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2009年10月31日

改革の本丸は国会にあり(2)

 世の中の出来事はほとんどが複数の官庁にまたがる。ダム建設を考えても、工事をするだけで終わらない。環境問題やエネルギー問題、地域振興から雇用問題まで幅広い分野に影響する。それを総合的に考えて計画は作らなければならないが、官僚が法律を作る日本では、どこか一つの官庁に所管させる話になる。どんな問題でも官庁のタテ割りで法案を作り、官庁と同じタテ割りの委員会がタテ割りの議論を行って法律を作る。これが官僚国家日本の立法府の姿である。

 因みに日本と同じ委員会中心主義のアメリカ議会では、問題ごとに委員会が存在する。複数の官庁にまたがる問題の委員会もあれば、一つの官庁の問題をいくつかに分けてそれぞれ委員会が作られる場合もある。と言うか、そもそも官庁を意識して委員会が作られてはいない。官僚と議会とは基本的に関係ない。官僚が議会に呼ばれるとすれば、公聴会に証人として喚問され、議員から質問される場合だけである。

 しかし日本では議員が委員会に所属すると、所管官庁の官僚が頻繁に訪れ、法案の中身や役所の政策について丁寧に説明する。他にそのような事をやってくれる組織も人間もいないから、たいていの議員はその説明を鵜呑みにする。霞が関は情報の宝庫だから議員は次第に霞が関の情報に頼るようになる。そしていつの日か洗脳される。官僚と親しくなると便利な事が一杯ある。情報だけでなく献金も選挙の票も集めてくれる。

「言論の府」と偉そうに言うが、国会審議のほとんどは法案の字句を問いただす「質疑」とそれに対する「答弁」だと前回書いた。法案を書くのは官僚だから答弁書を作るのはお手の物である。それを閣僚が棒読みする光景がしばしば見られる。情けないのは何を質問して良いか分からない野党議員まで官僚に質問を作ってもらう。こうなると国会は政治家が振り付け通りに踊る役者で、作・演出は霞が関という事になる。振付けられる議員は古手に多いかと思えば「若い政治家ほど霞が関に頼る」と古手の議員が嘆いている。

 このタテ割り委員会の中でも奇妙なのが財務省所管の予算委員会である。政府が作った予算案が妥当かどうかを審議する委員会なのに、国民は昔から予算審議をしない予算委員会を見せられている。予算委員会の最初の2,3日を「基本的質疑」と言って、それをNHKがテレビ中継するのである。

 予算の審議なら財務大臣と野党議員で議論すれば良い訳だが、「基本的質疑」には総理大臣以下全大臣の出席が義務づけられている。予算案には全役所の給与が含まれるという理由だが、役所の給与についての議論など見た事がない。要するにこれは予算審議ではなく、オール政府対オール野党の審議なのである。野党は党首クラスが質問に立ち、国民の関心事を取り上げて政府を追及する。

 それをNHKは「国会中継」として放送し、国民はそれを国会審議だと思い込んできた。しかしこれは普通の委員会審議とは異なる国民鑑賞用の「よそゆき」なのである。これと似ているのは英国議会の「クエスション・タイム」で、こちらも全閣僚が出席し、野党党首が毎週30分間首相と論戦を交わす。かつて自由党時代の小沢一郎氏が自民党との連立の条件として日本の国会にも導入する事を働きかけた。

 その結果日本でも「党首討論」と称して実現したが、実は予算委員会の「基本的質疑」と重複する。私は「党首討論」の導入で予算委員会の「基本的質疑」をやめるのかと思ったら、野党がやめる事に反対した。その結果、総理が委員会に出席する週は「党首討論」をやらない事になり、そのうちに次第に開かれなくなって「党首討論」は形骸化した。

 問題は「基本的質疑」をなぜ財務省が所管する予算委員会でやるかである。予算委員会の部屋には財務省の課長クラスが常時待機し、委員会の所属議員に張り付いて「廊下トンビ」をやる。つまり財務省が手取り足取り振り付ける委員会なのである。戦後GHQは内務省を解体して大蔵省(現財務省)を霞が関の中枢権力にした。その官庁が仕切る委員会が国会を代表する審議をしてみせる。それだと国会は霞ヶ関の下位に置かれている事になる。因みにアメリカでは予算委員会が他の委員会に比べて重要視される事は全くない。

