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2009年1月30日

惨憺たる国

 オバマ大統領就任演説の一週間後に麻生総理の施政方針演説というのも不幸なタイミングだが、所詮は意味がないと思いつつ比較してみたくなるのが人情である。

オバマの演説は始めから終わりまで目の前にある危機がどれほど深刻かを訴えた。そのためオバマは移民や名もなき労働者がアメリカを支えてきた事や、独立戦争で「建国の父」たちがどれほど苦闘に耐えたかを国民に思い起こさせた。それはアメリカがいかに苦難に耐えてきたかを語る事で、自分がこれから同じ苦難の先頭に立ち、国民を導く「覚悟」を示したのである。その上でオバマは国民にも「責任」を求め、その先に「再生」がある事を説いた。

 それでは麻生総理の施政方針演説はどうであったか。演説を聞きながら私は麻生総理がオバマの真似をしようとして空回りしている虚しさを感じ、与党の衆議院議員335人のうち何人がこの総理の下で選挙をやりたいと思うだろうかと考え、この演説を論評しなければならないメディアも大変だと同情した。

 まず麻生総理の危機に対する認識はそれほど深刻でなかった。世界経済の新しいルール作りに積極的に参画すれば何とかなると考えている。戦前の大恐慌の教訓があり今では世界が協調して事に当たると信じているようで、これから各国が国益をかけてどれほど熾烈な駆け引きを繰り広げるかは考えていないようだ。「百年に一度の危機」という言葉は使っても、オバマほどの緊張感はなかった。

 過去の歴史認識も楽観的だった。日本が二度の危機的状況を乗り切った例として「幕末・明治維新」と「敗戦・戦後改革」を挙げたが、いずれも日本はアメリカによって無理やり国の仕組みを変えさせられた話で、日本人が自らの力で勝ち取った歴史ではない。キッシンジャーなどはペリー来航から明治維新までの15年と敗戦から60年安保までの15年を「日本人がダラダラとつまらない争いをしていた15年」と馬鹿にしている。この認識だと麻生総理は現在の危機を乗り越えるため自らが自らの力で構造変化するよりも、国際社会と協調していけば解決すると考えているようだ。

 その麻生総理がもっとも力を入れているのは景気対策である。何としても予算の早期成立が必要だと訴えた。しかし予算が成立しても景気が良くなる事はない。それは麻生総理が一番良く知っている。だからその先にもうひとつ補正予算が必要だと今から声を上げさせている。「切れ目のない景気対策」と言いながらズルズルと政権の延命を図るのが狙いである。国民もバカではないからその事にうすうす気づいている。だから内閣支持率が上がらない。

 麻生総理はオバマが「今問われているのは小さな政府か大きな政府ではない」と言ったところを真似て、小泉構造改革を批判してみせた。しかしオバマは共和党を批判したわけではない。逆に政策で共和党に譲歩し「挙国一致」で危機を乗り切ろうとしている。非常時に党派性を発揮する事がマイナスであることを分かっている。ところが麻生総理はそうではない。現在の政局で小泉路線を批判しても何のプラスにもならないのに批判した。それは自民党内の対立を深めるばかりか分裂に道を開き、自らの政権基盤を弱める話である。オバマが政策やイデオロギーを振り回す政治を批判して挙国一致を訴えているのに、麻生総理は政策やイデオロギーを振り回して自らの基盤を弱めている。

 だから野党にも挑発的で、今回の演説でも「予算を早く通せ」と迫っている。危機が起きれば与党が野党に譲歩して結束を図るのが政治の常道である。与党が「原案通りに成立させろ」と野党に迫れば対立が激化するのは当たり前だ。「民主主義政治とは妥協である」。それが世界の常識である。それを知っているのか、知らないのか、自分の主張を押し通す演説だった。要するに現在の危機を見くびる政権の施政方針を聞かされた。

 こうなると麻生総理の下で選挙を戦いたい与党議員がどれほどいるのか疑問になる。それを裏付けるように最近突如として定数是正や選挙制度を見直す動きが出てきた。これは「予算を成立させても景気は良くならず、内閣支持率も上がらない」と考える与党議員が選挙用に別のテーマを設定しようとする動きである。

 定数是正や選挙制度の見直しは以前から小泉元総理が主張してきた。そうなると与党内に麻生総理が批判した小泉路線に擦り寄る動きが出てきた事になる。誠に与党の中は「複雑怪奇」である。しかしこの付け焼刃的「政治改革」はあまりにも動機不純と言うしかない。小選挙区制を変えるという「餌」で野党議員に揺さぶりをかけ、政界再編に持ち込むのが狙いだが、麻生総理の「景気対策」と同じで魂胆は見え見え、金融危機に各国が国益をかけて死闘を繰り広げようとする時期に打ち出す話ではない。

