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覚醒なき国家に未来はない(4)

北朝鮮の核疑惑はブッシュ(父)政権時代から指摘されてきたが、アメリカは実力で阻止しようとはしなかった。むしろ事実上の核保有を許容したとも受け取れる姿勢を見せている。

一方で日本は北朝鮮の核と対峙するため、アメリカの核の傘への依存度を強め、イージス艦やミサイル防衛の装備をアメリカから購入した。イージス艦もミサイル防衛もブラックボックスがあり日本独自では使えない兵器である。中国や北朝鮮にとって日米安保は今でも日本を自立させない「ビンのふた」であり、アメリカにとっては両国の存在が日本を従属させる鍵になっているのである。

1981年に筆者はイランと国交断絶したアメリカがイランに食糧のコメを輸出している現場を見た。初めは驚き、次に国際政治とはこういうものかと思ったが、その後アメリカがイランに武器まで輸出している事を知った。イラン・イラク戦争でイラクを支援していたアメリカが敵国イランに武器を売っていた事になる。

またイラクがクエートに侵攻した湾岸危機でも当時のアメリカ大使がサダム・フセインにクエート侵攻を認めていたと議会で問題にされた事がある。アメリカ外交には裏がある。アメリカは国益になると思えば誰とでも手を組む。国際政治には表とは違う実態がある事を日本人はよくよく知らなければならない。

日本がアメリカにとって脅威でない事が分かると、アメリカの「日本バッシング」は止み、日本はパッシング(無視)されるようになった。冷戦後のアメリカがアジアで「戦略的パートナー」としたのは中国である。アメリカ大統領がアジア歴訪の際、最後に中国を訪れる事がそれを物語る。

ところが日本人は「アメリカ大統領が真っ先に日本に来た」と言って喜ぶ。人は色々の人間から情報を仕込んだ後で最重要の人物と会うものである。最初に来たと言って喜ぶ日本人は悲しくなるほどの外交音痴だ。「日米同盟」を金科玉条のように言う日本人もいるが、「同盟」ほど当てにならないものはない。国益になれば守るが、ならなければ「同盟」を破棄するか無視するだけの話である。

今のアメリカが中国を重視するのは当然である。アメリカが最も脅威を感じる国だからである。世界を一国支配してきたアメリカの力は衰退に向かっている。多極化する世界で優位を保つために強い相手を無視する訳にはいかない。

一昨年、建国60周年を迎えた共産主義の中国は、前半の30年で共産主義を模索し、後半の30年は「日本モデル」の経済成長を模索した。「日本モデル」とは「政権交代のない政治体制」と「輸出主導による経済成長路線」である。

ところが一昨年日本に政権交代が起きた。中国共産党は慌てたと言う。日本には政権交代がないから官僚が司令塔になり、国家が一丸となって輸出主導の経済成長を実現した。そう信じてきた中国は日本の変化に困惑した。

中国はアメリカからも民主主義でない事を批判されている。中国共産党の第六世代にはアメリカ留学組が多い。党内で民主主義を巡る議論が行われたと言う。しかし結論はやはり一党独裁を続ける事を確認したと聞く。

「日本モデル」を追求してきた中国は日本のGDPを抜いて世界第二位の経済大国となった。しかし一人当たりのGDPは日本の十分の一で、東京オリンピックの頃の日本の水準である。その頃の日本はまさに「昇り竜」であった。二流国になる事を拒否し、核武装を考え、超大国を目指した。しかし敗戦国の悲しさでアメリカがそれを許さなかった。

中国はそこが違う。戦勝国の側にいて既に核を持ち、アメリカの風下に立つ必要がない。しかも資本主義が危機に見舞われた時の計画経済は強い。80年前の大恐慌でも共産主義のソ連と国家社会主義のドイツだけは影響を受けなかった。現在もまた危機に陥った世界経済を中国が支えている。

中国に自信が生まれるのは当然である。一昨年から外交方針が「守り」から「攻め」に転じた。中国は「日本モデル」より「アメリカ帝国モデル」を追求するようになったのである。「アメリカ帝国モデル」とは、世界最強の軍事力と世界最強の通貨を持ち、世界中の資源と情報を支配する事である。中国は急速な勢いでそれを目指している。

一昨年来日したエフライム・ハラヴィ前モサド(イスラエル諜報機関)長官からこんな話を聞い た。「イスラエル建国から18年間、アメリカはイスラエルへの武器輸出を禁じてきた。周囲を敵に囲まれながら我々は自力で生きてきた。その生き様によってアメリカは武器禁輸を解除した」というのである。

またハラヴィ氏は「核兵器を持っているか、いないかは決して言わない。言わない事が抑止力だ」と言った。その話に筆者は感銘を受けた。自力で生き抜く決意がなければ、いかなる「同盟」も「核武装」も無意味である。

中国と対峙すると言う時、多くの日本人はアメリカの核に守られるか、自力で核武装するかの議論になる。しかしそれは余りにも安易な冷戦型思考である。冷戦後の日本は自力で生きる事をまず決意すべきである。自力で生きるとはあらん限りの知恵を外交に注ぎ込む事だ。

