Calendar

2009年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Entries

« 盧武鉉前大統領が死亡 自殺の可能性が濃厚
メイン
《THE JOURNAL》SPECIAL【ほろ酔い談義】 »

《THE JOURNAL》の原型をつくった男 ── 島桂次の業績伝える評伝刊行

『本気で巨大メディアを変えようとした男―異色NHK会長「シマゲジ」・改革なくして生存なし』(小野善邦著、現代書館)
51gkCbg1AsL._SS500_.jpg

 歴代NHK会長のなかで最も型破りな男といわれた島桂次(通称シマゲジ)の評伝『本気で巨大メディアを変えようとした男─異色NHK会長「シマゲジ」・改革なくして生存なし』(小野善邦著)が、現代書館から刊行された。

 島は記者時代から「政局を動かせる実力者」として知られていたが、本書でもNHK受信料の値上げ案を国会で通過させるため、島が創価学会の池田大作会長に公明党への説得を依頼したことなど、これまで知られていなかった事実が生前の島の証言を含めて明らかにされている。

 また、本書の最終章では島がNHKの会長職を辞任した後、インターネットを使った日本初のニュースサイト「SMN」(島メディアネットワーク)を立ち上げたことも紹介されている。島は、日本のジャーナリストの中でもいち早くネットジャーナリズムの可能性に着目していて、「SMN」にはインサイダー編集部(編集長:高野孟)も深く関わっていた。その後、島が急逝したことで「SMN」の事業は縮小せざるをえなくなったが、島の遺志は現在でも《THE JOURNAL》に引き継がれている。

 本書で紹介される異色ジャーナリストの言葉は、沈没寸前の昨今のメディアの状況を20年前にすでに予見し、警告していたと思わせるものも多い。現代のメディアを考えるための必読書である『本気で巨大メディアを変えようとした男』は全国の書店で発売中。

-------------------------------------------------------------------------------
著者:小野善邦
「危機の時代──二十年前の予言」
(本気で巨大メディアを変えようとした男 プロローグより)

 日常の生活をおくるうえで内外のニュースや重要な出来事など情報を伝えてくれるマスメディアの存在は欠かせない。いろいろなマスメディアの中でも、現在テレビが最も影響力のあるメディアであることを否定する人はいないだろう。生まれたときからテレビに囲まれている若い人は何をいまさらと言うかも知れないが、テレビがリーディング・メディアになってからの歴史は意外に短い。せいぜいここ四十年間に過ぎない。
 それ以前は長期間にわたって新聞が圧倒的な影響力を誇っていた。それを映像と音声による分かりやすさ、速報性が広く国民に受け入れられ、一九六〇年代に電波メディアがリーディング・メディアの座を活字メディアから奪ったのである。
 “わが世の春”を謳歌するテレビだが、いつまでもその座にいられるとは限らない。情報技術の進歩は日進月歩である。地球規模で情報の受信だけでなく発信も自在にできるインターネットの時代を迎え、このままではテレビは王座どころか生き残りも危ないという声が高まっている。

