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2011年8月31日

1日で考えを変えた

 民主党代表選決着直後に、現在の政治情勢で「大連立と増税」を掲げた候補を選ぶのは民主党の政治的未熟さの現れだと書いたが1日で考えを変えた。野田氏が「大連立と増税」を目指すとは思えない人事配置を敷いたからである。

 まず幹事長に輿石東氏を据えた。参院議員会長と兼職だと言う。これは自民党にとって容易ならざる事態である。「大連立」は「ねじれ」があるから必要だと大連立論者は言うが、現実は「ねじれ」があるようでないというのが私の見方である。

一つは震災復興にはどの政党も協力せざるを得ない。「ねじれ」を利用して政府に協力しない野党は国民から糾弾される。第二に政治力があれば野党を分断して参議院自民党を少数側に追いやる事も可能である。第三にメディアは民主党の分裂模様ばかり報道するが、自民党の中も同様で、特に参議院自民党の分裂は民主党以上に深刻である。そんな時に与党がマニフェストを変えてまで大連立を持ちかける必要はない。

 そこで参議院自民党にもパイプを持つ輿石氏が幹事長に就任した事は、以前の未熟児的執行部とは異なり、様々な政治技術を駆使する可能性が生まれた事になる。大連立話も民主党がマニフェストを変えてお願いをする話から自民党分裂を誘う材料に変わるかもしれない。「三党合意を守る」と言っても守り方の中身が違ってくる。野田氏の「大連立」は前の執行部の「大連立」と同じではないと思わせるのである。

 次に野田氏は政調会長に前原誠司氏を充てた。前原氏は代表選挙で増税に反対の姿勢を表明していた。その人物を政策の責任者に起用したのだから、野田氏の「増税」も何が何でもと言う訳ではないようだ。ここは「大連立と増税」という主張をストレートに受け止める必要はないと思うようになった。

 国対委員長の平野博文氏や幹事長代理の樽床伸二氏を含めて党の執行部体制は反小沢ではない。野田氏の挙党体制を構築する意志が明確になった。党役員人事が反小沢でない事がはっきりすれば、閣僚人事で自らに近い人材を存分に配置する事が可能になる。管総理の「お友達内閣」とは対極でなかなかの政治力を感じさせた。

 代表選挙での野田氏の勝因を反小沢派の結集とする見方があるが、それは余りにも底の浅い見方である。前原グループとの連携はあらかじめ決まっていたから野田氏を勝たせたのは鹿野グループの投票である。第一回目の投票で52票獲得した鹿野氏はサインを送って野田氏への投票を促したと言う。その結果39票が野田氏に、10票が海江田氏に流れた。その鹿野グループの中核は農林関係議員と旧鳩山グループの議員たちである。

 鳩山グループはこのところ新旧二つに分かれ、菅内閣不信任案を採決する頃から異なる役割を演じてきた。これが修復不能な分裂なのか役割分担なのかは政局を読み解くポイントの一つである。そして農林関係議員として鹿野氏を推していた山田正彦氏が途中から離れた事で、鹿野支持派は小沢グループの引き抜きだと反発し、野田支持に回ったとされるが私は鵜呑みにする気になれない。このあたりに「目くらまし」が施されているように見える。

 野田氏は前原氏の出馬で落選確実と見られていた。その野田氏も前原氏も最大勢力を誇る小沢氏に面会して支持を求めた。その結果、小沢氏は前原氏の不支持を決めたが、野田氏を不支持とは言っていない。そして小沢氏は鳩山グループが推す海江田氏を支持する事に決めた。前原氏を不支持とした理由は幹事長人事で折り合わなかったとされている。つまり前原氏は輿石幹事長を承認しなかった。

 野田氏が代表選挙で「どじょう」の話を持ち出したのは輿石氏が念頭にあったからである。つまり代表選挙が始まる前から野田氏は輿石幹事長を約束していたと今になって私は思う。それが前原氏と野田氏の帰趨を分けた。そう考えると来年9月の代表選挙にかける小沢氏の意欲が見えてくる。

