惨憺たる国
オバマ大統領就任演説の一週間後に麻生総理の施政方針演説というのも不幸なタイミングだが、所詮は意味がないと思いつつ比較してみたくなるのが人情である。
オバマの演説は始めから終わりまで目の前にある危機がどれほど深刻かを訴えた。そのためオバマは移民や名もなき労働者がアメリカを支えてきた事や、独立戦争で「建国の父」たちがどれほど苦闘に耐えたかを国民に思い起こさせた。それはアメリカがいかに苦難に耐えてきたかを語る事で、自分がこれから同じ苦難の先頭に立ち、国民を導く「覚悟」を示したのである。その上でオバマは国民にも「責任」を求め、その先に「再生」がある事を説いた。
それでは麻生総理の施政方針演説はどうであったか。演説を聞きながら私は麻生総理がオバマの真似をしようとして空回りしている虚しさを感じ、与党の衆議院議員335人のうち何人がこの総理の下で選挙をやりたいと思うだろうかと考え、この演説を論評しなければならないメディアも大変だと同情した。
まず麻生総理の危機に対する認識はそれほど深刻でなかった。世界経済の新しいルール作りに積極的に参画すれば何とかなると考えている。戦前の大恐慌の教訓があり今では世界が協調して事に当たると信じているようで、これから各国が国益をかけてどれほど熾烈な駆け引きを繰り広げるかは考えていないようだ。「百年に一度の危機」という言葉は使っても、オバマほどの緊張感はなかった。
過去の歴史認識も楽観的だった。日本が二度の危機的状況を乗り切った例として「幕末・明治維新」と「敗戦・戦後改革」を挙げたが、いずれも日本はアメリカによって無理やり国の仕組みを変えさせられた話で、日本人が自らの力で勝ち取った歴史ではない。キッシンジャーなどはペリー来航から明治維新までの15年と敗戦から60年安保までの15年を「日本人がダラダラとつまらない争いをしていた15年」と馬鹿にしている。この認識だと麻生総理は現在の危機を乗り越えるため自らが自らの力で構造変化するよりも、国際社会と協調していけば解決すると考えているようだ。
その麻生総理がもっとも力を入れているのは景気対策である。何としても予算の早期成立が必要だと訴えた。しかし予算が成立しても景気が良くなる事はない。それは麻生総理が一番良く知っている。だからその先にもうひとつ補正予算が必要だと今から声を上げさせている。「切れ目のない景気対策」と言いながらズルズルと政権の延命を図るのが狙いである。国民もバカではないからその事にうすうす気づいている。だから内閣支持率が上がらない。
麻生総理はオバマが「今問われているのは小さな政府か大きな政府ではない」と言ったところを真似て、小泉構造改革を批判してみせた。しかしオバマは共和党を批判したわけではない。逆に政策で共和党に譲歩し「挙国一致」で危機を乗り切ろうとしている。非常時に党派性を発揮する事がマイナスであることを分かっている。ところが麻生総理はそうではない。現在の政局で小泉路線を批判しても何のプラスにもならないのに批判した。それは自民党内の対立を深めるばかりか分裂に道を開き、自らの政権基盤を弱める話である。オバマが政策やイデオロギーを振り回す政治を批判して挙国一致を訴えているのに、麻生総理は政策やイデオロギーを振り回して自らの基盤を弱めている。
だから野党にも挑発的で、今回の演説でも「予算を早く通せ」と迫っている。危機が起きれば与党が野党に譲歩して結束を図るのが政治の常道である。与党が「原案通りに成立させろ」と野党に迫れば対立が激化するのは当たり前だ。「民主主義政治とは妥協である」。それが世界の常識である。それを知っているのか、知らないのか、自分の主張を押し通す演説だった。要するに現在の危機を見くびる政権の施政方針を聞かされた。
こうなると麻生総理の下で選挙を戦いたい与党議員がどれほどいるのか疑問になる。それを裏付けるように最近突如として定数是正や選挙制度を見直す動きが出てきた。これは「予算を成立させても景気は良くならず、内閣支持率も上がらない」と考える与党議員が選挙用に別のテーマを設定しようとする動きである。
定数是正や選挙制度の見直しは以前から小泉元総理が主張してきた。そうなると与党内に麻生総理が批判した小泉路線に擦り寄る動きが出てきた事になる。誠に与党の中は「複雑怪奇」である。しかしこの付け焼刃的「政治改革」はあまりにも動機不純と言うしかない。小選挙区制を変えるという「餌」で野党議員に揺さぶりをかけ、政界再編に持ち込むのが狙いだが、麻生総理の「景気対策」と同じで魂胆は見え見え、金融危機に各国が国益をかけて死闘を繰り広げようとする時期に打ち出す話ではない。
政治の力の源泉は国民の支持である。危機になれば国民の信任を得た本格政権を誕生させ、国民の支持を力に国家の構造を変革し、世界との熾烈な交渉に耐え、世界の新秩序に備えるべきだが、悲しいかなこの国のメディアがそうした理解を妨害する。何かと言えば「政局はけしからん。政策が大事」などと愚かな事を口走る頭の悪いキャスターがいる。
政策に完全無欠はない。どれにも一長一短があり、どの政策を採用するかが問題になる。これまでの日本ではそれを官僚が決めてきた。官僚は自民党と一体だから政権が代われば自分たちの政策も変えられる。だから「政局より政策が大事」とメディアに刷り込んで、政権交代をさせないようにしてきた。
しかし政策は国民が決める。これが民主主義の基本である。選挙で政策を選ぶのが最も正しいやり方だ。間違った政策を選べば苦しむのは国民だが、自分が選んだ政策だから納得できる。官僚が選んだ政策で苦しめられてはかなわない。国家の行方に疑問が起きたらまず選挙。これが正しい政治の姿だが、「危機に政治空白は許されない」などと言って選挙を妨害し、官僚に白紙委任しようとするメディアがまかり通る。これを何とかしないとこの国は惨憺たる事になる。
第9回銀座田中塾
日時:2009年2月5日又は12日
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場所:東京都中央区銀座6-13-15
銀座ウォールレジデンス401号
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電話:03-3357-0828
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