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2011年3月27日

小役人的政治家の危機意識

 危機が起きると人の資質がよく分かる。浮き足立つ者、沈着に次を考える者、目立ちたがる者、黙々と作業する者、人は様々に分かれる。その中で法令や規則に縛られる人間、吝嗇で臆病な人間がリーダーだと付いて行く者は不幸である。石橋を叩いて渡る式の小役人的政治家では危機は乗り切れないと私は思う。

 3月11日以降の報道を見ていると、今回の危機を阪神大震災や関東大震災との比較で考える政治家が多い。前回も書いたが私は中東情勢とも併せて石油と原発という日本経済の二つの生命線が打撃を受けたと思っている。阪神大震災や関東大震災を越える1945年の敗戦に次ぐ規模の被害から日本は立ち直らなければならないと考えている。

 ところがそうした危機感を政治家の言動から感ずる事が出来ない。もはや「3・11」以前の考え方など通用しないと私は思うが、これまで通りの発想ばかりが目に付く。石橋を叩いて渡る式の小役人的発想である。借金をしてはならない。増税で安定的に国の経費を賄うべきだというのである。

 官僚にとって増税は容易に考えられる増収の手段である。国民を説得するのは政治家の仕事であり自分たちは非難されない。そのため政権が何代潰れても知った事ではない。とにかく税収が増えればこれまでの金の使い方を大きく見直さなくとも国家経営が出来る。国民さえ納得させれば最も楽な方法である。

 ところが借金で国を建て直すとなると頭を使う必要が出てくる。適切な金の使い方をすれば国民と企業が活力を取り戻して経済は立ち直るが、今まで通りの使い方を続けたり、使い方を間違えると経済は失速し、国家は借金に苦しむ。官僚は金の有効な使い方を考えるのもしんどいが、これまでの支出先を削って既得権益と摩擦を起こすのもしんどいと考える。しんどい事はやりたくない。これが小役人的発想である。

 だから官僚は「これ以上借金を増やすと財政が破綻し国が潰れる。だから増税しろ」と言い続けてきた。しかし増税で国民と企業が活力を失わなければ良いが、増税によって活力を失えば元も子もない。経済はたちまち破綻する。この未曾有の国難で国民も企業もこれから苦しくなる一方の時に増税を有効と考える発想が問題である。

 危機には増税ではなく借金で経済を建て直すのが普通である。世界一の借金国アメリカはリーマン・ショックを乗り切るためにさらに巨額の借金を重ねた。一方で200兆円を越える海外資産を持つ世界一の金貸し国日本が借金をためらう意味が分からない。そしてそんなに借金が嫌なら外国に貸してある資金を回収する方法もある。

 大震災が起きて円は史上最高の円高を記録した。経済の失速が予想されれば通貨は安くなるのが普通だが、それとは逆の現象が起きた。理由は世界の投機筋が日本政府や企業が震災復興のために海外にある資産を売却して円に替えると思ったからである。国家的危機になれば海外資産を売却して復興に当てると世界は考えたのである。

 世界がそうした目で見ている時に自民党の谷垣総裁は復興のための増税を菅総理に提案した。菅総理はそれを否定せず、あらゆる選択肢を検討すると答えた。また民主党の岡田幹事長は「安易な国債発行はやるべきでない」と述べ、子供手当ての見直しや議員歳費の減額などを提案するようだ。

 議員歳費の減額は結構だが、そんなレベルでこの危機を乗り切る財源にはならない。スケールの小さな話ではなく根本の問題に政治は取り組むべきである。第一に、国債を発行して危機を乗り切る事は全く「安易」な事ではない。国民が死ぬか生きるかと言う時だからこそ、国民生活を守るために政治も必死の策を行なうのである。

 まさに政治の力量が問われる時に、自民党にも民主党にもそれをやる覚悟の政治家がいない事がはっきりしてきた。法律や規則どおりに政策を実行するなら政治家は要らない。官僚だけでも国家は運営できる。しかし世の中には法律や規則どおりにならない事がある。だから政治家が必要になる。

 特に危機が訪れた時には法律や規則が国民生活の妨げになる事もある。危機の時に国民を守れるのは官僚や官僚に洗脳された政治家ではない。法や規則に縛られない知恵のある政治家である。石原東京都知事は「こんな時に田中角栄のような人材がいたらと思う」と語っていたが、私は「西松建設事件さえなかったら」と思う。あれがなければ日本のリーダーは小沢一郎氏だった。