 来年の代表選挙に現職総理が立候補するのは当然である。その時、自分が支持した総理の足を引っ張って権力を奪うというのでは筋道がたたない。自分が支持した候補を破った総理と戦うのが正道である。その意味で来年9月までの総理は野田氏か前原氏でなければならなかった。しかし反小沢で動く総理でも全くパイプのない総理も困る。来年戦うに足る「対立」と党をバラバラにしない「共通項」とを併せ持つ総理が好ましかった。

 まだ1日か2日見ただけだが野田新総理は菅前総理とは対極の政治手法を取るように思える。自分の主張を鮮明にして敵を作り、敵との戦いを国民に見せつけて支持を集める「ポピュリズム」型ではなく、主張はしても懐深く真意を見せない融通無碍の政治家タイプである。

 小泉政権以来「ポピュリズム」型政治に振り回されて、政界もメディアも国民も成熟した政治を見る目を失ってきた。新総理にはそれを変えるきっかけを作ってもらいたいと人事を見ながら思った。

2011年8月30日

政治未熟がまだ続く

 民主党代表選挙で野田佳彦氏が新代表に選出された。民主党は政治未熟であるが故に退陣に追い込まれた菅直人氏に代わって、自公との大連立と増税を掲げる野田氏を代表に選んだ。この時期に大連立と増税を掲げるのはそれも相当に政治未熟と言わざるを得ない。その事を理解出来ない政治未熟児が民主党には215人もいた事になる。

 まず野田氏は「ねじれ」のために大連立が必要だと言うが、本当に「ねじれ」があるのか良く現実を見た方が良い。参議院は与党110議席に対して野党は132議席である。確かに22議席野党が多い。しかし権力を持つ与党から野党に出て行く者はいないが、権力を持たない野党には権力に入るか、権力に働きかけて自分たちの政策を実現させたい思惑がある。表で与党を批判しても与党にすり寄る可能性があるのが政治の常識である。

 もうすぐ権力が手に入りそうな大野党はすり寄るより解散・総選挙を求める。しかし小政党はそうではない。野党132議席の内情を見れば、自民党と共産党や社民党では同じ野党でも考えが全く違う。長年自民党と連立を組んできた公明党も、急に手のひらを返すわけにはいかないだろうが、次第に自民党と距離を置きつつある。自民党から分裂したみんなの党、たちあがれ日本、新党改革も自民党と一体ではない。

 そして民主党が政権交代をかけて戦うべき相手の自民党は参議院82議席で民主党の106議席より少ない。そう考えれば赤字国債法案と再生エネルギー買取法案の成立には野党勢力の分断を優先するのが常道で、三党合意による民主党マニフェストの見直しなどする必要はなかった。

 イギリス議会政治の基礎を作ったディズレーリが言うように、選挙公約を守らない事は民主主義の最大の否定なのである。それを民主党は軽く見すぎている。三党合意はただの稚拙な政治技術の結果だと私は思う。

 国民新党の亀井代表が言うように、自民党の参議院から浜田議員1名を引き抜いた事で、実は両法案とも自公が反対しても社民党と共産党の賛成を得て成立させる事は可能であった。もっと言えば自公に反対させて国民の前に復興を停滞させているのが誰かを鮮明にさせた方が民主党にとって得策だった。二つとも自公が反対し続けられる筈のない法案だからである。

 大連立は野党にとっては旨みがあり与党にとって良い事はない。与党にとっては次の総選挙で野党転落が100%確実な時だけの対処法である。しかし政治技術のある与党なら「ねじれ」を「ねじれ」でなくする事も出来る。

 例えば1989年の参議院選挙で自民党は大惨敗、当時の社会党が自民党を10議席も上回った。与党自民党109に対して野党143議席になった。土井たかこ社会党委員長が「山が動いた」と言い、まさしく「ねじれ」が生まれた。

 選挙で「消費税反対」を掲げて勝利した社会党は当然「消費税廃止法案」を国会に提出した。その時自民党はどう対処したか。真っ向から対立するのではなく「消費税見直し法案」を提出して野党分断を誘い、既に実施されていた消費税を廃止させなかった。廃止されていれば政治的社会的混乱は極めて大きかったと思う。

