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2010年1月27日

権力闘争の構図

 「国民主権」の国家では、国民から選ばれた政治家や政党が国の進路や政策を巡って争い、それを国民が判断する。国民に支持された政党は国民から権力を与えられ、その代表が最高権力者となって国の進路を決め政策を実現する。国民に支持されない政党は次の選挙で権力を得るべく政策に磨きをかける。つまり誰に権力を与えるかは国民が決める。ところがかつての日本にはそうした権力闘争の構図がなかった。

 自民党の中だけで権力闘争が行なわれ、最高権力者が交代してきた。野党第一党の社会党が決して過半数を越える候補者を選挙に立てなかったからである。全員当選しても権力は握れない。むしろ権力を握らないところに社会党の本質があった。自民党と社会党は経営者と労働組合の関係で、労働組合は分配を要求するが経営権は奪わない。そのため国民には主権を行使する機会が与えられなかった。

自民党政権下では国民生活に関わる予算は霞が関の中で決められ、法案のほとんども官庁が作成した。つまり国の政策は専ら霞が関の官僚に委ねられた。と言っても初めから全てがそうであった訳ではない。国の進路を決めたのは官僚ではなく政治家である。安全保障を米国に委ね、貿易立国で経済成長を図る路線を敷いたのは吉田茂や岸信介、椎名悦三郎といった政治家だった。初めは「官僚主導」でなく「政治主導」だったのである。

 しかしそれが世界も驚く高度成長を成し遂げると、その成功体験を誰も否定できなくなった。日米安保と貿易立国が金科玉条となり、その推進役の官僚が次なる進路を考える政治家より尊重された。「政治主導」が「官僚主導」に移行していく。予算や法案を霞が関が作り、それを国会が承認・成立させる分業体制は、次第に国会を形骸化させていった。国民には「国民主権」の幻想があるから、自分たちの選んだ与野党が経営者と労働組合だとは思わない。国会では野党が与党の権力を奪おうとする姿勢を見せなければならない。すると野党は予算や法案よりスキャンダル追及に力を入れた。

 権力を奪う気があれば国民生活に直結する予算や法案に関心は向かうが、その気がないと権力者のスキャンダルを追及する方が面白い。こうして予算を審議する筈の予算委員会がスキャンダル追及の主戦場となった。これは官僚の喜ぶところである。官僚が作った予算がろくな吟味もされずに成立し、政治家はダーティなイメージに包まれる。本音では「国民主権」など認めていない官僚は、国民の選ぶ政治家がダーティだと思われる方が都合が良い。

 この構図を利用して政治にくさびを打ち込んできたのが検察権力である。戦後最大の疑獄事件とされるロッキード事件では東京地検特捜部が田中角栄元総理を逮捕して「最強の捜査機関」と拍手喝采された。しかし実は日本の検察に「最強の捜査機関」の能力などない。その実態がどれほど劣悪かは、産経新聞社会部記者として18年間検察を取材してきた宮本雅史氏の「歪んだ正義―特捜検察の語られざる真相」(情報センター出版局刊)や、同じく産経新聞社会部記者として12年間検察を取材してきた石塚健司氏の「『特捜』崩壊―堕ちた最強捜査機関」(講談社刊)に詳しい。

 宮本氏はロッキード事件と東京佐川急便事件を取り上げて検察捜査の異常さを指摘し、「歪み」の出発点を造船疑獄事件に求めている。石塚氏は大蔵省接待汚職事件と防衛省汚職事件での特捜の暴走ぶりを紹介している。これに前回紹介した「知事抹殺―つくられた福島県汚職事件」(平凡社刊)や「リクルート事件―江副浩正の真実」(中央公論社刊)を加えると、検察の「でっちあげ」の手口がよく分かる。私もロッキ-ド事件で東京地検特捜部を取材した記者の一人であるから、ロッキード事件が「総理の犯罪」にすり替えられていく過程を体験している。

 ロッキード事件は日本だけでなく世界中で起きた。西ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリアなどにもロッキードの賄賂がばらまかれた。西ドイツの国防大臣、オランダ女王の夫君、イタリア大統領らが賄賂を受け取った事実を公表された。しかし誰一人刑事訴追されていない。外国企業の工作資金を受け取ったとしても、国益を損ねなければ刑事訴追の必要なしと判断されたからだろう。しかし日本だけはロッキード社からの55億円の工作資金のうち5億円だけを解明して田中元総理を逮捕し、事件を「総理の犯罪」と決めつけた。事件の全容を解明する事なく田中元総理一人を逮捕したやり方は検察権力の政治介入そのものである。

