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改革の本丸は国会にあり(2)

 世の中の出来事はほとんどが複数の官庁にまたがる。ダム建設を考えても、工事をするだけで終わらない。環境問題やエネルギー問題、地域振興から雇用問題まで幅広い分野に影響する。それを総合的に考えて計画は作らなければならないが、官僚が法律を作る日本では、どこか一つの官庁に所管させる話になる。どんな問題でも官庁のタテ割りで法案を作り、官庁と同じタテ割りの委員会がタテ割りの議論を行って法律を作る。これが官僚国家日本の立法府の姿である。

 因みに日本と同じ委員会中心主義のアメリカ議会では、問題ごとに委員会が存在する。複数の官庁にまたがる問題の委員会もあれば、一つの官庁の問題をいくつかに分けてそれぞれ委員会が作られる場合もある。と言うか、そもそも官庁を意識して委員会が作られてはいない。官僚と議会とは基本的に関係ない。官僚が議会に呼ばれるとすれば、公聴会に証人として喚問され、議員から質問される場合だけである。

 しかし日本では議員が委員会に所属すると、所管官庁の官僚が頻繁に訪れ、法案の中身や役所の政策について丁寧に説明する。他にそのような事をやってくれる組織も人間もいないから、たいていの議員はその説明を鵜呑みにする。霞が関は情報の宝庫だから議員は次第に霞が関の情報に頼るようになる。そしていつの日か洗脳される。官僚と親しくなると便利な事が一杯ある。情報だけでなく献金も選挙の票も集めてくれる。

「言論の府」と偉そうに言うが、国会審議のほとんどは法案の字句を問いただす「質疑」とそれに対する「答弁」だと前回書いた。法案を書くのは官僚だから答弁書を作るのはお手の物である。それを閣僚が棒読みする光景がしばしば見られる。情けないのは何を質問して良いか分からない野党議員まで官僚に質問を作ってもらう。こうなると国会は政治家が振り付け通りに踊る役者で、作・演出は霞が関という事になる。振付けられる議員は古手に多いかと思えば「若い政治家ほど霞が関に頼る」と古手の議員が嘆いている。

 このタテ割り委員会の中でも奇妙なのが財務省所管の予算委員会である。政府が作った予算案が妥当かどうかを審議する委員会なのに、国民は昔から予算審議をしない予算委員会を見せられている。予算委員会の最初の2,3日を「基本的質疑」と言って、それをNHKがテレビ中継するのである。

 予算の審議なら財務大臣と野党議員で議論すれば良い訳だが、「基本的質疑」には総理大臣以下全大臣の出席が義務づけられている。予算案には全役所の給与が含まれるという理由だが、役所の給与についての議論など見た事がない。要するにこれは予算審議ではなく、オール政府対オール野党の審議なのである。野党は党首クラスが質問に立ち、国民の関心事を取り上げて政府を追及する。

 それをNHKは「国会中継」として放送し、国民はそれを国会審議だと思い込んできた。しかしこれは普通の委員会審議とは異なる国民鑑賞用の「よそゆき」なのである。これと似ているのは英国議会の「クエスション・タイム」で、こちらも全閣僚が出席し、野党党首が毎週30分間首相と論戦を交わす。かつて自由党時代の小沢一郎氏が自民党との連立の条件として日本の国会にも導入する事を働きかけた。

 その結果日本でも「党首討論」と称して実現したが、実は予算委員会の「基本的質疑」と重複する。私は「党首討論」の導入で予算委員会の「基本的質疑」をやめるのかと思ったら、野党がやめる事に反対した。その結果、総理が委員会に出席する週は「党首討論」をやらない事になり、そのうちに次第に開かれなくなって「党首討論」は形骸化した。

 問題は「基本的質疑」をなぜ財務省が所管する予算委員会でやるかである。予算委員会の部屋には財務省の課長クラスが常時待機し、委員会の所属議員に張り付いて「廊下トンビ」をやる。つまり財務省が手取り足取り振り付ける委員会なのである。戦後GHQは内務省を解体して大蔵省(現財務省)を霞が関の中枢権力にした。その官庁が仕切る委員会が国会を代表する審議をしてみせる。それだと国会は霞ヶ関の下位に置かれている事になる。因みにアメリカでは予算委員会が他の委員会に比べて重要視される事は全くない。

 NHKはこの中継を自主的判断で行なっているのだろうか。NHKに何度聞いても「慣例です」としか答えない。NHKが自らの判断で国会の委員会を取捨選択し、国民に必要な審議を放送するなら問題ないが、放送が強制されているのなら問題である。国家がぐるみで「これが国会だ」と国民に見せつけている事になり、官僚支配体制を民主主義に見せかける仕組みの一つという事になる。

 55年体制下ではこのNHK中継が与野党の国対政治に利用された。かつての野党は政権獲得を狙わないから政策的な議論より国民にアピールするスキャンダル攻撃を好んだ。「爆弾男」と呼ばれる議員がテレビ中継の最中にスキャンダルを暴露し、政府与党が答弁に詰まると、それを口実に野党が審議拒否に入る。

 審議が止まると裏側で秘密の交渉が始まる。そこで全ての法案の帰趨が決められた。審議を始める前に法案の「成立」、「継続」、「廃案」が決まるのである。「成立」の見返りに労組の賃上げが認められたり、スト処分が撤回されたりした。予算審議は3月末まで続くのにNHKは最初の2,3日しか中継しない。それは予算と関係のない審議で、いざ本当に予算の審議が始まるとNHKは絶対に中継しない。そのため国民は野党の審議拒否にも気がつかない。それが55年体制末期の国会の姿である。

