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2009年6月25日

舐められているのは自民党なのか

 自民党の古賀選挙対策委員長が宮崎県の東国原知事に衆議院選挙への出馬要請を行い、それに対して東国原知事が「自民党総裁候補になる事が条件」と言った事で、自民党内からは「お笑い芸人に舐められた」と批判の声が上がっている。野党からも「自民党は末期症状」との声が聞える。しかし私には東国原氏が勝手に行き過ぎた発言をしたとは思えない。自民党との間で練り上げられた発言に思える。舐められているのは自民党ではない。舐められているのは他にいる。

 麻生総理は「しかるべき時期に私が解散する」と壊れたレコードのように同じセリフを繰り返しているが、前回も指摘したようにすでに解散に打って出るタイミングと大義を逃しかかっている。このまま行くと「任期満了に追い込まれた解散」をいかに「総理主導の解散に見せかけるか」だけが課題となる。

 本来は昨年の10月にやるべき解散を金融危機を口実に先延ばした訳だから、一連の景気対策が成立した時点で国民の信を問うのが常識である。しかし内閣支持率が2割を切る状態ではとても解散に踏み切る事が出来ない。そうなると解散の大義より、ひたすら支持率が上向く時期を狙っての解散になる。

 7月5日の静岡県知事選で与党候補が勝利した時、8日から始まるサミットで目に見える外交成果が得られた時、あるいは12日の東京都議選で与党が過半数を制した時などが解散を狙えるタイミングになる。しかし地方選挙での勝利や北方領土を巡る外交成果が得られるかどうかの確たる保証はない。むしろ地方選挙に敗れたりすると一気に「麻生おろし」が本格化する可能性がある。

 「選挙もせずに1年ごとに総裁の首をすげ替えればさらに自民党の支持を下落させる」と言って「麻生おろし」を押さえられたとしても、解散をずるずると7月28日の国会会期末まで引き延ばせば「解散の決断も出来なかった総理」との烙印を押され、選挙に負けて政権交代が起これば「最悪の総理」と歴史に刻まれる。

 そしてずるずると国会審議を続けることは、野党に追及の機会を与えるだけでなく、自民党を四分五裂させる可能性もある。これ以上の解散先延ばしには内閣支持率を下落させる要素はあっても上昇させる保証はない。麻生総理は打つ手を欠いていた。それを横目で見ながら古賀選挙対策委員長が練りに練ったのが東国原知事の衆議院選挙担ぎ出しである。

 そもそも東国原氏が県知事選挙に出馬した理由は県知事になりたかったからではない。次の参議院選挙に出馬するための顔見世であった。それが思いもよらずに注目を浴び、知事に当選してしまった。宮崎県民の過度の政治不信が既存の政治から最も遠いところにいたお笑い芸人を知事にした。本人が一番面食らったのではないか。

 誤解を恐れずに言えば地方首長に比べて国会議員の仕事は抽象的で国民の目には分かりにくい。多少の弁舌が出来、国会と地元を往復して中央の情報と人脈を地元に紹介すれば仕事をしているように見える。しかし地方の首長の仕事は具体的である。やりがいもあるが失政を追及される確率も高い。就任以来の東国原知事の言動を見ると、気持は県知事よりも国政にあると私には見えた。なるべく知事の仕事の実績を問われる前に国政の場に移りたい。従って自民党からの出馬要請は願ってもない話であった。

 であるが故に、周囲に絶対そう受け取られてはならない。従って自民党に対して高いハードルを設定する必要があった。自民党総裁候補になるという条件も、全国知事会のマニフェストを自民党の選挙公約にするという条件も、一見高いハードルのように見える。自民党の要請を拒否するためと解説してもらえる可能性がある。しかしこれらは自民党にとって受け入れられないハードルではない。かつて社会党の村山富市委員長を総理に担いで復権を果たした自民党である。それに比べればどうと言う事ではない。

 東国原氏は自民党総裁候補の条件を示した事について、「自民党は本気で変わらなければ駄目だと言う意味だ」と述べたが、東国原氏が自民党から出馬する事になれば、「自民党が本気で変わる気持ちになったから自民党から出馬する」と演説して歩く事になる。古賀氏の狙いは東国原氏を「自民党は変わった」とアピールする強力な広告塔にする事にある。

 そのためには東国原氏が主張する「官僚支配からの脱却」や「地方分権」を自民党のマニフェストに取り入れて民主党との差をなくす選挙にする。そうなると大阪府の橋下徹知事も自民党を応援するようになり、また東国原氏のかつての仲間である「たけし軍団」の応援も得られるかもしれない。選挙戦は民主党の「政権交代」に対し、自民党は「自民党は変わった」をアピールできる。