 ところが「クリーン」を売り物にした三木元総理はそれを機に政治資金規正法の趣旨をねじ曲げ、やってはならない金額の規制に踏み込んだ。そこから政治資金規正法は官僚による政治支配の道具となる。その辺の事情は以前書いた「政治とカネの本当の話」(1~3)を読んで貰いたい。以来、日本では「政治とカネ」の問題があたかも民主主義の根幹であるかのように錯覚させられ、政治家の力を削ぐ刃となった。

 90年代に冷戦が終わると世界は大きく構造変化した。米国の敵はソ連ではなく日本経済となる。米国議会は日本経済を徹底分析し、強さの秘密は日本企業ではなく、その背後の政官財の癒着にあると判断した。そして日本経済を潰すのに最も有効なのは司令塔である大蔵省と通産省を潰すことだと結論づけた。すると間もなく日本の検察が「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待をリークして大蔵省のキャリア官僚を逮捕する事件が起きた。

 当時の日本は金融危機の最中であり、大蔵省の金融行政が批判されていた時だから世論は圧倒的に検察に味方した。しかし石塚氏の「『特捜』崩壊」を読むと事件は全くの「でっちあげ」である。接待側を脅してウソの供述調書を数多く積み上げ、それを否定するには全員のウソを証明しなければならない状態に追い込み、否認は無駄と思わせた。逮捕された30代のキャリア官僚は接待の席に居ただけだったが、国家が官僚の中の官僚と言われた大蔵省権力を分割し、金融庁を作り出す過程の中で「生贄」にされた。

 事件の前後には、特捜部の捜査によって大蔵官僚の縄張りだった公正取引委員長、預金保険機構理事長などのポストが次々に法務・検察官僚に持って行かれる事態も起きていた。要するに米国の権力が日本経済を潰すため大蔵省をターゲットにする中で、国内にも大蔵省を分割しようとする権力があり、そこに霞ヶ関の縄張り争いが絡まって大蔵省接待汚職事件は作られた。検察にすれば「時代の流れ」に沿う捜査と言うだろう。しかし国益にかなう捜査であったのか疑問である。

 「ノーパンしゃぶしゃぶ」のリークに見られるように、あらかじめ摘発の対象を「悪」と思わせる手法をとるため、検察の捜査は常に「正義」とメディアに報道される。しかしこれはナチスの宣伝相ゲッベルスの手法そのものである。メディアを使って大衆を扇動し、大衆にシロをクロと思い込ませれば、裁判所も無罪の判決を下せなくなる。福島県汚職事件では一審判決で7千万円だった水谷建設からの賄賂が二審ではゼロと認定された。それでも有罪は覆らない。このカラクリになぜメディアはいつも引きずられるのか、こちらの取材能力も相当に劣悪である。

 去年の総選挙で国民は初めて自らの手で権力を誕生させた。霞ヶ関の中だけで決められた予算編成の一部が「事業仕分け」として公開され、国民は熱狂した。国民にとって予算を実感出来た事が新鮮だった。それはこれまで予算委員会がスキャンダル追及に終始し、予算審議をまともにやって来なかった事の裏返しである。長い「官僚主導」の権力構造が崩れ始めたと思われた時、また検察権力が動いた。いつもながらの「政治とカネ」の問題で政治権力と対峙したのである。特捜部長は「殺すか殺されるかだ」と物騒なことを口走ったと言う。究極の権力闘争と認識しているのだろう。

 国民主権が選び出した政治家と国家試験で選ばれた検察官僚との戦いの帰趨は、この国の「国民主権」のあり方に大きく関わる事になる。それにしても野党自民党が予算委員会で「政治とカネ」の追及に終始している姿はかつての社会党を彷彿とさせる。なぜ予算委員会で「事業仕分け」と同じように予算の中身を追及しないのか、私には不思議でならない。

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■政治とカネの本当の話(1)
■政治とカネの本当の話(2)
■政治とカネの本当の話(3)

