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2011年2月22日

キッシンジャー的に政治を見る

 アメリカのキッシンジャー元国務長官は腹の底から日本を馬鹿にしている人物ではないかと私は思うが、なぜか日本人は有り難く彼の話を拝聴し、拝聴するだけでなく信じ込み、操られる傾向がある。

 それは超大国アメリカの外交に影響力を持っているからだけではない。日本人にはない物の見方で世界を分析しているからだと思う。日本人はすぐ正義とか倫理とか人道とか、情緒的で抽象的な建前で政治を見るが、彼にはそうしたところが微塵もない。徹底した現実主義者である。

 キッシンジャーにとって大事なのはアメリカの国益で、そのためになら誰とでも手を組む。敵の敵は味方の思考である。冷徹な目で世界のパワー・バランスを見極め、それに逆らうことなく状況をアメリカに有利にするよう導く。決して理想主義に走らない。かつてクリントン大統領がコソボで起きた虐殺に対し、「人道」を理由に紛争に介入したが、「人道で介入すべきでない」とキッシンジャーは批判した。

 彼はアメリカがベトナム戦争から撤退するため中国共産党と秘密交渉を行ったが、毛沢東や周恩来と会談した際、「日本と違い中国には我々と同じ戦略的思考がある」と言い、また「日米安保条約は日本を強大化させないための『ビンの蓋』だ」と語った。

 日本と中国が手を組むことはアメリカにとって脅威である。日中を離反させることがアメリカの国益で基本戦略である。その戦略に染まった日本人がどれほど多くいることか。キッシンジャーの「教え」は今の日本を見事に縛っている。

 従って日中国交正常化を実現した田中角栄はキッシンジャー戦略の敵ということになる。そのため田中は政界から排除されたという見方もある。しかし私はそれとは異なる田中・キッシンジャー関係を見たことがある。田中角栄がロッキード事件で有罪判決を受けた後、キッシンジャーが目白の田中邸を訪れたのである。

 国内では「議員辞職しろ!」と野党とマスコミが騒ぎ、与野党取引の産物として「政治倫理審査会」が出来た頃、キッシンジャーは有罪となった田中角栄と会って日本の政治動向を取材していた。その時田中が持ちかけた話はアラスカ原油の輸入問題である。遠い中東からではなくアラスカから石油を輸入できれば北海道に石油精製基地を作ることが出来る。田中は北海道振興策をキッシンジャーに打診していた。

 キッシンジャーや田中ほどの政治家になると「敵の敵は味方」が有為転変するのである。それがリアル・ポリティックスというものだ。ところが情緒溢れる日本人にはそれが理解できない。一途に同じことを叫び続ける政治家に感動したりする。

 ところで冒頭「キッシンジャーは日本を馬鹿にしている」と書いたが、キッシンジャーに「日本人は分かり切ったことを受け入れず、ああでもないこうでもないと大騒ぎして、何を決めるにも15年はかかる」という発言があるからだ。キッシンジャーが指しているのは日本の幕末維新と戦後の15年である。

 「ペリー来航で開国も徳川体制の転換も分かり切った話である。それをすぐに出来ない日本は勤王か佐幕かで15年間もチャンバラを続けた。また戦後はアメリカに占領支配されたのだから、日米安保体制を受け入れるのは自明である。それを賛成だ反対だと騒いで落ち着くまで15年もかかった」とキッシンジャーは発言した。

 その言い方には「なにおっ!」と言う気になるが、しかし日本人の多くが拝聴する外交のプロの見方である。日本人の感性を横に置いて、混乱を極める昨今の日本政治をキシンジャー的に見るのも無意味なことではない。好きだとか嫌いだとかイデオロギーが良いとか悪いとかの要素を排して現実に起きていることから政治を見れば、見えてくるのは民主党にも自民党にも未来はないという当たり前の話である。

 日本には参議院で過半数を失った与党が機能出来ない仕組みがある。それは日本国憲法が作った仕組みである。そのため戦後の片山、芦田、吉田の三代の政権はいずれもまともな政権運営が出来なかった。1955年の「保守合同」で、衆参両院ともに過半数を持つ自民党が誕生して初めて政治は安定したが、長期政権の自民党は徳川幕府のように次第に活力を失い、34年後に参議院が過半数割れした。そこから日本政治の混迷が始まる。

