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2008年12月31日

国会探検特別篇その4:今年の総括と来年の見通し

今回の国会探検は、12月11日に行われた銀座田中塾「今年の総括と来年の見通し」の一部模様を音声でお送りします!

「選挙の年」と言われながら、なぜ今年は選挙が行われなかったのか。日本の政治が混乱する本質的理由はどこにあるのか。田中良紹さんがアメリカ・イギリスの政治制度と比較しながら、永田町政治を分析します!

■今年の総括と来年の見通し(公開は終了しました)
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第8回銀座田中塾
【詳細】
日時:2009年1月8日(木)、13日(火)  ※両日とも内容は同じです
時間:午後6時半~8時半 
テーマ:終るアメリカ一極支配
会費:2500円(飲み物・軽食付)
場所:東京都中央区銀座6-13-15
場所:銀座ウォールレジデンス401号

【申込先】
電話: 03-3357-0828
Email: morim-p@gol.com
モリギャラリーにお申し込みください。
※都合のよい日をお申し込みください

2008年12月28日

国会探検特別篇 その3:何故日本は官僚国家になったのか

 今回の国会探検は、10月20日に行われた銀座田中塾「何故日本は官僚国家になったのか 坂本龍馬の『藩論』を解説する」の模様の一部を音声でお送りします!

 日本が官僚国家とよばれる原因はどこにあるのか。永田町と霞ヶ関を知り尽くした田中良紹さんが歴史をひもときながら解説します。

■何故日本は官僚国家になったのか 坂本龍馬の『藩論』を解説する(公開は終了しました)
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第8回銀座田中塾
【詳細】
日時:2009年1月8日(木)、13日(火)  ※両日とも内容は同じです
時間:午後6時半~8時半 
テーマ:終るアメリカ一極支配
会費:2500円(飲み物・軽食付)
場所:東京都中央区銀座6-13-15
場所:銀座ウォールレジデンス401号

【申込先】
電話: 03-3357-0828
Email: morim-p@gol.com
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※都合のよい日をお申し込みください

2008年12月25日

選挙を「政治空白」と言うバカ

 第170臨時国会が終わった。何ともスッキリしない後味の悪い国会だった。なぜかと言えば、あるべき解散・総選挙がなかったからである。選挙をやるための政権がそれをやらなかった。そのため至る所に綻びが生まれ、やらないための理由として大嘘がまかり通った。その後味の悪さである。

 麻生総理は選挙をやらない理由を「百年に一度の危機に政治空白は許されない」と説明した。こんな説明が世界中で通用するのだろうか。するとしたら政治未熟児の多い日本だけではないか。「危機に政治空白は許されない」という言葉自体はその通りだ。しかしそれが解散・総選挙との絡みで言われるとそうはならない。まず解散・総選挙が政治空白になるのか。次に危機にこそ国民を政治に参加させるべきではないかという問題がある。それが説明されないと、この言葉は解散・総選挙回避の説得力を持たない。

 政治空白とは何か。最高権力者の影響力がなくなり、政治が機能しなくなることである。麻生政権誕生からの3ヶ月はまさに政治が右往左往し、これこそ政治空白と呼ぶべき状態だった。そもそも麻生政権は「百年に一度の危機」に対応できる政権ではないのだが、そのことについてはとりあえず置いておく。

 そこで選挙で政治空白になるのかである。通常は予算案、予算関連法案、補正予算案などの採決がある時期に解散・総選挙を行うことは「政治空白を招く」として避けなければならない。予算は国家という人体の血流に当たるから、それを止める事は何としても避けるべきである。従って予算案が通らなくなると、解散・総選挙は避けて、総理に辞めて貰うというのが政治の常道である。しかし予算以外の事で政治空白を理由に解散・総選挙を避けた例はない。

