の自己認識の深度は相当に深まったのであるけれども、梅棹も川勝も、ユーラシアの東西両端の日本と西欧との文明の質の違いを問題にしていない。そこで登場するのが、環境考古学者で縄文学者の代表格の1人である安田喜憲=国際日本文化研究センター教授で、彼の『文明の環境史観』によって日本の文明史的な独特の位置づけは一層明白になった。

 安田によると、西欧の代表としての英国では「農耕が伝播して以降、カンバやナラの森は一方的に破壊され…17〜18世紀には森の90%以上が消滅して、完全な森林破壊の段階が現出した」が、日本では「確かに農耕の伝播によってカシやシイの原始林は破壊されるが、その後、アカマツやコナラなどの二次林が拡大してくる。このため英国のような完全な森林破壊の段階が現出しない。…このように英国と日本とでは、森と人間のかかわりのあり方に、根本的な相違が見られる」のであり、それは詰まるところ、英国はじめ欧州の麦作と牧畜を中心とした農業と、日本の水田稲作と漁撈を中心とした農業との違いに帰着する(安田『稲作漁撈文明』)。

 問題の1つは、麦作と牧畜を中心とする西欧型が、限りなく森を伐採して広大な平原を切り拓いて麦畑と牧草地を作るので、大規模な粗放経営がまことに妥当であるのに対して、稲作と漁撈を中心とする日本型は、耕地の42%が中山間地にあって、そこでの里山的な森と田畑との循環的な生活技術とそれを担う家族労働集約的な小規模農家こそが主体と位置づけられるべきである。「水田稲作農業を基本とし、肉食用の家畜を欠如した日本の農耕社会では、経営規模をいたずらに拡大して粗放的にするよりも、労働集約的にする方が収量が多かった。急峻な山地に家畜を放牧するよりは、森を保存し、森の資源を水田の肥料として利用する方が、土地生産性を活用することにつながった。灌漑用水を定常的に確保するためにも……豪雨による災害を防止するためにも森は必要だった。温暖・湿潤な気候は森の再生には好都合だった。こうして日本人は森の資源に強く依存する農耕社会を構築した」(安田)。

 東アジアのモンスーン気候帯の下でのこの温暖・湿潤は、農学者の野田公夫=京都大学教授に言わせれば(「現代農業革命と日本・アジア」、『生物資源問題と世界』所収)、農法の上で「最大の問題」で、「作物の増殖を促進する条件である温暖・湿潤は、同時に雑草を繁茂させ病気や虫害を増大する条件である……。肥料を増投すればかかるリスクも増大するのであり、それを確実に生産力化するには綿密な肥培管理がポイントとなる」。多投した肥料を実に結ぶ能力のある品種の育成、健苗を育てるための綿密な苗代管理、耕土を厚くするための深耕、適期を外さない水のかけひき、雑草・病虫害の防除など、まさに作物を撫で回すがごとくに丹精込めて育てる超精密農法は、江戸時代には確立され「明治以降の日本農業も基本的にこの延長上にある」(野田)。

 江戸の人々が、より深く耕すために敢えて家畜による耕耘を止めて、改良された鋤鍬を用いて人力で思い通りの深耕を実現したことは、人口経済学者の速水融によって「勤勉革命」と名付けられたが(『近世濃尾地方の人口・経済・社会』)、西欧が畜力を機械に置き換えて産業革命へと突き進んでいくのに対して、日本は驚くべきことに、畜力を人力に代えてまで土と作物を手塩に掛けて育てることを選んだ。安田は言う。西欧的な産業革命は「機械で森を切り開き、農耕地を造成し、家畜と農作物と人間の世界だけを創造してきた」のだが、それに対して日本の勤勉革命は「家畜や機械に代わって自らのエネルギーを大地に投入し不毛の大地を豊かな大地に変えることに専念し、それに喜びさえ覚え」ながら「人間以外のこの地球の生きとし生けるものの命との共存にも目をくばりながら」「棚田を造成し森と水の循環系を維持し、生物の多様性を守り通してきた」。

 なぜそれほどの人力深耕が必要だったのかと言えば、江戸以来、日本の農家の土壌管理の根幹が落ち葉を主体とする堆肥の大量投入にあったからである。毎年冬が近づいて真っ先にやることは、里山の二次林で大量の落ち葉を集める作業で、それを庭先に山と積み、ワラや人畜糞を混ぜるなどして発酵・熟成させて堆肥化し、何と1反歩の耕地に1トンほども投入した。完熟した乾燥堆肥1グラムには1億個の微生物が含まれているというから、1トンなら100兆個。その働きによって高度の土地生産力を維持した。今から100年前の1909年、米国の土壌学の父と呼ばれたF・H・キング博士は、すでに始まっていた米国農業の機械化・化肥化による土壌の劣化を憂いつつ、日本・中国・朝鮮の農業を視察、とりわけ山と川と田畑の繋がりの中で巧みに養分管理された水田稲作のシステムに日々仰天し、それを「西洋諸国への反省を迫る」ものとして紹介する長大なレポートを書いた(『東アジア四千年の永続農業』)。

●日本農業の可能性

 その根底にあるのは、縄文時代以来、1万年以上にわたって築き上げてきた「森の思想」(梅原猛)で、それこそが21世紀の地球と人類を救う自然観・世界観である。

 森の思想は、つまりは八百万の神的な、人間をも自然の循環の一部と捉える共生の思想で、鳩山流に言えばそれが友愛精神の一面である。日本人が凄いのは、その思想を抽象レベルで済ませるのではなくて、日々生きるための生活技術の体系として具象化し、何によらず丹精込めて育て上げる気風として体に刻んで受け継いできたことで、それは、岡本太郎が称揚した縄文火焔土器のあの異様なまでの芸術性(岡本『縄文の思想』)、あるいは5500前から1500年間も続いた青森県三内丸山の縄文都市遺跡から出土した、漆の大皿の破片や糸魚川上流から輸入した翡翠のネックレスや、さらには北海道産の黒曜石を用いた鏃(やじり)を岩手県産のアスファルトで固着した狩猟用の矢といった品々の、想像を絶するモノづくりへのこだわりに既に現れている(梅原『縄文文明の発見―驚異の三内丸山遺跡』)。そのモノづくりは、養蚕、機織り、鍛冶、製陶、工芸、食品加工等々、元々は誰もが自分でこなす生業の一部であったものが、やがて分業化・専業化して「匠」の技として絢爛たる発展を遂げ、さらに近代工業化と共に今日に受け継がれ、例えば、町工場の金属加工の現場で、5軸切削の最先端マシニングセンターでロケットヘッドを成型しながら最後の最後はベテランが撫で回しながら手作業で磨き上げて細密な仕上げをするといった職人技とか、世界最高度の産業用ロボットを決して単なる機械と思わずに「○○ちゃん」とか愛称までつけて自分ら工員の仲間として扱うといったヒトとモノの一体感覚とかにまで、真っ直ぐに繋がっている。

 戦後日本の農政が分かっていないのは、以上のこと全てであり、欧米型の大規模化・機械化・化肥化をモデルに安易に「金になる農業」を創り出そうとして、かえって農業をめちゃめちゃにしてしまった。この愚劣を断ち切って、日本文明の基礎としての農林漁業を再建して世界のどこにも例のない独自の田園生活の豊かさを実現し(大平政権の「田園都市構想」を思い出す!)、その我々の暮らしぶりとそこに貫かれているモノづくりの精神とを世界に向けての(とりわけ「西洋諸国に反省を迫る」ための)メッセージとするのでなければならない。日本の耕地の42%は中山間地にあって、そのほとんどは大規模化などもってのほか、小規模の家族集約労働で守っていくしかない。それを経済効率が悪いからといって切り捨てようとしてきた従来の農政は、文明に対する破壊の罪に値するのであり、民主党のすべての農家に対する所得補償制度の提案は(議論すべき問題がたくさん含まれており、それについてはまた論じることにするが)その大転換の端緒となりうるだろう。

 こうして、モノづくりで生きていこうという場合に、その最突端を形成するのは第2次産業のハイテク資本財ということになるが、それ以外の製造業でもいろいろな可能性があり、また第3次産業でも、例えばユニクロの海外での成功や、セブンイレブンの米国子会社を通じてのコンビニの世界的大展開、あるいは中国も米国も注目する新幹線やリニアモーターカーの輸送技術など、いかにも日本的な超緻密な商品・店舗・顧客管理のノウハウやシステムの輸出も、広義でのモノづくり精神の現れと見ることが出来よう。世界中での寿司屋はじめ日本食レストランの大ブームは、単に素材がヘルシーだからではなく、その素材を生かし切る超精密な食品加工と調理の技術の見事さによるところが大きい。そうしたことの文明的基盤は農業はじめ第1次産業であり、そのようなものとしてそれを再建することが出来た暁には、日本の農業自体もまた他の先進国と同様、輸出産業へと転換することが出来るだろう。そのように、21世紀日本の世界の中での生き方の戦略問題としてモノづくりということを考えてみたいのである。

余談:今日の日本経済新聞「経済教室」で戸堂康之=東京大学准教授が「今こそ『内需より輸出』で」と論じていて、その中で「実は日本は先進国の中ではもともと輸出依存度が低い。輸出額の対GDP比ではOECD諸国の中では米国に次いで最低水準」と述べているのは正しいが、昨年から今年上期にかけての日本の輸出が急減した理由として「日本の輸出産業が自動車・電機などの耐久消費財に偏っていたこと」を挙げているのは、前稿で引用した輸出の商品特殊分類表に照らして、全くの間違いである。スタンフォードで博士号まで取って、こんなことも分からないで日本経済を論じているのが学者の世界である。▲

2009年7月28日

外務省のラスプーチン 佐藤優さんが新党大地から出馬?!

 元外務事務官で作家の佐藤優氏(49)が、新党大地の鈴木宗男衆院議員(61)から次期衆院選の出馬要請を受けていたことが28日、わかった。スポーツ報知によると、佐藤氏が出馬するかどうかは微妙だが、党内では佐藤氏出馬への期待が高まっているという。

■佐藤優氏に新党大地から出馬要請(スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20090728-OHT1T00038.htm

田中良紹×横田由美子×高野孟:解散直後“ほろ酔い”座談会

horoyoi090728.jpg

 衆議院解散が行われた直後の今月22日、東京都六本木の創作料理店“トーフステーキ『一億』”に田中良紹さん(政治ジャーナリスト)、横田由美子さん(ルポライター)、高野孟(《THE JOURNAL》編集主幹)が緊急に集まり、現在の日本の政治状況について熱い討論を行いました。

 戦後日本の憲政史上初の政権選択選挙といわれる8月30日の衆院選。投票の前に国民が知っておくべき「政治とは」「権力とは」「日本とは」・・。そして、新しい日本の夜明けに向けて、国民は何をしなければならないのか。焼酎を傾けながら自由闊達に語ります!

“ほろ酔い”とは言え、「生特番」に向けて重要な意味を持つ座談会です。

■Movie 1 ─ 非改革 無改革 そして、反改革で自民党が終わる
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie001.html

■Movie 2 ─ 古賀と舛添に見る「自民党の終焉」
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie002.html

■Movie 3 ─ 140年ぶりの政権交代に向けて
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie003.html

■Movie 4 ─ 戦後政治のなかの自民党
http://news.www.infoseek.co.jp/special/shuinsen2009_j-is/movie004.html

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☆☆編集部スタッフも常連!今回の協力店を紹介☆☆

今回の収録は、六本木の地元民に長年にわたって愛されている創作料理店“トーフステーキ『一億』”の協力で行いました。素材に徹底的にこだわったマスターの独創的な料理は、一度食べたらヤミツキになること間違いなし。文句なしの5つ星。

トーフステーキ『一億』
住所:東京都港区六本木4丁目4-5
電話:03-3405-9891
営業時間:11:30〜14:00[14:30閉店 ランチは月〜金のみ]・18:00〜23:00[23:30閉店] 
定休日:日曜
最寄り駅:都営線・東京メトロ「六本木」駅
参考URL:http://gourmet.livedoor.com/restaurant/302203/

HR8U8630.jpg
↑名物のトーフステーキ

民主党マニフェスト発表会で鳩山代表が政権交代を訴える!

 民主党のマニフェスト発表会が27日午後、都内のホテルで開かれ、冒頭の演説で鳩山代表は「明治維新以来の革命的改革」を実行するための政権交代の必要性を訴えた。また、同じく会見を行ったマニフェスト検討準備委員会委員長の直嶋正行政調会長は、政権獲得後の政策の実行工程表を発表し、来年度から、子ども手当て1万3000円の支給や公立高校の実質無償化を実施することを明らかにした。一方、高速同僚の無料化は、即時無料化による渋滞の発生などの社会的混乱を避けるため、影響の少ない高速道路から段階的に実施し、都市部の道路については社会実験を行いながら段階的に値下げする方針であることを明らかにした。会見の模様は下記の通り。

■090727民主党マニフェスト発表会見 鳩山由紀夫代表1/2

■090727民主党マニフェスト発表会見 鳩山由紀夫代表2/2

■090727民主党マニフェスト発表会見 直嶋正行政調会長1/2

■090727民主党マニフェスト発表会見 直嶋正行政調会長2/2

■参考資料
090727manifesto_kotei.gif

2009年7月27日

民主党がマニフェストを公開!

 民主党の鳩山代表は27日午後、都内のホテルで会見を開き、政権交代に向けたマニフェストを発表した。マニフェストは同党のHPからダウンロードできる。なお、自民党のマニフェストは31日に発表される予定。

■民主党の政権政策 Manifesto2009
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/index.html

■政策INDEX2009(民主党の政策を詳細に解説した冊子)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=16667


manifesto2009.jpg
民主党Manifesto2009 2ページ「鳩山政権の政権構想」
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2009年7月26日

岡田克也幹事長が「子ども手当て批判」を批判!

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 民主党の岡田幹事長は24日、党本部での記者会見で自民党が主張している「子ども手当て批判」に反論した。岡田幹事長によると、民主党が主張する子ども手当てが支給された場合、配偶者控除が廃止されても中学卒業までの子どものいるすべての世帯で、手取り収入が増える。会見の模様と資料は下記の通り。

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鈴木寛×高野孟:都議選で民主党が圧勝した本当の理由

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 TOKYO FM・JFN系全国31局ネットで大好評オンエア中の「PEOPLE 〜高野孟のラジオ万華鏡〜」。本日AM5時からの放送では、民主党参議院議員の鈴木寛さんをゲストに迎え、東京都議選の舞台裏についてたっぷり語ってもらいました。

 メディアは民主党の結果を「政権交代の期待のあらわれ」と分析していましたが、はたしてそれは本当なのでしょうか。下記URLからぜひお聞きください!

http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

山口県の豪雨被災地に高邑事務所を通じて支援を!

 防府市を中心とする山口県各地での集中豪雨被害は深刻で、なお今後の大雨による被害の拡大も懸念されている。その中で、防府市在住で民主党の山口1区衆議院候補として自民党の高村正彦元外相と戦っている高邑(たかむら)勉は、すでに事実上の選挙戦に突入しているにもかかわらず、「当面従来の事務所業務・活動は停止して」被害者支援の活動に取り組んでいる。たかむらは35歳。慶応大学法学部・北京大学を経て日本生命・メリルリンチ証券に勤務した後、鈴木寛参議院議員(都連幹事長)の秘書を経験、故郷とはいえ圧倒的な保守基盤である山口1区で敢えて議席に挑戦し、それでなくとも不利な選挙戦最中に事務所活動を停止してまで被害者救済に全力を挙げている。高邑から次のような支援要請が届いているので、物資・カンパの提供、ボランティア参加をお願いします。(高野孟)

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みなさん

 連日の報道でご存知の方もおられるかと存じますが、防府市は小生が事務所を構えさせて頂き、在住している地域です。わたしからも、この度の集中豪雨による被災地への支援につき、お願いさせてください。

 報道されていない地域でも、被害は甚大です。防府市右田のみならず、小野・奈美地区などでは、現時点で行政の力の及ばないところに、まだまだ、みなさんの力を必要としている方がおられます。

 今後予想される降雨の前に、やっておかなくてはならないことがあります。土砂の撤去や土嚢積み、家財道具の運び出し、避難のお手伝い、買い出し・炊き出しなどなど、やるべきことは山ほどあります。行政の支援ボランティアセンターも動き出しましたが、私も引き続き、事務所をあげて全力で支援活動に従事させて頂く所存です。一緒に被災地へ行ってお手伝い頂ける方、もしくは後方支援をお手伝い頂ける方は、少しの時間でもかまいませんので、下記までご連絡ください。

 物資や資金のカンパ、大歓迎です。すべて、センターの運営や資材の購入、重機の手配などに充当させて頂きますので、是非ともご支援、よろしくお願い申し上げます。

 なお、現時点では、被災者支援を優先させて頂きたく、当面従来の事務所業務・活動は停止しております。関係各位にはご心配、ご迷惑をおかけいたしますが、被災地の一日も早い復興を遂げる為、ご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。

 みなさん、よろしくお願いします。

                      たかむら勉拝


たかむら事務所:被災支援ボランティアセンター
住所・防府市高井286 11号倉庫(沖高井交差点)
現地対策本部臨時電話:090-3637-4054
メールアドレス 110@takamura-five.net

要支援の方、困っている知人の方など、情報をください。現在8名の部隊で各地を転戦しておりますが、更にボランティアがそろい次第、各地へ復旧支援に向かいます。また、この現地対策本部において、ボランティアの参加受付、資材の提供の受付をさせて頂きます。

http://www.takamura-tsutomu.com/

2009年7月25日

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第2回>民主党政権の“ディスクロージャー”で問われる市民の覚悟

 『検証・民主党政権で日本はどう変わるのか』、第1回目の前回は、民主党政権誕生の意味を、「まかせる政治から引き受ける政治へ」の表現を使って解説したが、実際日本では長らくおまかせの政治がまかり通ってきた。ここで言う「まかせる」は、“官僚にまかせる自民党に市民がまかせっきりの政治”という意味だ。まかり通ってきたというよりも、そもそもこれまで日本では、政治とりわけ国政に一般市民があれこれ口を出すことは、必ずしも好ましいとは考えられてこなかったとさえ思う。

 たしかに、戦後復興から高度成長期にかけての期間は、焼け野原から再出発した日本にとって、何よりも経済成長が優先課題であることは、誰の目にも明らかだった。あとはその目的を達成するための最も効率的な方法を、優秀な官僚たちに実践してもらえば十分だった。そこに市民があれこれ口を出す余地はなかったし、国がうまく回り、国民生活が豊かになっている以上、その必要性も感じられなかった。

 幸か不幸かその状況は、官僚機構が戦前から共有してきた「由らしむべし、知らしむべからず」の思想とうまくマッチし、まかせられた政府側は市民に対する情報公開にはいたって消極的な姿勢を取るのが常となった。

 この「由らしむべし、知らしむべからず」は、論語の「子曰民可使由之不可使知之」(子曰く、民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず)が出典だ。本来は「人々を頼らせることは容易だが、理解してもらうのはむずかしい」という意味であり、為政者に対して民の理解を得ることの難しさを諭し、そのためにはいっそう説明の努力をする必要性があると説く言葉である。それがどういうわけか、「愚かな民は頼らせるべき対象であり、わざわざ知らせる必要はない」を意味するものと曲解されてきたのだから、皮肉としか言いようがない。これは、できる・できないを意味する可(べし)・不可(べからず)を命令形(~せよ・~するな)と勘違いしていることからくる単純な誤解で、受験で古文をしっかり勉強したはずの官僚たちが知らないはずがない。おそらく確信犯的に誤った解釈をしてきたのだろう。

 理由は何にせよ、情報公開が決定的に足りないため、これまで市民は政府の意思決定に主体的に関わることができなかった。それが政治への無関心を呼び、さらには市民社会と政治の距離を広げる悪循環となってきた。

民主党政策の肝は「ディスクロージャー」
 
 民主党の政策関係の資料には、いたるところに「ディスクロージャー」の文字が登場する。ディスクロージャー(Disclosure)は「露出」や「発表」を意味する英単語だが、政治の世界では通常「情報公開」を意味する。

