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2010年2月26日

「政治とカネ」で沈む日本

 「政治とカネ」で大騒ぎする度に、日本は国際政治の流れを見失い、世界から取り残された歴史がある。ベトナム戦争に敗れたアメリカが「反共主義」から脱皮するために産みの苦しみをしている時、日本はロッキード事件の田中逮捕で「政治とカネ」に目を奪われ、アメリカ政治の大転換を正面から捉えることが出来なかった。


 戦後のアメリカを支えたイデオロギーは「反共主義」である。第二次世界大戦でファシズムに勝利したアメリカにはすぐに共産主義という敵が現れた。ヨーロッパでもアジアでもソ連の後押しを受けた共産主義政権が次々に誕生し、それがドミノ倒しのようにアメリカに迫ってくると思われた。アメリカにとって共産主義との戦いは「自由」を守る「正義」の戦いであった。

 しかし共産中国と戦火を交えた朝鮮戦争でアメリカは勝つ事が出来なかった。そのトラウマがアメリカをベトナム戦争に駆り立てる。ところが正義と信じた戦いでベトナムの民衆を敵に回し、世界には反米闘争が吹き荒れ、財政は破綻状態となった。1973年、アメリカは建国以来初めて戦争に敗れた。「反共は正義なのか?」。疑問が生まれる。翌74年、ウォーターゲート事件でニクソン大統領が辞任に追い込まれた。大統領辞任も建国以来初めてである。国民は何を信じて良いのか分からなくなった。そこから「反共ではなく民主主義を強くする以外にアメリカの再生はない」との思いが生まれ、民主主義を強くするための政治改革が叫ばれた。

 そうした中でロッキード事件が暴露された。アメリカ議会上院多国籍企業小委員会が暴露したのはアメリカの軍需産業ロッキード社と世界各国に存在する秘密代理人との関係である。秘密代理人は日本が児玉誉士夫であるように各国とも「親米反共主義者」であった。アメリカの「反共主義」は世界中に腐敗の構造を作り出していた。ロッキード事件はアメリカが「反共主義」から脱皮して「民主主義」を掲げるための儀式である。

 そのためヨーロッパではロッキード社から賄賂を受けた政治家は誰も訴追されていない。西ドイツの国防大臣、オランダ女王の夫君、イタリア大統領など名前を挙げられた政治家は誰も捕まらなかった。アメリカの国内問題で自国の政治家を逮捕するような真似はしないのがヨーロッパである。しかし日本だけは田中元総理を逮捕して大騒ぎした。日本ではロッキード事件が「政治とカネ」の問題となった。

 ロッキード事件を「政治とカネ」の問題にすり替えた事で、それからのアメリカがフィリッピンのマルコス政権を潰し、韓国のチョン・ドファン政権を潰した事に日本は鈍感である。二人とも「親米反共主義者」だが、一人は「独裁20年」、もう一人は「軍事政権」であった。それをアメリカは許さない事を示した。その時日本の自民党政権は「独裁30年」を続けていた。だから細川政権が誕生した時、アメリカは異様なほどの期待感を表明した。しかし自民党もメディアもその事に鈍感であった。

 民主主義を強くするためにアメリカがやった事は「官僚主導からの脱却」である。ベトナム戦争に介入する誤りは、ペンタゴンやCIAなど官僚の情報に頼りすぎたからだと考えられた。それを脱却するためアメリカは議会の情報機能を強化した。議員に情報提供する議会調査局を大幅に増員し、大統領府が作成する予算をチェックする議会予算局を作り、議会審議を国民にテレビ公開する仕組みを作った。「官僚主導からの脱却」は議会の機能強化から始まったのである。

 次に情報公開法を整備して行政府に対する情報公開を徹底した。資産公開は議員だけでなく、税金で雇われる行政府と司法府の官僚も対象にした。またアカウンタビリティという考えが導入された。これは国民から預かった税金について行政府には「説明責任」があるというものである。