 政治の力の源泉は国民の支持である。危機になれば国民の信任を得た本格政権を誕生させ、国民の支持を力に国家の構造を変革し、世界との熾烈な交渉に耐え、世界の新秩序に備えるべきだが、悲しいかなこの国のメディアがそうした理解を妨害する。何かと言えば「政局はけしからん。政策が大事」などと愚かな事を口走る頭の悪いキャスターがいる。

 政策に完全無欠はない。どれにも一長一短があり、どの政策を採用するかが問題になる。これまでの日本ではそれを官僚が決めてきた。官僚は自民党と一体だから政権が代われば自分たちの政策も変えられる。だから「政局より政策が大事」とメディアに刷り込んで、政権交代をさせないようにしてきた。

 しかし政策は国民が決める。これが民主主義の基本である。選挙で政策を選ぶのが最も正しいやり方だ。間違った政策を選べば苦しむのは国民だが、自分が選んだ政策だから納得できる。官僚が選んだ政策で苦しめられてはかなわない。国家の行方に疑問が起きたらまず選挙。これが正しい政治の姿だが、「危機に政治空白は許されない」などと言って選挙を妨害し、官僚に白紙委任しようとするメディアがまかり通る。これを何とかしないとこの国は惨憺たる事になる。


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2009年1月21日

日米の政治リーダーは正反対

 1月21日未明に行われたアメリカ大統領就任式をテレビで見ながら、全く正反対の日米の政治リーダーについて何がそうさせるのかを考えた。

 オバマ新大統領の就任式は初の黒人大統領の誕生という意味で、はじめから十分に歴史的意味を持っていたが、就任演説の内容にばかり異常な期待を寄せるメディアの報道に「うるさい」を通り越して辟易していた。ところがオバマの演説はそうしたメディアの浅はかさに肩すかしを食わせるように、パフォーマンスを意識しない「重心の低い」演説だった。

 新大統領の誕生を熱狂で迎えようとしていた国民には心の高揚に冷や水を浴びせられたかもしれない。私には始めから終わりまでアメリカが直面する現実の困難さを訴え続けた演説に聞こえた。勿論「希望」や「再生」という言葉でアメリカは困難を克服出来ると夢を持たせ、そのため国民に「責任」を求めた。しかし私の耳に残っているのは「謙虚」という言葉である。演説の冒頭でオバマはそれを使った。

 アメリカに立ちふさがる壁について、オバマは謙虚に自分たちの過ちを認めた。金融危機を「一部の強欲で無責任な人々」のせいにするのではなく、それを許した国民全体の責任を問うた。アメリカが信じてきた「市場」が万能でないことを認めるべきだと言った。大きな政府とか小さな政府という「政策」や「イデオロギー」を振りかざすより、移民や劣悪な環境の下で働いてきた名もなき労働者が国を作ってきた事を国民に思い出させようとした。安全保障を巡っても「我々の安定は謙虚と自制からもたらされる」と発言して、ブッシュ時代の単独行動主義やイデオロギー主義から脱することを宣言した。

 そもそも1年前に私はオバマを全く評価していなかった。「イラク戦争に反対」が唯一の「売り」で、政治力は全くの未知数である。民主党左派と若者に熱烈に支持されていたが、政治は現実そのものだから、理想主義者がリーダーになることは危険である。共和党陣営と同じようにヒラリー・クリントンが民主党大統領候補になると思っていた。そして共和党候補がマケインならばヒラリーが勝つ、オバマとマケインならマケインが勝つと予想していた。

 ところが選挙資金の獲得でオバマがヒラリーを上回った。その時には共和党がヒラリーを勝たせないようにオバマに企業献金を回したとの情報があり、マケイン勝利のためにはあり得る話だと思っていた。共和党の思惑通りオバマが大統領候補になり、本選挙ではマケイン有利と見ていたら金融危機が起きて情勢は一転した。その過程でオバマが理想主義とは異なる現実主義者であることが分かってきた。「反戦」でイラク戦争に反対した訳ではないことも分かった。しかしそれでも政治力は未知数である。

 私がオバマに対する評価を変えたのは人事である。人事は最高の権力行為であるから権力者の資質が如実に現れる。オバマの人事は現実主義そのものだった。自分を支えてきた民主党左派を切り捨て、共和党とヒラリー人脈を配置して「挙国一致内閣」を作りあげた。これは本人に相当な自信がないと出来ない。初めて彼の政治力を見る思いがした。そして今度の就任演説である。再び「地に足の着いた」、「重心の低い」政治を行う人物であることが認識出来た。イデオロギーを振り回すような単細胞ではない事が良く分かった。

 一方、日本の政治リーダーについては最初の人事で絶望した。安倍元総理の人事も「お友達内閣」と揶揄されたが、それ以下の人事であった。聞くところによると、すぐに解散をするつもりで論功行賞人事を行ったという。1ヶ月だけの大臣ポストのプレゼントという訳である。人事を弄ぶ話だ。前任者が「背水の陣」と言い、それでも政権を続けることが出来なかった状況を真剣に考えていない。

