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裁かれるのは日本の民主主義

 検察審査会から強制起訴された小沢一郎氏の裁判が結審した。来月26日に判決が言い渡される。裁判の過程で浮き彫りになったのは検察の犯罪的な捜査手法である。検察は思い込みから小沢氏の裏金捜査を始めたが、不都合な証拠は隠し、都合の良い証拠だけをメディアに流して国民に「小沢クロ」の心証を与え、それでも起訴が出来ないと検察審査会に嘘の証拠を示して起訴に導いた。

 証拠を改竄する権力がこの国に存在する事が裁判で明らかにされた。普通の国なら民主主義に対する冒涜だと国民やメディアが騒ぐところである。強制力を持つ捜査機関が暴走する事を民主主義社会は許さない。国民はそのために代表を選んで立法府に送り込み、行政権力や司法権力を監視させるのである。ところがこの国はまるで違う。

 国民から選ばれた政治家を「巨悪」(ということは国民は巨悪なのだ)、それを摘発する検察を「正義」と考えるマインドコントロールに冒され、国民は民主主義とは真逆の論理を信じ込んでいる。だからこれほどの問題が分かってもメディアは不感症でいられる。証拠改竄をした検察を「民主主義の敵」と言わずに不心得者がいるという程度に非難する。

 そのくせ小沢氏には「庶民感覚から外れた金銭感覚」とか「道義的責任」とか的外れな批判を欠かさない。そもそも今回の事件で問われている罪は普通の民主主義国なら問題にされない微々たるものである。政治資金収支報告書に間違いがあったとすれば、会計責任者が訂正を求められるだけで、犯罪になどならない。

 ところが検察は小沢氏がゼネコンから裏金を受け取っていると思い込み、叩けば必ずほこりが出ると信じて捜査を始めた。そして政治資金収支報告書の「期ズレ」が見つかり、それが裏金疑惑につながると思い込んだ。ところが捜査をしても裏金の証拠が出てこない。この2年間、常に追い詰められていたのは検察である。

 裁判に持ち込めば大恥をかくだけで不起訴にするしかないのだが、「馬鹿メディア」を煽って国民に「小沢=巨悪」を信じ込ませたから、振り上げた拳を下ろせない。そこで素人集団の検察審査会に嘘の証拠を出して起訴させる事にした。無罪になったとしても自分たちの失点にならない方法はそれしかない。ところがその裁判で特捜部の犯罪性が露見したのだからお粗末である。

 東京地検特捜部が生まれて初めて政界汚職に切り込んだのは1954年の造船疑獄事件である。日本の造船・海運業界が自由党幹事長佐藤栄作氏に贈賄していた事が分かり、特捜部は佐藤氏を逮捕しようとした。ところが犬養法務大臣の指揮権発動に阻まれて涙を飲んだ。それがこれまで語られてきた定説である。

 ところが真相はまるで逆であった。検察幹部が政治家に頼んで「指揮権発動」をしてもらったのである。最近では複数の検察関係者がその事を認めている。しかし当時の何も知らない国民は「政治が悪」で「検察は被害者」と信じ込んだ。そこから「政治家=巨悪」、「検察=正義」のイメージ作りとマインドコントロールが始まる。

 真相はこうである。犬養法務大臣は指揮権発動に反対で辞表を出して抵抗した。それを慰留して指揮権発動させたのは緒方竹虎副総理である。緒方氏は国民から「クリーンな政治家」と見られていたが、検察の捜査が拡大すれば自身に及ぶ恐れがあった。またアメリカのCIAが吉田総理に見切りをつけ、緒方氏を後継総理にしようとしていた。そのため緒方氏は法務大臣に指揮権発動をさせて事件の拡大を防ぎ、また国民世論を反発させて吉田政権に打撃を与える必要があった。

 緒方氏に指揮権発動の知恵をつけたのは検察自身である。検察は疑獄捜査に着手して盛り上がる国民世論に実は困っていた。裁判を維持できる証拠がないため裁判に持ち込めない。そこで事件を担当していた検察幹部が緒方副総理に耳打ちをした。政治の圧力で事件が潰れれば検察は大恥をかかなくて済むどころか国民から同情され、捜査の内実を隠せば政治の世界からも喜ばれる。一石二鳥であった。

 狙い通りに国民世論は指揮権発動に反発し、犬養法務大臣は辞任、吉田内閣もその年のうちに総辞職した。こうして検察は「巨悪に切り込む正義の味方」を演ずるようになるが、実態はこれも全く違う。緒方副総理に指揮権発動の知恵をつけた検察幹部は検察トップに上り詰め、造船疑獄で被疑者であった佐藤栄作氏と密接な関係を築く。それ以来、特捜部は次々に政界捜査に乗り出すのだが、摘発されるのは佐藤栄作氏のライバルの池田勇人氏や河野一郎氏の派閥の議員ばかりである。つまり佐藤長期政権が可能になったのは、佐藤氏に対する自民党内の脅威を検察が力で取り除いてくれたからであった。

 特捜捜査の原点はここにある。誕生以来、常に一方の政治勢力と手を組んで自らの地位を守り、政治と裏取引をしながら、国民には「巨悪に挑戦する正義」として振る舞ってきた。それを終始支えてきたのが民主主義の原理を理解する能力のないメディアである。わずかな情報のエサに釣られて簡単に権力の走狗となってきた。そして情けないのは政治家も検察権力に迎合する事が自らを守る第一と考え、数々のでっち上げ捜査に口をつぐんできた。

 今回の裁判で裁かれるのはそうした日本の体制である。小沢一郎氏が有罪になろうが無罪になろうが問題は終らない。有罪になれば民主主義に対する冒涜を許す日本の司法を徹底的に追及していけば良い。無罪になれば、これまたこれまでの日本の体制を徹底解剖して問題点を除去していかなければならない。来月末に予定される判決は結論ではなく出発点なのである。

      ▲  ▽  ▲

■お知らせ

これまで田中良紹さんが講師をつとめる「壬辰田中塾」が、3月28日(水)に開催されます!

