Calendar

2012年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

Recent Comments

« 愚者の楽園
メイン
民主主義と無縁の人たち »

無法検察

 小沢一郎氏の裁判を巡って、東京地裁から求められていた証拠の開示を東京地検が拒否している事が明らかになった。小沢弁護団の喜田村洋一弁護士は「公文書の照会には回答する義務があるはずで『無法検察』と言われても仕方がない」と批判している。

 昨年12月に行なわれた公判で、石川知裕衆議院議員を取り調べた田代政弘検事は架空の捜査報告書を作成した事を認め、それが小沢氏を強制起訴した検察審査会の議決に影響した可能性が指摘されていた。そのため裁判所は検察審査会に送付した資料リストの開示を東京地検に求めたが、東京地検はこれを拒否したのである。

 拒否の理由を検察幹部は「検察は訴訟の当事者でなく、裁判に影響を与える証拠を自ら開示できる立場にない」と述べたと報道されている。逃げの一手の屁理屈だが、そもそも検察官僚には国民の税金で養われているという意識がないらしい。民主主義国家では公務員が職務上作成した公文書を勝手に隠蔽する事は許されないのである。

 こうした有様を見ていると日本の検察は民主主義とは無縁の所で育成されてきたのではないかという気がする。戦前の治安維持法を支えた思想検事が戦後も追放される事なく君臨した検察の体質は戦前から変わっていないのである。そして戦後最大の疑獄事件とされたロッキード事件で馬鹿メディアが「最強の捜査機関」などと賞賛したため、民主主義国家ではありえない異常な捜査手法が生き続けているのである。

 これまで何度も引用してきたが、産経新聞のベテラン司法記者宮本雅史氏が書いた「歪んだ正義」(情報出版センター)には検察幹部の興味深い言葉が色々と紹介されている。宮本氏は当初は「検察=正義」という考えに凝り固まっていたが、故金丸信氏が摘発の対象となった東京佐川急便事件で捜査に疑問を抱く。疑問を検察幹部にぶつけていくうちに杜撰な捜査の実態が浮かび上がってきた。

 特捜部は捜査経過を上層部に報告する前にメディアを利用する手法を採っていると検察幹部が宮本氏に打ち明けた。「最初に政治家ありき」でまず「政治家=巨悪」のイメージを国民に植え付け、摘発する対象を悪いイメージにしたところで捜査に乗り出す。そして検察が描くストーリーに合わせて供述調書を作成する。都合の悪い調書は採用されず、都合の良い調書だけが採用される。

 東京佐川急便事件では検察の思い込みとは異なり金丸氏を訴追する事が無理だと分かった。起訴しても裁判で有罪に出来ない。それどころか杜撰な捜査の実態が明るみに出てしまう。しかしメディアを利用して「金丸=巨悪」のイメージを作り上げた検察は振り上げた拳を下ろせない。

 そこで検察は「恫喝」によって検察のストーリーを押し付ける事にした。略式起訴の罰金刑という軽微な処分を条件にして検察のストーリーに合った供述に差し替えるよう求めたのである。拒否すれば竹下派の政治家事務所を次々「家宅捜索」すると言って脅した。検察にとって「家宅捜索」はただの脅しで事件にする気はないのだが、「家宅捜索」された政治家の方は決定的に窮地に立たされる。そして検察と戦えば長期にわたり政治活動を制約される。

 「検察と戦うべし」との小沢一郎氏の進言を退けて金丸氏は検察との取引に応じた。ところがメディアによって「金丸=巨悪」のイメージは定着してしまっている。軽微な処分に国民の怒りは爆発した。怒りは検察にも向かう。検察庁の建物にペンキが投げつけられ、検察の威信は地に堕ちた。検察は何が何でも金丸氏を逮捕するしかなくなった。無記名の金融債を所有している事を掴んだ検察は金丸氏を脱税で逮捕するが、宮本氏はなぜ無記名の金融債を検察が知りえたのかに疑問を持つ。元検事から検察は永田町の権力闘争に利用されたと示唆される。そして「検察の堕落の原因はロッキード事件にある」と宮本氏は検察幹部から言われるのである。

 ロッキード事件で検察が描いたストーリーは、ハワイでの日米首脳会談でニクソン大統領からトライスターの購入を要請された田中角栄総理が、丸紅の檜山広社長から「請託」を受け、全日空の機種選定に影響力を及ぼし、見返りに5億円の賄賂を受け取ったというものである。しかし様々なジャーナリストの取材によって日米首脳会談でトライスターの話などなかった事が明らかになっている。