 日本は「政治とカネ」の問題で知恵のある政治家を次々に排除してきたが、「政治とカネ」の問題がどれほど政治の本質に意味を持つのか、今回の危機に対応する政治家の姿を見ながら考えて見るべきではないか。

2011年3月18日

続・3月大乱

 巨大地震から1週間が経った。この1週間、被災地の壊滅的な状況には言葉もなく、被災地に住む親戚や知人と連絡が取れずにいたたまれない日を送ってきた。幸い私の場合は昨日あたりから無事を確認出来るようになってきたが、しかし目の前には戦後最大とも言うべき国家の危機が横たわっている。

 日本はエネルギー資源の大半を中東の石油と原子力に頼ってきた。その中東各地では年明けから反政府運動が高まり原油価格は上昇傾向にある。そこに今回の巨大地震による福島原子力発電所の大事故が起きた。日本は経済の生命線とも言うべき二つの分野で深刻な打撃を受けつつある。そして地震と津波による破壊からの復興もかつてなく険しいものになることが予想される。

 まさに国難と言うべきである。未曾有の事態に政治はどう対応すべきか。私は与野党を問わず人材を登用して事に当たる挙国一致の体制を図るべきだと考えた。しかしこの1週間そうした動きはまったくない。むしろ国会で問責され官房長官を辞した仙谷由人氏を再び入閣させるところなど「お友達内閣」で危機を乗り切る構えのように見える。

 また総理がしばしば現場に出てくるのも疑問である。危機の全体像を把握しなければならない立場の人間は決して渦の中に入ってはならない。なるべく現場から離れ、俯瞰で日本の全体像を見渡し、今後数年はかかる復興のシナリオを考えることこそリーダーの仕事である。目の前の危機は担当の大臣に全力を挙げさせ、それらの情報を束ねながら総理はその先を見通さなければならない。

 ところが菅総理は地震発生の翌日に現場を訪れ、さらに原発事故を起こした東京電力に自ら乗り込んで陣頭指揮する姿勢を示した。陣頭指揮するのは結構だが、現場に出ると目がそこに集中する。原発事故が大問題であることは論をまたないが、総理にはもっと大きな視野と長い目で問題を考えて貰わないと困るのである。

 さらに気になる話も出てきた。復興にかかる費用を増税で賄う案が検討されていると言う。巨大地震の影響で全国民が疲弊し、経済が落ち込もうとしている時にさらに一律に国民に負担を負わせる心理が私には理解できない。それよりも復興への寄付金を全額税控除の対象にして、日本にも寄付文化を作るきっかけにすべきではないか。すでに多くの国民が寄付を始めているが、それを強制ではない形で全国民に広げていく。そのためには寄付した額を減税の対象にするのである。

 危機は改革のためのチャンスである。韓国経済が今好調なのは90年代のアジア通貨危機で財政破綻をしたからだ。あの時アメリカのヘッジファンドに自国の通貨を空売りされ、アジア各国は軒並み財政破綻に追い込まれた。韓国も例外ではなく世界銀行からの借金で経済を立て直さなければならなくなった。その危機感がそれまで出来なかった既得権益の整理淘汰を可能にし、グローバル経済に合わせた国造りを実現させた。

 財政破綻でウォンは暴落、通貨が安くなれば輸出は有利になる。おりからアメリカ主導のインターネット革命が始まった。韓国はその潮流に乗り、サムスンなどを中心に輸出主導の経済体制を確立した。ところが既得権益に縛られた日本は情報革命の波に乗り遅れ、インターネット分野で韓国に遅れをとり、今では「ガラパゴス」と呼ばれている。

 だから私は「これ以上財政赤字を増やすと財政破綻して日本は潰れる。増税しないと日本は駄目だ」と言う人に常に反論してきた。「財政破綻の何が怖いの」と。日本の財政が破綻して円が暴落すれば、それこそ「昔取った杵柄」、「お家芸」の輸出主導経済が甦る。

 1ドル360円の固定為替相場があったからこそ日本は高度経済成長を実現出来た。そして世界一の金貸し国になれた。世界一の借金国になったアメリカは日本の経済力を削ごうと必死に円高ドル安誘導を行ってきた。日本経済が苦しんできたのは円高である。円安になれば日本経済は復活する。