 今回、第二次補正予算案の採決があるのに解散・総選挙を行う事になれば、「政治空白を避けろ」との議論はありえた。しかし総理自身が予算案提出を先送りしたのだから政治空白を云々する事は出来ない。どうも総理は予算との絡みではなく、海の向こうからやってきた「百年に一度の金融危機」を選挙回避の理由にしようとした。しかしそれならなおのこと年内に解散・総選挙をやるべきであった。危機はまだ序の口でこれからが本番である。危機を理由にしていたら日本はあと3年ぐらい選挙が出来ない事になる。

 そもそも危機の原因を作ったのはアメリカである。そのアメリカは「危機に政治空白は許されない」などと言わずに大統領選挙と上下両院議員選挙を行い、選挙で国民に経済政策を選択させ、大統領に選ばれたオバマは危機管理内閣とでも言うべき超党派人事を断行した。危機の本格化に備えるためである。来年の1月に正式に大統領に就任すれば本格対策が実行されることになる。それを見た後でないと日本も本格対応など出来ない。アメリカを見れば日本も解散・総選挙をやる時間的余裕は十分にあった。あるのに無理にしないようにした。

 そのための口実が「百年に一度の危機に政治空白は許されない」という大嘘である。政府・与党の政治家が「政治空白」という言葉を使うたびに私は養老孟司氏の「バカの壁」を思い出した。バカも休み休み言って貰いたい。こういう嘘がまかり通るとそれでなくとも政治未熟児の国民がますますバカになる。この臨時国会が後味の悪いものになったのはそのせいである。

 前回の「悲しき自民党」で、以前とは比べるべくもなくなった自民党の悲しい現状をコメントしたが、臨時国会を見て驚いたのは公明党の凋落ぶりである。これまで公明党を与党内最強派閥と見てきたが、その認識を変えなければならなくなった。公明党は自民党政権に何の影響力も行使できない非力な政党に変わった。

 元々は小選挙区でそれぞれ1~3万と言われる創価学会票に支えられた政党である。その小選挙区で候補者を立てずに自民党に投票してきた。自民党は十分にその恩恵に預かった。公明党の協力なくして自民党は政権を維持できなかった。ところがこの臨時国会を通して公明党の主張はことごとく自民党に無視された。それでも公明党は自民党に付いていくしかない事が明らかになった。

 自民党からすれば公明党は政権を維持するために必要な政党だった。ところが昨今の情勢では公明党の選挙協力を得ても過半数を超えることが難しい。そうなると公明党と組むメリットはない。自民党の側に公明党を必要としない事情が生まれた。だから公明党の要求に耳を傾ける必要がなくなった。むしろ公明党と組んだことで離れて行った旧自民党支持者を引き戻すか、民主党と組むことを考えた方が良い。

 一方の創価学会には元々「公明党を作ったことが間違い」との考えがある。公明党さえなければ、各選挙区で最も学会の言うことを聞く候補者に投票する事になる。その方が全ての政党に影響力を行使する事が出来る。自公連立に走ったのは自民党が政権政党だったからで、その可能性がなくなれば自民党と組む必要もない。全ての政党に貸しを作る方が現状の政治情勢に見合っている。そうなると創価学会にとって公明党はむしろ邪魔な政党なのかもしれない。自公の枠組みは双方にとって過去のものになってきた。臨時国会から見えてきたのはそうした事情である。

後味の悪い臨時国会を終えて来年の通常国会まで、年末年始には不況の影響で暗いニュースばかりを見させられる気がする。その中で総理はどういう表情を見せてくれるのだろうか。明るさが取り柄だと言われるが、このご時世に明るい顔ばかりもしてはいられない。パフォーマンスには人一倍気を遣う総理のことだから、きっと渾身の演技を見せてくれるに違いない。それだけが年末年始の楽しみである。


第8回銀座田中塾
日時:2009年1月8日又は13日
   午後6時半~8時半
テーマ:終るアメリカ一極支配
場所:東京都中央区銀座6-13-15
    銀座ウォールレジデンス401号
会費:2500円(飲み物・軽食)
どちらかの日を指定して
電話:03-3357-0828
Email:morim-p@gol.com
モリギャラリーにお申し込みください。