 ところが「政治とカネ」で騒いだ日本はアメリカの政治改革を見ていない。そのため情報公開も、アカウンタビリティもアメリカとは異なり官僚に都合の良い解釈となった。資産公開は国会議員だけが対象となり、説明責任は行政府の官僚ではなく政治家を縛る道具となった。選挙の洗礼を受ける政治家がなぜ説明責任を求められるのかが私には分からない。説明責任が求められるのは国民が排除する事のできない官僚に対してである。

 ソ連が崩壊して冷戦構造が転換した時、世界は真剣にその後の生きる道を模索した。ところが日本だけはまた「政治とカネ」で国中が騒いでいた。金丸脱税事件の影響で国会は「政治とカネ」の議論一色となり、誰も冷戦の崩壊を議論しなかった。宮沢総理は「冷戦の終結で世界は平和になり、日本も平和の配当を受けられる」と驚くべきピンボケ発言を繰り返した。

 当時米国議会を取材していた私は、アメリカの認識とのあまりの落差に恐ろしくなり、外務省の高官に霞が関の内部で冷戦の終結をどう議論しているのかを尋ねた。すると霞が関でも議論されていない事が分かった。東西冷戦構造の一方の軸が崩壊したのだから、世界が不安定な構造になる事は目に見えている。イデオロギー支配が消滅する事で、それまで抑えられてきた民族主義が勃興し複雑な対立が生まれる事も予想できる。アメリカは更なる軍備強化を進め、冷戦型思考から脱して現実的利益を追求する姿勢に変わっていた。世界で最も冷戦の恩恵を受けてきた日本にとって、もはやアメリカからの恩恵は期待できない時代が始まろうとしていた。その重大な時に世界の構造変化と向きあう事なく「政治とカネ」の議論に終始する国家を目の当たりにした。

 金丸脱税事件は派閥のカネを個人のカネと認定され脱税に問われた事件だが、検察が金丸事務所捜索と同じ時に中曽根康弘事務所や宮沢喜一事務所の金庫を開けていたら同程度のカネを見つけていたと私は思う。事の善悪は別にして当時の派閥の領袖は所属議員のカネの面倒を全て見る必要があった。しかし狙われたのは金丸氏だけである。星亨や原敬の例に見られるように、この国は明治以来、力のある政治家を「金権政治家」として排除してきた歴史を持つが、戦後もそれが繰り返されている。この時も日本は国際政治の大転換を見ないまま通り過ぎた。

 「アジアには中国と北朝鮮という脅威があり冷戦が残っている」というアメリカの日本洗脳にまんまと乗せられた学者や政治家がいる。そのせいで日本はアメリカの兵器をせっせと買わされ、アメリカとの同盟関係を強化しているが、一方のアメリカはとうの昔から中国、北朝鮮と気脈を通じている。ヨーロッパ諸国はそれ以上だ。彼らは冷戦思考とは隔絶した価値感で国際政治を見ている。日本だけがそうなれないのは「政治とカネ」に目を奪われ、日本にとって死活的な問題を直視しないできたからだ。

 これからの日本政治の最大課題は世界のどの国も経験した事のない「超高齢化社会」に対応する事である。1988年に竹下政権はヨーロッパ型福祉国家を目指す税制改正を行なおうとしたが、それを潰したのも「政治とカネ」の問題だった。福祉目的の消費税を導入しようとした矢先にリクルート事件が起きた。消費税に賛成だった社会党と公明党が「政治とカネ」を優先させるため消費税に反対した。以来、消費税にはマイナスイメージが付きまとい、国民の同意を得る事が難しくなった。

 昨年出版された「リクルート事件 江副浩正の真実」を読むと、事件は違法ではない未公開株の譲渡を朝日新聞社が意図的に小出しに記事にする事で国民の反発を煽り、国民が騒ぐから捜査せざるを得ないとする検察によってでっち上げられた事件である。その結果、日本政治は高齢化社会への対応に遅れをとる事になった。

 「政治とカネ」の問題は民主主義政治にとってそれほどに重大な問題なのか。騒ぐのは民主主義が成熟していないことの証明である。しかも検察が摘発した「政治とカネ」はほとんどが「でっち上げ」なのである。それに振り回されて国益に関わる重要課題に目を瞑ってきた日本が沈み込んでいくのは当然の話である。