 しかも「日本は潰れる」との危機感を持てば、韓国のように既得権益の整理淘汰が出来る。「事業仕分け」などという甘さではない。バッサバッサと無駄を削減する気になる。それが日本経済の競争力を回復させる。ところが現実の政治はそれとは逆の方を向いていた。自民党も民主党も借金する事を怖れ、増税で国民に負担を負わせようとしてきた。既得権益を淘汰できない弱腰だからである。

 しかし国家的危機になれば借金を怖れる必要などない。借金をしてでも国民生活を守り、何よりも国民を元気にする。国民を元気にして経済の活力を取り戻す。経済が成長すれば借金は返せる。それが政治の取るべき国家再生の道である。

 明治の日本が日露戦争に踏み切るとき、時の日銀副総裁高橋是清は戦費調達のため海外から借金したが、その金額は国家予算の4倍であったという。それ位の覚悟を持ってこの国難に当たれば危機は乗り越えられる。問題は広角の視野と未来を見通す目と覚悟を持って事に当たれるリーダーを我々が持てるかどうかである。

2011年3月11日

3月大乱

 去年の参議院選挙の結果によって菅政権は3月には行き詰まることが予想された。従って3月政局に波乱が起きるのは想定内だが、3月に入るや否や外国人献金問題、主婦年金救済問題、竹島署名問題、メア米国務省日本部長発言と問題が日替わりで出てきた。想定を越えるめまぐるしさである。

 参議院で過半数を失った政権は、普通は味方陣営の結束を固め、次に敵陣営の一角を切り崩して安定を図るものだが、菅総理は「脱小沢」を強調して味方陣営を分断し、敵陣営の最大勢力である自民党の政策を取り入れて対立軸をなくそうとした。

 政権交代直後の民主党政権が「政治とカネ」のスキャンダル攻撃と普天間問題でアメリカの壁にぶつかったことから、アメリカと官僚権力を後ろ盾にしないと政権を維持出来ないと考えたのかも知れない。既得権益と戦うのをやめて従来の自民党的手法に戻ろうとしたのである。

 菅総理は自民党と張り合うように増税路線を主張し、官僚を持ち上げ、「クリーンな政治」を表看板にし、日米同盟を強調した。しかしそれが国民の不信を招く。秋波を送られた自民党も国民に支持されない政権と手を組むわけにはいかない。不人気なままの政権を解散・総選挙に追い込む戦術に出た。それが2月までの流れである。

 ところが3月に入ると菅総理の看板である「クリーン」がブーメランのように政権を直撃した。前原外務大臣が在日韓国人からの献金を指摘されて辞任すると、すぐさま菅総理自身にも同様の献金問題が発覚した。

 昔、年金未納問題で自民党を攻撃していたら、それが自分に戻ってきて民主党代表を辞任せざるを得なくなった時と状況が似ている。未納は役所の不手際で本人に落ち度はなかったようだが、年金未納の自民党閣僚を舌鋒鋭く批判して辞任に追い込み、マスコミを煽って未納政治家を次々炙り出したため、いざ自分の問題が指摘された時には釈明が効かないほど社会全体が「魔女狩り」モードになっていた。

 当時、私は年金未納の何が悪いのか分からなかった。誰にでもミスや勘違いはある。未納をすれば受け取れる年金が受け取れなくなるだけで、閣僚を辞任しなければならないほどの問題かと思ったが、新聞もテレビも連日未納政治家の顔と名前を悪の代表のように報道した。そしてその裏側でどさくさにまぎれるように国民の負担が増えて受給額が減る年金法案が成立していった。

 私は年金未納問題は年金法案を成立させるための権力側の陰謀だと思っていたが、それに乗せられた菅民主党代表は、鋭く追及したばかりに自分の首を絞め、頭を丸めてお遍路するはめになった。権力を目指さない昔の野党ならいざ知らず、政権交代が可能になった時代には、スキャンダル追及で鬼の首を取ったような気でいると、いつか自分にはね返ってくるのである。

 外国人からの献金はアメリカでも違法だが、その対応を比べると日米の落差は著しい。巨大商社の政治担当役員から聞いた話だが、アメリカ大統領選挙の時期になると共和党関係者が日本にも集金に来るという。献金に応じた企業は大統領就任パーティに招待されて大統領周辺と人脈を築ける。

 一方の民主党は中国人からの個人献金がしばしば問題にされる。ゴアは中国系宗教団体から献金を受けたと言われ、オバマとヒラリーは中国人から個人献金の疑惑が持たれた。ヒラリー国務長官は外交の責任者である。しかしだからといって辞任追及の話にならない。政治家の評価は政治的能力が第一で、スキャンダルは二の次なのである。あのケネディもマフィアからの献金で大統領に就任したと言われたが、それで政治家の評価が下がった訳ではない。

