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2007年6月27日

こもんず初!!動く宮崎学が『近代ヤクザ肯定論』を語る!

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(9分22秒)

宮崎学さんが山口組90年の歴史の真実を書いた『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』が6月27日に発売されました。

新刊発売にあたって、《ざ・こもんず》では宮崎さんに独占インタビューを実施。

自ら「この本は山口組関連本の決定版」と語る宮崎さんに、この本にかける“思い”や“アウトロー史観”についてたっぷり語ってもらいました!

(文責・編集:《ざ・こもんず》運営事務局)

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『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
筑摩書房、価格1,995円(税込)

2007年6月25日

アウトロー史観(其の十一)「近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-(2)」

今回も、前回書いたとおり、アウトロー史観の集大成として6月27日に筑摩書房から出す、『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』のさわりの部分を皆さまに紹介することにする。

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『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年- 』
筑摩書房、価格1,995円(税込)

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(以下、『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』より引用)

第二章 新興山口組の発展と衰退-米騒動から敗戦まで

神戸米騒動と山口組

誕生して間もない新興ヤクザ山口組が、みずからが生まれて出てきた下層社会から湧き起こった騒擾の渦を先導する機会が程なくして訪れてきた。

米騒動である。

山口組は、このあたりから、下層社会の流動、大衆社会の形成にからみながら、社会史の舞台に登場してくるのだ。

(中略)

東神戸の兵神館滝道出張所、鈴木経営の日本樟脳などを襲った一体には、『水滸伝』の人物を入れ墨した岩見源次郎(三十七歳)がいて、径五寸の丸太をふりまわして消防隊に立ち向かった。

西神戸の高利貸し・橋間久吉邸に押し寄せた七〇〇人ほどの群集の先頭に立っていたのは、山口組のカッタイの政こと難波政吉(十六歳くらい)だった。作家の溝口敦は、この政吉は川崎重工業の下請けで製缶工をしていた山口登最古参の若衆、難波為吉(別名・島ノ助)と同一人物ないし兄弟ではないか推定している。もしそうなら、のちに田岡一雄を世話した兄貴分にあたる人物である。このように、山口組組員が随所で活躍しているのが目立つ。

三年前に生まれたばかりの新興山口組の組員は、米騒動において、大衆行動のリーダーとして大いに活躍したのである。

(次回につづく)

2007年6月11日

アウトロー史観(其の十)「近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-(1)」

6月27日にこれまでのアウトロー史観の集大成として筑摩書房から『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』を出すこととなった。

これまでアウトロー史観と銘打って様々なことを書いてきたが、この本はそれら研究してきたことをまとめたものである。

そこで、これまで「ざ・こもんず」に書いたアウトロー史観の結果として、この本のさわりの部分を三回に分けて皆さまに紹介することにする。

是非、ご一読いただき感想など述べていただければ幸いである。

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『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年- 』
筑摩書房、価格1,995円(税込)

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(以下、『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年-』より引用)

第一章 山口組の誕生-仲士からヤクザへ

島から来た男

明治三十九年五月のことだったというから、西暦でいえば一九〇六年、日露戦争直後である。神戸の街にやってきたひとりの男があった。山口春吉、二十五歳。赤銅色に焼けた肌と筋骨逞しい四肢は彼が海の男であることを示している。女房ワキと幼い長男登をつれていた。

春吉は、淡路島の北部、津名郡来馬村生まれ、北淡津名丘陵の東側、東浦の漁師だった。そこでの暮らしを捨てて神戸に出てきたのだ。

彼について書かれたものでは、神戸に出てきた理由について、「一旗揚げようと」「青雲の志に燃えて」などとされているものが多い。だが、それよりも、むしろ、なんらかの事情で、しがない漁師生活に見切りをつけざるをえなくなり、貧困に押し出されるようにして都会に出てきたというほうがほんとうのところだったろう。

この当時、このように妻子を連れて一家そろって村から出てくる「挙家離村」をしてきた者は、みんな食いつめ者であった。そういう者たちは、そのまま都市の最下層労働者になっていったのである。

労働経済学者は、これを「挙家離村こそが都市の窮民型労働力の主要な供給源だった」と表現している。実際、春吉になんのあてもなかったことは、ほどなくして、春吉の姿が最下層の労働者である沖仲士立ちん坊の群のなかに見出されたことからもわかる。
(中略)
ともあれ、この島から来た男、山口春吉が、のちに日本全国を制覇することになる山口組を創るのである。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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