Calendar

2011年3月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

Recent Comments

オザワの罠
理駅遊道 03/03
Mr.Southpaw 03/03
地方都市住民Y.M. 03/03
川島 03/03
zzz 03/03
uchi-uchi 03/03
太郎 03/04
太郎 03/04
毘沙門天 03/04
小坂康雄 03/07

« キッシンジャー的に政治を見る
メイン
3月大乱 »

オザワの罠

 2月28日、笠間治雄検事総長が日本記者クラブで会見し、「特捜部に起訴権限を与えないことを検討している」と述べた。「警察が取り扱う事件は、検察が第三者の目で見て冷静に起訴の判断をするが、特捜部は自分で捜査して自分で起訴するお手盛りだから暴走しやすい」というのである。

 特捜部の主任検事の補佐役に特捜部以外の検事をつけて起訴の可否を判断させることなどを内部で検討しているようだが、密室の取り調べで強引に供述を誘導し、起訴に持ち込んできた特捜部の体質を見直す一環として述べられた。直接のきっかけは厚生労働省の村木厚子さんが無罪になった郵便不正事件だが、私はそれよりも「オザワの罠」が生きてきたと思った。

 09年3月の西松建設事件は不思議な事件だった。私が知る検察は世論の動向を慎重に計算する捜査機関である。特に政治に関わる事件では非難されないよう十分に配慮した。だからロッキード事件をはじめとして数々のでっち上げに国民は騙されてきたが、民主国家の検察としては選挙や国会に影響を与える時期の捜査は避けるのが常識で、政治的偏りも許されない。そういう点にこれまでの検察は留意してきた。

 ところが東京地検特捜部が西松建設事件で小沢一郎民主党代表の大久保秘書を逮捕したのは、政権交代がかかった衆議院選挙の直前である。村木さんが無罪となった大阪地検特捜部の郵便不正事件も石井一民主党副代表をターゲットに同時期に摘発されていたが、二つともまず時期が問題だった。

 次に西松建設と密接な関係があるのは自民党議員に多いのに、逮捕されたのは小沢氏の秘書だけである。しかも容疑は逮捕に相当するとは思えない微罪であった。それが検察首脳会議も開かずに決められたと言う。半年以内に最高権力者になる可能性がある政治家の捜査を首脳会議も開かずに決めることなど民主国家ではあり得ない。民主国家でなくとも官僚のイロハがひっくり返る話である。

 検察の常道を外してまで行う捜査は尋常でない。政権交代を阻止したい政治勢力に主導された政治捜査だと私は見た。そうだとすると検察にこの事件を立証する気がない可能性がある。政権交代を阻止したい勢力の目的は小沢氏の政治力を削ぐことで、有罪に出来なくとも一定期間身動きがとれない状態に追い込めれば目的は達成される。

 それに協力した検察は、逮捕という強硬手段で世間に「悪」の印象を植え付ける一方、小沢氏に恐怖感を与えて代表辞任に追い込むシナリオを書いた。「代表さえ辞任すれば起訴はしない。しかし辞任しなければ徹底的にやるぞ」というメッセージが逮捕に込められていると私は思った。選挙直前であるからこの「脅し」には効き目がある。だから捜査の常道を外してでも選挙前の摘発になった。

 明治以来「政治とカネ」に洗脳されたこの国では、「検察は正義」という迷信を信ずる馬鹿者が大勢いる。捜査を主導した勢力の思い通り、メディア、国民、政治家から「けじめをつけろ」の大合唱が起きた。小沢氏の周辺からも「一時撤退しろ」との進言が相次いだ。普通の政治家なら選挙のことを考えて「一時撤退」する。しかし小沢氏は「徹底抗戦」を宣言した。それが私の言う「オザワの罠」である。検察に起訴させるよう仕向たのは小沢氏なのである。起訴したのを見届けてから小沢氏は代表を辞任して選挙に備えた。

 この一手で形勢は逆転する。有罪にする材料がないにもかかわらず起訴に踏み切った検察は逆に追い込まれた。政治家が絡む事件で起訴して有罪に持ち込めなければ、検察が受けるダメージは計り知れない。大阪地検の郵便不正事件では検事総長の責任問題にまで発展したが、仮に西松建設事件で大久保秘書が無罪になれば、それと同等かそれ以上の問題になった筈だ。

