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覚醒なき国家に未来はない(2)

「ニクソン・ショック」によるドル安円高は輸出主導の日本経済に打撃を与えた。もはやアメリカは日本に経済力をつけさせる側ではなく経済力を削ぐ側に回った。しかも佐藤栄作政権が「沖縄返還」を悲願とした事で日本は足下を見られた。アメリカは日本の輸出の主力であった繊維製品の輸出規制を要求してきた。

「沖縄返還」を実現するためにはアメリカの要求を飲まざるを得ない。日本政府は明治以来の国家事業であった繊維産業を他の業種に転換させる行政指導を行った。これを皮切りにアメリカは日本に対して自動車、半導体と次々に輸出規制を要求してくる。こうして戦勝国アメリカと敗戦国日本との間に経済を巡る戦争が勃発した。

アメリカに軍事で敗れた日本は経済ではしたたかだった。アメリカにバッシングされながら実益だけはしっかり確保した。1980年、筆者は自動車摩擦が燃えさかるデトロイトを取材した事がある。テレビに日本製自動車をハンマーで壊すアメリカ人の映像が繰り返し流され、新聞には「アメリカに反日の火の手」の見出しが躍っていた。

「デトロイトに行くと日本人は石をぶつけられる」とアメリカ通が言うので、「石をぶつけられに行こうじゃないか」とアメリカに行った。ところが行ってみるとデトロイトのどこにも「反日の火の手」はない。ハンマーで日本車を壊した男は市民から冷たい目で見られ、町には日本車が走り回り、失業した自動車労働者も日本車を欲しがり、デトロイト市民は日本車の燃費の良さを絶賛していた。

「反日」はデトロイトではなくワシントンで燃えていた。労働組合と政治家とマスコミが騒いでいたのである。過剰な報道を利用して日本の通産省は自動車業界を説得し、日本は自動車輸出の「自主規制」に踏み切る。「自主規制」で輸出数量が減っても日本車の需要は減らない。日本車の価格が上がって日本の利益は減らず、損をしたのはアメリカの消費者だった。

煮え湯を飲まされ続けたのはアメリカである。それが1985年に数字に現れた。アメリカが世界一の借金国に転落し、日本は世界一の金貸し国となった。工業製品を世界に輸出し、儲けた金を投資して金利を稼ぐ。世界中から日本にマネーが流れ込んだ。敗戦国日本が戦勝国アメリカの地位を脅かす存在となった。

折しもアメリカと核競争を続けてきたソ連帝国主義に陰りが見え始め、アメリカと覇権を争うのはソ連ではなく日本だと見られるようになった。85年の「プラザ合意」でアメリカは「ニクソン・ショック」に次ぐドル安誘導を行った。かつて360円だったドルの価値が三分の一になった。

円高による打撃から日本の産業を守るために採られた低金利政策はバブル経済をもたらし、日本人がアメリカの不動産を買い漁るようになるが、その頃のアメリカには日本に対する二つの見方が登場した。一つは「経済大国になった日本はアメリカの核の傘から脱して核武装する」というもので、キッシンジャー元国務長官などが主張した。

60年代の終わりに日本の核武装計画を知る立場にあったキッシンジャーは「経済大国は必ず軍事大国化する。唯一の被爆国としての反核感情など周辺が核を持てば一夜で変わる」と断言した。

もう一つは「日本は欧米とは異質の官僚国家」という見方である。リビジョニストと呼ばれる学者や評論家が主張した。彼らは「日本は資本主義でも民主主義でもなく官僚が主導する計画経済国家」と言った。ソ連共産党の最後の書記長であるゴルバチョフも「日本は共産主義の理想の国」と言ったから、東西両陣営から日本は社会主義経済体制と指摘された。しかし二つの見方のうち前者は間もなく消滅した。

90年8月にイラク軍がクエートに侵攻して湾岸危機が起こると、欧米各国の議会はこれにどう対応するかを議論し始めた。ところが日本だけは国会を開かず、橋本龍太郎大蔵大臣がアメリカ政府に支援の金額を打診した。1兆円を超える支援額が決まってから国会が開かれた。

これがアメリカの失笑を買った。資源のない日本にとって中東の石油は経済の生命線である。自国の死活問題を自らの問題と考えず、従って国会も開かず、日本はひたすらアメリカにすがってきた。いずれは大国として自立すると思っていたがそれは間違いだった。この国はいつまでも二流の従属国なのだ。それが当時のワシントンの日本に対する見方である。

筆者は当時ワシントンに事務所を構え、アメリカ議会の日本関連情報を日本に紹介する仕事をしていたから、実際にそうした見方を耳にした。ところが日本のメディアはそれを伝えない。「金だけ出して人を出さなかったから馬鹿にされた」という報道ばかりだった。

アメリカの本音は「足手まといになる人間よりも金の方が有り難い。しかし憲法の制約がある日本に人を出せと言う方が日本を困らせる事が出来る。困らせればさらに日本から金を搾り取れる」というものである。アメリカは、軍事をアメリカに委ねて金を稼ぎ、世界一の金貸しになった国から金を搾り取るのは当たり前だと考えた。

