巡り巡って格差社会
円安・株高を希望の光のように報道するメディアを見ると、つくづくこの国はおめでたいと思う。金持ちは潤うだろうが貧乏人には厳しい政策を手放しで喜んで良いものか。つい先日まで格差社会を批判してきたメディアがこの有様である。
今から30年ほど前の日本は「一億総中流社会」を謳歌していた。87年に総理に就任した竹下登氏は、どこに行っても「世界一物語」という講演をしたが、何が世界一かと言えば「世界一格差のない日本」という内容だった。新入社員と社長の給料の差が10倍しかない国をその頃の日本人は誇りにしていた。
そして目先の利潤追求に汲々とする欧米型資本主義より、長い目で経営を考える日本型資本主義に優位性があると思っていた。日本の経営者は目先の利益よりも将来の利益を優先したのである。その結果、日本は世界一の債権国となり、アメリカは世界一の債務国に転落した。
第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国が立場を変えた。経済戦争に敗れそうになったアメリカは日本を円高誘導して輸出競争力を削ぐ事にする。プラザ合意の円高で日本の輸出競争力は打撃を受け、日銀はアメリカから促された低金利政策でそれを乗り切ろうとした。それが資産バブルを生み、日本人の価値観を狂わせていく。
株と土地の投機に躍って庶民までが「一億総ギャンブラー」となった。株は配当を得るもので、売り買いをすれば博打の世界である。その売り買いをメディアが煽った。競輪・競馬の予想を載せない一般紙が株式予想を掲載して庶民をギャンブルに誘い込む。素人がプロを相手に博打を打つ。日本人は目先の利益に翻弄されるようになった。
バブルがはじけた後の緊縮政策が日本に「失われた時代」をもたらす。橋本政権の消費増税と緊縮財政を嫌った外資は売り圧力を強めて株価は下落の一途をたどった。そこに債務国アメリカが追い打ちをかける。銀行にBIS規制が導入され、貸し渋り貸しはがしが始まり、企業倒産と金融機関の破たんが相次いだ。債務国アメリカのハゲタカが債権国日本の富を餌食にし始める。
そうした閉塞感を打ち破るように登場したのが小泉総理である。「改革なくして成長なし」を叫んで景気回復に取り組んだが、そのやり方は大企業を優遇するトリクルダウンの政策だった。大企業が豊かになれば国民にも富がしたたり落ちるというのである。しかし待てど暮らせどしたたり落ちてはこなかった。企業は正規雇用を減らして非正規雇用を増やし、賃金は上がるどころか下がり続けた。
緊縮財政の名の下に社会保障費や公共事業は削られ、国民は「改革の痛み」に悲鳴を上げ、都市と地方の格差も広がった。経済成長が国民にもたらしたのは豊かさではなく貧困だったのである。しかも小泉総理はアメリカの「年次改革要望書」に応えて「郵政民営化」を実現し、300兆円の郵便貯金をアメリカに吸い上げさせる道を拓いた。日本をアメリカ型競争社会に転換する改造計画が進行した。
しかし国民はアメリカ型競争社会に抵抗を示す。小泉後継となった安倍総理を07年の参議院選挙で惨敗させ、09年には政権交代が実現したのである。自民党に代わった民主党が、一方でアメリカの圧力に抗し、他方では格差の解消に力点を置くのは当然である。アメリカの「年次改革要望書」は廃止され、子育て世代に直接資金を分配する政策が実現した。
ところがそれらの政策の果実が実を結ぶ前に民主党は自民党の政策に回帰する。権力の中枢に身を置いた経験のない民主党が、アメリカ、官僚機構、メディア、自民党の攻撃にさらされたからである。「年次改革要望書」に代わってTPPを受け入れ、マニフェストにない消費増税を表明して官僚機構に従属した。
国民の政権交代に対する期待は裏切られ、それが昨年末の総選挙で民主党を大惨敗に導いた。そして2度目の安倍政権が誕生すると「いつか来た道」が復活する。「デフレ脱却」を口実に大胆な金融緩和でアメリカのファンドが望む円安に誘導し、輸出企業の競争力を上向かせて経済成長を図ろうとしている。
しかしデフレはアメリカが経済をグローバル化させ、労働力の安い途上国を貿易市場に参入させた事から始まる。そうした国々との激烈な競争にさらされる輸出企業が円安で利益が出たとしも、それを国内の投資や賃金の上昇に振り向ける余裕はない。それどころか円安は輸入品の価格を吊り上げ、資源を輸入に頼る日本の製造業は高コストに苦しむ事になる。国民の生活費が上がる一方で、賃金や雇用は改善されず、そこに消費増税が追い打ちをかける。格差拡大の道である。
