Calendar

2009年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Entries

« 特集:革命闘争第二幕!小沢代表辞任とその行方
メイン
石川嘉延静岡県知事が辞表を提出 »

鳩山民主党の原点をどこに求めるべきなのか?——96年旧民主党の結成宣言とその背景

takanoron.png 前稿で、鳩山由紀夫代表の「友愛」「愛」という言い方に対してマスコミが間抜けとしか言いようのない低レベルの批評をしていることに腹を立てて、96年に旧民主党が創立された際の結党宣言の該当部分を引用したところ、「日本の政治風土の中で、こんな美文名文が存在していたのかと初めて知り感動した」とか「何度も何度も読み返しています」とか、過分なほどの感想を寄せて頂いたので、改めてその全文を紹介することにする(《資料1》)。

 私がそれを前稿で部分的引用に止めたのは、それを執筆したのが私であることを当時もその後も公にしてきてはいるものの、いよいよ民主党が政権を獲ろうかというこの時期に、またぞろそれを持ち出して、「民主党を作ったのは私です」と自慢しているかのように受け取られるのが嫌だったことが1つ。もう1つには、98年4月に羽田孜グループ、細川護煕両元首相、旧民社党系の人々など新進党離脱組の合流を得て「再結成」した際に民主党はこの文書をあっさりと廃棄しアーカイブとしてさえ残そうとはしなかったので、その時点で私の同党への興味と関心は半減し、以後、政策形成などに主体的に関与することは一切止めてしまったという経緯がある。従って、今ではこの文書は単に、96年当時に私と鳩山が共有した同党結成への思い入れを記念するだけの意味しか持っていないが、しかしこの決戦前夜にたまたま鳩山が代表に復帰するという巡り合わせになって、さて彼が何を思想的な原点として政権獲りに挑むだろうかと考えた場合に、間違いなくこれがその1つだと想像される。その意味では、鳩山民主党への理解を助ける歴史的資料として参考になるのではないか。

 この文書が生まれた背景の1つをなすのは、鳩山が月刊『論座』96年6月号に書いた「わがリベラル・友愛革命——若き旗手の政界再々編宣言」で、ここではそれを紹介したINSIDER同年5月15日号(旧No.362)の記事を再録する(《資料2》)。さらに、この記事が言及しているINSIDER同年3月1日号(旧No.357)「司馬遼太郎の読み方・総特集」の前書きの一節も付け加える(《資料3》)。この2つは、当時鳩山と私の間で行われていた議論を反映したもので、ここで使われている表現が上記の結成宣言にそのまま流れ込んでいることが分かる。

--------------------------------------------------

《資料1》96年旧民主党結成時の理念文書・全文

 私たちがいまここに結集を呼びかけるのは、従来の意味における「党」ではない。

 20世紀の残り4年間と21世紀の最初の10年間をつうじて、この国の社会構造を根本的に変革していくことをめざして行動することを決意した、戦後生まれ・戦後育ちの世代を中心として老壮青のバランスに配慮した、未来志向の政治的ネットワークである。

●社会構造の100年目の大転換

 明治国家以来の、欧米に追いつき追いこせという単線的な目標に人々を駆り立ててきた、官僚主導による「強制と保護の上からの民主主義」と、そのための中央集権・垂直統合型の「国家中心社会」システムは、すでに歴史的役割を終えた。それに代わって、市民主体による「自立と共生の下からの民主主義」と、そのための多極分散・水平協働型の「市民中心社会」を築き上げなければならない。いままでの100年間が終わったにもかかわらず、次の100年間はまだ始まっていない。そこに、政治、社会、経済、外交のすべてがゆきづまって出口を見いだせないかのような閉塞感の根源がある。

 3年間の連立時代の経験をつうじてすでに明らかなように、この「100年目の大転換」を成し遂げる力は、過去の官僚依存の利権政治や自主性を欠いた冷戦思考を引きずった既成政党とその亜流からは生まれてこない。いま必要なことは、すでに人口の7割を超えた戦後世代を中心とする市民のもつ創造的なエネルギーを思い切って解き放ち、その問題意識や関心に応じて地域・全国・世界の各レベルの政策決定に参画しながら実行を監視し保障していくような、地球市民的な意識と行動のスタイルをひろげていくことである。

 政治の対象としての「国民」は、何年かに一度の選挙で投票するだけだった。しかし、政治の主体としての「市民」は、自分たちがよりよく生きるために、そして子どもたちに少しでもましな未来をのこすために、自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、いくばくかの労力とお金をさいてその実現のために行動し、公共的な価値の創造に携わるのであって、投票はその行動のごく一部でしかない。私たちがつくろうとする新しい結集は、そのような行動する市民に知的・政策的イニシアティブを提供し、合意の形成と立法化を助け、行動の先頭に立つような、市民の日常的な生活用具の1つである。

●2010年からの政策的発想

 私たちは、過去の延長線上で物事を考えようとする惰性を断って、いまから15年後、2010年にこの国のかたちをどうしたいかに思いをめぐらせるところから出発したい。するとそこでは、小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による「地方分権・地域主権国家」が実現し、そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく、新しい展望が開かれているだろう。

 経済成長至上主義のもとでの大量生産・大量消費・大量廃棄の産業構造と生活スタイル、旧来型の公共投資による乱開発は影をひそめて、技術創造型のベンチャー企業をはじめ「ものづくりの知恵」を蓄えた中小企業経営者や自立的農業者、それにNPOや協同組合などの市民セクターが生き生きと活動する「共生型・資源循環型の市場経済」が発展して、持続可能な成長とそのもとでの安定した雇用が可能になっているだろう。

 国のつごうに子どもをはめ込む硬直化し画一化した国民教育は克服され、子どもを地域社会で包み込み自由で多様な個性を発揮させながら共同体の一員としての友愛精神を養うような、市民教育が始まっているだろう。

 そして外交の場面では、憲法の平和的理念と事実にもとづいた歴史認識を基本に、これまでの過剰な対米依存を脱して日米関係を新しい次元で深化させていくと同時に、アジア・太平洋の多国間外交を重視し、北東アジアの一角にしっかりと位置を占めて信頼を集めるような国になっていなければならない。

 私たちは、そのようなあるべき未来の名において現在を批判し、当面の問題を解決する。そしてたぶん2010年までにそれらの目標を達成して世代的な責任を果たし、さらなる改革を次のもっと若い世代にゆだねることになるだろう。

 私たちは、未来から現在に向かって吹きつける、颯爽たる一陣の風でありたい。

●友愛精神にもとづく自立と共生の原理

 私たちがこれから社会の根底に据えたいと思っているのは「友愛」の精神である。自由は弱肉強食の放埒に陥りやすく、平等は「出る釘は打たれる」式の悪平等に堕落しかねない。その両者のゆきすぎを克服するのが友愛であるけれども、それはこれまでの100年間はあまりに軽視されてきた。20世紀までの近代国家は、人々を国民として動員するのに急で、そのために人間を一山いくらで計れるような大衆(マス)としてしか扱わなかったからである。

 実際、これまでの世界を動かしてきた2大思想である資本主義的自由主義と社会主義的平等主義は、一見きびしく対立してきたようでありながら、じつは人間を顔のない大衆(マス)としてしか扱わなかったということでは共通していた。日本独特の官僚主導による資本主義的平等主義とも言うべきシステムも、その点では例外でなかった。

 私たちは、一人ひとりの人間は限りなく多様な個性をもった、かけがえのない存在であり、だからこそ自らの運命を自ら決定する権利をもち、またその選択の結果に責任を負う義務があるという「個の自立」の原理と同時に、そのようなお互いの自立性と異質性をお互いに尊重しあったうえで、なおかつ共感しあい一致点を求めて協働するという「他との共生」の原理を重視したい。そのような自立と共生の原理は、日本社会の中での人間と人間の関係だけでなく、日本と世界の関係、人間と自然の関係にも同じように貫かれなくてはならない。

 西欧キリスト教文明のなかで生まれてきた友愛の概念は、神を愛するがゆえに隣人を愛し、敵をも愛するという、神との関わりにおいて人間社会のあり方を指し示すもので、そこでは人間と自然の関係は考慮に入っていない。しかし東洋の知恵の教えるところでは、人間はもともと自然の一部であって、一本の樹木も一匹の動物も一人の人間も、同じようにかけがえのない存在であり、そう感じることで自然と人間のあいだにも深い交流が成り立ちうる。そのように、自然への畏怖と命へのいつくしみとを土台にして、その自然の一部である人間同士の関係も律していこうとするところに、必ずしも西欧の借り物でない東洋的な友愛の精神がある。

●「一人一政策」を持って結集を

 私たちの 政治のスタイルも、当然、未来社会のあり方を先取りしたものになる。中央集権的な上意下達型の組織政党は、すでに問題解決の能力を失って20世紀の遺物と化している。私たちは、各個人やグループが自立した思考を保ちながら、横に情報ネットワークを張りめぐらせ、だれかが課題を発見して解決策を提示すればそこに共感する人々が集まって結節点が生まれ、問題が解決すればまた元に戻っていくような、人体における免役システムのような有機的な自立と共助の組織をめざしている。

 したがってまた、この結集にあたっても、後に述べるようにいくつかの中心政策を共有するけれども、それは時の経過と参加者の幅によって常に変化を遂げていくはずだし、また細部に立ち入れば意見の違いがあるのは当然だという前提に立つ。意見の違いこそが創造的な議論の発端であり、それぞれが知的イニシアティブを競い合うことで新しい合意をつくりあげていく、そのプロセスを大事にしたい。

 また私たちは、世界に向かって開かれたこの政治ネットワークの運営に当たって、電子的な情報通信手段をおおいに活用したい。私たちは電子的民主主義の最初の世代であり、地球市民の世代である。

 この「党」は市民の党である。いまから21世紀の最初の10年間をつうじて、この「100年目の大転換」を担おうとする覚悟をもつすべての個人のみなさんが、「私はこれをやりたい」という「一人一政策」を添えて、この結集に加わって下さるよう呼びかける。■

----------------------------------------------------

《資料2》リベラルは愛である——リベラル論ノート(3)

 このシリーズは別に系統立てた研究をしようというのではなく、リベラルという曖昧模糊とした言葉についていろいろなイメージを重ねながらその今日的な意味を探っていくことを企図しているので、今回はいきなり最近話題になった鳩山由紀夫の月刊『論座』6月号の論文「わがリベラル・友愛革命——若き旗手の政界再々編宣言」を採り上げる。

●友愛と共生

 「リベラルは愛である」と彼は事実上の新党結成の呼びかけであるこの文を書き出している。愛とはラブではなくフラタナティつまり友愛で、その言葉遣いを彼は祖父の鳩山一郎元首相から引いている。

「つきつめて考えれば、近代の歴史は自由か平等かの選択の歴史といえる。自由が過ぎれば平等が失われ、平等が過ぎれば自由が失われる。この両立しがたい自由と平等を結ぶかけ橋が、友愛という精神的絆である」

 弱肉強食と悪平等の中間に位置する友愛社会を実現することが、リベラルの目標だと彼は言う。さらに、友愛とは、多種多様な生命が自由に往来するこの時代に「相手との違いを認識し許容する」ことであり、その意味で「共生の思想」につながるとも彼は言う。

 自由・平等・友愛とひとまとめにして言うが、その中で何となしに付け足しのように扱われてきた友愛を、そのように積極的な価値として位置づけ直すという論点はなかなかおもしろい。そして私はNo.357本欄でも触れたように[下記《資料3》参照]、そこに時間軸を導入して、20世紀の中心思想であった資本主義的自由主義も社会主義的平等主義も、地を這うようにして生きる人々を顔のない大衆として——政治的にも経済的にもひと山いくらで計量できるような存在としてしか扱ってこなかったという点では実は同質であり、その両者を超えて21世紀の中心思想であろうとするリベラリズムは、1人1人の人間の個としてのかけがえのなさを認め合うことを通じて初めて、自分の自由が他者の自由でもあるような共生的な市民社会の実現が可能であると主張するところに、その最大の特徴があるのではないかと考えている。

 人間だけではなしに、個々の地域がやはり限りなく多様な個性を持つことを尊重しようとすれば、それが「分権」ということになり、また生命体としての地球上に存在するすべてがまたそうであると認識すれば、それが「エコロジー」となる。

●多国籍国家=日本

 人間の共生の1つの例として、鳩山は「定住外国人に国政参加権を与えることを真剣に考えてもよいのではないか」と提唱している。

 日本には現在人口の1%に当たる135万人の外国人が住んでいるが、「まず、他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題で」、これは外国人にとって日本が住みにくい国であることを物語っている。そのことは在日外国人にとって問題であるだけではなくて、「日本人の心はけっして外国人に開かれていない」こと、つまり多様な文化を持った他者の自由を認めて受け入れようとしないその程度に応じて実は日本人自身の自由が制約されているのだということに気がつかないことを意味している。

 そのような考えから鳩山は、地方自治体の職員採用に国籍条項をはずすこと、定住外国人に地方参政権を与えることから、さらに進んで国政参政権についても検討すべきだと言う。「行政や政治は、そこに住むあらゆる人々によって運営されてしかるべきである。それができないのは畢竟、日本人が自分に自信がないことの表れである」

 しかし共生すべきは人間同士だけではないはずで、自然に対して「畏怖の気持ちを抱き、自然と共に生かされている感謝の気持ちで行動する原点に戻らなければならない」のであり、その意識を啓発する上からも彼は国内的には「環境税の導入」が必要であり、また国際的には「南が経済的に北に追随する速度以上に、北が環境において南を支えていく」ような南北関係の調和を求めるべきだと主張する。

●個のネットワーク

 新しい政治勢力は既存の政党同士の合併のような形では結集し得ないと鳩山は言う。リベラルが個の自由の尊重であるとすれば、政治家1人1人が個の自由と責任のもとに自分自身の決断として集合しなければならない。

「したがって個の自由によってつくられる政党は、旧来のヒエラルヒー型政党とは必然的に異なる。人体の器官の有機的結合において脳と心臓のどちらが大切か問われても答えられないように、構成する個が有機的なネットワークで結ばれる政党が誕生する」

 その政党は当然、党議拘束から原則的に自由であり、また続々と誕生しているローカル・パーティも含めて他党との間で特定の政策単位で政治契約を結んで協力し合う姿をとるだろう。さらに「このような多層多元的ネットワーク構造を生かしつつ政策決定をするには、政党がシンクタンクを持つことが必須の要件となる」

 官主導から民主導の政治を取り戻すには、議員立法が重要になるが、そのための情報、人材、予算の制約が大きい。そこで、研究者を予め抱え込むようなシンクタンクではなくて「個別課題ごとに有識者をネットワークさせ、自らは編集機能のみを持つシンクタンクが望まれる。またその政策立案の過程では、より多様な意見を反映させる手段として、マルチメディアを活用すべきである、と彼は言う。つまりシンクタンクもまた、専門家や市民の多様な意見を集約するネットワーク型のものでなければならないとイメージされている。それをさらに普遍化すれば「電子技術を用いた国民投票的行為」も可能になる。

●リベラル合同

 鳩山一郎は1955年の「保守合同」の立役者だった。その祖父から友愛という言葉を借りながらそれに新しい意味を見いだそうとしている鳩山由紀夫は、いま自らがなそうとしていることを、今度は「リベラル合同」だと呼んでいる。

「新たな政治の流れは自己の尊厳の確立と共生、すなわち自愛と利他というデュアルメッセージに基づく友愛リベラリズムであり、その形成は“保守合同”に対比して“リベラル合同”と呼ぶことができよう」

 その組織原理は上述のような意味での1人1人の志を基礎にしたネットワークであり、「そのことによって、人間は人為的な国益、省益、企業益といった既得権益の壁を乗り越え、デュアルメッセージである市民益と地球益の重要性に気づくことになろう」

 この一文の冒頭で鳩山は「青臭いとの批判をあえて覚悟のうえで」これを書くと断っている。しかしこの閉塞の中で必要なのはむしろ青臭さであるのかもしれない。■

---------------------------------------------------

《資料3》「司馬遼太郎の読み方・総特集」前書きより

 司馬さんは、日本では数少ない天性のリベラル人だったのではないでしょうか。鳩山由紀夫さんがよく「リベラルは愛だ」なんて言いますが、その意味は、自由は行き過ぎれば放埒と弱肉強食の獣性に行き着きかねず、平等もまたそれだけでは統制の下での画一しかもたらさない。その両者のバランスをとる役目は友愛にあるというのです。

 実際、資本主義的自由主義と社会主義的平等主義という20世紀の2つの主義は、しかし、どちらも地を這って生きる人々を顔のない大衆としてしか扱わなかったことでは一緒で、ただその両者のバランスをとればいいのではなくて、両者を超えて1人1人の個人や1つ1つの地域の個性を限りなく大事なものとして、その違いをこそ尊重し合うような社会にしていくことが、たぶん今日的な意味でのリベラルということなのでしょう。

 司馬さんを今度少し読み直してみて、いろいろな個性が自由闊達に活動して独創性を発揮できる社会が理想だというのでなく、日本はもともとそういう歴史を持った国なのだということを懸命に論証しようとしていたのだなということがよく分かりました。それだけに戦前の軍部と戦後の大蔵省の行いに本気で腹を立ててもいたのです。バブルの果てのこの結末を、太平洋戦争の敗北よりもっと深刻だと言い切る時の司馬さんの無念さを想うと胸が詰まるものがあります。■

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/5240

この一覧は、次のエントリーを参照しています: 鳩山民主党の原点をどこに求めるべきなのか?——96年旧民主党の結成宣言とその背景:

» 【貧すれば鈍する】シロアリ産経の見え透いた煽動報道には引っかかりませんby岡田克也【落日間近】 送信元 ステイメンの雑記帖 
 先のエントリで、 「 記者クラブ」という名の既得権益に安住するシロアリ産経 は、来るべき総選挙の結果、民主党中心の連立政権が誕生することによって、 今ま... [詳しくはこちら]

コメント (109)

官僚の走狗となっている現政権は、内閣人事局の実質形骸化のみならず、厚労省を分割して官僚権益の増大に寄与しようとしており、中央集権から地方分権への流れに逆行した政策を行おうとしている。
民間企業はリストラ等を行って、人件費等の削減を断行しているにもかかわらず、今夏の賞与を若干削る程度しか官僚のリストラは行われていない。
確かに財政が厳しいとはいえ、官側の大リストラを行わない限り、これから予想される大増税を国民は受諾できないだろう。
鳩山代表は人柄もよく、友愛という雰囲気を自ら醸し出している。ただ、友愛について分かりやすい言葉でかつ具体的な表現に置き換えて頂けると、国民はもっと理解できると思う。
討論で、コメンテーターからの質問に対しても発言がぶれたり、つい良い事をいってしまったりするのが玉に傷なので、例えば雇用問題に対しては同一労働・同一賃金実施による機会の均等を図る等分かりやすく具体的に政策を述べて頂ければより国民も理解しやすいと思う。
現政権は自分達の権益、官僚の給料等、大マスコミの権益を維持もしくは伸長させることを重視しており、これを棚上げして国民に負担を強いることを行わせることは、先進国の国民としての自負があるのであれば、断固として阻止すべきである。
但し、管側の大リストラを行った後の増税であれば国民の義務として受諾したい。

民主党に大いに期待しているものの一抹の不安を抱いている唯一点が『定住外国人に国政参加権を与える』このことです。鳩山代表の過っての発言『日本列島は日本人だけのものではない』が物議を醸した様に、この項さえなければ『全面的に委ねる』と思うのは小生だけではないと感じている。学生時代から多くの留学生と接し、共同研究そして研究指導も経験してきた。現在も、隣接している県営住宅に多くの外国人が住み、孫が世話になっている保育園や学区小学校には多数の外国人が学んでいる。接する機会も多いが、矢張り『外国人』であり、如何しても国政参加権を認める気にはなれない。性善説でことを進めるにはリスクが多過ぎると思います。是非、再考願います。

鳩山代表の根底にある考え方がさらにわかるようになりました。有難うございます。

世界の25カ国がそうであるように日本も定住外国人への参政権については前向きに検討し、考えていかなければならないでしょうね。
この点に関しては、色々な問題があることは事実ですが、そこをどう乗り越えていくのかがこれからの日本に問われているのだと思います。

高野さん、頑張ってください。

ずばりジョン・ロールズの「公正としての正義」だと思います。みなさん読みましょう。
ロックとルソーの対立、すなわち自由優先か平等優先か、の論争は2世紀にわたってくりひろげられ、「いかなる公共的合意も存在しない」ことが分かった。
それが分かったいじょう、守るべき原則は2つ、彼の言う「第1原理」と「第2原理」ということです。

民主党の崇高な理念を感じる名文であると評価し、今後の政権交代にも大いに期待していますが、私もKADさんのご指摘の通り、「定住外国人の国政参政権を与える」と言う点においてのみ一抹の不安を感じます。
私の住んでいる地域も沢山の外国人がいらっしゃいます。国際大学も近く、いろいろな人種の方を目にしますし、私の家族と親密にしている外国人はそれはいい人です(この方は日本の国籍を取得していらっしゃいます)。
これからグローバリズムの波にも逆らえないし、日本もアジア経済圏の一つとしてEU、北米、南米と対等の経済圏を築くべきではあると思います。が、日本国籍を持っていない外国の方の参政権を認めてしまえばで日本がこれから進むべき理想の方向から外れてしまうのではと考えてしまうのです。頭が少し保守的過ぎるのでしょうか・・。
その他の鳩山氏の提唱される事につきましてはまさに理想的であると考えております。

>私たちは、各個人やグループが自立した思考を保ちながら、横に情報ネットワークを張りめぐらせ、だれかが課題を発見して解決策を提示すればそこに共感する人々が集まって結節点が生まれ、問題が解決すればまた元に戻っていくような、人体における免役システムのような有機的な自立と共助の組織をめざしている。

この一例として、派遣村があると思います。市民団体と労働組合の有志の呼びかけで、それははじまりました。すごい数のボランティアが集まり、多くの寄付がされたといいます。そのために、そのままでは自殺、凍死せざるを得ない方々はそうならずに助かったのです。

