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藤田幸久:麻生鉱業の元捕虜が麻生首相に謝罪を求めて来日!

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 第二次大戦中に麻生太郎首相の父が経営していた福岡県の旧麻生鉱業のオーストラリア人元捕虜と英国人元捕虜の息子が14日(日)来日する。同炭鉱は連合国軍捕虜300人を使役していたが、麻生総理や外務省はその捕虜使役の事実自体を昨年11月まで完全否定してきた。

 麻生氏が外務大臣であった2006年、オーストラリアに生存する元捕虜の証言がオーストラリア国営ABC放送や「ジ・オーストラリアン紙」などで報道された。また元捕虜の娘さんが麻生外相に「名誉と品位」を求める手紙を送ったが、何の返答もなかった。しかも、「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙」が「麻生鉱業がアジア人と西洋人の強制労働者を使っていた」と報道したのに対し、ニューヨークの日本総領事館はホームページで、「日本政府は同社が強制労働者を使役していたといういかなる情報も受け取っていない」と反論し、この記事は「不当」と決め付けた。このホームページの記載を公電で指示したのは、当事者である麻生外務大臣本人である。

 しかし、私の国会質疑の結果、昨年12月に厚生労働省の資料が見つかり、麻生首相が1月に国会でこの事実を認めることとなった。


 来日するのは豪州の元捕虜のジョー・クームスさん(88)とその息子2人、英国人元捕虜(故人)の息子の計4人で、麻生首相に面会と謝罪を求めている。私は、2月にクームスさんに電話インタビューを行ったが、彼は元豪陸軍伍長で1942年2月、シンガポールで旧日本軍に降伏。神戸の造船所での使役の後、45年3月に麻生鉱業へ移された。一日12時間労働を強いられたが賃金は未払いで、警備兵に暴行されたという。


 クームスさんなど3人の豪州人元捕虜は、強制労働への謝罪や不公正に対する補償金などを求める手紙を2月に麻生首相に送ったが、返事はない。高齢の3人の中で唯一来日可能で、恐らく戦後最初で最後の訪問となろうクームスさんは、「日本の首相から私たちの苦難を認めてもらうことが、仲間も含め私たちの慰めになる」と語る。

 今回の4人の来日は、捕虜問題を支援する学者やボランティア、そして、賛同した超党派の国会議員などによるカンパで実現することになった。21日までの滞在の間、飯塚市の麻生本社や炭鉱跡、横浜市の旧英連邦戦没者墓地などを訪れるほか、東京や飯塚市では捕虜問題に取り組む市民などと交流する。
 
 東京では江田五月参議院議長、駐日豪州大使や英国大使と会談する他、超党派の国会議員連盟や外国人特派員クラブなどで講演する。

 私たちは当初から、戦時中の麻生鉱業の旧悪を以って麻生首相を責めるつもりは毛頭ない。しかし、無視や隠蔽は許されない。検証と修正は可能である。捕虜の方々が最も求めているのはお金よりも、麻生さんの言葉だ。

 ポツダム宣言や麻生首相の祖父に当たる吉田茂首相が調印したサンフランシスコ平和条約の条件となっていた捕虜問題は、戦後日本の国際社会復帰への礎であった。重大な外交案件である捕虜問題が、高齢に達している各国の元捕虜たちといまだに充分な和解ができないまま、喉に刺さった棘のように問題を引きずっていることは残念である。
 
 今年は国連による「国際和解年」である。麻生首相がクームスさんとの会談を受け入れ、真摯に答え、捕虜問題を含む人権問題への積極的な取り組みを表明することを切に望む。それは、国際社会における日本の信頼を大きく高めることになる。

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クームスさんら一行の訪問日程は、藤田幸久公式サイトを参照。
http://www2.y-fujita.com/cgi-bin/index.php

藤田幸久(ふじた・ゆきひさ)プロフィール
民主党参議院議員、北朝鮮による拉致問題等特別委員長
国際NGO出身。不条理を正す行動派政治家

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コメント (21)

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以上になりますが、ご理解・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