 政治や行政が持つ情報を、できる限り有権者や納税者などの一般市民にオープンにしていく姿勢が民主党政権の重要な要素であり、それが公約でもある。民主党の政策には「オープン・アンド・フェアネス」という基本理念が流れているが、この「オープン」のなかに、前回紹介した5つのDNAのうち「情報公開(ディスクロージャー)」と、社会そのものをより開かれたものにしていく「包摂と参加」の2つが含まれる。とくに前者はすべての政策に通底しており、これまでの自民党政治との最大の違いもそこにあると筆者は判断している。

 残念ながらこれまでの日本は、先進国としては明らかにディスクロージャー後進国だった。1999年に情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)が制定されているが、その内容は「情報非公開法」と揶揄されるほど使い勝手が悪く、「国民の知る権利」や「原則公開」といった情報公開法の基本理念とされる要素すら明記されていない代物だった。

 民主党政権ができたとき、最初に官僚の激しい抵抗に遭うのが、おそらくこのディスクロージャーだろう。とにかく官僚は情報公開が嫌いだ。一般市民に情報公開などしても、ロクなことがないと思っている。そもそも情報公開を前提とせずに意思決定をしてきているので、いざ公開となれば、とてもではないが国民に説明がつかないことが多すぎる。

 もし民主党政権ができたなら、政権のトップつまり内閣総理大臣が、「この政権ではディスクロージャーを徹底する」旨をいち早く宣言すべきだろう。国民のみならず官僚に対してもそうした強い意志を明確に示さなければ、政権はディスクロージャーでつまづく可能性がある。そして、ディスクロージャーが徹底できなければ、民主党政権はほとんど何の成果も上げられない可能性さえある。それはディスクロージャーに対する姿勢こそが、自民党政権と民主党政権の最大の違いと言っても過言ではないからだ。

政治でも経済でも温暖化対策でもディスクロージャーを推進

 民主党の原口一博NC(次の内閣)総務大臣は、政権を取ったら情報公開法を改正したいと語っている。本稿執筆時点(2009年7月22日)では、情報公開法の改正が民主党のマニフェストに入るかどうかは定かでない。だが、前回お伝えしたように、民主党政権をマニフェストだけで判断してはいけない。

 民主党は自分たちのやろうとしていることをすべてマニフェストに書き出しているわけではない。やりたい政策のなかから、選挙用のウリになるものを並べているだけだ。それを実行できなければ公約違反となるが、逆にそれ以外の政策を実行しても公約違反とはならない。

 政府の情報公開の姿勢を示す規範法となる情報公開法に、先述の「国民の知る権利」と「原則公開」の2語を入れられるかどうかは、その他の政策への波及効果という意味でも、官僚機構に対する意志表示という意味でも、大きな意味を持つ。

 ちなみに「知る権利」とは、すべての行政情報は税金を使って公務員が集めた国民の資産であり、当然ながら国民はこれらすべてにアクセスする権利があることを明確に示したものだ。

 一方、国民には原則的にすべての情報を公開しなければならないとはいえ、外交交渉や犯罪捜査情報、プライバシー情報など、情報公開法から除外すべき種類の情報もある。それらを明確に定義し、公開を拒絶する場合、その情報が除外規定に入ることの挙証責任を行政側に課すというのが「原則公開」の考え方である。

 民主党の政策には情報公開法以外にも、ディスクロージャーが目白押しだ。

 小沢一郎前代表の秘書の逮捕で大きな議論を呼んだ政治資金規正法についても、民主党はこの事件が表面化するはるか以前から、政治資金の報告義務の強化や外部監査の義務づけなど、政治資金のガラス張り化を公約に掲げていた。

 他にも、危険情報公表法、犯罪捜査における取り調べの可視化、公共事業の競争入札や随意契約の情報公開義務づけ、議員と官僚の接触の情報公開義務づけ、候補者情報へのアクセスを容易にするインターネット選挙運動の解禁、年金通帳交付を通じた年金納付記録の閲覧公開、加工食品や外食の原産地表示義務づけとトレーサビリティの徹底、CO2の見える化等々、民主党の政策はその大半がディスクロージャー政策と言っても過言ではない。これらの政策については、拙著『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』で、より詳しく解説してあるので是非ご一読いただきたい。

ディスクロージャーで市民の責任は重くなる

 よほど大失敗しない限り、民主党政権ではディスクロージャーが大きく進むことは間違いないだろう。自分たちの仕事が丸裸にされる官僚を別にすれば、市民側としては情報公開が進むのは総じて歓迎すべきことだし、そう思っている人が多いに違いない。しかしそうした方々に、いくつか前もって警告しておかなければならないことがある。

 まず、行政や政治家や企業のディスクロージャーが進んだとしても、それを利用するかどうかの選択は、基本的に市民側にゆだねられているということだ。いくら情報公開が進んでも、国会議員の政治資金収支報告書が毎月各家庭に送られてくるわけではない。ディスクロージャーがどの程度意味を持つかは、あくまで市民がそれをどれだけ活用するかにかかっている。

 前回お伝えした「まかせる政治から引き受ける政治へ」は、まさにこのことを指す。情報公開さえ進めば、自動的に世の中の見える化が進み、結果としてより良い社会が達成されるというほど民主主義は甘くない。そもそもディスクロージャーという考え方自体が、「どこかの誰かがその制度を利用して社会の透明化を進めてくれるに違いない」という他力本願の発想を前提にしているものではないのだ。市民1人ひとりが情報公開の結果を引き受ける覚悟が必要になる。

 むしろ、ディスクロージャーの推進によって、これまで情報を公開しない代わりにすべての責任を引き受けてきた(いざ問題が起きたときは責任逃れをするが)官僚の責任は軽くなり、その分、市民の責任が重くなることを十分に認識しておく必要がある。
 
 情報が公開されているのだから、市民は意思決定に参加することもできるし、異議申し立てをすることも可能だ。つまり、ディスクロージャーが十分に保障された制度の下で行われた政府の意思決定には、自動的に市民も参加していることになる。少なくとも、政府が勝手に決めたことだとは言えなくなる。
 
 ディスクロージャーというのは、一見、よいことづくめに思えるかもしれないが、実は市民に対して重い責任を背負う覚悟を求める制度なのである。ディスクロージャーが進む民主党政権下の日本では、社会が良くなるか悪くなるかを、これまでのように「お上」のせいにすることはできない。社会をよくするのも市民、悪くするのも市民。それがディスクロージャー政治のもう一つの顔なのだ。

 そしてそれこそ、民主党政権が「まかせる政治から引き受ける政治」への転換を意味すると筆者が繰り返し説く理由でもある。(ダイヤモンド・オンラインからの転載)

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田中康夫新党日本代表が兵庫8区からの出馬を正式表明!

 新党日本の田中康夫代表は24日、公明党の冬柴鉄三前幹事長の選挙区である兵庫8区からの立候補を正式に表明。尼崎市内のホテルで鳩山由紀夫民主党代表も参加して記者会見を行った。

■090724【ノーカット】田中康夫新党日本代表出馬会見@尼崎

■090724田中康夫新党日本代表出馬会見で応援する鳩山由紀夫民主代表@尼崎

■090724作家・コラムニストの勝谷誠彦氏、応援@尼崎

8月30日、「次の100年」が始まる!——この総選挙の歴史的な位置づけ

takanoron.png 待ちに待った?!総選挙を、どういう時間的=歴史的な物差しで捉えるべきだろうか。

●1年

 1年かそこらの最短の物差しで測れば、8月30日に起ころうとしているのは、麻生政権がわずか11カ月余で命脈が尽きて、鳩山政権が生まれそうではあるけれども、さて民主党の頼りない様子からして、同政権も果たして1年も2年も持つのだろうかという程度の、さほど血も沸かず肉も躍らないような話でしかない。この意味での政権交代を阻止すべく、麻生太郎首相としては、この10カ月に4回も景気対策予算を組んで際限のないほどのバラマキを振る舞ってきた実績を誇り、それに対して民主党は、自分らが政権を取れば子供手当や扶養控除廃止や何やかやで平均的世帯当たり2万円の可処分所得増になると主張し、そうするとまた自民党が「子供がいない家庭では増税になるじゃないか」と反論するといった、まこと低次元の攻防になっていく。

 低次元というのは、決して馬鹿にしているのではない。2万円の増減といえども人々にとっては大事であり、このような生活の一番底辺のところでの切実な願いや求めをどちらが掬い取るのかということが、実は選挙の行方を大きく左右する。26日早朝にオンエアされる私のエフエム番組(JFN)で、鈴木寛=民主党東京都連幹事長が語っているように、先の都議選で同党に大勝をもたらしたのは、マスコミが言うような漠然たる民主党への応援気分などではなく、築地市場の移転反対や新銀行東京の廃止でさえもなく、救急車が来てから実際に治療が開始されるまでの時間が全都道府県で一番長いという驚くべき東京都の医療体制の貧困であり、私立の滑り止めを受けるだけのゆとりがなくて都立高校のみ単願する中学生が急増している中での「都立高校無料化」の訴えだった。

 とはいえ、これが表層的な現象論レベルの問題設定であることは疑いなく、今回総選挙の意義をその次元だけで捉えるわけにはいかない。

●16年

 そこで次に、93年春の「政治改革国会」、それをめぐる混乱で自民党分裂、宮沢内閣崩壊、総選挙で非自民・改革派8党による細川政権誕生で自民党単独政権の38年間の終焉……という大ドラマから16年という中ロングの物差しがある。自民党長期政権の弊害としての金権腐敗極まる中で、小沢一郎、羽田孜らが割って出て新生党を創り、別途、武村正義、鳩山由紀夫らも飛び出してさきがけを創り、その両党も与党に入った細川政権が翌94年1月、小選挙区制を軸とする今の選挙制度を作り上げた。そこに託された国民の想いは、これはもうどうしても「政権交代のある政治」、すなわち、選挙の度ごとに正々堂々の政権選択がごく当たり前に行われるような、成熟先進国として当たり前の政治風土を築かなければ、この国の民主主義は前に進むことが出来ないということだった。

 が、制度は出来てもそれは現実には作動しなかった。一度は死んだ自民党は野党でいることに耐えきれず、細川・羽田両政権をわずか10カ月で崩壊に追い込み、社会党の村山富市委員長を首相に担ぐという奇策を弄して、さきがけと共に「自社さ政権」を作って政権復帰を果たした。以後今日に至るまで、(前回の郵政選挙を例外として)もはや単独過半数を確保することが出来ない自らの衰弱を「連立」で補って、中小政党を順繰りに相手に引き込んでは食い潰すという形で政権に留まり続けることによって、選挙を通じての政権交代を阻んできた。その連立という延命装置も01年、森政権でいよいよ効かなくなって、内閣支持率も今の麻生の半分の9%まで落ちて、もはやこれまでかと思いきや、「自民党をブッ壊す」と呼号する変人=小泉と奇人=田中真紀子のコンビに切り替えることで、二度死んで二度生き返った。小泉政権は、もうこれ以上の奇策はあり得ないという意味で、自民党にとって「最後の切り札」だったのであり、彼が去った後にはもはやどんな切り札もなく、安倍、福田、麻生の3代を通じて自民党が壊れ続けて行く姿を晒し、これでは最後の連立相手だった公明党ももはや支えようもなく、政権自体を自爆に向かわせるしかなかった。

 自民党が二度死んで二度「連立」で生き返ったこの16年間は、バブル崩壊後の経済における空白の10年、15年とパラレルの、政治における空白の10年、15年だったのであり、この両方の「空白」を乗り越えることによってしかこの国は、本当の意味で21世紀に足を踏み入れることは出来ない。自民党がここまで壊れ、他方で細川政権与党だった8党のうち公明党をのぞくほとんどが民主党に流れ込んだことによって、ほぼ2大政党制的な配置が出来上がり、自民党がこれ以上連立を続けようにも相手がいなくなって、これでようやく初めて、国民が「政権交代」という政治体験を積むその第一歩を踏み出すことが可能になった。

 だから、麻生が「政権交代は手段であって目的ではない」と言うのは間違っていて、それはこの中ロングの物差しで測れば、16年間も先送りされてきた制度の趣旨と政治の実態との乖離を打開するという立派な「目的」なのである。国民の多くが、民主党がどうであれ一度自分の1票で政権交代とやらを引き起こしてみたいと思っているのは当然だし、自民党の伝統的支持層の中にも「自民党にはお灸をすえなければ先行きがない。今回は民主党に入れる」と決めている人が少なくないというのも、またごく自然な政治意識の流れである。

●100年

 上記の「制度の趣旨と政治の実態との乖離」を16年目にして解消するというのは、形式的・実体的な中ロングの次元のことだが、さらに100年という内容的・本質的な超ロングの物差しがあって、それは、「明治以来約100年に及ぶ官僚主導体制を打破するという革命的改革」(小沢一郎)ということに関わっている。今年は奇しくも、明治憲法が出来て120年目、出来た翌年に第1回衆議院選挙が行われて119年目に当たる。田中良紹がTHEJOURNALで書いているように、そもそもから辿れば坂本龍馬以来140年ということにもなるのだろうが、制度が出来てからということで言えば120年、以来今日まで、日本の政治は官僚体制への従属から抜け出すことが出来なかった。

 ビスマルクが伊藤博文らに教示した、皇帝→首相→官僚体制こそが国家運営の主体であって、議会は添え物にすぎないという考え方は、後発の資本主義的発展途上国にとってはまこと適切なアドバイスであって、天皇の威光を背景にした薩長出身の元勲が入れ替わり立ち替わり首相を拝命して官僚体制と一体となってこの国を取り仕切り、国会議員たる政治家はその周りをグルグル回って、時にいちゃもんをつけたり、あるいは媚びへつらっておこぼれを頂戴したりしてきただけという仕組みは、急速に経済成長を成し遂げて欧米に追いつき追い越せの目標を達成するための開発独裁的な総動員体制としてはまことに効率的・機動的であったとはいえ、1980年前後(維新から110年、明治憲法から90年、面倒なので「明治から約100年」)してその目標が達成されて、米国に次ぐ世界第2の成熟先進国となったからには、そのような過去100年の官主導の体制を一旦清算して、次の100年の成熟先進国に相応しい民主導の国家・経済・社会の運営の体制に転換しなければならなかった。

 96〜98年の橋本政権による金融自由化、金融庁発足、日銀法改正など旧大蔵省権力の部分的解体、地方分権と中央省庁再編、01〜06年の小泉政権による道路公団改革や郵政民営化、規制緩和などは、基本的にはその体制転換のための「改革」という時代的要請を反映したものであったが、一方ではそれを通じてどのような次の100年の国家・社会のありようを創り出そうとするのかの全体像が定かならずに中途半端の不徹底に終わり、他方では改革に伴う痛みを手当てするセイフティーネットの設計がおろそかで負の側面ばかりが綻び出ることになった。しょせん自民党政治は過去120年の体制の一部というよりも、明治の薩長藩閥政治29年、大正のそれなりの政党政治14年、昭和前期の軍部政治13年、戦後のGHQ支配を含む過渡期10年、そして自民党単独政権38年、そのゾンビ形態としての連立政治16年と数えればその約半分!であり、小泉の「自民党をブッ壊す」ではないが、徹底的な自己否定を抜きにして本当の改革など担えるわけがなく、それが出来ないのであれば「革命的改革」を掲げる民主党に政権を明け渡さざるを得ない。

 なので、8月30日に始まるのは単に1年か2年か3年かの鳩山政権ではなくて、次の100年である。解散当日の会見で鳩山は「今回は明治以来の官僚主導の政治から国民総参加の新政権を創り出す、革命的に大きな目的を持った政権交代と位置づけている」と語った。子供手当やその他あれこれも大事だけれども、この革命性をどこまで図太く訴え切れるかが新政権の射出角度と初速を決めることになるだろう。

 INSIDERの古い読者にはお馴染みで「またかぁ」と言われるだろうが、96年旧民主党の発足直前の政策討論合宿に私が提出した「100年目の大転換」イメージ図をもう一度添付しておくので、これを眺めて思い切り想像力を膨らませてこの総選挙の歴史的な意味合いを噛みしめて頂きたい。▲

※画像をクリックすると拡大します
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2009年7月23日

神保哲生:検証・民主党政権で日本はどう変わるのか!<第1回>「まかせる政治」から「引き受ける政治」へ──マニフェストだけでは見えてこない民主党の政策理念を

この際、1度民主党にまかせてみるか

 東京都議会選挙での民主党の圧勝ぶりと自民党の惨敗ぶりを見て、「もはや政権交代は必至」の報道が乱れ飛ぶなか、このように考え始めている人は少なくないはずだ。

 しかし、民主党の政策を分析してきた筆者にしてみると、もしこのような「民主党にまかせてみる」という発想があるとすれば、それこそ民主党が何たるかをまったくわかっていないことの証左だ。表層的なメディア報道に惑わされ、きちんと民主党の政策を把握しておかないと、そういうことになる。

 冷戦構造と高度経済成長を前提とする自民党政治は、「おまかせ政治」でよかった。時代は、できるだけ政治が余計なことをしないよう要請していたし、実際、霞が関官僚に任せておけば、社会はちゃんと回り、われわれの生活は豊かになった。しかし、すべての前提だった冷戦構造と高度成長が終わり、そのおまかせ政治が立ち行かなくなった。

 そこで民主党政権の登場か──となるわけだが、民主党が主張する政治、そして実行を約束している政策は、いずれも市民が意思決定に参加することを前提とした、「参加する政治」だ。「引き受ける政治」と言い換えてもいい。

 民主党の政策は、自民党時代のように市民から国の統治を丸投げなどされては困ると明確に語っている。だから、民主党の政策には2言目にはディスクロージャーやオープンの文言が出てくるのだ。

 実は次期総選挙における最大のポイントが、「まかせる政治から引き受ける政治への転換」の是非なのである。そのことを踏まえずして、いったい政治の何を見ているのかというのが、筆者の偽らざる感想である。そして、それを踏まえずに下手に民主党を支持などすると、大変なことになることもあらかじめ覚悟しておく必要があるだろう。

 筆者は1996年の旧民主党の結党時から、民主党が打ち出す政策に強い関心を持ち、その遷移を取材してきた。このたびその成果を『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』という1冊の本にまとめた。

 同書の目的は第一義的には、民主党政権ができたときに、どのような政策が実施され、その結果日本がどのように変わるのかを、あらかじめ有権者に示しておくことにある。それが見えなければ、有権者は民主党政権が何をしようとしているのかを知らないまま、「政権交代」という漠然としたイメージに1票を入れてしまう可能性がある。

 結党から政権の座につくまでの過程で、民主党がどのような政策を主張し、どのような法案を提出してきたのかを知ることで、民主党政権がどのような政権になるのかを、かなり具体的にイメージできるはずだ。そして、有権者は本当にそのような社会の実現を望むのかどうかで、投票行動を決めることが可能になる。

 と同時に、民主党が野党時代に繰り返し主張してきた政策を、いざ政権を取ったとたんに放棄してしまうような無責任なことを、われわれ有権者は許すべきではない。その意味で同書には、民主党が政権の座についたとき、野党時代に主張してきた政策の実行を求める際の証拠として使っていただくという意図も含まれている。

 本連載では、同書の趣旨を踏まえつつ、総選挙に向けた短期集中連載という形で、民主党の理念や政策をわかりやすく解説していきたい。

マニフェストだけではわからない民主党政権の本当の顔

 いざ選挙戦が始まると、各党はマニフェストという形で公約を発表する。マニフェスト選挙の元祖である民主党ももちろん発表するはずだ。だが、マニフェストとは、基本的に自社製品の宣伝のようなものなので、どうしても自分達に都合のいいところだけ強調して見せてしまうきらいがある。

 また、マニフェストには公約として最低限実現しなければならない政策が書かれているが、実際に政権を握った政党が、そこに書かれた政策しか実行しないわけではない。たとえば、民主党がこれまで野党として廃案を覚悟で繰り返し提出してきた法案や、個別に有権者に訴えてきた政策の中には、市民生活に大きな影響を与える重要な政策もある。