 しかし日本ではスキャンダル第一である。本人の能力を考慮する前に外国人からの献金が発覚すれば公民権停止の話になる。これまでは企業献金が悪で個人献金が善のような言い方をされてきたが、個人献金ほど素性の分からないものはない。外国人が偽名を使うことはもとより、犯罪者や不適切な個人の寄付があるかも知れない。そのたびに国会で問題にされ、辞職を迫られ、与野党がもめていたら政治の本来の仕事は出来ない。「クリーンで国民主権は守れない」と私が思う由縁である。

 「クリーンな政治」を標榜したのは三木元総理で、菅総理は「三木おろし」に抵抗した三木元総理を真似たいようだが、その三木元総理は「クリーン」の裏側で札束をばらまく政治家であった事を「配り役」をやった海部元総理が暴露している。そしてそれは必要悪であったと海部氏は弁解している。

 政治家は自前の政治資金を作らないと、情報収集や人脈形勢が難しく、官僚の情報に頼らざるを得なくなる。アメリカでは官僚の他に議会のシンクタンク、政党のシンクタンク、民間のシンクタンク、そして国費で雇える数十人の政策スタッフに支えられて政治家は仕事をする。海外に人脈を作ることも大事な仕事である。「クリーン」に縛られて情報や人脈をおろそかにすればそれがそのまま政治力の差になる。

 「クリーン」を標榜して「脱小沢」を図った菅政権が自縄自縛に陥ってきたのではないかと書いていたところで、突然大揺れがきた。巨大地震で国会審議もストップ。大災害になればスキャンダル追及どころの話ではない。災害復旧のために政治は全力を傾けなければならない。与野党は協力して政治の仕事に取り組むしかない。

 臨時国会でも北朝鮮の砲撃事件で菅政権は危機を救われた事があるが、今度は国内に大災害が起きた。それが3月政局にどう影響するか、まだ見通すことは出来ないが、それにしてもこの変動は普通でない。3月は大乱の様相である。

2011年3月 2日

オザワの罠

 2月28日、笠間治雄検事総長が日本記者クラブで会見し、「特捜部に起訴権限を与えないことを検討している」と述べた。「警察が取り扱う事件は、検察が第三者の目で見て冷静に起訴の判断をするが、特捜部は自分で捜査して自分で起訴するお手盛りだから暴走しやすい」というのである。

 特捜部の主任検事の補佐役に特捜部以外の検事をつけて起訴の可否を判断させることなどを内部で検討しているようだが、密室の取り調べで強引に供述を誘導し、起訴に持ち込んできた特捜部の体質を見直す一環として述べられた。直接のきっかけは厚生労働省の村木厚子さんが無罪になった郵便不正事件だが、私はそれよりも「オザワの罠」が生きてきたと思った。

 09年3月の西松建設事件は不思議な事件だった。私が知る検察は世論の動向を慎重に計算する捜査機関である。特に政治に関わる事件では非難されないよう十分に配慮した。だからロッキード事件をはじめとして数々のでっち上げに国民は騙されてきたが、民主国家の検察としては選挙や国会に影響を与える時期の捜査は避けるのが常識で、政治的偏りも許されない。そういう点にこれまでの検察は留意してきた。

 ところが東京地検特捜部が西松建設事件で小沢一郎民主党代表の大久保秘書を逮捕したのは、政権交代がかかった衆議院選挙の直前である。村木さんが無罪となった大阪地検特捜部の郵便不正事件も石井一民主党副代表をターゲットに同時期に摘発されていたが、二つともまず時期が問題だった。

 次に西松建設と密接な関係があるのは自民党議員に多いのに、逮捕されたのは小沢氏の秘書だけである。しかも容疑は逮捕に相当するとは思えない微罪であった。それが検察首脳会議も開かずに決められたと言う。半年以内に最高権力者になる可能性がある政治家の捜査を首脳会議も開かずに決めることなど民主国家ではあり得ない。民主国家でなくとも官僚のイロハがひっくり返る話である。

 検察の常道を外してまで行う捜査は尋常でない。政権交代を阻止したい政治勢力に主導された政治捜査だと私は見た。そうだとすると検察にこの事件を立証する気がない可能性がある。政権交代を阻止したい勢力の目的は小沢氏の政治力を削ぐことで、有罪に出来なくとも一定期間身動きがとれない状態に追い込めれば目的は達成される。

