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「万国の消費者、団結せよ」──前代未門の危機から協力ゲームで脱出

ユーロ圏内の生産要素価格のアンバランスが解消される
 アメリカの住宅価格下落、リーマンなどの大手金融機関の破綻に端を発した未曾有の金融危機の中で行われた冬のバーゲンセール。イギリスや欧州大陸で消費者は店の前に長蛇の列を成した。売り上げを見ると、「前年比で20-30%減」と業界団体は嘆くが、プロパー価格からの割引率は前と比べて高くなっているので、実際のところ、量的にはよく売れている。「セール前とセール後の価格両方を提示していない店舗もある」と指摘する消費者団体と繰り返される例年の攻防戦。低所得者や年金生活者からすると、まだまだ高いが、2008年夏ごろのピークからおよそ3分の1まで下落した原油安で、生活必需品が求め易くなって、正直言って半年前と比べて楽になったという声も上がっている。欧州大陸の場合、特に統一通貨の導入以来、公共の統計にあまり表れてはこないが、物価上昇は顕著なものだった。その理由は二つ。ひとつは、為替リスクが一切なくなったので、同じ物なら隣の国で、しかもそれが同じ通貨で安ければ隣で買えば良い。もちろん耐久消費財でも不動産でも同じ。金融用語で言うと一種の裁定取引(arbitrage)が行われ、高い水準に値段が着地した。もうひとつは、リラとかのような特に桁数の多い通貨について、ユーロに換算にするにあたって、値段を大きく切り上げてしまったからだ。たとえば、1ユーロは約2000リラという為替レートだったが、上記のメカニズムによって、20万リラ(約100ユーロ)をする靴の値札はなぜか200ユーロとなり、商品によって価格は単純に倍になった。その後、不動産価格も追随し、比較的プライシング・パワー(価格交渉力)が弱い労働賃金が十分に追いつかず、ますます貧富の差が広がった。今、マーケットが起こした金融危機という革命が、過去の行き過ぎを是正する効果をもたらしているとも言える。

円高は不幸中の幸い
 銀座の一等地に建築する予定だったメガストア計画を中止にしたヴィトン。消費低迷やユーロ高に悩まされる外資系高級ブランドの象徴だ。導入時に100円程度だったユーロは一時170円に近い水準に推移した。できるだけ消費者に転嫁しないと努力したが、結局値上げを余儀なくされた。それによって在庫が積もり、中にはがむしゃらなアウトレット出店に走った企業もいるが、結局問題を先送りしただけ。同時に、2002年前後に不良債権処理が終了し、一旦完治したかのように見えた日本の不動産市場。続々と誕生した不動産投資信託(REIT)や海外投資ファンドの莫大な資金力によって、地価が下げ止まるというより、場合によってバブルの再燃を思わせる様相を呈した。特に商業地域にそのトレンドが顕著で、この3年間で長期的に賃料を固定させた小売店にとっては、上記消費低迷に加わって火に油を注いでいる。金融危機を受けて一斉に利下げに走った米連邦準備理事会および欧州中央銀行。欧米金利商品との利回り格差でおろそかにされ、むしろ売られてきた(いわゆるキャリートレード)円貨が急激に上昇してきた。それに合わせて一気に値下げを発表した海外ブランドは一旦失った顧客を取り戻すのに必死になる。輸出産業には一件マイナスだが、付加価値の低い原料や商品を輸入し、高付加価値すなわち強いプライシング・パワーのモノに変えて輸出するのは日本の得意技。だからこそ輸出大国だ。円の購買力が増しむしろ消費者にとってはチャンスが訪れる。

「消費ゲーム」に参加する意義や義務
 経済学に「ゲーム理論」という分野がある。複数の主体がいる状況の下で、ゲームに例え、どういう意思決定がなされれば誰が勝者か敗者かを研究する。今回の金融危機を免れた者はまずいない。大小はあるが、基本的に全ての「ゲーム参戦者」たちは、なんらかの被害を被っている。言い換えれば参戦者がもはやゲームをしたくない全滅状態。そこでジレンマが発生する。つまり、今まで損した分を取り戻すのにゲームに再び参戦しなければならないが、他の参戦者が戻ることが条件ということだ。ケインズ経済学の名言「倹約の逆説」というのもご承知だと思う。つまり、皆が倹約して消費を抑えると、かえって需要が低迷し、国全体では不況になってしまう。価格下落や円高などで喚起される万国の潜在需要、一方急激な業績不振にリストラに走る企業。今後、どちらが先に起きるかによって大きく明暗が分かれていくと思われる。「倹約の逆説」を破ること、今回の逆境からの脱却ができる鍵を握っているのではないだろうか。

