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2009年6月30日

“故人献金”は事実だった! 鳩山代表が公設秘書を解任

 民主党の鳩山由紀夫代表は30日午後、衆議院第一議員会館で記者会見し、政治資金収支報告書に亡くなった人や他人名義で献金が記載されていた問題について、「報道は基本的に事実だ」と認めた。事実でない献金は2005〜08年の4年間で2177万円8,000円。鳩山氏は会計実務担当の公設秘書を解任したことも明らかにした。鳩山氏は会見で、この問題は党ではなく個人の問題であるとの考えを示したが、与党は攻勢を強めており、国会運営に影響を与えるものと思われる。

 産経新聞が報じた鳩山氏の調査報告書の要旨と会見の詳報は下記のとおり。

■【故人献金】鳩山代表の調査報告書要旨(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090630/stt0906302008015-n1.htm

■【故人献金】鳩山会見(1)「事実でない記載あった」
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090630/stt0906302007014-n1.htm

2009年6月29日

奥寺康彦:私が伝えたいこと(動画インタビュー)

横浜FC代表取締役会長という立場にありながらも、自らが学校長をつとめる『奥寺スポーツアカデミー』では教育者としても活動する奥寺康彦氏。

今後、新たに『《THE JOURNAL》ブロガー』という肩書きが増えることになるが、読者に伝えたいこととは何か? 2010年南アフリカW杯出場を決めた岡田JAPANをどのように見ているのか? そして、横浜FCの顔とも言える三浦知良選手のチーム内での役割とは?

日本初のプロ選手として、日本サッカー界を牽引し続ける奥寺氏にインタビューを行った。

■《THE JOURNAL》 インタビュー:奥寺康彦

小泉王国が堕ちた! 横須賀市長選で33才の新顔が当選

 小泉純一郎元首相のお膝元である神奈川県横須賀市の市長選が28日に投開票され、前市議で新人の吉田雄人氏(33)が、自民、公明、民主の支援を受けた現職市長の蒲谷亮一氏(64)を破り、初当選した。落選した蒲谷氏は、小泉氏の全面支援を受けていた。

 また、7月5日に投開票される静岡県知事選でも自民党は苦戦している。民主の分裂選挙となったにもかかわらず、最新の情勢調査では川勝平太氏(60=民主・社民・国新推薦)と坂本由紀子氏(60=自民・公明推薦)が激しく競り合い、互角の戦いをみせている。仮に坂本氏が敗北すれば、麻生首相の責任を問う声があがり、一気に「麻生降ろし」の気運が高まる可能性もある。選挙で示された民意の突き上げにより、麻生政権は崖っぷちまで追い込まれている。


※平成21年6月28日執行 横須賀市長選挙
 投票・開票結果集計表(23時05分確定)

吉田雄人 68,628 (無所属新人)
蒲谷亮一 64,147 (無所属現職 自民・公明・民主推薦)
呉東正彦 23,134 (無所属新人)
投票率  45.22%

2009年6月28日

須田慎一郎×高野孟:かんぽの宿騒動の真相を語る

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 かんぽの宿騒動で瀕死の重傷を負ってしまった麻生政権だが、一方の鳩山邦夫前総務相は自らを「正義」と呼び、国民から拍手喝采を浴びた。しかし、この問題には善悪二元論の単純な構図で語りたがるメディアの報道の陰で、鳩山氏を利用した郵政ファミリーの利権取り戻しの動きがあった。本来なされるべき「郵政民営化をどうすべきか」という本質的議論の前に、騒動はたんなる自民党内の政争と化してしまったのだ・・・
 
 《THE JOURNAL》内でも激しい論争となったかんぽの宿騒動の真相は、いったいどこにあるのか。今回の騒動を半年にわたって取材しているジャーナリストの須田慎一郎氏が高野孟と語る!

(構成・文責:《THE JOURNAL》編集部)

かんぽの宿騒動が総選挙大敗の引き金に

高野:半年にわたった「かんぽの宿騒動」は、麻生首相が西川善文社長の続投を認めるという形でひとまずの決着となりました。これは麻生さんにとって最悪の結末でしたね。

須田:そうですね。次の総選挙の大敗の引き金を引くことになったと思います。選挙後に結果を振り返ってみて、「あのとき、この一件が」という最大のポイントになるのではと思います。

高野:麻生さんは盟友の中の盟友である鳩山邦夫を斬り、返す刀で西川も辞任させようと思ったけど、半年もダラダラ続けて西川さんは自発的辞任もなし、会長への棚上げもダメ。結局は減給処分だけで、虻蜂取らずになってしまった。

須田:最終的に誰が決断をするのかも分からず、ダラダラと続けてしまいましたね。

高野:それで、最後はどうなったのでしょう? 私が思うに、小泉純一郎元首相が「本当に西川のクビを切るのか!それなら俺は党を出るぞ」といったようなことを言ったのだと思いますが。

須田:最終的には小泉さんが動いたのですが、それ以外に奥田碩日本経団連名誉会長がブレず、「西川続投支持」ということで決着がついたと私は思っています。

日本郵政の人事権は人事氏名委員会にあった

高野:奥田さんは一貫していたのですか?

須田:いや、そうではありません。その前に奥田さんについて説明をしておくと、そもそも日本郵政は人事権がいったいどこにあるのかが不透明な会社なのですが、実は、社内に人事指名委員会という会がありまして、その委員に奥田さんが入っていて影響力を持っている。

高野:社外取締役の中に人事委員会が設定されているんですよね。

須田:ようするに麻生さんが奥田さんを取り込み、その人事委員会が「西川続投を支持しない」ということになれば、これほどモメる事はなかった。なので、麻生さんは(奥田さんを説得して)外堀から埋めていく戦略があったのだと思う。

高野:なるほど。そっちから行ったんだ。

須田:人事指名委員会が西川さんの続投を支持しなければ、水面下の動きでいくら小泉さんや竹中さんが「西川続投」と言ったところで、それは負け犬の遠吠えです。当初はこういった形の“美しい落としどころ”が可能だったと思います。だけど、奥田さんは一時は官邸寄りだったのですが、最終的には西川続投を支持したようです。最後に小泉さんが神通力を発揮したと感じますね。

高野:最終的には小泉さんが「チルドレンを引き連れて自民党を割って出るぞ!」という覚悟でのぞんだんでしょうね。

かんぽの宿騒動はたんなる自民党内の政争だった

須田:その意味で言うと、今回の騒動は、完全に自民党内の政争ですよ。

高野:まったくその通り。

須田:「経済の原理原則」や「郵政民営化はどうあるべきか」ということではなく、仮に自民党内を構造改革派と非構造改革派と色分けするならば、その二つの勢力のぶつかり合いという面があった。

高野:そもそもの発端が鳩山さんの気まぐれで始まった。昨年暮れに日本郵政からかんぽの宿売却についての報告書がきて、これは雑誌にも書いてあるんだけど、鳩山さんは「どうしてこんなことになるんだ!」となった。

須田:その気まぐれをおこさせるために、誰かが鳩山さんに情報を入れていた。鳩山さんはああいうキャラクターだから、「この情報を入れれば、自分たちの想像通りに動いてくれるはずだ」と考えた人がいた。

高野:一口で言えば、それは旧郵政官僚グループ。西川さんのやり方をよく思っていない人たちが日本郵政の中にもいるし、総務省の中にもいる。そういう人たちがうまく鳩山さんを乗せたというところから始まっていますよね。

西川社長は郵政ファミリーの逆鱗に触れてしまった

須田:ただ、私はこの問題をずっと調べていまして、西川さんのやったことのいったい何が旧郵政ファミリーの逆鱗に触れたのかと思ってチェックしたのですが、「これではないか」というものが一つあったんです。

高野:ほう。

須田:実は、郵便・簡保・郵貯と郵政三事業といわれているものには、いろんな付随業務があります。かんぽの宿は付随業務にしても派生業務にしてもいくらなんでもやりすぎだと思いますが、そういう企業が291社あるんですよ。

高野:そんなにあるんだ。

須田:郵政3事業にぶら下がっている291社があり、そこに旧郵政官僚や事業に関わっている人たちが約2000人天下っている。その人たちを食わしていかないといけないという構図が、郵政三事業の周りを取り囲んでいた。そこに西川さんはメスを入れてしまった。

高野:なるほど。

須田:その一つがかんぽの宿なのですが、そこで「俺たちは明日からどうやってメシを食っていけばいいのか!」となり、本格的な西川おろしが始まったのだと思いますね。

高野:かんぽの宿は一人平均600万円の年収があるといわれている。民間の観光業よりも高い給料をもらっていて、効率は悪い。そういう格好でかんぽの資金そのものが食われているわけですよね。それが291社にわたって行われている。

須田:だから、西川さんが郵政三事業を食い物にしてきた人を追い出したところまではよかった。ところが、食い物にした人を追い払い、それでかんぽの宿を新たに誰に持って行ったかと言うと、たんに新旧利権の構図が入れ替わったという部分もあった。だから、今回の騒動は実際には利権の分捕り合戦の政争で、誰が正義で、誰が悪だということではないんですよ。国民から見れば、両方とも悪です。

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続きは、JFN系列「PEOPLE 高野孟のラジオ万華鏡」(AM5:00〜6:00 / 東京はAM5:00〜5:45)の公式HPでインターネット配信されています!
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/index.html

2009年6月26日

奥寺康彦:ごあいさつ

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 《THE JOURNAL》読者のみなさん、こんにちは。

 これから《THE JOURNAL》で、サッカーを中心にしたスポーツについてのブログをはじめることになりました。

 スポーツは子どもから大人まで、または社会的・文化的な部分にも深く関わっています。私のサッカー人生のなかで学んだスポーツの重要性や可能性について、この場を借りて伝えていきたいと考えています。

 また、私自身の勉強にもなると思いますので、ぜひみなさんからもご意見をお寄せください。よろしくお願いします。

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【プロフィール】 奥寺康彦 (おくでら・やすひこ)
1970年代当時、世界最高峰のリーグと言われたドイツのブンデスリーガで活躍した初めての日本人選手。 3つのクラブで計9年間プレーを続けレギュラーとして実績を残した事で、 ドイツのファンからは「東洋のコンピューター」というニックネームで呼ばれた。

自公政権の液状化は「政権交代→日本再生」への千載一遇のチャンス

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆議院議員) 

 自民党内に「麻生おろし」が広がっている。パートナーの公明党支持者からも、「麻生離れ」「自民不信」が高まっている。液状化現象の本格化である。麻生総理の下では落選しそうなので、国民受けする人に、シャッポを変えたいという気持ちは、私も落選の経験があるので、わからないわけではない。しかし、日本社会の現状は、小手先の策で解決出来るような甘いものではない。また、麻生総理は「吉田首相の孫で、天皇の縁戚」というプライドの高い人だから、「麻生おろし」に屈服して、「大政奉還」することは頭の片隅にもない。必ず、解散をうってくる。解散の時期は、天皇がカナダ訪問に出発する前日の7月2日(この場合、投票日は8月2日)か、天皇が帰国する17日夜から7月28日の間であろう。7月28日解散なら、投票日は8月 30日か9月6日だ。それにしても「麻生おろし」はマスコミ向け、選挙区向けのパフォーマンスで、起死回生の気概は全くない。「麻生支持」を強調する閣僚や党幹部も気もそぞろで、言葉も上ずっている。

 1976年、三木武夫総理の解散権を封じ、三木総理の続投を阻止する「三木おろし」という凄絶な党内抗争があった。三木は、金脈問題で失脚した田中角栄に替り、椎名裁定によって、総理の座についたが、彼は戦前からの代議士で、対米戦争反対の論陣を張り、戦中は大政翼賛会に加わらず、鳩山一郎らとともに、非推薦で戦った骨の髄からのリベラリストである。この三木を潰すべく、田中派、福田派、大平派、椎名派など主要派閥が「挙党体制協議会(挙党協)」を結成して対決したのである。もしもそのとき、日本社会党、公明党など野党に政権奪取の気概があれば、自民党の混乱に乗じて、政権奪取の大技も考えられたであろう。しかし、そんな能力もなく、人材もいない野党(私もその一員だった)は、指をくわえて眺めているしかなかった。1993年夏、小沢一郎が、政治改革のために、野党暮らしも覚悟の上で、手勢を率いて自民党を脱党したときには、驚愕と感動で胸が一杯になったのである。

 数日前、友人の自民党長老は「かつては、ガバナビリテイのある実力者が、天下危急の時には汗もかくし、知恵も出した。いまは、そうした本物の実力者がいない。総理経験者なんぞ屁の役にも立たん。若手も経験豊富な先輩の話を、バカにして聴こうともしない」と嘆いていた。彼の嘆きは一面の真理を衝いてはいるが、私は、進行中の液状化は、半世紀もの間、日本を支配してきたシステムや政策が時代と民心の変化に対応出来なくなり、官僚機構も機能不全に陥り、修復不能になって、日本全体に波及したことが本質だと考えている。液状化=亡国を阻止するには、政権交代の数十倍のエネルギーが必要なことを銘記する必要がある。小沢が描いた<政権交代による日本改造のシナリオ>は、壮大なロマンである。

 ここで、17日の党首討論で、麻生総理が3年後の消費税増税を明言し「消費税論議を避けるのは、財源を避けて通ることになる。財源がなければ極めて無責任だ」と鳩山民主党代表に逆襲したことに、一言コメントしておこう。

 議会の誕生の歴史は政治執行権者の横暴から個人の生命、自由、財産を守ることと、年貢(=税金)の増税阻止である。国民に増税を求めるときは、政策の失敗の責任者と結果責任についての説明責任がともなうべきである。消費税を増税しなければならないほど赤字を垂れ流した責任は、半世紀以上政権の座にある自民党にある。15兆円のばらまき補正予算を組んで、その財源を消費税増税で賄おうとする愚策は、自公の合作である。失政のツケを国民に押し付けて、何の責任も感じず、平然としているどころか、消費税アップをしないことを明言する民主党を「政権担当能力がない」と決め付ける政府与党の態度は、無責任を通りこして、不遜でさえある。諸外国では、政府が自己の責任を棚上げして「カネがないから増税」と言った瞬間、暴動や反乱の大津波に襲われることだろう。

 1988年秋、私は消費税国会の税制特別委員会の理事だった。当時、官房副長官だった小沢一郎は政府与党側の実質的な総司令官だった。私たち野党は彼に徹底審議を要求し、小沢は「重要法案なので十二分に審議してもらいたい」と応じた。小沢は、逆進性、複数税率の是非など消費税の抱える問題点や課題を知り尽くしていた。消費税に手をつける前に、まず、天下り禁止、公務員制度の改革、予算の抜本的組み換え、政策の優先順位、補助金制度の廃止など行財政の革命的な改革がなされなければならない。この改革を中途半端にして増税論議をすれば、結果として消費税アップだけ食い逃げされかねないのである。鳩山代表が、増税ではなく「まず、徹底的に無駄遣いをなくす方向からスタートしたい。随意契約の見直し、不要不急なものを後回しにする」と切り返したが、これが正論である。

