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<番外編>反社会的な「事実」

 このところ、本業である「西方」分析ではなく、国内の身辺雑記めいた話が多くてゴメンナサイ。ついでに、あとひとつだけ気になっている話を手短に記しておきたい。大相撲スキャンダルである。何が気になっているのかというと、報道されている「情報」が杜撰なのだ。新聞記者になって「西方」に重点的に携わる前、私は無名な事件記者の一人だった。そのときの乏しい経験と最近得た情報から、一連の報道の危うさについて指摘しておきたい。

★ ★ ★

 このスキャンダルは大きく二分できる。ひとつは「維持員席」問題。もうひとつは野球賭博である。前者についての疑問から始めたい。この話が報じられた際、極道(暴力団員)の維持員席での観戦の狙いについて、新聞やテレビでは「大相撲のテレビ中継に暴力団員が映ることで、受刑中の親分を励ますため」という説がまことしやかに流された。

 具体的に話を進めよう。当初、問題となった昨夏の名古屋場所では、観戦していた極道たちとは山口組弘道会の面々で、ここでの「親分」は6代目山口組組長の司忍(本名・篠田健市)受刑者を指していた。しかし、「極道がテレビを通じて親分を励ます」とか「無事を報せる」なんてことがあるのだろうか。私はありえないと断言する。

 この逆はある。つまり、親分が子分を励ますことはある。しかし、その逆、つまり子が親を励ますなんていうことはあの世界では礼を失することであって、ご法度といってよい(特に弘道会はそうした筋目についてうるさい)。しかも、来春、出所予定の篠田受刑者は服役先の府中刑務所では長らく「昼夜独居」待遇である。いま現在は不明だが、通常、独居房ではラジオが聴けるだけである。そのことを知らない子分たちではなかったろう。だから、この狙いは警察の創作と担当記者の鵜呑みだとしか思えない。

 そもそも、維持員席というのは協会の経営(収入)安定のために設けられたシステムだ。形式的には後援してくれる個人や企業などに、プロ野球でいえば「年間シート」のような形で買ってもらうのだが、協会の親方衆が直接、営業に携わるなんてことはない。

 携わるのは「お茶屋(相撲案内所)」である。今回のケースでは昨年、高齢で廃業した名古屋のMというお茶屋さんが差配していた維持員席が問題になった。その昔、プラチナシートだったあの手の席も、現在は必ずしもそうではないという。しかも、場所中15日間、通い続けられるという人はそうはいない。ということで、名義はともあれ、実際の席は日々、お茶屋を通じた売買の対象になっていた(だから、整理券云々という言葉が報じられている)。

 興業である大相撲と極道の関係は江戸時代に遡るが、その蘊蓄は専門家に任せるとして、お茶屋のMが廃業した際にそれまで扱っていた維持員席の「権利」(飲食店の権利と似たような慣例)は江戸時代から続く浅草が本拠の老舗的屋組織(つまりは暴力団)の「C一家」が預かったという。ところが全国的にも極道間の媒酌人としては格のある「C一家」とてこのご時世、余っているカネはない。

 「C一家」も場所中、15日間の席をさばかねばならない。その一部がお互い「ちょっと頼むわ」といったノリで、しかも名古屋場所ともなれば、この地域を制圧している同業の弘道会に流れたとしても特別に驚くようなことだろうか。極道が大相撲観戦なんてとんでもない、という議論はまた別次元のことである。

★ ★ ★

 次に野球賭博である。ここでは賭博の違法性とか「善悪」についての議論は省略する。ただし、相撲取りやOBがばくちで身を滅ぼしたなんていう話は昔から枚挙にいとまがない。それは褒められた話ではないが、そういう種族である。そこもアジである。差し障りの少ないOBでいえば、プロレスに進んだ元前頭の故豊登や元小結・孝乃富士(リング上は安田忠夫)のギャンブル癖はファンの間では伝説化している。「公営ギャンブルなら問題はない」という話にはならない。カネ貸しの存在を考えれば分かるだろう。