 そして18年後の2007年の参議院選挙で、自民党は安定した政権運営が出来る与党に戻る可能性がなくなった。安倍、福田、麻生と続いた三代が無惨な政権運営を続けたように、これから衆議院選挙で勝利して与党に返り咲いても、参議院で過半数を持たない状況は変わらない。衆議院で三分の二を取る可能性もないから、これまで以上に非力な政権が出来あがる。政治は現在の状況のまるで裏返しになるだけの話である。

 一方の民主党も去年の参議院選挙での敗北は決定的だった。民主党マニフェストの実現はおろか、安定した政権運営を行える見込みはまるでない。唯一の可能性は公明党との連立だったが、なぜか菅政権はそれに力を入れず、むしろ自民党との「小沢抜き」連立に固執した。政権運営を難しくする方向に舵を切ったことになる。

 自民党にも民主党にも未来がないことを感じているから、それぞれの党からこぼれる議員が出てくる。自民党から出た議員は小党を作って政界再編待ちの状況で、実は民主党が分裂に向かわないと次の段階に進めない。去年、鳩山政権が退陣したときに私は「政界再編が準備されつつある」というコラムを書いた。今読み返してもあながち的はずれではなかったと思う。

 その頃は参議院選挙で民主党が単独過半数を得れば、自民党は自壊作用を起こして万年与党と万年野党の状況になる。そこで民主党を分断して二大政党を作る構想を小沢氏は考えているのではないかと書いた。しかし菅総理の消費税発言から単独過半数を得るどころか民主党は惨敗した。そのため二大政党の作り方は変えざるを得なくなった。

 今や菅民主党と自民党との間に対立軸はない。どちらも与謝野馨作・演出のような政策である。もし解散・総選挙となれば、去年の参議院選挙と同様に国民は選択に困る。それなら民主党の中に対立軸を作って分裂選挙にする。分裂選挙は国民の注目を集める。その流れの中で新たな政策を打ち出して合従連衡を進めれば閉塞状況に風穴があく。

 自民党政権を待望したり、民主党政権の継続を求めるノスタルジックな方々には申し訳ないが、キッシンジャー的に政治を見ると、自民党も民主党も安定した政権運営をやれる未来を持っていないのに、その現実を見ないでチャンバラごっこをしている情景である。キッシンジャーからは無駄な時間をかけていると叱られそうだが、しかしそれで悲観する必要はない。

 そもそも半世紀以上も政権交代がなかった国で、野党経験しかなかった政治家にすぐ政権運営など出来るはずがない。今は政権交代をしてこなかったツケを払わされているが、いずれは日本の政治も成熟していくことになる。それよりも政権交代の意義を失わせる日本国憲法の方が問題である。政権交代が実現した以上、見直しは不可欠と考えるのが現実的である。

2011年2月15日

問題を解決しない政治

 第177通常国会が開会され、これまでに衆参両院での代表質問、衆議院予算委員会の基本的質疑、初の党首討論などを見せられてきたが、議論が同じことの繰り返しでちっとも面白くない。有料の見せ物なら「金返せ!」と叫びたくなるところだ。

 なぜ面白くないかと言えば対立軸がないからである。政治の議論とは、国家の現状をどう認識するか、何が問題なのかを提示して、どのような処方箋が有効かを論ずるものだと思う。議論を聞いた国民は、自らの生活に照らして与野党どちらに組みすればプラスになるかを考え、支持する政党を応援する。

 ところが菅民主党と谷垣自民党との間には、当事者も認めるように、現状認識も問題の捉え方も、そして処方箋にも差がない。両者とも消費税の増税を唯一の処方箋と考えている。そしてそれが国民の賛同を得ることが難しいことも承知である。

 そこから自分の責任だけで決めるのは得策でないとの考えが生まれる。相手を巻き込み、出来れば相手に余計に責任を負わせようと考える。国会の議論はその駆け引きに終始している。

 菅民主党は「社会保障と税の一体改革」で与野党協議を呼びかけた。そこで自民党が出す案を民主党が丸飲みすれば自民党により大きな責任を押しつけることが出来る。自民党は計略に乗らないよう、まずは民主党に案を出せと迫る。民主党は4月に社会保障制度、6月に社会保障と税の一体改革について案をまとめると答えた。しかし谷垣自民党はそれに懐疑的である。

 自民党は与野党協議に応ずるよりも民主党のマニフェスト攻撃に重点を置いた方が得策と考える。政権交代を実現した09年の民主党マニフェストに消費税の増税など書いていない。財源は無駄の削減で捻出すると公約したはずだ。それが出来ていないのだから国民に嘘をついたことになる。国民に謝罪をして選挙をやり直すべきだ。そう言って解散・総選挙を要求している。