 私が不可解に思うのは、本来は増税に反対のはずのマスコミが、政府与党のお先棒を担いで「消費税増税」の旗振りをしていることである。消費税が上がれば、その分だけ新聞購読料も上がり、新聞購読者は間違いなく減る。収入の65%を購読料に依存している新聞各社にとって消費税増税は致命的なはずである。アメリカでは「新聞は頭の古い『大人』用に毎日発行される『情報の定食』で、面白くない」と若者にソッポを向かれている。日本でも新聞購読者は減少し、ネットに侵食されている。にもかかわらず、政府をヨイショするのは、再販制度維持と「押し紙」問題を不問にしてもらいたいという下心があるのではないか。また、マスコミ各社「横並び」の、執拗な「小沢批判」も、政官大手マスコミの癒着の温床である記者クラブ制度廃止を明言し、実践している小沢一郎に対する恐怖心と憎悪の現れであろう。記者クラブ制度が廃止されれば、総理の記者会見はもちろん、午前午後、二回行われる官房長官の記者会見をはじめ、すべての記者会見がオープンになる。そうなれば、いままで記者会見から排除されてきた有能な外国人特派員、週刊誌記者、フリーのジャーナリストも取材出来ることになる。結果として、ゴマすり記事を書いていた大手マスコミの取材陣の無能力と怠慢が明らかになるだろう。それは新聞各社にとって、この上ない屈辱である。マスコミ界も日本列島液状化のまっただ中にあるといえよう。

 野党は自民党の液状化現象を、「これで衆院選は勝てる」と浮かれていてはならない。20年前、北京の天安門事件のとき、「中国は変わる」とTVに映る100万人デモを見て楽観視した日本人に、中国事情に詳しい友人は「数千万人の血であがなって手に入れた権力だ。鄧小平と共産党は、100万、200万の人民を犠牲にしても守り抜く」と予見していたが、その言葉は権力の本質を見事なまでに衝いている。権力はアメーバーだ。アメーバーは生き延びるために、どのような姿にでも変身する。情け容赦もなく、自民党や公明党を捨てて、民主党に取り付き、血を吸い取ることもあるし、ときには、支持率上昇という「絵に描いた餅」に喜んでいる民主党に食い込んで、土壇場での大逆転を画索しているかもしれない。私は日本のために、小沢一郎のような「本物の革命的改革者」が、自公政権打倒だけではなく、民主党に厳しい目をもち続けるべきだと考えている。

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【プロフィール】 二見伸明(ふたみ・のぶあき)
1935年2月10日生まれ。69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

2009年6月25日

オモロー 東国原新首相で永田町がMー1グランプリ状態に

 本誌2月12日付のコラムで、田中良紹氏は「日本の政治はMー1グランプリかと思えるほどオモローなレベルになってきた」と指摘したが、本当に3年前までお笑い芸人だった人間が次の首相になる可能性が出てきた。

 自民党の古賀誠選対委員長は23日、東国原英夫宮崎県知事に次期衆院選の出馬を要請。東国原氏は、(1)自分を次の総裁候補にする (2)全国知事会の要望を次期衆院選のマニフェストに盛り込む──の2つを条件に、出馬の検討に入ることを明言した。

 また、大阪府の橋下徹知事は24日夜、都内で中田宏横浜市長らと会談し、自治体首長らによる政策グループを結成し、次期衆院選で地方分権を推進する政党を支持することを明らかにした。現在、全国約20人の首長が賛同しているという。

 ただし、地方自治体は自民・公明が議会で多数を占めることが多いため、議会の影響なしに中立・公平に政策判断ができるのかという疑問は残る。一方、人気の高い首長の動きは与野党ともに無視できず、特に、民主党に比べて地方分権の意識が低い自民党に対して大きな圧力になることは間違いない。

 さて、地方自治体の首長が与党の政策に脅しをかけるほど弱体化してしまった麻生政権に、この圧力を跳ね返す力は残っているのか。「オモロー」な政局が始まった。

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二木啓孝氏(ジャーナリスト)
「3つの勘違い」(6/25)

 東国原知事には3つの勘違いがあります。

 1つは、知事とはその地域の大統領のようなものですが、「衆院議員になって480分の1の陣笠議員になりたくない」という話です。たしかに知事の権限は強大だけれども、そのことは国会議員よりも偉いということではありません。かつて、武村正義さんが滋賀県知事を経て国会議員に当選したとき、「私は知事を経験したから、当選3回の扱いにしてください」と言って、総スカンにあったことがありました。本人としては、知事としてその地域の大統領的に予算を編成したという気持ちがあったのでしょう。ですが、「知事を経験したから陣笠議員扱いするな」というのは、やはり国政に対して失礼です。

 2番目の勘違いは「県知事は国政へのステップなのか」ということです。25日付朝日新聞によると、発言後に宮崎県庁に届いた電話などの意見は287件(24日午後3時現在)にのぼったそうですが、その約8割が反対だった。任期半ばにして国政を目指すというのは、どう考えても宮崎県民に対して失礼ですよね。

 3番目の勘違いは「宮崎は、どげんかなったんですか?」ということです。「どげんかせんといかん」と言って彼が知事になったのは、知事と保守政治家の汚職で県政がどうしようもなくなったから。しかし、彼が知事に当選して以降の宮崎はどうなったのでしょうか。彼の知事としてのスケジュールは、3日に1回は県外で、週末はだいたい東京。やっていることはマンゴー売り。いったい宮崎県政がどうなったのかという話は聞こえきません。宮崎と比較すると、批判もありますが、橋下徹大阪府知事の方が、はるかにやっていることが見えています。
 実は、彼が東京にしょっちゅう滞在していると、県議会は楽なんです。なぜなら、宮崎県政は大きく変わらなくてすむから。議会にとっては「県知事元気で外がいい」。ここを彼は勘違いしていて、メディアは彼が「国政に出るのか」ということに注目しているのであって、世の人は「宮崎県政がどう変わったのか」ということはほとんど見えていない。

 こういった勘違いをしたまま、おそらく、彼は自民党とどこかで落としどころを決めて衆院選に出るのでしょう。ただし、「次の総裁候補に」と言っても、総裁は自民党の議員でないとなれないので、選挙に通ってからでないと基本的には無理です。自民党にとっては「骨太の方針」も骨細になってしまったし、もはや小手先の手段で化粧を厚くして、新装開店のパチンコ屋のように選挙を戦うのでしょうが、表向きを改装したからといって中身が変わったわけではありません。

 また、橋下さんの動きについては、この動き自体は面白いのですが、横浜市の中田宏市長など、現在のメンバーだけでは寂しい。知事レベルの人材がもっと集まらないと驚かない。なぜ人が集まらないかというと、橋下さんが地方分権の路線を貫くのであれば、どう考えても民主党を支持しないとおかしい。ところが、知事会で地方分権を支持した各知事たちは、地元に戻れば多数派である自民・公明と仲良くしなければ予算が通りません。そうなると、選挙のときだけ知事は民主党を支持するというわけにはいかない。しかも、支持した政党が負けた場合は国からしっぺ返しを食らう可能性もあるわけです。

 その意味で橋下さんが「覚悟を決めて」と言ったことは正しい。ですが、逆に支持した政党が政権を取れば、「参加しなかった知事はしっぺ返しを食らうぞ」という意味でも取れます。

2009年6月24日

与謝野、渡辺喜美にも迂回献金で、検察はどうする?

 24日付毎日新聞は1面トップで「与謝野氏に迂回献金/先物取引会社、渡辺喜美氏にも/ダミー通じ計9000万円/社員ら税控除」と伝えた。商品先物取引会社であるオリエント交易(現在はエイチ・エス・フューチャーズ)は81年に、ダミー団体「政経政策研究会」を設立、グループ5社の幹部社員約250人の給与から天引きした寄付金(年に約4000万円)を原資として政治家に献金していた。

 与謝野も渡辺も金融担当相を務め、先物取引の規制問題に関わりがあり、また与謝野は旧通産相として先物取引を指導・監督する立場にあったこともある。それらの在任中を含めて、与謝野は92年から05年に計5530万円、渡辺は95年から05年に3540万円、それぞれ献金を受けていた。

 与謝野事務所は「どのように資金を集めていたのか全く知らない。…きちんとした扱いの献金であり、返却することはない」、渡辺事務所は「個人から集めた資金を用いて政治献金を行っている団体と聞いており、疑念を差し挟むような事実はこれまでなかった。…今後の対応は相談のうえ適切に対処する」とコメントしている。

 こういう場合、資金管理担当の秘書をいきなり逮捕するのが前例のはずだが、地検特捜部はどうするのか? 政治資金規正法の虚偽記載の時効は5年だから、まだ間に合う。

2009年6月23日

鳩山由紀夫独占インタビュー!:日本のこれまでと、これから

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 総選挙が目前にまで迫り、永田町の緊張感が高まり続けるいま、《THE JOURNAL》は民主党・鳩山由紀夫代表の独占インタビューを実現。高野孟と「地域主権と地方分権は違う!」をテーマに激論を交わします。政権交代で何が変わるのか、そもそも民主党は政権交代ができるのか。日本の“これまで”と“これから”を考えます。対談の模様は「THE JOURNAL×Infoseekニュース」内でご覧ください!

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(注)このコンテンツはWindows Media Playerを利用します。お持ちでない方はマイクロソフト社の公式HPをご覧下さい。また、Macintoshをお使いの方はwmvをQuickTimeで再生するFlip4Macをご利用ください。

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section.01 総選挙に向けて~党首討論と総選挙
http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/movie_0906_01.html

section.02 ずばり、任期満了選挙になるか?!
http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/movie_0906_02.html

section.03 “友愛”と“自立と共生”について
http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/movie_0906_03.html

section.04 地方分権と地域主権の違い~友愛精神の厳しさ
http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/movie_0906_04.html

検察への対決姿勢?強める東京新聞

 19日に開かれた西松巨額献金事件の初公判を受け、東京新聞が検察に対決姿勢を強めていることが、関係者の間でちょっとした話題となっている。
 
 同紙は初公判後の夕刊一面で「総選挙を控えた時期に、野党第一党の党首の秘書をあえて逮捕までする必要があったのか疑問は残る」との解説を社会部の小嶋麻友美記者の署名記事で掲載。末文では「国民の多くは検察の裁量にも疑問を持っていることを、検察は自覚する必要がある」と断じた。

 また、翌20日付朝刊社会面では、検察が公判で起訴内容に含まれていない「天の声」談合の疑惑を立証したことに対し、『小沢氏側「欠席裁判」 「証拠なし」と猛反発』の見出しを掲げ、検察OBでありながらも今回の逮捕劇を批判してきた宗像紀夫中央大教授や郷原信郎名城大教授を登場させて批判している。

 さらに、記事隣には識者の意見として岩井奉信日大教授の検察への批判コメントを掲載しているが、タイトルはなんと『「国策捜査」への弁明』。初公判について、「西松側の公判なのに小沢氏側の悪質性をことさら強調しており、違和感を覚える。冒頭陳述は、ドラマ仕立てで感情的な内容だ」と指摘している。

 通常、こういった場合は同じ記事内に検察寄りのコメントも載せてバランスを取るのが新聞の常套手段だが、もう一人の曽根泰教慶応大教授のコメントは「総選挙への影響は少ない」という政局分析だけで、検察側を擁護する意見は紙面に掲載されなかった。

 今回の事件が発覚以降、週刊朝日や日刊ゲンダイなどは一貫して検察批判を展開していたが、新聞社がここまで踏み込んだ記事を掲載することは異例。なお、東京新聞は小沢氏と同様に献金を受けていた自民党議員の調査報道をしたことで、検察から3週間の出入り禁止処分を受けていたことが、ニューヨークタイムズ5月28日付の記事で明らかになっている。

2009年6月20日

何が何でも“小沢潰し”に突き進む検察——西松事件冒頭陳述の異様

takanoron.png 19日に行われた西松建設事件の初公判での検察の冒頭陳述は、まるで同社が小沢事務所にのみ献金してきたかのような記述に終始し、その一点に絞って同社の国沢幹雄=元社長を政治資金規正法違反で起訴するという異様なものとなった。

 これについて、19日付読売は「当初、検察内部には『西松側の公判で、必要以上に小沢事務所がらみの立証を行うのは“欠席裁判”との批判を受けかねない』との慎重論もあったが、事件の全体像を示すことを優先したとみられる」と書いた。しかし、全体像というなら、これは小沢の秘書の裁判でなく西松建設の元社長の裁判なのだから、同社が自民党議員を含む政界全般にいかに広く献金をバラ撒いて公共事業の受注を図ってきたかの全貌を描いて、検察の言うところの“悪質性”を際だたせるのが本当だろう。

 ところが冒陳は、2つの政治団体を通じた献金システムがあたかも小沢事務所の指示で、小沢のためだけに作られて、しかも「天の声」という言葉を躍らせて小沢事務所が岩手県や秋田県の工事受注について実質的な決定権を持っていたかの印象を与えるように腐心している。秘書逮捕以来の「政治捜査」批判に応えて、何が何でも小沢の悪党ぶりに世間の注目を集中させ、それを大久保裁判へと繋げていこうとする検察の執念が浮き出ている。

●大久保の弁護人の批判

 これに対して大久保被告の弁護人が次のような「所感」を発表したのは妥当と言える。

▼2政治団体による献金やパーティ券購入は、他の団体へのものも相当あるにもかかわらず、国沢氏の起訴は小沢氏側に対する献金だけに限られている。検察官がダミー団体による西松の献金と断じる多くの部分を不問に付し、特定分のみ起訴したことに正当な理由があるのか、先日報道された検察審査会の指摘にもあるが疑問と言わざるを得ない。

▼自民党関係の団体が西松関係の政治団体から献金を受けた事実について検察官は証拠が十分であるにもかかわらず、冒頭陳述で実態を明らかにしていない。結局、大久保氏を狙い撃ちにしたのは誰が見ても明らか。このような冒陳は大久保氏にとって欠席裁判に等しく、著しくバランスを欠き、到底容認できない。

▼検察官は特に岩手県下の公共事業について小沢事務所の意向に基づいて受注業者が決定されたなどと主張したが、一部の者の一方的供述に基づくものであり、その主張内容も極めて抽象的。大久保氏が具体的な工事で検察官の言う「決定的な影響力」をいついかに行使したのか、そもそも「決定的な影響力」とは何か、まったく具体性を欠いている。大久保氏が受注者を決めていた事実は一切なく、大久保氏がこれに関する取り調べを受けたこともない。「決定的な影響力」を具体的に裏付ける証拠も何一つ出されていない。

 私が見渡した限りでは、この大久保の弁護人の所感要旨を詳しく載せたのは20日付毎日だけ。毎日はさらに同じ面で、(「これだけの証拠が出たのだから小沢は議員辞職するのが当然だ」との河上和雄=元地検特捜部長の談話と並べて)岩井奉信=日本大学法学部教授の次の談話を載せている。