 東京渋谷区神南に威容を誇る地上二十二階建てのガラスの城。日本のテレビを代表するNHK (日本放送協会)の本拠である。外観は、十年前、二十年前に比べて、いまも少しも変わっていない。だが、その内部は荒廃し、職員の士気は低下して本格的デジタル化、放送と通信の融合という激動の時代を目前にしているのに、いまだデジタル時代の公共放送はどうあるべきかのビジョンも描けないなど“迷走”を続けている。時代に対応できないNHKは相次ぐ不祥事もあって内外の批判にさらされ、“生き残れるかどうか”の岐路に立たされているといわれる。
 実は、NHKがこうした危機に瀕することを二十年近くも前に予測し、警鐘を鳴らしていた一人の放送人(ブロードキャスター)がいた。政治記者時代は、日本の政治に影響力を持つ敏腕記者として政治家や他社の記者から一日置かれる存在。経営に携わるようになってからは広く世界に目を向けマードック、マックスウエル、ターナーなどと並んで、放送の革新を推進した人物の一人としていまも名前が挙がる。日本が生んだ世界に通用する唯一の放送人ともいえよう。
 NHKの歴代会長の中で、“異色”、“型破り”と言われたシマゲジこと島桂次、その人である。
 しかし、島について人びとが懐いている人物像は、どんなものだろう。マイナス・イメージが多いのではないか。
 いわく、「乱暴で威圧的な口調と横柄な態度」、「他人の迷惑を考えず深夜、早朝を問わず電話をかけまくる電話魔」、「シマゲジと呼ばれゲジゲジ虫のように周りの人びとに嫌われている男」、「記者の枠を超えた永田町のエージェント」、「改革の名の下に大風呂敷を広げNHKの組織を目茶目茶にしたリーダー」、果ては「出張を名目に女性連れで海外を豪遊した人」まで。数え上げればきりがない。
 それにしても、こうしたマイナスの島イメージだけが、広く一般の人びとの間に定着してしまったのはなぜか?
 その多くは島が国会での虚偽発言をきっかけにNHK会長を辞任した一九九一年六月前後に新聞やテレ、週刊誌などマスコミが、会長辞任の経緯などを連日のようにスキャンダル絡みでマイナスの側面を強調して報道したことに起因する。あることないこと、とまでは言わないが、いまのマスコミはこれと的を絞った人物の周りにわっと群がり、特定の視点──スキャンダル絡みが多い──でその人に関わる話題を針小棒大に取り上げ、あれこれ批判する。当人の反論や他の視点にはほとんど興味を示さない。
 また、一般の人びとも実際に記事を読んだ人はまだよいほうで、テレビのワイドショウや車内の中吊り広告の週刊誌の見出しを見ただけで、その人物のイメージを作ってしまう人も少なくない。つまり、現代社会では、事実と違っていてもマスコミに報道されることによって、それが事実として一人歩きを始めるのだ。今はやりの言葉で言えば、国家の罠ならぬ“マスコミの罠”とも言うべき現象である。マイナス・イメージの島が世間に定着してしまったのは、まさにこの罠にとらわれた結果と言うしかない。これによって、私たちは日本の放送やメディア界にとって大きなマイナスになる“負の遺産”を背負わされてしまった。つまり、島が積極的に展開しようとしていた将来に向けての放送の可能性をも失ってしまったのではないだろうか……。

 確かに島桂次の個性は強烈で、多くのマスコミが指摘した“負”の部分があったことは否定できない。しかし、それを補って余りある抜群のリーダーとしての先見性・実行力があった。世間にはそうした“正”の面があまり理解されていない。
 一九九〇年四月、NHKは受信料を改定した。前年の衛星放送受信料新設に続く二年連続の料金改定であり、しかも二八%という大幅値上げだった。会長の島が陣頭指揮をし、郵政省(現総務省)、国会の了承を得たものである。島の豪腕振りを内外に示した出来事であった。
 値上げを実現した島は思いのほか謙虚で、NHKの将来を見据えて幹部・職員に再三こう警告していた。

●NHKにとって、この値上げは恐らく最後のものになるだろう。少なくとも向こう十年間はこの値上げで財政上の心配はない。だが、財政が安定すれば、親方日の丸のNHKのこと、規律が緩んで組織の腐敗が起こり、不祥事が続発するようになるだろう。

●それを防ぐためには、組織に緊張関係をつくっておかねばならない。組織の不断の見直し、創造的破壊(島は友人のジェネラル・エレクトリック社GE会長ジャック・ウエルチのこの言葉が気に入りよく使っていた)が必要である。メディアの世界はいま大転換期にある。多メディア・多チャンネルから通信・放送の融合といった流れである。また、官から民への流れもある。こうした状況下にあっても、NHKは従来どおりいわば新幹線が走っているのに箱根の山を駕籠で越えるような経営をしている。こんな時代後れで親方日の丸的、ノー天気な経営がいつまでも許されるわけがない。
 ニューメディア(デジタル)時代にふさわしい公共放送はどうあるべきかというビジョンを自ら率先して示す。そして、誰もが“あっ”と驚くような大胆な改革を実行しなければ、NHKは視聴者・国民にそっぽを向かれ受信料の不払いが増えるだろう。

●自分は長年政治記者を務め組織のために泥水もかぶってきたが、記者としての一線は守ってきたつもりだ。率直に言って「皆さまのNHK」は、政治家、官僚に食い荒らされる伏魔殿だ。政治の圧力からNHKをいかに守るか。自主独立、編集権の確保が公共放送にとって今後ますます必要になる。それが失われれば、視聴者の信頼も失われるだろう。公共放送としてのジャーナリズムの確立が何にも増して重要である。