 これに対して菅総理は、マニフェストは4年間で達成するもので現在も進行中である。しかし任期半ばの9月にはマニフェストを見直し修正する可能性もあると述べ、解散・総選挙は自民党の党利党略だと反論する。要約すればそのようなやりとりが国会冒頭から何度も繰り返されてきた。

 9日に行われた初の党首討論では、菅総理と谷垣総裁が共に「これから何度でも議論しよう」と言っていたが、壊れたレコードのように駆け引きだけの議論を聞かされるのはご免被りたい。そんな議論を聞かされても、そこから国家の現状も、進むべき道筋も見えてこない。世界が地殻変動を起こしているときにそれは時間の無駄というものである。

 「野党なき国家の不幸」でも書いたが、日本には昔から政権交代を繰り返す国の野党とは異なる「野党」が存在し、政権交代を狙わずに駆け引きばかり繰り返してきた。それを野党と思う錯覚が菅総理にも谷垣総裁にもへばりついている。だから駆け引きのための挑発や口撃を「論戦」の技術と思い込む。困ったことに国民もそれに馴らされていて、鋭い口撃や切り口上を聞くと溜飲を下げ、政治を分かったつもりになる。しかしいくら溜飲を下げても国家の問題がそれで解決される訳ではない。

 かつて「自民党をぶっ壊す!」と叫んで国民の人気を得た総理がいたが、自民党にすり寄る総理に人気が集まる筈はない。インチキなマスコミの世論調査をそもそも私は信じていないが、菅内閣が軒並み支持率を下げている所を見ると、傾向はその通りなのだろう。それを取り上げて新聞・テレビは騒いでいるが、それよりも注目すべきは自民党支持率の低空飛行である。民主党の低下の理由は明快だが、自民党の低支持率は研究に値する。

 半世紀以上も政権の座にあった自民党なら、政権を口撃して気持よがるより自らの支持が上がらない原因を重く考えるべきである。野党の仕事はそこから始まる。民主党のマニフェストを批判するのは自由だが、解散・総選挙に追い込んで政権を取り戻し、民主党の政策を政権交代前の自民党の政策に戻そうとすれば国民の離反を招くことは必定である。

 また仮に政権を取り戻しても、自民党は民主党と同様に参議院で過半数を握っていない。衆議院で三分の二を獲得することも難しいだろうから、安倍、福田、麻生政権以下の非力な政権を作ることになる。一時的に権力を得ても何も問題を解決することは出来ない。そんなことに力を入れる理由が私には分からない。

 しかも去年の参議院選挙は一票の格差が最大5倍となり、憲法違反の判決が各地の裁判所で相次いで出されている。選挙無効になってはいないが、格差を是正すれば自民党が大勝した1人区に影響が出て、去年の自民党大勝は幻になる。自民党にとって去年の参議院選挙は余り胸を張れない選挙なのである。2年半後の参議院選挙までに一票の格差を是正しなければならないが、自民党にはうれしくない事態かもしれない。

 そのような状況にあるのだから小手先の駆け引きを繰り返しても展望が開ける話ではない。それよりも対立軸のある議論に戻すか、あるいは戦後の日本を総体として見直す議論をしてもらった方が良い。各国は今から20年前に冷戦が崩壊したとき、そうした議論に時間をかけた。ところが日本の国会は毎度おなじみの「政治とカネ」の議論ばかりで、自らの立脚点を掘り下げることをしなかった。それが今弊害となって現れている。

 「なぜこんな国になったのか」と嘆く国民が多い。しかし「なぜ」の分析を誰もしてくれない。せいぜいが「古い自民党政治が悪い」とか「官僚政治が悪い」と表層を言うだけだ。そんな底の浅い理解でわが国の問題を解決することなど出来ない。いっそ党首討論を現下の問題から離れ、党首の歴史観や政治哲学を競わせる場にしたらどうか。その方がよほどこの国の問題を浮かび上がらせてくれると思う。

 国政がそうした体たらくだからか、国政とは逆の減税や地域主権を掲げる地方首長の運動が勢いづいている。大阪、愛知、埼玉、佐賀などで菅民主党や谷垣自民党と一線を画す動きが出てきた。その手法には批判も多いが、いつの時代も古い仕組みを壊すときには、それまでにないやり方を採らなけば実現しない。

