Calendar

2011年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

« <3.11に思うこと> ──その4──
メイン
<3.11に思うこと> ──その6── »

<3.11に思うこと> ──その5──

 「やらせメール」問題について思うところを書く。

 3.11が問いかけている問題は「やらせメール」を九州電力がどのように仕組んだのか、また誰が悪いのかと言った、矮小な問題ではない。

 問われているのは、原発について言えば、スタートから今に至るまでの世論「対策」の全過程について「それで良かったのか」という本質的な問いである。

 ところで洋の東西を問わず、国の政治エリートや官僚がその国民の共感を得にくい政策を行おうとする時には、彼等と利益共同の関係にある、メディアを駆使するのが常套手段である。

 そうしたことから、国策として、原発の推進を掲げ続けたその経産省が主催する「県民向け説明会」で、問題となったメール事件のような小細工を行うのは、言ってみれば、彼等にとっては「普通」の仕事であり、そうした小細工が出来ないのなら、「主催」する意味はないと考えている。まして、3.11の後、原発に対する国民の嫌悪感が昴っている時に、それとは逆の「県民」の意志が示されることは、「意義深い」という発想を持ったことは容易に推測出来る。

 そうした「性(サガ)」とは別に、原発事業者と官僚が費消してきた、莫大な「広報費用」にタカってきたのが、既成のメディア、とりわけ新聞、テレビ、通信社、広告代理店である。

 例えば、なるほど今となってはこれらの既成メディアは、「やらせメール」などに一見批判的な論調を唱えているかのように見られるが、実は、そこは既成メディアが今まで「タカリ行為」についての批判から身をかわすためのアリバイ作りを、焦って行ってきた姿が浮かんで来る。批判されそうな時は批判者になるのが得策というメディア特有の反応である、これもまた「性」なのである。

 そこで、「国策」とメディアの関係というテーマの検証は、今回の3.11で、我々のような表現に携わっている者は、特に重いものとして考える時が来た。

 そうした視点から見ると、裁判員制度導入(2009年)の際の官民一体のキャンペーンには、原発推進キャンペーンと国民を蔑視するという点で、発想と手法に通底するものがあったと私は考える。

 人工的に形成された「世論」が支配する社会が、この国では完成してしまった。

(次回へ続く)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/8199

コメント (4)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。

一、コメント欄は匿名掲示板ではありません。投稿は本名(もしくはペンネーム)でお願いします。

一、コメント欄は投書欄ではありません。記事と関係のないコメントや長文(400字以上)のコメントは、内容に関係なく削除する場合があります。

一、コメント欄は噂話を書く場所ではありません。ネット上とはいえ、公的な場である以上、事実関係に誤りがあるコメントは公開できません。情報元のソースはできるだけ開示してください。

一、コメント欄はフラストレーションの発散場所ではありません。感情的な非難や誹謗中傷は受け付けません。なお、最低限のマナーが守られている投稿であれば、記事に批判的なコメントでも削除することはありません。


そのほか、詳細は下記リンクにも掲載していますので、投稿前にご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

<宮崎親分>
こんにちは。やらせメール事件は一例に過ぎず人工世論が支配する国になってしまった日本は、このまま漂流を続けるのでしょう。
この人工世論をそのまま信じているのが、岡田幹事長を筆頭にした民主党執行部であり、情けなくて涙が出ます。
マスコミの世論調査通り、過半の国民が消費税増税に賛成なら、そもそも参議院選挙で負けるはずはありません。
しかし、人工世論を天然世論と誤解する岡田幹事長は「敗因を国民が消費税増税を拒否したからではなく、政治と金の問題で民主党は負けた」となる訳です。
素直に育ったというか、疑うことを知らないというか?
私は、ヒネタ育ち方をしたから、政府のいう事も新聞の論説も端から信じちゃいないけど、きっと私が特別なんだろうな。
もはや私は「いい子ちゃん」揃いの民主党の議員に絶望しています。
教育から立て直さねばなりません。

宮崎 様

自民党は、「村社会官僚主導」と「新自由主義」の二つの思想、民主党は、「村社会政党主導」と「新自由主義」の二つの思想に分けて考えています。

新自由主義は、小泉郵政改革、また菅氏の災害によってどさくさまぎれに制度改革する市場自由主義に代表されるのではないか。

本質論的に見れば、自民、民主とも二分し、再編成したほうが極めてわかりやすい。現在の自民、民主の党内意見対立を考えれば、政界再編成によって、党内対立解消の流れを加速してほしい。国民にとっても分かりやすくなる。

幸い、野田代表候補者が、政界再編の突破口となる大連立を主張しており、絶好の機会ではないか。

村社会は自ずから、「原子村」の内部的問題点が明らかにされているように自己改革すべきことが多々あり、お互いの議論を深め、経済成長があまり見込めない中で村社会をどのように維持していくかの課題にチャレンジしていくべきです。調整不可能であれば、村社会は成り立たなくなる。

新自由主義は、制度的には全面一新であり、なかなか社会に浸透しにくく、災害など社会の混乱を利用して導入しようとしているが、利益追求主義で、社会の階級格差を助長するのを避けられない。また大衆迎合ポピュリズムに陥りやすいのではないか。いずれにしろセイフティーネットの必要性が不可欠であるが、格差を助長することを本質とするので、大きな矛盾を抱えることになり、関係のない国民全体がその費用を負担しなければならない不合理を含んでいる。

原発の輸出など、安全が完全に確保できないものは最終的には国家補償が前提になり、企業の後始末を国民全体で対処しなければならないような、市場原理の横暴をどのように抑制するかが大切なのではないか。企業の欲望を最大限に活用するのはよいが、責任論が不足している。

国民が政党選択する場合、非常に分かりやすく、再編を強く希望しています

 国策とメディアの関係で
 メディアは真実を伝えていないと疑ってかかる多くの中国人民と、メディアは公正中立で正しいことを報道していると錯覚し、妄信する多くの子羊〈脳無〉日本国民。
 世界各国指導者は、国民を子羊日本人みたいに飼いならす方法を知りたがっているでしょう。
 持ちつ持たれつ、ズブズブの関係が戦前からずっと続いているので今更論評はできません。
 この関係をやめるには、記者クラブに与えている便宜供与をやめ、電波使用料をオークションに、そしてクロスオナーシップ制度を、権力とメディアが緊張感を持って対峙する必要が。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.