いまなお、派遣村は、あちこちで、心ある有志の方たちの力で、行われています。

民主党さんが、共生的な市民社会の実現。地球市民の党を目指されるのであれば、ぜひとも、先の派遣村のような市民レベルの側に立ち、それを援助することが必要ではありませんか。それこそ、本当のリベラルであると思います。

貧困は若者だけでなく、女性、高齢者、ごとも、障害者、という社会的弱者にきわめて甚大に被害を及ぼしています。自殺者の数はさらに増えている。自殺大国日本なのです。これは緊急を要する課題です。

在日外国人についても、残念なことに、他国と比較して、人権が守られているとはいいがたい。地球市民であるという自覚があれば、いま状態を改善し、共生していけるようにしていかなければならないと思います。

ぜひとも、既存のリベラルにとらわれず、市民の自由と共生を根本とする、新たな、真のリベラルをかかげ、実現してほしい、と心の底から、願っています。

「庶民感覚は」、「庶民感覚に照らして」、「それが庶民感覚だろう」云々と麻生首相が盛んに言っているが、庶民とはどんなものかを実体験していないから、そして庶民が何を渇望しているかを分かろうとしないからそんな言葉が出てくるんだろう。私からすれば、旦那が奉公人を見下す言葉に聞こえてくる。党首討論があると聞いてるが国家の大事を言わずに今から「小沢さんの金の事を聞く。それが庶民感覚だろう。」と言っている。それだけを伝えるメディアも悲しい。何で「民意はそんな所にあるんですか?それ以外にはないんですか?」と聞けないのか。庶民の目線、それがジャーナリストの使命だろうと思う。民意がどこにあるかも知ろうとしない麻生さんと政権与党と在来のメディアとは決別の時が迫っている。

>人間を一山いくらで計れるような大衆(マス)としてしか扱わなかったからである
この言葉が、常々私の考えていることとあまりに一致していて驚きました。私が思い至るもう何年も前に高野さんたちはこの結論に達しておられたのですね。

戦後人口が急増し、その膨大な数の国民を導き管理するためには、国民を一つの「規格」に当てはめて一律に監理してしまうのが一番簡単だったのでしょう。同じ歳で皆一斉に学校へ入り、1年ごとに上へ上がり、一斉に卒業して一斉に就職する。一斉に昇進してゆき、一斉に定年退職。その成功例が「団塊世代」だったわけです。「簡単で、かつ成功する」このやり方が最良だと思い込んだ官僚はこれを維持しようとして固執し、時代の変化に対応するということを忘れてしまった。何故対応できなかったのかといえば、公務員、官僚自身がまさに規格に沿ってできあがった「規格品」だからです。一時期TVのインタビューにもよくお出になっていた谷公士氏の、無表情に淡々と受け答える姿に「これぞ規格品だ」と感心したものです。
「生き物である人間」を「モノ」のように規格に当てはめようとする、その非自然的なやり方は当然歪みを生み、その歪みのよく現れているのが子供たちの問題であると思います。「規格通り」であることを強いられるストレスが、「規格外」を排除しようとするいじめや「規格外」である自分に失望して閉じこもるひきこもりに繋がってしまう。子供たちを指導する教師たちもまた規格品であることを求められ、国から言いつけられた規格の通りに指導教育しなければならない。子供の親たちも規格に従って育てようとする、それは「規格通りにやれば、一番ラクに生きられますよ」とこの国の制度が言っているからです。
かくして規格品製造は無限にループしていく。変化していく時代と変化できない規格、歪みはどんどん大きくなって国の形まで歪ませていく。これを一度どこかで断ち切らなければ日本の再生は無いであろうと思います。
そのためには、官僚政治の打破、これしかない。これを掲げる小沢一郎氏は民主党代表を退いたものの、まだ力を失ったわけではないはずです。自民党内にも反官僚を唱える勢力はありますが、官僚の言いなりになっている麻生首相が総裁である限りその打破は難しいでしょう。
小沢一郎氏もまた「規格外の政治家」のようにお見受けします。「リーダー」という規格にとらわれないほうが動きやすい方なのではないでしょうか?マスコミの作った「リーダー」の規格から解放された小沢氏の、これからの動向に注目していきたいと思っております。

「民主党を作ったのは私です」と公言しても,憚ることないでしょう。次の衆議院選挙に民主党から立候補して,国政に携わるのも,高野さんの生き方としては,筋が通っていて,納得できますね。

いつも大変参考になる論説ありがとうございます。

司馬さんの文章を読むたびに「大和魂」という言葉が思い浮かぶ。「大和魂」は戦前の一時期、変な色がついてしまい、今では死語になった。しかし本来の「大和魂」はまさにここに書いてある内容だと思う。

その司馬さんが一番嫌ったのは、戦前の一部官僚による暴走であった。今司馬さんがご存命だったらどう言うのだろう、と考える。きっと厭な思いを吐露されたのではないか。

官僚の暴走というのは、まさに「大和魂」の喪失である。

論説を読んで日本古来からの考え方「大和魂」が思い浮かんだので書いてみました。

高野様
偶然にも、私が考えている事と同じ様な考えだったので、大変うれしく思っています。私の住む地区の民主党候補を支援したく、昨年勝手に応援文を作って近所にまきました。お読み下さい。

国の政治を私達のものにする為に

これまでの日本の政治風景を思い出すと数々の紆余曲折を経ながらも今、新たな段階へと飛躍するときがきました。国政の中心部分にいる一部の人達とそれを取り巻く人々によって長い間日本の政治・行政は動かされてきました。与野党共、既存政党はその支持基盤の利益代表を使命の一つとして、それへの便宜供与を行政との関係を使って強化しようとしてきました。けれど、その政治ネットワークの中に入れない人達も入らない人達も又沢山存在しました。ある日突然、巨額財政赤字や薬害・年金・医療等様々な問題に出くわして「何で?」と思われた方も多くいらしたはずです。
夕張市が財政破綻したニュースが流れた時、「住民が悪い。ちゃんと選挙で選ばなかったから」とコメントした人達がいましたが、片山前鳥取県知事によると「夕張市は国の方針通りの行政運営をした超優良な市で、国から表彰されてますよ。」とのこと。これってどういうことなんでしょうか。結局は自己責任という事に落ち着いてしまうのでしょうか。
学んだのは、政治を遠ざけず解らない事はとことん知ろうとする事だということです。マスコミなどで取り沙汰されている数字は果たして正しいのか。国が財政赤字だと言っていますが、赤字じゃないという意見の人もいます。何が本当なのか。政治の仕組みも財政も、官僚と政治家の関係も私達は知らない事ばかりです。報道されている事も本当のことなのかどうかわかりません。
私達が真実を知る為には、政権交代して中身をのぞく以外ないと思います。民主党は若い政党ゆえ、決まった支持基盤を持っていませんが逆に組織で支持というより個人個人が独自に支持するという自立型の新しい政党になる可能性に期待するものです。「信頼」をキーワードにした創造的な改革政党として支持者が育てる政党に民主党はなるべきだと考えます。

KAD様へ
定住外国人への参政権の問題は国政ではなく、地方参政権を与えるべきと言っているのではなかったでしょうか。

この10~20年において、この国で忘れられてしまった理念、「友愛」「慈愛」。政治においては、もともとキリスト教的な概念がないのに、「小泉イズム」!結果が現状なんですね。
役人達へは、国民に対してもっと「利他主義」に撤するよう!
Prime Ministerアスホールが組閣の時に「役人は使いこなすように」と息巻いていましたが、役人は公僕です、よく考えましょう。

また、外国人参政権に対し、排他的な方々は大反対をするし、今度の選挙の争点のひとつになると思われますが、”僅か1%の比率”なにを怖がっているのか、それとも都合が悪いのか?!
外国人が住みにくい方が問題です。自分に置き換えて考えてみましょう。よく半島や大陸籍の投票行動を危惧する考えがありますが、1%の比率です。投票に行かない日本人の方が問題です。もっと大人にならないと!
選挙において宗教団体の力が、かなり結果に影響を与えている現状です。よく考えて見ましょう。
自民党は国民にわかりやすく、自公党あるいは自由民主学会と名前を変えた方がいいですね。

高野さん、

 「鳩山民主党の原点をどこに求めるべきなのか?」の全文を始めて、そして注意深く読みましたが、その背骨を貫くものが「縄文資質にあり」と理解するのは飛躍でしょうか。
 その一例を挙げましょう。それは中国の半坡遺跡と、青森県の三内丸山遺跡の対比ですが、出土した古代人の遺物が語るのは、ほぼ共通した原始社会です。それも多少の年代的ずれはあるものの、考古学の研究ではありませんから、紀元前のほぼ同じ時代と捉えて支障はないでしょう。
 そこでは一部栽培農業も始まってはいますが、主たる食料は天然の動植物を狩猟、採集して糧としていました。そのいずれもが文字を持たない時代ですから、社会構造の子細を解析するには至っていませんが、素人の推論でも共同・共生であったと思われ、二つの地域はいずれも豊潤な緑に囲まれ、恐らくは自然の恵みも豊富であり、原始人の日々の暮らしは潤沢であったことも推論の範疇に入ります。
 
 だがしかし、二点だけ決定的相違点があります。その一は、半坡には環濠が遺り、三内丸山にはその痕跡すら見られないことです。日本に環濠が見られるようになるのは、九州では佐賀の吉野ヶ里遺跡まで下らねばなりません。ここから類推できることは一方には戦の備えがあり、いま一方はその必要すらなかったという証です。
 その二は、遺された土器ですが、半坡遺跡のそれには文字に進化する前の何かであろうとされる「記号」が刻され、その意味解析はいまだできていませんが、記号の形状から持ち主か、あるいは内容物かを特定する目的であったろうことは推論可能です。私は前者であったろうと思います。
 一方の三内丸山遺跡の土器は所謂縄文であり、装飾性豊かな火焔土器も見られますが、その何れもに装飾を目的とする以外の紋様は遺っていません。

 それから数千年を経た今、双方の自然環境は劇的な違いを私たちに突きつけます。一方には今でも緑が遺り、今一方は黄砂をまき散らす荒涼の地と化しています。これは気象の変化を越えた何某かの要因が大きく作用し、今日があると考えたほうが正しいと確信します。

 高野論説には「畏怖の気持ちを抱き、自然と共に生かされている感謝の気持ちで行動する原点に戻らなければならない」とありますが、これは決して仏教の教えではなく、我が家の「山の神」を含む、八百万に神々が宿ることを思い、自然と共生した縄文人がここにいます。
 人間を含む地上の動植物のDNAは、千年単位では変化しないといわれます。ともすれば、私たちは目の前の現象のみを捉えて考える習性をもちますが、もう一度お尋ねしますが、高野論説の趣旨は「縄文に倣え」と語っているのは飛躍でしょうか。

 江戸末期の私たち先人の生の姿を、当時の外交官らが記述した「逝きし世の面影」(渡辺京二著・平凡社)、そしてその一部は昭和のある時期までは残っていたことを拾い集めた「忘れられた日本人」(宮本常一著・岩波文庫)は、高野さんが縷々書き記したことと重なります。
 江戸時代、世界最高の識字率を誇り、物質的・重工業的には遅れていたものの、300予州に布かれた自治制度、貧しくとも手入れの行き届いた庶民の衣服、そして経済を凌駕するような貿易を必要とせず、自給・自足でそこそこ満ち足りた日常生活など、私たちは欧米のあれこれと比較する前に、私たち自身の先人を学ぶことも肝要ではないでしょうか。
 これからの八十年で日本の人口は半減する、と公式に予測されています。ここ数年の新しいデータでは、もっと手前でそれが現実になるとさえいわれます。その昔の八十年は二世代にまたがりますが、世界一の長寿国となった我が国のそれは一世代でしかありません。
 繰り返しになりますが、古代縄文にその端を発するこの国は、文字通り分水嶺を越えました。この分水嶺の下り口に私たちは生きていることを自覚すれば「高野論説」は砂に水が浸みるようにはいります。

 漏れ聞くところによると、平野貞夫氏の論説も近々に連載が始まる由、氏がいう新時代の「共生社会」と、高野論説の共通点は?、そしてその違いが奈辺にあるか、しばしThe JOURNALから目が離せなくなった。

噂の眞相96年12月特集2
風が吹かなかった民主党の仕掛人政界フィクサー稼業・高野孟の”正体”
●本誌特別取材班
 
小選挙区比例代表並立制というとんでもない選挙制度の下、戦後最低の投票率となった先の総選挙は、結果だけをとらえれば、新進党の「敗北」、社民・さきがけの「消滅」と、当初の予想通り「自民回帰」に終わった。それはあの民主党にしても例外ではなく、結局、100議席どころか、公示前勢力維持にとどまった。爆発的な「風」は、ついに吹かなかったわけである。
だが、大政党に有利な選挙制度だったことゃ、直前に発足した党であることを考えれば、あるいは菅直人、鳩山由紀夫の両代表の言うょうに「善戦」だったのかもしれない。少なくとも自民、新進に次ぐ第3の勢力となったことで、民主党が政権に対してある種の対抗勢力となったことだけはたしかなはずだ。そういう意味では、この”リベラル新党”が52議席を得た事実は、国民が少なからず寄せた期待感だったともいえる。つまり、民主党=菅直人ならば、この国のどうしようもない政治状況を多少なりとも動かし、行財政改革も本気で断行してくれるのでは、と。
しかし、民主党という政党に、果たしてそこまで期待できるのだろうか。たしかに、掲げた政策には耳触りのいい言葉が並んではいる。が、菅直人はともかく、鳩山兄弟に横路孝弘、海江田万里……。党の主だった面々を見ると、とても行革を本気で考えている面々とは思えないのである。そしてなによりこの党には、体質的にも極めて問題のある人物が、発足以前から深く関与し、その個人的思惑が党の性格、人選にまで強く影響を及ぼしていたフシがあるのだ。
 
●民主党旗揚げの仕掛人
総選挙の日程を巡り、与党3党首会談が行われていた頃、複数の永田町関係者の間で民主党についてこんな話がささやかれていた。
「民主党には高野孟が深くかかわっている。どうやら民主党の基本理念や政策は、すべて高野孟が書いたものらしい」(政治部記者)
高野孟といえば、本誌が過去何回か取り上げてきたように、情報紙『インサイダー』の編集発行人で、テレビ朝日『サンデープロジェクト』や『朝まで生テレビ』に、田原総一朗とともに準レギュラー出演している”朝ナマ文化人”のひとり。その高野孟が民主党の政策や理念を書いたというのだ。
たしかに高野の『インサイダー』では、民主党がまだ「鳩山新党」と呼ばれていたころから、その進行状況が毎号のように詳しく報じられていた。実際、民主党が9月17日に発見したその直前の『インサイダー』(9月15日号)では、高野自身がそれを匂わせるような記述も行っていたのである。
たとえば1ページ目で、民主党の経緯に少し触れてから、嬉々としてこう書いている。《新党の理念は、要約は報道されましたが、全文はまだ余り出ていないので、本号に掲載し解説を加えました。本誌読者にはお馴染みのキーワードや表現が出てきて、アレレ?と思われるかもしれませんが……。》
たしかに高野が言うように、民主党の基本理念や政策綱領には、「自立と共生の下からの民主主義」「地球型市民社会」「インターネット社会」といった彼がよく使う表現が頻繁に登場するのだ。
政治部記者はこう言う。「それに民主党の基本理念は、高野孟の言うように要約は報道されたが、全文は”余り出ていない”どころかどの新聞、雑誌も掲載しなかった。全文を紹介したのは実は『インサイダー』だけ。しかも、高野はその解説の中で、理念に使われている表現をどういった文献から引用したかまで書いている。噂通り、理念や綱領は高野が作ったと考えていい」
さらに、民主党代表のひとり鳩山由紀夫が『文藝春秋』11月号に発表した19ページにも及ぶ論文「民主党/私の政権構想」も、実際の筆者は鳩山ではなく、8割以上は高野孟がゴーストライターとして書いたものだったという説が根強い。こうして見ると、民主党が結成される過程に、高野孟が一定以上のかかわりを持っていたのはほぼ間違いないだろう。実際、高野自身もそのことを隠そうともしていないのだ。
さる9月22日、台風が東京を襲ったこの日、高野孟はホテルオークラで行われた民主党の「結成記念の集い」に出席し、菅直人や嶋山由紀夫、後援組織関係者とともに最前列に座っていた。そして連合事務局長・鷲尾悦也に続いて、こうスピーチしたのである。「この間、ジャーナリストの職分を超えて新党の動きに荷担してきた。私自身のこととしてともに喜びたい。(略)ジャーナリストとして書いてきたが、書くことがなくなった。面白いことをして、素知らぬ顔をして書くしかない。だが、その前に、一個の市民として、望ましい政策を作る責任がある===」
高野孟がジャーナリストであるかどうかの論議は置いておくとしても、高野は毎週報道番組であるテレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演し、政治問題についてコメントしていた立場だったはずである。加えて、一介の出演者であるばかりではない。『インサイダー』は情報紙発行に加えて『サンプロ』の製作プロダクションでもあり、高野は経営者として番組の企画じたいにも深くかかわってきたはずなのだ。それが、民主党の結成に関与してきたことを誇らしげに語り、一方でその当の政治家たちを”自分”の番組に出演させていたというのであれば、3年前のテレビ朝日「椿発言事件」の反省など、高野にはまったくなかったことになる。
テレビ朝日関係者は、こう語る。「実は局としても椿問題の教訓から、高野さんの政界フィクサーとしての動きには以前から神経を尖らせていて、報道局内でも問題化したことがあったんです。そういう蓄積があったところに民主党の”結成記念の集い”で高野さんがああいう発言をしたものだから、一気に問題になり、結局投票日の10月20 日放送分まで出演を自粛してもらうことになった。まあ、自粛という名目の出演禁止ですね。高野さんは不服だったようですが……」
高野はこのテレ朝側の措置に、「テレビでコメントするのとああいう場でしゃべるのとでは立場が違う」という趣旨の反論をしたというが、それでは本末転倒だろう。<ジャーナリストの職分を超えて新党の動きに荷担してきた>と自ら語る人物が報道番組を製作することに、問題がなくていったいなんだというのだろうか。
しかも、高野孟と民主党とのかかわりは、実をいうと理念・綱領を書いたり、鳩山由紀大のゴーストライターを務めるという程度のレベルではない。高野は、民主党が鳩山新党として姿を現す以前から常にその動きの中心に存在し、ブレーン、というよりも黒幕、フィクサーとして事実上新党運動を仕切ってきたのである。

●フィクサーとしての暗躍 
民主党の原形は、その後さまざまな紆余曲折を経るにせよ、横路孝弘が主宰し、嶋山由紀夫、海江田万里ら7人が参加して昨年7月に発足した「リベラルフォーラム」にある。約1年前、当時「社・さ」丸ごとの新党を画策していた首相の村山富市や武村正義さきがけ代表が、鳩山由紀夫を前面に出すという久保亘社会党書記長のアイデアに乗り、嶋山に打診したのがきっかけだった。
「さきがけ代表幹事だった増山由紀夫が先に新党をつくり、その後、社会党が合流するというもので、当時の鳩山は”社・さ”丸ごとに抵抗感は持ってなかった」(政治部記者)
この鳩山由紀夫主導で新党という案自体が、そもそも高野孟の考えだったといわれる。当時、高野は久保亘と非常に近い立場にいて、社会党の新党運動の裏ブレーン的な存在だった。その後久保とは決裂することになるが、一説に高野と久保の間では新党の結党草案を書く約束もできていたともいう。
そして一方の「リベラルフォーラム」も、高野が深く関与していたグループだったのだ。「海江田と高野といえば、安東仁兵衛が主宰していた『現代の理論』で海江田が編集委員をしていた時代に知り合い、以来ずっと同志関係にあるのは知られた話。海江田の秘書は元『インサイダー』所属だしね。一方、横路孝弘とも彼は以前から親しい関係にあり、鳩山由紀夫を横路に引き合わせたのも高野といわれている。おそらく、久保に鳩山主導案を焚き付けたのが高野で、彼は当初、横路が主体の新党を作りたかった」(社民党関係者)
たしかに高野は横路を代表に、そこに鳩山や海江田、社会党右派、中間派、それに羽田孜、船田元といった新進党の一部までを合流させた新党結成を画策していたフシもある。今年4月に表面化した「鳩船新党」は、その流れを汲むものだったのだろう。事実、この「鳩船新党」が取り沙汰されていた時も、高野の姿は常に見え隠れしていたのである。
ある議員秘書は、こう話す。「この4月ごろまで、新党に関する”7人委員会”というのがあったんだ。メンバーは鳩山兄弟に横路、赤松広隆、リベラル96の大畠章宏、海江田、そして船田。この”7人委員会”には高野も度々出席していて、ここに横路を押し込んだのも高野だったようだ」
この新党案は、4、5月ごろまでは船田が政策を提示するなどかなり保守色が強いものだった。ところが、船田が離脱し、「7人委員会」が「コア会議」と名前を変えた6月ごろから社民党寄りになり、高野のかかわり方も深くなっていったという。
「またの名を”11人コア会議”といって、7人委員会の船田を除いたメンバーにさきがけの簗瀬進や社民党の渋谷修らを加えた面々だった。このコア会議は6月ごろ、さきがけ事務所の裏の東急観光ホテルで2、3日に1回会合が持たれ、このころから高野は毎回出席し、本格的に関与してくるようになった。コア会議では政策、発足までの段取り、そして参加メンバーの3点が話し合われたが、そこでの理論的ブレーンとなったのが高野であり、海江田だった。”新党は個人参加型”という案は、ここで高野たちが考えたんだ」(議員秘書)
民主党の政策は、表向きは簗瀬や五十嵐ふみひこが考えたものとされているが、実は高野と横路の秘書の松本収という人物のふたりが叩き台を作成したのだという。そして、武村や村山抜きという例の「排除の論理」も、もともと高野が主張したものだった。実際、高野は村山・武村の「社・さ」丸ごと案を『インサイダー』で毎号のように批判。9月15日号では、武村や村山、中西績介、佐藤観樹、野坂浩賢ら社民党の老齢派、旧国対族を、《馬鹿としかいいようがない》《老齢でまともな判断が出来ない》と、ムチャクチャにコキ下ろしているのだ。
このヒステリックさは、まさに「ジャーナリスト」というよりも当事者としての感情であり、高野は、新党参加者の条件として『インサイダー』にこうも書いている。
鳩山や菅が内々に合意しているところでは……と断りつつも、《入党はもちろん理念・政策に共鳴するすべての人々に開かれているが(だから中西績介はダメ)、反社会的行為を行ったり、新党運動にさんざん誹誇中傷を加えてきたような人物はお断りすることもありうる》……。
丸ごと移行か、個人参加かで紛糾していた8月下旬、鳩山由紀夫は『サンデープロジェクト』に出演し、「武村さんはさきがけのマイナスイメージをひとりで背負ってしまった。新党への参加は遠慮して欲しい」と発言。公の場ではじめて「排除の論理」を明言した。その後の騒動の幕開けとなったこの鳩山由紀夫の発言の真にも、高野の意向があったという。
「なんとか武村・村山を新党から排除したい高野が煮え切らない鳩山に業を煮やし、田原総一朗を使って鳩山に選択を迫らせたと言われている。番組の会議で田原に武村排除の方針をリークしてね」(前出・テレ朝関係者)
そして、菅直人もまた、キチンと一線は引きつつも高野と通じていたひとりなのである。菅と高野も旧知の仲であり、菅が厚生大臣だった当時は、高野がしきりに接触を求めたり、菅が高野に諸問題で相談を持ちかけることも度々あったといわれる。
「菅直人はコア会議には入っていませんでしたが、当初から鳩山と足並みは揃えていた。高野も表面上は鳩山を立てつつ、裏では菅とも連格を取り合っていたんです。鳩山と菅はよく酒を飲みながらふたりで新党問題を話し合っていて、その席に高野が加わることも度々あった。事実、9月の8日から10日にかけて、東陽町のホテルイースト21で鳩山と菅たちは極秘で会合を持ち、その席で菅が新党に加わることが決まったのですが、そこには高野もいたとされている」(前出・政治都記者)
高野は横路主導の新党にしたかった。が、横路には海江田や赤松、自治労側の反発があり、横路から菅に乗り換えざるを得なかったという。
ベテランの政治部記者はこう語る。「結局、極端なことを言えば、今回の民主党発足までの動きは、すべて高野孟のシナリオ通りだったといってもいいくらい。安保や防衛問題の政策で社民党もついてこれるように考えたのは後だし、邦夫を悪役にして”排除の論理”を言わせたり菅直人を前面に出すタイミングなども、すべて高野の筋書きだったと思うよ。もちろん旧社民の連中には高野が仕切ることへの反発があったが、高野に理論上で論破され、誰も口が出せなかった」
 