これまで述べてきたようにアメリカの力を借りて中国と対峙する事ほど愚かな事はない。同時にアメリカ、中国と敵対する事もまた愚かである。ユダヤ人が「ネオコン」となってブッシュ政権内部に食い込んだように、アメリカと中国を内側から操る戦略が我々にも必要である。アメリカに、中国と対峙するには日本が必要と思わせ、中国にもアメリカと対峙するには日本が必要と思わせるのである。

そのためにはロシア、インド、韓国などとの関係を深化する必要がある。ひたすら日米同盟にすがったり、国際社会が見ている前で核武装を議論をするのは、自力で生き抜く覚悟とは無縁の行為である。早く冷戦型思考から目覚め、民族自立の道を国民に教えないと日本は21世紀を生き抜けない。

(この原稿はオピニオン雑誌「伝統と革新」第三号に寄稿したものです)

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» ★米国傀儡の官僚機構が支配する「日本病」の正体! 送信元 ★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★
米国の意向が全てに優先する権威となった保守の実態と危急存亡の国難に忍び寄る全体主 [詳しくはこちら]

コメント (23)

田中良紹さんによる「居酒屋田中塾」の第16回日程が、5月25日(水)に決定しました!

田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。

ぜひ、奮ってご参加下さい!

【日時】
2011年 5月25日(水) 19時〜 (開場18時30分)

【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第2(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 301号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml

※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で第2部を行います。

【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。

第2部:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

【申し込み方法】
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明治以後、日本は背伸びし駆けつづけて来た。十分よくやったのだから、疲れが目立ったところで、一息入れ足元を見直そう。大国にあこがれるのをやめ大国意識を捨て、身の丈に合った内容の濃いい国になろう。人口順位程度の国力順位で御の字じゃないか、まず住民の生活の充実と安全をはかろうじゃないか。米中露三つの超大国のはざまにあってツッパラねばならなかったのもわかるけれど、無理しすぎでボロボロじゃないの。アメリカは武装侵略人工資本主義国、中国は国ではなく十三億人の帝国世界、ロシアは大陸の覇王ジンギスカンの後継者、普通の国の日本がかなう相手ではない。外交感覚が欠如しているし、天然資源もないし、国土防衛の仕様がない。仙台に遷都して、せめて自然災害には何重もの対応をして、小さくても美しく豊かな風土の、バランスのとれた活用を図ろうじゃないですか。艱難辛苦汝を玉にす、五十年後をめどに捲土重来をはかりましょう。留学生数と留学年数と留学国数が日本の将来を決める、語学オンチの日本人なら最低七・八年、留学中だけでなく帰国してからも活躍できる体制を作ろう。外交は人材育成から始めなきゃならない。

>これまで述べてきたようにアメリカの力を借りて中国と対峙する事ほど愚かな事はない。同時にアメリカ、中国と敵対する事もまた愚かである。<
>そのためにはロシア、インド、韓国などとの関係を深化する必要がある。<

現実を直視すれば、逆説的なようですが、弱者の立場を利用した等距離外交をせざるを得ない状況にあると思います。

私は一方的なアメリカ陰謀論には組せず、むしろ国内の対米従属思考を問題視してきた立場です。
その意味では田中さんの論説は微妙。

とにかく原発事故により、今後レガシーな原発がどんどん耐用年数を迎える一方、新規原発建設が不可能に近くなった、ということが重要。
よって、どうしたって火力に依存せざるをえない状況が遠からず訪れるだろう、ということ。

しかし、原油1バレル100ドル時代を迎え、重油、石炭、LNG等火力発電のランニングコストが非常に厳しいという実態。
これらを考えれば私も他スレで紹介してきたような再生可能エネルギー群の開発促進ももちろん重要ですが、当面は特に石油、天然ガスの供給源が特に重要となるはずです。

あるではないですか。尖閣諸島近辺に石油だけで300億バレル程度でしたか。
もちろん中国も原子力利用に力を入れてますが、一方で尖閣はじめ世界中で資源外交繰り広げています。
そして必ずやかの地でも原発事故の影響は出てくる。
他方、一方的な中国の”試掘”に対して国内でただほえていたって何も始まらない。
アメリカ利用しましょうよ。
アメリカだっていくらオバマが叫んだところで、実際にすでに昨年来コスト高を理由に原発計画から撤退した事例もある。
今回の福島の影響でもう一箇所原発撤退ニュースが流れました。
原発ルネサンスは少なくとも停滞するのです。
いいじゃないですか。日中にアメリカ台湾加え尖閣周辺のエネルギー開発を日本が提案したって。
韓国を加えたっていい。
共同開発で資源利用を加速させる。
東アジア全域の緊張緩和にも役立つかもしれない。

麻生政権、第一次管政権下での前原外相の失策により態度を硬化させていたロシアも震災後、態度が微妙に変化してきているようにも感じられます。
北方領土の新たな枠組みを作る絶好の機会が訪れたといってもよい。

そしてビンラディン殺害に関係なく、中東域でのアメリカのプレゼンスが低下しているのは間違いない。
日本はご存知のように伊勢崎賢治氏がいうような「美しき誤解」により従来中東では非常に評判がよかった。
特にアメリカと敵対したイラン。
ここをもう一度てこにしましょうよ。
アルカイダの影響うんぬん、エジプトなどの中東の新しい革命うんぬん以前にシーア派の動向、これは今後も無視できない。
そしてアメリカは基本イラン、シリア、そしてイラク国内のシーア派には影響を及ぼせない。
アメリカに恩を売るチャンスではないですか?
別に劇的な成果を挙げる必要はない。
イランとアメリカの融和役を買って出ればよいだけです。
もしかすると再度イランでの権益復活も可能かもしれない。
シーア派の動向に極めて敏感なサウジでも再度権益復活できるかもしれない。

