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場当たりポピュリズムの末路

 13日の参議院予算委員会で菅総理は浜岡原子力発電所の運転停止要請について「評価は歴史に判断を頂きたい」と大見得を切った。この要請を「大英断」と持ち上げる向きもあるから高揚した気持ちがそう発言させたのだろう。だとすれば「墓穴を掘る事になる」かもしれない。

 多くの権力者の栄枯盛衰を見てきたが、権力を失うきっかけは絶頂期に高揚した気持ちで判断した事から生まれ、権力を失う時は外の敵ではなく内側の味方から崩れていくのが常なのである。

 大震災の発生直後からの政治の対応にどうしようもない「違和感」を感じてきたのは私だけだろうか。理解できない動きの連続に唖然としてきた。それを「想定外の事が起きたから」という言い訳で政権は切り抜けてきたが、とてもそれだけで納得できるものではない。

 前に「大災害から国民と国土を守るのは国防そのものだ」と書いたが、さらに刺激的な書き方をすれば「今の日本は戦争状態」である。自然から攻撃を受けて被災した国民を守る一方で、福島を戦場とする「原子力との戦い」は瞬時の休みもなく続いている。この戦いに勝つためには何よりも日本経済の力を損なってはならない。「欲しがりません、勝つまでは」の日本が平時を上回る増産体制を敷いたアメリカに敗れたように、戦争の帰趨を決するのは経済である。

 ところがそうした意識をこの政権から感じ取る事が出来ない。「一生懸命やっている」と言うが事態は一向に良くならない。浜岡原子力発電所の停止要請など悪化する一方の「フクシマ」から目をそらさせるための「目くらまし」に過ぎないと私には見える。しかもこの「目くらまし」の論理が滅茶苦茶なのである。

 地震が起こる確率が87%と異様に高いから防潮堤が出来るまで停止すると菅総理は言ったが、防潮堤建設に投資したら中部電力は100%原発を再開しようとするはずである。そうしないと投資に見合わない。そして防潮堤が確実に防護するかは「神のみぞ知る」話なのである。

 しかも柏崎・刈羽原発も福島原発も地震の確率が低いところで事故が起きた。今必要なのは目先の数字に躍らされるのではなく、想定を越える事まで考えて対策を練ることではないか。原発を見直すにしても、局部ではなく日本のエネルギーの全体像を俯瞰し、経済の落ち込みを少なくする方法で手を打っていかないと政治にならない。

 菅総理は浜岡原発の停止要請を「熟慮」で決めたと言うが、ただ一人の専門家の意見も聞いていない。それは日本の全体を考えた話ではなく、国民感情に動かされたポピュリズムだからである。リーダーがそういう姿勢だと政治が国難を乗り切るどころか復興の方向を誤る事になる。

 私は1990年8月にイラク軍がクエートに侵攻してから91年1月にアメリカが湾岸戦争に踏み切るまでのアメリカ議会の議論を見た事がある。戦争をする国の政治の議論というものを初めて見た。夏の終わりからアメリカ議会は歴代の国防長官、国務長官、軍人、経済学者、ジャーナリスト、さらには外国の政治家まで200人近い専門家を公聴会に呼んだ。

 そこで戦争に踏み切ればどのような影響が出るかをあらゆる角度から検討した。中東地域はどうなる、各国の反応はどうか、アメリカ経済への影響、国民生活への影響など2ヶ月にわたって意見を聞いたうえで、議員たちが戦争権限を大統領に与えるかどうかを決めた。その判断は自らの政治生命に関わるから、採決の日の議会は異様な緊張感に包まれた。

 全員が戦争すべきか否かを意見表明する。民主党議員の多くが反対する中でゴア上院議員は賛成演説を行なった。次の大統領選挙に出馬する意向を固めていたからである。こうして湾岸戦争は開始されたが、戦争中も戦争後も軍事費を巡る議論はしっかりと行なわれた。国民の税金を使う話だから、戦費をしっかり監視し、無駄をさせないのが政治の役目である。シビリアン・コントロールとはこういうことなのだと実感した。

 ところがこの国の国会ではいつも予算の詳細がほとんど議論されない。今回の大震災など戦争と同じで日本経済に深刻な影響を与える事になり、しかも復興には巨額の資金が必要になるから金の話はしっかりしてもらわなければならない。ところが「最後は国が責任を持つ」と手形を乱発するような話ばかりで、どうやって国民生活を落ち込ませないか、どうやって経済を上向かせるかの議論は聞えてこない。

 そして「違和感」を感ずるのは何につけても責任の所在が曖昧になっている事である。浜岡原子力発電所の運転停止も「命令」ではなく「要請」であるから最終決断をするのは中部電力で、放射能から非難する住民は「自主判断」を求められ、東京電力の社内に作られた「福島原子力発電所事故対策統合本部」は法律によらない任意団体である。法律による「原子力災害対策本部」を使わずに政府と東京電力が一体となった責任の所在が曖昧な団体がわざわざ作られている。

 政治は国民生活を守るために仕事をし、結果について責任を取るものである。しかし他人の意見を聞かず、責任の所在も曖昧なままの政治に「歴史の評価」を求めても、歴史が判断するまでもない事で、このままでは政治に対するアパシーが広がるだけの話である。

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田中良紹さんによる「居酒屋田中塾」の第16回日程が、5月25日(水)に決定しました!

田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。

ぜひ、奮ってご参加下さい!

【日時】
2011年 5月25日(水) 19時〜 (開場18時30分)

【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第2(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 301号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml

※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で第2部を行います。

【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。

第2部:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。

21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

そうですね。 田中先生のおっしゃる通り、浜岡原発への 「要請」 は、ポピュリズム以外のなにものでもない。  今や反原発以外の論理は、国賊・非国民 といった雰囲気を感ずるのは私だけでしょうか?  地震と津波の災害から漸く生きながらえたが・・・  人間としてのプライドを取り戻すための 「職」 が無い。 恩知らずと言われるかもしれないが、「施し物」をいただいて、とても有り難いが・・・、涙が出るほど有り難いが、 とても情けない気持ちになる。 避難所に暮らす方々の表情には、 「感謝せねば・・・」という気持ちと「俺だって本当は一人前に稼いでいたんだ、津波の前は・・・」 といった心が見えるよう・・・。  そんなときに福島の原発。  福島県民の被害はとても大きい。  だが、停電の不便さは・・。  東京都民の感情は、原発の危険性を意識したものでしょうが、 「代替エネルギーの具体的補充施策」 を確立してからにしては如何か? 浜岡原発停止を称賛し、責任逃れの「要請」を見過ごせば、 エネルギー政策の責任ある対応を求めることを忘れ、無責任政府の評価を「誰がやっても同じよ。」という話で終わらせる事になるのではないでしょうか。

今回も田中先生の仰せの通り、全く賛同します。管政権には日本国内の状況が全く見えていない。小生、東京である会社のコンサルティングを遣っていますが、この原発の無責任報道が、多くの企業の業績を蝕んでいる事に、政治家は目が行き届かない。これから零細企業が、東電の原発、計画停電、電気料金値上げの報道で、倒産、事業廃止に追い込まれているかに全くの関心と責任意識が無い。会社を潰されても、国民負担は減らない。何が原因で潰されるのか。この部分には何の政治的支援も来ないのです。現に金融機関の融資も止ったりしてどうしようもなく事業を閉鎖する会社もある事を。

