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政治とカネの本当の話(1)
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政治とカネの本当の話(1)

 企業献金は「悪」だと言う。なぜなら企業は「見返り」を求めるはずで、政治が企業の利益に左右され、公共の利益を損ねるからだと言う。一見もっともらしく聞えるが、なぜ企業献金が全て公共の利益に反すると断定できるのか。こうした考えは「民主主義の根本」を犯す事になりかねない。世界の民主主義国でこんな事を言う国はない。

 仮に政治家がA社から献金を受け、A社の要求に応えたとしても、それがA社の利益にとどまらず、広く公共の利益になることであったなら、それでも企業献金は「悪」なのか。企業献金を全て「悪」と言うためには、企業の利益が常に国民の利益に反するという前提に立たなければならない。こうした考えに私は極めて懐疑的である。

 まず前提として「民主主義政治」とは何かを考えよう。世の中は立場の異なる多種多様の人間が生きている。男と女、老人と子供、都会と農村、それらの人々の利益は必ずしも同じでない。立場の違う人間が対立し、いがみ合えばみんなが不幸になる。そこで立場の違う人間を「共生」させる知恵を出す事が必要になる。それが「政治の役割」である。

 民主主義でない政治はどうするか。例えば王様の政治や独裁政治では権力を持つ者が「正しい」と決めた「政策」を全員に押し付ける。その「政策」で救われる人間もいるが、命を失う人間も出てくる。しかし民主主義でない政治は、権力者が「正しい」と決めた事が全てである。無視される立場の声は一顧だにされない。

 民主主義政治は異なる立場の人間の声に耳を傾けようとする。だから様々な立場の人間が自分たちの代表を政治の場に送り込み、自分たちの要求を主張してもらう。政治の場では様々な意見がぶつかり合い、議論を重ね、お互いが相手の主張を理解した上で結論を出す。話が折り合えば「妥協」が成立する。話がつかなければ多数決で決める。その場合でも、少数意見を尊重し、みんなが少しずつ「譲歩」する修正を施し、なるべく不満が残らないようにする。民主主義政治は「正しい」政策を選ぶ政治ではない。みんなで話し合ってみんなで「妥協」する政治である。

 国民はそれぞれ自分たちの代表を選ぶ。そしてその議員を応援する。応援とは政治活動費を献金する事である。献金を多く集める政治家は多くの人から支持されている証拠である。いや違う。金持ちや企業からの献金の方が多額になると言うのなら、貧乏人は小額でも数を集めて対抗すれば良い。そして投票するのに金はかからないから、民主主義は貧乏人が不利になる仕組みになっていない。

 ところがこの国には「政治献金は金持ちを有利にする」と不満を言う人がいる。しかし献金をしなくとも投票の権利はあり、小額でも数を集めればパワーになるのに、それもしないで不満だけを言う身勝手な人間が多い。そういう人間に限って、他人が献金するのを妬ましく思うのか、妨害する。それが民主主義を妨害しているとは思わない。

 「利益誘導政治はけしからん」と言う人がいる。これも民主主義を否定する理屈である。民主主義政治で政治家がやる事は自分を応援してくれる人たちの主張を実現する事である。言い換えれば支持者に「利益」を誘導してやる事である。それを否定してしまったら民主主義政治は成り立たない。企業の利益を代表する政治家、労働者の利益を代表する政治家、女性の利益を代表する政治家、農家の利益を代表する政治家、それらの政治家がみな支持者のために働くところに民主主義がある。

 企業の利益を代表する政治家が「企業献金」を受けて、企業の利益を図るのは別に問題ではない。問題となるのは、その企業の利益と公共の利益が相反し、にも拘らず公共の利益にならない事を権力を持つ政治家がやった場合である。それは贈収賄と言う犯罪に当たるから捜査機関が摘発すればよい。しかし一般的な企業献金まで「悪」だとする考えは民主主義政治を否定する考えだと私は思っている。

 ところが日本では企業献金を「悪」だとして禁止している。そのため何が起きているか。企業が政治団体を作ればその献金は認められるという、「まやかし」と言うしかない制度が作られた。その政治団体が企業の利益と反する要求をするはずがない。企業そのものと考えておかしくない。それなのに企業は駄目で政治団体なら良いという不思議な仕組みの中に官僚支配のからくりがある。

