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沖縄問題への視点 ── 今週のポピュリズム

 60年代、私は次の歌を何度も何度も唱ったことがある。「沖縄を返せ」という歌である。


固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ

2(1番の繰り返し)
固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ

 この歌の誕生は1956年10月、九州、三池闘争の頃で、沖縄復帰闘争を題材に作られた。初めはもの悲しい短調の曲だったが、歌声運動の大御所・荒木栄が勇ましい行進曲に変えたのである。

 さて私がこの歌に出会った、60年代当時は、ベトナム戦争の激化という時代的背景もあり、反米的なこの時代のムードを象徴する歌の一つであった。

 ところで、私などは、この「沖縄を返せ」という歌を唱うに当たっては、何のためらいも持たなかった。むしろ、この歌の1番、2番の最後の「沖縄を返せ」「沖縄を返せ」と繰り返すところは、特に声を大きくして唱ったものである。だが私は今、この歌を唱ったことを一生の不覚であると考えるに至っている。

 百歩譲ってこの歌の「沖縄を返せ」、まではいいとしても、最後は「沖縄に返せ」と唱うべきであった。

 それは琉球とヤマトの歴史関係への雑駁な理解が、歪曲された民族主義へと傾斜し、それが戦後の沖縄返還運動の欠落した思想であり、沖縄返還運動に関わる、ポピュリズムの原点であったと考える。このポピュリズムを下支えしたのが革新系の返還運動であった。そして、このポピュリズムをテコとして、1972年の沖縄返還は行われた。しかし、その内容は、沖縄の痛みを共有するというものではなかった。

 つまり沖縄と本土の歴史の本質は、「差別」そのものである。「差別」が持つすべての残酷なものがそこにある。今回の普天間問題で沖縄の人たちに対する差別の上塗りだけは許してはならない。

 友人の作家である佐藤優が、琉球新報2010年5月15日号で「沖縄の未来のために、沖縄人が名誉と尊厳をもって生き残るために、保守、革新の壁を越えて、『われわれの沖縄の利益』だけを考え、団結しようではないか。」と主張していることに私は同意する。

 沖縄問題についてのポピュリズムは、沖縄の人たちの苦渋の歴史への冒涜であり、今、官僚、メディア、そして政治家が語る沖縄についての「言葉」には真実のカケラも見受けられない。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

あの時代を生きた方にしかわからない(であろう)事を教えていただきありがとうございました。

これも私は非常に共感したので、リンクを貼らせてください。

【普天間基地問題】「怒り」と「平和」
by 知花竜海/DUTY FREE SHOPP.

http://akagawara.jugem.jp/?eid=221

本当に、沖縄「に」返せ、ですね。これまで気づきませんでした。その視点でこれから世の中見ていくようにします。

<宮崎様>
沖縄に返せ、その通りです。今、沖縄海兵隊の代わりに自衛隊の常駐という報道もありますが、それでは沖縄の方々の気持ちは晴れないでしょう。
アメリカ軍の代わりに本土に占領されるのです。
また、普天間基地は、そのままにして、臨時的な使用をアメリカに認めようとする動きも、沖縄の方々の心情を逆なでしているのではないでしょうか?
何故なら、占領の象徴=ベースのフェンスと、立入禁止は残るからです。
平野官房長官は、人情が全く判らない人です。彼の発言を聞いていると、逆なでする言葉ばかり吐いている。
沖縄問題特別委員長などの名目で鈴木宗男さんなど沖縄とのお付き合いが深い方にお願いしたらどうだ。鳩山さんは、いつまで平野官房長官を擁護するつもりか!平野官房長官は、姑息な手段を用いて(徳之島世論の分断工作)、自身の功績を作り、官房長官に留まりたいだけだ。そこに政治家としての国民への想い、矜持はカケラもないのに…。

今回の、平野官房長官が之島町民の一部の人々との会談。鳩山首相が、約束の五月末を前にして、切羽詰まって、5/27に全国知事会で、普天間問題の協力をお願いすることなど……。

これら一連の政府の対応は、私には、到底、演技としか思われません。そのモタモタしているのが、また一流の役者ぶりなんです。


これは、先日(5/16)の「菅野芳秀【夢の続き】」と、その多くのコメント欄で寄せられたように、アメリカに向かって、

【こんなに、日本政府として、真実、努力したんですが、日本国内には、普天間基地の海兵隊受け入れに『同意する地域』は、何処を探してもないんです】

との、鳩山首相のポーズを示す深慮遠望ではないでしょうか。

大石倉之助の、大事を前にした敵を欺く【山科での茶屋遊び】を彷彿させる、政府首脳の鮮やかな行動です。

それを、衷心より期待する私ですが、いや、本当に暗愚な人々とすると、心底から怒りがこみ上げて来るのです。

「沖縄差別」

私は現在31歳、東京在住のウチナーンチュですが、本土で生活していても差別をそれほど感じずに生きてきました。

「自分にはもう関係ない」「過去の人たちのこと」と捉えていたのですが、普天間問題を機に、差別がまだ深い部分で続いていることを感じました。

私は沖縄を愛しています。しかしだからといって、「ウチナンチュ対ヤマトンチュ」の感情的対立にはまりたくはありません。そこからは何も生まれないからです。

自分なりにネットを通じて普天間問題を訴えてきました。心無い言葉もありましたが、わかってくれる人たちもたくさんいました。

溝が少しでも埋まるように、お互いが少しでも近づけるように生きていきたいです。

宮崎さんの言葉にとても温かみを感じました。ありがとうございます。

 今、NHKで坂本竜馬をやっているらしい。もちろん見たことはない
ああいうのも、一つの立場に立った歴史観を巧妙に常識として行き渡らせる効果を発揮するのではないか。簡単に鵜呑みにはできない。
 驚くべきことに、薩摩藩内の住民の40%が武士階級に属しており、近世なのに中世的人身拘束による債務奴隷労働も珍しくなかった。
 もちろん末端の武士は百姓として働いていただろうが、純粋な百姓ではなく、身分を利用した様々な住民収奪をしていたはず。
そんな場合、手っ取り早い方法は身分制を利用し住民を債務漬けにすることである。
 労働収奪する40%の武士階級を60%の住民が養うのには無理がある。増して当地は火山灰の堆積した生産性の低い土地柄である。保水性も低く、水田には向いていない。住民レベルでは主食は何だったのだろう。
 このような事情を踏まえて、薩摩による奄美、沖縄収奪の過酷さが必然化する。薩摩の強収奪、貧困が転嫁された。
 沖縄では全域ではないかもしれないが、中世ヨーロッパのような人頭税が課せられていた。
 与那国島では生産性の低い子供を産む可能性のある妊婦を間引びするため、亀裂のいった高い断崖の間を跳躍させた現場が「観光ルート」となっている。
 薩摩から琉球に課せられた過酷な収奪は離島に転嫁されていたのだ。
西郷隆盛の西南の役もこの角度から見ると、また違う理解ができる。対住民比で余りにも多すぎる武士が職にあぶれ不満を募らせ、これが西南の役の背景にある。
 一方、長州藩の事は調べた事はないが、対住民比で武士の数は多すぎたのではないか。
 土佐藩も郷士と言って半農民的武士がたくさんいた。坂本竜馬の家も確かそのようなものだったと思う。
 薩摩、長州は攘夷思想で黒船と一戦を交え完敗し、反転して藩政改革を推し進め、これを基礎に巨大な軍事力を保持するにいった。
その基盤は武士の数の多さもあっただろう。
 こんな事情は絶対にNHKのドラマは描かないだろうが、非常に大切なことである。
 また、沖縄、日本の歴史を考える参考になる、と思う。