 注目したいのは今回、解雇された大嶽親方(元貴闘力)の相談先が警察官だったこと(本人の週刊誌上の告白による)である。「週刊新潮」の一報段階から「警察」の介在は分かってはいたが、その記事全体を覆う「反社会的勢力(暴力団)の影」というストーリーと、この問題が明るみに出たこの経緯がまったく逆だったことに当初は首をかしげた。

 もっと分かりやすく言おう。面識のある極道関係者は琴光喜を揺すったという元力士の容疑者を「ヨゴレ」と呼んだ。この業界ではチンピラ以下の存在という意味だ。4~5年、暴力団員をしていたという自供があるそうだが、どこの組という具体的な話も聞こえず、少なくとも周辺からは認知されていない。「妙な話だ。ヨゴレなんかに揺すられて、親方とか関取が親分衆の誰かに相談しなかったなんて信じられない」

 つまり、直接ではなく後援者を介してでも、大手の極道組織の親分連中に多少なりとも面識があるのが、大相撲の多数派であって、通常、この程度のトラブルはその筋の人々に処理を頼めば、即時に鎮火する程度の話だった。実際、一昔前にはしばしば「○×親方のタニマチは山健系」とか「△□親方の所は弘道会系」なんて話をよく耳にした。彼らのサイドビジネスへの関与を探っても、ちょっとした関係の形跡がみられた。いずれにせよ、琴光喜という天下の大関相手に、いい格好をしたいその筋の人など山ほどいる(特に今回は抗争の火種にもならない)はずだった。

 しかし、今回はそうした解決策が採られなかった点がむしろ注目されてよい。すなわち、反理事長派である貴乃花に通じる改革派(琴光喜、大嶽、阿武松らは皆、貴乃花応援団)は「ばくち大好き人間」であるにせよ、極道とは相対的に距離のある人々だったのである。しかし、皮肉にも今回の騒動でその改革派が極道と通じているという暗黙の理由で刺され、切られた。「ちょっと騒動になりすぎはしたが、これで昔ながらの協会に戻る。外部委員会は何もできない。ほとぼりが冷めるまでの辛抱だ」。守旧派からはそんな声が漏れ聞こえる。本質的な協会改革はむしろ遠ざかってしまった。

★ ★ ★

 こうして客観的に振り返ってみると、今回の騒動の異様さが浮き彫りになる。つまり、2つのスキャンダルとも最近、極道が大相撲への介入を強めたとか、対応を変えたという問題ではない。縁も切れてはいないが、昔ながらの関係である。変わったのはむしろ、警察や警察を支援する「社会的勢力」の人々といえる。

 では、この騒動は偶然なのか、それとも意図したキャンペーンなのか。少なくとも、この一連の騒動で「反社会的勢力一掃」という台詞が繰り返され、「ヤクザに人権なし」の社会的合意がいっそう強化されたことは間違いない。

 偶然かどうか、騒動の渦中、「ヤクザに人権なし」の象徴的な事件があった。警視庁は6月30日、他人名義で都内のマンションを借りていたとして、弘道会幹部の森健次容疑者を詐欺の疑いで逮捕した。森容疑者の東京での任務は篠田受刑者の獄外からの世話である。貸していた知人は居酒屋経営者で森容疑者のタニマチだった。

 知人の空き部屋を好意から借りていただけ。世間常識では犯罪とは考えにくい容疑事実なのだが、新左翼の活動家たちにはしばしば適用されてきた手法である。刑事ではなく、公安手法なのだ。「ハム(=公安)なんかにシマを荒らされて、刑事部のメンツはどうなっているのか、マル暴諸君!」と茶化したくなる。この政治警察の手法を今回は極道にも適用したわけだ。かつての「赤軍罪」とか「オウム罪」や「総連罪」と同じノリだ。つまり、法を装いつつ、法の枠外扱いなのである。「存在を抹殺する」ためなら何でもありなのだ。

