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突破者の独り言 アーカイブ

2009年4月 1日

講談社『週刊現代』と広島県警・川崎進の和解をワシが認めない

 『週刊現代』の記事をめぐって、広島県警・マル暴の川崎進警部補が発行元の講談社に名誉毀損で慰謝料1100万円と謝罪広告の掲載を求めて広島地裁に提訴していた裁判で、講談社と川崎側が3月30日に和解することになった模様だ。

 詳細はまだ明らかでないが、裁判の進行状況から見ると、きわめて不可解な和解である。

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2009年3月21日

まだまだ油断はできない

 本日、夕方頃から東京地検特捜部が民主党小沢代表への事情聴取を断念したというメディアの報道を受けて、私の携帯に「良かったですね」「検察が負けたね」といった内容の電話が殺到した。

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2007年6月25日

アウトロー史観(其の十一)「近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-(2)」

今回も、前回書いたとおり、アウトロー史観の集大成として6月27日に筑摩書房から出す、『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』のさわりの部分を皆さまに紹介することにする。

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『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年- 』
筑摩書房、価格1,995円(税込)

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2007年6月11日

アウトロー史観(其の十)「近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-(1)」

6月27日にこれまでのアウトロー史観の集大成として筑摩書房から『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』を出すこととなった。

これまでアウトロー史観と銘打って様々なことを書いてきたが、この本はそれら研究してきたことをまとめたものである。

そこで、これまで「ざ・こもんず」に書いたアウトロー史観の結果として、この本のさわりの部分を三回に分けて皆さまに紹介することにする。

是非、ご一読いただき感想など述べていただければ幸いである。

bookcover1.jpg
『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年- 』
筑摩書房、価格1,995円(税込)

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2007年5月20日

『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る(其の四)

先月17日に起こった長崎市長銃撃事件を受け、警察は銃器の押収を強めると言っている。

しかし、これはただのポーズにすぎないだろう。

それは「いままで上手くいかなかったことが、なぜ今後上手くいくといえるのか」という極めて単純明快な疑問から推測されることである。

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2007年5月 5日

『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る(其の三)

今回の長崎市長銃撃事件を受けて、警察は銃器取り締まりを徹底的にやると今さらながら言っている。

では、これまでの銃器対策がなぜ失敗したのか。

現在の銃器対策の発端となったのは、1994年10月に起こった(※)京浜急行青物横丁駅事件である。

素人が素人を射殺したこの事件以降、本格的な銃器対策が行われるようになった。

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2007年4月29日

『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る(其の二)

ヤクザは常に犯罪のコストパフォーマンスはシビアに計算する。

例えば、10年刑務所に入れられそうならば、それ以上の見返りがあるかないかがポイントだ。

素人じゃあるいし、キレたからやるということは100%ないといっていい。

つまり、今回の事件で考えれば長崎市役所との交渉過程で誠意がみられなかったからというのは城尾容疑者の犯行動機にならない。

では、一般的にヤクザが犯罪を犯すことで得る利益とはなんだろうか。

それは金か名誉である。

アウトローの視点で考えれば、城尾容疑者がある種の名誉を手に入れようとしたため犯行に及んだとみるのが常識である。

これまで多くのメディアが長崎市との軋轢を動機だと報じているが、これらは全て間違いである。

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2007年4月18日

緊急考察!!『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る

昨日、4月17日午後8時前、長崎市の伊藤一長市長が選挙事務所前で銃撃された。

殺人未遂現行犯で長崎県警に逮捕された男は、山口組系水心会会長代行、城尾哲弥容疑者である。

今回は、この事件の私の見方について書くこととする。

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2007年4月10日

アウトロー史観(其の八)『日本ではどうだったのか』

それでは、この個別社会は日本ではどうだったのか。

私は、明治維新以前の近世までは、日本にも個別社会は明らかに存在していたと考える。

そこで今回は、例えば「ヤクザ」という個別社会を考察することとする。

いつの世にも、法と秩序からはみ出して生きている者たちがいる。そういった人間たちが集団を形成したものがヤクザだとするなら、いつの世にもヤクザはいる、ということになる。そして、実際に、ヤクザは、外側からは、いつの世にもいるしょうもないヤツらというふうに見られていることが多い。