 また全日空は田中総理の働きかけなどなくともトライスター導入に傾いていた事を航空業界に詳しい記者から宮本氏は教えられる。田中角栄氏は丸紅からの「請託」を一貫して否認したが、丸紅の檜山社長は取り調べで「請託」を認めた供述調書を、裁判では「検事から恫喝され、あきらめて署名した」と証言した。

 丸紅が田中角栄氏に5億円を提供したのは全日空がトライスター導入を決めてから10ヶ月も経った後で、受け渡しの場所は英国大使館裏の路上など不自然な場所である。宮本氏はロッキード事件を見直しながら、本当に丸紅から田中角栄氏にロッキード社からの賄賂が渡されていたのかに疑問を持つ。宮本氏は事件を担当した検事に疑問をぶつける。すると「ロッキード事件は奥が深いんだ」、「ロッキード事件の追及は検察に対する挑戦になる」と言われる。「ロッキード事件の真相を追及するのはやめろ」と言う訳だ。

 そして1993年、田中角栄氏が死亡すると、宮本氏は最高検の幹部から「誰も田中の判決を書きたくなかった。これで最高裁もほっとしただろう」という言葉を聞く。最高裁は田中の死後、検察のストーリーの拠り所となったロッキード社幹部への「嘱託尋問調書」の証拠能力を否定する判決を下した。メディアが東京地検を「最強の捜査機関」と持ち上げたロッキード事件は、事件後17年を経て最大の証拠を否定されたのである。

 ところがロッキード事件は国民を「政治とカネ」のマインドコントロールにかけ、国会は国民生活に関わる議論より「政治とカネ」のスキャンダル追及に血道を上げるようになった。国民は国民の代表を「巨悪」と思い込まされ、政治資金規正法を厳しくする事で政治家は政治活動を自ら制約するようになった。情報は専ら霞が関の官僚頼みとなり、情報によって政治家は官僚に支配される。先進民主主義国には見られない政治の構図が続いてきた。

 メディアを利用して「政治家=巨悪」のイメージを植え付け、ストーリーに合った供述だけを証拠とし、合わない証拠は隠滅し、また恫喝によって証拠を作り上げる検察の捜査手法は、検察幹部によれば、ロッキード事件をメディアが賞賛したため誰もが問題にすることなく続けられてきたのである。それが「無法検察」を野放しにしてきた。いま国民の目の前にあるのはそうした現実である。国民主権の国を作ろうとするのならこの現実をしっかり直視すべきである。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/8377

コメント (22)

田中先生は優しく「無法検察」と言うが、私から言わせてもらえば「犯罪者集団検察」だ。

この国再生のためには、ロッキード事件の全容を明らかにし、田中角栄の名誉回復と共に、官僚権力の真の姿を全国民が理解することから始まると思う。

田中 様

法が命であって、法によって捜査、起訴すべき検察が、法を無視し、マスコミを利用し、国民世論を喚起し、検察ストーリーによって、国民に選ばれた国会議員を逮捕起訴することは、少なくとも成熟した民主主義社会においてはあり得ないことです。

東京佐川急便事件、ロッキード事件で、本来の検察のあり方を逸脱した捜査、起訴をはじめ、国会議員の恫喝に対する弱さに味をしめ、官僚体制を強固にするため、有力な政治家を拘束し、政治的生命を奪い続けてきました。

常に田中氏御主張のように、選挙前に逮捕すべき理由があれば逮捕すべきであって、いやしくも選挙民によって選ばれた国会議員を逮捕するのはあまりにも選挙民を愚弄する特権意識が強すぎると言えます。

逮捕、起訴するのであれば、それなりの国民に対する背信行為でなければならないが、今回の記載のミス程度のことで検察が起訴できないからといって、検審強制起訴などは国民をばかにしていると言えます。

今回のことで、虚偽供述調書を根拠に検審起訴したことが明らかになってきた。裁判所は司法の権威を確保するために、捜査供述調書を強制的に提出させ、真相を国民に明らかにしてほしい。

特捜検察とは、人間の常識で考えられる組織とは思えない。自殺された、柴野たいぞう元議員の「検察に死の花束を捧ぐ」を今読んでいます。検事という人種はどの様にして作り上げられるのでしょう?この世の者とは思えません。
裁判で田代検事、前田元検事の証言を検察はどう捉えるのでしょう。検察組織を守る為に権力をかざして、証拠を隠すという行為。政治家、法務省、大臣皆わかっていても手を出せない。これがこの国の現実、権力には逆らわない。たとえ気違い的な行為でも逆らわない。こうして、検察をお山の大将にしてしまった。政治家は、柴野氏の本を読んで、明日は我が身と思わない。恐ろしく鈍感なのか、それとも恐れて近つけないのか?いずれにしても、政治家は職務怠慢としか言えないですね。国権の最高議決機関は全く機能されて居ないという事ですね。

