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反対叫んで焼け太り

 かつて年末の予算編成の時期になると、自民党本部には地方から「陳情」のため自治体関係者や地方議員、それに業界団体などが大挙して押し寄せた。毎年の事だから自民党本部の周辺には「陳情」で上京する人たちが宿泊する地方自治体の施設があちこちにある。

 後藤田正晴氏が官房長官の頃、「陳情」の光景を見ながらこう言った事がある。「陳情くらい無意味なものはない。陳情で物事が決まったら日本の政治はお終いだ。物事は国家的見地に立って決められる。陳情で決まる訳がない。ところが陳情で決まると思っている連中がこれだけやってくる。無駄な事なんだがなあ」。

 エリート官僚である後藤田氏からすれば、政策を決めているのは官僚で政治家ではない。国民はそれも知らずに「陳情」を繰り返している。政治家はさも自分がやったかのように言って票を集めるが、それは愚かな事だと言うのである。しかし後藤田氏は「陳情」政治が我が国の官僚支配の構造の中から生まれてきた事を言っていない。

 昭和13年に国家総動員法を作り15年に戦時体制を確立した日本は、戦争遂行のために地方を完全に中央の支配下に置き、自立させないようにした。それは戦争のためだったが、戦争が終わっても変わる事はなかった。官僚主導の政治が戦後も続いたからである。従って自立することが出来ない地方自治体はひたすら中央政府に「陳情」するしか能がなかった。日本は国民の代表を選挙で選べる民主主義の国だから、地方は政府への橋渡し役を与党である自民党の国会議員に託した。橋渡しのお礼は選挙の票という事になる。

「自立させないようにして助けを求めさせ、それを与党が助けて票を得る」。これが自民党政権下の支配の構図である。そのために地方自治体も農業も自立できない仕組みにされた。自立できない者は自民党に助けを求め、自民党は保護の名目で公共事業や補助金をせっせと地方や農家に運んだ。こうして地方や農家が自民党の票田となった。それが自民党の長期政権を支えた。議員にとってこの役目は長く続く方が良い。つまり地方自治体や農業が自立して貰っては困る。こうして次第に目的と手段とが逆転していく。

 ある自民党議員から聞いた話だが、地元の道路がもう少しの所でなかなか完成しない状態が一番良いのだと言う。その時が最も選挙民から頼られて色々良い思いが出来るらしい。議員の仕事はまず「陳情」された案件に少額でも良いから「調査費」名目の予算を付けさせる。それが付けば案件は既成事実化する。次は着工に持ち込む。着工しなければ中止の可能性もあるが、着工してしまえば後戻りは出来ない。ところがそこまで実現すると今度は完成しない方が都合が良くなる。予算が足りないとか何とか言って完成に時間がかかる方が良い思いが出来る。そんな事がこの国のあちらこちらにあるらしい。後藤田官房長官が批判した「陳情」の話よりも、もっと劣化した政治の実態がこの国にはあるのである。

 小泉政権で郵政民営化が叫ばれていた頃、総務省幹部がこう言った。「郵便局がいつまでもこのままで良いとは思っていない。民営化が時代の流れだと言われればそれを否定する積もりもない。しかし立場上我々が賛成する訳にはいかない。反対を言い続けるしかない。後はどこで手が打たれるかです」。それを聞くと総務省は民営化に反対なのではなく、最も有利な民営会社にするために民営化反対を言っている。

 1985年の電電公社民営化もそうだった。電電民営化は世界的な情報化社会への移行に際して、やらなければならない国家的事業である。しかし従業員25万人という日本最大の民間会社が出来る話だから、様々な利害関係者が「私益」を求めて動き出した。その前年にアメリカは大電話会社AT&Tを7分割して、競争原理を導入する体制を作った。そしてアメリカは飛躍的な電話料金の値下げに成功してインターネット社会を作り出すのである。

 日本も当初は分割民営化をやろうとした。しかし政界、官界、労働界の様々な「私益」がぶつかり合い、それが民営化反対の衣をまとって盛り上がり、紆余曲折の後で巨大独占企業NTTが誕生した。おかげで電話料金は下がらずにIT分野で日本は世界から遅れをとった。反対運動によって「私益」が「公益」を上回ったのである。