投稿者: wacwac 様| 2010年5月18日 10:54

すばらしい考察です。
賛成です。
薩摩はともかく、土佐は長宗我部の残存武士が郷士としており、山内藩の武士とは差別があり、長州は領地の縮小で武士が多かったのでは。
薩摩は領地が縮小しておらず、固有の問題なのではないか、
沖縄を占領し、密貿易で、日本から沖縄を通じて中国のほしがるものを輸出して中国から薬を輸入して富山の薬売りが全国に売りさばしていたそうで、それが幕末に薩摩藩が全国に先駆けて近代化を行った財源であった。薩摩藩は幕府とは一線を画し、裕福と聞いていた。
長州も海に面しており、何らかの密貿易等の財源を持っていたのであろう。それでなければイギリスに対抗できなかっただろう。
全国では徳川時代の武士は10%で少なかった。
住民台帳は寺社に、福祉施設も寺社に、警察や消防は住民に、教育も民間で、行政も大半は住民に委託していた、豊臣時代まで残っていた奴隷制度は廃止していた。
特に西日本では自治都市の伝統があり、お上意識が希薄であった。
今は公務員と関係者は30%といわれているのに比べると相当スリムであった。
民活のモデルである。だから戦争も全くなく、長年体制が続いたのである。
明治維新の薩長時代が80年しか持たなかったのと大違いである。
今は米占領時代というべきか。


経済は米経済と貨幣経済の二頭立てで貨幣経済が主となるにつれ、実権は商人に移り、参勤交代の都度、大名が大阪商人に挨拶するようになっていった。
米相場が全国各地に起こり、ナショナルセンターの大阪堂島米相場の相場は旗振りで福岡や江戸にも伝わり、広島では40分、岡山15分、神戸は3分で伝わっていた。当時の世界一である。
明治でも電報より早かったのである。
このシテスム考案も民間であり、民間運営である。
武士の話ばかりであるが、完全に町人社会に転換していた。30万都市大阪には舶来屋という輸入品専門の店も何店かあり、鎖国の意識など全くない。
なにせ東洋のシェークスピア近松を作ったのは為政者ではなく、非為政者の町人ですから、当時の世界で自慢できる先進国なのです。

明治政府以降は徳川時代をこてんばんに言うが、教育の普及度は世界一であり、世界の先進国と比べても農民もお伊勢参り等裕福であった。

そういう意味で歴史の教科書やテレビはおっしゃるとおり意図的です。

そういった中で沖縄は全く違った社会であったという思いです。
今まさに沖縄に返せでしょう。
というより日本全国東京視点でなく、その土地視点で住民が納得の行く行政に転換すべきなのです。
国民はわがまま、地方はわがまま、国益こそ全て、絶対と報道しています。しかし、問題は国益、国とは何かです。欧米では海外で暮らす自国民の安全を大使館員が最優先で守りますが、日本では大使館員の安全が第一で自国民は第二です。国益とは官僚益ともいえます。

確かに地方もわがままです。近畿に三空港なんて狂気の沙汰です。地方のわがままであり、陳情行政の弊害です。
地方主権で地方が決定権を持ってすればあんな不便な関空を作らなかったでしょうし、伊丹は関空開港で廃止していたでしょう。
あるいは作ったかもしれません。住民がそれを望んだならそれでよいのです。それが民主、地方主権です。
そもそもなぜ関空かという名称も東京視点です。
関西は国内での呼称です、行政単位にありません。
大阪空港です。伊丹を大阪から伊丹空港にすればよいのです。
日本第二の都市圏の世界的知名度の低さを国が作っているのです。
こんな国は世界にはないはずです。
中部空港も名古屋空港で、小牧を小牧空港とすればよい。
地方視点への転換、すなわち地方主権こそ沖縄だけでなく、日本再生の切り札である。

しかし、小ざかしい平野が実権を握り、官僚の政策実現に奔放している姿を見るにつけ、おそらく消費税を実現した竹下のように、何が何でも辺野古沖を実現して外務省をバックに大政治家の道を歩もうという執念に小沢も鳩山も足をすくわれ、身動きできず、茫然自失というのが今の状況ではないか。平野は政治家というより事務処理屋で、片付けさえすればという思いである。一丁あがり精神である。
労組出身で選挙の苦労もないから、民意などないのである。
完全に鳩山・小沢の直接的・間接的失政である。
今の平野は鳩山を飾りにして実権を握り、管を追いやり、小沢を苦境にさらして動けなくして、七奉行を従え、次は俺という気概ではないか。

【「沖縄に返せ」】
まったく同感です。
沖縄は日本のものではない。沖縄はその歴史を見てみれば、沖縄のものである。

【つまり沖縄と本土の歴史の本質は、「差別」そのものである。「差別」が持つすべての残酷なものがそこにある。今回の普天間問題で沖縄の人たちに対する差別の上塗りだけは許してはならない。】
まったく同感です。
ヤマトが持つこの差別に無自覚なヤマトンチュは今回の普天間問題をどう思うのか。その自らの差別に気づかず、さらに、その差別を推し進めようとするのだろうか。
自分はヤマトに暮す人間であるが、沖縄と深い縁がある。そのため、この問題に対し、ことさらに強く意識を持っている。

【友人の作家である佐藤優が、琉球新報2010年5月15日号で「沖縄の未来のために、沖縄人が名誉と尊厳をもって生き残るために、保守、革新の壁を越えて、『われわれの沖縄の利益』だけを考え、団結しようではないか。」と主張していることに私は同意する。】
私もそれに強く、強く同感します。

自分は普天間問題に関心を持ち、集会、デモ、国会前行動に無党派の一市民として参加していますが、この問題を自分たちのもつイデオロギーを動機とし、沖縄の利益を考えないとすれば、こんなアホなことはほかにはないことになります。自分は沖縄の利益だけを考えて、行動しているつもりです。