 民主党政権ではその多くが実行に移されるだろうが、それらがすべてマニフェストに書かれているとは限らないし、実際に過去のマニフェストには書かれていないものも多くあった。

 ある政策がマニフェストに入っていないことが、イコールその政策が実行されないことを意味するわけではないという点は、この際しっかり認識しておく必要があるだろう。マニフェストはあくまで、各党が実行したいと考える政策の中から、有権者にアピール性のある政策、つまりそれを公約として掲げることが選挙に有利になると思われる政策だけを選んで羅列したものに過ぎない。

 民主党の政策と言えば、子ども手当の支給や暫定税率の廃止、農家への戸別所得補償、高速道路の無料化など、世間では「バラマキ」の範疇に入るとされる政策が、取り沙汰されることが多い。たしかにこれらは、民主党自身が目玉政策としてマニフェストでも前面に押し出すことになるだろう。しかも、財源問題で突っ込みどころが満載のうえ、多くの有権者に直接大きな影響が及ぶ政策であるため、メディアもそればかりを取り上げる傾向がある。

 無論こうした政策の1つひとつは重要な意味を持つものばかりだが、これらをバラバラに理解していると、民主党政権の姿や、民主党政権下の日本の形がどのように変わるかは、なかなか見えてこない。

 本連載では、マニフェストに入るものも入らないものも含め、民主党が政権を取ったときに実行する可能性が高い政策を検証していく。民主党政権が何をやろうとしているのか、その結果日本がどう変わるのかについて、読者の皆さんに少しでも具体的なイメージを持っていただけるよう努めたい。

民主党のDNA

 民主党の政策を俯瞰してみると、いくつかの大きな流れが底流にあることが見えてくる。これは政策理念と言い換えることもできるかもしれない。そして、それは以下の5つの言葉に置き換えることができる。

(1)情報公開(ディスクロージャー)
(2)公平・公正と機会均等(フェアネス)
(3)安心・安全(セーフティネット)
(4)地方分権(ローカリゼーション)
(5)包摂と参加(インクルージョンとパーティシペーション)

 この5つの理念は、政治学的には必ずしも同次元のものではない。また部分的に重複するものもある。しかし、民主党の政策パッケージ自体が、1998年(旧民主党も含めると1996年)の結党時から時間とともに徐々に形成されてきたものなので、いくぶんツギハギ的な部分がある。その継ぎ目が、まだ必ずしもスムーズにならされていない面があることは、ある程度はやむを得ないだろう。いかんせん民主党は、複数の政党がM&Aを繰り返した結果、ようやく現在のような政権を狙えるところまで成長してきた政党なのだ。

 ややもすればツギハギだらけの面がある民主党の政策にあって、上記の5つの政策理念は「民主党のDNA」とも呼ぶべき政策の核にあたる。

 このDNAは結党以来、菅→鳩山→菅→岡田→前原→小沢→鳩山と代表がめまぐるしく変わる中にあっても、温存されてきた。各代表独自の方針やスタイルは、そのDNAの上に振りかけられたスパイスのような形で政策に反映されてはいる。だが、結党時からの原点とも呼ぶべき5つの基本理念は、その間も常に底流をなしてきた。

 なかでも、(1)の「情報公開(ディスクロージャー、もしくはオープンネス)」と、(2)の「公平・公正と機会均等(フェアネス)」の2つは、民主党のアイデンティティと言っても過言ではない。

 これは少々青臭い議論に聞こえるかもしれないが、もしかすると透明性こそが、自民党政権下の日本に、先進国として最も欠けていた面だったかもしれない。そこが変われば、どんなに画期的な個別の政策よりも、長期的には大きな変化を日本にもたらす可能性がある。

 その変化とは、ディスクロージャーによって政府のダメさの「見える化」が進み、政府への「おまかせ度」が下がることであり、それにつれて、長らく日本を覆ってきた「おかみ意識」が希薄になり、市民側に責任と、願わくばそれだけの自覚が生まれることだ。

 この変化こそが、長期的に見たときの民主党の政策の最大のポイントになるのではないかと、筆者は考えている。

 民主党は1998年4月27日の結党大会で「私たちの基本理念」と銘打った文書を採択しているが、その中の「私たちのめざすもの」の1番上には、「透明・公平・公正なルールにもとづく社会をめざします」と書かれている。このときから、民主党のDNAは変わっていない。

 次回から8月30日の総選挙までの間、民主党の5つのDNAの中身と、その具体例となる政策を検証していきたい。(ダイヤモンド・オンラインからの転載)

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2009年7月22日

高野孟:「政権交代しても何も変わらない」などと言うな!

 高野孟が「政権交代」の意義について語ります!

麻生太郎首相と鳩山由紀夫代表の記者会見!

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21日の衆議院本会議で解散された後、鳩山民主党代表は党本部で、麻生太郎首相は官邸で記者会見を行った。その模様は下記の通り。

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■090721鳩山由紀夫記者会見 1/3 ~本編&質疑応答編①~

090721鳩山由紀夫記者会見2/3 ~質疑応答編②~

■090721鳩山由紀夫記者会見3/3 ~質疑応答編③~

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■09/9/21 麻生首相衆議院解散記者会見 1/3

■09/9/21 麻生首相衆議院解散記者会見 2/3

■09/9/21 麻生首相衆議院解散記者会見 3/3

2009年7月21日

日本は“モノづくり資本主義”で世界をリードする!──榊原英資『大不況で世界はこう変わる!』への異論

takanoron.png 榊原英資=早稲田大学教授の新著『大不況で世界はこう変わる!』(朝日新聞出版)はなかなか面白い。ガソリンで走る自動車とスーパーマーケットやファストフードに象徴される大量生産・大量消費・大量廃棄の20世紀の米国型資本主義の文明が終わりつつあるというその論旨に私は賛成だし、その状況下で日本は江戸時代をモデルとして農業を基盤とした環境大国として進むべきだという方向性についても基本的に同意する。しかし、同書が第3章「“モノ”づくりの落日」で、「金融から“モノ”づくり」だとか「アメリカから東アジアへという現状分析や予測は明らかに的外れだ」と言っていることには大いに異論がある。

●消費財と資本財を区別しないと

 榊原は言う。「輸出は2007年にはGDPの16.2%」と輸出依存度が高く、「その輸出の86%は製品、機械、輸送用機器で、輸送用機器だけでも2007年の全輸出の24.8%に達している」のであって、「まさに自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え、日本経済の景気回復を支えて」いる。「しかし、ここにきて状況は激変し」て米国の消費が冷え込んで「日本の輸出が急落し…“モノ”づくり企業に大変な打撃を与えて」いて、「日本を支えてきた製造業がこの大不況を乗り越えて再びかつての繁栄をとりもどすのかどうかは、必ずしも明確ではありません」。そこで、農林水産業の第1次産業と医療・介護など第3次サービス産業が「日本を引っ張っていく」ようにしなければ、と。

 違うと思う。第1に、日本のGDPに対する輸出の比重は16%で、韓国や中国の38%程度に対して高くないし、香港の166%やシンガポールの185%に対しては比較にならないほど低い。

 第2に、その輸出の仕向地を見れば、アジア向けが50%近くを占めていて、米国向けは16%にすぎない。

 第3に、輸出の中身つまり(量ではなく)質に着目すると、かつての日本は自動車・家電など大量生産型の「耐久消費財」の輸出国として世界に名を轟かせたが、現在は部品や生産設備など少量多品種生産型の「資本財」が輸出の中心で、「自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え」ているというのは誤解を招く言い方である。

 消費財・耐久消費財と資本財を区別して日本の輸出の質を捉えるには、貿易統計の中の「主要商品・特殊分類別輸出額」を見なければならない(総務省統計局→統計データ→分野別一覧→日本統計年鑑→第15章→15-3)。2008年は変動が大きいので07年の数字を見ると次の通り(単位=10億円、()内は%)。

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 輸出総額は84兆円で、その半分強(52%)の43兆円を占めるのが資本財である。これは部品や生産設備などで、そのままの形で輸出先の消費者の手に渡るものでなく、相手国の工場に送られてその企業の資本形成に資するので資本財と呼ばれ、生産財という言い方もある。部品には、例えば、愛知県豊橋市の樹研工業が作る世界最小の超精密プラスチック歯車とか岡山市のナカシマプロペラが作る船舶用プロペラなど、また生産設備には、例えば、福井市の松浦機械製作所が作る高速5軸切削マシニングセンターとか和歌山市の島精機が作るコンピューター制御の自動ニット編み機など、いずれも世界で日本でしか作っていないものや世界シェアNo.1のものが数多く含まれている。

 さらに、中国に主力工場を持つキャノンが、ノウハウを盗まれたくない中枢部品だけ国内で製造して中国に送って組み立てさせるといったケース、YKKがファスナーそのものは世界70カ国120カ所以上の工場で製造するけれども、そのための製造マシンは富山県黒部市の本社工場で開発・製造して出先に送り出すといったケースもある。

 工業用原料の中でも、化学品、金属、繊維品などには、例えば日本が圧倒的な世界シェアを占めるカーボンファイバーや超高品質の鋼や特殊合金などがあり、それらも含めれば何と輸出の7割近くが広義の資本財で占められている。

●米国よりもユーラシアを目ざして

 つまり、日本は、かつてのように大量生産型の耐久消費財を主として米国市場に輸出して稼ぎまくった発展途上国型の経済をすでに卒業して、十分な内需を持ちながら、なお高度の技術力で他の追随を許さない高品質=高付加価値の資本財を主としてアジア諸国に輸出して有り難がられている独特の成熟先進国型の経済に移行を果たしている。

 そこでは、日本が高度な資本財を供給し、それを使って中国はじめアジア諸国が(日本企業の出先を含めて)消費財を生産して輸出して稼ぎまくるという垂直的な分業が成り立っていて、米国の消費不況の影響は(トヨタのような、未だに国内でかなり多くの完成車を造って主に米国市場に輸出していた“遅れた”消費財企業を除くと)直接的でなく間接的である。しかも、アジア諸国が良質の消費財を作り続けようとすれば、日本の高度な資本財を購入し続けることが絶対的に必要で、だからアジアはじめ全世界の諸国は日本に対して赤字であるけれども、それを「けしからん」とは誰も言わない。そのためかつて散々日本を悩ませた「貿易摩擦」は今やほとんど死語と化した。

 付け加えれば、この高度な資本財の供給国という世界貿易の中でのユニークな地位の獲得と維持には、大企業ばかりでなく、上述のように精密機械・部品や高度素材や環境技術やIT関連ハード&ソフトなどをはじめ世界No.1クラスの技術を持つ中小企業、ローカル企業、町工場までが大いに貢献している。

 従って「輸送用機器だけでも2007年の全輸出の24.8%に達してい」て「まさに自動車を中心とする製造業が日本の輸出を支え、日本経済の景気回復を支えて」いるという榊原の言い方は混濁的である。確かに製品としての乗用車と二輪車類と資本財としての輸送機器を合わせた「輸送機器」は(この統計では)輸出の25.7%を占めるが、乗用車だけなら15.1%で、しかもそれは発展途上国型経済の時代の名残にすぎない。精魂込めたモノづくりの精神と技は資本財の分野で確実に受け継がれ深化しているのであって、そこにこそ日本が21世紀の世界を生き抜いていく1つの筋道がある。米国の強欲金融資本主義が崩壊して、果たして強欲でない金融資本主義に戻るのか、もっと遡ってピューリタン的勤勉産業資本主義に戻るのか、はたまた全然別の方向に転身するのか、再建の方向が定まらない中で、日本は率先、モノづくり資本主義でますます世界の模範として尊敬される道を自信を持って選ばなければならない。また21世紀の繁栄のセンターはユーラシアであり、中国、インド、ロシア、欧州を4極としたユーラシアの大繁栄に日本のモノづくりの力を結びつけていくこと、そのようにユーラシア全体と日本とを結びつける歯車として「東アジア経済共同体」の形成にイニシアティブを発揮することが戦略的課題となる。

 民主党政権の経済閣僚に入閣するとの噂もある榊原が、モノづくりは終わったなどと世迷い事を言っていたのでは困ってしまう。▲

自民党が両院議員懇談会、民主党が両院議員総会を開催

 21日午前、自民党は両院議員懇談会、民主党は両院議員総会を開催した。

 当初、自民党の懇談会は非公開の予定だったが、本日午前になって公開されることになった。麻生首相は懇談会の冒頭で「国民に政治に対する不安、不信を与え、党の支持率低下につながった。深く反省している」と陳謝し、自らの失言やブレなどで支持率が低下したことを陳謝した。

 一方、民主党の総会では、鳩山代表が冒頭のスピーチで「今回の総選挙は自民党政権を終わらせるような小さな選挙ではない。明治維新以来、官僚主導の受け身型の日本の政治から、国民が主体になる、国民主導の新しい政治をおこす、大きな革命的な解散総選挙だ。歴史的使命感を持ってのぞまなければならないことを確認しよう」と、党所属議員に呼びかけた。両党の会議は、現在の勢いの差をそのまま象徴する会議となった。なお、民主党の総会の模様は、党公式HPでノーカット配信されている。

■麻生首相が陳謝「発言ぶれたと言われ支持率低下。深く反省」(動画あり)
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/politics/?1248139296

■民主党両院議員総会(7/21 11:00〜)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=16601

岸井成格が語る「民主党が政権をとって最初にやるべきこと」

 岸井成格さんが民主党が政権をとったとき、最初にやるべきことを語ります!

衆院解散が決定!

 麻生内閣は21日午前の定例閣議で衆院解散を決定した。午後1時から開かれる本会議で解散され、その後の臨時閣議で「8月18日公示──8月30日投開票」が決定される。

 報道関係者の事前議席数予測では、すでに「与党の過半数割れは確実」との見方が多く、焦点は「民主党は単独過半数を獲得できるか」「絶対安定多数に届くか」「自民党はどこまで議席を減らしてしまうのか」に移っている。ただ、解散から投開票までの期間が前代未聞の40日間にわたることから、選挙戦で情勢が大きく変動する可能性もある。

 解散の決定を受け、首相は午後6時から官邸で、鳩山代表は午後4時半から党本部で記者会見を行う予定。

2009年7月19日

奥寺康彦×高野孟:ほろ酔い談義 ── スポーツ文化論篇

 前回、好評を博した「ほろ酔い談義」が再び実現!
 
 今回は、日本の横浜FC代表取締役会長の奥寺康彦氏をゲストに迎え、「スポーツとは何か?」について対談しました。自らも草ラグビーチームの団長をつとめる高野氏と日本のプロサッカー選手第一号の奥寺氏が語る「スポーツ」とは・・・ 

2009年7月15日

都議選結果が示す「自民党大敗」の予兆──自公協力の綻びがそれに輪をかける?

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 今回の東京都議選の党派別得票数と得票率、当選者数は次の通り。

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(注)党派別得票数は、案分比率分の小数点以下を切り捨てているため、合計数は各党加算と一致しない。改選時の欠員は2。

 民主党は、前回の107万票から230万票へと2.2倍に票を増やし、また得票率も1.7倍増やして、その結果、議席も1.6倍の54議席を獲得、自民党から第一党の座を奪った。自民党は、得票数は前回の134万票から146万票へと僅かに伸ばしたが、得票率は0.8倍に留まり、10議席を減らした。

 民主党は全42選挙区のうち39でトップ当選を果たした。残る3選挙区のうち定数6の練馬区と同4の葛飾区では公明党が、同1の島部では自民党がトップとなった。なおかつ、定数8の世田谷区では最上位3人、定数8の大田区、定数6の杉並区と足立区、定数5人の板橋区、定数4人の品川区では最上位2人を民主党が占めた。4年前の前回は、自民党が17、公明党が15の選挙区でトップ当選し、民主党は8、生活者ネットは1、共産党は1であったのと比べると、民主党の躍進ぶりが目覚ましい。

 民主党の得票率は、同党が大勝した07年参院選の東京・比例の38.88%を上回り、また05年の小泉郵政選挙で大勝した自民党の東京・比例の40.24%をも上回っている。

 公明党は、議席数ではこれまでの22議席を23に増やし全員当選を果たしたものの、トップ当選は上述のように前回の15選挙区から2に激減し、また定数3、4、8の計5選挙区で最下位当選だった。全体の投票率が上がってるのに前回の79万票から今回の71万票へと票を減らし、得票率は5ポイントも減らしていて、「全員当選で1議席増」と言っても、組織はむしろ衰弱の兆しを見せている。中選挙区での巧みな票配分で辛うじてこの結果を得たのであって、一歩間違えれば最下位当選の5人を落として18議席に留まる可能性もあった、危ない選挙だった。

 女性は、前回は40人が立候補して22人が当選したのに対し、今回は過去最多の54人が立候補して過去最多の24人が当選し、9選挙区で女性がトップ当選した。うち8人が民主党および同党推薦、1人が公明党だった。20?30歳代の若手の当選者も過去4回の都議選では最多の25人で、最年少は26歳だった。

●衆院選に当てはめると

 都議選での自民党の公認候補58人と民主党の公認候補58と推薦無所属1の計59人の得票数を、都内の衆院小選挙区に当てはめると、全ての衆院選挙区で民主党が自民党に対して優勢となる。自公選挙協力が完璧に行われるものと想定して、自民党の得票数に公明党の公認候補の得票数を加算しても、民主党を上回るのは10選挙区に留まる。

 石原伸晃=自民党幹事長代理の8区(杉並)では、民主党と生活者ネットの票数合計は約10万票で、自民党と公明党の合計約7万6000票を大きく上回る。前回衆院で小池百合子元防衛相が圧勝した10区(豊島など)でも、自公合計が民主票に及ばない。

 今回都議選では7つの1人区のうち自民党が勝利したのは島部の1つだけで、他の6つは民主党が制した。特に千代田区では、7選を目ざした自民党都連幹事長が26歳の民主党新人に敗れるという番狂わせが起きた。すべてが小選挙区である衆院選では、このようなケースが増えて、前回衆院選で自民党が東京の25選挙区のうち24を制して、民主党は菅直人の1議席だけに留まったのと全く逆の、民主党圧勝になる可能性がある。

 また前回衆院選の比例・東京では、定数17に対して自民党は40.24%の得票率で7議席を得、民主党は29.62%で6議席を得たが、上述のように今回都議選での民主党の得票率は前回衆院選の自民党の得票率を上回っており、ここでも両党の立場は逆転する可能性が高い。

 しかもそれは、自公選挙協力が完璧であったと想定してのことで、公明党の組織力に実は陰りが見えていて、なおかつ麻生政権の末期的症状に対して同党がほとほと嫌気がさして自民党候補に熱心に票を回す気にならないどころか、民主党政権の誕生を予想してむしろ敢えて手抜きをして民主党との“友好関係”を築こうとする思惑も働くだろうから、自公選挙協力の効果はかなり減退し、その分、自民党の落ち込みは一層激しいものとなると予想される。

 週刊誌などの予測が言うように、自民党は良くて180前後、自公協力がまともに作動しなければ150議席にまで落ちる公算が大きい。▲

2009年7月14日

公明党よ いまこそ目を覚ませ

二見伸明氏(元衆議院議員・誇り高き自由人)

 政府・与党の話し合いで、総選挙は8月18日公示、30日投票に決まった。自民党が惨敗する中で、公明党が、得票を減らしたとはいえ、23人全員当選を果たしたことは、組織力の強さを見せつけたと言えよう。しかし、都議選の結果は、自公の蜜月に決定的な別れを告げるものになるだろう。一人区で、自民党は完敗した。自民党内には「公明と手を切れ」との声が出ている。中央区は、かつて公明党が、二人区の時代に一議席もっていて、それなりに強い組織力がある。にもかかわらず、実力者の自民党候補が、無名で若い民主候補に、あっけなく敗れた。中央区には築地卸売市場移転という争点があるが、区民はこの問題に「ノー」の意思を示しただけでなく、自公政権そのものを否定したのである。

 都議選の各党の得票数は、自民党1,458,108(前回 1,339,548)、118,560増、民主党2,298,494(同 1,070,893)1,227,591増、公明党743,427(同 786,292)、42,865減、日本共産党707,602(同 680,200),27,402増――である。投票率が10ポイント上がった中で、得票減は公明党だけである。公明党はこの冷厳な事実を直視した方がいい。