●グローバリゼーションの時代というのに、日本のマスコミは「井の中の蛙」だ。日本は経済大国だが、情報発信力では小国。もっと世界に目を向け情報発信力を強化しなければ駄目だ。特にテレビは“衛星中継”という技術的条件をすでに整えている。一日も早く日本やアジアのニュース、番組を世界に向けて発信するシステムをつくらねばならない。

 島の予測の何と的確なことか。二十年近くも前の発言とはとても思えない。いまのNHKを取り巻く状況、問題点をそのまま映し出している。
 歴代のNHK会長の中で島が他の会長と異なるのは、幹部・職員を叱咤激励するだけでなく、自ら時代の一歩先を読んだ構想を常に持ち、それを実現するための意志と実行力も備えていたことだ。事無かれ主義者の多いNHK幹部の中にあっては異例である。島の思いは、日進月歩の技術革新、時代とともに変化する視聴者のニーズに合わせて、組織や職員の意識を改革し、公共放送ならではの質の高い放送番組を提供し続ける。これなくしては、公共放送NHKは崩壊するという“危機感”である。
 二十年近くも前に、島はなぜNHKの将来に危機感を懐いたのか。島がNHKの経営を担った八〇年代から九〇年代初頭にかけてのテレビ界は、多メディア・多チャンネル時代を迎え、グローバリゼーションの波が急速に押し寄せていた。さらに、放送と通信が融合するデジタル時代の到来を間近に控えていた。
 メディアはかつて経験したことのない地殻変動期を迎える。テレビでいえば、チャンネル数は数百に増え、海外のニュース、放送もどんどん入ってくる。放送と通信の壁がなくなり、放送は双方向になり、視聴者は放送を受けるだけでなくインターネットを通じて発信もできる。受信料に頼る公共放送、コマーシャルの商業放送のほか、見たい番組にお金を払う有料放送も続々生まれてくるだろう。
 こうした時代状況の中では、公共放送といえども従来型の経営を漫然と続けていたのでは長期的には受信料の不払いが増え、立ち行かなくなることは必至だ。しかし、NHKは改革からは最も遠い位置にあり、経営陣の危機意識も極めて低い。誰も手をつけないのであれば、自分が経営変革の原動力にならざるを得ない。島の時代への洞察力に基づく責任感が、危機意識の基盤になっていたことは間違いない。
 島は、トップの座に就くと改革に向けて走り出した。組織改革のプロジェクトや将来ビジョンを検討する審議会をスタートさせたほか、民間の協力を得て関連会社を次々に立ち上げた。これは受信料以外の収入を少しでも増やすとともに、番組制作を効率化し、NHK本体をスリム化することが大きな狙いだった。島自身も、グローバルなテレビ・ネットワークの構築などのため世界を飛び回っていた。
 こうした島の変革への動きに、民放各社、郵政省、政治家などは、「NHKの商業化、肥大化だ」、「島個人の独断専行だ」などと一斉に反発した。これに対し、島は「時代や技術の流れを読めば、このままでは“お先真っ暗”なことが分かるはずだ。それなのに彼らは事態を直視せず、人がやることに文句ばかり言う。世界に目を向ければ嫌でも危機感を持たざるを得なくなるだろうに。時代が読めない奴らばかりだ」と歯牙にもかけなかった。こうした言動が、また各方面の反感を増幅させる。どちらを向いても敵ばかり。まさに四面楚歌である。
 経営トップとして相手を無闇に刺激・反発させるのは如何なものかと思うが、島はどうも意識的にそれをやっていたふしがある。島にとっては、危機意識が薄い関係者への刺激・毒舌は放送界が迎えつつある事態にもっと関心を持てという分かりやすいメッセージだったのだ。
 島の危機感はNHKだけにとどまらず、日本のマスコミ全体に及んでいた。
「ニューメディア時代を迎えた日本のジャーナリズムの現状は、目を覆うばかりである。週刊誌は売らんかなのスキャンダルをただ追うイエローペーパーと化し、新聞は大部数と引き換えに主張を失った。いわんや放送メディアに至っては、放送行政の庇護のもと保身に徹して思考放棄、視聴率なるマカ不思議な商法に振り回されて視聴者に迎合する。安かろう悪かろうの低俗番組のたれ流しだ。これでは日本の民主主義は愚民主義になってしまう」
 島の真意は、「地殻変動はNHKだけの問題ではない。商業放送・新聞・雑誌などすべてのメディアに及ぶ。どのメディアも、真実の追求によって国民に奉仕するというジャーナリズムの原点に戻って抜本的改革をしなければ新しい時代を生き抜けない」ということだろう。