 「これでメディアの注目を集められる」と言って麻生総理を説得すれば、麻生氏は拒絶できるだろうか。東国原氏擁立に向けた動きが続けば「麻生おろし」もなくなるし、手詰まりだった解散戦略も描けるようになる。そして任期満了まで解散を引っ張ったとしても「追い込まれ解散」と言われない。

 ただしこの選挙戦略を麻生総理が了承すれば、選挙は完全に古賀氏が掌握する事になり、選挙に勝って麻生総理が続投しても、麻生氏が独自にやれることは小さくなる。東国原擁立劇には森元総理も噛んでいるようなので、森、古賀両氏の影響力を強く受けることになる。一方、選挙に負ければポスト麻生を巡る総裁選挙が行なわれ、約束どおりに東国原氏が総裁選挙に出馬する事になる。無論東国原氏が総裁に選ばれる事はないが、1年生議員でも総裁選出馬の実績を持つ特異な地位を占める事が出来る。

 自民党はメディアが注目するにぎやかな総裁選挙を行う事で、誕生したばかりの民主党政権から政権を奪い取るエネルギーを奮い立たせることが出来る。復権の時期を早める可能性が出てくる。こうしたシナリオが東国原氏と古賀氏との間で練られてきたのではなかろうか。

 この戦術は、あの郵政選挙と同様にそれに乗せられて大騒ぎするメディアの存在を前提にしている。成功するかどうか、すべてはメディアの姿勢次第である。恐らく仕掛ける側には、東国原知事のテレビ出演を喜んで受け入れるテレビ局の視聴率主義が頭にある。なにせ東国原氏が出演すると宮崎県産の物品を広告料もとらずに宣伝してきたテレビである。そのレベルが変わらなければ成功は間違いない。舐められているのは自民党ではない。舐められているのはこの国のメディアとその視聴率を支えている国民なのである。


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2009年6月21日

北京の蝶

 「今の日本は事実上権力不在の状態である」。「今の総理は解散権すら行使できない」。「解散は国民が仕組むしかない」という趣旨を前回書いたら、「どう仕組めば良いのか」というお尋ねが寄せられた。それほど難しいことを言ったつもりはない。

「解散権は総理にしかない」と考えるからひたすら麻生総理の一挙一動を見守る事になる。しかし国民が主権者だと考えれば、総理であっても国民の意に逆らうことは出来ない。一人の国民が「早く解散しろ」とつぶやき、それを聞いた国民もまたつぶやき、それが伝播していけば必ず解散は実現する。例の「北京で一羽の蝶が羽ばたけばニューヨークで嵐が起きる」という話である。一羽の蝶にはそれほどの力がある。

 「麻生政権・権力の本質」というコラムで指摘したように、自民党総裁選挙で麻生氏が当選できたのは圧倒的に地方の党員票による。その党員票には「小泉構造改革を転換して欲しい」との願いが込められていたと思う。総裁選挙で小泉構造改革の継続を訴えた小池百合子氏に麻生氏は地方票で大きな差をつけた。

 もとより参議院選挙の惨敗を小泉構造改革のせいだと明言していた麻生総理である。その総理と「かんぽの宿」を批判した鳩山前総務大臣とは同じ問題意識を共有していた筈である。鳩山氏が暴露したようにある時期までは麻生総理の指示で「西川辞任」は動いていた。ところがある時点で麻生総理は豹変した。要するに「西川辞任」のシナリオが「西川続投」のシナリオに敗れたのである。続投のシナリオを書いたのは小泉純一郎氏である。

 つまり小泉構造改革を批判して権力を手に入れた人物が、小泉純一郎氏に屈服したのである。麻生総理は続投を認める時に、「民間会社の人事に政府が介入することは宜しくない」という理屈を吐いた。原則的な理屈である。麻生氏がそのような原則を持っている総理なら、初めから「西川辞任」の問題は起こらなかった。鳩山前総務大臣がいくら進言してもその時点で首を横に振った筈である。

 ところが事態はそうではない。だからこの理屈は麻生総理が屈服したときに相手から言われた理屈なのである。麻生総理は人から言われたことをオウムのように言っているにすぎない。どのような手段で屈服させられたかは知らないが、その理屈を言われて麻生氏は反論が出来なかった。屈服させられた時には「衆議院の三分の二は誰のおかげだ」と言われたかもしれない。「誰のおかげで再議決が出来るのだ」と。それに対して麻生総理は反論しなかった。自分がどのような票によって権力者に成り得たのかを言わなかった。それは自らを権力者に押し上げた人々に対する裏切りである。その人物が権力者で居られるはずはない。

