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2006年4月29日

続・2人の保守政治家

 村上正邦氏、鈴木宗男氏に共通する「党と個人」についてのこの「乾いた思い」は一体どこからくるのか考えてみた。

 まず両氏が、党、つまり自民党という組織が戦後政治の中で果たしてきた役割について、肯定するところと否定するところを自分なりに明確につかんでいるからである。「無謬の党」という左派の党にありがちな神話は両氏の中にはない。平たく言うと、党も個人も問題を起こすことがあるものだという、民主主義に対する野太い認識がある。もちろん、この認識は政・官・財という日本の支配構造を知りつくした上に持つことのできた認識である。またそれだけに迫力があるものだ。

 私は、この両氏の「乾いた思い」は、「党と個人」にとどまらず、「国家」についても同様のように思われる。両氏とそこまでつっこんで議論したことはないが、国家を私などは「死滅すべき」ものと考えていた時、両氏は「必要悪」と考えていたように思われる。「死滅すべき」と考えるか、「必要悪」と考えるのか、そしてどちらの考え方が「国家」により強い思い入れを持つのか、その答えは明確である。「死滅すべき」とする思想の方が現実的には「強い国家」を求めてしまう。一方「必要悪」という思想は、「適当な強さがいい」ということになる。

 つまり私なりに解釈すると、両氏にとって「党」も「国家」も個人の理念を実現するための道具であると割り切れているところが実に興味深いところである。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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