 検察に西松建設事件の裁判を「先延ばし」する必要が生まれた。それから検察は必死に小沢氏の過去に遡り、ゼネコン各社との関係を洗い始めた。大久保秘書の有罪に自信があればそんなことをする必要もないのだが、まさに泥縄である。そして水谷建設が秘書時代の石川知宏衆議院議員に裏金を渡したという真偽不明の供述にたどり着く。年が明けてそれが立件され、これまたやってはならない通常国会直前の現職議員逮捕となった。

 そこで共犯として大久保秘書が再び逮捕され、大久保秘書の裁判は訴因変更された。これが裏の狙いである。しかしそれがまた検察を追いつめる。今度は現職の石川議員を起訴した裁判で有罪を立証できなければ、西松建設事件以上のダメージを受けることになる。その裁判が現在進行中である。被告はいずれも供述は検事に強制されたものだとして無罪を主張している。裁判の行方は検察の存亡に関わる。

 さらに小沢氏を追いつめる別の問題が同時に検察をも追いつめている。検察審査会の強制起訴の制度である。検察が捜査して不起訴としたものを素人の国民が起訴できることになり、小沢氏が今年1月に強制起訴された。小沢氏の政治力を削ぎたい勢力には歓迎だろうが、検察にとっては不愉快だろう。

 検察官は唯一起訴の権限を与えられているから権力がある。しかし検察が証拠を調べて不起訴にしたものを、素人の国民は「裁判になったらどういう結論になるか見てみたい」という興味本位で起訴する。もし裁判で有罪にでもなれば、検察は無能集団のレッテルを貼られ、プライドはズタズタ、日本の司法は痴呆になる。

 しかしそれもこれも、起訴する権限を振り回して暴走してきた検察が、メディアを脅して手先に使い、国民を洗脳して「世論」を作り、その「世論」に裁判所が迎合してきた社会の仕組みのツケである。それが日本の政治を根底からおかしくしてきた。

 私はアメリカ議会を10年以上見てきたが、日本の政治家がアメリカと比べてとんでもなく駄目だと思ったことはない。政治家はみな似たようなものだ。ただ違うのは「司法」と「メディア」である。日本ほど国民の代表である政治権力より行政権力に迎合した「司法」と「メディア」はない。ところが国民は昔から「司法」と「メディア」を信じ込むように教育されてきた。それが日本の民主主義を阻んでいる。

 年初から今年を「創造的破壊の年」、「地殻変動の年」と書いてきて、世界の変化にも言及したが、日本で変化を余儀なくされているのは「司法」と「メディア」である。国民は政治の体たらくに呆れているが、それを正すにも「司法」と「メディア」に地殻変動を起こさせる必要がある。現下の情勢はそこに風穴を開けつつある。「政治」と「司法」と「メディア」の地殻変動は相呼応していくのである。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/7883

コメント (27)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

合衆国の大統領継承順位では、副大統領・上下両院議長の次に司法長官が来ている。
現在の日本でいえば、衆議院・参議院議長に次いで、最高裁長官の順になる。

合衆国の司法長官が、どのくらい国民に知られているのか、ポピュラーな存在なのか知らないが、日本における最高裁判所長官について、その名前をすらすらと言える人がどれだけ言えるだろうか。
少なくとも私を含めて、私の周りに日本国の3権の長の一人、最高裁判所長官の名前を言える人間はいない。

(継承順位なんてものも、はっきりと決められていないという事も有る)

なんにしても、最高裁長官なんてものは、その権威といい、その歳費といい、その公邸といい、日本におけるまさにトップ中のトップだ。けど、誰だか解らない存在なのだ。
最高裁判事なども、総選挙の時にしか、存在を意識されないのだ。
いや、その時すら、あの投票が何だか解らない人だらけなのだ。
田中氏も書いているので、あえて書く。
この国の主権者は、「馬鹿もの」ばかりなのだろう・・・か?