 それに協力した検察は、逮捕という強硬手段で世間に「悪」の印象を植え付ける一方、小沢氏に恐怖感を与えて代表辞任に追い込むシナリオを書いた。「代表さえ辞任すれば起訴はしない。しかし辞任しなければ徹底的にやるぞ」というメッセージが逮捕に込められていると私は思った。選挙直前であるからこの「脅し」には効き目がある。だから捜査の常道を外してでも選挙前の摘発になった。

 明治以来「政治とカネ」に洗脳されたこの国では、「検察は正義」という迷信を信ずる馬鹿者が大勢いる。捜査を主導した勢力の思い通り、メディア、国民、政治家から「けじめをつけろ」の大合唱が起きた。小沢氏の周辺からも「一時撤退しろ」との進言が相次いだ。普通の政治家なら選挙のことを考えて「一時撤退」する。しかし小沢氏は「徹底抗戦」を宣言した。それが私の言う「オザワの罠」である。検察に起訴させるよう仕向たのは小沢氏なのである。起訴したのを見届けてから小沢氏は代表を辞任して選挙に備えた。

 この一手で形勢は逆転する。有罪にする材料がないにもかかわらず起訴に踏み切った検察は逆に追い込まれた。政治家が絡む事件で起訴して有罪に持ち込めなければ、検察が受けるダメージは計り知れない。大阪地検の郵便不正事件では検事総長の責任問題にまで発展したが、仮に西松建設事件で大久保秘書が無罪になれば、それと同等かそれ以上の問題になった筈だ。

 検察に西松建設事件の裁判を「先延ばし」する必要が生まれた。それから検察は必死に小沢氏の過去に遡り、ゼネコン各社との関係を洗い始めた。大久保秘書の有罪に自信があればそんなことをする必要もないのだが、まさに泥縄である。そして水谷建設が秘書時代の石川知宏衆議院議員に裏金を渡したという真偽不明の供述にたどり着く。年が明けてそれが立件され、これまたやってはならない通常国会直前の現職議員逮捕となった。

 そこで共犯として大久保秘書が再び逮捕され、大久保秘書の裁判は訴因変更された。これが裏の狙いである。しかしそれがまた検察を追いつめる。今度は現職の石川議員を起訴した裁判で有罪を立証できなければ、西松建設事件以上のダメージを受けることになる。その裁判が現在進行中である。被告はいずれも供述は検事に強制されたものだとして無罪を主張している。裁判の行方は検察の存亡に関わる。

 さらに小沢氏を追いつめる別の問題が同時に検察をも追いつめている。検察審査会の強制起訴の制度である。検察が捜査して不起訴としたものを素人の国民が起訴できることになり、小沢氏が今年1月に強制起訴された。小沢氏の政治力を削ぎたい勢力には歓迎だろうが、検察にとっては不愉快だろう。

 検察官は唯一起訴の権限を与えられているから権力がある。しかし検察が証拠を調べて不起訴にしたものを、素人の国民は「裁判になったらどういう結論になるか見てみたい」という興味本位で起訴する。もし裁判で有罪にでもなれば、検察は無能集団のレッテルを貼られ、プライドはズタズタ、日本の司法は痴呆になる。

 しかしそれもこれも、起訴する権限を振り回して暴走してきた検察が、メディアを脅して手先に使い、国民を洗脳して「世論」を作り、その「世論」に裁判所が迎合してきた社会の仕組みのツケである。それが日本の政治を根底からおかしくしてきた。

 私はアメリカ議会を10年以上見てきたが、日本の政治家がアメリカと比べてとんでもなく駄目だと思ったことはない。政治家はみな似たようなものだ。ただ違うのは「司法」と「メディア」である。日本ほど国民の代表である政治権力より行政権力に迎合した「司法」と「メディア」はない。ところが国民は昔から「司法」と「メディア」を信じ込むように教育されてきた。それが日本の民主主義を阻んでいる。

 年初から今年を「創造的破壊の年」、「地殻変動の年」と書いてきて、世界の変化にも言及したが、日本で変化を余儀なくされているのは「司法」と「メディア」である。国民は政治の体たらくに呆れているが、それを正すにも「司法」と「メディア」に地殻変動を起こさせる必要がある。現下の情勢はそこに風穴を開けつつある。「政治」と「司法」と「メディア」の地殻変動は相呼応していくのである。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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