アメリカには田中さんが主張される”日本を隷属状態”においておきたい勢力が主流だということは事実でしょう。
メア氏ら日本に憲法9条を堅持させようという勢力もあれば、アーミテージ氏らに代表される改憲により、一層の対米従属化を迫る勢力もある。
一方で沖縄に負担を強いることは結局アメリカの国益を反することになる、と主張するシンクタンクもある。
極端な例では東アジア空白化構想のCNASのようなシンクタンクもある。
ここ20年の流れでアメリカの対外駐留基地がどうして縮小されたか?
それはやはり各国の国民がそれを要求したからでしょう。

憲法記念日にあたって、護憲か改憲かの前に、まずは何を目的として外交政策を進めていくのか、それが改めて問われていると強く思います。
非常に困難な道ではあるが、日本にとって何がとくかに立脚した現実主義的外交がまず求められる。
護憲改憲論がとかく抽象的になるのは、外交理念とリンクしてこそ具体論に入れるはずですが、現状はほとんど抽象論。
そして国政上その意識がある政治家が一人も見当たらないように思えるのが悲しい。

田中 様

超大国の中にあって、日本がどのような扱いを受け、どのような国になっているか、大変分かりやすく説明されておられるので、あまり勉強していない私などには、大変ありがたい。

何度も田中様のお話を伺っていますが、日本の政治家特に首相が確かな政治理念を持ち、したたかで国際政治にたけた超大国首脳に、如何にしたら伍していけるか、の問題提起一点に、かかっていると理解しています。

大多数の政治家は、国際政治に興味がなく、米国に依存してさえしていれば、侵略されることはなく平和が確保されるので、国内問題に専念していれば良いという考え方が支配的です。また、この国で非常に残念なことは、国民の大多数も是認していることです。

田中様のお話の通り、永久に米国が圧倒的軍事的、経済的力を持っていれば可能かもしれないが、中国の力がかなり大きくなり、日本などはいつの間にか追い抜かれてしまいました。

中国の戦略は、国際政治においてしたたかに協力国の数を着実に増やし、軍事力、経済力とあいまって、米国と対等以上の地位を確保するのは、そんなに遠いこととは思われない。

米国は、国益に合致しなければ、簡単に日本など放り出すでしょう。そのときにあって、いかなる仕打ちを受けようとも、未練たちがたく、米国にすがっている日本は考えたくもありません。

何故、日本全体が、平和をむさぼり、平和のあとは、悲劇しかないことが分からないのか、不思議でなりません。歴史に明らかなことなのですが。

この一連のコラムで、私の脳裏に浮かんだ言葉がある。健忘症の帰来があり、誰の言葉であったか定かでないが、「NOといえない日本]である。曖昧さはあるときには美徳とも取れるが、対外政策においては、何を考えているのか判らないとも相手国には感じ取れるだろう。
今日の「asahi.com:朝日新聞社の速報ニュースサイト」で普天間問題の関連記事を見る。例の「ウィキリークス」の公文書流出文章の中で普天間に関するものを分析した内容の記事である。
公電の真偽という問題もあるが、その内容は非常に興味深い。先のメア氏の沖縄発言とも繋がると私には感じられる。
確かに外交において機密扱いは必要であるが、核密約と同様に時代の検証と言う観点からも、ある時点で情報公開は必須であろう。
尖閣問題のビデオにしろ、福島原発の情報公開にしろ、パニックを恐れる余りに情報公開をしないという論理は、余りにも個人を愚弄した意見と私は受ける。信頼されていないから信頼できないということにも繋がるのである。
又、普天間に関わる公電の内容は、いかにも日本外交の象徴とも言える内容である。
私が受けた印象は、アメリカに「沖縄」をお金で買ってもらっているとしか感じ取れない。わが国の国土をアメリカに買ってもらう。札束を見せて、「ハウマッチ?」外交そのもの、これがいけないかの意見はそれぞれあろうが、こうした目で日本が、世界から見られていると自覚する時期でもあろうと考える。