 NHKはこの中継を自主的判断で行なっているのだろうか。NHKに何度聞いても「慣例です」としか答えない。NHKが自らの判断で国会の委員会を取捨選択し、国民に必要な審議を放送するなら問題ないが、放送が強制されているのなら問題である。国家がぐるみで「これが国会だ」と国民に見せつけている事になり、官僚支配体制を民主主義に見せかける仕組みの一つという事になる。

 55年体制下ではこのNHK中継が与野党の国対政治に利用された。かつての野党は政権獲得を狙わないから政策的な議論より国民にアピールするスキャンダル攻撃を好んだ。「爆弾男」と呼ばれる議員がテレビ中継の最中にスキャンダルを暴露し、政府与党が答弁に詰まると、それを口実に野党が審議拒否に入る。

 審議が止まると裏側で秘密の交渉が始まる。そこで全ての法案の帰趨が決められた。審議を始める前に法案の「成立」、「継続」、「廃案」が決まるのである。「成立」の見返りに労組の賃上げが認められたり、スト処分が撤回されたりした。予算審議は3月末まで続くのにNHKは最初の2,3日しか中継しない。それは予算と関係のない審議で、いざ本当に予算の審議が始まるとNHKは絶対に中継しない。そのため国民は野党の審議拒否にも気がつかない。それが55年体制末期の国会の姿である。

 現在、官僚の国会答弁禁止問題に与野党から議論が噴出している。言論表現の自由を侵すという議論や法律で縛らずに運用でやるべきだという主張がある。そう主張する人たちは結局官僚の手下なのだろう。国会が官僚の手の平から脱して自立する事を官僚は最も恐れている。三権が本当に分立してしまったら官僚支配は崩れる。だから何とか国会を自分たちの領域にしておきたい。官僚の発言を議事録に残し、政治をコントロールしたいのである。

 昔は国会に出席する官僚を政府委員と言った。大日本帝国議会の開設以来答弁を行なう存在として認められてきた。それが戦後もそのまま残った。戦後民主主義というが戦後も官僚支配である事の証拠である。制度が廃止されたのは2001年の事である。自由党が自民党との連立の条件として提案し、副大臣制度の導入と共に廃止された。政府委員に代わって答弁は政治家である副大臣が行う事になったが、実際には副大臣の答弁はほとんどなく、政府参考人と名前を変えた官僚答弁が続いた。

 これまでの経緯を見れば政治家が余程頑張らないと官僚依存を脱して法律を作る事など出来ない。官僚に依存する方が圧倒的に楽なのだ。「運用で禁止する」などと言ったら政府委員が政府参考人に変わったように簡単に抜け穴が出来て官僚答弁が復活する。また自民党が政権を取った後も簡単に官僚答弁を復活させないためには法律で縛った方が良い。官僚答弁の禁止は政治家が自ら立法を行うために退路を断つ覚悟なのである。政治家にとっては厳しいが、ここは勇気を持って「法律を作るのは政治家である」と決断してもらいたい。国会が本当に「国権の最高機関」になるためには越えなければならないハードルだと思う。

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2009年10月26日

改革の本丸は国会にあり(1)

「脱官僚政治」を掲げてスタートした鳩山政権にとって最初の重要課題は来年度予算の編成である。通常なら夏から始める作業だが、組閣が9月中旬だったために短い時間でやらざるを得ない。概算要求の提出まで1ヶ月足らずであった。いよいよこれから絞り込みが始まる。

 鳩山政権はその作業を官僚に任せず政治主導で行うと言う。しかも公開すると言っているので、国民は予算案が作られる過程を知る事が出来る。年末に出来上がる予算案を見れば国家の目指す方向が分かる。予算案は通常国会で野党の追及にさらされるから、国民はさらに多角的に予算の意味を考える事が出来る。これまで遠いところにあった予算が初めて身近になるのではないかと私は思う。これからの編成作業と来年の通常国会が新政権の力量を推し量る最初の見せ場になる。

 ところがその作業が始まる前からメディアは「95兆円の概算要求は史上最大」で「なぜ無駄が切れないか」とか「官僚に丸め込まれた」とか騒いでいる。政治を知らないと言えばそれまでだが、バカ丸出しである。概算要求の段階で結論を出してしまったらまるで政治にならない。予算を決めるのも、外交交渉を行うのも、政治が初めから本音を出す事はありえない。反対する相手がある中で目標に到達するためには目標と異なる所から始めないと到達できない。周囲に解決は難しいと思わせ、ハラハラドキドキさせながら最後に周囲を納得させる。古今東西それが政治というものである。