 電話料金は情報社会の「産業のコメ」である。そのコストは国の経済のあらゆる分野に波及する。誰も言わないが電話料金が下がらなかった事が日本経済に「失われた10年」をもたらした一因である。「民営化反対」が端緒になって日本経済は長い苦しみから抜け出せないでいると私は思っている。

 反対には「絶対に妥協出来ない反対」と「条件を有利にするための反対」とがある。圧倒的に多いのは後者の反対である。「公益」と「私益」とが対立した場合、「公益」が優先されるのはやむを得ない。しかしそれでも「私益」を守る必要はある。そこで反対をして有利な条件を勝ち取ろうとするのである。それは必要だと思うが、それでも「私益」が「公益」を上回っては困る。

 「社会の公器」を自称するメディアは、何が「公益」で何が「私益」かを見極める必要がある。ところが反対の言い分ばかりを紹介するメディアが多い。この国には「我々は弱者だ」と称して「私益」を守る人たちがいる。自民党政権下で野党は専ら「弱者」の味方で、自民党も「弱者」には頭を下げる事が多かった。それが税金を払わない「弱者」を生みだし、日本の政治をおかしくした。

 政権が代わったのだからこれからは「弱者」か「強者」かの区分より、「公益」と「私益」とを見極めて反対運動を論評すべきである。そうしないと官僚組織や労組などが得意の「反対叫んで焼け太り」を許す事になる。八ツ場ダムや公務員制度改革を巡る最近の報道を見ていると以上の事を思い出した。


*   *   *   *   *   *

■銀座田中塾のお知らせ

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■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

◆信頼と誠実

これまで、国・政府や官僚に対して、国民はどれほど信頼していたのだろうか、政府や政治家はどれほど誠実に国や国民の生活を守ろうとしていたのだろうか。

民主党に期待しながら、民主党は、愛国心が真に深まる政治をして欲しいな。

愛国心では腹は膨れません。
必要なのは未来への希望を政治が与えることです。

おはようございます。さて、塾長の書かれたことを、1年生議員には、必ず、声を出して、頭に叩き込む気持ちで、読んでもらいたいですね~。

田中 様
 
「小規模農民の自立」多くの途上国で農業に関わってきた者には、なんとも空疎な統治権力のキャンペーンである。しかも「自立されては困る」という本音があまりに簡単に透けて見えるではないか。
日本もそうした意味では途上国そのままだったのでしょう。
 しかしきれいごとでは事が進まないこうした国です。この際、貧困農民には徹底して騙しあいを戦略的に進めるべく、「騙されたふりして徹底してぶら下がれ」というのが一つの戦略であるかもしれない。ルーラ式再配分政策が徹底しているブラジルですが、「もはや二流国家ではない」とIOCでの発言である。二流かどうかは別にして日本の一歩先を歩んでいるのかも?
酷暑を逃れるべく、マンゴーの木の下にパソコンを持ち出し、逸見庸の「人間ほど非人間的な生き物はありません」を反芻しながらです。
‐余談です‐
 オリンピックを招致したリオデジャネイロは選考日当日は特別休日にされていました。東京よりは面白くなりそうですが、2014年のワールドカップで燃え尽きるんじゃないのかと皆さん心配しています。

<田中様>
今回ばかりは素直に賛成できません。「私」より「公」を優先しろとは、政治家や行政には当て嵌まりますが、個人には当て嵌まるかどうか疑問です。
川辺川ダムを始めとした反対運動はするな、黙って役所の言う事に従えとは、田中さんらしくありません。
弱者と強者に置き換える事は詭弁でしょう。
「公益」と「私益」に分けての判断は誰がするのでしょうか。
いつも甘い需要予測に基づいて「公益」を振りかざし、土建業者と自民党の地方議員や国会議員だけがいい思いをして住民は、生活を踏みにじられ、挙げ句の果てにムダな公共事業の維持費を地方税で取られて踏んだり蹴ったりです。
築地市場移転も毒がたっぷりある豊洲への移転が「公益」なのでしょうか?
役所は調査予算があり、御用学者を雇って公益性を理論武装できます。住民はどうしろというのでしょう。税金を払わない弱者は踏み付けてもOKと?