▼検察側は、小沢事務所の要求に基づき国沢被告らが献金の流れを作ったことを強調しており、大久保被告の裁判の前哨戦のようだ。

▼東北地方の公共工事に対する小沢事務所の「天の声」は伝聞的な印象が強く、検証されているわけではない。検察側は「小沢事務所」ち繰り返したが、秘書を指すのか小沢前代表なのかあいまいだ。結局は政治資金規正法違反事件であり、総選挙を控えた時期に、帳簿に記載されている「表の金」で強制捜査に及んだことは、やはり疑問だ。

 実際、建設業界の談合システムが“健在”だった時代でも、実質的な決定権を持っていたのは鹿島建設を頂点とするそれ専門に特化したプロフェッショナルたちのマフィア的組織であり、政治家がそれに「決定的な影響力」を持つということはなかったというのが常識である。多くの場合、有力政治家への献金は「挨拶料」のようなものであったし、また逆に資金集めを担当する秘書などが受注に影響力があるかのような口ぶりで献金額を増やさせるということも“営業方針”としてはあったわけで、その意味でこれは両者の「共同幻想」の上に成り立っていたという面がある。それを、個々の献金と口利きと受注のプロセスとして具体的に立証するのはかなり難しいことで、今回検察は、それについて西松側などの「自白」にのみ頼っていて大久保からは供述を引き出すことに失敗している。しかし、この裁判で西松側は容疑を認めていて争わない方針であるし、争うと言っても大久保は不在なので、実際には大久保裁判まで突っ込んだ議論は行われない。とすると、総選挙目前に、新聞がまた「天の声」と大見出しで報じて検察の言い分だけが世の中の印象として広まるという、鋭く政治的な検察の姿勢が浮き彫りとなった。

 もちろん、「共同幻想」に基づくものであるにせよ何にせよ、自民党的な献金システムを小沢が引きずっていたのは事実であり、ここで自己切開的にその実態を明らかにして、その返す刀で企業献金の全面禁止を訴えるのが潔く、この検察の政治的攻撃を跳ね返して総選挙を逆に有利に展開するための上策だと思うが、恐らく小沢は、大久保に対する検察冒陳が出るまでは口を開かないのかもしれない。▲

2009年6月17日

郵便不正事件は第二の西松事件か 大阪地検が民主議員を標的に

 障害者団体向け割引制度を悪用した郵便不正事件が、政界へ波及する可能性が出てきた。大阪地検特捜部は14日、厚労省の現役局長である村木厚子氏(53)を逮捕。捜査の次の焦点は政治家の「口利き」が実際にあったかどうかに移っている。

 一方、この事件は発覚当初から特定の民主党議員の名前があがっていたことから、本誌コメント欄で多くの読者が指摘しているように、「政権交代を阻止するための第二の西松事件になるのでは」と指摘されていた。

 そのことを裏付けるかのように、今週発売の週刊朝日(6月26日号)では『政権交代阻止で必死の捜査 気をつけろ!検察が再び民主党を狙っている!』と題する記事を掲載。捜査が民主党議員をターゲットにしていることを明らかにしている。記事によると、逮捕された白山会代表の倉沢邦夫氏(73)の知人で、本人も大阪地検から事情聴取を受けた男性によると、地検は2人の民主党議員と事件の関係に強い関心を持っており、それについてしつこく何度も聞かれたという。

 また、共同通信によると、障害者団体「白山会」会長守田義国氏(69)の弁護人は、再逮捕後の拘置延長に対して「懇意の国会議員に依頼をした経緯ばかり連日調べられ、別件捜査だ」と延長取り消しを大阪地裁に求めたところ、同地裁は11日、「捜査に疑問を感じる」として一度は認めた延長期間を取り消し、3日間短縮している。

 事情通の間では「さすがに選挙前に政治家を逮捕することはないだろう」との見方が強いが、ここ数日の報道では捜査関係者発の情報と思われる「口利き」の実態が具体的に報じられ、大阪地検による包囲網ができあがりつつある。なお、「口利き」を指摘されている民主党議員は、各報道機関に対して疑惑を一貫して否定している。

東京新聞が西松事件の捜査批判特集!?

 東京新聞は17日、小沢一郎前代表の秘書が逮捕された西松献金事件について、検察の一連の捜査を検証する『誤算 西松建設巨額献金事件』と題する連載を同日付朝刊から開始した。

 第1回は「揺らいだ特捜神話」という見出しを大きく打ち出し、政権交代を目前に行われた不自然な逮捕劇に対し、有権者から前代未聞の批判を受けて動揺する検察内部の声を紹介している。

 西松事件発覚以降、これまで新聞各紙は小沢氏に批判的な報道が多く、紙面上での検察批判は有識者や記者個人の署名記事に委ねることがほとんどだった。そのため、有権者には「新聞は検察を批判できないのではないか」との疑念が広まり、その原因とされる記者クラブのあり方も厳しい批判を受けていた。今後、東京新聞はどこまで検察批判に踏み込めるのか。新聞の真価が問われる特集となりそうだ。

2009年6月15日

麻生内閣の支持率が激減!

 麻生内閣が再び負のスパイラルに突入した。

 日本テレビが12〜14日に行った世論調査によると、麻生内閣を支持率は先月より9.4ポイント減の23.5%、不支持率は11ポイント増の61.7%となった。衆院選での比例代表の投票先は、自民が26.3%だったのに対し、民主は38.9%に上った。JNNの調査でも、内閣支持率は先月より7ポイント減の24.4%となっている。

 また、14日に行われた千葉市長選挙では、民主推薦の熊谷俊人氏(31)が自民・公明推薦の林孝二郎氏(63)に5万票以上の大差をつけて破り、史上最年少の市長として当選。名古屋、さいたま両市長選に続く民主の圧倒的勝利となったことで、「選挙の顔」として首相に選ばれた麻生がまったくその役目を果たしていないことを露呈した。

 再び吹き始めた現政権への逆風により、すでに麻生内閣は八方ふさがりの様相となっている。気になる総選挙の日程でも、19日解散、7月12日投開票では与党の惨敗の可能性が高く、かといって決断を先延ばしすれば「麻生おろし」が顕在化し、与党内が分裂しかねない。このような状況で、麻生内閣に現状を打開する手段は残っているのか。それともこのまま追い込まれ解散になってしまうのか。選挙を目前にして与党内の政局が混迷を極めている。

【追記】09/6/15 11:40
毎日新聞が13、14日に実施した世論調査では、麻生内閣の支持率は前回から5ポイント減の19%となり、再び1割台に突入した。不支持率は60%。

2009年6月14日

藤田幸久:麻生鉱業の元捕虜が麻生首相に謝罪を求めて来日!

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 第二次大戦中に麻生太郎首相の父が経営していた福岡県の旧麻生鉱業のオーストラリア人元捕虜と英国人元捕虜の息子が14日(日)来日する。同炭鉱は連合国軍捕虜300人を使役していたが、麻生総理や外務省はその捕虜使役の事実自体を昨年11月まで完全否定してきた。

 麻生氏が外務大臣であった2006年、オーストラリアに生存する元捕虜の証言がオーストラリア国営ABC放送や「ジ・オーストラリアン紙」などで報道された。また元捕虜の娘さんが麻生外相に「名誉と品位」を求める手紙を送ったが、何の返答もなかった。しかも、「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙」が「麻生鉱業がアジア人と西洋人の強制労働者を使っていた」と報道したのに対し、ニューヨークの日本総領事館はホームページで、「日本政府は同社が強制労働者を使役していたといういかなる情報も受け取っていない」と反論し、この記事は「不当」と決め付けた。このホームページの記載を公電で指示したのは、当事者である麻生外務大臣本人である。

 しかし、私の国会質疑の結果、昨年12月に厚生労働省の資料が見つかり、麻生首相が1月に国会でこの事実を認めることとなった。


 来日するのは豪州の元捕虜のジョー・クームスさん(88)とその息子2人、英国人元捕虜(故人)の息子の計4人で、麻生首相に面会と謝罪を求めている。私は、2月にクームスさんに電話インタビューを行ったが、彼は元豪陸軍伍長で1942年2月、シンガポールで旧日本軍に降伏。神戸の造船所での使役の後、45年3月に麻生鉱業へ移された。一日12時間労働を強いられたが賃金は未払いで、警備兵に暴行されたという。


 クームスさんなど3人の豪州人元捕虜は、強制労働への謝罪や不公正に対する補償金などを求める手紙を2月に麻生首相に送ったが、返事はない。高齢の3人の中で唯一来日可能で、恐らく戦後最初で最後の訪問となろうクームスさんは、「日本の首相から私たちの苦難を認めてもらうことが、仲間も含め私たちの慰めになる」と語る。

 今回の4人の来日は、捕虜問題を支援する学者やボランティア、そして、賛同した超党派の国会議員などによるカンパで実現することになった。21日までの滞在の間、飯塚市の麻生本社や炭鉱跡、横浜市の旧英連邦戦没者墓地などを訪れるほか、東京や飯塚市では捕虜問題に取り組む市民などと交流する。
 
 東京では江田五月参議院議長、駐日豪州大使や英国大使と会談する他、超党派の国会議員連盟や外国人特派員クラブなどで講演する。

 私たちは当初から、戦時中の麻生鉱業の旧悪を以って麻生首相を責めるつもりは毛頭ない。しかし、無視や隠蔽は許されない。検証と修正は可能である。捕虜の方々が最も求めているのはお金よりも、麻生さんの言葉だ。

 ポツダム宣言や麻生首相の祖父に当たる吉田茂首相が調印したサンフランシスコ平和条約の条件となっていた捕虜問題は、戦後日本の国際社会復帰への礎であった。重大な外交案件である捕虜問題が、高齢に達している各国の元捕虜たちといまだに充分な和解ができないまま、喉に刺さった棘のように問題を引きずっていることは残念である。
 
 今年は国連による「国際和解年」である。麻生首相がクームスさんとの会談を受け入れ、真摯に答え、捕虜問題を含む人権問題への積極的な取り組みを表明することを切に望む。それは、国際社会における日本の信頼を大きく高めることになる。

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クームスさんら一行の訪問日程は、藤田幸久公式サイトを参照。
http://www2.y-fujita.com/cgi-bin/index.php

藤田幸久(ふじた・ゆきひさ)プロフィール
民主党参議院議員、北朝鮮による拉致問題等特別委員長
国際NGO出身。不条理を正す行動派政治家

2009年6月13日

新聞もテレビも、もう要らない?——4つの雑誌の特集を拾い読む

takanoron.png 『リベラルタイム』7月号が「いらない!新聞・テレビ/つまらない新聞・テレビは見たくない!」、『クーリエ・ジャポン』7月号が「サヨナラ、新聞ジャーナリズム」、『週刊新潮』が先週から始めた「新聞業界最大のタブー“押し紙”を斬る!」連載、『週刊東洋経済』6月13日号が「大激震!電通vsリクルートvsヤフー」と、マスメディアの未来を占う雑誌の特集が相次いでいる。以下、主に新聞とウェブについての部分の拾い読み。

●朝日新聞は経費155億円を削減

 『リベラルタイム』によると、朝日新聞社は昨年9月中間連結決算で最終損益103億円の赤字、営業損益も5億円の赤字で、両方が同時に赤字となったのは史上初。5月14日に開かれた同紙OBの集まり「旧友会」で挨拶に立った秋山耿太郎社長は「いま今年度の予算を策定しているが、困っている」と言いつつ、次のように述べた。

(1)広告収入はこのところ、毎年100億円ずつ減少していたが、昨年のリーマン・ショックを契機に急減。08年度は200億円の減収になった。(2)このため、今年度は経費を155億円削減する計画で、“聖域”といわれる販売経費も60億円削減する。(3)用紙代を削減するために、新聞の頁建ても36頁から32ページに減らす。(4)タクシーチケットを全廃したほか、ゴルフの会員権も売却中だが、年金の補填額が260億円必要で、さらなるコストカットが必要。(5)今年夏の賞与は平均40%カット。役員賞与はゼロで、報酬も今年4月から社長は45%、常務は30%、取締役は25%、役員待遇は20%のカットを実施している。(6)これからはOBの皆さんの年金を引き下げることになるかもしれない……。

●“押し紙”という偽装ビジネス

 『週刊新潮』の連載第1回によると、新聞各社が販売店に本当必要な部数以上に押しつけて卸している“押し紙”は平均で公称部数の約4割に及ぶ。滋賀県の大津など5市で25万世帯を対象に行われた調査では、読売18%、朝日34%、毎日と産経は57%だった。

 ある読売販売店の場合、配達する朝刊約7000部に対して新聞社が搬入する部数は8750部。残りの1750部は梱包を解かれることもなく倉庫に山積みされ、週に1度、古紙業者の4トントラックで積み出される。その1750部の分は販売収入はもちろんないが、その分も含めた卸し代金が新聞社から請求される。新聞の販売収入は、新聞社と販売店でおおむね折半するが、それで押し紙分も支払わされたのでは販売店は成り立たない。ところが販売店には折込チラシの収入がある。折込チラシの枚数は原則として新聞の公称部数と同じだから、販売店は8750部の分の料金を手にするが、実際には押し紙の分は折り込まずして料金だけを騙し取り、その分のチラシも倉庫に放り込まれる。チラシの水増し請求分と、押し紙の分の新聞とチラシの古紙回収代金が販売店の収入となり、それで新聞社に払う水増し請求分を相殺するのだが、相殺しきれない場合は新聞社が“補助金”で埋める。それが「販売経費」である(朝日がそれを60億円も削減したら、ますます押し紙が利かなくなる)。

 そうまでして新聞社が公称部数を膨らませるのは、広告媒体としての価値を高値で維持するためである。食品はじめ他の業界や企業の“偽装”を居丈高に糾弾する新聞が自分は陰でこんなことをやっているのだから話にならない。さらに、「地球環境に優しく」とか社説を掲げたりキャンペーンを張ったりしても、大量の押し紙とチラシを廃棄して紙資源をむざむざ浪費していることへの反省もない。それでいて、部数偽装のことは知れ渡っているから、公称部数で設定された正規の料金を払う広告主などいないし、不況になって広告主が激減している今はますます値崩れが激しくなって、この偽装ビジネスモデル自体が崩壊に瀕しているのである。

 筆者の黒藪哲哉は「新聞販売黒書」というサイトの主宰者で、読売新聞社との間で裁判係争中。※http://www.geocities.jp/shinbunhanbai/

●消費者に高値を強制する「再販制度」

 押し紙は主に新聞社と販売店と広告主の三すくみゲームだが、その前提になっているのは、公正取引委員会から“特殊指定”で許されている「再販制度」——再販売価格制度すなわち値引き販売禁止の仕組みによって宅配制度が維持されていることである。『リベラルタイム』でビデオジャーナリストの神保哲生は、これを「日本のメディアが抱える深刻な構造問題」の3つのうちの1つに挙げて次のように論じている。

