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「清く」「正しく」「美しく」という基準

 この国に限らず、現代社会の「政治家」に対する評価の基準は、その政治家が道徳的に「清く」「正しく」「美しい」かどうかという視点から判断されることが多い。そして最近の小鳩政権(小沢、鳩山政権)も、「政治とカネ」の問題、つまり前述の基準から見て「問題あり」とされ、崩壊した。

 そうしたことから今回の参院選も、この基準を金科玉条のように叫ぶ政党や候補者が殆どであろう。

 私は、この「公民」の教科書で書かれるような道徳律が、果たして現実の社会の中で、とりわけ百鬼夜行の永田町政治の中で本当に有効な基準としていいのか、という疑問を以前から持ち続けて来た。

>>続きは「Infoseekニュース 内憂外患」で

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コメント (11)

悪を知る物は悪の行為を知り、そこから逃げる事を知る、悪を知らない物は悪に染められ、逃げる事が出来ない。鳩山氏の普天間問題は、辺野古施設の真実を知らずに、当事者(防衛官僚、外務官僚)に洗脳されて、鳩山氏を裏切るハメになった。小沢氏は検察の手口を田中氏の裁判から知る。どうしたら遣られるかを熟知し、政治の世界を歩んできた。マスゴミは小沢氏から学ばず、検察に洗脳され、本当の善悪を知らずに、検察の悪に洗脳された。何が、誰が正しいかの結論は先に必ず示される。そんな時にこれほど日本にダメージ、小沢氏にダメージを与えたマスゴミは、小沢氏にどう謝罪するのか、愚かな自分達が検察の誤リークという悪をもって報道した間違いをどう国民に謝罪するのか?かれらは決して謝罪しないのだろう。それは善悪の判断の出来ない人間に洗脳され、検察、官僚を精神的に変わらなくなってしまったからだろう。又政治家は其れが判っていても政局に利用し、この国、国民の為の政治なんて全く頭に無い、だから何時までも政治と金を口にする野党自民党。美味しい与党の利権を未だに忘れる事が出来ずに、力の無い悪玉ほど我を忘れて騒ぐものだ。


宮崎さんの結論

「正義」の名の下で「不正義」が行われる現代社会の中で、今まで金科玉条のようにしてきた常識や基準をまず疑うことから始めよう……これが今回の参院選の私の「気分」である。

私もそうしようと思います。

私達は、菅氏が「私は市民運動家だから信じてほしい」などと言われると、一見「正義」を感じます。

ところが、菅氏の施策は「消費税10%、法人税下げ」です。
これは「不正義」そのもので、騙しです。

このことを私のブログに書きました。ご覧頂きたいと思います。

「一市民が斬る!」
http://civilopinions.main.jp/2010/06/623.html

私達は、既成の「正義」「不正義」という捉え方ではなく、候補者が何をしてくれる人かを見極め投票しようではありませんか。

<宮崎親分様>
論説を読ませて頂き、今日ほど親分の舎弟になりたいと思ったことはありません。
宮崎論説に激しく同意いたします。
普天間の移設問題は福島瑞穂だけでなく岡田克也でも、鳩山由紀夫にも解決はできないでしょう。瑞穂ちゃんだけ槍玉に挙げるのは、少々不公平では・・・。
私は綺麗=汚いと考えていて、例えば「企業・団体献金の全面禁止」に賛成しているのは、小沢グループと長妻明、鈴木宗男先生で、むしろ後ろ向きなのが、岡田克也、仙谷、前原であり(昨年のマニフェスト作成時に長妻明氏から岡田氏の後ろ向き発言を聞いてる)、奇麗事をいう奴ほど汚いと私は思うのです。
小沢一郎氏を例にあげれば、確かに民主党の口だけ議員よりは財力はあります。当然です。政治家としての年季が違います。小沢氏は長年の政治活動から蓄財をしてきました。不動産投資も含めて、金を溜めてきたのです。
しかし、彼は贅沢をしません。仲間との会食は「赤坂庄や」、秘書との食事はファミレス、勉強会に呼んだ学者は近所の中華料理店です。
与党になり、金を手にした民主党のピーチク議員たちは、最近随分と贅沢な店で会合している様子がテレビに出ます。
昨年の麻生総理による解散の先延ばしは、民主党に金がないことを見込んでの兵糧攻め作戦であった事が序々に明らかになってきました。
そこで、乾坤一擲、威力を発揮したのが小沢資金です。長年、贅沢もせずにコツコツ貯めてきた金が、秘書軍団の派遣費用等に使われたことは想像に難くありません。
また、各地の連合からの資金が出たのが、小林議員の例です。
小沢さんは、どんな田舎にも出向き各地の連合傘下の組合員と酒を酌み交わしてきました。自身は必ず下座に座り、お酌をしていたそうです。ジャガイモみたいな顔を笑顔にかえ、ゴツイ手でお酌をする小沢さん、何かちょっとコワイけれど、誠意は伝わります。
そうして、ポスター貼りや動員などの人手の少なさを組合員の方々の協力で補ったのです。
金を使い、汗をかき、必死で勝ちにいった結果が総選挙の勝利です。オリジナル民主党の諸君は、各地の応援演説位で、何を小沢さんに文句をつけるのか?!
人としてどうなんだ!と思います。
細川氏は日本新党立ち上げで自己資金を投入し、党解散後に10億円の借金が残りました。日本新党立ち上げに加わった円よりこ参議院議員がテレビでお話されていました。その借金を前原氏等の日本新党出身議員は知らん顔して細川氏一人に押し付けたというのです。
それが、金にクリーンだというなら、自慢にもなりません。
野党時代の民主党は、居酒屋が定番で、今やホテルや料亭です。まるで成金みたいで、イヤになります。小沢さんのチカラで政権を手にしたのに、尊敬すらせずに、自身の権力の為、蟄居閉門をさせる。こんなに失礼な奴らはいません。能力がないなら能力がある人に仕え、学ぶべきなのにプライドばかりが高いから始末におえません。結局、「ひとりで出来るもん!」と小沢氏を党務専任にして、やってみたものの何もできず、挙句、消費税アップという国民へのツケに替えました。
空き菅政権を一刻も早く終わらせ、実力のある政治家に実権を握って頂きたいと、国民の一人して切実に願います。