 島が目指したのは、突き詰めていえば「デジタル時代にふさわしい新しい公共放送像」である。それには、少しオーバーに言えば古いNHKをぶっ壊してまったく新しいNHKとして再生させ、名実ともに世界をリードする放送機関にするという島の“壮大な夢”が込められていた。この目標に向かって島は猛烈な勢いで走り出した。しかし、島にとっては時代の流れで当然なことであっても、放送関係者、郵政省、国会議員などの多くにとっては島がなぜ改革を急ぐのかが理解できなかった。それでも島は強引ともいえるリーダーシップを発揮して内外を説得し、組織を改革の方向に引っ張っていった。
 着々と布石を打ち、NHK改革がいよいよ本格始動という段階になって島桂次の身に思わぬ出来事が起こった。国会での虚偽発言が引き金になってNHK会長の座を辞任せざるを得なくなったのである。島の大胆なNHK改革プランは、ここで頓挫してしまう。会長在任は、一九八九年四月から一九九一年六月までの二年二カ月に過ぎない。島にとっては、志半ばの無念の退任であった。
 残念なことに島の後を継いだ会長川口幹夫は、「組織を駄目にした放漫経営だ」として島路線を全否定しただけで、六年間の任期中、将来に向けての方策は何も示さず、無為のまま従来路線に終始した。
 また、その後の会長海老沢勝二も改革を実行に移す前に職員の番組制作費の着服、不正経理・流用、カラ出張などの不祥事が相次いで表面化し、組織腐敗、職員のモラル低下が進行していることが明白になった。これに怒った視聴者は、“視聴者の反乱”とでもいうべき受信料の支払い拒否という挙に出た。不払いは燎原の火のようにあっという間に全国に広がり、NHKの経営基盤である受信料制度を根本から揺すぶる事態を招いた。NHKの貴重な財産である視聴者。国民の信頼を大きく損ねたわけで、海老沢はその責任を取って任期途中の二〇〇五年一月会長を辞任した。
 後任には技師長・専務理事の橋本元一が就任した。が、批判は内部規律の弛緩のみならず、「受信料制度や公共放送の在り方」にまで広がった。橋本は三年の任期中にNHK改革の道筋をつけられず、二〇〇八年一月降板し、バトンを放送には経験のないアサヒビール相談役福地茂雄に渡した。NHK問題は、視聴者だけでなく国会や総務省なども巻き込んで、事態はますます混迷の度を深めている。
 島が真っ先に手掛けようとした“創造的破壊”とも言うべき組織改革を伴う「多メディア・デジタル時代にふさわしい公共放送のビジョン」が島退任後二十年近く経つというのに未だ作成されないのだ。NHKという巨大船は舵が故障したままマスコミという荒海を目的地もないまま浮遊しているともいえよう。
 いまの.NHKを取り巻く状況は、島が二十年近くも前に予測し警鍾を鳴らしたことの“最悪の結果”に他ならない。
「このままではNHKは大変なことになるぞ、どうすれば生き延びられるか。脳みそを絞って死ぬほど考えろ!」と机を叩いて叫んでいた島の声が私の耳にはいまもはっきり残っている。
 皮肉なことだが、最近になって島の主張・提言を現実の問題として理解し、その先見性を評価する声が、放送関係者や企業人の間からちらほら聞こえてくるようになった。「島にせめてもう二年間NHKのトップとして改革の道筋をつけておいて欲しかった。そうすればNHKは時代に適合した新しい組織に生まれ変わり視聴者の信頼を損なうこともなかったし、世界の有力放送機関としてメディア改革の先導的役割も果たせたことだろう」という声も少なくない。
 また、NHKの現状と再生案、メディア界の将来をどう考えるかを“時代の流れを読む目”を持つ島に聞いてみたいと思うのは私だけではないだろう。