沖縄の9万人参加の超党派による県民大会をおえた翌日、沖縄の市長さんたちが来京され、国会要請行動をおえた夜、東京にて集会が行われました。沖縄の超党派の市長、県議会議員、国会議員などが参加され、県民の思いがひとつにまとまったという歴史的快挙に沸き立ち、集会は凄まじく盛り上がりました。保守も革新もなく、県民のひとつの思いで、一致しているのです。自分はこれを見て、心から感動しました。このパワーが沖縄の最善の道へと導いていくのだろうと思いました。

ヤマトでは、どうでしょう。
沖縄の利益のことなど、無視して、これを政局に利用しようとする奴らが多くいる。自民、マスコミは、沖縄の県民の思いを無視して、ひたすら、鳩山政権バッシング。
県民の多くの思いは、9万人の県民大会で明らかにされたにもかかわらず、それを無視して、現政権の批判を繰り返す。
県民の多くは、県外移設を実現していれ、と願っているのであって、決して鳩山政権打倒にあるのではない!
こんなバカなことがヤマトでは行われている。沖縄をの民意を無視して、くだらない政争が行われている。

保守、革新の壁を越えて、沖縄のよりよい将来を考えて、団結することがこのヤマトで行われることがあるのだろうかと、いまのこのような現状を見ると、悲観してしまう。

しかし、心ある人もいるだろう。その人たちが結集して、何とか、沖縄の将来のための団結して行動できないものだろうか。

顔見知りのある革新派の活動家は、次のように言った。沖縄では超党派で団結した。ヤマトではそれがない。それでよいはずはない。超党派の運動としての行動が必要ではないか、と。
自分はそれを聞き、強く同感しました。

宮崎さんや佐藤さんのご意見に自分も強く同感します。

沖縄県議が徳之島に訪問し、基地負担のお願いをした記事を読みましたが、ネット上の読売と琉球新報での内容があからさまに違っています。
単純に拒否しただけではなく、- 高岡町長は「普天間は国外、海兵隊は米国に帰ってくださいという民意に基づき、沖縄の負担軽減について国に対して声を上げていく」と述べた。-引用終わり(琉球新報より) とあります。
この引用部分を読売は伝えていません。自分の目で確かめてみると本当に酷い報道姿勢だと思います。

宮崎様

昨日の朝日歌壇に、まさにぴったりの歌が投稿されていました。
どこかに書き込みたいと思っておりましたが、どこにも場所が無く待っておりました。
歌詞も教えてくださいまして有難うございます。


佐々木幸綱選

 「沖縄を返せ」と

  歌いし日ありて

  今沖縄は沖縄に返せ

        (福井県 s)


http://puntoscardinales.fc2web.com/OkinawaHetomisaki.htm

この『祖国復帰闘争碑』の台座の碑文は次の通りである。

  全国のそして全世界の友人へ贈る

  吹き渡る風の音に 耳を傾けよ
  権力に抗し 復帰をなし遂げた 大衆の乾杯の声だ
  打ち寄せる 波涛の響きを聞け
  戦争を拒み平和と人間解放を問う大衆の雄叫びだ
    鉄の暴風やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は
    米軍占領に引き続き 1952年4月28日
    サンフランシスコ「平和」条約第三条により
    屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
  米国の支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した
  祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声は空しく消えた
  われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬された
    しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ
    全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
  見よ 平和にたたずまう宜名真の里から
  二七度線を断つ小船は船出し
  舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
    今踏まえている 土こそ
    辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
  一九七二年五月一五日 沖縄の祖国復帰は 実現した
  しかし県民の平和への願いは叶えられず
  日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された
    しかるが故に この碑は
    喜びを表明するためにあるのでもなく
    ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
  闘いをふり返り 大衆が信じ合い
  自らの力を確め合い決意を新たにし合うためにこそあり
    人類の永遠に生存し
    生きとし生けるものが 自然の摂理の下に
    生きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある


1月に辺野古に行き、翌日はやんばる方面から辺土岬に行きました。
↓はnetのブログを拝借しましたが、新聞広告の妄想が頭から離れません。
この辺土岬「祖国復帰闘争の碑」の写真を一面に使って、(初め 三たび ゆるすまじ と肩にいれりょうと、、、でもしっくり来ない。昨日、この歌を見たとき、これだと思いました。) 肩にこの歌を入れて、下には碑面の文章を入れる。

沖縄を随分知っているつもりでも、実際に行くまでは知らなかったのです。 沖縄の人は、余り語りません。 重い気分にさせたくないという配慮です。 私の心の中だけの新聞広告。

名のある方たちが、こうして取り上げて下さることが一番です。有難うございました。
    

続けて失礼します。
この碑文は涙なくしては読めません。何度読んでも、胸が詰まります。どうぞ、多くの方に知ラ世手下さい。お願いします。

↓では無く↑の間違いです。
「沖縄復帰闘争碑」の写真は、膿を背景にした良いものが出ています。皆様の頭の中にも、新聞広告を出してください。

<tanu様>
碑文をご紹介頂きありがとうございます。
本土で生まれ育った人間として、罪深さ、申し訳なさで、言葉がでません。
私が仕事で訪沖した際は、地元の仕事関係の方が車で島内を案内してくれたのですが…「沖縄の一番いい場所は、皆アメリカの基地になりました。私たち沖縄の島民は、残りの場所に住んでいるのです」と言われた言葉が今でも忘れられません。
沖縄は基地経済で成り立っているから、基地がなくなれば島民が困る、との論を平気でする人がいます。それも、また一面の真実ですが、沖縄の方々の経済をその様な基地依存にしてしまったのも、本土の私たちです。
各地の知事たち、市長たちが反対を表明し、また平和団体が反対運動をしています。
今更、憲法九条を持ち出して、平和に米軍はいらない、と平気で反対運動をしています。
沖縄の方々は、人がいいから、沖縄の基地が他県に行くのは良くないといってくれます。
でも、それに甘えてはいけないんです。本土の私たちは…。
東京に来ればいいんです。アメリカに抑えられている管制権については交渉すればいいんです。
都内の私立学校に子弟を通わせている議員先生が、駐留米軍の犯罪を身近に感じなければ、問題を沖縄に押し付ける状況は変わりません。地位協定の見直しすら手付かずの状況も変わりません。
市ヶ谷の自衛隊本部を米軍に解放すればいいのです。東京山の手が米軍機の爆音にさらされる事をやらなければ、解決しません。
市ヶ谷の周辺には、学習院の初等科もあり、雅子妃が通った双葉も東宮御所も近くにあり、迎賓館もあります。天皇家の方々から、金持ちエシュタブリッシュメント、外国の賓客にも爆音を聞かせなければいけません。

