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2010年5月27日

緊急シンポ!「嵐の中の小鳩政権!! ── ニッポンは何を守ろうとしているのか!?」

フォーラム神保町からのお知らせです。組員の方もそうでない方もぜひご参加ください。

緊急シンポ!「嵐の中の小鳩政権!! 〜ニッポンは何を守ろうとしているのか!?」
6月8日(火)18:30〜21:30
■講師  石川知裕(衆議院議員・無所属)
魚住昭
郷原信郎(弁護士)
佐藤優
田原総一朗
宮崎学
安田好弘(弁護士)
他 (五十音順)
■ コーディネーター 二木啓孝
■ 主催 フォーラム神保町
■ 会場 学士会館/210号室
東京都千代田区神田錦町3-28

参加申し込みはフォーラム神保町のサイトからどうぞ。
フォーラム神保町 http://www.forum-j.com/

2010年5月18日

沖縄問題への視点 ── 今週のポピュリズム

 60年代、私は次の歌を何度も何度も唱ったことがある。「沖縄を返せ」という歌である。


固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ

2(1番の繰り返し)
固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ

 この歌の誕生は1956年10月、九州、三池闘争の頃で、沖縄復帰闘争を題材に作られた。初めはもの悲しい短調の曲だったが、歌声運動の大御所・荒木栄が勇ましい行進曲に変えたのである。

 さて私がこの歌に出会った、60年代当時は、ベトナム戦争の激化という時代的背景もあり、反米的なこの時代のムードを象徴する歌の一つであった。

 ところで、私などは、この「沖縄を返せ」という歌を唱うに当たっては、何のためらいも持たなかった。むしろ、この歌の1番、2番の最後の「沖縄を返せ」「沖縄を返せ」と繰り返すところは、特に声を大きくして唱ったものである。だが私は今、この歌を唱ったことを一生の不覚であると考えるに至っている。

 百歩譲ってこの歌の「沖縄を返せ」、まではいいとしても、最後は「沖縄に返せ」と唱うべきであった。

 それは琉球とヤマトの歴史関係への雑駁な理解が、歪曲された民族主義へと傾斜し、それが戦後の沖縄返還運動の欠落した思想であり、沖縄返還運動に関わる、ポピュリズムの原点であったと考える。このポピュリズムを下支えしたのが革新系の返還運動であった。そして、このポピュリズムをテコとして、1972年の沖縄返還は行われた。しかし、その内容は、沖縄の痛みを共有するというものではなかった。

 つまり沖縄と本土の歴史の本質は、「差別」そのものである。「差別」が持つすべての残酷なものがそこにある。今回の普天間問題で沖縄の人たちに対する差別の上塗りだけは許してはならない。

 友人の作家である佐藤優が、琉球新報2010年5月15日号で「沖縄の未来のために、沖縄人が名誉と尊厳をもって生き残るために、保守、革新の壁を越えて、『われわれの沖縄の利益』だけを考え、団結しようではないか。」と主張していることに私は同意する。

 沖縄問題についてのポピュリズムは、沖縄の人たちの苦渋の歴史への冒涜であり、今、官僚、メディア、そして政治家が語る沖縄についての「言葉」には真実のカケラも見受けられない。

2010年5月10日

「絶対権力者」と「市民目線」 ── 今週のポピュリズム<その2>

 検察審議会が小沢一郎氏に対して行った議決が、根底的な誤謬を含むものであることは前回指摘した。

 今回は、検察審査会のこの見え透いた根本的な誤謬を何故、誰もが批判できないのかという問題を考えたい。

 それは、この国の成り立ちと深く関わるところがあると私は考える。

 2006年1月22日付の朝日新聞紙上で、柄谷行人は、私の著書の評者として次のようなことを書いている。

(中略)
『通常、社会は、個別社会の掟で運営されており、掟ではカバーできないときに法が出てくる。ところが日本社会では、そういう関係が成り立たない。掟をもった自治的な個別社会が希薄であるからだ。著者によれば、その原因は、日本が明治以後、封建時代にあった自治的な個別社会を全面的に解体し、人々をすべて「全体社会」に吸収することによって、急速な近代化をとげたことにある。

 ヨーロッパでは、近代化は自治都市、協同組合、その他のアソシエーションが強化されるかたちで徐々に起こった。社会とはそうした個別社会のネットワークであり、それが国家と区別されるのは当然である。しかるに、日本では個別社会が弱いため、社会がそのまま国家となっている。そして、日本人を支配しているのは、法でも掟でもなく、正体不明の「世間」という規範である。』

 この「世間」という、あいまいなものがこの国を支配している、だからこそ、「市民目線」という言葉に適格な批判的反応ができないのである。

 そして問題なのは、この検察審査会の議決が反小沢、反民主党のメディア・スクラムの主柱の一つとなっていることである。

 次週では、「沖縄問題」をめぐるポピュリズムについて考えることとする。

2010年5月 6日

今週のポピュリズム ── 「絶対権力者」と「市民目線」<その1>

 平成22年4月27日に議決された小沢一郎民主党幹事長に対する東京第5検察審議会の決定は、類い稀なる「ポピュリズム」であった。

 同審査会が発表した「議決の理由」の中には、次のように書かれている。

「絶対権力者(筆者注:小沢一郎氏のこと)である被疑者に無断でA・B・C(筆者注:逮捕された元秘書等の関係者)らが本件のような資金の流れの隠蔽工作等をする必要も理由もない。」

 さらに「近時、『政治家とカネ』にまつわる政治不信が高まっている状況下にあり、市民目線からは許し難い。」

 この「絶対権力者」、「市民目線」という二つの言葉を私はポピュリズム的表現の最たるものと考える。

 そもそも、検察審査会なる制度は、時によっては、その対象となる人物の自由を束縛する可能性を持つ決定を行うことのある制度である。

 個人の自由を制限する決定を行う際は、当然のことながら、予断や偏見を極限まで排除すること、感情に流されないことが原則となる。そうでなければ、リンチを容認するのと等しい制度となるからである。

 さて、中世のヨーロッパでもあるまいに「絶対権力者」というような時代錯誤のレッテルを貼ったり、「市民目線」というポピュリズムむき出しの表現によって示される「世間」への迎合を「自白」するような空疎な内実がこの議決である。そしてそれがこの社会を動かそうとしている。

 ところで「市民目線」が貫徹した社会とは一体どのような社会なのだろうか。それは個性が徹底的に排除されたデオドラントで無機質な社会のことである。ところがこの自明の理とも言える今回の「議決」に見られる「言葉」の羅列を批判することもなく容認する空気がある。

 この国と社会は実にくだらないものとなった。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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