 現在、官僚の国会答弁禁止問題に与野党から議論が噴出している。言論表現の自由を侵すという議論や法律で縛らずに運用でやるべきだという主張がある。そう主張する人たちは結局官僚の手下なのだろう。国会が官僚の手の平から脱して自立する事を官僚は最も恐れている。三権が本当に分立してしまったら官僚支配は崩れる。だから何とか国会を自分たちの領域にしておきたい。官僚の発言を議事録に残し、政治をコントロールしたいのである。

 昔は国会に出席する官僚を政府委員と言った。大日本帝国議会の開設以来答弁を行なう存在として認められてきた。それが戦後もそのまま残った。戦後民主主義というが戦後も官僚支配である事の証拠である。制度が廃止されたのは2001年の事である。自由党が自民党との連立の条件として提案し、副大臣制度の導入と共に廃止された。政府委員に代わって答弁は政治家である副大臣が行う事になったが、実際には副大臣の答弁はほとんどなく、政府参考人と名前を変えた官僚答弁が続いた。

 これまでの経緯を見れば政治家が余程頑張らないと官僚依存を脱して法律を作る事など出来ない。官僚に依存する方が圧倒的に楽なのだ。「運用で禁止する」などと言ったら政府委員が政府参考人に変わったように簡単に抜け穴が出来て官僚答弁が復活する。また自民党が政権を取った後も簡単に官僚答弁を復活させないためには法律で縛った方が良い。官僚答弁の禁止は政治家が自ら立法を行うために退路を断つ覚悟なのである。政治家にとっては厳しいが、ここは勇気を持って「法律を作るのは政治家である」と決断してもらいたい。国会が本当に「国権の最高機関」になるためには越えなければならないハードルだと思う。

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 先の総選挙後、初の本格的な論戦の場となった第173回臨時国会だが、鳩山首相の所信表明演説に対する各党の代表質問が30日に終了し、いよいよ週明け2日からは... [詳しくはこちら]

コメント (32)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

わが人生の40数年を仕事一本できたが政治の世界は、このような有り様だったのか。愕然として言葉もない!くそー、腹立たしい。

だが待てよ、国民目線で政治をするという民主党だ、そして連立政権が誕生した。期待してみるか。

今日の秋空のように澄み切った政治にならなくては、21世紀の数々の困難は乗り越えられまい。

垣間見る鳩山総理は日々逞しくなって来られたようだ、、

世界に羽ばたけ平和の鳩よ!

その鳩も平時は仏で時には閻魔王に変身して自在にこの世を仕切って欲しいものだ。

民主党の小沢幹事長が、実際に国会改革を実現してきた経緯がよくわかりました。その流れを止めることの無いように!

天の川様

サラリーマンの方々はおおかた仕事一筋で頑張っておられるあるいは頑張って来られたのだと思います。致し方無いことかもしれません。

しかしながら、どうも戦後60年以上経過して、振り返るとこれまでのサラリーマンの政治に対する関心の薄さは度が過ぎていたようにも感じられます。

これは勤務する組織体が政治への関心を拒絶してきた面も影響しているようにも思います。

21世紀は職種によらず、職場で政治に関してもっとオープンに議論が活発になされるのが正常な姿のように思います。

サラリーマンも一市民です。属する地方自治体の政治に参加しましょう。

のぼりがま様 | 2009年10月31日 08:16

コメント、ありがとうございます。ありがたいです。

そうなんです、個人的には反省してます。

ある大手家電メーカに入社当時、許せるのは民社党までだ、と教育されました。

もう定年過ぎて、その呪縛から解放されました。地域から始まり、広く政治、世界に目を向けようと思ってます。

このTHE JOURNALに出会って、目が覚めました。一から勉強です。

間違った意見、おかしな論評をしたときは、厳しいお叱りをまってます。

少しでも住み良い世界にしたいと願っている一市民です。ひっそりと街の隅っこで息をしてます。

天の川様
「ひっそりと街の隅っこで息をしてます」のご発言についてですがこうしてTHE JOURNALへの投稿によりもう立派なメジャーデビューかと思います。(笑)

さて、小沢氏の持論をいつものように援護射撃する田中氏の言ですがあるひとつのパターンが分かってきました。
まず、小沢氏がぶち上げる。そして田中氏が間髪おかず援護するの形態は完全に出来上がったシナリオかとみました。

もうひとつ、今日の朝日は舵を思いっきり小沢氏サイドに切ったかのように思えます。今後の記事に注目です。残念ながら記事を書いた記者の名前がない。

民主党と内閣、「小沢ルール」解釈めぐり右往左往
http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200910300496.html

のぼりがま、天の川様
小生も、自民党という大政党以外には、それに対抗出来る政党が無かった。つまりは企業とつるんで遣って来た自民党だけが、日本の経済の中枢だと考えていた。我々の学生時代の安保闘争を考えても、大政党自民党対反抗勢力野党という構図しかなかった。その後小沢氏が自民党を離党し、与党の分裂は庶民の関心を少しずつ目覚めさせた。そして自民党に対抗出来る思想政治でない。庶民の為の政治が生まれ国民も変わり始めた。そんな中で、自民党の金権政治は何も臆する事なく続いた。今や国民は政治に意思が目覚め、自民党政治に追随して来たマスコミの不信も増長させてしまった。今の政治こそこれからの日本に有るべきべき姿だと思い始めて。だから変わり切れないマスコミ、自民党、官僚の姿は今はハッキリと見れる国民が民主党を選んだ。あとは民主党がどう国民の期待に答え、国民をリードして行くかだ。我々は政治家では無いだから理想よりも現実に目が向く。悲しい事だが未だ日本の将来は見えない。しっかりと国民は要求して行くしかないのでしょう。