田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。

ぜひ、奮ってご参加下さい!

【日時】
2012年 3月28日(水) 19時〜 (開場18時30分)

【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第2(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 301号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml

※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で第2部を行います。

【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。

第2部:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。

21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。

http://www.the-journal.jp/t_inquiry.php

(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

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コメント (37)

オザワンは『一国は、一人ひとりが自立した個人になることによってのみ、自立した国家になれる』が終生変わらぬ持論。したがって本「裁判」を通じて国民の覚醒を促していると見られる。ここに至るまでに法的防御権行使の機会は何通りもあった筈だが、それでは上記目的完遂に限定的効果しか生まないとの判断。
従ってこの事態は、ややオーバーながらキリストの磔刑に比すこともできる。チンケな「既得権益死守」の国賊<指定暴力団霞が関一家>とその隷米パシリ共から彼を守り、歴史的「逆パージ」局面に反転して行けるかはこのあと数ヶ月の帰趨による。
『毎日が日本史、毎日が世界史』!

http://www.asyura2.com/12/senkyo127/msg/766.html

御説、全面的に同意します。
御説の通りメディアの劣化と堕落、そして国民の不感症(?)には愕然とし暗澹たる気分になります。
先般の原発対策の会議録の不存在といい小沢氏関連の捜査、起訴、裁判といい国民にとり信じがたい数多の現実が頻出しているのに・・・
この国は重症ですね?
行き着く所へ行くような悪い予感がします。
学生時代には少しでも理不尽なニュースを見たら即座に都心に出て抗議デモをやりました。
今なら毎日デモをしなければならない日々ですが。
消費増税ひとつとっても言語道断ではありませんか?
若者が動かないですね。
もはや若者は悲観諦観し社会のガラガラポンを期待しているのかも知れません。
由々しい時代です。

田中良紹 様
『罪は普通の民主主義国なら問題にされない微々たるものである。』
⇒微々たる罪もありません。お願いしますよ。

第14回公判で、大善文男裁判長は供述調書「甲115」について「採用」としました。
「土地代の支出を17年分の収支報告書に計上すること」は、公正妥当な会計処理の基準(法人税基本通達2-1-2)に従った正しい「みなし計上」だからです。
「預り金の意義」によれば「本件4億円」は「預り金」であるし、当該返済は17年分・18年分の収支報告書に記載されており、19年分に不記載との訴因はウソです。
また、第15回公判(論告求刑)も、全て虚偽記載が有った場合を前提としている。
そもそも虚偽記載など「どこにも無い」ことに気が着いて下さい。

【最後の、あがき】
3月8日に参議院議員10名の訴追委員に対して以下の文書をFAXしました。
【第26回】最後の聖戦!第二ステージは、調査要求!
http://ajari-rikuzankai.at.webry.info/201201/article_1.html

「来月末に予定される判決は結論ではなく出発点なのである。」まことにそのとおりであり,そうならなければ,小沢氏が言っていたように「行くところまで行ってしまう。」と,思う。
 今回の小沢事件における検察の行動は,強制捜査,逮捕という強制権限をもった検察の,まさに「テロ」であったと思う。政権交代を直前に控えた野党党首を狙い撃ちにし,長期間にわたって政治活動を妨害し,選挙による国民の意思実現を現実に妨げた。検察は政治的に行動したのだ。誰が誰に指示したのか。例えば田代検事の虚偽公文書作成にしても,法律家として違法性を認識していないはずはなく,検察官の身分を失うかもしれない重大な違法行為をあえて犯したからには上司からの指示があったとしか考えられない。事実の究明をあいまいにしてはならない。検察審査会に関わる疑惑も含め,今こそ国会議員の国政調査権の活動が期待されるところと思う。 

田中様のコメントお待ちしておりました。そして安心、納得しました。小沢氏は、この裁判で検察と戦って来た。それは、ご自分の理想の為、民主主義の夜明けを目指す為、そして、この国の官僚政治を終わらすために戦って来た。しかし、それに反し、ステレオタイプの、官僚、マスゴミが、「政治と金」をタイトルに、そんな小沢氏を潰し、利権の保護の現体制を必死に守ろうとした。しかし世界は変わり、国民も変わりつつある。インターネット世代について行けない彼らの醜態が今や公然と見えてきてしまった。もう昔の様には行かない。そんな狭間に国民の前に醜態を増長させている。もし大善裁判長が有罪にすれば、登石以上の醜態、司法の破滅を国民に晒す事になる。田中先生が述べておられる、判決は結論では無く、出発点と言われる様に、すでに正義の言い訳は国民には通じなくなってしまっています。東大法学部までが、国民からバカにされる存在になってしまった。そういう点でも大きな変化の始まりかもしれませんね。