「公務員人件費の2割カット」なんかしなくていい
から、代わりに「取調べの完全録画」と「クロス
オーナーシップ規制」を実現して欲しいです。

この国は、官僚とメディアによって支配されてい
る。偽装民主国家とさえいえるこの国の未来は、
その構造の破棄・脱却を実現して初めて期待が
生まれる。

2月17日の、供述調書採用について裁判所がどう決定するかいよいよ近づいてきましたね。

大メディアは証拠採用されれば小沢有罪の可能性が高まり、証拠採用されないなら無罪の可能性が出てくるなどと書いているが、このような表現は的確ではないでしょう。 検察一体の原則のもと、最高検は、その供述調書がありながら二度にわたり不起訴処分を決めたのである。証拠採用されないなら、事実上無罪以外ない。

万一にも証拠採用されると言うことがあれば、裁判官が虚偽報告書で訴追される可能性が高い田代検事をなおも信用してやまないと言うことになるが、はたして裁判官はどこまで冒険を犯すことが出来るだろうか。

検察が裁判所から求められた検察審査会に提出したリストの公開を拒否したことは、検察が組織防衛に走っているということで、田代検事の上司達への波及を恐れているし、検察審査会への疑惑、最高裁事務総局への疑惑が拡大することも恐れている。

最高検は二度にわたり不起訴処分にしたのだから、我々の組織には小沢裁判には関係ないと逃げ腰であり、無罪判決だろうが公訴棄却だろうが構わないというのが本心ではないのか。

強制起訴の検察官役弁護士達も本心は早くこの裁判から解放されたいのではないだろうか。
安い手当報酬で長々と法廷闘争に付き合うのをのぞんでいようか。

2月17日の裁判所の決定はいずれにしろ、今後の日本政治の動向に与える影響は大きい。

〈続〉
http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/118.html

阿修羅さんのブログに良い記事がありましたのでコピーさせていただきました。

ほんとうに検察の立場も苦しいんだろう。
しかし 暴走検察、無法検察を許すわけにはいかない。

仮に 捜査段階での石川被告の供述調書が証拠採用されたとしても
有罪の可能性が高くなると言うものではない。 虚偽記載犯罪への共謀罪が成立するにはその他にも立証されねばならない重要な事柄がある。

本当に虚偽記載があるのか、共謀した動機は何か、刑事事件の常套である何時どこでどのように為されたのか具体的に立証されねばならない。 しかるに会計学の権威である鑑定証言でいわゆる期ズレは虚偽記載ではないと証言されている。 動機についてはあの水谷裏金については証拠調べさえ為されてはいない。

強制起訴の根拠とされた石川秘書の供述調書が証拠採用されなければ、検察官役弁護士は起訴取り下げすべきが法曹の良識というものだが。

証拠が無いのに推認もヘチマもないのだから、いかに過去に無罪判決を出したことのない裁判長でも
無罪判決を書かざるをえないのではないか。さもなくば完全に狂った裁判、日本の司法となる。

刑事訴訟法338条や339条では公訴棄却を規定している。

今回の検察の取った態度は 暗に裁判所に 強制起訴を公訴棄却で断罪しても良いと誘っているようにも思える。


小沢さんに有利な証拠を出さないということは、検察は不起訴にしながら、その実務を担当している検事は審査会によって起訴されることを望んでいた、すなわち本来は白である小沢一郎を罪に陥れたいと言う強い意志があったと言うことです。