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【編集部からのお知らせ】
第2回 居酒屋田中塾が2月3日(水)19:00~ 開催されます。詳細・お申し込み方法は下記のURLをご覧下さい。みなさまのご参加をお待ちしています!

http://www.the-journal.jp/contents/info/2010/01/2_231900.html

2010年1月19日

成熟政治と未熟政治

 東北の雪景色を眺める旅をしていたら、またまた先進民主主義国ではありえない政治スキャンダルが勃発した。東京地検特捜部が政権政党の幹事長秘書を政治資金規正法違反容疑で次々逮捕したのである。たまたま佐藤栄佐久前福島県知事が書いた「知事抹殺・つくられた福島県汚職事件」(平凡社刊)を読みながら旅していたので、「またか」と思いうんざりした。

 先進民主主義国にも政治スキャンダルはあるが、これほど頻繁に「政治とカネ」の問題で大騒ぎする国も珍しい。政治家がスキャンダルで失脚するのは発展途上国の政治の特徴だから、日本は民主主義が未熟な発展途上国並と世界からは見られる。なぜこれほどに頻発するのか。日本国民は質の悪い政治家ばかりを選んでいるのか、それとも政治資金規正法が先進国とは違うのか、あるいは法を執行する検察官僚に問題があるのか。「知事抹殺」では、霞ヶ関と闘う事で知られた前福島県知事が、検察に事件をでっち上げられ、無実の罪を着せられたと悲痛な叫びを上げている。

 私は「政治とカネ」の話を聞く度にこの国の民主主義の幼児性を痛感させられる。私が知る限り先進民主主義国で政治家に求められているのは「悪人であること」である。何故なら国家の富を狙う他国から国家と国民を守るため、「騙し」や「脅し」が出来ないようでは安心して政治を任せられないからである。国民の暮らしを守り、外国と渡り合える力を持つ政治家なら、多少のスキャンダルなど問題にしない。それが「成熟」した国の考え方である。

 離婚を認めないカソリックのフランスは不倫に寛容である。政治家の性スキャンダルはまず問題にならない。しかしカソリックの世俗化を批判したピューリタンの子孫であるアメリカでは、政治家の性スキャンダルがかつては命取りになった。ところがクリントン大統領の性スキャンダルが暴露された時、アメリカ経済は好調で、国民は支持率を下げさせなかった。これを見たフランスは「アメリカもやっと成熟した」と評価したのである。

 アメリカで政治家になるには「カネ集めの能力」が大事である。オバマがヒラリーに勝ったのは巨額のカネを集める事に成功したからで、カネを集められない人間はリーダーになれない。そう言うとバカなマスコミが「それは企業献金でなく個人献金だ」と言うが、オバマの選挙資金のほとんどは企業献金であり、個人献金は四分の一程度に過ぎない。

 大統領選挙の費用を賄うため、共和党も民主党も水面下では外国にまで手を伸ばす。日本の企業にも集金人がやって来る。そのお礼に当選した暁にはパーティに招かれ、大統領と一緒に写真を撮ってくれる。ヤクザの親分の事務所に行くと時々アメリカ大統領と一緒に映った写真を見る事がある。おそらく献金した企業が招待券をヤクザの親分に回したのだろう、

 アメリカ大統領選挙には日本以上に中国からカネが流れる。ブッシュとゴアの選挙戦ではゴア陣営に中国系のカルト教団から大量の資金が流れたとブッシュ陣営が批判した。しかしだからといって事件になる訳ではない。アメリカは個人を選ぶ選挙なので個人を知って貰う必要がある。それが民主主義にとって何よりも大事なことだ。だからパーティを開き、献金を集めて個人を売り込む。献金をしたいと思わせる能力こそが政治家になる条件なのである。

 一方で個人ではなく政党を選ばせるのが英国のマニフェスト選挙である。こちらは政治家個人がカネを集める必要はない。選挙運動は政党のマニフェストを宣伝して歩くだけだから政党のカネに頼れば良い。従って「政治とカネ」の問題も起きない。その代わり政治家は勝手なことは許されず政党の命令に服さなければならない。最近の日本政治はこの方向を目指している。要するに自民党も民主党も日本共産党や公明党のような政党にならなければならないのである。