2008年12月19日

もしも解散していたら

歴史に「もし」はないのだが、「もし臨時国会冒頭で麻生総理が解散していたら」を考えてみる。選挙情勢は総理が「怖じ気づいた」くらいだから政権交代の可能性があった。しかしどんなに野党が大勝しても民主党中心の政権は脆弱な政権になると私は見ていた。なぜなら社民党と国民新党という理念の異なる政党との連立を余儀なくされるからである。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」へ

2008年12月17日

悲しき自民党

 麻生総理がテレビに映るたびに自民党は支持を失う。そんな状態が続いているのに本人も周囲も気づいていないのか、総理は週末ごとに地方に赴いてテレビに映り、小泉チルドレンとランチを共にしてはワイドショーにネタを提供する。それが支持率アップのためだと考えているのなら勘違いもはなはだしい。

勘違いをしているのは総理だけではない。政府与党からは「景気対策を反転攻勢のきっかけにする」とか、「支持率は間もなく底を打つ」とか、「国民にわかりやすく説明する」とか、そんな言葉が聞えて来る。それを聞く度にまた支持率が下がる。これらの言葉にはまるで危機感がない。その鈍感さにこれが政治家かと驚く。

デフレスパイラルではないが、自民党は既に負のスパイラルにはまり込んでいる。景気対策をしっかりやれば反転攻勢をかけられるというレベルは過ぎた。総理と国民との信頼関係が崩れてしまっているから、そもそも「政策」を説明する前提を消失している。どんな対策を打とうとも麻生総理がやるのでは国民は受け付けない。この状況を変えられるのは「政策」ではなく「政局」である。選挙をやるしかないのだが、麻生総理の下では自民党議員が受け付けないから、一刻も早くリーダーを代えてもらうしかない。それが出来ないなら自民党はもはや政権政党ではない。

かつての自民党であれば10月末に解散を見送った時点で「麻生おろし」が始まっていた。それに麻生総理が抵抗して党内抗争が勃発すれば、分裂状態にならないうちに知恵者が裏で根回しをし、なるべく傷がつかないやり方でリーダーの顔を変え、自民党のダメージを回避した。そうした巧妙さをかつての自民党は持っていたが、今の自民党にはその片鱗もない。

「選んだばかりのリーダーを代える訳にはいかない」などと言っている。一体誰のためのリ-ダーなのか。総理は自民党だけのリーダーではない。日本国1億3千万人のリーダーである。そして自民党議員は総理に雇われている訳ではない。国民の税金で養われている。自民党の都合ばかりを優先すると自民党はいよいよ「国民の敵」になっていく。

間違いだと気づいたら直すのに早すぎる事はない。政治空白を再び作る訳には行かないから、自民党は国民に詫びた上で、時間をかけずに国会議員だけで次の総裁を決めれば良い。そして決めたら速やかに衆議院選挙を行うことだ。国民に信任されない限り政治不信は解消されない。

麻生総理の間違いは国民の審判を逃げたことにある。金融危機を口実に景気対策で誤魔化そうとした。しかしその景気対策が命取りになった。選挙が出来ないほどの危機だと言いながら、選挙のことだけを考えた「バラマキ」を景気対策と言ったので収拾がつかなくなった。本気で危機に立ち向かう気がない事を国民は見破った。だから政権は信頼を失った。

そうなった以上、どんなに景気対策をひねくり回して国民の鼻面にぶら下げても、国民の審判から逃げていては説得力がない。だから次の総理の仕事は何よりも選挙を行うことである。誠実な態度で選挙に臨めば、仮に政権を失っても自民党が死ぬ事はない。いずれ政権に復帰する日が必ず来る。しかし今のような対応を続けていれば、自民党は消滅する。