 人事は一つ間違うと権力を失う恐ろしい行為である。人事に苦悩する権力者の姿を見てきた経験から言うと驚くほどの脳天気ぶりだった。しかもこの最高権力者は人事の中身よりパフォーマンスに力を入れた。自分で組閣名簿を読み上げてみせたのである。その事に何ほどの意味があるのだろうか。呆れるしかなかった。

 国会での初の所信表明演説は、所信を表明するよりも、野党を挑発するための演説だった。国民に対しての演説ではなく、次の選挙に勝つための策略を披露しただけの話である。日本には明治から92人の総理が誕生したが、おそらく最低の所信表明演説ではなかったかと思う。とにかくこの総理の頭には「どのような政治を行うか」よりも「選挙に勝つ事」しかなかった。

 金融危機対策と称して打ち出される「政策」もすべては選挙を軸に考えられた。だから何か批判されるとそれをうち消す事に躍起になり迷走する。弱みを見せると選挙に不利と思うらしく強がってみせる。オバマの「謙虚さ」とは正反対である。

 その調子だからオバマのように国民と共に難局を乗り切ろうとする姿勢にならない。「私が景気を立て直します」。「私の景気対策は世界最大規模です」。「私が世界で最も早く景気を回復させてみせます」。要するに「私が国民にしてあげる」のが政治だと思っている。7割の国民がそれを信用していないのに、「してあげる」と言い続けている。

 世界はアメリカに商品を売り、アメリカが消費して赤字になった分世界は黒字になる。黒字のドルを運用したい世界にアメリカは金融商品を作って売った。それで経済がバランスしていた。それが崩れたのだから、アメリカが立ち直らないと他も立ち直れない。最初に景気が回復するのはアメリカで、日本が最初だなどと誰も信じていない。それなのに誇大な物言いをして強がって見せるのは、やはり選挙の事しか考えていないからだ。要は自民党と自らの保身のために「政策」を打ち出している。

 オバマはケニヤ人留学生とアメリカ人女性の子供として生まれ、若い頃にシカゴの黒人貧民街で地域活動に取り組んだ。複雑な生い立ちと社会の底辺を見てきた男が最高権力者にまで上り詰めるところにアメリカの「底力」がある。オバマの現実主義はその底辺で培われたものなのだろう。ぎりぎりの状況では理想論もイデオロギーも役には立たない。それがオバマという政治家を育てたのではないかと演説を聞きながら思った。

 日本では世襲の総理が続いている。誰も日本の底辺など知らない。恵まれた環境で柔らかな現実しか知らないから考えも柔らかになる。せいぜいがイデオロギーを振り回して格好を付けてみせる程度だ。イデオロギーで問題が解決できるほど政治は単純でない。世襲がまかり通る日本では、いかに頭が良くても性格が良くても危機に立ち向かえる人材は育たないのではないか。オバマの演説を聞きながらそう思った。

 しかしオバマに権力者の資質があることは分かったが、現実はそれ以上に過酷である。資質があるからと言って問題を解決できるとは限らない。こちらは厳しい現実に立ち向かうオバマの政治力を見守るしかないのだが、日本の最高権力者はオバマと面会することに力を入れているらしい。面会したからと言って日本の経済が立ち直る訳ではない。これも選挙のためだけとしか思えないが、そんな意味のないことを繰り返す政治には終止符を打ち、少しは「地に足の着いた」、「重心の低い」政治が実現して貰いたいと思うばかりである。

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2009年1月17日

続・麻生政権蟻地獄

 昨年11月のはじめに「麻生政権蟻地獄」というコラムを書いた。麻生総理は通常国会が始まる前までに解散を断行しないと「蟻地獄に落ちる」という趣旨のコラムである。国会がない時の総理は最高権力者として思い通りに振る舞うことが出来る。しかし国会が始まればそうはいかない。国会には十重二十重の計略が待ち受けている。それが独裁政治とは異なる民主主義政治の民主主義たる由縁である。

 国会が始まれば総理の前にはまず野党が立ちふさがる。それを力で押し除けようとすれば国民の目に権力の横暴と映る。気に入らない主張でも野党の言い分を勘案しながら政治の道筋を作る必要がある。しかし野党の反対は想定の範囲内である。やっかいなのはそれよりも味方が背後から撃ってくる鉄砲である。

 与党の人間は正面から総理に逆らう事は出来ない。逆らうためには与党の陣営から外に出なければならない。今回の渡辺喜美氏の行動はそうしたものだが、これは目に見える反逆だから野党と同じに対応すればよい。しかし本当に怖いのは目に見えない後ろからの弾丸である。それが野党との対立を口実に、与党の手によって国会対策の中に入り込む可能性がある。総理を擁護するように見える動きが実は総理の首を絞める場合で、政治の世界にはそうした事が珍しくない。