 この時の自民党幹事長が小沢一郎氏である。恐らく「ねじれ」国会の裏表を最も早くから知り抜いているのが小沢氏ではないか。小沢氏は社会党が絶対反対だった「PKO法」まで「ねじれ」の中で成立させた。野党を結束させずに分断した結果である。

 こうした過去の政治を見てきた経験から、あるいは大統領と議会が常に「ねじれ」ているアメリカ政治を10年余見てきた経験から言えば、今の日本の政治は余りにも幼稚すぎる。これでは徹底した現実主義に立って貪欲に国益を追求する諸外国の政治に敵うはずがない。

 野田氏のもう一つの主張である増税も同様である。その証拠に株式市場は野田氏が代表に選出されたニュースが流れた途端に上げ幅が縮小した。前日より128円高い8926円まで上昇していた日経平均が、53円57銭高の8851円に収まった。市場は増税路線を取る総理が誕生すれば日本の景気は悪くなると判断したのである。

 いずれ増税が必要とされる時期は来ると思う。しかし震災対応が急務のこの時期に財布の紐を締める心理に国民を追い込む思考が私には理解できない。税金を上げる前から「上げる、上げる」と騒ぐ事が何かプラスを生みだすとでも思っているのだろうか。思っているのなら相当の政治音痴である。

 昔、バブル崩壊で日本経済が混乱している時に緊縮財政を訴えた橋本大蔵大臣をアメリカの経済学者たちは「何を馬鹿な」と呆れていた。案の定、日本は「失われた時代」に突入し、橋本氏は後に大蔵官僚の言いなりになった事を反省した。その二の舞が起きないかと私は心配している。

 いずれにしても民主党はこの時期に「大連立と増税」を掲げた人物を代表に選んだ。ただし選んだ理由は「大連立と増税」を支持したのではなく、小沢一郎氏の政治力が強まるのを政治未熟児たちが警戒し結束したためだと言う。一方で野田氏は「党内融和」を掲げている。自民党は「大連立」をエサに民主党マニフェストを揺さぶるが「大連立」より解散に追い込みたい。野田氏が民主党マニフェストを変更すれば「党内融和」は図れない。この方程式を新代表がどう解いていくのか見ものである。

 私は民主党と連立を組む国民新党の亀井静香氏を時限的な総理とし、挙国一致の体制で震災からの復興を図り、今回の選挙で選ばれた民主党代表は総理にならずに党の再生に力を入れる方法があると思っていた。それが政治経験の少ない民主党の議員に政治の裏表を教える機会になるとも思っていたが、そうはならなくなった。ただ願わくばこれ以上政治未熟をいつまでも見せられたくはない。

2011年8月12日

ポスト菅の政治課題

 菅総理の「目くらまし」に煽られて「解散風」を吹かせていたメディアがようやく「菅総理の辞任」を報じるようになった。「支持率が下がったため」とか「特例公債法案が成立の見通しになったから」と、菅総理の「急な心変わり」を解説するが、そもそも「解散」など出来るはずはなく、メディアは「虚勢」を見抜けなかっただけである。これで真夏の夜の夢は消え、選挙は2年後の衆参ダブルが濃厚となった。

 前々回も書いたが「解散、解散」と騒いでも、現在、衆議院の「1票の格差」は2.44倍で09年の衆議院選挙時の2.3倍をさらに上回っている。その09年の衆議院選挙を最高裁は「違憲状態」と判断し是正を求めた。次の選挙までに定数是正は避けられない。一方の参議院も「1票の格差」は5倍を越えており、13年の選挙までに是正は絶対条件である。

 しかし私の経験によると、定数是正は党利党略、個利個略が絡み合い、とても一筋縄ではいかない。大いなる政治力と知恵が必要になる。それが2年以内に成し遂げなければならない政治課題である。そして当然ながら震災からの復興は待ったなしの急務である。こちらは挙国一致体制を築けるかどうかが勝負である。