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2007年4月 2日

アウトロー史観(其の七)『ヨーロッパの近代化』

さて、今回はヨーロッパの近代化がどのようなものであったかを書くこととする。

個別社会は、したがってその規範である掟は、さまざまな多様性をもち曖昧である反面、そうであるだけに、具体的で生活的である。具体的な生活場面に即している。

これに対して、全体社会は、したがってその規範である法は、個別社会および掟より具体的でないし、生活的でない。抽象的で、生活から遊離している。

ところで、法と掟は、相互に無関係ではない。

掟がどのようなものであるかに応じて、法も変わってくるし、法がどのようなものであるかに応じて、掟も変わってくる。そういう相互に相手を規定しあう関係にある。

そういう相互規定関係の中から社会規範が、いわば法と掟のセットとして形成されてくるわけである。

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2007年3月21日

アウトロー史観(其の六)『日本近代化の特異性』

今回は前回に引き続き、明治維新後の日本の歴史の変則性について書く。

秩父困民党のおきては自治の破壊に抵抗して創り出された。

とはいっても、何の抵抗もなく自治が破壊され、全体社会に飲み込まれていったわけではない。
抵抗は、自由民権運動という形でなされた。そして、その抵抗の中で、自治的な掟を創り出していった。その典型が、一八八四年(明治十七年)に埼玉県秩父郡で農民を結集して蜂起した秩父困民党である。

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2007年3月13日

アウトロー史観(其の五)『日本の近代化』

前回では、「アウトロー史観」の根本的な考え方の一つを書いた。

今回は、具体的な例、日本が近代化を遂げて行く歴史過程を「アウトロー史観」は、どのように考えるかを今回から二回にわたって明らかにしたい。

少し退屈な話となるが、付き合っていただきたい。

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2007年3月 4日

アウトロー史観(其の四)『愚行権』

本年2月になって間もなく、六本木抗争事件やそれにともなう国粋会工藤会長の自殺などが相次いだため、本題のテーマから脱線してしまったが今回から元に戻す。

私の「アウトロー史観」の根本理念の一つは「愚行権」にある。

それは次のような考え方である。

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『法と掟と―頼りにできるのは、「俺」と「俺たち」だけだ! 』
洋泉社、価格1,680円(税込)

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2007年2月26日

都内暴力団抗争:組織内部への「深刻な影響」

このブログでアウトロー史観を書きはじめて間もなく、2月5日の六本木抗争事件が起きてしまった。

そのため「史観」の探求を中断せざるを得なくなった。

しかし、アウトロー史観ということであれば、今、この瞬間に起きている現象についての抗争事件等を検証することも、それはそれで重要な課題であることは明らかなので何回かにわたって「抗争の検証」を行ってきた。

そして今回の六本木抗争事件も、私が指摘したとおりの「結果」になってしまった。

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2007年2月15日

<速報>国粋会会長が自宅で死亡

今日、午前9時20分ごろ、山口組の最高顧問で国粋会の工藤和義会長(70)が自宅で頭から血を流して死亡していたことがわかった。

まず、この件に関する毎日新聞のネット記事を下記に転載する。

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暴力団:国粋会会長が自宅で自殺 先週発砲事件で和解

15日午前9時20分ごろ、東京都台東区橋場2の指定暴力団山口組国粋会の工藤和義会長(70)の自宅で、工藤会長が頭から血を流して死んでいるのを通報で駆けつけた警察官が確認した。

近くに拳銃1丁が落ちており、警視庁は現場の状況などから拳銃で自殺したとみて詳しい経緯を調べている。

調べでは、工藤会長は2階居間のソファーで倒れていた。国粋会関係者から「会長が死んでいる」と浅草署に通報があった。

今月5日、港区で住吉会系幹部が射殺されたことを発端とし、住吉会側から山口組側への報復とみられる発砲事件が3件発生。国粋会系の事務所が入居するマンションにも銃弾が撃ち込まれた。連続発砲は8日に山口組と住吉会が争いを続けないことで和解した後、終息している。