私は自民党総裁選挙が華々しく行われていた最中に、「自民党破滅へのシナリオ」というコラムを書いた。そこで総裁選挙が「自民党を破滅に導く」と予測した。政治は今そのように動いている。コラムで指摘した事は、代表選挙を見送った民主党と異なり、総裁選挙を実施した自民党は国民の支持を得ると言うが、そうはならない。第一に、政権交代がない時代の自民党総裁選挙は国民の関心事だが、政権交代が近づいている今は、総裁選挙が関心を呼ぶ事はない。自民党は勘違いをしている。

 第二に、党首選挙は民主主義と何の関係もない。だから英国などの民主主義国はなるべく党首選挙をやらない。やれば党内分裂を生み出して有害である。国民が参加する選挙に負ければ党首を代えるが、選挙で勝てば党首は代えない。民主党が代表選挙を見送ったのは民主主義の道理に適って正解だが、自民党には分裂の可能性が高まる。

 第三に、リーマンブラザースが破綻した時に総裁選挙をやっている暇はない。さっさと総裁を決め、直ちに国会を召集して補正予算を成立させ、速やかに解散すべきだと書いた。しかし自民党の感覚は鈍かった。リーマンブラザースの破綻を「蚊に食われた程度の影響」と言い切り、総裁選挙をダラダラと続けた。テレビに映る時間が長ければ支持率も上がるという錯覚である。

 自民党総裁選挙は私の予想どおり国民の関心を呼ばなかった。そして自民党内は分裂含みとなった。選ばれた麻生氏は金融危機に手を打つため補正予算の成立に全力を挙げるかと思ったら、国連総会出席という意味のないパフォーマンスに懸命で、真面目に政治に取り組むタイプでない事がはっきりした。

 だから10月初めに「政治家の資質」というコラムで、麻生総理には「総理の資質がない」と書いた。組閣人事と所信表明の内容のひどさ、さらには株価の暴落を口実に解散を先送りしたからである。政治のプロならば金融危機は解散の絶好のチャンスと思う筈である。黙っていても危機は与党に追い風になる。それを見逃したのだから政治音痴もはなはだしい。

 何故こんなに政治を知らない政治家が存在するかを考えてみた。おそらく傍流を長く続けてきたからだろう。権力が何かを外からしか眺めてこなかった。外形だけで判断して内実を知らない。だから総理の格好はするが中身が伴わない。権力者は決して自分の心を漏らさないものだ。ところがこの総理はそうではない。つまらない相手にもむきになる。感情を抑える術も知らないが、言葉の重みも分かっていない。

 仮に支持率が下がらなくとも自民党の総裁が務まる人物ではなかった。その人物を守ろうとしている自民党に政権政党の面影はない。このところ資質に欠ける人物が総理を務めてきたせいで、自民党の感覚も麻痺してしまっているのだろう。あまりにも悲しい政治の現実である。

 最近、麻生総理を最後の将軍徳川慶喜にたとえる話が出回っているがとんでもない。慶喜は徳川家康の再来と言われるほどの明晰な人物だった。将軍に担ぎ出された当初から幕藩体制が続かない事を知っていた。だから無駄な抵抗はせず、権力を朝廷にお返しする事で、徳川家がその後も政治を続けられるように策した。幕藩体制に代わる郡県制を用意して新時代に備える準備もしていた。つまり時代を読む力があった。しかし西郷の謀略で鳥羽伏見の戦いが始まると、内戦を避けるために戦場から逃げ、そのまま静かな隠遁生活に入った。その生き方は麻生総理ではなく、民主党と大連立を策した福田前総理にこそ良く似ている。

 ここに来て福田前総理の言った「私はあなたと違って自分を客観的に見る事が出来るんです」という言葉が思い出される。メディアは「逆ギレ」と言って散々馬鹿にしたが、私は素直にその言葉を受け入れた。福田氏は総理就任当初から現在の政治状況を正しく把握していた。だから民主党と対立するよりも協調する道を選んだ。大連立はまさしく大政奉還に匹敵する政治行動である。安全保障政策を大転換する覚悟までした。それ以外に自民党が生き延びる道はないと判断していた。しかし徳川慶喜と同様にその企てはかなえられず、慶喜が江戸開城の2ヶ月前に鳥羽伏見の戦いから逃亡したように、自らも政権を投げ出した。福田氏は自らの立場を客観的に理解していたからこそ政権を投げ出した。それを理解できない「あなた」とは質問をした記者だけではない。現在の行動を見ていると麻生総理の事を指していたのかもしれないと思えてしまうのである。