なんとも恐ろしい組織です。国会議員がこの件で発言できないのもうなづけます。

国会改革も急がれますが、やはり行政の改革も待ったなしです。

<田中良紹様>
こんにちは。田中さんの論説を読むと、つくづく政治史を知らなければ、現在が見通せないと感じます。
さて、ロッキード事件はアメリカの影が散らつくのですが、それ以外は、米国の指令であるかに見せかけて、検察特捜及び最高裁事務局のエリート達の私欲・歪んだ国体意識によるものと推察いたします。
特にいわゆる金丸事件は、現在の小沢事件に繋がります。金丸さんは、小沢氏提唱の二大政党制の理解者であったし、資金も用意していたのでしょう。
いわば金丸事件は、自称右翼(検察へのペンキ投げつけ)の存在も含め、小沢事件と酷似しているのです。
一旦は、罰金で済ませ(小沢氏不起訴)、その後の世論(実質メディアによる悪印象の操作)によって、自称右翼により検察庁の看板にペンキが投げつけられ、(小沢氏の場合は自称市民を名乗る検察審査会を使って起訴相当議決)威信が保てないとの理由によって金丸氏は逮捕拘束されました。
今にして思えば、検察を含む霞ヶ関と竹下登の三宝会等による策略によって金丸潰し(実質小沢潰し)は決行されたという疑いを抱きます。
いわば「市民感情」という世論誘導による民主主義潰しです。
それでも、少しずつですが国民は進歩しています。「フロッピー前田」「ストーリー田代」「キャメル佐久間」「パワハラ民野」など、これほど司法関係者があだ名で呼ばれる時代は初めてではないでしょうか。
小沢氏もBS11のインサイドアウト出演時に「国民は変ってきているのに、いわゆる永田町村の意識が変わらない」と語っています。
日本は戦前・戦後と変らず偽装民主主義国家です。見えざる外圧にとその手先の官憲によって、本当の民主主義は潰されてきた歴史です。
その国民が、それでも08年の参院選挙09年の総選挙によって、政権交代=民主主義の行使を行った。
それは彼ら官憲にとって由々しき事態なのでしょう。
「普通の国」になられては困るのです。小沢民主党が掲げた「オープン&フェアネス」の国家では困るのです。
だから、自民党より悪質な「国民生活潰し」が行われており、国民は罰を与えられているのです。
二度と民主主義の行使=大それた考えを持つな!という脅しだと思わざるを得ません。
事実、生活第一を標榜する議員は多数派であっても、ポストにつけず(見えざる手と官僚の意思によって?)、少数の政経塾議員や官僚出身議員の間でグルグルと回っているだけです。
国民は、どれだけ選挙で反撃をしようと、責任を取らないのですから(自民党なら少なくとも幹事長辞任、総理交代、政党内の反主流派への党内政権交代)、空気にパンチを入れている様な空しさです。
そして、しっかりとした国家観がない第三極のパフォーマーで国民の目先を変えようと目論んでいます。
国民はそれでも踏み留ままらねばならない。選んだのは明治以来の統治機構の根源的な改革であり、中抜き・不校正な税金の徴収と使い方を糾す勢力であり、行き過ぎた格差を是正する国民生活第一の理念であった事を常に胸に抱き、たぶらかされてはいけないのです。
小沢一郎は、マニフェストに掲げ、国民と契約すれば、党内の反小沢勢力であっても、やるはずだと考えていた。やってくれれば自分はポストなどいらないと考えた。でも、それはゴミ箱に入れられた。彼が生涯をかけて成就させようとした「普通の国の民主主義」がゴミ箱に捨てられた。国民の意思が捨てられた。
私は第三極などにグラグラしない。唇をかみしめて、小沢一郎の意思に従う。

起訴の判断に使った資料が、有罪を判断する資料としては使えない。そんな馬鹿な話がどこにあるんでしょうか。
有罪の見込みのない起訴は違法であるとする判例があります。有罪の見込みのある起訴であることを証明出来ないならば、それは違法な起訴であると言わざるを得ません。
検察が訴訟の当事者ではないから開示出来ないなどというのは屁理屈にもなっていません。では検察は検察審査会の当事者ではないのだから検察審査会に資料を提出するべきではなかったとでも言うのですか?指定弁護士が起訴した場合、裁判では当事者ではない検察の作成した検察官面前調書を証拠として使わせないとでも言うのですか?
どの口が「政治資金規正法の趣旨に反するから虚偽記載にあたる」などと言っているんでしょうか。検察が法律の番人ではなく官僚の番犬であることがよーく分かりました。

 田中さんは以前,「小沢事件がロッキード事件までさかのぼれるか否か」の重要性を語っておられたと思います。それは,小沢事件を小沢氏をめぐる日本の権力構造の問題として理解できるか否かの重要性と同意義かと思います。国民レベルにおいて,ロッキード事件までさかのぼって日本の権力構造の問題点を分析できるようになった時,その時が国民が一種のマインドコントロール状態から覚醒する時だと思います。
 小沢氏に対する「金に汚い」といった否定的イメージは小沢氏と金丸氏とのつながりを端緒にしてマスコミによって繰り返し国民に刷り込まれてきた結果に負うところ大であると思います。
 小沢氏は,自らへの否定的イメージ払拭のために最も必要なのは政治が結果を出すことだと先日述べておられました。何がそのきっかけになるかまだ見えない現状ですが,望みをつないでいます。

ドラマ「運命の人」の示唆するもの

結局40年前も今も同じことをやっている。
昔の話で少し救われるのは、まだ新聞記者達がが少しでも「良心」を有していた、と思えること。
すでに沖縄返還密約、核密約については米国公文書から「事実」認定されているが、あの時「岡田の言い草」もまた、進歩のない話であったことを記憶している。

「返還密約」「核密約」に抗議して連日の街頭行動を繰り返していたあの当時に、新聞界にこのような「正義の戦い」があったことを知る由もなかったことは残念であるが、それでも当時のジャーナリストには、少なくともストーリー上は「戦後主体性論争」におけるマスコミジャーナリズムの戦争加担への「反省の感情」が息づいている。

「核密約」を「国家公務員秘密漏洩そそのかし罪」ですりかえた当時の佐藤と後藤田もひどい輩であるが、それと同じことが、小沢さん陸山会事件、鈴木宗男事件、村木事件のごとく、過去でない現在においてもいき続けている権力側(?)の思途に明示されることに背筋が凍る。「国家権力」とは何なのか?