●スターリン官僚的政治力学
ここまで深く特定政党にコミットしている人物が、その政党の幹部も出演する報道番組の出演者であり、番組に強い影響力を持つ立場にいるとするならば、これは第二の”椿事件”どころではないだろう。すでに指摘したょうに、高野の行為は間違いなく<ジャーナリストの職分>を完全に踏み越えたもので、選挙期間中だけ番組への出演を自粛させて終わるレベルの話ではない。
高野孟という人物の一連の行動は、1972年に日本共産党を除名になって以降の過去を振り返っても、常にこうしたフィクサーまがいのものだった。
彼が書いたという民主党の理念は、<政官業癒着の利権政治との決別><官僚主導の国家中心型社会からの転換><市民中心社会を構築>……と、それ自体は間違っていない。だが民主党は、「消費税5%」容認といい企業献金OKの路線といい理念からはかけ離れた政策を打ち出している。リベラル勢力を結集し第3極をつくるという発想もけっして悪いわけではないが、ならば土井たか子まで巻き込む政策が不可欠だったのではないか。
高野の主張はキレイ事すぎはしないか。たとえば「青の会」ではどうだったか。「青の会」は今から12年ほど前、高野や田原総一朗が中心になってつくった学者やジャーナリストの集まりで、当時の自民党のネオニューリーダー、藤波孝生、森喜朗、加藤紘一そして羽田孜の4人を囲んでは頻繋に勉強会を行っていた。
当時の関係者はこう話す。「メンバーは高野、田原のほかに舛漆要一、三枝成彰、月尾嘉男、大磯正美、元TBSディレクター田中良紹らで、当初は将来の首相が確実視されていた藤波孝生が会の中心だった。ところが藤波がリクルート事件で失脚したため羽田にシフトしていき、そのうち羽田を総理にする会といった色彩が濃くなった」
高野は、田原、三枝とともに羽田と頻繁に会合を持ち、羽田を『サンプロ』などに出演させては売り出しに力を注いだのだ。羽田が政治改革という名目で小沢一郎らとともに自民党を離党、当時の新生党党首に就任したころは、その動きはさらに露骨なものだった。
「代表的なのが93年9月の『エイズ撲滅コンサート』。羽田がプロの交響楽団を前にタクトを振って話題をまいたが、実はこれは高野と三枝が羽田のイメージアップのために仕掛けたイベントだったんです」(同)
この高野の”企画屋”らしい手法は、今回の民主党の際にもまったく同じパターンで使われた。今年6月28日、まだ新党が「鳩船新党」と呼ばれていたころ、やはりエイズのチャリティーコンサートが企画され、貴公子のような派手な衣装に身を包んだ鳩山由紀夫と船田元が、交響楽団を前にタクトを振ったのだ。これもやはり高野―三枝ラインの仕掛けで、同じ舞台には菅直人もいたのである。
前回の衆院選前の92年には、やはり高野らの仕掛けで当時の社会党議員、社民連を中心とした政策研究会「シリウス」を発足させた。そのメンバーは江田五月、伊東秀子、菅直人、渋谷修、仙谷由人、筒井信隆、長谷百合子など30人ほどに上り、今回民主党に加わったメンバーも数多い。
「シリウスは、92年11月3日に発会趣意書を各方面に送っていて、その文面を書いたのも高野。”議員が個人として横断的に集まり……未来思考型の議論をしたい”とか、いかにも高野らしい文章だったよ」(政治部記者)
そして、衆院選で自民党、社会党が大敗、日本新党ブームで細川政権が誕生すると、社会党右派とのパイプを温存しつつ元NHK会長故・島桂次ことシマゲジを通じて細川政権に接近。海江田を日本新党の代表補佐にネジ込むなどの動きをみせるのだ。
さらに細川政権が小沢一郎―斎藤次郎の国民福祉税構想で頓挫するや、今度は再び社会党右派にシフトし、久保亘や山花貞夫らの社会党新党運動の裏ブレーンとして暗躍する。
「周知のように結局それも、久保が蔵相として自民党に取り込まれてしまったことで頓挫してしまったんです。高野は久保のこの行動に激怒し、<拝啓久保亘書記長殿>という決別の”手紙”を『インサイダー』紙上で2ページを費やして書いたぐらい」(関係者) 
高野が民主党発足までの過程で、村山や野坂といった社民党老齢幹部を執拗に攻撃していたのも、おそらくは当時の社会党新党運動を潰された怨念もあってのことだろう。この後、高野は「社・さ」の新党、つまり鳩山新党の動きに加わっていくのである。
こうして見る限り、高野が民主党の政策でどんな立派なことを主張しようとも、保守や革新、リベラルもなく、ただただ政治的には無節操で、共産党時代に学んだと思われるスターリン官僚的な政治力学だけを考えているとしか思えないのである。
そもそも、高野が組んだ鳩山由紀夫といえば、友愛どころか創価学会や統一教会との関係を指摘されている人物で、弟の邦夫に至っては、田中角栄型政治を脈々と受け継いだズブズブの自民党体質の持ち主ではないか。
「今回、民主党の党資金は鳩山家が一応用意したけれど、一説にその一部は、鳩山家所有の八王子の創価大学に隣接する土地を、学会に売却してつくつたものといわれている。横路や海江田にしても黒い人脈との関係が指摘されているし、行革云々というが民主党も自民・新進と大差はない」(前出・政治部記者)
そして、体質的に高野孟のもっとも問題で、”犯罪的”とさえ思えるのは、特定の政治勢力と密接な関係を築く一方で、それを自らの私的な事業、利権と結び付けるある種のミニ政商、フィクサーとしての顔である。
 
●火の車の経営からの脱出策か!? 
その典型的な例が、あの信州国際音楽村を巡る数々の疑惑だろう。
信州国際音楽村は、高野や田原総一朗と密接な関係にある羽田孜の地元、長野県丸子町の総敷地面積7800平米もの土地に、コンサートホールや野外劇場を建設した文化施設で、羽田の利権、一大金脈でもある。
「信州国際音楽村は、林野庁のモデル木造建設事業に指定され国の補助金で建設されたんですが、その決定をしたのが、当時林野庁を管轄する農水大臣だった羽田。音楽村を運営している財団法人の理事、役員もほとんど羽田の地元後援会役員の建設業者で占められ、彼らは音楽村の施設建設も請け負っていた。そしてその金が羽田に政治献金として還流されるという構図です」(丸子町関係者)
高野や田原、三枝といった「青の会」は羽田の要請で、この信州国際音楽村で89年に行われた「JTスーパーシンポジウム/日本人ってなんだ?」というイベントにそろって出演し、企画・運営まで行っていたのである。
「電通を間に入れ、JTにスポンサーをさせたりでかなり大掛かりだった。そして一定の企画・運営費がおそらく高野の『インサイダー』に入ったはず」(「青の会」関係者) 
さらに高野たちは、この音楽村一帯にマルチメディア関連施設や映像ソフト会社、CATV局などを誘致し一大文化発信基地にするという計画、新映像都市構想にも深く関与し、その実現に向けて実際に動いてもいた。
「そのひとつ、マルチメディア支援センターは、通産省が全国で一カ所のみ建設を計画していた総工費22億円という国家事業で、丸子町がそれを誘致できた裏には羽田の政治力や高野ら『青の会』の事前運動も大きかったといわれている」(前出・丸子町関係者) 
さらに、利権を巡る羽田との連携はなにも信州に限らず、永田町でも堂々と行われていたのである。 
89年当時に計画された国会中枢専門局の創設がそれで、本会議やすべての委員会にテレビカメラを入れ、衛星やCATVを使ってフルタイム放映しようというこの計画は、羽田が自分の利権にすべく強引に働きかけ、「青の会」がそれに呼応したものだった。
「当時実現に向けて審議されていた『国会審議テレビ中継に関する小委員会』は、自民党選挙制度調査会長だった羽田がこの計画を言い出したことから設けられた委員会で、この羽田の動きに合わせ、『青の会』のメンバーの元TBSの田中良紹が実現に向け『株式会社C-NET』という会社まで設立させていた。結局、この計画は頓挫するが、高野は役員としてこの『C―NET』にも全面的に協力していた」(前出・「青の会」関係者) 
また、89年から91年にかけ、「青の会」は日商岩井をスポンサーにしたシンポジウムを企画、実施しており、羽田や加藤紘一といった親しい政治家をゲストに呼んでいた。
「こうした『青の会』が関係したシンポジウムなどのイベント関係は、たいてい高野が主体となって企画、運営されており、企画・運営費は日商岩井から『インサイダー』に支払われていたはず」(同) 
特定の政治家と癒着、それを利権化して商売に結びつける……。高野がジャーナリストというよりもフィクサーといわれる所以だが、実はこうした手法は、今回の民主党との間でも行われているのである。 民主党は、他の政党同様、発足とほぼ同時にインターネットにホームページを設け、選挙中の膨大な新聞・雑誌の党広告にはそのアドレスを明記していた。そこにはこうある。「http://dpj.smn.co.jp/」 
このアドレスにある「SMN」とは「島メディアネットワーク」の略称であり、つまりは高野が故・島桂次と設立し、現在は高野が代表取締役を務める「島メディアネットワーク株式会社」のホームページなのである。 
インサイダー関係者がこう話す。「高野は政策や人選に関与するだけでなく、民主党のインターネットにおける一種のハウスエージェンシー業務も請け負っていたということになる。SMNはインターネットの英語週刊誌『東京万華鏡』の発信をしているが、アイコンをクリックしてスポンサーの情報発信サービスを見る形式のインターネット上の広告がなかなか集まらず、経営はうまくいっていない。辛うじてソニーや東芝といった企業のスポンサーは入っているが、それも生前の島ゲジが集めてきたもの。たぶん、民主党を通じてSMNの経営を少しでも上向きにしようという思惑があるんじゃないか」 
そういえば、『東京万華鏡』の執筆陣には民主党事務局長・海江田万里の名前もある。 リベラル勢力の結集と言いつつも、その実、高野にはただ単に民主党を通じて利権を増やそうという思惑がミエミエなのだ。
かつて東海テレビ『週刊大予測』の司会を蓮舫とともに担当し、番組自体の製作も丸受けして隆盛を極めた高野と『インサイダー』も、番組の打ち切りと同時に経営は下降線をたどり、最近では社員の給料の支払いにも四苦八苦、借金している状態ともいわれる。野村証券・田渕節也元会長らと計画した環日本海経済開発構想、マダム朴の金剛山観光グループから世話された豪華新築事務所疑惑など、極めてウサン臭い事業、人脈とかかわり続けてきた高野孟も、結局のところ、行き着くのは昔の仲間や政界フィクサー業であり、そこで細々とした利権にありつくしかなかったということか。
だとすれば、こうした人物が当初から深くかかわり、裏から仕切っている民主党というリベラル新党の言う行革も、しよせんハナから期待できるものではないだろう。鳩山兄弟や海江田、横路はもちろん、高野のような人物と組んで新党を興した菅直人にしても、早々に底が割れていくのではないか。
それはそれとして、この際、高野はジャーナリストなどという看板をはずし政界フィクサー、もしくは利権屋事業家としての途を進むことを強くおすすめしたい。少なくとも公共の電波を私心と私欲に利用することだけは願い下げである。       <敬称略>
───────────
Internet Archive smn.co.jp
http://web.archive.org/web/*/http://smn.co.jp/
Internet Archive dpj.smn.co.jp (旧民主党)
http://web.archive.org/web/*/http://dpj.smn.co.jp/

高野論説いつも興味深く、また敬意と共感をもって読ませていただいております。
今の日本のマスメディアは権力を監視し、そこに問題を感じたら国民に訴えるという当然の行為をせずに、いかに権力側にすり寄っているのか、という問題提起を本サイトのコメンテーターの方々と多くの読者の皆様から教えていただきます。
最近の小沢問題のコメントがあっという間に3桁になるのを見ていると、総選挙の結果が楽しみな昨今です。
人間は自ら真実を見つけようとする努力をしないと、どなたかがコメントしていた「一億総白痴化」も実は権力の陰謀だと思わせるようなところがあります。
「友愛」と聞くと最初はこそばゆいですが、かつての中流意識を多くの国民が持つことのできる社会を再構築させたいですね。

財部さんが「北欧かぶれ」とサンプロで言われてました。私もスウェーデンに二ヶ月いました。確かに金融危機の今GDPも落ち込んでいますが、子育て、教育、医療、介護がほぼ無料です。外国人にも適用される。年金完備・完全就職・住宅完備。派遣キリやワーキングプア・就職難と無縁。文化芸術の催事もタダが多く、アウトドアライフが盛ん、のびのび暮らしている。大学まで無料。小学校は教科書・学用品を貸与、食堂があり、朝から食事が出る。16歳まで年間1人20万円が所得調査無しで全ての人に出る。16歳以降高校へ行くと月額約4万円の援助金が、20歳を越えて大学に入ると支援金が週に2万円でる。学校教育全体は徹底してお金を使わせないし大変自由な教育。日本流の子供ができたら児童手当、失業したら失業手当、25年払ったら年金等々の個別の社会保障プログラムではなく、ベーシックインカムという方法で所得調査なしで、全ての人に無条件で最低限所得を保障する。行政経費を考えると、この方が安くすむため。行政サービス(高速道路含む)もタダ。年金は月約25万円(保険料方式と税負担方式の二階建てで誰もがもらえる)。低所得者層、高齢者、障害者等もあるレベル以上の生活をすることが保障される。67歳まで働く権利が保障。バスは車椅子や乳母車のための専用ボタンがある。効率や利益より人間性重視のため工場ではベルトコンベアをなくした。
  マックスウエーバーは近代西洋文明の根本原理を「合理化」であると喝破した。それによって人間のよき社会は解体され、物質的エゴイズムがむき出しになり、価値観や知性が細分化していく。仏教者鈴木大拙は東洋思想の深淵な教えを読み解くうちに、西洋思想の限界を感じたのである。そこに東洋思想が調和しなければ、世界は滅びてしまうという。確かに今の世界を見れば、生産至上主義と合理主義に貫かれた西洋文明は破綻に瀕している。
人生の様々なステージで手厚く支援するスウェーデンは、子どもを産み、生きることに不安のない国と言える――。
難点は重税、給与の50%は税金、消費税も25%(食品は12%)。物価が高い、競争が無い、国民総中流、娯楽が少ない、サービスが悪い。女性の労働参加率が高い75%。ほとんどが福祉部門。スウェーデンにとって福祉と男女平等はそれ自体が国家と経済を支える重要な柱となっている。貯蓄率が先進国の中で最低なのは老後に備えて貯蓄する必要がないため。税金は高い代わりに社会福祉が日本とは比べものにならない位に充実している。だから高税率でも庶民から不満はほとんど聞かれません。同じ税金を出してもそれが生活を豊かにするために使われていない日本の税金は重税だが、国民のコントロール下に生活のために使われるスウェーデンの税金は重税でないともいえる。会計がガラス張りで国民の声が行政に生かされる仕組みがあるので、利権や天下りなどが発生する余地がない。19世紀の昔からオンブズマン制度(情報公開と住民監査請求制度)が存在する。議員は定職に就いていて、議会が開かれるたびに仕事を休んでかけつける日当制。生きていくうえでの障壁は政府が取り払ってくれるので、誰でも努力次第で成功を手にするチャンスがある。国民は、公を大切にし土地や私有財産にあまりこだわらない。
司馬遼太郎が言うように明治期の日本人は一人一人がもののあわれや思いやり、懐かしさやいたわり、惻隠の情などの美しい情緒、美的感受性と高い道徳性を持っていた。日本の将来は子供達の未来を大事に思い、誰もが限りある生命を大切に生き、人間同士助け合う愛に満ちた国がよいと思います。それは他人にやさしく、美しい自然をどこでも感ずることができ、隣人がやさしく触れ合うことのできる地域社会、そして何よりも住みやすい社会です。戦後、日本は進むべき道を間違ったのではないでしょうか。       それにしても「米百表」は何処へ行ったのだろう?。

ぷーさんのコメント、全面的に賛成です。大変勉強になりました。ありがとうございます。

スウェーデンの高福祉、本当に、すばらしいですね。オンブズマン制度も本当に、すばらしい。

鳩山さんは、サンプロで、高福祉で、少ない負担でも、現実にないわけではない。それをうまくやっていくのは、これからの友愛社会であると思う、とおっしゃいましたね。

ぜひとも、その社会の実現のために、民主党さんにがんばってもらいたいです。

高野氏の論説について

前回、今回と友愛の精神についての解説は極めてわかりやすく、また、現代にあって、その思想が新鮮であることにも気付かされた次第である。

しかし、前回、今回の論説を読んで、一抹の不安がよぎった。

「前略-それを執筆したのが私であることを当時もその後も公にしてきてはいるものの、いよいよ民主党が政権を獲ろうかというこの時期に、またぞろそれを持ち出して、「民主党を作ったのは私です」と自慢しているかのように受け取られるのが嫌だった-後略」

この部分である。

現在のような、既得権益を有する側による、偏向とも思われる情報操作が横行する中で、先のサンプロでの高野氏の発言のような、ジャーナリストの立場での異論・反論は極めて貴重だと私は考えている。

そのような貴重なジャーナリストとしての立場であると思われているのにもかかわらず(ご本人の自覚は別にして)、前回、今回の論説を読むと、一民主党員(むしろ、民主党幹部)かのような印象を受けるのである。

鳩山新代表の「友愛」が結党当時に高野氏と鳩山氏とで練りに練って作った宣言からきたものであって、それが、今現代によみがえったってきたという感慨はわからなくもない。

しかし、まだ、民主党が政権を奪取した訳ではない。これから、民主党が政権交代できるように、民主党の考え方をノンポリグループに対しても広めて行かなくてはいけないのである。

サンプロの田原氏が、巧妙なところは、自分がどこの政党を支持しているかということを明言しない。全体としてみれば、どちらへ誘導しているのか明らかなのだが、断片的に見ると、どの政党にも同じように厳しいコメントをぶつけているように見える。

いわゆる十分情報を与えられていない一般大衆には、そのような姿に公平感を見いだすのである。

しかし、先週のサンプロでは、高野氏の反論によって、田原氏が演じていた公平感が崩されてしまった。
そして、逆に高野氏に対して、ジャーナリストとしての公平感を感じたに違いないのである。

ところが、前回・今回の論説を読んで、「ああ、高野氏は、民主党シンパなんだ、サンプロで田原氏が民主党シンパだと言っていたのは本当なんだ」と、一般大衆が判断してしまったとしたらどうであろうか?

マスメディアで、高野氏が発言する内容を一般大衆がどう受け止めてしまうだろうか?