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2007年2月13日

都内暴力団抗争:「安定期」は過ぎ去った

まず、今回の暴力団発砲事件に関する毎日新聞のネット記事を下記に転載する。

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<暴力団発砲>3カ所を銃刀法違反容疑で家宅捜索 警視庁
2月8日11時26分配信 毎日新聞

◇両組幹部が会合、和解探る

山口組側への発砲が5~6日に相次いだ後、山口組と住吉会の幹部が7日に会合を持ったことを警視庁は確認している。和解に向けた会合だったが、山口組国粋会から住吉会側が借りている都内の縄張りを巡って話し合いがもつれ、和解にいたらなかったとの情報がある。今後の推移は不透明だ。

一連の発砲事件の発端となったのは、住吉会小林会系の杉浦良一幹部(43)が東京・西麻布で射殺された事件。小林会は複数の山口組系組織との間でいくつかのトラブルを抱えていた。射殺される前日の4日、杉浦幹部は、山口組太田会系の事務所を訪ねていた。太田会系組織が新たに事務所を設置しようとしていたことに対し、話し合いを持ったという。

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2007年2月 8日

<沈静化>山口組VS住吉会西麻布抗争事件:沈静化に向かうも不安定要因は変わらず

2月7日の「手打ち」のための話し合いが不調に終わり、どのような展開となるのか心配していたが、本日、2月8日午後、両組織間で抗争を拡大しないということでの合意がなされたようだ。

しかし、今回の騒動の根本的原因である銀座・六本木の縄張り問題については解決しておらず、今後も不安定な状態が続くと思われる。

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<収束>山口組VS住吉会西麻布抗争事件:「手打ち」の方向へ

私のもとに入った情報によると、本日午後に両者間で急遽、話し合いが行われたようだ。

両者間で衝突回避の意識が働いたようで、「手打ち」の方向で決着が着きそうである。

また、この情報は警視庁も確認している模様だ。

抗争そのものは、これにより収束の方向へ向かうだろう。

今回の事件に対する総括は後日、このブログ上にて書くつもりだ。

2007年2月 7日

<続報>東京・西麻布暴力団発砲事件:緊張の数日が続く

2月7日の山口組、住吉会の話し合いが「和解不成立」で終わった。

そして、3日後に再度話し合うこととなったとする情報がある。

この情報によると、

(1)銃撃による住吉会系小林会幹部の射殺事件については住吉会・山口組間でこれまでも何度か発生した際の方式にもとづいて和解することでおおよそ合意できる可能性があった。

しかし、

(2)昨年、山口組傘下となった東京に本部を置く国粋会の六本木、銀座の縄張りをめぐる問題については合意に達しなかった。
そのため、2月7日の「会談」は不調となった。

そして、

(3)3日後に再度話し合いを持つということを取り決めた。

こうなると、3日後の「会談」までの間は「休戦協定」のない戦争状態ということになり、何時、何が起こってもおかしくない不安定な状態となったということである。

1987年以降、20年間比較的平穏な状況であったヤクザ社会が少しキナ臭くなってきた。

明日は、新しく入るであろう情報と、警察はこうした抗争事件では何故無力なのかを書く予定だ。

<速報>東京・西麻布暴力団発砲事件:「手打ち」交渉決裂!!

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今回の騒動について語る宮崎氏

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厳戒態勢がしかれる六本木
photographs by Ryosuke Takeuchi