 未曾有の災害に見舞われた時、政治リーダーは与野党を問わず危機に精通する政治家や現地に精通する政治家の知恵を集め、縦割りの行政機構をいかにまとめ上げるかの手腕が問われる。ところが手柄を独り占めしたかったのか、菅総理は「お友達」だけで危機に対応しようとした。

 原発事故では法律によらない組織を作り、何をどうしているのかが外から見えない。国民のパニックを恐れてか情報は後手後手に回る。敵も味方もなく有為な人材を使いこなす政治的度量が見えず、自民党総裁にポストをちらつかせて協力を求めるなど逆に関係を悪化させた。それらのすべてが「菅おろし」を招く事になる。

 しかし日本には「ころころ総理が代わるのはもう沢山」、「大震災の時に政争をするな」という国民感情があり、仕掛ける側は返り血を浴びる覚悟を要した。それでも状況を変えなければ復興は遅れるという意識が与野党に芽生え、それが尋常ではない「菅おろし」となった。そう考えると第三次補正予算を組んで復興の道筋を作るのは民主党政権と言うより挙国一致の体制で行なうのが筋である。

 そして挙国一致は必ずしも民主党と自民党との大連立を意味しない。「菅おろし」の理由が政治リーダーとしての政治技術の未熟さにあるのなら、民主党と自民党の双方が受け入れ可能な人物で、期間限定で総理をやった後に権力に固執したくとも出来ない小勢力から政治力のある人間を担ぐ構想もありうる。例えば民主党と小政党が連立を組み、その小政党から一時的に総理を出す方法である。

 メディアは近く予定される民主党代表選挙だけに注目し、顔ぶれや争点をあれこれ想定しているが、ここで選出される新代表は菅総理の残りの任期となる来年9月までを務めるに過ぎない。来年9月には党則による代表選挙が再び行なわれ、その時は今回と異なり一般党員も参加する本格的な選挙になる。従って今回はいわばつなぎの代表を決める選挙である。その代表が来年以降も継続するか交代するかはまだ分からない。

 復興の次の課題は先ほど触れた定数是正である。それが政治力を要する事も説明した。従って来年以降の民主党代表にはそれをやり切る政治力が必要となる。そして1票の格差が是正され選挙の実施が可能になった時、想定されるのは衆参ダブル選挙だが、それが09年のように再び民主党と自民党とが雌雄を決する事になるのかが問題である。

 民主党にはよくよく分かったようにマニフェストを巡る党内対立があり、自民党にも民主党と同様に党内対立が内在する。そして既に政界再編を想定し自民党を離れた小勢力もいる。来年までは震災対応で一致協力するが、その目途がつき選挙を意識するようになると諸勢力は核融合か核分裂によって次第に二つの潮流に収斂していく。軸が何になるかはまだ鮮明でないが、小選挙区制が維持される限り、軸は二つに収斂する。

 この状況は07年に民主党の小沢代表が自民党の福田総理に大連立を呼びかけた時と似ている。あの時、メディアも民主党も国民も全くその意味を理解せず、大連立をひたすら「大政翼賛会」と非難した。まるで民主主義がなくなるかのような口ぶりだった。しかしその非難した連中が今ではこぞって大連立を是認している。まるで軍国主義が一夜で民主主義に変わったような恥知らずぶりである。

 07年に小沢氏が大連立を画策したのは、まさに小選挙区制による二大政党制を確立するためだったと当時私はコラムに書いた。当時の民主党は参議院選挙で勝利をし、衆議院選挙での政権交代が目の前の状況だった。しかし残念ながら当時の民主党には政権を担当するだけの政治的技量がない。権力の座に就いた経験がないのだから仕方がなかった。

 そのまま政権の座に就くと霞が関に翻弄され、アメリカに試されて収拾がつかなくなる可能性がある。そして民主党には自民党と同じく党内に政策的な対立がある。そこで大連立が画策された。民主党の若手議員を入閣させ、霞が関の内側を知らしめると同時に、権力のパワーゲームの阿吽の呼吸を覚えさせ、同時に自民党と合流させて政策的に近い者同士を融合させる。