▼商品の値段は市場原理によって決まるのが原則だが、特殊指定を受けている新聞の価格は新聞社が指定した値段で売ることが出来、そのおかげで新聞社は価格競争に晒されずに安定的な経営を行って「国民の知る権利」を担保しているのだと彼らは言う。

▼が、今の新聞社の経営を優遇すべき必然性を、どれだけの人が感じているだろうか。さらに、自由競争になればいまよりも安価で売られるべき新聞を、再販制度の下で、消費者があえて高い値段を支払うことでその経営を支えているという事実を、どれだけの消費者が知っているだろうか。

▼紙面は各紙とも大半が記者クラブ発の横並び記事で埋め尽くされ、たまに独自ネタがあるかと思えば、権力のおもねる記事や、大衆を煽動するヒステリックな記事ばかり目につくと感じるのは、私だけだろうか。

▼今日の新聞社の現状は、公共的なジャーナリズムの担い手というよりも、むしろ「巨大娯楽産業」であり、特別に保護すべき正当な理由があるだろうか。

 神保は、「構造問題」としてさらに、新聞5大紙による民放テレビのキー局の系列化(多くの先進国では制限・禁止されている)、記者クラブ制度(再販=宅配制度があるから紙面で勝負しなくても売上げには関係ないので横並びに流れる)の2つを挙げ、それらが絡み合って今日の堕落を招いたと指摘している。

●急減するマス広告

 『週刊東洋経済』によると、今年4月の媒体別広告売上高は前年同月と比べて、新聞29%減、雑誌28%減、テレビ18%減、ラジオ13%減(電通調べ)という土砂降り状態となった。

 こうした中、マス広告の覇者=電通は1兆8871億円を売上げながら営業利益はわずか431億円、106年ぶりに最終赤字に転落した(3月期連結決算)。それに対してリクルートは、同じ広告を本業とすると言っても、読者の関心に絞った自社の出版媒体に販促型の広告を集めるという新しいモデルを展開、1兆0839億円を売り上げて電通の倍以上の1131億円の営業利益を上げている。またネット広告でダントツのヤフーは、売り上げこそ2657億円だが、営業利益は電通やリクルートより高い1346億円である。現在は、ネット広告も減少に転じているが、長い目で見れば将来にわたって上昇傾向が続くと見られており、企業業績が回復した際には、マス広告は少ししか回復せず、ネット広告が大きく伸びることになるだろう。

 しかしヤフーの広告ビジネスにも死角はあって、「独り勝ち」しすぎて自分の首を絞めることになりかねない。というのも、ヤフーの集客力の中心は1日200万人超を集めるヤフーニュースだが、そのコンテンツを作るのは自社ではなく既存の新聞社はじめメディア企業。彼らが収益基盤をネットに浸食されて体力を消耗すれば、コンテンツの品質が下がって客が離れていく。「ヤフーの収益力を既存媒体に還元する仕組みを強化する」ことで「共存光栄」を図ることが課題だと同誌は指摘するが、しかしヤフーが収益の一部を回したくらいでは新聞社など既存メディアが立ち直ることはないだろう。

●瀕死状態の米国の新聞

 『クーリエ・ジャポン』の特集のトップを飾るのは、ポ−ル・スター=プリンストン大学教授の米オピニオン誌『ニュー・リパブリック』への寄稿である。

 それによると、新聞業界は近年、インターネットの発展、広告収入の下落、購読者数の長期的減少によってその存立が危ぶまれてきたが、そこに今回の不況が襲って、いまや崩壊寸前に追い込まれている。昨年末時点で新聞業界の広告収入は3年前と比べて25%減少し、さらに09年に17%、10年に7.5%減る見通しである。各新聞社は編集者や記者の削減、ページ数や取り扱うニュースの幅の削減、特集記事の廃止などで対応しているが、それでも間に合いそうにない。

▼ロサンゼルス・タイムズ紙は、人員削減で記者数を半減させた。
▼同誌の親会社でシカゴ・トリビューン紙も傘下に持つトリビューン社は、昨年12月破産法適用を申請した。
▼サクラメント・ビー紙やマイアミ・ヘラルド紙など全米30紙を傘下に置くマクラッチー社も、この1年間で従業員を4分の1解雇した。
▼ニュージャージー州最大の日刊紙スター・レジャー紙は昨年10月、編集局の人員の45%を早期退職させた。
▼あのニューヨーク・タイムズ紙でさえ、手元資金が細り、信用格付けが引き下げられた。
▼新聞社の株価はこの1年間に平均で80%以上、下落した。

 特に削減の影響が著しいのは、海外ニュース部門と政治部門である。

▼02年〜06年の間に米国の全新聞社の海外特派員の数は30%減少した。
▼この3年間に全米の新聞の3分の2が国際ニュースの扱いを減らした。
▼フィラデルフィア・インクワイラー、ボルティモア・サン、ボストン・グローブのいずれも名門3紙は、ここ3年間ですべての海外支局を閉鎖した。
▼トリビューン社は、傘下のロサンゼルス・タイムズ紙、シカゴ・トリビューン紙などのワシントン支局を1つに統合し、支局員を3分の1にした。
▼コックス・ニュースペーパーズ社は、傘下のアトランタ・ジャーナル紙など17社の記者30人がいた共同のワシントン支局を今年4月に閉鎖した。
▼ニュージャージー州のスター・レジャー紙は、州都トレントンに置いた13人の記者を4人に減らした。
▼同州で新聞6紙を発行するガネット社は、州行政担当の記者を6人から2人にした。

 さらに科学欄、文化欄、書評欄も削れられいる中で、各紙が少しも削っていないのは地域の出来事・情報を伝える地域欄である。この動きはハイパー・ローカリズムと呼ばれるが、街ネタしか提供しない新聞は早晩、国際ニュースや文化情報に関心を持つ比較的富裕な読者層や、その層を相手にしたい広告主から見放され、新聞のフリーペーパー化が起きるだろう。

 こうした中で、全部または一部をネットに移行する新聞も多い。

▼クリスチャン・サイエンス・モニター紙は、紙印刷は週刊とし、毎日のニュースはネットだけにした。
▼デトロイトの日刊紙2紙は、宅配を木・金・日曜だけにし、他の日はオンライン版とスタンド用のスリム版を販売している。
▼ニューヨーク・タイムズ紙も、週末だけの宅配購読の勧誘に力を入れている。

●新聞が死んだ後に

 新聞がそのままネット上に身を移して生き残ることは可能なのか。スター教授は「現時点では、紙媒体を廃止しウェブに完全に移行することは自殺的行為」だと言う。クリスチャン・サイエンス・モニター紙がそうしたのは、同紙が教会の資金で成り立っていて、特定の地域市場との結びつきがないからで、これは特殊ケースである。ウェブに完全移行すると、コストを40%削減できるが、収入の90%を失うのが普通である。

 他方、ウェブ上のニュースサイトは、新聞はじめ他のニュース媒体からニュースを集めたものがほとんどで、独自の取材で記事を書いていない。市民記者が書く場合もあるが、プロの仕事には及ばないし、特定団体のプロパガンダが混じる危険もある。プロ記者を多数抱える大手ジャーナリズムの仕事を、個人の自発的参加によるマス・コラボレーションで実現することは難しい。

 とすると、代替するものが現れないうちに新聞が消えてしまうこともありうる。1つの打開策は、政府の補助金でニュースという公共財を支えることで、例えばフランスのサルコジ大統領は18歳以上の仏国民に、好みの日刊紙を1年間無料で購読出来る計画を実施に移した。もう1つは、ジャーナリズムを「寄付で賄う」という発想で、言わば「NPOジャーナリズム」である。

 それには3つの方向性がある。第1は、新聞社を商業ベースでなくNPOに移行して寄付金ベースで存続させることで、熱心な読者の中には単なる購読料だけでなく寄付をしてでも愛読紙を支えようとする人もいるかもしれないが、これを実行したところは未だない。

 第2は、特定のジャーナリスト集団を慈善事業でサポートする方法で、有名なのは「プロ・プブリカ」である。これは、元新聞記者たちが「公益にかなう調査報道を行う独立系かつ非営利のニュース編集室」を作り、その趣旨に賛同した篤志家が個人で毎年ポンと寄付を行うパトロン型。記者たちは時間と費用をかけた調査報道記事を作成し、新聞社などに提供する。

 第3は、ウェブ環境に相応しい新しいジャーナリズムの開発に資金を提供するもので、「センター・フォー・インディペンデント・メディア(CFIM)」の場合は、資金提供者70人から集めた年間400万ドルでワシントン・インディペンデントなどのニュースサイトの運営をサポートしている。将来の成功を先取りしたベンチャー投資型と見られるが、自身の財政基盤を持たないでは、たった1回の訴訟で運営が行き詰まることにもなりかねない。

●独立系ニュースサイトの成功例

 『クーリエ・ジャポン』の特集には他にもいくつかの記事があり、そこではすでに投資資金や広告収入で維持できている独立系ニュースサイトの例がいくつか出ている。

▼ポリティコ
銀行業で資産を築いた資産家の御曹司で新興メディア王としても頭角を現しているローバート・アルブリットンがベンチャー企業として創業した。編集の中心は元ワシントン・ポストのベテラン記者2人で、ワシントンの政治の動きについてのニュースや著名ブロガーのコメントをネットと紙媒体で繰り出していく政治専門サイトとして、オバマ選挙を通じて急伸した。08年9月のユニーク・ユーザー数は460万に達したが、選挙後はだいぶ落ちている。しかし創業者は今年中にも黒字化すると見通している。今は紙媒体の広告料が主な収入だが、今後ウェブ広告を増やしていくという。

▼ハフィントン・ポスト
もう1つ、オバマ選挙を通じて成功を収めた政治中心のブログサイト。05年にギリシャ系女性ジャーナリストのアリアーナ・ハフィントンと元AOL役員のケネス・レーラーが立ち上げ、徹底したブッシュ政権批判と独自スクープの連発で月450万以上のユニーク・ユーザーを集めるようになった。ベンチャー投資家の資金が推進力になっている。

▼ドラッジ・レポート
30歳までコンビニでバイトをしていた高卒ニートのマット・ドラウジが、父親に買って貰ったパソコンで98年に始めた個人サイトで、こちらは共和党支持の保守派。クリントン大統領のモニカ事件をタレコミでスクープしたり、CBSテレビの大ベテラン=ダン・ラザーが番組で暴露したブッシュの徴兵逃れの証拠文書を“偽造”だと指摘してネットで包囲網を形成、ダンを降板に追い込んだことで有名になった。ユニーク・ユーザー数は200万。

 ドラッジのケースは、幸運にも恵まれてマス・コラボレーションが成功した希有な例だが、プロ・プブリカ、CFIM、ポリティコ、ハフィントンなどは、志を持った資金元とプロのジャーナリスト集団がそれぞれ独特の形で結合して始まった実験と言える。さて、我がTHE JOURNALは日本のネット報道局として独自の展開の道を切り開くことが出来るのかどうか。▲

2009年6月12日

和田秀樹:殺人報道による誘発作用への危惧

 秋葉原通り魔事件から早いもので1年経った。八王子の通り魔事件などがあるにせよ、予想したより同類の事件が起きなくてよかった(予想が外れたことは不甲斐ないが)というのが、正直な気持ちである。

 基本的に事件報道というのは、同類の事件を誘発することが知られている。

 たとえば、自殺報道が自殺を誘発するのは、すでに統計学的手法で明らかになっている。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseek」で

2009年6月10日

政治資金問題第三者委員会が報告書を公表

【追記】09.6.11
 ビデオニュースドットコムで、岡田幹事長と記者とのやりとりと委員会による記者会見の動画が公開された。
■政治資金第三者委員会が最終報告を提出(videonews.com)
http://www.videonews.com/press-club/0804/001042.php
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 西松建設によるダミー権献金事件を受け、民主党が設置した「政治資金問題を巡る政治・検察・報道のあり方に関する第三者委員会」(座長・飯尾潤政策研究大学院大教授)は10日、同党の岡田克也幹事長に報告書を提出した。報告書は同委員会の公式HPからダウンロードできる。
http://www.dai3syaiinkai.com/

 報告書では、野党第一党の党首を辞任に追い込んだ今回の逮捕について検察に説明を求めるとともに、「小沢=悪」と決め付け、一方的な報道を続けたメディアを批判している。

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【報告書の主要部分の抜粋】
■第1章 検察の捜査・処分をめぐる問題(P11より)
 民主党代表であった小沢一郎氏の公設秘書の大久保氏を逮捕・起訴した政治資金規正法違反事件の捜査・処理に関しては、そもそも違反が成立するか否か、同法の罰則を適用すべき重大性・悪質性が認められるか、任意聴取開始直後にいきなり逮捕するという捜査手法が適切か、自民党議員等に対する寄附の取扱いとの間で公平を欠いているのではないか、など多くの点について疑念がある。このような捜査・起訴のために、総選挙を間近に控えた時期に野党第一党党首を党首辞任に追い込むという重大な政治的影響を生じさせたことに関して、検察は説明責任を負っている。

■第2章 政治資金規正法のあり方について(P15より)
 西松事件では政治資金規正法違反を理由として刑罰権が発動されている。政治資金規正法の所管官庁は総務省であるが、罰則が問題となる限りにおいて法務省は法令協議にかかわり、犯罪構成要件としての法令の解釈・罰則適用基準について事実上の公定解釈を示す立場にある。同法の解釈をめぐって、総務省は刑罰の問題であるとして具体的な解釈指針を示さず、他方で法務省は法律の所管官庁でないとして解釈基準を示そうとせず、両省の間で責任の押し付け合いともいえる状況が生じている。しかし、ことは刑罰の適用にかかわる問題であり、何が罪であるかについて事前に明確な定めを要求する罪刑法定主義の観点から見て、このような無責任な対応は到底容認されるものではない。西松事件についていえば、会計責任者にとってあらかじめどのように記載すればよいかが不明確なまま政治資金報告書に記載させられ、後になってその記載が法律に違反するとして処罰されるというようなことは、決して許されない。刑罰権の恣意的な発動を防止する観点から、総務省・法務省はともに適法行為と違法行為の分水嶺について明らかにする責務があり、これは憲法上の要請である。

■第3章 検察・法務省のあり方について(P18より)
 西松事件では、政治資金規正法という、もともと政治の世界における権力バランスにかかわる法律の問題であるということに加えて、検察の権限行使が野党に対して向けられた事案であるため、民主主義の観点からすると、与党議員に対する事案処理との間でバランスがとれているかどうかは国民にとって重大な関心事項である。検察当局は自らの権力行使の正当性について、主権者たる国民に向けて踏み込んだ説明をすることが求められる。