本日、2月7日13時頃、住吉会系小林会事務所を山口組幹部2名が訪れ、今回の抗争の「手打ち」に向けての話し合いが行われた。

しかし、本日17時頃、私の元に交渉決裂の情報が届いた。

数日後に、両組間で話し合いを持つ可能性が残されているものの、今後は予断が許されない状況が続きそうだ。

この騒動に関する詳細は本日中に、このブログ上で続報として書くつもりである。

2007年2月 6日

緊急分析!!『東京・西麻布暴力団発砲事件』

2月5日、東京西麻布で発生した銃撃射殺事件以降、東京都内で発砲事件が相次いでいる。

この事件を、私のアウトロー史観では次のようなポイントで見ることとしている。

全面戦争と手打ちの可能性

日本の大きなヤクザの組対組がその存亡をかけた「抗争」は、1975年から1979年の足かけ4年間40ヶ月に渡って勃発した山口組対松田組のいわゆる「大阪戦争」がピークであった。

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アウトロー史観(其の三)『縦と横の北朝鮮対策』

アウトロー史観は、現実の問題を解決する方法としては、「横」より「縦」を重視する方法を採る。

これを現実の問題に当てはめて説明すると、こういうことになる。

わが国における、北朝鮮による拉致家族の救出方法については、現在いろいろな団体によって行われているが、これは主として「横」型である。

つまり広く世論に訴えて、その結果日本政府を動かし、北朝鮮と交渉、それも強硬姿勢の交渉をすることによって救出するという型である。

これは世論を味方に付けることが問題を解決するという典型的な方法論である。

これが「縦」型だと次のようになる。

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2007年1月28日

アウトロー史観(其の二)『北朝鮮の反応』

アウトロー史観の重要部分は、歴史が動く時の政治権力とヤクザの密接不可分な関係を正確に捉え直すということである。

そして、そこからのほうが「歴史の真実」を見ることができるというものである。

右も左もどちらも、この「暗部」をなかったことにしておこうというのがこれまでの歴史観であり、そのため、彼等の歴史観は「捏造」されたものとなり下がっているのだ。

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2007年1月21日

アウトロー史観(其の一)『秩父困民党事件』

さて、今回から話をアウトロー史観に戻す。

私が歴史にこだわるのは、例えば昔の家屋の便所の窓に桟が5本あるのか6本あるのとか、そしてその意味は何かといったことをあれやこれやと「解釈」するためのものではない。

その歴史のその局面を「自分ならどうするのか、どうすべきなのか」と思いをめぐらせながら肉感的に歴史の局面をとらえようとするためである。

さて、日本が近代国家として成立する契機は、明治維新である。

そして司馬遼太郎的史観では、維新の「偉人」が血の滲む「努力」をして近代国家をつくり上げたという「物語」が語られる。

その一方、私などが親しんできたマルクス主義的な歴史観によると、近代国家として富国強兵という非平和的な国家づくりが為政者(司馬の言うところによれば維新の偉人)によって行われることに対して、人民は武装して抗った。

その例が秩父困民党事件であるとされる。

私はどちらの説にも賛成しない。

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2007年1月16日

アウトローの視点(其の二)『夫バラバラ殺人事件』

前回に引き続き、「今社会で起こっている事態をアウトローの視点から考察する」というテーマの中で、今回は『夫バラバラ殺人事件』について書くこととする。

この事件は、外資系金融マンの夫・三橋裕輔さんを妻である三橋歌織がバラバラに切断して遺棄したという事件である。

もちろん、言うまでもなくこの女性の行為を誰も正当なものだとは言えず、当然、指弾されるべき犯罪である。

しかしながら、TVのワイドショーメディアが「酷い」「悲しい」と感情的に騒ぎ立てるような行為は完全な間違いである。

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2007年1月14日

アウトローの視点(其の一)『水谷建設裏金問題』

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

今回は年頭ということもあり、昨年から行ってきたアウトロー史観の本格的な考察は少し置いといて、アウトロー史観の視点から見た、今社会で起こっている事態についての具体例を2回に分けて書くこととする。