 私は「自公政権の液状化」に言及した前々回、「権力はアメーバーだ。アメーバーは生き延びるために、どのような姿にでも変身する」と書いたが、今回は、もっと露骨に、いまの自民党は、自前で餌も探せなくなり、人の血を吸い取る「吸血鬼」に成り下がったと言いたい。自民党が、体質改善をするために、社民党や公明党と連立したのであれば、反対はしなかった。しかし、現実は違う。権力を死守するために、やみくもに「数合わせ」をした挙句、この党は「護憲政党」の血を吸って、「改憲・右傾化路線」を走り、自由党を餌にして、公明党を釣り上げ、血を吸い、肉を喰らい、「平和・福祉」を切り捨てたのである。

 知り合いの公明党支持者は「自民党にだまされて、利用されただけだ」と不満を漏らしている。両党の底辺では疑心暗鬼が渦巻いているのである。公明党の得票減を、「民主党への風」のせいと総括するのではなく、明確な理由と原因があることを、公明党の中枢幹部は知るべきである。

 公明党は衆議院総選挙戦略を、小選挙区から撤退する方向で抜本的に、勇気をもって、変更したほうがいい。「自公政権の枠組み」を否定する輿論(世論ではない)に抗して小選挙区で戦えば、自民党に残り血を吸われ、惨敗するだけである。自民党が、民主党に対抗する政策は「霞ヶ関」に丸投げして、生き残りに夢中になっているこの時期こそ、公明党にとって、連立からの離脱を宣言し、「是は是とし、非は非とする」健全野党に立ち返ることを表明する絶好のチャンスだと思う。日本の政治に激震が走るかもしれない。しかし、30年、50年後の政治史で「賢明な行動だった」と、高い歴史的評価を受けるであろう。

 私は、自民党は4,5年間、下野し、冷や飯を喰って、長すぎた執権時代のアカを殺ぎ落とし、身ぎれいになり、官僚に丸投げしないですむ「脳力(能力ではない)」を養ってから、再登場しても遅くはないと思っている。

 公明党よ いまこそ目を覚ませ。

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【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

自民党は3度死ぬ?──が、今度ばかりはゾンビ化も出来ない

takanoron.png 麻生太郎首相は東京都議選の惨敗を受けて、一旦は14日解散・8月上旬投開票のやけのやんぱちの緊迫的日程を決意したが、自民・公明両党の「それはいくら何でも…」という説得を受け容れて、7月21日か22日あたりの解散・8月30日投開票というやや緩い日程を採ることで決着した。

 麻生にしてみれば、たとえ都議選の惨敗結果と踵を接する形となろうとも、自民党内の麻生下ろしの拡大を予防しつつ、野党からの不信任案・問責決議案上程に対して直ちに切り返して、せめてもの“果断さ”を演出したい気持だったのだろう。

 それを自公首脳が押し止めたのは、本質的には何の意味もないことで、どちらにしても追い込まれてのやけのやんぱちに変わりはないのだけれども、都議選惨敗の衝撃を少しでも和らげるために一拍置きたいという唯の気休めと、投開票日を2〜3週間先延ばしすることで、野党攻撃の材料が用意できないか模索し、また場合によって麻生下ろしを仕掛ける時間的余裕を残しておきたいという、かすかな願望のためだったに違いない。

 しかしそんなことは悪あがきにすぎず、どうであれ自民党政権は3度目の正直で今度は本当に死んで、当分の間——出来れば最低4年間、野党として呻吟しつつまともな保守政党として再生を図るべき運命にある。

●3度目の正直

 自民党は1993年春の「政治改革国会」を通じて、時の宮沢政権が小選挙区制導入の流れに乗ることをためらったことから党分裂、細川護煕政権の成立を許して野党に転落した。それは本当は自民党にとって再生に取り組むチャンスだったというのに、権力に就き続けることが自己目的であるこの党は野党であることに耐えきれず、細川の熊本県知事時代の下らない金銭スキャンダルなどを暴き立て、わずか8カ月で辞任に追い込んだ。後継の羽田孜政権も、プロモーターだった小沢一郎新生党代表のミスマネジメントによって2カ月で終息、村山富市=自社さ政権という形で自民党のゾンビ的政権復帰を許してしまった。

 羽田政権末期の94年6月当時、私は、何としても改革を継続して自民党を野党に塩漬けしておくことが戦略的中心課題だという立場から、社会党・さきがけの政権復帰による第2次羽田政権をつくって改革を継続する以外に道はないということで、社会党・さきがけの一部と結託して策謀をこらしたが、小沢は「羽田は一度首相にしてやったからもういい」という立場で、海部俊樹元首相を自民党から引き剥がして海部政権を作るという訳の分からない方向に走り、結果的に村山政権の誕生による自民党の政権復帰を助けてしまった。自民党は一度、死に損ねた。

 連立相手の社会党とさきがけは、結局、自民党の権力維持本能によって食い殺されて消滅し、その相対的に優良な部分は96年の旧民主党結成に合流した。それに先だって、小沢は、94年末に新進党を結成し、旧保守vs新保守による「保守2大政党制」を指向していたが、そんなものは鬱陶しいばかりで国民に真の選択肢を与えるものではなく、2大政党制というなら保守vsリベラルの構図しかあり得ないというのが旧民主党のそもそもの結成動機で、一度その旗が立てば、新進党は順次分解して、リベラル軸に合流して来ざるを得ないというのが読みだった。そのとおり、羽田の太陽党や旧民社系などが流れ込み、最終的には小沢=自由党も流れ込んで今の民主党が出来た。

 そこに至る間、自民党は自社さの枠組みの下での橋本龍太郎政権が行き詰まって小渕恵三政権となり、小沢=自由党の連立参加、小沢が逃げ出してそこから分裂した保守党の連立維持、さらに自民党にとっての“最後の手段”としての公明党の連立参加という形で推移してきたのだが、その政治過程の本質は何かと言えば、自民党が、自らでは過半数を取ることが出来ない構造劣化の中で、次から次へと連立相手を取り替えながら食い殺して生き長らえ、選挙を通じての正々堂々の政権交代という小選挙区制効果の発動を阻止してきたということである。

 その(経済におけるそれとパラレルな)政治における「失われた10〜15年」は、しかし、2001年春、森喜朗政権の絶望的なまでの不人気、YKKを担いだ石原伸晃、塩崎恭久、渡辺喜美ら“政策新人類”世代の脱党運動の拡大という形で終幕を迎え、自民党ゾンビは2度目の死期に直面した。ところが同党の凄まじいばかりの権力維持本能は、YKKの1人である小泉純一郎プラス田中真紀子の変人・奇人コンビに政権を託すという手品のような奇策を編み出してこれを切り抜けた。小泉政権は、民主党の改革路線を部分的に横取りする疑似改革路線によって国民を幻惑し、思いのほか5年半も続いたが、その自民党にとっての“最後の切り札”が命脈尽きた後に、さらに別の最後の切り札などあるはずがなく、それが安倍晋三、福田康夫、そして今麻生太郎それぞれの自暴自棄となって断末魔の姿をさらけ出している。麻生の後にはもはやゾンビが生まれる余地はなく、今度こそ3度目の正直、自民党政権は終わる。

●次の100年へ

 明治憲法発布以来の日本政治は、薩長藩閥政治、大正政党政治、昭和軍部政治、戦後過渡期(GHQ時代)、55年体制下の自民党経済成長政治、その惰性的延長としての村山〜麻生のゾンビ時代……と推移してきたが、その120年間の全期間が発展途上国型の官主導の官僚社会主義とでも言うようなシステムの時代だった。

 だから、8月30日に終わろうとしているのは単に1年弱の麻生政権ではない。1994年以来15年のゾンビ時代を含む1955年以来の自民党政治が終わる。ところが自民党政治は1889年に始まった官僚社会主義体制下の最後の政治形態にすぎないから、ここで終わり始めるのは120年に及ぶ官僚社会主義体制そのものである。「明治以来100年に及ぶ官僚体制を打破する革命的改革」と小沢一郎が言うのはその意味であり、この扉を押し開けない限りこの国は次の100年に進むことはできない。

 8月30日、約10年遅れで日本の21世紀が始まる。▲


2009年7月13日

麻生首相が7月21日解散、8月30日投開票を決断

 麻生太郎首相は13日、首相官邸で開かれた自民党緊急役員会議で、21日に衆院を解散する意向を表明した。公示は8月18日、投開票日は8月30日の予定。報道関係者の間では、すでに今回の解散の名称案いくつか出ているが、最も評判がいいのは週刊文春が名付けた「バカタロー解散」。首相の祖父である吉田茂の「バカヤロー解散」をうまくもじった名前として有力候補にあがっている。

麻生首相が明日にも解散の意向

 報道によると、東京都議選の与党敗北で「麻生降ろし」が激化するなか、麻生首相は早ければ14日にも衆議院解散に踏み切る意向を固めた。

 ただ、与党内には早期解散に反対する声も根強く、最終決断を下せるかどうかは不明。自民党の平沢勝栄氏は、今朝の報道番組で早期解散について「集団自殺だ」と批判し、公明党の支持母体である創価学会の幹部も「解散を強行すれば閣僚の引き揚げもあり得る」(産経新聞)と語っている。公然と反麻生の声があがるなか、首相が与党幹部を説得できなければ、政権のダメージはさらに深まる。

 一方、民主党は本日中に幹部会を開き、内閣不信任案と首相問責決議案の提出時期などを検討する。内閣不信任案を与党に否決させることで事実上の「麻生信任」を決議させ、首相交代を未然に防ぐ狙いがあると思われる。

2009年7月12日

東京都議選速報:自公の過半数割れが確実に

13日01: 25=開票終了

民主党 ── 54
自由民主党 ── 38
公明党 ── 23
日本共産党 ── 8
東京・生活者ネットワーク ── 2
無所属 ── 2

(定数127、42選挙区、投票率54.49%)

各候補者得票数
http://219.109.13.251/togisen/h21gik_kai.html

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23:30更新

 自民、公明の過半数割れが確実となった。その結果、都議会の主導権は民主党が握ったことになる。また、自民党が勝敗ラインと設定していた自公での過半数獲得が困難となったことで、麻生首相の責任論が出ることは確実。

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22:52更新

 民主党の都議会での第一党が確実な情勢となった。自民党は、焦点となっていた7つの一人区で、島部をのぞく6選挙区で議席獲得を逃したことが響いた。

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 共同通信によると、12日に投開票された東京都議選(定数127)の開票速報で、民主党が大幅に議席数を伸ばし、第一党となる公算となった。自民、公明の与党は過半数の維持は微妙な情勢。

 また、同日に行われた奈良市長選では、与野党激突の選挙戦のなか、民主党推薦の新人でNPO法人役員の仲川元庸氏(33)の初当選が確実となった。

 都議選での過半数割れと首長選挙での連戦連敗となれば、明日以降に麻生首相の責任が問われることは必至で、「麻生おろし」が激化するものと思われる。後継の総裁候補には石原伸晃氏や舛添要一氏の名前が挙がっている。

2009年7月11日

温暖化ガス削減目標の迷走──日本は率先、「無炭素社会」実現を!

takanoron.png イタリアのラクイラで開かれたG8サミットとMEF(主要国経済フォーラム)は、ホストのベルルスコーニ伊首相が離婚騒動の真っ最中なのはご愛敬として、麻生太郎首相は政権崩壊状況で2国間首脳会談の相手探しに苦労する有様だし、世界経済でも地球温暖化でも実質的な主役であるはずの胡錦涛中国国家主席は新疆ウイグル自治区の争乱で途中で帰国してしまって、それでなくとも前々から指摘されていた「G8は世界の問題を解決できない」という酷評に一層力を与える結果となった。

●2050年温暖化ガス半減論の空しさ

 中心テーマの1つである地球温暖化対策については、昨年の洞爺湖サミットで「世界全体で2050年までにCO2半減」の合意形成に失敗したことの反省に立って、今回はG8側が一歩踏み出して「先進国全体で50年までに80%以上削減」を打ち出すことで、途上国を含めたMEFを説得しようとした。しかし、肝心の中国が不在である中で主にインドが反対論の急先鋒となり、またも合意に失敗した。

 INSIDERNo.449(08年7月14日号)で指摘したとおり、洞爺湖サミットでは、G8が「世界全体で2050年までにCO2半減」をMEFに呼びかけることに合意はしたものの、実はG8内部ですら米国はその目標そのものに賛成でなく、また日本を含む他のG8諸国にしても、その達成のために自国はどうするのか、2020年の中期目標はどうするのか、まったく曖昧なままで、自分らでまとまっていないことを全世界に向かって呼びかけるという欺瞞が繰り広げられた。それに比べれば今年は、オバマ米大統領の積極的な方針転換によって米国と欧州が早々に「先進国全体で50年までに80%以上削減」目標で合意、日本も孤立を恐れて渋々これに同意したのは、確かに前進だった。しかし、それを達成するための2020年中期目標について言えば、欧州は90年比20%(他の先進国の合意があれば30%)を掲げているのに対し、米国は05年比14%(90年比0%)、日本は05年比15%(90年比8%)で、これで一体本当に50年に80%減をどうやって実現するつもりなのかはほとんど謎である。

 こういう数字遊びのようなことをいつまで続けても意味がない。もはや、地球温暖化の問題設定そのものを根本からやりなおすことを考えたらどうか。上記INSIDERでもすでに要旨次のように書いていた。

「そもそもという話をすれば、《2050年にCO2半減》という目標そのものが馬鹿げているのではないか。その頃には、誰が考えても石油生産は世界的にピークを過ぎて急速に生産量が下降に向かっているにちがいなく、私がサンプロで発言したように「放っておいてもそのくらいのCO2は減っていく」。だから、「低炭素化」の中期目標を2020年に設定することには意味があるかもしれないが、長期目標を2050年に設定することにはほとんど意味がない。 2050年について語るなら「無炭素化」=「脱石油」の目標であって、そこでは、石油に代わる新しいエネルギー源をどれだけ開発し普及させるかを各国が競い合うことでなければならない」

「日本は、2050年までに世界に先駆けて「水素エネルギー社会」を作り上げてその技術を中国はじめアジアにも惜しみなく注ぐつもりであって、米国あたりがグズグズ言って石油の海に沈みたいのなら日本独力でも《2050年にCO2半減》を遙かに超えて世界とアジアの無炭素化を実現する覚悟であるとでも宣言するなら、日本は『オ、オーッ』と世界をうならせたかもしれない」

●ヤマニ元石油相も言う「水素社会」の到来

 石油の世紀としての20世紀は、ゆっくりとではあるが既に終わりの始まりの域に達していて、それに代わって訪れるのは、いろいろ議論のあるところではあるが、私は、水素の世紀としての21世紀であると思う。

 7月4日付日本経済新聞「世界を語る」欄に登場したアハメド・ザキ・ヤマニ元サウジ石油相(現在は世界エネルギー研究センター所長)は、「長く続いた石油の時代は終わりに近づいている」と断言し、さらに、石油に代わって主役になるのは何か?との問いに対して、こう言っている。

「太陽光や風力エネルギーがより実用的になっており、原子力発電も増加している。なかでも最も影響があるのは水素エネルギーだ。ハイブリッド技術やバイオ燃料は石油の消費量を減らすだけだが、(燃料電池などの)水素エネルギーは石油を不要にする。水素エネルギーが実用化されたとき、石油の時代は終わる。21世紀はまだ始まったばかりだが、石油に代わる新エネルギーの世紀と呼ばれるようになるだろう」

 水素エネルギーへの転換はいつになるだろうか?

「それは分からない。だが近い将来、転換は必ず来る。……原油はまだまだ地下に眠っているし、コストをかけて新技術を使えば採掘できる。だが、時代は技術で変わる。石器時代は石が無くなったから終わったのではない。(青銅器や鉄など)石器に代わる新しい技術が生まれたから終わった。石油も同じだ」

 これが、かつて70年代の「石油危機」をもたらしたOPEC(石油輸出国機構)の輝けるリーダーで、その意味で石油の世紀とは何かについて誰よりも深く熟知している人物のエネルギー観である。

 ヤマニは、水素社会の到来がいつになるか「分からない」と言う。しかし少なくとも明らかなことは、他のどの先進国よりもそれに近いところにいるのはこの日本である。

 6月26日付日本経済新聞に、東京ガス、パナソニックはじめ関連企業が4ページの巨大広告を出して訴えたように、今年5月には「ついに世界に先駆けて家庭用燃料電池コージェネレーションシステム『エネファーム』が一般販売される運びとなった」。

 家庭に一家に一台、水素発電機が備わることになれば、現在の電力会社による中央集権的な電力供給体制そのものが無用の長物となる。これについてINSIDERはすでに8年前の01年4月に4回シリーズで「石油から水素へ」を特集した。今となっては、技術面や企業動向などは全く古くなっているが、考え方の根本は変わらないので、アーカイブからその部分を、昨年のNo.449と併せて参考資料として添付する。

 政権交代との関係で言えば、自民党政権の迷走ぶりに対し、民主党は「2020年中期目標=90年比25%」と欧州並みの目標を掲げているが、そのように、石油時代の枠内で数字を競い合うよりも、「脱石油、水素社会の実現で2050年までに世界に先駆けてCO2ゼロを目ざす」ことを公約したらどうなのか。▲


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水素エネルギー/環境/地球温暖化

i-NSIDER No.449 2008年7月14日号

予想どおり“失敗”に終わった08サミット
——なのに「共有」「合意」という見出しを乱舞させるメディアの罪
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 言葉のお遊びはいい加減にして貰いたい。毎日新聞を例にとれば、G8の結果について報じた9日付一面トップが「2050年半減『世界で共有』/G8合意/中期目標は数値盛らず」、翌日のMEMについて報じた10日付が「『長期目標共有』で合意/温暖化でG8と新興国/『50年半減』盛らず」と大見出しがついているが、これはどちらも「『50年半減』で合意成らず」でなければおかしい。

 9日付の見出しだけ読めば、「2050年CO2半減」の長期目標についてG8が合意したという印象しか浮かばない。ところが実際には、記事の中身を誰もが理解できるように、米国は明らかにこの長期目標に反対で、G8は合意に失敗した。また「半減」をいつを基準年にして達成するのかについて欧州と日本との間で大きな食い違いがあり、それを埋めることにも失敗した。従ってさらに、それを達成するための現実的な目標として2020年の中期目標を確定することが長期目標への真面目さを占う試金石として注目されたが、もちろんそれにも失敗した。

●メインテーマにしたのが間違いの始まり

 そもそもから順を追って言えば、まず日本国内でさえも確かな合意がない。安倍晋三前首相は6日のサンプロに退陣以来初めてTV出演して、終始にこにこと愛想よく、饒舌に、「昨年のドイツ・サミットで《2050年にCO2半減》を提案して『真剣に検討する』という議長総括を引き出したのは自分だ」と語った。しかしその中身のことになると、半減というのがいつを基準年としての話なのかについては曖昧のままに留まっていて、「数値目標というよりビジョンを共有しようという呼びかけだった」ことを認めた。

 このように、曖昧なことを足して二で割るといった調子で安易に口にして、後なって困ってしまうというのが日本外交のパターンで、あの京都議定書にしてからが、欧州がそれなりの意思統一に基づいて90年基準で8%という目標を明示しているのに対し、当初は米国も日本も反対していた。ところがゴア副大統領が乗り込んできてこれもまた唐突に「米国は7%」と言い出して、驚いた日本は弾みで「じゃあ6%」と言ってしまって、結果的に全く達成できずに窮地に追い込まれた。その反省に立てば、今回のサミットで国内議論の調整と米欧それに中印など新興国との摺り合わせを万全にすることなく、地球温暖化をメインテーマに押し上げることは危険極まりないことと考えるのが普通なはずだが、外務官僚の入れ知恵なのかどうか、福田康夫首相は「昨年の安倍は半減を『真剣に検討する』に留まったので、今年はそこから一歩踏み出して『合意』に持ち込めれば大成功」という課題設定をしてしまった。

