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政治とカネの本当の話(2)
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政治とカネの本当の話(2)

 眉間にしわ寄せキャスターの番組は、昔から「もっともらしい嘘」を振りまくのが得意なのに何故か「報道番組」と称している。この前も某名誉教授が小沢秘書逮捕事件の感想を聞かれて、「政治に金がかかるのが問題だ。政治家はお金を使わずに節約をして生活することが出来ないのか」という趣旨の発言をしていた。そしてスタジオみんなが頷いた。「おかあさんといっしょ」程度の番組なら許される。しかし「報道番組」での発言である。これでは日本の政治は救われないと暗澹たる思いになった。

 政治家の仕事は「国民の財産と安全を守る」ことである。日本人の財産を狙い、安全を脅かす他国から日本人を守るのが仕事だ。オバマ、プーチン、胡錦涛、金正日らと互角に渡り合って日本を守らなければならない。庶民のような生活を心がけるのも結構だが、そんなことを政治家に期待する感覚を他国の人間は持っているだろうか。それよりも政治には大事なことがあると思っているのではないか。オバマやプーチンや胡錦涛に庶民のような暮らしを期待する学者やジャーナリストが他国にいるとは思えない。

 よく「選挙に金がかかりすぎる」と言う人がいる。そう言う人がいるために日本の選挙は民意を反映されない形になった。「金がかかりすぎるから」と言う理由で選挙期間は短くなり、お祭り騒ぎをやめさせられ、戸別訪問は禁止され、選挙カーで名前を連呼するだけの選挙になった。名前を連呼されて候補者の何が分かるのか。何も分からない。要するに「金がかかりすぎる」を口実に、国民に判断をさせない選挙になった。現職議員にとってその方が再選される可能性が高まるからだ。

 選挙期間が十分にあり、戸別訪問を認めて候補者と有権者とが会話をし、国民を選挙戦に参加させるためにお祭り騒ぎをやれば、国民に政治に参加しようという意欲が生まれる。「それだと自分たちに不利になる」と世襲議員や年寄り議員は考える。より若く、情熱があって、意欲的な議員が選ばれる可能性が高まる。政権交代も起きやすい。それをさせないための仕掛けが「金のかからない選挙」という名目で行われた。

 だから日本で選挙に金をかけるのは「悪」である。それに賛成したのが55年体制の野党だった。初めから政権交代を目指さない社会党にとって現状維持で何の問題もない。憲法改正をさせないために三分の一の議席だけを確保すれば良い。過半数は要らない。それが「金をかけない選挙」という思想と共鳴した。そして政権交代をさせたくない自民党と官僚とも利害が一致した。

 学者などがよく言う「金のかからない選挙」とはイギリス型の選挙である。これは日本の選挙と全然違う。候補者が後援会を組織して金を集め、有権者に名前を売り込み、「選挙区のために働きます」と訴える選挙ではない。政党が選挙を行う。候補者は政党から選挙区を指定され、自分の名前ではなく政党のマニフェストを売り込む。戸別訪問で政党の政策を説明して歩く。「候補者は人間でなく豚でも良い」と言われるほど候補者は重視されない。だからお金はかからない。と言うか、すべてを党で面倒見る。日本共産党や公明党のやっている選挙がこれに近い。

 しかし日本でやっている選挙はアメリカ型だ。アメリカ型はマニフェスト選挙ではない。候補者同士が競い合う。アメリカでは「選挙区のために働きます」と言って支持を訴える。支持者から献金を集め、多く集めた方が当選する。だから選挙は金集めの競争である。そのためにはお祭り騒ぎをやって有権者を政治に参加させる。選挙期間も勿論日本より長い。日本と違うのは選挙カーでの連呼ではなく戸別訪問が主体である。

 大統領選挙は長期戦である。1年間の戦いを制するのは金の力である。候補者は企業からも個人からも団体からも金を集める。オバマはそれでヒラリーに勝った。ヒラリーは最後は私費まで投じたが、選挙を続けることが出来なかった。選挙民はその様子を見ながらリーダー足りうる素質を見極める。「政策の競争」などでリーダーの素質は見抜けない。資金集めとスキャンダル攻撃をどう乗り切るかの対応力でリーダーの素質を見分ける。