 官僚が国民を支配する要諦は「守る事が難しい法律」を作る事である。車の法定速度を守ったら渋滞が起きる。誰も守っていないのが普通である。警察は普通は見逃している。それで国民生活に支障はない。しかし時々警察は捕まえる。運転手は「運が悪かった」と思う。この時々警察の都合で捕まえるところに官僚の「裁量」が働く。官僚は法律違反を常に見逃しながら、都合で取り締まる。警察に歯向かう人間は取り締まられ、警察にゴマをする人間は見逃される可能性がある。

 スピード違反だけの話ではない。公職選挙法も「厳格に守った人間は必ず落選する」と言われるほど「守る事が難しい法律」である。「お目こぼし」と「摘発」は警察の思いのままだ。税金も「何が脱税」で「何が節税」かの区別は難しい。政治資金規正法も「守るのが難しい」法律である。みんなで同じ事をやっていても、取り締まる方が目をつけた相手は「摘発」され、同じ事をやっているその他は「お目こぼし」になる。これで政治家はみな官僚に逆らえなくなる。

 政治資金規正法を厳しくすると、最も喜ぶのは官僚である。これで政治が官僚より優位に立つのを抑える事が出来る。政治が力を持てばいつでも「摘発」して見せ、メディアに「政治批判」をさせ、国民を「政治不信」に堕ち入るようにする。「政治不信」こそ官僚にとって最も都合が良い。これで政治家を官僚の奴隷にする事が出来る。その事に協力してきたのがかつての野党とメディアである。

 「政治は汚い」と国民に思わせるように官僚は仕組んできた、それに応えてメディアは「政治批判」をする事が「権力批判」だとばかりに、口を極めて政治を罵倒し、官僚と言う「真の権力」にゴマをすってきた。国民はこの国の権力の本当の姿を見せられないまま、政治に絶望してきた。

 アメリカには個人献金もあるが企業献金もある。日本ではオバマがネット献金を集めた話ばかりが伝えられているが、オバマを勝たせたのはウォールストリートの企業献金だと私は聞いている。政治献金は透明性が大事であって、裏金は問題にすべきだが、表に出ている政治資金で捜査機関が政治の世界に介入する事は民主主義国では許されない。そして金額の多少を問題にする国も民主主義国家ではない。それを問題と考えるのは、政治に力がつくと困る「官僚の論理」である。これを私は「民主主義」と対立する「官主主義」と呼んでいる。「小沢代表の金額が突出して多い」と問題にするのは官僚か、その奴隷に成り下がった政治家とメディアだけだ。次回は政治献金の金額を巡る「嘘」を書く事にする。

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この一覧は、次のエントリーを参照しています: 政治とカネの本当の話(1):

» [政治] 「政治とカネの本当の話」の誤り――なぜ企業献金は全面禁止でなければならないか 送信元 日録(不定期)
 田中良紹氏の政治評論は私も比較的よく目にしており、その中には参考になる考えも時々見られる。ただ、このほど「The JOURNAL」というWebサイト上... [詳しくはこちら]

» 小沢一郎政治資金問題の考察! 送信元 ようこそイサオプロダクトワールドへisao-pw
小沢一郎政治資金問題の考察!。日本の国益と真の民主主義実現の正否が掛かっている。 [詳しくはこちら]

» 政治資金規正法 送信元 analog
民主党が政治資金問題第三者委員会を立ち上げましたが、早速そのヒヤリングの中身を観ることができるようになっています。 内容は、細かい論点について、総務省の... [詳しくはこちら]

» 卑しい官僚的発想 送信元 群青色日記
いつもこのブログに遊びにきてくれるdamaoさんが、 コメントで「田中良紹氏は官僚はザル法を作って官の裁量権で政治家などをコントロールすると書いていまし... [詳しくはこちら]

コメント (16)