<田中良紹様>
ここの所、週一で書いて頂き、嬉しくて仕方ありません。
さて、小沢裁判についての本論説は、疑問を挟む余地もなく本質を突くものでありました。
特に造船疑獄における指揮権発動の顛末は、検察権力と政治利用の実態であり、歴史を知ることの大切さを教えて頂きました。
しかし、現在起きている事は、それ以上に日本の国益をギリギリ守れるか否かの戦いだと思っております。小沢一郎の追い落としは、自民党も霞ヶ関も表面上の実行犯に過ぎず、本質は小泉政治に代表される弱肉強食社会への造り替えを過激にやるのか?国民生活を守りながらやるのか?の戦いだと考えるからです。
そうでなければ、民主党に権力が移行した途端に撃ち方止めになっているはず。そうならなかったのは、検察権力が一方の勢力に加担しているだけでなく、一定の条件を満たす政治勢力への加担だと思うからです。
その条件とは、官僚の権益を擁護し、多国籍経団連企業に利益を齎し、米国が望む社会への造り替えを、冷酷にやれる勢力、ということになります。
保守政治家の心情=国民への情、信義、郷土への愛情が低いほど要件を満たすことになります。その手駒は岡田克也氏であり、小泉進次郎氏であり、橋下徹氏であります。
岡田克也主導による大連立の本質は政界の世代交代。小沢後を見据えたものであり、1%対99%社会に血も涙もなく造り替えられる世代が政治の中心になることに他なりません。
ターゲットは「国民の生活第一」です。党が液状化しているのは、何も参議院が捩れているからではありません。捩れを解消する(中小政党の取り込み)ことはせずに、しかも民主党内を纏めずに、自民党とだけ話をつけるとは、そういう事であり、小沢排除こそが主眼だからです。
今回の田中さんの論説は「小沢一郎有罪」を見越し、それでもなお民主主義を守ろうと鼓舞されている様に思えます。国民は民主主義を行使し国民生活第一を選んだ。しかし、あっという間に、全ては徒労とかした。これ以上、国民にできることは何があるのでしょう。教えて欲しいものです。流血革命しかないのかもしれませんね。それさえも民主主義国家が深化する保証はなく、むしろ危険な道でしょう。
ならば、次の選挙は、反国民生活第一派議員の落選運動でもしましょうか?党派に関係なく・・・。二大政党制による政権交代可能な普通の民主主義国家は、制作者小沢一郎の手を離れて、どっちもどっち政党になって、ツケを払わされている。
判断の基準になるフィルターは「新政研」。これとて「国民生活第一、自立と共生」を理解しているかは不確か。何一つ選択肢がない私たちは漂流し、気づいた時には身動きできない貧民国になっているのでしょう。処方箋すら見えません。

田中 様

政権党にあっては、対立する反対勢力が必ず存在して権力を奪い取ろうとしますし、一方、司法検察にあっては、権力を握っているものと、奪い取ろうとする新しい勢力があります。政権側も検察側も権力闘争があり、政権側と検察側の組み合わせによって権力闘争の図式が変わってくると言えます。

小沢氏の場合、検察起訴の可否に至るまでは、政権党(自民党)と検察トップが手を組み、政権奪回をはかろうとする民主党の大きな存在である小沢氏を排除しようと図ったのでしょう。検察起訴に失敗すると、民主党の小沢氏と対立する勢力が、検察首脳と通じ、検審強制起訴に持ち込んだと言うのが実態なのでしょうか。

政治の腐敗はお金と数という極めて分かりやすい記事によって、衆愚政治を誘導したマスコミの戦術は、長期間にわたり執拗に大きく取り上げ、小沢=悪を国民に植えつけてきました。

マスコミの大きな欠点は、自分たちの取材が当局に頼りっぱなしで、自らの努力で真実を追求し報道しようとしない姿勢は、検察の推認ストーリーでしか容疑者を起訴できないお粗末な組織並びに検事達となんら異なっていない。

真実を明らかにしようとするのが職務であるはずの検事と政治記者の質的劣化は嘆かわしいばかり、何故、このような推認、コピーしかできない人たちに現在の真実追求を任せなければならない日本になってしまったのか、根本的な反省と追求が求められるのではないか。

田中氏のお話のように、小沢氏の判決は有罪無罪を超えた大きな問題になっており、裁判官の責任は極めて重いと言える。どちらの判断をしても司法と政治家とマスコミの問題が大きく取り上げられることになるのでしょう。よい方向に行くとよいのですが、熱しやすく冷めやすい国民性が心配です。

検察批判は当然なされるべきであり、ついでに裁判所に対する大批判をも期待したいところだ。

しかし、せっかくマスゴミについてふれ、しかも(裁かれるのは日本の民主主義)と、大上段に構えるのであれば、
なんでメディア批判をじっくりとおやりにならないのだろうか。
行政と司法の癒着を攻撃するのは当然の批判であり、結構な趣旨と思うのだが、その筆の向う所が「たかが検察」への批判に終わってしまっては、モノの見方を間違えてしまう。

「日本の民主主義」の道を誤らせているのは、間違いなく「マスゴミ」である。
この事に異論をはさめる者がいるだろうか。
もしいるとするならば、その方はマスゴミの縁者の方か、腐敗したエセ民主主義のぬくぬくとした環境の中で良い思いをしている方々であろうと想像するしかない。

そう、全てはマスメディアという存在の誤った在り方が元となって、民主主義のありようを異常なものにしている。
第二次大戦後の新聞の、占領軍への恐れに始まるジャーナリズムの破たん、というよりは成長不良、いや米国追随による体制への宣伝機関化こそが、民主主義の進化を阻んできた根源なのだと思う。
以前、報道の劣化といった事を書いた事が有るが、劣化などというモノではなかったわけで、劣化以前の腐った存在が報道機関であったという事なんだろう。

ジャーナリズムというのは、体制への、出来うる限り公平な監視機関であってほしい。
称賛すべきは称賛し、大批判すべきは大批判する…そんな簡単な事が、報道機関に求められる事なんだと思う。
国民の目となり耳となって、体制を監視する…それこそが報道機関であり、ジャーナリズムであると思うのだが、
この国の報道機関とは、一体何なのだろうか。

そこの所をついていただきたいと思うのである・・・のです。

皆さんの意見やコメント等拝見させて頂きました。

で、これからどうすればよいですか、一般国民の税金で
飯を食っていない生活に窮している者は・・・?