確かに予算委員会の質疑応答を聞いていると、予算の審議というより、その他の諸問題をあげつらっているケースがほとんどですよね。

こういった予算以外の問題が審議されなければ、実質的な予算審議に入れない規則になっているのかと思っていたのですが、そういうことでもないような・・・。

それでもNHKは、国会中継を少しでも放送してくれるので、まだましな方です。民法はといえば、報道番組の信頼も揺らぐような番組構成になっていますし、ニュースでもスポンサーがいますから、ちょっと割り引いて聞いてしまいます。

国会審議は、夜に生中継できるように出来ないものでしょうか。そうすれば、サラリーマンの方も見る機会が増えますよね。
(あまり曝け出したくない意図があるかもしれませんが・・・。)

国会中継って、所信表明演説なら何とか付いていけますが、他の審議だと、恥ずかしい話ですが、解説者が欲しい場合が多いです。(笑)

田中さんが書かれていることは、官僚と癒着が少ないはずの民主党がなぜ霞ヶ関改革に関する公約を守れていないかを考える上でのポイントになると思います。結局55年体制で楽をしてきた連中はその習性から抜け出しておらず、仕事を官僚に丸投げして自分は国会で居眠りしていたいという衝動に打ち勝つのは用意ではないということでしょう。
とりわけ問題なのが、旧社会党系、組合関係の議員・大臣たちで、彼らの支持母体は自分たちはリスクをとらずに他人の財布に手を突っ込むという行為が半ば本能みたいになっていますので、彼らにしてみれば霞ヶ関改革は本音では困るはずです。私は民主党が日本の悪性腫瘍というべきこの連中を押さえ込めるかもしれないと楽観視していましたが、逆に牛耳られてしまうとは期待外れでした。
国会議員自身が立法する、またはその状態に限りなく近づけることは理想ですが、それを言うならまずは国会議員の質ですよね。私は小沢氏が国民に見えない場所でいろいろ画策していることにはほとんど関心はありませんが、小沢氏が候補者として人選した頭の軽そうな若者、元官僚、くの一など見渡すと、本心から改革したいのだろうかという疑念は抱きます。小沢氏が一から教育するというのなら、その内容を国民に開示してほしいですね。税金を新人議員の研修費に使用することを容認した覚えはありませんので。

”なるほど”さん、全く同感です。
 新人議員が、官僚と勝負するには、先ず人々の間に入り、生の、現場の意見を十分聞くことです。その意味で、小沢さんの1年生議員は選挙区に貼り付けは全くそのとおりだと思います。

 現場がわかれば、業界と、利権団体と自民党族議員しか接触せず机の上で起案してきた官僚達とは、違った政治が出来るのではないでしょうか。

 ”ルーク”さん、余り斜めに見ずに、小沢さんの教育に期待しましょう。見違えるほどの議員と国会が出てくるかもしれませんよ。日本人は、正しく方向を決めてやれば、驚くほど早く成長しますから。

 

小沢さんとしたら政治家として残された時間は短く、そのため今、政権与党の幹事長としての権限を最大限に行使して出来る限りの国会改革を成し遂げたいのでしょう。官僚依存症から国会も議員も立ち直らせて更生させること、優れた政治家として国政を担って行ける様に。

予算委員会は、当然のことながら予算委員会だったのですよね。
NHKが中継するのは、本会議と予算委員会だけだったので、与党が一括して政策を述べ、それに対してて与野党(今衆議員本会議からは、野党のみになりましたが)がこれまた一括して質問するのが、本会議。それに対して、予算委員会は、同じ問題でも与野党の一問一答での質疑応答が行われる場所だ、ぐらいに思っていました。
考えてみれば、なぜ予算委員会で予算質疑がおこなわれないのか、他の委員会をなぜ全くNHKは中継しないのか。
不思議なことばかりです。
これは、ほんの一例ですが、よく考えてみればおかしなことすべてが、60年の官僚支配政治の慣習として、当然のこととして、行われてきたのだとしたら、小沢氏の目指す国会改革の実現とは、全ての国民のマインドコントロールを解くに等しいことかもしれません。
だから、最初に抵抗が多いのも理解できる。
しかし、よく考えてみれば、小沢氏の国会改革は、正論であり、「真の民主主義の確立をめざす」という、小沢氏の言葉に沿ったものだということがわかってきます。
その改革は、与党民主党にとってだけのものでなく、官僚の政治家へ資料開示の問題など、野党にとっても有意な改革であることからも、小沢氏の公正な姿勢が、わかるというもです。

脱官僚支配政治、政治主導政治、というのならば、いままでの縦割り政治からの脱却が可能でしょう。
これは、わが国にとって、大きな変化です。
民主党政権によって、たとえば、小学校の空き教室を学区内の高齢者むけの特養老人ホームにするなどの、複数の省庁にまたがる政策が、無駄も省いて、スムーズに行われることが可能になる、と私は期待したいのです。

きっとこうだろう、多分ああだろう、と私たち庶民は色々な情報から、様々想像するのですが、実際に田中様に文字で確認させて頂くと、いかに国民はこれまで、政治に関して幼かったかを、あらためて感じさせられます。
明治以来の官僚跋扈の体制に本当に切り込むためには、仙谷氏の思惑は別として、自らへの批判を甘受してまでもこの新政権堅持を図っておられるであろう小沢氏の姿勢を理解できるだけでなく、感激すら覚えてしまいます。
具体性のない、自分たちの政治結果に反省もない政党の揚げ足取りの質疑には、「あなたたちには言われたくない」を繰り返してでもかまいませんから、『無血の平成維新』をやり遂げていただきたいと願っています。