 衆議院選挙が近づけば、自民党と民主党とを改めて「ガラガラポン」して、二つの対立軸に収斂させる。その二つが戦えばこれまで以上にすっきりした二大政党になる。あの時の大連立構想を私はそう見ていた。しかし周囲の大反対で構想は頓挫し、経験のない政治家たちが権力の座に就き、それが今日の結果を招いた。

 目の前の震災復興で全政治勢力が協力体制を組み、その後否応なく選挙を意識する定数是正によって改めて二つの政治潮流が作られる。それがポスト菅の政治課題であり、政権交代を積み重ねていくためには必要な事なのである。

2011年8月 7日

「虚勢」を持ち上げるポピュリズムメディア

 これまで再三書いてきた事だが、菅総理には既に最高権力者の力はなく、ポピュリストとしての「虚勢」をメディアが持ち上げているために抵抗力を発揮しているに過ぎない。メディアが「虚勢」を「虚勢」だと言えば抵抗力もなくなる。

 最高権力者の実力は何よりも人事で示される。しかし菅総理は任命権者としてこの時期に最大の仕事であった復興担当大臣の指名を思うように出来ず、任命した松本大臣が噴飯物の結果を招いた事で任命責任を問われるところであった。ところが責任を問うどころか、メディアは総理のポピュリズムにいちいち呼応している。

 福島の原発事故で「脱原発」は国民の「願い」となった。それを最大限に利用しているのが菅総理である。「脱原発」の衣をまとうポピュリズムが始まった。原発事故を招いた政治責任の第一は安全神話を振りまいてきた自民党にあるが、菅政権も放射能汚染の責任から免れる事は出来ない。

 放射能予測装置スピーディーの情報が住民の避難に生かされなかった問題で、菅総理は「知らなかった」とまるで責任を認めてないが、知らなかったで済まされる問題ではない。組織がきちんと機能しなかった責任は誰にあるのか。機能しない組織に権力者としてどのような処分を下したのか。メディアはそうした追及をうやむやにし、つまらぬポピュリズムを助長しているのである。

 国民の「願い」に政治家はどう応えるか。中でも権力を持つ者はどう応えるか。国民と同じように「願う」だけでは政治にならない。何をいつまでにどうするかを現実的かつ具体的に提示しなければならない。

 しかしどんな問題であれ現実を動かすのは容易でない。現状の枠内で国民の全てが生きている訳だから、国民の「願い」が国民生活にどのような影響を与えるかをあらゆる角度から探り、国内だけでなく国際関係をも考慮に入れて具体策を作る必要がある。そうした作業を早急に行なうのが政治家の仕事である。最高権力者なら内閣を総動員して行なうべきだ。

 ところが菅総理がそうした作業を行なっている形跡はない。聞えてくるのは「これまでの原子力政策を見直す」という当たり前で誰にでも言える言葉である。菅総理がこれまで行なったのは浜岡原発の再開を一時中止するよう「命令」ではなく「要請」し、玄海原発の再開直前に突然「ストレステストの導入」を発表した程度で、問題の根本ではなく周辺を触っているに過ぎない。

 それをメディアは過大に報道した。パフォーマンスが大袈裟であったためだけの事である。菅総理が経済産業省との対立関係を見せつけているとすれば、それは敵を作ってアピールするポピュリズム政治家の常套手段で、総理の言う「脱原発」は「目くらまし」に過ぎない事になる。

 そして始末が悪いのは、メディアがそれらをいちいち「脱原発解散」の布石のように報道する事である。「脱原発」が選挙の争点になりうるのか、この時期に国会を解散する事がどのような影響を国民に与えるのかを良く考えてからにして欲しい。正気の沙汰とは思えない事にメディアが乗せられるのはメディアが政治家の言う事を鵜呑みにするからである。

 政治の世界は情報戦だから虚実織り混ぜた情報が流れる。権力は政治を誘導するために情報を操作する。まずは政治家の多くが誘導に引っかかる。だから大方の政治家の言う事を真に受けると「目くらまし」に乗せられる。そして政治の世界は「まさか」の世界である。手の内を知られれば目的は達成出来ない。目的を達成するためには誰もが想像しない手を打つ必要がある。