まずは、今年、1月3日に朝日新聞の1面トップに掲載された水谷建設裏金問題についての報道である。

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2006年12月17日

歴史観をめぐって(其の三)『アウトロー史観の確立』

前回、前々回で日本の近現代史の中でのエポックと思われる(※1)米騒動と (※2)三井三池争議の評価をしてきた。

その評価の中で、私は社会の最底辺で生きざるを得なかった人たちと歴史との関わりが欠落している従来の歴史観は無意味なものであると唱えてきた。

そして、その思いが強まるにつれ、そういった人たちの視点から見た歴史観、つまり『アウトロー史観』を確立していきたいと考えるようになった。

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2006年12月11日

歴史観をめぐって(其の二)『天皇と被差別部落民』

前回に引き続き、アウトロー史観の基本的問題について記す。

今回は「天皇」「民衆」の問題である。

この問題について、私は私の著作『近代の奈落』(幻冬舎)の中でこのように書いたので参照にしていただきたい。

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『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎、価格760円(税込)

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2006年12月 4日

歴史観をめぐって(其の一)『米騒動、三井三池争議の実行者たち』

これまでのアジア諸国における歴史を振り返ったときに、我々は一体どのような歴史観を持つべきなのだろうか。

これまで語られてきた日本の歴史観というものは、マルクス主義的な歴史観と保守派による皇国史観の2つの争いが大きな論点であった。

しかし、もう一度この国の歴史を社会の枠組みから外れた人々、つまりアウトロー側の視点から振り返れば、これまでとは違った歴史観が見えてくるのではないのか。

私は、そういう前提の中でアウトロー史観というものを確立しようと考えている。

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2006年11月26日

情念の喪失〜復党問題、若者の問題意識から見えてくるもの〜

明日、27日に何かしらの結論が出るとされている造反議員復党問題だが、私は実はあまり興味がない。

現段階で、その帰趨を競馬のように予想しても意味がなく、それよりも、まずはこの問題の本質を考えるべきである。

まず、私はなぜ造反議員たちが復党を望むのかがよく分からない。まったくと言っていいほど彼らの理屈というものが見えてこない。

離党覚悟で郵政民営化に反対してまで彼らが追い求めてきたものとは何なのか。

つまり、復党したいという彼らの気持ちと離党してまで成し遂げたかったこととの整合性が見えてこないのである。

これが私の持つ最も大きな疑問点なのだ。

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2006年11月23日

沖縄県知事選挙〜もはや通用しない小泉型選挙〜

昨年の9月11日に行われた衆議院解散総選挙は、北朝鮮に対する国内のナショナリズムが盛り上がっていることをベースに、郵政民営化という言わば架空の焦点を論じ合った地に足の着かない選挙であった。

しかしながら、小泉元首相が退場することにより、今では選挙戦の様相が変化しているように思う。

つまり、そのような空中戦的な選挙をやっても意味がなくなり始めているのではないだろうか。

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2006年11月20日

沖縄県知事選挙〜沖縄県民のリアリティ〜

19日、沖縄県知事選が投開票され、自民と公明が擁立した仲井真弘多氏が、民主や共産、社民などが推した糸数慶子氏らを破り、初当選した。

沖縄県選挙管理委員会によると、当日有権者数は103万6743人で、投票率は64.54%。確定得票は、仲井真弘多氏が34万7303票、糸数慶子氏が30万9985票という結果となった。

今回の沖縄県知事選は、米軍基地問題に対する「平和理念」と県内の高い失業率などに対する「経済理念」の争いであったといえる。

戦後の日本型選挙というのは、平和や民主主義というような、いわゆる平和理念追求型の政策を掲げた勢力と地元経済に関する対策を掲げた勢力との争いであり、ほとんどは平和理念型が敗北してきた。

今回の選挙も、そういう意味ではこれまでの日本型選挙の繰り返しに過ぎないという見方ができる。

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2006年11月 5日

北朝鮮の「戦術」と日本の「過剰反応」

11月4日、朝鮮中央通信社は北朝鮮の外務省報道官による次のようなコメントを伝えた。

「我々は一度も日本に6カ国協議への参加を要請したことはない。日本が6カ国協議に参加しないのならこの上なくよいことであり、参加人数が少なくなることは協議の効率を高めるうえで決して悪くない。日本の首相や外相らが、『核保有国という前提の下では、北朝鮮を6カ国協議に受け入れる考えはない』と身の程知らずの言動をしている。我々はこれまで日本が協議に参加することを好ましく思わなかったが、他の参加国との関係を考慮して適当に接してきた。米国の一つの州に他ならない日本があえて地方代表として協議に参加する必要はない。米国から協議結果でも聞かせてもらえばいい。日本では(新)政府が構成されたばかりで国内的にも忙しいことが多いのに、6カ国協議で様子をうかがったりせず、自らの家のことにでも神経を使う方がよかろう」