今、偏向のまっただ中にあるマスメディアにおいて、高野氏は、偏向しようとしている状態を元に戻す貴重な役目を担っていることをもっと自覚すべきである。

今の日本において、政治的に中立なマスメディアというものは存在しないことは、ちょっと知識のある視聴者には周知のことである。
しかし、小沢元代表が、いつの記者会見の時だったか、マスコミは自分のところの政治的スタンスを明らかにして報道して欲しいというようなことをいったように、いまだ、一般大衆の多くは、マスメディアの報道(ジャーナリスト)は中立で、検察は正義で、政治家はうさんくさいと思っているのである。

今この時期に、高野氏が、このような論説を発表したのを見ると、多少浮かれすぎてはいないか?と苦言を呈したくなる。

ちなみに、私は、今回の総選挙では必ず民主党に政権を獲って欲しいと願っているし、民主党の政策に自分と違う部分があったとしても、それには目をつぶる気でいる。

仮に、民主党政権で、政治がうまく回らなかったとしても、それでも、現在、既得権益をもったグループが下野することは絶対に必要なのである。

高野氏には、慎重かつ大胆に中立・公正なジャーナリストの顔で、強大なマスメディアに立ち向かって欲しいと願っている。

追伸:自らを省みず、高所から、失礼極まりないコメント申し訳ありません。くれぐれも、魑魅魍魎たちに足下をすくわれないようにがんばってください。

自由と平等の間を結ぶ友愛という考え方。
鳩山さんが代表に選出されてからのテレビ出演を何度か見ましたが、やはりこの「友愛」の部分は上手く伝わっていないと感じました。だからこそ、テリー伊藤如きにも突っ込まれてしまうのだと思います。友愛のコンセプトがしっかりと伝わっていなければ、一般の国民は彼の突っ込みに不自然さを感じません。


自由と平等のバランスが必要だというところまでは理解しやすいと思います。
しかしその間を結ぶのが友愛というのは正直言って一般的な日本人には理解しにくいコンセプトだと思います。

友愛というコンセプトはおそらく違いを認め合い、そして助け合うということだと思いますが。選挙に向けて一般国民の認知・理解を深めるためには「共生」とか「他者を尊敬する」社会など、少しわかりやすい言葉で説明してあげる必要があると思いました。また具体的な事例がなく、愛のある政治・経済・教育あるいは低負担・高福祉という説明ではまだ伝わりにくいと思います。
友愛のコンセプト=共生で教育をすすめるとどんな変化があるのか、経済にはどんな変化があるのかをもっと具体的に一つ、二つでいいので語ることが出来ればより説得力が増すのではないかと思います。

例えば極端な例かも知れませんが、教育においては、国公立教育の質・多様性を確保し、教育機会の均等化を図るために私立大学付属小学校・中学・高校からのエスカレーター進学の禁止を規定するとか。

あるいは経済政策としては、株主利益だけを追求する株主主義の会社でなく、顧客・社会・従業員の利益をバランスよく目指した企業活動を支援するために、株式会社ではない法人形態の優遇策の実施する。

上は適当に考えた例ですが、一般の国民の理解をえるためには友愛の政治が目指す具体例が必要です。

鳩山民主党には本当に国民の理解を得られる広報活動を期待しています。

鳩山民主党の原点・・・
高野氏の高説・畏敬の念で拝読させていただきました。
友愛から自立と共生の社会作りに繋がる論説をじっくり読みました。
今の政治から社会についてさらに人間と自然の関係、さらに日本と世界の
関わり方など、過去の経済成長至上主義の歴史を含めて総括しているのは
大変勉強になりました。田舎物で全てが理解できたわけでもありませんが
鳩山新代表の共生のリベラル政治の方向性が分かりました。
高野氏の理路整然とした理論にプロの論説者としてのキャリヤに認識を
新たにしております。高野氏や鳩山氏の過去の詳細は知りませんでしたが
今回の書かれている論説で新代表の下での政権交代取りに期待が膨らみました。

政治家の政策理論になるでありましょう個体優先の政治の原点に感動しながらも、
具体的には政策論争の際どのような説明・演壇で何を語るか興味がございます。
国民の大多数を占める人びとに友愛と自立と共生の政治理論を演台で多用すると
ショートの文字の背後に壮大な政策理論が含まれているとしても、
友愛と共生の組み合わせで発せられる真意・若しくは人々に伝えられる政策効果は
薄いと思います。政策の浸透性にいささかの不安が出てきます。
勝手な好みの判断でありますが友愛と共生と鳩山代表でホモセクシャルの軟い
印象を醸し出します。政治は権力であるという。政権交代は権力の奪い合いである。

政治の裏世界を知れば知るほど奇麗事ではない戦いの現実を知ります。
素人の憶測であればいいのですが・・・・個人的には
鳩山氏に好感度を持っておりますが氏の演説はお世辞にも巧いとは思いません。
政権交代の主目標を成就する為にも民主支持者を一人でも多く獲得する事が
要求されております。代表と言う職責に期待感が積み重なっていくでしょう。
民主を応援しております。頑張って下さい。
`96年でこのような理論を先行させた時代を読み取る才覚に脱帽です。
表現が書くことが稚拙でありまして違和感を生じさせましたら
ご容赦くださいまし・・・・高野氏に感謝です。

かつて鳩山さんには、お坊ちゃん育ちの理想主義者という印象しかなかった。資料を読んで、そのことを思い出した。現実から遠い理想を実現することはすぐにはできない。現実をすこしずつ理想に近づける不断の努力が必要である。従来の意味における「党」ではないという旧民主党は、政党政治という枠組みの現状のなかでは、あまりにも遠い理想で、imagineすることしかできない。Imagineするだけでは、思想家であっても政治家ではない。理想を現実に近づける不断の努力をするためには、あまりも遠い理想は破棄されねばならず、現時点では「96年当時に私と鳩山が共有した同党結成への思い入れを記念するだけの意味しか持っていない」わけだ。
しかし、行き当たりばったりで滅茶苦茶になってしまった今の日本においては、遠い理想をimagineできるということは、我々に希望を与える。ただ、その理想は人それぞれであろう。
僕自身は、鳩山さんの(かつての)理想に必ずしも共感しないし、今の民主党に全面的に賛成ではない。小沢さんはやっぱり悪魔かもしれないし・・・。僕の望みは政権交代だけである。それは、ちょうどチャンドラ・ボースがインドが英国から独立するためには悪魔とも手を組むと言って、日本軍に協力したときのような気持ちである。危険な賭けかもしれないが、この賭けに賛同してくれる人がいっぱいいると嬉しいと思う。

「愛」という言葉は考えようによっては都合のいい言葉だ。中身なり対象はどうにでも変えられる。愛と憎しみが表裏一体であることくらい誰もが経験していることだ。故にそれは行動をともなわなければ空疎な言葉にすぎない。しかし持って回った言い方はべつに、私たちの生活は衣食住だけでは足りない。日常生活ので深紅の血液のように身体と精神を巻き込んで脈々と働いているもの。そして、時には自分自身さえも滅ぼしかねない強い情動をともない、とりとめのない感情を束ねている。その場所を仮に「愛」と名づけよう。だから、この言葉を使うに際しては、対象が明瞭で情理にかなったものであり、より良い行動の指針でなければ、魂は易々と肯定はしない。
衆院選が刻々と迫っている。議論によって、誰もが納得できる新しい国のかたちが見えればいいが、それも理想にすぎまい。だがその方向に向かって、心に染み入るように熱く語ればいい。そこに見るものを「愛」と呼ぶなら、少しはこの言葉が生きて聞こえるのではないだろうか。

<友愛に関して>
em5467ことem5467-2より

私には少し難解でしたが、読ませて頂きました。
常々、今の自公政権にはこの国のあるべき姿を想定した理念がまったく感じられない事が問題だと感じていました。
非常に難解ですが、自由と平等の中間に位置し、友愛という理念で繋ぐという事は理解しました。
共生社会における主人公は個人であり、互助に根差した地域主権という事も...。
従って、今与党で検討されている道州制とは地域主権と同じ言葉で言われても、その底流にはまったく違うものが流れている訳で、道州制は人間をマスで捉えているもの、行政単位が小規模な民主党の地方主権は、個人が生かされる互助の仕組みなのですね。
私は理解力に乏しく、せっかく書いて下さった事の半分も理解できず申し訳ありません。
今まで
小さな政府=新自由主義=弱肉強食=タカ派

大きな政府=修正資本主義もしくは社会民主主義=平等=ハト派
の対立軸しか頭になかったのですが全く新しい軸を知る事ができ、ますます民主党に政権をとらせてみたいと思うようになりました。
小さな政府=友愛主義=共生=ハト派の軸の出現、ウレシイ限り。
ただ、全ての人に選挙において理解してもらうのは至難の技でしょう。
国民の生活が第一のままでいいと思います。

今日20日、参議院予算委員会で鳩山代表が、傍聴席に入ったところ、ただでさえ眉間の青筋がはち切れそうに興奮していた麻生総理が、より一層の青筋を立てて
力みかえっていた。
鳩山代表がたった一人で参戦するとは見事な心構えで、白馬の王子の到来と誰もが喜んでいました。
補正予算の審議中,衆議院では出なかった問題が,民主党大塚議員の質問で出ました。
基金に出す金は現金で保管するものではなく、国債で保管すると言います。
その国債の利子分を,今回の補正に入っていると言うではありませんか。
余りにも国民を冒涜した官僚の腹黒さに怒りも頂点に達しています。
高野さんの先導にのっとり、麻生政権の崩壊に向け発動します。

”愛”という言葉から、
”墨子”を初めて読んでみました。
共生、や、専守防衛、等の記述がありますが、鳩山氏の思想は、墨子の影響もあるのでしょうか?

びえいぶる さん (2009年05月20日 18:52)

私は違う見解を持ちます。

>あまりも遠い理想は破棄されねばならず

実際のところ行き当たりばったりにそうしてきた結果として現在の政治の状態があると見ています。むしろ政治家にこそ「理念」が必要で、特に「96年旧民主党結成時の理念文書」は理念のさらに論理的な下支えではないでしょうか。「理念」これを破棄したら後に何が残るでしょうか。「理念」というのは、遠い理想ではなく、少しでも目標に近づくための「羅針盤」と例えることができます。羅針盤を破棄すると航海は困難でしょう。

結党時から2010年を見ていたんですね…
鳩山・高野両氏の慧眼に感服です。

2009年、衆院選挙で逆転して
2010年、参院選挙で安定させましょう

そうすれば2020年までは…

高野さんの主張、司馬遼太郎さんへの思い(司馬さんと隆慶一郎さんの新刊が読めないのは残念です、蛇足)小沢一郎代表代行への考え方、ここのに寄せられる日本を憂う投稿者方々の熱いご意見に感動を覚えます。こんな方々がいる限り日本は変わると確信しています、マスコミ、あっマスゴミ(日本記者クラブ)でした、相変わら代表が変わっても小沢批判、小沢を貶めることだけが自分達の生きる残る道みたいな、政治を矮小化していることは間違いありません。、要は国民の為を考え実行しうる政党はどこか、またそれを発揮できるリーダーは誰かそれ一点につきます、投票率が低いほうが良いなどと国民に思考停止を示唆する古賀選対委員長、これが与党の国民に対す選挙対策の本音としたら、いや本音と思うが国民は馬鹿にされているのではなく死人(しびと)に等しくさらされている。国民一人一人の自らの将来を選択する上でも日本の未来を暗示する上でも今度の衆議院選挙はまさに皇国の興廃この一戦にありである。

Journal事務局様?御中

いつも有り難く熱く読ませて頂いております。感謝でございます。
多種多様の論考に秀でたコメントを読む楽しみもあり、それにもまして
主宰の高野氏の・田中氏の・その外の著名な方々の論説を拝読できるのが
至上の愛・ではなくて喜びでございます。ある種のタイミングで時代に乗り遅れ
初期的鬱の患いをスタートさせてしまいました。これ以上の悪化を抑える為にも、
症状の横ばいを維持する為にも時たまの投稿コメントを後生大事にしております。

毎日多忙の中恐縮ではありますが数多くある読者投稿コメントの
中から過去の投稿記事を読みたい衝動に駆られることが多々あります。
もしも可能でしたら、ある投稿人物を検索クリックすると過去記事が
閲覧できると言いのですがと、常々勝手に思っております。
パソコンに疎いのですがその作成作業になると大変なものでしょうかと
おたずね致します。もし可能でありますならば拝読できる夢が重なります。
関係ない話ですが、自前の鬱症状に好変化が出るような気がいたします。
もちろんご多忙の事務局様には殆ど一方的な迷惑な話だと思いますが
ご検討宜しくお願い申し上げます。余計な話と言えばそう思いますので
事務局様に伝わりましたら掲載不可で宜しいかと思います。

日頃のお疲れに感謝でございます。

中尾友次郎様

ご指摘通り、確かに矛盾しています。
「この文書をあっさりと廃棄しアーカイブとしてさえ残そうとはしなかった」というところを読んだ印象で「破棄」という言葉を使ってしまいましたが、「一時凍結」というべきでした。訂正します。

高野様
5/17のサンプロの貴方の発言で、貴方の信念・勇気を垣間見ることができ、敬服いたしました。

さて、最近のこの国の状況をみて、次の寓話が頭をかすめました。
それは、あるサルの惑星の出来事です。その惑星は春でした。
そこでは、下々の民を洗脳・忘却・眼くらましの3大狂騒曲の演奏会が大々的に開かれていました。○イズミ劇場第2幕のごとき、絢爛サギ模様の煌びやかさです。

演題; サルの3大狂騒曲の夕べ
作曲; 官リョウ
作詞; ジー民とコー妙+○○学会
演奏; メディア~ナ
編曲と振り付け; ○通
スポンサー; ○団連
プロデューサー; U○○

(第一曲)小沢秘書逮捕のマリア。
  バックコーラス;ヤメロ~、ヤメロ~、説明責任、説明責任の大合唱。

(第二曲)北朝鮮のミサイル(?)人工衛星(?)の騒動。
  バックコーラス;危険ダ~、空からミサイルが降ってくるゾ~!(鴻○のファ~発言で、演奏中断)

(第三曲)豚(-->新型インフルエンザ)発生騒動。
  バックコーラス;水際が第一。マスクで予防を!で盛り上げて、今では皆さん冷静に!トーンダウン(マス○独唱)。

そのサルの惑星では、その間色々なことが起こっていた。

第四曲以降は只今仕込み中。
乞うご期待。

*** これは何処の国かは分からないが非実話の物語でした。ジャン~、ジャン~ ***

ダメだなこれは、辛口ジャーナリストが随分甘いことを言っているんだな

大半の国民は、助けて欲しいが助けはしない、これが現実だろう
支持者の中でも、「いいですね」的な感想はちらほら聞かれるが
”一丸となってやっていこう”と言う空気はまるで伝わってこない
本当に大変なのは、友愛の精神に賛同した者達であるという自覚もまるでない

野党支持者は、与党やその支持者・官僚が嫌いで嫌いで仕方がない者の集まりだ
それが次の日から、相手を認め「愛」を持って接して行けると思っているのか

友愛に異を唱えるものに対して、国としてどのように対応する
排除するわけにもいくまい
その負担は当然、他の賛同者にしわ寄せが行く
この掲示板にも、頭では賛同はしているが行動が伴わない者が多数見受けられる

止めておけ、現実を見ろ
世論もコントロールできず、マスコミにもやられ放題で
どうやって、霞ヶ関改革をやり
1億3000万人の意識改革ができると言うんだ
身の程をわきまえてくれ
民主党は何の実績もないくせに、曖昧で甘いことばかり言い過ぎる

<高野様>
このサイトにかく事ではありませんがBS11で中村慶一郎氏が、現在のメディア並びに立花氏への強烈なパンチをくりだしています。
本当に胸のすく思いです。このサイトに登場して頂きたくリクエストします。

>野党支持者は、与党やその支持者・官僚が嫌いで嫌いで仕方がない者の集まりだ

そうか、園伊藤さんは自公支持者なんだ。だったらバラマキ予算に対して政府になんとか言ってくださらぬか。

「友愛」という言葉はどうも自公の人の方が使用率が高いのだけどどうしよう、園伊藤さん。

開会日:2009年1月21日
会議名:予算委員会
発言者:国務大臣 鳩山邦夫

こういう原則がございますので、何でもかんでもということではありませんが、政党は違っても私と兄は共に友愛精神という優しい政治を目指しておりますので、できる限り優しく対応するということが大事だと思う。こ…

開会日:2009年1月21日
会議名:予算委員会
発言者:藤末健三

鳩山大臣におかれましては、友愛精神を発揮して、是非民主党に来ていただきたいと思います。

開会日:2009年2月12日
会議名:総務委員会
発言者:国務大臣 鳩山邦夫

御質問の趣旨、よく分かるわけで、それは景気刺激ということもありますが、やはり緊急の生活支援ということであれば、最も困っておられる方に定額給付金を差し上げるというのは政治の正しい道だと思っております。…

開会日:2009年2月12日
会議名:総務委員会

先ほど申し上げた友愛の原則というのは、是非私どもの信念でございますので御理解をいただきたいと思っております。

開会日:2009年2月12日
会議名:総務委員会
発言者:魚住裕一郎

そこで、いろいろルールを決めて給付するわけでございますけれども、二月一日を基準日にしますよというようなことでございますが、先ほども、総務大臣は既に、やむを得ない事情を救っていくんだ、友愛の精神で救っ…

 私もいろいろな思想的徘徊を経て、ここに載せられたようなエコロジーの中に基礎づけられる倫理感、及び市民の議論と合意を意志決定の基本とした下からの民主主義、この辺に行き着くのだろうなと思っていました。これは、まさしくオバマ大統領の目指す方向性に重なってゆくような理念です。

 時代精神の新しいうねりが、やっと日本の政治の中にも流れ込んできたという印象をもちました。それを受け入れるだけの、心構えが日本人にあるだろうか。しかし、戦争に突っ走った軍事国家の強制や、グローバリゼーションという原始化した容赦のない資本主義を受け入れるよりも、ずっと受け入れやすい原理ではないでしょうか。

国民のマチュアが確かに今後も問われ続けることになるのだと思います。

どこのサイトにも園伊藤さんのような、反野党を装い、支離滅裂な野党批判を繰り返すことによって与党支持者に対する反感を誘い、結果的に野党の支持を高めるという頭脳ブレーを使う知恵者がいらっしゃいますね。

頑張ってください!!

あなたが頑張れば頑張るほど、野党支持者が増えると思います。

なるほど、鳩山邦夫さんが国会で先に「友愛」という言葉を使っている。血は争えない。それにしても今の麻生政権が総務省(友愛の鳩山邦夫さん)で持ちこたえているというのはなんとも皮肉なもんですね。

また、新しい記事ではこんなのも。

<鳩山兄弟>「友愛」で連携…総務相自ら説明

5月20日22時46分配信 毎日新聞
 民主党の鳩山由紀夫代表の就任後初の国会論戦となった20日の参院予算委員会で、鳩山氏が掲げる理念の「友愛」を民主党の質問者が取り上げた。麻生太郎首相のそっけない答弁に対し、鳩山氏の弟の鳩山邦夫総務相は詳しく解説し、与野党を超え兄弟が連携する展開となった。

 民主党の峰崎直樹氏が友愛について聞いたところ、麻生首相は「(鳩山兄弟の祖父の)鳩山一郎という人が使っていたのが中学生当時の記憶だ。どう実現するか、具体的な政治行程を示すことが極めて大事だ」と民主党批判に結びつけた。

 これに対し、鳩山総務相は自ら手を挙げ「祖父が(公職)追放になり、軽井沢での晴耕雨読の日々で『パンヨーロッパ』という本を読んだ。その『友愛』思想にほれ込んだ。共生の思想だ」とすらすら説明してみせた。【田中成之】

高野シンクタンクの深さが光になる時がきたとおもいます。

小沢さんは旧自民党の支持層を取り込みました。
鳩山民主党は、気分の無党派層を取り込むためにあれこれ神経を使うより、確実な支持層を増やすことが大事と思います。
賢い支持者を獲得する。
新聞テレビで何を騒ごうと、びくともしない支持層をつくっていくべきです。
秘書逮捕はそのあまりの卑劣さに逆に、強く民主を支持する人々が出現しました。
これ以上検察が何かをすれば、自民党は未来永劫憎まれつづけるでしょう。ヒールになっているのがわからないんでしょうか。
小沢さんの、
何が何でも自民党を壊したい。
この執念は
旧自民党に対する愛の裏返しのようにも思えます。

速やかなる矢野絢也氏の参考人招致とsenseiの証人喚問を、参議院にて御願い致します。
可及的速やかに都議選前にお願い致します。A.S.A.P

どなたか教えて下さい。国会議員や行政職員にはよく慣例と云うのがつきまとってますが、麻生首相も与党もメディアもそして一部の野党も引き続き小沢さんに説明責任があると弁明・釈明(?)を求めていますが、これって言ってみれば公開裁判の様相を呈しませんか。もし小沢さんがこれを了承して金銭の流れを公表するとしましょうか、そうした場合小沢さんと類似した嫌疑をかけられた方々は全て弁明をしなければならないと云う責務と慣習が出来上がってしまいますね。そうしないと国民は当然納得しないです。西松の件で疑われている方々ばかりではなく、麻生首相も身辺に何かあるといわれてましたが、、全ての議員が改めて宣誓をするんでしょうか。いみじくもサンプロで亀井議員が、小沢さんに要求するなら同様の説明責任は国会議員全員に及ぶよ、といってましたが。果たして説明責任を求めているメディアや国会議員の方々はそこまで考えているのでしょうか。小沢さんに求めている事は民主主義の慣行ですか、それとも小沢さんへのただの面当てですか?よろしくお願いします。

ネガティブな話に耳を傾けるのは止めましょう。政界の人の動きは、話としては面白いかもしれませんが、それが国民生活にとって何になるのでしょうか。国会議事堂と議員会館を往復しているだけの人では、国民の暮らしは見えてこないし、第一あそこは人間のにおいのしない場所です。重々しい石造りに囲まれて、見方によっては豪華な牢獄のようです。土も無いし、風も無い、一番自然から遠いところにある場所です。あの中に居て、人間の何が解るのでしょうか。自分が当選するかどうかだけになってしまうのも、うなずける環境です。渡りと言われている天下り官僚の退職金問題、無数にある天下り先としての特殊法人へ流れる資金を、国民の側に取り戻すことこそが第一です。
それを成し遂げてくれる人を応援しなければなりません。ネガティブな意見を出す人は、この事に反対で今の地位や甘い汁を吸い続けることを望んでいる人なのだと判断します。

高野さんのサンプロでのコメントに感動し、喜びの余り田中さんのコメント欄に書き込んでしまいましたことをお詫びいたします。
ここに書き込むべきでしたね。

これからも、テレビ上層部の圧力に屈しない発言を期待しています。

さて、【ぷーさん】様のスエーデンにおける充実した福祉の現実。友愛の満ち溢れた素晴らしい国と成っていますね。「でも、消費税が高いからなあ。」なんて日本人は官僚と政府に騙されているのではないですか?