田中様
東日本大震災前より、日本経済には、中国にGDPで追い抜かれたことは、もう何ら大したことでは無いし、これ以上の急成長の期待することなく、成熟した大人の国になるべきだと考えております。
政権交代により、沖縄県の普天間基地移設問題で、沖縄県民の皆様への基地負担を軽減し、日本国民全体で分かち合い、見直しに取り組んだことに関しては、不発に終ったものの、決して間違ってはいないと考えております。
また、昨年の尖閣諸島沖での中国漁船による衝突事件についても、船長を逮捕拘留し取り調べるところまでは、決して対応は間違っていなかったものだと考えております。
今回のトモダチ作戦は、果たして自民党政権だった場合にアメリカは、ここまでしてくれたのでしょうか。また中国も、あの小泉政権の頃なら、当然のことながら支援する筈は無いと予想はつきますが、日米同盟については、深化では無く、これを乗り越え、非武装中立、平和と地球規模での環境問題や博愛精神による平和で穏やかな全人類の共存共栄を目的とした日米平和友好に乗り越えて行くことが出来ればと考えております。
中国については、経済的には高度成長は長くは続かず、台湾やチベットを初めとした周辺民族を中心に、政治的には6ヶ国程度に分裂することになるものと予想しておりますが、恐らく経済的には、EUの様な一つの経済共同体へと生まれ変わり、それぞれの国が貧富の格差なんかに気にすることなく、穏やかに暮らせて存続することが出来れば何よりのことかと思えます。
そうであれば、中国市場に対しての国益の半分はアメリカに譲ってあげると共に、アメリカを始め国際市場に対する国益の半分は中国に譲ってあげるという姿勢で、お互いに国益を毀損することなく、バランス良く、国益を分け合うことが出来れば、此れほど喜ばしいことは無いのでは無いでしょうか。
TPPについては、両義的で半分賛成半分反対というところはあります。
賛成するところは、TPPへの参加により、大企業を中心に海外への生産拠点の移転が進んでいくことによる日本経済の持続的な成長に繋がり、日本人が幾らでも海外に出て活躍する機会が得られることと併せて、海外から外国人をはじめ移民の受け容れも幾らでも進んで行くことで、国境の壁が無くなり、閉ざされた島国根性から開かれた島国根性に日本社会や文化が改善され、生まれ変わることになれば望ましいと考えられるかrです。
逆に反対するところは、TPPにより、国内農業に壊滅的な影響を齎し、地方の農村が荒れ果て、過疎化が進んでしまい、開国では無く、壊国になってしまえばそれこそ取り返しがつかなくなってしまうのでは無いかということです。
そうであれば、TPPへの参加に当たっては、中小企業から中堅企業までの法人税減税による負担を軽減するものの、大企業に対しては、法人実効税率を80%に引き上げ、その財源を国内農業への個別所得保障をはじめ、子供手当てや、震災への復興財源、介護を始め医療や社会福祉分野への雇用拡大やサービスの質の向上に繋がる人材育成の他、財政赤字の縮小のためには、石油公団をはじめとする特殊法人をアラブ資本やユダヤ資本に幾らでも売却し、その資金で赤字国債を一気に減らしてしまうというのは如何でしょうか?
日本は「より小さく、より賢く、よしスマートに」という方向で再生し、経済成長率としては世界最低で、国際競争力なんかは衰退し取り残されても一切構わないし、それによりデンマークを始めとする北欧型の福祉先進国を目指せば良いと思います。

日本は人口順位ぐらいの国力で十分だと書いて、果たして世界の人口順位は今どうなっているのかと改めて統計を見た。ロシアの人口の少なさと、一億を越える国と一億に近い国の多さが目に付いた。どうしょうもない地理関係で、米中露に関心が集まってしまうのだが、この一億あたりの国々との関係強化が日本にとって極めて重要なのではあるまいか。今まで日本は上に対しては卑屈で、下に対しては傲慢であった、上下という表現はあまり適切ではないが、日本は上から目線でこの一億あたりの国々を見ていたような気がする。留学生を受け入れるのはもちろんだが、もっともっと留学生を送り込め。五年から十年しっかり現地で生活し勉強した、若いスペシャリストをできるだけ大勢養成しよう、外交政策的効果から言うなら留学生を送り込むほうが断然有利なのです。遠交近攻は古来より外交の鉄則なのです、中国はちゃんとやってますよ。防衛問題を考える時どうしても兵器的ハード面とか、精神的愛国主義とかが強調されてしまうのですが、肝心のソフトを担う人材が不足していてはどうにもならない。asaさん、あなたの意見に賛成です、実現するための一つの便法として「仙台遷都」をぜひ真剣に考えて下さいませんか?

 田中氏は、核武装し軍備を備え、真の外交をしろ、と言ってる。

 しかし、誰もそのテーマを直接的に肯定も否定もしないように見える。そのテーマから逃げているように見える。

 
 確かに日本はかつて、欧州の最終戦争に巻き込まれ、手ひどい敗戦を味わった。しかし、2次大戦以降、先進国同士の戦争は皆無であった。
 最早、時代は直接的な武力行使ではなく、国益を求めた脅しすかしの外交が主流となったのではないか。

 こうした外交の背後に不気味な武力が必要なのは論をまたない。

 核武装と軍備は必要である。

理駅遊道さまへ
どこのお国の方か存じ上げませんが、極東辺境の夷族ながら三つの世界大帝国と戦い、二つの原爆を喰らい、今また原発崩壊の中で雄々しく生きるわが日本民族をなめてもらっちゃいけません、日当一万円も出していただけるなら喜んで原発清掃に駆けつけます。こんな日本人が核兵器の脅しすかしにビビるとお思いですか?