 それならそれで、まず国内の議論を固めなければならないが、そこではまず《2050年にCO2半減》を安倍の言うように単なるビジョンとして神棚に飾っておこうという話なのか、それともG8共通の数値目標として義務化しようとするのかを明確にしなければならなかった。が、そこは曖昧のまま福田は「福田ビジョン」で独断専行的に《2050年にCO2半減》を長期目標だと宣言した。ビジョンであれば、どうせ42年も先のことでそのころ世の中がどうなっているかも分からないから「まあいいか」という程度の合意らしきものは達成されうるが、それが長期目標であるならば、基準年を明確にして、さらにその達成のために必要な2020年の中期目標を明確にしなければ目標にはならない。ところがそうなれば産業界ははっきりと反対で、中期目標は国内的に設定不可能である。それでは、世界の誰も長期目標を真面目なものとは受け止めないから、何の説得力もない。ブッシュ大統領を説得できなかったのは当たり前で、そのためG8は長期目標も中期目標も具体的な数値をあげて「合意」を達成することは出来なかったである。

 ではG8は何を合意したのかと言えば、「50年半減」を気候変動条約の全締結国と共有し採択を求めることに合意したのだが、G8で合意できなかったことをどうして全世界に向かって合意を求めることが出来るのか。「何を言ってるんだ、顔を洗って出直してこい」と言われるに決まっている。事実、G8翌日のMEMでは早くも「50年半減」が消えて、「世界全体の長期目標共有を支持する」ことで「合意」した。内容抜きの長期目標を共有するというのは一体どういうことなのか。長期目標を共有できればそれに越したことはないけれども、具体的な数値やその負担率に踏み込んだら全く合意不可能ですね、という意味である。日本国内もG8もMEMも全部「総論賛成、各論反対」で、しかも後になるほど内容が後退している。こういうのを「失敗」と言うのである。

 何で新聞ははっきり「失敗」と書かないで、「共有」とか「合意」とか、さも何事かが成し遂げられたかのような言葉のトリックにいそしんで福田や外務省を喜ばせようとするのか。しかもそのメディアの「サミット翼賛」の大合唱を調子を合わせて、広告までもがエコ技術の全面広告(旭化成など全紙に3ページ広告を打った!)ではやし立てている有様は一体何なのか。電通がこのサミット特需で大儲けして、新聞もその広告ほしさにデタラメ記事を書いたというのが真相であれば、この国のジャーナリズム精神は死に貧していることになる。

●目標は「低炭素化」でなく「無炭素化」ではないのか

 もっとそもそもという話をすれば、《2050年にCO2半減》という目標そのものが馬鹿げているのではないか。その頃には、誰が考えても石油生産は世界的にピークを過ぎて急速に生産量が下降に向かっているにちがいなく、私がサンプロで発言したように「放っておいてもそのくらいのCO2は減っていく」(田原総一朗さんも「あっ、そうか」とか言っていた)。だから、「低炭素化」の中期目標を2020年に設定することには意味があるかもしれないが、長期目標を2050年に設定することにはほとんど意味がない。 2050年について語るなら「無炭素化」=「脱石油」の目標であって、そこでは、石油に代わる新しいエネルギー源をどれだけ開発し普及させるかを各国が競い合うことでなければならない。

日本は、2050年までに世界に先駆けて(議論の余地はあるところだが例えば)「水素エネルギー社会」を作り上げてその技術を中国はじめアジアにも惜しみなく注ぐつもりであって、米国あたりがグズグズ言って石油の海に沈みたいのなら日本独力でも《2050年にCO2半減》を遙かに超えて世界とアジアの無炭素化を実現する覚悟であるとでも宣言するなら、日本は「オ、オーッ」と世界をうならせたかもしれない。せっかくのチャンスをピンチに変えた福田首相の暗愚が問われるところである。▲

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水素エネルギー/環境/地球温暖化

i-NSIDER No.009 2001年4月5日号

石油から水素へ
(1)電力会社の危機の本質
    (2)世界を二分する燃料電池車の開発
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石油から水素へ──電力会社の危機の本質

 3月30日付の日本経済新聞近畿版に「関西電力が、ガスを売る。驚きですか」という関西電力の全面広告が出た。「電力会社が、電気に加えてガスを売る。これには理由があります。お客さまにご希望のエネルギーシステムをお届けするためです。……4月2日『関電ガス&コジェネ株式会社』を設立、ガスの販売をはじめコジェネシステムのサービスを提供します」というこの広告の意味を理解できたのは、専門家や業界関係者を別にすれば、広瀬隆『燃料電池が世界を変える』(NHK出版、2001年2月刊)を、この著者独特のリテラシーの難渋さに耐えて最後まで読み通した熱心な読者だけだろう。

 一言をもってすれば、この広告は、石油から水素への人類のエネルギー源の転換という驚天動地の事態が進行するに伴って、10年後ではないかもしれないが、15年か20年後にはたぶん確実に、関電を含めた電力10社体制そのものが廃絶されるに違いないという見通しが強まっている中で、せめて最後は天然ガスの輸入・供給会社として生き残るしかないかという、同社の悲壮な覚悟の一端を示したものと読むべきである。

●電力自由化の衝撃

 新聞は、いま電力会社が直面している問題を、主として、昨年3月に実施された「電力自由化」によって、大口需用者向けの電力小売りに三菱商事系のダイヤモンドパワーはじめ異業種からの新規参入が始まり、電力の需要そのものが低迷していることとも相俟って、電力会社が需要見通しの改訂と経営体質の改善を迫られているといった事柄として解説している。確かに大口自由化はそれだけでも、これまで国家的独占の上にあぐらをかいてきた電力会社にとって、かなりの衝撃には違いない。しかし、電力側の予測では、新規参入者のシェアは2001年度で5億5000万kw、約90億円、電力総需要の0.07%にすぎないし、2010年時点でも34億kw、0.35%であって、それで電力各社の経営がおかしくなるような話ではない。電力各社が3月末に発表したように、10社合わせて火力を中心に計14の発電所、488万kw分の建設を延期するという程度の対応で済むことである。

 新規参入者は確かに脅威ではあるけれども、例えば3月に行われた福岡県庁ビルの電力入札で九州電力が、自由化以前の料金よりも14%以上も値引きをすることで新規参入者を退けた事例が示すように、価格競争で生き残りを策していくことも可能だろう。日本の電力総需要の30%は家庭用、45%はビル・商店用、25%は産業・大工場用だが、1kw時の平均的電気料金はそれぞれ25円、20円、12円である。ビル・商店用の半分弱が大型オフィス・商業ビルで、それと産業・大工場用を合わせたものが大口だとすると、収益的には家庭用および小商店用が7割、大型ビルおよび大工場の大口が3割。日本の家庭や小商店が世界で一番高い電気代を黙って払い続ける無知と従順さを失わなければ、電力会社としては、そちらでボロ儲けしながら、大口向けでさらに価格を下げて新規参入者の頭を抑えつけることが出来るかもしれない。しかも、新規参入者は今のところ、鉄鋼・化学などの大工場が持つ自家発電設備の余剰電力を買って、特定の企業やビルなどに入札を通じて転売しているにすぎず、供給能力には限界がある。今後は彼らも、自前の発電所を建設したり、既存のものを買い取ったりして供給能力を高めるだろうが、しょせんはゲリラ的隙間産業にとどまるだろう……。

 このようなストーリーは、今後とも(1)人類の主なエネルギー源は石油・天然ガスと原子力であり、従って(2)日本の生活と産業を支える主な電力供給源は電力各社が保有する出力100万kwなどという巨大火力・原子力発電所であり、従って(3)それら電力会社の地域独占と広域送電網による集権体制は変わることがない──という前提で成り立っているものである。しかし、もし広瀬が指摘するように、(1)人類の主なエネルギー源は水素に移行しようとしており、従って(2)そう遠くない将来にすべての工場やビルや家庭が自前の中型もしくは小型の発電機を備えて、自ら必要とする限りの電力と熱を効率よく自給することになり、従って(3)現在の原発はじめ巨大発電所も広域送電網も無用の長物になる──ということであるとすれば、簡単に言って、電力10社体制そのものが要らなくなってしまうのであって、「電力自由化で大変」とかいうレベルのことではない。

 水素に酸素を反応させて電気と熱水を取り出す「燃料電池」は、1960年代から米国の宇宙船用の電源として実用化されていたが、それを思い切って小型化・低コスト化して自動車のガソリン・エンジンに代わる動力として利用しようという発想が生まれたのは1990年代初めのことで、93年にカナダの燃料電池研究ベンチャー「バラード・パワー」とドイツのダイムラー・ベンツが開発契約を結んだのが、日米欧を巻き込む技術開発競争の号砲となった。昨年のシドニー五輪のマラソンでは、排気ガスが一切出ないGM製の燃料電池カーが先導車として登場し、注目を集めたが、これはまだ試作車の域を出ず、トヨタ・GM連合やダイムラー・フォード・三菱自動車連合の実用車が市場に出回り始めるのは2003年から2004年にかけてである。車に積めるような小型で安価な発電機が出来るなら、それを各家庭に一家に一台設置して、必要なだけの電気を起こせばいいではないかという連想が生まれるのは当然で、こちらのほうも遅くとも2005年には商品として売り出される見通しである。

 この家庭用の燃料電池の特徴は、詳しくは後述するが、(1)窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOX)のような有害物質が一切出ない究極のクリーン・エネルギーであること、(2)電気だけでなく排熱を給油や冷暖房にフル活用することによって、エネルギー効率が(今の技術でも)80%かそれ以上になること、(3)何層でも積み重ねることによって、住宅1戸でもマンションやビル1棟でも、必要なだけの出力を得ることが出来る──ことである。

 この電気と排熱の両方を活用するのがコジェネレーション(コジェネ)だが、これは燃料電池とは別の、天然ガスを燃料としたマイクロガスタービン発電機で都市の一角やビルのエネルギーを賄うシステムとして、欧米では急速に、日本でも徐々に、普及しつつある。従来の原発や旧式火力では、エネルギーの33%しか利用できず、残りは排熱として捨てられている。遠隔地の人里離れたところに立地した巨大発電所では、排熱の利用は難しく、地域やビルや家庭に小規模分散的に発電機を置くことによって初めてコジェネが可能になる。そのマイクロガスタービンによる地域発電や工場・ビル発電を東京ガス、大阪ガスがトヨタはじめ内外のメーカーと手を組んで盛んに進めており、さらに間もなく燃料電池による分散型発電が家庭を含めて広く普及するようになった場合も、当分のあいだ燃料には天然ガスを使うことになる公算が大きいため、電力会社が焦りまくっているというのが、冒頭の関電の広告が黙示していることである。

 ダイヤモンドパワーなどによる電力転売くらいならまだ耐えられるが、天然ガスの燃料電池が各ビルや家庭に普及することになると、これはエネルギー供給の原理とシステムの異次元への転換であって、電力会社の存立に関わることである。だから、電力会社も「コジェネ」に手を出さざるを得ないのだが、それを認めることは既に今の巨大発電所と広域送電網のシステムそれ自体の自己否定であり、地獄への第一歩となるだろう。

 昨年の電力自由化の直後、日経新聞の中島彰編集委員は「家庭発電所に異を唱える企業があるとすれば、それは顧客を失いかねない電力会社だろう。しかし、彼らには発想の転換を求めたい。都市ガス会社からガス管を借りさえすれば、彼らも家庭発電所をにらんだ新ビジネスを営む道が開けるはずだ」と、電力界にアドバイスを発した。大量の天然ガス
の長期輸入契約を抱える電力各社が、ガス会社の下請けのようになってガスだけを売っている姿など、2〜3年前には誰も想像することさえ出来なかったはずである。[続く]

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石油から水素へ・続──世界を二分する燃料電池車の開発

●実用化間近の燃料電池車

 今から160年ほど前に燃料電池の原理を発見したのは、英国の28歳の青年ウィリアム・グローブだった。後に英国王立研究所の副会長になる彼は、水を電気分解して一方の極に筒をかぶせて水素を回収し、他方には酸素を回収する実験を行っている最中に、電極にガスが吸収されて電流が発生することを発見し、これを「ガス電池」と名付けて特許を取った。しかし当時は石炭と蒸気機関の時代で、それがやがて石油とガソリンエンジンの時代に移り変わって行く中で、この世界最初の人工的な電気化学反応による発電原理に目を向ける者はいなかった。1889年になってドイツの化学者ルートヴィッヒ・モンドが、その原理に基づいて石炭ガスを使った発電を試みて、その装置をフュエル・セルと名付けたが、失敗に終わり、その実用化は、1959年、英国のフランシス・ベーコンらによる5kwの燃料電池の完成まで待たなければならなかった。

 ところで、広瀬によると、フュエル・セルを日本で「燃料電池」と訳しているのは、完全な誤訳である。「燃やしもしなければ、電気もためずに、燃料電池とは、これいかに」であって、実際にはフュエル・セルは、「爆発しやすい水素」を燃やすわけでもないし、それで生まれる電気を「公害の塊である電池」に貯め込むものでもなくて、「水素と空気(酸素)を入れると電気が流れ、同時に熱を出しながら水が出来るような発電機」である。確かに、セルは「電池」の意味でも用いられるが、物理化学では「電気分解装置」のことで、「燃料=エネルギーを得るための電解槽」というのが逐語訳。多少意訳して「電解発電機」か「水素発電機」だろう。

 仕組みのポイントは、物質を電気的にプラスとマイナスに分離する性質を持つ「電解質」で、それに何を用いるかによって、高分子膜(PEM)型、アルカリ型、リン酸型、セラミック型、溶融炭酸塩型がある。ベーコンらが最初に実用化し、間もなく米宇宙開発で活用された燃料電池はアルカリ型で、水酸化カリウムを使った。が、今日の世界的ブームのきっかけを作ったカナダのバラード社の方式は高分子膜型で、それはおよそ次のような構造になっている。

 真ん中に導電性のある固体の高分子で出来た薄い膜があり、陽極と陰極を隔てている。両極は内部が隙間だらけの多孔質の物質で出来ていてガスを通す。膜に接する面には触媒の作用をする白金が薄く塗ってある。陰極の側に水素ガスを送り込むと、電解質膜と触媒の作用で陽子と電子が分離して、陽子はプラスの陽子イオンとして膜を通り抜け、陽極に向かう。残されたマイナスの電子は両極の間をつなぐ電線を走って陽極に向かうので、電線に電流が生まれ、それを家庭の電源や自動車の動力として利用する。電子がエネルギーを使った後、陽極に入ると、プラスの陽子が待ちかまえていて再び結合しようとするが、そこへ空気を送り込むと、空気に約20%含まれている酸素が電線から出てきた電子を横取りしてマイナスの酸素イオンになり、それが水素の陽子と結びつくことで水になる。ガスが水になる時に電子のエネルギーが熱として放出される。そのようにして、水素と空気を入れると電気と熱と水が生まれるという奇妙な発電機が作動するのである。

 バラードは、79年にたった3人で設立された研究ベンチャーで、当初はリチウム電池の開発に携わっていたが、83年からカナダ国防省の委託で高分子膜型の燃料電池の開発に進出し、その技術は90年前後までにほぼ完成に至っていた。それにダイムラー・ベンツが着目して、93年に自動車用燃料電池で開発協力する4年契約を結ぶとともに、ダイムラーがバラードの株を25%取得、その年の内に早くも20人乗りのバスの路上実験に成功して、バラードはナスダックに上場を果たした。95年には、ガソリン・エンジンと同等の性能でありながら、エネルギー効率を54%まで高めた30kw級の燃料電池を開発し、それを見て世界はこれが単なる夢の未来技術でないことを知って色めき立ったのである。ガソリン・エンジンのエネルギー効率はわずか15%、ディーゼルでも24%にすぎない。それ以降、同社が達成しためざましい技術的進歩と、次々に台頭してくるそのライバルたちとの激しい開発競争のいちいちについては、広瀬の大著を読んで頂くほかないが、ごく最近の同社の動向や製品についてはhttp://www.ballard.com/を参照するようお勧めする。燃料電池の原理を中学生でも分かるように解説したアニメも見ることが出来る。またダイムラー・クライスラーのこれに関する膨大な情報はhttp://www.daimlerchrysler.com/index_e.htmで「fuel cell」を検索すると参照できる。

 バラードの先駆者としての地位を決定的にしたのは、99年4月の「カリフォルニア燃料電池パートナーシップ」の結成である。これは、カリフォルニア州政府が打ち出した「2003年以降、同州で車を販売しようとする者は10台のうち1台は完全無公害車を販売しなければならない」という、いわゆる“2003年規制”を実現するため、同政府がバラード、ダイムラー・クライスラーのほか大手石油会社3社に呼びかけて作った研究共同体で、後からフォルクスワーゲン、ホンダ、トヨタなども参加した。当初は、バッテリー充電式の電動自動車が本命と考えられていて、それをイメージして「完全無公害車」のシェア10%義務づけが定められたのだが、電動自動車は車そのものは完全無公害でも、その充電に必要な電気は既存の発電所で作られるので、それを含めた全過程では無公害とは言えないという議論になり、燃料電池車を中心に「ほとんど無公害に近い車」10%を目指すことになったのである。

 ダイムラーはすでに、バラードの技術を使ってメタノールから水素を得る方式で走る燃料電池車を2004年から量産する体制に入ると公表しており、この陣営には米フォードや日本の三菱自動車やマツダも加わっている。ホンダと日産もバラードの燃料電池を使っているので大枠としてこの陣営だろう。それに対して米GMとトヨタは、ガソリンもしくはそれとよく似た性質を持つクリーン炭化水素燃料(天然ガスを液化する過程で不純物や有毒物質を取り除いた合成燃料)を使う方式による燃料電池車を2003年から市販すると発表している。GM・トヨタ両社とも、電動自動車、ガソリン・エンジンと電池を併用するハイブリッド車、メタノールやナフサや天然ガスなど他の燃料を使った燃料電池車を開発してきたが、今年に入って結局ガソリンに絞り込んだ最大の理由は、全世界に散らばる既存のガソリン・スタンドをそのまま燃料電池車の燃料補給ステーションとして使えるので、最も普及が速く事実上の世界標準になる可能性が高いからである。

 GMは3月21日に米エクソン・モービルなどと行った共同研究の結果を発表し、燃料電池車の燃料は、最終の目標は再生可能なセルロース(植物繊維)であるけれども、当面の間はガソリンが最も効率的で環境負荷が小さいと結論づけた。ダイムラーが推進するメタノールは、単体の車だけを比べればより高い燃費性能を示すが、地下から採掘されてから、生産・精製・製造・輸送・貯蔵を経て車の燃料タンクに届くまで(well-to-tank)のコストと環境負荷を勘案すれば、ガソリンのほうが優れているとしている。この報告についてのプレス・リリースはGMホームページのニュース欄の中のプレス・リリース3月21日付http://www.gm.com/cgi-bin/pr_index.plで読むことが出来る。またトヨタとGMの提携については、トヨタのホームページのニュース欄http://www.toyota.co.jp/News/の1月9日付に詳しい。

●住宅用発電機の可能性

 こうして、ダイムラー・グループとトヨタ・GM連合が世界を二分して激しく競い合うことで、燃料電池車の実用化が目前に迫りつつあるが、その中で燃料電池の高性能化と低コスト化をめざす部品や素材の開発戦争もめざましい勢いで展開されており、そのことが、数万円で購入できる住宅用の超小型発電機の普及可能性を手前に引き寄せている。燃料電池車は欧米主導で、かろうじてトヨタやホンダがそれに互して頑張っているという図式だが、小型冷蔵庫ほどの大きさのコンパクトで安価な発電機を量産するといった家電感覚の事業となると日本が強い。実際、この分野で世界をリードしつつあるのは、東京ガス=松下電器、大阪ガス=三洋電機、東邦ガス=松下電工の3大ガス・家電連合である。家庭用の燃料電池の燃料は、当分の間、天然ガス(とプロパン、灯油のミックスか?)が中心になると考えられているから、都市にくまなくガス供給パイプ網を持つガス会社にとっては電力会社との力関係を転覆する絶好のチャンスである。家電各社は、中型・小型発電機そのものの需要はもちろんのこと、それをコジェネ・システムとして活用することで、例えば風呂や台所の給湯器が不要になって直接温水を供給することになるとか、冷暖房エアコンや除湿器や床暖房やふとん乾燥器なども電気を使わずに温排水を活用することになるとか、家庭用エネルギーの半分以上を占める熱利用の部分に一大変革が起きて、とてつもなく大きな新市場が生まれることに期待をかけている。