<藤田様>
ご苦労様です。雑誌に捕虜の話ではなく、朝鮮半島の人々が、酷い労働環境で働かされていた、と書かれていた様に記憶しています。
クームスさんが来日されたら、半島の方々が一緒に働かされていなかったか?ぜひお確かめ頂きたいと思います。
麻生鉱業では、炭坑で夜昼なく働かせられ、住まわされた小屋には真っ黒なせんべい布団が敷かれ、風呂にも入れられず、奴隷そのものの生活だったと書かれていました。
その様な人々の血と汗によって築かれた財産で、豪邸に住み、ホテルのバーで葉巻を燻らせる麻生氏は、どのような対応をされるのか、見物です。

「続報を期待します」
不実な麻生がどのように対応するか注目しています。
成り行きに注目しています。
続報を期待しています。

私は自分の子供たちに「信頼される人になれ」と口を酸っぱくして教育してきました。
信頼される人物とは『過ちを素直に認め謝罪することが出来る』人だと。

隠す・嘘をつく・謝らない・気に入らない事があると、文句を言ってやり込める…
麻生さんは、多分そういう風に育てられ、生きてこられたんでしょう。

政治家、ましてや総理などにはなってはいけない人だと思う。
彼を総理に選んだ自民党員、公明党議員にも責任を取ってもらわなければ…

確か、捕虜の件と朝鮮からの強制労働の話は、アメリカの文書にも書かれていたと記憶をしています。

外務省がしらばっくれたのではなかったですか?

前に一度資料を集めた記憶があります。鈴木宗男氏が衆議院質問主意書であげていたような気がしますが、曖昧な記憶です。

確か昔の財閥系は、北朝鮮の地下資源の埋蔵量の資料も持っていたはずです。

これは、祖父の友人から子供の頃い聞いた話ですけどね(笑

多大な関心を持って,事態を見守りたいと思います。まだまだ自分自身の知らない現代史の闇,隠された歴史的事実が多すぎます。毎度の事ながら,不勉強を思い知らされました。

選挙を目前にした時期に投稿する内容かな?

真偽は判らんが、真であれば被害者を弄ぶ行為だな。

問題を矮小化されかねない時に取り上げる感性が問われる。

待ってました!藤田さん。
国会での9・11疑惑を採り上げられたことに大変驚きました。すごいです。タブーに挑戦されているのですね。今回の麻生鉱業についても、タブーですね。
藤田さんのご尽力のおかげで、その証拠が見つかり、麻生氏は認めたわけですね。
無視や隠蔽をした麻生氏は許せません。クームスさんのお手紙に返事をしない麻生首相は、どういうつもりなのでしょうか。
今回、クームスさんの訪問に、麻生首相は誠実に対応し、謝罪すべきです。

昨日のインターネットニュースでクームスさんの来日を知り、藤田さんのブログを拝見しました。この件を《THE JOURNAL》で藤田さんが投稿されたらいいのにと思っていたところ、偶然、今日、投稿されているのを知り、大変驚いています。
マスコミはこの件について、どう取り扱うのでしょうか。藤田さんが再びお知らせ下さるのを待っています。

クームスさんが来日してよかったと思えるものであることを心よりお祈りいたします。

 藤田さん、タイムリーな投稿有難うございます。オーストラリアの掲示板でも、この件が話し合われていました。それを見て、日本人の一人として穴があったら入りたい気分でした。88歳のクームスさんが日本までおいでになるお気持ちを考えると、麻生氏の不誠実な態度は許せません。徹底的に追及して下さい。続報を期待しております。

今更この様な事を知るの事に驚いています、
戦中の鉱山では、朝鮮人の強制動労・捕虜の強制動労があった事は周知の事実です、

紀州鉱山では、英国兵捕虜が使役したいた、
この鉱山では、元捕虜に対して何らかの謝罪・交流をしているが詳細に関しては分からない。

昭和19年か20年の冬にオーストラリア人の捕虜が東北の我が郷里にやってきました。吹雪の中でぼろをまとい寒そうな姿でそりを引いていたのを覚えています。近くの工場で労働させられていたのでしょう。このように当時はいたるところでこのようなことが行われていたようです。このような捕虜の強制労働が国際法違反として責められるならば責めるべきは時の為政者であって麻生鉱山ではないと思います。ましてや麻生総理が謝罪する必要があるとは思いません。ただし麻生鉱山が他の労働場所より特に過酷であったというようなことがあれば別ですが。