田中良紹様
いつも大変興味深く拝読いたしております。私も同様の思いを持っており、高野孟氏の9月26日記事「八ッ場ダム関連に国交省176人天下り!」に「公と個」というタイトルをつけて愚見を述べさせていただきました。
 欧米、特に欧州では公益と私益が対立するときにはどのように解決しているのでしょうか?以前何かの本で読んだかすかな記憶ですが、スイスでは道路を作るとき公益(費用対効果)から見て最適なルートを設定し、そのルート上にある個人の家には一定の金額を支払って立ち退いてもらうというルールが確立されているそうです。立ち退きを拒否することはできないと記憶しています。随分前のお話なので真偽のほどは不明ですが、このようなルールについてご存知のことがあればぜひ教えていただきたいと思います。
 前原大臣の言われる「公共事業を中止する仕組み作り」も大切だと思いますが、「公と個」についてもある一定のルールを策定する必要があると思います。さもなければ、有益な公共事業が完結するまでに膨大な時間とお金をかけることになります。
 

■日本政治の幼児性■

「私」がよりよく生きる為の道具として「公」の概念が生まれ,これを政治と呼ぶのだと思います.政治家や役人(官僚)は政治に仕えることを生業(なりわい)とする者です.
従来の自民党政権下での政治家や役人(官僚)は,「公」の仕事をしている「振り」をして,そこにしっかり,私欲を潜り込ませ,「利権構造」なるものを発明し,それを強固にしてきました.
民主党政権下,政治家や役人(官僚)が本来の生業(なりわい)である,「公」の人となることを願います.
こんなことは,言うまでもないことなのに,残念です.
日本政治は,まだまだ幼児期のようです.虚脱感におそわれます.

em5467-2こと恵美 様

えーと、今回の田中さんの論評においては、例えば八ツ場ダム問題に当てはめれば
・公益=八ツ場ダム建設を中止すること
・私益=八ツ場ダム建設中止に反対すること
ということなのでは?

こんにちは。
いつも鋭い切り口に目が開かれます。

>「自立させないようにして助けを求めさせ、それを与党が助けて票を得る」。

よく似た表現に云うところの、
「依らしむべし、知らしむべからず」
これは権力者が拠って立つ常套手段でしょう。
その姿の延々と続くのが、仏教国とされるこの国の教団仏教の姿でしょう。
釈迦仏陀をその祖師と標榜するなら、その生きざまと今日の教団仏教の在り様の検証無くして、この国の精神構造、いい加減さの払拭には至らないかと想います。

<かめの♪様>
レスありがとうございます!
さて、八ツ場ダムに当て嵌めると
ダム推進派=弱者&私益派
ダム建設反対派=強強&公益性派
ではないかとのご指摘ですが田中さんは以下の様に書かれています。
>この国には「我々は弱者だ」と称して「私益」を守る人たちがいる。自民党政権下で野党は専ら「弱者」の味方で、自民党も「弱者」には頭を下げる事が多かった。それが税金を払わない「弱者」を生みだし、日本の政治をおかしくした。<
これに当て嵌めると野党時代の民主党が反対してきた川辺川ダムや八ツ場ダムも「建設反対派=弱者&私益派」になりませんか?
田中さんは、政権が変わったのだから「公益」と「私益」を判断のモノサシにしたら?と提言されていますが、民主党なら今後一切、ムダや無体な公共事業をしないとは限りません。
建設反対派はメディアに取り上げてもらう事しか抵抗のすべはありません。
八つ場ダムに関しては建設中止反対派=ダム推進派が実は弱者の仮面を被った大地主と自民党、国土交通省でありダム反対派を村八分にできる程の強者であった実態が明らかになってきました。
私は個人的に国土交通省(旧建設省)が、公益の名の元に悪辣な脅しで、地上げをしてきた実態を知っています。
公益・国益の前には、個人の私益などマスコミは取り上げるな、とは危ない発想だと思うのです。
いつも納得してきた田中さんの記事ですが、今回ばかりは反旗を翻させていただきます。

■宗教法人の欺瞞性■

以下は,
Shiniti.Hatuse 様(投稿者: Shiniti.Hatuse. | 2009年10月 5日 14:24)
のご意見に関連しての私の考えです.