 米国でももちろん住宅用の開発が進んでいる。バラードは早くも96年に、数kwの住宅用や数百kwの事業所用の燃料電池の開発をめざして日本の荏原製作所と合弁で子会社を設立し、これにNTTと東京ガスが参加して実用化実験に取り組んでいる。荏原が目指しているのは、下水の汚泥から発生するガスを燃料にして発電するシステムで、すでに苫小牧市の下水場でその実験に着手している。バラードの後を追う米オレゴン州の新興ノースウェスト・パワー・システムズ社は、最初から住宅用に着目し、99年には5kwの出力でエネルギー効率が95%という画期的な家庭用燃料電池を公開し、翌年にはその製品化のために新潟県の石油ストーブのトップ・メーカーであるコロナと技術提携した。コロナが考えていることの1つは、発電機が生む大量の湯を豪雪地帯の屋根や道路の融雪に活用するコジェネである。こうして、米国企業も家庭用の製品化となると、日本に助力を求めてくるのである。

 ただし、住宅用を思い切って普及させようとする行政や事業家の意欲となると、すでに原発に事実上見切りをつけてしまった米国と、未だに原発推進の建前を崩すことが出来ない日本とでは天と地の違いがある。上述のカリフォルニア州政府による「カリフォルニア燃料電池パートナーシップ」の組織化はその代表例といえる。またテキサス州の石油王ハント一族は99年に、同州シェイリーランドに開発する居住人口3万5000人の新しい住宅地開発に当たって、すべての住宅に燃料電池を設置するという構想を発表して話題を呼んだ。テキサス州政府は公聴会まで開いて慎重に検討した末、これを認可し、さらに州議会で「電力産業再編成法」を通過させて、「個人住宅はじめショッピングセンター、病院、オフィスビルなど消費者が電力を使用する場所で発電する分散型発電(具体的には燃料電池はじめマイクロガスタービン、太陽、風力など)を奨励する」との大方針を打ち出した。これによって全米最大の電力を消費するテキサスの州民は、停電から解放され、電気代を節約できる上に余剰電力が出た場合は従来の送電線に接続して売電することが出来、大気汚染を軽減させることが出来る。この法案に署名したのがブッシュ・ジュニア州知事、今の大統領である。

 余談ながら、このことから推測すると、ブッシュ政権のエネルギー戦略の柱の1つは、燃料電池の技術をテコにして「石油から水素へ」の時代転換の主導権を確保することである。先頃、同政権が地球温暖化京都会議の二酸化炭素削減のための議定書から離脱することを公言して世界中から非難を浴びていて、それは確かに国際政治の常識とかけ離れた粗暴な態度であるには違いないが、反面、地球温暖化会議が、20世紀と同様、今後とも人類が石油を直接燃やすエネルギー生活を続けるかの前提に立って、しかも地球温暖化の最大の原因が二酸化炭素であるかに断定して、その排出量削減に焦点を絞ろうとする路線をとっていることが、本当に正しいのかという疑問があることも確かである。

 広瀬は、温暖化の主因が二酸化炭素であるというのはフィクションであり、それよりも原発がエネルギーの33%しか電気として利用できずに残りをすべて排熱として海に流し、海水の温度を上昇させ、近海の生態系を破壊していることのほうが余程問題だと指摘、温暖化会議は「原発は二酸化炭素を出さないクリーンな発電」という宣伝に利用されていると批判している。ここはいろいろ議論が出るところだろうが、少なくともブッシュは、州知事時代から燃料電池を中心とした無公害の分散型発電の時代がもう目の前に来ていることを熟知していて、地球温暖化会議の路線は見当違いで時代遅れだと考えているだろうことはまず間違いない。

 日本の政府・自治体がこうした変化のスピードに付いていけずに、相変わらず原発中心の10電力集権体制が永遠であるかの幻覚に溺れて戦略的な対応を怠っていれば、せっかくの日本企業の優れた技術も巨大な国内需要も、おいしいところはみな米欧に囲い込まれ食い荒らされることにもなりかねない。[続く]▲

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水素エネルギー/環境/地球温暖化

i-NSIDER No.011 2001年4月15日号

石油から水素へ
(3)マイエレキの世紀
    (4)
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石油から水素へ・続々──マイエレキの世紀

 広瀬隆は「マイエレキの時代がやってきた」と書いている。「エジソンとウェスティングハウスによって本格的な発電所が建設されて以来、世界は過去100年間、ひたすら大型発電所による集中化を進め、それによって発電効率を高めようとしてきたが、21世紀から逆の時代を迎えることになる。それぞれ電気を使用する場所に小型・中型の発電機を設置し、最終的には家庭に1台ずつ発電機を持つ。マイカーと同じように、マイエレキの時代がやってきたのである。あちこちに発電機が置かれるので、これを分散型電源と呼んでいる」 実際、自動車用の水素エンジンを軸とした燃料電池の開発競争が行き着く先は、1家に1台の発電機が置かれるマイエレキの時代であり、しかもそれは遠い将来の話ではなく、数年中に現実となり始める。そのことは、エネルギー供給の体系だけでなく、環境汚染への対処を含めた人類の自然との関わり方そのものを異次元に引き上げる、まさにパラダイム・シフトが起こりつつあることを意味している。

■無公害、そして無制限?

 第1に、燃料電池は基本的に水蒸気しか出さないので無公害である。自動車・工場・大型発電所による硫黄酸化物、窒素酸化物、二酸化炭素、浮遊粒子状物質などの排ガス公害を限りなくゼロに近づけていくことが出来る。また発電時に騒音も振動も出ないので、その面でも無公害である。

 第2に、エネルギー効率が極めて高く、ガソリンや天然ガスを主燃料にする最初の段階でもすでに十分に資源節約的であり、さらに今後、太陽・風力などの自然エネルギー利用、ゴミなどの廃棄物の活用、セルロースなど再生可能な資源の導入が進めば、有限な化石燃料に頼らずにエネルギーを供給する可能性を秘めている。

 最初の段階でもエネルギー効率が高くなる最大の要因は、排熱の利用可能性である。原子力発電や旧式の火力発電所では、投入するエネルギーのうち電力として活用されるのは33%で、残り67%は排熱として捨てられる。活用率は新型火力でも40%。たいていは遠隔地に立地される大型発電所、とりわけ人里離れた海岸に作られる原発では、排熱を活用する用途が周辺にないので、むざむざ温水として海に流されて生態系を壊すのに役立っているだけである。しかも平均5%と言われる送電によるエネルギー・ロスもあるので、さらに効率は落ちる。

 それに対して、電気化学反応を使って発電し排熱をも利用する燃料電池や、ガスタービンで発電し排熱をも利用するマイクロガスタービンなど、コジェネ方式の場合は、エネルギーの平均80%までが電力または熱源として使われ、捨てられる熱は20%にすぎない。大阪ガスが日産ディーゼル工業のガスエンジンを使って2000年6月に開発した210kwのコジェネ・システムでは、すでに87.5%の効率が達成されており、今後の技術進歩で効率はさらに向上するだろう。

 家庭用のエネルギーのうち照明、動力などに使われているのは35%で、残り65%は風呂、冷暖房用エアコン、床暖房など温熱として使われている。この後者のかなりの部分を、電力ではなく、発電の際の排熱による温水で賄うことで、80%以上という驚異的なエネルギー効率が実現する。ということは、同じ必要エネルギーを得るのに投入する燃料が40%で済み、従って、仮に化石燃料を使い続けたとしても、その枯渇までの年限は2.5倍に伸びるということである。

 ところが、水素を得るのに今は化石燃料を改質するのが最も手っ取り早いというだけのことであって、理屈の上ではどこからでも水素を得ることが出来る。米カリフォルニア州などでは、太陽光発電のエネルギーを用いて海水を淡水化し、それを電気分解することで水素を得る実用化実験が行われているし、日本でも東京工業大学が太陽熱を使って炭素からメタノールを合成して発電用燃料をつくる研究を進めている。あるいは、すでに汚水処理場などで試みられているように、生ゴミや家畜の糞尿、下水の汚泥などからメタンガスを回収する方法も有力で、鹿島はすでに99年に、生ゴミを粉砕して微生物を加えて分解し、取り出したメタンガスを改質して水素ガスを得、燃料電池で発電するシステムを開発し、1トンの生ゴミから580kwの電気を生み出せることを実証した。プラスチック廃棄物を石油に分解する技術が完成すれば、もちろんそれからも水素を取り出すことが出来るから、日本の場合で年間5000万トンの家庭ゴミと4億トンの産業廃棄物の山は、実は宝の山ということになる。

 さらには、再生可能なバイオマス(生物資源)を水素の源として活用しようという考えもある。本稿第2回で触れたように、GMは当面の水素源としてガソリンが最有力だという報告書を3月にまとめたが、その中で「我々の最終目標は再生可能なセルロースだ」と明言している。トウモロコシの芯や木屑や籾殻などの植物性廃棄物を活用するとか、生長の早い植物を栽培するとか、日本中で放置されている杉林を切って杉チップにするとかすれば、水素の源は事実無尽蔵なのである。

 そのようにして、水素を化石燃料から取り出さないようになれば、化石燃料は燃料としてではなく化学工業の原料としてだけ利用し、しかもプラスチックの完全リサイクル技術が確立すればほとんど新たに掘り出す必要がなくなるから、その資源量は半永久的に枯渇しないことになる。

 第3に、分散型の発電体系になることにより、破滅的な事故を起こす危険がある原発も、公害を撒き散らす大型火力発電所も、川の生態系を破壊する水力発電用のダムも、またそのような遠隔地から都会に電気を届けるための全国に張り巡らされた送電網も、すべてが過去の遺物となり、それらの建設・維持・廃絶のためのコストと危険負担、送電によるロスと電磁波障害、災害などによる停電のリスク、環境と景観の破壊から社会が解放される。

■電池も要らなくなる

 さらに面白いことに、デスクトップ型パソコンなどのオフィス用・家庭用のエレクトロニクス機器の電源や、ノートパソコン、ウォークマン、携帯電話など携帯用機器の電池も、超小型の水素発電機に置き換わることになる。エレクトロニクス機器は、コンセントから交流電気を取り入れて直流に変換しているが、燃料電池が生み出す直流をそのまま使う方が効率が高く、信頼性もある。家庭やオフィスに発電機が備えられるようになれば、そこから直流電気を取ってもいいのだが、それよりも無停電の小型燃料電池を初めから内蔵している形になるだろう。

 携帯用機器の電池では、93年にソニーが開発した充電式のリチウムイオン電池が全盛で、これは使い捨てでなく環境負荷は小さいが、まだ重く高価で、いずれ超小型の燃料電池に置き換えられる。使い捨て電池の用途は、時計、懐中電灯、ガスレンジなどの点火装置、カメラ、おもちゃなどまだたくさんあって、そのリサイクルがなかなか進まないことが問題となっているが、これも燃料電池になれば自ずと解決する。

 この分野では、ビル・ゲイツも投資している米ワシントン州のアヴィスタ社、モトローラと米国立ロス・アラモス研究所のグループ、日本では松下電器などが最先端を走っている。モトローラが試作した携帯用燃料電池は、従来の充電型電池に比べて10倍も小型で、しかも燃料のメタノールを万年筆用のインク・カートリッジのように差し替え式で供給するもので、1回の差し替えで携帯電話なら1ヶ月、パソコンなら20時間以上、連続作動する。

 燃料電池は、自動車以外の交通機関でも応用が進むだろう。とりわけ有望なのは船舶で、カナダのバラード社はすでに潜水艦用のメタノール燃料の40kw発電機をはじめ各種の開発を進めている。原子力潜水艦は、長期間にわたって海に潜ったまま行動するために、少量の燃料で運転できる原子力発電を動力に用いるわけだが、これが燃料電池に置き換われば、電気だけでなく真水や温水も得られるし、騒音もない。さらに将来的には、海中微生物をバイオマスとして捕獲して水素を得て、その気ならいつまででも潜っていられるようなことになるだろう。また水上船であればm上述の太陽光や風力による発電と水素発電を組み合わせる方式で、海水から水素を得て船が動くことになる。また鉄道機関車に燃料電池を用いる研究も、すでに日本や米国で始まっている。

 こうして、人類の生活を支えるエネルギーをどうやって獲得するかについての20世紀までの常識は完全に覆りつつある。われわれはすでに「水素エネルギー社会」の入口に立っているのであり、そのことを遠慮がちな資源エネルギー庁「燃料電池実用化戦略研究会」の1月22日付の報告書でさえも宣言している。「おわりに──固体高分子型燃料電池:21
世紀の水素エネルギー社会の扉を開く鍵」を別項で紹介する。▲

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石油から水素へ・続々々々
──エネ庁研究会の報告書

 資源エネルギー庁が茅陽一慶応大学教授を座長に研究者・業界代表28人を集めて作った「燃料電池実用化戦略研究会」は、99年12月から9回にわたる会合を重ね、今年1月に報告書をまとめた。ここではその中から「おわりに」の章を全文紹介する。水素エネルギー社会の到来を予想しながらも、その意義を出来るだけ自動車・交通部門の燃料転換による環境保全効果に片寄せて、1家に1台の分散型発電体系への移行によって原発も電力会社も無用になるという肝心なポイントには余り触れないようにしているところに、エネ庁の限界がかいま見えている。

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燃料電池実用化戦略研究会報告(2001年1月22日)
おわりに──固体高分子型燃料電池:21世紀の水素エネルギー社会の扉を開く鍵

 人類がこれまで大規模に使用してきた燃料の歴史を振り返ると、18世紀後半の産業革命期の石炭に始まり、20世紀には石炭から石油へと移行し、この数十年の間には石油から天然ガスへと移行しつつある。こうした流れは、炭化水素燃料からの脱炭素化(石炭、石油、天然ガスの順に単位質量あたりの炭素数が少なくなる)の流れであり、脱炭素化の進展に伴って、地球環境への影響はより少なくなっていく傾向にある。今後も、脱炭素化の流れは変わらないものと考えられ、21世紀半ばには、炭素を全く含まずCO2を発生しない水素が重要なエネルギーとなる水素エネルギー社会が到来することが予測されている。

 水素は究極のクリーンエネルギーであり地球環境問題への解決にもつながるとともに、水を含む地球上の多くの物質に水素が含まれているという意味で豊富なエネルギ−媒体でもあり、水素エネルギー社会の到来は我々人類にとって大きな意義がある。

 しかしながら、水素エネルギー社会の構築には、社会の中に各種の水素インフラを整備する必要があるとともに、水素の製造・貯蔵・運搬に関わる技術開発が不可欠であるなど大きな努力が必要であり、現在の化石燃料を中心とするエネルギー社会から水素エネルギー社会への移行をいかにスムーズに加速化させていくかが我々に課せられた政策的な課題である。

 燃料電池は水素を燃料とする高効率な発電装置であり、水素エネルギー社会の先駆けとなる技術であるとともに、本報告の中でも述べてきたように、システムの構成の仕方によっては水素からも化石燃料からもエネルギーを取り出せることから、現在の化石エネルギー社会から水素エネルギー社会へのスムーズな移行を橋渡しする技術である。

 水素エネルギー社会への過渡的段階では、CO2発生を伴うものの、化石燃料から製造される水素を用いて、燃料電池自動車、家庭用燃料電池などの新たな技術を早急に実用化することによって、燃料電池の利用に関する社会の経験を積んでいくことが重要であり、こうしたことにより燃料電池を普及させ、その上で再生可能エネルギーから製造される水素を中心とする完全なゼロ・エミッション社会、将来の水素エネルギー社会の到来を加速化させることが期待される。

 また、燃料電池の導入はその高効率性から主要用途先である運輸・民生部門において、省エネルギー効果が期待できるとともに、CO2の排出削減も可能である。更に、仮に燃料電池自動車においてGTL等の石油代替エネルギーが燃料となった場合には、これまで極度に石油に依存していた運輸部門のエネルギー転換を可能とすることになる。

 このため、燃料電池の導入は、現在のエネルギー・環境分野での喫緊の課題である省エネルギー対策、地球温暖化防止、石油代替エネルギーの推進を行う上でも切り札となる可能性が大きく、そうした観点からも燃料電池の実用化に関する各種課題を解決し、早急に燃料電池の実用化を図ることが望まれるところである。

 以上のように燃料電池は、現在、我が国が直面するエネルギー・環境分野の課題を解決する鍵であるのみならず、現状の化石エネルギー社会から水素エネルギー社会への扉を開く鍵でもあり、まさに21世紀のエネルギー・環境分野における「Key Technology」なのである。

2009年7月10日

総理一年の使い捨て

二見伸明氏(元衆議院議員・誇り高き自由人)

 液状化した自公政権の底が抜けて底なし沼になった。民主党が分裂したことで勝算のあった静岡県知事選で敗れたのは自公にとって致命傷である。静岡県民は麻生総理と自公に政権担当能力がないと烙印を押したのである。都議選の結果、自民党が大幅に議席を減らした場合、民主主義を蘇生させるために麻生総理の取るべき最良の道は、直ちに総辞職をして、民主党中心の選挙管理内閣を作ることである。麻生総理が、総辞職するのはプライドが許さない、というのであれば、次善の策として、直ちに衆議院を解散することである。

 「麻生おろし」は、自民党内の、なんとか自分だけでも生き残りたいというご都合主義に他ならない。首をすげ替えれば、支持率が急上昇するという考えほど、国民を愚弄するものはない。麻生総理が党内の圧力に屈し、総裁選を前倒ししたとしよう。総裁候補は、小泉・竹中の「市場原理主義」という冷酷な「弱肉強食」路線をどのように評価・総括するのか、麻生総理を、選挙の顔として担ぎ出した責任はどうなるのか、を明らかにしなければならない。また、舛添厚生労働相が出馬の意欲をもっているようだが、もし、そうであるならば、年金その他、厚労省に関わる不始末と、麻生内閣の一員として総理を支えられなかった責任を語ってもらわなければなるまい。かつて、私は「朝まで生テレビ」などで何度か舛添氏とやり合ったが、舌鋒鋭く、相手をやり込める名手で、ネオコン的で、マキャベリストで、スタンドプレーヤーという印象だけが残っている。

 自民党の発想の救い難さは、日本国の大黒柱のはずの総理大臣を、タレントと同質の「選挙の顔」としてしか認識していないことである。裏を返せば、国民の声や、最近では希少価値になりつつある政治家の見識など、受け付ける気の毛頭ない強固な「霞ヶ関軍団」が一から十まで面倒を見てくれるから大丈夫という依存心と安心感があるということだ。竹下登元首相(故人)は「歌手一年、総理二年の使い捨て」という名文句を残したが、いまや「総理一年の使い捨て」で、消費期限(賞味期限ではない)は短くなる一方である。

 政権交代とは、国の姿,形を変えるものである。足利幕府・織田信長・豊臣政権時代は、国家という概念は希薄でありながら、外国との交易が巨万の富をもたらすことを知る「国際社会に開かれた日本」だった。しかし、豊臣政権を打倒した徳川は、外国勢力への恐怖心と、政権維持のために鎖国し、士農工商の身分制度、米本位制の農本主義、幕藩体制の国にした。明治維新は、幕藩体制を維持しながら改革を模索する徳川政権を否定し、廃藩置県、地租改正(=税制改革)、身分制度の廃止、教育制度の確立など、近代国民国家の基盤を作ったのである。その荒仕事をしたのが西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬である。

 小沢一郎が主導し、日本社会の大潮流になりつつある「政権交代」は、単に、内閣が自民党から野党連立政権に移り、総理大臣が麻生太郎から鳩山由紀夫に変わるという底の浅いものではない。国の形を変えるのである。民主党の旗印である「霞ヶ関改革」「地方分権(=地方主権)」「生活第一」を見てみよう。