いや、そんな筈はないのだ。
しかし、かの長官の存在は、いかにも霧の中にある。
その玉座は、神秘の中に閉ざされていると言える。

今回の、小沢一郎をめぐる馬鹿騒ぎは、検察の愚かさと怖さ、問題点を日本国民に示した。
次は、裁判所だろう。
裁判所を、もっと開かれたものにしていかない事には、この国の民主主義などというモノは、乳母車にも乗れやしない。
裁判所を、国民の目に触れるモノにし、そこで行われる前近代的な、たとえば検察との癒着だとか、とんでもない超保守性だとか、一般常識とのかい離などを、それこそ面白おかしくでもいいから、あからさまに国民の目の前にさらすことだ。

国民の権利を、ほんの一握りの「司法エリート」に独占させちゃいけない。
ほっとくと、とんでもない冤罪を平気でつくりだしちゃう連中であったりするんだから。

田中 様

いつも新しい政治の読み方を教えてくださり、大変物の見方が幅広くなり、感謝しています。

私は小沢氏を普通の政治家の範疇から大きく飛び出た西郷隆盛のイメージを膨らませてみています。「地位も要らない、名誉もいらない、金も要らない」無欲の政治家ほど扱いにくい存在はありません。

私たちにも分かりやすい例は記者クラブの会見独占排除に現れています。並みの普通の政治家であれば、報道の強さ、怖さを十分知っている政治家が、マスコミをあえて敵にまわすことが分かっているオープン化などを堂々とできるわけがありません。ところが、小沢氏は、意に介さず行ってしまいます。

政治家にとって一番大切な信念の問題がしっかりしているのです。検察は、読み違えたのではないか。普通であれば検察との取引に乗る事例であっても小沢氏は検察と取引をしなかったのではないか。

二度に亘る不起訴判断で幕引きを図りたい検察は、二度検事総長が起訴するに十分な証拠がないと、記者会見をしました。しかし、この報道をした大手マスコミはありません。

このあと二度に亘り検察審査会が起訴相当の判断をしましたが、一度目の判断は、審査会が正規に開かれた可能性を否定しませんが、二度目は審査会が正規に開かれたかどうかに疑問が出ています。

政治家、特に行政の責任者である法務大臣、官邸の総理大臣、官房長官の関与によって、尖閣問題での沖縄地裁の行政判断と同じやり方が行われた疑惑を極めて強く感じています。

今回の強制起訴によって無欲の小沢氏には何ら損失がありません。
小沢氏を追い込めば追い込むほど、菅政権とマスコミが追い込まれていく不思議な現象が起きています。

確かに田中様のお話の通り「小沢氏の罠」でしょう。しかし、私は罠でもなんでもなく、「あるがまま、無欲」の小沢氏の人間性の勝利と見います。小沢氏の言葉、「お天道様はよく見ている」の言葉を噛みしめています

「検察がメディアを脅して」という点は疑問です。この異常な報道はそれだけではないでしょう。
小沢さんの件に限らずメディアの責任は検察と同等かそれ以上だと思います。
いずれにしても
「無罪→検察審査会に疑問」
「有罪→検察に疑問」
となりますよねえ。
インチキ可視化じゃなく
完全可視化に向かえばと思います。

田中様

いつも分かり易い解説を読ませていただき、yamadataroさんがおっしゃられているように、私も新しい政治の読み方を教えてくださり、大変物の見方が幅広くなり、感謝しています。

今の現況は「オザワの罠」の表れとの見方を私も感じますが、国民が情報を得る90%はTVであり、60%が新聞。インターネットからは10%そこそこでは、小沢さんが元気なうちに日本を変えてくれる可能性は低いのではないでしょうか。

ウェブ上で情報を発信している方々が、たとえば、朝日新聞の「オピニオン」欄に投稿していただかなくては進み方が遅いのではないでしょうか。

田中様にお願いです。
朝日新聞のオピニオンに自説をぜひ投稿してください。その結果、朝日が無視されるようでしたら、それをこのジャーナルで発表していただきたくお願いいたします。

今日の地方紙ではいっせいに、大久保秘書、ダム工事の受注に関与を認める。と報じた。

国民主権とは言うが、あるいは主権在民ともいうが、日本の現状は行政支配が実態であり、日本国を行政が動かしている。真の三権分立はどうあるべきか考え直すべき時期であろうと思う。