 「反社会的勢力ならば、超法規的な手法も構わない」ーこの短絡的な発想の怖さは、それが必ずそう思っている当人たちにも跳ね返ってくる点にある。

★ ★ ★

 さて、結論は皆さんに考えてほしい。この降ってわいた騒動の本質はどこにあるのか。

 昨夏の政権交代以降、結局は民主党が全面的に敗北しているのだけど「取り調べ可視化」など権力の暴力装置に対する牽制の動きがあった。今回の騒動は極道をスケープゴートにした暴力装置側の「逆襲デモンストレーション」なのか。あるいは「極道解体」という公安警察の新たな食い扶持確保のための示威行為か。

 「小沢政治」にもつながるのだろうが、いわゆる「清濁併せ飲む」という大人の知恵(これは極道という「社会的存在」がなぜ消えないかという理由にも絡む)とかそうした複眼的な政治への反感、すなわち単純な潔癖主義(「非実在青少年」規制にもつながるだろう)という小児病的なポピュリズムの世相に警察も押し流されているのか。

 いろいろな切り口があるだろう。最後に私は相撲が「国技」とは思わないし、興業会社の協会が公益法人であり続ける意味なんてないと思う。この雑文を読んで「極道擁護」と短絡する人々もいるだろう。ただ、新聞記者の看板をぶら下げている以上、お国のキャンペーンよりも事実にこだわりたい。たとえ、それが「反社会的」に映ったとしてもだ。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

素晴らしい。
ジャーナリズム、かくあるべしだ。

ここの処失態続きの警察が、失地挽回の為に「社会正義」を振りかざして大騒ぎを演出しているように見える。
事の始まりは、警察の「リーク」。
人目を忍び、警察の門をたたいた大獄親方の「相談」を、週刊誌に「ウッタ」ことから始まっている。

何でもかんでもマスゴミに踊らされて「綺麗事」を言ってると、気がついたら、とんでもない綺麗事の「クリーン社会」になってしまう。

相撲社会の幼稚性なんてものは、昔から解っているんだから、その矯正をめぐって、大の大人や識者が口角泡を飛ばす馬鹿を演じる必要などどこにもありゃしない。
そんなにどうしようもない組織なら、解散させちまえばいい。


そんなことより、親方の真摯な相談をマスゴミに「お漏らし」する警察の体質を論じるべきだ。

読ませていただくのがもったいないほどの内容です。全き、感謝です。

田原さんが「乏しい経験と最近得た情報から」と書かれているように、ここに書かれている事実関係については、報道関係[相撲担当等]は熟知しているのでしょう。

問題は、今改めて知ったかのように報道される不思議さと、田原さんのように明確な説明[事実関係とその背景分析]に基づいた記事の見られないことです。

「千万人ともいえど我行かん」とは、敵に接した時の格言だと言われておりますが、内部のジャーナリズムの世界こそが、「内なる敵」としてあり、それを乗り越えられない、閉じられた空間がその世界にあることを感じます。

外敵よりも怖いのは「見えない…(雰囲気のような世間)」だと私も痛感しております。しかし田原さんのような、内部から笛を吹くある種のジャーナリズムに対する危機感を伴った論説は、それを越えたものとして、読者である私の痛覚を刺激します。

朝いちばんに偶然であった本論説について詳細を述べる余裕はありませんし、不十分なコメントではありますが、どうしても一言感謝の気持ちを述べたく、投稿させていただきました。「新聞記事はつくられる」ですよね。
失礼しました。


田原様、優れたジャーナリストによる検証と分析、そして内容とは別に覚悟のようなものを感じられ、梅雨の晴れ間に出会ったような気分です。虚構に乗った壮大な芝居のシナリオが少し透けて見えるようです。

すごーい!田原さん。この世界にも詳しいのですね!