このドラマをみて、皆はなにを感じるのであろうか。
2はち国家国民には、このドラマの「意図とテーマ」はどのように映るのであろうか。
ドラマをみながら深く暗い闇に恐れおののく自分がいる。

そしてまた我々同時代の歴史の当事者達が当時犯した罪は、良心の闇とともに、墓場まで持ち去るしかなさそうである。

恵美さん、第三極は使いようです。
マーケティング戦略的にみてももはや無視はできません。
すべては「めくらまし戦術」の時代です。マスコミなんぞにはもはや追随はできません。

第三極を使いこなせる胆力のある政治家(集団)がいればいいのです。

The journalでいろいろ教えて頂きました。

無法検察もすべてがアメリカの犬とは思いませんが、グローバルな世界競争の中、国外に闘いの意志と知恵を結集すべきでしたが、あまりにアメリカの庇護の下、国内が平和ボケしていた為、いつの間にか一部の特権階層が自分らの出世と安寧の欲に溺れ身内国民を食物にするような日本のボケ国民の権力争いの形相です。

正義は大衆の共有できる絶対真実ではなく、平和ボケの時代、一部の特権階層が判定するのが正義です。二八国家ですから?・・・・・・・

現況の政治に・国に・どんなに不満・反対の意志があっても自分が少数意見で残飯環境の二八国民の中に住んでいる限りは長いものに巻かれろの・・論理で不快感が増すばかりです。
お題目先行の国民参加の政治などとゆうのは、たかだか一票しか行使できない政治への関わりからして夢物語になっております。

官僚が悪い、国会議員が役立たず、景気が悪い、メディアが本来果たすべき役回りの情報の伝達から遠い陳腐な存在となっている、といろいろありますがそれが日本の今だとすれば、たかだか一介の庶民が政治に目くじらを立てて何の意味があるのだろうか。と思ってしまう。所詮二八の分類分けの少数の貧民の遠吠えに近いようです。

殆んど庶民のアリ国民は集合合体すれば戦力になりますが、如何せん平和安全ボケに教育された環境では二八が五五のもなり得ない日本国民は東シナ海に衰退豚座する不思議な国民です。

>野田佳彦首相は沖縄県を訪問する方針を固めた?
仲井真弘多知事と会談するほか、宜野湾市の米軍普天間飛行場の視察などを検討している。首相の沖縄入りは、昨年9月の就任後初めて・・・so what?
在日米軍再編計画の見直しをめぐり、在沖縄海兵隊のグアム移転と普天間飛行場移設を切り離すことで・・・・・・
日米両政府が合意したことなどを説明。普天間問題に関しては、同県名護市辺野古への移設を堅持する方針を示し・・・・・?


民主の鳩山・菅・野田の擬似自民同様な成金、時代をスポイルする首相のオキナワごまかし・お願い行脚は実に不愉快です。過去の自民党と同じで海兵隊が辺野古に移駐すれば日本の国防が満たされるかのような既得権安楽、アメリカの拘束から自由になれない・・意味不明な防衛感覚で、まっことこの国の自衛の国防意識は大丈夫かと思ってしまいます。


図々しく強姦スタイルで・・嘉手納に極東一のアメリカ空軍が勝手自由に鎮座しているのに、たかだか時代錯誤の奇襲・ジャングル専従戦闘要員のアメリカ海兵隊の普天間基地継続や、辺野古・増基地で中国や?ロシア?に対抗できる防衛戦力になるのか?不思議でたまらない。日本国とオキナワと宜野湾市の基地が、はたして衰退していく国アメリカの極東軍事戦略が時代を適切に反映しているのか怪しいものです。悪戯にアメリカに翻弄されている政治家と、責任取らずのアメリカ好きの官僚外交に漫画を見ます。


野田ソーリーのオキナワ形式訪問は例の如く公用車と警護車を連ねながら、宜野湾市嘉数高台で双眼鏡眺める普天間基地・視察して、成りすましのOKの観光ツアーに終わるでしょう。日本の総理たるのもの国土の一部である普天間基地や嘉手納に自衛隊機で降り立つとゆうのも勝手自由だと思うのが、それを実行しない不思議さがあります。


アメリカのポチではなくて,このような国家の政治感覚で日本国のプライド?ミニスターの意識はあるのだろうかと疑ってしまいます。ましてやオキナワ駐留の自衛隊ヘリコプターで普天間・辺野古を空からの視察で一目すべきである。アメリカの傍若無人の占領地図が時代の遺物であることを天空からの視界で開眼して欲しいものです。


野田を選択した訳でもなく,投票したのでもないのだが
どうしても野田シのような非人格・無表情・危ないノーマル個性の、アリ国民受けしないような方がソーリーになるのでしょうか。

普天間も辺野古も岩国もアメリカの植民・種付け基地でしょうか。ね。

自主独立の意思表明ができなくて東京でオリンピック誘導・誘致・・・・
この国どこか狂っていません?