いまの裁判所の判断は有罪と思うのですが・・・。

この時の行動の取り方を伝授お願いします。

元株やさん

矛先がマスメディアだけに向かってしまうと問題の本質を外すのではないでしょうか?彼らの誤りの根源が商業主義に走ったことにあるとするなら、国民も同罪と見るべきで、ここは軍国主義体制下とは異なる。つまり、この国の何人も今国家の過ちを裁く資格はない、ということだと思います。

まあ、「それを言っちゃあお仕舞いよ」ってことかも知れません・・


 佐藤栄作氏の長期政権が検察の後押しがあったとは、目からウロコです。
 さもあらん、と思いますのは検察の凄まじい実態が露呈された小沢裁判でありました。
 検察は役人です、国民が国民の敵を養っている現状は一刻も早い解消が必要です。
 今回の件でも解るが、法律などは如何様にも解釈できる。政治家の判断は国民にとって法律をも飲み込むものだ、と言っても過言では有りません、政治家への付託は絶大なものと政治家自身も強く目覚めるべきである。

造船疑獄の詳しい成り行きを書いていただき、検察が正義の味方になったという話なるほどです。しかし、その後の経緯、佐藤が総理になったことを考えると、官僚出身政治家と党人派との戦いではないかと疑います。
佐藤は角栄や小沢とは違う。
何が書きたいかというと私は日本は民主主義でなく、官権主義であり、今回の小沢裁判でも民主主義を裁くのでなく、官権の力の誇示を行う裁判であると考えている。だから小沢の罪状は国家官僚反逆罪といわれるのではないか、ここの認識をきちんと持たないと次に進めないと思う。
日本は民主主義でない、選挙公約マニフェストを破棄しても国民もマスコミも政治家すら大して気に留めず、国家財政のほうを優先する。
藤井の名言、「国民の嫌がることをするのが政治家、国民に迎合するのが政治屋なんですね」政界の常識も「与党になれば国民の嫌がることをする、野党とは違う」という。
確かに野党の時シロアリ退治を断言した野田は総理になり消費税に群がるシロアリに仕えるドジョウになり、歴史に残る大政治家の道を歩みだした。いわば官僚にいかにうまく使えるかが政治家であるというのが常識らしい。国民に仕えるのが政治屋であるらしい。
このように官僚の下に政治家がいる限り、選挙など何の意味もない。
日本は民主主義国ではないのだ。
小沢にしても長年藤井と組んできた、藤井を知らないわけでないから、なぜと疑問である。
藤井に小沢は政治屋と揶揄され、己は政治家と自慢される始末。
今日本で民主主義を実践しようとするのは橋下くらいである。
選挙の公約を実践し、選挙で選ばれた政治家を官僚の上位と位置づけ、官僚は事務方として政治家の指示に従うように位置づける、教育委員会も知事の権限内とする。
更にその延長線上に国家機構の改革を挙げている、これをしない限り民主主義はなしえない。交付金に縛られ、国家官僚のメニューしか実行できない民主主義などあり得ないのだ。東北被災地復興の遅れもここにあるが、野田民主党は改革しようとしない。メニューを選ぶ権限を与え、大自慢するというお粗末さである。
官僚のレールに乗った佐藤や官僚にコケにされ指示される今の民主党野田始め七奉行、古川、大塚とは橋下は発想も実行力も次元が違う、ましてミーちゃん政治屋小泉二世なんかとの比較なんて話にならない。
読売の調査では維新の会は近畿で比例第一位圧勝である。国民の期待も高い。
維新の会党運営も橋下だけでなく、松井、浅田が連携して国民への発信力は強く、ブレがない、何よりディベート力が強い。
これに対して新政研は小沢一人で川内や森裕子がいるがかつての藤井ほどの中核でもなく、信頼はない、だから数はいても国民への発信力が弱く、ディベート力も弱く、ブレが大きい。
小沢は橋下と連携したという話もあり、橋下を認めており、政策も近い。
日本の民主主義は地方から今始まったばかりである。これを国政レベルに引き上げ、政権をとるには両者の連携は不可欠であると思う今日この頃である。

毎度当コメント欄にお邪魔してすみません。

マスメディアの多くが、無罪か有罪かが重大事のように報道するが
その前に、判決では検察審査会の起訴相当議決の正当性、有効か無効か裁判長は見解を示さねばならないのではないか。
無効と判断されれば、刑事訴訟法338条により判決文で公訴棄却となるのが普通のことではないのか。

最終弁論及び意見陳述では検察特捜部が組織をあげて強制起訴を誘導すべく執拗な工作をおこなったと主張されたが、この強制起訴に関して、民主党内に小沢氏の政治活動を拘束されるために、強制起訴を本心で期待していた政治勢力がいたことは紛れもないことだろう。
言うまでもなく、代表選で再選を目指した菅グループや裏の実権を握っていた仙石・前原グループ、そして岡田である。

この岡田は政権交代総選挙直後から、政権への小沢の影響力の排除を主張してマスコミの政治とカネイクオール小沢=悪宣伝に便乗したし、10年9月の代表選に小沢氏が出馬するにあたり「小沢が代表になり総理になれば検察審査会で起訴相当議決は出来なくなる」と批判した。 
なぜ予定されていた1ヶ月後でなく代表選当日に起訴相当議決があったのか大きな疑惑があったし、審査会委員の選出についてはイカサマソフト疑惑で検察審査会の元締めである最高裁事務総局に疑惑の目が向けられているのは周知のことである。
そして、代表選当日に検察審査会で急ぎ起訴相当議決が決められた背景に当時官房長官であった法匪国会議員の暗躍・工作があったと言われている。

岡田は メディアに小沢先生の無罪を期待すると建前を言っているようだが、本心は全く逆であると言うほかない。

岡田の本心は 霞ヶ関官僚支配を継続する政界の代表国会議員として野田後継となること以外眼中にないだろう。
その為には、消費増税法案を餌食として大連立を工作し、このことで小沢及びグループ排除できれば幸いと思っているだろう。