2010年2月16日

世論調査を信ずるバカ

 昨年の5月に「『世論が大事』というデタラメ」を書いたが、また同じ事を書かなければならない。新聞やテレビの世論調査を振りかざす政治家が増えたからである。世論調査の専門会社が存在しない国で、新聞やテレビの世論調査を信ずるのは余程オツムのおめでたい人間である。日本の新聞やテレビの世論調査はせいぜい「もどき」に過ぎない。「いい加減な情報」で国民を扇動する政治家をデマゴーグと言うが、デマゴーグは民主主義を衆愚政治に堕落させ国を滅ぼす。


 アメリカには複数の世論調査専門会社がある。ピューリサーチセンターやギャラップなどが有名だが、いずれも世論調査の正確さに命をかけている。専門会社であるから信用を失えば潰れる。新聞社やテレビ局の片手間とは訳が違う。しかもわが国の新聞とテレビには捏造報道の伝統がある。朝日新聞には「伊藤律単独会見」や「サンゴ落書き事件」など、読売新聞には選挙の当落予測データを書き換えて気に食わない政治家を落選させる伝統がある。ましてテレビは捏造報道が日常茶飯事だ。

 本物の世論調査会社が存在する国では新聞とテレビもいい加減な調査は出来ない。しかしこの国ではいい加減な調査を発表しても誰もとがめる者がない。それをいい事に「もどき」が蔓延する。昨年、私が「『世論が大事』というデタラメ」を書いた後で、日本記者クラブが「世論調査」をテーマに研究会を行なった。新聞社の世論調査担当者が「新聞社の世論調査で分かるのはトレンドだけ」と言った。世論調査に正確な世論は反映されないと認識している。

 昔は新聞社もテレビ局も1回に1500万円程度の予算をかけて調査をしたが、今では150万円程度の予算で下請けにやらせていると言う。十分な予算があれば年齢、性別、職業別、地域別など対象に偏りがない調査を行なう事は可能である。しかし現在の方法はRDDと言って、コンピューターで電話番号を抽出させるやり方である。これだと固定電話にしかかけられない。固定電話に出てくる対象が果たして偏りのない国民と言えるのか、はなはだ疑問である。

 しかも顔の見えない相手とじっくり会話をする者はいない。電話をかけられた方はなるべき早く電話を切りたいに違いない。そんな状態なら答えを誘導するのは極めて簡単である。調査をする側の意図通りの回答を引き出せる。世論調査が頻繁に行なわれれば行なわれるほど予算も少なくなるから、結果もいい加減さを増す。つまり年に2,3度の世論調査なら信用もできるが、毎月とか毎週となると眉に唾をつけなければならない。

 その程度の調査データを振りかざして「世論が」とか「民意は」と言う仕組みをどう考えるかである。民主主義を尊重する仕組みとは思えない。それどころか民主主義を破壊する仕組みと言うべきである。そういう仕組みをせっせと作っているのがわが国の新聞とテレビである。そしてそのいい加減な調査データを振りかざす政治家が与野党の双方にいる。これは与党対野党の構図ではなく、民主主義を守るか壊すか、国民主権を実現するか衆愚政治に堕するかの話である。

 わが国の世論調査の仕組みで決して世論は分からない。世論を知る事が出来るのは選挙しかないのがわが国の現実である。選挙の投票に出かける時には、家にかかってくる電話に答えるよりじっくり考える時間がある。わざわざ出かけるのだから真剣さもある。こちらの結果こそが「民意」の反映で、日本では選挙でしか「民意」を推し量る事が出来ない。

 まもなく参議院選挙がある。3年ほど経てば衆議院選挙もある。国民は1票の力を去年の選挙で経験した。選挙で国の方向を変えられることを知った。それならば世論調査を振りかざす政治家の顔と名前を良く覚えておこう。与党であろうが野党であろうが、国民主権をないがしろにする政治家に投票して良いのかどうか、明確な判断材料がそこにある。


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日時:2月25日18:30~20;30
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電話;03-3357-0828
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2010年2月11日

政治家の面の皮

 陰謀と謀略に満ちた国際政治に立ち向かう政治家の面の皮は厚く出来ていないと困るのだが、今回の東京地検による目茶苦茶な現職議員逮捕を批判するどころか、「政治資金規正法違反は重大だ」とか「政治的道義的責任を厳しく問え」とか発言している政治家を見ると、別の意味で面の皮の厚さに驚かされる。