■第4章 報道のあり方について(P20より)
 今回の報道全般を通して指摘できるのは、次の点である。

 第1に、検察あるいはその関係者を情報源とする報道が大きく扱われたこと。
 第2 に、起訴以前、裁判開始以前で逮捕容疑の政治資金規正法違反を超えて、政治と金の問題とりわけ「巨額献金事件」といった決めつけをはじめ「有罪視報道」が展開されたこと。
 第3 に、第1 章で述べたような捜査、起訴を巡る疑問が指摘されているにもかかわらず、読者・視聴者に公正な視点から権力をチェックする報道が少なく、検察の捜査のあり方についての批判が十分に行われなかったこと。
 第4 に、検察批判を外部の有識者の執筆原稿やスタジオなどでの討論に依存した姿勢は、多様な言論の表出という点で評価はできるが、本来はそれぞれの取材で明らかにしなければならないにも関わらず、その努力を怠り、外部識者に委ねてしまったこと。
 第5 に、地検特捜部の動きは、衆院選が取りざたされる中でのことであっただけに、通常の政治報道・事件報道以上の慎重かつ多面的な報道が求められたが、そうした姿勢が今回の報道機関全体に希薄であったということ。

■第5章 政党の危機管理の観点からの分析(P40より)
 今回の事件に対する民主党及び小沢前代表の対応は、政党の危機管理対応という観点からは問題がある。発端となった検察捜査自体に第1 章で述べたような多くの疑念があり、また、それに関するマスコミ報道にも第4 章で述べたような問題があることは確かであるが、政党としての危機管理に失敗した結果、政党支持率の低下、小沢代表(当時)の辞任を求める世論の高まりを受けて総選挙を目前に控えた時期の代表辞任という事態に至ったことは厳然たる事実であり、それは、多くの国民の支持を受け、その期待を担う政党にとって反省すべき事柄である。民主党にとっては、その危機管理の失敗を、今後、危機管理対応のみならず党運営全般に活用していくことこそが、今回の事件を乗り越えて国民の信頼を回復するための最良の手段である。

 危機管理の失敗の最大の原因は、今回の事件に関して、小沢前代表の政治家個人としての当事者的立場と、政党の党首としての立場とを切り離すことができず、両者の立場が渾然一体となったまま対応したことである。そのため、検察の捜査・起訴に関する問題やマスコミ報道の問題などがあっても、それらの問題を客観的な観点から的確に指摘することができず、事態の一層の悪化につながった。

 問題は、なぜ、当事者の立場と民主党の党首としての立場を切り離すことができなかったのか、ということである。危機管理の失敗の根本原因は、多くの場合、組織の日常の中にある。民主党の日常的な党活動の体制において、強烈な個性を持ったリーダーの指導力と、党としての判断や対応を客観化するシステムとの調和という面で問題がなかったのか、という観点から、今回の事件における危機管理の失敗の原因を検証してみることが必要であろう。

■第6章 政治的観点から見た民主党の対応(P45より)
 今回、民主党内から代表の対応についての批判が噴出しなかったことは、代表に対する信頼と党内の一致結束を優先した多数の所属議員の判断によるものと見られる。しかし、党内の議論を行って、その姿を示しながら党内の認識統一を図る方が、好感を持ってみられたのではないか。その点で、政治家個人の問題に関して、民主党内で弁明ないし説明する機会を設け、小沢前代表と所属議員など民主党関係者が、疑問点について直接意見を交換する姿勢を社会に示すことが求められた。また、これを踏まえ、民主党が代表の問題に関して、代表個人の判断とは別に、政党としての意思決定を適切に行いうることを示すべきであった。そうした手順を経て、代表の置かれた状況を民主党として正しく理解し、多くの所属議員が代表を支持するという形になれば、より説得力のあるかたちで民主党の立場を主張することも可能であったであろう。

 いずれにせよ、党首に疑惑が提起され、批判を受けるという事態のなかで、政党がとるべきことは、党内状況の流動化を防いで、政党としての活動を正常に継続することだけではなく、対外的に積極的なアピールによって、ダメージを最小にすべく努力することである。

■おわりに(P46より)
 今回の問題の教訓を活かすためには、民主党が政権交代を阻止しようとする検察の意図的な権限行使、マスコミ報道の被害者的立場にあるかのように受け止めることは適切ではない。

 今回の問題で露呈した様々な問題は、政治資金制度、検察制度、メディアに関する制度などに関する構造的な問題に根ざしたものであり、今、重要なことは今回のような事件で政党政治に対する脅威が生じさせないようにするために、その構造自体を改めることである。そのためには、むしろ政治的には対立する現在の政権政党などと協力しながら、政党間の共通の課題として、超党派的な立場から取り組むのが望ましい。

 民主党は、今回の一連の問題を、政権獲得をめざす政党に降りかかった災難ととらえるのではなく、民主主義国家における政治・検察・メディアの関係に関する重要な問題を顕在化させ、今後取り組むべき課題を認識する契機と受け止めるべきである。そのような前向きの取り組みを行うことができるかどうか、そこに政権を担い得る責任政党としての真価が問われていると言えよう。

2009年6月 9日

西川追放で日本郵政は官僚勢力の食い物に?――鳩山邦夫“暴走”の背景

takanoron.png 日本郵政の西川善文社長の進退問題をめぐって、7日のサンデー・プロジェクトで公明党の高木陽介が「辞任も1つの選択」と言ったのに対して、自民党の石原伸晃が「辞める必要はない」と言い、コメントを求められた私も「石原さんが正しい。『西川辞めろ』は『小沢辞めろ』と同じで、別に犯罪を犯したわけでもなく、事業実績も上げているのだから、辞めさせる理由はない」という趣旨を述べた。余りに短いコメントで、しかも司会の田原総一朗が「オッ、高野が自民党に賛成している」などと茶化したこともあり、真意をいぶかる声がTHE JOURNAL読者の間からも上がっているので、私の「かんぽの宿」問題、郵政民営化問題についての見方はINSIDER No.479(2月17日付)「鳩山邦夫は旧郵政官僚の操り人形ではないのか?」でほとんど尽きているけれども、繰り返しを恐れず改めて論じておく。

●郵政民営化の本質

 まず第1にはっきりと確認しておきたいのだが、郵政民営化は、小泉流のやり方に稚拙さや粗雑さがあり、それ故に日本郵政も複雑骨折的な様々な問題を抱えているのは事実であるけれども、それ自体を否定したり後退させたりしてはならない。

 そもそも郵政民営化の核心は郵貯民営化にあった。日本国民が明治から100年余りかかって築き上げてきた郵貯・簡保350兆円という世界最大の国営銀行にして日本最大の銀行を、旧大蔵官僚のやりたい放題の専制管理下から解き放って民間金融の体系に組み込むという、まさに金融における「官から民へ」の世紀の大手術の避けて通れないステップであり、それを小泉=竹中が時代の中心課題として取り上げたこと自体は、全く正しかった。

 旧大蔵省は発展途上国型の官僚主導体制の心臓部であった。「財政・金融一体」のスローガンの下、一方では税のほとんどを中央に吸い上げて省庁縦割りの予算として配分し、また郵貯・簡保を原資として財政投融資として旧公社・公団・財団などに注ぎ込み、あるいは国債を買わせ、他方では銀行はじめ証券・保険も含めた金融界を「護送船団方式」と呼ばれたほどに緊縛して右へ行け左へ行けと支配することを通じて、財政・金融両面から日本経済の血液たるマネーの循環の元栓を握ってきた。

 ところがその後者の金融における政官業癒着の体制が、バブルの創出とその破裂を生み、不良債権問題という100年来最悪の金融スキャンダルを引き起こした。日本経済を10年以上にもわたって苦しめた不良債権問題の主犯は疑いもなく旧大蔵省のデタラメ金融行政にあったのであり、それに対する政治的な懲罰として、98年の金融庁の発足と旧大蔵省の看板引き下ろし=財務省への改編、そして日銀法の改正による介入権限の制限という革命的な改革の第一歩が踏み出されたのだった。その主舞台となったのは、小渕政権発足直後、98年秋の「金融国会」であり、そこでは政府が出してくる曖昧で保守的な法案に対して、当時も参院で第一党を占めていた菅=民主党が次々と革新的でより徹底的な代案を出し、それに自民党内から渡辺喜美、石原伸晃、塩崎恭久ら若手・中堅の政策通が呼応して修正に次ぐ修正を実現して、小渕を土俵際まで追い詰めていった。これが、小沢一郎が今日言うところの「明治以来100年の官僚主導体制を打破する革命的改革」の発端である。

 ちなみに、この時、最後の大蔵事務次官、最初の財務事務次官として「財政・金融分離」に徹底的に抵抗した筆頭が武藤敏郎であり、そんな人物を福田康夫前首相が日銀総裁に据えようとしたのは、9年の財金分離革命を台無しにする行為であって、民主党はじめ野党がそれに反対して潰したのは当然だった。

 世間では、「改革」が小泉の専売特許であるかに誤解している人が少なくないが、すでにこの時、野党である民主党の主導で改革は始まっていたのであり、しかし同党がまだ政権を獲るだけの力がない中で、01年に登場した小泉がその改革の旗印を巧みに奪い取って「自民党をブッ壊す」と呼号して大いに人気を博しただけのことである。小泉は、単に改革の看板を人気取りに利用して自民党政治を延命させただけという一面もあるが、それだけではなく、民主党が始めた改革を部分的かつ不徹底な形で引き継いで推進したという一面もあって、その両面を正当に評価しなければならない。

 さて、しかし、金融国会で法的な枠組みは一応整ったものの実際の不良債権処理はグズグズと長引いて、結局は小泉政権下で竹中が強権を用いてケリをつけた。そこで小泉・竹中コンビが間髪を入れずに着手したのが、郵政民営化だった。その意味するところは、金融の機能を奪われて半身になった財務省の徴税と予算、郵貯・簡保と財政投融資という2大財政機能のうち後者を同省から剥奪するにあった。350兆円が官僚とそのOBたちの食い物にされているのを放置するのでなく、民間金融の中で生き生きと自由に活用されるように大転換を図ることが出来れば、21世紀の日本経済は金融面から大いに元気を与えられることになる。これこそが、98年に続く革命的改革の第2弾となるはずだった。さらに付け加えれば、財務省のもう1つの重大な機能、すなわち徴税・予算の権限を剥奪するのが「地方分権」もしくは「地域主権国家への転換」で、これが革命的改革の第3弾となることが期待されている。

 革命的改革の第2弾を実現するためには、一方では、不良債権処理を終えた後の成熟経済大国=日本に相応しい金融体系のあり方について構図を描き上げ、他方では、これから民営化される郵貯・簡保をその中にどう位置づけるかの大議論を巻き起こすことが必要だった。ところが小泉は、そのように正しく問題を設定することをせず、いきなり「3分割か4分割か」といった瑣末な戦術レベルの議論に突入してしまった。当然にも自民党内からは「郵便局の数が減ったら大変」とか「ハゲタカファンドに食い物にされたらどうするんだ」といった低次元極まりない反対論が高まって、議論は完全に本質から外れた方向に流れていった。

 本来であれば小泉は、郵政民営化の核心が郵貯民営化であることを正面切って主張し、それを説得力のあるものにするには、国際金融、新しい形の産業ベンチャー型金融、地域金融の3次元に分けて21世紀日本の成熟した金融体系への改革プランを示しつつ、その中に郵貯・簡保をどう位置づけるかを提案し、さらにそれを実現するについて、単純な分社化がいいのかそれとも郵便事業については国営的要素を残した方がいいのかなど経営形態についても丁寧な議論を進めるべきだったろう。また「ハゲタカ」云々の幼稚な議論に対しては、米国が何を言おうと言うまいと、郵貯民営化は日本の経済と金融がそこを通らないと21世紀へと進めない日本自身の戦略問題なのだと堂々と反論し説得し抜くべきだったろう。ところが彼はそれを一切やらずに、異論を唱える者を一括りに郵政民営化に対する敵対勢力とみなし、そこに“仮想敵”を設定して「賛成か反対か」と叫んで総選挙に突入するという粗暴極まりない姿勢をとった。当時の岡田=民主党もこの事態に対応できず、本来なら「改革の本道からすれば郵政民営化の正しい方向性はこうだ!」と対案を掲げて小泉と対決すべきだったが、「郵政民営化など国民の関心事ではない」という態度をとったために「改革反対派」に分類されてしまい、「賛成か反対か」という単純化された、と言うよりもほとんど架空の、疑似争点に巻き込まれて選挙で大敗した。

 その結果、今日もなお日本の金融の将来像は不明確なままで、一体ギガバンクを日本の金融体系の頂点に位置づけるのか、いや貸し出しも取り立ても運用もろくにやったことのないゆうちょ銀行を頂点に置くわけにいかないから3つのメガバンクの横か斜め上あたりに置くのか、それともかつて京都大学の教授たちが提言したように地域分割してローカル・バンキング(地銀、信金・信組)のバックアップをしながら「銀行とは何か」を学ぶようにするのか(これは結構説得力がある)、何も定まっていない。これではせっかく民営化しても日本の金融に大元気をもたらすきっかけにはならない。メガバンクの大物経営者出身の西川社長に問うべきは、まさに世界の金融が大変調に陥っている中での日本の金融戦略の方途とその中でのゆうちょ銀行の位置づけであって、過去の不良資産の売却の仕方などという枝葉末節ではないはずである。

●かんぽの宿売却の問題

 第2に、かんぽの宿の売却問題は、プロセスに多少とも不透明な部分がない訳ではないが、全体として背任などの犯罪に該当する事案ではない。

 鳩山邦夫がそれを問題にする際の主張の第1は「オリックスの宮内会長は規制改革会議の議長をやり、郵政民営化の議論もそこでなされた。そこに一括譲渡となると、国民が出来レースではないかと受け取る可能性がある」というにある。

 確かに宮内は規制緩和の急先鋒であり、その関連の政府審議会の長を10年以上にわたり歴任している。小泉・竹中時代には「総合規制改革会議」の議長だったが、オリックスの1月7日付プレスリリースによると、同会議でも、その04年3月廃止後に設けられ引き続き宮内が06年9月まで議長を務めた「規制改革・民間開放推進会議」でも、答申中に「郵政民営化」のテーマは出て来ていない。また竹中平蔵も1月19日付産経の「ポリシー・ウォッチ」で、「郵政民営化のプロセスに規制改革会議が関係したことはない。基本方針を決めたのは経済財政諮問会議であり、制度設計は内閣官房の準備室が行った。その際にいくつかの委員会も作られたが、宮内氏がそのメンバーになったことはなかった。同氏が郵政民営化にかかわったというのは、ほとんど言いがかりのようなものである」と述べている。竹中はさらに次のようにも言う。