       福島 新太郎

<歴史の一齣>
政治家小沢一郎氏に着目してからほぼ18年になります。彼の言葉と行動からカレン・V・ウォルフレン氏も言われるように小沢氏を不出世の政治家と私は評価しています。
しかし、今回の田中様の小論には果たしてそこまで小沢氏が考えたのかと正直首を傾げます。それは田中氏も御指摘のように日本の裁判所の実態を小沢氏は十分に承知されているからです。
ただ、小沢氏は日本が真に国民主権の民主主主義国家となるには国民の意識改革こそが必要との考えを持っておられ、それは短期間で簡単にできることではないと認識されています。そうであれば田中氏が指摘される日本の実態

>起訴する権限を振り回して暴走してきた検察が、メディアを脅して手先に使い、国民を洗脳して「世論」を作り、その「世論」に裁判所が迎合してきた社会の仕組みのツケである。<

を国民に己の身を持って知らしめることが、検察によって不当な攻撃を仕掛けられた時点で自分がとるべき政治行動と判断された可能性はないとは言えません。
いずれにしても、冷戦終焉後の日本の政治が小沢氏を中心に動いてきたのは事実ですし、過去に彼を不当に攻撃した政治家が政治家として全て消滅しているのも事実です。
次期総選挙が待ち遠しくてたまりません。

笠間治雄検事総長が、
「特捜部に起訴権限を与えないことを検討している」と述べた。「警察が取り扱う事件は、検察が第三者の目で見て冷静に起訴の判断をするが、特捜部は自分で捜査して自分で起訴するお手盛りだから暴走しやすい」というのである。

 笠間検事総長の意見は正しい。組織の身内が起訴を判断する事こそ疑惑をうむ。事件の客観性を保てない。踏み込んだ勇気ある判断だが、チェック機関がなれあいにならぬ独立性が求められる。
 また、取り調べの一部だけの可視化、という改革案がもれ伝わってくるが、一部では操作が加わる「全面可視化」(記録)が前提でないと意味ないでしょう。偽造や操作、加工の余地を徹底して排除すべきだ。「検察を信用しない」という前提が厳しく求められる。
 願わくばウソや偏向報道をするマスコミをチェックする機関も必要だ。現状では機能していない。

田中氏のいつもながらの切れ味のよい論説に拍手。
ところで山口様の説に小生も同感。
検察がメディアを脅して世論の扇動を図ったのではなく、メディアを含む反動勢力(三宝会?)が、検察を追い使って起訴に持ち込んだのだ、と思います。
全体として、検察の動きを見れば支離滅裂で、自ら進んで罠に落ち込んで行ったようにさえ見えます。
いずれにしても、検察の底の浅さが透けて見えてきました。
検察自身落としどころが分からない、というのが実情ではないでしょうか。
このことが検察の権威を落とすことに繋がると思いますが、自業自得ということでしょう。

日本に於ける官僚の優遇こそが、官僚をおかしくしてしまったのでは無いでしょうか?東大法学部卒、上級公務員試験、司法試験合格で高級官僚となり、黙っていても一定の出世が保証される、自分は崇高な人間、として何も世間の辛さ、苦しさ、悲しさを経験せず、それらの経験をする人を無能な愚民だからとさげすむ。官僚以外の人間はまた彼らを崇高な存在として権力に妥協する。こんな日本から何が生まれるのだろうか?いま経済危機だけでは無く、日本の文化までもが沈没して行く。国を再生させるには小沢氏がこの官僚の能力を良い方へ生かすシステム改革では無いのか?それを完成させられるのは国民なのだ。その蜂起を促すのはマスゴミなのですが、これが全くダメ。インターネットの普及と拡散を国民の手でやるしかないですね。

>ジャーナリスト田中先生の明快な政治分析に頭の痞えが取れました。

長い間氾濫した小沢氏へのメディアと検察の異常で執拗な動きの真意が明快に論説されており有り難く読ませていただきました。

・政治と金は既存の自民党を含め多くの政治家が関与していた。
・小沢は政権交代に反対する検察とメディアの攻撃のターゲットにされた。
・国民の二八政治の現実はあるが政治家小沢氏の存在を逆に認識できた。
・検察審査会の中身が公開されずインチキが臭う。