 ところが民主党の中に「最近の民主党は大政翼賛会で自由がない」などと不満を言う議員がいる。マニフェスト選挙になれば議員個人に自由など無いのは当たり前である。ところが日本ではマニフェスト選挙と言いながら個人を売り込む選挙をしているので混乱が起きている。今の公職選挙法はアメリカと同じに個人を売り込む選挙を想定している。しかしアメリカより制約が山ほどある。ご苦労なことだが日本では手を縛られて泳げと言われるような選挙を候補者は続けている。マニフェスト選挙を目指すにしても、アメリカ型をやるにしても、日本が成熟政治になるためには、今の公職選挙法を全面的に改正する必要がある。

 なぜ日本は先進民主主義国のような成熟政治になれないか。それは政党や政治家に権力が無く、官僚に権力があるからである。官僚にとって国家や国民を守るのは何よりも官僚でなければならない。国家や国民を守る強力な政治家が出現されては困るのである。だから未熟な国民に「政治家は聖人君子であるべきだ」とデマを刷り込む。「政治家は悪人であるべき」と言う成熟した民主主義国とは全く逆である。はるか古代や村落共同体のリーダーならともかく、国際政治と闘わなければならない現代で「聖人君子」に政治家は務まらない。

 未熟な国民にデマを刷り込む役目を果たしてきたのがメディアである。メディアの幼児性は今では目を覆うばかりだが、官僚との二人三脚でこの国の未熟政治を作り上げてきた。その挙げ句に実は両者とも自らの首を絞めつつある。最近出版された「知事抹殺・つくられた福島県汚職事件」「リクルート事件・江副浩正の真実」は検察の「でっち上げ」の手法を詳細に描きながら、それを可能にしているのがメディアであることを明らかにした。これらを読んで両者の手口を知ると、現在の報道から検察が描くシナリオのポイントや弱点が読み解けるのだ。

 政治家に十分な政治活動費がないと自分で情報を集める事が出来なくなる。無料で情報を提供してくれるのは官僚だけだから、カネのない政治家は官僚に頼るようになる。その結果、官僚に都合良く洗脳される。自分でカネを集める能力のない政治家も官僚に頼るようになる。官僚には企業や団体の許認可権があり、官僚が口を利けば企業や団体はパーティ券を買ってくれる。一方で自分でカネを集める政治家は官僚の思い通りにならない。官僚にとって好ましからざる政治家と言う事になる。そうした政治家がこれまで検察とメディアによって血祭りに上げられてきた。

 07年の参議院選挙で自民党が惨敗したとき、私は参議院の過半数を失った自民党は挽回を図るために、国民の支持を得る努力より、民主党のスキャンダル追及に全力を上げるだろうと予想した。大連立を模索した福田政権にはスキャンダル爆撃の可能性はないが、麻生政権の誕生と共に小沢代表潰しのスキャンダル攻撃が現実になると予言した。政権交代が実現してからは、自民党に選挙で勝てる可能性は消え、従って再びスキャンダル攻撃が始まる。それは鳩山総理と小沢幹事長の分断を狙うと見ていた。

 すると検察が予想通りの動きをした。鳩山献金問題はセーフで、小沢不記載問題はアウトになったのである。要するにこの国を支配してきた既成の権力からすると怖いのは小沢で、それを潰すために鳩山を利用し、その後でなら鳩山はいつでも潰せると思っているのである。私の見立てでは天皇の特例会見の問題も小沢氏の中国訪問の日程を知った上で仕組まれた。宮内庁長官の記者会見の日程が小沢訪中にぴたりと合わされ、賓客の来日前という非常識をあえて行っている事から明らかである。この時の鳩山総理の動きが今ひとつ分からないのだが、今回の地検の動きはそれに続く分断工作その2と言える。

 私が予想する位だから本人は検察の動きを当然予想していた筈である。そうでなければ政治家など務まらない。そこでこれからどういう形の対応が出てくるのかが注目される。それにしても最高権力者とされる総理にも、政権政党にも何の権力もないことがよく分かる。先進民主主義国では政権を巡る戦いを権力闘争と言うが、この国では与野党の戦いより、官僚やアメリカと政権政党との戦いの方が本当の権力闘争なのである。つまり日本の権力は政党や政治家ではなく、未だに官僚とアメリカに握られているのである