広大な敷地を持つ神社仏閣は宗教法人の名の下に,固定資産も無税,営業活動の収入(お布施)も無税,そして,基本的に世襲です.
宗教が,国民の福祉に寄与する「公」の存在であるのなら,その当事者の宗教家は,世襲という,究極の「私」のルートによる,職業選択は決して許されるものでは有りません.
政治については,無税の条件と引き換えに,公職選挙法,政治資金規正法と,とんでもなく厳しい法律を作っているのに,どうして宗教法人は野放しなのでしょうか.
これこそ,日本政治あるいは日本社会の醜悪さの極致です.

投稿者: 大野保志 | 2009年10月 5日 16:01 の投稿に。

大野保志 様、こんにちは。
私の投稿へのコメントありがとうございます。
処で上記投稿であなたは様は私と何について論じ様とされて居られるのか私にはよく解りません。

>広大な敷地 無税

因みに私には無縁の一介の百姓故。
唯、本来の仏教と今日の教団仏教には180度の異なりが在るのではないか、とは、故・中村 元 様の御著書を読ませて頂く内、疑義し今日在る一人では在ります。
そのことで有れば、少しは会話に御応え出来るかも・・。
釈迦仏陀の思想とは自律自己責任の思想と。
決して誰かに依存せよとの教えとは想わない、との立場の私です。

公共事業に「私益」を持ち込むな、という指摘だと思いますが。

Shiniti.Hatuse 様(投稿者: Shiniti.Hatuse. | 2009年10月 5日 18:40)

あなた様と議論するつもりは無かったのですが,その様に思われたとしたら,私の本意では有りません.失礼しました.
説明不足の点もあったかと思いますので,以下補足します.
宗教は人間の優れて内的な行為であり,このことは,政治をテーマとする本サイトでは議論できない事項だと思います.
しかし宗教の目的である内的行為を実現する為には,外的行為,即ち布教や集会,その為の施設の運営等が伴います.この外的行為は政治,憲法,法律の支配下にあり,本サイトの議論の対象だと思います.
と言う次第で,本サイトの主催者田中さんの今回のテーマは「公」と「私」ですが,あなた殿は,関連で宗教について意見を述べられていました.
そこで更にその関連として,私が常日頃考えている,宗教に関する 「公」と「私」のあり方を述べさせていただいた次第です.
宜しくお願い致します.

em5467-2こと恵美様
 いつものことですが、強いものに対して臆せず、己の価値観に基づいた意見を述べられていることに改めて敬意を表します。真に弱い立場に置かれている人達を少しでもサポートする姿勢こそ、人としてとるべきであり、そうありたいと私も思っております。
 私は団塊の世代を”「あなたでなくてもいいよ」と言われた世代”と定義していますが、熾烈な競争を強いられた世代です。強いもの、長いものに巻かれているほうが楽な生き方とわかっているが故に、己の価値観に忠実に生きる人に魅力を感じます。小沢信者であることもその一環なのでしょう。
 恵美様とは価値観も共有しているように感じています。益々のご健筆を期待しています。
 

大変勉強になります。
官僚社会主義システムにより支配されていたこの日本。

「弱者」を「弱者」のままに縛り付けておく。そのようにして支配るしつづけてきた。

その支配構造はもはや立ち行かなくなった。

既得権益構造をぶっ壊そうとしている現在、弱者では全くない、弱者のふりをした偽装「弱者」が、自らの既得権益を必死に守ろうとしている。偽装「弱者」の反対の叫びはあまりにも醜い。

偽装「弱者」の「反対叫んで焼け太り」を決して許してはならない。われわれ国民は偽装「弱者」の代弁者かのようなマスコミ報道に騙されてはならない。

国家とか公益とかって、その時の政権もしくは権力によってその思いが違うのかも・・
もしくは時間とともに変わっていくのかな・・
戦争中の国家、自民政権時の国家、公益
で、民主党が考える国家、公益はどうか?


