Calendar

2011年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Recent Trackbacks

« 2011年4月 | メイン | 2011年6月 »

2011年5月20日

ロシアから見た福島原発事故

 宮崎学である。

 友人でロシア問題の専門家服部年伸さんから教えてもらったことを紹介する。

■ロシアから見た福島原発事故

 福島原発事故から1ヶ月半が経過した今もこの問題はロシアで広く議論されている。ロシア政府高官たちは日本当局と東京電力の対応を批判することなく慎重な発言をしているが、一方で多くの専門家たちは日本政府と東電の対応を厳しく批判している。

 批判の1点は統合司令部の欠如だ。福島では、チェルノブイリのような、政府当局、東電、地方自治体、自衛隊、核専門家による統合司令部が作られなかった。チェルノブイリでは副首相が司令部の本部長となり、彼がレスキュー・オペレーション全般の責任をとり、レスキュー作業と地元住民避難作戦に参加する全ての人間に命令を与えることができた。

 福島は人的災害だと多くのロシア専門家は指摘している。彼らは地震も津波も直接の原因とは全く考えていない。津波は福島第2をも襲ったが、そこで問題は発生していない。福島第1で問題が起きたのは、サポート設備の不備、事故発生当初の不適切な対応、そして、実情の隠蔽が原因だった。東電はベストを尽くそうとしたかもしれないが、その対応は混乱し鈍かった。専門家たちによれば、事故発生当初の対応には次のようなミスがあった。

 第1に、原子炉内圧力が上昇すると発電所のオペレーターたちは避難し、彼らは事態が悪化する中、2日間、何もすることなく、電力復旧作業を始めたのは既に手遅れの状況となっていた3月14日になってからだった。

 第2に、東電は最悪のシナリオ時に発電所のインフラ破壊を防ぐための何のプランも持っていなかった。緊急事態対応策の中には国家緊急隊、あるいは自衛隊への連絡も含まれていなかった。緊急時に経産省・保安院などの当局者と地方知事に連絡する唯一の方法はファックスだけで、ファックス受信の確認を例外として電話をすることさえ許されていなかった。

 第3に、事故処理"部隊"の人数があまりにも少なかった。4月初旬、その数は数百で、ロシアの専門家によれば、被爆量の制限の観点からも、経験と情報の共有の観点からも、これは全く不十分な数だった。

 第4に、チェルノブイリでは住民の安全のため地域住民を強制退去させた。そのため当局は厳しく、時には軍の協力を得て作戦を実行した。それしか住民を救う手段がなかったからだ。しかし、日本では危険地域から住民に避難勧告をするだけだった。

 さらにモスクワの専門家によれば、日本が提供する福島の状況に関する情報は全く信頼できないものだった。実際、彼らによれば、4月上旬、国際原子力委員会の日本代表は現状について信頼できる情報の提供を拒んだという。その日本を、福島と同型の原発を持っているアメリカは支持したという。

 多くのロシア人専門家たちは、日本当局は事故対応のためのプランを何も持っていなかったと強調している。対応は全て場当たりに見え、得策とも思えないものも含まれていた。彼らの意見では、「日本当局者はチェルノブイリ事故から何の教訓も得ようとしなかった。」福島原発はアメリカのプロジェクトに従って40年ほど前に建てられたもので、地震国・日本に適するものではなく、津波対策も不十分だった。「その決定要因は経済性であり、安全性ではなかった」と専門家たちは信じている。

 最も批判されている点は、使用済みの核燃料が発電所の外の特別貯蔵庫に搬出されることなく同じ建物内のタンクに入れられていたことだ。ほとんどのロシア人専門家はこの事実に驚いている。福島第1の30年間の運転で蓄積された全ての使用済み核燃料が発電所内に貯蔵されていた。専門家によればこれは原子力爆弾40個を作る量となる。この使用済み核燃料が環境と接触すれば、水、土壌、大気はすぐにストロンチウム、ウラニウム、プルトニウムで汚染されてしまう。国際的慣例では、使用済み核燃料は核燃料供給者がすべて活用処理することになっている。福島の燃料供給者はアメリカ企業だが、彼らは何らかの理由でこれらの使用済み燃料を原発運転全ての期間にわたり何の活用処理をしてこなかった。

 損壊した発電ユニットに対する安全措置についても疑問の声が投げかけられている。日本当局者は損壊した発電ユニットを特別な素材でできたフードで覆うことを計画している。フードはすぐに熱で壊されるのでこれは無駄だとロシア人専門家たちは強く指摘している。彼らの意見では、これはおそらく国民を安心させることのみを目的としている。このフードは汚染された塵の拡散を防ぐものだろうが、さらに危険なのは汚染された水が土壌と海に漏れ出していることだ。当局は汚染水をメガフロートで集める計画だが、その後のメガフロートはどこに行くのか?そして集めた水をどうするのか?