 メディアは何でも騒げば国民が喜ぶと勘違いしているが、国民はそれほどバカではない。メディアを冷たい目で見ていることに早く気付いた方が良い。新政権を評価するのはまだ早い。少なくも予算案が固まってから、もっと言えば野党に活躍の余地を残してやるのも政治だから、通常国会でのやりとりを見てからでないと本当の評価は出来ない。「権力批判をするのがジャーナリズムだ」などと子供じみた事を言うメディアにはそういう事が分からない。だからこの国の民主主義は「ちいちいぱっぱ」の世界になる。

 臨時国会は政府も野党も共に初体験だからまずは「顔見せ」である。本格的な攻防は通常国会から始まる。臨時国会で自民党は鳩山総理の献金問題や日本郵政の社長人事で政府を追及するそうだが、そんな事より臨時国会と平行して行なわれ、臨時国会終了後に最終段階を迎える予算編成作業の方が国の将来にとって重要である。

 鳩山総理の献金問題は東京地検が捜査しているので基本的にはそれを見守るしかない。その結果犯罪性が立証されれば政治責任を問われるが、それまでは追及してもただのパフォーマンスに過ぎない。自民党が斉藤次郎元大蔵省事務次官の社長就任を「天下り」と批判するのは、かつて自民党によって排除された大物官僚の復権を認めたくないからである。何故ならこの復権は現職の官僚たちを動揺させる。斉藤氏とは逆に民主党に排除された官僚は次の政権交代まで復権できない事を思い起こさせ、保身のため自民党から民主党へのシフトが始まる。

「天下り」が問題なのはそれに伴って国民の税金が無駄に使われている実態があるからである。有為な人材を有効に働かせる事に問題がある訳ではない。その事は自民党の方が分かっている。日銀総裁人事の時に硬直的に「大蔵省出身者は駄目だ」と言った「ちいちいぱっぱ」が民主党にはいた。それを自民党は批判していたから自民党の方が大人である。しかし自民党が斉藤氏を退任に追い込む計算もなく、ただのパフォーマンスで追及すると大人だった筈の自民党も民主党の中の「ちいちいぱっぱ」と同列になる。

 ともかく自民党がパフォーマンスに力を入れたりすると昔の社会党とそっくりになり、万年野党になる恐れが出てくる。政権奪還を狙う本格野党なら、あくまでも予算をテーマに民主党とは異なる国の進路を提示して論戦を挑むべきである。だから通常国会が与野党本格攻防のスタートになると私は考える。

 その通常国会では予算審議と並んで公職選挙法や国会法の改正という重要法案が審議される見通しである。実は国会の改革こそが「脱官僚政治」の本丸である。これまで「脱官僚」と言えば「行政改革」に力が注がれてきた。官僚の数を膨張させないように定員を決め、不要と思われる部局を廃止し、省庁の統合・再編を行ったりした。しかし「行政改革」によって「脱官僚政治」が実現する事はない。

 官僚主導の仕組みは明治以来140年も続いてきたから、まるで空気のように国の隅々にまで及んでいる。行政府は国民生活に直結している組織だから目に見える部分が多く、「行政改革」は国民にもイメージがしやすい。そのため「行政改革」ばかりが叫ばれてきた。しかし司法府も立法府も官僚主導の統治構造に組み込まれ、それを支えているので「行政改革」だけでは何も変わらないのである。

 国会は「国権の最高機関」と言われる。司法や行政の権力に比べて国民の代表が構成する国会が優位にある事は国民主権の証である。しかし実態はそうなっていない。官僚主導の国家では国会が官僚の手のひらに乗せられているのである。何故そうなるか。法律を作るのが官僚だからである。概ね課長補佐クラスの若手が法案を書き、それを与党に説明して了解を取り付け、若干の修正はあっても役所が国会に提出する。

 国会の委員会は役所に見合う形に作られている。財務省には財務委員会、外務省には外務委員会という具合である。役所から見ると委員会は自分が作った法案を成立させるためのいわば出先機関である。委員会に所属する議員達に対しては法案を成立させて貰うため与野党共に丁寧にお付き合いして「飼い慣らす」。