 人は一つだけでなく、いくつもの顔を持っている。その人のどの顔に焦点を当てるか、どの側面を見るかによってその人の評価は大きく異なるだろう。島は「君子豹変」という言葉が好きでよく使っていた。そして、「時代はいつも大きく動いている。それなのにいつまでも一つの考え方、発想にとらわれていては駄目だ。時代に合わせて自分の考えを転換し、他に先駆けて実行する。それにはあくまで“公共のため”という筋が通っていなければならない。これが現代の君子豹変だ」と言っていた。島の思考、行動も時代の流れに対応するかのように起伏が見られる。とても一面的とは言えない。
 ここで、島桂次と本書の筆者である私との関係をごく簡単に述べておこう。私は、島より八年後輩で、もともとはNHK社会部記者だった。島が報道局次長兼報道番組部長になったとき、突如プロデューサーに担務変更を命じられ、ドキュメンタリー、NHK特集のチーフ・プロデユーサー、ニュースセンター9時(NC9)の編集責任者などを務めた。その後、海外業務、広報の責任者として、日常的に島に接した。この間、島は理事から専務理事、副会長、会長へと昇りつめた時代であった。島の退職後も、しばしば会う機会があり、現職時代には聞けなかった話を聞くことができた。
 私が地方局勤務を終えて東京に戻って来たのは、一九七二(昭和四二年)七月。二度の大阪局勤務はあったが、関連団体を含めると二八年間東京で過ごした。この間、数多くのNHK人に会ったが、島ほど強烈な個性と行動力を持ち、その優れた先見性で“本気”でメディアを変革しようとした人はいなかった。

 本書は、私の見聞、関係者へのインタビューなどを通じて、毀誉褒貶の激しい島桂次という人物を、その卓抜な先見性・実行力に重点を置きつつ多面的にアプローチし、功と罪を含め可能な限りありのままに描き出す。それによって、日本だけでなく世界を視野に入れた一人のブロードキャスターの“壮大な夢と志”を浮き彫りにしようとする試みである。同時に、メディアの歴史に新しいページをめくろうと苦闘した島桂次という異色の経営者を通じて現代のマスコミの中で最大の影響力を持つNHKという巨大組織の戦後の軌跡を辿ってみたい。
 メディア激変の時代にあって、将来ビジョンも描けず浮遊しているいまのNHK及び他のマスコミにとって、島の大胆な発想、行動力に基づくメディア戦略は大いに参考になるはずである。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/5243

コメント (5)

>島にせめてもう二年間NHKのトップとして改革の道筋をつけておいて欲しかった…

いつでもそうだ。
先見の明を持った人は皆居なくなってから評価される。

私のように現状を追認する者にはなかなかその時には気付くことも出来ません。

10年後に小沢さんも言われるかな?
「あの時小沢を引き摺り下ろさずに総理にしておけば…」
「小沢がもう一期民主党の代表をしていれば…」

まだ引きずってます(泣笑)

この記事を一通り読んだ時、
今の小沢一郎との対比を思い浮かばらざろう得なかった。
すなわち、日本社会は異端を排除する。安心安全なものしか認めないという潔癖思想である。
その人物の多面的思考は考慮せず、田原総一朗氏の如く断定的、であるから論理で、この人はこうなんだと決め付け論法である。
JOURNAL読者ならお分かりだが小沢一郎は、曲者では有るが
これまでのキャリアを含めた上での局面での突破力は政界随一ではないだろうか。
現況の新たな事態を迎えつつある状況で、『変人』が活躍すべきではないか。
島桂次の構想の様に専門性のあるようにNHKでなく、他の民放も変化すべきであり、より深く掘り下げた記事情報を含めた意味でのネット有料配信も有ってしかるべきではないだろう。

島氏が言った様に今のNHKはなってしまった。とかく先人に反発する事が多いのがこの日本の社会だ。だから内部告発する人間は追いやられる。その内部告発が真実なのか?謙虚に捕らえる所か隠蔽、左遷、窓際に追いやられる。検察の裏金なんて言うのは、正義の司直組織に有ってはならない事。しかし現役検事三井氏を別件逮捕で、職を追いやった。そして平然と、金と政治の問題で、慎重さも無く、小沢氏の第一公設秘書大久保氏を逮捕、起訴、拘留して、徹底的に罪になる材料をまた税金使って捜査している。これにより、正義よりもドロボウが自分達のやった事を隠してドロボーだと追っかけて、冤罪であっても組織の存在と権威は変わらないのだろう。力のある者は嫌われる。だから神経質に陥れられる。やはり民主主義を守って行く事に国は興味ないのだろうか。

【青の会】風が吹かなかった民主党の仕掛人政界フィクサー稼業・高野孟の”正体” 提供人D
http://www.asyura2.com/07/hihyo6/msg/238.html

だからどうしたの

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.