この方の論は凄い!
今まで見えてなかったものが
見えてきました。
久々にドキドキしました。
ありがとうございます。

米国では良く、個人献金者が不法にお金を得ていた罪で逮捕されて
個人献金を受け取っていた議員が事実なら返却しますとか、いや返却する必要はないとか、あの候補者は返却しないつもりだとか、マスコミを賑わせてますよね。
私は以前、中小企業に勤めていたのですが、選挙が近づくと手もみしながら申し訳なさそうな顔をして会社の同僚がやってきました。その方が募金している政党の支持者では特になかったのですが、なんとも人のよい同僚で、いつもカンパしてあげました。その際
同僚「今回は大変なんで宜しく頼むよ。」って手もみがピースサインに変わったので
俺「え~2つ!!う~ん。しょうがねえなあ」とがま口から200円とりだし「ほれ!200万円!!釣りはいらねえ。もってけ泥棒!!」とこんな感じでアレンジしてみましたが、小沢の秘書が金額を指示していたら、なんだと言うのでしょうかねえ(笑)ちなみその同僚が支持していた政党は日本共産党であることは、言うまでもありません(笑)
そういえば、脳に拘束されちゃったサルにそっくりな天才人類学者
の本に、以前、その先生が何を間違えたのか国会議員になってしまい、永田町をフィールドワークしていた時代、ライオン丸そっくりな先輩議員に連れられて、あるところにいったら、銀行家から郵便局の一番偉い人になってしまった人にそっくりな人が待っていて、ドサッと渡されたらしいのですが、ライオン丸はサルにそっくりな先生には一円もくれなかったそうです(笑)ちなみに、亀にそっくりな先生は「今度やるからなっなっな~」なんですって(笑)

「田中良紹さんの今回のコメントには引っかかりを禁じえません」
田中良紹さんのコメントにはいつも感心させられておりますが、今回は少々、皮相的ではありませんか?
まずは、『なぜ企業献金が全て公共の利益に反すると断定できるのか。』の部分ですが、建築業を中心として自民に献金を重ね、ニーズのない道路・ダム・護岸工事etc.を作り、農水業者も納得しない行政を行い、自然を破壊してきた歴史をどう見るのでしょうか?
また、民主主義の対極として立憲君主制や独裁を挙げておられるが、極端に振れておられませんか?
日本の民主主義がマチュアーでないことを覆い隠す論理展開に思えます。
(立憲君主制や独裁に比し、民主主義の優位性は歴史が証明していることは明白です。しかしながら、日本の民主主義の成熟度は発展途上というより、後進国といえないでしょうか?)
政治資金の問題についても、『少額でも数を集めればパワーになる』とコメントされていますが、日本においては政治資金規正法で米国のようなネットで民衆から少額資金を集積する仕組みは事実上不可能です。政治資金について庶民の少額資金集めることは実態として出来ないのです。
官僚の役割と意図については特段の反論はありません。
しかしながら、最終的に政治家が政治に関わることで資産形成ができる仕組みには納得できません。
小沢氏も10億円を超える資産を有し、鳩山兄弟も先代からの引継ぎで大変な資産家です。
自民の2世議員の資産は、とても庶民が形成できるような規模ではないのです。
誰の何のための政治かを語る政治家はほとんどいません。
“家業としての政治家”が多すぎることが問題ではないでしょうか。
私は企業の政治献金が“家業としての政治家”を成り立たせていると思っております。

「公僕」と「主権者」との関係が逆転していると感じて久しい。
公僕は、主権者なる国民に仕えようと考えるよりはむしろ、職務上の権限を、国民に仕えるためにではなくむしろ国民を自分たちに仕えさせるように用いようとしている。
囚人と看守を作り上げて実験した、スタンフォード監獄実験というものがあった。初めは役柄で演じていたものが、徐々にエスカレートしていき、実験なのに、看守役はあたかも実際の権限があるがごとくに囚人を虐待した。
アメリカ兵のの、今回の戦争での、アブグレイブ収容所での虐待の事実も、おぞましい人間の現実を表している。

警察も、検察も、公僕であるにもかかわらず裁量権によりあたかも自分が支配者のようにふるまうということは、主権在民の精神に反するものである。

官僚もかつてその陥穽を自覚し、次の通達を出した。また、警察官職務執行法も引用させていただく。

昭和42年8月1日警察庁交通第7号通達「交通取締にあたっては、いわゆる点数主義に堕した検挙のための検挙、あるいは取り締まりやすいものだけを取り締まる安易な取締に陥る事を避けると共に危険性の少ない違反に対しては、警告による指導を積極的に行なうこととし、ことさらに身を隠して取締を行なったり、予防又は制止すべきにもかかわらず、これを黙認してのち検挙する事のないように留意すること」

警察官職務執行法第一条
「この法律は、警察官が警察法に規定する 個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。
2,この法律に定める手段は、前項の目的のため必要な最小限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。」

