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2007年3月21日

アウトロー史観(其の六)『日本近代化の特異性』

今回は前回に引き続き、明治維新後の日本の歴史の変則性について書く。

秩父困民党のおきては自治の破壊に抵抗して創り出された。

とはいっても、何の抵抗もなく自治が破壊され、全体社会に飲み込まれていったわけではない。
抵抗は、自由民権運動という形でなされた。そして、その抵抗の中で、自治的な掟を創り出していった。その典型が、一八八四年(明治十七年)に埼玉県秩父郡で農民を結集して蜂起した秩父困民党である。

秩父困民党を組織したのは秩父自由党だったが、実際に中心になったのは大宮郷の侠客田代栄助ら農村の任侠集団だった。総理の田代栄助、副総理の加藤織平はともに博徒、甲大隊長と乙大隊長は小学校教員と自由党員だったが、各村ごとに組織された小隊の指揮官は大部分は博徒であった。

彼らは明治になって上から自治が破壊されていっても、任侠集団としての独自の自治的結束を保っていたから、その自主的規範を援用して農民蜂起の中核になっていったのである。

彼らが制定した秩父困民党の規律つまり掟は、次のようなものであった。

第一、今般大事件中金円其他を私に押領致す間敷事、若し犯す者は斬。
第二、事件中、決して婦人に関係致す間敷事、若し犯す者は斬。
第三、酒宴遊興は一切致す間敷事、若し犯す者は斬。
第四、私の遺恨をもって人を暴言致す間敷事、若し犯す者は斬。
第五、すべて指揮するものの命令を受けず私に事をなす間敷事、若し犯す者は斬。
[申合せ]およそ何人といえども、先方より手向い致さぬ内は、決してこちらから手出しせぬ事、警察署等は、人が居れば格別人の居らぬに破壊しては国益を害する故、決して空所を打ちこわさぬこと。高利貸には一応掛合をし、貸借を皆無にさせ、応ぜぬ際は斬殺す。近隣の害となるから放火はせず、やむを得ぬときは、もっとも苛酷な者の家には、放火するに致方ない。

カネやモノを私物化したり、オンナをこましたり、酒を飲んで騒いだり、人に難癖をつけてどなったりしたら斬る、というのだから、かなり厳しい規律である。

この秩父困民党の規律は、抗日戦争を戦いぬいた経験から制定された中国人民解放軍の「三大規律八項注意」を思わせる。一九四七年に制定されたものだが、抗日戦争時代から八路軍や新四軍の中で実践されていたものを集大成をしたものであった。制定された「三大規律八項注意」は、次のようなものである。

三大規律
一、一切の行動は指揮に従う
二、大衆のものは針一本、糸一筋も盗まない
三、一切の捕獲品は公のものとする

八項の注意
一、ことば遣いは穏やかに
二、売り買いは公正に
三、借りたものは返す
四、壊したものは弁償する
五、人を殴ったり罵ったりしない
六、農作物を荒らさない
七、女性をからかわない
八、捕虜を虐待しない

これは、太平天国の軍律をもとにしたものだといわれている。

太平天国というのは、清朝末期の一八五一年から一八六四年に広西で起こった宗教的農民叛乱で、土着的キリスト教信仰にもとづく上帝会が中心になったが、後漢末の黄巾の乱以来中国に伝統的な、宗教的秘密結社を基礎とする農民叛乱の近代版といえるものであった。

黄巾の乱の太平道、太平天国の乱の上帝会、これらは、教えは違っても、いずれも民間宗教であり、それを媒介にした相互扶助組織であり、それを統べる掟は相互扶助結社のそれを範型とするものであった。人民解放軍も、その例に漏れない。それは、土地均分を実現する「共産道」ともいうべき「民間宗教」を基盤とした農民叛乱軍だったといえるのではないか。

秩父困民党の掟がそれと似たものになったのは、困民党が同じように農民の相互扶助を基盤にした結社としての性格をもっていたからにちがいない。そして、その相互扶助結社の「前衛」の役割を果たしたのが、農村任侠集団としての博徒だったのである。