「言論の府」と呼ばれる国会に丁々発止の議論はない。「討論」は法案の採決前に各党が一方的に意見を表明するだけのセレモニーとして行なわれる。ほとんどの時間は法案の「質疑」と「答弁」に費やされる。「質疑」とは法案の字句の意味を問い質す事で、「答弁」とはその答えである。要するに国会審議とは議論ではなく字面を問い質す作業なのである。

 無論それに意味がないとは言わない。官僚は自分たちに都合の良いように法案を書き、それを誰にも分からないような表現で作文するから「質疑」は必要である。しかしややもすると重箱の隅をつつくような「質疑」になる傾向がある。一方の「答弁」は官僚が行うから意味不明になる。官僚に最も求められる能力とは意味不明を言い募る能力なのである。こうして国会では重箱の隅をつつく「質疑」と意味不明の「答弁」とが延々繰り返され、国の未来を議員同士が議論する場はまるでない。

 新政権が「脱官僚政治」と言って予算を政治主導で作るなら、法律も政治主導で作らなければおかしい。立法作業が官僚主導でなくなれば、官僚の答弁がなくなるのは当たり前である。ところが官僚答弁を禁止する動きが出てきたら、与野党の議員から反対の声が上がった。反対する議員は法案の作成をこれからも官僚にやらせようという考えなのだろう。それ以外には考えられない。

 行政府の内部の話を国会で説明させる必要があれば、官僚を証人か参考人として国会に喚問するのが普通である。その際の「証言」を間違っても「答弁」とは言わない。「答弁」とは法案の字句の説明をする事だから、官僚が法案を作成する事が前提となる。それにしても立法府の議員が立法のための「答弁」を行政府の官僚にやらせてきたのだから不思議な話である。

 しかしそれほどに国会というところは国民の理解を越えた不思議な世界なのである。この際国民に知らされてこなかった国会の不思議さを順次紹介してみようと思う。

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2009年10月17日

日本の「保守」は社会主義

 鳩山政権が誕生して1ヶ月が過ぎた。この1ヶ月で最も感じた事は日本の政治には「勘違い」が多すぎるという事である。初めての政権交代だから仕方がないと言えばそれまでだが、民主主義の名の下に一党支配が長く続いてきたため、日本人には政治を「考える力」がなくなり、妙な宣伝に乗せられてしまっているのではないかという気がする。

 民主主義政治で最も尊重されなければならないのは選挙で示された国民の意思である。選挙で国民は政党の政策を見比べて判断を下す。国民の負託を受けた政党の政策が国家の基本方針となる。そこで政策がリセットされる。国家の政策を国民が選挙で選べる仕組みが民主主義政治である。

 かつて「政局よりも政策が大事」と言った総理がいた。それがどれほど愚かな言葉であるかを今回の選挙で国民も理解したと思う。政策を実現するのは選挙=政局である。政策は学者や官僚でも作れるが、政局は政治家にしか出来ない。従って政局で政策を実現するのが政治家の仕事である。学者や官僚は「政局よりも政策が大事」と言うかもしれないが、政治家がその言葉を口にするのはおかしい。しかし前の総理はそう言った。これまで政権交代をさせないようにしてきた官僚のセリフを政治家が代弁させられていたからである。

「危機に政治空白は許されない」という言葉も聞いた。危機こそ国民が団結して対処しなければならない時である。国民から支持された政権が国民の支持を得た政策で内外の課題に立ち向かう必要がある。従って選挙は政治空白どころか危機に対する最善の方法である。国民に支持されない政権がだらだら続く事こそ政治空白を生み出す。この倒錯した論理も政権交代をさせたくない官僚のサル知恵から出てくる。こうして政治の「勘違い」が生まれる。

 政権交代が決まった日から新政権が誕生するまでの移行期に、前政権と新政権の政策が異なる場合は、とりあえず前政権の政策を一時停止するのが常識である。ところが我が国では前政権と新政権で意見がくい違う消費者庁が前政権の方針のままスタートしたり、前政権が作った補正予算の執行作業が停止されず、地方自治体が「そのまま執行しろ」と新政権に迫ったりした。

 その時の首長達の言いぐさが「一方的に停止するのは民主主義的でない」というものである。選挙で示された国民の意思は前政権の政策を否定して新政権の政策を求めている。それなのに民主主義を盾に前政権の政策を要求する地方自治体の首長達は、国民の意思を何だと思っているのだろうか。民主主義の「勘違い」も甚だしい。

