イラクとアフガニスタンの戦況はますます悪化して収拾がつかず、それに替わるせめてものクリーンヒットを狙った北朝鮮の核問題も見通し定かならない中で、ブッシュ政権はグルジア問題をめぐってまた新たな外交政策の破綻に直面することになった。そうでなくともブッシュは、これほどまでに米国の世界的評価にダメージを与えた大統領は史上存在しなかったと指摘されていたというのに、これによってその最悪評価は確定的になったと言える。
●米国とグルジアがロシアを挑発した
H・D・S・グリーンウェイは米紙ボストン・グローブのコラム「米国がグルジアを台無しにしている」で、「このグルジアとロシアの短く激しい戦争は後世、米国の冷戦後のパワーと影響力のどん底として記憶されることになるだろう」と書き、さらにこう述べている。
▼米国は、グルジアが米国の保護下にあるかのように思い込ませるよう同国を仕向け、イスラエルの若干の助けを借りてグルジア軍を建設して訓練を施し、この地域で最大の大使館を建ててそれを米国のコーカサスへの影響力のセンターに仕立て、そして、民間からの反対があったにもかかわらず、同国への永遠の支援を公式に声明した。
▼そして今、米国の得意先(であるグルジア)は鼻血を流して立ち尽くしている。グルジアの市街や田舎が破壊されたが、それよりももっと完璧に破滅したのはブッシュの政策である。
▼グルジアのサ-カシュヴィリ大統領は、米国の曖昧なシグナルを読み誤って、米国の後押しがあれば、南オセチアとアブハジアをグルジアの支配下に組み込むために熊(ロシア)の檻を揺さぶっても大丈夫だと判断した。彼はアメリカ・カードを切ったのだが、それで悪運を呼び込んだだけだった。
▼ロシアは、この地域で存在感を示したいと思っていて、サーカシュヴィリがその機会を与えてくれた。米国は、こうなった今こそ彼を支えなければならないが、しかしこれが終わってロシア軍が引き上げた後に、彼は袋叩きに遭うに違いない……。
実際、今回の事態を招いた発端がどちら側にあるかは不明だし、それを究明しようとすることは余り意味がない。1990年末に始まった南オセチア自治州内の多数派であるイラン系オセット人の対グルジア独立→ロシア編入を求める民族運動が流血の事態に発展し、グルジアとロシアの関係は緊張したが、 92年に停戦合意が成立し、以後は、度々紛争は起きたけれども、ロシア・南オセチア・グルジアによる合同平和維持軍の停戦監視活動の下、南オセチア内のオセット人とグルジア人はおおむね平和的に共存して暮らしてきた。が、04年にナショナリズム色が強く力による国土統一を公言するサーカシュヴィリがグルジアの大統領に就いて以来、次第に緊張が高まり、8月に入って住民同士の衝突で死者が出たのをきっかけに7日、グルジア軍が大規模な部隊を南オセチアに派遣、それを92年の停戦合意の一方的破棄とみなしたロシアが8日、南オセチアに陸上部隊を増派しただけでなく、10~11日にはグルジア領内にまで進軍・空爆してグルジア軍を南オセチアから撤退させた。
最初の住民衝突自体にロシア側の挑発が含まれていた可能性はなしとしないが、それにしてもグルジアの大規模侵攻が、ロシアの言うとおり、停戦合意に基づく合同監視という国際協約を無視した一方的な行動だったことは疑いなく、その背景にはグルジアに勘違いをさせるような米国の曖昧なメッセージがあった。
だから、例えば18日付毎日で小谷守彦特派員がトビリシから報じている「許せぬ市民への攻撃」という報告を典型として、マスコミが簡単に「ロシアが悪い」と決めつけるかの報道をしていることには眉に唾して見なければならない。確かに、南オセチアの州境を超えたロシアの空爆でゴリ市内で「100人を超える市民が死亡し……ロシア軍の侵攻で市中心部にいた数十人が犠牲になった」のは事実だろう。が、それをもって「軍と軍との戦いというよりも、武器を持つ者による無抵抗な市民への暴力ではなかっただろうか」などと言うのは軽率に過ぎる。ならば、それに先立つグルジア軍の南オセチア侵攻はどんな実態だったのかの検証が必要だろう。もちろん彼は記事の後のほうで「グルジア人も民間人への暴力に手を染めた。……グルジア軍による南オセチアでの無差別攻撃はロシア軍以上に容赦のないものとされる」と付け加えてはいる。しかし彼はゴリは取材したがツヒンバリは訪れてはおらず、そこでグルジア人が何人のオセット人を殺したかは述べていない。