霞ヶ関官僚出の国会議員については 特にその言動を常に監視する必要がある。

あの 藤井翁を見ろ

この 岡田を見ろ

どこに政治家として信念や政治理念があるのか。しょせん 官僚の延長戦にある官吏にすぎない。

やはり、鳩山由起夫元総理は甘かった。 藤井など比例名簿に載せるべきでなかったのだ。

小沢事件は、普通選挙制度が施行されて60年以上になる2012年のこの時代、衆人閑視の下、目障りな人間の抹殺という王朝時代さながらの陰謀が、為政者達により机上演習に則って粛々と進められているように見えます。

この裁判は彼等現代の貴族たちにとって、利権生活を脅かす輩というチリを払うが如くの「くだらない裁判」なのです。

が、その「くだらない裁判」こそ小沢さんが「茶番」に飛び込み、自分の身を切って仕掛けてくれた貴重な手がかりです。

事件の帰趨は大多数の既存メディア依存者に懸っていますが、福島原発事故以後、明らかに変化があり、単純な依存者ではなくなってきています。

小沢さんは、冒頭、最終陳述で遠慮しながらも、これは貶めるがための作られた事件であると言っています。「まだまにあう」はこの事件が成立してしまえば「平成の変」になってしまうと言っているのでしょう。

後世年表の片隅に「平成の変」など記させてはならないのです。
そのためには歴史を先取りし、陰謀を仕掛けられた側からこの事件を「平成の変」と名づけて喧伝することで実態を晒すことだと思います。

きっと「平成の謀略」が年表に記されているはずですが、確かめることなど出来ません。

企業での現役時代を終了し、年金生活を送るようになると人間社会がどんな要素で動いているのかが実体験を通じて把握できる。
日本の社会は基本的には閨閥と学閥で人事が行われ、強者の都合によってルールの判断も行われると考えれば先ず間違いが無い。
しかし、そうした力による社会の運営法の度が過ぎれば様々な弊害が露顕してくる。
歴史はその繰り返しであろう。明治時代の戦勝は軍官僚の増長を招き、大日本帝国を滅亡に導いた。戦後の経済成長は膨大な税収を齎し、税の実質的使用権限を持つ官僚に膨大な天下り先=税金浪費機構を作らせてしまった。
今日の日本の経済停滞はこの不良債権とも言える巨大な非生産組織を背負っているのが大きな要因であろう。
この税金収奪組織の恩恵にあずかっているのが許認可権、徴税権さらには捜査権、裁判権などの国家権力を行使できる立場にある官僚達である。
従って、彼らはこのシステムを壊そうとする者を全力を挙げて排除するわけで、それが小沢氏を巡る一連の冤罪事件と私は理解している。
この国の主権者は官僚であるのか国民であるのか? 
日本国憲法下で司法官僚である裁判官が小沢裁判でどんな判断をするのかで平成日本の実態が示されると思います。4月26日の判決はそれだけの意味しかない。
主権の奪還は国民自身で行う以外にはない。その手段は唯一選挙なのでしょう。

電通、マスメディア11社+2通信社
これが主たる脚本を書いているのです、いわゆる記者クラブ連合軍
現代日本で最大の既得権益集団
それはマスメディアです、それは電波を頂点とした反クロスオーナーシップのマスメディア利権はその他のいかなる利権も及びません
その証明は、最も厚待遇業種に端的に表れています
一般的には国の許認可業では有ってはならない給与水準
霞が関官僚をも凌ぐ生涯収入を確保している
官僚も第四の権力、媒体の威力は十分認識、喧嘩せずタッグを組んで国民の支配(立法府)を配下におけるメリットを取った
その闇支配者、行政、媒体連合が小沢一郎が権力を握る勢いを恐れ
全てが始まった

陽出国さん

この田中さんの文章は、検察についての文章です。
そう思います。
ですから、この文章についての感想を書くならば、私の書き込みは的外れでしょう。
この田中さんの文章について言えば、確かに本質を外れます。

しかし、私は田中さんに、
造船疑獄を解説する事も大切かも知れないが、日本の民主主義の成長を阻んでいるのは、圧倒的に報道機関のゆえにあると訴えたい訳でして、
この問題を追及する事無くしては、民主主義を裁くも何も無いと思っているわけです。
権力を裁くのは、批判するのは、国民の義務であり権利であるわけですが、
残念なことに私たち個人個人には、それほどの力が有りません。
ゆえにこそジャーナリズムに期待するのです。
いや、していた時期が長かったのです。
それがどうでしょう。
ここ数年だけを振り返ってみても、日本という国の報道機関という奴は・・・。

私は、日本人には、まだまだ多くを期待しても良いと思っています。
最近の検察や司法、マスコミに対する一般大衆の、個々にはそれこそ小さな反撃の数々は、なかなかたいしたものが有ると思っています。
小沢裁判がいかなる結果に終わろうと、そこから新しい国の姿が始まるモノと、期待しているのです。
この裁判は、現体制のいやらしさを、国民個々に色々なモノを見せてくれていると思っているからです。

長々書きましたが、
田中さんにも、検察批判などは些事だ、もっと真正面から民主主義を考えさせてくれといいたいのです。

今後の民主党に、再度期待してみるのも良いかもしれない
小沢一郎が、「出ない」と言っているなら、
「出て行くのは、歌を忘れたカナリアたちだ」というのなら、
もう一度原点に戻って、努力するならば、
地方分権、予算組み替え、
シロアリ退治・・・
期待するしかないだろう。

一人でもいいから、小沢民主党へ票を投じる人を取り戻す事しかないだろう。

健忘症(権謀相)のカナリアを追い出せ!
これで行こう。
菅、野田、岡田、仙谷、安住、
こいつらを選挙で落とそう。
こいつらは、結構落とせそうな気がする。
口先男は、難しい・・・
枝野も、少し難しい?
コーモンは、汚い・・・どうでもいい。
小宮山は、どうでもいい。
他の有象無象は、上記の連中がいなけりゃ、何もできやせん。