このコメントに対する3大新聞の反応は以下の通り。

●朝日新聞
「6者協議の再開にあわせて日本人拉致問題の早期解決を改めて訴え、核実験強行に対する圧力を強める日本を牽制する狙いだ」
●読売新聞
「北朝鮮の核実験や拉致問題で厳しい姿勢を取る日本を強くけん制するとともに、協議が進展しなかった場合の責任を日本に押しつける布石と見られる」
●毎日新聞
「日本の警察当局が、曽我ひとみさん(47)と母ミヨシさん(行方不明時46歳)の拉致事件で北朝鮮の女工作員、通称キム・ミョンスク容疑者の逮捕状を取ったことに反発したものとみられる。日本政府は6カ国協議が再開されれば、拉致事件を取り上げる方針だ」

 私は、これら3社とも間違った評価をしていると考えている。これまで、日本の各メディアは「北朝鮮は一体何を考えているのか分からない」という報道を行ってきた。しかしながら、私は北朝鮮の狙いを非常に分かりやすいものだと考えている。

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2006年10月30日

秋深まる札幌に行ってきた

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 10月29日、札幌市で 「北海道はこれでいいのか!『道政・道警・裏金』を考える集い」が行われた。

 なぜ、この集会が開かれることになったのか。かいつまんで説明しておくと、2004年、私と大谷昭宏、それに北海道新聞の記者2人、4人共著で旬報社から『警察幹部を逮捕せよ!―泥沼の裏金作り』という本を出版した。本の内容はタイトル通り、約10億円にも上る北海道警の裏金作りの実態を暴いたものである。これに対して、当時の北海道警の総務部長だった佐々木友善という男が、この本によって名誉を傷つけられたとして北海道新聞や記者、出版社を相手取り損害賠償訴訟を起こしてきたのだ。

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『警察幹部を逮捕せよ!―泥沼の裏金作り』
2004年6月、旬報社

 前述のとおり、この本は私と大谷、道新記者の4人の共著である。しかし、訴状を見る限り、私と大谷は訴訟の被告から外されている。そこで、私と大谷は民訴訟42条「訴訟の結果に利害関係を有する第三者は訴訟に参加することができる」にのっとり、「訴えられてもいないのに被告になる」という補助参加を札幌地裁に申し立てた。そして、こんな訴訟を起こされたことで我々の名誉が傷つけられたとして民事で佐々木氏を訴えるとともに、名誉棄損の刑事事件として東京地検に告訴することも視野にいれている。

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2006年4月29日

続・2人の保守政治家

 村上正邦氏、鈴木宗男氏に共通する「党と個人」についてのこの「乾いた思い」は一体どこからくるのか考えてみた。

 まず両氏が、党、つまり自民党という組織が戦後政治の中で果たしてきた役割について、肯定するところと否定するところを自分なりに明確につかんでいるからである。「無謬の党」という左派の党にありがちな神話は両氏の中にはない。平たく言うと、党も個人も問題を起こすことがあるものだという、民主主義に対する野太い認識がある。もちろん、この認識は政・官・財という日本の支配構造を知りつくした上に持つことのできた認識である。またそれだけに迫力があるものだ。

 私は、この両氏の「乾いた思い」は、「党と個人」にとどまらず、「国家」についても同様のように思われる。両氏とそこまでつっこんで議論したことはないが、国家を私などは「死滅すべき」ものと考えていた時、両氏は「必要悪」と考えていたように思われる。「死滅すべき」と考えるか、「必要悪」と考えるのか、そしてどちらの考え方が「国家」により強い思い入れを持つのか、その答えは明確である。「死滅すべき」とする思想の方が現実的には「強い国家」を求めてしまう。一方「必要悪」という思想は、「適当な強さがいい」ということになる。