法律の恣意的・裁量的運用という官僚権力の源泉がやっと書かれるようになりましたか.
これで,
お馬鹿な民人のお馬鹿な代表である政治家たちがお馬鹿な法律を作らされて,民人を道連れにしながら,自分の首を自分で絞めるという惨めで哀れな現実がお馬鹿な民人,お馬鹿な政治家たちが少しでも知ってくれるようになれば委員ですけどねえ・・・・

過去の日本の歴史からみても、
熱しやすく、覚めやすい、日本人の性格の悪い部分を反省しなければならないと思う。
三権分立などありえない。
それは理想だと思う。
もし存在するなら、水俣訴訟など
存在しない。足尾銅山の訴訟にしても、裁判所の裁判官が、情報を集め、検討して、問題を定義すると思う。湾岸戦争の時、税務署が来て、訳の解らない課税でもめた。税理士を通して、「いくらがだとうだと思う?」と担当官に聞いたら、「300万円ぐらいだと思う」と返事が来て、ありもない
物を償却して申請した。
日本は何も産物のない国だ。
瀬戸物の土くらいだろう。
アメリカを真似した民主主義で、
この国が成り立つ訳がない。

日本が戦争を起こした時、
誰に頼まれた訳でもないのに、勝った、勝ったと提灯行列をして、
負けたら負けたで、軍部に騙されたとか、東條に騙されたとか、
日本人は、いい加減、目覚めて欲しい。

私はどの党にも属さない。
私は私と言う自覚を持った
ひとりの責任ある国家である。

自分の金はじぶんのものであります。
飲みに誘って奢ってあげるのは長い付き合いで自然の成り行きです。
対価を求められ・仕事が欲しいばかりの会食は酒までまずくなります。
当初は体裁よく拒絶していたが、遭う機会が増えてくると酒の旨さより
金の甘さにシフトチェンジしたくなるのは生活の知恵と言う感じがしてきました。
公共の芸術じゃあるまいし、建設会社で意図なく大金を政治家にくれる
アホはいないでしょう。会社の余力で献金するのは自由です、
国民の税金が使われる訳ではないし・・・しかしながら・・

含みのある泡銭をもらいながら税金から出費する公共工事の配膳で便宜を図り、
表金(献金?)・裏金の蓄財をやらかすのは、馬鹿でもわかる話で常識を逸脱し
厚顔無恥の悪人の断罪をまぬがれない。直ちに堀の中に放り投げればいい・・・
想像から事実だろうと思うようになりました。大なり小なり政権党の殆どの
国会議員は名目・名称をどのように変えようが厚みのある万札を
享受しているでしょう。・・・{いまどきパーテーちゅうとなんでしょう?}・・
恰好の付くグローバル時代に生きる政治演目もないようで
一代記の出版記念でもない、金を無心する為のパーテーではないかと思うと
関係ない他人事ではありますが情けなくなります。
そもそも短い足の日本人に立食パーテーが似合う訳がない。
似合わない空間を避けるとすれば、お座敷がいいのだが狭い場所柄
大人数はご招待できないうえに、風呂敷包みイメージがあり招待客に誤解を
与えるというところでしょうか?
長い冬の時代・下積み時代で投資して来た原資をそれなりに回収するのが
議員になった役得であり、年忌の這入ったポーカーフェイスの知恵でしょう。
取り急ぎ国民のなけなしの税金の蓄えが目減りしていかないようにする為、
政権党の入れ替えを実現することにより、新しい政府に・議員に無欲の
義援金?政治献金?をやりたいひと人がやればよいかと思います。
必ずや政権が変わるとそれなりの献金・献血を?実践しようと思います。

僕自身は「こんなことで代表を辞める必要はない」と思っていますが,世論調査の結果は違いますね。自分のまわりもそうですが,以前と違ってかなりモラルが厳しくなってきている中,「政治家はいいのか?」ということなのでしょう。アメリカのようにお金をたくさん集めて選挙戦の会場に紙吹雪が舞うような政治を日本の国民は期待していないということでしょう。となると,青島元都知事みたいにわざと選挙活動にお金を使わない人が再び評価される世の中になるんでしょうか?
Mitsuru Mr. Naraさんの意見はごもっともと思います。今回の件で小沢氏は西松に便宜を計った証拠は出てこないでしょうが,「減らすべき工事を減らさない」という形での便宜を図っていた可能性はあります。経団連が自民党に多額の献金していることもあり,自民党は全然労働者を助けようとしないですよね。つまり,社会が収縮してくると,政治家に対する献金合戦になってくるわけです。
ホリエモンのときも,検察は社会の風潮に一石を投じましたが,ここでまた登場したということでしょうか。
しかし,官邸と検察の関係を漏らした漆間氏は実際,正直で善良な人なんだと思います。ぜんぜん厳重注意する必要はありません。本当はこういう正直な官僚が増えることこそが霞ヶ関改革に必要なのではないでしょうか。麻生首相の起用に見事に応えてくれたのかもしれませんよ。