1985年が電電公社民営化ですか、そういえばauも最初は第二電電といってましたね
ソフトバンクが出てきて料金が下がってきましたが、まだまだ高止まりです。

JR運賃も高い。
私のところは東京から100キロで特急往復料金7500円
高速道路だと往復料金で5000円プラスガソリン

NHKは公共放送だと思ってないんで契約していないがこれも相当高いハズ。

ここら辺が少し下がるだけで物流にいい影響が出るし、生活しやすくなるんじゃないかな。

文系・理系という分類も世界の珍分類ですが技官・事務官と言うのも同様世界の奇習でしょう。
公共事業も軍拡同様技官自己増殖現象です。その世界では企業技官・大学技官・官庁技官という序列があり
話もこの順序で進みます。公共事業は何のことない軍拡代替事業なんです。公務員採用制度を変えないとダメどす。理系総理なんていてるようでは先が思いやられます。徒弟制度・ギルド制度ですから先輩・先生の言いなりですから。砂防会館の入り口銅像は赤木某という京大の土木の先生です。
オシテシルベシ、でしょ。後藤田さんの御次男のご職業は?

 少々かじった知識からですが、批判の槍玉に挙がっている事業についての印象はモノを「造る」「行う」ことに利益を見出していて、出来上がったモノを「使用」「結果」は2の次になっていることが問題になっているように思います。
 公共事業を例に出してみますが、意見で重要なのは、「公益」か「私益」かではなく、出来上がったモノについての利益、損益に基づいての意見なのか、そのモノを造るにあたって発生する利益、損益に基づいての意見なのかを見極めることではないかと思うのです。
 方法が適しているのか、立地条件、設計、その他諸々の情報から、出来上がったモノがもたらす利益とそのモノを作るにあたって発生する損益を比べることが必要だと思うのです。
 公共事業は一度始まってしまえば修正は難しいし、もし完成してから欠陥品だとわかっても、取り壊すのもほぼ不可能、使えないならまだしも維持に非常にコストがかかって使い物にならないモノも多いようなので、非常によく吟味する必要があると思います。
 けれど、吟味の基準が「公益」と「私益」では、各人それぞれのイメージする「公益」、「私益」で判断してしまい、問題ではないでしょうか。
 ちなみに 私見としては「私益」≠「公益」だとは考えていません。そうではなく、乱暴な意見かもですが、「公益」とは共通の「私益」がいくつも集まったものだと思っています。
 水道が、電気が、ガスが、交通が、通信がそれぞれあると利になる、それは個人にしろ、会社にしろ、一つ一つは「私益」ですが、それらが共通のものになると「公益」になると考えています。
 だけど、結局は集合体だから、その意見が多いように見せれば「公益」に感じるし、少ないように見せれば「私益」に感じてしまうと思うんです。

 別に公共事業に限った事ではありませんが、利益の方が大きいのに、その計画があたかも個人的な黒い企みの様に報じられたり、損益の方が大きいのに、あたかも反対意見は個人の我儘だけでしかないように報じられることも少なくないように思われます。
 ですから、ただ単純に「公益」「私益」に見えるだけで判断するのはどうかと思います。

公共サービスと公共インフラは、明確に分けるべきです。

この辺を曖昧にしているところに、悪しき者らの利益が潜んでいます。

NTTによる電柱などの通信回線網独占を排除すれば、携帯電話料金は、まだまだ安く出来ますと、某携帯電話会社社長が申しておりました。
20年程前には考えられなかった新たな負担として、一家族を4名程度と想定した場合の携帯電話料金合計額は、いまや、一家族の光熱費を上回っているとおもいますが…。(収入は減ってます…)

高速道路の無料化は当然です。
既に国民は、長年に渡り、自動車に関して、多種多様な税金を払わされ続けてきました(道路が無料でも、車両の維持費や燃料費まで無料になるわけではありません)。
鉄道各社が「慎重な検討を…」などと意見してますが、バカもいいところで、利己的思惑が働いていることがバレバレです。

皆さん、競争原理によって、鉄道のサービスは向上しますよ!。

高速道路の民営化に関しても、インフラとサービスに分けて考えましょう!。
利用者が認める快適サービスなら、なんなら、一般道だって民営化可能です。

日本一の渋滞高速道路(笑)の首都高も、近隣一般道路を含めて一括管理し、情報通信を駆使した渋滞緩和サービス会社などに管理(民営化)させるなど、我々が、まだ、経験した事のない解決策(新サービス)が考えられますよ!。