 例えば安倍元総理が政権を投げ出したのは病気のせいになっているが、私が前から指摘しているようにあれは自民党に追い込まれた結果である。インド洋での海上給油を継続するため安倍元総理が切望した臨時国会の早期招集を自民党国対は黙殺した。安倍元総理にしてみれば、自分の総理在任中に自衛隊がインド洋から引き上げる場面に立ち会わなければならない。あちこちで国際公約をしてきた面子は丸つぶれになる。恥をかかされて退陣に追い込まれるよりも自分から辞めてやるというのが安倍元総理の心情だったと推察するが、そこまで追い込んだのは自民党である。

 また自民党国対は、安倍政権誕生以来「安倍カラーを打ち出すため」と称して重要法案を次々強行採決した。勿論安倍元総理のお墨付きを得た上での強行採決だから、国対に罪はないと言うことも出来るが、政治を知っている者ならば、誰でも首をひねりたくなるほど不必要な強行採決を連発した。特に教育基本法の改正などは自民党内も含めて大方の意見が民主党案を取り入れた修正が望ましいとしていたにもかかわらず、安倍政権は対決姿勢を鮮明にして強行採決に持ち込んだ。

 そうした姿勢の積み重ねが参議院選挙での惨敗をもたらす。赤城農水相の絆創膏事件ばかりがやり玉に挙げられたが、国民の心理の底には「何故これほど野党を無視して強行するのか」という素朴な疑問があった。選挙中、東北・北海道を旅していた私は至る所でそうした国民の声を聞いた。安倍元総理は気づいていないが、政権の首を絞めていたのは自民党国対の「安倍カラー」忠実路線だったのである。それを国対が分かっていて意識的にやった可能性も否定できない。安倍元総理の政権運営に不安を持つ勢力が福田氏への交代を求めて後ろから鉄砲を撃った可能性もあるのである。

 私の見るところ、自民党が麻生政権を支えようとしていたのは10月末までである。麻生総理が10月末に解散を回避したところから状況は変わった。自民党はシナリオなき政局に突入することになった。そこで政府与党を担う面々が腹に一物を持ちながら態度を変えざるを得なくなった。解散権を持つ総理がやらないと言うのなら仕方がない。その路線を追究するとどれほど痛い目に遭うかを思い知らせるしかない。麻生政権の首を絞めることになると知りながら全員が従順を貫くことにした。

 本気で支えるつもりなら諫言を厭わないのが本当である。しかし今の自民党はそうではない。大島国対委員長も、細田幹事長も、与謝野財政金融担当大臣も自分が思ってもいない道を歩いているように私には見える。前に自民党の現状は太平洋戦争末期の日本とよく似ていると書いた。このまま行くと自民党は玉砕するまで解散をやらずに頑張るつもりに見える。そうなると耐えられない者は後ろから鉄砲を撃つか、離脱するしかなくなる。

 野党はこれまで早期解散を求めてきたが、こうなるとじっと見守るのが得策のように思えてくる。日本国のためには「政策よりも政局」で、早期解散に追い込み国民の信任を得た政権が政策を繰り出すことが最善なのだが、玉砕戦法の敵に対して戦いを挑むと思わぬ損害を被ることがある。それよりも同士討ちを見守る戦術の方が「スマート・パワー」になる。

 なるべく早く第二次補正予算を成立させ、定額給付金の支給に道を開くと、支給の現場となる市町村からは悲鳴が上がる。日本全国一斉支給は難しいから支給の時期にバラつきが出る。それで支給する側にも受け取る側にもイライラが募る。国民は定額給付金の意味をもう一度考え直すことになる。次に来年度予算審議が始まれば消費税の問題も出てくるし道路財源の問題もある。否応なく与党の同士討ちが起こる。それが麻生政権の崩壊を早めるだけでなく自民党の力を削ぐ。

 そうなると民主党は今国会にかける筈だったエネルギーを衆議院選挙と来年の参議院選挙の準備に当てることが出来る。政権交代が実現したら民主党が直ちにやるべきは参議院での単独過半数獲得である。その「政局」をやりきらないと思うような「政策」は実現できない。その準備はすでに始められていると思うが、こうした状況のすべては10月末に麻生総理が解散を回避したことに始まる。そして通常国会が始まれば「蟻地獄」に嵌ることが明白であるのに自民党は麻生政権を代えなかった。

 かつて森元総理を引きずりおろした時の自民党とは大違いである。自民党は「安倍、福田に続いて麻生も辞める事になれば国民の支持を失う」と言うが、国民は麻生に代われる人材が枯渇した自民党に失望している。渡辺喜美氏をはじめ麻生政権に異を唱える中堅・若手はいずれも大将の器にはなれない軽量級揃いだ。もはや自民党の終末としか思えない状況が続いているが、ただ一つ気になるのは「窮鼠猫を噛む」の例えである。追い込まれた麻生政権が民主党のスキャンダル暴露に血道を上げたりすると、政治は大混乱して金融危機対策どころの話ではなくなる。

