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2011年4月20日

被災地からの手紙(4)

 宮崎学である。

 友人からの手紙4通目が届いたのでこれを紹介する。

いわき発

 小生、様々な友人がおります。
 先ず競輪仲間の話(お米屋さんです。)
 同業者に避難地区の方が多数いて倉庫の中に数千袋のお米が眠っている。
 これを何とか出来ないのか、来年のお米の仕入れをどうしよう。運送屋の中にはいわきナンバーが嫌われるので他県ナンバーの車に積み替えろと言われるらしい。

 次はバンド仲間の話。いわき市に「バーQ」なる店があります。色々なチャリティーコンサートの話がテレビなどで紹介されますがこのお店ではジャズ、ロック、ジャンルを問わず各地から手弁当でかけつけ、避難所を廻っているそうです。大変有名な方々も来ておられるそうですが、名前を出さないで欲しい、ご恩返しと思って下さいとのこと。何ともうれしい話であります。
 中学以来の友人で東北有数のスコッチウィスキーを出す「G」なるお店、震災でビンが割れ、スコッチの香りで店内が一杯になったそうです。今この店は弁当を売っています。夜、人の姿は殆どなく、いわき市のマルキマーク(デンジャラスマーク)を貼られたビル・店は営業できず。(やっても売上は1/4から1/5らしい)
 毎日の余震で建物もやる気もどんどん失われ、笑いは消えた。東電さんよ、会社のマークをグリコマーク(バンザイです)に変えなさい。

宮崎様へ
 


 なお、この友人と先ほど電話で話をしたが、避難指定区域の中には、犬や猫などの飼い主が放置していったペットいるらしい。また、牛や馬などもたくさん放たれているようだ。

 この動物たちは、人間の姿を見るとエサをもらえると思って寄ってくるそうだ。

 この状況に動物愛護の人達はどう答えるのだろうか。

2011年4月18日

「被災地からの手紙1~3」を読んだ読者からの情報

 宮崎学である。

 「被災地からの手紙1~3」を読んだ読者(以下仮名I氏とする)から、情報が寄せられたので、そのまま公開する。

 読者諸君も疑問点は多いにディスカッションされることを望みたい。

※画像をクリックすると拡大します
■レベル7への疑問
miyazaki110418_2.jpg

■作業体制について
miyazaki110418_3.jpg

■1F4号機燃料プール漏洩について
miyazaki110418_1.jpg

 なお、I氏によれば、現時点では話せないことが多々あるとのこと。現時点で公開できる最低限の情報として提供をいただいた。

 図面入りのファイルがあるが、これを見ると俺の目にも政府や東電が公表している図類は都合の悪い点はかなり改ざんされているであろうことは想像に難くない。

2011年4月16日

被災地からの手紙(3)

 宮崎学である。
 相変わらず余震が続いているな。
 被災地の友人から3通目の手紙が届いた。本人の了解を得てアップする。

4月11日
 地震、雷、大雨の三役いわきに来たる。
 スパリゾートハワイアン再び被害大との話。
 ゴンベが種まきやカラスがほじくる。
 小生も翌朝現場に着いてびっくり。昨日の仕事ほぼ全部やり直し。
 連日の余震にて足場に上がれず。
 ライブハウス店内天井落ちる。ドラムセット、ピアノに破損。勿体なや酒ビン割れている。
 原発4号機あやうし。(テレビはウソ)点検時の図面を出したらしいが現状は話の外。フタが外れパイプも外れ、たれ流しを見てるだけらしい。
 広野火力に置いてある高価な機材もあきらめる業者多し。水で流すもダメとの話。
 鉄面皮の東電諸君、スーパーマンでも連れて来てくれ。
 第一原発の作業員は心身共に限界を過ぎている。
 釜の爆発より作業者達の爆発が先か?

2011年4月11日

被災地からの手紙(2)

 被災地の友人から2通目の手紙が届いた。本人の了解を得てアップする。

4月7日朝、信ずるに足る友人(東電関係者)よりTel ガソリンは常に満タンにしておくようにと忠言あり。 NHKよりスタッフをいわきに入れたいが大丈夫かとのTelありとのこと。要するにマスコミは東電からの話を信じておらず東電も本当の事は誰も知らないとの事であるらしい。

4月9日
NHKがいわき市の現状について報道。地元民から、「今さら何を聞きに来た?」と言われている。
いわき市のあちこちに足場が組んである、くずれ落ちたビルの一階に新装開店の花があり、何とも気の毒。晴れた空に放射線がただよっているのが信じられない。
ピンポイントの汚染状況を測定したが発表まで5日もかけるらしい。原乳の出荷制限解除の発表あり。しかし県は再検査の上許可したいという。(3日もかかるのに)
全くお上のなされ様には頭が下がります。(バカということですヨ)
震災ゴミの集収場所が一週間前より発表される。この広いいわきで何と3カ所。腹が立つので関係ないゴミも捨ててやるのだ。

なお、避難中多くの米、野菜、生活用品を下された山梨県の方々に御礼状を出したいと思っております。山梨の皆々様本当にありがとう。助かりました。普通の人達は普通にやさしく温かく皆それぞれにいい人であった。これが私が聞いた避難民の多くの人の感想です。そして目をうるませ、泳がせながらカメラに語る東電の人もつらいと思います。

宮崎学である。

いわき市より福島市や郡山市のほうが風向きと地形の関係で放射線量の値が高いことを政府や東電はあいまいにしか報じていないようだ。政府は福島第一原発から100km圏内の地点での放射線量を逐一報告するべきだと思う。

2011年4月 9日

被災地からの手紙

 宮崎学である。

 被災地の友人から手紙が届いた。現在(4月7日)の状況がわかると思うので本人の了解を得てアップすることにした。

3月11日
第一原発より15km川内村にて午後2時迄作業早く終わったので近くの村営温泉につかる。 身体を洗い、湯舟につかっている時大地震。ようやく服を着て山をおりる。さらに山道を行くも道路ズタズタ。 国道6号へ向かうもダメ。もどるもならず普段一時間の帰りに7時間、ケータイ通じず、公衆電話30分ならんでかける。

3月14日
原子力保安院の友人よりTel「未だ大丈夫です。」

3月15日
原子力保安院の友人よりTel「ダメです避難してください。」
母と妻を連れ横浜へ逃げる。国道車すすまず。
友人より高速道に乗れるという話聞く。常磐道北茨城ICより乗る。殆どの人が知らないらしく、ガラガラ。

3月21日
山梨へ行く。山梨県温泉組合が福島の客を拒否の新聞記事に唖然とする。

3月31日
いわきに戻る。

3月12日〜20日迄水の配給1日5Lのみ。ガソリンなし。

4月3日迄一台3000円ガソリン入る。

第一原発で水処理、パイプ洗浄を行っている業者によれば、東電大本営発表はウソだらけ。東電第一では、所長と若手のみ動き廻り役職にある人々はボー然としている由。
飯舘村10日間放射線量11ミリシーベルト、年間通せば大変な事になる。
重機が足りず茨城のレンタル会社申し込んだ処、Noの返事。
一日5万円にて年寄り集め、東電は1人40万円出している。
地震当日双葉にいた展示販売業者は避難所3カ所たらい廻し、バスを乗り継ぎ4月2日に帰宅。
地元土建業者はトクジュトクジュと大よろこびヒバクの恐ろしさを知らないのか?鹿島建設、前田はじめ、大手ゼネコンが屋内待機地区以外の人夫を集め、20k〜30k圏内に連れてくる。尚東電の人々は昔から、あの辺で取れた魚は食べません。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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