<宮崎さんの仰る通りです>
黒い猫白い猫論もですが、本当の悪はまるっきり自分の手を汚さず影で指図をし、人間として触れてはならない部分に手を突っ込んで来る。そして表面では「清く」「正しく」「美しく」の許すことの出来ない連中です。所謂「やくざ」を肯定は致しませんが、日本の歴史に於いて、政治の世界でも経済の世界でも影の部分として重宝して利用してきた事実は否定できません。今の相撲協会の賭博問題でも、過去から巡業等の興行は全て影の世界が仕切ってきたのではないでしょうか。「何を今更きれい事を」です。それで成り立ってきた事を「断ち切る」チャンスなのかもしれません。どの世界でも「必要悪」と存在を認めてきたのではないですか。その部分を自らの保身、金儲けに利用してきた連中こそ最も汚い輩ではないでしょうか。「清く」「正しく」「美しく」を言う人たち程信じられません。

自分は「清く」「正しく」「美しい」なんていう言葉を聞くと、その裏に、とても胡散臭いものを感じてしまうことを常としています。人がその類のことばを盛んに連発しているのを聞くと、だんだんと腹が立ってくる天邪鬼です。

自分も小沢一郎さんの「黒猫度」に期待する者の一人です。
その破壊力に強く期待しているのです。

世間知らずの、頭でっかちな、ボンクラどもを叱り飛ばしてほしいです。
弱きを助け、強きをくじく、義侠心に期待したいです。

ちなみに、自分は福島瑞穂さんのことは好きです。元気いっぱいで、かわいい。

「誠意」は、とても大切なものですが、普通の人の「誠意」と政治家の「誠意」とは、少々異なる。
と、誰かが書いていた。

私も、そう思う。

宮崎親分は10年以上前から「清く」「正しく」「美しい」市民派的な潔癖主義が行き着く先は、清潔なファシズムである、と警告し続けてきた。
そして今、「市民派」を称した菅直人氏が首相に就任した。
発足してまだ間もないにもかかわらず、自民党時代以上に対米追従外交が進み、官僚主導になるのでは?という懸念が高まっている。
自身の権力維持のためには、躊躇なくかつて自身が批判していた勢力と手を結ぶ・・・のであれば、それはとてつもなく恐ろしい事である。

・地獄への道はアホな正義で埋まっとる
・正義を叫ぶものこそ疑え
宮崎親分が発してきたこの言葉を、今また強く噛みしめる今日この頃である。

宮崎学旧サイトzorro-me.comのコンテンツ。今読んでも学ぶべき内容がテンコ盛り(^^)
(既に失われてしまっているページが多数あるのが残念!)
http://miyazakimanabu.com/zorro-me/miyazaki/index-old.html