国民が皆一様に基地の航空機の爆音を聞けばよい、という問題ではないと思います。
この問題を単純に基地の問題とする事は、自衛隊の基地問題にも関連してしまいます。
あくまでも、戦後65年続いている、アメリカ軍の基地が継続的に日本国内にあまた存在する事の異常性の問題なのだと思います。
その中でも、普天間は危険なだけの、しかも抑止力としても不要と思われる海兵隊の基地なのだから、いらない・出て行ってくれという問題でしょう。
そして日本国が、敗戦後の占領状態のままであり、その占領軍たるアメリカ軍は、日本の基地からかつてはインドシナ半島へ、今では西アジア方面へと、武力行使をするための前線基地になっている事が問題なのではないでしょうか。

どこに世界の平和を希求する憲法の理想が有るのでしょうか。
まして、55年体制が崩壊し、東西対立の冷戦構造が無くなった現在、アメリカの軍隊が日本を占領し続ける意義はどこにあるのでしょうか。

日本の独立の問題ではないでしょうか。

普天間はもちろん、他の基地からもアメリカ軍には出て行ってもらいたいのです。
自衛隊の基地までも否定しかねない議論は、危険な議論だと思います。

  <奥野>様
以前の御投稿でチャルマーズ、ジョンソンまで言及した論考をしっかりと読ませていただきました。こういっては失礼にあたるかもしれませんが、小沢一郎氏の「第七艦隊だけでいい」というフレーズの支持者側からのち密で首尾一貫した理論づけと受け取りました。
 無理に反論する必要は感じませんでした。
 要は客観的分析の中にどれだけ主体側の能動性の可能が内包されているかだと考えました。
その点において、違いはあっても納得しました。
 あり得ないです。真の意味においての今現在の政治軍事状況に対する客観分析なんて。その中に必ず、やる側の論理が含まれていなければ、死んだ論理です。
 客体の中に主体が含まれて、その意志力の如何で情勢は変わります。だからやる側の論理立てが分析の中にいるのです。
 私なんかは稚拙を代表するモノでこの問題をアジテーションで済ませているわけですが、本当はそうではない事とは理解しております。
 その点での中国、アメリカ関係から見た分析は妥当な面が多く、我々日本国民の平和希求を含めた能動性が発揮できるモノと解釈しました。
 ただ私の持論はかなり違いますが、そのようなモノをここで展開するのは不適当と考えました。
 何かアメリカ国防省の論理と似通った論理で平和の論理ではないとの自覚もあります。
 次に。
江戸時代を通じた論考。
 薩摩藩の武士の数を学者さんの論文で確認したのは薩摩では奴隷労働の様なものが江戸時代も残存していた、というフレーズに興味を持って図書館で調べた結果でした。それで奄美、琉球支配のすでに知っていた実態と結び付けたわけです。
 大阪の当時の経済政治体制では武士の総数は2千人もいなかったのではないですか。そのうち大阪城詰めのモノも多数で実際に治安維持にあたっていたのはそのうちの半分ぐらであったと思います。
 大塩平八郎の天保の決起を見ればその辺の事情が解ります。
あの方の墓には何度も行きました。
 近松もいいですね。邦画の近松物語が手元にあります。香川京子さんと長谷川和夫さん。監督は溝口健二。
 井原西鶴の墓も大阪の素敵なところにあります。
最近知ったのですが、織田作之助は西鶴に傾倒していたそうですが、彼の評伝を読んでいると面白い事を発見しました。作家の野坂昭如さんは西鶴ファンと聞いていましたが、オダサクが西鶴に習った具体的な事物へのこだわり、という思想を、野坂さんはシッカリと意識的に引き継いでいたのです。彼の書いたモノで以前から戦争直後の品物、商品へのこだわりが頻繁に出てくるので、単なる戦後の物質的飢餓のせいにしていたのですが、違うのです。もっと深い意味があったのです。
オダサクは戦前の左翼思想に世代として遅れた自分たちの自己主張をモノへのこだわり、物質に意識的に求めたのです。
ある意味での虚無的な考えですが
人間も尤も意識のある物質にすぎません。その地球的宇宙的自己運動の一環に過ぎない。人間的過程は実は物質的過程にすぎないのかもしれません。大騒ぎするほどの音は何もないのかもしれません。

 em5467-2こと恵美様

いつもながら、胸がすっとします。

取り敢えずは、お盆やお正月など東京は空っぽ気味になりますから、大演習なども良いかも知れません。
何しろ、就任早々戦車を走らせた知事さんがおられますから。
オスブレーの離着陸発進も公開して、『この程度』ですと。

様々な人の発言の中で、気になる事があります。 「沖縄から米軍がいなくなったら・・・」まるで、普天間飛行場が返還されたら、沖縄中の基地が無くなるようなことをいってる方が居られますが、普天間なんてごく一部でしかないでしょう。

まして普天間には、既に海軍病院が新たに建てられているのですよ。
設備も整った。 沖縄の人は、せめて救急だけでも診て貰えたらいいのにと。誰もが思いますよね。目の前にあるのですから。


それから、肝心の沖縄県民のひとりであり、宜野湾市民である義妹は、「頼りなくてもなんでも、今まで、これほどまでに沖縄に関心を持って、日本国中の人々にも沖縄問題を知らしめた首相は鳩山さんだけだから、絶対に鳩山さん(民主党)を応援する。続いていって欲しい。」このように申しております。

 読売新聞本社か産経新聞本社の隣に持っていくといい。もちろん、拒否しませんよね?「抑止力」なんですから。

私は実は九州在住です。九州に住んでいると、沖縄に対する差別をひしひしと感じる事があります。
実際、第二次世界大戦終了までに、沖縄の人が疎開して移り住んだ我が県の地域は、本当に所得が低い地域なのです。その地域に在住している人達の噂話は’ヒソヒソと’語られる、そういう扱いなのです。沖縄出身の人は・・・・・。
今、鹿児島の徳之島の人達が、基地移転反対の声を盛んに上げていますが、沖縄を見下しているな、というのがありありと見て取れると思います。
琉球・薩摩時代からの従属・支配者の関係が今でも続いているかのようです。
薩摩は明治維新以降、第二次世界大戦があろうと、日本国内では常に「勝ち組」に属して来ましたから、民主党政権になって初めて、「負け組」に入ったと同然のような状態になり、それが耐えられないのでしょうね。鹿児島から色々な情報が伝わってきていますけれど、鹿児島県、今の政権に戸惑っているようです。

em5467-2こと恵美様へ
貴女の論文読んでいて、ある作家の事を思い出しましたよ。
それは、今から約25年くらい前に「東京に原発を」という本をお出しになられた、広瀬隆さんです。広瀬さんのご本、言論界に侃々諤々の論争を引き起こしましたよね?
あれ以来、原発論争に火が就いて、ついには体制派から、つまり原子力関係で仕事をされている中から、高木仁三郎さん(もう亡くなられましたが)という大スターが誕生しましたね。
広瀬さんの本から、日本人は、原子力引いては科学と政治の関わりを真面目に考えるようになったと思います。
だから、恵美さんの「東京に基地を」という考え方、相当なインパクトがあると思いますよ。これくらいの考え方でないと、都会に住んでいる政治家・官僚・大マスコミのお歴々は信用されませんね。
恵美さんの意見に本当に同意しますよ。