<田中様>
こんにちは。正しくおっしゃる通りです。
また、平野さんのスレッドにつづき<津波から30km>様に深く、深く同意するものです。
今、東京は反原発ファシズムに陥っています。
正に、反原発論者以外は人に非ずという現状です。また、反原発運動華やかなりし時代に運動に関わった方々が、水を得た魚の様に生き生きと反原発運動の先頭に立っています。
これは、大変危険な風潮だと私は考えるのです。
今日のテレビ番組も「原発」「原発」ばかりです。先日、福島第一原発と同形機のGE製原子炉を使用するアメリカ原発の安全管理をテレビで見る機会がありました。
つくづく感じたのは日本とは比べものにならない危機管理です。電源設備はバックアップも含めて、完全防水施設の中にありました。屋外に野ざらの日本とは比べるまでもありません。日本は今でも電源車を高台に移す程度の対策です。
また、制御室とは別にコンパクト可動式のポータブル制御カートが用意されていました。冷却水は6ルートが用意されています。同じ原子炉であっても金の掛け方が全く違うのです。
私は資源を持たない日本の産業を支える意味では原発設置に動いた当時の政府は仕方なかったのだと考えるものですが、反原発運動の高まりに呼応して建設候補地への過度な補助金の交付をする一方、肝心の危機管理にはコストをかけなかった。それこそが問題だったと自覚しなければなりません。浜岡を止めた事により、近隣の首都圏の住人には安心感が広がっていますが、浜岡原発ストップは我が身が放射能の脅威から逃れたいというエゴが見え隠れします。
他の原発の安全など何も解決しちゃいない。地元の雇用の問題もあります。
さて、田中様、一時帰宅者に対する誓約書の問題もそうですが、現政権は、まずは責任回避、問題の先送りばかりです。
福島の子供たちの避難すら明言せず、逃げたい人は、どうぞご勝手に、です。
政治家は、政治判断を行い、結果責任を行う為に存在しているはずです。
無責任政権に任せておけません。

「場当たりポピュリズムの末路」

亜流のポピュリズムで固まっているといったスッカラカンだが、もしかしたら自分は今国家運営の任務を全うしているのではないか、というような錯誤を犯しているように感ずる昨今である・・慣れてきたと思っていたのは間違いで、テレビに映し出されるもはや形容不能のオゾマシキ映像(スッカラカンの様態のこと)を正視できなくなってきた。

一方で
今、原発問題において真っ当な捉え方とだという錯誤を犯している人々も少なからずいるようです。 例えば

>肝心の危機管理にはコストをかけなかった。
と原発推進擁護論を打っているようですが、問題の本質とは外れた論理で、原発を全面廃止したら幾人の死者が出るのか?というところから入っていかないとどうにもならない。これから起きる天変地異の規模は小賢しい人間の想定などを遥かに超えたものになる可能性がある、と何故想定できないのか?原発が止まったからといって座して死を待つ日本人でもあるまい。懺悔の気持ちを持って一刻も早く国家プロジェクトを立ち上げることだ。(スッカラカン抜きが条件であることは言うまでも無い)

福島原発のタイトロープのような現状が絶体絶命に至らないのは、たまたま今はジャンケン勝負に勝っているようなもので、偶然の結果に過ぎない(無論、命を賭した現場作業を冒涜する積もりの弁ではない)人類が対峙するには相手が悪過ぎるのである。

浜岡を止めたのは、スッカラカンの英断だと論ずる向きもあるようですが、チャンチャラ可笑しい・・87%に怯えて後先考えずにやってしまった(思い付きとか批判するのも必ずしも的を得ていない)だけのことで、選挙結果に怯えて「自民党さんの10%を一つの参考にさせていただく・・」と口走った時と同様のスッカラカン振りが又出ただけに過ぎない。

この国が、今まさに成し遂げなければならないことは、カンという悪性腫瘍を手遅れになる前に一刻も早く取り除くことである。手術方法を模索している場合ではない。執刀者を速く決めて取り掛からないと本当にこの国は不味いことになる。

ポピュリズム?そうかもしれない。
ただし、ではいつ止められる?中電は3号機再稼動を言い出していた。
自民党原発推進派はいうに及ばず、民主党内はどうか?
浜岡止めるどころか、このまま原発進めたい人たちが政権内部にも党内にもたっぷりいる。
少なくとも野党においては議論が活性化してきたことは事実。
自民党の幹部たちでさえ、過去の反省を口にするようになったし、(安全な)原発を推進したい人たちでさえ、例の賠償スキームの中身も精査の必要性を言い出し、かつ、少なくとも発送電分離を真剣に検討する必要性を言い出している。
(本日テレ朝サンデー・フロントラインにて石破政調会長が発言)

翻って民主党内はどうか?政権内部はどうか?
賠償スキームも仮払いの迅速化、東電の賠償上限額設定阻止は評価できるも、結局妥協の産物と見られても仕方ない形になっているが、その決定過程での党内論議においては、原発事故を人災と規定する電力総連御用達議員、自民党原発推進議員同様、東電を今の組織のまま温存したい議員がずいぶん活躍されたようだ。
http://news.livedoor.com/article/detail/5553461/
もちろん閣内でもバトルが繰り広げられていたし、今も続いている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110513-OYT1T01346.htm

浜岡停止要請はいかにも唐突だったが、管総理としてはそうせざるを得なかったのかもしれない。そうではなく単なる人気取りだったかもしれない。
そしてエネルギー政策白紙見直しもエネルギーシフト派の私としては非常に不満が残る内容だが、これも党内、野党の動向を睨んでのことで、本人としては一気にエネルギーシフトへ舵を切りたいのかもしれない。
今はまったく先行き不透明。
ただし、先にも述べたように少なくとも野党の中には浜岡停止問題、これからのエネルギー政策を真剣に検討していこうとする動きが幹部クラスででてきたことは歓迎。
決してポピュリズムにのった動きではないのである。
なぜなら、いずれにせよ今後廃炉となる商業炉が続々と出てくるわけで、新規原発建設などほとんど不可能な状況だからだ。
原発立地地域の雇用対策はほっといても必然的に近々くることになっている。

むしろ核然サイクルの矛盾というにはあまりにも空恐ろしい現実に目をそむき続けてきた自民党及び民主党内の原発推進派の方がはるかにポピュリスム。
これは中電の浜岡対策を評価している御用学者たちとそうではないと主張する学者たちの主張の説得性と相通ずる。
津波津波とそればかり言っているが、それさえも補給水ポンプを負荷とする150kVA程度のラジエータ冷却方式の非常用ディーゼル発電設備を屋上に設置したから、それで3号機動かしても大丈夫だと言っている連中を信用できるか、てなもんだ。
福島第一の状況把握と対策についても推進派の学者たちの見極めはきわめて甘かったし、少数の例えば京大小出助教の方がはるかに論理性に満ちた状況把握をしてきた。

大事なことはこれからの冷静かつ公平な議論だと思うし、管政権の本気度もこれから試される。
私自身は福島第一の状況が(非常にやばい状況でいつになったら冷温停止まで持っていけるか全く不透明となったが)一段落したら、管総理は引っ込むべきだとは思っている。
しかし、だからといって今までの顔だった人たちに代わってほしいとはこれっぽっちも思っていない。
あっちこっちの顔色を気にしている人たちに戦後最大の大仕事、エネルギー政策の方向転換を強力に推し進めることができようはずもない。
むしろ、与野党超えたエネルギーシフト派の動きから何かが生まれることを期待している。

さて、東京のデモ・イベントを批判している人がいるが、参加した私はまったく違う感想を持っている。
いたずらに地域エゴで浜岡停止を喜んでいるわけではない、むしろ今後が大事だと考えているし、さらに原発立地地域対策も必要との声も大きい。
浜岡停止で本当にピーク時、中電管内で電力需給逼迫するか?という点は、そもそも今夏でさえ中電が停止させている火力を稼動させることと、ピーク時も揚水発電が使えることから問題無し、そして来年になればさらに新設火力が稼動するため十分だという認識の人が多い。
しかし、同時に政府の説明が不足していることも事実だという認識も持ち、今後をより注視していく、という冷静な人が多いことも言っておく。
有名人の中には例えば孫正義氏のようなしたたかさをもって管総理をほめ殺しにしている(?)人もいるが、そういう人ももちろん冷静な議論を期待している。
こういった声が結果国政を動かしていくことに期待したい。