グリーンウェイが予測したように、グルジア国内では早くもサーカシュヴィリへの批判が湧き起こっており、有力女性政治家で現大統領を生んだ03 年「バラ革命」の立役者の1人だったブルジャナゼ前国会議長は20日、読売新聞8月21日付でインタビューに答えて、「ロシア軍の撤退後、新しい政党を作って野党連合とも手を携え、親欧米路線に立ちながらもロシアとの関係正常化による問題の平和的解決を目指す」と、ポスト・サーカシュヴィリへの展望を語っている。
●ネオコンの悪しき遺産
米国の側に視点を移せば、この事態はブッシュ政権第1期に米外交政策を支配したネオコンとその裏にいたイスラエル右派による「世界民主化」計画の誇大妄想という悪しき遺産を上手く精算できないできたことの結末である。ネオコンは、イラクを手始めに中東全域に米国式民主主義の花を移植する「中東民主化」(によるイスラエルの安全確保)という漫画的な構想を抱くと共に、それと並行して、冷戦に“敗北”して今や戦意喪失状態にあるロシアをターゲットにして、その元の勢力圏である東欧、バルト、コーカサス、中央アジア、そしてついにはロシアの盟友=ウクライナまでをも民主陣営に引き込んでロシアを決定的に孤立させる「世界民主化」計画に乗りだした。
(1)NATOの東方拡大の加速――NATOはすでに99年にポーランド、ハンガリー、チェコを加盟させていたが、04年になってルーマニア、スロベニア、バルト3国、ブルガリア、スロバキアの7カ国を一気に加盟させた。またアルバニア、クロアチア、マケドニアについても加盟希望を受け入れることを明示した。その上で米国は、欧州には慎重論が残っているにもかかわらず、ロシアに直接国境を接するCIS傘下のグルジア、アゼルバイジャン、そしてウクライナをもNATOに引き込む積極的な工作に着手した。
(2)コソボ独立支援――米欧は、セルビア人とその背景にあるロシアの反対を押し切って、今年2月、コソボを無理矢理に独立させた。コソボが独立できて、南オセチアやアブハジアが独立してはいけない理由がどこにあるのかというロシアの問いに米欧が答えるのは難しい。
(3)チェコとポーランドへのミサイル防衛網設置――(1)の直接的な帰結として、イランのミサイル攻撃の危険に対処するとして、2012年を目処にミサイル防衛網をチェコとポーランドに設置する計画を強行し、チェコとは先月、同国内にレーダー網を建設する合意に調印、ポーランドとはよりによってこの騒動の最中、8月20日にライス国務長官がワルシャワを訪れてミサイル迎撃ミサイル10機とそれを運営する数百人規模の米軍部隊の駐留、またポーランド自身がロシアの(?)攻撃に対処するための地対空パトリオット・ミサイル供与についてパッケージ合意に調印した。NATOは今年4月の首脳会議で、米国のチェコ、ポーランドへのミサイル防衛網計画を(渋々ながら)承認しているが、欧州の世論は懐疑的で、「そもそも何でイランがヨーロッパにミサイルを撃ち込むのか。米国のイラン恐怖症から来る幻覚に付き合うなどもってのほか」という論調が多い。
(4)ウクライナへの勧誘――その上で米国は、ロシアとその歴史的盟友であるウクライナとの間を引き裂くことに全力を挙げた。04年末の大統領選では、元々文化的に親西欧的でカトリック教徒が多い西ウクライナを基盤とするユーシェンコ元首相が、親ロシア的な東ウクライナの工業地帯を背景とするヤヌーコビッチを僅差で破ったが、その影には米国の支援があったとされている。欧州には、ウクライナをEUに加盟させるのはともかく、NATOにまで引き込むのはロシアを刺激しすぎるとの考え方が強いが、米国はNATOとウクライナの「パートナーシップ協定」締結を推進し、来年夏のNATO理事会でウクライナの加盟を決定しようとしている。それに対してロシアの反応は自制的ではあったが、旧ソ連の軍産複合工場が集中する東ウクライナからの総引き上げに着手した。