投稿者: 天の川 | 2009年10月31日 07:31

>くそー、腹立たしい。<

天の川さん

失礼ながら笑いました。
そして全く同感です。

田中さん

今後も楽しみにしております。

<田中様>
お疲れ様です。国会改革は大賛成です。さて、前回も書きましたが、私は国会における官僚の答弁は法律で禁止すべきだし、法案は内閣の政治家が作るのではなく、議員立法にすべきだと思います。
野党からの質問には、法案作成に携わった与党議員が行えば良く、大臣が省庁に関連した全ての法案に精通するのは、現実的には厳しく、役人に頼らざるを得ない土壌になっていると考えているからなのです。
立法府が行えば良いのです。当然、与党と内閣とは政策の刷り合わせは必要ですが…。
内閣法制局もいりません。こんな組織があるから、法案は最終的に官僚の手懸かりになってしまいます。
さて、NHKの国会中継は、常に行うべきで、予算委員会だけでなく、できるだけ沢山の委員会を中継すべきと思います。どうせ、平日の昼間など大した番組はやっていないのですから…。
民主党の大臣の中には、55年体制で国対畑を歩み、昨年、中川秀直氏と大リーグ観戦付きの豪華アメリカ旅行をしてきた人もいます。
55年体制では、国会を動かす為に、野党の国対に現金まで渡っていたと報じられていました。オンザテーブルでは、激しく戦いながらアンダーテーブルでは手を握り、お友達していたのです。その様な大臣は、官僚の答弁禁止は困る。頭の中が旧態依然なのですから…。困ったものです。

私、この世に生を受けた時から悪政自民党政権の下で生きて来ました。
家族に、弟子達に、社員達にこの国を捨てる事を勧めてきました。
昨年より少し時間が出来、ネットを徘徊する中で田中氏の論に触れ、
小沢氏を研究し、郷原氏を知り、一縷の望みがでてきました。
もう少し日本国に留まり(来夏の参議院選挙迄は絶対確実)、
我が国の形がどう変わるのか見定めてみたい。
又その上でもう一度判断し、決定したい。真の民主主義の確立を祈りつつ。

ネーム打ち間違いました。すみません。

官僚の本音とアホナ国会議員。
官僚の本音はずっと権力を握っていたい・・・

>お役所の掟より・・
(日本にも三権分立が確立していたものと思っていましたが・・・
(日本はどうして三権分立がないのでしょう。
(いや、三権分立になっているよ。憲法にもそう書いてある。
(でも実態は違うでしょう。本当に三権分立ならば、何故われわれ官僚が法律作成しているのですか?
(いや議員・政治家も法律を作っているよ。
(でも役人が作成している法律が圧倒的ですよ。正確には実態論であって形式論ではありません。 本来、役任の仕事は法律に基づいて国・行政を運営することであって、法律を作る業務は国会議員のはずだと思うのですが?
(それは君の言うとおりだ。でも残念ながら多くの国会議員には法律を作る能力がない。
(議員は法律を作ることが主な仕事だと思うのですが?
(建前はその通り、だが地元に橋を作るとか、新幹線を通すとか、地元に利益をもたらすことが主な任務なのだ。???
(・・・・・でも法律が作れないならば議員としての資格はありませんね。
(ただね、彼らだって作ろうと思えば作れる。国会には国会の法制局がちゃんとある。おい これからはオフレコだぞ。国会の法制局に勤めている職員の法律作成能力が、官僚組織と雲泥の差なのだ。 内閣には内閣法制局というのがあるが、ここに集まる人達は役人の中でも最優秀とされた人びとだ。だから国会議員がたとえ法案を作ったとしても緻密さが違ってくる。議員立法を見てみろ、スキ間だらけだ。彼らが作るのはザル法なのだ。
(ヘー、そんなものですか。ところで内閣法務局に集まる人達は、各省庁からの出向人事でしょう。
(なんで国会に集まる人のほうが法律作成能力に劣るのですか?
(まあ、組織が小さいこともあるな。それに議員立法は全体の立案案件から較べれば絶対量が少ない。だから、いつも仕事がある内閣法務局とは仕事の密度が違ってくる。それと優秀な人材は内閣法制局に派遣されるのだろう。
(どうしてですか。
(うがった見方と言われるかもしれないが、国会議員は今のままでいて欲しいのだ。
・・馬鹿のままとゆうこと??
(法案作成能力に欠けた立法者にしておくということですか
(まあ、そんなところかな。法律に基づいて国を運営する。これもひとつの権力だよな。でも、法律を作るということは、もっと大きな権力を持っていることなのだ。
(私もそう思います。権力はいったん手に入れたら誰も手放したくない。これはひとつの真理ですよね。官僚がいつまでも権力を握っていたい、が本音なのですね。
(穏やかな発言とは言えないが、そういうことになる。・・・・・

官僚は国民の税金で食わせて貰っているが、この法制化する権力のからくりは意外と私はは知らなかった。国会議員は国民によって選択・送り出されたお題目が成立つ。しかし官僚のほうは国民からの直接の信任がある訳でもないのに、議員より法案作成の権力があるとゆう。
いまさらながら議員の能力もどこまでが本物かと疑いつつ、国民一人一人がどこまで政治をチェックできるか試されている時代かなと思う。
国民が知りえる情報の決定的な不足と、長期に及ぶ自民政治はあまりに政官業でつるんできた国民無視の政治がひどかった。自民党議員の族議員と官僚のおんぶに抱っこの癒着は国益、地元利益に名を借りた、大多数の国民の利益に反することばかりでした。
情報も金も欲しいが公益に結びつく法律も欲しい?
田中氏の論説・情報に感謝です。

皆さんのご意見を拝聴しながら(読みながら)ふと思い出しました。

10数年前、経済産業省傘下の産業技術総合研究所のちょっと偉い方に、国家公務員法を六法全書から拡大コピーして、研究者に回覧するか、廊下の壁に張り出して欲しい、と依頼しました。また、大阪府産業技術総合研究所の方にも地方公務員法の拡大コピーを手交しました(その後、それは実施されなかった)。

私の接する周囲の公務員としての研究者の幾人かが公僕ではなく、私的興味だけに走って税金を無駄使いしていると強く映ったからです(産業技術総合研究所に回ってくる資金は、私の支払う税金のうちトイレットペーパー70cm程度だ、訪問毎に1回トイレへ駆け込みなはれ、と)。

要は、もう一度、憲法、法律の因って立つところに帰り、現実を見つめ直すことも必要かと思います。

一人の少々の努力では、限界があり、状況はびくともしません。天を仰ぎながら幾度ため息をついたことでしょう。

もう諦めておりましたが、そこに新政権の誕生です。期待します、大いに期待です。

鳩山総理のTVに映る真剣な容貌は、何か秘められている、間違いない!