 ロシアでは今でもチェルノブイリは人災の代名詞だが、この1986年の事故と福島の比較は避けられない。しかし、2つの事故の環境汚染・人的被害の大小について意見はロシアでも分かれている。ほとんどの専門家は福島は第2のチェルノブイリではないと考えている。福島では燃料の露出もなければ原子炉の爆発もない。

 一方、福島の影響はチェルノブイリよりも大きいと主張する専門家たちもいる。チェルノブイリでは原子炉が爆発し黒鉛が燃えた。しかし、損壊した原子炉は1つだけだった。日本では3つの原子炉と4つの使用済み核燃料プールが損壊している。放射線放出はチェルノブイリの20倍だ。そしてこの放出は1ヶ月以上続いている。

 福島事故の結果、国際社会は原子力発電について統一した安全基準を作る必要があるというのがロシア人専門家の一致した意見だ。 

2011年5月17日

報道されない4号機の危機的状況について

 宮崎学である。

 「被災地からの手紙」を読んだ知り合いの東電関係者から連絡があった。

 その内容は、現在の一番の問題は福島第一原発4号機が危機的な状況にあるということで、またそれは地元の人々の共通認識でもあるとのことだった。

 1号機の状態がにわかに報道されるようになったが、本当にヤバイとされる4号機に関しては何も発表していないでいる政府の対応と問い質しもしない記者たち。これは報道協定をやっているのではなかろうか。

 4号機の情報を集めようと思う。情報公開の場として俺のホームページを提供するし、批判等は俺が責任を取る。

 専門家や情報を持っている関係者からの忌憚のない積極的な情報提供を望む。

 4号機について、報道機関が報道協定を結んでいるとしたら、それは政府の無能ぶりを下支えしていることになろう。つまり、メディアも共犯である。あるいは、何かを恐れてそのようなことをしているのだろうか?

 それが第一点の問題。

 もうひとつは、このような危機的状況において、無能な為政者を引きずり降ろさないでそのまま放置すれば、状況はより悪化するのが当然である。危機に面しているのであればなおさら有能な者が指導しなければならない。危機だから権力闘争をすべきではないということにはならないのである。

 知り合いの東電関係者はこうも言っている。「宮崎さん、東京は捨てて京都に帰ったほうがいいですよ」と。

 メルトダウンについては、関係者の間では1ヶ月前から常識として認識されていた。

 メルトダウンを立証するのは難しいにしても、メディアは取材で政府に質問をすべきである。もしかしたら質問をしたのかもしれない。それでも報道をしないでいるとしたら、それはやはり報道協定としか思えないのである。

 この事態においてそれはおかしいだろう。

 報道記者、ジャーナリストは勇気をもって情報公開に努めるべきである。

2011年5月 5日

被災地からの手紙(5)

 宮崎学である。

 友人からの手紙5通目が届いたので、本人の了解を得てこれを紹介する。

 避難指示が出された各地では、牛、馬、鶏、合ガモ等、餌をやれずに骨、皮までに痩せいく。検問を突破してでも逮捕されても、ワシは行かねばなんねえ。牛馬は家族だと言う。ダメなら処分してくれ、とも言う。

 米も野菜も葉たばこ、漁もダメ。ワシらどすりゃええだと大の男が泣く。女房、子供が項垂れる。見てる私らも下を向く。こんな時に気安くガンバレ等と言わんでくれや。

 東電からの仮払金100万円を断る人が居る。東電の言うことを聞いたみたいでイヤだと語る。

 いわき市が空きアパート、県営、市営住宅を一年間借り上げました。家賃はタダでも電気(東北電力です。)水道、ガス代、生活費が要ります。確かズーと昔失対事業てのあって、炭鉱閉山等で仕事を失くした人々の救済に役立ったはず。忘れたかな?このままではムシロ旗に牛馬、魚の絵書いて東京さ行くど。

 4月3日の朝日新聞に東電が工事物品代を保留する通知出したとあります。東電他各発電所は払いがいいのが身上であるはず。注文書で借り入れが出来る程の信用を誇ったはず。地元と周辺住民に安穏を約束したはず。

 電力マンの使命感、誇りはどこに忘れた?
私の父も長く地元の火力発電所にその大半の人生を捧げました。エンピツ一本紙一枚必ず地元で買えなければ少し遠く、もう少し遠く買いに行く。それが地元へのご恩返しの始まりである。東京から大量に仕入れば安くつくなどと愚を言わぬ様にと諭したと偉そうに申して居りました。所詮我々は他所者であるとも。

 だから他所者がフクシマに来て札束で面張って挙句にトンデモナイゴミを置いてちゃいけません。

 ゴミはお持帰りなされる様、切に切に拙はおねがい致します。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.