自分もこの事件をテレビなど見て、何でチンピラに脅されているのかと不思議に思いました。ふつうありえないだろうと。何でかな?と思いました。
チンピラ以下の「ヨゴレ」の仕業がこのような事態になるとは驚きますね。
田原さんの記事を読んで、なるほど、と思いました。


【新左翼の活動家たちにはしばしば適用される手法】がヤクザ屋さんにも使われるようになったのですね。
免状不実記載や、さらに、エスカレートして、転び公妨まで、適用されたりして。

左翼に人権なしが、ヤクザに人権なしとなるのかもしれないですね。

ヤクザさんもアカはかわいそうと他人事としていっていられなくなるかもですね。

警察や刑務所で、一番酷い目に遭うのが、ヤクザではなく、「アカ」であると人づてに聞いたことがありますが、ヤクザさんもそのようになっていくのかもしれないですね。

【「反社会的勢力ならば、超法規的な手法も構わない」ーこの短絡的な発想の怖さは、それが必ずそう思っている当人たちにも跳ね返ってくる点にある。】
この怖さをわれわれ市民はしっかりと理解しておく必要があるのでしょう。

角界がやくざと繋がってることも、相撲取りが博打に染まってることも、マスコミが知らないワケがない。

それを、「まさか、そんなだったなんて」と、わざとらしく報道する姿勢が笑える。

「クリーン」だなんて、官房機密費の毒まんじゅうを喰い続けたお前らが笑わせるな!!

お願いですから東京新聞だけは、官房機密費にどっぷり浸かった既存メディアの膿を出すため、頑張っていただきたい。


そもそも犯罪者集団である相撲協会が今後も公益法人であり続ける理由が分からない。

プロレス団体と一緒で、何が困るんだろう?


天下り先が減って困るのは官僚だけだろうな。

田原牧さんの、肝の座った論評に敬意を表します。 相撲協会が公益法人である理由が分からない、というご意見に全く賛同します。byナミねぇ

機密費の記者への流出の件でだんまりを決めている大手マスコミの情けなさを嘆いている諸兄に、爽快感を与えるすばらしい内容だと思います。

暴力団は嫌いです。
しかし地方で祭り等を仕切る時、その筋の方々との付き合い抜きには事が進みません。
「暴力団と付き合いがあるからけしからん!中止してしまえ!」的な潔癖主義で世の中が回っていないことなど大人は承知で生きています。
この事件で一ついえるのは、西松事件の後と同様にヤメ検の天下り先がまた一つ出来たということです。

すばらしい記事感動した。(誰かの台詞ぱくりました)こんな記事が読めるインターネットもまたすばらしい。メディアやハイエナ雑誌では正論っぽい情報だけでなにが問題かよく分かりませんでした。というか連日のニュースになるような社会問題と思いませんでした。せいぜい芸能ニュースでしょ。竹刀でぶったたかれたり水ぶっかけられたりの激しい稽古をする力士たちに人格まで求めることが不思議でした。相撲は所詮一団体の興行なのだからアホな総理が感動する程度の八百長ならありでもなしでもいいと思ってました。公益法人というのもおかしな話ですが知恵者がいたんでしょう。JRAや日本財団などが似たような形態なのだからなにが基準かわかりません。けどこれをきっかけに天下り先になることは許せません。

「獄中の親分に元気な姿を見せたい」というのは、わたしにとっては「いい話」でした。なんていじらしい連中だろうと思ってました。独居房にテレビがあるかどうかわかりませんが、あったらよかったなと思います。
しかし、元気であることを伝えるなら、もうすこし的確でトラディッショナルな「ハトを飛ばす」手段は他にたくさんあるのも事実で、すこし話が美しすぎる気はします。それに、わしらの元気な姿を親分に見せようやというノリは、たしかに挨拶ひとつにも厳しい指導が飛ぶ現執行部の好むところではない。
とはいえ、警察の作り話にしてはやはり美しすぎる。
どうでもいいんですが、謎ですね。

野球賭博にまつわって、巷間いわれる相撲協会の改革派と守旧派の争いというのは、正直眉唾じゃないかなと思っています。
貴乃花一派がナイーブ過ぎる人々というのは、本当にそうだと思いますが、それは単なる一人転び、オウンゴールであって、守旧派がねらって引っ掛けたわけでもなく、この後攻撃が続くようにも見えません。
むしろ理事長ほか古参理事総とっかえの危機であり、執行部体制を一新させたなら、むしろ捨て身の勝利で軍配は貴乃花一派ということになり、解雇された二人は功労者です。

結局、相撲協会という地域とも文化とも遊離した体制の最期が近づいているということなのではないか。社会と離れなお伝統だけで生き続けようというのが無理なんだと思います。その途はもう行き止まり。
ある意味、梨園の人々も同じなんじゃないかと思います。

ま、どうでもいいんですけど。

田原さま、ジャーナリストの記事ですね。
ハラショー!!