 自民党の選挙はアメリカ型に近いのだが、日本で「金集め」は「悪」である。日本とアメリカ政治の何が一番違うかと言えば、政治と官僚の力関係である。アメリカは政治が官僚より優位に立ち、官僚をコントロールしている。日本では官僚が政治より優位にいて、政治が官僚にコントロールされる。官僚が最も嫌がるのは政治が力を持つことだ。そのため力の源泉になりかねない要素をことごとく封じ込めた。

 メディアと野党を使って「政治が汚れている」キャンペーンを張り、自民党の力ある政治家を次々「摘発」した。今では自民党も官僚の言うことを何でも聞く「おとなしい子羊」になった。官僚の言うことを聞かない政治家を許さない。それが霞ヶ関の本音である。政権交代が近づいた今、その矢が民主党に対して放たれた。政治資金規正法と公職選挙法は警察と検察がいつでも気に入らない政治家を「摘発」出来る道具である。政治とカネの関係を見誤ると日本の政治は何時までも混迷を続けることになる。

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コメント (10)

いつも興味深く読ませていただいています。

私は、戸別訪問は市民から票をお金で買う、悪しき温床になるために禁止されているのだと思っておりました。

裁判(戸別訪問禁止違反)でも、そのような立法趣旨であると認定されていたと思います。

戸別訪問を認めると、立法趣旨通り事態が起こるのであるとすれば、このような選挙は「金」がものを言う選挙になるような気がします。

イギリスではその点が克服されているということなのでしょうか。

それとも、民意の反映の充実という利益が、上記のような弊害にも勝ると判断された結果なのでしょうか。

そもそも、このような弊害は存在しないということなのでしょうか。

いずれにしても、ワイドショーで民意が変わる、そんな政治よりはましだと思います。

「公僕」と「主権者」との関係が逆転していると感じて久しい。
かつて、自分の住んでいる所の目の前の道路に公共事業としての工事が入り、施主の県だか市の役人が、建設業者をはべらして工事の説明を受けている一幕があった。
運悪く?、私はたまたま家を出て、このお偉いの公僕に話しかけてしまった。「この工事は何の工事ですか」と。しかしこの公僕は気分を害したような表情をした。「お前のような分際で俺に話しかけるとは百年早い」というような様子だった。彼は憮然として私に一言も語らなかった。あわてて建設業者が走り寄り、私に説明した。理解不能の人物であった。
次に目撃したのは、私が社会福祉法人特別養護老人施設に勤めていた時、定例の監査に来た県の役人の姿であった。
私は事務職員であった。玄関にスリッパを並べ、福祉の現場職員が丁重に出迎え、施設の中へと案内していった。私はその後玄関に行って愕然とした。複数人の県職員の、揃ってハの字型に脱ぎ捨てられた逆向きの靴の脱ぎ方は、ちょうど小学生がトイレを我慢して、家に帰ってきて、駆け込んで脱ぎ捨てられたそれの様であった。
何をエラそうに、こんなことで権力を誇示しなければならない馬鹿どもか、何様かと憤慨しつつ靴の向きを直してやったのは今から10年以上前のことだが今でも鮮烈に覚えている。
権限を濫用しているのではないか。自分の立場をわきまえていないのではないか。何を勘違いしているのやら。
いろいろな居住地の市役所に行ってぞんざいな態度の職員に時々出会うと折々に苦々しい気持ちになる。
簡単な手続きであるはずの自動車の名義変更のために運輸支局に行っても、どうしてこうややこしいのか、どうして昼休みと言って1時間も窓口から人を全員引き上げさせるのか、疑問を持つ。別棟の何とか協会に行って35円で書類を買い、500円の印紙を買う。そんなにコストのかかることを依頼しているのだろうか。あのOCRシート1枚のために、どうして35円も支払うのだろうか?わざと仕事を煩雑にして、そのために多くの天下りポストを確保しているのではないかとさえ思う。