 まもなくオバマ新大統領が誕生する。おそらくこれまでの国際通貨体制を大変化させる「オバマ・ショック」が世界を驚かす事になると私は思っているが、そうした大変化に日本の政治が対応できなくなる混乱だけは避けて欲しい。しかし今の与党にそれを受け止めるだけの余裕があるかどうかが不安である。

2009年1月13日

政治家の知恵

 昔、中曽根総理の主席秘書官を務めた上和田義彦氏が中曽根康弘氏と田中角栄氏を比較してこう言った。「二人は全くのシンメトリー(左右対称)だ。中曽根は大学ノートに何十冊も政策を書いて努力して総理になった。ところが本人は天才と呼ばれたい。努力家と言われるのを嫌う。田中は全く逆だ。努力して出世したと言われるのを喜ぶ。しかし田中は誰も真似の出来ない天才だ」。確かに私も田中角栄氏の発想力の豊かさとその知恵の力に圧倒された思い出がある。

 角栄氏がロッキード事件で有罪判決を受け、「自重自戒」と称して目白の自宅に籠もっていた頃、「退屈しているオヤジの話の聞き役をやってくれ」と秘書の早坂茂三氏に頼まれて目白に通った事がある。一緒に食事をしながら一方的にしゃべりまくる角栄氏の話を聞く役回りだった。政治のあれこれをたっぷり教えられ毎回が目から鱗だった。角栄氏の「日本列島改造論」はあまりにも有名だが、当初私は霞ヶ関の優秀な官僚がブレーンにいて、その官僚たちの知恵が結集された成果だと思っていた。ところが角栄氏の話を聞くうちに、官僚の発想とは異なる政治家の知恵というものを痛感させられた。

 例えば、「大学の教授は学問を教えるが、小学校の教師は魂を教える。教師との巡り会いで人の一生は左右される。それなのに国は小学校の教師を粗末にする。教授は勲一等を貰うが教師は勲四等だ。小学校の教師には国費で外国に留学させ、広い視野を持たせてから子供に教えさせろ」と角栄氏は言った。大学出の官僚には考えられない発想である。

 首都大地震の話になったときには「東京23区全てにゴルフ場を作れ!」と言った。ゴルフ場は災害の時の逃げ場になり、火事の延焼を防ぎ、いざとなれば畑にして食糧を作れる。真剣に考えないと東京は悲惨な事になると角栄氏は怒っていた。そして税制を工夫すれば街の真ん中にもゴルフ場は作れると言う。確かに海外に行けばゴルフ場が街の真ん中にある国を私も見た事がある。これも官僚には発想できない。

 「親の膝は2つしかない。子供を3人以上産まないと民族は滅亡する」とも言った。少子高齢化は日本政治最大の課題である。2人の両親から2人以下の子供では人口が減るのは当たり前だ。しかしそれよりも角栄氏が言いたいのは、3人以上の子供がいれば親の膝を奪い合って必ず兄弟喧嘩が起きる。人間は兄弟喧嘩で切磋琢磨し成長していく。子供の頃の喧嘩がないと未熟な大人が増えていくと言うのである。そのために「3人以上の家庭は減税だ」と角栄氏は言った。これと同じ事を古代ローマの皇帝アウグスツスが考えている。パクス・ロマーナを実現し平和になったローマに少子化問題が起きた。そのときアウグスツスは独身女性から税金を取り、3人以上の子供を産めば無税にした。作家の塩野七生氏は現代にも通ずる少子化対策だと高く評価している。

 また赤字国債の解消についても角栄氏はいくつかのアイデアを持っていた。その一つに金融資産課税がある。角栄氏は「本来はやってはいけないかもしれないが」と言いながら預貯金に課税するアイデアを語った。実は現在の金融危機を回避し、景気回復を図る方法としてこの金融資産課税は検討に値する。金融機関に金を貯め込むと損をする仕組みだから、お金は株や不動産や設備投資にシフトする。銀行も金を貸さないと損をするから貸し渋りがなくなる。とにかくお金が動くようになれば景気は回復する。この政策を提唱している深尾光洋慶応大学教授によれば、国民が持っている1500兆の資産に2%課税することで30兆の税収となり、金融機関の倒産防止、雇用対策、低所得者への還付金などに使う事が出来る。わずかな預金しかない人に課税をするのは酷だから一律5万円の還付金制度を作る。それで250万円までの預金者は得をする。それ以上の預金者にはお金を貯め込まずに使ってもらう。2兆円の給付金バラ撒きよりよほど効果的な政策だと深尾教授は言う。このように田中角栄氏の知恵は現代にも通用する。何故かと言えば机上で考えられた官僚の知恵ではなく、人間を熟知した政治家の知恵だからである。