同じ年、秩父困民党事件より前に群馬事件が起こっている。これは、妙義山麓人馬ヶ原に数千の農民を結集した蜂起だったが、これは秩父困民党でも大きな役割を果たした自由党壮士・宮部襄が、上州博徒の大親分・山田丈太郎やその弟分の神宮茂十郎、町田鶴五郎らの博徒を動かし、彼らが中核となって起こした農民叛乱であった。

このように、この時期の農村には、明治政権に対する同じような性格の抵抗が見られたのである。しかし、このような抵抗は明治政権の全力を挙げた弾圧によって粉砕された。そして、それによって、個別社会からの自治的な社会規範が形成される道も閉ざされていったのである。

このように日本の近代化は、基礎社会においても派生社会においても、個別社会の自治、独立性を徹底して押しつぶすことから出発したのである。それはあまりに徹底していたため地域の生活の荒廃を招き、のちに政府は大区小区制は廃止せざるをえず、また明治四〇年代になって「地方改良運動」を起こさなければならなかったのである。だが、それらの措置も、いったん破壊した自治を甦らせるものではなく、その後の近代化も、一貫して個別社会を呑み込んだ単一の全体社会を国家が画一的に統合していく形で行われていったのである。

以上が明治維新以降の日本の歴史の変則性である。

それではこの近代化は、ヨーロッパでは、どうだったのかを次回は比較することとする。

2007年3月13日

アウトロー史観(其の五)『日本の近代化』

前回では、「アウトロー史観」の根本的な考え方の一つを書いた。

今回は、具体的な例、日本が近代化を遂げて行く歴史過程を「アウトロー史観」は、どのように考えるかを今回から二回にわたって明らかにしたい。

少し退屈な話となるが、付き合っていただきたい。

端的にいって、日本の近代が自治の発展の上にでなく、逆に自治をつぶした上に展開されてきたことによるものである。

ヨーロッパにおいては、中世封建制社会は、自由都市や農村村落共同体単位、それよりもさらに小さな居住区単位、協会教区単位の地域共同体の自治---すなわち基礎社会の自治---、それと並んで、ギルドやツンフトなどの職能団体、同業組合の自治---すなわち派生社会の自治---という「二重の自治連合」から成る社会であった。

そうした二重の自治は、王権の発達、そしてその後のいわゆる絶対主義王制の成立を経る間にも、消え去ることはなく、むしろ、そうした自治団体が団体の権利として獲得したものが、近代に入ってから確立されていく個人の自由権母体になっていったのである。

だから、ヨーロッパの近代社会は、それ以前の基礎社会と派生社会の自治の上に、そうした自治の自由権を個人のものに転化する形で、自生的に形づくられてきたのである。

ところが、ヨーロッパのように旧社会の中に内発的に、下から自治的に近代社会が胚胎していったのではなく、外からの圧力に押されて外発的に、上から強圧的に新しい社会関係をつくらなければならなかった東洋の後発近代化国家・日本では、むしろ、江戸時代までの都市や農村の一定の自治を政治権力が押しつぶし、その上に新しい制度を乗せていく形で近代社会の形成が行われたのである。

明治維新新政権は、まず村や神社の自治的な裁判権をはじめとして、さまざまな地域集団・職能集団の慣習的な団体権を否定する布告を次々に出して、個別社会の自治を徹底的に破壊することから出発した。

それは、維新当時の社会関係のもとにあっては、「中間団体の多様な自立性を少なくともいったんは否定することで、国家ははじめて国民を個別的かつ直接に掌握できた」(牧原憲夫「文明開化論」、『岩波講座・日本通史』第十六巻)からである。

そして、廃藩置県によって、江戸時代の強固な個別社会であった藩を解体しただけではなく、そのあとに県---大区---小区---町村組合という制度を上からつくっていった。

また、地租改正とともに、農村で村請制の形で行われていた相互扶助システムが解体された。都市でも、町会所・大家を通じた相互扶助システムが崩壊させられた。これらは、それまで古くから続いていた町や村の共同体の単位を無視する形で、むしろ、それを旧体制として積極的に破壊して、新体制を創設していくものだった。