 ダムや道路建設の中止についても同様である。新政権の方針に反対する人たちは「民主主義は手続きが大事だ」と言い、「中止は一方的だ」と非難した。しかし中止を求めたのは国民の意思である。無論、民主主義は少数意見を尊重するので少数者の言い分を良く聞く必要はある。修正できる部分があれば修正もする。しかし決定そのものを覆す事は出来ない。覆せばそれこそ民主主義に反する。その事を誰も言わない。みんなで「勘違い」したままである。

 野党に転落した自民党は政権奪還のための議論を始めた。大いに議論して確かな再生を図って欲しいと思う。期待もしていた。ところが議論を聞いているうちに首を傾げたくなった。鳩山政権の政策を「社会主義的だ」と批判し、自民党再生のために「保守の旗」を立てると言うのである。自民党を「保守政党」、民主党を「社会主義的政党」と規定して国民の支持を得ようと考えているようだが、それは大きな「勘違い」である。

 日本の自民党と民主党との間に英国の保守党と労働党や米国の共和党と民主党のような違いを作れるかと言えば難しいと私は思う。なぜなら日本の「保守」は戦前から一貫して「社会主義的経済政策」を推進し、戦後はまるで官僚と一体化して、ソ連や中国もうらやむ社会主義的成果を作り上げてきたからである。

 これまでの日本に社会主義的政党はあっても、英国や米国のような保守政党は存在しなかった。自民党は「保守」を自称してきたが、世界から見れば一党独裁の社会主義政権である。それが官僚の作成した計画経済で高度成長を成し遂げた。その結果、世界でも例を見ない貧富の差の小さい一億総中流国家を作った。その成功体験を持つ自民党が、そもそもの力の源泉を投げ捨てて、英国や米国のような保守政党に脱皮できるのだろうか。

 英国の保守党と労働党との間には基本的に富裕層と労働層を支持基盤にする階級的な違いがあり、両党はそれぞれの支持基盤を基に中間層を取り合う事で政権獲得を目指す。米国の共和党と民主党は「政府の関与を嫌う小さな政府信奉者」と「政府に政策の実行を求める大きな政府信奉者」をそれぞれの支持基盤とし、共和党はキリスト教の一夫一婦制を重んじて妊娠中絶に反対、民主党は女性の社会進出を認め、中絶に寛容な傾向を持つ。

 ところが日本は英国のような階級対立も米国のような政策的対立もないまま自民党の一党支配が続いてきた。自民党は「国民政党」と称して国民のあらゆる階層を支持者に組み込み長期政権を可能にした。言い換えればかつての日本に自民党と対立する野党はなかった。メディアは旧社会党を野党と呼んだが、それは国民にこの国を民主主義と思わせる目くらましの虚構である。旧社会党は選挙に過半数の候補者を決して擁立せず、自民党単独政権を絶対にやめさせないところに存在理由があった。それが93年の自民党分裂まで続いた日本の政治構造である。

 従ってそれまで日本の政治に本当の意味での保守も革新もなく、官僚と自民党と財界とが一体となって計画経済を推し進める仕組みが全てであり、労働組合も野党もその構造に組み込まれていた。戦前の「国家総動員態勢」が戦後も民主主義の装いの下に継続されてきたのである。日本が高度経済成長を達成して世界第二位の経済大国に上り詰めると、この構造に慢心と腐敗が生まれた。冷戦の終焉で世界が変わると日本の戦後構造は機能しなくなり、坂道から転げ落ちるように日本は転落を始めた。新たな統治構造を作る必要が生まれ「政権交代」が叫ばれるようになった。

 従って定期的な政権交代と官僚支配に代わる国民主権の統治構造を作るのがこれからの日本政治の課題である。明治政府が徳川幕藩体制に代わる統治の仕組みを作るまでに22年かかった。今回もそれぐらい時間がかかるかも知れない。まずは基礎作りをするために自民党が自らの立脚点を探し求める事は大事だが、「保守政党VS社会主義政党」と言う対立軸は余りにも安易である。私の目から見ると官僚支配のピラミッド体制を温存してきた自民党の方が社会主義的で、脱官僚を掲げ、ピラミッド体制の中間部分である業界団体や企業を飛ばし、政府が直接国民を支援する民主党の方が社会主義的でない。むしろ新自由主義と通ずる思想を感じる。