 「政局よりも政策」と麻生総理は言った。それは選挙を先送りして与党に有利な状況を作り出すのが目的だから、政策ではなく政局だけを考えた発言だった。そして所詮は選挙を有利にするための2兆円のバラ撒きを「景気対策」だと大見得を切るからブーイングが起きた。「解散出来ない理由」を嘘で塗り固めた所に致命的な誤りがある。おかげで状況を有利にするつもりの政策が政権の命取りになった。全く知恵がないと言うしかない。この国の不幸は知恵のある政治家をみんなで排除してきたことだ。国民は知恵のない政治家とばかり付き合わされるようになった。喜んでいるのは官僚だけである。

2009年1月 8日

民意に目をつむる自民党

 景気の「気」は気持の「気」である。国民の気持が上向けば景気は回復するが、落ち込めば景気は悪くなる。要するに企業も消費者もみんなが金を使いたい気持にならないと景気は回復しない。だから景気対策は心理学の世界だと私は思っている。問題はどうやって国民の気持を上向かせるかで、それは政治の仕事である。国民が政治を信頼し、政府の打ち出す政策を歓迎すれば、国民は金を使うようになる。反対に国民が政治を信頼しなければ何をやっても景気は回復しない。

アメリカのオバマ次期大統領は景気対策のため積極的な財政出動を行なう考えを表明した。減税と公共事業で2年間に73兆円に上る景気対策を実施し、300万人の雇用創出を目標にしている。そのため来年度の財政赤字は1兆ドルを越えるという。これはとてつもない借金である。過去最高だった今年度の財政赤字が4550億ドルだからその倍に当たる。

それでもやる決意をオバマは示したが、うまくいかなければドルは大暴落、アメリカは力を失い、世界経済は大混乱に陥る。そうなるかどうかはひとえにオバマの政治力にかかっている。オバマの政治力が信頼されなくなればあっという間にドルは暴落する。

オバマの支持率は当選直後よりさらに上昇して80%を超えた。しかもアメリカだけでなく欧州での人気も高い。そうした背景があるからこそ思い切った政策を打ち出す事が出来る。いかなる政策も力を持てるのは国民の支持と信頼があればこそで、どんなに良い政策も国民に支持されなければ何の力も発揮出来ない。今、世界はオバマがどれだけの力量を持つ政治家なのかを固唾を呑んで見つめている。それにオバマが応えられるかどうかが今年の最大の見所である。

かつて政治が景気を変えた事例をアメリカで見た。クリントンが大統領選挙に勝利した1992年の事である。それまでのアメリカは不況に喘いでいた。レーガン大統領の「小さな政府」(レーガノミクス)は今でこそ評価されているが、当時は貧富の差を広げ、財政赤字を増大させて、「ブードゥー・エコノミー」(非文明の怪しげな経済)と呼ばれていた。後を継いだブッシュ(父)大統領は経済を正常化するために増税を行った。それもあってアメリカは不況を脱する事が出来なかった。ワシントンDCでは街の真ん中にあるデパートが倒産し、夜になると街に巨大な暗闇が広がり、まるでゴーストタウンに見えた。

ところが11月の大統領選挙でクリントンが勝利すると国の空気が一変した。何から何まで明るくなり、12月には閑古鳥が鳴いていたデパートに客が溢れた。国民の中に買い物に出かける「気持」が生まれたのである。大統領が代わるとこんなに国民が変わるのかと驚いた。それからのアメリカはITと金融であっという間に好景気に突入していった。経済を立て直すのは政治の力だということをつくづく感じさせられた。

 麻生総理は、昨年成立した第一次補正予算、今月中に成立を目指す第二次補正予算、そして3月までに成立させなければならない来年度予算を「三段ロケット」と位置づけ、これを成立させることが最大の景気対策だと主張している。問題はそれで国民の気持が上向くかである。昨年末に日本経済新聞社が行った世論調査では、麻生内閣の仕事ぶりを「評価しない」と答えた国民が72%で、その理由として最も多かったのが「景気対策への取り組み」であった。国民はまず麻生内閣の景気対策を信用していない事が分かる。さらに「三段ロケット」の本体部分である来年度予算について「評価しない」が60%で「評価する」の24%を大きく上回った。

 つまり麻生総理の景気対策は何から何まで国民に支持されていない。このままでは「三段ロケット」を成立させても国民の気持が上向く可能性はない。それなら政治は「三段ロケット」の中身を取り替えるか、別のロケットを打ち上げるか何か対策を考えなければならない。ところが麻生総理は自らの政策を「世界最大の景気対策」と開き直り、そのまま強行する姿勢を示した。これでは国民の心を冷え込ませるばかりで景気回復はおぼつかない。