理駅遊道

軍備は大切で必要ですが、核兵器はどうでしょうか。

「福島」でのロボットの使用状況をみると、やはり軍事技術抜きでのロボットは、少し弱すぎます。
ロボットで無ければ動けない所で使うロボットが、日本にはないと云う事実。
何がロボット大国か。
軍事技術を磨く事は、民生用技術の維持のためにも必要という事を、否応なく教えてくれた。

しかし、核兵器はいかがでしょう。
ワザワザ、そんなめんどくさいモノ持たなくても、一体どこの国が日本に「核」を使用するでしょう。
我が国土に、攻撃をかけてくるでしょう。
今回の「福島」が、日本がいかなる国かを世界中に伝えました。
万、万が一の時には、六ヶ所村をボンとするだけで、いかなる敵国も道連れじゃないですか。

日本そのものが、「汚い爆弾」みたいなものです。

理駅遊道さん

「さん」抜きになってごめんなさい。

hanataka さんへ
もちろん私は日本人です。
「核兵器の脅しスカシにビビる」のは、日本国の政治家と官僚です。
 ビビる理由は、単純に核保有国と戦争したら負けると考えるのが自然だからで、ビビるのは合理的です。
 日本人がいかに精神的に強かろうと、単純に考えれば負けますし、それが見通せれば強がるよりも引いた方が良い。

 引いてはならない時にも引かざるを得ない。
 尖閣列島での対中国処理方針では、それが明らかになりました。民主党だから菅政権だから外交の成果が能力が乏しかったのはその通りだが、他の政権でもメンツを保つのに苦慮したことは想像に難くない。


日本は核兵器を

「持ってるかどうかわからないよ。」

と思わせるのが上策である。

「持つも持たないも日本の自由だ。北朝鮮どころか、日本は既に核保有技術を持ってるし、必要なら装備するが、軍事機密なので言わない。」と宣言し、持ってるフリをして核兵器を持たないのがベストだろう。

田中様

「仙台遷都」については、個人的には賛成ではあるのですが、賛否両論はあるのでは、無いでしょうか。
ただ、日本の再生及び自立のためには、「より小さく、より賢く、よりスマートに」と言うのは、IBMのCMの受け売りではありませんが、知識集約型産業社会への転換により、日本経済のダウンサイジング化による地方分散化を図る上では、仙台に首都機能を移して、日本のワシントンDCにするということも一理あるかも知れません。
しかしながら、アメリカと異なり、日本には天皇制がありますので、皇居までを仙台に移すとなると、賛否両論あり難しいのでは無いでしょうか。
もう一つは、首都機能と首都圏での営業拠点だけを残して、経済的な拠点だけを仙台に移して、大企業の本社については、仙台に限らず、北海道から沖縄までの各地域に分散誘致するということもあっても良いかも知れませんね。
それにより、税制上の優遇措置を設けたり、あるいは震災をはじめ、様々な寄付金に対しての減税措置を設ける等しても良いかもしれません。
アメリカあたりでは、個人についても寄付金に対しては税制上の優遇措置があるために、お金を持っている人達が幾らでも寄付することで社会に恩返しするこそが、ノーブレスオブリジェとしての個人主義としての規範として根付いているものと存じます。
これこそ、日本にとって大いに学ぶべきところであり、これにより日本文化の本質そのものを、地球規模での視点での開かれた島国根性に改善することが出来れば、素晴らしい国に生まれ変われるのでは無いでしょうか。
とは言ってもこれは少し先の話なので、当面は、仙台に東北復興の本部組織を設置して、これを中心に東北地方の再生をはじめ、福島原発の対応にも当たっていくしか無いでしょう。
ただいずれにしても、東京は衰退し、アジアのはずれの片田舎都市に成り下がったとしても全く惜しくは無いので、今後海外に出て行くときには、東京ばかり気にする必要は無く、地方から直接、幾らでも海外に出て行ける様にしても構わないと思います。
地方空港も、韓国の仁川空港をハブ空港にして、そこから日本を素通りして海外に出て行っても良いし、必要に応じて、成田空港や関西国際空港等と使い分けすることにしても構わないでしょう。
東京の羽田空港は、首都圏での地方空港としての位置づけだけで十分であり、首都圏から海外に出て行く場合であれば、羽田から仁川経由か、成田から海外に出て行くかのいずれかで使い分けすることが出来れば望ましいと考えておりますので。
大阪の伊丹空港については、仮に神戸空港に譲ってあげることで廃止するのなら、神戸から仁川経由か、関西国際空港のいずれかを自由に使い分けすることが可能となれば、それも良いかも知れません。
船舶については、日本海側の地域にとっては、韓国の釜山港をハブ港として利用すれば良いと思いますが、太平洋側のハブ港として、仙台に設けても良いかも知れません。
東アジアでは、ソウルをはじめ、上海や香港、台北、シンガポール等の都市にハブ機能は全て譲ってあげても構わないし、ただそれを利用してあげれば良いだけのことと考えれば、沖縄をこれらの都市との中継拠点として整備するのは良いかも知れませんね。
普天間基地移設により、基地負担の軽減とも併せて考えれば、沖縄県民の皆様にとっても喜ばしいことになるかも知れません。

日本は、もう超大国なんか目指す必要は何処にもないと思います。
中国は、日本を反面教師にすることでアメリカに次ぐ経済大国になった分けですが、条件を変えることにより有利になるとすれば、逆に自ら反面教師となることこそが、国家戦略とすれば、別の意味での「ビンのフタ」に活用するというのは如何でしょうか。

ただ、日本が自立させないためのものではなく、日本が自立することによって、近隣諸国はじめ
国際社会にご迷惑をお掛けしたり、おかしな反日感情が二度と日本に向けられることを防ぐための、「ビンのフタ」ということになり、在日外国人の下で大人しく暮らして貰わなければならない人も出てくるのは致し方ないかも知れませんが、サッカーの世界の動きを見習えば、財界のトップである日本経団連の会長に、優れた外国人経営者が就任するようになっても望ましいかも知れません。