 大体自民党は「弱者に優しい」事を「社会主義」だと「勘違い」しているようだが、社会主義とは「官僚が力を持って計画経済を行う体制」である。「さらば財務省」という本を書いた元官僚が「まえがき」に「霞ヶ関は社会主義だ」と驚いたように書いていたが、私はそれも知らずに官僚になった人間がいることに驚いた。官僚が社会主義的であるのは当然である。官僚の養成のために作られた東京大学がかつてマルクス・レーニン主義の牙城であったのも何の不思議もない。だから旧大蔵省が作った税制は金持ちを作らない税制なのである。

 自民党が真に二大政党の一方の軸になると考え、さらにこれまでの社会主義的体質から脱皮しようとするならば、まずは官僚統治に代わる仕組みを作るために民主党と手を組み、国権の最高機関と言われながら官僚機構の手のひらに載せられてきた国会を本物の最高機関にする改革に取り組むべきである。そして日本政治の最大テーマである少子高齢化に対応するために、「小さな政府VS大きな政府」という米国式の対立軸より、むしろ福祉国家の先進諸国から対立軸のモデルを探し、その一方を目指すべきではないか。そうしないと「勘違い」をしたまま解党への道を突き進む事になりかねない。

2009年10月10日

農協の歴史的転換

 10月8日に開かれた農協グループの全国大会で、長年続いてきた自民党との関係を見直す特別決議が採択された。自民党の長期政権を支えてきた農協が自民党支持を見直す事は戦後日本の構造が大きく変わる事を意味している。

 戦後日本の構造とは、戦時中に作られた「国家総動員態勢」に民主主義の衣をまとわせ、官僚が主導する計画経済を自民党と財界とが一体となって推進する仕組みである。「国家総動員態勢」では戦争遂行のためにあらゆる産業を政府の統制下に置く必要があり、そのため業界毎に「統制会」という組織が作られた。「統制会」はあくまでも業界が自主的に作るものだが、実態は政府による上意下達の道具である。

 その「統制会」が戦後名前を変えて復活したのが「経団連」と「農協」である。「経団連」は製造業とサービス業に霞ヶ関の産業政策を浸透させる役割を果たし、「農協」は農業への保護政策を要求する組織として農家を自民党の票田に組み込んだ。日本を占領したGHQは農地改革の延長で当初は行政から独立した欧米型の協同組合を作ろうとしたが、食糧難の時代であり食糧を管理・統制する必要があった。そのため戦前の統制団体「農業会」を「農協」に作り替えた。こうして昭和23年に「農協」が生まれた。

 戦後の日本経済の進路を決めたのは冷戦である。1949年、アジアに共産主義の中国が生まれ、翌年朝鮮半島で中国、ソ連に後押しされた北朝鮮と韓国との戦争が勃発した。アメリカは朝鮮半島の共産主義化を阻止するため日本を出撃と補給の基地にする必要があった。日米安保条約を結んで日本に米軍基地を置き、一方で日本の工業力を復活させて戦争の補給に備えた。

 こうして日本は工業による経済復興を目指すことになった。官僚は工業製品を海外に輸出して外貨を稼ぐシナリオを描き、日本は貿易立国として戦後をスタートさせた。その裏側で農業は保護を要する衰退産業にさせられた。農家を自立させる農業政策ではなく、鉄道や道路を建設する公共事業が地方振興の柱となり、その恩恵が農家にばらまかれた。また海外からの農産品輸入阻止、政府によるコメの買い上げなどの保護政策が主要な農業政策となった。税制でも農家は都市のサラリーマンより優遇された。

 それらの優遇策を中央から運んで来るのが与党の政治家、すなわち自民党議員の役割である。こうして農村は自民党の票田となり自民党の力の源泉となった。一方で官僚にとって上意下達を可能にする農協は極めて便利である。従って農協には様々な特権が与えられた。農民から預金を集めて金融事業を行っても、他の金融機関とは異なり様々な事業分野に進出して多角的な経営を行う事が認められた。こうして組合員数500万人を越える農協は農水省の下部組織であると同時に、経団連と並ぶ自民党の一大支持母体として勢力を誇示してきた。

 8月の衆議院選挙で農協はこれまで以上に自民党支持の立場を鮮明にし、民主党に敵対的な姿勢を取った。民主党がマニフェストに「アメリカとの自由貿易協定」を盛り込んだからである。「アメリカとの自由貿易協定で安いコメが輸入されれば日本農業は壊滅する」と自民党の候補者達は訴え、農協も反民主党キャンペーンを張った。自民党候補者の選挙事務所を訪れると、中心となって選挙を支えていたのは農協の政治団体「農政連」のメンバーである。