 これまで、総務省は地方自治体に、「条例を作る際のヒナ型」を提供してきた。しかし、「地方分権が喧しくなって」、いまでは「ヒナ型」は作っていない。それに代って、各省庁が「参考にするように」と「参考例」を提示している。そればかりではない。本来、国のヒモ付きではなく、地方が自由に使える交付金も、実体は、関係官庁にがんじがらめに縛り付けられている。例えば、15兆円の補正予算の目玉「雇用創出交付金」3000億円の遣い道にについて 所管の厚生労働省はこと細かな条件を付け、その条件に添った交付金申請書を各県に出させている。このため、各県の担当者は「地方の実状を知らない中央官僚が、最も遣い勝手の悪いものにしている」と批判している。

 「霞ヶ関改革」と「地方分権(=地方主権)」はセットである。キーワードの一つは「補助金」である。「霞ヶ関」は補助金をちらつかせて地方自治体を支配下に置き、自民党議員は「中央から補助金をとってくる」ことで、選挙地盤を維持してきた。小沢一郎の持論「補助金制度を廃止し、地方の自主財源にする」は「霞ヶ関改革」の真髄であり、地方分権のエンジンである。自民党議員にとっては兵站基地を爆破されるようなものだ。

 「生活第一」を検証してみよう。財源論からの厳しい批判はあるが、「子供手当て26,000円、公立高校の授業料無料(私立高校生には同額を支給)」は、深刻な社会問題になっている少子化、教育格差拡大に一定の歯止めになる。「高速道路無料化」は、物流コストが削減され、物価が安くなり、生活防衛になる。ヨーロッパでは実施されている「農家の戸別所得保障制度」は、アメリカからの猛反発が予想されるが、農業・農村再生の切り札であり、国土の荒廃を防ぐ、広義の治山治水対策でもある。コメ自由化が日米間の重要課題だったとき、訪日したヤイター農務長官が「東京都民は安いコメを望んでいる」といったのに対し、私は「都民の故郷は、大半が農村だ。親、兄弟の農業が廃れていくのを喜ぶ者はいない」と反論したことがある。

 民主党の「革命的改革」構想を凌駕する自民党と公明党の政権構想やいかに。日本人は、いま、国の形、暮らしのあり方について、真剣に、かつ、真正面から考えている。過去の解散・総選挙は自民党内の権力闘争で勝利した者が、自らが統治権者であることを国民に認知させるためのセレモニーであった。今回の総選挙は、これまでとは全く違う。国民が自らの意思で、国の形、暮らしについて判定を下すのである。信じ難いことだが、日本人にとって初体験である。自公は歴史的な時代認識と大構想を国民に提示せず、「鳩山献金問題」という「重箱の隅」をつついている。マスコミ各社は「時代」を読もうともせず、茫然自失で「鳩山献金問題」が政権交代よりもはるかに重要であるかのようなピンぼけの報道をくりかえし展開している。

『選択』7月号の興味ある記事を紹介しておこう。

収入減に苦しむ新聞業界をテコ入れするため、政府や行政から救済・援助を取り付けようとする仰天プランが新聞業界で浮上している。しかも、日本新聞協会を挙げての構想というから驚きだ。プランの柱は売り上げ減の原因の一つとされる、若者の新聞離れを食い止めようとするもの。若者が新聞を読める環境を整えたり、学習教材に新聞を活用するよう行政にも強く働きかける意向だ。こうしたテコ入れを先導するのが、新たに新聞協会会長に就任した内山斉・読売新聞グループ本社社長。(以下略)

 民主党バッシングの謎が解けた。マスコミの「わが身、可愛さ」である。

 アメリカ人はオバマ氏を大統領に選んで、アメリカを大きく変えた。明治維新は外様大名の下級武士がやってのけた。平成維新は野党と国民が成し遂げるのである。

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【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

2009年7月 9日

鳩山架空献金問題で事務所職員が死亡? 怪情報が飛び交う

 民主党の鳩山代表の架空献金問題が発覚して以降、「鳩山氏の事務所職員が交通事故で入院し、瀕死の重傷を負っている」または「すでに死亡した」との怪情報が飛び交っている。

 だが、結論から言うとこの情報は事実無根である。本誌編集部は7日、情報の真偽を確かめるために渦中の人物と接触したところ、元気な姿を確認した。

 永田町では出所の不明な怪情報が流れることは日常茶飯事である。しかし、調べれば簡単に真偽が判明する情報であるにもかかわらず、それがあたかも真実のように流布していることは奇妙だ。その背景として、「鳩山氏の架空献金問題を長引かせたい人物が、意図的にウラ取りをせずに情報を流しているのでは」との見方も出ている。

2009年7月 7日

民主党は郷原信郎を法務大臣にしたらどうか/その2——第三者委員会報告書の問題提起

takanoron.png 造船疑獄は、戦時中に大量の船腹を失って疲弊していた海運業界を立て直して貿易立国の道を突き進むべく、政府が商船建造のための長期低利資金を提供して計画的に造船を促す「計画造船」政策の一環として、「外航船建造利子補給法」を制定するにあたって、飯野海運はじめ業界から政治家・官僚に莫大な賄賂が贈られたとして、東京地検特捜部が1954年1月強制捜査を開始、政財官71人を逮捕するという、史上稀に見る一大贈収賄事件となった。

 その中で、検察は4月、当時の第5次吉田内閣の与党=自由党幹事長だった佐藤栄作(後の首相)を逮捕する方針を固めたが、佐藤の求めに応じて吉田首相が犬養健法相に「指揮権発動」を指示、佐藤逮捕は中止された。が、野党とマスコミの反発は激しく、非難囂々の中で犬養法相は辞任、それをきっかけに政局不安が続く中で、結局、吉田内閣は8カ月後に倒壊した。

 ところが肝心の裁判では、起訴された主だった被告7人は全員無罪、それ以外の17人もすべて執行猶予つきというほとんど竜頭蛇尾の結果となった。そのためこれは当時から「第2の帝人事件」と呼ばれて、検察捜査の行き過ぎが指摘されたが、世間的には、「正義の味方=検察」に「不正義の悪徳政治家」が不当な圧力を加えたというミーチャンハーチャン的な印象だけが澱のように残って、以後、「指揮権発動」などとんでもないことだという“常識”がまかり通るようになった。

 これを事件化することが無理筋であったのは、第1に、そもそも計画造船は政府の重要政策であって、業界が自分らに有利な法案を通そうとして贈賄しなければならない必然性がなかった。

 第2に、佐藤の容疑がそうであったように、確かに海運業界は与党幹事長としての佐藤に法案の取りまとめを誓願したかもしれないが、それは業界と与党の関係としては当たり前であり、他方、同業界は(佐藤個人にではなく)自由党に多額の献金をしているが、それもまた業界と与党の関係としては当たり前である。さらに、佐藤は実際にその法案の取りまとめに尽力しただろうが、それは政府の重要政策を推進する幹事長の職務として当たり前であったろう。その3つの“当たり前”を一緒くたにして「汚職だ」と断定した検察の想定はいかにも無茶である。

 第3に、渡邉文幸『指揮権発動/造船疑獄と戦後検察の確立』(信山社出版、05年)によると、事件当時に法務省刑事局長だった井本台吉(後に検事総長)は、佐藤に対する捜査が実は行き詰まっていて、「名誉ある撤退」のために検察側から吉田に指揮権発動を働きかけた策略の結果だったと証言している。また、06年6月14日付朝日夕刊「ニッポン人脈記」では、造船疑獄当時に地検特捜副部長だった神谷尚男が「あのままでは佐藤を起訴するだけの証拠がなかった」と言い、第一線検事だった栗本六郎も「捜査は行き詰まっていた。拘置所で指揮権発動を聞き、事件がストップして正直ホッとした」と言っている。

 郷原信郎は、日経ビジネスONLINEの6月17日付「法務大臣の指揮権を巡る思考停止からの脱却を」で、渡邉の著書や06年の朝日夕刊の報道などを引用しつつ、次のように述べている。

「造船疑獄の検察捜査は、“暴走”を通り越して“爆走”に近いものだった」と断言し、さらにこの事件によって「『検察の正義』を神聖不可侵のもののように扱い、外部からの圧力・介入を断固排除すべきという考え方を生じさせる一方、その行く手を阻んだ法務大臣の指揮権は、検察庁法に規定されていても、実際にそれを行使することは許されない『封印されたもの』のように理解されることとなった」

「渡邉氏が解き明かした造船疑獄事件の真相も意に介さず、第三者委員会報告書に『指揮権発動も選択肢』との記述を見つけただけで、過剰反応するマスメディアの報道姿勢こそ『思考停止』そのものと言うべきであろう」

●第三者委員会報告書の問題提起

 早野記者はたぶん、自社の新聞の06年6月14日付夕刊の記事も、日経ビジネスの郷原論文も読んでおらず、まだ第三者委員会報告書も精読していないに違いない。それでいて、まさに郷原が批判している造船疑獄についての“常識”という名の俗説にどっぷり嵌って「こんな意見がまかりとおっていいのか」などと偉そうにホザいている。

 第三者委員会報告書とそれへの補足説明としての日経ビジネス郷原論文は、戦前からの権力主義的体質を戦後になっても維持している検察に対する民主的コントロールの必要性についての(小沢秘書がどうしたとかいう次元を超えて)重大な問題提起を含んでいるので、必ず全文熟読して自分で考えて貰いたいが、ここで私なりの整理を提出しておく。

 端的に言って、検察は必ずしも正義でなく、むしろ正義でないことのほうが多い。それに対してどうしたら民主的チェックを働かせることが出来るかという場合に、まず第1に念頭に浮かぶのは「検察審査会」である。

 検察審査会は、裁判員制度の先駆的形態とも言えるもので、市民から無作為に選ばれた11人の審査員が、検察の起訴・不起訴の処理に対して不服の申し立てがあった場合にこれを審査して、

(1)不起訴相当(検察官の不起訴の判断に誤りはない)(2)不起訴不当(検察官の不起訴の判断に疑いがある)(3)起訴相当 (検察官は起訴すべきである)

 のいずれかの判断を下す。不起訴不当の意見が過半数以下(5人以下)であれば不起訴相当となる。過半数を超えれば不起訴不当となり、それが8人を超えると、より強い表現の起訴相当となるが、審査会の判断が(1)(2)(3)のどれであったとしても、従来は、検察は言わば参考意見として聞き置くだけで、それを無視することが出来た。ところが、裁判員制度導入と関連する法改正で今年5月からは、審査会が同じ件で2度、「起訴相当」と決議すると、検察ではなく裁判所が指定した指定弁護士により強制的に容疑者が起訴されることになった。周知のように、西松建設から二階俊博経産相への献金疑惑事件で大阪の市民オンブズマンが行った告発を検察が不起訴としたことに対して、検察審査会はすでに1度、西松側については起訴相当、二階側については不起訴不当を決議しており、これを受けて検察は西松側について2度目の決議が行われる前にこの件を起訴事実に追加した。しかし二階側は不起訴不当の決議なので検察は必ずしも従う義務はなく、そのため資金を出した西松側だけが起訴されて二階側は起訴されずに終わるのかどうか、成り行きが注目されている。宮崎の林国家公安委員長に対する告発も、どうせ検察は取り上げようとしないだろうが、検察審査会がそれを起訴相当としてくれるかもしれないことに期待をかけているのだろう。

 (1)〜(3)を眺めてすぐに気付くのは、「(4)起訴不当」が欠けていることである。これについて第三者委員会報告書は、「不起訴の場合には、検察審査会……の制度が用意されている。これに対して、不当な起訴がなされた場合、人権侵害の危険性は不起訴の場合より直截的であるにもかかわらず、わが国では制度的手当てがない。そのため、学説上、この点は一種の法の欠陥であるとして、『公訴権濫用論』が唱えられ」ていると述べている。これは、法学者の間では常識なのかもしれないが、少なくとも私にとっては初めて気付かされたことで、新政権は検察審査会法を再改正すべきかどうかを検討課題とすべきだろう。

 第2に、裁判所は検察暴走の歯止めにならないのか、という問題がある。報告書は上記部分にすぐ続いて、「不当な起訴については裁判所が公訴を棄却すべきであるという主張がかねてからなされている」と述べている。確かに、裁判所が自立していれば公訴棄却は検察チェックの武器となるが、戦前以来の裁判所の検察への従属が今も尾を引いている現状では、これは制度的保証とはならないだろう。しかし、これも検討課題である。

 第3に、裁判所の判断における「統治行為論」の考え方を、検察に対しても準用すべきではないかという問題がある。報告書は言う。

 裁判所が判決を行う場合に、憲法学上で「統治行為論」ということが言われる。統治行為論とは「高度に政治性のある国家行為については、たとえ裁判所による法律判断が可能であったとしても、事柄の性質上裁判所が審査をしない問題領域を認める考え方をいう。これは、政治問題は国民の代表者からなる国会および国会に信を置く内閣において解決されることが本来望ましく、裁判官は選挙によって選任されていないという意味で直接的な民主的正当性を持たない以上、政治問題については判断を差し控えることが好ましいという配慮に基づいている。このように、司法権ないし司法官僚たる裁判官の判決行動につき民主主義への礼譲を説く考え方を司法消極主義という」。

 西松事件のように、総選挙間近の時期に野党第一党に大きな打撃を与え、国民による政権選択の可能性を事実上奪いかねないような場合には、裁判官の権限行使における統治行為論と同様の発想に立って、検察官は、たとえ法律的には逮捕・起訴が可能でも、敢えてそれを控えることがあってもいいのではないか、と。

 これはなかなか微妙なところで、単に検察官の心構えというレベルに止まれば実効性はない。

 第4に、この文脈の中で、早野もその一部を引用した報告書の次の下りが出てくる。

「本件のように重大な政治的影響のある事案について、単に犯罪構成要件を充足しうるという見込みだけで逮捕、起訴に踏み切ったとすれば、国家による訴追行為としてはなはだ配慮に欠けたとの謗りを免れないというべきであろう。逮捕・起訴を相当とする現場レベルでの判断があったとしても、法務行政のトップに立つ法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検事総長を通じて個別案件における検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断にゆだねるという選択肢もあり得たと考えられる。また、本当の意味で法務省と検察庁とが独立した官庁なのであれば、このような観点からなされる法務大臣の指揮権発動を、法務省が組織的に支えることは可能なはずである。いずれにせよ、本件を契機として、指揮権発動の基準について、改めて研究・検討がなされて然るべきであろう」

 早野のように「指揮権発動」と聞いただけで「とんでもない!」と思ってしまう、郷原が言う「思考停止」状態を打破して、これを本来の意味で活用することを研究することは、新政権にとって検討課題になりえよう。

 さらに言えば、報告書には書かれていないが、第5に、検察庁法第15条に規定された検事総長、次長検事、各検事長の内閣による任免権を形骸化されたままにしておかないで、文字通り是々非々で適格性を十分に吟味し、検察の体質改善のために活用することも必要だろう。

 このように、報告書は、単に突出的に小沢秘書の一件について「指揮権発動をすべきだった」と言っているのではなく、検察の横暴を民主的に制御する方策についていろいろな角度から検討すべきことを問題提起している中で、指揮権発動の不当なタブー化についても検討課題に挙げているのであって、それを、繰り返すが、早野のようなベテラン政治記者が「こんな議論がまかりとおっていいのか」の一言で片づけようとしているのは残念極まりない。

 検察はもちろん必要だし、そのFBI的な独自の捜査機能も恐らく必要だろうと私も思う。しかしそれは、軍隊が歴史の現段階では一種の必要悪としてその存在を認めざるを得ないけれども、放任すれば他国にも国民にもとんでもない災禍を及ぼす危険物として厳密に文民によって統制されなければならないというのと同じ意味で、徹底的に民主的な統制の下に置かれるべきである。ところが実際には、そのための法的な仕組みは、報告書が指摘するように、ほとんど全く未整備であり、いくら新政権が出来たとしてもその議論には相当の時間が必要となる。その間、率先して検察の横暴や各種冤罪事件の多発に対してチェック機能を発揮しなければならないのはジャーナリズムであるはずだが、そのジャーナリズムが先頭を切って「検察は正義の味方」という幻想を増幅する側に回っているのだから話にならない。

 こうして、検察の改革は、小沢一郎の言う「明治以来100年の官僚体制を打破する革命的改革」の重要な一部として位置づけられるべきであり、来るべき民主党政権は正面切ってこれに取り組まなければならないだろう。

 郷原を法務大臣にしたらどうかというのはもちろん一種のジョークで、閣僚人事に口出しをしようとしていると受け止められると困ってしまうので(このサイトの読者には生真面目な人が多いですね)、民主党の皆さんは第三者委員会報告書の重大な問題提起を政権の課題としてちゃんと受け止めていますか?という同党への問いかけと理解して頂きたい。▲

2009年7月 6日

静岡県知事選で川勝平太氏が当選

 5日に投開票が行われた静岡県知事選で、無所属で前静岡文化芸術大学学長の川勝平太氏(60)=民主、社民、国民新推薦=が、坂本由紀子氏(60)=自民・公明推薦=ら3新人を破って当選した。今回の選挙戦では、民主党内で直前まで候補者調整がつかず、結果的に海野徹氏(60)と川勝氏の野党分裂選挙となったが、それでも連戦連勝の野党の勢いは止まらなかった。投票率は、激しい選挙戦となった影響もあり、前回を16.57ポイント上回る61.06%に跳ね上がった。

 静岡新聞社・静岡放送が行った出口調査によると、「支持政党なし」の4割が川勝氏、3割が坂本氏、2割が海野氏に投票した。また、県政に不満を感じる人は、「やや不満」と「かなり不満」を合わせると5割を超え、うち約半数は川勝氏を選んだ。

 静岡県では6月に静岡空港が開港したばかりだが、JAL福岡便では搭乗率が70%を切ると1%ごとに県が3800万円(概算)を補填する「搭乗率保証」を契約しているにもかかわらず、59.6%と低迷。このまま10%切れとなると、県は開港年にもかかわらずJALに約3億8000万円を県税から支払うことになる。需要の甘い見通しで空港建設を推進した石川嘉延前知事は坂本氏を支持してきたが、県民は過去の石川県政に「NO」を示す結果となった。

 この選挙結果が国政に影響を与えることは必至だ。事情通の間では「サミット後にでも麻生は辞任するのでは」との憶測も出はじめ、まさかと思われていた4度目の総裁選が現実味を帯びてきた。だが、自民党にはすでに人材が払底しており、皮肉なことに、それが総裁選反対派の唯一の拠り所となっている。

◆静岡知事選得票数
無新 728,706 川勝 平太 民主・社民・国新推薦
無新 713,654 坂本由紀子 自民・公明推薦
無新 332,952 海野  徹 
共新  65,669  平野 定義 

2009年7月 5日

松浦武志:知られざる特別会計のカラクリを明らかにする(後編)

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『特別会計への道案内』
松浦武志著、創芸出版

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>>前編を読む

Q:特別会計の実態のなかで、よくわからないものの例として「埋蔵金」があります。これはどういったお金なのでしょう?