論説を読む場合、勿論論説の書き手がはっきり表明した部分には解釈の余地というものはありませんが、はっきり表明していない部分に関しては、読み手の<メガネ>で解釈が異なるものなのでしょうね。私はこの田中さんの論説から、「軍備を持て、核武装せよ(見かけだけでも)」というメッセージは読み取れませんでした。むしろ逆に、「これからの日本は、アメリカから独立し、軍備を持たず、核武装もせず、独自の外交を必死になって模索せよ」という、大変厳しい意見だと、読み取りました。まあ、私の解釈が正しいという保証は全くありませんが。。。
強力な軍事力を背景に<脅し>の外交をする、というのは、ある意味では外交努力ということにはならないでしょう。これまで超大国は総てそうやって世界の実権を握ってきたのですから、とにかく軍事力を強化すれば世界が手に入る、という訳です。これからのこの地球上の人間世界を考えた場合、いままでのやり方では早晩行き詰ると思っています。(何せ地球上の資源は有限ですので。)もし、軍事力に頼らない「外交(他の国との交渉ごと)」ができれば、それが「人類の知恵」になることは間違いないでしょう。そんなのは単なる理想論、と言われるかも知れませんが、そういう理想を語る政治家が出てくれないかなあ、と節に願っています。

 現実の日本の外交として、日本国憲法と戦後日本の歩みと日米安保体制があり、そこから核武装は遠すぎる想像の世界です。

 しかし現実に核武装し、その恩恵を受けるエゴイスティックな常任理事国も存在します。

 国連憲章に掲げられている敵国条項に名指しされている日本とドイツは、核武装が許されない。これは2次大戦の敗戦の責めをいまだに負わされている不条理な国際裁定、といったところです。

 核武装するか否かは別にして、その自由が制限されるのは明らかに不公平で、それはかつての戦勝国の不当な利得です。


 日本人は、核武装を話す事をタブー視してるが、これは米国の日本人教育の成果ではなかろうか?
 広島長崎の原爆投下は、日本に対してそうした効果を保持しているのは皮肉でもある。


 反米を唱える人々が、米国が唱えた日本非武装の考えを唱えてきた戦後の革新系の思想。
 
 核武装の考えも、反米の人々の声から派生している気がする。少し主張する層は違う気もするが。

理駅遊道 さん

>反米を唱える人々が、米国が唱えた日本非武装の考えを唱えてきた戦後の革新系の思想。<

これって何ですか?

反米は、米国の世界武力制圧に抗議して起こった反戦思想で、米国の唱えた日本非武装論とは似ても似つかぬものでしょ?

理易有道さまへ
あなたが日本人であられる以上私も一人の日本人として腹を割ってお話したいと思います。私が仙台遷都を主張するのは、ほかでもなく日本のためにはこれしか方法がないからです、あなたのような若い有能な有為な人に、少しでもいい日本を残したいと願うからです。日本の現状は非常に厳しいのです、それを認識している人は少なくはない、いろいろな立場でそれぞれ対応を模索されております、方法はある、ただ大変困難で苦痛を伴うものなのです。人間は弱いもので、保身もあれば、認めたくない意識もあるし、楽観したい希望的観測もあるし、高をくくる感情もある。政治家官僚へのバッシングでは解決できません、党利党略思惑打算しがらみ因縁、がんじがらめなのです。はっきり言って、改革レベルのものではなく革命しなきゃならないのです、自分で自分を革命することなどちょっとやそっとではできない。民主的に平和的にしかし確実に革命しなきゃならない。そのとっておきの方法が仙台遷都なのです。遷都に関する法律はなく、習慣法、超法規事項なのです、つまり国会の決議は必要なく、極端に言えば天皇陛下と内閣総理大臣お二人がお決めになれば今日にでも可能なのです。仙台を首都として那須御用邸を皇居とする。日本の住民の生活と安全を断固として守る、万難を排して実行する、必ず前進する決して後退しない、その決意の具体的な宣言が仙台遷都になるのです。政治担当者自身に対して、日本国民に対して、世界に対して、誠心誠意最大の努力を傾けますから、どうか支持協力をお願いしますという鮮明な意思態度表明が仙台遷都なのです。日本革命の第一歩なのです。詳しくは「仙台遷都」のブログに書きました。

hanataka さん

 私も仙台遷都は大賛成です。というか長年抱き続けてきた夢でもあります。

 日本の都は、飛鳥以前は北九州や出雲の豪族の本拠地がそれに該当していたでしょう。

 そして、奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸まで、天皇陛下の御在所は近畿圏であり続けました。

 そして東京遷都で初めて関東に都が移された。爾来140年以上を経過し、東京の飽和状態は限界に達してきています。

 最早、東京に政治の中心地であり続けるメリットは無くなっている。むしろ弊害が目立ってきている。遷都すべきである事は、明らかです。

 
 さて、ここからどこへ都は移されるべきか?
 