 しかし農協が反民主党を叫んだ本当の理由は別にある。民主党がマニフェストに掲げた「農家への戸別所得補償」こそ農協にとって許す事の出来ない政策であった。農協は自民党と官僚が作り出した農家支配の道具であるから、農家の保護政策は全て農協を通して分配された。ところが民主党の「戸別所得補償」は政府が直接農家に金を配る仕組みで農協が入り込む余地がない。そこに民主党の政策のキーポイントがある。

「子育て支援」もそうだが、民主党の政策は企業や業界団体などの既得権益を通さずに直接国民に税金の一部を返還するところにミソがある。私は以前「民主党の政策をバラマキと言うが、これは一種の政策減税でアメリカのレーガノミクスに似ている」と書いたが、官僚支配の構造から生まれた既得権益を破壊する政策なのである。その事に農協は気付いて恐怖した。そして「アメリカの自由貿易協定反対」を叫ぶ方が農家の賛同を得やすいと考えて民主党を揺さぶった。

 これに民主党が動揺した。慌ててマニフェストの見直しに言及し、「自由貿易協定の締結」を「自由貿易協定の交渉促進」とトーンダウンさせた。農協の影響力で農村票が減る事を怖れたのである。すると怒ったのが当時の小沢代表代行である。選挙も終盤の8月25日、「我々はどのような状況になっても生産者が生産できる制度を作る。何の心配もない。現在、中央の農協、農業団体は官僚化している。相手にする必要はない」と言い切った。おそらく農協の方が震え上がったに違いない。私はこの一言で「勝負あった!」と思った。

 選挙の大勢は「政権交代確実」という時期である。そうでなくとも建設業界など政権与党につかなければ生きて行けない業界は自民党支援から距離を置いていた。その中で農協だけが突出して自民党に肩入れしていた。だからこそ農協は民主党を脅せると思っていた。民主党が言うことを聞けば自民党支援の手を緩めても良いぞというサインである。組合員数500万を越える農協には自信があった。ところが小沢氏は脅しに屈しない。それどころか「官僚と同じだから相手にする必要ない」と言った。それが本気なら政権交代後に農協は無力化される恐れがある。これを聞いて農協は自民党支援の力が抜けると私は思った。まさしく「勝負あった!」である。

 そして農協は全国大会で自民党支持を見直し、政党との関係を「全方位」としながら、政権与党である民主党との関係強化に踏み出す姿勢を打ち出した。だからこれは歴史的転換なのである。経団連と並んで戦後日本の構造を形作ってきた大組織が今後どうなるかは知らないが、戦後体制は確実に変化していくことになる。

 自民党にとって最大の拠り所であった支持母体が離れた。参議院選挙に自民党公認で候補者を送り込んできた各種団体が次々自民党から離れて行く。その変化に自民党はどう対応するのか。参議院選挙までもう10ヶ月しかない。

2009年10月 4日

反対叫んで焼け太り

 かつて年末の予算編成の時期になると、自民党本部には地方から「陳情」のため自治体関係者や地方議員、それに業界団体などが大挙して押し寄せた。毎年の事だから自民党本部の周辺には「陳情」で上京する人たちが宿泊する地方自治体の施設があちこちにある。

 後藤田正晴氏が官房長官の頃、「陳情」の光景を見ながらこう言った事がある。「陳情くらい無意味なものはない。陳情で物事が決まったら日本の政治はお終いだ。物事は国家的見地に立って決められる。陳情で決まる訳がない。ところが陳情で決まると思っている連中がこれだけやってくる。無駄な事なんだがなあ」。

 エリート官僚である後藤田氏からすれば、政策を決めているのは官僚で政治家ではない。国民はそれも知らずに「陳情」を繰り返している。政治家はさも自分がやったかのように言って票を集めるが、それは愚かな事だと言うのである。しかし後藤田氏は「陳情」政治が我が国の官僚支配の構造の中から生まれてきた事を言っていない。

 昭和13年に国家総動員法を作り15年に戦時体制を確立した日本は、戦争遂行のために地方を完全に中央の支配下に置き、自立させないようにした。それは戦争のためだったが、戦争が終わっても変わる事はなかった。官僚主導の政治が戦後も続いたからである。従って自立することが出来ない地方自治体はひたすら中央政府に「陳情」するしか能がなかった。日本は国民の代表を選挙で選べる民主主義の国だから、地方は政府への橋渡し役を与党である自民党の国会議員に託した。橋渡しのお礼は選挙の票という事になる。