なお、ご参考までに東電賠償スキームについて、私が今のところもっとも筋がよいと思ったのは、経済産業省古賀茂明氏のいわゆる古賀プラン。
資産保全命令を出し、国と東電の連帯債務としてとにかく仮払いを優先し、かつ、電力の安定供給にも配慮する、そして後々原発どうする?電力体制どうする?といった議論をしていき、その過程で最終的な国民負担を決定する、というもの。
http://www.youtube.com/watch?v=YA2LaX8eGDA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=smi_ySOpZ4c
これならば、それこそエネルギー政策の今後についてじっくり議論できるし、素晴らしいと思ったのだが・・・先述サンデー・フロントラインにて現在のスキーム案を玄葉大臣は東電存続ありきではない、と否定していたが果たして・・・

編集部様

先ほど投稿した内容に訂正があります。

<賠償スキームも仮払いの迅速化、東電の賠償上限額設定阻止は評価できるも、結局妥協の産物と見られても仕方ない形になっているが、その決定過程での党内論議においては、原発事故を人災と規定する電力総連御用達議員、自民党原発推進議員同様、東電を今の組織のまま温存したい議員がずいぶん活躍されたようだ。
http://news.livedoor.com/article/detail/5553461/

<賠償スキームも仮払いの迅速化、東電の賠償上限額設定阻止は評価できるも、結局妥協の産物と見られても仕方ない形になっているが、その決定過程での党内論議においては、原発事故を天災と規定する電力総連御用達議員、自民党原発推進議員同様、東電を今の組織のまま温存したい議員がずいぶん活躍されたようだ。
http://news.livedoor.com/article/detail/5553461/

”天災”と書くべきところを”人災”と書いていました。
先の投稿が採用されていればですが、連投お許し願います。

田中 様

時宜を得たご投稿内容で、わが意を得たりの心境です。

体制側の場当たり大衆迎合主義は、主体性なき国民性と一体化する時、大きな危険をもたらす事実は、戦争の歴史が証明しています。

今回の浜岡原発停止は、迎合主義の最たるものでしょう。原発に対する国家としての方針が明確にされ、エネルギー政策が明確にされる中で、原発停止が執行されるのであれば、判断の根拠が判明するので、国民にとってわかりやすいのですが、迎合主義がまかり通ると、愚民性とマッチし、まことに厄介な問題になります。

基地にしろ、原発にしろ、地元の反対を緩和するために、人の住んでいない地域を選定し、巨額のお金をバラマクことによって、地元の了解を得てきました。

本来は、基地、原発のそばに人が住むことを許可してはならないのですが、仕事を持った人が集まれば、そこで商売が十分成り立つので、人が住みたいと思うし、さまざまな圧力によって、行政も許可しないわけにはいかなくなる。

行政も、国民も基地にしろ、原発にしろ、最初は危険性を十分理解していたのに、いつの間にか危険性が度外視され、利権だけが優先してしまう。

管政権は、すべてのことに、場当たり主義で、国家国民の目指す方向を明確にしない。一番問題なのは、わかっていながら、この政権を打倒しようとしない国会議員には、大変呆れています。

第一に、民主党内で反乱がおきないことであり、第二は、自民党が野党の役割を自覚していないことです。与党気分がいまだ抜けきらないのでしょう。

国家国民のことを考え、ただ一筋に改革を訴える勢力が出てくるのを、願っているのですが、虚しい願いにすぎないのでしょうか。

田中様

全く同感です。
世間では菅総理の浜岡停止要請を評価する向きが多く、評価しないと言えばバッシングされそうな雰囲気も感じられる今日この頃です。
浜岡再開の条件は高さ15メートルの防潮堤を作ればよいということなので、中電はアッという間に工事を完了し、保安院はOKを出すことが予想されます。
また毎日新聞によれば、浜岡停止を進言したのは何と仙谷氏であり、「浜岡をスケープゴートにして停止させることが他の原発稼働を推進させることにつながる」という目論見を本人が語ったそうです。
要するに原発を更に推進するのが目的のように思えます。
このような浜岡停止は「英断」でも何でもなく、将来に禍根を残すことになるでしょう。

ポピュリズムということで菅首相を批判しておられますが、少々疑問があります。

例えば増税政策はポピュリズムでしょうか。先の参院選で国民に不人気の消費税という政策を打ち出した為に負けたという見立てだったような。不人気政策もポピュリズムでしょうか。
しかし最近の世論調査では増税容認が多数とか。するとポピュリズムという評価は正しいが、しかし増税も正しいということになってしまいますが。はて?

もう一つ、世論調査では内閣支持率は未だに20~30%で低迷していますが不人気のポピュリズムですか。小泉元首相とか、橋下知事とかのほうが、支持率70~80%だし、お似合いではないかと。
それとも世論調査など信じられず実は人気があるのでしょうか。そうだとするとポピュリズムということもありえますが。しかし菅首相の人気もあることになってしまう。はて?

■「浜岡原発停止要請」の決断を支持します■

今回の菅首相の「浜岡原発停止要請」が,仮にパフォーマンスだったとしても,明日にでも東海大震災発生の可能性が高い訳で,この決断は評価すべきと思います.他の原発については早急に安全性を確認し,処置すればいい訳で,至急その作業を始めればいいと思います.
今回の巨大地震で日本列島全体で震源が活性化されたと考えるのも至極合理的です.
田中さんの議論は引き続く大地震発生の緊急性と,それによる原発暴走の危険性を軽視していると思います.むしろ政争をあおっているのではないかと危惧します.
指摘されている菅政権についての批判はそれぞれ,その通りかも知れません.しかしこの度の原発停止要請については支持します.

繰り返しになるが、ご容赦いただきたい。

経産省、資源・エネ庁の官僚においしい天下り先を準備し、御用地震学者、御用原子力学者、御用文化人、御用評論家、新聞・テレビ等のマスメディア等に莫大な札束をばらまき、電事連、東電をはじめとする電力会社は陰湿な多数派工作を行い原発推進を暴走させてきた。そして、ついに世界の原発の最悪事故事例に福島第一原発惨事を刻みつけた。


議論として、原発推進、反対の二項論はなく、持続可能なエネルギー社会構築こそが人類の目的であり、議論の本質である。


原発がエネルギー手段として「本物」であろうか。そもそも原発のウラン燃料は持続可能ではない。そして原発は本質的に稼働すれば人類が制御出来ない「死の灰」を生産し続ける原罪を背負っている。今日までの日本の商用原発稼働をふり返れば、広島原爆なんと120万発分の途方もない量の「死の灰」を生産し、安全に廃棄する方法も見出せず、最終処分場も決まっていない。神をも恐れぬ愚かな行為、人類の傲慢そのものである。


にも関わらず、深刻な事態が続く福島第一原発惨事を受けても、現実離れしたユルユルの原発設計安全指針に基づいて作られた原発は今もって稼働し続けていることは正気の沙汰とは思えない。地震国日本のどこで、再び福島第一原発惨事の悪夢がいつ起きてもおかしくないのである。原発が安全などという合理性はもはやどこにもない。


すでに原発は完全に経済合理性を失っている。核燃料サイクルもすでに経済的にも破綻、技術的にも増殖そのものの困難さから破綻している。ましてや、プルサーマル発電のMOX燃料にプルトニウム利用など危険性はもちろん、原発推進の技術者からも話にもならない、ばかげていると一蹴される始末である。