 麻生総理は「解散は私がしかるべき時に決める」といまだに同じせりふを繰り返し、メディアも相変わらず解散権が総理にあるかのように報道している。しかしいったん権力闘争に敗れた総理に決定する力などあるはずがない。あるように見せかけているだけの話だ。総ては周囲の力関係で決まっていく。

 19日に予算関連法案が成立した時点で解散していれば、まだ「一連の景気対策を仕上げて国民の信を問う」という解散の大義名分はあった。しかしその機を逃した後での解散に大義名分はあるのだろうか。19日が麻生総理にとって最後の解散のチャンスだったと私は思っている。これからはどんな大義名分を掲げようが、任期満了に近づいたからとしか受け取られない。解散権が行使されたとは誰も思わない。そして問題は突出した権力がない状態は、日本の政治が何も決められずに時間だけが経過する可能性があることだ。

 オバマ大統領が行った最近の一連の外交演説を聞いていると、それが実現するかどうかは別にして、世界が大きな構造変化の時を迎えている事を感じさせる。その時にこの国の権力不在が長引く事は極めて不幸なことである。国民の富を守るのが政治家の仕事だが、その仕事が機能不全を起こすからだ。だから国民は「早く解散しないと私の財産が減っていく」とつぶやき続けるしかないと思うのだ。冗談ではなく政治が立ち直らないと日本の富は間違いなく減っていく。

2009年6月18日

政権担当能力とは何か

 次期衆議院選挙で自民党は「政権担当能力」に焦点を当て、民主党との差をアピールしたいようだ。要するに経験の違いを浮き彫りにして民主党の未熟さをあぶりだす狙いである。なにせ日本は世界の議会制民主主義国家の中で唯一政権交代を経験したことのない国だから、「経験のない野党に政権を任せられるか」と言われると国民は一瞬考えてしまうところがある。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」で

2009年6月13日

漂流総理の漂流国家

 自民党が参議院選挙に惨敗した直後の07年8月に「権力者になりきれない総理が小泉政治と決別か」というコラムを書いた。この時の総理は安倍晋三氏だが、今度は麻生総理に対して「権力者になりきれない総理が小泉政治に屈服か」と書かなければならない。麻生総理が盟友の鳩山総務大臣を更迭した人事を見て、権力者としての資質のなさを改めて痛感させられた。

 私がかつて安倍元総理を「権力者になりきれない総理」と書いたのは、人事のやり方を見ての判断である。安倍元総理は総理就任後の初の人事で麻生太郎氏を幹事長に起用しようとした。ところがその重要人事を森元総理に相談し、その結果中川秀直氏を幹事長に押し込まれた。そもそも主要人事を他人に相談するところに権力者の資質のなさを感ずるが、問題なのは二人の密談がメディアに流れ、あたかも最高権力者が森元総理に操られている印象を世間に与えた事である。そしてその事を安倍氏は平気で黙認した。

 選挙惨敗後の改造人事で安倍氏はやっと念願の麻生氏を幹事長に起用する事が出来たが、その時にも問題があった。組閣を前にして頻繁に麻生氏と密会している事がメディアに流れた。麻生氏が幹事長にならないのなら問題はないが、幹事長になるのであれば、その密会を決してメディアに報道させてはならない。総てを幹事長に相談しなければ決められない総理だと思われてしまうからだ。そして就任した麻生幹事長は安倍元総理を差し置いて高らかに「小泉政治との決別」を宣言した。

 「権力者は孤独でなければならない。政敵は権力者の胸中を知るためにありとあらゆる手段を弄する。秘書はおろか家族にまで蝕手を伸ばしてくる。だから権力者は自分の家族にすら本音は語らない。(中略)相談相手がいないと耐えられない人物は権力者にはなりえない」とその時コラムで書いた。

 昨年9月に「解散をするための総理」として麻生総理は誕生した。しかし就任直後の世論調査で自民党が衆議院選挙敗北の可能性が高いことを知り、急遽解散・総選挙を先送りした。そこから迷走と漂流が始まった。麻生総理が漂流する様を見ていると、どうも権力者にのみ許される「政治のシナリオを書くこと」が出来ないようである。

 10月解散を回避した麻生総理は、いったんはご先祖様にあやかって12月解散、1月総選挙のシナリオを書こうとした。1948年10月に第二次吉田内閣を組閣したご先祖は少数予党であったため政権が安定せず、総選挙によって政権基盤を固める必要があった。ご先祖は12月解散を断行して単独過半数を獲得し政権基盤を安定させた。