「公僕の品性」に首をかしげつつ歩んで、久しい。
主権者なる国民が主権を回復すべき時なのではないか。
公務員がジャブジャブと公金を、自分たちの楽しみのために垂れ流しているとしても、不思議ではないのである。あの有様なのだから。
風穴を開けてくれる国民の代表者なる政治家の活躍を、心から期待する。本当に国民の視点から見てくれる新しい政治家の活躍を。
国家権力に痛めつけられそのおぞましい恣意的な力をひしひしと感じたのならば、それをはねのけることができるならば、小沢さんには徹底的に国民の立場に立った改革を実行していただきたいものである。あなたが力強く「国民の生活のための政治」を、もう一度高らかに謳ってくれる姿を、期待したいものである。そしてあなたが、あなた方が、そのような民主的なリーダーとなってくれることを期待する以外に、今のところ私たちの淡い夢は存在しないように思うのである。


メディアがウォッチ・ドッグとして、プロの切り口と胆力で仕事をする。
メディアはそのことで図らずも権威と信頼を獲得する。
読者や視聴者との紐帯が生まれる。かくして一縷の希望が生まれる。
誰もそんなものは期待していないでしょうが、
残念ながら、メディアへの「信」は相対的に根強いようです。

なぜこの国の多くの人々はメディアを疑う動機をもてないのか。
現在のメディアの上位に立つ信ずるに足る「何か」がないから――。
そう考えると辻褄が合います。さしあたり、これまでは。

メディアのプレーヤーたちが何に「準拠」して生きているのか。
そのことが明らかになりつつあります。
「民衆」でもなく、「パトリ」でもなく、単純な「まともさ」でもなく、
古典的なしかし民衆にとってはあらまほしき「ジャーナリスト」でもない。

メディアは「メディアの存続」に準拠している。
メディアの権威は空無化しているはずなのに、
その構造は堅固に機能しつづけています。

現在のメディアの上位に立つ信ずるに足る「何か」は「空位」のままです。
当然、これを充填すべきは「ビューティフル・ランド」でも、
「インクレディブル・ジャパン」でもありません。それでは黙阿弥です。

一人のジャーナリストが意を決して発言しているのに、
これを受けて立つ人物がどこにもいないということが、
現在のメディアの構造の本質を物語っているようにみえます。

この国のメディアの「中立」という御旗は、「安全地帯」という意味と等価になっています。
知っていることを書かないのも「中立」。先読みの予想屋仕事が「中立」。
どちらかに与したら、その事実を伏せるのが「中立」。
自称他称の裏ネタ・情報通、すれ枯らしのズバ斬り御免が「中立」。
その道50年のジイサンの「アッパレ!喝!」的言説が「中立」。
「あるある、うっそう、いけないんだぁ」のエンタ空間が「中立」。
報道番組を称する政治コメンタリーのクリシェが「見ものですねぇ」が「中立」。