以前、gooの畑にて議論が展開された中で、国民負担率の話が出ました。
http://www.minnanoshika.net/wiki/index.php?%B9%F1%CC%B1%C9%E9%C3%B4%CE%A8
財務省は毎年この表だけを出して、日本は中福祉、中負担なのだと言いたいんだそうです。スエーデンのような高福祉にするには消費税を25%以上にしなければ出来ないんだと。

しかし本当にそうなのかの議論中で見つけたソースがこれです。
http://www.geocities.jp/yamamrhr/ProIKE0911-80.html
中にある資料を潜れば,たくさんの各国の実態が読み取れます。

そして、これはと思った話が
http://luxemburg.blog112.fc2.com/blog-entry-50.html
個人のブログですから、真実性は保障できません。しかし考え方は
今、政権交代を望んでいる方には
理解できると思います。

余談で、以前ここでソースとして紹介したブログは、アクセスが1日で一気に膨らんだ為、ブログ主がカウンターの故障かと書いていました。また同じことが起きるかも。(笑)

既に、日本人はスエーデン並みの負担をしながら生活をしてきた。
しかし、官僚、利権政治に血税、保険料をジャブジャブ無駄に使われ続けた。
国民の福祉をスエーデンなみに充実出来た程、税金や保険料を払いさらに料金の負担をしてきたはずなのに、悪政が今の将来不安に怯え、少子高齢化社会を作り上げた国にしたのが現与党だということです。

今さら無駄に使ったお金を返してもらえる筈もなく、少子高齢化社会は来てしまっている今、政権交代し友愛に溢れた政治が行われてもスエーデンのような国に成るには数十年は掛かってしまうでしょう。

でも諦め、嘆いていては更に悪くなるのは止められません。一刻も早く手を打つべきですね。

【高野さん及び大久保秘書逮捕の不当性を訴えた全ての方に望むこと】
以前、鈴木宗男氏が世論のすさまじい攻撃を受けて最後には特捜に逮捕された時、今回の小沢氏を守れ!と同じように、不当性を訴えた人は何人いたでしょうか?
メディア及び野党・野党支持者達は当局からのリーク情報を元に鈴木氏の人格を含めて攻撃をし続けました。国会では社民党の女性代議士が世論をバックに鈴木氏を華々しく口撃していました(後に自分もどーでもいい容疑でパクられたのはなんとも皮肉ですが)。
これらの動きに対して私の知る限り、宮崎学氏、魚住昭氏、花田紀凱氏等限られた人達を除いて疑問を呈する、ということはほとんど無かったと記憶しています(高野さんが当時どのような論をはっていたのかは覚えてないです、申し訳ありません)
あるいは、村上正邦氏、村岡兼造氏の事件の時も、世論ではほとんど擁護の声は挙がりませんでした。
検察、警察は今後も時代の空気を敏感に感じ取り、あるいは自らの存在意義をみせつけるために「正義」を名分に権力の行使を行うと考えられます。それは思想信条、与党野党問わず、いつでも誰にでも起こる可能性があると言えるでしょう。
その時は、党派思想性を超えて、客観的に見ておかしければ「これはおかしい!」と声を上げることが、空気のような「世論」を乗り越えるカギであると思います。
今回小沢氏を擁護した多くの人々に望むことです。

とうとう右翼のお出ましか.
ゴシップ記事をネタにゆすりたかりを繰り返す総会屋同然の廃刊したゴシップ雑誌記事の「威を借りて」自らの主張を何一つ述べることなく、あまつさえ実在する人物の名前を語る不届き者め、いくら匿名とはいえ、本人の名誉を傷つけ、誤解を与えるようなハンドルなんぞ使う「小沢某よ」すべてのネットから出て行け。匿名にも最低限のルールをあることを知れ!

ゴシップ記事でごまかすな!
(小沢某の投稿)
ゴミダメから拾ってきたような、13年ほど前の、記事、廃刊した『噂の真相』を今更どうしようとするのか?
腐って悪臭のする記事でこのサイトに揺さぶりをかけたつもりだろうが、一向に動じる気分にならない。
高野氏の政治思想、民主党に対する思い、日本や日本人を愛している(友愛)気持ちが、最近のTVや諸メディアでの発言に、むしろ敬意を感じています。高野氏のスタンスはなんら変わっていない。
実は高野氏はよく存じ上げていませんでしたが、この腐った記事の中にも高野氏を知る(プロファイル)メリットもあり、フィリッピンで見た、ゴミダメのなかで何かを金になるものがないかと探していた貧しいこどもの姿を思い出し、ないことはないんだ、ゴミダメに鶴。
ゴシップ記事をそのまま流して、自分の意見は何一つ加えていない、(このサイトの主旨ではないだろうし)こんな輩はご遠慮願いたいし、削除してもいいのでは思いますが、、

WL1の風様

これですね、お金を貰ってあらしやる人って。
博報堂?、電通?、シロアリ?キシイ?イワミン?どこを仲介して雇ったのか知りませんが。
既に末期症状ですな、自公は。
足掻きまくってる、もう笑うしかない。
しかし森田先生や植草先生の事例もある通り、まともな学識者、ジャーナリストへのトラップ、弾圧は必ずあります。私達もウォッチしていきましょう。

高野さん   
I.「友愛」「愛」が言われ始めたことによって、お陰様で、政治分野のみならず全てのリーダーが掲げるべき基本理念やVisionには二種類が有って、特に政治分野ではその両方が必要であると気づきました(多謝申し上げます)。
1.その一つは、「友愛」「愛」がそうであるように、人間の右脳の感性や情感に訴えるもの。それは必然的に、情緒的で無邪気で素朴で甘ったるいものに観えてしまうのは避けられない(これだけでは、悪意ある意図的な批判の嵐が起こることも止むをえまい)。然はさりながら、国民が自らの生活や将来の人生の豊かさに関してCommitするべき政治の基本理念やVisionを過不足なく正確に理解し認識することの重要性に鑑みれば、左脳とは異なる右脳に特有の機能に訴求することは有用であって、この切り口での情報発信は大きな力になると考えます。「友愛」「愛」(単純化や無用の議論を排除する目的で、どちらかに集約統一する必要があるでしょうが・・)は、真に以上の趣旨から、引き続き広められ深められる価値があるものと考えます。
2.その二は、上記の情緒的な訴求内容と軌を一にして、論理的で科学的な左脳に訴えるもの。それは従来型のマニュフェストとして運用されてきており、多言は要しまい。但し、「友愛」「愛」とマニュフェスト(換言すれば、国民の右脳と左脳)とが、緻密で広く深い部分にまで同軌を取る作業は、それが重要であることと過去馴染みが無いが故に、なかなかに知的に大きな困難を伴うと想像されます。是非、ご奮闘を期待しお願い致します。

II.次回の総選挙に際しては、
1.種々の少なくない「不安」を抱えながらも、自民党を政権の座から引き摺り降ろして、民主党による政権交代を実現することしか、日本国にも日本国民にも明るい豊かな将来が「期待できない」(前述の不安があるので、保証はないが・・・)と確信しています。
2.前述の不安の源は、政権交代の可能性が高まっているとはいえ、一時的な政権奪取だけでは無意味であり、安定的な政権担当政党となるためには、現在の民主党には、組織としての経験不足や未熟で薄っぺらで軽薄な議員を抱えていることを含めて、解決し脱皮し成長するべき課題が山積していることにある。但し、【問題や課題は、解決されるために存在する。また、人間界の問題や課題は、解決できないものは無い。】是非、ご奮闘を期待しお願い致します。CrazyDog

<とみ様 WL1の風様 tokyodad様 仁科様>
em5467-2ことem5467より

ご意見、同意いたします。偽小沢氏には、ご退席頂き、削除を要請します。

また、とみ様ご指摘の与野党とわずの監視が必要な事は、私も同意いたします。

荒しにあうのは、このサイトが有名になり、多数の方々が集まることになった裏返しかもしれませんね。

昨日、BS11のインサイドアウトに中村慶一郎氏がゲストででられ、現在の朝日を中心としたマスコミのありように、口角泡を飛ばして、激怒されていました。
キャスターの小西氏が語つていましたが、過去、著名な政治学者が(小西氏の最も尊敬している方)テレビで検察批判をしたとろ、言論界から抹殺されたと・・・。
今回の各社横並びの報道ぶりを見るにつれ、検察と言論界の関係が、裏でどのように繋がっているのか知る人物、民主党では小沢氏でしょう。
ここにメスを入れない限り、同じ事が繰り返されるのでは、と危惧します。ぜひとも、日本の民主主義のため、悪のペンタゴンを潰してほしいと期待します。

自称小沢一郎様

・「実際の筆者は鳩山ではなく、8割以上は高野孟がゴーストライターとして書いたものだったという説が根強い。」
・「実際、高野自身もそのことを隠そうともしていないのだ」
高野氏が隠そうとしてないならば、ゴーストではないのでは?
論理的に破綻してませんか。

噂の真相が「ゴシップ記事をネタにゆすりたかりを繰り返す総会屋同然の廃刊したゴシップ雑誌記事」だって? その根拠を教えてください。きわめて真っ当なジャーナリズムを実現した雑誌だったと理解しています。今も発行されていれば、政府与党や検察・司法、財界の恥部を暴く記事を連続して掲載していたことでしょう。

この記事の高野評価はいささか歪んでいますが、事実関係にそれほど大きな間違いはないと思われます。そのことが現在の高野さんの主張や行動の価値を下げるものとも考えません。

それにしても、この投稿をそのまま削除しない高野編集長の度量に感心しました。

うわさの真相の記事で何が言いたいのか、良くわからないのですが。

結党宣言にかかわったといっているのですから、民主党と結党時に深いかかわりがあるのでしょう。それとも、他の評論家・ジャーナリストが政党と関わっていないとでも言うのでしょうか?(いろいろと相談は受けていると思うのですが)
それとも、政治に理想を見るよりも、政権政党や正義の検察に寄り添っているメディアを見習えと。

せめて、最後に自分はこの記事から、こう考えるとの意見が聞きたかった。

「皮相的すぎるコメントが多いですね」
小沢一郎なる人物の長い投稿を読み終えましたが、皮相的にすぎますね。
あまりに指摘事項が多いのですが、『第二の”椿事件”どころではないだろう』などというコメントはおそまつすぎて笑ってしまいました。高野さんはサンプロの企画担当でもなくMCでもなく、出演者にすぎないのに椿事件に絡めるのは無理がある。
そんなところを突くなら、某大新聞の“主席様”ならぬ“主筆様”の存在の弊害はどうなのかと思います。
それにしても、最近のTHE JOURNALは匿名・無責任コメントが多く、読む気がしなくなってきています。深く思考した形跡が感じられないと思うのは私だけでしょうか?
匿名者が匿名者に対し、“匿名にも最低限のルールをあることを知れ!”と指摘するのは目クソが鼻クソを笑う世界。
“(このサイトの主旨ではないだろうし)こんな輩はご遠慮願いたいし、削除してもいいのでは思いますが、、”については反対。
これがTHE JOURNALの度量の広さだと思っています。

Naraさまに「目くそ鼻くそ」と言われてしまいました!
ま、ご尤もなことなので、反論はできません。匿名であるかぎりそんなものです。

「削除」に関しては、主催者の判断と誰しもが納得し得るにたるレベルであれば削除はすべきだと思いますが、やはり「乱用」は避けなくてはなりません。

Nifty時代の掲示板にはすべてシスオペがいて見事に「管理」が行き届いていましたが、手間と金がかかりすぎて
最後はギブアップすることになりました。その制度がある無しでは掲示板の質は大きく変わります。

全く管理がないのが例の2ちゃんで、ほぼ同様なものがヤフーの掲示板です。先日の「自浄作用」の効く2ちゃんよりもヤフーの掲示板のほうがはるかに低劣です。

<Mitsuru Mr. Nara様>
em5467ことem5467-2より

何度か、匿名性に関しての書き込みを拝見したものの私は以下の理由で無視を決め込んできました。私は仕事場ではem5467を出先及び自宅ではem5467-2というハンドルネームで投稿しております。
一.私は小さい広告会社に勤めており。自らが支持していないある政党の仕事を受けています。実名は使いづらく、em5467及びem5467-2は、仕事という化粧を取り払った素の自分に戻って自らの思想信条を語れるもう一人の人格だと捉えています。
二.匿名性が担保されたインターネットでは、さまざまな理由から実名を名乗れない方にも言論を発表できるメリットがあります。例えば、このサイトの投稿者に芸能人がいます。(私は確信していますが、その方に迷惑がかかるので理由も含めヒントは書きません)ご存知の様に、ハリウッドと異なり、日本では芸能人が政治的思想を語る事はご法度です。また、保守的な地方では、実名での投稿に怖じけづく方がいたとしても不思議ではありません。
三.匿名性が担保されているが故、表には決して出てこない情報を知ることができます。
例えば、元ゼネコン幹部の奥様は東北地方のゼネコンの談合の実態を書き込んでくださいました。
豊後の小兵衛さんは、元小沢さんの側近で民由合併に深く係わった方です。ハンドルネームだからといって、このサイトからお引き取り頂くより、小沢氏の人となりや政治の歴史を書き込んで頂く方が、はるかに嬉しいし有意義と感じています。
...確かに、エセ小沢一郎氏や【2chから迷いこんだ旅人】園伊藤氏など怪文書の類や言い掛かりの書き込みも見受けられます。その様な有象無象の情報も内包してこそのインターネットで、それらを完全に排除する事は不可能です。見る側の目が確かなら、致し方ないと思います。
四.このサイトは投稿フォームを採用しており、投稿の個人情報はデータベースに格納されているはずです。従って、この手のサイトの中ではセキュリティが確保されている方だと思いますが、セキュリティ突破の手口は日々進化しています。金融機関はセキュリティ確保に年間数千万を投じていますが、必ずしも安全とはいいきれません。言論封殺国家の日本において、いつ警察権力がこのサイトの投稿者に手を突っ込んでくるか判りません。
ただし、完全な匿名ではなくハンドルネーム位はつけるべきだと思います。

Mr.Nara様
無責任コメントが多く、深く思考した形跡が感じられない
というご感想ですが、それはNaraさんは論理的に物事を突き詰めて考えられる性格の方だと推察致しますが、感覚的に物事を嗅覚できる人間もいるということをご理解していただきますでしょうか?
私など感覚で生きている、それで飯を喰っている人間です。
匿名が匿名者にものを申すことを”目くそが鼻くそを笑う世界”と言われていますが、本名で言えない事情も、この社会にはある訳ですから、そう角を立てることでもないのではないでしょうか?
『小沢某』の記事、削除がいいと思いますが、掲載するのが、高野氏の度量が大きいと言われれば、それは言葉としては格好いい言葉で、そうなのかな?と
納得したり、編集者の方におまかせですか?
Mr.Naraさんのコメント、記憶に残るいい論評されていると思っています。
最近は読む気がしないと嘆いておられますが、いろんな意見多種多様、これでいいのではないですか?

「私が議論する議題ではありませんが..」
敢えて言うなら、《THE JOURNAL》宣言において:THE JOURNALのルールとして“《THE JOURNAL》ヘのコメント投稿は「原則として本名」で行ってください”と言われているなら、そのルールに従うのが世の中の常識であり、良識です。
我々は民主主義の基本ルールとして、権利と義務、そして少数意見の尊重ということを学んできました。
発言の機会を与えられる権利があるなら、ルールを守る義務がある..このような話は小学生と話しているようで自ら恥ずかしくなりますが、敢えて書かざるを得ないのでしょうか?
とてもではありませんが、匿名にしなければならないような記事は、(私の感受性の鈍さのせいかもしれませんが)このサイトからは、今まで読み取れませんでした。
もっとも、品性からは匿名にしたほうがBetterだと思う記事は少なくありませんが..
em5467-2さんが指摘するような、匿名性の必要があるような特ダネ情報をリークしていだける方は、事情があり匿名と前置きすれば良いだけだと思います。だから、高野さんも「原則として」という前書きを付けているのだと(勝手に)推察しています。
しかるに、THE JOURNALの投稿者のハンドルネームには“おふざけ”としか思えないようなネーミングも少なくありません。
・・私の考え方は皮相的でしょうか?
繰り返しになりますが、本件は私が議論する議題だと思いません。
不満があれば、THE JOURNALの主催者に正面から論戦を挑めばよろしいと思うだけです。
この議論はエネルギーの無駄ですから、止めにしましょう。
時間と思考の浪費ですので、悪しからずご了解下さい。

Mr.Nara様
参考までですが、私は本名を名乗っておりましたが誤用されてしまい現在の様に変えております。いたずらからの自己防衛の意味もある事ご理解下さい。私は首都圏とは隔絶した地方に住んでおり情報の質も量も決して豊かではありません。こんな田舎住いの環境から出てくる言葉の質は皆様にお見せ出来るものではありません。でもこうして皆様に接する機会が持てることが心の癒しになっております。しかし、これをクラスファイされるとするなら、我々はいつまでも都市文化に近づけないことになってしまいます。ご理解下さい。この田舎者を、えぞ、アイヌ、えみし等々お読み下さい。

噂の眞相、なるほどね
時間がなかったので、今ごろ読ましてもらったがおもしろかったよ

ここの連中もかなり動揺しているのがはっきりわかるな
「愛」なんて恥かしくもなく語る奴はかなり胡散臭いだよ

俺は別に記事の内容を丸呑みするつもりもない
否定する材料があれば出せばいい

ウーさん

大変勉強になります。
日本は低福祉、中負担と思っていたのですが、先にご紹介されていたことによると、日本は低福祉、高負担であると。これが本当でしたら、政府に対して、さらに怒りが倍増、いえ、何倍にもなります。

ご紹介くださいましたソース、じっくり読んで見ようと思います。

貴重な情報提供、どうも、ありがとうございます。

<Mitsuru Mr. Nara様

em5467ことem5467-2より
>「私が議論する議題ではありませんが..」なら、黙っていてください。判断はサイトの管理職に任せるべきです。
あなたは、あらゆるスレッドに繰り返し繰り返ししつこく書いています。そして、ついに目糞鼻糞よばわりですか。
あなたが、あまりにしつこいので、なら、と私は4つの理由を挙げ反論しました。
それに何ら答えず、ザ ジャーナル宣言を読め、とそれだけですか?
私がいいたいのは、もっと人を思いやれ!という事です。
日本のいろんな地域背景の中、いろんな仕事についている人がいて、あなたの英文の正式名かなんか、私は日本人ですので、さっぱりわかりませんが、俺が本名なんだからお前もリスクを恐れず書け!あなたは何様ですか?
あなたとは、もっと建設的な議論がしたかった、残念です。
夷様の文章を読みましたか?私は人ごとながら悔しくてなりません。
あなたに、少しでも良心と人を思いやる気持ちがあるなら、少なくとも、分(一投稿者の範を越え)をわきまえず、サイト管理者になりかわり、目糞鼻糞呼ばわりしたことについて、反省し、謝罪すべきです。

鳩山次の内閣の閣僚会議が開かれたみたいですが、早く人事を刷新して下さい。真の民主党支持者に誤解を与えます。絶対はずして欲しい人。。。。小宮山・中川
入れたい人。。。。高野・郷原・榊原英資

 mb2さん、私の意見ですが、簡単に言うと、今回の小沢氏と西松系政治団体との間の政治献金は、政治資金規正法の規定どおり正規に報告され処理されてきたものです。

 郷原さんも指摘しているように、政治資金規正法は献金者の報告を義務付けたもので、出資者の報告義務ではありません、別条項で「他人名義」の献金を禁止しており、これを論拠とした「虚偽記載」容疑!ですが、正規に届出・登録された政治団体で長年・多数の政治家に献金実態のある団体を虚偽政治団体と扱うと言うことです、これは所管官庁である総務省を通り越して検察庁が「いきなり」取り扱いを変えた事によるものです。

 役所・行政機関は「前例主義」です、ある日突然しかも国民に対する処分・処罰規定のある法の執行・取り扱いを変えるのであれば、説明責任は行政機関のほうにあります。

 例を言えば、同じ総務省所管の行政手続法は行政側に処分規定のある法律・条例の条文に対する取り扱い基準の策定と公開を行政に義務付けています、一行政機関に過ぎない検察庁が自由に法解釈や執行を変えれるとしたら、これは法の下の平等にも主権在民にも反することだと思っています。

私も、噂の真相の記事は基本的に受け流しました。あの当時の民主党の実力を過大評価して、政界フィクサーとまで呼ぶ記者のいかがわしさはとても信用できない。

ネットで、主催者、管理者ではない限り、匿名性は否めないわけですし、もう論議はここまで、ということに。私みたいな素人からすると、どちらのご意見も尤もです。お二人とも私など足元にも及ばない、素晴らしいコメンテーター(論客かな)でありますし。
「小沢一郎さん」という人も、もしかしたら本名なのかも、サイト管理者でさえ知りえません。
サイト管理者のおっしゃる、「本名」というのも理想として、本名で言うぐらいの気持ちでということではありませんかね。戸籍謄本、免許証、保険証、パスポートを提示するわけでもありませんし、有料制ならばクレジットカード№もありなのでしょうが。
人気サイトなどで、たとえばきっこさんのサイトとか、管理者自体が匿名ですし。
確かにこのサイトは、ジャーナリストを論客に迎えてのフォーラムではありますから実名性を理想としてらっしゃるのでしょうが、いかんせん閲覧、投稿する側は、一般のネットユーザですから。
(確かにジャーナリスト顔負けの投稿者の方もいらっしゃいますが)
ネットワールドで、お互い尊重しながら、ジャーナルしましょう。
もし僕の投稿が皮相的すぎるコメントであれば、即刻投稿はやめます。一閲覧者として、楽しませて頂きます。
(HN変えても管理者の人には分かるだろうから、そんなことしませんよん)
結構楽しかったですよ。
これからも皆さん仲良く、日本の政治の為に、困ってる人達の為に、論じ合ってくださいね。
バイバイ