 「百年の孤独」で書いたように、英国では国民から選ばれた下院が決定権を持つために何度も解散をして国民の信を問い、その力で世襲の貴族院を黙らせた。独裁的と批判されたが、小泉元総理の郵政解散や河村たかし氏のトリプル選挙はその手法である。

 またアメリカのレーガン大統領の経済政策「レーガノミクス」は当初「ブードゥー・エコノミー(インチキ経済学)」と呼ばれて総すかんを食った。しかも経済に効果を現すまで10年もかかった。新しい政策とはそうした目で見なければならないものである。それを政権交代後1年やそこらで政策に効果がないと断じたり、解散権を行使するのを独裁だと叫ぶのは、歴史を知らない戯言である。

 地方議員の仕事は具体的である。目の前に壊れた道路があり、介護の必要なお年寄りの顔が見える。ところが国会議員の仕事は抽象的である。形の見えない国益や何年か先の高齢者対策を考えなければならない。それだけに難しいと言えなくもないが、しかし駆け引きに終始する政治を見ていると、具体的な課題と向き合う地方から攻め上って政治を変える方法もあるなという気がしてくる。

2011年2月 5日

地殻変動の年

 今年の干支は辛卯(かのとう)である。「辛」は草木が死滅する意味で、「卯」は扉が開かれている形を表す。生き永らえてきたものが死滅し、新たな芽が生まれてくる年という意味だという。私は「ニッポン維新」という連載コラムに「今年を創造的破壊の年にしたい」と書いた。

 新年から中東各地で政権交代を求める民主化運動が起きている。メディアは「ベルリンの壁の崩壊に匹敵する」と報じたが、まさしく歴史的な地殻変動を我々は目の当たりにしている。旧来のものの見方に引きずられず、まっさらな目で現実を見ていく必要があるように思う。

 私が報道の仕事に携わるようになってから、旧来のものの見方では現実を見通せないと思ったことが三度ほどあった。最初は1971年の「ニクソン・ショック」である。それまでの日本は1ドル360円の固定為替相場で、輸出主導の貿易立国路線を推進し、高度経済成長を実現してアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国になっていた。

 アメリカはベトナム戦争の泥沼にはまりこみ、至る所で反戦運動が繰り広げられていたが、沖縄返還を悲願としていた日本政府はベトナム戦争に協力することでその目的を達成しようとしていた。その矢先にアメリカのニクソン大統領が突然南ベトナム解放民族戦線の後ろ盾である中国と和解することを表明した。中国、北朝鮮、北ベトナムの共産主義勢力から自由主義陣営を守るための「反共の防波堤」と位置づけられていた日本にはまったく寝耳に水であった。

 米中和解は日米安保体制を見直すに足るアメリカの戦略転換である。しかし国内では議論らしい議論はなく、私の知る限りでは、後に沖縄返還交渉の「密使」として知られる国際政治学者・故若泉敬氏が「日米安保条約を日米友好協力条約に変更すべきだ」と主張したが黙殺された。

 その1ヶ月後にニクソン大統領は今度は金とドルとの交換を一方的に停止した。ドルを基軸通貨とする戦後の国際通貨体制は変更され、変動相場制が導入されて円高となり、日本の輸出主導型経済は大打撃を受けた。高度経済成長の基盤的条件が崩れたことになるが、これにも日本の反応は鈍かった。各国が早々に変動相場制移行に切り替えたのに対し、日本は旧来の為替レートを維持しようとドル買いに走り、税金を無駄に出費した。

 第二の出来事は、1986年から87年にかけてフィリッピンのマルコス政権と韓国のチョン・ドファン政権が相次いで崩壊したことである。いずれも親米反共政権で二人ともアメリカのレーガン大統領と親密な関係にあった。しかし政敵を力で弾圧するなど独裁体制を敷いて民衆からは反発されていた。この二つの政権を倒させたのはアメリカである。親米で大統領と親しくともアメリカの利益にならないと判断されれば切り捨てられることが明らかになった。

 「マルコス独裁20年」と批判されたが、その頃の自民党は30年を越す長期単独政権を続けていた。しかも1985年にアメリカが世界一の借金国となり、日本が世界一の金貸し国になったことでアメリカの日本を見る目は厳しかった。アメリカ議会から日本の政治構造を調べるために調査団が派遣され、その調査団と若手の政治家や政治記者との懇談会が催された。私も参加したが誰も日本の政治構造をアメリカ側に納得させることは出来なかった。「自民党独裁30年と思われても仕方がない。日本政治の常識は世界に通用しない」とつくづく思った。