田中良紹様

毎々近代現代の政治史を踏まえた解説有難うございます。いまも公然と続いている「不都合な政治家破壊」=「民主主義破壊」は、この国の官僚組織を中核にした行政機構と報道組織が無法などというレベルではなく「国家の癌」である事を明示していると感じます。がん治療のために、霞が関の福島第1原発跡地への移転をさせればどうだろうか?などと愚にもつかない怒りに駆られます。民主国家の主権たる国民(自分)の責任の重さを改めて思い知りました。

田中様
 ネットで、これだけの情報が流れていることは、多くの国会議員が知っているはずです。なのに検察を国会に呼んで、説明させないのは何故なのでしょう!!
 ここまで来ると官僚だけでなく
国会議員の司法に対する態度が問われなければならないと思うのですが・・。 
       つくば市佐藤

大久保秘書の逮捕、西松事件から陸山会事件への訴因変更、検察の小沢氏不起訴、在特会?の検審への告発の相談役と受理、審査員の選択疑惑、登石裁判長の異様な推認判決、すべてに最高裁事務総局が絡んでいる。全てが異常な行為だ。法務省はじめ政治家内部の法務関係の委員会の静けさ、これは何なんだろうか?物言わぬ政治家、物言わぬ国民、やはりこの国は官僚によって動かされているのでしょう。官僚の権力を恐れて政治家が何も言えない。何も変わる事は無いでしょう。田中先生の民主主義国家を命がけで実現させようとしている小沢一郎氏こそ、政治家の理想だ。政治家は国民が選ぶその代表、税金を合法的に取っているこの国に官僚の努力は無い。彼らは国民に選らばれた訳では無く、自ら試験を受けて権力者になった個人主義者だからだ。何の人生経験も無く、人生試験が命の人間に、人生の辛さ、苦しさを知らない。1日のメシも食えない人間、餓死している人間、自殺する人間を彼らは鼻でせせら笑ている、官僚以外は人間にあらず、この愚民どもがと。もうこの国は小沢氏以外には国民を救えない。

田中良紹 様

平成23年10月12日付で、受理された大善文男裁判長に対する訴追請求状「訴発第455号」は、平成24年2月7日付で「不訴追決定」との「訴発第109号」の通知が着きましたので、報告いたします。

平成24年2月7日に本当に訴追委員会を開いたのかどうか確認中ですが、あやしくなってきました。
仮に訴追委員会を開いていたとしても、下記投稿の「重大な事実確認の欠如事項」の抜け落ちた、訴追委員会事務局が捏造した調査報告書により審議したことになりますので、この議決は無効です。

ところで、私も、ロッキード事件について、『小沢一郎氏が死んでから、陸山会事件は「検察のデッチアゲでした」なんて二の舞いは、断じて許されるものではありません。』と、この投稿で、松原仁国家公安委員会委員長に言ってやりました。
最後の聖戦(小沢裁判)!「不訴追決定」は、思う壺。 『さあ、決着をつける時が来たようですね。』
http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/302.html

http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/272.html

サンデー毎日が それでも小沢有罪にされると記事にしているようですね。

最高裁事務総局が総元締めとなり検察審査会や地検特捜部を操り、配下の地検裁判所裁判官を牛耳っているのだと。

その事務総局と法曹出身の仙石元官房長官らを通じており、反小沢中心の野田政権は 4月小沢有罪判決後に小沢除名に踏み切り消費税法強行するシナリオらしい。

そういえば 同じ2月17日に消費増税大綱を閣議決定するらしい
が、小沢有罪説が本当なら、増税反対の旗を鮮明にしてきた小沢グループ潰しをぶっけてきたとも言えるだろう。

政権幹部が野田総理へ最高裁事務総局の小沢有罪の感触を伝えたという話はにわかに信じがたいが、小沢氏に近い議員から得た情報ということであり、小沢氏サイドは最後の最後まで裁判の行方について楽観視していないということだろうと思う。