また、日本の置かれた現状を鑑みれば、プルトニウム核兵器も作れるわけがない。政治的にももはや合理性がどこにあろうか。


持続可能なエネルギー社会構築の目的に対して、原発は単に手段に過ぎなかった。しかし、手段と目的の峻別もされないまま、いつしか、手段が目的化し、原発ファッシズム一色となり、日本は歪んだ原発帝国となり、遂に、原発敗戦を迎えた。この図式は先の太平洋戦争の軍官僚の暴走、敗戦と同じである。戦後はまだ終わっていない。


原発偏重政策を見直す機会として、チェルノブイリ事故、スリーマイル事故等いくつもあった。しかし、日本は経産省官僚が作りあげた欺瞞に満ちた無謬性とやらで、日本の原発は地震にも、津波にも絶対安全として、安全対策は無為無策であった。安全より利益を優先し、独占東京電力は我が世の春を謳い、天災でなく「人災」として、ついに、福島第一原発惨事を起こした。起こるべくして起きたのである。あくまでも人災である。これで、何故、原発賠償に国民負担が生じるのであろうか。東京電力の送電網をはじめ、資産売却を行い、それでも賠償出来ないとき、はじめて国民負担が現実味をもってこよう。東電組織を温存させる理由はない。


日本の持続可能なエネルギー安全保障政策推進に、立ちはだかる課題は高い技術力を持つ日本は必ず克服できる。幸い、日本は自然に恵まれたエネルギーに満ちあふれ、それらの収穫は持続可能である。30-40年と時間をかけて、段階的に再生可能エネルギーへ代替していくことができる。エネルギー自給率100%ももはや夢ではない。

■核兵器戦略としての原発■

アメリカの核兵器世界戦略の一翼を担う巧妙な方法として日本の原発が導入されたことは,以前放送されたNHKの番組で詳しく述べられています.
かって反核世論の強かった日本で,「核兵器予備国家」としてアメリカに忠誠を誓う証が原発の大量設置でした.そのエージェントは正力松太郎と中曽根康弘です.ですから「原発賛成=親米」,「原発反対=反米」という政治謀略が実現しました.親米を党是とする自民党政権は原発を受け入れる電力会社とその設置を受け入れる自治体を札束で懐柔しました.このウソの図式が国民にばれない様にするための助っ人として大量の官僚が電力会社に送り込まれました.と言うよりも官僚集団自身が,その嗅覚でこの図式を利用した電力会社への天下りルートを開拓したと考えるのが正しいのかも知れません.ですから原発の安全性などはどうでも良かったのです.そのつけが今回の原発暴走です.
核兵器が人類滅亡の危機であることは言われ続けましたが,今回のことで,原発もまたそれと同じであることが判りました.
代替エネルギーとしては地熱発電を推進すべきです.世界有数の火山国であり,地熱資源大国であるわが国で, 何故,地熱開発が進まないのでしょうか? 技術的には既存のもので十分であり,日本の主要エネルギー源になります.問題は政府がその気になるかどうかです.今までは原発に遠慮して,本格的な開発をして来なかったのです.

管内閣の、ポピュリズムと増税政策を並べて、ポピュリズムではないとの論議が掲げられたが、・・。

これは、菅政権のポピュリズムの一貫性を否定する論拠にはなりえない。

大衆に対しては、原発廃止騒ぎの方向に合わせて人気を勝ち取り、

増税は、官僚に教え諭されて、底の浅い自分の主張を根こそぎ失い、官僚に縋っての暴挙で、対官僚ポピュリズムで、

普天間基地の米国一辺倒の姿勢は、対米ポピュリズムである。


権力維持のため、大衆から票を、官僚から政策を、米国から権力維持保証を、得たいがためのポピュリズムである。

そこには日本国民へ示すべき政策ビジョンは、欠片もないし又能力も無い。

今の政治は国民に語る『夢』がない。

政治家の資質を見ると仕方がないのかもしれないが・・・。

なるべくしてなった『政治家』でないと『夢』が語れない。

毘沙門天 さん 2011年5月16日 06:49

恐らく私の文に対する意見だと思います。注目頂き、ありがとうございます。

そもそも民主主義政権で国民の意向を考えない政権などありえません。選挙制度はポピュリズムを促進しますか、しませんか。

政策ビジョンがあるやなしや、ですが、国民本位に立った政治であると私は考えています。この2年間自民党時代では考えられなかった変化が至る所でおきています。原発政策の変更もこの大きな流れで捉えるべきものではありませんか。

多くのひとが考え始めているのは政治は2元1次方程式のような単純なものではなく(つまりxとyしかない)、多元多次偏微分方程式を解くようなもので、その近似解(つまり現実に照らした解)を苦労して発見しなければならない。それが具体的に分かってきたところでしょう。裏世界で結論が出されるのではなく、動向が全部把握されるので、自分の問題として考えることができるようになりました。原発にからむさまざまな意見を拝聴し、世論調査結果を見るところ強くかんじているところです。

私流の言葉で表現するならば破壊は簡単でも復興は難しい仕事、これをやりぬく国民の意思は共有されつつある、ということです。

なお”対官僚ポピュリズム”、”対米ポピュリズム”なる概念は間違っています。それは前者は官僚依存、後者は対米追随ということでポピュリズム(大衆迎合)とはちがいます。念のため。

「いまさら」なのですが。もう手遅れです。

今回の地震も津波も、学術的にも実は「想定外」だった。
しかし原発被害は、「埒外」であり、ここまでひどいものとは、誰しもが想定していなかった、のが事実であり本音である。それが覚醒した、という意味では「反面教師」である。

被爆国日本としての誇り?毎年終戦記念になると決まって、米国の無差別爆撃、広島長崎の原爆投下、の「ためにする反戦キャンペーン」が繰り広げられてきたが、結局は、今日のこの日まで、フクシマみたいなとんでもないことがおきない限り、核兵器とか被曝とか被爆者差別とか、なーんにも考えていなかったのである。

もうすっから菅には何も期待できない。とにかく自分の身は自分で守るしかない。そして責を追うべき相手を未来永劫に絶対許さないことである。「原爆許すマジ」じゃなく「フクシマを忘れるな!」

もはや我々は少なからず全ての住人は「被爆者」である。この後、このフクシマ人体実験による各地各世代で上昇するガンや免疫性疾患などの発生率をどう統計的手法でごまかすのかが、厚生省・国の課題になる。そして被曝一次、二次被害による発生疾病率の上昇を徹底的に報道管制を掛け、マスゴミ的に抹殺する、ことが近々の課題であろう。「風評被害扇動禁止令」に基づいて、ジャーナリズム、その他を徹底的に弾圧する、公安の新たなる仕事ができつつある。

実にかくのごとく、我々の「裏切られた革命」は結実した。

浜岡原発5号機停止作業中にあろうことか原子炉内に誤って海水が流入し、約2時間ほど冷温停止が遅れたと報じられている。

これを聞いた瞬間、26年前のJAL123便が御巣鷹の尾根に墜落した事故と二重映しになった。この航空機は事故に先立ち、7年前に羽田発で伊丹空港に着陸時にしりもち事故を起こしており、ボーイング社の修理が適切だったかどうか、よくわかっていない。囁かれる陰謀説はさておき、この墜落事故はしりもち事故の何らかの後遺症を引きずっていたことは十分に考えられる。

さて、話を戻し、原子炉底部には非常に多くの制御棒挿入穴、中性子測定穴等、膨大な穴の数だけの溶接個所がある。更に冷却水等の配管も何本も溶接で原子炉と繋がっている。冷温停止工程中に原子炉に海水が流入すれば、真っ先に溶接部で何が起こるかといえば、高温海水中で「局部電池」が形成され、金属腐食が始まるのである。腐食速度は溶接部の金属構造欠陥、周囲環境により著しく異なる。