 第三が冷戦の崩壊である。1989年にソ連の支配下にあった東欧諸国で民主化運動が起きた。ポーランド、ハンガリーで共産党政権が倒れ、東西ドイツを分断していたベルリンの壁が壊され、それはチェコスロバキアやルーマニアにも及んだ。1年足らずのうちに政権交代のドミノ倒しが起きた。そして1991年、第二次大戦後の世界を半分支配してきた軍事超大国ソ連が崩壊した。あり得るはずのないことが現実になった。

 世界史を塗り替える変革の原動力はテレビである。衛星放送の登場が世界を変えた。それまでは鉄塔から発射される電波の範囲でしかテレビを受信することは出来ず、国家は放送を管理し情報を国境の内側で統制することが出来た。しかし西側諸国の衛星から発射された電波は国境を越え東欧諸国でも視聴出来た。東欧諸国の国民に情報統制が効かなくなり、国民は世界で何が起きているかを知る事が出来た。

 冷戦の崩壊によって世界各国は自らの進路を手探りで模索しなければならなくなった。第二次大戦後に構築された仕組みのあるものは消滅しあるものは生き残る。そして戦前の仕組みが再び甦る。何がどうなるかを予測することは難しく、すべては現実の営みの中で、その力関係の中で決まっていく。我々はそうした世界を20年ほど生きてきた。

 唯一の超大国となったアメリカは、世界を支配するために最強の軍事力の組織構成を見直し、冷戦後に対応するよう配置転換し、世界の情報を収集・分析する能力と体制を整え、ドル基軸通貨体制を維持しながら地球上のあらゆる資源を確保することに全力を挙げた。

 またアメリカはソ連に代わる「敵」を作り出し、それとの対立を煽ることで最強の体制を維持しようとした。初めは「日本経済」を「ソ連に代わる脅威」と考え「日本経済封じ込め」を図るが、バブル崩壊と共に自滅した日本経済は敵にする必要もなくなった。次に「テロとの戦い」を宣言し、アフガン、イラクで戦争をするが、勝利どころかベトナム戦争以来の泥沼にはまりこんだ。最近では台頭する中国と対峙する姿勢を見せるが、既にアメリカ経済は中国と抜き差しならない関係にあり、中国はソ連のような「敵」にはなり得ない。

 そうした状況の中で、チュニジアから始まる変革の嵐が中東諸国を襲った。エネルギー資源の確保を最優先にしてきたアメリカは、これまで中東諸国の独裁政権と親密な関係を築いてきた。民主主義を表看板にしたアメリカの外交は常に二枚舌である。アメリカの利益になる独裁政権はむしろ都合が良い。

 その独裁政権の退陣を求めて民衆が立ち上がった。反体制の指導者に率いられた運動ではない。インターネットが原動力の運動である。インターネットで情報を知った民衆の自然発生的な蜂起が歴史上初めての「指導者なき革命」を引き起こそうとしている。かつてソ連の支配下で起きた東欧の民主化を彷彿とさせるが、それがアメリカの支配下にある中東の独裁国家で起きているのである。

 「中東の民主化」は「テロとの戦い」を遂行するアメリカの基本方針である。アメリカは「中東の民主化」を掲げてイラクやアフガンで戦ってきた。だから民主化運動を敵に回すことは出来ない。しかしそれはあくまでもアメリカにとって都合の良い民主化である。民主化によってイスラム勢力が力を増せばアメリカの中東政策は根本から見直さざるを得なくなる。そうなればアメリカの世界戦略に影響する。

 冷戦崩壊後、アメリカは2年から3年の時間をかけてあらゆる政策の見直を図った。今回もそれに匹敵する作業を迫られるかも知れない。これまでの常識にとらわれていては対応を誤ることになる。それほどの地殻変動が起きているのである。今年はそういう年なのだ。

 ところで指導者なき民衆の運動が起きているのは中東だけではない。二見伸明先生が参加されてブログにもお書きになったが、日本でもインターネットで自然発生的に集まった人たちが定期的にデモを行っている。検察とマスコミを糾弾し、小沢一郎氏を支援する民衆のデモである。こちらは中東に比べればささやかで静かだが、しかしこれもこの国に地殻変動が起きていることを感じさせる。指導者がいなくとも民衆は立ち上がる。そしてそれが歴史を動かす力になる時代が到来しているのである。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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