「より重要なのは、民間人が政策過程にかかわったからその資産売却などにかかわれない、という論理そのものに重大な問題があることだ。今や政策決定における民間人の役割は極めて大きなものになっている。経済財政諮問会議や各省の審議会・委員会にも民間人が関与する。しかし、いったん政策が決められたとして、それに関係する経済活動がその後できないとなると、民間人はだれも政府の委員会メンバーになどならなくなる。郵政民営化の枠組みを決めた諮問会議の民間議員は、郵政の株が売却される際、それを購入してはいけないのか…。これは、政策決定における民間人排除の論理に等しい」

 その通りで、宮内は広い意味の小泉・竹中人脈の一角には違いないが、直接に郵政民営化の議論に加わったわけではないし、仮に議論に加わっていたとしても事後的にこのような契約の当事者となるのは、公正な手続きを経てさえいれば何の問題もない。これがダメだと言うなら、例えば医師の診療報酬などを決める厚生労働省の審議会に初めから利害当事者である医師会代表が加わっているのはもってのほかだということになる。

 鳩山の言い分が罷り通れば、竹中が多用して成果を上げた、民間有識者を審議会等に入れてバンバンと提言ペーパーを繰り出して官僚の保守・保身を押さえ込むという手法が、最終的に息の根を止められる。官僚の思うつぼである。

 鳩山の主張の第2は「なぜ一括売却しなければならないのか」ということである。

 一括については、そうするより仕方がなかったのではあるまいか。70施設のうち黒字なのは10程度と言われており、他はトントンか赤字で、07年度の日本郵政の赤字負担は40億円に上る。2012年9月末までに売却すると法で決められている中で、1件ずつ買い手を探しているのでは到底時間的に間に合わないし、しかも事業の継続と雇用の維持を条件にしている以上、黒字施設はすぐに売れても赤字施設には買い手が付かず、売却が難航することが予想される。だからこそ比較的優良な施設とそうでないものを抱き合わせにしてパッケージにし、一括して引き受けて貰う以外に方法がなかったのではないか。事業を廃止し雇用も放棄するのであれば、残った土地・建物を単なる不動産として売却するのだから、109億円よりだいぶ高く売れるかもしれないが、それでは、元々簡保加入者の保養・福祉施設だった時代からの愛用者の利益も従業員の生活も守ることが出来ない。鳩山は、これが事業譲渡であって不動産売却ではないということを理解していないように見える。

 鳩山の主張の第3は「土地取得代・建設費2400億円の70施設がなぜ109億円で売られるのか。少しでも高く売却出来るようにするのが私たちの務めだ」ということである。

 「2400億円で作ったものをたった100億円で?」という言い方も粗雑に過ぎていて、まさにこれを不動産売却と混同していることを示唆している。事業譲渡である以上、赤字施設の価値はゼロであって、それを作った積算費用がいくらであるかは関係ない。野党議員の中にも、「簡保は加入者はじめ国民の財産であり、それをこんな値段で…」などという者がいるが、それを言うなら、そもそも旧簡保がその国民の財産を2400億円も費消してほとんどが赤字の施設を100近くも作って簡保幹部の天下り先にしてきた、そのデタラメ経営の責任こそ改めて問うべきだろう。

 他方、109億円が高いか安いかというのはそれだけで計ることが出来ず、オリックスにせよどこにせよ引き受けた企業は、当分の間、年間40~50億円の赤字の補填の他に恐らく数百億円を注ぎ込んで赤字施設の黒字転換を図らなければならないはずで、そこまで含めて是非を評価すべきである。

 ここまで大騒ぎをしてストップをかけるのであれば、鳩山は西川に対して別の名案を示すべきだろう。しかも2012年の売却期限に間に合うように。どんな案が出てくるのか見物である。

●次の社長は誰か?

 第3に、西川が去って笑うのは誰かということをよくよく見極めなければならない。

 鳩山にかんぽの宿問題や中央郵便局の建て替え問題を吹き込んで、さらに西川再任反対で突っ張るよう促しているのは、そもそも郵政民営化に反感を持ち、しかしこうなってしまった以上は出来るだけ徹底的な改革を阻んで、日本郵政とその傘下の事業を支配下に置いて天下りや利権漁りの場として残しておきたいと思う旧郵政官僚の勢力である。その筆頭は、日本郵政の代表執行役副社長=團宏明である。

 彼は小泉が郵政大臣を務めた時の秘書課長で、小泉やその参謀=飯島勲秘書官に引き立てられてここまで上り詰めてきた人物だが、日本郵政内では反西川の急先鋒で、同社内では彼がポスト西川の社長の座を狙って様々な策謀をこらしていることはよく知られている。その背景には、現職の総務省官僚だけでなく、例えば旧「郵政互助会」(05年に郵政弘済会、郵政福祉協会と統合され現在は「(財)郵政福祉」)あたりに巣くっている官僚や労組のOBたちの、日本郵政を思い通りにしたいという思惑もうごめいていると言われている。

 ここ数日、永田町ではポスト西川の社長候補としてNTTの元役員の名前が取り沙汰されているが、事情通の解説によると、「西川の後にいきなり團では余りに露骨で、『官僚勢力の西川追い落とし』と言われるに決まっているから、旧郵政官僚にとって御しやすいNTT出身者を持ってきて、團を次の次に据えようというシナリオだろう」という。だとすればなおさら、鳩山邦夫は官僚勢力に踊らされて郵政民営化の骨抜きに協力しているだけということになる。もちろん彼には、このようによろず派手にパフォーマンスを演じることで、麻生首相との近すぎる距離を少し修正しつつ、ポスト麻生の有力候補として目立ちたいという政局思惑もあるに違いないが。

 なおこの人事に関連して、日本郵政の取締役会が社外取締役で多数を占められていて、生え抜きが入っていないこと、その取締役会が設置する「指名委員会」が西川続投を決めたことを問題にする向きもあるが、これは会社法2条に定められた「委員会設置会社」とは何かを知らない議論で、話にならない。

 委員会設置会社は、特に大企業の監査のあり方が問題になったことから、最初は03年の「監査等に関する商法特例法」で、正式には06年の会社法で、米欧で広まっている方式を採り入れたもので、(1)社外取締役を含む取締役会(米国では社外が過半数でなければならないが日本ではそうではない)が意志決定と職務執行の監督を行い、また取締役会の中に必ず、指名委員会、監査委員会、報酬委員会を設置して業務の適正化を図る、(2)その下に執行役を設け(取締役との兼任も可、ドイツでは兼任不可)、業務を執行する。(3)監査委員会と別に監査役を設けることは出来ない、というもの。従って、取締役会の名簿だけ見ると社外取締役が多数を占めているのは珍しいことでも何でもなく、例えば同じ委員会設置会社である野村證券やソニーを見てもみなそうなっている。代表執行役は、従来の株式会社の代表取締役と同じで、業務を執行するが、取締役会から委任を受ける事項は従来に比べて広く、そのため迅速な業務の執行が出来るものとされている。

 日本郵政の場合は、取締役会を構成するのは、代表執行役社長を兼ねる西川、代表執行役副社長を兼ねる高木祥吉(元大蔵相→金融庁長官)のほか7人の社外取締役であり、執行役は代表執行役副社長の團のほか16人である。西川を追い出して一時は民間人を社長に据え、その時出来れば高木も追い出して團が取締役兼代表執行役副社長になり、次を狙うという段取りではないか。

 西川については、私は、三井住友銀行の頭取の時代から余り能力を買っていないし、上述のような金融改革の構図を描いて日本郵政を導くという観点からしても評価は高くない。しかし、西川を追い出して民営化を逆行させようとする官僚勢力を喜ばせるようなことだけは、政治はしてはならないと思う。▲

2009年6月 7日

監視カメラはまず警察署内に設置しろ!——日本的危機管理のお粗末

takanoron.png 5日付朝日新聞夕刊によると、警察庁は補正予算から5億9000万円を引き出して、全国15カ所の小中学校近くの住宅街に25台ずつ、計375台の防犯用の監視カメラを設置するという。警察が設置する監視カメラは、東京・新宿歌舞伎町はじめ繁華街を中心に全国に363台あるが、台数が一挙に倍以上になる上、今回は初めて住宅街に設置し、しかもその運営を民間の防犯団体に委託するところが新しい。

 まず第1に、この「民間の防犯団体」が怪しげである。朝日は団体名を出さずに、「地元の警察と日ごろ協力的な民間の防犯ボランティア団体に管理してもらう」と書いているが、これはどう考えても「財団法人・全国防犯協会連合会」という警察庁長官OBの天下り指定席団体のことだろう。その下に、47都道府県全部に県別の防犯協会と暴力追放運動推進センターがあり、さらにその下に警察署の所轄区域にほぼ照応して1197の地区防犯協会、3188の市町村防犯協会、20万4505の防犯ボランティア団体があって、それぞれのレベルで管区警察局長、都道府県警察本部長、警察署長、幹部警察官などが天下って、企業の寄付や国の補助金で飯を食っている。麻生政権のバラマキ補正予算は、各省庁に「景気対策になりそうなものは何でもいいから持ってこい」と言って寄せ集めただけのものである。そうなると、 役人の考えることは皆一緒で、さすがに今までちょっと遠慮していた天下り団体への便宜供与も、この際なんとか名目を付けて滑り込ませよう発想だから、バラマキの割には国民は潤わず、天下り団体ばかりが肥え太る結果となっている。これもそのささやかな一例と言えそうだ。

●官憲的発想の貧しさ

 第2に、住宅地に、しかもモデルとして選ばれたところでは1学校区の狭い範囲に25台もの監視カメラが設置される——ということは学校を中心とした主要道路はすべて常時、警察の監視下に置かれることになるが、このようなジョージ・オーウェル的社会への匍匐前進を、一般にはもちろん国会でも(たぶん)議論することもなく許してしまっていいのかどうか。もちろん警察庁も、そのように批判されかねないことを重々承知していて、だからこそ自分でやらずに民間に委託して、さらに朝日記事によると、「画像を見るのは原則、犯罪などがあって捜査上必要な場合に限る」「画像が流出しないようコピーは禁止」「プライバシーの保護にも重点を置いた運営規則を防犯団体に策定してもらう」「カメラは住宅部分が撮影されないようカメラのアングルなどを配慮する」「カメラがあることを伝えるステッカーを張る」「設置後は住民にアンケート調査し効果を確認」など、いくつもの予防線を張っているけれども、警察OBが実質支配していて「警察と日ごろ協力的な民間団体」が権力の乱用の歯止めになどなるはずがない。

 第3に、その背景には、社会の安全が近年とみに脅かされていると人々が感じているその構造的な原因をきちんと検討し、それに対して総合的にどのような対策を進めるべきかを考えた上で、議論の末にこういうことも戦術的な手段の1つとして試してみるという合意が形成されるのであればまだしも、全部吹っ飛ばして、いきなり上からの管理・統制(つまりお上による国民監視)の強化策だけを突出的に打ち出してくる、まさに官憲=官権的発想がある。五十嵐徹記者の署名が入った朝日記事は、どうもそのへんのスタンスがはっきりせず、せいぜいが「議論をよびそうだ」と遠慮がちに付け加えながらも、上述のように警察庁側の“配慮”項目を並べ立てて、「警察庁はこんなに住民に気を遣っているのだ」と半ば擁護しているかにも見える書きぶりである。それでまずいと思ったのか、末尾では専門家として荻野昌弘=関西学院大学教授(社会学)を登場させ、「漠然とした不安感が生活者の中で広がっているため、防犯カメラを設置しようという議論が出てくるが、設置したからといって犯罪が減るわけではない。本来は別の方法もあるはずだと思うが、それを探らずに、むしろその不安感に乗じた形で国が防犯カメラの設置を進めゆく方向に問題があると思う」とコメントさせている。記者が自分で真正面から批判すると記者クラブ出入り禁止になるから、外部の意見の形でバランスを取っておくといういつもの手法ということだろうか。

 私に言わせれば、まず第1に警察庁が取り組むべきは、警察官の綱紀粛正とメンタルケアと能力向上、世界に名高い「交番」システムの再建など、警察自身の大改革である。4日夜には岡山市内の路上で75歳の女性から財布をひったくろうとした男がいて、女性の悲鳴を聞いて近くにいた高校生2人が追いかけて取り押さえたところ、なんと愛媛県松山東署の巡査部長で、しかも「盗犯係主任」の29歳の警察官だった。お手柄の高校生が、犯人が警官であると知って「世も末だな」と感想を述べたように、警察のあり方が世も末の有様であることが社会不安の最大原因である。

 かつて交番勤務の警察官は「駐在さん」と呼ばれて尊敬さえされて、地域社会のトラブルや不安について住民のどんな相談にでも乗っていた。今では「駐在さん」は死語で、なぜなら警官のいない空き家交番が増え、またいたとしても、住民の相談に乗る能力・見識などあるはずもなく、重大案件が持ち込まれても適切に対処できずに初動捜査に支障を来すような場合も少なくない。そのような警察そのものの劣化を放置しておいて、「人がいないからカメラ」というのではお話にならない。どうしても監視カメラを置きたいなら、まず署内の廊下、トイレ、取調室、それに交番内や警官の宿舎に設置したらどうか。

●徒に社会不安を煽るマスコミ

 カメラ設置の前に問題にすべき第2は、荻野教授の言い方を借りると、「漠然とした不安感が生活者の中で広がって」いて「その不安感に乗じて国が」統制と監視を強化しようとしているわけだが、その「漠然とした不安感」を無闇に拡散しているマスコミの責任である。

 話が横に飛ぶが、感染制御の専門家である高橋央=長野県立須坂病院感染制御部長(元米CDC[疾病対策センター]疫学調査員)は、4日付朝日の「私の視点」欄で、新型インフルをめぐるこの国の危機管理のお粗末さについて次のように述べている。

「国、自治体、マスコミ間に混乱が生じると、グー、チョキ、パーの関係になり、おのおのが自らへの重圧を他者へぶつけながら点数稼ぎし、失点は避ける態度をとる。3者からメッセージを受ける国民は、右往左往する図式である」

「この問題の根底には、科学的な根拠に基づいて判断する能力が低いことがある。…とりわけ政治家とマスコミ周辺に専門家が少ない。マスコミは街中の混乱や市民の困惑ぶりを強調する一方、政府や行政が表明する対応策への建設的な批判や、危機管理の中長期的な展望は、自信をもって打ち出せない。不安だけを助長する中身の乏しい報道へ過熱し、状況が落ち着くと後出しジャンケンで批判を再開する」

「テレビやインターネットは危機を具体的にイメージするのに有用なメディアだが、パニックを引き起こす危険性がある。また絵にならないニュースは、重要でも取り上げないため、報道の頻度や量が急激に減る。これが官房長官発言に通じる誤解を与えるのだ」

 官房長官発言とは、5月25日の河村の「新型インフルエンザは、終息の方向に向かっている感じがする」との、事実上の終息宣言と受け取られかねない表明のことである。その3日前には政府対処方針改訂版で「国家の危機管理上重大」な事態であると言っていて、しかも、今現在もなお各地でポツンポツンとではあるが感染者が増え続けていて、今秋にも新型インフルのウィルスが強毒性に変異して蔓延するという本当の危機が訪れる可能性もなしとしないと言われているというのに、彼がこんなことを言ったのは、新型インフルをめぐるマスコミの馬鹿騒ぎが終息の方向に向かっているのを見てインフルの危機そのものが終息に向かっていると「感じ」てしまったからで、その政治の無知とマスコミの無責任のもたれ合いの相乗作用を高橋は怒っているのである。