この際、暴対法施行以前と以後の研究をされてはいかがですか?

立原あゆみという漫画家の作品はかなり893の事実を描いていると聞きました。
奥は深いと思いますよ。

今回の田原氏の論にはまったく同感です。
相撲界というより所謂裏社会問題そのものも、果たしてマスコミ報道の通りなのか、最近疑問に思っています。
町内の汚れ仕事を引き受けてくれる(これが任侠だと思うのですが)頭分に対して、ある種敬意を含めて、盆暮れのご祝儀を渡す。
半端仕事ではあるが、生計を立てる足しにと、露天商の整理や芝居・興行の管理を任せる。
一種の選民として、名誉を与えて祭りの進行を仕切ってもらう。
このような役回りが本来の極道の役割だと思います。
縄張りを預かる頭の性格によって、多少の良し悪しは発生するものですが、表社会だけで捌き切れない問題に、第三者的立場から介入してもらう、そういう位置づけではなかったかと思います。
戦前まではこのいかにも日本的な(敢えて、古きよき社会と言いましょう)堅気衆の表に対するヤクザの裏が共存していたと思うのです。
戦後、極道が暴力団への道を歩き出す(三国人が入り込むことにより)とともに、これを牽制する為に表社会の代表として、警察権力が介入するようになって来ました。
本来極道の生業(正業?)だった博打に対して、公営という例外を設けて天下り、露天商に対しては道路使用の面から締め付け、みかじめ料は払うなと指導し、人入れ家業には労基法の面から締め出しし、どんどん生計が立たなくなるように追い遣ってきた。
その流れの中で、今回の相撲興行の権利を警察・検察権力が握ろうとする。そう思えてなりません。
この後、民事不介入としている町内の揉め事も、警察がタッチするようになれば、極道の役割を全面的に警察が肩代わりするという作戦が完了することになります。

私も今回の騒動を分けて考えてみた。

①賭博、親方自らの負け金が3,000万と話していたが、この金額は関取と雖も、「遊びのつもり」とか「軽い気持ちで」とかの言い訳が通用する金額では無い。暴力団の介在は当然考えられる。胴元を含め厳しく断罪すべき。

②理事長派vs改革派の暗闘はあるにせよ相撲界を危機に陥れるような策を弄すだろうか?事無かれの典型と見える理事長派がそんな危ない事をするだろうか。かの親方は実父に頼めば事を納める事は簡単だったろうに何故警察を頼ったのか、そこが解せない。

③相撲に対する日本人の思いは様々だが、公益法人の認定など返上すれば良い。”相撲道”とか堅苦しい権威付けは無用であり、このような壁(制約)を設けて民衆から離れるより大衆娯楽として民衆に溶け込み共に楽しむ方が良い。

④ここにもヤメ検(検察出身弁護士)と呼ばれる御仁が出てきたが、公益法人として天下り先の一つになってしまうのを許すのか。検察=正義=権威の象徴という虚像に国民は気付き始めている。
ヤメ検弁護士は時に反社会団体の顧問弁護士として、またある時には公的な諮問委員として、そしてまたある時には表社会の守護者としてその顔を自在に使い分け、裏社会と表社会を自由自在に泳ぎ回っている。このような欺瞞に満ちた人々が本当に信用するに足る人々なのか我々はしっかりと考えなければならない。日本の法曹界も政界同様大改革が必要だと思う。
私は、権威による人心掌握を全く否定はしないが、その権威の正体が何かを見極める努力を怠ってはならないと思う。