私は国家公務員です。
今、一番下から二番目の地位にいます。出世するときの研修で、改革が何故できないかということに気づきました。偉くはなるもんです。内側からは絶対出来っこありません。
気づいた人は、黙っているんだろうな。
いま、職場でも、改革を言われています。アンケートとかいっぱい増えて、煩わしい。本業の邪魔。

新採用のとき、最初に習うんです。国民のために仕事をするのだと。
なんかなー。

なんというか、官僚主導から国会主導に、ということで右往左往している人達がかなりいるようですね。
乏しい見識からですが、状況的に第一次大戦を経て、かつてないほど大きな責任を負うことになった欧米の指導者達の状況に似ている気がします。
彼らはその時代々々の風潮に流され続けながらも、その時に得ていた限りある知識のみでかつてない難問と勝負してきました。時に恐るべき怠慢と無見識、無能さをさらけ出したこともあり、非常な冷淡さと悪意をみせることもありました。けれども、その流れの中で工夫を重ねて今の欧米諸国の政治形態があるのだと思います(それが最善であるかは別として)。
日本の政治形態は第一次大戦前に欧州(というかドイツ帝国)から輸入したまま殆ど何も変わってきていないのだと思います(間違っていたらスイマセン)。それ自体が悪いことではないのでしょうが、方法の運用側(監視側も含んで)が国民生活に対する責任を持ちながら、それを取ることを怠けるようになってしまい、今回の政権ができたのだと私的に思っています。
王制にしろ民主主義にしろ社会主義にしろ、国民生活に対する責任をとる立場の人達が怠惰になった時に不測の事態が起きて、それが改革を起こして(大小ありますが)新しい政治形態に変更されるということは世界各国、古代から連綿と続いてきていることで、今回のそれも歴史の流れとしてごく当たり前のことが起きたのかなと思ってます。
私的な考えではあるんですが、改革の第一歩は責任の所在を変える作業ではないかと思っています。新しい方法に変更しようとするにも拘らず、改める側が責任を持たないのでは誰も新しい方法を実行したくなんてないですから。今回の官僚の国会答弁禁止は責任の所在を変える、まさに改革と呼べるものだと思います。
新内閣の方々は、第一次大戦後の欧州の指導者達の様に嫌でも責任を取る立場にならざるを得ない訳ではないので、責任を取る立場になることを拒否することも可能ではあるかもしれません。だけど、その方々には投票した国民が自分達の生活を左右することになる仕事を責任を持ってやってほしい、という思いで国会議員になってもらうことを選んだということ、自分が当選した代わりに選ばれながらも落選した方達がいることを忘れないで貰いたいなと思いました。
それでも尚、責任を取る立場になりたくないというならその方は国民に選ばれた国会議員として失格、というよりなるべき方ではないと思います。
議員に立候補するのなら最低限、自分のミスを認めることはできなくても、そのミスによって国民生活が左右される事実を受け止めるだけの勇気は持ち合わせて欲しいんですけどね。

《em5467-2こと恵美》様の、特に『NHKの国会中継は、常に行うべきで、予算委員会だけでなく、できるだけ沢山の委員会を中継すべきと思います。どうせ、平日の昼間など大した番組はやっていないのですから…。』に大拍手です。
解説委員を筆頭にして日増しに偏重報道が強まるNHKに限らず、このところの既存メディアの総攻撃ぶりを見ると、これまでの政治体制の変革をいかに恐れているかがよ~く見えてきます。鳩山総理の言われた『平成維新』とは、僅かでも素直に納税し、不愉快でも受信料を払っている国民と、それを食い物にしている者との闘いなのでしょう。
となれば、国民が一票を投じた代議員の仕事ぶりを国民の前に晒すことこそ、第一歩だと思います。もっとも、それを流すのがNHKでは、実に心もとないことではありますが…。

国会改革は大事ですが、この国で一番重要なのはマスコミ改革じゃないかと思ってます。

最近、やたらと前原さんの露出が多いのにはちょっと違和感を覚えています。最初は、「前原さんもよくやるじゃないか」と思ってましたけど、前原さんの北方領土発言とか報道されるに至って、「あれ?なんで建設大臣なのにこんな問題まで地上波で報道されているんだろう?」って疑問に思い始めて、逆に私が一番民主党で期待していた山崎やすよさんや郷原さんなど、原口総務大臣の活躍に関してはほとんど報道されていないことがどういうことなのか疑問に思い始めています。

よくよく考えてみると地上波でしきりに報道されている民主党の人はどちらかと言うと反小沢で動いてきた人たちばかりなことに気づきました。特に前原さんばかりが報道されていることにかなりの違和感を覚えています。

マスコミ、特に東京の政治部の方針として、前原氏をプッシュしてこういうシナリオを描いているんじゃないでしょうか?