(5)アゼルバイジャンへの勧誘――同時に米国は、カスピ海からアゼルバイジャンを経てトルコの港に至る天然ガス・パイプラインの監視を強化するとして、この地域の海空警備計画を同国に立てさせ、それに伴う同国の軍艦建設や海軍技術の供与を申し出た。ロシアはこれを「この地域におけるロシアの影響力を弱めるのが狙い」と判断し、逆に同国とロシアの合同の海域警備体制を作るよう働きかけている。
米国のグルジアへの肩入れは、これらすべてに並行して行われてきたもので、もちろんその間、米国はNATOに対してもロシアに対しても、米国の行動がロシアをターゲットにしたものではなくテロ撲滅を含む「21世紀型の安全保障」のためのものだと繰り返し説明し、またその証として02年には、従来の「NATO・ロシア合同常設評議会」を格上げして「NATO・ロシア理事会」を設置、ロシアをNATOの準加盟国とした。それに対して、ロシアは自制的に対応してきたものの、旧ソ連・東欧圏を外堀から内堀と埋めていってロシアを孤立させるというネオコン構想に腹の中は屈辱で煮えくりかえるようになっていたのは明らかで、その鬱積を米国は甘く見ていたと言える。
●ライス国務長官の錯乱
ブッシュ第2期の国務長官であるライスは、全体としてはネオコンによる米政策の極端な偏向から外交を救い出そうと努力してきた。グルジアをめぐっても、チェイニー副大統領やネオコン系の残党はグルジアのイラクへの部隊派遣を高く評価、「グルジアこそ民主化のモデルである」と主張し、とりわけスティンガー地対空ミサイルはじめ武器の同国への輸出に血道をあげてきた。それに対しライスはじめ国務省は、そのような売却はロシアに刺激的すぎるとして反対してきた。とはいえ、彼女も、極端な行動をとってロシアを刺激することに反対してきただけで、NATOを通じてロシアに圧力をかけ続けること自体には賛成だった。今年2月のコソボ独立に続く3月のサーカシュヴィリのワシントン訪問、4月のNATO首脳会議へのプーチン招待と翌日のクリミア半島ソチでのブッシュ・プーチン会談という一連のプロセスを通じて、今にして思えばプーチンは、米国がこのままのやり方を続けるならロシアとしても我慢の限界を超えるぞと暗に警告を発していたにもかかわらず、ネオコン系はもちろんライスもそれを無視し続けることになった。
ライスは18日ブリュッセルに飛んで、翌日グルジア情勢を協議するためのNATO外相会議を招集した。同地に向かう前の米TVインタビューでの彼女の言動は常軌を逸したもので、
▼率直に言って、ロシアを責任ある国家とする見方は崩壊した。
▼NATOとロシアとの安全保障協力を停止し、NATOに対しロシア軍のグルジアでの行動を監視するNATO要員の派遣を提案する。
▼ロシアの主要8カ国首脳会議からの排除、ロシアのWTO加盟延期も検討している……。
こんな馬鹿げたことを欧州が受け入れるわけはなく、事実外相会議はろくな合意もなく終わったが、それにしても米国の外交責任者が怒りにまかせて、ロシアとの全面対決、国際社会からの排除まで口走るとは驚きである。恐らくは、政府部内のネオコン系の圧力と闘いつつも、ブッシュに対して「まだ圧力を加えても大丈夫」との判断を伝え続けてきた自分の立場を失って錯乱的な心理状態に陥ったのだろう。ブリュッセルからワルシャワに飛んだライスは、上述のように、ポーランドとのミサイル防衛を中心とするパッケージ合意に調印したが、これも、何もこのまっ最中にわざわざやる必要のない愚行だった。
こうして、ブッシュ外交はいよいよ訳の分からないところに填りつつある。グリーンウェイが言うように、ここがどん底で、次期米大統領が這い上がらなければならない外交再建の壁はなおさら高くそびえることになった。まず最低限必要なことは、ゴルバチョフ元大統領が忠告しているように(21日付ヘラルド・トリビューン)、コーカサス地方はまれに見る複雑な民族の錯綜地域であって、そこでは「ここは我々の領土だ」とか「我が領土を解放する」とかいった主張自体が無意味であり、従って武力で何事かが解決するなどとは思わないことである。▲