 今回のような捜査が許されるなら、政治資金規正法違反、公職選挙法違反、所得税法違反に問われない政治家はいない。問われないのは検察のターゲットになっていないだけの話である。検察がその気になればいつでも摘発できる。日本の法律はそのように出来ている。だから面の皮の厚い政治家は自分が摘発されないように、民主主義の原理に背を向けて検察権力の側に立つ。こういう政治家が民主主義を破壊する。

 前にも書いたが、「立法者になるためにはまず法を破らなければならない」のが「永田町の真実」である。公職選挙法を厳守したら選挙に当選できない。それほどに公職選挙法は不自由に出来ている。だから「厳守」する者はいない。「概ね」守っているにすぎない。しかし警察がその気になって徹底的に叩けばどこかにホコリは出る。目を付けられたら逃げられない。それを起訴するかどうかの「裁量」は検察が握っている。だから検察にゴマをする政治家が出てくる。

 政治資金規正法も改正に次ぐ改正で厳守するのは難しい。「○○議員が政治資金収支報告書を訂正した」というニュースを時々目にするが、それは誰かに違反の事実を指摘されたのである。悪意ではなく政治資金規正法を犯している政治家はいくらでもいる。しかしそれを事件にするかどうかを決めるのも検察の「裁量」である。同じ事が「セーフ」になったり「アウト」になったりする。だから政治家は検察に刃向かえない。

 脱税はなおさらである。いつでも誰でも摘発できる。税法ぐらい複雑で分かりにくいものはない。摘発された側がよく「見解の相違があり」と釈明するが、税の専門家が「脱税でない」と判断しても脱税となる。これも事件にするかどうかは検察が決める。去年だったか大手新聞社が軒並み脱税を摘発された。これ以上やられたくないと思えば新聞社は当局に協力する記事を書く。いわんや政治家は脱税を摘発されれば落選するから当局と敵対できない。

 田中角栄元総理がロッキード事件で一審有罪判決を受けた時、野党各党が議員辞職勧告決議案を国会に提出した。その頃、作家の野坂昭如氏が参議院議員になったばかりで国会にいた。旧知の間柄だったので訪ねて行くと、野坂氏は野党の議員辞職勧告決議案に真剣に怒っていた。「議員の進退を決めるのは選挙民と本人だけだ。国会に来て分かったが日本の野党は本当にひどい。これでは軍国主義時代に逆戻りだ」と言った。野坂氏の「真っ当な感覚」に感じるものがあり、「田中角栄を辞めさせたいなら選挙で戦うのが民主主義です」と言って挑戦者となるよう薦めた。それから1ヵ月後、野坂氏は参議院議員を辞め、角栄氏の選挙区から衆院選に立候補する決断をした。私は陰ながら野坂氏の選挙をサポートした。選挙には敗れたが、政治家野坂昭如が最も輝いた瞬間だった。こういう政治家が今はいない。

 ロッキード事件、リクルート事件、金丸脱税事件など政界実力者が次々逮捕された事件を、「悪い政治家が摘発された」と騒ぐのは、政治を知らない評論家、学者、政治記者だけである。政治の世界は「これでしばらく自分は安全でいられる」と一息つく。逮捕容疑とされた犯罪は他の政治家もやっているからだ。

 今も自民党の中枢にいて世間からは「クリーン」と見られている某政治家は、「大物逮捕は10年に一度だ。捕まった人には悪いが、人身御供になって貰えば、こっちは10年は安全でいられる」と私に語った。しかしその人物は表では「政治とカネ」の問題を憂いて見せ、今も小沢問題で「政治的道義的責任」を追及している。

