舐められているのは自民党なのか
自民党の古賀選挙対策委員長が宮崎県の東国原知事に衆議院選挙への出馬要請を行い、それに対して東国原知事が「自民党総裁候補になる事が条件」と言った事で、自民党内からは「お笑い芸人に舐められた」と批判の声が上がっている。野党からも「自民党は末期症状」との声が聞える。しかし私には東国原氏が勝手に行き過ぎた発言をしたとは思えない。自民党との間で練り上げられた発言に思える。舐められているのは自民党ではない。舐められているのは他にいる。
麻生総理は「しかるべき時期に私が解散する」と壊れたレコードのように同じセリフを繰り返しているが、前回も指摘したようにすでに解散に打って出るタイミングと大義を逃しかかっている。このまま行くと「任期満了に追い込まれた解散」をいかに「総理主導の解散に見せかけるか」だけが課題となる。
本来は昨年の10月にやるべき解散を金融危機を口実に先延ばした訳だから、一連の景気対策が成立した時点で国民の信を問うのが常識である。しかし内閣支持率が2割を切る状態ではとても解散に踏み切る事が出来ない。そうなると解散の大義より、ひたすら支持率が上向く時期を狙っての解散になる。
7月5日の静岡県知事選で与党候補が勝利した時、8日から始まるサミットで目に見える外交成果が得られた時、あるいは12日の東京都議選で与党が過半数を制した時などが解散を狙えるタイミングになる。しかし地方選挙での勝利や北方領土を巡る外交成果が得られるかどうかの確たる保証はない。むしろ地方選挙に敗れたりすると一気に「麻生おろし」が本格化する可能性がある。
「選挙もせずに1年ごとに総裁の首をすげ替えればさらに自民党の支持を下落させる」と言って「麻生おろし」を押さえられたとしても、解散をずるずると7月28日の国会会期末まで引き延ばせば「解散の決断も出来なかった総理」との烙印を押され、選挙に負けて政権交代が起これば「最悪の総理」と歴史に刻まれる。
そしてずるずると国会審議を続けることは、野党に追及の機会を与えるだけでなく、自民党を四分五裂させる可能性もある。これ以上の解散先延ばしには内閣支持率を下落させる要素はあっても上昇させる保証はない。麻生総理は打つ手を欠いていた。それを横目で見ながら古賀選挙対策委員長が練りに練ったのが東国原知事の衆議院選挙担ぎ出しである。
そもそも東国原氏が県知事選挙に出馬した理由は県知事になりたかったからではない。次の参議院選挙に出馬するための顔見世であった。それが思いもよらずに注目を浴び、知事に当選してしまった。宮崎県民の過度の政治不信が既存の政治から最も遠いところにいたお笑い芸人を知事にした。本人が一番面食らったのではないか。
誤解を恐れずに言えば地方首長に比べて国会議員の仕事は抽象的で国民の目には分かりにくい。多少の弁舌が出来、国会と地元を往復して中央の情報と人脈を地元に紹介すれば仕事をしているように見える。しかし地方の首長の仕事は具体的である。やりがいもあるが失政を追及される確率も高い。就任以来の東国原知事の言動を見ると、気持は県知事よりも国政にあると私には見えた。なるべく知事の仕事の実績を問われる前に国政の場に移りたい。従って自民党からの出馬要請は願ってもない話であった。
であるが故に、周囲に絶対そう受け取られてはならない。従って自民党に対して高いハードルを設定する必要があった。自民党総裁候補になるという条件も、全国知事会のマニフェストを自民党の選挙公約にするという条件も、一見高いハードルのように見える。自民党の要請を拒否するためと解説してもらえる可能性がある。しかしこれらは自民党にとって受け入れられないハードルではない。かつて社会党の村山富市委員長を総理に担いで復権を果たした自民党である。それに比べればどうと言う事ではない。
東国原氏は自民党総裁候補の条件を示した事について、「自民党は本気で変わらなければ駄目だと言う意味だ」と述べたが、東国原氏が自民党から出馬する事になれば、「自民党が本気で変わる気持ちになったから自民党から出馬する」と演説して歩く事になる。古賀氏の狙いは東国原氏を「自民党は変わった」とアピールする強力な広告塔にする事にある。
そのためには東国原氏が主張する「官僚支配からの脱却」や「地方分権」を自民党のマニフェストに取り入れて民主党との差をなくす選挙にする。そうなると大阪府の橋下徹知事も自民党を応援するようになり、また東国原氏のかつての仲間である「たけし軍団」の応援も得られるかもしれない。選挙戦は民主党の「政権交代」に対し、自民党は「自民党は変わった」をアピールできる。
「これでメディアの注目を集められる」と言って麻生総理を説得すれば、麻生氏は拒絶できるだろうか。東国原氏擁立に向けた動きが続けば「麻生おろし」もなくなるし、手詰まりだった解散戦略も描けるようになる。そして任期満了まで解散を引っ張ったとしても「追い込まれ解散」と言われない。
ただしこの選挙戦略を麻生総理が了承すれば、選挙は完全に古賀氏が掌握する事になり、選挙に勝って麻生総理が続投しても、麻生氏が独自にやれることは小さくなる。東国原擁立劇には森元総理も噛んでいるようなので、森、古賀両氏の影響力を強く受けることになる。一方、選挙に負ければポスト麻生を巡る総裁選挙が行なわれ、約束どおりに東国原氏が総裁選挙に出馬する事になる。無論東国原氏が総裁に選ばれる事はないが、1年生議員でも総裁選出馬の実績を持つ特異な地位を占める事が出来る。
自民党はメディアが注目するにぎやかな総裁選挙を行う事で、誕生したばかりの民主党政権から政権を奪い取るエネルギーを奮い立たせることが出来る。復権の時期を早める可能性が出てくる。こうしたシナリオが東国原氏と古賀氏との間で練られてきたのではなかろうか。
この戦術は、あの郵政選挙と同様にそれに乗せられて大騒ぎするメディアの存在を前提にしている。成功するかどうか、すべてはメディアの姿勢次第である。恐らく仕掛ける側には、東国原知事のテレビ出演を喜んで受け入れるテレビ局の視聴率主義が頭にある。なにせ東国原氏が出演すると宮崎県産の物品を広告料もとらずに宣伝してきたテレビである。そのレベルが変わらなければ成功は間違いない。舐められているのは自民党ではない。舐められているのはこの国のメディアとその視聴率を支えている国民なのである。
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