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85年前の3党合意
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85年前の3党合意

 民主、自民、公明の党首会談が決裂し、自公は野田総理を「約束違反、うそつき」と批判している。そうすれば国民世論が味方につくと考えているようだ。しかし世界中どこの国でも政治に「うそ」や「裏切り」は付き物で、政治家は騙すより騙される方が悪い。騙されるような政治家では国際政治の謀略から国民を守る事などできない。

 解散の確約を取れずに民主党の分裂劇に目を奪われて3党合意に引きずり込まれた自民党の谷垣前総裁は、最終的に3党合意を否定する問責決議に賛成するという醜態をさらした。すると寄ってたかって総裁の座から引きずりおろしたのは自民党である。自民党だって民主党に騙されたリーダーは用済みなのである。

 所詮、自民も公明も己の党利党略で年内解散を迫っている。それを「騙された」と騒いで被害者ぶるのは政治家としてみっともない。本当に騙されたと思っているのなら野田政権と交わした3党合意を破棄し、税と社会保障の一体改革を見直せば良い。

 ところで現在の政治状況は昭和初期とよく似ている。昭和が始まった時、日本の政治は3年前に起きた関東大震災の復興に追われていた。また外交では中国とどう関わるかが主要テーマだった。さらに保守二大政党による政権交代が始まり、短期間ではあるが議院内閣制に近い政治が行われていた。

 その昭和の初めに政権を担当していたのは憲政会の若槻礼次郎である。大蔵官僚出身の政治家で、憲政会は議会に151議席を有していた。これに対する野党は軍人出身の田中義一率いる政友会が105議席、また政友会から分裂した内務官僚出身の床次竹二郎率いる政友本党が109議席を有していた。

 憲政会は大隈重信の流れをくむ政党でイギリス型の穏健な保守政治をめざし、都市の中間層を支持基盤としていた。外交では対中国不干渉、国際協調路線を採っていた。一方の政友会は伊藤博文の流れをくむ政党で地方を支持基盤とし、憲政会の外交方針を「軟弱」と批判していた。今でいえば憲政会は民主党、政友会は自民党に近いかもしれない。

 大正天皇が崩御された翌月、昭和2年1月20日、政友会と政友本党は議会に若槻内閣不信任案を提出した。すると若槻首相は田中義一と床次竹二郎の両氏に党首会談を呼びかけ、そこで「予算成立の暁には、政府に於いても深甚なる考察をなすべし」という文書を示した。予算成立と引き換えに内閣総辞職する事を暗示したのである。

 3党首はこの文書に署名し、政友会の田中義一総裁は「深甚なる考察」を「予算成立と引き換えに若槻首相は退陣し、憲政の常道に基づいて政友会が組閣の大命を受けるよう取り計らう事を意味する」と考えた。内閣不信任案は引っ込める事にした。

 一方、若槻内閣の片岡直温蔵相は田中義一総裁と直談判を行い、関東大震災の復興に当たって出された震災手形を全額処理するために国債を発行し、10年かけて償還する震災手形関係2法案を提出する事を了承してもらう。法案は1月末に議会に提出された。

 3党合意により政友会が審議に参加した事で3月上旬に法案は衆議院を通過して貴族院に送られ、予算も成立した。ところが予算が成立しても若槻内閣は一向に総辞職する気配を見せない。そこで野党は合意文書を公開し、若槻首相を「うそつき礼次郎」と呼んだ。

 さらにもう一つの「ところが」がある。その裏側で憲政会による秘密工作が進められていた。2月末に憲政会と政友本党が連携していく覚書を交わしていたのである。憲政会と政友本党が組めば政権を政友会に譲る必要はなくなり、3党合意はただの紙切れになる。

 その秘密工作は漏れてはならなかったが憲政会幹部の不注意で表に出た。怒ったのは政友会である。衆議院予算委員会を舞台に徹底した攻撃を行い、震災手形関係2法案は政争の具となった。銀行救済のために法案成立が必要だと答弁する片岡蔵相に対し、政友会は破たんしかかっている銀行が本当にあるのか、あるなら銀行名を明かせと迫った。