>・・・政治家はみな似たようなものだ。ただ違うのは「司法」と「メディア」である。
ところが国民は昔から「司法」と「メディア」を信じ込むように教育されてきた。国民は政治の体たらくに呆れているが、それを正すにも「司法」と「メディア」に地殻変動を起こさせる必要がある。

・・私はそれよりも「オザワの罠」が生きてきたと思った。・・・・・
田中氏の政治記者歴から読み解く深層の解説に脱帽です。裏権力の検察とメディアに政治家小沢は一人で戦いを挑んでいるのでしょうか。日本には小沢以外本物の政治家が存在しない世界のような話です。旧体制に住み着く既得権益者の税金の浪費と比較したら、小沢氏の政治改革の理念にそれがしの戦略的軍事資金が動いて当然だと思う。朽ちた官尊民卑の従来の呆れた仕組みを変革していくのにタダで出来るわけが無い。

しかしメディアの国民を操縦する力はバカにできない。せめて東京新聞一社ぐらいが伸び上がって?記者クラブを卒業した偏向報道しない本物の独立全国紙に生育したらと思うのですが。しかし権力・組織悪に住み着いていた漆間巌はその後どこに巣食っているのやら・・・。検察での古い話・・お前達は自民党をツブシ、野党に政権を、渡す気か?


高野主幹・田中氏・小沢氏の自由談義がjournalで実現することを期待いたします。

小沢さんに対して、マスコミや官僚にしてやられる程度では日本のリーダーたる資格なし、もっと慎重かつ戦略的に行動すべしと断じる人もいる。どんだけ要求レベル高いんだと思うが、これは一理あるし、議論する余地はあると思う。

今回の田中さんの論説でイマイチ確信を持てなかった僕の思いが少し確信に近づいた気がする。すなわち、小沢さんは極めて慎重かつ戦略的に行動しているし、マスコミや官僚にしてやられてもいない。逆に国民の前にこの国の最大の問題点をさらけ出してくれたと思う。何を変える必要があるのかを。

この国の評論家や学者が何千人束になってもできなかったことを1人の人間がやった。

意識的にやったとしたら人間の知力と精神力の限界を超えている。すごい。もちろんこれは僕の勝手な想像だが、結果論で言えば的外れな想像とも思えない。

小沢さんに戦略性が無いと批判する人は、自身の戦略性を自問自答した方がいいと思う。

何事もそうですが、敵を知り己を知ること(阻害要因の把握と現状分析)が第一歩です。政治家の無能を責め続ける限りこの国は何も変わらない。

特捜部に起訴権限を与えなくても、政治家にとっては同じではないか。
改革で複雑になり、巧妙に政治家を追い詰めるのではないか。
更に検察審査会がある。
検審の改革こそ必須である。
検察審査会における議事録公開や審査員の公開が必須である。
当然可視化も必要である。
更にマスコミ改革をしないと今のままでは国益も損なわれている。
全マスコミ、新聞・テレビが同じ見解というのは異常である。
欧米には全国紙もなく、キー局制度もない。
突き詰めれば全てが官僚統制に行き当たる。政治だけの責任ではない。
行政官僚と司法官僚が一体化して政治を下部機関にしてしまったのだ。
この国の統治の根本的な改革なくしては何も解決しない。
小沢の罠でなくて、小沢が罠に落ちただけに終わってしまう。
政治家小沢だけでなく、大半の政治家の覚悟が問われていると考えている。
政権交代はその突破口であったが、巧妙に仙石が塞いでしまった。反仙石の政治家が突き破ってもらいたい。

>百万円のひとつ束は立たず、五つ束は見事に安定する話らしい・・・・

文芸春秋の元総理の海部俊樹氏の、小沢一郎への惜別の庶民的懺悔の告白を読んで、日本の我が国の政界の政治職が殆んど金にまみれていたのが分かった。

しかし海部さんも自称高支持率で総理時代を過ごしたと自画自賛しながら、金にまつわる政治の裏世界を体験実録に基づいて寄稿したのは、嘗ての国家権力のトップに居た政治家の魑魅魍魎の世界が普通だったはずなのに、奇麗事で政治が出来るほど日本の政治はハイカラなのかと逆に胡散臭くなります。