 まずは冒頭に記したように、遷都の流れは西から東へ、である。
 加えて近年の地球温暖化による気候変動の予測では、本州の殆どが亜熱帯地域になるという。
 暑過ぎて米も作れなくなるという。
 過密にして過熱大都市東京は、膨大な電気を浪費して冷房し、更に大きな熱を出す、という悪循環都市となろう。


 これを避けるためにも、仙台遷都は救国政策となるのだ。
 この大震災こそ、東北の復興を契機とした日本全体のバランスのとれた発展を企図するチャンスだ。

 
 仙台遷都により、伸びしろのある東北・北海道の発展が期待でき、地方分権が進み、日本全体の大きな発展が展望できるのである。


 だが、こうした日本の希望の芽を摘もうとする愚か者が居る。
 東京が首都であり続けることを感情的に支持する人々だ。
 
 東京は、江戸時代から400年間政治の中心であり続け、最早新しい地での政治無くして、日本の政治の刷新は無い。

プラ豚さん。

 戦後の占領政策の指針としてマッカーサーは、

 日本の戦争犯罪性の日本人に対する意識付け

 軍事力回復に走らせない事

を基本的な戦略としていたと思います。

 その成果にまんまとはまった「12歳の日本人」は、日本国憲法を信奉し、非武装中立を唱え、中韓に対する謝罪外交を進める方々でしょう。


 マッカーサーの日本人教育の成果は、革新勢力の中に明確に顕れた。
 
 しかし米国は、冷戦構造の中で日本人教育の成果が、マイナス効果を表し始めた事に気付いたが、時すでに遅く、安保闘争は反米思想に繋がってしまった。
 

 プラ豚さん。まあ、ざっと私はこんな風に考えているのです。

理駅遊道様

仙台遷都により、伸びしろのある東北・北海道の発展が期待でき、地方分権が進み、日本全体の大きな発展が展望できるのである。

 だが、こうした日本の希望の芽を摘もうとする愚か者が居る。
 東京が首都であり続けることを感情的に支持する人々だ。

仙台遷都により、仙台を日本のワシントンDCにすることで、hanataka様のおっしゃる通り、那須御用邸を皇居にして、地方分権が進み、日本全体のバランスの取れた発展が展望出来ることは、間違い無いないと思います。
しかし、それを阻止し東京が首都であり続けることを感情的に支持する人々もおられることも間違いは無いことでしょう。
だが、こうした人々については、愚か者と言ってしまえば、確かにその通りかも知れませんが、これこそが、田中様がおっしゃっている、いわゆる「冷戦的思考」から抜け出すことの出来ない哀れな人々でもあり、ある意味で可哀想な人々とも言えるのでは無いでしょうか?
そうなると、無理に仙台遷都までは、しなくても東京を日本のワシントンDCにしてしまうと言うことでも良いのかも知れません。
ただ、これは議論の分かれるところでもありますので、皆で納得した上で、どちらにするかを決めれば良いことでは無いでしょうか。

しかしながら、「冷戦的思考」から抜け出せない哀れな方々については、国際社会から見れば迷惑この上ない人々でもあり、日本から追い出したとしても、出て行った先で同質化されて大人しく暮らして貰う事ぐらいなら、どうぞご自由に出て行かれて下さいとしか申し上げられませんが、日本で生活出来なければ、勝手に自殺されるだけなら、致し方無いと割り切るしか無いものの、それでは余りにも冷酷過ぎるかも知れません。
若い年代の方々には、日本に留まることなく、修行も予て、インドやアメリカ、ヨーロッパ等に幾らでも出て行かれて、日本ばかりでは無く、そうした国々をはじめ、地球規模というより大きな視点に立って活躍する機会を与えてあげるべきでありますが、ある程度年齢が行ってしまった人達に対しては、海外から幾らでも外国人を受け容れることにより、在日外国人の下で大人しく暮らして頂くだけであれば、それ以上に追い詰めるようなことは出来ませんし、むしろ彼らを反面教師として日本の良き伝統文化をはじめ、海外にも幾らでも伝えても良いところは、在日外国人の方々と共に学ぶ姿勢を以って、活躍出来る機会を与えてあげることこそが賢明なことでは無いでしょうか。
その上で、日本には無い良いところは、一緒に学んで行くことが出来れば、それこそ、日本は素晴らしいユニバーサル国家に生まれ変わり、それに天皇制がシンポライズされることになれば、此れほど誇らしいことも無いのでは無いかとも思えます。
地球規模での環境問題を考慮すれば、最終的には世界経済全体の成長も止めることになってしまうかも知れませんが、むしろ資源や食糧の争奪戦や貧富の格差、様々な宗教や民族、文化の違い等による紛争や戦争も全て回避され、全人類が平和で穏やかに暮らすことが出来れば、もう此れほど喜ばしいものは無いでしょう。
そうなれば、現在の国連組織における敵国条項を削除し、地球規模全体を一つとした連邦共同体組織に生まれ変わるかも知れません。
その時、もし仮に仙台遷都により仙台が日本の首都に出来た時には、この生まれ変わった地球規模の連邦共同体組織を、衰退した東京に取り込んでしまうというのは如何でしょうか?
逆に、東京がそのまま日本の首都であれば、仙台に取り込んでしまっても良いかも知れませんが、どちらにせよ、日本の存在感そのものは、この地球上に存在する全ての国々の中の部分集合に過ぎないという価値観により、日本だけが特別な存在では無く、国境を跨いで開かれた島国根性に日本文化の本質そのものを変えるだけで、幾らでも乗り越えることにより、かつての亡国の八紘一宇が、別の意味で実現できるかも知れないと思うと、何とも皮肉としか言えないところはあるのですが。