冷温停止後の問題は原子炉内の多様な核種の崩壊で生じる高エネルギーのアルファ線、ベータ線、ガンマ線が膨大に飛び交う中での腐食速度はいかばかりであろうか。さらに、冷温停止前の稼働時には溶接部も中性子線が常時照射されていたと考えられ、金属組織の構造欠陥が多く生成されていると推察され、腐食速度は加速されよう。腐食が起きると、原子炉溶接部が冷却、加熱サイクルに持ちこたえられなくなり、放射能漏れ、冷却水漏れ等へと進行する。

腐食を調べると報じられたが、強烈な被爆環境の中で、一体、どのように全ての溶接部の超ミクロな腐食を完全に調べられるのだろうか、到底無理ではないのか。不完全な調査でお茶を濁し、安全宣言されるのが落ちである。

万が一にも有り得ないことであるが、5号機を再稼働することを中部電力は頭に描いているのだろうが、JAL123便と同じような末路の事故が今後起こりえる可能性が濃厚と危惧される。原子炉にとり致命的である高温海水を2時間近くも流入していた可能性があるようであるが、第一優先は安全であり、廃炉が選択すべき道といえる。安全には代えられない。

すいません、今一度、この国の危機管理と自己責任の問題ですが、小生海外赴任時、マンションのカギはたった1つのドアーに3箇所も掻けていました。このくにでは当たり前。だから犯罪も少なかった。この国は、唯一の戦争被爆国でありながら、その怖さ、恐怖の教育がなされず、原発の安全を叩き込まれ、その恐怖を省みる事を失わせてきた。むしろ、外国の方がその教育が徹底されていたようだ。浜岡が止っただけで何の解決にもならない、近隣の被爆不安を避けるだけではないですか。この国の2度目の被爆、3度目は考えないこの政策。岡田幹事長は、推進をこの期に際して平然と述べるこの神経。やはり頭が逝かれてしまったのだろうか?政治家なら、これを機に推進したいなら、その安全性を徹底的に調べて、国民に問うべき事では無いのか?新規計画中のものまで、個人的意見で推進を謳うとは政治家失格。一時が万事、小沢氏の問題に対する意見、対応と全く替わらない。即刻クビを取るべき人間だ。政治家としていてはならない存在だ。

「一号機メルトダウン」なんかに騙されてはいけません。

このテーマにほんとのことをコメントできないのはしかたないのですが
鉄の溶融点が1400度で、核反応炉の停止後の崩壊熱が2400度であれば、鉄が溶けないわけがない。溶鉱炉の専門家であれば、簡単に溶け出す時間まで計算できるであろう。

さすがに米国も「メルトダウン」の実態がよくわからなかったから、80キロ避難で対応した。ま、いいやそんなこと。

鉄の圧力隔壁も溶けて穴があいている、ようやく「謎が解けた」
なぜ数万倍もの放射能濃度の汚染水が出てくるのか、不思議でならなかった。
すでに固まりになった「燃料塊」が「冷却水」と直接接していて、「放射能」の供給を受けている。それを「海に流れていました」と一部報道するのでヨシ、とする。「もうレベル7ですので海洋投棄はご赦免です」

メルトダウン当時は、自分も勉強不足で、運転中と同じく「臨界」がおきて「連鎖核分裂」が再臨界で進んでしまい「制御不能状態」が、恐くて恐くてしょうがなかった。
今は、その「おそれ」が消えて、逆に大量の放射能汚染、のみを問題にすべき、となっている。(チェルノビリ?スリーマイルでもメルトダウンしても再臨界は起きなかった)

「最悪のケース」メルトダウンに加えて、隔壁まで穴が空き、垂れ流しになっている、ことは、「冷たい状況認識」である。想定される「最悪のケース」はこの先なにになるのか、
どうせなら、核反応炉にはすべて大穴があいていた方が「爆発」が防げる。その逆は、密閉容器、15センチの鉄の密閉容器は、十分「爆発物」の要素を満たしている。それが今想定される最悪の「カタストロフィ」である。

こんにちは(いま5月16日11:00頃です)

20以上出来た審議会について、リーダーシップが全くないといっていたのではないでしょうか?

ある意味独裁的なリーダーシップと、時間がかかる民主的な手続きと、どっちを求めるか?

これは議論のあるところでしょう。

僕はどちらかといえば時間はかかっても、民主的な議論を優先するべきだと思っています。しかし、民主的な議論というより政局的な議論が多いですね。国会をはじめとしてこのジャーナルにしてもそう感じることが多い。

僕は「浜岡原発停止」を支持します。

何よりも、これによって、メディアなども少しは目覚めてきたのではないかと思います。これまで原発はタブー視されてきた。それがフジテレビでも、日テレにしても原発の危険性のほかにコストの問題もいい始めた。きょうの朝もTBSで「高レベル放射能廃棄物」のことをやっていました。
みんな薄々は知っていたことを表現するようになったことは大きい。

僕は脱原発派ですが、客観的・科学的・論理的な議論が必要なことは間違いないことだと思いませんか?

津波から30kmさん

「>誰がやっても同じよ。」という話で終わらせる事になるのではないでしょうか。

この判断は自民党政権では絶対的に出来なかったでしょう。少なくても、いままで利権に絡んでいなかったからこそ、民主党政権で出来た判断とは思いませんか。

em5467-2こと恵美さん

>浜岡原発ストップは我が身が放射能の脅威から逃れたいというエゴが見え隠れします。

そういう人はいたかも知れません。でも、なぜそういう人のことをクローズアップするのですか。それよりもはるかに原発は大丈夫かと思っているひとのほうが多いと思います。

>今、東京は反原発ファシズムに陥っています。
たしかにマスメデイアの変わり身の早さにはあきれる部分はありますが、内容を捏造して間違って伝えるということはありません。タブー視していたのに比べれば、大きな前進だと思います。

原発推進VS原発反対で、議論にさえならなかった原発について、あるいは日本のエネルギー政策について大いに議論しましょう。
そのための問題提起としてみれば「浜岡原発停止」は大きな意味を持っているといえると思います。


公的にも津波で炉心損傷想定される解析が07年度から、また09年度には詳細に検討され、公表されていた。経産独法が今頃になり、出してくるのも国民感情からして、非常識きわまりないが、東電は巨大天災で国家賠償にすがろうとしてきたが、これでは、その合理的な根拠が完全に失われ、もはや言い逃れはできない。人災そのものである。国民負担などとんでもない、冗談じゃない。

転載はじめ
原発:津波で炉心損傷想定…経産省所管独法、07年度から
大津波がきっかけで起こる原発の炉心損傷を、経済産業省所管の独立行政法人「原子力安全基盤機構」が07年度から報告書の中で想定し、公表していたことが14日分かった。東京電力福島第1原発の炉心損傷事故について、国や東電は「想定外の大津波が原因」と主張しているが、公的研究機関が進めていた研究成果が公表されているだけに、想定外と主張する釈明の是非が問われる。【河内敏康、日野行介】

 津波による影響を評価するよう義務付けた国の新耐震指針が06年9月に策定された。これを受け、同機構は07年度から、福島第1原発のような沸騰水型や、加圧水型といった原発のタイプごとに機器が津波を受けるケースなどを想定した解析を始めた。

 07年度の報告書は、非常用ディーゼル発電機や冷却用の海水ポンプが津波で損傷した場合、「電源喪失から炉心損傷に至る可能性がある」と指摘した。解析は年々詳細になり、09年度の報告書(昨年12月公表)では、3~23メートルまで津波の高さごとに危険性を評価。津波の来襲によって、海水ポンプが損傷し、非常用ディーゼル発電機が機能を喪失。原子炉建屋内の機器の損傷や、全電源喪失などの結果、防波堤(海面から高さ13メートルと仮定)がない場合は7メートル以上、ある場合でも15メートル以上の津波が来た場合、ほぼ100%の確率で炉心損傷まで至ると解析した。実際の福島第1原発の原子炉建屋は、解析の想定より約3メートル、防波堤は約7メートル低い。