悪意の無い坊ちゃん顔の元総理に対して特別の違和感もありませんが、嘗て仲間であった元総理から惜別の現職退陣を公言される小沢氏はどこかしこ表裏の顔を持ち合わせた政治家なのかと思う。

政治とかねと言われて小沢氏だけが叩かれる政治の異常世界で誰がシャカリキに小沢追放を目論んでいるのか政争?権力の政局の起承転結を素人にも分かりやすく解説して欲しいものです。

現在の菅総理はどう見ても小沢氏と比較できる玉ではないと思いながら、現実小沢氏は片隅に追いやられている政治の・国民の低脳か、こんな国民に誰が誘導したのでしょう。

米国傀儡霞が関官僚とメディアが創る世論という偶像。その偶像を振りかざす学者や評論家。そして偶像に脅え迎合する多くの政治家。
それらに立ち向かう小沢一郎代議士、その小沢氏が「自立した国民と、自立した地域があって国家が自立できる。・・・」と
言っていた言葉が田中良紹さんの記事を読んで消化できました。

田中良紹(2011年3月 2日 00:09)氏
> アメリカ議会を10年以上見てきたが、日本の政治家がアメリカと比べてとんでもなく駄目だと思ったことはない。
政治家はみな似たようなものだ。
ただ違うのは「司法」と「メディア」である。日本ほど国民の代表である政治権力より行政権力に迎合した「司法」と「メディア」はない。


 田中良紹氏のご意見に全面的に賛同です。

 政治資金に関しては 特段に小沢一郎氏が非難されるものではないでしょう。
与野党を問わず 政治には資金が必要であるのは グローバルです。 

 国民が見極めねばならないのは、
集められた政治資金で 政治活動以外で、私腹を肥やす&私的流用を 行っているかどうか?

 その程度のものでしょう。
 

炙りだされた。

特捜の正義と言う嘘

マスコミの偏向報道

世論調査と言う偽の情報

国の財界、官僚、米国追従


小沢氏の改革は着々と進んでいるね。
彼は総理になろうと思えばなれたが、狙いが日本改造だからね。

>裏で権力を操っている悪の枢軸である集合体の姿を表に出さない限り、日本の将来は暗澹たるものになってしまうのである。<

「正体見たり枯れ尾花」
例えば検察なら、昨年の退官挨拶で公の場に晒した樋渡の只の悪役然とした風体を見てしまえば何のことはないのだが、この国の場合、悪はあくまでも「集合体」で、敵は大佐一人という国とは大違いの実に厄介な様相を呈している。

見えない敵ほど不気味なものはないのだが、一人ひとりを分断して晒してみれば只のおっさんであることは樋渡の例を引くまでもない。しかし、権力組織の恐ろしさは、「小澤一郎」という大政治家をも容易に嵌めてしまうのである。

加えて、民衆のエネルギーが真の悪に向かわない「ニ八国家」に明日などあろうはずもない・・

現職の検事総長が、特捜部に捜査権限と起訴権限が並存することの問題点を公式に認めたことは大きいでしょう。
しかし、その対策が「特捜部に起訴権限を与えないことを検討している」では、本当の対策とはいえないでしょう。
それでは、特捜部に権限が並存しなくても、検察内には並存する状態が続くのですから。
検察特捜部から省くべきは「起訴権限」ではなく「捜査権限」というのが本筋のはずです。
すなわち「特捜を検察から無くす」ということです。
(本筋で)同様の目的を持った機関はあってもいいでしょうが、それは警視庁など検察以外の組織の中に置くべきではないでしょうか。

上記の検事総長はもしかしたらそういう認識を持っているかもしれませんが、仮にそうだとしても検察トップとしていきなりそれをいうことは出来ないのかもしれません。
司法府や行政府のトップも、仮に先進的な意見を持つ方でも(大半は元からそんな考えは持たないでしょうが)言い出しっぺにはなり難いでしょう。
その提言を先導すべきは、国民自身であり、その直接的な代表者である立法府であるべきだと私は考えます。
皆さん、いかがでしょう。

小沢がやられている???