 つまり私なりに解釈すると、両氏にとって「党」も「国家」も個人の理念を実現するための道具であると割り切れているところが実に興味深いところである。

2006年2月26日

2人の保守政治家

 最近2人の保守政治家と話し合う機会があった。一人はかっては参議院のドンと呼ばれた村上正邦氏であり、もう一人は鈴木宗男現衆議院議員である。2人に共通しているのは、現在刑事被告人として刑事裁判中であること、そしてかって所属していた自民党の中にあっては、大きな影響力を誇っていたことである。

 さらに共通しているのは、この2人とも現在の小泉政権の政策に批判的であったこと、そして現小泉政権がその政策を推進する際に、この2人に反対されるとその足元が崩れる危険性があったこと等々で、2人に共通するところは実に多い。

 こうしたことに加えて、決定的な共通項は2人とも東京地検特捜部による捜査を受け起訴となるのであるが、2人の被疑事実とも客観的に見てムリ筋だったため、裁判では検察との全面対決となっている。私にはこの2人への刑事的責任追及は東京地検特捜部が現小泉政権への配慮からか、小泉政権のアキレス腱を片付け、政権にスリ寄る際の手産物としたように思われてならない。

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2006年2月 7日

ポピュリズムはどの程度有効だったのか

 2006年に入って、明らかに「潮目」が変わった。

 ここにきて小泉政権のレイムダック現象が顕著である。愚民の支持による暗愚の政治とその政治指導者を適当にというか上手に使ってきた官僚諸権力が、年が明けて一気に「反転攻勢」に出た感がする。

 まずは、この国の権力の中枢である「東京地検特捜部」を中心とする司法官僚の活発な動きがある。ライブドア・ホリエモンへの強制捜査と逮捕がそれだ。当然のことであるが、この捜査は小泉政権が鳴り物入りでかつ独裁的に進めていた、竹中平蔵を中心とした「改革」に対して冷水をかける政治的効果があった。昨年の9月の選挙での圧勝という事態があったとしても、この国のご主人さまは愚民の支持によってバブルの上に鎮座する小泉などではけっしてない。司法官僚の我々こそが、この国を導き得る唯一の人間なのだと言わんばかりの超エリート意識をそこに見てしまう。

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2006年1月31日

正月旅行・プノンペン報告その3

 今回のプノンペンへの小旅行で、それまで私の胸の中にあった一つの「つかえ」が取れた。それがこの旅行の最大の成果だった。

 それは、68年世代とされる世代の私は、その精神の基底においてポルポト的なるものを持っていたという思いであり、そしてその思いへの無意識の抵抗が今の自分を形成しているということの確認が出来たということである。

 私は拙著「近代の奈落」の中で、和歌山の被差別部落のルポをした時に次のような文を書いたことがある。

 大石・沖野にみる「文化人」的アプローチ

 大逆事件の大石誠之助・沖野岩三郎を含む明治の初期社会主義の思想は、平沼的なものと対抗し、これを打ち破れるものだったか。どうもそうではなかったのではないか、と私は思っている。

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2006年1月22日

正月旅行・プノンペン報告その2

 この国に到着してまず気が付くのはタクシーを見かけないことだ。アジアの他の諸国では、それぞれの国の民衆の生活を示すかのようにタクシーという存在がある。

 例えば香港、「的士」というカンバンを天井に貼りつけたタクシーがある。「的士」という漢字をTAXIの当て字にしているのが私は気に入っている。またタイ・バンコクでは「TAXI−METER」というカンバンが付けられている。METERとわざわざ断ってあるところがミソだ。つまり、行く先によっては値段を交渉によって決めることもある。それは「客引きしてくれる人に対してマージンを支払うため、METERどおりではないこともあるという意味合いが含まれる。このようにアジアのタクシー事情は、それぞれの国の国民性というか、肌合いを示すものでそこがまた面白い。