つまり、検察が鳩山さんを起訴して鳩山さんを辞任に追い込んだ後に小泉さんの路線に近い前原氏次期代表にするべく、恐らく”次期首相にふさわしい人は?”といったアンケートを採って前原さんを上位に持っていって前原さんにしてしまおうと。

そうすれば小泉路線に近い人たちを結集して政界再編に持って行けるんじゃないかと思っているのかもしれません。

私から言わせればもっと山崎やすよさんや郷原さんや原口さんやその他の民主党の議員さんの活躍を前原さん以上に報道されても良いんじゃないかと思っていますが、何故かほとんど報道されず前原さんばかりの露出が目立っていることに何か地上波マスコミの意図を感じています。

民主党が足をすくわれないためには東京の政治部が決めている偏向報道に対してメスを入れることが一番大事じゃないかと。

鳩山さんの所信表明演説のときにわざとのりピーの公判を当てて来たのも意図を感じます。私から言わせればどうでもいいような一個人の問題を鳩山さんの所信表明演説に関する報道よりも多めに報道している様にはホント呆れてしまいました。と言うより異様さすら覚えています。

何か警察や検察はマスコミと裏で通じているんでしょうか?偶然とは思えません。

私は一般人なんで憶測でしかものが言えませんが、警察になる人たちはどちらかと言うと右翼系の大学出身者が多いために反民主という点で連携した行動を取っているんじゃないかと推察してます。

検察や法曹界はどうなっているのかわかりませんが、どういう思想信条を持った人が仕事についているのか調査してみるのも良いかもしれません。

そうしたら何故マスコミや法曹界や警察などが民主党の足を引っ張る動きを必死でやっているのかがうなづける結果が出るかもしれません。

民主党が今、権力を持っているわけですからその権力を使って実態を調査すべきでしょう。

それこそ足をすくわれないためにも。

GONさま

権力者や既得権益者等がその権利を奪われる事に抵抗するのは当然です。
戦前なら強権を使用したのでしょうが、今は言論(マスコミ等)を使って敵を駆逐することがもっともスマートな手段なのと利害関係が一致するのでしょう。

田中角栄(非学閥・非門閥・非財閥)の登場によりそれまでの権力者や既得権益者が危機感を持ったのは想像に難くなかったと思われます。
小沢氏はその弟子ですからマスコミの攻撃対象として優先順位がトップです。
小沢氏が代表就任前と就任後のマスコミによる攻撃の度合いがそれを証明しています。
第3極の政治勢力の代表時代や民主党の一議員の身分時であった時は無視出来ても、一方の大勢力の代表では見逃せなかったと思います。

権益勢力等に不都合なニュースを打ち消すが如く、突発的に芸能スキャンダルが報じられるのは捜査・マスコミの策略か・・・?、と邪推したくなる事例は度々ですね。
平素より取っときらしい不急の事案を、この時ぞとばかりにタイミングよく出してくるような気がします。
例えば、昨年の911事件究明国際会議の模様などは某人気タレントの逮捕とかに隠されて全く報道されてません。
大して急いでナニする事件でも無さそうだったのですがね~。
国策捜査なんかも、それを証明する手はずは少ない反面、否定できる証明は更に至難な性質のものである故、世間の評価をもって正解とみるべきかとも。

<“東京カワイイ”な政治家発言>

 自然界には私たち人間が見て、美しいや愛おしい、畏怖や恐怖 ・・等様々な感情を湧き起こさせる種々の生物がある。整った顔立ち・鍛え上げられた筋肉を持った男の肉体、整った顔立ち・腰や胸がふくよかな女の肉体等は美しいものとされてきたし、色とりどりの花々の放つ匂い、色彩豊かで艶やかな甲虫、・・・等も美しいとされてきた。また、幼年期の獣は何であれ愛おしく感じ、眼光鋭く背筋の伸びた青年期の獣には畏怖や恐怖の念を抱く。これらの感情は、それぞれに生殖と種の存続という生物に組み込まれた本質的戦略の一つである。我々が他者を意識し、身に纏って表現する体型、臭い、衣服、言葉には、そもそもその戦略を原点とする合理性があるはずだが、日常的な生命の危機が薄れ、生きることの困難が少なくなった現代、特に都市生活に措いては、その戦略の合理性が希薄化しているように感じる。生活の合理的必要性からかけ離れた衣服デザイン、その人間の本質からかけ離れて時や場所を無視した人工的香り、体力や健康を二の次にした体型、言葉の持つ意味や語る文章の論理性を軽視した発言、これらが精子の不活発化を齎し、Y染色体の劣化を招き、セックスしない夫婦や恋人同士が増えたこと等と関係すると断言するつもりはないが、無関係だとも思えない。バブル時、ちょ~ミニスカートやワンレンボディコンで踊り狂うお立ち台の女に群がるミツグクンやアッシーな男が、大いに話題になったが、それが最後の足掻きだったのか?(笑 その後、シャツの裾を外に出したり、腰からパンツやケツを見せたり、胸の張りや谷間を強調してみたりの試行錯誤はあったが、モノトーン・ユニセクシャルなファッションがヒタヒタと世相を覆い、今ではスカート男子が街を闊歩してもそれ程違和感を感じない。