 マスクとうがいと手洗いが、やらないよりかはやった方がいいことは間違いないとしても、感染予防にはほとんど役に立たず、感染者が咳をするなどして飛沫を他人に及ぼすのを防止するにはかなり役に立つだけであることは、最初の段階から専門家が指摘していた。マスクの上下や両脇にはかなりの隙間があるし、また口と鼻だけでなく目の粘膜にウィルスが取り憑かないとも限らない。とは言え、手先に飛沫を受けてその手で自分の口や鼻を触ることで体内に入るということくらいは防げるかも知れないという程度である。さらにうがいも、一度粘膜に取り憑いたウィルスは10〜20分で体内で活動し始めるので、10分間に1回していなければ余り意味はないのだという。

 ところが、舛添要一厚労相がまなじりを決するようにして記者会見を開いて、マスクの着用とうがい・手洗いの励行を呼びかけ、その結果、大阪の繁華街などでは道行く人の7〜8割もがマスクをしているという異様な光景がテレビで繰り返し映されると、大臣がまた「国民の(従順な?)協力」に感謝を述べたりして、それで人々はなおさら慌ててマスクを買いに走ることになった。マスコミも途中からさすがに行き過ぎだと感じて、某東京キー局の報道部門では、ドクターをニュース番組に出演させてマスクの効用の限界をきちんと説明するという企画を立てたが、上層部から「国民の皆さんがマスクをしてくれてありがとうと大臣が言っているときにそんな番組をやれる訳がないだろう!」と一喝されて中止になったりもした。

 そもそも、どこで何人感染者が出たといった話は、厚労省の局長が淡々と発表すればいいだけの話で、それを舛添は、国家的危機に雄々しく立ち向かう益荒男ぶりを演出して“ポスト麻生”へのトップランナーに躍り出るチャンスと見たのかどうか、時には深夜にまで会見を開いて大げさに立ち回った。それで麻生は不快と嫉妬の念に駆られて、自分から政府広報のCMに出演して「先頭に立っているのは自分だ」とアピールし、また陰謀趣味のナベツネの提案に飛びついて唐突に厚労省分割案を口にして舛添への警告的な牽制球にしようとした。泥舟政権内部での愚にもつかない政局思惑が先行して、麻生や河村や舛添ら「科学的な根拠に基づいて判断する能力が低い」政治家たちがあらぬ方向で騒ぎを大きくし、マスコミがそれを増幅して何の批判精神もないままに「不安だけを助長する中身の乏しい報道へ過熱し」て扇情性を競い合う。そのようにしてマスコミは権力への批判とチェックを忘れて、徒に「漠然とした不安感」を広げることで権力のやりたい放題を露払いする役目を果たしているのである。

●危機管理が出来ないこの国

 このマスクについて、文芸評論家の斎藤美奈子が「思い出すのは戦時中の防空頭巾だ。事態がマスクという目に見えるものに収斂していったのはなぜだったのか」と問うているのは妥当である(3日付京都新聞オピニオン欄)。気休めにすぎないマスクを、政府もマスコミもそうとは正しく伝えないまま奨励し、そうすると国民は、「しないよりかはマシ」と思っている人も、「それさえ着ければ感染を防げるのか」と誤解した人も、こぞって買い溜めに走った。「顔の真ん中にどんと居座るマスクは『私は危険ではありません』『ちゃんとインフル対策しています』という標識にもなる。それがエスカレートすると、マスクをしていないと非難されるのではないかという恐れが生まれ、やがてマスクが自己目的化する」(斎藤)。

 戦時中の国民は、なぜ本土の自分らが空爆に晒されるような事態になったのか、戦局の客観的な分析と見通しについての正しい知識は何ら与えられないまま、「空襲にはまず防空頭巾」と言われて、それは火の粉を避けたり瓦が落ちてくるのを緩衝するくらいには役立つけれども、直近に焼夷弾が落ちたら何の役にも立たないことは誰しも分かっていながら、しかしそれを携行し着用することがやがて「打って一丸、お国のために戦っている」ことを表すシンボルにまで転化し、皆がそれに従った。いよいよ末期になると、「本土決戦」に備えた「竹槍訓練」ということになり、それに参加しなければ「非国民」扱いされるという馬鹿馬鹿しいところへ辿り着いていく。これが日本の“危機管理”の原型であり、今日もそこから大して進歩していないことをマスク騒動が示したのである。

 もちろん危機管理の要諦は「Think Unthinkable(考えられないことまで考える)」にあり、まして今回は未知のウィルスが敵であるから、現段階では弱毒性で致死率が低い他のインフルと同等程度の危険度ではあるけれども、国内に感染が広がれば変異が起きて強毒性に転化することもありえないではないという最悪事態を想定して対処するというのは正しい。しかし政府責任者がいきなり浮き足だったようにして「最悪事態もありうる」ことを顔に出したり口に表したりすれば、国民の間に「漠然とした不安感」が広がりパニックに陥らないとも限らないのだから、まずはこの敵の本質、他の経験済みのインフルとの異同、世界的広がりの現局面の特徴などについての正しい科学的な知識を淡々と、しかし徹底的に広めるべきだったろう。それが徹底しないまま、いきなり戦術レベルで「水際作戦」がクローズアップされ、専門家の間では、海外からの帰国者の内、すでに発症している者はチェックできても潜伏期間中の者はチェックのしようもないから、必ず国内で発生すると指摘されていたにもかかわらず、政府とマスコミは「水際で防げる」かのような幻想を与え続けた。それで予想通り、神戸の高校生に始まって国内で感染者が増え始めればパニックが起きるのは当然で、すると今度はマスク着用という超戦術レベルの呼びかけになっていく。

 話はさらに横に飛ぶが、この戦略的認識を欠いたままのあやふやな(出来ることと出来いないことをはっきしさせないままの)戦術的対処でお茶を濁すという日本的危機管理の特徴は、北朝鮮のテポドン騒動でも同じだった。あれは確かに、本当に人工衛星打ち上げが目的だったのかそれに名を借りたミサイル実験が目的だったのか、またその両方だったのかは、今なお不明のままだが、いずれにしても米国に対する外交的駆け引きの一環であって、日本に核もしくは通常弾頭のミサイルを撃ち込もうとするものでは全くなかった。にもかかわらず政府は、「日本にミサイルが撃ち込まれたら迎撃する」かのような姿勢を採り、イージス艦とPAC3を日本海と秋田・岩手両県に配備し、マスコミがそれを大々的に報じて大騒ぎになった。本当に日本にミサイルを撃ち込んで来る危険が少しでもあるなら、まず防衛を固めなければならないのは首都圏であるけれども(北が秋田・岩手両県に撃ち込む理由は考えられない——ちなみに金正日は盛岡産の冷麺が大好物だが、今は禁輸で食べられない)、首都圏のPAC3は両県へ行ってしまって東京はガラ空きだった。ということは、政府は実はこれが、日本を相手にしたミサイル発射ではないことを最初から認識していたことになるが、そうは言わずに「万が一には迎撃する」と言い続けた。

 その場合PAC3は何が出来るかと言えば、(1)発射直後に意図的にか(全くありえない)事故によるか(全くありえないとは言えない)打ち出しの軌道や速度を計算して両県に向かってくると判った場合に撃墜する(のだが成功の確率はかなり低い)、(2)日本海〜両県の上空で爆発を起こしたり部品が剥落したりして破片が国土に落下してくる(ありうる)場合にそれを撃墜する(のだが軌道計算が出来ないので全く不可能)のどちらかであり、つまりはPAC3配備はほとんど全く意味がない。そのような戦略的判断と科学的知識を淡々と伝えるどころか、麻生は「北の暴挙に雄々しく立ち向かう宰相」を自己演出し、それをマスコミが無批判どころか何倍にも増幅して騒ぎを大きくして、その結果が、前にも書いたように、発射直後のテレビ朝日のニュース第一報のように「先ほど北朝鮮のミサイルが発射されました。まだ日本には着弾していません」という頭が狂ったとしか思えない表現と口調になって国民に投げつけられることになるのである。賢明な読者はすでにお気づきと思うが、西松建設事件とその後の「小沢辞めろ」キャンペーンもまた相似形の構造を持っていて、つまるところこの国は、繰り返すが、政治家の無知、官僚の無能、マスコミの無責任の相乗作用によって国民が右往左往させられ、ますます何が本当の道筋なのか分からなくなって「漠然とした不安感」に苛まれて情動化していって、何かすがれるものが欲しいという気分になる。するとそこへ、官僚が“国民の期待”に応えるような振りをして小賢しい権限拡大手段を利権絡みで予算に潜り込ませようとするのである。

 いくら楽観的な私でも、政権交代すればすぐにこの政官報の退廃的なトライアングルの害毒を除去できるとは思わないが、少なくとも現政権ではその退廃がますます深まってこの国がますます先行き不明の泥沼に陥っていくことだけは確かである。これは、単に寿命約1年の麻生政権に対する政権交代ではなくて、官僚が実質権力を握って政治を好きなように操ってきた明治以来100年余の体制に対する「100年目の大転換」の苦痛に満ちた始まりであることを覚悟する必要がある。

 ここまで書き終えたところで、7日付朝日新聞が届いた。「耕論」欄で3人の専門家が新型インフルをどう受け止めるべきかを書いていて、問題の捉え方としては米本昌平=東京大学特任教授(科学技術論)に同感した。現場での対応については岩崎恵美子=仙台市副市長(危機管理担当)に学ぶことが多かった。永井美之=理化学研究所・感染症研究ネットワーク支援センター長は、治療薬の開発と検査法の改善で日本は最先端の技術を持っており、それを国がイニシアティブを取って推進せよと主張している。▲

2009年6月 6日

食糧争奪戦争の幕開け

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『食糧争奪戦争』
2009年5月、学習研究社

浜田和幸氏(国際未来科学研究所主宰)

 アメリカではファーストレディーのミッシェル・オバマさんがホワイトハウスの芝生を家庭菜園にチェンジしたことが大きなニュースとなった。ミッシェル夫人に言わせれば、「土に親しむことは自然の恵みに感謝することに繋がる。安心して食べられる野菜や果物を自分たちの手で育てることの重要性を多くのアメリカ人や世界の人びとに理解して欲しい。これからは、ホワイトハウスで出す料理は極力この家庭菜園で育てた食材を使いたい」。自給自足というより、地産地消をホワイトハウスから始めようという意気込みだ。

 しかも有機栽培にこだわりを見せており、化学肥料や除草剤を使わず健康に配慮した安全な野菜を育てようという考えを強調している。この家庭菜園には55種類の野菜の種が植えられたというからなかなか本格的である。すべて有機農法で育てるとのこと。アメリカ人の間に広まる健康指向を追い風に、しかも景気が悪化し職を失い食事にも事欠く人々が増えている中、自給自足運動を推し進めようとしているわけだ。

 1929年にアメリカを襲った大恐慌の時にも当時のファーストレディーだったエレノア・ルーズベルト夫人も同じような試みで国民を元気づけたものである。今回はミッシェル夫人が先頭を切り有機栽培を実践している。ところが、意外なところからこのホワイトハウスにおけるビクトリーガーデンを敵視する弾が飛んできた。それはモンサントに代表される大手種子メーカーからの反発である。

 世界最大のアグリビジネスと見なされるモンサントやカーギル、ADMなどはこぞって有機栽培は手間がかかる上に、収穫が不安定だとして、ホワイトハウスが誤ったメッセージを発信していることに危惧の念をあらわにしている。彼らによれば、「化学肥料や除草剤を適度に使うことにより、品質や収穫量が改善できる」と言う訳だ。

 実はモンサントはクリントン元大統領夫妻にとっては最大のスポンサー筋であった。ヒラリー・クリントン氏がアーカンソーでローズ法律事務所に勤めていた頃、彼女が担当した顧客でもあった。それ以来、今日に至るまでモンサントは一貫して遺伝子組換え作物の普及に努めている。

 そのため、クリントン元大統領に対しても現在のヒラリー・クリントン国務長官に対しても様々なルートを通じて、遺伝子組換え作物への協力を求めている。ミッシェル夫人が進める有機栽培とは真正面から激突することになるのは避けられそうにない。いわば、元ファーストレディーのヒラリー夫人と現ファーストレディーのミッシェル夫人の間で激しい水面下の戦いが演じられていると言っても過言ではない。

 このたび、発刊した新著『食糧争奪戦争』(学研新書)では、このようなエピソードを始めとして食についての世界事情を見通してみた。そして「100年に1度の金融危機」の次に確実に到来すると思われる「1000年に1度の食糧危機」への関心を高め、しっかりとした防衛策を講じるよう呼び掛けるものである。

 人類の生存に欠かせない食糧をめぐる「異常気象(干ばつ)、供給不足、投機マネー、遺伝子組換え作物、未来農業技術」等の最新動向を分析し、われわれの未来を展望している。

 思えば、数年前までは、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長は日本を訪ねるたびに、水関連の企業への投資を重ねていた。その彼が、今や「現代版ノアの方舟計画」ともいわれる、地球上の全ての種子を冷凍保存する事業を始めたのには驚かされる。しかも、この事業には欧米の巨大アグリビジネスも参画している。彼らが目指すものは一体何なのか。本書をお読み下されば、明らかになるはずだ。

 わが国では食糧や農業といえば、自給率の低さや農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増加、輸入食材の汚染といった話題が多いようだが、ひとたび世界に目を向けると、われわれの想像を超えるスピードと範囲で「食糧環境の大転換」が巻き起こっている。

 本書では、これまで報道されることのなかった世界の食糧争奪戦争の最前線にスポットを当てた。日本農業の再生、強化のためにも、是非、ご関心をお寄せ頂きたい。

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hamada.jpg【プロフィール】 浜田和幸(はまだ・かずゆき)
1953年鳥取県生まれ。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学大学院にて政治学博士号を修得。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現在、国際未来科学研究所の代表。専門は「技術と社会の未来予測」「国家と個人の安全保障」「長寿企業の戦略経営」。米ワシントン・ロータリー・クラブ米日友好委員長、発明王エジソン生誕150周年祝賀事業実行委員長、日本バイオベンチャー推進協会理事、国連大学ミレニアム・プロジェクト委員、特許庁工業所有権副読本選定普及委員、鳥取県公園都市推進事業委員などを歴任。主な著書に「オバマの仮面を剥ぐ」(光文社ペーバーバックス、09年6月24日発売予定)、「石油の支配者」(文春新書)ほか多数。
公式HP:http://www.hamadakazuyuki.com