 さらに過去には、三陸沖を震源に広範囲に津波被害をもたらした貞観地震(869年)が起きている。しかし、東電は福島第1原発で、高さ約5.7メートルの津波しか想定せず、約15メートルの津波を受けて、13基の非常用ディーゼル発電機のうち12基が止まった。また、原子炉を冷やす原子炉隔離時冷却系(RCIC)が切れるなどして炉心損傷に至った。

http://mainichi.jp/select/science/news/20110515k0000m040136000c.html

毎日新聞 2011年5月15日
転載終わり

我々日本国民が代議士を選挙で選ぶ場合、候補者と議論したこともなければ意見を聞いたこともなく、ただ選挙カーで名前の“連呼”で選んでいます。当選する人は、名前の連呼や、誰彼なく愛想を振りまいたり、土下座をバカになりきってできる人ということで、きちんと自分の意見を持ち、国民に向かって説明し、違う意見を持った候補者とマトモな議論をできる人ではありません。そんな人が集まった国会に、名前の連呼は得意かもしれませんが、熟議は無理です。日本の政治がマトモになるためには、選挙制度を変えて、きちんと議論できる政治家が選ばれるようにすることから始めるしかありません。

田中様

今回の浜岡原発の停止要請そのものについては、脱原発に向けての第1歩だとすれば、大いに賛同致します。
問題は、今後の電力について、原発ばかりに依存することを諦め、太陽光や風力、地熱発電や揚水発電やバイオマス等の再生可能な自然エネルギーへの転換を推し進めることと併せて、私達の日常生活を見直し、無理しない範囲内での節電に協力し、電力需要の大幅な削減に繋げ、「より小さく、より賢く、よりスマートな日本」として生まれ変わることができるのなら、もうそれだけで十分なことでは無いでしょうか。
地球温暖化防止のためにCO2の1990年比25%もの削減目標に向けて努力することに関しては、決して間違ってはいないことで、大いに協力することは大切なことだと存じます。
そのための電力として、単なるコスト面だけで原発を推進してきたことに、そもそもの矛盾が、今回の福島原発事故で露見してしまったことに間違い無いと考えれば、福島第1原発事故で発生した大量の汚染水を海に流すことに関しても、環境破壊そのものだと海外から批判されても当然のことでは無いかと考えられます。
そもそも、「資源を持たない日本の産業を支える意味では原発設置に動いた当時の政府は仕方なかったのだと考えるものですが、反原発運動の高まりに呼応して建設候補地への過度な補助金の交付をする一方、肝心の危機管理にはコストをかけなかった。それこそが問題だったと自覚しなければなりません。」ということこそが、これまでの原発政策の失敗に至った根本要因であることに間違い無いでしょう。
更に、原発による使用済み核燃料の再処理や廃棄方法のことも、本来であれば考えるべき問題であったことを後回しにしてきたによる責任も問わねばならないでしょう。
だとすれば、再発防止のためには、再生可能な自然エネルギーによる電力供給の拡大は避けられないものの、少しづつでも原発や火力発電を減らし、更に大量生産大量消費という経済規模の量的拡大による経済成長そのものを諦め、成熟した大人の国になることが大切なことでは無いでしょうか。
以前のコメントで日本人の愛国心というものについて、「地球を愛す、他国を愛す、日本を愛す、己を愛す」に集約出来るのでは無いかとコメント致しました。
これを根拠に、今後の国際社会の中での日本の存在感について考察すると、地球上に存在する全ての国々を全体集合として捉えれば、日本という国は、その中の部分集合に過ぎないと存じます。
ならば、もうこれだけで十分では無いかとも考えられ、かつての亡国のような軍事力をはじめ、経済力なんかで存在感を見せ付ける必要は何処にも無いことでしょう。
むしろ、日本社会が幾らでも良くなり、全ての国民が幸福に暮らせる国なることだけを誇りとすれば、国際競争力は衰退し、大人しく存続することが出来るだけで、もう此れほど喜ばしいことは無いのでは無いでしょうか?

訂正です。

asuwoyoku | 2011年5月16日 10:34
「多元多次偏微分方程式」
「多元高次偏微分方程式」

の方が正しいようです。失礼しました。

浜岡原発停止の、確かに歴史的意義は大きいと思います。現在の円と株価を見れば分かるでしょう。この決定による後遺症は、今後、日本経済にボディーブローのように効いてくるはずです。菅が何をしたか気がついたときには時既に遅し。日本中みんなで仲良くお貧乏になる。金持ちは海外に逃げる。まさに江戸時代にワープです。未来の子供たちのために、先進国脱落の判断をした、歴史的意義はまさに大きい。菅を支持した7割の国民は電気料金値上げと、増税に賛成したも同然で、ほとんどマゾとしかいいようがありません。既に被爆しているというなら、原爆症持ちのお貧乏国家を選択した国民はすばらしくストイックということですね。

明日を良く さん

ポピュリズムは
「複雑な政治的争点を単純化して、いたずらに民衆の人気取りに終始し、真の政治的解決を回避するもの。」
とのことですが、

確かに官僚も米国も大衆ではないから、ポピュリズムの意味内容とは合致しないので、その表現は適切ではない。

いわば「大衆迎合」のうち
「迎合」部分を援用した形でした。

しかし管内閣の特徴が、対大衆、対官僚、対米国の「政権延命の人気取り」であり、真に日本の国益を守り増進するビジョンと力に欠ける、ということは、衆目が一致しつつあるところでしょう。

毘沙門天 さん 2011年5月16日 18:53

>しかし管内閣の特徴が、対大衆、対官僚、対米国の「政権延命の人気取り」であり、真に日本の国益を守り増進するビジョンと力に欠ける、ということは、衆目が一致しつつあるところでしょう。<

多くの現政権批判の核心的な部分ですね。

ところで、民主主義は「ビジョンと力」を持っている個人が強力なリーダーシップを持って事に当たることが妥当かどうかという問題があります。

xtc4241 さんがいみじくも語られているように
>ある意味独裁的なリーダーシップと、時間がかかる民主的な手続きと、どっちを求めるか?

これは議論のあるところでしょう。<
に同意します。

そして以下のように考える方もいます。
http://mainichi.jp/select/opinion/yora/news/20110511dde012070031000c.html
(毎日新聞2011年5月11日 「首相決断」の伝え方=与良正男)

部分を引用します。
「私の考えを押しつける気も自信もない。だが、どうしても納得いかないのは、「拙速で、場当たり的だ」とか、「根回し不足だ」とかいった、決断に至る手続きに対する批判だ。結構、これが多いのだ。

 では、熟慮するため、菅首相が識者を集めて浜岡問題を検討するナンヤラ会議を作っていたらどうだったろう。今、手続きを批判している人たちは「またまた丸投げ」とか「決断力がない」とか、なじっていたのではなかろうか。」

以前、私はサッカーに例えてリーダー論を提起したことがあります。(例えでいうと、命令一下一致乱れず行動するいわば軍隊式ではなく、サッカーでみるような互いに連携しあい、ゴールに向かっていくような方式とでもいいましょうか。)(2010年6月16日)

つまり青写真をつくる方法も別のスタイルがあっていいのではないかと提起しました。

まさに今原発問題が実践してくれています。多くの有名無名の方が語り、たたき台に乗り、次の国のエネルギー政策が決定されていく、、東電も原発村もオープンで、独断などしようがない。2年前にこんな事できましたか。

この中で最適解が求められていけば一番落ちのいい所で決定されるわけです(国民合意ということ)。私が以前の文で政治とは複雑な問題の解を求めるようなものだ、と言う意味合いのことです。

もう一点、対官僚について。国会はずいぶん変わりましたね。官僚答弁などほとんどなくなっているし、たどたどしさはあるけれど政治家が本来の答弁をしてますね。地方でも役人が市民に対して自治条例の説明するなどして、鼻を木でくくったような以前とは様変わりの所もあります。
対米国については日本の置かれている立場をどう考えるかで、かなり変わってくるので今は保留ということにしておきます。

田中様

今回の浜岡原発の停止要請について、意見の分かれるところではありますが、単なる場当たり的ポピュリズムに過ぎないとまでは言い切れ無いのでは無いでしょうか。
しかしながら、「多くの権力者の栄枯盛衰を見てきたが、権力を失うきっかけは絶頂期に高揚した気持ちで判断した事から生まれ、権力を失う時は外の敵ではなく内側の味方から崩れていくのが常なのである。」ということについては、中東のエジプトの民主化運動も見れば、正に、「手にした権力は手段と方法を選んで使うべき」ということを、日本ばかりでなく全世界にも共通して、これまでの歴史等から大いに学ぶ必要があるのでは無いでしょうか?