健忘症のカナリアを落とそう。
それぞれの選挙区の友達に、そっと伝えよう。
「投票して」は、結構難しいが、
「投票しないで」は、結構いける。

お尋ねします。

今朝から”♪阿修羅”サイトがネットに接続しません。

他のサイトには問題なくインターネット接続できます。

ここのところ「拍手」してもエラーになるケースが多かったので、「システム」のトラブルかもしれませんが、よもや当局による「ネット規制」や「言論統制」じゃないでしょうね。

どなたか”阿修羅”接続不能の原因・状況・回復見通しの情報お持ちのかたがいらっしゃいましたら、教えていただけたら幸いです。

このサイトと阿修羅、日刊ゲンダイを「日本の良識」として、頼りにしてるもんですからよろしくお願いします。

田中様

いつも明快なご説有難うございます。「佐藤長期政権が可能になったのは、佐藤氏に対する自民党内の脅威を検察が力で取り除いてくれたからであった。」・・・また一つ昭和史を知りました。

司法も検察も同じ穴の東大法学部。「マスゴミを抱き込んであるから、有罪判決を出したとしても大衆は今回も騙せる。」と踏んでいると思います。古びて下手なシナリオですが観衆が我々知性の低い市民(B層?)ですので何度でも使えます。これも三審制でしょうから小沢破壊裁判劇場はロングラン出来ます。

その間に震災瓦礫広域処理利権で小遣い稼ぎして、原発再開で原子力村繁栄を取り戻し、消費税で財務省益拡大路線を磐石にし、TPPで米巨大企業傀儡一派の特権固定化を構築。国民生活と民主主義の破壊が怒涛のように行渡りそうです。

第一幕の有罪判決とマスゴミ報道が今から目に浮かびます。

過去を振り返っても仕方のないことですが、小沢代表時代に自民党と大連立が出来ていればと思います。
小沢氏は政権運営の難しさを知っていて、民主党議員の多くが、与党経験・閣僚経験がなく(少なく)、ただ頭(学歴)がいいだけであることを見抜いていたからこそ、大連立を模索しました。
悲願だった政権交代は実現したものの、民主党政権は、小沢氏が危惧していた通りの結果になってしまいました。
鳩山氏は党内融和を重視し、さまざまな人材を要職に就けましたが、いずれも役不足。
藤井氏は、わざわざ引退を慰留してまで財務大臣に登用するくらいだから、財務官僚とはいえ、何かやるのだろうと思っていたら、最悪の結果。
しかも、鳩山氏の後の首相がいずれも財務大臣上がり(財務省子飼い)の菅氏・野田氏。
官僚の扱いに慣れた小沢氏が財務大臣となり、予算の組み替えを大胆に行っていればと思います。
今言ってもしょうがないことですが・・・

識者が語らなかった「日本の制空権の75%を米国(米軍)が持っている。」事実。日本は、いまだ、被占領国。イラク、イランの戦時並み。沖縄の辺野古問題以前に、背景にある日米関係の象徴的事実。日本の国と国民にとって深刻・重大な事実。米国は占領支配体制を続けている。米国の論理は「日本を守ってあげるのだから、金を出せ、土地を勝手に使う、官僚、マスコミをコントロールするのは当然だ。」日本人って、独立の気概の無い国民?オンブにダッコが楽?目覚めるのはいつ?

オピニオン・リーダーとしての田中様に期待する者の一人です。

「政治家は国民を映す鏡」
この国は、愚にもならない政治家の蔓延る国家になっています。いまさら、お定まりの現状分析など、それがどんなに明快で優れているとしても、大したことではありません。ここからの肝要は、だからどうする?であって、問題の本質はとうに炙り出されているのですから、何をおいても、俎上に載せるのは我々(市民)でなくてはならないのだと思います。然為れば、議論は建設的な展開を見せること間違いなしだと思うのですが・・

 日本国民が、政治的専門家あるいは政治的造詣の深い人間が多数を占める時代は、多分永久に来ないのでしょう。
 で、どうすればよいか。
 政治力とは、孤高ではなく
例えば橋本人気+小沢認識・豪腕+マスコミの一部の良心 に期待するほかないのでしょうが・・・・・、かなり期待薄だ。

これは、国民の大部分が、政治的見識において愚かであるからだね、やはり。

このレベルは不変だろうね、だから歴史において聖人賢人が多数抹殺されている。


どなたかが語っていたように、報道のあり方、レベルが問題だが、それを助長しているのは視聴者である大部分の国民だろうね、恐らく。

陽出国さん | 2012年3月24日 16:57
横槍、ご容赦下さい。

「問題解決が唯一肝心なことだ!」というご趣旨として、全く同感です。
「正しい議論」とは須らく、正しく起承転結を踏み、正しく問題解決策に至るべきだと。起や承や転の一部に留まる見解は、「単なる評論」と呼ばれると。巷に溢れる「単なる評論」は狭浅短の故に、面白くないしワクワクしないし刺激がない。

まあ、何方も人間は全ての書き物を正しく起承転を踏み結に至れる超能力者ではないし、物事は須らく単純ではないので、予て「単なる評論」も時に不可避だと自戒するのを常とする呑気な私です(笑)。
然し、国家危機の時代には自戒も自戒するべきだとも。
草々

橋下を褒めて、民主主義を実践しているのは彼くらいだ、発信力が有るのは橋下くらいだと書いているモノが有った。
森も川内も、橋下には及ばないと云う事のようだ。
いや、小沢の周りには森・川内くらいの小者しかいないと云う事なのか?橋下の周囲にキラ星のごとく集う人気モノたちとの対比をされているのかもしれない。