2月17まであと二日。
供述調書の証拠不採用なら常識的ならもはや有罪にしょうがないと私は思うが、この記事ではまだ何が何でも最高裁事務総局は有罪にするように大善裁判長へ指示するらしいのだ。
証拠採用なら、どんなに不合理でも無理矢理有罪にする可能性が高まるのか。

いやはや、 日本の霞ヶ関官僚支配は 司法の世界まで貫徹しているとは 空恐ろしい限りだ。

もはや日本は 民主主義国家ではない。


田中様の国民主権の国を作るという言葉は虚しい。
今の政治家で国民主権を実現しようという政治家はいるのか、少なくとも民主党にも自民党にもいない、完全な官僚下僕しかいない。
※党員資格停止で党活動の出来ない政治家は除いて。
この国は検察だけが巧妙なのではない、例えば消費税、欧米と同じ税と国民は教えられており、誰も疑問を持っていないが、欧米は贅沢税で日本の昔の物品税なのだ、その時日本は25%かけていた、それを消費税に変え、全商品一律にしたのである、こんな税は世界初である。欧州では消費税20%でも税全体に占める比率は日本と同じであるのは当然で、日本と欧米は同じ消費税といっても全く違うのだから。
欧州に比べて消費税率は低いというのは完全な嘘なのに政治家は誰も疑問を呈していない。
徳川時代の封建制もしかり、封建制とは中央集権の律令制に対する地方分権を意味した。ドイツの連邦制度と同じだ。山片バントウといった著名経営者兼名学者は封建制を賛美している。中国の封建制も同じ。
明治になって官僚が封建制を身分制度としてのみ解釈し、国民を洗脳したのだ。
全てにこの調子であるから、今の制度を壊さない限り国民主権など無理だ。総理を国民が選び、総理が国民から絶対権力を付与されて大臣だけでなく、検察幹部、外務省大使の任命権を持たない限り、国民主権など出来ない。
米も日本に対して中途半端な民主主義を押し付けたものだ。
橋下始めとした第三勢力が突破口を開くことを切望する。
国家があって国民があるのでなく、国民があって国家がある。江戸時代以前は幕府にも国家観はなく、諸藩と同じで、国家として天皇を担ぎ出さざるを得なかったのだが、それでも300年統治できた。
国家など官僚が都合よく利用してきたもので、国民に犠牲を強いる方便である。
統治機構を大変革する以外この国は変わらないことははっきりしている。

>無法検察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小沢一郎氏の裁判を巡って、東京地裁から求められていた証拠の開示を東京地検が拒否している事が明らかになった

石川知裕を取り調べた田代政弘検事はインチキの捜査報告書を作成した事を認め、それが小沢氏を強制起訴した検察審査会の議決に影響した可能性が指摘されていた。

だから裁判所は検察審査会に送付した資料リストの開示を東京地検に求めたが、東京地検はこれを拒否した。

拒否の理由を検察幹部は
検察は訴訟の当事者でなく、裁判に影響を与える証拠を自ら開示できる立場にない?
・・・・と詭弁でゴマかした。

狂乱・唯我の特捜部は捜査経過を上層部に報告する前にメディアを利用する・・・・・
その手法を採っていると検察幹部が宮本氏に打ち明けた。
そして検察が描くストーリーに合わせて供述調書を作成する。
都合の悪い調書は採用されず、都合の良い調書だけが採用される。

またあの時の全日空は、田中総理の働きかけなどなくともトライスター導入に傾いていた事を航空業界に詳しい記者から宮本氏は教えられる。田中角栄氏は丸紅からの「請託」を一貫して否認したが、丸紅の檜山社長は取り調べで「請託」を認めた供述調書を、裁判では「検事から恫喝され(注)・・・・・・・あきらめて署名した」と証言した。

ロッキード事件は奥が深かった。「ロッキード事件の追及は検察に対する挑戦になる」と言われた。「ロッキード事件の真相を追及するのは、やめろ」と言う訳だった。

そして1993年、田中角栄氏が死亡すると、宮本氏は最高検の幹部から「誰も田中の判決を書きたくなかった。これで最高裁もほっとしただろう」という言葉を聞いた。

国会は国民生活に関わる議論より「政治とカネ」のスキャンダル追及に血道を上げるようになった。 情報は専ら霞が関の官僚頼みとなり、情報によって政治家は官僚に支配される。先進民主主義国には見られない政治の構図が続いてきた。

メディアを利用して「政治家=巨悪」のイメージを植え付け、ストーリーに合った供述だけを証拠とし、合わない証拠は隠滅し、また恫喝によって証拠を作り上げる検察の捜査手法は、検察幹部によれば、ロッキード事件をメディアが賞賛したため誰もが問題にすることなく続けられてきたのである。