これは、韓国歴史ドラマ「イサン」からですが、日本の大河ドラマと見比べると、共通しているところもあり非常に興味深く感じると共に、日本と韓国との文化の共通点や相違点を相対的に理解することも出来ることもあるかと存じます。
ちなみに、この「イサン」は、朝鮮王朝第22代国王「正祖」で、即位した年代を調べて見ると、1776年~1800年の時代で、この時代についての歴史的背景を世界史で見ると、1776年は、アメリカ合衆国がそれまでの英国植民地から独立し建国した年でもあります。
ヨーロッパでは、1789年にフランス革命があり、当時の中国は清国の時代で、1840年にアヘン戦争が勃発した年でもあります。
日本では、第11代将軍徳川家斉の時代で、1789年の年に老中松平定信による寛政の改革があり、その後は、「竜馬伝」でもありました通り、黒船来航から明治維新に至る幕末の動乱期に続く背景でありました。

権力というものは一度手にすると、時には悪事に使うことも出来るばかりでなく、それが慢性化すると、自己保身のために使うと手放すことが出来なくなるばかりか、悪事が露見しないために権力にしがみつけば、いつか明るみで出れば、全てを失い、身を滅ぼすことになりかねないことを常に弁える必要があることを大いに学ぶ必要があると思います。

日本経済については、もう急成長する期待は出来ないことは間違い無いと存じます。
歴史的な背景から国際社会を展望して見ると、中東での民主化運動は中国にも及ぶことも大いに予想されますと共に、地球規模での環境問題にも目を向ければ、経済成長もそう長くは続かず、アメリカを始めとする先進国は、何とかプラス成長を維持するだけでしか無いことでしょう。
中国につきましては、前にコメントした通り、台湾をはじめチベットやウイグル等の周辺民族を中心に政治的には分裂するものの、経済的には一つの共同体組織に生まれ変わることになるかと予想されます。
北朝鮮についても崩壊し、ドイツを見習い、韓国と南北統一へと進むことになることで、東アジア全体が非核化され平和で穏やかに暮らすことが出来れば、韓国や日本に駐留するアメリカ軍基地も全て撤収されるようになれば、此れほど喜ばしいことは無いと存じます。
更に、資源や食糧の争奪戦も回避され、様々な歴史や文化、宗教、民族の違いや貧富の格差等による紛争や戦争も全て回避されることになれば、世界経済全体として成長も止まることにはなりますが、全人類が平和で穏やかに暮らすことができれば、もう此れほど喜ばしいものは無いでしょう。
だとすれば、日本は、アメリカと中国の経済大国に対して、幾らでも反面教師としての立場を示すことで、中国市場に対する国益の半分をアメリカに譲ってあげると共に、アメリカ市場に対する国益の半分を中国に譲ってあげることで、お互いに国益を分け合うことで非武装中立の立場での外交を展開することこそが大切なことでは無いでしょうか?
日本経済は、資源やエネルギーの自給率を高めることは必要ですが、資源や原材料等の輸入を減らすことで、貿易黒字が維持できるだけの輸出と国内需要を満たすだけの生産規模に縮小することで、より付加価値を高めると共に、廃棄物を減少させることも必要かと存じます。
そのためには、東京は衰退しても構わないので地方分権を幾らでも推し進め、地方分業から国際分業体制の確立に繋げて行き、日本人も海外に幾らでも出て行く機会を増やし、海外から外国人を幾らでも受け容れても構わないと思います。
大企業や金持ちからは幾らでも税金や社会保険料等の公的負担を増やして、その全てを低所得者や高齢者、子育てや教育をはじめ、弱者に還元する等すれば、国際競争力は衰退しても何ら差し支え無いので、国民一人当たりのGDPだけを引き上げ、世界一にすることで、社会が幾らでも良くすることが出来て、地球温暖化防止に繋げ、より成熟した高度な農業と福祉先進国となって、幸福度が向上出来るだけで十分では無いでしょうか。
そうであれば、江戸時代までの生活水準になるなんてことはあり得ませんが、金持ちで日本から逃げたい人は、「どうぞご勝手に」ということで幾らでも逃げて下さって結構だと思います。
但し、くれぐれも出て行った先でご迷惑をお掛けすることがありません様に、幾らでも同質化されて下さればそれだけで結構でございますので。

asuwoyokuさん
xtc4241さん

菅直人こそは、独裁的手法を行使する本人です。
この1年弱、彼のやり方は全て「いきなりのモノ」でした。
突然、ほとんど他に諮る事無く、「・・・をします」と来るわけです。
熟議を求めているのは、小沢問題くらいなものでしょう。
時間をかけて、たな晒しにする事の重さこそが、政敵に対する処分としては最適だから。

「何とか諮問委員会」の数多くの設置こそが、熟議のあかしだなどと言うのも、モノの本質をとらえない議論です。
もともと、官庁、つまりいろんな省庁というモノは、一種のシンクタンクの役割を果たしてきました。
今更、新しい諮問委員会など作らなくても、官僚に任せれば、ほとんどの対策・意見などは出てくるモノです。
それを取捨選択し、縄張り意識を排除して大きな意見としてまとめることこそが、「政治主導」の筈なのです。

独裁とは、民主主義のもっとも進んだ一つの形態です。
菅直人のやり方は、どちらかと言えば、独裁に近いやり方と言っても間違いではないでしょう。
稚拙な独裁です。

明日を良く さん

「民主主義の大義を守る」

このことが、現下の情勢において最上の選択であるか否かで判断は分かれる事と思います。

民主主義の陥りやすい政治の悪弊例として衆愚がありますが、その反対は賢人独裁政治です。アテネのペリクレス時代がそれに該当すると言われてますが・・。


>民主主義は「ビジョンと力」を持っている個人が強力なリーダーシップを持って事に当たることが妥当かどうかという問題があります。<
 確かにこれは民主主義の大義に反する事です。

 しかし政治の最大の目的は、国民の幸福追求にあり、賢人独裁が必要な場面では、民主主義の手続きを一時的に捨て去る英断もあるのではないでしょうか?

 
 議員の大勢が赴くところよりも、個人の判断が優れている時そして時間が無い時、万難を排して信念で施策を実行する。
 そこには強引さがあり独裁的だ、反民主的だ、と誹られることでしょう。

しかし政治に求められるのは結果で、民主主義が長期的には国民に利益をもたらすことはわかっても、短期的には折に触れて独裁的英断がほしい事もまた、政治家ならばわかるはずで、民主主義の形を今更語るのは、剛腕・独裁と言われる人を排除するための詭弁でしょう。


 問題は浜岡原発への停止要請です。

 停止「命令」は根拠無くしてできないから「要請」にしたのか?法的に命令の形は絶対不可能だったのか?