橋下に対しての好き嫌いは別として、
彼は、マスゴミの人気モノだと云う事を大前提としてみないといけないように思う。
地方自治?から始まり、とうとう国政に関与しようかな???という姿勢を見せ始めたようだが、
ご自分は、大阪市長の位置にいて、一体どうやって国政に関与するつもりなのだろう。
地方の首長でいて、市民が興奮する様な言質を吐き、役人の横っ面をひっぱたいていれば、そりゃ見ている方は気持ちも良いかもしれない。
ましてや大阪のお役所は、迷宮のごとしだと云うし、鞍馬天狗や正義のヒーローが正義の刃をふるうのは、見ていても気持ちのいい事だろう。

だけど、悪者退治は大事だけど、退治するだけで事は済むのですか?
新しい建物は、建つのですか?
大阪の国際空港はどうなったのだろう。
大阪府庁はどこに行ったのだろう。
国旗を掲揚し(これは素晴らしい事だ)、国歌を強制する。
それはそれで結構だが、「しつけ」や、肝心の「教育」について、どんな発信が有ったのだろう。

橋下は、人気者である。
シンスケとコンビを組んで「市長と知事さんズ」でも組んだら、ほんまスンバらしいかもしれない。
でも、人気者の限界は、何処かに出てくるモノ。
放送コード・・・彼を人気者にしてくれる連中の許容度・・・を犯したとき、なんてことは考える方が馬鹿だろうか。
彼は、ほんまもんの民衆の騎士なんやろか。

人気モノのサガとして、常に大向こう受けを狙ったやり方。
地道さとはほど遠い手法。
どうにも違和感バッチシで、ついていけない。
そんな橋下を「民主主義の実践者」といわれると、どこやらがむずむずしてくるのを止められない。
もっとも、民主主義の行きつく先は独裁である・・・という議論もあるにはあるが。

まるでどん牛のように、悪く言えば馬鹿みたいに、「それが民主主義だから」とひっこんでしまう、一段一段としか階段を上ろうとしない小沢一郎の方が、もっと民主主義だと思ってしまう私には、橋下の顔は、とても民主主義には見えない・・・というか、TV興行のお化けのように思えてならない。

森・川内がやってる事も、じっくりと、一歩一歩、TVも新聞も映してくれないけど、そりゃ立派なもんだよ。
テレヴィジョンに映してもらえりゃいいってもんじゃない・・・てなことを思う今日この頃です。

「大きな政治」とか、ゴミ売り新聞の大物記者殿が書いていた。

どうやら霞が関の下請けどもには、増税こそが「大きな政治」という事らしい。
行革も、シロアリ退治も、所得税も法人税も何もかも、何もかもをすっ飛ばし、消費税の増税こそが「大きな政治」となるらしい。

小沢一郎も、かつて93年に消費税増税を謳っていたではないかと、今この時点での増税に反対する事を、矛盾だと決めつける。
時代背景も、財政状態も、景気も何もかも無視し、
おまけに1993年の時点で、自分たちが連立政権の増税案に対して、どういう対応をしたかも頬かむりして、
「小沢は政策よりも政局の臭いだ」と決めつける。
己らの態度は、一体何なのだ。
時の細川政権を追い詰めた連中と、その連中に与したマスゴミ達こそ、名実ともに「政局屋さん」そのものではないのか。
野中は、ムーミンパパとか云う権力亡者は、あの連中は立派な「国士」だとでも言うのか。

政策を語り、政策におぼれるほどに突っ込みすぎるあまり、理解度の少ない権力欲の強い「仲間」を失い、常に政局の場面で敗れ続けてきた「小沢一郎」をして政局やと呼ぶ、その魂胆はどこにあるのか。

いかにゴミ売りとは言え、一面に、ああ堂々と書き連ねるとは。
恥を知らぬとは、まさにあの連中にこそふさわしい言葉なのだろう。
モノ言わぬ大衆に、こんな意識が増えている事を、
発行部数の減少によっても気づく事がないのだろうか。
全く、この国の報道機関という奴らは・・・言葉がない。

大きな政治というのは、予算の組み替えだとか、権力の地方移転とか、既成(寄生)の利益団体の除去とかといった事なんじゃないのか。
消費税などというモノは、その中のごく一部にすぎない。

 橋本市長の政治的限界については略、元株やさんの仰られたとおりでしょう。
 彼は単なる人気者で政治的見識は疑わしいと思います。しかし、その人気が小沢陣営に必要だと思うのです。
 多くの国民が投票する動機は、人気に左右されている。だから勘違いでもいいから小沢陣営が人気を得て権力を握ってほしい。

 そこで国民の生活を向上させる独裁政治を敢行してほしい。

小倉摯門さん

ここでの過度な私的意見交換は歓迎されないと思いますので端的に言いますが、絶句のそれはともかくとして、一般に起承転結が整わないのは、その行為の目的が不確かなケースにつきると思います。仰られるように、国家危機にあって「単なる評論」への自戒は不可避事項ではないでしょうか。尤も、大勢からのせっかちの謗りは免れそうにありません・・。

田中 様

3月の壬辰田中塾で指摘されていたが、3日夕には24年度一般会計歳出予算90兆3339億円は衆議院で可決され参議院に送付されたにも拘らず、特例公債法案は置き去りになっている。

政権にとって大切なことは国民生活に支障をきたすようなことは絶対に避けなけらばならないという点では、特例法案の採決の優先度の方が、消費税増税より優先度が高いと言えます。

政権幹部の話を報道するマスコミは、一切特例公債法案に触れることはないし、消費税増税の国会審議は4月下旬から開始すると言っている。郵政法案など自公民とまとまりやすい法案から審議し、極めて成立が難しい特例公債法案と消費税増税法案の審議が後回しになっており、この政権の性格と意思が明確化されているとも言えます。

ただ、両法案とも内閣総辞職と解散と天秤にかけられる状況に自民党はないし、4月26日に予定されている小沢氏の判決が大きな影響力を持つことは避けられず、政局展望を持って政権運営をしているようには思えない。

その日暮らしの政権運営は国民に明るい見通しを与えるものではないが、復興需要と相まって日銀の金融緩和が相乗効果をもたらし、為替相場の安定と株式市場が活性化してくれば、国内に明るさが出てくる可能性を否定できません。