 前にも書いたが、ロッキード事件の「本ボシ」は田中角栄ではない。「本ボシ」は他にいる。検察幹部は「巨悪は眠らせない」と言うが、いつの時代も「巨悪はぐっすり眠ったまま」である。そもそもこれは米国内の政争に他国が巻き込まれた事件だから、賄賂を受け取った欧州の政治家たちは誰一人として捕まっていない。外国の情報で自国の政治家を逮捕するほど愚かではないからだ。しかし日本は謀略情報を仕掛ければ簡単に弱体化できる国である事を世界に示した。田中元総理が有罪判決を受けた後も米国や中国の指導者たちは目白の田中邸を訪れた。有能な政治家と見ていたからだ。それを葬った日本はバカだと思われたに違いない。

 「人身御供」とされた田中元総理は無罪を勝ち取るために政治力を強めることに専念し、日本政治を裏から操る構造を作り出した。それが世代交代を遅らせ、日本の政治を歪める事になるのだが、当時、政治取材の最前線にいた私は、検察捜査の誤りが日本の国益にどれほど大きな損失をもたらしたかを痛切に感じていた。

 「10年に一度」と某政治家が言った検察捜査はまさに「ロシアン・ルーレット」の世界である。他人の政治生命を犠牲にして他の政治家は生き延びてきた。しかし政治が検察の横暴を押さえられない国家を民主主義とは言わない。官僚の人事を官僚の自由にさせてきた自民党時代は、誰も守れない法律に手を付ける事が出来ず、国民の代表である政治家の政治生命は検察の「裁量」に委ねられてきた。政治家はひたすら暴風雨が通り過ぎるのを待つしかなかった。だが政権交代が国民の手で成し遂げられた以上、政治家は国民の力でそれらを変える事が出来る。

 自分のことを棚に上げて国民の代表を抹殺しようとする「面の皮の厚い」政治家を排斥し、能力に比して権力だけを異様に肥大化させた検察を解体し、その手先に成り下がった新聞とテレビは潰し、世界の先進国と並ぶ政治体制を確立する時が来ている。
 

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2010年2月 5日

国民の敵

 主権者である国民が選んだ新政権が初めての予算案を組み、それを審議しようとしていた矢先に、「思い込み」によって現職議員を逮捕し、「ガセ情報」をマスコミに書かせ、国民生活に直結する予算審議を妨害した日本の検察は民主主義の原理を無視した「国民の敵」である。民主主義の国でこんな検察はありえない。

 民主主義にとって最も重要なのは国民が自らの権利を行使する「選挙」であり、次に国民の意思を代表し、国民の権利を拡張する「国会」である。従って国民の代表である議員は最大限に尊重されなければならない。民主主義でない国ならいざ知らず、民主主義国で議員が逮捕される事など滅多にない。あるとすれば国民の利益を著しく損ねる行為をした場合で、いわんや「思い込み」で逮捕する事は絶対に許されない。そんな事をする検察は国民の手で解体される。

 ところが「思い込み」による現職議員逮捕が日本で起きた。国会開会直前に石川知裕衆議院議員が政治資金規正法違反で逮捕されたのである。かつて秘書時代に政治資金収支報告書に虚偽の記載をした容疑だと言う。この容疑が現職議員を逮捕する理由になると断言できる法律家がいたらお目にかかりたい。逮捕は、1.逃亡の恐れがある。2.証拠隠滅の恐れがある。3.自殺の恐れがある場合にのみ認められるが、本人は過去の記載ミスを認めているので、虚偽記載の容疑での逮捕は本来ありえない。

 裁判所がよく逮捕状を出したと思うが、検察の狙いは水谷建設からの裏金の受領を認めさせるところにあったと思う。つまり政治資金規正法違反での逮捕は別件逮捕である。それを水谷建設からの裏金疑惑につなげようとしたのなら「思い込みによる逮捕」となる。検察が十分な証拠もなく「思い込み」だけで現職議員を逮捕する国など世界中のどこにあるのだろうか。

 前回紹介した「歪んだ正義」、「『特捜』崩壊」、「知事抹殺」、「リクルート事件―江副浩正の真実」などを読むと、検察の手口は毎回、1.思い込みによってまず事件の構図を検察が作文する。2.別件で逮捕し、取り調べで検察が作った事件の構図を認めるよう強要する。3.検察が作成した自白調書への署名を拒むと「お前の家族がひどい目にあう」とか「いつまでも拘留してみせる」とか脅し、「取り調べで抵抗するよりも裁判で本当の事を言えば良い」と思わせる。4.署名さえさせれば「でっちあげ」の容疑で起訴する。5.裁判は時間がかかるので誰も注目せず、検察が描いたシナリオだけが国民の頭に刷り込まれる。

 こうしてロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便事件、大蔵省接待汚職事件、福島県汚職事件などが次々「でっちあげ」られ、検察にとって目障りな政治家が血祭りに上げられてきた。この検察の「でっちあげ」捜査を後ろからバックアップしたのが新聞、テレビ、旧社会党、日本共産党、公明党などである。これらもまた日本の民主主義を破壊する「国民の敵」と言うべきである。

 ところが国民は、自分の生活を考えるより政治家が叩かれてその地位を失っていく様を見る方が面白い。リンチの時の大衆心理と一緒で「もっとやれ!」となる。自分たちの代表を殺す事は天に唾する行為で、唾が自分に戻ってくるとはつゆほども考えない。こういう国民を下衆(ゲス)と言う。支配する側は国民が賢くなって貰っては困る。下衆の方が都合が良い。新聞とテレビを使ってせっせと下衆を増やしてきた。これが日本に官僚支配を長く続かせた理由である。

 政治家を生かすも殺すもその権利は国民にある。それが国民主権の原理である。それを横から入ってきて「ガセ情報」を振り回し、国民の代表を殺されてはたまらない。「ガセ情報」とは一方の言い分だけを流すことを言う。表から裏から、右から左から、上から下から見ないと物の形は分からない。ところが一方だけから見た情報を新聞とテレビは垂れ流してきた。これはもはや犯罪行為である。

 石川知裕衆議院議員が起訴された事で自民、公明、みんなの党が議員辞職勧告決議案を国会に提出した。これらの政党は国民の権利を無視して国会が政治家を殺すと言っているのである。しかも数々の「でっちあげ」を続けてきた検察の判断を鵜呑みにして有罪かどうかも分からない政治家を殺そうとしている。つくづく民主主義に無知な政治家が多くなった事を思い知らされた。特に自民党に対しては「そこまで堕ちたか」との感慨を持つ。

 政権交代以降の国会を見ていると自民党議員の質の劣化が目に付く。国民生活に関わる質問をせずに、「政治とカネ」ばかりを追及するやり方はかつての社会党を彷彿とさせるが、しかし質問のレベルは社会党より悪い。つまらない揚げ足取りや、嫌がらせに近い質問を繰り返す様は、この政党が政権を担う気がない事を暴露しているかのようだ。先進民主主義国では政権を失った政党は10年先を見据えてリーダーを選び、現政権の政策を十分に咀嚼する。その上で次の時代の政権を担うべく政策を準備する。この繰り返しが国家を前進させ、政権交代に意味が出てくる。

 ところが自民党は単なる足の引っ張りである。そんな政党に誰が期待を寄せると思っているのだろうか。お陰で政局は与野党の対立にならず、専ら小沢VS検察の構図となった。良くも悪くも小沢幹事長の存在感が大きくなる反面、自民党は存在感を失って見えない。検察の捜査に助けられて国会で質問を繰り返す様には哀れを感ずる。

 検察の処分が決まった4日にコメントを出した政治家の中に、何故か前の総理と前の前の前の総理がいたことは暗示的だった。二人とも旧内務省勢力に依拠して政権運営を行った総理である。そしてもはや誰もが「無罪」と考えている「西松建設事件」を仕組んだ当事者である。日本を占領したGHQは軍国主義を一掃するため、特高警察などで知られる旧内務省を解体し、大蔵省を官僚組織の中枢に据えた。旧内務省勢力は失地回復を図るべく安倍、麻生という二人の総理に協力した。

 今回の事件がそういう流れの中にあるのなら、戦前の「特高」に代わる現代の「特捜」を抱えた検察を国民は解体しなければならない。国民は国民の代表である政治家を使って検察を解体させれば良い。司法試験を通ったからと言って検事になれるのではなく、他の民主主義国と同様にさらに国民の選挙で選ばれなければ検事にはなれないようにすれば良い。そうしないと国民主権は実現出来ない事を今回の事件は示している。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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