 具体名は言える筈はないのだが、審議の引き延ばしを恐れた片岡蔵相は大蔵次官から渡されたメモに渡辺銀行の破たん情報があったため、ついそれを口にした。実際には渡辺銀行は破たんを回避していたのだが、蔵相答弁が報道されると国民に金融不安が高まり取り付け騒ぎが起こった。これが昭和金融恐慌の始まりである。そのため4月に若槻内閣は総辞職、政友会の田中義一内閣が誕生した。

 田中首相は高橋是清を大蔵大臣に任命し金融恐慌の解決に当たった。高橋蔵相は片面だけ印刷した紙幣を大量に発行し、それを銀行の店頭に積み上げて預金者を安心させ、恐慌を鎮静化させた。一方で憲政会の外交方針を「軟弱」と批判してきた政友会が政権に就いた事で対中外交は変化した。

 中国を貿易相手国として協調する外交から満蒙開発に力を入れ日本の権益を守る外交に変わった。2度にわたる山東出兵と張作霖爆殺事件などが起きて、野党民政党(憲政会+政友本党)から批判された田中内閣は2年余りで総辞職に追い込まれる。

 昭和4年に誕生した民政党の浜口雄幸内閣は、ロンドン海軍軍縮条約の締結を巡り、政友会の犬養毅総裁から「統帥権干犯」と激しく攻撃された。そのためか浜口首相は翌年狙撃テロに遭う。その負傷の首相を政友会は政権交代の好機と見て容赦なく国会に引きずり出した。

 昭和6年、浜口に代わって首相となった若槻礼次郎は満州事変の勃発に際し、「不拡大」の方針を宣言するが、もはや国民と軍部を抑えることは出来なかった。若槻は大連立によって政治危機を乗り切ろうとする。しかしそれがまた閣内不一致を招いて8か月で内閣総辞職に追い込まれた。次の犬養首相はわずか半年で暗殺され、ここに政党政治は終わりを告げる。それからの日本は挙国一致の時代に突入するのである。

 昭和初期の政党内閣時代、6年半で5人の首相が交代した。その間に目立つのは政権を取るために非妥協を貫く野党の姿である。とにかく政権を批判して足を引っ張る事に総力を挙げる。理にかなった批判なら良いが、批判のための批判をして政治を停滞させる。その野党が政権を取るとそれまで批判してきたことに自分が縛られ、政策遂行の幅を狭めてしまうのである。

 諸外国では概ね8年から10年で政権交代するのが普通である。どんな政策でも効果が現れてくるのに最低4,5年はかかる。それを見極めるためにはそれぐらいのインターバルで政権交代させないと、政策の実が上がらないからだ。日本でも政策実現の途中で腰を折る事をさせない仕組みを作る必要があるのではないか。歴史は繰り返すと言うが、昭和初期と同じ繰り返しになれば愚かと言われるだけの話になる。

▲  ▽  ▲

■お知らせ

田中良紹さんが講師をつとめる「壬辰田中塾」が、10月31日(水)に開催されます!

田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。

ぜひ、奮ってご参加下さい!

【日時】
2012年 10月31日(水) 19時〜 (開場18時30分)

【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml

※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で第2部を行います。

【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。

第2部:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。

21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。

http://www.the-journal.jp/t_inquiry.php

(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

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コメント (6)

田中様
いつも貴重な意見ありがとうございます。
あの豪腕小沢を党内で葬り去った民主党7人組ですから、谷垣くらい騙すのは簡単だった。
小沢をつぶし、国民を裏切り、谷垣をだましても野田は堂々としている。それ以上に国際的にも中国に喧嘩を売り、放射能を世界に垂れ流しても、被害者ずらして世界から馬鹿にされても平気な野田。財政赤字といって増税をしてもIMFはじめ海外に大金をバラマク野田。
官僚言いなり、米国言いなりの野田には怖いものなし。歴史上超一流の政治屋である。問責決議3ケ月後に退任が普通だがそれを破りそうであり、支持率10%台でも平気の史上初の総理として歴史に名を残すのでは。
安倍、石破も野田にかかれば赤子のごとくで、簡単にひねられる。
あとは政界は11月12日待ちであるが、簡単に小沢が無罪放免になるとは思えないが。
当分は野田の天下であるとみる。
しかし、小沢が完全無罪なら民主党に反乱が起こる可能性もあり、野田退陣、7人組追放、民主と生活の連立、小沢総理の眼が出てくるのではないか。民主党員の任期満了と選挙生き残りのために。
まぁ小沢完全無罪の可能性は薄いので難しいが。