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2006年1月12日

正月旅行

 2006年の正月、カンボジア・プノンペンを旅した。実に刺激的な旅であった。

 プノンペンは98年に行った時と比較して激変していた。何よりも、人の表情が明るくなったように思われる。それと子供が元気だ。ポルポトによるあの虐殺の歴史から立ち直ったと直感できた。

 ところで、90年代に東欧社会主義諸国がソ連の崩壊を頂点に軒並み壊れていったにもかかわらず、アジア型社会主義諸国は生き延びた。

 中国は「改革開放」、ベトナムは「ドイモイ」という社会主義の理念とは全く正反対の矛盾する政策を採り入れたにもかかわらず、党は残り、そして党と国家の関係はより深いものにすらなったと思われる。

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2005年12月22日

「強制捜査」という幕引き

 最近世間を騒がせている姉歯元建築士等による耐震構造の偽造事件は、12月20日に警察による「強制捜査」が行われて新たな展開となった。この問題について、私は以下のように考える。

 まずこの「強制捜査」は、この事件の本質を明らかにし、その真実の責任追及を恐れた官僚と政治家を守らんとする「偽装」工作である。この種の官僚や政治家が関わった事件が、検察、警察の手に渡ると、それは必ず「ある一線」でストップしてしまうのが、この国の習慣である。今回もその「習慣」となった。この習慣は、検察がロッキード事件で当時の自民党幹事長であった中曽根康弘氏への刑事的追求を放棄したという歴史を思い起こすまでもないことである。

 さて今回の事件の本質は、まず第一に「官から民へ」という思想と方法が欠陥のあるものであり、絶対的な価値基準のようにこれを繰り返す小泉首相の存在そのものを否定するという質である。第二の点は、ヒューザー等からの政治献金が、なぜか事件の最初に登場していた自民党森派の伊藤公介議員等をパイプとして、小泉氏が総裁選挙に立候補した際の2000年の自民党総裁選挙の際に出ていたのではないかという疑惑の解明である。つまり現在の権力の中枢との癒着が臭う点である。

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2005年12月15日

二つの衝撃

 2005年という年が終わろうとしている。今年は、私個人にとっては、還暦ということもあり、柄にもなく「時間の流れ」とか「現実」といったことをそれなりに考えることが多かった。そうした時、今年という年は、実に生々しい感情の起伏を持たざるを得ない年だったと思っている。

 ところで、今年私は目の前で起きた二つの出来事に衝撃を受けた。一つは9月11日の「小泉の圧勝」であり、もう一つは、8月27日の山口組の五代目から六代目への継承である。二つの出来事が、半月くらいの間に連続的に起きたために、どうしても対比して考えるところとなった。

 「小泉の圧勝」という出来事は、国政選挙という「正史」の部分である。一方、山口組の代替わりは、明らかにアンダーグラウンドの社会の変化であり「裏面史」でしかない。私の問題意識からすると、「裏面史」の方に関心があるのであるが、それでも9月11日の「小泉の圧勝」は、それなりに衝撃ではあった。しかし考えてみるに、ここに示された結果は、「愚者と愚民」の波長がある条件の下に共鳴、増幅した現象にすぎない。もちろんこの「愚者と愚民」の波長は、一定の程度はメディア等によって人為的に操作されたところはあるだろうけれど、その基本的な構造は「バカがバカを詐欺った」というところであると私は考える。そうしたところから、今年私が9月11日に持った衝撃感というものは、わが国の民度の劣化がスピードを増加させていて、私の「想定の範囲」を超えていたというところによるものであった。

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2005年12月14日

突破者の独り言

 誰に同意を求めるわけでもない。ただ、現代という時を生きるにあたって、私はこう思う、そしてこれだけは言っておきたいということがある。

 とりわけ時代が、一つの方向に大きく傾斜する際には、とくにその思いが深くなるものである。その時、傾斜する方向などにはさして関心はない。それが右であろうが左であろうが大差ないと思うからである。

 その時々に思うがまま、感ずるがままを素直に語り続けようと思う。それが私にとって自由であり得る唯一の行為として。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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