私は、数年前から日本の政治変革過程に関心をもちはじめた大学生で、その関係で高野さんの書かれたこの文章や民主党結成の過程などは知っていました。
友愛の思想、というのはその昔カレル・ヴァン・ウォルフレン氏が執拗に説いたように、日本社会が抱える「市民性の欠如」の問題へとりくむための中心的なキーワードだと思います。

それをふまえて、気になる点は、こうした「われわれは・・」という論調で書かれた党の基本精神を記す文章を書いた本人(ここでは高野さん)の立場は何なのか、ということです。フランスなら「政治にコミットする知識人」という肩書も通用するのでしょうが、日本ではなかなかそれが認められない。ならば、いっそ民主党のシンクタンク的な、あるいは党からは独立したシンクタンク的NPO団体を識者を募って立ち上げ、友愛思想に基づいた社会ビジョン、問題認識、政策などを発表し、政治に対する提言を行ってみてはいかがでしょうか。(こんな動きがここ数年フランスでは社会党周辺にあります。)
「党のアーカイブから破棄された」からといって、「失望」し、「一抜けた」で出て行ってしまうようでは、あまりに無責任な子供じみた態度なような気がします。重要なことは運動の継続なのではないでしょうか。

ウオルフレン--鉄の四角形「日本権力構造の謎」について。
いったい日本という国家は誰が権力をもっているのか。どこに権力の中枢があるのか。どのように権力がはたらいているのか。日本人でさえ解きがたい謎に一人の外国人ジャーナリストが敢然と挑んだ。 1980年代バブルがはじけ、冷戦が終わり、55年体制の終焉のころ、最初に指摘したのは在日オランダ人ジャーナリストのウオルフレンだった。彼は「日本は民主主義国家の装いはしているが、その内実は官僚独裁国家で、政治家には官僚をコントロールする力量がなく、政治家は族議員として政財官界と癒着している。逆に政治家が官僚に支配されており、日常的に検察と官僚によるクーデターが起こっている」といった。 ウオルフレンの主張は著書『日本権力構造の謎』に詳しいが、要するに「官僚政治を打破しないと日本は滅びる」というのが彼の主張の骨子だった。 当時、ウオルフレンは日本の既得権益支配層の最大の”嫌われ者”で、会議などの場で彼の名をいうことはタブーだったし、マスコミでもタブー視されていた。というのも、ウオルフレンは政界・財界・官僚の鉄の三角関係にマスコミを加えて鉄の四角形の癒着が、日本の官僚独裁政治を支えていると指摘したからだ。日本のマスコミは社会秩序の維持が仕事だと勘違いをしていて、権力を監視する仕事や社会が変革される方向のために努力をしていないことや、ジャーナリスト自身の責任を問わないで野党や他人の責任ばかりを問うているとした。つまりは、日本の政・財・官とマスコミは日本人の幸福のために機能しないで逆作用しているのではないかというのだ。 政・財・官とマスコミを敵に回すと、日本では生きてはいけない。彼は日本から”追放”された。今でも彼の指摘を超える説はでてこない。結果、今日のように官僚独裁の癌が日本国中に蔓延することとなった。

高野先生
こんにちは、先日はお疲れ様でした。次回の再会を楽しみにしています。燧灘の鯛釣り名人を目指すことを決断致しました。そして燧灘の限界集落から日本初の「愛モデル」を樹立したいと思います。鳩山代表の愛と小沢代表代行の愛ある豪腕で政権交代を成し遂げる事で高野先生の民主党の設立に日夜の心労を奉仕した事が報われる事だと思います。
ザ ジャーナルの投稿の皆様*投稿者: ぷーさん *の「日本権力構造」を基準にして討論しましたら
愛のある日本の未来が見えてくると思いますが如何でしょうか?

前回、今回の高野論説をありがたがっている方にお伺いしたい。

今回の総選挙において、政権交代を達成するために、高野氏はどのような役割で何をして欲しいと思っているのかを。

私は、高野氏には、良識のあるジャーナリストの立場で、大手マスメディアに出来るだけ顔を出して欲しい。
そして、偏向報道に流され単一的な判断をしようとする一般大衆に対し、正論を喚起させるよう、マスメディアの論調に一石を投じることで、既得権益保持のための世論誘導に歯止めをかけて欲しいと思っている。

ところが、前回、今回の論説の高野氏は、民主党の広報になってしまってはいないだろうか?
しかも、公にしているとはいいながらも、自身の立ち位置が民主党側にあるとあえてこの時期に公言している。

鳩山新代表に代わって、どちらが首相にふさわしいかというくだらない世論調査結果で、鳩山新代表が優勢となった。
しかし、この世論調査結果に対して既に自・公側のジャーナリスト(もちろんそういう人たちは自分の立ち位置を公言していないが)からは、情報操作だの、世論誘導だのという批判が出始めているのである。

サンプロなんかで、「そういえば、高野さんは民主党の鳩山代表と一緒に結党宣言を作ったんだよね。友愛の精神についてちょっと説明してあげてよ」なんて振られて、その後、あえて民主党の政策などに対してのコメントを求めて「民主党に好意的だねぇ」なんて、なんとなく民主党シンパであることを印象づけ、良識のあるジャーナリストの立場をおとしめようとされたらどうするのか?

私は、このような展開になっていくことを何より危惧している。

地方公務員様
貴2009年05月22日 00:28を読ませて頂きました。ありがとうございました。
文面の前段は頻繁に語られてきた所ですが、後段の総務省と検察庁の業務の線引き付近で後者が前者に確認せずに見切り発車したところが今回の問題の一因になっているのかと思いました。

>役所・行政機関は「前例主義」です、
>ある日突然しかも国民に対する処分・処罰規定のある法の執行・取り扱いを変えるのであれば、説明責任は行政機関のほうにあります。
>例を言えば、同じ総務省所管の行政手続法は行政側に処分規定のある法律・条例の条文に対する取り扱い基準の策定と公開を行政に義務付けています、
>一行政機関に過ぎない検察庁が自由に法解釈や執行を変えれるとしたら、これは法の下の平等にも主権在民にも反することだと思っています。

今朝の毎日新聞が熊谷組が95~00年に国会議員20名に3千万円のダミー献金をしていたと報じてます。類似した事例を過去から引きずってきているにも拘わらず、西松の一件で、はからずも小沢さんが検察とメディアのサンプリングに遭遇したことが悔やまれます。メディアには鐘太鼓を鳴らして騒ぎを盛りたてるのではなく、冷静な情報収集と分析と報道を望みます。

Tommy Sunderさんの2009年05月20日 15:21の投稿引用【「一億総白痴化」も実は権力の陰謀だと思わせる・・】に関連して:愚民政策;
1.この種の手段は、歴史上では珍しいことではなく、嘗ての日本を含めた帝国主義国家が植民地を運営する際に採用した「愚民政策」が真にこの手段に当たる。従って、その手段は人間の良識に反するとか唾棄されるべき悍ましい(おぞましい)ものであるとか拒否すべきものとのして評価は出来ても、「陰謀」「謀略」という言葉が含んでいる「稀有」で「隠された意図」や「秘かな企て」といった陰湿な性格は本来持ってはいないのだと思います。ユダヤを誹謗する目的として古くから言われ真偽のほどは不明の「シオンの密書」が示す処のユダヤが征服した国家の人民統治政策も、愚民政策の部類に入るでしょう。
2.愚民政策とは、正確で詳細な説明は他のソースに譲りますが、被支配人民には「須らく何事をも考えさせない」ことを根幹としている由です。即ち:
1)教育を与えない、書籍を与えないなどの消極的方策。
(嘗ての「ゆとり教育」は、結果としてこの効果を若者の層に齎したといえよう。)
2)積極的方策として、被支配者のエネルギーを「考えること以外」のことに消耗させる目的で、Sex、Sports、麻薬、賭け事、Entertainmentを含めた享楽の対象などを国策として称揚する。
3.この脈絡では、私には、我が日本国民の少なくない部分が、自ら好み望んで「愚民政策」の犠牲者になり下がり、これにTV、映画、マンガ(麻生氏肝いりのアニメを含む)、三流メディア、芸能人など興行関係者などがビジネスの名の下に愚民化に加担して久しいと観えていて、暗澹たる気分になっている。心ある日本人は、大いに自戒する必要があるとも・・・。
4.私のこの感傷の反面で意味するのは、「日本の永田町や霞が関などの住人は、誠に愚かしい存在ではあるが、この日本で、極秘の国家戦略として、日本国民を愚民化する方向を指向するほどには精神構造が破壊された者ども、ないし此処まで冷酷な計算が出来る者どもではあるまい」と楽観していますが・・・楽観が過ぎるかもしれません(この場合には、予期されていない策略として、真に「陰謀」の表現が当て嵌まる(笑)。)。旧内務省勢力がどの程度のものか、全く不明ですし・・・。
5.更にこの脈絡で日本人の精神構造について考えを遡ると、1940年代に発表されたErich Fromm「自由からの逃走」が、「人は自ら自由を放棄し、思索することを放棄して、他者への従属や用意された軌道上を行くことを好むようになる(CrazyDog流のAboutな表現です(笑))」とのご託宣が、日本人を借りて真に現実化し正しさが証明されていると、皮肉な感慨がある。CrazyDog

em5467-2さんへ

少し誤解がありますので、訂正させてください。それは「元小沢さんの側近で民由合併に深く係わった方です。」の記述ですが、私自身は側近でも、そしてまた民由合併に直接かかわったこともありません。

ただ、小沢氏が自民党幹事長になる直前、若くして注目される理由は何だろう、財界の大御所が(新聞を読むかぎり・・)ひれ伏す源泉はどこにあるのだろうとの疑問から、意識して小沢氏に関する情報を求めてきたことは事実ですし、自由党時代、地方の議員、あるいは支部に所属するのでなく、党本部直属党員であったことも事実です。
今は自民党に所属するある代議士からは「今時、小沢シンパというのも疲れるでしょう。要するに変わり者でしかありませんから」と評されましたが、当時は地方にいるかぎりその程度でしかなかったのです。
そしてまた、民由合併にいちはやく賛同しながらも、県連役員の要請を蹴って民主党員とならなかった(今でも党員ではありません)ことも事実です。

ですから、こんな場所でこんな発言ができるとは、文字通り隔世の感があります。

パートブロガーとして登場する二見伸明氏、平野貞夫氏とは電話で情報の交換はしますが、それ以上でも以下でもありません。

以上は、私ごとで申し訳ありません。

さてこれからですが、ある機会に壇上から話をする機会に恵まれ、私は次のように発言しました。「議会とは、国会のみならず、県・市町村議会を含めてそれは私たちを写す鏡である。もしその鏡が曇っているとするなら、それは私たち自身の姿であり、曇った鏡に、あるいはそこに映っている映像に責任はない。」(端折りましたから正確ではありませんが・・)と語りました。

私たちは、今まさに、この曇った鏡を磨き直そう、あるいはそっくり取り代える作業に取りかかろうとしていますが、適うことならば目の黒いうちに見届けたいと期待しています。

<豊後の小兵衛様>
私の思い込みで、ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありません。

CrazyDog 様の| 2009年05月22日 14:18コメントについて、
>「陰謀」「謀略」という言葉が含んでいる「稀有」で「隠された意図」や「秘かな企て」といった陰湿な性格
とのご指摘、小生「陰謀」と言う言葉をそこまで検討せず、企てる側(現体制維持を望む勢力)が相手(愚国民?)に気づかれないように密かに手を打ち出しているとの認識を示したものです。ご指摘ありがとうございました。

「噂の眞相96年12月特集2風が吹かなかった民主党の仕掛人・・・・・」

投稿者名は違うが、その文書はまつたく同じものであり、投稿された時間から推測するに、同じ人物の手になるものと思われるので、その反論をあらたに書き直すのもバカバカしく、以下投稿人名も含めて他への投稿のコピーで済ませることにした。

おもしろい資料をありがとう。提供人氏がいかなる目的を持ってこの「古証文」を掲出したか、その意図を知る由もないが、表題に「高野孟の”正体”」としていることから凡そのことは見える。しかし、ここに参加する人たちはこれで怯むことは断じてない。

この資料から読み取れるのは、高野氏が一貫して政治の現状を憂い、何とかして変えようとあがき続けた歴史的資料ではないか。それをして「フィクサー」と呼ぶなら、高野氏にとってそれは「勲章」であり、賞賛を意味する。資料に記載してある事象は、私の経験に照らしても事実であろうとの推論ができる。しかしそれは高野氏の言動を批判・中傷するにはあたらないことを此処の読者は必ず読み取る。
政への権謀術策は古今東西の必須事項であり、記述のあれこれはそれを並べているのみである。従ってその一つ一つに反論する必要も、そしてその正否を確かめる必要もまったくない。報道人はその濃淡に違いはあれ、政治家と「連まねば」真の姿には迫れない。近世の緒方竹虎を見よ、そして田中角栄の秘書団を見よ、そのほとんどが新聞記者上がりであり、元はといえばジャーナリストである。現下のジャーナリストはその出自を忘れ、権力の走狗と堕したからこ、その任を果たせなくなっているのであって、今回の「西松事件」は、一般の人たちが自ら覚醒し、起ち上がることでその未来を自らの手で創り出そうとする切っ掛けを作ってくれた。
その意味で、大久保秘書は犠牲ではなく、崇高な教師を任じてくれた。ここに集う人たちは彼の苦難を自らのものとし、これからを過ごそうとしている。そしてまた、提供人氏が「提供」してくれた「古証文」はその活動の正しさをも証明してくれた。

重ねていう、提供人氏よありがとう。

猫目家族さま
貴方がおっしゃる公平とはどういうことなのでしょうか? その人の拠所となる思想を表明するのは、とてもフェアーなことだと思います。高野さんの立ち位置は今迄サンプロを見続けていると既にはっきりしていると思います。田原さんに番組の中で猫目家族様が指摘されるような、民主党シンパの様に振られる場面は度々ありましたので。昨今の状況下では、選挙に向けて高野さんに上から手が入って、TV等の番組で干されるのが心配ですが干されるのを恐れる高野さんでは無いと想います。 浮かれ過ぎかどうかは高野さんに伺ってみないとわかりませんね。

em5467-2さん

気にしないでください。特段の支障あったのでもなく、単に誤解を解いておきたかっただけであり、お詫びを受けるいわれもありませんから・・・。

中国共産党の広報紙朝日新聞が赤字転落らしいですね。
毎日も経営破綻間近だし、偏向マスゴミが淘汰されるのは日本にとってよいこと。
与野党が選挙前にマスゴミに公的資金注入という餌をちらつかせる破廉恥なマスゴミ争奪戦をしないようにウォッチしないといけないと思います。

 mb2さん、丁重なお返事ありがとうございました。
 次元の高い話や難しい話は論者の皆様に任せて、私共は基本的且つ初歩的な話をしましょうか(笑)。

>総務省と検察庁の業務の線引き付近で後者が前者に確認せずに見切り発車したところが今回の問題の一因になっているのかと思いました。

 この点なんですが、あくまで私の捉え方なんですが、検察の強い意図を感じたのですね。
 先ず常識的に言ってありえないと思ったのです。
 私はある意味技官であり、建設行政に数十年携わっていますが、貴方が熊谷組の例を挙げたように、西松だけでは無く全てのゼネコンが同じことをしている訳です、そして小沢氏どころかほぼ全ての自民党議員に行き渡っており、件数・金額とも圧倒的に自民党に廻っているのはこの業界の常識な訳で、しかも建設業界に限った話ではないのです。

 しかも一定の条件の下にそれが認められており、その条件規定が政治資金規正法であり、総務省の所管の下に行われてきたものです。

 しかも小沢氏はある意味この法の創始者でもあるわけですから、きちんとした解釈及び総務省の認定の下に「ヤミ献金」ではなく「正規に処理された献金」を検察が摘発したのですから異常事態でしょう。

 未確認情報ですが、今総務省はこの取り扱いについて民主党に見解を示せず逃げていると言う話を聞きましたが、さもありなんと思うのですよね。

 あくまで推測ですが、裁判になった場合、当然実際の法の取り扱いが問題になると思いますし、当然弁護側は総務省に「前例」「実態」「見解」を証言として求める場面は出てくるわけで、其処に検察と総務省の大きな齟齬が明らかになった場合、所謂「公判が維持できない」状態になるのではないか、と思ったわけです。

 その検察がもっとも問題にしている「公判が維持できない可能性の高い」客観性が在るにも拘らず強引且つ前例の無い逮捕・拘束・起訴に踏み切ったのです。

 ですから私は今回の検察の目的は、小沢逮捕ではなく、小沢・民主党のイメージダウン、小沢党首おろし、そして政権交代阻止「のみ」を目的とした捜査であると最初から感じた訳です、奇しくもこのJyanalで田中さんの最新記事で私と同じような見解を示されていますね。

 この問題は極めて大きな問題を孕んでいます、先に鈴木氏、辻本氏の例を挙げた方がいらっしゃいましたが、法的にグレーの部分があれば、所管官庁のきちんとした定義や責任の範囲を超えて、検察の法解釈や判断で「特定のターゲット」を逮捕・起訴できるのだとしたら恐ろしいことであると思います、本来一行政機関でしかない検察庁に、官僚機構に、そんな権限があるのだとしたら民主主義社会は崩壊し、正に検主主義社会であると言う識者の懸念は正しいものであると思うのです。

高野さま
民主党結党時の高野さんの高邁な理想が綴られた「資料1〜3」に心から感謝します。
現代において何の支障もなく自由にこのような資料を閲覧できるネット文化が構築されていることは本当に素晴しいですね。あらためて感じ入っています。
私たちは一口に「言論の自由」と言いあたかもこの状態が当然のごとく担保されているかのように受け止めています。しかし僅か60年ほど前にソレが奪われていた人々の体験が風化しつつあり、さらに現在のジャーナリズムの質の劣化の中で新たにこの理念を想起することはとても大切なことであると感じています。
高野さんの資料の中で展開されている「友愛」はこの語に凝縮されている思想の密度の濃さもあって簡単には自家薬籠中の一つにできない深さをがあります。
私は、キリスト者であった遠藤周作が「自分にとってキリスト教はダブダブの洋服を着ているような感覚」に近い感慨をもっています。まだまだ高尚すぎるんですよ。日本人にとっては。だって突然「ミンチュチュギ」に変貌してからまだ60年ですよ。
日本人は何に何処に思考の基盤を築いていると言えるのでしょうか。私たちの優れた先達は西洋思想を取り入れるのに忙しすぎて根本的にそれを議論してこなかったのではないでしょうか。
たとえばアリストテレスは論理的争点の明確化つまり「論争」において意味のある結論を得るための思考の法則の一つ「矛盾律」を定義しました。いわく「AはAであると同時に同一方向にBであることはできない」。お前の主張は「間違っている」「矛盾している」「変だ」「おかしい」と言うとき誰もがこの矛盾律に則って思考しています。
カントに至ってはそもそも真理を把握する道具である理性がどれだけの射程距離をもつのかその理性の能力まで批判しだしました。カントの言い方では「今日批判を免れているものは一つもない」。連綿と続く西洋の論理的伝統の強固さにさらにキリスト教の倫理が加わります。他者がどのように糾弾しようとも最終的に善悪を決するのは絶対者である神であり個人の行動はその神とどのように向き合うかで決められます。
この論理性と個の行動の根底にある絶対者との関係ーーー西洋の理性や倫理の伝統に対して日本人の思考の原理はどこにあるのでしょうか。私たちはそれを突き詰めて論争してこなかった「ごった煮」文化の中に生きています。一切を「なんとなく」それでいいんじゃないかというように受け流すのです。あるいは「山川草木悉有仏性」のように皆仏と捉える寛大さまであります。
しかし、まさに現在の日本の「転換点」にあたる政治的地殻変動のなかでカントのように「批判を免れる対象は何一つない」という視点から日本人自身の考え方や物の見方をいかなる前提も設けずに根本的かつ理性的に話し合う用意や心構えが日本人一人一人のなかにあるでしょうか。
どのようにすれば徹底的に言葉を信じて徹底的に言葉を疑ってきた西洋の理性の数千年の強固な在り方に日本人自身は一歩でも近づくことができるのでしょうか。
たしかに「友愛」はその架け橋になってくれると思います。しかし我が国の民度は理性どころか論理どころか言葉すら失って鉄砲玉を郵送するようなレベルです。絶句せざるを得ない不確実さが日本の底流にあるかぎり赤子がマッターホルンに登るような絶望感を覚えます。
日本のミンチュチュギが薄氷の上にある状況のなかで、それでも高野さんや田中良紹さんの言葉に燈明に出会うような温かさを感じています。まだ希望はあるぞと。きょうはとりあえずこの辺で。これからも高野さんや田中良紹さんの記事を愉しみにしています。
最近のDVD「宮廷画家ゴヤは見た」の字幕スーパーの中で”Brotherhood”を「友愛」と訳していました。「友愛」がなんかヤーさんの「兄弟仁義」のようで吹き出してしまいましたがやはり「フラタナティ」がいいですね。

選挙の争点は次の2点

1.国家主権を移譲して良いか?  Yes No

(民主党憲法提案中間報告)

http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040622minsyu-kenpouteian.htm