田中さんのご意見にほぼ賛成です。公務員制度改革が、始まりそうになると、政治と金の問題が、リークされ、官僚がほくそえむ、の繰り返しです。マスコミの偏向報道は、うんざりします。巨額の献金を、受けていることに対する、国民の不信感を煽り、資金団体から資金団体への法律は、守っている事を忘れさせようとしている。さらに、この記載が、前の秘書時代が、始まりで、この前秘書が、自民党から、小沢さんの対抗馬として出馬すること、ましてや、公正透明に入札しているはずの
国土交通省は、野党の政治家に、便宜を、図っているとでもいうのでしょうか。また、小沢さんと過去に自民党離党した、二階氏は、捜査し、尾身しは、手付かずであるのも、おかしい。 ここ数年雑誌も、官僚政治家への、追求が、甘く、権力側の締め付けが、厳しくなっている気がする。ジャーナリストの方達、もし本当にジャーナリストであるなら、事実を、伝えてほしい。テレビで、口をつぐんでいる姿は、見飽きました。これからに、期待します。

素晴らしい論理です。ぜひ朝ズバに出演してみのさんらの偽善者の発言を抑えてほしい。
昔、宗教家が全国を行脚して信仰を広げたから見習えば政治にお金をかけないで出来るんだと。
一方の与党は裏金まで貰いながら政権維持をしていて野党にそれを求める。今困っている国民は何百年も待てというのか?
小沢党首だけを捕まえ悪く言えば支持率なんて簡単に変わることが今回の仕組まれた?逮捕劇で明らかになった。
国民の意識なんて表面だけで真実を考えずに「小沢は辞任」となる怖さ。官邸に元検察長官が居れば
一言で今の状態に成りうるのですね。

田中さんのご意見にほぼ賛成です。公務員制度改革が、始まりそうになると、政治と金の問題が、リークされ、官僚がほくそえむ、の繰り返しです。マスコミの偏向報道は、うんざりします。巨額の献金を、受けていることに対する、国民の不信感を煽り、資金団体から資金団体への法律は、守っている事を忘れさせようとしている。さらに、この記載が、前の秘書時代が、始まりで、この前秘書が、自民党から、小沢さんの対抗馬として出馬すること、ましてや、公正透明に入札しているはずの
国土交通省は、野党の政治家に、便宜を、図っているとでもいうのでしょうか。また、小沢さんと過去に自民党離党した、二階氏は、捜査し、尾身しは、手付かずであるのも、おかしい。 ここ数年雑誌も、官僚政治家への、追求が、甘く、権力側の締め付けが、厳しくなっている気がする。ジャーナリストの方達、もし本当にジャーナリストであるなら、事実を、伝えてほしい。テレビで、口をつぐんでいる姿は、見飽きました。これからに、期待します。

全くその通りだと思う。
いつも思うのだが、警察・検察が正義という前提で、当事者をバッシングするメディア。情けない。これこそ裏を取ってからテレビ・新聞でしっかり真実を報道してもらいたい。かって大阪高検で三井事件というのがあった。大阪高検公安部長という要職にあった三井環検事が検察庁・公安調査庁の裏金作りを内部告発しようとしたら口封じの為冤罪事件をでっちあげて三井氏を逮捕してしまったのだ。外務省の佐藤優外交官・鈴木宗男議員の逮捕は明らかに政治権力による検察権力の利用だろうね。政治家以上に警察・検察は怖い。ある日突然逮捕をでっちあげるからね。逮捕というのは、仮に冤罪であってもイメージダウンは大きい。とりわけ政治家の場合は。