 埋蔵金は、企業でいう内部留保に近いと思います。これを役所は持ちたがります。一般予算はお金が余ったら返さないといけませんが、特別会計の中では基金や積立金としてプールしておくことができます。これが特別会計のオイシイところなんです。

 では、なぜ基金をプールしておくことがオイシイのかというと、1兆円の基金で仮に1%の利子を受け取ったとすれば、毎年100億円の収入になります。これは役所にとって大きな魅力です。人件費で単純計算すれば、これだけで年収1000万の人間を1000人雇えます。

 莫大な資金を溜め込んでいる基金の具体例をあげてみましょう。大規模な地震が発生したとき、地震保険の支払いが足りなくなる事態を想定して積み立てられている「地震再保険特別会計」というものがあります。この制度は、民間の日本地震再保険株式会社という再保険会社に加えて政府が再保険を行うという、屋上屋を重ねるものです。これなどは、政府の補償額を引き上げることで、際限なく基金を積み上げることができます。今でも1兆1000億円を積み立てていますが、実は、6年前には政府の保障限度額は約3兆7500億円だったのが現在は約4兆4000億円に引き上げられています。でも、本当に保障限度額の引き上げが必要なのかどうかはマユツバです。なにしろ、阪神淡路大震災のときでも、その被害総額約10兆円のうち、地震保険金の支払いは783億円、政府の負担は62億円だったのです。

 こうなると、保障限度額を引き上げたのは、「積み立て不足だ」と言ってお金を貯め込んでおきたいからだ、との見方ができるわけです。阪神淡路大震災のとき、地震保険で5兆円くらいを支払ったというのなら異論はありませんが、現在の地震保険の加入率でもそこまでいかないでしょう。しかも、いざ地震が発生して万一基金が足りなくなれば、現実的には補正予算を組むことも可能です。今回の補正予算でも15兆円の補正予算を組みました。わざわざ地震保険の特別会計をつくって1兆円も貯め込んでおく意味はないでしょう。

 いわゆる「埋蔵金」とは、こういうお金のことを指すものと思います。「大地震の時にひょっとしたら必要かも知れない」といって貯めておくのと、「将来のお家再興のため」とか言って金をしまっておくのとどこが違います?どこにお金があるのかわからないのではなく、何かしらの「公的な目的」という土に覆われていて、すぐに取り出せない状況になっているのです。こういうお金はやっぱり「埋蔵金」というべきだと思います。

 財政投融資特会の金利変動準備金だって、長らく低金利が続いていることを考えると根拠が薄弱です、だから近年取り崩されてきた。外国為替特会の為替変動準備金だって、米ドル資産の大量売却が事実上不可能である以上、15兆円も必要ないと思います。

Q:麻生政権による補正予算でも、基金に莫大な予算が計上されました

 今回の補正予算では、46の基金に総額4兆3700億円が投入されます。そのうち、新設の26基金に合計3兆5100億円。補正予算は「バラマキ」だと批判されていますが、この基金については、むしろ「見せ金」と言うべきでしょう。基金が実際に使われてはじめて社会に資金が環流され、経済対策になるのです。基金として積まれているままでは今の埋蔵金と同じですので、経済対策にはなりません。ただし、天下り対策にはなりますが(笑)

 国債を増発し、財政投融資のお金を取り崩したにも関わらず、結果的に基金という埋蔵金を増やしただけなのが今回の補正予算です。貯金箱から財布に移しても、そこからお金を出して使わなければ、お金のやりくりをした意味がない。基金が支出されるまでは、このお金では何の経済効果も生まれません。

Q:小泉内閣時にも特別会計の問題が話題になり、たくさんの特殊法人が廃止・統合されました。ですが、問題は根本的な解決までは至りませんでした。小泉内閣の特殊法人改革は、なぜうまくいかなかったのでしょうか?

 小泉内閣の特殊法人改革では、いろんな組織を統合し、以前より大きな組織にしてしまったために、さらに不透明さが増したからです。統合や再編を行って改革を実行したようにみせて、予算規模は以前と同じ、人も減ったわけじゃない。だから当然、実質は変わらない。
また、「官から民へ」と言うと聞こえはいいですが、独立行政法人とか、郵政や道路公団のように非公開の株式会社にしてしまった。どれも政府100%出資のままでは特殊法人と変わらない。なのに、国会の言うことを聞かなくても良くなった。これでは、会社経営の監視はできませんよね。形だけ取り繕って、実体は官僚の焼け太りになってないでしょうか。

Q:特別会計を改革する方法はあるのでしょうか?

 各事業の一つ一つを精査し、無駄な部分を確実に削って予算規模を縮小させる「事業仕分け」という手法は、とても効果的だと思います。面倒な作業ではありますが、政治家がそれを自分から始めたということは評価できます。民主党がこの作業を通じて毎年どれだけの規模の財源を捻出できるかどうかはわかりませんが、特殊法人の実態をつかまえて斬り込み、そこをスクラップするんだという政治決断を始めたということには大きな意義があります。

 特別会計改革の方法は、個別経理を貫徹することと、それらを全部連結して国の財政を一覧できるようにすることです。そうしたら、個別事業の収支がはっきりする。そして、国の財政全体においても各事業の本当の割合が見えてくる。

 今みたいに特別会計と一般会計が別の世界の話のようにバラバラで公表されているようでは、わが国がどんな国なのかわかりませんから。

 社会資本整備と社会保障の割合はこのままでいいのか、社会構造の変化に見合っているのか、あるいは構造変化のスピードに見合うものになっているか、そんなことも考える出発点となるように、「財政の一覧性」を回復しなければならないと思います。

 これまで話してきたことは、官僚叩きのように思われるかもしれませんが、私自身そういったことは好きではありません。なぜなら、政治家が何を言ったって、自分たちで行政事務ができるわけではなく、行政の適切な運営は官僚の仕事だからです。ですが、大昔に設定されて、現在では不必要になったと思われる無駄な仕事については、政治家が官僚に「その仕事はもう必要ない。別の仕事を考えてあげるのでそっちをやってくれ」と言わなきゃいけないと思います。

 私自身は政治家ではないですが、政治に関わってきた者として、そういった意味で思うままを申し上げました。今日は、拙い意見をお話しする場をいただき、ありがとうございました。

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【プロフィール】 松浦武志(まつうら・たけし)
京都大学法学部卒、第1回政策担当秘書試験合格の後、平成6年から今年4月まで、衆参両院で6人の国会議員の下で勤務。特別会計に関する文献がほとんどないことに気付き、ほぼ独学に近い形で研究、2004年『特別会計への道案内-387兆円のカラクリ』を上梓、2008年『改訂新版 特別会計への道案内』(いずれも創芸出版)。

松浦武志:知られざる特別会計のカラクリを明らかにする(前編)

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『特別会計への道案内』
松浦武志著、創芸出版

 次の総選挙の最大の争点である「特別会計改革」。年間約370兆円の巨大予算が天下りの温床となっていると指摘されるなかで、現実に一体どれほどの予算削減ができるかが議論となっている。だが、驚いたことに特別会計の実態については、財政の専門家でもその詳細はいまだにほとんど知られていない。そこで今回のNews Spiralでは、特別会計の問題について早くから取り組み、「特別会計への道案内」の著者である松浦武志さんに、その無駄遣いの構造と解決方法について聞いた。

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Q:ここ数年、特別会計が「無駄遣い」や「天下り」の原因としてさかんに批判されてきました。そこでお聞きしたのですが、そもそも特別会計とはどういったものなのでしょうか?

 特別会計とは一般人の生活に例えると、「普段使っている口座とは別管理の口座」と理解すればいいと思います。誰でも給料の振込や光熱費の引き落としなどに使う、日常生活用のメインバンクの口座がありますよね。これは国の予算でいうと一般会計です。一方、特別会計は、アルバイト代の振込、株式運用、クレジットで借りたお金など、メインの収支のほかのことを、それぞれ別で管理している口座のようなものです。この例で言うと、日本の財政状況は、一般会計というメインバンクの収支に比べて、特別会計に当たるいろんな別の口座の方は、とんでもなく膨張してしまったという状況です。それが積もり積もって、金額の単純合計ですと、毎年、一般会計の予算80兆円余りに対し、特別会計では370兆円位のお金が動いてるんです。

Q:特別会計の根本的な問題点はどこにあるのでしょう?

 誰でも口座はいくつか持っていると思います。しかし、口座がたくさんあればあるほど、お金の出入りや残高がわからなくなってきますよね。家電店やクレジットカードの特典ポイントなどもあわせると、さらに把握が難しいでしょう。特別会計の問題点はまさにそこです。いろんなことを手広くやりすぎて、どれが儲かっているのか儲かってないのか分からなくなっているのです。

 私は、特別会計で区分経理すべき必然性はないと考えていますが、ただ、区分経理をしていれば、それぞれの事業の損得がわかるというメリットはあります。本来であれば、収支がハッキリとわかってその事業を続けるか止めるかの判断も簡単にできるはずなのに、実態は、ややこしい繰り入れ操作でかえって複雑になってるのが問題です。投資の失敗を給料から補填して体裁を整えたり自転車操業で倒産を先延ばしたりするのに似ています。

 もう一つの問題は、特別会計の口座ごとに管理人(所管省庁)が違うことです。すべての口座を一人の経理担当者が管理していればいいのですが、それぞれ別々の人間が管理している状況です。そんなことをやっていれば、全体が分からなくなってしまうのは当然です。

 そんな状態だから、変な無駄遣いや「埋蔵金」と言われる無駄な貯め込みが起きるんです。

Q:では、特別会計の現状が不透明だと指摘される原因はどこにあるのですか?

 特別会計も予算書は国会でオープンになっています。しかし、予算書の一つ一つの項目が「どういう意味を持っているのか」というガイドがないため、それだけですべてを理解することは難しい。

 たとえば、予算書に「業務取扱費:640億円」と書かれていても、これだけでは何のことかはわかりません。予算書に書かれているものは明細書ではなく、積み上げられた総額だけが記載されていて、もっと細かい資料に入っていかないと、このお金が有効に使われているかどうかはわかりません。一方、細かい部分をすべて公開すれば、資料は膨大なものになります。これを精査することが難しいのです。

Q:松浦さんは、著書の中で細かい部分まで調査して、無駄な部分を指摘しています。それはどのように調査したのですか?

 私は、この本を執筆する上で、生活実感や毎日のニュースの端々を参考にしながら数字を見比べ、「おかしい」と感じたところを精査しました。特別会計のすべてを逐一調査したわけではなく、「あれ?」と自分で思ったところを突っ込んで調べるんです。

 たとえば、電源開発特別会計という予算があります。大昔の計画では、2010年に新規原発が12~3基稼動してることになってましたが、大幅に遅れて現実は半分以下。新しい計画は、現実に合わせて原発の稼動予定数を減らす修正をしている。ところが、原発の予算は減ってない。最近では物価も地価も下がっていますから、立地の対策費や工事費などの予算規模はそれに応じて減っていくはずなのに、毎年同じ規模で予算が計上されているのは、誰が考えてもこれはおかしい。

 こういった生活実感というフィルターを通してこの電源開発特別会計の不思議に気付いて、予算書をじっくり読んでみた。すると、実は、広報費が増えていたことがわかったのです。原発の整備計画は小さくなっているのに、広報費が増えているのはおかしい。一般に公表されている資料でもそこまではいけます。新聞で取り上げられましたが、細野豪志代議士が、3年で10億円の費用をかけて運用されているホームページとか一冊40万円の広報誌とかを見つけたのは、広報費に照準を合わせてさらに深く精査した成果です。

 この本では、非公開の資料は一つも使っていません。社会現象を見て、自分の経験やニュースで得た情報を基礎知識として、現在と過去の予算額を比較するとか、役所の公開資料や審議会資料、国会会議録を見るとか、あるいは、本や雑誌の記事でちょっとだけ載ってたとか。探すつもりで見ていくと、無駄遣いがどこに隠れているかは見当がつけられるものなんです。私が見つけたもの以外にもたくさんあるはずです。

>>後編に続く

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【プロフィール】 松浦武志(まつうら・たけし)
京都大学法学部卒、第1回政策担当秘書試験合格の後、平成6年から今年4月まで、衆参両院で6人の国会議員の下で勤務。特別会計に関する文献がほとんどないことに気付き、ほぼ独学に近い形で研究、2004年『特別会計への道案内-387兆円のカラクリ』を上梓、2008年『改訂新版 特別会計への道案内』(いずれも創芸出版)。

民主党は郷原信郎を法務大臣にしたらどうか/その1——検察の横暴に対する新政権の回答

takanoron.png 実はこのところThe Journal同人の一部で、政権交代を果たした暁には民主党は、郷原信郎弁護士(元検事、名城大学教授)を法務大臣にすべきであるという声が盛り上がっている。

●林幹雄告発の裏側

 別項の宮崎学による林幹雄=国家公安委員長に対する告発も、元はと言えば(これは言っちゃっていいのか悪いのか分からないが)、郷原と宮崎の個人的対話の中から生まれたアクションで、郷原が原案を起草して宮崎が自分の名前で告発状を提出した。

 宮崎は早稲田大学の60年代後半の学生運動の時代を通じて、ずっと私の直近の子分で、私らがアイデアを出すと、率先「それは俺がやる」と買って出て、突撃隊というか、ヤクザ世界の用語で言えば鉄砲玉となって飛んでいくのが役目だった。そのへんは、つい先日の朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記」に宮崎ら日共系全学連の3人が取り上げられている中にも表出されている。

 今回も、郷原の「このまま放っておいていいのか」という思いを宮崎が後先も考えずに受け止めて、検察に対する突撃役を引き受けたのである。

 このアクションを見て私が思い至ったのは、検察の小沢秘書逮捕という事態に対して、民主党は直ちに、同じように西松建設のダミーと言われている2つの政治団体から献金を受けていたすべての政治家について、民主党所属議員を含めて片っ端から告発すれば良かったのだということである。私はこのサイトでの論説で「民主党全体がこの検察の暴挙に立ち向かわなくてどうして政権交代がなし得るのか」という趣旨のことを繰り返し述べてきたが、それは政治姿勢というか、「こんなことでひるんでどうするんだ」という叱咤激励のレベルに止まっていたが、考えてみれば民主党側からの一斉告発という手もあったわけで、その当時はそこまで思い及ばなかった。

 問題の本質は、戦前以来の検察の専横に対して、国民の側からどうしたらこれを制御出来るかということであり、その意味で宮崎のアクションは皆で考えるべき重要な問題提起を含んでいる。

●朝日新聞=早野透の馬鹿さ

 さて、6月25日付朝日ザ・コラム「まねていいこと、悪いこと」で同社コラムニストでベテラン政治記者(であるはずの)の早野透がこう書いている。

▼吉田政権の汚点は「指揮権発動」だった。1954年、「造船疑獄」が発覚、東京地検は業者から200万円を受け取った疑いで佐藤栄作自由党幹事長を逮捕しようとした。ところが犬養健法相は検事総長に対する「指揮権」によって、これを阻止した。

▼吉田の弁明が面白い。「汚職問題、汚職問題と申しますが、その内容は何か。政党の会計簿の記帳が不十分ということに帰するのであって、一体政党の会計帳簿が不正確であるのは当然であって……」「手続きを乱したということだけで逮捕するのは、政党政治の破壊である。新聞は面白半分に流説している……政府としてはかかるこれら流言飛語を…」

▼つい最近も同じような言い方を聞かなかったか。手続きミスの形式犯、新聞記事は検察リーク……。

▼小沢氏の秘書逮捕に関する民主党のいわゆる「第三者委員会」が10日、報告書を出した。そこにこんな一節がある。「法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断にゆだねるという選択肢もありえた」

▼吉田の指揮権発動は、政権末期のやぶれかぶれだった。以後、二度と例はない。これから政権をつくろうという民主党の側から、こんな議論がまかりとおっていいのか…。

 私は早野とも長年の付き合いがあって、今更こんなことを言わなければならないのは残念であるけれども、早野、お前、ここまで馬鹿だったのか。

●指揮権発動の意味

 昭和22年に制定された戦後の検察庁法では、次のように規定されている。

◆第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

◆第六条 検察官は、いかなる犯罪についても捜査をすることができる。

◆第七条 検事総長は、最高検察庁の長として、庁務を掌理し、且つ、すべての検察庁の職員を指揮監督する。

◆第十四条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

◆第十五条 検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、天皇が、これを認証する。

 言うまでもないことだが、戦前の日本に三権分立はなく、実質的に行政官僚が司法と立法をも支配していた。本来は行政に属するはずの司法省官僚である検察は、裁判所内に「検事局」を置いて「司法行政」の名の下に(この言葉自体が行政による司法の支配を意味する)裁判所の判事を指揮監督し裁判を取り仕切った。この検察専横は度々問題になり、「判検分離」すなわち判事を検事から分離して裁判所の独立を図るべきだとの主張が、政治の側からも裁判所や弁護士からも起こった。昭和初めに田中義一内閣(1927〜29年)が、そのための法改正を企図したが、枢密院の平沼騏一郎(元検事総長、後首相、A級戦犯、平沼赳夫元経産相の養父)の反対で潰された。

 他方、事件の捜査は当然にも警察に委ねられていたが、この伝統を破って検察が直接に政治疑獄などの重大事件を捜査する前例を作ったのが、検事時代の平沼である。司法省民刑局長で東京控訴院検事長代理でもあった彼は、「世間は段々腐って来た。小泥棒、詐欺、博打の如きを罪しても仕方がない。実業家、官吏など威張ってゐる悪い者をどうかせねばならぬ」との正義感に立って、明治42(1909)年に日本製糖事件(台湾の製糖利権を維持するための法改正のために同社が有力政治家20人に贈賄したとされる事件)、翌43年に大逆事件(幸徳秋水ら社会主義者、アナーキストが天皇暗殺を計画したとして24人に死刑判決が下されたデッチ上げ事件)を手がけて、検察が自ら事件捜査に乗り出す慣行を作り上げた。「検察こそ世の腐敗を正す正義の味方」という神話は、この時、平沼によって作られ、昭和に入るとそれがますます横行して、検察の政治に対する介入も甚だしくなった。

 昭和9(1934)年の帝人事件では、帝人株の株価操作に絡んだとして番町会の大物政治家=永野護はじめ帝人社長、台湾銀行頭取、大蔵次官ら官僚など16人が逮捕され、時の斎藤実内閣が総辞職する事態となったが、3年半後に全員無罪とされた。当時は枢密院副議長の座にあった平沼は、枢密院議長から総理大臣へと上り詰めようと野望を抱いていたが、西園寺公望とその支持基盤である立憲政友会主流が平沼のファシスト体質を嫌ってそれを阻んでいたため、古巣の検察を使ってこの事件をデッチ上げた。いくら検察が裁判を支配していた当時でも、裁判所が有罪にしようがないほど明白な倒閣目的のフレームアップであったということである。

 戦後になって、このような検察のあり方が「検察ファッショ」と呼ばれて問題になり、GHQとしては検察の権限を大幅に縮小して、捜査については警察に任せ、検察は裁判で警察の代理をするだけの存在に押し込めようとした。それに対し東京地検の幹部だった馬場義続(後に検事総長)が直接GHQと交渉、「米国にも警察は別に連邦捜査局(FBI)があるではないか」と説得して検察にも捜査権を残す(というか明文化する)ことに成功し、それで地検特捜部が作られることになった。田原総一朗『日本の官僚1980』によると、この馬場こそが戦前の平沼の政治介入主義の正統な後継者である。

 というわけで、この検察庁法第6条の短い文言には、実は、検察が「正義の味方」の振りをして気に入らない政治家や危険とみなす思想家・社会運動家をデッチ上げによって抹殺してきた血まみれの歴史が刻印されているのである。

 当時、検察に捜査権を残すことの危うさは自明であったため、それに対する(敢えて言えば)民主的な歯止めとなることを期待して、同法は、第14条で法務大臣がその第6条に関わる検察官の事務を含めて検察官に対して一般的な指揮監督することが出来る権限を定め(但しそれが逆に政治の側からの捜査介入の行きすぎを招いてはまずいということで、個々の事件について直接に大臣が口出しすることは封じた)、また第15条で検事総長、次長検事、検事長については「内閣が任命する」ことにしたのである。言うまでもないことだが、憲法によって「国権の最高機関」とされている国会が内閣を選んで行政全般を指揮監督するわけで、その原則の下で、内閣が検察幹部を任命し、内閣の構成員である法務大臣が検察官を指揮監督するという形で、二重に、戦前のような検察専横を抑止する仕組みが作られたのである。

●造船疑獄の結末

 さて、その指揮権が発動された最初にして最後の例が、1954年の造船疑獄だった。が、それを早野のように単に「吉田政権の汚点」とだけ評価すべきなのかどうかは、大いに議論の余地がある。[次号に続く]▲

2009年7月 1日

鳩山代表の会見資料を公開!

 自身の政治資金問題で30日に行われた鳩山由紀夫代表の会見がvideonews.comで公開された。
http://www.videonews.com/press-club/0804/001073.php

 また、会見で配布された担当弁護士による調査報告書の本文は下記の通り。

■調査報告書本文(クリックすると拡大します)
【ページ1】
hatoyama090630_1.jpg

【ページ2】
hatoyama090630_2.jpg

【PDF版】
調査報告書をダウンロード(PDF)

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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