 昔、自民党の政治家に「政治は女性を口説くのによく似ている」と教えられた事がある。相手の気持を無視して自分の思いだけを強引に押しつければ嫌われる。相手の気持を尊重し、様々な手を尽くして安心させないとなかなか口説けるものではない。政治もそれと同じで、どんなに正しい政策でも国民に無理に押しつけることは出来ない。繊細な心で国民に接しないと手痛いしっぺ返しを食うという話だった。長く政権を担当してきた自民党ならではの話だと思った。

 現在の麻生政権にはそうした自民党の片鱗も見る事が出来ない。あれだけ各方面から批判されている定額給付金についても「期待している国民がいる」と言って押し切る構えである。麻生政権の言う国民とはどこに存在する国民なのだろうか。かつて自民党は自らを「国民政党」と呼んだ。社会党が労働組合を代表する政党なのに対し、自民党は国民のあらゆる階層を代表する政党だと自負していた。しかし今や自民党は民意を汲み取ろうとせず、ひたすら麻生政権を「お支えする」政党になっている。

 これでは「国民政党」の名にふさわしくない。日本の景気を回復することが出来ない政権をひたすら「お守り」する政党を何と呼べば良いのかと思っていたら、週刊誌に面白いネーミングがあった。自民党は「世襲議員政党」なのだと言う。なるほどと思った。

 正月の巷に溢れていた声は政治に対する絶望である。企業の経営者たちが期待を寄せているのはオバマの景気対策であり麻生の景気対策ではない。景気回復を外国の政治家に頼らざるを得なくした自民党政治はやはり終末を迎えている。

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2009年1月 3日

構造変化に目をつむる日本

 「百年に一度の危機」と言いながら、「まず景気対策」と言う日本政府の対応は、いかにも現在の政権に見合ったスケールの話である。景気対策を悪いと言っている訳ではないが、世界の構造が変わろうとしている時にそうした発想しか出てこない所に何とも言えない淋しさを感じてしまう。

 今から10年ほど前にも金融危機があった。山一証券や北海道拓殖銀行などが相次いで破綻し、橋本政権が参議院選挙に敗北して退陣を余儀なくされた。代わって登場した小渕政権はひたすら公共事業によるバラマキを行い、1998年の通常国会は金融危機から脱するための「金融国会」となった。与野党に「政策新人類」と呼ばれる若手議員が台頭し、小渕政権は民主党の「金融政策」を丸飲みしたが、当時の民主党は「日本発の金融危機を世界に波及させないため政局にはしない」という珍妙な論理で、せっかくの政権交代のチャンスを自ら潰した。

 その頃私は「国会TV」というチャンネルをCS放送に立ち上げ、現職国会議員をスタジオに呼んで、それに視聴者が直接電話で質問するという生番組を放送していた。アメリカのテレビが行っている「コール・イン」という手法を真似たものだが、ぶっつけ本番で演出が効かないために日本の放送局はどこも怖がって真似出来ない。司会をしていた私はどんな質問が飛び出すかが分からないので毎回緊張した。視聴者の質問にはくだらないものもあれば考えさせられるものもあり、国民の民度が分かって大変勉強になった。

 「金融国会」の最中だったから、国会議員は「景気」が国民の最大関心事だと思いこんでいる。だから番組に出演した議員は異口同音に「景気対策に力を入れます」と決意表明した。ところが視聴者はそれに関心を示さない。視聴者の声を要約すれば、「不景気は勿論困るが、生活のレベルを切り下げれば済む話だ。それよりも日本の将来が見えない。子供達の未来が見えない。その方が問題だ。景気よりも教育や国の未来に力を入れてくれ」というものだった。視聴者から「生活のレベルを下げても良い」と言われた議員達は目を白黒させた。

 それから3年して小泉総理が登場し「米百俵」の話を持ち出したとき、この総理は国民に潜在する意識を分かっていると感心した。「米をみんなで分けてしまえばすぐになくなるが、一時の我慢をしてその米を教育に投資すれば、長い間皆が幸せになれる」という話には日本人の心を捉える力がある。今回の金融危機に際して麻生政権が「まず景気対策」と言ったとき、その事を思い出した。

 しかも今回はただの危機ではない。百年に一度の危機だと言う。前にも書いたが80年前の大恐慌は世界に構造変化をもたらした。資本主義経済では問題が解決できず、修正資本主義の「ニューディール政策」でも問題は解決できず、問題を解決したのは計画経済、統制経済、そして戦争であった。それと同じ事を繰り返す愚は避けなければならないが、それに匹敵するスケールの知恵を世界は考え出さなければならない。だから世界の構造変化は避けられない。その事に日本はどう対応しようとしているのか。それがさっぱり見えない。