今回の田中氏の論説は、現状認識としては同感です。特に後半の官僚論はまったくその通りだと思います。が、それだけに今後、状況を改善していくために「前提」にしてしまってはならない部分が、現状には含まれていることを明確にする必要があると考えるので投稿いたします。
具体的には「様々な立場の人間が自分たちの代表を政治の場に送り込み、自分たちの要求を主張してもらう。」という部分です。
現状はこの通りでしょうが、この前提こそが最も根本的な、現代社会の問題点だと私は考えます。
今後、有権者が民主主義(市民ひとりひとりが尊重される社会)の成熟を目指すのであれば、このような「我利我利で当たり前」という前提を取っ払い、「短期的には自分に不利でも、長期的にはより社会が安定し、その社会に生きられることで自分や子孫が恩恵を受ける」そのような政治を行ってくれる政治家を選ぶという意識を皆が持つべきでしょう。
リンカーンやケネディーの有名なキー・フレーズは、いまだ日本では高い目標のままです。
次世代を、これの実現にむけて教育してゆく必要があります。「公とは私欲の集まりではない」ということです。「公を妥協の産物にしてはいけない」ということです。
しかし生活に困っている人が短期的に利他の精神はなかなか持てないし、それは責められるべきものではありません。
したがってこれは「もてる者」が持つべき方向性です。西洋におけるノブレス・オブリージュに通じるものです。「もたざる者」を慈しむ心を持った「もてる者」が多数派にならないと、今後安定した社会は作っていけないでしょう。

「民主主義」という一言を金科玉条のごとく前提においておられるのも気にかかります。この言葉を日本の政治システムの基盤と位置づけるには、「日本は民主主義国家といえるのか」「国民が現時点で望んでいる社会とは『民主主義国家』なのか」など、不確定要素が大きすぎると私は考えます。

田中氏の述べられる「公共の利益」こそ、政治家が判断すべきことであり、だからこそ「応援してくれる人の利益」には必ずしも合致しないことは当然ありえます。
むしろ往々にしてそのようなことが起こるが、それでも「彼の行動なら、俺たち一般人の考え付かないところで深い意味があるのだろう」と思わせる力のある人間こそが政治家になるべきでしょう。そうでなければ田中氏の言われる現状としての民主的政治はすなわち衆愚政治にならざるを得ません。
政治に関する様々な問題を全体的に少なくするためには、結局のところ有権者が自立し、自分のことは自分で手当てしながら、「自分の居場所としての公」の安定を政治家に託す、という形になる必要があります。「それぞれ自分たち(だけの利益のため)の代表を選ぶ」というところに選挙を堕してしまっていることこそが問題の解決を絶望的に遠ざけてしまっているというポイントを放置してはならないと考えます。

>オバマを勝たせたのはウォールストリートの企業献金だと私は聞いている。

これ根拠あるんですかね?

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8754.html

田中先生

いつも勉強になります。
しかしこの国の新聞・TVはどうなっているのでしょうか?
かりに小沢さんの件がどっちだろうが国民の本当の関心はこの国がどうなるのかである。だから民主党に入れたはずです。公務員改革・国会議員の定数削減・年金・保険いつまでにどうするのか・・・その追求をし国民が一番知りたいことを書かない。
国会はワイドショウではないのですから国会議員の仕事は国民の為により良い予算を組むこと・・・それが予算審議ではないのですか・・・小沢問題をやりたい人はお昼のワイドショウでやったらイイのでは、私の会社もリストラで悠長なことやってられませんよ、時間が過ぎるとドンドン赤字が膨らみ早く手を打たないと倒産です。国民が知りたいのは改革の工程だったり内容だったりなんですが今のマスコミは三流以下の週刊誌ですね

ネットサーフィン中に訪れた者です。
究極の選択を問われているように思います。
「カネに汚い政治家」と「権力を手放さない官僚」のどちらをマシと見るのか。
「カネに汚い政治家」は選挙で落とそうと思えば、落とせます。
しかし、「権力を手放さない官僚」は国民サイドからは、手の出しようがない。政治家を通して、コントロールするしかありません。

話変わりますが、他業界のことをマスコミは不祥事の際に非難しますが、マスコミ自体の問題点をわれわれは、どうしようもありません。ネット上で批判できても、あくまで少数派でる。やはり、垂れ流されるマスメディアのほうが圧倒的に強い。

今の小沢氏への攻撃もそうですよね。

検察の捜査上の問題とその背後に潜む「この国の統治者は誰なのか」という大問題をネット上ではかろうじて、取り上げられますが、マスメディアでは、問題を小沢氏のカネに単純化します。

戦前・戦中に官僚中の官僚とも言える内務省の特高警察に弾圧されつくした共産党でさえ、現在の状況に抗議するどころか、目先の党勢拡大のためとしか思えない行動である。

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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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