戦後生まれの私は、明治生まれの父から直接戦争の話を聞いた事はありません。母から聞いた話によると、太平洋戦争以前の日中戦争に徴兵され大陸で戦ったようで勲章などもありました。戦争の悲惨さを体験した父は、太平洋戦争に日本が突入すると、地元の若者を川崎の軍需工場へ皆連れて行ったのだそうです。徴兵で戦場へ連れて行かれるのを拒んだと言うことでしょうか。戦後私が子供の頃朝鮮の人たちが家によく訪ねてきました。父は何も私に説明はしませんでしたが、母が言うには軍需工場で強制的に働かされていた彼らを、父はとても良く面倒を見て助けて上げていたのだそうです。彼達が感謝の意を表していたのでしょうか、戦後物資のない中、色んな食べ物などを持って来て下さいました。その後、私は二男で家を出ましたが、父が亡くなるまで家族ぐるみのお付き合いがありました。今、私が父を思う上での重要な思いでの一つで、父がどんな人間だったのかを語る一つでもあります。そして一つの口癖「みんな同じ人間だ」「日本も、中国も、朝鮮も無い、人間に変わりないだろう」そんな父を思い出しました。日本が今日まで事ある毎に人権保障問題を突きつけられる。政府は過去の政治決着を言うのだがそうではなく、人間としての決着をつけてこなかった結果ではないのか。国際法の「ジュネーブ協定」を各国がその通り守ったとは言い難いが、少なくとも人間としての尊厳を第一に考えるものとしてある。国家が戦争に国民を動員する重要な手段に「差別政策」がある。それが「鬼畜米英」であり、「人間以下の、中国人、朝鮮人」であった。ヒトラードイツの「ゲルマン民族優位性」におけるユダヤ民族の抹殺もしかりである。戦争政策で人間としての尊厳を傷つけたことへの反省は、「銭金」の問題とは大きくかけ離れる事である。戦後、中国の周恩来首相が日本に「損害賠償」を求めなかった。それは戦争それ自体が犯罪としてあり、その意味において日本人も、中国人も被害者と言う崇高な人間の尊厳と言う立脚点に立っていたからである。それに比べて日本は果たして人間としての対応がなされて来たのか。オーストラリアとの戦争は、あまり知られていない。最近「オーストラリア」と言う映画があるが(私はまだ見ていない)日本人として知らなければならないと思う。アジアにおける戦争への日本の反省は、あまりにも人間としての尊厳を第一と考えた対応をして来なかったことにある。「戦場にかける橋」も「戦場のメリークリスマス」も人間としての尊厳なのではないだろうか。藤田氏の投稿に感謝申し上げたい。

龍司様

龍司さんの投稿を読ませて頂き、涙が止まらなくなりました。週明けのお昼休み、本当にいい時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございます。

素敵なご両親に育てられましたね。そして、国を超えたいい出会いがありましたね。
人間として生を受け、その意味を追求する時に、家庭教育がどれほど大事か、あらためて痛感します。
私のこの「LEE」という名前、夫が在日韓国人なので、婚姻届を出すと同時に夫の姓に改名した私の実名ですが(私が日本人のままでは籍には入れないので、この名を名乗るためには改名という方法しかない為)、私の育った環境も、この国際結婚には何の障害もなく、「韓国人と結婚する事に何の抵抗もないの?」と寧ろ私の気が抜けるほど、私の父親はあっさりしており、その時父の言った言葉は「だって、お前の人生を応援することは出来るが、参加することは出来ないからなぁ」と笑っているだけでした。
50代で逝ってしまった父ですが、周恩来の話もよくしてくれたことを、龍司さんの投稿を読んで思い出しています。
私もこういう両親の元に生まれてきたことを幸せに思っています。

自分の身上を明かす事は、ある意味一枚多くレイヤーがかかってしまい、ここでの発言もその為の偏りがある様に思われるのが嫌だったので今まで黙っていましたが、私にとって国際結婚なんかは、ちっとも大きな出来事でもなく、人生に於いてはちょっとばかりソースにはなってるかな?程度ですので、敢えて隠す必要もないと、今日の龍司さんの投稿を読んでいてそう思った次第です。