<元株や様>
元株や様のおっしゃる事は正論です。ただ、正論を振りかざすほどに沖縄の基地負担は緩和できない、現状のままが続くことになります。
残念ながら、鳩山腰抜け総理が、元株やさんのおっしゃる「米軍は日本から出てゆけ」とはなんで言えるでしょう。
「第七艦隊だけでいい」と発言した途端、西松でやられ、鳩山さんは自身の子供手当もこれあり、ナベツネなんかとつるんで会食していれば、アメリカ軍産複合体の目論みは判るはずです。すっかり魂を抜かれてしまっているのでしょう。
結果、正論を振りかざすほどに、沖縄の危険、屈辱、被害は続くことになります。
机上の正論ではなく、現実的な沖縄の基地の返還に道筋をつけなければ、あと何年我慢しろと言えるのでしょう。

<自分の認識の浅さを知りました>
tanu 様 碑文のご紹介ありがとうございました。何度も読ませて頂きました。沖縄には仕事と観光で2,3度いったことはありますが、この碑文に書かれた沖縄の人達の心に思い至ることは出来ませんでした。もちろん、先の戦争で住民に多大の犠牲者が出、さらに現在も膨大な米軍基地が存在していることは知ってはいましたが。
 確かに江戸時代にも薩摩藩による過酷な琉球支配があったと歴史で教わったことは覚えております。又、戦後を見ればある意味、国体維持の為にアメリカの自由使用に差し出されたといわれても仕方が無いと私も思います。我々ヤマトンチューは罪深いですね。官僚主導で東京一極集中をこれまでどおり進めるなら基地も原発も東京誘致が筋が通ります。厭なものだけ他所に押し付けてはなりません。
 こうした沖縄の負担を少しでも緩和しようとする鳩山首相を口汚く罵る人達には沖縄をこれからどのようになっていって欲しいのか聞きたいと思います。
 経済がグローバル化し、軍事技術がこれだけ進歩した中で、国家間の大規模戦争の可能性は極めて低くなっていると何故素直に考えないのでしょうか。毎年、5兆円もの防衛費をかけてる自衛隊はそんなに役立たずなのでしょうか。どの国家も軍隊は自国の利益以外には決して使用しないことを日本の軍事オタクは一切言っていません。普天間基地は閉鎖、テニアンかグアムに移転するのが日米関係の将来の為には最も賢明な方策と思います。

いまさらかもしれませんが、最近沖縄問題あらためて調査モードでした。皆さんにとっては今更かもしれませんがちょっと書かせてください。

日米ロードマップの分かり易い解説を見つけたのでリンクします。

在日米軍と自衛隊の再編計画
―「再編実施のための日米のロードマップ」の概要と論点―
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0541.pdf

SACOだけの段階なら話はもっとスムーズだったのですね。で、結局現在は、このロードマップにほぼ沿った計画のレビューを見せてくれてるってことに近いんでしょうか。今まで秘密裏に行われて来た事を表沙汰にしてくれてるということかと改めて。

気になった箇所。日本の意図は?
『地元住民の強い反対により建設は暗礁に乗り上げていた。米国は当初から計画見直しを訴えていたが、日本はそれに消極的であった。2005年に入って日本政府が方針を転換したことで、普天間が日米交渉の議題に加 わることとなったが、交渉は難航した。キャンプ・シュワブ沿岸部を一部埋め立てて新た な飛行場を建設する案を主張する日本と、SACOの計画を縮小し工期短縮を図る案を主張 する米国の溝が、なかなか埋まらなかったからである。』

アメリカはSACO縮小主張していたとは。しかもこのロードマップで日本全体の基地縮小にもなるけど、お金は相当増えている。。やぱり日本全体で再度考える必要ですね。でも、知事会でも考えだした?橋下さん凛々しく。関空海兵隊の移動部隊だけなら充分そうですが。素人の意見です。米には何かと不都合なのでしょうか?
いずれにしても辺野古に二本もの巨大滑走路なんて絶対必要ないんじゃないですか。「小型連絡機3機のためにV字型滑走路が必要なのだと答弁」という話もあったそうで、なおさらです。本来なら当時の担当者や大臣にあらためてお話をしてもらった方がいいのではないでしょうか。

今日のニュースです。
久米島でサンゴの大群集を発見
http://www.wwf.or.jp/activities/2010/05/829018.html

沖縄周辺の自然は本当に日本だけでなく世界の宝です。基地だけでなく民間滑走路、リゾート施設なども貴重な大自然を破壊して作ってしまったらもう元には戻りませんから。普天間飛行場の跡地ならいろいろ使えそうですね。ゴルフ場で藍ちゃんレッスンとか、いろいろ思い浮かびます。

すみません、時間が遅くて支離滅裂で申し訳ありません。

あと、せっかくなので見つけたサイト
海外からの発信です。ワシントンポスト広告とかアルジャジーラニュースとか見れます。(英語力不足のため内容は半分くらい把握ですが...)

いつかは地球上すべてから基地が無くなります様に。

CLOSE THE BASE
http://closethebase.org/

PEACE PHILOSOPHY CENTRE
http://peacephilosophy.blogspot.com/

ブログ内容からずれちゃって独りよがりですみません、長々と失礼しました。

とにかく、まずは普天間返還、辺野古、高江など新規建設は無しで進めてもらいたいのです。

日本国民はよくも悪くも長年官僚の支配下にあったため、自己の権利と責任と義務を喪失してしまっているのではないか。

米軍基地の問題も、日米安保は必要であると言う人が、自分の地域には絶対来ててほしくない。
電気は必要だが発電所は絶対反対。
ごみを出すのに、処理場は絶対反対。
親の葬式を出さないといけないが、火葬場は絶対反対。

このようなエゴの塊の国民は腐って没落するしかないです。

補足:
麻布にも米軍ヘリ基地があったと思います。
あと石原知事は先日東京に原発作ってもいいって言ってたと思います。
ご参考まで。

投稿者: em5467-2こと恵美 | 2010年5月18日 09:07 様

私は沖縄に行ったこともない者ですが、普天間問題を契機として沖縄の米軍駐留の負担を知るにつけ、負担を軽減すべきと、私も切に思います。

ただ、おっしゃっている

>(略)今、沖縄海兵隊の代わりに自衛隊の常駐という報道もありますが、それでは沖縄の方々の気持ちは晴れないでしょう。
>(略)また、普天間基地は、そのままにして、臨時的な使用をアメリカに認めようとする動きも、沖縄の方々の心情を逆なでしているのではないでしょうか?何故なら、占領の象徴=ベースのフェンスと、立入禁止は残るからです。