自公政権の終わりの終わり

二見伸明氏(誇り高き自由人、元衆議院議員)

 55年の歳月を経て、鳩山一郎元首相の孫が吉田茂元首相の孫を権力の座から追い落とし、総理の座に坐る(可能性が高い)。自由党総裁・吉田から政敵・日本民主党総裁・鳩山への政権移譲は、戦後日本の、米軍統治下での混乱期から安定期を迎える象徴的な出来事であった。麻生太郎から鳩山由紀夫への政権交代には、自民党の歴史的役割が終わり、新しい幕開けにしたいという時代の必然性と人々の期待感が込められている。歴史も味なことをするものである。

 それにしても麻生総理はおかしい。最たるものは、総選挙を意識して唐突に言い出した「厚労省分割」案だ。私は、厚労省のみならず、全省庁の機構をゼロベースから見直すべきだと考えているが、それはそれとして、麻生総理は年金、医療、介護を担う社会保障省と雇用、少子化を担当する国民生活省に二分割する案を提示し、指示した。にもかかわらず、関係閣僚の話し合いで慎重論が続出し、自民党からも猛反発が出ると、5月28日夜、いとも簡単に「分割には全然こだわらない」と豹変した。麻生総理が、日本を支えてきた仕組みが制度疲労を起こし、庶民の生活の土台が崩されている危機的状況を打開できるリーダーではないことを、改めて示す一幕の茶番劇であった。

 前日の27日、党首討論で麻生は「『一心同体、殉じる時は殉じる』と言っていた方が代表になっている。言葉は極めて大事にしなければいかんと思っているので、話が違うんじゃないかと、正直そう思う」と発言した。「一心同体」云々については岩見隆夫氏が5月30日の毎日新聞「近聞遠見」の中で「鳩山由紀夫新代表が選出前にそんな言葉を使ったという記憶がない」と否定しているが、私が問題だと思うのは「言葉は極めて大事にしなければいかんと思っている」と発言した翌日、厚労省分割について「組織のあり方を、一回精査したらどうかと言っただけで、指示していない」と、発言をすりかえたことである。「綸言汗の如し」でなければならない。麻生総理に「言葉は大事」と言う資格はない。麻生の言葉は、国民の信を失うだけである。

 麻生総理は5月16日の参議院予算委員会で、小沢一郎の公設秘書は「明らかに、違法なるがゆえに逮捕された」と答弁した。「推定無罪」の原則に反すると非難されたが、「検察ファッショ」など検察の捜査に批判や疑問が高まってきた中でのこの答弁は、検察を激励するための実質的・巧妙な指揮権発動である。その麻生総理が、党首討論の場で、行政の最高責任者として、内閣組織の一員である検察の意向を代弁し「国民からして、いま最大の関心事は西松の問題だと思う(筆者注:国民の最大の関心事は景気、年金、雇用など生活そのものであり、西松問題ではない)。現在の法律すら守られていない疑いがある。疑いがあるから逮捕されたと思っている」と鳩山代表を攻撃している図柄は、開発途上国の力の衰えた独裁者が、生活に苦しむ人民の不満のエネルギーを、巧妙に政敵に向けさせるのと同質のやり口である。

 1994年、中国の天安門事件の直前、中国人の経済学者、M大学のR教授と中国の経済開放政策について意見交換したときのことである。彼が「日本は資本主義経済ではない。会社主義経済だ。政策を作るのは中央省庁の高級官僚である。彼らは定年後、経済団体や大企業に再就職する。その天下り先で、かつて部下だった高級官僚から、今後の経済政策などの情報がもたらされ、企業は国の経済政策を事前に察知して、経営方針をたてる。目に見えないかたちで、国家が企業を指導している。だから、政府と企業が対立することは少ない。これは中国の開放政策にとって価値あるお手本」と言うのである。日本の仕組みの本質をみごとに衝いていると、内心、感嘆したものである。

 また、貿易自由化などで、アメリカの官僚と意見交換をしたときは、「日本の国会議員、特に執権党の国会議員の意見は参考にならない。官僚が了解すれば、反対していた自民党の議員も賛成する」と言われた。The Journalに寄稿された田中良紹氏の「『密約』から分かるこの国の姿」を読んで背筋が凍る思いがした。「日本/権力構造の謎」で知られるK・V・ウオルフレンは、日本では政策、方針について、立案した官僚は当然のこと、総理大臣、閣僚が、失敗の責任をとる習慣がないと指摘している。日本は世界の中で、国際問題のみならず、国民生活について、誰も責任をとらない不思議な国と映るのである。

 自民党は、きのうまでの小泉・竹中路線の推進者が、きょう、反小泉路線の旗振りをする変節漢が政権の中枢にいる無責任な党である。第二次大戦を推進し、満州国の経営に携わり、A級戦犯でありながら、いかなる理由かは不明だが、絞首刑を免れた岸信介を、平和・民主日本の総理大臣にした当時の日本人の政治文化と精神構造は変わっていない。

 民主党の政策の核心は「霞ヶ関改革」であろう。「霞ヶ関改革」とは官僚バッシングではない。組織、機構を改革するとともに、政治家と一体になり、ある時は手足となり、ある時は助言者となって、国の政策を立案し推進する官僚に意識革命することである。これによって、年金、医療、農業などの抜本改革は大きな第一歩を踏み出すことができる。これは大変な大事業である。官僚は優秀だが、狡猾でもある。それだけに、国会議員の質が問われることになる。各省庁のスポークスマン化している大臣や会合の挨拶要員に過ぎない副大臣には荷の重すぎる仕事である。政府・与党やマスコミは民主党の政権担当能力を疑問視しているが、むしろ、官僚の書いたシナリオの上で踊っているだけの自公政権こそ、本来の意味での政権担当能力はゼロに等しいと言わざるを得ない。この大事業に大鉈を振るえるのは、党派を超えて、小沢一郎の右に出る者はいないであろう。

 いま、この原稿を書いている時に、足利事件の菅家利和受刑者が釈放された。自由の身になった菅家さんの、もの静かだが、厳しい司法に対する憤りの言葉は、人々の胸をうつものであった。最高裁、検察庁、警察の責任は重大である。私は最高裁判事の国民審査のやり方に反対で、○×で適否を問うべきだと考えている。検察は必ずしも正義の体現者ではなく、善人を悪人に仕立て上げることのできる魔物でもあることを知るべきである。

 天安門事件について、中国共産党総書記だった趙紫陽は「国家の囚人――趙紫陽秘録」で「政党がその権力を監視しなければ、役人は簡単に腐敗する」と述べている。裁判の結果、小沢一郎が政治資金規正法違反にあたらないことが確定したときには、検事総長は責任をとって辞職すべきである。

2009年6月 5日

新聞業界最大のタブー「押し紙」を週刊新潮が暴く!

 新聞業界の最大のタブーである「押し紙」に、週刊新潮が斬り込んだ。

 「押し紙」とは、新聞社が販売店に対し、毎朝宅配される部数よりも水増した部数を送り、紙面広告やチラシ広告の料金を吊り上げることをいう。古くから新聞業界の“闇”として批判されてきたが、最近では全世代で進行する新聞離れにより、押し紙の割合はさらに上昇しているのでは、と噂されていた。

 4日に発売された同誌によると、「押し紙」の実態について滋賀県のポスティング(チラシの個別配布)会社が調査を実施。県内5市での押し紙率は、読売18%、朝日34%、毎日57%、産経57%にのぼったという。また、記事を執筆したジャーナリストの黒薮哲哉氏による独自調査でも、今回の結果に近い数字が出ているという。これは、業界が定めている予備紙(雨で濡れた場合などに配達する新聞)の割合の2%を大きく上回ることになり、この調査結果が真実であれば、広告主は不当に高い値段の広告費を払っていることになる。

 記事が発表されたことを受け、朝日、毎日、読売新聞の各社は、記事は事実無根とする抗議文を同誌編集部に送っている。

2009年6月 3日

【特集:静岡空港問題】開港直前インタビュー!

 富士山静岡空港(静岡県島田市、牧之原市 以下静岡空港)がようやく開港の日を迎える。約20年の歳月と県政史上最大規模の予算をつぎこんだプロジェクトは、3度の開港日延長を経て「暫定開港」という形で次のステップへと移る。

 「結局会見でも責任の"せ"の字もなかった。」
 行政のミスを訴え続け、最後まで県知事の引責を求めた地権者、大井寿生氏。問題の立ち木の伐採を終え、行政権力との闘いに一つの区切りつけた大井氏が《THE JOURNAL》のカメラを前に現在の心境を語ってくれた。

 「本当のことが伝わらない」「何もしなければ消される」そんな状況下で大井氏がもっとも怖れたものは、権力でもメディアでもなく、表面だけの情報に動かされる「無責任な世論」だった。

(これまでの空港問題の詳細については2度のインタビュー記事(文末にリンクを掲示)をご覧下さい)

■静岡空港開港直前インタビュー 2009/5/23(土)撮影 

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大井寿生氏(地権者)
(インタビュー映像より一部を抜粋)

Q:地権者として取材を受けるだけでなく、自ら資料を作成して配布するなどメディアへの協力を惜しまなかった理由は?

 本当のことが伝わらない。行政の方に偏った報道であるわけだし。逆に何もせずに手をこまねいていると、立ち木を盾にごねてる目障りな野郎として行政がおれのことを抹殺しにかかってきたことは間違いないわけで、そういう意味ですごく怖かった。...
 これは情報戦。だって圧倒的に金も力も行政側の方が大きいわけだからそういうものと喧嘩するわけで、世論からも一つ間違えば袋だたきにあっても無理もないような状況にいる。だからそういう意味で怖かった。そういうことの方が寝られないようなストレスがあった。

Q:権力に対しての恐怖感はありましたか?

 行政権力というのは確かにやばいものとは思うけど、起こった問題に対して上っ面なことしか知らずに無責任な世論が動いてしまうことについての方が怖いなと思う。

Q:空港問題に当事者として関わり、20年を振り返ると...

 問題の大きい小さいに関わらず行政権力やメディアが絡むようなことが頻繁に起こっているんだと思う。そういう時に「そんなもんだ」と思わずに、思っていることをあきらめずに言う、おかしいことをおかしいと言うことが基本になってくる。

(続きは映像にて...)

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【特集:静岡空港問題】

(1)"虚構"の静岡空港 県民に知らされていない大問題
 ─相川俊英:静岡空港の問題点を語る(09.1.26)

(2)続 "虚構"の静岡空港 県がひた隠す開港延期の本当の理由
 ─大井寿生:県の無責任体質を明らかにする(09.2.5)

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俯瞰で見る中国経済の現状

葉千栄氏(東海大学教授)

 去年の今頃、巷には「中国経済は五輪後崩壊する」と語る番組や雑誌が溢れていた。そしてリーマンショック以降は「米中経済は同時崩壊」といった見出しが雑誌の表紙を数多く飾った。

 その予測が実際にどうなったか総括もしないうちに、今度は「中国経済は世界の景気回復の牽引車になる」「日本は対中輸出で景気回復する」という話がマスコミに目立ち始めている。まるで時計の振り子のように揺れ動く2つの論調だが、実はどちらもきわめて単純な図式に乗っ取ったものだという点では非常に似ている。

 「崩壊論」を振りかざす人の主張は、主に次の二点だ。
 「市場経済と一党独裁体制は相容れない。そのひずみで崩壊する」
 「沿海と内陸部の貧富の差によって市民暴動が起き、体制ごと崩壊する」

 一方、楽観論者の主張は以下のようなものが多い。
「13億の人口を持った中国は、世界最大の工場であると同時に市場である」
「今や中国には世界一の外貨準備高があり、それが世界経済をひっぱる原動力になる」

 イデオロギーの違いや個人的な好き嫌いをもとにどんな主張を繰り広げようが、それはもちろん自由だが、本気で中国経済を予測しようと思うなら、常に経済の動きやデータを注視して分析せねばなるまい。そうでなければ、崩壊論も楽観論も「希望的観測」になりかねない。

 さて、2009年5月、今の中国経済の状況はどうなっているだろうか。2009年1月―3月期の中国のGDP成長率は年率換算で+6.1%。同じ時期にアメリカは-6.1%、ユーロ圏16カ国の平均は-10%、ドイツ-14.4%、日本は-15.2%。この数字を見れば中国はG20の中で一番景気がいいと言っていい。ちなみに、日本経済が今年年末までこのペースで推移し、一方で中国が政府の掲げる「8%成長維持」という目標を達成したなら、中国のGDP総額は今年中に日本を超え、米国に次ぐ世界第二位となる。

 だが、私は、この数字だけで「今の中国経済が非常によい状況である」と言う気はない。本当の状況を把握するには、単なる日・米・EUとの比較ではなく、今の状況を中国の中から見る必要がある。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseek」で

2009年6月 2日

三木谷浩史×高野孟:国民の声を聴け!~厚労省暴走──ネット医薬品販売規制

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 6月1日に公布・施行された厚生労働省の省令により、離島在住者や継続利用者を除き、インターネットによる一部の医薬品の購入が禁止された。

 今回禁止されたのは、改正薬事法で定められた「第一類」「第二類」「第三類」の医薬品のうち、第一類と第二類。第一類の薬はもともと処方薬で、後に解禁された強い風邪薬などだが、第二類には薬剤師の助言を受けなくても購入できる副作用の弱い風邪薬や胃薬、または妊娠検査薬まで含まれている。

 そもそもインターネットにだけ販売規制をかけることがおかしいのだが、さらに問題なのは、この規制が法律によってではなく、官僚による「省令」によって決定されたことだ。その背景には、薬剤師がつくる団体には多数の官僚が天下りをしていて、その団体からは政治家に多額の政治献金が行われていいるという、「政・官・業」の癒着構造が見え隠れする。

 日本の暗部の象徴ともいえる今回のネット医薬品規制。THE JOURNAL主幹の高野孟が、この問題について積極的に発言をしてきた楽天株式会社会長兼社長の三木谷浩史氏に訊く。

■三木谷浩史×高野孟:国民の声を聴け!~厚労省暴走─ネット医薬品販売規制

 Part1:国民不在 天下り先を求める官僚と時代錯誤の業界団体に物申す!
 http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/hotjournal_yakuji003.html

 Part2:笑っちゃうほどナゾな国 「日本」を憂う
 http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/hotjournal_yakuji004.html

 Part3:国民生活権の侵害 政治不在の省令施行の裏側
 http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/hotjournal_yakuji005.html

 Part4:100年目の転換 過剰規制社会日本に求められる本来の役割分担とは?
 http://news.www.infoseek.co.jp/special/j-is/hotjournal_yakuji006.html

2009年6月 1日

梨元勝:芸能と政治に上下はない

ブログ開始当初から、様々な意見が寄せられた『恐縮戦記』。
読者からのコメントのなかには、期待する声もあれば、《THE JOURNAL》参加について疑問を呈する声もありました。
それら、ひとつひとつに触れた梨元勝本人が、その思いを語ります。

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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