 また自民党が数々の不祥事で世論の批判を浴びていた1966年に、佐藤栄作氏が行った「黒い霧解散」も12月である。1月の総選挙で自民党は議席数を微減にとどめ、佐藤総理は党内の求心力を高めた。麻生総理はこれらにあやかりたかった。ところが解散・総選挙に導くためのシナリオを一人で書くことが出来ない。側近と言われる議員たちに相談すると、全員から反対されて、あっけなく12月解散を断念せざるをえなくなった。

 次に考えたのがまたまたご先祖様の先例である。ご先祖は1952年8月にいわゆる「抜き打ち解散」を行って大勝利を納め、共産党が全滅するなど野党が大敗した。これを真似たのが小泉純一郎氏で、2006年8月の「郵政解散」で大勝利を納めた。戦後の政治史に8月解散はこの2例しかない。そしてこの2例の共通点はいずれも与党の「分裂選挙」である。1952年は再軍備の是非を巡って自由党が分裂し、2006年は郵政民営化を巡って自民党が分裂した。

 「三匹目のどじょう」を狙う麻生総理は分裂選挙を仕組むためのシナリオを書かなければならなかった。「小泉政治との決別」を宣言した麻生総理が書くシナリオは再び郵政民営化を俎上に載せることである。盟友である鳩山総務大臣に「かんぽの宿」問題を取り上げさせ、西川善文社長の交代劇を仕組もうとした。麻生総理自身も国会で「郵政民営化には反対だった」と発言して小泉元総理を挑発した。

 ところが麻生総理は分裂選挙が命がけの戦争である事に思いが至らない。分裂選挙は思いつきやお遊びで出来るものではないのである。党内対立を作り出し、しかもそれで党を壊滅させることなく分裂選挙にまで仕上げていくためにはありとあらゆる分野に目配りをし、知力と胆力の限りを尽くしてシナリオを書かなければ成功しない。そこには必ず政治生命を断たれる人間が出てくる。彼らは命がけで抵抗する。それを切り捨てる非情さがなければ出来ない作業である。

 シナリオライター本人も政治生命を賭けなければ人は動かない。何事も他人に相談する程度の政治家に書けるシナリオではない。ところが誰もシナリオライターにならないまま今年の初めから「三匹目のどじょう」の仕掛けだけが動き出した。おそらく麻生総理には反小泉路線で動く鳩山総務大臣と、小泉路線に近い菅選挙対策副委員長とをうまく使い分ければ分裂選挙のシナリオが出来上がるとタカをくくっていたのかもしれない。

 その程度だから事態は勝手に動き出し、シナリオがないために暴走を始めた。暴走は気付いた瞬間にブレーキをかけなければ誰も止めることが出来なくなる。しかし次のシナリオが用意されなければブレーキをかけることも出来ない。一方で麻生総理に挑発された小泉陣営は、西川社長の続投を郵政民営化の象徴と位置づけ、あっという間に西川続投のシナリオを作り上げた。小泉改革路線に賛同した財界人を取り込み、自民党内からも「西川続投を認めなければ麻生降ろしが始まる」との声を上げさせた。

 シナリオを持たない権力者は何の決断も出来ずに事態を悪化させ、遂にクラッシュの時を迎えた。権力者は当初の考えを翻し、西川社長続投を認める裁定を下した。政治家は戦うのが仕事であるから戦いに利があると思えば鳩山総務大臣が裁定に従う筈はない。それが今回の鳩山総務大臣更迭劇に至る経緯だと私は思う。こうして「小泉政治との決別」を叫んでいた権力者が戦いのシナリオも書けずに「小泉政治に屈服」した。

 もはやこの国には権力が不在と言うしかない。政治はただ漂流するのみである。今回の出来事はその事を教えている。これで解散は再び遠のいたなどと馬鹿なことを言う人もいるが、もはや解散する権力も空白になったと私は考える。麻生総理が何を大義名分に解散出来ると言うのか。今や国家の漂流を止めるために国民が権力を作り上げるしかない。麻生総理に代わって国民が解散・総選挙を仕組むしかない。

2009年6月 2日

「密約」から分かるこの国の姿

 日本がいかなる国かを如実に物語るニュースに遭遇した。
 6月1日に共同通信が配信した「核持ち込みに関する密約の存在を4人の歴代外務次官が証言した」というスクープである。ところが東京新聞以外の全国紙は全く報道せず、官房長官と現職外務次官は完全否定した。