ここは田中さんのサイトで、非常に気を使っては書いてるつもりなのですが、それゆえ、回りくどくなったり、あいまいになったり、結局発言回数だけが増えて、またまたご迷惑をかけている始末で本当に申し訳ございません。最後にただ一言だけ話させてください。私は神戸の人間で、神戸から書き送っております。東北大地震の痛みがかなりよく想像でき、同時に都市型地震被害の怖さも身に染みております、そして政府というものの姿勢の重要性も強く感じております。私自身三十年以上東京にも仙台にも足を踏み入れておらぬ人間でありますし、仙台遷都など地元の神戸の人間にとっては世迷言にも入らぬ話題です。しかしあえて仙台遷都を主張するのは「愚か者、哀れな人、可哀相な人」であっても、悲惨な人にはなってもらいたくないのです。これがかって全国から神戸に賜れた支援に対するご恩返しとなると信じるからです。「仙台遷都」という拙いブログも立ち上げています、よかったらご覧ください。

田中様

先日のコメントで、不適切な表現がございましたことを深くお詫び申し上げます。
日本人にとって、冷戦的思考を抜けだし、新たな思考で日本は自立していかなければならないことには、決して間違ってはおりませんし、そのための一つの手段として「仙台遷都」についても決して反対するものではありません。
小職は、議論や批判したりすることには、何ら問題はありませんが、批判するにしても理性を持って論理的な整合性がなければならないと考えており、決して感情論だけでの意見の潰し合いになってはならないと考えております。
日本人に限らず、人間というものは、感情の動物であると同時に理性を持った動物でもあるかと存じます。
日本には、「感性があって理性は後からついてくるもの」と言う風潮があることに対して、日本を除く世界では、「理性があって感性は後からついてくるもの」ということもありますので、ここだけを変えるだけで日本は、幾らでも良くすることは出来るのでは無いかとつくづく感じる次第であります。
とは言うものの、感情論ばかりにこだわる人達のことを、「愚か者とか、哀れな人とか可哀想な人」だと申し上げるつもりはございません。
ただ、感情的に割り切れないことがあったとしても、お互いに良いところを理解し合い、歩み寄れるところは歩み寄り、痛みや苦しみを分かち合い、お互いに損得無しの状態で妥協して納得し、良い方向に進むことが出来れば、hanakata様のおっしゃる通り、誰一人も「悲惨な人」だけは出さない国となれば、遥かに望ましいことでは無いかと存じますが、如何でございますでしょうか?

某サイトで、以下の記述ありました。
--------------
ある会社に「人を愛す、己を愛す、仕事を愛す、会社を愛す、社会を愛す」という社是があることを書物で読みました。
この社是にいう愛は、正に倫理としての愛であり、この五つの愛の根本は一如であります。
このうち「己を愛す」は、「自分勝手」に通ずるようでありますが、「本能的な愛」を意味するものではなく、
「自分を大切にする」とは、「常に自己の向上を目指す」ことを意味しています。
--------------
上記の記述に関しては、ごもっともであり決して反論するところはありません。
しかしながら、この社提に示す順番を、「社会を愛す、人を愛す、会社を愛す、仕事を愛す、己を愛す」に変更しても良いのではと存じます。
社会学では、社会とは「人と人との関係である」ことが基本であり、これを根拠とし、数学の集合論を元にした論理的な視点から、愛すべき対象を全体集合に属するものから、個別集合に属するものへと順番を入れ替えただけに過ぎません。
これを根拠に、日本人の愛国心というものを考えると、「地球を愛す、他国を愛す、日本を愛す、己を愛す」ということに集約されるのでは無いでしょうか。
日本に来ている在日外国人の方々にとりましては、「地球を愛す、日本を愛す、祖国を愛す、己を愛す」に集約されるかと存じます。
これなら、日本に来る外国人を幾らでも受け容れ、また日本人が海外に幾らでも出て行かれても、お互いに祖国や日本を愛する気持ちに変わり無く分かち合うことが出来るのでは無いかと存じますが如何でしょうか?

 日本人が感情に走りやすいことについては、日本語の特性があるとの脳科学者の論説があったと記憶しています。

 確か、日本語とポリネシア語だったかと思いますが、言葉の母音・子音ともに左脳が管轄しているに比して、それ以外の言語の殆ど、英仏西韓中いずれも「子音は左脳、母音は右脳」が管轄しているとのこと。

 で、左脳に言語のすべてが集約され、負荷がかかり過ぎて感情的になりやすい、とのこと。だから、俳句や演歌など感情と言語の稀に見る一体性に特徴づけられた文化が見られる、とのこと。
 日本人は酔うと感情が大きく作用して外国人から見るとまるで別人になるが、外国人は酒を飲んでも理路整然と議論を継続できる特徴がある、といったことが記されていました。
 外国人は、計算等を司る左脳が言葉の管轄という負担において日本人に比して半分であるため、理論性を維持しやすい、ということでした。

 感情に支配されやすい一面とは別に、世界に冠たる緻密さを誇る日本文化は、長短相まった特徴があるという事で、劣等な性質とも言えないのではないか、とも思います。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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