野田政権が市場の活性化を前提にした戦略のもとに現在の方針を立てているとしたら、大変な知恵者がバックに控えていることになりますが、今しばらく様子を見ないと、野田政権の評価は現時点では難しいと言えるのではないか。

陽出国さん | 2012年3月30日 11:15
【大勢からのせっかちの謗りは免れそうにありません】
以下は陽出国さんへのエール!フレエエ!フレ~!
(同時に、陽出国さんには蛇足でしょうが。)

ご苦衷は察するに余りありますが、元々起承転結は各所に大胆で適切な仮説を埋め込む智慧者の挑戦であって、其れらを備えて初めて、適切な結に至り、問題解決に資せると思っています。
特に転は、視野の永い洞察はその表面の一部で「せっかち」と観える作業ですが、其れは洞察の不可避な要素であって、断じて「謗り」には当たらない。

多くの頓珍漢は此の道理が解らない(振りをして)、周囲の頓珍漢と生温い「仲良しクラブ(ムラと同義)」に浸かって、頓珍漢な「謗り」を振り撒き、問題解決や改革や進化の邪魔をすると。
此の種の「謗り」をこそ、「出る杭を打つ」と呼ぶと。
草々

「元株や」さんの投稿にはいつも共感していますが、それには自分と同じように永い間、世界の政治と日本の政治を注意深く見守ってきた方と感じるものがあるからです。
私事になりますが、森ゆうこ議員のサポーターということで3月29日開催の民主党「オープンフォーム」近現代史研究会というのに初めて参加してきました。
秦郁彦氏が講師で南京事件がテーマということでしたので行ったのです。おかげで初めて参議院議員会館の中に入りました。
驚いたのはこのフォーラムの座長があの藤井裕久氏であったことです。今や元財務官僚の本性を発揮し、増税の旗振りを行っている老害爺さんと私の目には映っております。
講師の秦氏は藤井氏と同窓・同期で大蔵省でも一緒とのことで講師を依頼されたようです。ここでも学閥の強さを感じましたが、秦氏の南京事件に対するスタンスは常識的で納得できるものでした。
又、何人かの議員バッチをつけた民主党の若い議員も来ていました。私から見れば息子や娘ぐらいの歳の若い議員で、彼らは昭和史や日本の戦後政治史をどこまで知っているのだろうか、新聞・テレビでの統制情報に容易に洗脳されてしまいそうだとの危惧を強く持ちました。
はからずも小沢系の政務三役辞任のニュースの中で、奥村展三副大臣は辞任せずというのがありました。私ははじめ何故と思いましたが、彼が元新党さきがけの議員であったとの情報を得て、とても納得ができました。それはあのさきがけが果たした反改革の役割を認識していなければわからないことです。
人は二者択一を迫られた時にその人の本性が出てくるわけです。今回、国民新党の議員もその踏み絵を迫られたわけですが、最後の審判は有権者が下すのです。

一部手直しし再投稿します。ご掲載戴けると有り難い。

陽出国さん | 2012年3月30日 11:15
【大勢からのせっかちの謗りは免れそうにありません】
以下は陽出国さんへのエール!フレエエ!フレ~!
(同時に、陽出国さんには蛇足でしょうが。)

ご苦衷は察するに余りありますが、元々起承転結は各所に大胆で適切な仮説を埋め込む智慧者の挑戦であって、其れらを備えて初めて、適切な結に至り、問題解決に資せると思っています。
特に転は、視野の永い洞察はその表面の一部で「せっかち」と観える作業ですが、其れは洞察の不可避な要素であって、断じて「謗り」には当たらない。
にも拘らず、巷間で実際には発せられている此の種の「謗り」をこそ、「出る杭を打つ」と呼ぶと。
草々

小倉摯門さん

ありがとうございます。
この項、以上で仕舞とさせていただきます。

[多くの頓珍漢は此の道理が解らない(振りをして)、周囲の頓珍漢と生温い「仲良しクラブ(ムラと同義)」に浸かって、頓珍漢な「謗り」を振り撒き、問題解決や改革や進化の邪魔をすると。]

完璧に同意します。
軽輩の百の言葉より、小倉さんのような重鎮の決め台詞をもってそこに気づく人達の増えることを期待します。但し、ここを余り遣り過ぎると、夜道の一人歩きに支障の出る恐れも無きにしも非ずです。尤も、私など既に夜道の警戒は怠れなくなっています・・

「この項、以上で仕舞い」は勿論了解ですが‥、
「私など既に夜道の警戒は怠れなくなっています‥」と聴いては、断じて聴き捨てにできない(キリッ!)。とはいえ「お気を付けて!」と申し上げるだけしかできませんが。

幕末には革命的な善き面がありましたが、陽出国さんの周囲には「悪しき面(々)」が徘徊している!?
重ねて、「お気を付けて!!」
謹具

小倉摯門 さん

深遠でなる小倉さんと、単細胞の活動にまかせて動いているに過ぎない者との絡み合いには自ずと限界があるようです・・痛み入る気遣いをいただき恐悦至極です。ただ、夜道云々は、敵をつくってしまう行為に幾何かの躊躇いも必要かと思った次第で・・ちょっとデフォルメの利きすぎた嫌いはあります・・まあ、小者故の浅はかさと思し召しいただければ幸いです。ここ数年の小沢一郎支援活動は、味方もできましたが、同等若しくはそれ以上の敵をつくったことも又事実です。無論、それらの全てはこちらの不徳です。

謹言

陽出国さん | 2012年4月 3日 15:43
ご謙遜もお世辞も、程々にお願いします(笑)。

最近では、こういうのもhttp://p.tl/4NbO 
こういうのもhttp://p.tl/da-M あるようで、
皆さまには頑張って欲しいと願っています。
草々

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

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-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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