2.総理大臣が傀儡で日本は恥ずかしくないか? Yes No

地方公務員 様
貴2009年05月23日 00:17ありがとうございました。遅まきながら勉強させて頂いてます。政治資金規正法で疑わしい事案が発生したと検察が察知した時、検察は最初に総務省と政治資金規正法の運用の違反行為があったかどうか情報の交換がなされるのが自然かと、素人は考えていたのです。そして罰則の行使については、まず総務省で報告書の訂正がなされ、それを越えるグレー部分については刑事罰の検討に向かうのではないかと思っておりました。即ち、まず初めに総務省の判断ありきではないでしょうか。この辺がメディアでは明確に語られてないのです。各省間の権益やプライドの問題がありバリアーも高く、お互いに短時間で情報確認が出来ないまま、検察は時効に迫られて突っ走ったのでしょうか。その後、追加の容疑も伝えられてませんし、ただ小沢さんが悪の権化だとの情報を厚化粧しているような気がするのです。厚化粧はいつかは剥げ落ちてきますがね。訴訟の書類や報告書、それに担当職員のコスト等々を考えると〆て何億円になるのでしょうか。疑われている献金額を大幅に超える公費の出費となりますが、それでも検察はプライドを損なわないように軟着陸を考えるのですね。民間企業では許されない愚行です。

社会学者ホセ・オルテガは言った。「民主主義の最大の欠陥は、マスコミに扇動された大衆が極めて有能な人材を引きずりおろすことであり、極めて愚かな人間に熱狂することである(要旨)」。
日本の首相がアメリカのメンフィスへ行って大統領の前で腰を振ってプレスリーを熱唱した。翌日のアメリカの新聞に写真入で「愚か者だけが浮かれてはしゃぐ。わが大統領は苦笑して見ていた。大統領は愚か者ではなかった」。つまり史上最低といわれた愚かな大統領だけど、日本の首相に比べたら愚か者には見えなかったという裏の意味である。日本で大衆が熱狂した構造改革というのは日本の制度や社会をアメリカ流にしてしまおうというものだった。たとえば裁判員制度。
国際政治学者の高坂正尭氏はアメリカを相当クレージーな変な国でおまけに厄介な国であるとした。それはヨーロッパにはある経験と歴史がない現実主義の国だからという。確かに、金融危機のとき日本の政策を真似た。また、多数のヨーロッパの知識人がアメリカを「弱肉強食の放縦放埓主義」「獣の群れのような精神の持ち主」「野蛮人の言論」「世論の名による愚劣な多数派の専制」「巨大な精神的無」「マスメディアが第一権力」などと懐疑し批判している。例えばアメリカは情報社会の人気者やスターがよく政治家に選ばれる。一方ヨーロッパでは地域の意見を聴いたり育てたりする人が選ばれる地域主義。
そのアメリカニズムの霧が戦後六十二年余にわたって立ち込め続けているこの日本列島では、大衆の骨の髄までアメリカニズムの霧が染み付いてしまっている。大統領に腰を振って迎合したアメリカ崇拝の首相が市場原理主義者の学者と組んで、新自由主義という規制緩和をはじめとする様々な構造改革劇場を大衆にみせた。内容は中央と地方の問題・派遣非正規労働者の問題・社会保険庁の年金記録や後期高齢者医療の問題・マスコミの捏造・牛肉といって豚肉と鶏肉を売る、等。それが極点までに至ったとき、過激な格差社会が出現した。いわばパンドラの箱を開けたら、ありとあらゆる災厄が飛び出してきたのである。
生活苦による家族の不和、そして鬱が決定的な引き金となっている。いまや社会というものは存在しない。あるのはエゴむきだしの個人だけ。貧困に苦しむ人を自己責任と突き放す。年間3万人の自殺「自殺するのは、その人の勝手でしょ。でも迷惑かけないで死んでほしいね」という酷薄な社会となった。とすればナイーブな感性を持った人々が鬱にならないはずがない。いま日本の政治はつつきあい叩きあい・経済は空洞化し国債の山・社会は鬱の閉塞感に包まれ、羅針盤をなくした船のように漂流している。
一方、勝ち組の将来もバラ色ではない。百年前にマックスウエーバーは予言していたように、大量生産大量消費時代が終わるとき、資本主義の限界にいたると。これはアメリカ経済の凋落とともに現実となった。近代西洋文明の根幹である合理性という効率主義が、行きつくところまで行って金融危機を産み出し自己破滅してへたり込んだ。
構造改革の花火は見栄えのする無数の巨大な火の玉が空中に消えないまま、衆愚政治コメディを見ていた観客席にいる大衆に降り注いできた。大衆は悲鳴を挙げている。あわてて箱を閉じたのだが・・・、予言者パンドラの言い伝えの一番の妙味は、箱の中に封じ込められることになったのは、なんと「希望・幸福」だったという点。今、この列島の惨状は最もひどい段階に達した。なんとかこの箱をふたたび開けて取り出したい。大衆はみずからが望んだ構造改革が害悪だらけと知って、誰もが安心して住める、愛の揺り籠のような「北欧流の福祉国家」へと舵を切り換えようと試みているが・・・でも、日本には北欧型の政党がない。」
榊原教授の提言「市場原理主義の終焉」 BSフジLIVE PRIME NEWS   09/05/21分
http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d090515_0 

 mb2さん、本来のありうべき姿としては貴方のおっしゃるとおりですし、実際総務省の扱いとしては、今回の「虚偽記載」容疑「程度」には「記載訂正」で済んでいたと小沢陣営他が言っているのですから、そういう指導を「省」としてしていたのであろうと思いますよ。

 自分等もそうですが一般行政職は犯罪及び犯罪者を創らない事が第一です、明らかな問題、他者或は社会的影響が大きい問題でない限り、グレー部分は申請者に不利益が生じないように、書式等形式を整えることで対応すると思います。
 特にこの場合それでは全ての「政治団体」を検証しているのか?その扱いに不公平はないのか?と言う問題が生じ、認可・届出を正規に受けている団体であれば、「一律に」処遇する(要するに個々の問題にまで入らない)ことが現実だと思います。

 検察は「独自の」判断で小沢氏秘書逮捕・起訴を行ったのでしょうね、そうとしか思えません。

 既に言われていることですし、今の田中良紹さんのブログでも報告されていますが、検察は大物政治家がらみの捜査であるのに「検察首脳会議」を開かずにこの捜査を行ったとあります。

 相当に「急ぐ」理由があったのですね、正にその辺りにこそ「説明責任」がありそうな気がするのですが(笑)。

 あくまで私の私見ですが、全てが所管官庁も社会常識も無視した、時間的にも切羽詰った「検察の暴走」が見て取れます。
 貴方の仰せのとおり、こんなこと(検察の暴走とプライド)に行政コストを支弁することは間違っていると思います、何より国民の為のコスト支出ではなく、逆に民主主義の基礎を危うくする行為だと思います。

 何度でも言います、この問題の場合「説明責任」は検察と総務省、そして本来政府にこそあると思っています。

 自民党・マスコミ「他」の小沢説明責任論は間違いです。

地方公務員様
2009年05月23日 14:22読みました。ご丁寧な解説ありがとうございました。官庁キャリア組にはともすると暴走することがありますが、一旦走り出すと誰も止めないんですね。某本省に半年間足を運び新規の許認可の内示が出たので本書を持って伺ったら、局長が移動になり新任者は認めず没になった経験があります。検察も同様の流れで事務を扱っているのでしょうし、特に能動的に動き回らなければならない部署でもあるので担当責任者のイメージを基にしたシナリオで案件を探ってゆく傾向にあるんでしょう。一旦走り始めたら誰も止めに入りませんよね、余程強烈な外圧で上層部がギブアップしない限りは。周囲は冷ややかな目で冷笑している事もありますね、方や本人は悲壮感の塊であるのに。担当者は俺は盛岡にいたから事情を良く分かってると思いこんで一旗あげようと意気込んだ部分もあったかも知れません。記者会見で国民感情云々と言っていたと記憶しておりますが、基本的には地元住民の心を汲み取らない形での捜査は無謀としか言いようがありません。人間関係は紙と鉛筆だけで整理できるものではありませんから。国定忠治と悪代官の芝居の筋書きにならなければいいですが、。また、お聞かせ下さい。

投稿は遅かったかな? でも、テーマから外れた投稿や、盲目的に賛美する投稿が目に付きますので、投稿しておきます。

< 「愛」について、「友愛」への異論 2 >

 民主党新代表の鳩山氏は「愛」や「友愛」をスローガンとして語っています。それらの言葉は、祖父鳩山一郎氏、ひいては自らも創起者のひとりとなった旧民主党基本理念に一つの源泉があると思われます。旧民主党基本理念では、「自由と平等」のよりよき均衡を導く思想として、「自立」した限りなく多様な個性を持った「人間」同士が互いに「友愛精神」を持って関係性を築き、より良い「共生」にするという「友愛精神にもとづく自立と共生の原理」が示され、さらに、「自立した個の共生」や「友愛精神」を、「人間」と自然界の万物との関係へ敷衍しようと試みています。“なんとなく”は理解できます。しかし、その試みは可能なのでしょうか?

 旧民主党基本理念の「友愛精神」を、「人間」と自然界の万物、「人間」以外の生物や非生物との「共生」に敷衍する試みについて考えてみたいと思います。
 「共生」という概念はそもそも「複数異種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」ですが、自然界の中の非生物を生物とみなして、その活動を生活とみなせば「共生」概念があてはまると思います。しかし、所謂「友愛精神」の中の「友愛」は「愛」の一方的行為ではなく「愛」の相互行為であるように思われますから、「人間」の“「人間」以外の生物や非生物も「愛」を持つ”という独断を避けるなら、その「共生」している生物や非生物との関係性の中にその「友愛」を見出すことは出来ず、「人間」と自然界の万物との関係へその「友愛」を敷衍することは出来ないと思います。
所謂「友愛精神」で言われる「友愛」の持つ相互行為という意味から離れて、「友愛」が「人間」による「愛」の一方的行為であっても良いとするなら、そこには「愛」の一方的行為を押し付けるという意味を持つ「友愛」が創造され、その新たな価値観が付与をされることになると思います。しかし、これでは「人間」による「愛」という価値観の一方的押し付け、独善に陥ってしまうように思います。かつてキリスト教徒はキリスト教徒にとって未開の地に出向き、キリストの名の下に聖書を掲げ、キリスト教的価値観の一方的押し付けによる支配や収奪、殺戮といった独善を繰り返したことがありましたが、そのときと同質の悪しきドグマを「友愛精神」に潜ませることになるように思えます。これでは「友愛精神」を訴える本意から大きく外れるわけですから、この意味でも「人間」と自然界の万物との関係へ「友愛」を敷衍することは出来ないと思います。
 以上、私にはその試みは不可能であるように思います。

 ここのテーマの他の方の投稿にもあるように、日本には古来より、人や生き物に留まらず、自然界の万物へおもいを馳せていつくしみ感謝する心が長く育まれ、受け継がれ、「愛」や「友愛」とはとは異なる形で既に存在していると思います。そのように日本人が自然界の万物とのよりよい相互関係を築く知恵を「愛」や「友愛」で表されるものとは異なる形で持っているとすれば、別投稿で示したような日本人の「愛」に対する主な既成イメージと相俟って、たとえ旧民主党基本理念の「友愛精神」を自然界の万物まで敷衍する試みに成功したにしても、その中の「愛」や「友愛」に託して伝えたいイメージは、日本人の多くが抱く自然界の万物とのよりよい関係に抱くイメージとは齟齬があって当然のように思います。私はその別投稿で、「愛」や「友愛」について違和感を訴える気持ちも理解できると書きました。そのような違和感を受けてもその「愛」や「友愛」にもとづく理念を政治活動の原点にしたいのなら、その違和感が無理解によるものと反発を強めるだけでは自家撞着の謗りを受けても止む無く、まずはその「愛」や「友愛」にもとづく理念の再検証から始め、その違和感の源泉を探り、その上でその「愛」や「友愛」の説明を積極的に試みる必要があると思います。基本理念として高らかに掲げたものに原点を求める以上、そこには“なんとなく”の理解しか得られない程度の論理ではなく、緻密で正確な論理に裏打ちされた内容が求められると思うのです。(私の理解や理屈が緻密で正確だと言い張る心算は無く、全くのど素人が僭越とは感じますが・・・、ただ私なりに理解の探求をしてみました。)繰り返しますが、別投稿で書いた「愛」に抱く主な既成イメージとの齟齬や、上述したような所謂「友愛精神」を自然界まで敷衍して「共生」を論じる矛盾に説得性を以って応えられなければならないと思うのです。

 私は別テーマへの投稿<「愛」について、「友愛」への異論>で、自然界の万物とのよりよい相互関係を築く、「愛」の対極にある「無関心」への一方的能動的対処行為として和語【おもひ】を元にした造語【 おもいやり = OMOIYARI 】を示しましたが、これには独善的価値観の押し付けが無いと思われ、より相応しいのではないかと思います。

          【 おもいやり = OMOIYARI 】

がインパクトのあるスローガンとして相応しいか否かはわかりませんが、【 もったいない = MOTTAINAI 】が世界で通用しているのですから・・・。(ってシツコイかな?!)
 
p.s. 砕けた話し、まぁ 政局常在戦場化する時、「愛」や「友愛」、「おもいやり」を語っても可也ユルイ、ヌルイものがあるような気もしますが、キリスト教的西欧文明世界観の中で「愛」や「友愛」が歩んできた歴史の中に支配や収奪、殺戮の繰り返しがあった(勿論、功績の方が圧倒的なのでしょうけど。)ことを振り返るとき「愛」や「友愛」の持つ偽善性の恐怖に思いを寄せざるを得なく、またイカガワシイ宗教や団体(The ~ fraternity ?)が「愛」や「友愛」を語って詐欺ってきた事実も多々あって、今更「愛」や「友愛」による政治理念と言われても、それらにはユルイ、ヌルイとは真逆の印象もあるわけで、なかなかすんなりと心に納めるわけにはいかないのです。しかも、鳩山氏が主張する中には「日本列島は、日本人だけの所有物ではない」といった“裏に悪意が隠されているかもしれない、悪意に容易に利用されかねない”欺瞞性に満ちたものもあるわけで、そこで「愛」や「友愛」を語られても・・・なんだかなぁ~? それらの言葉に現に潜在する偽善性や欺瞞性を見抜けないインテリゲンちゃんがいるとも考え難く、いろんな意味で“キット批判の的になるゾ!”と思ったりするのです。これはまったくの直感ですが、今時、鳩山氏が「愛」や「友愛」を主張するって、戦術的にいいんですかねぇ???

・ 過言があれば思い余ってのこととご容赦いただき、浅学故の間違いには指摘、訂正など
 していただければ幸いですが、叱咤や無視でもよいです。(笑
・ この投稿への反論・攻撃・賛同・質問は拝読するに止め、直接お応えすることは控えます。
 機会があれば別投稿にて改めて私見を書かせていただきます。あしからず。
・ まさか無いと思いますが、転載される際は論旨変更不可、誤字脱字訂正可でお願いし
 ます。(笑

高年層:「友愛」のだまし言葉で涙もろくなり民主に投票
中年層:ストレスがたまっていて「お上」にお灸を据えたい願望で民主に投票
若年層:日本が国家主権を(中・韓)に移譲した後の犠牲者となる

まだ見たことがない人は次の上から5行目を注目。本当に「主権の移譲と共有」
と書いてあるよ。あごをはずさないよう注意!(民主党憲法提案中間報告)

http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040622minsyu-kenpouteian.htm

日本の国土、文化、伝統、日本語がカワイソすぎる。

VABさんへ

ちゃんと本文を読んだ上で、批判したらどうです。

《引用 上記サイトの民主党憲法提案中間報告より》
 第1は、グローバル社会の到来に対応する「国家」のあり方についてである。

 そもそも、近代憲法は、国民国家創設の時代の、国家独立と国民形成のシンボルとして生まれたものである。それらに共通するものは、国家主権の絶対性であり、国家による戦争の正当化であった。これに対して、21世紀の新しいタイプの憲法は、この主権の縮減、主権の抑制と共有化という、まさに「主権の相対化」の歴史の流れをさらに確実なものとし、これに向けて邁進する国家の基本法として構想されるべきである。それは例えば、ヨーロッパ連合の壮大な実験のように、「国家主権の移譲」あるいは「主権の共有」という新しい姿を提起している。
《引用終わり》

引用内容をどう読んだら、「日本の国土、文化、伝統、日本語がカワイソすぎる。 」となるのか、理解できません。少し長い文章は、読解できないのでしょうね。

貴方、本気に日本の主権を放棄すべきと思ってますか?
たとえば中国では信頼できない国としてインドについで二番目に日本が上がってます。
何が嬉しくて日本の主権を放棄したいとおっしゃるのですか? 「長文」が読めない私に教えていただきたく。

長文どころか、短文も読み取れないVABさん。どこに「日本の主権を放棄」と書いてありますか。私が「日本の主権を放棄すべき」と書きましたか?

《ヨーロッパ連合の壮大な実験のように、「国家主権の移譲」あるいは「主権の共有」という新しい姿》と書いてあるでしょう。

多分これでもわからないでしょうから、これでこの問題に関するレスは止めます。

Evergreen様
「移譲」という言葉を英語に訳すとTransferです。他動詞でありながら同時にTransferする相手を言わなければ文章になりません。
(transfer A to B)
民主党の憲法改正提案はあたかも誰でもいいから主権を与えたい(自ら放棄し)と言っています。
(to B のBがありませんので文法的にも不完全です。)
ああ、ここまで来たかという何ともいえない気分になります。

中国共産党にもアメリカ帝国主義にも国を売らない政権が良いのですが。
小沢自民党~小泉自民党にかけてのアメリカへの売国は醜かっだけに自民党=アメリカへの売国政党のイメージが強いです。
金銭の額から言ったら中共への支援よりも桁違いに多いと思いますし、安全保障への間接的な投資としても割が合わないと思います。
一方中共への売国はあまり度が過ぎると中共の日本侵略も可能性がないとは言えず、ウイグル化、チベット化する危険性もゼロとは言い切れないと思います。あれほどの大国ですから。(具体的な日本侵略の計画がないかどうかは諜報調査なども必要でしょう。)
民主党の姿勢はあまりわかりませんが、自民党よりも親中共なのは確かだと思いますが。
やはり真の自立には意味のある自主防衛が必要で、売国せざるを得ない状況から抜け出す必要があるのではないでしょうか。
国民は与野党、米中問わず売国議員をウォッチしていかないといけないと思います。
私はイラク戦争やチベット問題を見ると米帝も中共もとんでもない人権蹂躙国家だと思っています。どちらに国を売る者も許せないです。

 民主党憲法提案中間報告(↑): (指摘されていた部分)見たことがなかったので驚きました。何ですか,これは? 民主党攻撃の材料に使われそうです。少なくとも誤解の材料になりそうです。
 国家主権を前提にしない憲法って何?憲法制定権力って,究極的には国家主権では?国家主権を前提にしないのであればそれは,国の憲法という概念からは外れるものでは?

 「日本国民の生活が第一」 民主党のみなさんには,遠い理想はともかくとして,現実の政治目標をしっかり確認して頑張って頂きたいです。

■ 参考まで ■

衆憲資第40 号
「国家統合・国際機関への加入及びそれに伴
う国家主権の移譲(特に、EU 憲法とEU 加盟
国の憲法、「EU 軍」)」に関する基礎的資料
安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
(平成16 年3 月4 日の参考資料)
平成1 6 年3 月
衆議院憲法調査会事務局

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi040.pdf/$File/shukenshi040.pdf#search='EU 国家主権 委譲'


p.s【独り言】
 阿呆なふりしてか、マジ阿呆なのか、調べれば解る事を・・・。前回衆院選のときも似たような話持ち出して、突拍子も無い空論捩じ込んで、何人かで掛け合い漫才やってた奴等いたな。あちこちの政治板でさ。同じ方々でしょうか?ツラレナイヨウニキヲツケヨウ!

ばろんでっせさま

参考資料ありがとうございました。勉強になりました。
すでに国家権力の一部をEUへ「移譲」「委譲」「委任」すべく憲法を改正した国があることを、初めて知りました。

この問題を認知し理解するきっかけとなる投稿をしてくれたVABさん(中身を理解できないまま投稿したんでしょうが)にも「感謝」しないといけませんね。

20年前のイタリア人、ドイツ人は英語が概して下手だったのを良く覚えてます。今はEU統合で英語が共通語になったことと経済のGlobalizationの影響もあってずいぶん英語がうまくなったことにびっくりしています。

他国との共通語を持つことに対しての抵抗もあったでしょうが、米国一機軸でなく、世界に第二の機軸を持ったほうが各国にとっての将来的な利益となると最終的結論を出したのでしょう。EU諸国が各国の個別の犠牲を払ってまでも合意できた連邦の設立は、共通の基盤を感じ取ることが勝ったといえる思います。

翻って、極東で経済だけでなく政治も含めての「連合の設立」が、日本の将来の国家理念になりえますか? (まじめに聞いています)
新連邦での共通のポジティブなアイデンティはいったい何がありますか? 北京オリンピックの状況を想起するまでもなく自明です。

一方、仮定としてもし東アジア連邦が生まれたとして、共通会議はいったい何語でしゃべるのでか?