誰もがそのからくりを知っているが、「何か」は「空位」のまま。
このサイトが田中直紹氏を支援すべく機能することを強く願います。

今回の件の首謀者?の麻生首相も「誤って報じられた」などとついつい本音を言ってしまいましたが,実はすごいやり手の首相じゃないですか。さらに,もう既に岡田氏に仕掛けもしてあるんですか。このコラムの情報力もすごいですが,麻生首相を見直してしまいましたよ。
民主党が検察トップを国会に呼ぼうとしていることもなかなかすごいことですが,この問題の裏には,検察内部の勢力争いもあると想像します。
裁判官が国寄りの判決を出せば高裁や最高裁へと出世し,国に厳しい判決を出すと万年地裁どまりで出世しないことはよく知られていると思います。当たり前ですよね。これを当たり前と解釈するかどうかが,権力というものに対する解釈の違いだと思っています。ただ,国に弓を引いても生活が保障されているからこそ,裁判官は国に厳しい判決を出す余地が残されています。そこが,会社との違いです。
与党が交代すると官僚まで入れ替わるアメリカ型は非常に特殊で,「そんな大げさなことやっているのは世界でアメリカだけだろ?」と思います。与党が変わらない一党独裁の国家を除き,官僚は与党が変わろうと給料もらって自分の仕事をしていればいい,というのがおそらく世界の大方の国の姿と思うのですが,それはさておき,おそらく,長年自民党政権と関わってきた今の検察は,与党が民主党に変わるとあたかも中国で共産党から政権が変わるかのごとく,検察内部に革命的な変化が生じる可能性を含んでいるものと想像します。おそらく,膿を出す時期に来ているのでしょう。
「政治にお金がかからない方がいい」という国民の感覚は決して悪いことではないと思いますし,むしろ健全かもしれません。あるいは,「お金集め」と聞いて,国民の大多数はアメリカの政治システムよりも,村議会選挙で札束が乱れ飛ぶ様子を想像してしまうのかも知れません。でも,やっていることは一緒ですよね。みなさんそういう社会が好きですか?
社会の衰退はプロフェッショナル意識の衰退が影響しているように最近思います。僕は素人なので(自分の仕事は持っています),ブログにコメントを投稿できてもブログで政治論を展開することはできません。これがプロとアマの違いで,同じく,庶民感覚を売り物にして国民に媚びるばかりにプロ意識を忘れた政治家およびジャーナリズムが日本をだめにしていくように思っています。
「なぜ捜査中にもかかわらず検察から情報が次々に流れてくるのか。」麻生首相もプロなら(ちょっと手口は古いかも?),こう切り返す民主党もかつての政党になかったような,プロらしい成熟さを感じました。
長くなりましたが,大分のキャノンの方はどうなったんだろう?

「岡田克也論」自分も西松の建築実績も見てますが、確かに小沢氏より強かさでは足りないでしょうが、次善の策の様な気はしてました。勿論、最初にコメントを書いた様に、小沢氏をある意味隠す事がメインテーマ。当初これほど与党側と地検側が下手とは思ってなかったから。
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/03/post_219.html#comment-69778
しかし、この第七艦隊発言の時、嫌な予感はしたけれど…
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/02/post_167.html#comment-69688
この事件の結果、政治不信が出て来た。これで役人は御の字だったけど、少し何かおかしいと言うムードも出つつある。しかし、このことを前後して、急に旧大蔵省も三次補正を麻生にと言うムードになっている。少し前、古賀さんだったか、三次補正20兆円で解散とか言ってましたね。いずれにしても3月中には結論は出るのでしょうが…。

日本人に中国や旧ソ連を笑う資格はありません。
一党独占、“組織ぐるみ投票”は“投票率99パーセント、支持率100パーセント”、独裁と一体何が違うのでしょう?

国家権力・メディヤ論・・難しい事は解りませんが、
政治の真実が伝わる、共鳴できる田中氏の論評でございます。世論に幅広く届いて欲しく
TVのゴールデンタイムに是非登場される機会あればと願うばかりです。
私も馬鹿な庶民になりたくない一心で勉強不足を痛感いたします。
一方 残念なことに明晰な政治の分析力の提言が、世論の多くを占める一般大衆に?
おじさん・おばさんにどこまで認知されているのか、国民の主義主張が多種多様?
自民・民主から共産まで分散している現実を目の当たりにしますと
どこまで理解されていくのか厳しいものがあるのだろうかと思います。

金脈を抱き込む単独の長い自民政治の連れ合いから、官僚が営々と築き上げた組織は
国民が与り知らないところで、わが身を謳歌する特殊領域を構築したように思います。
インチキ病気で逃亡したお坊ちゃん安部元首相がのたまった国家の最高権力の
トップに立った云々の・・・・件がありましたが
官僚にして意識的に・自覚のもとに国家権力の甘い汁を吸いながら
国家に君臨しようとしている輩は少数だと思います。 
逆に国民からしてみれば言えば、官僚・霞ヶ関人種自体に悪意の自覚がないのでは
なかろうかと思うぐらい別社会の論理を持つ領域を作り出したと感じます。