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2010年1月 6日

検察の「正義」

 昨年暮れに「リクルート事件・江副浩正の真実」(中央公論新社刊)を読んだ。著者は事件の中心人物江副浩正氏本人である。リクルート事件はロッキード事件と並んで戦後最大の疑獄事件とされるが、この本を読む限り事件には検察の「でっちあげ」とも言うべき作為がある。

 著者は113日間に渡る取り調べと13年を越える裁判の経過を公表することで、自らの体験を司法制度改革につなげたいとの思いから執筆したようだが、私には別の思いが心に重く残った。日本の政治がこの事件によって漂流を始め、高齢化社会を迎える国の制度設計が狂わされたという思いである。

 事件は「川崎市の助役にリクルート関連会社の未公開株が譲渡されている」という朝日新聞の報道から始まった。一地方自治体の汚職事件と思われたが、その後大疑獄事件へと発展していく。リクルートの未公開株が政界、財界、官界、マスコミ界と広範囲にばらまかれていたからである。

 新興企業のリクルートは自らの社会的地位を高めようと、財界、官界のみならず、有力政治家やマスコミ界にも未公開株をばらまいていた。一方でロッキード事件の影響から、それまで「民主主義のコスト」としての政治献金を担ってきた大企業が献金に消極的になり、リクルートが政治家にとって大企業に代わる新たな献金者となった。

 もとより未公開株の譲渡に違法性がある訳ではない。株は利益を得る場合も損をする場合もある。しかしメディアは「値上がり確実な未公開株」の譲渡を「濡れ手で粟」と表現し、さらに株を受け取った政治家の名前を小出しにする事で国民の怒りを誘い、それを増幅させていった。

 捜査以前にメディアの報道が過熱した。新聞とテレビは連日「リクルート疑惑」をトップで取り上げ、それに野党が呼応する。政権交代を望まないかつての野党は、国民生活に直結する予算の審議よりスキャンダル追及に力を入れた。予算委員会は常にスキャンダル追及の場となり、それは官僚を喜ばせた。お陰で官僚が作った予算案はほとんど審議されず、国民の目にも届かずに無修正で成立していくからである。そして追及する野党議員には最終場面で与党側からカネが流れて手打ちとなり、うやむやになるのが毎度のパターンだった。

 この時も「爆弾男」の異名をとる社民連の楢崎弥之助衆議院議員が国会での質問用にと資料の提供をリクルートに求めて来た。リクルートは「狙いはカネ」と考えて現金を用意するが楢崎議員は現金の受け取りを断る。しかし再び連絡してきて「例の物を持って来てくれ」と言った。社長室長が議員宿舎に現金を持参すると再び受け取りを拒否された。数日後、カネを渡そうとするシーンがスクープ映像として日本テレビで放送される。隠し撮りされていたのである。

 これが捜査のきっかけとなる。贈賄容疑で初めてリクルートに東京地検の家宅捜索が入り、カネを渡そうとした社長室長が逮捕された。続いて江副氏も逮捕されるが、容疑はNTT関係者に対する株の譲渡であった。NTTは既に民営化されていたが職員は準公務員と見なされ、株の譲渡は贈賄と断定された。

 当時の日本政治の最大課題は、将来の少子高齢化社会に備えて福祉財源を確保するため、シャウプ勧告以来の日本の税制を見直し、消費税導入を図る事であった。竹下総理は大蔵大臣当時から野党の社会党や公明党に根回しを行い、消費税を福祉目的税にする事も考えていた。消費税には野党も反対ではなかった。社会党はヨーロッパ型の福祉国家を目指しており、ヨーロッパ諸国は間接税に頼っていたからである。

 ところがリクルート事件によって消費税の議論は完全に吹き飛び、野党はリクルート疑惑追及の一点に的を絞った。誰も国の将来の事など考えない。目の前の疑惑追及に狂奔する。そのため国会に提出された消費税法案は自民党が単独で採決するしかなくなった。7月に招集された臨時国会は本格的な議論もないまま12月末に消費税法案を自民党単独で強行採決した。この不幸がその後も消費税に付きまとっていると私は思う。国民は消費税を福祉と結びつけて考える事をせず、力で押しつけられた税制と感じてしまうのである。

