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2006年2月26日

2人の保守政治家

 最近2人の保守政治家と話し合う機会があった。一人はかっては参議院のドンと呼ばれた村上正邦氏であり、もう一人は鈴木宗男現衆議院議員である。2人に共通しているのは、現在刑事被告人として刑事裁判中であること、そしてかって所属していた自民党の中にあっては、大きな影響力を誇っていたことである。

 さらに共通しているのは、この2人とも現在の小泉政権の政策に批判的であったこと、そして現小泉政権がその政策を推進する際に、この2人に反対されるとその足元が崩れる危険性があったこと等々で、2人に共通するところは実に多い。

 こうしたことに加えて、決定的な共通項は2人とも東京地検特捜部による捜査を受け起訴となるのであるが、2人の被疑事実とも客観的に見てムリ筋だったため、裁判では検察との全面対決となっている。私にはこの2人への刑事的責任追及は東京地検特捜部が現小泉政権への配慮からか、小泉政権のアキレス腱を片付け、政権にスリ寄る際の手産物としたように思われてならない。

 最近では、これを「国策捜査」と言うようであるが、この表現は正確でないように思われる。それは、「国策」ということであれば、政策をめぐり一方の側の主張への支持を官僚組織として示すということなのであるが(もちろん表面上は政治主張故の捜査ということは、ないこととなっている)、今回の捜査は「国策」などというハイレベルなものではなく、むしろ小泉政権への検察のゴマスリであることから、「ゴマスリ」捜査と呼んだほうが正確であると思われる。

 私は2人の話を聞いて、この国の官僚の腐りきった心根にア然としただけではなく、この国の民衆が確実に愚民であると判断した。

 それはさておき、私はもう一つの感想を持った。それは、この2人が政治家として党というものをどうとらえ、そして今どう考えているかという点について、私の短く、拙い政党経験の際に持った個人と党組織の「湿った」関係とはちがう「乾いた」関係への驚きであった。つまり私の経験によると、党とはある意味で絶対的な存在で、党を離れて政治活動などは考えられないと思ってきた。そのため党から除名されたり離党したりするとそれは自己の政治活動の死を意味するものとも思ってきた。そこでは党と個人がある意味で一体化していたのである。私の経験ではそうなのであるが、今から考えるとこれなどは党=組織優先主義=個人の埋没という点においては実に古い思考であった。

 村上正邦氏、鈴木宗男氏という2人の元自民党政治家は、党と個人の関係がきわめて乾いたものと感じた。つまり個人が党に優先して存在するという醒めた思考である。次回はこの党と個人の関係を考えてみたい。(次回につづく)

2006年2月 7日

ポピュリズムはどの程度有効だったのか

 2006年に入って、明らかに「潮目」が変わった。

 ここにきて小泉政権のレイムダック現象が顕著である。愚民の支持による暗愚の政治とその政治指導者を適当にというか上手に使ってきた官僚諸権力が、年が明けて一気に「反転攻勢」に出た感がする。

 まずは、この国の権力の中枢である「東京地検特捜部」を中心とする司法官僚の活発な動きがある。ライブドア・ホリエモンへの強制捜査と逮捕がそれだ。当然のことであるが、この捜査は小泉政権が鳴り物入りでかつ独裁的に進めていた、竹中平蔵を中心とした「改革」に対して冷水をかける政治的効果があった。昨年の9月の選挙での圧勝という事態があったとしても、この国のご主人さまは愚民の支持によってバブルの上に鎮座する小泉などではけっしてない。司法官僚の我々こそが、この国を導き得る唯一の人間なのだと言わんばかりの超エリート意識をそこに見てしまう。

 具体的には、ライブドア事件にかぎらず、東京地検特捜部による昨年の三重県水谷建設への強制捜査、さらには最近の防衛施設庁の談合事件の摘発と、この一連の動きはまさに小泉政権の存亡を握るかのようにさえ思われる。

 そしてここで重要なことは、今回の一連の捜査で東京地検特捜部は、彼等の方法論として、与党を殲滅するところまでは進めず弱味を握ることによって、次の権力への影響力を保持しようとすることである。

 次いで、BSE問題で中川農水相を国会で立往生させた、農水、厚生官僚の連携プレイとも見られるサボタージュである。これも反小泉の官僚的反応とも見ることができる。実に意地の悪い手口だ。

 ところで小泉は、「郵政民営化で自民党内反対派を殲滅した、次は『官』だ」と言った趣旨のことを高らかに宣言した。昨今の9.11選挙での圧勝の勢いに乗って、この際、官・政というこの国の「伝統的」な関係を政・官に変え、長期にわたる支配を目指したのだろう。しかし、9.11選挙での圧勝がバブルであったという厳然たる事実を見抜けなかった。いやそうは思いたくなかったのだろう。ここに小泉の間抜けなところがある。

 「郵政民営化」問題における自民党内反対派は、バブル的な民衆の支持で殲滅することは可能であっても、民衆の支持などさして必要としないわが国の真のご主人様である官僚にとっては、小泉のその手法は無力であった。むしろ小泉バブルは「官」の力を強化しただけと言う結果をこの国にもたらしたことだったのかもしれない。

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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