「自立させないようにして助けを求めさせ、それを与党が助けて票を得る」。これが自民党政権下の支配の構図である。そのために地方自治体も農業も自立できない仕組みにされた。自立できない者は自民党に助けを求め、自民党は保護の名目で公共事業や補助金をせっせと地方や農家に運んだ。こうして地方や農家が自民党の票田となった。それが自民党の長期政権を支えた。議員にとってこの役目は長く続く方が良い。つまり地方自治体や農業が自立して貰っては困る。こうして次第に目的と手段とが逆転していく。

 ある自民党議員から聞いた話だが、地元の道路がもう少しの所でなかなか完成しない状態が一番良いのだと言う。その時が最も選挙民から頼られて色々良い思いが出来るらしい。議員の仕事はまず「陳情」された案件に少額でも良いから「調査費」名目の予算を付けさせる。それが付けば案件は既成事実化する。次は着工に持ち込む。着工しなければ中止の可能性もあるが、着工してしまえば後戻りは出来ない。ところがそこまで実現すると今度は完成しない方が都合が良くなる。予算が足りないとか何とか言って完成に時間がかかる方が良い思いが出来る。そんな事がこの国のあちらこちらにあるらしい。後藤田官房長官が批判した「陳情」の話よりも、もっと劣化した政治の実態がこの国にはあるのである。

 小泉政権で郵政民営化が叫ばれていた頃、総務省幹部がこう言った。「郵便局がいつまでもこのままで良いとは思っていない。民営化が時代の流れだと言われればそれを否定する積もりもない。しかし立場上我々が賛成する訳にはいかない。反対を言い続けるしかない。後はどこで手が打たれるかです」。それを聞くと総務省は民営化に反対なのではなく、最も有利な民営会社にするために民営化反対を言っている。

 1985年の電電公社民営化もそうだった。電電民営化は世界的な情報化社会への移行に際して、やらなければならない国家的事業である。しかし従業員25万人という日本最大の民間会社が出来る話だから、様々な利害関係者が「私益」を求めて動き出した。その前年にアメリカは大電話会社AT&Tを7分割して、競争原理を導入する体制を作った。そしてアメリカは飛躍的な電話料金の値下げに成功してインターネット社会を作り出すのである。

 日本も当初は分割民営化をやろうとした。しかし政界、官界、労働界の様々な「私益」がぶつかり合い、それが民営化反対の衣をまとって盛り上がり、紆余曲折の後で巨大独占企業NTTが誕生した。おかげで電話料金は下がらずにIT分野で日本は世界から遅れをとった。反対運動によって「私益」が「公益」を上回ったのである。

 電話料金は情報社会の「産業のコメ」である。そのコストは国の経済のあらゆる分野に波及する。誰も言わないが電話料金が下がらなかった事が日本経済に「失われた10年」をもたらした一因である。「民営化反対」が端緒になって日本経済は長い苦しみから抜け出せないでいると私は思っている。

 反対には「絶対に妥協出来ない反対」と「条件を有利にするための反対」とがある。圧倒的に多いのは後者の反対である。「公益」と「私益」とが対立した場合、「公益」が優先されるのはやむを得ない。しかしそれでも「私益」を守る必要はある。そこで反対をして有利な条件を勝ち取ろうとするのである。それは必要だと思うが、それでも「私益」が「公益」を上回っては困る。

 「社会の公器」を自称するメディアは、何が「公益」で何が「私益」かを見極める必要がある。ところが反対の言い分ばかりを紹介するメディアが多い。この国には「我々は弱者だ」と称して「私益」を守る人たちがいる。自民党政権下で野党は専ら「弱者」の味方で、自民党も「弱者」には頭を下げる事が多かった。それが税金を払わない「弱者」を生みだし、日本の政治をおかしくした。

 政権が代わったのだからこれからは「弱者」か「強者」かの区分より、「公益」と「私益」とを見極めて反対運動を論評すべきである。そうしないと官僚組織や労組などが得意の「反対叫んで焼け太り」を許す事になる。八ツ場ダムや公務員制度改革を巡る最近の報道を見ていると以上の事を思い出した。


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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

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http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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