については、どうでしょうか。

その案が本当かどうかも分からない段階ですが、もし本当にそれが鳩山腹案として実現するなら、理想を100%達成するものではなくとも、沖縄の負担軽減につながるものなら、冷静に評価すべきではないかと思います。

沖縄の米軍基地を全て、国外や、首都圏を含む県外へ移設すれば良いという考えも、心情としてはよく分かります。
しかし、本当に、日本・アジアの安全・安定にとってリスクがないか、考える必要もあると思います。

私は最近のthe jounarlでの普天間関連の議論を見て、現時点では、国外・県外への完全移設は、難しい(リスクがある)のではないかと思っています。地理的に沖縄である必要があるという考え方があり、そうではないという別の考えがあるにしても、リスクを考えると、現時点では完全移設ができないとなっても理解できるように思います。

ただ、その制約下でも、「普天間を閉鎖された自衛隊基地として、有事には米軍が利用可能とする。平時の駐留は、県外か国外に移設する」ような案がありえるなら、沖縄の負担軽減にはつながるものと思います。それで終わりではなく、今後につながる可能性もあるかもしれません。
その評価は沖縄の方々に聞くしかないようにも思います。

ただ、マスコミは、その案を沖縄の方々が受け入れるとしても、あいかわらずケチをつけ続け、鳩山退陣を煽り続ける可能性があります。(結局沖縄に残るじゃないか、自衛隊基地を外国に利用させて大丈夫か など)

理想を100%達成するものではなくても、制約下では最善であるかもしれず、冷静に評価する必要があると思います。


投稿者: 奥野 | 2010年5月18日 12:36 様

興味深いお話し、ありがとうございます。

奥野様は、少し前には、鳩山総理に期待された一瞬があったと思いますが、その後、なぜ失望されたのでしょうか。
もし差し支えなければ、理由を教えていただきたいです。

平野官房長官は、私は全然興味のない人ですが、ほぼ無名だった人が官房長官になったのは、鳩山・小沢との繋がりだと思ってました。官房長官を長くやる保障もないのだから、ある意味、忠実に動いてるのかと思ってます。嫌われ役、たたかれ役が必要な時期なので、その役割をやってるのかと。(その役割が官房長官がやるのはどうかとは思いますが。これは全くの想像です。)


私は、やっぱりまだ鳩山総理に期待しています。21日にクリントン国務長官来日、23日に鳩山総理沖縄訪問、27日に知事会とクライマックスに向かいつつあると。


em5467-2こと恵美様や奥田様は、大石内蔵助に調子を合わせている訳ではないですよね・・・

懐かしい唄です(T-T)

昭和38年に大阪に出てきて、大学で知り合った友(民青だった)に連れられて赤旗祭りに行ったとき、初めて知った唄。
その頃は何の疑問も抱かず、『沖縄を返せ!』と歌っていた。
引揚者というやや屈折した心情が、何処かでオキナワの人たちの想いと繫がっていたような気がする。

しばらくして、その友と、友の所属する共産党に違和を覚えて決別した。いい奴だったけど、今は音信不通。
あの頃から、どれだけの月日がたったのだろう。
宮崎さんが仰る沖縄をが、沖縄へや、沖縄に返せ。に変わるためには、これからどれだけの月日が必要なのだろう。

過ぎ去った日々への惜春の想いが止みがたい。
と同時に、このかなしみはどこから来るのだろう。


 かなしみは明るさゆゑに来たり けり一本の樹の翳らひにけり
         前登志夫


アズナブール 様| 2010年5月19日 01:26

ご意見ありがとうございます。
さて普天間問題ですが、政権交代後前政権の政策を変更した国は多く、合意を反故にするのは問題がなく、現政権は国外、県外を臨んでおり、米も財政危機からオバマやゲイツ国防長官も国外の基地の縮小を臨んでおり、米国内への基地移転に障害はない。
何が障害なのか、それは日本の外務省、防衛省の官僚とそれに群がる利権集団、自民党、日本パンドラーといわれるマイケルグリーンやアーミテージといった共和党系の米利権集団でないかと推測している。
特に官僚のなかでは財務省と並んで最強官僚外務省の抵抗はすざましいと推測している。
私は当初総理は馬鹿殿を演じ、沖縄の民意を背景にテニアン等の国外移転を模索するものと思っておりましたが、外務省の謳える海兵隊の抑止力を言うに及んでは、馬鹿殿ご乱心かの気持ちです。
県外、国外にしても党の公約ではなく、代表個人の発言とはこれも禁句です。
あれが演技としても政治家としてはやりすぎです。
総理の発言で国民に基地の件を考えさせる効果は有るにせよ、そこまで官僚におもねるのか、政治主導、民主という理念はどうなったのかという思いです。
確かに一部情報では練習基地の分散移転を米と交渉しており、普天間の完全移転の交渉は大詰めとの
情報もありますが、結果良ければすべて良しではなく、政治家としてあまりにもひ弱すぎます。
それはうまくいった場合の話で、上記に書いたように平野官房長官の野心の方が上回っている可能性もあるのではと推測しています。
テニアンの知事の面会を断絶したり、政権交代時小沢に対する仕打ちといい、あるいは菅国家戦略室をほとんどつぶした点といい、相当な組織内でのやり手です。
唯の憎まれ役とは思えません。
記者会見オープン化の取りやめもしかり。
平野の強みは全く理念がないことである。目先の処理に現実対応で全力を上げるのでこれはこれで強い。しかも官房機密費を握っている。大権力もある。権力と金を握って人間が変わったのだろう。しかし所詮はただの政治屋である。
こんな政治屋を重視する鳩山について総理としてはどうかと疑問を持っている。
鳩山は理念先行型の政治家として期待していたが、あまりにもひ弱すぎて組織の切り盛りができなく、官僚におもねる政治屋になり下がったと思える点が期待はずれの最大要因です。
組織の切り盛りが苦手なら、なぜ論戦で正面突破を図ろうとしないのか、やはりあの田中角栄をつぶした外務省が強いのかわからないが。

恵美さん

急がば回れ、と云う金言が有ります。
こういった、麻のように乱れた議論こそ、正論を大上段に振りかざして国家の議論を起こして交渉することこそが重要なのだと思います。
橋本総理が、普天間の移動を要請した時点とは、国際情勢も米国の財務状態も大きく変化しています。
何よりも、日本国内の沖縄と米軍基地に対する関心が上がっています。
日本国内がこのような雰囲気になる事は、大変に珍しい事です。
これも、政権交代がもたらした事の一つなのだと思います。