ノモトSABOユウジ さん

本題とは離れますが、お許しください。学生時代、クラブの先輩の斡旋でテキヤの親分のところでアルバイトをした事が有ります。
京都から小浜・網野など日本海側の港町の縁日祭りを彼らと泊りがけでめぐりました。
私は、田舎から出てきたばかりでテキヤ稼業がやくざだとは露ほども知りませんでしたから、初日みんなで打ち解けて風呂に入った時には驚きました。鯉や竜が一緒に湯船につかっているんですから(笑)。とても刺激的な集団でしたが、私より年配の人も含め若輩の私に「学生さん」と一線を引き敬意を払ってくれました。
祭りでのシマ割は親分の仕事で物干しざおを当てながら、出し物と働きに応じて割りつけていきます。下準備から本番そして祭りが引けた後の場内清掃などかなり遅くまで皆笑顔で働いていました。そして夜遅くから民宿で大宴会が始まります。
日本海の新鮮な魚を堪能し歓談したものです。彼らはやくざと言われているが、自分たちは博徒や愚連隊と違い正業を営んで稼ぎを得ていると云うプライドが有りました。彼らに教えられた掟はたったの三つ…「金をごまかさない」「仲間の女に手を出さない」そして「テキヤの中の事はテキヤが裁く」でした。
縁日や祭りでは色んなものを売りましたが、薄汚れてほこりまみれの怪しげな中国製の陶器ママごとセットが夜の縁日の光りの世界では来場者の心を揺さぶる品々に変身し飛ぶように売れるテキヤマジックには驚きました。
また彼らはとにかくモノを大切に扱う人達でした。
面白い集団でしたので、三夏お世話になりましたが、三度目の夏の終わりに親分に正式にスカウトされたのを期にお付き合いをはっきりお断りしました。親分は「もったいないのお、ナカナカ筋エエのになぁ。学生さんやもんなぁ。よっしゃ!おわりにしょ!」とだけ言って笑って別れた事を懐かしく思い出しました。面白い経験でした。
こんなわけで私の中では暴力団とテキヤの間にははっきりとした線引きが有ります。もっともいまのテキヤがどんなものかは知りませんが…。私が知っている人達は働き者で大らかな人達でした。

縁日に彼らは欠かせないですよね。

警察や検察には各界有名人のデータベースでもあるんでしょうか?

例えば、貴乃花親方に関して様々な情報が警察や検察に寄せられていて、警察や検察またはそれらOBたちはそういった情報にアクセスできて、そこで知った情報を使ってゆすりたかりに使うってことはないんでしょうか?

たぶん、どんな人間も完全な人間はいなくてその人間の弱みのデータベースがあればそれを知った人間はその情報を使っていろいろ仕掛けたりすることができるんじゃないかと。例えば自分の言うことを聞かなかったり反抗的な態度をとったらデータベースにある情報をリークしてその人間を貶めるってことができちゃうんじゃないかと。

警察や検察は様々な情報が寄せられる機関ですからそういったデータベースがあってもおかしくないし、その存在を知った人間はこれがゆすりたかりに使えると思って利用したりして監査役や理事に天下ったりすることだって可能なんじゃないかと。

ある意味やくざまがいのゆすりたかりが正義の味方である警察や検察官僚が立場を利用してできてしまうんじゃないかと思ってしまいましたがどうなんでしょうか?

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Profile

田原 牧(たはら・まき)

-----<経歴>-----

1962年生まれ。
新聞記者。
87年に中日新聞社入社。
社会部を経て、95年にカイロ・アメリカン大学に語学留学。
その後、カイロ支局に勤務。
現在、東京新聞(中日新聞東京本社)特別報道部デスク。
同志社大学・一神教学際研究センター共同研究員。
日本アラブ協会発行「季刊アラブ」編集委員。

BookMarks

-----<著書>-----


『ほっとけよ。』
2006年8月、ユビキタスタジオ


『ネオコンとは何か』
2003年7月、世界書院


『イスラーム最前線』
2002年3月、河出書房新社

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