 そんな中、ヨーロッパやロシア、米東海岸大都市の一部で所謂“東京カワイイ”ファッションが注目されていると聞きます。セックスの対象でもなく、暴力の対象にも成り難い“カワイイ”というコンセプトで装飾されたファッション、所謂“東京カワイイ”(ギャルファショントレンドの一つ?)は、安価な素材を、それぞれが感じる“カワイイ”というコンセプトで、機能を度返しして、継ぎ接ぎ重ね着し、少女漫画の登場少女そのものや少女が憧れるお嬢様(や彼氏)、読者モデル等の中にカリスマ見出し、それらファッション等を模倣創作しているように見える。欧米のファッションは、男女のセックスアピールを基調にしたものが好まれていたはずなのに、一部とはいえ何故それが注目されるのか、日本同様ヨーロッパでも精子の不活発化・Y染色体劣化が顕在化していることと関係あるのか、どうなんだろう?(今また日本で、特に女性に「セクシー」がキーワードに成りつつあるようにも感じてはいますが・・・、男性は?) 話が少しそれたので本論に戻すと、私は、所謂“東京カワイイ”的都会型ファッションのような、一見無害に見える本来の意味から外れて機能を度返しした装飾の好まれ方のトレンドに、底知れぬ不安を感じるのです。
 私は、ここで取り上げられる記事やテーマへの投稿で、鳩山氏が語る言葉の、レトリックの、メタファー等の持つ欺瞞性や偽善性について、不必要・不遜と感じられても仕方がないほど強い表現で指摘・批判してきました。聴衆(や読者)に意思や見解を、正確に、ある程度の説得力をもって、理解や情動喚起をさせようとするとき、そこにはある種の扇情的表現、つまり、レトリックやメタファー等の装飾が必要になることは理解できます。しかし、他方で、そのことによって、伝えたいことに反する多くのことも内包せざるを得なくなるのだから、先ずは正確に伝わることを真摯に考え、表現の論理性を保つ努力をすることが、特に政治家の言動に何より必要だと思うのです。日本語はその成り立ち上、音やモーラ(拍)によって印象付けられ、漢字伝来以後、音を漢字に置き換えることから始めて、成立してきた言語ですから、語彙中名詞・動詞の占める割合が多く、西欧言語に比べて形容詞が少ないことを名詞・動詞へ語尾付与することによって形容動詞等を増す等して、修飾表現語彙数の少なさを補ってきたと思います。日本語の成り立ち方と、漢字、ひらがな、カタカナという三つもの表現形を有していること、題述構造など独特の文法があること等から、日本語の言葉・文章の意味を論理的に正確に理解し、論理的に正確に駆使するのは相当に困難なことだと思います。だからこそ、私は、日本語の扱い方には十分な注意が必要だと思うのです(私自身が言葉を扱うのは不得手なので、特にそのように感じるのかもしれませんが、このことを含めて、日本語教育のあり方にも、経験として、疑義を抱いています。【Yoronz】豊後の小兵衛さんの“ことばを失った日本人”を興味深く読ませて頂いています。)。前述の“東京カワイイ”に見られる本質からズレテ機能性を度返ししたように見える装飾、虚飾?ファッションと、正確に伝えるという本来の意味を蔑ろにしたかのようなレトリック・メタファー等で装飾、虚飾した、欺瞞性・偽善性の臭い立つ鳩山氏の表現や他の政治家・言論人諸氏等の軽い言葉は、それぞれが『時代性』という意味でシンクロしているように思えてならないのです。
 さて、そんな中、こんな中、国会のあり方が、その本質に触れて議論されていますが、政治家がそこで交わす言葉の持つ意味合いは非常に大きなものであるはずです。また、それを伝える報道機関の言語活動の質も大いに問題となるはずです。私は、今、国会改革を因習・制度面に光を当てて論じることに何の不満も無く大賛成で、大いに改革して欲しいと、中心となって活躍されている小沢氏には大いに期待しています。しかし、小泉元首相の容姿や、言動の扇情性をもて囃し報道した言論に関わる方々や、それを善しとして嬉々として踊った過半数の国民や当時与党の政治家、小泉元首相の訴えた政策に対する冷静な分析や批判も程々に、生理的に忌避し始めて事済んだとしているかに見える報道機関や国民、政治家をそのままにしての国会改革論が、とても中途半端だとも思っています。そこに観た前例とも言える事象を前にしても、尚、そのときと同様に容姿や、言動の扇情性を表裏利用するかのような鳩山氏や政治家・言論人と、それを期待するかのような国民、与党政治家に、小沢氏の風貌と、言動の素っ気無さはどう映っているのでしょう?私は、本来政治家に期待すべきことを期待し、政治家の本来なすべき言動がなされているのかについて、その都度吟味していきたいと思います。

 ファッションの潮流にどんな意味があるのかはさておいて、機能性・論理的普遍性を度返して見栄えに偏った

<“東京カワイイ”な政治家発言>

に、今までの様に、嬉々として無批判に、喧々として過批判に踊る国民や、内容吟味不十分に自説扇動する報道に触れるにつけ、国会討論をする側は勿論のこと、受ける側、伝える側の、特に言葉を扱う質の向上と矜持の吟味も必要不可欠だと思う。「うわー カワイイ」、「あたし それ嫌い」的な、“東京カワイイ”的都会型ファッションに見る、機能性・論理的普遍性を度返しした、無節操に感情に訴えるだけの国会討論では何の価値も無いと思う。

 政治家や言論人は、その立場上、啓蒙者としての役割もあるはずで、その自覚が希薄化しているように見える中、田中さんの言説は何時も敬意を持って読ませて頂いています。


・ 過言があれば思い余ってのこととご容赦いただき、浅学故の間違いには指摘、訂正などしていただければ幸いですが、叱咤や無視でもよいです。(笑
・ この投稿への反論・攻撃・賛同・質問は拝読するに止め、直接お応えすることは控えます。機会があれば別投稿にて改めて私見を書かせていただきます。あしからず。 (時間を置かずお応えする保障がありませんし、喧嘩は嫌ですから。(笑  )
・ まさか無いと思いますが、転載される際は論旨変更不可、誤字脱字訂正可でお願いします。(笑


p.s. 最近、それなりにお年を召されたおじさんやおばさんの、始めに「あの人嫌いだから・・・」、「あの人好きだから・・・」と語り、先ず自分への共感や嫌悪といった情緒を醸し出そうという幼稚な感情むき出しの、躾がマトモニされていない、社会経験も未熟な、モラトリアム的稚拙な言動を見聞きしますが、虐めが横行する中高生のモバイルネットBBSじゃあるまいし、何とも情けない、憂うべき状態ですね。今迄、社会の中で一体どんな精神生活、言語生活を送ってきたのか、社会の最小単位としての家庭で幼い時どんな日常生活を過ごしたのか、同情心さえ覚えます。ですが、鳩山首相が「私は鯨肉が嫌いだ」とオランダのバルケネンデ首相に語ったと伝えられています。本当ですかね?ったく、何なんだろ?!鯨さんへの友愛かしらん?なら、焼き鳥として神に召され、あなたのお口に運ばれたニワトリさんへの友愛はどうしたのかしらん?(笑

WANwanさま

>小沢氏がぶち上げる。そして田中氏が間髪おかず援護するの形態は完全に出来上がったシナリオかとみました。

小沢氏のアクションと田中氏のコメントとのタイミングについては、個人的にほとんど意識していませんでした。

でも、何か勘違いなされていませんか?