第8回銀座田中塾
日時:2009年1月8日又は13日
   午後6時半~8時半
テーマ:終るアメリカ一極支配
場所:東京都中央区銀座6-13-15
    銀座ウォールレジデンス401号
会費:2500円(飲み物・軽食)
どちらかの日を指定して
電話:03-3357-0828
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2008年12月11日

ヒトラー・スターリン・岸信介

 「アメリカは百年に一度の金融危機に陥っている」とグリーンスパン前FRB議長が指摘した。それを受けて我らが麻生総理も何かにつけて「百年に一度」を繰り返している。しかしこの総理にはいまだに選挙を有利にする頭しかないためか、百年に一度の知恵を絞っている様子はない。

 「百年に一度の危機」とは、1929年にニューヨーク証券市場で株価が大暴落し、アメリカの銀行が連鎖倒産したことで、世界に大不況の波が及んだ事との類似性を指している。現在が大恐慌前夜と同じ状況なら、百年前の政治家がどんな政策を考え、どんな結果がもたらされたかを振り返る意味はある。

 恐慌の出発点となったアメリカでは1929年に共和党のハーバート・フーバー大統領が就任した。自由主義経済の信奉者で、大統領選挙では「どの家にも車二台を!」をスローガンに圧勝した。国は経済に介入しないという「小さな政府」の政策をとり、「いずれ景気は回復する」と積極的な手を打たなかった。それがさらなる景気悪化を招き、一期で民主党のフランクリン・ルーズベルトに大統領の座を奪われた。

 ルーズベルトは1932年の大統領選挙で「世界恐慌との戦い」を掲げ、「新規まき直し(ニューディール)をやる」と演説して、大統領就任後は「ニューディール政策」を実行した。フーバーとは対照的に国が経済に介入し、ダムや高速道路建設など大規模公共事業による失業対策や社会保障の充実に力を入れたが、あまり成果は上がらなかった。ついには労使双方から反発されるようになるが、1941年に第二次世界大戦に参戦すると軍需によってようやく景気は回復し、失業も解消した。

 世界恐慌との戦いに成功したのはドイツのヒトラーである。ドイツは第一次世界大戦に敗れて経済的に困窮し、共産主義運動や国家社会主義運動が台頭した。ヒトラーは1921年に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ)の党首となり、戦後賠償と世界恐慌の影響で増大する失業者や貧困層を相手に得意の弁舌を振るい、1934年には国家元首にまで上り詰めた。

 ヒトラーは1933年に「経済再建と失業問題の解消」を目標にした「四カ年計画」を作成し、価格統制でインフレを抑えながら、公共土木事業によって失業者を半減させた。特に自動車が好きだったヒトラーは自動車税を撤廃して自動車産業を経営不振から救い、アウトバーンを建設して軍隊や物資の移動に利用できるようにした。ドイツの自動車産業の基盤を作ったのはヒトラーである。

 さらにヒトラーは財政赤字をものともせずに軍需産業を興し、軍事費を増やしたため、景気は回復して完全雇用を達成した。しかし強い軍事力を持った事で周辺諸国を併合、ついには英仏と対立して第二次世界大戦に突入していくのである。

 そして世界恐慌の影響を受けなかった唯一の国は共産主義のソ連である。レーニン亡き後の権力闘争に勝利したスターリンは、1928年から始まる「五カ年計画」でソ連に社会主義的農業と重工業国家への変貌を実現しようとした。そのため農村の富農層を処刑、もしくは強制収容所送りにし、国営農場を全国的に組織して農業の集団化を進めた。このように「粛正」を繰り返しながら、強力な権力に完全に管理された計画経済のソ連には世界恐慌の波が及ぶ事もなかった、