 情報戦に利用されるのは政治家だけではない。政治家に接触する人間はすべて利用の対象となる。特にメディアは有効な情報操作の対象である。国民の側から物事を見なければならないメディアが、今では政治家の情報操作に簡単に乗せられて国民を操作する。これを民主主義と言うべきか、考える必要がある。

 1976年に『最後の転落』でソ連崩壊を予言し、2002年に『帝国以後―アメリカ・システムの崩壊』でアメリカの金融パニックとドル崩壊を予言したフランスの人口学者エマニュエル・トッドは、2008年に『デモクラシー以後―協調的「保護主義」の提唱』(藤原書店)を書いて、世界における民主主義の危機的状況を分析した。彼は現在の民主主義を一部に支配される寡頭制システムとポピュリズムとの同時出現と捉えてこう書いている。

 「いまや有権者は、政治家が仕える存在ではなく、政治家に操作される存在なのだ。視聴覚メディアを統制し、ジャーナリストをたらし込み、倦まずたゆまず世論調査を分析する。こういうことが一つの職業的技術となり、それに長けた人間や、その下働きをする人間が輩出するような事態になったのは、(中略)これまでは世論の民主制であったのが、今や操作の民主制になってしまったからなのである」

 そしてトッドはこうも書いている。「健全な民主制は、エリートなしで済ますことはできない。民主制とポピュリズムを分かつものは、民衆がエリート層の必要性を受け入れ、それに信頼を寄せることであるとさえ言える。(中略)その具体例は、アテネにおけるペリクレス、アメリカ合衆国におけるワシントンとジェファーソンのような人物にほかならない」

 話が古代に飛んで申し訳ないが、ペリクレスの名前が出てきたので世界で最初に民主主義を取り入れた都市国家アテネについて触れる。アテネの民主制とは30歳以上の市民から抽選で選ばれた500人が評議会を作って政治を運営し、同じく30歳以上の市民から抽選で選ばれた6000人が任期1年の陪審員を務める民衆法廷を構成し、成人市民全員が参加できる民会が最高議決機関となる仕組みである。役人も抽選で選ばれ任期は1年であった。

 直接民主制のアテネで民衆を指導したのは裕福な名門貴族たちである。貴族は金銭や食事、衣類を市民に施す事で支持を得、またペルシアとスパルタという2大強国に挟まれていたため軍人として戦争を勝利する事がリーダーの資格を得る事であった。その中にあって弁論で市民の支持を獲得したのがペリクレスである。

 ペリクレスも名門貴族の出身だが、彼は論理的な説得を重視し、弁論で直接市民に支持を訴える一方、民衆法廷の陪審員に日当を支払うなど公的手当制を導入した。裕福な貴族から市民が「施し」を受けるのではなく、国庫から市民に手当てを支払うようにしたのである。これを「バラマキ」と見るか、貴族の影響力を失わせる契機と見るかは議論があるが、市民に利益を与える事は市民を説得するための手段であり、民主制の基本なのである。

 ペリクレスの時代、アテネには学問、芸術、建築など古代ギリシア文化が花開いた。しかしスパルタとの戦争が始まるとペリクレスは病没し、その後のアテネには弁論術だけでのし上がった「デマゴーグ」と呼ばれる政治家が現れた。

 静かに演説をしたペリクレスと違い、「デマゴーグ」は大声を張り上げ、激しく動きながらアジ演説を行なった。そして民主制のアテネは王制のスパルタに敗れ、世界初の民主主義は悪しき制度と考えられていくのである。

 戦後の日本人は占領軍によって戦前を「天皇制軍国主義」、戦後を「国民主権の民主主義」と教え込まれ、民主主義を「絶対的正義」のように考えさせられてきた。しかし民主主義は常に見直していかないと「最悪の政治制度に堕落する」と民主主義先進国は考えている。その堕落のきっかけが我々の目の前で進行しているポピュリズム政治とメディアの対応なのである。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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