宮崎親分の指摘は全く自民党そのものですね。政治と金は自民党政治の根幹でしょう。それが、何故小沢氏に対して攻撃できるのでしょうか?谷垣さん、君は清く、正しく、美しくを声高に言っているけど、特に君の先輩達、現幹部と小沢氏比べたら、大きな声で言えますか?莫大な企業団体献金、これは企業による成果主義のお金、つまりは企業の為に有利な政治を遣ったお礼でしょ。このお金は、清く、正しく、美しい物なのでしょうか。少なくとも国民は、汗水流して税金を強制的に引かれている。だから国民の税金の増収に努力は必要ない。これこそ、政治と金の不公平では無いでしょうか。それを管政権は肯定するのでしょうか。清く、正しく、美しい政治を民主党政権は金科玉条にして来たはず。これでは第二自民党として逆戻り政党と言われてもしょうがないですね。

政治とカネ—マスコミのあいも変らぬ虚言である。しかし長期間続けることによつて、すつかり無邪気な国民を洗脳してしまつた。即ちカネを沢山持ついる(と思われる)政治家は悪であると信じこませた。それで政党も政治家もすつかり萎縮し、免罪符を得ようとしマスコミに媚を売る〔枝野等〕。官僚はほくそ笑み、マスコミは影響力に満足する。しかしカネは政治活動の源泉である。新聞やテレビが無償で政策を流してはくれない。(色男金と力は無かりけり、なんてどうでもいいが、政治家が金がなければ力も出ないでは虚しい)

要は使い方である。例えば政党助成金でも、政治家個人の懐に入れてしまえば悪であり、逆説的だが賄賂のカネでも、全額福祉のために使えば善となる。小泉は姉を政策秘書〔生活秘書〕にし、血税を合法的にねこばばした—この方がよほどたちが悪い。
政治とカネよりも先に厳しく追求すべきは、官僚とカネでありマスコミとカネである。彼らが数倍も日本に害を流し続けている。
マスコミ=(官)が政治とカネの問題を何時までも垂れ流すのは、自分たちの既得権益から目をそらさせ、政治家(政党)の力を削ぐための策謀キャンペ-ンである。

清くなくても、明るい未来・希望の持てる日本を創ってくれる政治家が出てくれる事を期待します。

マスゴミに誘導された愚集政治は絶対に避けて頂きたい。


黒でも、白でも良いからネズミをとってもらいたい。

日本人は(確信できませんが、たぶん中国人もアメリカ人も)カネを非道徳的なものと見ています。そもそもカネは、清くも正しくも美しくもない。民俗学では、カネは古からの不浄の存在という研究もあります。
カネは、「鉄人28号」のように「敵も味方もリモコン次第」の悪魔的存在(悪魔的魅力も兼ね備えてますが)。そういう潜在意識がわれわれにはあるのでしょう。

おそらく政治とカネという具合に併記するとき、そこには政治はカネの対極であれかしという籠められた念があり、公平で正直であるべき政治と不浄のカネがなじむことへの嫌悪という文脈がある。
だいたい、政治とカネが結びついたのは、人類の歴史では日が浅く、政治は長いことカネ儲けとは無縁の王族や貴族の手にゆだねられていた。中国の王朝の開祖は、漢の劉邦のように、始めはカネと権力欲をエネルギーに昇りつめるが、その後継者たちはすでにカネの要らない階級生まれだから彼らに金銭欲はない。
日本は歴史的にもあまり政権交代がなかったので、為政者は長いことカネと距離をとっていられた。天皇家も将軍家も各藩の殿様も表向きカネを気にすることはない。
だからカネは不浄といってられたし、反面、明治維新で社会に放り出された旧政権担当者である武士階級は貨幣経済についていけず多くが没落した。

選良であるはずの政治家が、不浄のカネと同衾することを許さないメンタリティは、日本史の上では古代から明治維新までの間に培われたものなので、ちょっとやそっとじゃ改められないでしょう。

そうすると当面はやっぱり政治家のほうで、有権者のメンタリティに適応していくしかないのではないか。

わたしが尊敬する二人の政治家のひとり、田中正造はカネの匂いのしない政治家でしたから、ああいう政治家はひとつの理想像なんだと思います。しかし、田中正造が政党を率いて政権をとるというのは想像すらできないし、権力と距離をおくことでしか、田中正造は田中正造たりえない。

もうひとりの政治家、松本治一郎は、実際に組織を率いていたし、清濁併せ呑む腹も備えていたからカネもあった。だが、彼からカネの匂いはしてこない。
治一郎を奇矯の政治家と見ても、金権政治家と見る者はいないと思う。治一郎の志がカネと無関係のところにあるのは明白だし、彼の振る舞いがカネと無縁の者のようにしか見えなかった。

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Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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