いずれにしても、普天間の移転先がすぐに決定するとは、とても想像できません。
こんな時こそ交渉です。
普天間の危険性は、アメリカも十分承知の筈ですから、海兵隊はほかの空軍基地へ移転することを要求する以外ありません。
(海兵隊と空軍の仲が悪いなどと云う事は、我々日本人には何の関係もない事です。)
素早い行動を求められる海兵隊の移動が、簡単に出来ないなどはありえません。
日本としては、海兵隊を置く事のできる新たな基地を求める事は出来ない事を主張し続ける事です。
海兵隊をどこへやるか、どうするかは、アメリカが考えればいい事です。

日本に、多くの米軍基地が存在する事の異常さを、アメリカに認識させることこそが重要かと思います。

残念なことに、鳩ポッポとその内閣は、新しい基地探しばかりやって、肝心な事を何もしていません。

投稿者: 奥野 | 2010年5月19日 02:28さま


確かに、平野官房長官は策士だと思います

平気で、色々な芽を摘み取っていると思います

唯の、無能と侮ってはいけないのでしょう

結局、辺野古「埋め立て」へ…普天間移設
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100518-OYT1T01222.htm?from=top
政府は、沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に建設する代替施設の工法を「埋め立て方式」に戻す方向で最終調整に入り、米政府側に伝 えた。

複数の政府筋が18日、明らかにした。


なんだってぇぇえええ。

編集部様
気になったので覗いてみたら。。昨日のコメント何がダメだったのでしょうか?結構はりきって書いていたので残念です。。。まあ内容が酷かったのか。。。。


ところで、、、↑

「現行案回帰」ですか?もしそんな風になったら断固反対します。それにしても「複数の政府筋」って誰なんでしょうね。いつもながら。なんでそんなチクリ魔が沢山いるのか不思議。

昨日送ったリンクです。皆さんに取って今更かもしれませんが、勉強に成ったので。

在日米軍と自衛隊の再編計画
―「再編実施のための日米のロードマップ」の概要と論点―
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0541.pdf


これによると、辺野古埋め立ては

「オスプレイ沖縄配備の具体的計画はないとの返答を米国から得ていることを明らかにし、 普天間に配備されている小型連絡機3機のためにV字型滑走路が必要」で「キャンプ・シュワブ沿岸部を一部埋め立てて新た
な飛行場を建設する案を主張する日本と、SACOの計画を縮小し工期短縮を図る案を主張 する米国の溝が、なかなか埋まらなかった」とのこと。
だから、saco合意時点だったらいろいろやりやすかったでしょうが、ロードマップ時点だと相当複雑になって、尚かつ日本側の何らかの思惑がたっぷり入ってしまったようですね?また、だす金額も増えてますし。これは、本当に一筋縄ではいかないですね。

あれ?すぐ入った。リンクがダメなのかとも思ったのですが。。やっぱngワードがあったのか?

その他のリンクも貼っときます。海外からの情報です。

close the base
http://closethebase.org/

PEACE PHILOSOPHY CENTRE
http://peacephilosophy.blogspot.com/

とりあえず。。

私も「沖縄を返せ」は何度か歌ったことがあります。

「ポピュリズムを下支えしたのが革新系の返還運動であった。そして、このポピュリズムをテコとして、1972年の沖縄返還は行われた。しかし、その内容は、沖縄の痛みを共有するというものではなかった。」という指摘、まったくその通りだと思います。

某ノーベル賞作家の紀行文や某政治漫画家のマンガは、まったく沖縄の現実を映し出していないと思います。

新川明の名著「反国家の兇区」をもう一度読み直すべきだと思います。
また、DUTY FREE SHOPP.×カクマクシャカの名曲「民のドミノ」も聴いてほしい。

アズナブール 様| 2010年5月19日 01:26

やはり心配が的中かも知れません。
辺野古沖埋め立て案に戻り、米と交渉とのマスコミ報道です。
米は民意を盾に断るのか、受け入れるのか、もうむちゃくちゃです。もちろんマスコミが信頼できるのかという問題があるが。
米がOKなら支持率10%割れでしょう。平野退陣だけですまない。
しかし平野はやめないだろう。
日米合意を盾に、成功と言い張るのではないか。沖縄に申し訳ない。
米も迷惑である。正論をぶつけず、自ら袋小路に入っていくのだから。

【元四軍調整官「県外、望めば可能」 日本政府の決断次第】(琉球新報 5月19日)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162272-storytopic-53.html

 読売の記事の見出しは「くい打ち桟橋 断念」とあるが、記事中には「工法を変えざるを得ない、と判断したものと見られる」としか書かれておらず、断念したとは書かれていない憶測記事。

 それよりも、V字滑走路の現行案は装弾場や桟橋機能も併設だったのが、現在のくい打ち方式では滑走路建設だけになってるのではないか。勝連沖埋め立ても滑走路だけでなかったか。

 現在の交渉は、普天間の代替え滑走路の機能をどうするかに交渉の中心が移っているのではないか。

 どこのメディアもその部分を伝えないのでよく分からないのだが。

 

結局元に戻るみたいね。何やってるんだか。

テニアンとか威勢よく言ってた人がいたけど、どこに行ったんだろう?

あと、
「基地の問題を気付かせてくれた」
「沖縄での米軍の危険性を問題提起」
とか盛んに言う連中(メディアでも)いるけど、アホか。
沖縄国際大学へのヘリ墜落の時もそういう話題になってたじゃん。
別に鳩山政権の功績でもなんともない。
このテンションで話題になるのがせめて5年くらい続くなら評価してやってもいいけど。

投稿者: sumitaka | 2010年5月19日 11:08

完全に否定されるまでは、信じていたいんだよな。

いいよなおまえらは、ある意味お気楽で。官僚のせいにして勝手なことのたまってればいいんだから。現場の責任ある実務者は大変だと思うぞ。大将があれじゃ。

頑張ってアメリカに抵抗したから褒めて、とか、「そんな事言ってない」っていつもの一時否定でもやりだしそうだしな。

はぁ~、そろそろ勘弁してくれないかね。

投稿者: 匿名 | 2010年5月19日 12:55

読売の記事をよーく読んでみなさい。憶測記事なことはあきらか。

こんないい加減な書き方の記事が読売は特に多い。

だから、他紙にも眼を通さなければ、思いこみだけで記事を信じ込んでしまう。

もっとメディアを疑ってかからないといけません。

確かに松野官房副長官は工法に変更はないと否定したが、それなら本当にくい打ち方式を進めていることを認めたことになる。
辺野古に推進していることに変わりはない。
日米合意だけを優先するなら、自民党と変わりなく、何の政権交代かといいたい。
抑止力で説明がつくものではあるまい。
民意完全無視である。
鳩山総理は全くお粗末過ぎる対応である。