一つだけ安倍政権が小泉政権と違うのは財政赤字を増やしてでも公共事業を大々的に行う事である。老朽施設の改修は国民生活に欠かせないが、長年の自民党政治を振り返れば無駄な事業が国民の富を減らしてきた記憶がよみがえる。公共事業を削らずに歳出を削るとすれば削られるのは社会保障費である。そうした政権を国民は年末の選挙で誕生させた。
昨年末にはアメリカと韓国でも大統領選挙が行われた。二つの選挙では成長に力点を置くか分配に力点を置くかが争われた。アメリカでは富裕層を擁護する共和党が敗れ、中間層に手厚い政策の民主党が勝利した。韓国では保守党が連続して勝利を収めたが、しかしパク・クネ新大統領は前政権のトリクルダウン政策を批判し「成長から分配へ」を強く主張して当選した。いずれも分配論が成長論に勝ったのである。しかし日本だけは選挙で逆の結果となった。
私は競争社会を全否定するつもりはないが、アメリカには機会の平等とそれに憧れて流入する移民の存在がある。劣悪な労働条件でも流入する移民がいなければアメリカ型競争社会は成り立たない。移民を認めたがらない日本で経済成長を重視すれば同じ日本人を移民扱いするしかない。一等国民と二等国民が再生産されるのである。
中国を見れば分かるが経済を活性化させ成長させる方法は一つである。金持ちと貧乏人を創り出し、貧乏人の鼻先にニンジンをぶら下げておくことである。しかし30年ほど前に世界一の金貸し国になった日本の課題が、金持ちと貧乏人を創り出す事なのだろうか。世界一の借金国の流儀で経済成長する事なのだろうか。日本が目指すべきは荒々しい成長よりも「豊かな国づくり」ではないのか。
世界一の金貸し国である日本の一人あたりの国民所得は北欧諸国に遠く及ばず、格差大国アメリカをも下回っている。そのアメリカでは1%の金持ちが99%の富を握っていると言われるが、日本が目指すのはアメリカではなく北欧諸国のような国づくりではないか。
東日本大震災では日本人の整然とした行動が世界の人々に感銘を与えた。その頃、来日したブータン国王夫妻によって日本人は「幸福度」という指標を知り感銘を受けた。それから1年後の日本人は、それを忘れたかのように格差社会の方向に「いつか来た道」を歩み出している。
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21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。
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コメント (7)
こんにちは。
毎回読まして貰っていて、たったひとつだけ正しいとは言えないのが選挙と選挙の間の期間を長くせよというご見解だけだということが何とも忸怩・・。
せめてこうなっている上は逆に、一年に一回は国政選挙はやらないと。
今後共のご健勝を願います。
では。
投稿者: 単純な者 | 2013年1月18日 07:11
田中様の主張。毎回読ませていただき
感銘を覚えています。
ただ、先の総選挙でも分るように
大方の日本人は馬鹿です。
選挙に行かない者。
はたまた、税金からの補助金を得て
暮らしている者(田子作と土建屋等)
当然、選挙では税金で生計を立てている者や
宗教団体に所属しその恩恵を被っている者等
選挙に出かけそれらが支持する者が勝に
決まっています。国家の事を考えていない
のだから・・・。
国防軍がないのも一つの要因かも知れません。
自国を自国の力で守れないのですから。
誰かに頼っていればそれで済むのですから。
田中様がすごいよい事を仰ってもそれが国民の
渦にならないのですから・・・。
馬鹿で幸せなんでしょうこの国の国民は・・・。
投稿者: ラヂオの時間 | 2013年1月18日 17:53
新進党の解党から自由党、自自連立、そして自自公連立からの離脱、民自合併などの成り行きを、ともかくもリアルタイムで見てきた私どもの世代としては、民主党離党という選択肢がそもそもあるのかなと案じてはおりましたが、一方で菅さんの変節、野田さんのコピー政治を見せつけられて、小沢さんたちの離党をやむをえないのかと納得しようと思いましたが、どうなんでしょうか? 最近は小沢さんに関する報道もほとんどありませんね。安倍さんといい、維新といい、あるいは自民、公明、民主と言っても、ふたつに分ければ同じ側に属する人たちと思いますが、ひところの言い方で言えば、座標軸の一方に偏った人たち、政党ばかりで、これでは本質的に一大政党の時代です。それだけに未来の党はともかくも対抗勢力の核となり得るのかと期待もしましたが。さて、いまの政治、どう見ればいいのですか?