とにかく、
公共サービス = 成果によっては儲かってよろしい!。

公共インフラ = 限りなく赤字を出さず黒字を出さずの経営を理想とする!。

です。

さて、乗用車に対して複合的に税金を課してきた上に、無料前提で料金徴収を行ってきた高速道路の無料化に、現時点で反対する国民がいるとしたら、ほんとうに、よく考えてください。(悪しき者らを保護することなのですよ)

悪しき者らは、この、戦後の道路行政(悪しき慣行)を手本として、情報通信インフラなどに、様々なギミックを創り出しているのですから…。

さらに言うと、デフレスパイラルが発生した場合の原因は、勿論、経済事情なのですが、「子供たちが、携帯料金の支払に追われ、雑誌やお菓子を控える」などといったことで表現しますが、まさに、定常的な出費と収入、そして、情操とのバランスをとることを欠いてきた、国家行政と一部企業の失策以外のなにものでもありません。

それと、公平さを喫したいので追記しますが、
これは、表立った方々が、けっして口にしない問題ですが、国民の意欲(質)の劣化が挙げられます。

マスコミも、政治家・官僚・経営者を責め立てるだけですが、例えば、経営者らの本音は「当てにならない仲間(社員)を増やし、雇用責任を負わされるのはご勘弁」なのです。

ようするに、国民は、足下を見られ、ナメラレているということです。

情報の洪水に翻弄され、やがて疲れて、考える事を止めてしまう…。

みなさん、レトリックに注意しましょう!

> エリート官僚である後藤田氏からすれば、政策を決めているのは官僚で政治家ではない。国民はそれも知らずに「陳情」を繰り返している

たとえば、 ちゃんとした国際的なハブ空港がないのに、地方空港が93も作られてきた実情を見て思うのは、
地方の有力政治家たちと官僚がどういう共犯関係にあったのかですね。
官僚は バカではないから、韓国の仁川の巨大空港に対抗するには、ハブを作るには ある程度資源を集中投下する必要があることは知っているはずだ。
知っていてそれができなかったとすれば、地方からの政治家の声を聞かなければならない状態にあったからだ とも言えるのでは。

つまり、 政治家に対して 官僚が完全に優位にあるのらば、ある程度戦略的に空港を作って
いけたかもしれないが、政治家に対する官僚の優位さというのは 政治的力の面での優位さではないですね。
いうまでもなく、政治上の実質の力は 政治家が握っている。では、官僚の優位さは何によるものか。それは、 情報の独占によるものでしょう。 
つまりは、 政治家が 権力をにぎっていて、 官僚が情報を握っている。

つまりは、政治家は情報に不足しているので、空港を作ることについて、 広い視野で捉えることができない。よって、戦略的な思考ができにくい。よって、地元の利害から 自分のところに空港を作ることのみに専念する。かりに 官僚は 地方に空港を作ることよりも、ハブ空港となりうる空港に資源を投下したほうがいいと考えていたとしても、 実質の政治権力がないからそれができない。

とするならば、 権力は持つけれども情報を持たない政治家と、情報は持つけれども権力を持たない官僚の
組み合わせが、資源の選択と集中のような戦略的な動きを出来なくさせているとも言えますね。

実質権力を持たない官僚が、情報によって政治家を操作しようとする場合、どうするか。 情報によって権力を持つ者を操作するには、情報を操作することによってしかない。 官僚は情報を操作して政治家を動かそうとする。ということは、 その情報は常に操作された情報なので、正確な情報が政治家に届かないという
状態が発生することになる。
政策実行するための実質権力持つはずの政治家が 正確な情報によって判断できなければ、それによって実行される政策は つねに否められる可能性が高くなる。

戦略的に政策を実行しようとする場合、すべての地方の言うことを聞くわけにいかないので、その利害調整のために政治力が必要になるわけですが、 実質権力を持たない官僚には そのような利害調整は出来ない。それは、権力を有する政治家がやるしかない。しかし、その政治家には ちゃんとして情報が伝えられないので、そのような戦略的政策の観点を持ちえず、いつも 地方の利益の代弁する代議士に堕することになる。