維新政権は、一八七一年(明治四年)に戸籍法を公布、これにもとづいて、従来自生的に形成されていた村を集めて大区をつくり、それを数村ごとに分割して小区とした。

そして、それまで村の自治を統括していた庄屋・名主・年寄などを廃止、これに代えて大区に区長、小区に副区長を置いた。これは、江戸時代に形成されていた農村の自治単位とその連合体を行政区域として認めず、これを破壊した上で、上からつくられた町村の制度をかぶせていったわけである。

このようにして、基礎社会の自治は乱暴に破壊された。

一方で、日本の場合は、江戸時代には町村自体が農・商工の職能共同体という性格ももっているのが普通だったから、その町村の単位が破壊されたことは、職能団体の自治の破壊という意味ももっていた。

そして、それ以上の横断的な職能団体、同業組合の自治はヨーロッパのギルドやツンフトのようには発達していなかったから、そうした派生社会の自治は、---もちろん資本制の発達にとって一定の経済的自由は欠かせないから、習慣として形成されていたものは基本的には擁護されたが---団体の権利という形では形成されず、容易に政府の上からの国家的な産業政策に組み込まれていってしまったのである。

次回では、この日本の「近代化」の特異性、それに抵抗する側の特徴を実証しようと考えている。

2007年3月 4日

アウトロー史観(其の四)『愚行権』

本年2月になって間もなく、六本木抗争事件やそれにともなう国粋会工藤会長の自殺などが相次いだため、本題のテーマから脱線してしまったが今回から元に戻す。

私の「アウトロー史観」の根本理念の一つは「愚行権」にある。

それは次のような考え方である。

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『法と掟と―頼りにできるのは、「俺」と「俺たち」だけだ! 』
洋泉社、価格1,680円(税込)

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(以下、『法と掟と』より引用)
それぞれの個人のあり方、存在がどんな価値をもっているのかは、人間にも社会にもわからない。だから、それを他人や社会が個人に押しつけることはできない。どんなことを幸福だと思うかは社会的に決められるものではないし、国家が決められるものではなおさらない。

だから、社会から見れば無意味に思われ、愚かな行いだと思われるような生き方、存在であったとしても、それが社会の存立を脅かすようなことにつながらず、「公共の福祉に反しない限り」においては、それ自体を否定するようなことはしない。

これが「愚行権」というものであり、自由権の根本にはこういう考え方があるのだ。

戦火のイラクに行くという行為は、安全無事に暮らしていたいという人たちにとっては愚行にちがいない。しかし、それは安全無事に暮らすのが何よりだ、という価値観を前提にするからであって、そうした価値観の持ち主が、その価値観がどんなに一般的なものと思われようが、そうした自分の価値観を他人に強制することはできない。そのときいえるのは、そんなことをしたら、他人に危害を加えることになりますよ、ということだけである。その「愚行」がもし他人に危害を加えることになるのなら、それを制止する権利はある。しかし、一般的な価値観から見て「愚か」だというだけで、制止することはできないのである。

肝臓が悪いのに朝から酒を飲むというのも「愚行」だろう。女装して街を歩きまわるというのも「愚行」だといわれるだろう。だけど、それなら、ダイエットに精を出して健康を損なうのも「愚行」かもしれないし、ブランド品を買いまくって見せびらかしながら街を歩くのも「愚行」かもしれない。これらの、ある人たちにとっては、あるいは一般的には明らかな「愚行」であり、当人にとってはやむにやまれない行為であるものを、それが他人を害するものでない限り、基本的に認めようというのが「自由な社会」なのである。

それはもともと、資本主義社会というものが、これまでは常識はずれだったこと、危険が大きすぎてだれもやらなかったことをだれかがやりはじめることによって、はじめて発展するという性格をもった社会であるから、担保されている権利なのである。これについては、別の側面からおいおいのべていくことにしたい。

ともあれ、私などは、そういう意味では「愚行の総合商社」なので、この「愚行権」を自由権の核心として擁護しなければならない。と人並みはずれて強く思っているわけなのである。

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この考え方がいかに自由なる思考を持って歴史を捉えるか、その根本であると私は考えている。

これがいま、私がアプローチしているアウトロー史観の方法論の第一歩である。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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