 こうした世界の中で、恐慌の影響を受けた昭和の日本は、恐慌に負けないドイツやソ連にあこがれた。日本にも統制経済、計画経済が始まった。そして新しい計画経済を試みる絶好の新天地があった。満州である。満州国を主導した中でも特筆すべきは岸信介だ。1936年、商工省のエリート官僚から満州国の行政官となった岸は、「産業開発五カ年計画」を推進し、その経験を持って3年後に日本に帰国すると、戦時統制経済計画の最高責任者となる。岸は右翼の代表のように言われるが、マルクス経済学を研究し、当時は「アカ」呼ばわりされたと言う。

 こうして作られた日本経済の仕組みが、現在につながる「1940年体制」である。日本経済の隅から隅までを官僚が管理統制する仕組みがこの時に出来た。満州国につながる他の戦犯が有罪とされる中、何故か無罪となった岸は、その後政界に転じ、内閣総理大臣に上り詰める。こうして官僚が国家を統制する思想と政治とが一体化し、ここに日本の「官僚支配」が完成する事になった。

 それは戦後の高度経済成長期には有効に作用した。しかしいったん世界第二位の経済大国の地位を得ると、全てが弛みだして収拾がつかなくなった。あきれるばかりの官僚の不祥事は戦時にしかあり得ない仕組みが平時にも適用されている異常さから生み出されている。バブル崩壊後の「失われた10年」も多くの原因は「官僚支配」の構造にある。機動的に危機に対処できなかった。そこに今回の危機が訪れた。

 大恐慌を振り返ると、結局それを克服したのは権力による統制と戦争である。しかし同じ事を繰り返すほど人間は愚かではない。今回の危機を回避するためには、前回を反面教師として、全く異なる知恵が必要だと思う。世界はそれぞれが国益を第一にしながら、これまでにない発想で知恵を絞っていくだろう。さて我が国はどうするか。官僚任せはあり得ない。政治家が渾身の力を振り絞って知恵を出すべき時が来ている。政治家は国民の支持がなければ力が出ない。やっぱり選挙をやるのが一番いい。

2008年12月 5日

総理の頭は「政局だらけ」

 麻生総理の迷妄ぶりはとどまるところを知らない。昨日言ったことが今日には変わり、それがまた明日変わる。何故そうなるかと言うと頭の中が「政局だらけ」だからである。金融危機によって世界の構造変化が起きようとしている時にこれでは日本が危ない。

 麻生総理が「政局よりも政策」と言って解散を先送りしたのは、「政策」よりも「政局」だけを考えていたからである。総理に就任してすぐ解散するつもりでいたが、金融危機が起きたので、先に景気対策に手を打って、与党に対する国民の支持を高めてから解散した方が得だと計算した。

 そういう頭だから景気対策も選挙用になる。世界金融危機にどう対応するかを考えるよりも、公明党から持ち込まれた「お金のばらまき」を景気対策と言うことにした。だから「お金持ちにも配るのか」と言われれば、「選挙のためにはお金持ちは除外した方が得だ」と考え、「お金を配るのに時間がかかっても良いのか」と言われれば、「解散に間に合わせなければならない」と思って考えを変える。これで迷走が始まる。

 予算編成も同じである。小泉構造改革を変えなければ選挙には勝てないと思ってみたり、露骨に変えると小泉支持の国民から嫌われてしまうと思ってみたりするから、財政規律を守るのか、それをやめて財政出動で危機を乗り越えるのかが分からなくなる。どちらかの道を選べないのは「政策」よりも「政局」しか頭にないからだ。本気で景気対策を考えていたらこんな事にはならない。どちらの道でも良い。選択を決断して責任をとる。それが政治家である。そして判定は国民がする。それを怖がるから迷妄になる。