彼がやろうとしている事が既得権益者たちの為ではなく一般市民の為の視点だから既得権益者から攻撃を受けているのであって
攻撃を受けているのは権益に授かっていない一般庶民が既得権益集団から攻撃されていると見るのが正解
既得権益集団の総本山
11社記者クラブマスコミ
変形民主主義国家日本
独占官情報が武器の行政 + 談合媒体が捏造編集と言う強力武器お駆使する11社マスメディアが強力タッグを組むことによって
立法(国民)が下位に位置した3権分立民主主義

なぜか昨日の投稿が承認されていませんので、再度投稿します。


私説 オザワの罠

 小沢氏とて、単なる一政治家。諸悪の根元もなければ、余人を持って代え難い存在と言うことはあるまい。
 「ポストが赤いのもオザワのせい(おかげ)」といった、小沢氏を必要以上に悪くいったり、必要以上に崇めたりすることこそがオザワの罠ではないだろうか。
 誰かがそれを意図したのかどうかはわからない。(それを言い出すと、陰謀論にとらわれ、さらにオザワの罠にはまってしまうことになる)
 もちろん、オザワの罠を避けるも自由、はまるも自由である。

小沢自身がさほど計算してやっていると思えないが、常に局面では相手と刺し違える覚悟を持った数少ない政治家であるため、
検察は結果としてド嵌りになった。

 きれいな死に方なんてどこにもないんだよ。

 かって、福田総理が 政権を投げ出しました。
 「政治」を知り尽くした政治家と存じます。
 自身に出来ることは ここまでと感じられたのでしょう。
 これ以上は 政権を維持されても・・ ご自身のお考えを反映出来える状況にない。
 そーー 判断されたのでしょう。
 
 政治とは 「治める」ことが出来なければ・・ 政治にはなりません。
 行政が立ち行きません。
 水面下で ぐちゃぐちゃするのが 民主主義なら・・・
 
 私たちは これが 「民主主義」の宿命と 受入れるべき。

 近近の参院選で示された国民意思は 尊重されねばなりません。
 当然 逆もありです。 解散のない参院は この点をくれぐれも肝にいるべきですね。
 近近の選挙で選ばれた参院で 否決されたものを 衆院で再可決することは、何度もあってはならないことです。

 民主主義とは 「背反」です。
 一つ間違えば 「専制」に 流れます。
 この時のパワーは 強烈です。動き出したら行き着かねば とめられません。

讀賣新聞 より
> 説得工作は幹事長ら少数の都連幹部が進めてきた。2月下旬に不出馬の観測が出始めても、事情を把握していない谷垣氏らの間では「長男である石原幹事長を窮地に追い込むことはないだろう」との楽観論すら流れたほどだ。
 石原幹事長起用の背景には知事の4選出馬に向けた環境整備の意味合いがあった上、幹事長自身が知事出馬の可能性を示唆していた時期もある。

 4選を自ら辞退された 石原慎太郎氏の常識に同調します。
 表裏して、谷垣氏&石原JR.氏の政治感覚の 無能さ。。。
自民党が きちんと出来ないから、菅直人政権が 醜態を海外メディアにまで 言及される。

 個人的には 故横山ノック氏に清き一票を投じた者としては、
渡辺美樹(51)氏が 面白いと感じてます。。
 

zzz さん

>小沢氏とて、単なる一政治家。<
 とのお話だが、誰だって一ナントカだが、影響力がどれだけあるかという話だ。
 そういう意味で小沢氏は単なる一政治家と語るのは間違いだろう。
 他の人が語っても消え失せる話も、小沢氏が語れば沢山の同調者と反対者がひしめく。


 だから彼と関わる場合は、世間の注目に耐える内容が不可欠である。
 既に検察審査会は、オカシイ制度による体制だとの認識は広がってる。

 今回の田中氏の話は、そこにポイントがあるね。

多くの日本人はバカではありません。ここで議論されている情報が届けば明日にでも日本の政治は変わります。70代の私から見てせめて同世代の半分が、インターネットを使えてこの種の情報に接することができれば今の不可解なマスコミ情報の裏を理解できるでしょう。そうでないとテレビと新聞だけが情報源である年配者は騙されたままで官僚の思うツボにはまってしまうでしょう。小沢だけはいやだ、という友人が多いのです。しかも高学歴で現役時代は社会のリーダー的仕事をやり遂げた人たちなのに。インターネット人口の10パーセントを早く20、30になって欲しいものです。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.