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コメント (2)

はじめまして、スポンタ中村というジャーナリストです。

>経済学に「ゲーム理論」という分野がある。複数の主体がいる状況の下で、ゲームに例え、どういう意思決定がなされれば誰が勝者か敗者かを研究する。今回の金融危機を免れた者はまずいない。大小はあるが、基本的に全ての「ゲーム参戦者」たちは、なんらかの被害を被っている。言い換えれば参戦者がもはやゲームをしたくない全滅状態。そこでジレンマが発生する。

とのことですが、それは「株式市場」「金融マーケット」という「場」においてだけであって、日本の企業たちは、この期を好機とばかりに、「社会的批判を避けながら人員削減をし、コスト低減を実現しています」。

ゲーム理論は、起きているゲームについてしか語ることができぬ。というのが、私の結論であり、誰も、「負けるゲーム」はしないし、参加者が「負けると確信した時点」においてゲームは終了する。つまりは無限回ゲームが行なわれるようなことは起きない。

さて、「消費ゲームに参加する意義や義務」との議論を提出されていますが、その意見に賛成します。しかし、そういう新しいゲームの「場・規則・参加者が集まるシステム」をつくらずして、一般消費者にすべての罪をなすりつけることに妥当性はないと私は考えています。

「株式市場」「金融市場」の敗者である大企業たちが、人員削減によるコスト削減という市場で大いなる成果を得ている。
ならば、人員削減・給与削減を受けた側も、新しいゲームをつくりだし、新しい価値観での勝利を模索すべきではないか。と、感じています。

世界中で、この不況から脱出しようという試みが検討・実施されているわけですが、米国であれEUであれ日本であれ、各国がそれぞれ
このピンチを当面凌いでゆく政策を実施し、安定的な経済構造にしてゆかなくてはならないことはよくわかります。ところで、今の世界経済構造は、日本なら日本1国でどうこうできない構造になっているのも事実です。世界的に破滅的な資金の膨張があり、その資金が暴走し、いわゆる実需とかけはなれた世界で金で金を買うという摩訶不思議な世界に私達は生きているわけですが、先ごろドイツが日本に共同提案してきた国連の経済安保理構想(仮称)について、日本ではほんの小さくしか報道されませんでした。ドイツがどのような事情でこれを提案してきたかの背景は私にはわかりませんが、国連が軍事のみならず、経済政策についてもきっちと世界的な観点から調整するための話し合いの場をもつべきだというのは、全くそのとおりだと考えます。とにかく、この異常にだぶついた資金の流れがありとあらゆる方面でその社会の生理を破壊し、努力というものに意味すら無意味化してゆく現象は、もはや異常とすらいえます。株式市場に流れ込んでいた資金が突然、原油市場に飛び火し、いつのまにか小麦市場が暴騰し、アフリカで餓死者が急増するなどという自体は言語道断です。是非、国連が資金資本問題を含む巨視的な経済運営の場として検討されてゆくことについて、日本でも議論が活発化してゆくことを望みます。

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Profile

Fabrizio Lavezzari(ファブリツィオ・ラベッツァリ)

-----<経歴>-----

1965年ミラノ生まれ。
日本の金融および小売市場に独特な経験を持つ。
ジョルジオ・アルマーニ・ジャパン副社長、プレシディオ・ジャパン代表取締役、ジョルジオ・アルマーニ・オーストラリア取締役を経て、現在、経営コンサルタントとして活動をしている。
以前は欧州最大の国債ブローカーのMTS日本支社長を務めてからUBSウエルス・マネジメント・イタリア信託銀行のCOOを勤める。又、野村證券、ABNアムロ証券およびUBS証券にて国際金融市場における豊富な経験を持つ。
南山大学経営学部経営学科卒。イタリア語、英語、日本語は堪能。

BookMarks

-----<著書>-----


『イタリア 男の流儀(しきたり)』
2007年9月、阪急コミュニケーションズ

→ブック・こもんず←

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