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2006年1月31日

正月旅行・プノンペン報告その3

 今回のプノンペンへの小旅行で、それまで私の胸の中にあった一つの「つかえ」が取れた。それがこの旅行の最大の成果だった。

 それは、68年世代とされる世代の私は、その精神の基底においてポルポト的なるものを持っていたという思いであり、そしてその思いへの無意識の抵抗が今の自分を形成しているということの確認が出来たということである。

 私は拙著「近代の奈落」の中で、和歌山の被差別部落のルポをした時に次のような文を書いたことがある。

 大石・沖野にみる「文化人」的アプローチ

 大逆事件の大石誠之助・沖野岩三郎を含む明治の初期社会主義の思想は、平沼的なものと対抗し、これを打ち破れるものだったか。どうもそうではなかったのではないか、と私は思っている。

 彼らは部落外の人間であった。そして、ごく簡単にいって、彼らは被差別部落を「あってはならないもの」と考えている。

 「あってはならないもの」が「ある」のは社会が悪い。そういう社会として成り立たせている仕組みが悪い。だから、仕組みを変え、社会を変えなければならない。そういうことだったのだろう。これのどこが悪いと言われるかも知れないが、私はあえて異を唱えたい。「あってはならないもの」が「ある」という、そもそもの発想が逆立ちしていると思うのだ。こういう発想においては、「あってはならない」という正しい理念を持った自分がいて、そこからまちがった現実が見下ろされている。それは、プラス・マイナスの符号を付けるところが違っていたり反対だったりするだけで、いてはならないやつらを社会から一掃しようという平沼的思想と基本的に同じである。

 逆である。正しいか間違っているかに関係なく、悲惨と苦悩に満ちた現実がまず「あり」、その中に自分が立っていて、その現実を全ての人たちと共有している。ああ、この悲惨と苦悩を、自分のため、自分たちのためになんとかしたい、と天をふりあおぐ。そのとき、更新された新しい世界像が、ふりあおいだ天から、社会思想的に、あるいは宗教的に結晶されてくる場合がある。されてこない場合もある、だが、いずれにしても、このどうしようもない現実の中から天をふりあおぐところから、すべてがはじまる。およそ、取るに足る思想とは、そういうところからはじめて醸成されてくるのではないか。

 この方向が逆な二つのアプローチ、その前者を「文化人」的、後者を「生活者」的と、とりあえず名付けておこう。

 大石誠之助や沖野岩三郎は、基本的に「文化人」的であった。彼らは被差別部落民の悲惨と苦悩に共感し、しかもそれを自分の責任で軽減しようと努めた。これは、文化人や宗教家が二階の書斎や教会堂の説教壇から平等や愛を説くにとどまるのではなく、それを実践しようとした立派な行動である。その意味では傍観者的ではないし、純粋の「文化人」的アプローチを踏み越えている。けれど、「あるべきもの」を知っている正しい自分から「あってはならないもの」である現実を見下ろすという基本的な姿勢の枠内にある。やっぱり、正しい自己が留保されている(中略)

 さてポルポトは、この国においては明らかに「文化人」であった。それと同様、私も68世代当時は「文化人」であったと思うのである。戦争という「あってはいけないものがある」と考えていた。

 この「文化人」的なるものの徹底した否定を貫くこと、これが私のこれからの課題であるということが確認できた今年の正月旅行は、実りの多いものとなった。

2006年1月22日

正月旅行・プノンペン報告その2

 この国に到着してまず気が付くのはタクシーを見かけないことだ。アジアの他の諸国では、それぞれの国の民衆の生活を示すかのようにタクシーという存在がある。

 例えば香港、「的士」というカンバンを天井に貼りつけたタクシーがある。「的士」という漢字をTAXIの当て字にしているのが私は気に入っている。またタイ・バンコクでは「TAXI−METER」というカンバンが付けられている。METERとわざわざ断ってあるところがミソだ。つまり、行く先によっては値段を交渉によって決めることもある。それは「客引きしてくれる人に対してマージンを支払うため、METERどおりではないこともあるという意味合いが含まれる。このようにアジアのタクシー事情は、それぞれの国の国民性というか、肌合いを示すものでそこがまた面白い。

 さてプノンペンではというと、タクシーはホテルに泊まった時などに、ホテルのフロントで呼んでもらって30分以上待たないと来ない。言わば「高級品」ということになっている。中国が「改革開放」路線をとってまず最初に民衆がはじめた白タクだったと言われることと比較して、このカンボジア・プノンペンでは、未だその白タクすらに至っていないということなのだろう。