それが「無法検察」を野放しにしてきた。いま国民の目の前にあるのはそうした現実である。国民主権の国を作ろうとするのならこの現実をしっかり直視すべきである。
>田中良紹 2012年2月 8日 ・・・・・


何回も読みながらやっと復唱できるようになった。

明快な田中氏の指摘に、信じていた正義の地検特捜と・・メディアはグルあることが解った。官僚特捜の組織悪知恵がメディアを凌駕しているのがわかった。情報公開の先陣国イギリスやアメリカと比較して日本が腐れた変態民主主義の国だと思った。情報伝えない、真実を知らない国民は悲劇だと思った。やがて日本もグローバルな世界経済から取り残されていくような衰退する官僚国家の未来を想像した。

田中塾に・・ぜひ一度は参加したいと思った。   

ネットで速報記事を見てほっとしたところです。

今日の公判で、小沢氏の関与を認めたとする石川元秘書の供述調書は全て証拠不採用にされたという。大善裁判長は検察捜査の強迫と誘導を厳しく批判し証言の任意性を認めなかったらしい。

サンデー毎日の記事で、裁判長が最高裁事務総局の威圧に屈してひょっとしたら有罪判決のために証拠採用を一部でも残すのではと危惧していたが、それは杞憂となったようでよかった。

サンデー毎日の野田総理に政権幹部から最高裁事務総局へ有罪の感触が伝えられたとか4月の有罪判決後に小沢氏や側近議員の党除名により消費税法案が強行されるというのは週刊誌特有のガセ煽り記事と言うことにつきるだろう。

公訴棄却か無罪の判決を聞くまでけして油断は出来ないので、検察審査会疑惑や最高裁事務総局の不正疑惑、何より最高裁事務総局という魔界の権力組織を厳しく監視して不正追及を続けなければならない。

だが、これから4月判決後も、石川議員は自らの控訴審を闘わねばならない。 

控訴審では 期ズレの虚偽記載違反は無いということと、水谷裏金は受け取っていないと言うこと、水谷元社長の証言は虚偽ではないのか、一億円は水谷元社長らにより横領され、検察の追及をすり替えるため、また検察の強迫誘導により石川秘書らに裏金を渡した嘘の証言をしているのではないかを弁護団は厳しく追及してもらいたいと思う。

水谷裏金は嘘であったことが白状されれば、あの登石裁判長に将来はなくなるだろう。

最高裁事務総局の威光にひれ伏しおどおどして冤罪を濫造する裁判官は追放しなければならない。

田中良紹様

日本の司法の堕落の原点が、時の最高権力者の総理大臣である田中角栄氏を、当時の検察が日本の刑事訴訟法では明らかに違法な手続きであるコーチャンやクラッターの嘱託尋問調書を使って陥れ、また当時の裁判官はその違法性を十分わかっていたにも関わらず指摘しないで田中氏が死去するまで裁判を継続した「ロッキード事件」にある、と小生も思います。

さらにこの時の検察の陰謀に手を貸して「巨悪イメージ」の煽り報道をしたのが、NHKを含めた新聞・テレビ11社と立花隆に引っ掻きまわされた文芸春秋などマスゴミの輩です。

その悪徳検察の残骸とも言うべき堀田力や宗像紀夫、最近では河上和雄や若狭勝などのヤメ検弁護士が、検察が煽りたい事件の捜査や裁判が始まるとすぐにマスゴミに引っ張りだされて、上から目線のデカイ態度で「解説」とかをしたり顔でしているのを見るたび虫唾が走ります。

現在の日本社会の不正義・不公正・不平等・不公平の問題事象の大半の原因は、この検察集団のように「官僚の無謬性」という嘘に立脚して国民に対して全く責任を取らない役人組織と、本来のジャーナリスト精神を放棄して他からの批判を許さず唯我独尊で煽り記事を垂れ流すマスゴミ組織の二つにあります。

これからの日本の再生のためには、この二つの組織の病理を抜本的に治療することが喫緊の重要課題であり、それを執刀するのは政治の力をもってしか出来ないことで、それが可能なパワーを持っている政治家は今のところ小沢一郎氏ただ一人であると小生は考えます。

ロッキード裁判の頃、自分は素朴にに検察応援団でした。田中角栄氏の絶大の政治権力にひるまない検察と思っていました。しかしどう逆立ちしても嘱託尋問調書は証拠にはできないと考えていました。あの頃朝日ジャーナルに立花隆氏がロッキード裁判の傍聴記録を連載し、延々と検察の応援をしていました。朝日ジャーナル、立花隆氏、筑紫哲也氏、は何だったのだろう思うと情けないです。現状を見ると「嘘つきは検察のはじまり」「検察は嘘つきのはじまり」法学部は「偽証学部」です。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.