Calendar

2011年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Recent Comments

« <3.11に思うこと> ──その3──
メイン
<3.11に思うこと> ──その5── »

<3.11に思うこと> ──その4──

 社会権力の消長が社会全体に及ぼす影響の大きさ、深さをしみじみ感じさせられたのが、3.11だった。

 今さら、「たら」「れば」の話をしても仕方が無いことを百も承知のうえで話してみよう。

 この国は、60年代〜70年代にかけて田中角栄に見られる自民党内の土建屋系政治家とそれと癒着した官僚群が押し進めた政策によって、雨後の筍のように、中小零細の建設関連会社が全国に生まれた。このグループが2000年代初期の小泉、竹中の新自由主義的な政策によって半減の憂き目を見るまでは、地域社会を支える支柱として、ある種の共同体を形成し、その地域の社会権力として良きにつけ悪しきにつけその役割を果たしてきた。

 こうした土建屋的社会権力の弱体化には様々な原因があるが基本構造は、2008年3月28日付、日経ビジネスオンラインの記事でとび土工や鉄筋工など建設職人の団体である大阪府建団連会長の北浦年一氏へのインタビューが指摘しているところが、正確である。
その中で北浦氏は「談合はなくなったのか」という質問に答えて次のように話している。

「(大手ゼネコンが仕切る)談合組織はほとんど潰れたから、もうほとんどないわ。これは、とてもいいことと考えているよ。ただな、談合がなくなって何が起きたかと言うたら、自由競争という大義の下にダンピング競争が始まった」

 北浦氏の指摘しているところが、3.11の東北では次のような形で現れていた。

 それは、スーパーゼネコン以外の準大手ゼネコンは、公共事業の予算削減とコンプライアンスへの過剰な傾斜の結果としてのダンピング、それに加えて東北の特別な事情としての東京地検特捜部による小沢叩きという異常な状況の下、東北の支店を実質撤退させていた。

 こうした結果、準大手ゼネコンの下請けで東北を地元とする中小零細土建会社には倒産、廃業が相次いだ。こうして3.11が発生する前の東北の状態は、かつての土建屋共同体=社会権力がほぼ崩壊していたと言える状態だった。

 もう一つ興味深い指摘がある。2007年の大分県での出来事である。「『西日本新聞』2007年(平成19年)9月16日付朝刊は、『建設業協会佐伯支部 入札への要望拒否に対抗 市との災害協定 破棄』という見出しで、大分県佐伯市での出来事を報じている。

 県建設業協会佐伯支部(佐藤現支部長)は14日、佐伯市と締結している災害時の応急対策活動を破棄するとの申し入れ書を西嶋泰義市長あてにて提出した。公共工事の入札について要望が受け入れられなかったことへの対抗措置。

 西嶋市長は『誠意を持って回答したが。理解得られず残念』とのコメントを出し、現状では要望を受け入れない考え方を示した。

 同支部は公共工事の減少に伴い厳しい経営環境にあるとして(1)高落札率入札調査制度の撤廃(2)協会会員相互の指名(3)本年度工事の早期発注(4)低入札価格調査の失格基準設定を市に要望、業界への配慮を求めていた。

 西嶋市長は要望に対して文書で回答。協会会員に配慮する相互指名について『(現行入札制度は)競争性や公平性、透明性を確信しつつ指名している』として、変更を拒否。落札率が高い場合に調査する制度については『4月から試行し実効性を検証しているところで、撤廃について判断するのは尚早』として、撤廃の要望を受け入れないと答えた。

 回答に対して、同支部は『誠意が見られず、失望の念に耐えられない』として、協力協定の破棄に踏み切った。

 つまり、小泉、竹中路線のグローバリズムと新自由主義的政策の潮流は東北にとどまらず、全国的に土建屋共同体が変質を余儀なくされていることをこの大分県の出来事は示している。

 ところで、土建屋共同体は、もともと災害が発生した時にどのように機能をしてきたか。災害が起きた時に誰よりも早く現場に駆けつけ、火事の場合は、類焼を防いだり、水害の場合には土嚢を積んだり川に流れ込み、橋を破壊する大きな材木を引き揚げたりしてきた。もちろん、これらの行動には、その後に発生する復興の仕事を受注しようとするもくろみがあり、今風のボランティア活動という「無償」の行為とはその趣は全く違っている。むしろ職業意識からスタートするものであったと言えよう。

 しかし、災害が発生した初期の段階では、これらの土建屋共同体の行為は被災した人たちにとっては国や地方自治体が手続きを踏んで行うものと比較して、極めてスピーディーであり、それに永きに渡って蓄積したノウハウがあるだけに、有効で適格な「仕事」ぶりであった。

 さて、そこで「たら」「れば」の話をしよう。

 もしも、3.11の時に、新自由主義的政策に席巻されることなく土建屋共同体が生き残っていれば、3.11はその範囲が広大だという条件があったとしても、そして放射能問題があったとしても95年の阪神・淡路大震災並みの対応が可能であったと、私は考える。