ということからすると、
実質権力を有する政治家が ちゃんとした情報も所有することが必要なわけだ。官僚に依存して 官僚に操作された情報ではなく、官僚を支配する形で、官僚にちゃんとした情報を政治家に出させることが必要。
この点で、国家戦略局(室)などの機能が重要だと思うんですけどね。

大野保志様の
投稿者: 大野保志 | 2009年10月 5日 19:51 へ。

おはようございます。

>宗教は人間の優れて内的な行為であり,このことは,政治をテーマとする本サイトでは議論できない事項だと思います.>


それはあなた様の御見解として拝聴するにやぶさかでは在りません。しかし「政治」とは、政・祭りごとを以て治める、これが元ではないでしょうか、つまりあなた様の云われる、「人間の優れて内的な行為」に基づく集団志向表現、これが今日に云われる「政治」かと。此処に於いて他に依りかかることを専らに勧める今日宗教集団が闊歩するは、自律否定の民衆を形成し、その結果が鵺の如き実態の見えぬ国家を形成するに至ることになるのではないでしょうか。
あなた様はどのように理解されて居られるか知りませんが、「宗教」とは本来個々人の生きざまそのものを云うものと、私は認識するものです。

故後藤田正晴さんは「陳情くらい無意味なものはない。」とおっしゃったそうですが、たしかに一面の事実でしょう。自由民主主義に反しますが、現実的に、優秀と思われる官僚組織が官僚主導で公益を重視した最適な政治・行政を進めたほうが良い、と言う意見もあります。

しかし自由民主党は「自由民主主義」を標榜する政党である以上、日本人1億2千万人の自由と権利と主張を尊重せざるを得ません。従って1億2千万人の「陳情」を形式上、受け入れざるを得ません。

たとえば故田中角栄さんは陳情の重要性と意義について、下記のように述べたそうです。
「陳情は、現代の議会制民主主義制度下にあっては必要不可欠な主権者の権利行使ですよ。提言とも云うべきものじゃあねえですか。国民が、立法府、あるいは行政府に対して、社会生活上の様々な問題を持ち込むというのは、もっとも至極当然なことじゃあないんですか。マスコミは、癒着の温床だとか、賄賂だ、利権だとか云いますがねえ、何を云うか!だ。株主総会で、株主が意見するのと同じ! 取締役会に累積投票権を要求するのと同じなんだ! 選挙民だから、投票されたこちらとしてはね、請願、陳情は、いつでも聞く耳を持たなきゃなりませんよ。国民に取っても、それが憲法でちゃんと認められた大権なんだから。」
※さくさべ 直…議会が変われば地域が変わる!、2009年9月2日、naoshi11
http://d.hatena.ne.jp/naoshi11/20090902

しかし自由民主主義は、「みんな自由にしていいよ。みんなが主役です。みんなそれぞれ好き勝手なコト言っていいよ」という実はとんでもない主義です。10人20人ならともかく、1億人以上の人間が(利害が複雑に絡み合う中)自由民主主義のもとで、長期的に適切な政治体制を運用できるとは思えません。

どうしたって自由民主主義政治体制下で、声の大きな人たちが利益を得やすい。田中良紹さんのご指摘の通り現実的に、「私益」が「公益」を上回り、少数「弱者」が多数「強者」を押し切るケースも多い。多数決が原則ですが、「少数意見も尊重せよ」の掛け声に押し切られやすいでしょう。

しかしこれはおかしい。やはり多数決が原則で、多数の意見に少数は従うべきです。そうでもしないと政府・議会・行政は、「公益」を尊重した政策を何も決められず、何も進められない。そういった意味で、小選挙区制による衆議院の2大政党制は「現実的に」正しいと思います。たしかに死票が多く出る弊害はあります。がしかし、1億人以上の人間の利害を複雑に絡み合う以上、現実的に仕方ないでしょう。

日本の場合、2大政党制が多少なりとも「反対叫んで焼け太り」を減らし、「公益」にそった政治を以前よりは推し進めることを可能にすると思います。これは素晴らしい事だと思います。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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