 実は20年ほど前にも世界は大きく構造変化した。冷戦の終焉である。丁度その頃私はアメリカの議会中継専門テレビ局の日本での配給権を取得した。そのためアメリカ議会の議論を見ることが出来た。冷戦後の世界にどう対応するかの議論にアメリカ議会は2年以上の時間をかけた。その議論を見て初めて国家というものが何を考え、何を議論し、どのようなシナリオを作るかのプロセスを見ることが出来た。

 議論は多岐にわたるので、一つだけCIAのケースを紹介する。CIAは冷戦によって生まれた対ソ諜報機関である。ソ連の核がどこにあるかを探ることが主要任務だった。ソ連が消滅したのだからCIAも廃止するのが筋道である。議論はそこから出発した。

 ソ連の核の脅威は消滅したが、ソ連の核技術、核科学者、さらに核そのものの拡散を防ぐことは出来るのか。それが延々議論された。次に東西対立の枠組みがなくなった後の世界の枠組みについて議論された。またイデオロギー対立の次に来る対立は何かが議論された。さらに偵察衛生などの情報収集技術についても議論された。それらの議論によって、第一に核拡散の脅威は存在し続ける。第二に東西対立に代わりナショナリズムが台頭する。そして宗教、文化、民族などによる対立が激化する。従ってより複雑な脅威にアメリカはさらされる。これに対応するには従来の軍事戦略と諜報戦略の抜本的な見直しが必要になるとの結論に達した。結果としてCIAは冷戦時よりも拡充され、他の諜報機関の頂点に君臨する組織となった。

 アメリカの議論の仕方は冷戦時代の構造をいったん白紙にし、全てを一から作り直すようなやり方である。さらにその議論にはアメリカが一国で世界を全て管理するという使命感が溢れていた。一方では同盟国日本についても議論された。ソ連に代わる次の脅威として「異質な日本経済」が俎上に上り、日本経済の「封じ込め」について精力的に議論された。その政策がクリントン政権になって表面化する。日本国内ではクリントン政権を「反日」とする見方があるが、あれは冷戦の終焉がもたらした議論の帰結で、他の政権でも同じ対応をした筈である。日本のメディアが冷戦終結後のアメリカの議論を詳しく日本に紹介しないから理解できないだけの話だ。

 アメリカ議会がそうした議論をしている時、日本国内には冷戦の終焉を巡る議論が全くなかった。当時の宮沢政権は、バブル崩壊後の日本経済をどうするか、小選挙区制を導入する政治改革をどうするかだけを問題にしていた。冷戦の終了については、「これで日本も平和の配当を受けられる」という「平和ボケ」を絵に描いたような楽観的で単純な認識を示していた。心配になった私は外務省の高官に霞ヶ関の中ではどのような議論があるのかを聞いたが、どこにも議論されている様子はなかった。こうして日本は20世紀後半に起きた世界の構造変化に目をつむったまま生きてきた。だから冷戦時そのままのアナクロ評論が今でもメディアでもてはやされる。日米安保体制に胡座をかいたような議論が今でもまかり通っている。

 今回の危機によって世界は冷戦の終焉に次ぐ構造変化の時を迎えようとしている。世界の基軸通貨であるドルの信用が失墜した。アメリカの大量消費に支えられてきた世界経済は構造変化を余儀なくされる。世界最強のアメリカの軍事力が世界を震撼させたのも湾岸戦争からコソボ紛争までだった。アフガンもイラクもアメリカが勝利したかと言えば疑問符がつく。つまり冷戦後のアメリカ一極体制は変わりつつある。これは全てを白紙にして一から世界を考え直すチャンスである。冷戦の終焉以降はなおのことアメリカに「封じ込められた」日本が自立するチャンスでもある。それによって1985年から凋落を続けている日本が踏みとどまれるかもしれない。

 しかし現在の政権はそれどころではないようだ。国家の命運や将来よりも政権交代を一日でも遅らせるために全精力を傾けている。国民に最も関心があると思い込んだ「景気対策」のアピールと、一日でも長く政権を続けることが自民党のチャンスにつながると考えている。太平洋戦争末期の日本は3月10日の陸軍記念日に首都東京が大空襲に遭ったにも拘わらず、降伏をせずに頑張った。おかげで4月に沖縄戦が始まり、8月には原爆が投下される事になる。戦略もなく頑張ると被害は大きくなるという例である。従って「総理の気力が大事」とか「党の団結が大事」とかが言われ出すと、自民党にとってもこの国にとってもマイナスが大きくなると思ってしまうのである。


第8回銀座田中塾
日時:2009年1月8日又は13日
   午後6時半~8時半
テーマ:終るアメリカ一極支配
場所:東京都中央区銀座6-13-15
    銀座ウォールレジデンス401号
会費:2500円(飲み物・軽食)
どちらかの日を指定して
電話:03-3357-0828
Email:morim-p@gol.com
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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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