世界中の人達と交流する度に思うのですが、各々の「習慣」の違いに壁を感じることは多々ありますが、それは相手も同じこと、民族にプライオリティなんてある筈がないのは、人が1対1で接してみればすぐ分かることです。

戦時下という狂気の状況で、どれほど人間が人間の尊厳を無視した残酷な獣になるのかという話を、戦後生まれの私も沢山ナマの声で聞いてきました。そんな中、麻生は外務大臣としてその事実を一度は否定したのです。

>捕虜の方々が最も求めているのはお金よりも、麻生さんの言葉だ。

「麻生の言葉」ではなく「日本人の言葉」として、クームスさん達に何が語られるか、次の藤田さんの報告を心待ちにしています。

藤田違いで申し訳ないですが、この問題は戦後どれだけ時間が経ってもきちんとしないといけない問題です。

龍司さんのご意見、心にしみいります。

私も戦後生まれですが、そのことで生れる前に国が犯した犯罪行為を無視することは出来ないと思います。
それを戦後一貫して我が国の政府が「戦後処理で終わった」と否定しています。
占領された国の人々、戦火の中に否応もなく追い込まれた人々、そして人間の尊厳を踏みにじられた女性達、全ての人たちに対して国として「心の謝罪」をするかどうかが、未だにアジア諸国から日本という国が危険視されていることに対する解決方法でしょう。

現実に被害に遭われた方は、この先時間の経過と共に亡くなっていきます、それを日本政府は待っているのではないかと疑問に思っています。
しかし被害を被った人々の記憶は、その方々が亡くなった後も伝えられ残ります。むしろ「鬼」として民衆の伝説になるでしょう。そうなってからでは遅いのです。被害にあった方がいなくなれば謝罪することも出来なくなり被害の記憶だけが残ります。

ですから今残された時間の間に国が国として謝罪すると言うことが緊急の必要時と思っています。

麻生氏がどのように応対するか、これは麻生氏一族の問題だけでなく、我が国の国家としての尊厳、民族としての尊厳に関わることです。
でも、あの馬鹿殿は分かるのだろうか?

藤田さんの投稿で始めて知った事ですが、麻生さんは、胸にいつも拉致家族の運動(多くの政治家が着けている、ブルーのバッチ)に対する本音がこの謝罪及び対処で解るのです。今までの不誠実な無回答は、北朝鮮を批判するに当たりません同じ事をしているのです北朝鮮と。麻生総理のバッチは飾りだけの物なのか?本気で人間的な解決を求めているのか?拉致問題は人間性の問題です。北朝鮮相手に政治解決は現状の考え方では難しいでしょう。誠意ある処理こそが、拉致被害者のご家族の安心感をも誘うのです。

日本ではあまり知られてはいないではないようですが、オーストラリア人の年代層によっては大戦の影響で日本にあまりよい感情を持っていない人もいますね。昔シドニーに1年暮らしていたことがあるのですが、向こうの終戦記念日には在住の日本人は外出を控えておりました。

中尾友次郎 | 2009年06月16日 00:21

もうしわけございません。冒頭部分の文章がめちゃくちゃですね。正しくは以下の通り。

「日本ではあまり知られてはいないようですが・・・」

鈴木宗男さんの質問主意書は衆議院HP→質問主意書→第171国会→7(09年1月7日付)「旧麻生鉱業において外国人捕虜が強制労働させられていたことを示す厚生労働省の公文書に対する外務省の対応等に関する質問主意書」です。

朝鮮人労働者については、藤田幸久さんの質問主意書にあります。参議院HP→質問主意書→第171国会→22と36、また喜納昌吉の質問主意書もあります。同じく第170国会→53です。

鈴木さんの質問主意書の「厚生労働省の文書」問題の背景、当時の報道についてフォローしているサイトの1つは、
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1636.html
です。