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<田中良紹様>
こんにちは。国民は覚醒しているのに、覚醒していない、またはしていない振りをしているのは国会議員です。
それは仕方ない。覚醒すれば検察特捜にやられるからです。橋本龍太郎だけでなく、田中派経世会はず~とやられてきたのですから…。
橋本龍太郎はアメリカ国債を売る、と宣言した。日歯連事件が襲った。橋龍は、旧内務省と二分するチカラを持つ財務省に縋り、消費税増税をやった。
現在の不況の原因です。
低金利政策はアメリカの政策要望だったと記憶しています。宮沢喜一は、緩やかに金利を上昇させてバブルをソフトランディングさせようとして、米国の高官から怒鳴られた、と当時、記事を読みました。
家族、親族を顧みない政治家なんて小沢さん位でしょう。彼は未だに長男と没交渉で孫の顔も見れない、と嘆いています。
政治家よ強かであれ!は簡単ではありません。
田中良紹さんが以前に指摘していた法律の恣意的な解釈でいくらでも政治家から実権を奪える日本です。
結局、自分の反省も踏まえて左翼がいけなかったのです。
左翼が敵視してきた経世会は、最もリベラルであり、左翼と供に叩いたのがマスコミでは朝日新聞です。
今更ながら田中角栄を死なせるべきではなかった。小沢氏を死なせてはいけません。西郷隆盛にしてはなりません。
子供の命すら蔑ろにする菅政権を目の当たりにして、思いは日々加速します。

「森羅万象」が怒るだろう。俺の書いた洒落本「田舎芝居」よりずっと可笑しく笑えると・・・・。

テレビタックルでの画面で知ったが、昨年10月21日の原子力総合防災訓練の対策本部長の菅さんに対する自民党の議員の「住民への放射線障害を想定して訓練をしていたではありませんか?」との質問に「総理という役割はまさに森羅万象の事に対して対応しなければなりませんので、細かい所まですべてを知っているかと言われれば、率直に申し上げてそこまで承知をしていない」と。森羅万象(しんらばんしょう)もこう使われると「しんら まんぞう」でなくても笑っちゃいます。

また、総理の原稿棒読みはいけません。

訓練が終わった時の総理のお言葉「関係自治体のみなさんご対応ご苦労様です」下を向いて原稿の棒読み。本番では原稿読んでる暇は有りません。

だから、訓練があった事すら覚えていない。まさにスッカラカンです。


国民程度の政治家が選んだ国民程度の総理と言われればそれまでですが・・。

「日はまた深く沈む」「潜水艦日本丸浮上せず!」

もう当分浮上できそうもないです。若い人には申し訳ないですが、もう日本の未来は絶望です。八方塞りのドンずまり、まさに「泥舟が沈む」というのはこのことでしょう。
せめて自分が生き長らえている間だけは、「マシ」を求めて動きますが、もはや「覇者」としての日本の姿はどこにもみあたりません。

田中様の戦後65年の日本が歩んだ道、を考えれば考えるほど、日本という国は、日本という民族は「猿回しの猿」同然だったと思います。とっくに見捨てられたのにいつまでも母親にしがみつくだだっこのように、今更再び米国隷従に舵をきる政権も、もとはといえば、「政権交代」で国民が選んだ政権。その前の自民党時代にもさらに磨きを掛けて「劣化」は進行したままであり、誰も止めることができない駄々漏れ原子炉みたいなもの。

「わが世の春」を謳歌したバブルは、米国の戦略ミスで日本を裸踊りさせてしまった。その部隊から引き摺り下ろすために、ありとあらゆる仕掛けが用意周到に仕掛けられ、そして見事に的中し、日本は蚊帳の外に葬られた。「これでいい」のであろう。彼らには。

さて「どん底より身を起こして」というのはたやすいが、もはやほとんどの国際競争力を削がれた日本産業の生き残る道は「ドメスティック」しかなく、官僚・公務員のみが安泰な「官僚公務員産業国家」の道をひた走るしかない。

「若者よ荒野を目指せ」今、未来の若者にいえることは、「日本脱出」と「海外漂流」そして、いつか「日が昇るとき」がきたならば、その時こそ改めて「日本再建」のために帰国して欲しい。それまでは、「ドメスティック国家」として「官僚資本主義?」に甘んじるしかない。

「日本を捨ててグローバルに活路を見出すか、はたまたドメスティックをロドス島とするか」もはや選択肢には限りがある。

ちなみに台湾も中国も現在の国家産業エリートはほとんどが帰国子女たちである。
すでに日本は国際学術交流において三流国にしか過ぎない。

ウサマ・ビンラディンの死は、9.11の10年の桎梏からはじめて開放される。
しかしわが国は3.11の新たなる漆黒の闇の世界へと沈降した。

かつての高度成長を支え、ともに進んだ全ての産業史の総決算を行わねばならない。

>国民程度の政治家が選んだ国民程度の総理と言われればそれまでですが・・。

投稿者: 梅光 さん| 2011年5月 3日 00:27

この国はそれまでではなくてこれまでです・・要するに一巻の終わりとなりかけた状態です

スッカラ菅は只々只管可笑しくて笑える存在でしかないのです

無論、選んだのは国民ですので本当は笑ってる場合ではないのですが、今は只管力なく笑うくらいしか手立ても無いのです・・「小澤一郎」を支持した人も「スッカラ菅」を支持した人も一蓮托生ですから「一億総愚民」と世界の笑いものになっても自分だけは違うなどと逃げるわけにもイカンのです
国民は覚醒していると見ている人もいてるようですが、国民が覚醒したなら国会議員は目を覚ますはずでしょ

この現実から目を背けてこういうところで自己を満足させるだけの論を張ったところで虚しさだけが残るだけのはずでしょうが、空虚という文字さえ消え失せてしまったというなら最早本当に一巻の終わりでしょう

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

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『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
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『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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