日本語というのは多分通用しないでしょうから、多分北京語か良くて英語になるでしょうね。

国際会議で日本代表が英語に四苦八苦し、表に出て堂々と振舞うことが出来ないシーンは個人的に嫌と言うほど見てきました。

ばろんでっせ様、EverGreen様、あなた方が東アジア連邦で堂々と「振舞え」ますか? 日本の利害を主張できますか? あるいは中国語をこれから勉強して彼らと議論できますか?
(まあ英語でもいいですが)

せっかく、ばろんでっせ様が有用な資料を紹介してくれたのに、お読みになりましたか。読んだ上での、再投稿ならよほど文章読解力のない方と思わざるを得ません。

ひとつだけお答えするなら、「極東で経済だけでなく政治も含めての「連合の設立」が、日本の将来の国家理念になりえますか?」

EUの方向性を目指すという意味で、YESです。現在のEUに至るまでの50年以上の歴史をみても、実現には非常に長い時間(数十年)を要するでしょうが目標に値すると考えます。

《上記基礎的資料より引用》
EU 統合の動きは、第二次世界大戦への反省から、欧州における武力紛争を回避し、永続的な平和と安定を維持しようとする西ドイツ及びフランスをはじめとする西ヨーロッパ諸国の決意にその淵源を求めることができると一般に言われている。
《引用終わり》

共通会議用語の質問は、くだらないのでパス。
 
老婆心ながら、投稿するときには推敲してからどうぞ。何箇所か「日本語がカワイソウ」な部分が見受けられます。

ばろんでっせさん、EverGreenさん

日頃、充実してご投稿を拝読しております。
話がEUに及んでいますので、次の書物をご紹介いたします。既に読まれておられるかも知れませんがその節は、無視願います。
著者は、イギリスの、日本流には還暦を過ぎた老?外交官で、「ポスト近代」の概念からEUの構想その他が記述されており、私はその高邁さなどに大興奮したものです。
Robert Cooper 「国家の崩壊―新リベラル帝国主義と世界秩序」http://www.nikkeibook.com/writer/2752/
CrazyDog

あーあ、この程度のことしか言えないのですか? EUの統合に関して、ご自分の撞着の気持ちがとても大きいとお話ですね。それだけはよく理解できました。

なぜ日本がEU統合と同一の過程を踏んだほうがいいのか、根本的な理由をまったくおっしゃってません。憧れの気持ちを持つのは私自分としては20歳くらいで終わりました。

共通の理念を持ち得ない、アジアの相手はもっとしたたかで利己的ですよ。あなたしっかりしてくださいよ、廻りは反日、排日の絶叫状態ですよ。あなたの個人的努力がどの程度理想的なアジア連邦設立を改善するのか見ものです。皮肉ではなく、沢山がんばってください。同時にお子さんがいらっしゃれば彼らの将来のことも考えてくださいね。

一言で言えば貴方がどれだけアジア人(中国人、韓国人)を説得して、貴方が想われる「理想的」な東アジア連邦を作ることを説得できるかという話に尽きます。(通訳つきでも良いですが)
しかも日本人のマジョリティを納得させて。
物事はそういうことだと思います。
日本人が彼らと会話もできないのであれば話になりません。
そもそも議論の骨格は日本の憲法の話ですよ。
彼らの愛する彼らの国家の主権を認めた上でどんな話を始めようというのですか? (今更反日・抗日の現実は当然お分かりと思いますが。)

ところでEverGreen様は共通の言語などは無視するとおっしゃってますが、現実には統合政府を作るには部会レベルでの合意が必要となりますよね。現実はそのように進んでいきます。貴方のお子様に北京語を習わせるのですか?

 mb2さま、大分時が経ちましたが、5月28日付けの田中良紹さんの意見見られましたでしょうか、田中さんと私ではレベルが違うと思いますが、私の言いたいことは見事に田中さんと一致します。
 何度でも言います、説明責任は小沢氏にではなくて検察・権力の側にあります、このような良質なブログに出会えて私は今幸せ感で一杯です。

本来のスレのテーマから外れてしまいますが、お許しください。
今回のやり取りを契機に、とりあえずgoogleで「東アジア共同体」を検索して、少し勉強した結果を書き込んでおきます。

自由民主党の2005衆院選マニュフェストでも、《中国・韓国など近隣諸国との関係を改善強化し、アジア「共同体」の構築を推進する。》と書いているのですね。さらに、福田康夫氏の政権公約(2007/09)は《東アジア共同体の実現を目指す 》と踏み込んだ表記になっていました。

民主党の2005衆院選マニュフェストも下記のようにうたっています《東アジア共同体の構築をめざします。》

ただし、2007参議院選のマニュフェストからは、両党とも「東アジア共同体」に関する表記は消えています。

正直なところ、地域共同体に関してあまり関心もなかったので、知識不足でした。

2004年「民主党憲法提案中間報告」は棚上げになっているようですが、「東アジア共同体」構想をかかげると、論理的には「国家権力の一部委譲」問題が必ず出てくるので、先取りした議論を「生な形」(阿呆なネット右翼に絡まれる余地を残したという意味で)で出したと推測します。

いずれにしても《東アジアにおける武力紛争を回避し、永続的な平和と安定を維持しようとする》のであれば、敗戦から今日まで長く続いた対米従属的な国家戦略では実現できないでしょうし、一国主義的な国家戦略はありえないでしょうから、それに替わる方向としては「東アジア共同体」構想以外ないように思います。まして。もちろん現在のEUレベルの共同体が成立するのは、数十年を要すると思いますが、今後さらに巨大化する中国との関係をどう構想するかを含め、民主党にも再度の戦略提示を期待したいと思います。

最後にVABさんに(ほかの方はスルーしてください)
ああこの程度の日本語能力でよく投稿されますね。前回推敲してから書き込むことをお勧めしましたよね。

「EUの統合に関して、ご自分の撞着の気持ちがとても大きい」って、憧憬と間違えた?

大辞泉より 1. どう‐ちゃく【撞着】 [名](スル)1 つきあたること。ぶつかること。 「忌諱すべき事に―することも」〈鴎外・渋江抽斎〉 2 つじつまが合わないこと。矛盾。「話の前後が―する」「自家―」

人にあれこれ言う前に、もう少し日本語を理解して投稿しましょうよ。日本語がカワイソウでしょう。

また文章読解力もなく、まともな議論ができないことは今回の書き込みでも、再度確認できましたので、これ以上あなたとやりとりする意味を見出せません。せいぜい、反中・反韓の書き込みをしていたらよろしい。さようなら。

EverGreen(2009年05月28日 20:22)さん

東アジア共同体構想=夢・・引用【現在のEUレベルの共同体が成立するのは、数十年を要すると思いますが・・】
いつもながらに、独断が勝っているコメントですが・・・:
1.私のAboutな認識では、EU統合が、個々の国家の枠を残す形での初期段階とはいえ、曲がりなりにもスタートできた基本的で重要な要素は下記にあると認識しています。
--記--
1)EUの各国家国民の総体として、経済的にも知的にも宗教的にも文化的文明的にも、共通ないし近似した広さや深さを獲得していること。一言でいえば、共通ないし近似したIdentityでしょうか。更に敷衍すれば、過去の多数の戦争の歴史を含めた永い歴史と人々の近しい頻繁な往来や交流を経て、戦争と殺戮の愚かしさから、また「勢力均衡論」の限界が惹き起す種々の軋轢など(注)から、各国が一致して訣別を決断し、人類史上初めてとなる「挑戦的で知的で先進的な秩序作りへの試験(卑近な例では、‘外国による内政干渉を受け入れる=限定的な国境の排除‘=これも’国家主権の移譲’の一つの形でしょう。)に踏み出す土壌が、共通ないし近似していたこと。
   (注)EU統合の経済的な目論見や契機としては、アメリカ経済圏への対抗なども
    報道される通りです。
2)それらの故に、EUでは相互理解も相互信頼もが容易であったこと。
3)以上を重要な与件として、「より透明でより緊密なコミュニケーションを通じれば、相手国を深く信頼出来る可能性に賭ける」と多数の参加国国家のTOPが決断した、ないし国民の総意の後押しによって画期的な決断が出来たこと(優れたリーダーがいた)。

2.東アジア共同体構想を考えた場合、極めて美しくバラ色の将来が観えますし、そのように認識するのもそれを目指すのも間違っていないとは思います。また、EUのような理念や統合の実態があることなどを深く調査し知識としておくことの意義は小さくないとも思います。然しながら、EU統合を上記のとおり認識する脈絡で、東アジア地域の現実をとらえた場合には、日本、中国、韓国の3カ国に限っても、歴史的な文化のルーツは共有されているとしても、その後の長い歴史の中で夫々の国家が夫々に固有の文化を育み発展させて来ている。経済発展段階は日本が突出して高みにある。中国は政治的には共産主義国であり、そこからの離脱は寡聞にして聞きません。東アジアという括り方は、単純に「地域的に近い」ないし「(表見的に)歴史文化の共通項がある」程度ではないのでしょうか。私には、現在の各国家が、総体として、知性の高さ、理性の深さ、価値観、覇権の確実な放棄、地域平和や世界平和に関する理念などにおいて、類似点があるとは、近未来を含めて思えないが・・・。
更には、このTheJournal上で「国家主権の移譲」が議論されている脈絡で言えば、日本を含めてこれらの3カ国のどの国で、「主権」の本来的で正確な意義や意味が理解されているのか?根本的な疑問が残ります。

3.各国が、最大限にお互いが折れ合って、更に折れ合って(但し、折れ合いが過剰でも、将来の破綻の原因になる)、共同体をTryできるとしても、その時期は、今後数十年ではなく、イメージ以上のものではないですが百年単位の期間が必要な「大きな差異」と思えてなりません。

4.勝手な邪推をすれば、アジアで突出した経済力を誇ってきた日本の、目立ちたがり屋の政治家や官僚が、「失われた十数年」の経済的苦境から脱却するために編み出した手前勝手で美しい机上の構想ではないのでしょうか? 経済的目論見だけであれば、FTAやEPAなどなどのステップを充実させ着実に実績や多様な交流を踏むのが順序であり、これらをスキップしていきなり主権移譲を含んだ共同体構想は、非現実的で唐突の極みと言わざるを得ないという感じでしょうか。如何でしょう?
CrazyDog

CrazyDogさま

数十年と書いたのは、EUの歴史経緯を見ても、現在の状態までに50年以上かかっていることから数十年と書いたまでのことです。 「超」長期的な対外戦略をこれまでの対米従属でいくのか、「東アジア共同体」理念でいくのか、それとも別の方向でいくのかと設問した場合に、「東アジア共同体」理念が選びうる道だと考えます。 あえて付言すればどんな選択も「極めて美しくバラ色の将来」を約束するとも思っていません。 現実課題の一つひとつに対して、理念に沿ってよりマシな選択を続ける、プロセスが重要でなのではないでしょうか。

私も現在の東アジアの政治状況の中で、「東アジア共同体」(現在のEUレベル)の構築を、具体的な政治課題として推進できるとは思っていませんし、そんなことは書いたつもりもありません。その誤解の上であれこれいわれてもと感じました。

衆憲資第40 号の内容を最低限の共通テキストとすれば、現在の東アジアの国家関係は、50年前のEEC(経済共同体)成立の段階にすら至っていないでしょうし、まして1992年のマーストリヒト条約レベルの実現すらその可能性は見えていません。いづれにしても、現在のEUの到達段階と歴史過程を踏まえれば、現在の「東アジア」の現状から一足飛びにEUレベルの「東アジア共同体」構想を議論できるとは考えていません。

CrazyDogさまは、EUに関して知識が深いようですが、他国には「知性の高さ、理性の深さ」がないかのように(文脈から日本が高く、中国・韓国が低いという主張だと理解しました)決め付けるようでは、「経済協力」すらもスムースに進まないのではないのでしょうか。

また、「EUの各国家国民の総体として、経済的にも知的にも宗教的にも文化的文明的にも、共通ないし近似した広さや深さを獲得している」という認識(とくに「知的にも宗教的にも」のくだり)は不勉強な私には、理解しがたい部分です。現在の27カ国のEU加盟国を一くくりにできる共通性がなにか良くわかりません。

今回のテーマに関してほとんど系統的に勉強していませんので、今後も勉強したいと思います。

ばろんでっせ(20090524 0612)さんへ

この高野さん記事への投稿 2009年05月21日 15:10のCrazyDogです。
‘ばろんでっせ’さんのこのコメントを拝読して(いやあ、なにせ長文ですので今まで先送りしていました(笑))、お考えの広さや深さに感銘を受けて「概ね、同感!」の意をお伝えすべく筆を取りました。従って、お考えに対して一切の否定的コメントを申し上げるものではなく、ただ、お互いの考えの周辺部分のザラツキをTrimming(毛繕い)が出来ればとの想いです。私が、体育会系で大学卒業後約40年間ビジネスのみに打ち込んできた経歴上、大きく現実主義に傾斜し、小異を捨て大同を採って、兎に角次のステップに前進するという乱暴さを身につけての意見ですので、Trimmingに成功する見込みは小さいかもしれず、反面それに成功しては、他者との違いを楽しんでいる身としては、「面白くない」「成功する必要もない」とも考えています(笑)。

扨て、私は、上記CrazyDogの投稿では、「人間の右脳に訴求するメッセージとして'愛(ここでは’友愛’を統合)を位置づけ、左脳に訴求するメッセージとして硬く無味乾燥な政策に係るマニフェストを位置づけて、双方が緻密で広く深い部分まで同軌が取れれば、素晴らしい政治理念が出来上がる」と'愛を評価し、現在も変わっていません。
1. 共生について:‘ばろんでっせ’さんが提起された理念「共生」はその定義を含めて素晴らしいものと思いました。然しながら、『「共生」が、'愛よりも、「生物」「非生物」の双方を包み込んだ「自然界の万物」を対象とするには適している』との趣旨の部分のお考えは、地球環境の破壊などなど人間がその欲望の果てに犯してきた過ちを厳しく指摘する「自然派」的に、「非生物」をも取り込んでおられると(勝手に)理解した上で申し上げれば、私は、政治が目的とする「安心、豊かさなど」は、一義的に「人間のため」である、またそうあるべきだと考えている。その上で二義的に、「その他の生物、非生物さらに地球(以下、非生物など)のため」へ広がってゆくべきものであると・・。ここ数年来の自然派の隆盛は、二義的対象であるべき非生物などが意識されて来なかった無残とそれを行った人間の傲慢や強欲への猛省の結果であろうと・・・。それ故に、その部分で成長した人間が非生物などに救いの手を差し延べて、広く自然に感謝し続ければ事足りる(冷酷な表現ですが・・)し、人間はそれ以上のことは出来ないのが現実だと思います。元来人間は、生物を殺し食べる以外には生存を維持する術を持っていないのが現実ですから。また、美しく素朴なものを好んでも、「人類(人間)英知の限界」は案外に近いところにあるのですから。

2. 上記考えを推し進めて、‘ばろんでっせ’さんの引用【私にはその試みは不可能であるように思います】について、私は希望的観測を含んで、その試みが不可能とまでは判断しておらず、期待を持っています。但し、私の投稿で書きましたように、右脳と左脳の双方を緻密で広く深い部分まで同軌を採る作業は、民主党自身にも我々応援団にも、「英知の限界」が試され、大きな困難を伴うものではありますが・・。但し、【問題や課題は、解決されるために存在する。また、人間界の問題や課題は、解決できないものは無い。】

3. 更に現実主義者的考えて、この段階で、既に実質的に公約として成立している'愛から「共生」や「OMOIYARI」にシフトすることは、ブレることを意味していて、我々が愛する麻生さんの愚かしさや不明(明るくないこと)に陥って得策ではないでしょう。

私がその投稿を敬意を持って拝読させて戴いている‘ばろんでっせ’さんへの礼は弁えた積りですが、そこから外れた部分があれば、それは専ら「私のいつもながらのAboutさ」故ですので、悪しからずご容赦ください。CrazyDog

EverGreen2009年05月29日 12:11さんへ

いやあああ、元々長めの文章が、さらに輪を掛けてしまいました。悪しからず・・。

私には、Internetでのあらゆるコミュニケーションツールは、迅速さと書き物の持つ正確さ(人間が担うべき的確性とは別物)故に大いに便利で評価している一方で、両当事者のお互いが面識も経験の程度も持たないこと含めて全く人物像を持たないが故に、常に、現実に、誤解がある(リスクや可能性があるといった生易しいものではなく)点で、不便と怖さを再確認致します。改めて、文章文脈を含めて一層気をつけなければ・・・(笑)。ビジネス上は部下を厳しく指導教育する目的で発言もしメールもしますが(それらには、私の意図には拘らず、結論までの一過程として批判的ないし否定的なニュアンスは避けられない)、然し、このTheJournalの場では教育的なものは全く馴染まないし、そんなものを持ち込む立場でもないことは明白であって、「純粋に議論の場」「意見交換の場」として意見や情報を交換し発信しているに過ぎません。従って、私には、一貫して、此処の誰をも批判する意図も皆無ですので、そのようにご理解戴けると有難い。
更に、引用【その誤解の上であれこれいわれてもと感じました】について:私は自分の議論を初めから終わりまで自己完結させていますので、その意見展開の中で、「異なる意見」を述べる中に相手方と「同じ認識」の部分を述べることにもなりますが、それが私の意に反して、批判的なニュアンスになったのかもしれませんね。気を付けます(笑)。

扨て、ご返信ありがとうございました。
1.「東アジア共同体」の現実性や現時点での政策的な位置づけについては、共有できていると思います(元々、「重要な相違点がある」として申し上げた訳ではありませんが・・)。これが共有できていれば、単なる数字の世界の数十年も百年単位も「誤差の範囲」でしょう。

2.EverGreenさんのご投稿引用【他国には「知性の高さ、理性の深さ」がないかのように(文脈から日本が高く、中国・韓国が低いという主張だと理解しました)決め付けるようでは・・】は全くの誤解です。私の原用語は、「他国」ではなく「現在の各国家」で、日中韓の三か国を並列同列に並べて、「類似点があるとは、近未来を含めて思えないが・・・」としており、どこか一部国家を取り出してその知性理性の有無や相対的な高低大小を決めつけてはいないし、脈絡上そのような状況設定(有無/高低大小)必要もない。誤解です。
但し、但し(笑)、「書いてあること」には大きな意味はなくて、世界の乃至対象の現実を的確に認識することは非常に重要であって、この観点では、私は、(私の文章のどの部分で読み取られてしまったのか??(笑))、日本が世界第二の経済大国であるという現実、更に細かくはGDP総額のみならずPerCapitaGDPでも三か国中最も高いという現実があり、また今後は兎も角も過去世界の主流であった現在も主流である西欧流の思考や諸々を日本が最も体得している現実があるとは認識している。従って「日本が最も進んでいる」(高い低いの表現は「見下す」という誤解を生みかねないので使わない(笑))と認識しています。(再び)但し、この認識は、数十年先百年単位先の「東アジア共同体」の議論の中では、仔細な部分と雖も、全く無関係で入り込む余地は全く無い。
何故なら、私にとっては、日本の凋落は既に始まっている。
例えば、
1) 近い将来において(恐らく、今年中には)、GDP総額で中国に追い越される(昨年冬=11月?には、単月ながら逆転している事実がある)と予想している。
2) 日本は、国内は勿論海外からも「経済は一流、政治は三流」と永く言われてきた。此処へ来て、乃至より具(つぶさ)に観てみると、経済は極く一部のGlobalBusinessだけが「経済は一流」と言わせることに成功してきた実態があり、日本経済の全体では、生産性の高さ低さの現状、大海を知らない井の中の蛙よろしく準国内派として重大なParadigmShiftや技術革新などに無関心な層が多い現状、21世紀的にFitして狩猟民族的でBoldな挑戦心に欠けた国民性などなど、然もこれらに殆ど有意な変化が観られないことから、経済全体の実質は既に「二流の上」にあって、三流に向かっている(多くがその認識も持たないで!!!)。同様に政治も、此処では多言は不要でしょう、四流に激しく落ち込んで行っている。
3) 中国の世界における政治的な位置付けや重要度は、既に日本を遙かに追い越している。などなど。
4) 上記の全ての状況の悪化は、YesOrNot(起こるか起こらないか)の問題ではなく、WhenAndHow(いつ、どのように、どの程度に?)の問題である。

であればこそ、自民党を政権の座から引き摺り下ろし、民主党政権を誕生させ、政策をCloseWatch(監視)して、凋落を先延べすることに危機的な必要性を感じています。

3.EverGrenさんのご投稿引用【現在の27カ国のEU加盟国を一くくりにできる共通性がなにか良くわかりません。】:【EUに関して知識が深いようですが】と誤解されている(悪い気はしない(笑))CrazyDogのAboutな認識では、27か国にまで広がったEUには、これらを【一くくりにできる共通性】は、広がったことを以って、無くなったのではないでしょうか。
EU本部は、組織防衛のために、当初の「創設時の高邁な理念」を共有することに忙しく行動しているのではないでしょうか。世の中には屡々起こっていることで、「高邁な理念」と「政治的経済的勢力の強化への欲望」(決して悪く言うのではない。人間の不可避的な業ですから。)のTradeOffが、どのような結果を齎すのか??? 「人類の英知の限界」を成長させ拡大できるのかの新たな試金石でしょうか。Crazydog

(5/18の記事)鳩山民主党は「小沢院政」批判に惑わされるな!——戦術的後退と戦略的前進
>これは、旧民主党結成に向かう1年がかりの理念・政策討論の中で鳩山と私が議論し、私が文章としてまとめたもの

高野氏ご自身が「民主党」の成立に深く関わっておられたということを初めて知り、びっくりしました。

高野氏はただのメディア人じゃなかったんですね、再認識しました。

かつては共産党員でおられて早稲田大学の民青の代表をされていたとのことですが、それがちゃんと民主党支援者になられてあらゆる経験が生かされているのですね。

ところで、今の日本のメディアはたぶん裏では官僚組織や自民、創価の裏部隊、さらにはアメリカCIAの手先らと密接に共同歩調を取るべく動いていますね。

NHKの場合はオモテ的にも政府の管理下にあるので当然でしょうが、

今度の裁判員制度での「取調べの全面可視化」拒否の姿勢がとられているのも、世界中の標準とまったく異なること、それは実は日本だけはアメリカの属国奴隷国家として永遠に固定していくための本質的な非民主国家継続のためでしょうね。だからあくまでも国策逮捕や意図的恣意的な国策冤罪が可能になっているようにシステムを維持させたいことを如実にあらわしていると認識するべきでしょう。

言論の戦いはまだまだ続きますね。高野氏のこれからも言論活動に期待し、支持を継続します。

他民族を飼い殺しにして随時生き肝を抜いて商売に資する拝金主義の残酷な嗜虐趣味の中共が日本を無血侵略するためには「市民」は至極便利なツールです。
日本が人間性を捨てた人々を生かすための人畜牧場と化す日が近いのを憐れに思います。
子孫がどうなろうと知った事ではない、ツケはすべて子孫につけるという無責任な利己主義が感じられます。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.