 本書によれば江副氏に対する取り調べは過酷だった。「否認を続けると後任社長も逮捕してリクルートを潰す」と毎回脅され、壁を向いて立たされ目を閉じる事を禁じられた。江副氏は恐怖感から検事が作成した調書に署名してしまう。株を賄賂として提供した覚えはないのに、それを認めて楽になろうとした。

 一つ認めると後はつるべ落としである。1回目の起訴の直後に眞藤恒NTT会長への贈賄容疑で2度目の逮捕となり、「眞藤会長に直接電話をした」とウソの調書に署名させられて眞藤氏をも起訴させてしまう。続いて高石邦男文部事務次官への贈賄容疑で3度目の逮捕、同じ日に加藤孝元労働事務次官への贈賄罪で3度目の起訴、そして高石事務次官への贈賄罪で4度目の起訴と続いた。

 そこからいよいよ政治家ルートの取り調べが始まる。宗像紀夫主任検事から「新聞がここまで書いているのに、政治家は何もなかったでは特捜のメンツが立たない」、「フランス映画の終わりにFINという文字が出るが、藤波、池田、中曽根の三点セットに応じて貰ってリクルート事件もFINにしたい」と言われる。

 既にウソを認めてしまった江副氏は検事の言うがまま調書に次々署名していく。会った事も電話をした事もない相手にお願いをしたり、藤波元官房長官を公邸に訪ねて請託をしたとウソの調書が作られていった。しかしそれでも吉永祐介東京地検検事正からは出来上がった調書の書き直しを命じられ、「ヘッドクォーターからまた怒られた」と検事が書き直した調書を何度も持って来る様子が綴られている。

 要するに事件の筋書きは検察が作る。そのシナリオに沿ってまずは贈賄側を精神的、肉体的な脅しで調書に署名させ、それを武器に収賄側を逮捕、起訴に追い込んでいく。それが検察の「正義」なのである。結局、政治家ルートでは中曽根康弘氏が訴追を免れ、藤波孝生元官房長官と公明党の池田克也衆議院議員が受託収賄罪で在宅起訴された。

 江副氏は裁判でそれらの調書を否認した。そのため平成元年から始まった公判は一審判決まで322回、13年3ヶ月かかった。裁判所が下したのは懲役3年、執行猶予5年の有罪判決だが、江副氏は事実上無罪に近い判決だと受け止めている。検察に控訴させて長期の裁判になる道を避けながら、江副氏の言い分も認められたと言うのである。

 江副氏はそれで納得したのかも知れない。しかしこの事件で日本政治が受けた傷は余りにも大きい。竹下総理の退陣後、総理になる筈のない政治家が次々総理になり、そして消えていった。政治が漂流を始めたのである。

 自民党政治に欠陥がなかったとは言わない。しかし竹下内閣が税制改革、安倍晋太郎氏が政治改革、そして藤波孝生氏が地方分権を政権の課題とする事が予定されていた。それが一気に崩れてこの国は行き先が見えなくなった。世界が冷戦後の新たな枠組みを模索している時、日本だけは混迷の中をただ彷徨っていたのである。

 去年3月に西松建設事件で小沢民主党代表の秘書が逮捕された時、リクルート事件の主任検事だった宗像紀夫弁護士が日本記者クラブで講演し、検察の捜査手法に疑問を呈した。その時「検察の暴走を止められるのはマスコミしかない」と発言したが、そう言いながら「しかし現役の時にマスコミは本当に都合が良かった」と宗像氏は言った。

 これまで検察とメディアが「都合の良い関係」で共に作り上げてきた事件は枚挙にいとまがない。代表格を一つ挙げればロッキード事件である。ロッキード社から日本の政界に流れた55億円の工作資金のうち解明されたのは田中角栄元総理が受領した5億円にすぎない。それを「総理大臣の犯罪」と囃し立て国民の目を真実からそらさせたのはメディアである。人身御供となった田中角栄氏は「闇将軍」となって日本政治を「裏支配」した。

 当時の新聞とテレビは田中角栄氏を総理に選んだ日本の民主主義の未熟さを大いに嘆いて見せたが、嘆かなければならないのは日本の民主主義を歪めてきた検察とメディアの「正義」の方ではないか。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



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