もう沖縄についてはイングランドに対するスコットランドのように半独立政府を沖縄に認め、地方主権だけでなく、外交、防衛、税制全て沖縄に全権を渡すべきである。それでこそ沖縄に返せである。
もともとは違う国である。
東京で一元管理するから悲劇を沖縄に押し付けるのである。
東京に基地を言っても、そんなことは実現するわけがない。
沖縄のことは沖縄で米国と交渉して決めれば良いのだ。
東京が介在しないほうがよい。

そうすれば今の政権のような姑息なこともなくなる。
くい打ちも埋め立ても同じである。官僚の無責任な言い訳でしか過ぎない。

日本全国、韓国のように反基地運動で燃え上がる国ではない、官僚に従順な日本人である。安保の時のエネルギーは枯渇している。
国民は残念だが冷めている。生きるのに必死である。余裕がない。

驚くことは何より沖縄には民主主義が根付いている。知事も市長も民意を汲み取り、政治を行っている。
神戸市や兵庫県でも、神戸空港ひとつにしても民意は無視され、選挙は投票率が低く、無関心層が多く、完全に官僚主義である。
東京都も同じ、オリンピックしかり、民意は届いていない。
民主党に期待したのは民意重視の政治あったが、無残である。
沖縄の進んだ民主主義の風土を政府は潰してはならない。
それが完成する体制を作るべきである。
正に沖縄に返せである。
本土こそ沖縄の政治に学ぶべきである。
完全に本土は民主主義に程遠く、遅れている。
後進国が先進国を支配してはいけない。支配するから悲劇を起こすのだ。

最初の記事反映されていました。ありがとうございました。後から何度も追加して御見苦しい点失礼しました。

「沖縄を返せ」という歌は初めて知りましたが、勇ましい軍歌を思わせる様な歌詞ですね。曲調はどんななのでしょう。沖縄の伝統的な民謡はゆったりしていて、心の底に響くような感じなので、その当時は沖縄の心とは別な形での運動だったでしょうか。。

辺野古についてですが、海兵隊のほとんどが移設を前提で、戦闘部隊は利用する時としない時があるなど、その辺だけではどうしてもあれほど立派な滑走路を作る必要性がわかりません。なぜ当時の沖縄はV字を主張したのでしょう。他の用途が感じられます。
いずれにせよ、ここへ来て何だか姑息な案が浮上しているようなので、注視しつつ絶対に反対したいです。
鳩山総理は、辺野古に行ったらぜひとも一人になる時間をつくって30分でもいいから浜で瞑想なりしていただきたい。あれほどの海を平気で埋めたてられるのは、人間が手をつけない自然がどれほど大事かわかってない(またはわからなくなってしまった。催眠術、洗脳?)のだと思います。基地でなくてもリゾートでもなんでも同じです。
また、長くなってしまいました、失礼しました。

勉強サイト貼付します。

米軍基地関連ポータル
http://www.eigojoho.com/usbase.htm

海兵隊。
http://www.kanji.okinawa.usmc.mil/

投稿者: 奥野 | 2010年5月19日 02:28 様

丁寧なコメント、ありがとうございます。
おっしゃることも理解できます。

私には、鳩山政権発足後、腑に落ちない謎が、4つあります

①小沢幹事長が、疑惑への反論を効果的に説明しないのは、なぜか?
 (ネット情報だけでも、反論の根拠は、かなりありそうなのに)
 また、この件で、民主党の誰もがTV等でまともな反論説明しないのは、なぜか?

②普天間移設問題で、鳩山総理が厳しい状況でも、5月決着と執拗に発言していたのは、なぜか?
 (5月にこだわらず継続議論することは正論なのに)

③普天間移設問題で、鳩山総理が「勉強したら抑止力」と言ったのは、なぜか?
 (それなりに詳しいはずなのに)
 
④記者会見のオープン化を即時にしなかったのは、なぜか?
 特に、官房長官会見が最後まで残ってるのは、なぜか?


この回答案として、

A:平野官房長官を始め、政権内に無能でよこしまで不届きな輩が暗躍している。鳩山総理もへたれで、陥落した。

B:これまでは、膿をあぶりだし、油断させて準備万端に一網打尽にするために用意周到に指揮系統を持ってやってる。

の2つがあると思います。

5月末までには明らかになると思うので、もう少し待ちます。
民主に期待した者の、義務とは言わないですが、筋だと、私は思うので。

あと、もう1つの謎として、
⑤最近、反民主の匿名コメントが増えたのは、なぜか?
というのもありますが、まあ、にぎやかで良いんじゃないかと思ってます。
いつまでも与党気分なのも微笑ましく、おつとめご苦労さまと思います。

補足:
>鳩山総理は、辺野古に行ったらぜひとも一人になる時間をつくって30分でもいいから浜で瞑想なりしていただきたい。

鳩山さんだけでなく関係閣僚、現行案に固執する人々(アメリカ側も)全て、黙想なり海に入るなりして自分が動物であって自然の一部だって事を思い出して欲しいと思ったりします。


アズナブールさんの③の答えと滑走路の答えになりそうなのをdoraemonさんのツイートで見つけました。

隠された機能?
http://twitter.com/matsudadoraemon

n何度もしつこくてすみませんでした。

アズナブールさん

はじめまして。

私にはほかの事は良く分かりませんが①については、小沢氏のこれまでの闘いが同時にマスコミとの戦いでもあったからではないでしょうか?
彼は、事ある毎にマスコミにたたかれ続けてきました当然不信感はあるでしょうがマスコミの印象操作の餌食とされ続けてきた小沢氏にとり、説明責任を果たそうにも出来ないと云うのが実感何だと思います。
番組の編集権はマスコミ側が握っているのですからどのように説明しようが、自在に編集される訳で、国民に真意が伝わらない事を一番知っているのが小沢氏本人なのだと思います。

編集による視聴者の印象の違いは、ノーカットの衆参議院の国会中継(ネットで視聴可能)とニュース報道を見比べて観ると、一場面を切り取り編集する事によりどれくらいフィルターが掛かるかが面白いほど良くわかります。

だから、①については、それなりの場を作れば小沢氏も応じると思います。

~沖縄は戦略戦術を持っているか、普天間の勝利の定義は何なのか~

辺野古明記に難色 首相、曖昧表記要求 普天間移設の日米合意文書
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100521/plc1005210725002-n1.htm
日米両政府が5月末の発表を検討している合意文書をめぐり、鳩山由紀夫首相が移設先を沖縄県名護市の「辺野古周辺」と特定することに強い難色を示し、調整が 難航している。県内移設に反対する社民党に配慮しているとみられ、首相は「沖縄本島東海岸」など曖昧(あいまい)な表記にとどめ るよう求めているという。


おいおまえら、「最低でも県外」はどうなったんだ。

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Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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