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2007年5月20日

『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る(其の四)

先月17日に起こった長崎市長銃撃事件を受け、警察は銃器の押収を強めると言っている。

しかし、これはただのポーズにすぎないだろう。

それは「いままで上手くいかなかったことが、なぜ今後上手くいくといえるのか」という極めて単純明快な疑問から推測されることである。

これまでの銃器押収の歴史を見てみれば、国松孝次元警察庁長官が狙撃された95年頃、けん銃押収丁数は年間約1400丁であった。

その後、この数は上がり下がりを繰り返すが、ここにきて急激に減少している。

警察庁が発表する「平成18年度暴力団情勢」(pdf)によれば、昨年1年間での押収丁数は204丁にまで激減している。

その減少した原因を明らかにしない限り、いかに「銃器押収を強めると」と掛け声だけを上げても空振りに終わることは火を見るよりも明らかである。

前回も書いたが、94年10月に起こった京浜急行青物横丁駅事件以降、銃器対策強化というアドバルーンがあげられ、警察庁の中に銃器対策課が新設された。

しかし、そのアドバルーンは予算獲得のための名目に過ぎず、実効性のないものであった。

今回もアドバルーンだけはたくさん上げるだろうが、なんら成果を生まずにしぼんでしまうであろう。

そうなると、国民の生命、財産を守るという本来警察が果たすべき役割は、実際にはほとんど果たされていないということになる。

なぜ、銃器押収対策がこれまで上手くいかなかったのかについては、

①自首減免
②報奨金
③首ナシ

の3つのキーワードがあげられる。

これらについての詳細は、前回記述した部分を参照していただきたい。

これら3つのキーワードをなくして、新たなスキームを考えない限り銃器の押収は進まないだろうと私は考える。

もともと90年代初頭によく言われたのは、「ヤクザ1人に1丁の時代」に入ったという言葉である。
となると90年初頭のヤクザの総数は13万人ほどであったから、13万丁に近い数のけん銃が存在していると警察は認定していたはずである。

だが、その後のけん銃押収丁数を見てみれば、明らかに成果が上がっていない。

警察はまったくの無力であったと言わざるを得ないのだ。

もうひとつは、ヤクザ側で考えてみると、もちろん何十年間も所持していた拳銃は故障などの問題があるために新しいものへと取り替える必要がある。

けれど、その場合、古いものを捨てるとは限らない。
となると、古いものと新しいものが重複して存在していると考えなければならない。

また、ヤクザだけではなく堅気のけん銃マニアもいる。

そうなると、最悪のシミュレーションとしては日本には20万丁に近いけん銃が存在しているとも考えられる。

ところが、警察庁では国内のけん銃総数を約5万丁と見ている。

人命に関わることであるから、最悪の事態を考えシミュレーションしないと取り返しのつかないことが起こりかねない。

だが、警察は自分たちのメンツと無能さを隠すために、わざわざ数字を抑えてごまかそうとしているのである。

今後、この種の銃器発砲事件は増えることはあっても減ることはないだろう。

警察は自分たちの利権に繋がる予算獲得や人員を増やすことに関しては熱心だが、国民の安全、安心を守るということについては非常に鈍感なのである。

ある面ではこの国の官僚と国民とのいかんともしがたい関係が現れているともいえるだろう。

2007年5月 5日

『長崎市長銃撃事件』を私はこう見る(其の三)

今回の長崎市長銃撃事件を受けて、警察は銃器取り締まりを徹底的にやると今さらながら言っている。

では、これまでの銃器対策がなぜ失敗したのか。

現在の銃器対策の発端となったのは、1994年10月に起こった(※)京浜急行青物横丁駅事件である。

素人が素人を射殺したこの事件以降、本格的な銃器対策が行われるようになった。

警察庁が発表している「平成18年暴力団情勢」(pdf)を見ると、昨年度、ヤクザから押収した拳銃は204丁である。

青物横丁事件が起こった際、警察は現在国内でどのくらいの拳銃があるかをシミュレーションし、少なくとも20万丁あるということがわかった。

それをどうやって発見し、押収していくかを考えたのが銃器対策である。ところが、無能な警察はほとんど押収できなかった。

そこで警察が考えたのが、

・自首厳免
・報奨金
・首ナシ

である。

「自首減免」とは、自首してきたものは銃刀法違反において刑事的責任を問わないというもの。

けれど、これはあまり効果がなかった。そこで次に行ったのが「報奨金」である。

これは、警察官がけん銃を一丁押収するごとに100~200万円の金を警察庁から各所轄署に支払うというもの。

そうしたところ、一気に押収けん銃総数が跳ね上がり、約千丁(95年)までいった。

だが、実はこれがヤラセであった。

例えば、覚せい剤で捕まった犯人に対して見逃してやる代わりに、お前の関係者にけん銃を持ってこさせろという。

これを繰り返すと、各所轄署には何千万という報奨金が支払われることになる。

幹部にとって見れば、嘘でも何でもいいからどんどんけん銃を押収してくるやつはかわいい。

警察の昇任試験は直属の上司の内申書が最も大きなポイントとなる。

マークシートの筆記試験などもあるが、そこで満点を取ったとしても上司からの印象が悪ければ出世できない。

つまり、内申書をよく書いてもらうために報奨金を利用して金を稼ぐのである。

また、「首ナシ」というのは、どこからか押収してきたけん銃をロッカーに入れて通報させ押収するといった持ち主不明のけん銃である。

しかしながら、この「首ナシ」も報奨金とつながっている。

つまり警察の腐敗である。

今回の長崎の事件も原因追及まで届かず、銃器対策も大きなかけ声を上げるだけで終わってしまうだろう。

繰り返しとなるが、警察が数年前に約千丁押収したけん銃総数は平成18年に204丁に落ちている。

それは、私たちが上記のような警察の腐敗を批判したからである。

このようなことから、今回の事件を通じて見えてくるものは、警察とメディアの駄目さ加減なのである。

1994年10月、東京・品川の京浜急行青物横丁駅で、医師が射殺された事件。殺人容疑で逮捕された犯人は、短銃と弾丸7発を暴力団から140万円で購入した。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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