 百歩譲って、放射能問題でその対応のスピードが遅れたとしても、今のような体たらくはなかったと思われる。

 政治家や官僚の能力とは全く違う質の存在であった「社会的体力」が発揮されていたであろう。

 本文<その3>で書いた「かさぶた」の下で進行していたものが、この国の社会が病んでいて基礎体力がおとろえていることを顕にした。この時を3.11が直撃した。それだけに事態は深刻なものとなっている。

(<その4>終わり)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/8182

コメント (8)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。

一、コメント欄は匿名掲示板ではありません。投稿は本名(もしくは固定のペンネーム)でお願いします。

一、コメント欄は投書欄ではありません。記事と関係のないコメントや長文(400字以上)のコメントは、内容に関係なく削除する場合があります。

一、コメント欄は噂話を書く場所ではありません。ネット上とはいえ、公的な場である以上、事実関係に誤りがあるコメントは公開できません。情報元のソースはできるだけ開示してください。

一、コメント欄はフラストレーションの発散場所ではありません。感情的な非難や誹謗中傷は受け付けません。なお、最低限のマナーが守られている投稿であれば、記事に批判的なコメントでも削除することはありません。


そのほか、詳細は下記リンクにも掲載していますので、投稿前にご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

<宮崎親分>
こんにちは。さて、土建国家についてですが、最近、私は認識が間違っていたとつくづく思う様になりました。
「竹中・小泉改革」という名の冨の偏重化、それに加えて菅内閣による「清潔なファッショ」によって、日本経済はダメージを受けているのだと。
裏金であれ、談合であれ、国内で金が回っている内は経済は活性化します。郵政民営化~会社法の改正~TPPに至る一連の流れは、国民の金をグローバリズム企業に流入させる為ではないか?
同じ金なら、地方津々浦々の企業に金が廻り、その金で兼業農家が守られ、国土が守られるならそれに越したことはない。
会社の株の持ち合いによって、株主を気にすることなく、正社員を多数雇用し給与が払われるなら、それに越したことはない。結果、会社への忠誠心が生まれ、世界に冠たる技術開発ができる。
日本はハンドルの遊びがない国になってしまった。
自由主義経済は、納税の自由があるべきだし、中央官僚に箸の上げ下げまで指図されてはならない。
竹中・小泉改革とは、中央集権の社会主義的統治をそのままに、庶民にだけ自己責任を押し付けた、最悪の政権だったと考える。
全国200~300の地域主権になってしまえば、易々と米国の年次要望書など受け入れなくて良くなるから、中央集権は温存されたと・・・。
日本の国と国民生活を考えてくれる政権が誕生しなければ、本当に日本は危ないと思う。

 
 
 この度の 宮崎氏の仰る“たら”は、次のシステムが出来上がるまでに 起こってしまった“たら”でしょう。
戦後の日本国を復興させてきたシステムは もうこれからの日本の将来にとって 弊害しかもたらせておりませんでした。。
やり方は 様々あるんでしょうが。。
小泉&竹中氏の行ったことは 誤りなどでは決してありません。

 公共工事が発生しても受け皿が 形骸化しておりました。
国民の税金を 少しでも有効に使えるような現実など どこにもなかった。
公共工事に群がり 国民の税金を食い物にするシステムは どんな手を使っても 淘汰されるべきだった。 歴史的に。
 それでも 歴史的には おんなじことが新たに繰り返されます。
それが 社会のあり様です。。
 
 
 

 
 

em5467-2こと恵美(2011年8月 3日 12:31)氏へ

> 同じ金なら、地方津々浦々の企業に金が廻り、その金で兼業農家が守られ、国土が守られるならそれに越したことはない。
> 竹中・小泉改革とは、中央集権の社会主義的統治をそのままに、庶民にだけ自己責任を押し付けた、最悪の政権だったと考える。

 兼業農家とは なんでしょう?
兼業農家には 第一種と第二種があります。 専業農家もあります。
JAは第二種兼業農家を対象に 経営してます。
 国土が護られるとは どういうことですか?
先日のNHKスペシャルは Hirosimaとnagasakiの原爆投下後に 日本国政府が執った“原爆被害調査”の歴史的事実を 米国政府が公開した戦後資料に基づいて 放映してます。

 小泉&竹中氏の改革は 竹中氏がJAも改革しましょう。 と、進言したのに対し、小泉氏は今回は郵政だけに、 と、政治判断してます。。

 このやり方が モアーベターであるとは 言い切れません。
それでも 日本の将来にとって 必要不可欠だったと存じます。。

 貴女が仰るところの“庶民”にだけ 自己責任を押し付けた。。
小澤一郎は何を希求してるのか?
日本改造計画の冒頭で 日本国民はまやかしの表面だけの上っ面の“補助金”で誤魔化され続けてると されてるのではないですか?

 私の読解力が 足りな過ぎるのですか????? 
 