 共同通信の報道によれば、岸内閣の60年安保改定に際して、核兵器を搭載した米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りは「事前協議」の対象とされたが、実は持ち込みを黙認する事で合意した「密約」があり、「密約文書」は外務次官などの中枢官僚が引き継いで管理し、官僚の判断で選ばれた政治家だけに伝えていた。これまで日本政府は「事前協議が行われていない以上、核の持ち込みはない」と国会答弁してきたが、国民に嘘をついてきた事になる。証言をした4人はいずれも1980年から90年代に外務事務次官を経験した。

 私は07年10月に「秘密会がない国会は異様だ」というコラムを書いた。各国の議会には「秘密会」があり、メディアや国民に公に出来ない機密情報について議論する場合は「秘密会」で議論する。国民には公に出来なくとも国民の代表である与野党の議員が出席すれば国民に秘密にした事にはならない。ところがわが国の国会で「秘密会」が開かれたという話を聞いた事がない。

 インド洋の海上給油を巡る議論でも、「油をどこからいくらで買い、どの国の艦船に給油しているのか」と国会で質問されると、政府は決まって「テロリストに知られると困るので答弁を差し控える」と言って答えない。そこで野党も引き下がる。しかし国民の税金が投入される話である。無駄に使われていないかをチェックするのが国会である。それなのに答弁を拒否されて済ませている国など見た事がない。本当にテロリストに知られて困るのなら「秘密会」を開いて審議すべきだと書いた。

 さらに国会に「秘密会」がないのは、実は機密情報を官僚だけが握っていて政治家には知らせないためではないかと書いた。機密情報を握っている官僚の中だけであらかじめ国家の方針を決め、都合の良い政治家にだけ情報を教え、官僚の思い通りのシナリオで政治家を動かしている可能性がある。しかし国民の税金で得られた情報を官僚が独占し、国民に還元しない国を国民主権の国家と呼べるのだろうかとも書いた。

 今回の共同通信の報道で私の考えが現実だった事が裏付けられた。官僚はまさしく政治家を選別し、そこにだけ情報を提供し、国民には嘘を突き通した。また「密約」の存在は90年代末にアメリカで公文書が開示され、アメリカでは既に公開情報であるにも関わらず、日本政府は今なお情報公開をしようとしない。そして日本のメディアは政府に歩調を合わせるように、共同通信の報道を無視する姿勢に出た。メディアは国民の側ではなくまずは官僚の側に身を置く事がはっきり示された。官僚が変わらなければメディアも変われないという事なのだろう。それが民主主義と称するこの国の姿である。

 それにしても注目すべきは何故4人の歴代外務次官が共同通信に対してこれまでの発言を180度転換する証言を行なったかである。共同通信の取材力がそうさせたとは思えない。そこには大きな権力の意図が働いている。日本政府をも超えた力の存在を私は感じる。

 吉田茂の日米安保条約締結時から日本は米国との「密約」に縛られてきた。吉田は「密約」のためたった一人で条約に署名した。そして沖縄返還交渉では佐藤栄作がたった一人で小部屋に入り「密約」に署名した事が知られている。佐藤栄作はそれでノーベル平和賞を受賞したが、日本の「非核三原則」の裏側には絶えずアメリカの核戦略を可能にする「密約」の存在があった。

 アメリカは戦後の日本を「密約」で縛ったが、しかし国民の税金で得られた情報はいつかは国民に還元する国である。アメリカ公文書館は「民主主義はここから始まる」と宣言し、時間が経てばいかなる「密約」も公開する事を旨としている。ところがわが国では「密約は墓場まで持っていく」のが美徳であり、それが官僚支配を続けさせる秘訣であった。そうした日本のあり方にいよいよアメリカの力が及んできたのではなかろうか。

 核廃絶を目指すオバマ政権の思惑が背景にあるのかもしれない。それとも北朝鮮の核保有に対抗して日本に「核が持ち込まれている」事をアピールする狙いがあるのかもしれない。或いは自民党政権に代わる民主党政権の誕生を予想して、政権交代後の日米関係を構築するための一つの方向を示そうとしているのかもしれない。とにかく私には大きな変化が始まったと感じさせる出来事だ。それを無視するメディアの感覚が私には全く分からない。

 麻生政権は55日間の国会延長を行なって選挙をなるべく先延ばししたい考えのようだが、私が前から言うように国会を開いているとどこに「蟻地獄」があるか分からない。「外交が得意」などと吹聴するとその外交で足をすくわれる事がままある。歴代自民党政権が国民に嘘をつき続けてきたこの問題の処理を誤ると思いもよらぬ「蟻地獄」にはまり込む可能性もある。国会を長引かせると危険も大きくなると考えた方が良いかもしれない。


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     1930年代からのハリウッド映画を素材に
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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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