 今回の金融危機は小手先で乗り切れるものではない。本格政権が本気になって対応しなければならない本格的な危機である。だから最初から私が言ってきたように慌てて景気対策など作る必要はなかった。予定通りに選挙を行い、本格政権の陣容を整えてから臨むべき課題であった。それがこの総理には分からない。株価が暴落するや慌てて解散を先送りし、「危機に政治空白は許されない」などと、選挙真っ最中のアメリカを否定するような言葉を口走る。

 今年のサミット議長国は日本である。サミットはそもそも世界経済の危機にどう対応するかを経済先進国が議論する会合で、オイルショックによる世界不況から脱するために、1975年に米、英、仏、独、伊、日の6カ国が集まり、その後カナダが加わりG7、ロシアが加わってG8となった。世界経済に影響力のある国がメンバーだからアジアでは唯一日本が選ばれた。それが今回の金融サミットは、議長国日本の頭越しに決められた。

 11月にワシントンで開かれた会合にはG8ではなく、中国、インドなどの新興国も入れたG20が集まった。そのサミットを麻生総理は「後世歴史的なサミットとして評価される」と言ったので私は驚いた。確かに歴史的なサミットである。これまで8カ国が集まれば解決できた問題が8カ国では解決できない事がはっきりしたからである。中国やインドの協力がなければ何も出来ない。つまりこれまで日本の歴代総理が妙に力を入れてきたサミットは終わりを告げたのである。世界の中での日本の存在価値が小さくなったと言い換えても良い。日本の総理はその現実をしっかりと受け止めるべき時に、まるで評論家のような口振りだった。

 その金融サミットで麻生総理は「ドルの基軸体制維持」を訴え、IMFに10兆円の融資支援を表明した。日本国内でも麻生総理は「国際協調」という言葉をやたら口にしていたが、なんとお人好しの総理である事か。危機に際して各国首脳がやる仕事は自国の国益を最優先に他国と張り合う事である。誰も国際協調など考えてはいない。言葉では言うがやることは自国の利益を守る事だけだ。そのような感覚の各国首脳に「ドルの基軸通貨維持」を訴える日本の総理はどのように映ったであろうか。各国ともいかにアメリカを見捨てて自国の被害を最小にし、いかに自国通貨を強くするかを考えている時に、麻生総理の発言は理解不能だったのではないか。

 それもこれも選挙を有利にするためには、みんなに気に入られるお土産とみんなに気に入られる発言をして、国際会議での自分の存在感を示したかったという「政局」頭だったからである。出来ればオバマ次期大統領とも会いたかった。そうすれば選挙に有利になる。それが麻生総理の目的だった。その程度だからサミット議長国のメンツは最後まで潰された。G20の次の会合は日本を飛ばしてロンドンに決まった。英国のブラウン首相が考えているのは「ドル基軸通貨体制」からの脱却である。金融危機への対応よりも国際通貨体制の変更という歴史的な作業を考えているのである。

 世界の経済危機は来年本格化する。その危機を前に日本の「政策」は空白である。何故かと言えば「政局」のことしか頭にない総理がいるからだ。早く「政局」を片付けさせないと「政策」の空白が続くことになる。とても来年春までは待てない。来年はアメリカのオバマ次期大統領がどのような「政策」を繰り出してくるかに注目が集まるが、そのオバマは人事で初の共和党大統領リンカーンの「戦争内閣」を真似て政敵を内閣に招き入れる布陣を敷いた。国防長官は共和党のゲーツ氏が留任である。国務長官には大統領予備選挙を戦ったヒラリー・クリントン氏を抜擢した。いわば挙国一致内閣の誕生である。その政治力は未知数ながら、人事を見る限り政治リーダーとしての資質を感じさせる。

 「つなぎ」と称して「論功行賞・お友達」内閣を組織した麻生総理とは比べるのもいやになるが、「政局」だらけの総理には早く卒業してもらい、日本も挙国一致内閣でも作らないと世界的な構造変化に対応できないのではないかと心配になる今日この頃である。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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