田中 様

政治の世界は騙し合いの世界なのでしょう。ただ、党首どうしが話し合い消費税増税と税の一体改革を合意したことは事実であり、その条件が具体的でなくとも、「近いうち」が合意されていたことが事実であるとすると、その合意を騙されたほうが悪いというと、政党政治が成り立たない。

政党政治にはその背後には多くの国民が存在するのであるから、支持する政党を騙したことは、国民を騙したことにつながりかねない。各種アンケートによると野田政権の支持率は20%を切っているようである。

この問題は,党首同士の信義の問題であるが、外交問題となると問題は極めて大きくなる。尖閣問題の領土問題化は強く中国を刺激している。過去数十年に亘る友好関係の積み上げが野田総理によってすべて瓦解しかねない。

特に胡錦涛主席が院政をしくような報道がされており、人間的に国民から支持されなくては、野田総理は少なくとも直ちに総辞職するべきではないか。経済の打撃は計り知れない。

拝啓  田中良昭 様
正にその通りです。自民党の谷垣前総裁の動きは、参院で他の野党の問責案に乗ったことが結局自分で自分の首を締めることになりました。公明党が問責案に欠席したのも説明がつかなくなることを恐れたためでしょう。
しかしそんなことよりも今の野田内閣の酷さにウンザリします。いったいこの3年間で大臣を何人誕生させたんでしょうか。これでは自民党時代よりもひどい状況です。代表選の後に挙党体制を築くと思っていたら露骨に論功行賞のような人事ではもう先が知れています。
衆参ねじれ国会は、ある意味で政治家の知恵を出し合う良い機会であったはずで、4年前に福田首相が小沢代表に大連立を持ちかけたのも、失敗はしたけれど、一つの打開策を模索した結果です。しかし今はそんな知恵もなく、何も決められない政治がダラダラと続く。大震災や原発事故の後の政治が一番ダイナミックに動かなければならない時に、こんな体たらくでは歯がゆいばかりです。政治が一番ダメな社会は怖いです。

政治は騙す騙されるが当たり前?
そんなこと国民は誰一人望んではおりません。

国民からの視点を失った政治家を擁護するかのような評論家も国民は、誰一人望んではおりません。

 政局の不安定は官僚の跋扈を促します。ご指摘通りの昭和期の政変に似た状況が記され、ブログ主のご指摘は共感します。政治家は浮き草同様に信念とか論理の確固とした根だけけでは生き残れず趣意に民衆賛同が必要である。民衆の賛同はメディアの意見で動く...その意味では大切なのはメディアの批評が極めて重要である。所がそのメディアが現状の状態では..と不安はご指摘通りです。
 然し..その回答を「国防」に向けようとする一部の官僚と世論には、昭和戦後生まれの自分としては引掛かりを感じます

 ""
自民党の安倍晋三総裁は5日朝のTBS番組で、田中真紀子文部科学相が大学設置・学校法人審議会の答申を覆して3大学を不認可としたことについて、「既に決めたことをこんな形で急に変更するのは間違っている」と批判した""

新聞もテレビも政治家までもが田中氏を「決まっている事を覆す悪い奴だ」と報じるが報じる方がどうかしている。これまで認可されなかった例は無いというが、全例認可する方がどうかしている。

マスコミは何故認可されなかったかをもっと徹底的に調べてから報じるべきである。最終決定権が大臣にあるのなら、安倍氏が言う事は官僚依存の議員である。ましてや総理まで経験した自民党の総裁が個人的な批判をするのはいかがなものか?自民党時代の外務大臣の時の更迭も「小泉・外務省」のトラの尾を踏んだ事を隠すためのマスコミ総抱えの陰謀であったかも知れない。今のマスコミの報道を見ていると充分考えられる。

マスコミの報道はもう少しまともになって頂きたい。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

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日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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