高野さん

情報提供、ありがとうございます。
これから、見てみます。勉強になります。

藤田幸久さま
記事を拝見させて頂きました。北朝鮮の拉致問題担当ということもあり、人権、人道的観点からの記事とのこと。捕虜問題について、此の版の書き込みを拝見致しますと、ご存知の方は、ご存知だったのだと思いましたが、私は何一つ知りませんでした。私は昭和30年代の生まれですが、暮らしていた地域に鉱山も有りませんでしたから、こういう情報も有りませんでした。ですから、この記事に関して「人道」というより、戦中戦後の歴史の封印は未だ解かれていないのだ、という感を強く持ちました。「恥の文化」と日本は一昔前に言われておりましたが、今考えますに、なにか「恥」の捉え方が間違っているように思います。日本人は知らない事や、不都合な事を隠そうとする、目を背けようとする、そんな習性が有るかもしれません。しかし、歴史に関して言えば、自国の行った行為の事実関係を知らないという事の方が、はるかに恥ずかしい事なのだと言う認識が多くの人に有るのでしょうか。麻生総理や外務省の官僚もまた「恥」という言葉を読み違えた人の一人ではなかったのではないでしょうか。それは隠蔽という程毒々しくはないが、拾った木の実を土に隠して埋めてしまう小動物のような、無意識的行為。差別はいけない事と知りながら、自分と同じ土地で生まれ、言語を話し、風習を持たない人を排除しようとする、異常なまでの同族意識。論理では割り切れない、染み付いた習性のような無意識の領域に、まず日本人は向き合わなければなりません。捕虜問題は、人権問題としての理論から、国際条約の観点からこのような事は間違えであるという事を敷衍するべきですし、戦中だから仕方なかった的な論理に付け入る隙は与えないほうが良いと思います。そして、やはりこのオーストラリア人の問題だけではなく広く調査をして捕虜の強制労働の事実確認をすべきです。日本人の大半は、戦中、自分たちはだまされ、苦難にたえた良き人であるという幻想から脱却していないと思います。事実を知る事は厳しい事と思いますが、およそ歴史の清算と言う作業は精神的苦痛をかなり伴うものと言えます。逃げるのではなく、今、真摯に向き合わなければ、代々その苦悩を掘り返し、抉られながら日本人は生き続けなければなりません。子孫に残せるものは、国土や財だけではありません。こういう歴史を通して、人としての正しいあり方や、考え方を残してゆく事もまた一つの、子孫への財産であると考えるべきであると思います。

オーストラリアの対日感情について
 太平洋戦争初期において海戦での敗北により巡洋艦の撃沈により多数の戦死者が出ましたが、対日感情悪化の最大の理由が戦時捕虜の取り扱いでした。
 シンガポール防衛の主力部隊として英連邦軍の一員して戦ったオーストラリア軍の生存者が日本軍の捕虜となり現地で或いは日本本土に移送され捕虜収容所に入れられ殆んどが日本の敗戦まで強制労働に従事させられています。この捕虜に対する虐待の内容が無事本国(オーストラリア)に帰国後国民の知るところとなり厳しい反日感情の発露となりました。
 その感情は時とともに経済関係の密接化や米国を相手とする同盟関係がお互いにあるため徐々に好転しつつありますが、まだまだその情を完全に払拭できたとはいえません。
 捕虜の件で言えば日本だけでなく相手にも虐待疑惑はありますが戦勝国のため不問にされたことも多々あり。(収容所での日本兵捕虜暴動事件や収容所に送られる日本兵の不明事件もあったやにきいております。)お互いが感情に支配され遵法であったかは一概には言えません。
 前置きが長すぎましたが戦時中の外国軍捕虜については旧帝国陸海軍が管轄しておりその書類は陸海軍が解体された際、人事関係の書類として旧軍人の人事資料とともに旧厚生省に殆んどが移管されました。蛇足ですが軍機に属することは終戦時に焼却処分、米軍に接収される等の状況で貴重な資料の殆んどは散逸しており殆んどが不明となっておりその再収集は困難を極めています。
 書類が見つからなかったと麻生首相は国会でも言い訳として答弁を行っていました。が、軍人恩給等旧軍の人事関連書類は厚生省保管であることは元軍人の間では常識で政治家としては見識がなく不作為の産物ではないかと思います。
 それにしても外務大臣(後の総理大臣)が人道上の問題で恥を国際的にさらしてことは間違いございません。
 来日された元捕虜のオーストラリア人の方の「心のしこりが」少しでも小さくなられ、日本人の誠意を感じられてて帰国されることを希望します。

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