投稿者: 雪降るなかに | 2013年1月19日 15:07
少し前ですが、先月の総選挙に関する「ある話題」についてコメントしたのですが、権力側にとって、よほど都合が悪い内容だったのでしょう、コメントが載ることはありませんでした。
他のブログでは、既に多くの状況証拠等も載せられ、権力側ではない一部某メディアも「この話題」を報じていたのにも関わらずです。
どうやらこの国に民主主義は既になく、裏の見えない力で牛耳られているようです。
まあ、前から分かってはいましたが。
投稿者: hide | 2013年1月20日 15:36
・先日公表された補正予算案を見ると、その大半は国内の需要を増やすことにお金を使っています。安部政権は国内の供給能力に対して不足している需要を政府が作り出すことで、デフレを脱却し、再び民間主導で経済成長するためのきっかけを与えようとしているのです。多少必要性が疑われるような事業であっても、デフレ脱却のためにはやるべきです。
・需要が増えればその分雇用が増えるので、今まで所得がなかったあるいは少なかった人たちの所得が平均値に近づきます。さらにGDPが増えれば税収が増え、社会保障の財源も確保できるので、所得の再分配により格差を是正することができるのです。
デフレのときにGDPの中の政府の消費や投資を減らして社会保障にまわすことで社会保障の財源を確保しようとするとGDPは減少します(社会保障費が全額消費にまわるとは限らないため)。すると雇用も減少し、失業者が増えます。失業者が増えるとさらに社会保障費が増えます。つまり、政府の消費や投資を減らして社会保障にまわしても、その場しのぎにしかならないということです。
・円安によって資源価格が上がっても、輸出企業は価格競争力が上がるし、国内市場をターゲットにしている企業は全企業が等しく資源価格が上がるので資源価格が上がっても製造業は苦しみません。
・「デフレはアメリカが経済をグローバル化させ、労働力の安い途上国を貿易市場に参入させた事から始まる。」とおっしゃっていますが、日本のデフレの原因はバブル崩壊です。
・「移民を認めたがらない日本で経済成長を重視すれば同じ日本人を移民扱いするしかない。」「経済を活性化させ成長させる方法は一つである。金持ちと貧乏人を創り出し、貧乏人の鼻先にニンジンをぶら下げておくことである。」とおっしゃっていますが、これは人件費を抑えて価格競争力をつけてグローバル市場で売り上げを伸ばす場合の話です。日本のGDPと輸出額の比率は11.5%(2010年)です。つまり日本は内需が大きい国なのです。よって従業員の所得が増える⇒企業の売り上げが上がる⇒従業員の所得が増える、という循環で内需主導で成長することができます。
今回安部政権がやろうとしている経済、金融政策の本質は、日銀の通貨発行、政府の国債発行および財政出動です。これは1930年代に日本をデフレから脱却させた高橋是清がやったことと同じです。これをやれば日本が抱えるさまざまな問題が解決の方向に向かうと私は思っています。
投稿者: しこはれかきたよ | 2013年1月22日 02:17
こんにちは。
すみません。操作が判らないので
「2013年1月18日 07:11」の拙コメントを削除したい気分です。ネトウ氏と並べられると滅入ります。
国土に外国軍の基地の支配があるのに何が国防軍なんだろう・・海岸に並べた原発は戦争放棄のシンボル、精神ゆがみきってる・・。
志願して報酬無しで鉄砲も自前で、手こぎボートで夢乃末路を
体験して痛いのを味わいなさい。
迷惑だから籍抜いてからにしなさい。言ってやったって自尊心教育食らってるからわからんだろう。
では。削除を。
投稿者: 単純な者 | 2013年1月25日 09:53
私の地域でも格差社会が進みつつあります。
それは、病院減らしです。
先日、大阪市の住吉市民病院のあり方を考える会が催されましたが、参加市民全員が病院を無くさないでほしいと切望したのに、主催者側の市は無くす前提の話をするばかりで、聞く耳をもっていませんでした。
病院が足りない地域ということも、多く集まった反対署名も気にしていないようです。
市長は地域住民に他の病院の方に車で行けと言っておりますが、お金の無い人は少し病状が気になっても車が無い、タクシー代を節約して病院へ行けないという、命の選別にもつながるのではないでしょうか。
病院を無くすことは決定ではないと言っていますが、大分前から病院がなくなるからと患者に来ないように言ったりして既成事実を作っています。病院に通う多くの患者さんが聞いています。
病院を減らす=命を削るです。
ほぼ全ての地域住民がこんなにも反対しているのに、市議会で無くすことが可決されるというなら、市議会ってなんですか?市民の声を全く聞かない会でしょうか?
市民の代弁者になっていただける、頭の良い議員さん達のいる、正当な議会であることを強く信じてやみません。
投稿者: 理不尽 | 2013年2月 8日 19:06