 

「たら、れば」は云っても仕方ない。とは、責任あるものが追究されるのを避ける便利な言葉ですね。

本当は、間違いに気付いたときに、徹底的に「たら、れば」をやって見れば、何時、如何して、何故、何故、何故、と遡り、分岐点を見つけ出し、、、みんな、解っているんですよね。分かってやっていることなんですから。

土建屋さん、懐かしい響きがあります。ちょっと、普通の仕事とは区別して、大人たちが○○さんは土建屋だけどなかなかの人だとかと云う風に話していたり。

「談合」も、昔、お向かいさんは大手財閥系の不動産勤務。「今日は談合で遅くなるからゆっくりできるわ」と云う感じで、云う方も聴く方もご活躍のだんな様、というだけのイメージでした。40年近い前のことです。 

因みに、仕事柄土地の親分とは上手く付き合わないといけないとかで、その方は結構可愛がられて高価なジャケットをプレゼントされたとか。 赤い裏地に目が点になるような模様が織り込んであって。。。後に同じ財閥の建設会社の社長までなったそうですから。あのジャケットは着たのかな? 

「談合」の意味を考えてみようともしない、無邪気なものでした。

3.11に思うこと(1~3)と異なり、(4)は、利権構造社会の人情の合理性を述べておられると、理解します。

電力村と体質的には同じ構造であって、競争による将来的発展より、現在の構造体質を重視するので、新しい考え方、新しい人を受け入れる余地はなく、極めて閉鎖的ではないか。

確かに経済成長が大きい時代は、政官財一体の体制は合理的であり、経済成長を促進する起爆剤になりえたことは否定できない。仕事はたくさんあったので、仕事があるとかないとかのいざこざは少なかったと言えます。

しかし、現在は、低成長時代であるのに、多国籍企業が多く進出し、人材が国を超えて仕事をするようになっており、日本だけ閉鎖的村社会を維持することは困難になっています。このような急激な環境変化を無視できず、村社会を望んでも望めない社会になっていることを自覚すべきではないか。

仕事が少なくなっている時、一部の既存の業者が利権を独占するなどということは、復興がスムーズにはかどるなどと言われても、納得できるものではありません。一部の人間で利権を独占する時代は終わったのであって、平等に仕事獲得に機会は与えられるべきであると、考えています。

<地球上の生物の宿命か?>
人の欲望に際限はなく、一度得た特権的地位は決して手放さない。
人間社会を穏やかなものとするためにこうした動物の本能的行動を抑制すべく、人類は宗教や教育によって心に倫理感を涵養すべく努力してきました。
しかし、個人のレベルにおいてもその相克は激しく、着地点はまさ人様々です。
宮崎氏は土建業の談合に例をとって論じられていますが、私は民間発注のほうが多い建築業界に身を置いていましたが、あるとき公共発注がほとんど全てである土木業界を垣間見る機会がありました。
30年以上前ではありますが、私の目には当時土木業界の単価は建築の約3倍に映りました。
余りの差に私なりにその理由を推察して得た結論は
①土木は少ない仕事に多くの人達がぶら下がって生活している。
②税金で行う仕事であるので、発注者が「安くしろ、負けてくれ。」と真剣に値切る人がいない。
③その工事発生に尽力した関係者全てが安く出来ることに何らメリットを感じない。
というものでした。
公共といいながら、発注する側に国民の代理としての「公」の意識が希薄であり、己の責任回避に力点がある保身という「私」が出てきてしまうのでしょう。
人間が本能としてのエゴを捨てきれない以上、節度ある競争の仕組みは必要と私は考えます。
そうでないと崩壊した旧社会主義諸国や今日ギリシャのように必ず行き詰まるはずです。

 
 

宮崎学( 2011年8月 3日 10:08)氏
> 百歩譲って、放射能問題でその対応のスピードが遅れたとしても、今のような体たらくはなかったと思われる。
> 政治家や官僚の能力とは全く違う質の存在であった「社会的体力」が発揮されていたであろう。

 同意します。。。
愛国精神の 実体は“この辺り”にあると存じます。

 田中角栄氏を 歴史的に藤原不比等以来の 唯一の政治家と感じます。
日本国にとって 功罪を天秤しても 後世からは 功の方が大きくなってゆくのでしょう。
何故なら 彼は土建屋として十二分に 個人的資金を勝ち得ていました。。。
政治活動で得た資金を 個人的に流用する必要性などどこにもなかった。
ですから 政治活動のために必要な政治資金調達は 現在的視点から非難されるのでしょうが・・・。
ロッキード事件にしても その当時の法律に則って 便宜供与が明確に実証されるべきです。
氏の場合 アメリカの頭ごなしに 中国と外交を行ったために、米国の陰謀に落とされた懸念が強すぎます。。。。。

 小泉&竹中氏コンビが 郵政を民営化した。
  (ほんと 一気に 農協までやって欲しかった!!)
 小沢一郎氏が 裏切り者となっても 自民党一党支配体制を終わらせた。
 (55年体制において 日本社会党は 歴史的に評価される点などどこにもありません。ただの金魚の糞的なものです。)
 このことは 20~30年を経ずに 評価されると存じます。。
 
 

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.