 しかし、プノンペンにも白タクはあった。バイクタクシーと呼ばれるもので、50ccのバイクの後ろに客を積んで走るというもので、バンコクでは「ツクツク」と呼ばれ、その値段の安さ故に民衆からは重宝がられているものである。この「ツクツク」は、オートバイで荷台を牽引するという3輪型なのであるが、プノンペンのバイクタクシーは運転手が座るシートが長めにできているだけのもので、もちろん「許可」などない白タクである。しかし、値段が高い日本のタクシー料金で優に1000円は超えると思われる距離を20セント(約30円位)で走ってくれる。運転は極めて荒っぽく安全性は保障できるものではないが、とにかく安いし、それに街角(路地裏のようなところ)に立ってキョロキョロとまわりを見回しただけで、2〜3台が客引きに集まってくる。タクシーが呼ぶのに何十分もかかるのに比べてきわめて手軽である。

 ポルポトの支配とその間の内戦で完全に「社会」が崩壊した後にやっと民衆の商売がはじまった。バイクを運転する人々の顔は底抜けに明るいものがあった。(次回に続く)

2006年1月12日

正月旅行

 2006年の正月、カンボジア・プノンペンを旅した。実に刺激的な旅であった。

 プノンペンは98年に行った時と比較して激変していた。何よりも、人の表情が明るくなったように思われる。それと子供が元気だ。ポルポトによるあの虐殺の歴史から立ち直ったと直感できた。

 ところで、90年代に東欧社会主義諸国がソ連の崩壊を頂点に軒並み壊れていったにもかかわらず、アジア型社会主義諸国は生き延びた。

 中国は「改革開放」、ベトナムは「ドイモイ」という社会主義の理念とは全く正反対の矛盾する政策を採り入れたにもかかわらず、党は残り、そして党と国家の関係はより深いものにすらなったと思われる。

 さて、宿泊したプノンペンのホテルの部屋の窓から、きわめて無秩序に流れる、バイクと自転車の通勤ラッシュをながめながら、アジア型社会主義の強さの根源は何だろうかなどと柄にもなく「高尚」なことを考えた。

 そして、私は次のような仮説を考えた。

 それは、アジア型社会主義は、イデオロギー的な論理の帰結としての誕生したものではなく、「抵抗の方便」とりわけ民族主義の発露の方便として成立したのではないか。そうだからこそ、ある種の危機(それがそれまでの体制の存廃の危機であっても)に遭遇しても、ドラスチックなものにならず、生き延びるための次の「方便」を選択できたのではないかというものである。

 しかし、今回訪れたカンボジアではクメール・ルージュ(ポルポト)などは、「方便」ではなく過剰なイデオロギーの帰結を、この地に持ち込んだためにとんでもない事態を惹起してしまったということなのだろう。このカンボジアでは「方便」ではなく一神教的なイデオロギー中毒症状がもたらす悲劇がアジア的には特異なものとしてあった。しかし、このアジア的政治風土としての「方便」は、アジアの智慧ではないかと思われる。そうした点から考えると、北朝鮮の労働党の体質は、ポルポトと通底するものがあると思われてならない。(次回に続く)

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メコン川の夕景に佇む(プノンペンにて)

Profile

宮崎 学(みやざき・まなぶ)

-----<経歴>-----

1945年、京都のヤクザの家に生まれる。
早稲田大学法学部に進むが、学生運動に没頭して中退。
週刊現代記者として活躍後、京都に戻り家業を継ぐが倒産。
「グリコ・森永事件」ではキツネ目の男に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされる。
自身の半生を綴った「突破者」で作家デビューを果たした。
2005年には英語版「TOPPA MONO」も翻訳出版された。
最近は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://miyazakimanabu.com/

魚の目(魚住昭責任編集)
http://uonome.jp/

-----<著書>-----


『ラスト・ファミリー 激論 田岡由伎×宮崎学』
2010年1月、角川書店


『談合文化論』
2009年9月、祥伝社


『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』
2007年6月、筑摩書房


『安倍晋三の敬愛する祖父 岸信介』
2006年9月、同時代社


『法と掟と』
2005年12月、洋泉社


『近代の奈落』
2005年12月、幻冬舎


『TOPPAMONO』
2005年9月、Kotan Pub


『万年東一(上)』
2005年6月、角川書店


『万年東一(下)』
2005年6月、角川書店



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