周囲を見遣れば税金と言う名の無尽蔵の金蔵、予算消化と言う名の浪費壁・・・・
キャリヤ組みの選別されたプロの官職意識は、東大出身を頂点とする行政人の集合体であり
個別的にはそれなりに頭の良いひとひとのおっさんだと思います。
彼らにすれば国家権力を標榜する前に、長い時間の中で巧妙に積み上げられた組織の生活に
馴染んでいくのが当然だと解釈していると思われます。
身分が保障されながら仕事の責任を可能の限り遠ざけ、明晰な頭脳を持ちながら
没個性の組織に埋没していく、生活に必要な十分な所得がありながら、
一部の政治家とかんいん?・会食を繰り返しながら金脈のありがたさを習得していく。
これらはすべて生活と天下り獲得のための、生まれるべく知恵のような気がいたします。
国民との直接の付き合いは薄くなりますが、金回りの良い議員さんとの一線を越えた
交際は自然の摂理だと思うばかりです。
それもこれもわが身の可愛さと生活を死守する為であります。
官僚だからそうなるのではなく、馬鹿な一人の人間だからそうなってしまうのであります。
そのあたりは、眼くらましに追い込まれている馬鹿な国民と大差は無いのであります。
政治の裏・表の魑魅魍魎社会は良く知りませんが、民主に完璧に政権をとってもらい
官僚統制国家?日本にも政権交代が国民の賢明なる選択で可能になる時代を
年内に、民主で、小沢氏で、実現して欲しいと思います。

小沢氏は、法律を、守っている。今回の事件は、陰謀で、小沢氏を、調べるなら、多数の議員も捜査対象になるはず。法律の解釈を、人によって変えるのは、陰謀です。尾身氏については、全く報道されなくなったし、日刊ゲンダイに、載っていた6000万もらっていた自民党大物議員て、誰なんでしょう?森元総理の選挙区である、北陸でも西松の受注が、すごいらしい。マスコミは、情報を、持っているのに、顔色を、伺って報道しない。         政治献金について、田中さんの意見を支持します。その上で、献金によって、公共事業が、来る。その地方が、潤う。昔は、この通りでしたが、今は、潤うのは、一部の人達だけ。また、献金できる財力の無い業界の、希望は、反映されにくい。地元医師会{開業医}の意向は、汲んでも、経営の苦しい病院や、介護施設などの、思いは、届かない、と、言う事です。政治家は、富の配分についても、実は、公正になされているか、見ていくべきで、利益が、特権階級にとどまっているのが、国民の不満の原因では、ないでしょうか。好景気の時、株式配当と役員報酬を引き上げ、一般社員の給与は、据え置き、派遣の時給を下げた、大企業がありました。このように、指導者権力者の質の低下がはなはだしいことを、考慮に入れて、政治資金のことも、考えて欲しい。

この人田中さんと似てますね。

http://mechag.asks.jp/240646.html

ところでついこの間まで「政局よりも政策」「経済対策が最優先」という自民党の主張に賛同していた国民やマスコミは、いつのまに「政治と金」の問題が最優先になったのだろう。
「政局よりも政策よりも政治と金」なのだろうか。
「経済対策が最優先だがさらに政治と金が最々優先」なのだろうか。
「100年に一度の危機」においても、何はともあれ「政治と金」なのだろうか。
そんなにまで「政治と金」の問題がいま大事なのだろうか。

政治と金の問題は単純な国民感情と結びつきやすい。とにかく「怒り」だ。閣僚の失言などにもいえるけれど、マスコミにとって「国民の怒り」というのは都合がいい。
それを煽っていれば国民は喜んでくれるのだから。政治と金の問題をいまこれほどの荒療治をして正せば、日本が良くなるのだろうか?
大事なときにものすごい無駄なエネルギーを使っているような気がする。
いや、検察によって使わされているような気がする。検察は日本を良くしたいのか滅ぼしたのか…。

今回初めて読ませて頂きましたが,論調ごもっともです。大きく同感致しました。
今後読ませて頂きます。
ひとつご教授を。
個人献金しかないアメリカに,どうしてバンドラーがいるのでしょうか?
集めて一括納入できるのでしょうか?

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



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