多くの人々に何らかのメッセージを理解させたいのであれば、
発信のタイミングは、発信する中身と同様に大事な問題です。

どれだけ正確無比で立派なメッセージを発しても、タイミングを逸すれば、その威力(影響力)は半減します。


WANwanさんのご指摘が正しいとするならば、それはジャーナリストとしての田中氏の仕事の確かさを示す一端ではないかと思います。


ちなみに、ご紹介いただいた朝日の記事ですが、「小沢援護」とは、とても読み取れませんでした。

単に「民主党内が小沢氏のせいでバタバタになっている」との印象を読者に植え付けたかったのでしょう。

彼らがずっと前から、飽きずに延々と言い続けていることです。
ゲッペルズの至言(?)を忠実に守っているのでしょうか?

NHKに告ぐ!国民の、国民による、国民のための報道機関に徹せよ!

NHK受信料を税金のように徴収されながら、国会論戦中継の限定を彼らの恣意に委ねるべきではない。
NHKからの発信が不偏不党、公正中立であり、憲法上の主権在民をハッキリ示すために、本会議・各委員会の国会論戦は出来る限り「垂れ流し中継」するべきである。地上波2チャンネル、BS3チャンネルにて十分可能である。他の番組を間引きしても実施するべきである。独占的な電波利権の上であぐらをかいてはいけない。
NHKを覆う特別意識・特権意識のような臭いを払拭すべし。記者クラブ制の下で、官庁情報を独占する罪を犯してきたのではないか。記者クラブを組織する自由はあるが、その組織が結託して霞ヶ関情報を排他的に独占するすることは許されない。

NHK職員の墓場までの天下りシステム・高報酬システムの大組織・牙城が築かれてしまっている。ムダ遣いシステムというべきである。霞ヶ関官庁縦割組織に沿って多数の「解説委員」・「論説委員」氏を抱えるが、それぞれの官庁の意向に沿った分析・解説・論説などは不要である。年功序列の職制上の職名であろうが、「記者」という統一した職名に徹するべきである。プロの「記者」として報道の現場から事実・真実を伝える本当の仕事に徹するべきである。
国内にあっては霞ヶ関官庁、国外にあっては外務省及び海外公館の広報下請け機関に成り下がってはいないか。

TOYOTARO 様 | 2009年11月 2日 04:27
ザッツ・ライト!です。常日頃、NHKの不偏不党性に疑問をもっておりました。

また思いますに、NHK衛星ch1では、米国の野球などを頻繁に放送しております。これは、ひょっとすると駐留米軍やその家族などへのおもいやり放送?確かに、日本人の知り合いで大リーグファンの方がおられますが、はたして視聴率はどの程度でしょうね。公開して欲しい。

NHK衛星は3chもありますが、その1chを国会中継、24hニュースや各種の討論番組中心にしても良いのでは?

キーワードを挙げれば年金問題、ダム問題、地球温暖化、税金の無駄使い、高速道路無料化、医療問題、などなど国民的課題・関心の高い問題は数多くあります。

娯楽番組の多くは民放にまかせて、国民の意見を聞く場、討論の場として限りある電波資源を有効に利・活用すべきでしょう。

考える国民、意見を述べる国民にしていくことが、今、求められているように思います。

田中良紹
この人もマスコミ人にすぎない。マスコミ批判は格好だけだ。「マスコミはバカ」と言えば売れると思ってる最悪のマスコミ人か

だいたい「マスコミ」「官僚」といっても普通のサラリーマンだってことが分からんのかな
たぶんおれがそんな業種に就職してもそういう流れになるだろ。

そう思って考えたらネットに批判される筋合いないわ。マスコミだろうと芸人だろうと

日本は生産方式と生産関係の変化をせまられています。五十五年体制は画一的な製品を大量生産する生産方式と大企業と単純労働をする労働者との生産関係を担保するために生まれた仕組みです。社会主義的と言うよりも国家統制資本主義なのだと思います。しかし今、人件費の安い新興国相手に大量生産では太刀打ち出来なくなっています。消費者のニーズに合った多種多様な高付加価値の製品を生産していかなければなりません。その為に民主主義国家への転換はどうしても必要なのです。消費者である国民の意見が反映される仕組みでなければ新しい生産方式に対応できません.単純労働よりもアイデアや技術が求められる新しい生産関係に対応する為に職業訓練や社会保障を強化し労働者の流動性を促進しなければなりません.田中さんの言う通り、まずは国会改革でしょう。

WANwan様。
田中良紹様がやけに小沢プッシュなのはちょっと気になって調べてみましたが、
http://spysee.jp/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E8%89%AF%E7%B4%B9
ここを見て疑問が氷塊しました。
要するに田中良紹さんは自民党田中派に気に入られ、一緒にお酒を飲み、リークされた情報の一部を書くことでご飯をたべていた人なのでしょう。 
 そういう方のポジショントークだというフィルターを介してみれば、私は不快感は感じなくなりました。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



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