 私も、長期的には原発縮小推進派ですが、煽情的に無原則に原発停止を進めることは、意味が無いと考えるものです。

 原発停止の端緒になったとして賛同する意見が多いようですが、電力を確保しつつ代替エネ開発及び転換を図るのが本来の姿であり、

停電に見舞われた被災地の闇夜の恐怖

を、しっかりと胸に刻んで欲しいと願うばかりです。

出来れば、載せていただけるとありがたいのですが・・・

先ほど、「政敵に対する処分…」などと書きましたが、
これは、あくまでも仮想の政敵という事です。
小泉が、自民党を仮想敵としたように、菅は小沢を仮想敵としているのでしょう。

いくら人気取りのためとはいえ、
困ったやり方です。

NHK ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」福島原発事故から2ヶ月(5月16日)

http://hiroakikoide.wordpress.com/

上記、特集は是非視聴してもらいたい。福島の汚染地域の土壌分析の調査のために約2ケ月間、走行した距離は約3000km、空間線量も大変強い被爆地域にも足を運び、太変ご苦労され、土を採取され、放射能汚染地図を作成された。筆舌に尽くし難い人間模様が浮かび上がる。ただただ、頭が下がる思いです。

放射能汚染で、先祖から受け継いだ家、土地を離れなければいけないこの不条理さ、無念、悔しさ、怒りはいかばかりでしょうか。

福島原発の重大事故が残したものは、この先、半永久的に消えることはない。あまりにも酷い。原発を続ける限り、このような事故はまた起こる。

何故、原発を維持しなければいけないのか。国策として進めてきた原発は当初から、二つの顔があった。一つは原子力の平和利用としての原子力発電、もう一つは核兵器製造である。国は陰の思惑のために放射能に汚染された甘い蜜を独占の電力会社に与えた。原発蜜に群がる「政・官・学・業・報」の構図が徐々に強固になると同時に、そこには安全とか、人道とか、倫理とかは、第二義的となり、ただただ金儲けのみの堕落の一途へ転げ落ちた。単なる原発組織暴力団の利権集団へと変わり果てた。

原発が廃止されれば、原発利権まみれの人たちは自分たちのおいしい生活が崩されることを嫌い、しがみついて、原発をみんなで渡ればこわくないと推進し、利権雪だるまを巨大化させてきた。福島第一原発人災で、今はおとなしくしている獅子身中の虫が、ほとぼり覚めれば、また蠢きだす。

光の前者にも、陰の後者にも、いずれも人類が制御出来ない「死の灰」が作られることに変わりはない。私たちに突きつけていることは簡単なことです。一つの天秤を前にして、片方の分銅には「人類の生存」、もう片方の分銅には(「死の灰」(「電気エネルギー」+「核兵器」))。どちらが重いか、自明の理です。

私たちは、もはや持続可能でない原発にエネルギー源を求めることはできないと同時に、原発を継続すれば人類の生存を脅かす「死の灰」(高レベル放射性廃棄物)が増え続けるだけであることを、しかと肝に銘じなければいけない。私たちの子々孫々のためにも、持続可能な再生可能エネルギー転換へ踏み出すしか、道は残されていない。

スッカラカンが独裁?

元株やさんの「稚拙な独裁」は言い得て妙ではありますが、この自己保身だけを考える権力の亡者と化してしまった瑣末な政治家の言動は、殆どが単なる場当たりのもので、独裁というスケールを当て嵌めるには土台無理な話ではないでしょうか?
論ずるべきは、間違っても首相などになってはいけない政治家のベストワンにランクされようというような政治家を選択してしまったこの国の深刻さではないでしょうか?

詐欺師の菅総理のことですから、とりあえず脱原発のふりをして、原発維持に持っていくのではないでしょうか。何も、浜岡を廃炉にするといったわけではなくて、砂丘の内側に防潮堤を作るまでの話で、これが完成したら再び稼働することになっていますし、中部電力もそのつもりですよ。本当にエネルギー政策を白紙に戻し議論するのか。また、その中心が菅氏でいいのか、もちろんこんな馬鹿な政策を推進してきた自民党がいいのかも議論の余地があるでしょう。

原発ファッショには当たらないでしょう。それより今まで、「安くて、安全で環境にもいい」という話が全く嘘であったことの反動でしょう。新聞やTVしかない時代であればだますことはできても、これだけネットの情報が氾濫するとさすがの能天気な国民も黙っていません。

揚水発電を必要としバックエンドコストや事故発生時の国民負担を考えれば、原発の経済性ははたんしているし、たとえ地震・津波対策ができてもそれを監視するシステムやマスコミのデタラメな報道では原発は危険きわまりないですね。おまけに放射性廃棄物をこのさき300年以上もどうやって安全に処理できるのでしょうか。そんな方策も決まらないまま、使い続けるのは正しく、「トイレの無いマンション」です。

自民党時代から延々と続く政官業+マスメディによる利権をここで一機に粉砕したい所です。そして自民党より自民党らしい菅政権も同様に粉砕しないといけません。

Mr.Southpaw

(これで良いんですよね?さんは抜きです)
仰る通りです。
しかし、菅を選んでしまったのは、国民ではありません。
この点で、私は民主党を、小沢一郎を非難いたします。

鳩山を変えるに、なんとまあ、こんな男を選んでしまうとは。

「民主党には、政権担当能力がない。」
かつて、福田との連立失敗の際の言葉ですが、
ならば、なぜとった。

言っても、せん無い繰り言です。

田中氏引用『今必要なのは目先の数字に躍らされるのではなく、想定を越える事まで考えて対策を練ることではないか。』引用終わり

 30年確率87%は今年の確率5%程度
この匕首を突きつけられて、『目先の数値』と言えるのでしょうか。

 『想定』の見直しと対策が今すぐに完結できるのでしょうか。
福島で明白になった事実、『とにかく電源の確保』を先行させるのではなく『遠大なスキーム』を練るのが『今すべき事』でしょうか

元株やさん

らしからぬご返答には若干の失望を禁じ得ません・・が、今しゃかりきになるテーマでもありませんしね

「小澤一郎」の言動に整合性を欠く場面が少なからずあることは確かですが、建前を熟せない政治家という彼の側面だと思えばギリギリ我慢は出来ます。

現在は石橋先生の仰る地殻変動期にあると思います、何時地震が起こるか分からない状態ですので、浜岡の停止を支持します。
中電も内心は止めたかったのではないでしょうか、もし事故が起きれば会社は破産するのですから。
他の電力会社も同様でしょう、ここはどうしても東電を破産させて責任を明確にしないと、他の電力会社の無責任体制をただす事が出来ません。
おそらく今の官庁を言うに及ばず大企業も幹部も官僚化して、彼らは何事も決断して責任を負うことを先送りすることしか考えていないのではないでしょうか。
日本の停滞はここにあると思います。
菅さんには色々問題があることは確かですが、彼は少なくとも原発の最悪の可能性を認識していることは確かでしょう。
とりあえず浜岡を止める理由を津波にしていますが、本当は直下型地震の直撃による原子炉支持構造物の崩壊と制御棒挿入不能による暴走でしょう。
そうなれば東海関東は全滅します。

小沢氏の苦悩は死ぬまで続くでしょう。
民主主義国家とは実は王国に有るのでは?
田中芳樹氏の「銀英伝」の中でラインハルトとヤン(前半の二人の主人公)のたった一度の会談で民主主義と帝国主義について語らったくだりは現実社会を風刺し小説内では帝国主義が民主主義の腐敗を衝き勝利する。
民主主義の不備を見事に解いているこのくだりは今の日本に酷似している。
この小説の主人公で暗殺される民主主義国家の英雄ヤンは敗北の未来が有っても民主主義に固執した。
小沢氏の生き方にコレマタ酷似しているように見える。
小沢氏がマスコミの言うような黒い独裁者ならとっくに総理になり独裁国家を手に入れている。
民主主義はポピュリズムであろうが政権運営はポピュリストの独裁ではない。
微妙な違いが結果を大きく変える事を人が理解できない事は歴史が証明している。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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